寂れていた街がAIやビッグデータ活用で蘇った! バルセロナに学ぶ市民参加型のまちづくりとは?

ビッグデータやICTを活用したまちづくりで注目されるスペイン・バルセロナ。データを活用して、市民と行政がともにまちづくりへの意見交換をして、さまざまな政策実現に結びつけているという。20年前からバルセロナで都市計画に携わった経験を持つ、東京大学特任准教授の吉村有司さんに話を聞いた。

デジタルテクノロジーを市民生活の向上に役立てる(写真提供/吉村さん)

(写真提供/吉村さん)

吉村有司
東京大学先端科学技術研究センター特任准教授
愛知県生まれ、建築家。2001年より渡西。ポンペウ・ファブラ大学情報通信工学部 博士課程修了。バルセロナ都市生態学庁、マサチューセッツ工科大学研究員などを経て2019年より現職。ルーヴル美術館アドバイザー、バルセロナ市役所情報局アドバイザーを兼任

バルセロナ(写真/PIXTA)

バルセロナ(写真/PIXTA)

――先生はアーバンサイエンスというデジタルテクノロジーやビッグデータを都市計画・まちづくりに活用するという研究に取り組まれています。

吉村 バルセロナでは、デジタルテクノロジーをうまく活用して、市民生活を向上させよう、公共空間の再生を図ろうという試みを行っています。データを公開することによって、市民一人ひとりに街の現状を認識してもらって、街をどのように変えていったらよいか考えてもらおうとしています。
バルセロナ市では、Decidim(デシディム)という、参加型のプラットフォームをオープンソースで開発して、運用しています。まちづくりの分野に、市民参加を積極的に促すための仕組みです。市民に気軽に意見を書き込んでもらって、対話や議論をしてもらい、都市の施策に反映しようというものです。

このDecidimについては、市役所では大々的に広告するなどして、市民の認知度も高く、PCやスマホなどから、高齢者などのデジタルが苦手な人達でも、できるだけ使いやすくし、書き込みや投票など誰もが参加しやすくしています。また、オンラインだけでなく、実際の対面でのグループディスカッションでの話し合いで補完もしています。
選挙による市長や議員の選出、議会での議論の末の予算執行という間接的な民主主義から、地域の市民一人ひとりが意思決定のプロセスに参加できる「民主主義のアップデート」と言えるでしょう。つまり、市民自身が、提案を行い、議論し、優先順位を決め、決断を下すのです。
Decidimは実験的な段階ですが、2016年から2019年にかけて行われた第1段階では、約4万人の市民が参加して、約1500の施策に落とし込まれました。
また2020年からの第2期の取り組みでは、住民からの提案について議論され、2021年6月に投票が行われました。これには、参加型予算として、市の予算のうち3~5%に当たる使い方を、Decidimで得られた市民の意見をもとに決めようというものです。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

Decidimは、バルセロナ市以外では、ニューヨーク市やヘルシンキ市など、300以上の公的機関や団体などで使われています。日本でも、兵庫県加古川市や東京都渋谷区などで取り組みがはじまっています。

―― まちづくりへの市民参加は、日本の自治体などでもこれまでさまざまに取り組まれてきました。ICTなどデジタルツールを用いて、市民の意見を採り入れ、議論し、決断までしていくという仕組みは画期的と思いました。ただ、公の場で個人の意見を表明することが苦手だったり、文化的な背景も違う日本でもDecidimを使いこなすことができるのでしょうか?

吉村 昨年(2021年)、渋谷でDecidimによる「ママチャリプロジェクト」を行いました。電動自転車の利用者が街を移動するGPS情報や環境情報などで、危険な箇所などを探り、快適なママチャリのための環境整備を行おうというものです。
ここでは、行政が行うワークショップは平日の昼間で時間的にキビシイ……、まちづくりの会合は男性ばかりで発言しづらい……。子育て中のママさん、パパさんたちからは、オンラインだと時間に縛られない、デジタルツールであれば家で子どもと居ながら参加できるといったメリットがあるという声が聞かれました。

(画像/渋谷区「親子にやさしいまちづくり」HPより)

(画像/渋谷区「親子にやさしいまちづくり」HPより)

19世紀半ばからデータに基づく都市計画に先鞭をつける

――バルセロナ市が、世界に先駆けてデジタルを駆使した取り組みに挑戦しているのはどうしてなのでしょうか?

吉村 スペインでは1930年代に始まった内戦、1975年までの長い独裁体制が敷かれた暗い歴史があります。一方で、独裁体制の後、1978年に新憲法を制定して以降、市民の民主化や自治に対する意識がとりわけ高いことが挙げられるかもしれません。
さらに、データを用いた都市計画・まちづくりについての取り組みは、実は19世紀にまでさかのぼります。
1850年代、イルデフォンソ・セルダ(1815~76年)という、土木技師がバルセロナの近代都市化に重要な役割を果たしました。セルダは、住戸一軒一軒を訪問調査し、人々の暮らしや家族構成などに関するデータを集め、それを分析することで、これをバルセロナの都市拡張の都市計画に活かしたと言われています。セルダが示した都市計画案は、1859年に承認されました。直感ではなく、データという根拠をもとに理論を構築して、バルセロナの都市づくりに応用したのです。つまりアーバンサイエンスという考え方が150年前からあったわけです。

―― 先生の経験を通して、バルセロナの都市計画・まちづくりのあり方ついて教えてください。

吉村 バルセロナには2001年に渡り、バルセロナ都市生態学庁やカタルーニャ先進交通センターなど行政系の機関に所属していました。モノ、ヒト、クルマなどの動きを通して、都市の分析をする仕事をしてきました。
都市生態学庁には、建築家や都市計画家だけでなく、数学者や物理学者など多様な専門家が集まっていて、都市のデータをもとに議論を行い政策に反映させていました。
また、市民の意見を聞くことも大切です。バルセロナには自分の街に愛着とプライドを持っている住民が多く、建築家・都市計画家なりがデザインをトップダウンだけで決めていくことには抵抗がある市民が多いと感じました。
ただし、いまの都市は大きくなりすぎました。また多様な人が暮らしていて、そうした状況で市民の意見を聞くことはたいへんです。そこで、市民にデータを公開しながら、デジタル技術を活用して意見を聞く仕組みを整備していきました。

