家を自分でデザイン&組み立てられる! テクノロジーのチカラで素人でも低コスト&自由度高い家づくりサービス「NESTING」がおもしろい VUILD

従来、家はハウスメーカーや工務店、建築士が設計し、施工事業者が建てるものだったのが、今はそこに住まう人自身が家をデザインし、施工まで手がけられる時代になりました。そんな、新しい住まいづくりの仕組みを世に打ち出したのは、テクノロジーの力で誰もが作り手になれる世界を実現する、を掲げた建築系スタートアップ「VUILD株式会社」。同社が手がけるデジタル家づくりサービス「NESTING」によって、建築デザインや施工など専門家の領域だったものが、そうでない人にも開放され、自ら住まいの作り手になることができます。今回は、その記念すべき「NESTING」の1棟目を建てたお施主さんと、「VUILD
株式会社」の代表・秋吉浩気さん、「NESTING」事業責任者の森勇貴さんに、サービスの背景や「NESTING」で建てる価値など、話をうかがいました。

「建築の民主化」をめざして。消費者を生産者に変えていく「NESTING」の家・外観(画像提供/VUILD株式会社)

「NESTING」の家・外観(画像提供/VUILD株式会社)

施主自らデザインできて、施工もできる。そう聞くと、「DIYでつくった家」といったイメージを抱く人もいるかもしれません。しかし、「NESTING」は「DIY」の要素を含んでいながらも、「DIY」のクオリティを大きく超えるデザインと性能が光る家。日本の風土に根差した自然に溶け合う佇まいで、「HEAT20 G2」(断熱等級6)という最高レベルの断熱性能を誇ります。

「NESTING」の家・内観(画像提供/VUILD株式会社)

「NESTING」の家・内観(画像提供/VUILD株式会社)

そんな、プロが手がけるような建築を、専門家でもない一般生活者がどうすれば建てられるようになるのでしょうか。そもそも、「NESTNG」のサービスを始めたきっかけは?まずは代表・秋吉浩気さんに事業の背景をうかがいました。

「VUILDでは、“「いきる」と「つくる」がめぐる社会へ”を、会社のビジョンとして掲げています。例えば、食べること。料理をつくり、それを食べることで、僕たちは生きているわけです。料理をつくる過程には、好きな食べものをつくる楽しさもあるだろうし、おいしく仕上げる工夫を凝らす楽しさもある。こんなふうに、生きるためにつくり、つくることで生きるという循環の先に、僕たちのいきいきとした暮らしがあるのではないかと感じて、「誰もが作り手になれる世界を実現する」をVUILDの活動モットーとしています。

そこで、VUILDが初めに取り組んだのが、3D木材加工機「ShopBot」の販売。誰もがものづくりの作り手になれるように、ものづくり技術の普及に取り組んできており、現在までに日本全国200箇所以上に導入してきました。ですが、デジタル機械を使いこなすまでには一定のハードルがあり、単に機械を販売するだけでは「誰もが作り手になれる世界を実現する」には至らないと感じました。

そこで、次にスタートしたのが、設計データさえあればそれを機械で加工可能なデータへと自動で変換してくれるツール「EMARF」です。これにより、ものづくりへの技術的なハードルがぐっと下がったものの、結局はものづくり経験のある人や、設計者でないと、このプラットフォームを活用できないという課題にぶつかりました。そこで思い浮かべたのが、Apple社のiPhone。技術の匂いをあまり感じさせないのに、高性能なテクノロジーが一つの端末に結集していて、誰もが直感的に操作できる。それでいて、デザインもかっこいい。それまでインターネットに興味を持っていなかった人も、iPhoneの普及によりインターネットに親しむようになったりして、僕はそれを「技術の民主化」だと捉えているんです。

ならば、僕たちがフィールドとしている「建築の民主化」を目指すためには、どうすればよいか。Apple社のiPhoneのように、技術を技術として販売するのではなく、テクノロジーをパッケージングしてブランドを築くことで、ものづくりや、建築の作り手としての入り口が開かれるのではないかと考えて、デジタル家づくりサービス「NESTING」の事業構想が浮かび上がりました」