スーパーブロック(歩行者空間化)を市民と自治体担当者が輪になって議論している様子(写真提供/吉村先生)

スーパーブロック(歩行者空間化)を市民と自治体担当者が輪になって議論している様子(写真提供/吉村先生)

スーパーブロック(歩行者空間化)された街路の現在の使われ方(写真提供/吉村先生)

スーパーブロック(歩行者空間化)された街路の現在の使われ方(写真提供/吉村先生)

吉村さんが2005年に担当していたグラシア地区の歩行者空間化(スーパーブロックの実証実験)の現在の姿。死んでいた街が蘇った(写真提供/吉村先生)

吉村さんが2005年に担当していたグラシア地区の歩行者空間化(スーパーブロックの実証実験)の現在の姿。死んでいた街が蘇った(写真提供/吉村先生)

歩いて楽しい街には経済波及効果があることが分かった

――ビッグデータの分析から、人々が歩いて楽しめる都市空間が街の経済に効果があることが分かったそうですね。

吉村 都市においてクルマ中心の道路空間を、歩行者に解放する動きが世界的に進められています。また、新型コロナによって、道路空間をオープンカフェなどに転用することが注目を集めています。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

ところが、道路に面する小売店や飲食店の店主などから「これまでクルマで買い物に来ていたお客さんが来なくなって、売上げが落ちる」という言い分がありました。
都市計画に関わるわれわれは、歩行者数が増えると、売上げは上がるはずだと考えていました。ただ、これを経済学的に裏付けるデータや論文は見当たりませんでした。
そこで、バルセロナ市やスペイン全土の都市の歩行者空間にされている道路をオープンストリートマップ(OSM)から自動抽出して、個人情報などに十分に注意しながらもその道路に面している事業者の売上情報との比較を行いました。すると、レストランやカフェなど飲食店については、歩行者空間にした後には、売上増に結びついているという結果が出ました。(*)データサイエンスにもとづく、まちづくりの可能性を示した成果と言えるでしょう。
*:東京大学先端科学技術研究センター+マサチューセッツ工科大学+ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行の共同研究

バルセロナ等の都市で歩行者空間の分布(画像/東京大学先端科学技術研究センター)

バルセロナ等の都市で歩行者空間の分布(画像/東京大学先端科学技術研究センター)

日本でもデータ活用によるまちづくりの可能性が広がる

――ビッグデータの解析や研究が、まちづくりのあり方やその効果検証に使えるのですね。

吉村 日本においても、国にはデジタル庁が創設され、東京都でも昨年4月にデジタルサービス局ができ、ビッグデータの収集や公開などの環境整備がはかられつつあります。
東京都の「デジタルツイン実現プロジェクト」は、センサーなどから取得したデータをもとに、建物や道路などのインフラ、経済活動、人の流れなど様々な現実空間の要素を、コンピューターやコンピューターネットワーク上の仮想空間上に「双子」のように再現しようというものです。
これまでの平面の地図上だけでなく、3次元空間の中で、従来は重ね合わせることが難しかったデータを可視化し、AIによって高度な分析・シミュレーションが可能になるでしょう。まちづくりや防災、交通、エネルギーなど、様々な分野で活用が期待されています。

東京都が行う「デジタルツイン実現プロジェクト」ウェブサイト(画像/東京都ホームページ)

東京都が行う「デジタルツイン実現プロジェクト」ウェブサイト(画像/東京都ホームページ)

これからのまちづくり・都市計画は、トップダウン型の一人のヒーローではなく、市民を中心としたボトムアップ型の取り組みが求められると考えています。
そのために、データはとても重要です。そのデータに基づいて、みんなで議論することが可能になります。
市民や行政、専門家を含めて、自分たちの街をみんなで良くしていける時代が訪れることを期待しています。

――市民も身近にまちづくりに参加できる時代が訪れているということですね。今日はありがとうございました。

●取材協力
・東京大学先端科学技術研究センター 
●関連サイト
・デジタルツイン実現プロジェクト
・渋谷区「親子にやさしいまちづくり」

子どもがまちづくりに積極的に参加する理由とは? 「SDGs未来都市」長崎県壱岐市の挑戦

長崎県壱岐市で暮らす人々は自分の子どもはもちろん、地域の子どもたちの活動に対してもとても興味関心が高いそうだ。それゆえ「SDGs未来都市」の取り組みの一員として子どもたちをしっかりと迎え入れ、独自性の高い活動を続けている。今回はその壱岐市を訪れて、どのような取り組みを行っているのか、そしてこれからを生きる壱岐市の子どもたちが何を感じ、どう行動しているのかを探ってきた。
可能性と課題が混在する壱岐市は「25年後の日本」の姿長崎空港から飛行機で30分、福岡市から高速船で1時間5分、美しい海、雄大な景色を満喫できる壱岐市(写真撮影/笠井鉄正)

長崎空港から飛行機で30分、福岡市から高速船で1時間5分、美しい海、雄大な景色を満喫できる壱岐市(写真撮影/笠井鉄正)

2015年9月、国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)。その達成へ向けて優れた取り組みを提案し、国から事業として選定された地方自治体が「SDGs未来都市」だ。2021年現在、国内のSDGs未来都市は124都市。2022年~2024年は毎年30都市程度を選定予定で、その数はさらに増加する。

つまり「SDGs未来都市」は国がそれだけ重視している事業なのだ。そのなかで長崎県壱岐市の取り組みは、「自治体SDGsモデル事業(2018年~)」にも選ばれ、SDGsに対して先導的な役割を果たしてきた。

壱岐市役所総務部SDGs未来課篠原一生(しのはら・いっせい)さんによると「壱岐市の人口は現在、約2万6000人です。気候は温暖で過ごしやすく、高速船に乗れば福岡県福岡市へ約1時間でアクセスできる便利な島なんです。全島に光ファイバー(光回線)が張り巡らされているので、今話題のワーケーションや二拠点生活の場にも適しています」。移住者からも注目を集めているそうだ。

ただ、同じくSDGs未来課の中村勇貴(なかむら・ゆうき)さんが「その一方で、少子高齢化が進み、基幹産業である1次産業の担い手は不足しているんですよね」と話すように、課題もある。「日本の25年後の姿」というのも壱岐市の横顔のひとつだ。

壱岐市役所総務部SDGs未来課の篠原一生さん。ワークスペース「フリーウィルスタジオ」の業務も担当している(写真撮影/笠井鉄正)

壱岐市役所総務部SDGs未来課の篠原一生さん。ワークスペース「フリーウィルスタジオ」の業務も担当している(写真撮影/笠井鉄正)

壱岐島内を案内してくださった壱岐市役所総務部SDGs未来課の中村勇貴さん。壱岐生まれの壱岐育ち(写真撮影/笠井鉄正)

壱岐島内を案内してくださった壱岐市役所総務部SDGs未来課の中村勇貴さん。壱岐生まれの壱岐育ち(写真撮影/笠井鉄正)

AIやIoTで壱岐市の課題を解決しながら、経済を発展させる

壱岐市の「自治体SDGsモデル事業」は「壱岐活き対話型社会『壱岐・粋・なSociety5.0』」と名付けられている。この事業には2つの柱があり、そのひとつは「先進技術を取り入れ、少子高齢化などの社会問題解決と、1次産業を中心とした経済発展を両立すること」である。

代表的な例はAIやIoTのチカラで課題を解決するスマート農業だ。壱岐市名産のアスパラ栽培の中で大変な作業の水やりをAIに管理させ、省人化と生産性向上を図っている。また、規格外アスパラをピエトロプロデュースの料理キットと一緒にWEBで販売して収益アップを目指しながら、食品ロスの問題解決にも着手。TOPPANと組んでECサイト用商品の開発を行っている。

ほかにもエネルギーの自給自足、高齢者の島内移動手段など課題は多い。島内の知恵・情報・人材には限りがあるため、外部の企業と手を取り合ってスピード感を高めているのが特長と言える。

「事業としてうまく進まない場合もあるが、行政も柔軟な姿勢を心がけ、めげずにトライ&エラーを続けられるのも壱岐市の強みですね」とSDGs未来課の篠原さん、中村さんは話す。

アスパラ栽培は水やりが命。かん水量・かん水時間・かん水頻度・土壌水分量・日射量・温度湿度などのデータを基にしてAIモデルを作成する(画像提供/壱岐市役所総務部SDGs未来課)

アスパラ栽培は水やりが命。かん水量・かん水時間・かん水頻度・土壌水分量・日射量・温度湿度などのデータを基にしてAIモデルを作成する(画像提供/壱岐市役所総務部SDGs未来課)

低塩分トラフグ陸上養殖事業(株式会社なかはら)では、再生可能エネルギーの活用に取り組む。太陽光発電で得た電力を活用して、水を電気分解し、酸素は水槽へ、水素はタンクに貯蔵。その後、水素と酸素を反応させて燃料電池で発電する仕組み(写真撮影/笠井鉄正)

低塩分トラフグ陸上養殖事業(株式会社なかはら)では、再生可能エネルギーの活用に取り組む。太陽光発電で得た電力を活用して、水を電気分解し、酸素は水槽へ、水素はタンクに貯蔵。その後、水素と酸素を反応させて燃料電池で発電する仕組み(写真撮影/笠井鉄正)

低塩分(地下水)で育てたトラフグは成長が早く、身も上質(写真撮影/笠井鉄正)

低塩分(地下水)で育てたトラフグは成長が早く、身も上質(写真撮影/笠井鉄正)

高校生、壱岐市の人々、島外者がつながり、イノベーションが起きる

「壱岐活き対話型社会『壱岐・粋・なSociety5.0』」のもうひとつの柱は、「現実・仮想においてさまざまな人や情報がつながることで、イノベーションが起こり続け、あらゆる課題に対応できるしなやかな社会をつくり、一人ひとりが快適で活躍できる社会をつくること」。すでにいくつかのプロジェクトが進行している。

そのなかでSUUMOジャーナルが特に注目したのは「壱岐なみらい創りプロジェクト」だ。東京大学OBを中心にイノベーション教育を全国に広げる団体「i.club(アイクラブ)」と壱岐市がタッグを組み、次代を担う高校生に対するイノベーション教育とみらい創りのための対話会を行っている。

その目的は、イノベーション教育を通して高校生やその周囲の人々の「地域に対する誇りや愛着」を醸成すること。それと同時に課題解決につながる高校生の「イノベーションアイデア」を創出することだ。さらに壱岐市内に「コミュニケーション・インフラ」を構築することも図る。

「壱岐なみらい創りプロジェクト」の対話会には高校生も多数参加。大人も高校生の意見に耳を傾けている(画像提供/壱岐市役所総務部SDGs未来課)

「壱岐なみらい創りプロジェクト」の対話会には高校生も多数参加。大人も高校生の意見に耳を傾けている(画像提供/壱岐市役所総務部SDGs未来課)

「壱岐なみらい創りプロジェクト」で対話を重ねることで、参加者たちは年齢を問わず自ら動き出す。そして周囲の壱岐市民、島外からの移住者や長期滞在者、また一周回って行政を巻き込んでいく。SDGsを「自分ごと」と捉えて、実行に移してマインドが少しずつ対話会で育まれていく。

ちなみに壱岐市は、郷ノ浦町・勝本町・芦辺町・石田町の4町が合併して2004年に誕生した。そのため旧4町の間にはまだボーダーラインが存在する。しかし最近、壱岐市にやってきた移住者たちはいい意味でボーダーラインを軽く超えていく。旧4町の潤滑油そして刺激になっているという。

壱岐で仕事を生み出す人や移住者、ワーケーション中の人が集まる「フリーウィルスタジオ」(写真撮影/笠井鉄正)

壱岐で仕事を生み出す人や移住者、ワーケーション中の人が集まる「フリーウィルスタジオ」(写真撮影/笠井鉄正)

「フリーウィルスタジオ」は今から2000年前に栄えた「一支国」の王都の遺跡「原の辻遺跡(国宝・国特別史跡)」の中にある。史跡の国宝の中で働けるのは、日本で唯一、壱岐だけだ(写真撮影/笠井鉄正)

「フリーウィルスタジオ」は今から2000年前に栄えた「一支国」の王都の遺跡「原の辻遺跡(国宝・国特別史跡)」の中にある。史跡の国宝の中で働けるのは、日本で唯一、壱岐だけだ(写真撮影/笠井鉄正)

高校生たちが考えた「食べてほしーる。」で食品ロスを削減したい!

このように進められている「壱岐なみらい創りプロジェクト」のなかの取り組みのひとつ「イノベーション・サマープログラム」で、壱岐高校の生徒と大学生のメンバー計8名で考案したものがある。それは賞味期限が間近の食品の購入を促すシール「食べてほしーる。」だ。

開発のきっかけは壱岐市内にあるスーパーマーケット「スーパーバリューイチヤマ」をメンバーが訪問したこと。賞味期限が切れた食品はまだ食べられる状態でも廃棄せざるを得ないという課題を掘り起こし、少しでも食品ロスを減らすための手段として「食べてほしーる。」を考案した。シールを貼ることで、賞味期限が近い商品から購入してもらうように促すという作戦だ。ただ、促すだけではすぐには浸透につながらなかった。

そこで「スーパーバリューイチヤマ」の店長はメンバーと同学年の生徒の父親でもあったので「子どもたちが頑張っているんだ。なんとか応援してあげたい!」と、「食べてほしーる。」にポイントを付与することを決定。啓蒙だけでなく、ポイント付与で顧客メリットを高めることでシールへの注目度もUPさせた。

壱岐高校の生徒が描いたイラストがかわいい「食べてほしーる。」。シールを貼るだけでなくスーパーのポイントをつけることで、興味を持ってくれるお客さんが増えた(写真撮影/笠井鉄正)

壱岐高校の生徒が描いたイラストがかわいい「食べてほしーる。」。シールを貼るだけでなくスーパーのポイントをつけることで、興味を持ってくれるお客さんが増えた(写真撮影/笠井鉄正)

「スーパーバリューいちやま」の寺田久(てらだ・ひさし)店長は自身の子どもと同級生でもあるメンバーたちの活動を「とにかく応援してあげたかった!」。シール印刷などのコストはかかるが現在も協力を続けている(写真撮影/笠井鉄正)

「スーパーバリューイチヤマ」の寺田久(てらだ・ひさし)店長は自身の子どもと同級生でもあるメンバーたちの活動を「とにかく応援してあげたかった!」。シール印刷などのコストはかかるが現在も協力を続けている(写真撮影/笠井鉄正)

この「食べてほしーる。」の活動は、壱岐高校ヒューマンハート部探求チームの後輩たちに引き継がれ、少しずつ壱岐市民の認知度もあがっている。また「食品ロス削減推進大賞」(消費者庁主催)で内閣府特命担当大臣賞に次ぐ消費者庁長官賞も受賞した。

「食べてほしーる。」は「SDGs未来都市」であり「島」だからできた活動?

2021年現在、「食べてほしーる」のメンバーだった高校生は島外へと進学し、大学生活を送っている。自炊用に自分で食材を購入するようになった今、賞味期限が近い食材に自然と手が伸びるという。

大学で知り合った友達に「食べてほしーる。」の話をするとほぼ全員から「そんな活動は体験したことがない」と言われるそうだ。自分たちの取り組みは「SDGs未来都市」の壱岐市だからできた貴重な機会だったと実感もしている。

2019年度に「食べてほしーる。」を考案した壱岐高校生は大学生となり島外で暮らしている。普段の暮らしのなかでも自然とSDGsを意識した行動をとっている(写真撮影/SUUMOジャーナル)

2019年度に「食べてほしーる。」を考案した壱岐高校生は大学生となり島外で暮らしている。普段の暮らしのなかでも自然とSDGsを意識した行動をとっている(写真撮影/SUUMOジャーナル)

ただ、都市に暮らす今、「壱岐市は『島』だし、のんびりしていて、人々が温かく、顔見知りも多い。それに大人たちは子どもの活動にすごく興味を持ってくれているので『食べてほしーる。』の活動が有効だったのかもしれない」とも感じている。

「スーパーバリューイチヤマ」も地元のスーパーだから、気軽に相談に乗ってくれた。大学生となったメンバーが現在住んでいる島外の街には、大規模なショッピングモールがある。地元のスーパーでなくても実現できるのか?と考える時もあるそうだ。

子どもから大人へ、小さな街から大きな都市へ、SDGsを伝える

だからといって学生たちは「食べてほしーる。」の可能性をあきらめているのではない。

これまで世の中の出来事の多くは、大きな都市から小さな街へと伝えられた。しかしこれからは、小さな街での出来事を大きな都市に発信していくことが、新しい発想や今までなかったアイデアを生み出すと考えている。

「利益にとらわれず、誰かのため、地球のため、行動を起こすこと。これがSDGsの基本にあります。だからむしろ、小さなコミュニティからスタートした方が行動を起こしやすいのかな」と学生たちは前を向いている。

先輩たちから「食べてほしーる。」の活動を引き継いだ4名のチーム。「食べてほしーる。」の認知度をいかに高め、地域の人々に気づいてもらえるかがこれからの課題(写真撮影/長崎県立壱岐高等学校 ヒューマンハート部探求チーム)

先輩たちから「食べてほしーる。」の活動を引き継いだ4名のチーム。「食べてほしーる。」の認知度をいかに高め、地域の人々に気づいてもらえるかがこれからの課題(写真撮影/長崎県立壱岐高等学校 ヒューマンハート部探求チーム)

今、壱岐市では「壱岐なみらい創りプロジェクト」のほかにも、中学校では環境ナッジ「住み続けたいまちづくり運動」、小学校では「海洋教育プロジェクト」、各小学校区で「まちづくり協議会」の設立と、自分たちが暮らす街とSDGsがクロスした学び・活動が繰り広げられている。

そして、子どもたちがその活動を家庭で話題にすることで、大人もSDGsへの興味を高めていることが、大人たちが子どもに高い関心を持つ壱岐市ならではの展開だと言えるだろう。市民全員がSDGsを「知っている」から「興味・関心を持っている」に変わる。それこそが最たるイノベーションだと感じられた。

今回、取材に加わったSUUMO編集長とリモートで対話する高校生たち。「壱岐のきれいな海を残したい」「ジェンダー差別について気になる」「動物の殺処分を減らしたい」など興味のある課題をそれぞれが持っていた(写真撮影/長崎県立壱岐高等学校 ヒューマンハート部探求チーム)

今回、取材に加わったSUUMO編集長とリモートで対話する高校生たち。「壱岐のきれいな海を残したい」「ジェンダー差別について気になる」「動物の殺処分を減らしたい」など興味のある課題をそれぞれが持っていた(写真撮影/長崎県立壱岐高等学校 ヒューマンハート部探求チーム)

高校生・大学生へのインタビューでは「親や祖父母はSDGsという名称は知っているけれど、その中身には興味がなさそう」「SDGsはみんなのためにあるものなのに、壱岐市にとってのメリットが基準になっている大人もいる」などのジレンマともいえる言葉も聞こえた。裏を返せばこれは未来の主役でありSDGsの担い手である子どもたちが、想像以上にしっかりとSDGsを見つめているということ。壱岐市の子どもたちは、高校卒業後に島を離れる割合が高いが、どこにいようとも壱岐市で体感したSDGsを伝える存在になってくれることだろう。

●取材協力
・長崎県 壱岐市役所総務部SDGs未来課
・一般社団法人 壱岐みらい創りサイト
・長崎県壱岐市 壱岐-粋-なSociety 5.0パビリオン(welcomeページ公開中/2021年8月27日本公開予定)

コロナ禍で“タクシー”に注目。AIなどで進化続ける未来の可能性

電車やバス、飛行機、そしてタクシーといった公共交通機関をシームレスにつなぐ次世代モビリティサービス「MaaS(Mobility as a Service)」などモビリティの進化が目覚ましい。なかでもタクシーは、このコロナ禍で3密を避けられると需要が高まっているほか、今後の高齢化社会の移動手段としても注目されている。そこでAIの導入によってさらに便利になったタクシーの最新事情について、AI配車システムの開発などを行う、株式会社未来シェアの代表取締役 松舘渉さんに話を聞いた。
「移動困難者をなくしたい」という想いが原点松舘渉さん(画像提供/株式会社未来シェア)

松舘渉さん(画像提供/株式会社未来シェア)

株式会社未来シェアは「移動困難者をなくしたい」という想いのもと、独自のAI配車システム「SAVS(Smart Access Vehicle Service)」を開発し、プラットフォームを提供している企業だ。

アプリを使い他の乗客と一緒に同乗する「相乗りタクシー」、AIによる「タクシー配車計算」、「予約ができるバス」としてドアtoドアの送迎ができる「オンデマンド(需要)バス」など、移動交通の効率化を実現している。

SAVSの全体的なシステム概要(画像提供/株式会社未来シェア)

SAVSの全体的なシステム概要(画像提供/株式会社未来シェア)

松舘さんによると、5年ほど前までは、バスのように乗り合いができ、タクシーのように移動先が指定できる「オンデマンド交通」の概要は、一般的な公共交通の活用法とは異なっていたため、なかなか理解してもらえなかったそうだ。スマートフォンが普及し、AIへの注目度が高まるにつれて認知度が増していったという。

現在は岡山県久米南町、岩手県紫波町、長野県伊那市、群馬県太田市で運用され、介護業界や観光地でも利用されている。そのほか、企業にライセンス提供を行い「AI運行バス」(NTTドコモ)という名称でさまざまな自治体などで活用されている。

住まいが駅から遠く、自家用車を持たない世帯にとって、タクシーやバスは生活に密着した大切な移動手段だ。特にドアtoドアで移動できるタクシーは高齢化社会にともない需要は高まっているが、タクシーの運転者数は年々減り続けている現実がある。需要はあるもののなり手が少ないため、いかに効率的な配車計算を行うかが、タクシー業界の課題を解決するカギとなっている。

「タクシーにAI配車を導入すると、効率的な配車計画が可能となります。地域住民にとってはタクシーの利便性が上がり、事業主には効率化によるコスト削減が可能となるのです」(松舘さん)

効率的な配車計算は運転手にとってもメリットになる。長時間労働をしていた運転手が、AIによる配車システムにより短時間でより大勢のお客さんを送迎し、無駄な時間が無くなることで効率の良い働き方ができるため、働き方改革につながっているという。

では実際に、オンデマンド交通を取り入れたことで、住民の暮らしがどう変化したのだろうか。

高齢化進む岡山県久米南町、新たな足とコミュニケーションの場に町内風景(画像提供/久米南町役場)

町内風景(画像提供/久米南町役場)

岡山県久米南町は、岡山県中央部に位置し、総人口4737人、世帯数2249世帯(2020年6月30日現在)の小さな町だ。
2020年から株式会社未来シェアのAI配車プラットフォーム「SAVS」を導入し、その運行エリアは、町内全域に及ぶ。

カッピーのりあい号(画像提供/久米南町役場)

カッピーのりあい号(画像提供/久米南町役場)

町内では『カッピーのりあい号』と呼ばれる乗用車が4台(ほかに予備車両1台)用意され、スマートフォン(Web)や電話で予約をすると、1人1回300円(割引制度あり)で指定の時間に迎えに来てくれるうえ、町内どこでも移動できる。運行時間は年末年始を除く、平日の8時15分から17時。乗り合いのため、住民同士のコミュニケーションがはかれるサービスだ。

「完全に町内どこでもいつでも、ドアtoドアで移動できるサービスを『交通空白地帯』と言われる地域で実現したのです」と松舘さんが話すとおり、住民からも好評のようだ。「病院や美容室などの時間が読めないときも、呼べばすぐ来てくれるので便利。時間を気にせず安心して利用できるようになった」との声も。

カッピーのりあい号の利用者数を比較したところ、2019年は644名(20日間)だが、翌年は928名(22日間)で、1年の間に月284名の増加(1日当たり約10名増)。地域を支える「足」として認知されてきている様子がうかがえる。

さらに今年の6月からは、宅配サービスもスタートしたという。

カッピーのりあい号の「宅配サービス」(画像提供/久米南町役場)

カッピーのりあい号の「宅配サービス」(画像提供/久米南町役場)

人と共に荷物も運ぶ「貨客混載」型のサービスで、現在のところ宅配時間は、運行時間と同様。配送料1ケースにつき300円(5kg以内)で利用できる。

スマホからの予約画面。人と荷物をのせる場合も簡単に予約可能だ(画像提供/久米南町役場)

スマホからの予約画面。人と荷物をのせる場合も簡単に予約可能だ(画像提供/久米南町役場)

6月にはさっそく4件の利用があった。宅配サービスはスタートしたばかりのため今後さらに周知がされれば、より利用者も増えていくだろう。

「オンデマンド交通という新しいサービスを取り入れることで、新型コロナなどの影響により経済的ダメージを受けたお店にも、『宅配サービス』という形で町の活性化に繋がるチャンスが生まれている」と松舘さん。

完了時刻を基準にした曜日毎の時間帯別トリップ集計表(画像提供/久米南町役場)

完了時刻を基準にした曜日毎の時間帯別トリップ集計表(画像提供/久米南町役場)

また上の集計表にあるように、利用可能時刻のすべてが満遍なく埋まっている点も興味深い。毎日、何らかの予約が入り、地域住民に愛されているサービスであることが読み取れる。

松舘さんによると既存のバスをやめて、オンデマンド型交通に置き換えることで利便性が高まり、どんどん利用者が増えている地域もあるという。需要があるから予約をしてタクシーのように利用できるが、価格はバスのような価格(300円※)とあれば、それは利用増となるだろう。高齢化が進む地域ならばなおさら、重宝される移動手段だ。

※乗車価格等は、自治体などにより異なる

今後増えるかも!? 便利な相乗り通勤タクシーサービスオンデマンド相乗り通勤タクシーの全体イメージ(画像提供/KDDI株式会社)

オンデマンド相乗り通勤タクシーの全体イメージ(画像提供/KDDI株式会社)

「この事例は、満員電車から解放され、新型コロナウィルス対策にもなるサービスであるため、今後増えていくと思います」と松舘さんが教えてくれたのは、延べ約2000人のKDDI社員を対象として実施された「オンデマンド相乗り通勤タクシーサービス」の実証実験(2020年7月13日~8月7日)だ。

相乗り走行ルート一例(画像提供/株式会社未来シェア)

相乗り走行ルート一例(画像提供/株式会社未来シェア)

サービス範囲は、都内の一部エリアから飯田橋、新宿、虎ノ門エリアにあるKDDI事業所の間で行われた。出勤時は希望する場所で社員をピックアップし、会社周辺まで送迎。退勤時も同様で、事務所からエリア内の自宅周辺まで送迎してくれる。出勤時の送迎予約は前日の夜、退勤時は当日の昼までにアプリで行う。乗降場所や時刻などが指定でき、コンビニなどの乗降場所も指定可能だ。

もちろん車両は、徹底したコロナ対策を行っている。車には運転席と乗車席の間に「飛沫防止ビニールカーテン」を設置し、3密対策として、少人数での移動(非密集)やソーシャルディスタンスを意識した座席設定(非密接)、常時の換気実施(非密閉)、送迎後のアルコール消毒、ドライバーおよび乗客の事前検温、マスク着用も行っている。

さらにこのサービスは、すべてITで管理されているため、「いつ誰がどの車両を、どこまで利用したか」がしっかりと把握できる。感染症の封じ込めも即座に対応しやすいというメリットがあるそうだ。

地域住民のニーズと共に、今後も移動困難者を減らしていきたい

政府は今年度中に相乗りタクシーの解禁にむけ法改正を進めているが、「バスのように乗り合いができ、タクシーのように予約や乗降場所が指定できる」オンデマンド交通は、未だ厳密なルール化はされていない。現行の法律は「乗り合いは、バス」「タクシーは貸し切り」という認識のままなのだという。

「地域のニーズとして実証実験などを繰り返して普及させ、追随するかたちで認めてもらっている現状があります」(松舘さん)。逆に言えば、地域の移動交通を進化させているのは、「そこに住む人々のニーズ」ということになる。それが行政をも動かしているのだ。

「私たちは今後も、移動困難者をなくす活動を続けていきたいですね。そしてほかのさまざまな地域や技術と連携しながら、MaaSの1技術として発展に参加していきます」と松舘さんは言葉に力を込めた。

AIなどで進化を続けるタクシーをはじめとする公共交通機関は、高齢化社会における人々の「足」として、そして交通渋滞の緩和や新型コロナ対策として、今後も、さらに多くの人の生活を支え続けるだろう。これからの展開にも注目したい。

●取材協力
・株式会社未来シェア
・久米南町役場

約6割がAIによる「暮らしの利便性向上」を期待

(株)ジャストシステムはこのほど、全国の17歳から69歳の男女1,100名を対象に「人工知能(AI)&ロボット月次定点調査」の結果を発表した。この調査は2017年6月から毎月1回実施しているもの。今回の調査では、AIの発達による「暮らしの利便性向上」について、「期待している」という回答は60.7%、「どちらともいえない」は23.3%、「期待していない」は12.9%だった。「期待している」人の割合を年代別に見ると、10代は61.0%、20代は64.0%、30代59.0%、40代57.0%、50代63.0%、60代60.0%で、いずれの世代でも6割前後の人が期待しているようだ。

時短や省エネにもつながる「AI家電」については、「ぜひ購入したい」が10.1%、「興味があり、購入を検討したい」は26.8%で、合計すると36.9%の人が購入に前向きであることがわかった。「興味はあるが、購入したいとは思わない」は25.0%、「興味がない」は21.6%、すでに「所有している」は4.5%だった。

また、AIが自分の仕事や生活にもたらす将来的な可能性について、「2017年と比べて期待が高まった」と答えた人は62.8%だった。理由は、「テレビ番組や書籍などで、AIの進歩に驚いたから」が最も多く41.1%、次いで「テレビ番組や書籍などで、AIに対する理解が深まったから」35.7%、「店頭でAI関連商品・サービスに触れる機会が増え、進歩に驚いたから」34.2%だった。

ニュース情報元:(株)ジャストシステム

AIスピーカーで暮らしが便利に 住宅展示場で試してみた

Google HomeやAmazon EchoなどAIスピーカーが最近話題になっている。テレビCMを見ると、言葉だけで家電が作動するなど暮らしが楽しくなりそうだが、実際AIスピーカーで住まいはどう変わるのか? 2018年1月からGoogle Homeを使った「コネクテッドホーム」の提案を開始した大和ハウス工業の住宅展示場で体験してみた。
共働き世帯や高齢者世帯の暮らしを家が助けてくれる!?

東京・渋谷区にある大和ハウス工業の住宅展示場のリビング。「OK Google、家を出る準備をお願い」と言うと、AIスピーカーのGoogle Homeが「はい、行ってらっしゃい。お気をつけて」と応え、同時にカーテンが閉まり、照明が消え、エアコンが止まり、お掃除ロボットが動き出した。

【動画1】「朝の準備をお願い」と言えばカーテンが開き、照明が点灯し、エアコンが作動する(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

何かとバタつく朝の出勤前にすべてのカーテンを閉めて、照明を消して、エアコンのリモコンを探してオフにして、お掃除ロボットのスイッチを入れる……という作業が、たったひと言発声するだけで完了する。「共働きで忙しい方はもちろん、ご高齢で動くことが大変という方にも便利です」と大和ハウス工業の事業戦略グループ主任の古賀英晃さん。

このほかにも主寝室では「シアターモードにして」と言えばカーテンが閉じて天井から映写用スクリーンが下り、プロジェクターが動き出す。またインターネットで動画を楽しむ際、「○○の第5話を再生して」と言えば、スクリーンに希望のドラマが写し出される。

大和ハウス工業は “さまざまな住宅設備や家電をつなげて、利便性の高い豊かな暮らしの提供を目指す”プロジェクトである「Daiwa Connect(ダイワコネクト)」に取り組んでいる。2018年の1月からその第1弾として、AIスピーカーのGoogle Homeと、東急グループのイッツ・コミュニケーションズの「インテリジェントホーム(※)」を活用した「コネクテッドホーム」の提案を全国で開始した。

※インターネットに接続されたホームコントローラーを介し、設置したセンサーの信号を検知して指定のアドレスに通知したり、さまざまな機器を外出先からコントロールできるサービス

「ご来場いただいた方からはおおむね便利だという声をいただいています」(古賀さん、以下同)。とはいえ私もそうだったが、お父さん世代は「OK、 Google~」と人前で言うことが照れくさくて、少し抵抗感を示すという。しかし、子どもたちはむしろ面白がってAIスピーカーにいろんなことを話しかけるそうだ。

なにしろパソコンのキーボードを打つよりもスマートフォンを指先で操作するのが当たり前の彼らだ。彼らが建てる家は、いずれ声ですべての家電や設備を操作できるようになるのだろう。

こう言うと、最近話題のAIスピーカーについ注目が集まりがちだが、重要なのはそのAIスピーカーとさまざまな住宅設備や家電がつながることで、複数の動作を同時に機械が行ってくれることにある。

これは住宅内の家電などがIoT化(モノのインターネット化、モノがインターネットを通じて相互に接続され、自動制御などが可能になること)するからこそ実現する。冒頭はそんな暮らしのほんの一例に過ぎず、例えばスマートフォンのGPS機能を利用して帰宅前に自動で家のエアコンを作動させたり、住宅の躯体内のセンサーを通じてメンテナンス時期を把握できたり、トイレの排せつ物から健康状態を分析したり……など、IoT住宅はまさに無数の可能性を秘めている。

大和ハウスがプロジェクトをいち早く開始した理由とは

もちろん「IoT住宅はまだまだ過渡期です」。それでも、電機メーカーでもない大和ハウス工業が「Daiwa Connect(ダイワコネクト)」プロジェクトをいち早く開始した理由はどこにあるのか。

もともとIoTという言葉が生まれる前、1996年から住まいにおけるITの活用について研究してきた同社。「暮らしの困り事をIoTで解決する可能性を探り、いち早くお客様に提供するためです。AIスピーカーだけでなく、今後もさまざまな新しいデバイスがでてくるでしょう。そのときにお客様がニーズに合わせて好きなデバイスを組み合わせて使うことのできる環境(コネクト環境)を、従来お付き合いのなかったさまざまな業種の企業と、連携しながら整備していく必要があります」

現時点ではインターネットと直接つながる家電や住宅設備が少ないため、Google HomeをはじめとしたAIスピーカーが直接動かせるものは多くない。そのため家電や設備を動かす専用のコントローラーが室内に必要なのだが、家電や設備が直接インターネットとつながれば、専用コントローラーがなくても作動させられるし、さまざまな動作がより簡単に、同時にしやすくなる。

こうした環境整備のためには企業間の連携だけでなく、例えば冒頭の例のように、出かける前はどんな家電や設備が連動するといいのかなど、ユーザーの声も重要だ。日ごろからユーザーと接している同社がいち早く参入したことで環境整備が進み、結果的に他社に先駆けて商品の価値を高めるチャンスにもなる。さらにインターネットにつながることによる情報漏洩リスクなど、あらゆるリスクへの対策にも取り組んでいくという。

「そもそも『コネクテッドホーム』のご提案は、家事をラクにする家事動線のご提案と基本は同じです。暮らしに対する顧客の不満点やご要望に対して、従来は間取りや住設機器でのご提案が主流でしたが、これに加えてIoTという手段を使って、課題解決を図るということが重要になってきます。決してIoTありきではありません」

【画像1】複数のIoT機器がつながり、AIを活用することで得られるデータから、さらに新しいサービスが生まれる可能性もある(写真提供/大和ハウス工業)

【画像1】複数のIoT機器がつながり、AIを活用することで得られるデータから、さらに新しいサービスが生まれる可能性もある(写真提供/大和ハウス工業)

社会的な課題や変化に対応する住宅づくりが始まった

「共働き世帯の家事を効率化する住宅や、今後増加する高齢者世帯が安心・快適に暮らせる住宅はもちろん、在宅介護が楽になる住宅、通勤しなくても自宅で仕事がスムーズにできる住宅……IoTやAIの活用によって、これからの社会の変化にも対応した多彩な住宅をご提案できたらいいなと思います」。

「Daiwa Connect(ダイワコネクト)」のニュースリリースのタイトルには「プロジェクト始動」とある。つまり現状のAIスピーカーやIoT機器との組み合わせがゴールではなく、今まさに始まったばかり。今後登場するさまざまなデバイスによって、私たちの暮らしはさらに豊かなものへと変わっていくはずだ。

●取材協力
・大和ハウス工業

AIによるマンション推定価格「必要だと思う」が7割。そもそもAIとリアル査定はどう違う?

医療や犯罪捜査、将棋の世界に至るまでAI(人工知能)が活躍する昨今。大京穴吹不動産が、分譲マンションオーナーに対して、「AI推定価格に関する意識調査」を実施した。結果を詳しく見ていこう。【今週の住活トピック】
「AI推定価格に関する意識調査」を実施/大京穴吹不動産AI推定価格の公開サービスは、「迅速で容易に価格を把握できるので必要」が大勢

「AI推定価格」とは、“地域特性や経済指標、最新の不動産市場情報を含む売買履歴情報や賃貸情報などをベースにしたビッグデータを、AIが日々学習し、既存マンションの現在の市場価格をリアルタイムに算出するもの”。

AIが売買価格などを推定するサービスを「知っていた」(よく知っている5%+知っている19%)のは24%。知っている人で「利用したことがある」のは16%だった。調査対象は、千代田区、中央区、港区、江東区などマンションの売買や賃貸が活発な10区にマンションを所有している人なのだが、それでもAI推定価格の認知度はまだ高いとはいえない。

ただし、「AI推定価格をインターネットで公開するようなサービス」は必要だと思う(とても思う23%+思う48%)人は71%もいた。必要だと思う理由として最も多かったのは、「迅速かつ容易に価格を把握したいから」だ(画像1)。

【画像1】「AI推定価格」のインターネット公開サービスが必要であると「思う」と回答した人の理由(出典:大京穴吹不動産「AI推定価格に関する意識調査」より転載)

【画像1】「AI推定価格」のインターネット公開サービスが必要であると「思う」と回答した人の理由(出典:大京穴吹不動産「AI推定価格に関する意識調査」より転載)

たしかに、自分のマンションがいくらで売れそうか、いくらで貸せそうかといった価格価値をインターネットで簡単に把握できるなら便利だろう。売るのと貸すのとどちらがよいか、売るならいつがよいかを検討する判断材料にもなる。

一方で、必要だと思わない(全く思わない1%+あまり思わない3%)人の理由はと言えば、「AIによる推定価格と実際の取り引き価格の差があると思うから」や「AIによる推定価格に信憑性があると思えないから」と推定価格の信ぴょう性を指摘している(画像2)。

【画像2】「AI推定価格」のインターネット公開サービスが必要であると「思わない」と回答した人の理由(出典:大京穴吹不動産「AI推定価格に関する意識調査」より転載)

【画像2】「AI推定価格」のインターネット公開サービスが必要であると「思わない」と回答した人の理由(出典:大京穴吹不動産「AI推定価格に関する意識調査」より転載)

AIとリアルなマンションの価格査定では、どこが違う?

では、実際のマンションの価格査定はどうやって行われているのだろうか?

実は、査定には主に2種類ある。まず、「簡易査定」とか「机上査定」とか呼ばれるものがあり、公示地価などの公的データや周辺の取引事例などを基におおよその価格を推定する。つまり、実際の建物の状況などは見ずに、データ上で算出するものだ。

次に、「詳細査定」とか「訪問査定」とか呼ばれるものがある。売却目的で不動産会社に査定を依頼すると、担当者が物件の状態を細かく調査し、法的な条件なども加味して、実際に売却できる価格などを算出する。

一般的にマンションの場合は、周辺の取引事例が多いこと、一戸建てのように敷地の形や道路に接している部分がそれぞれ異なるといった個別性が高くないことなどから、周辺の類似した取引事例を参考に算出する方法が採られる。したがって、データ上で価格を想定するだけなら、限られた時間で人がやるより、AIが大量のデータから分析したほうが早くて精度が高いといえそうだ。

とはいえ、不動産は一つとして同じものがない。幅広いエリアで同じようなものが買われる商品ではなく、一定のエリアで需要がある個別性の高い商品だ。

同じ住戸でも、修繕やリフォームなどきちんとメンテナンスされた場合と何もしていない場合では、その価値は違ってくる。また、そのエリアで該当するマンションを欲しいという人がたまっている時期とそうではない時期など、タイミングによっても売れる価格は違うだろう。

つまり、物件の詳しい状態を把握して、待ち客の有無などその時点のマーケットを加味して、売れる価格を推定する人の技も、不可欠ということになる。

だからといって、AIの査定価格を否定するわけではない。AIにどこまでのデータを分析させるかにもよるが、大量のデータを分析した査定価格が容易に手に入るなら、自分のマンションをどうするかの判断材料になるし、売却のタイミングを計る指標にもなる。

AIの査定価格を目安や参考価格として上手に活用しながら、最終的にはマーケットに精通した人の技による査定価格も確認するというのがよいだろう。ただ、マーケットに精通した人かどうかという問題は残るので、不動産の取引の際には担当者の実力を見極めることが常に求められる。

「AI推定価格」サービス、71%のマンションオーナーが「必要だと思う」、大京穴吹不動産

(株)大京穴吹不動産(東京都渋谷区)は、分譲マンションオーナーを対象に「AI推定価格に関する意識調査」を実施した。調査対象は、千代田区・中央区・文京区・港区・渋谷区・新宿区・目黒区・品川区・大田区・江東区の10区で分譲マンションを所有するオーナー約112,500名。集計数は550名(男性380名、女性170名)。

「AI推定価格」のサービスを知っていますか?では、「よく知っている」(5%)、「知っている」(19%)で、知っている方は計24%だった。また、知っている方のうちサービスを利用したことがある方は16%。「AI推定価格」のインターネット公開サービスが必要だと思う方は71%だった。

サービスが必要だと思う理由(複数回答)では、「迅速かつ容易に価格を把握したいから」(72.9%)、「透明性の高い売買につながるから」(69.1%)、「売買のタイミングが自ら計れるから」(58.1%)が理由。また、「売却の必要が生じた時に、すぐに価格がわかって便利だから。」「資産価値を常に把握したいから。」などのコメントがあった。

サービスが必要だと思わない方の理由(複数回答)としては、「AIによる推定価格と実際の取り引き価格の差があると思うから」(52.4%)、「AIによる推定価格に信憑性があると思えないから」(19.0%)、「現在売却や賃貸に関心がないから」(9.5%)、「その他」(23.8%)。「売買に関係のない一般の人達に価格が安易に知られるのは嫌だ。」「売却を検討していない場合でも誰にでも家の値段が見られるのは嫌だ。」などのコメントもあった。

また、「AI推定価格」の専用サイトがあれば定期的に利用したいと思いますか?では、69%の方が利用したいとしている(とても思う(17%)+思う(52%)の計)。

ニュース情報元:(株)大京穴吹不動産