「VUILD株式会社」の代表・秋吉浩気さん

「VUILD株式会社」の代表・秋吉浩気さん

「これまでは、つくることに興味のある人や、すでに作り手である人を相手にしたサービスを手がけてきました。でも世の中を見渡してみると、お金を出せばある程度のものが手に入る時代ですから、ほとんどの人が生産者というより消費者サイド。「いきる」と「つくる」がめぐる社会を築くには、社会の大多数を占める消費者にアプローチしないと、本当の意味で世の中を変えることはできない。「NESTING」が普及していくことで、これまで消費者だった人を生産者に変えることができるかもしれないと思いました」(秋吉さん)

誰でも直感的にデザインできる。基礎も、構造体も、自分でつくれる。だから、誰でも建てられる!

「NESTING」で建てる家と、従来の家づくりにどんな違いがあるのか。
第一に、「NESTING」は施主の主体・主導で家づくりが進行するというところに、大きな違いがあります。例えば、設計プロセス。一般的には、施主の要望を工務店や設計士が聞き取り、それに基づいた設計プランを「提案する」流れですが、「NESTING」では施主がデザインを手がけ、そのサポートをプロが行います。

専門家が行う建築設計を、どうやって初心者でも手がけられるようにしたのか。その背景には、デジタル技術の活用があり、施主は専用アプリを使ってパソコン上で操作しながら、間取りや空間のイメージを膨らませられます。(注:アプリは改修中のため、実際の仕様と記載が異なる場合があります)

「NESTING」専用アプリ。画面上で建物の大きさや間取りを直感的にデザインできる

「NESTING」専用アプリ。画面上で建物の大きさや間取りを直感的にデザインできる

第二に、「価格の透明性」。従来の家づくりは、工務店や設計士に設計の比重があるため「何に」「どれだけ」コストがかかっているのか、施主側からは見えづらいという側面があります。そのため「知らない間に、コストが膨れあがっていた」なんてことも。また、木材加工、基礎工事、建て方工事、屋根工事、断熱材の吹付け、塗装、床張りなど、工事の工程ごとに専門の事業者が入っているため、見積もりも煩雑で時間がかかってしまいます。

それに対し「NESTING」は、施主本人がデザインを手がけるスタイルであるため、「何に」「どれだけ」コストがかかるのか、「何を」「どうすれば」コストが増えるのか・減らせるのかが分かります。その上、電気工事や給排水設備工事など、資格が必要な工事以外は施主本人で建てられるつくりとしているため、複数の事業者が入ることもなく即座に精度の高い見積もりが可能。このようにして、価格の透明性が実現できているのです。

さらに、「NESTING」の建物に使う木材パーツの多くを前述した3D木材加工機「ShopBot」で加工しており、事業者に依頼せずとも自分たちで高精度な木材加工ができる。それも、価格の透明性を高めている特徴の一つです。

木材を加工する3次元木工用切削機「ShopBot」(画像提供/VUILD株式会社)

木材を加工する3D木材加工機「ShopBot」(画像提供/VUILD株式会社)

「ShopBot」で加工した「NESTING」の木材キット(画像提供/VUILD株式会社)

「ShopBot」で加工した「NESTING」の木材キット(画像提供/VUILD株式会社)

この部品は、女性や子どもでも運べるように全て10kg以下で制作されています。だから、体力に自信がない人でも安心。家族や友人と協力しながら、自分たちの手で家の構造を組み上げることができるのです。

家の基礎も自分たちでつくります。一般的にはコンクリートを打設しますが、「NESTNG」では杭工法を用いて、電動工具を使いながら自分たちで杭を打ち込んでいきます。

専用の金物に単管パイプを打ち込み、基礎が完成!施工方法さえ覚えれば、初心者でもできる(画像提供/VUILD株式会社)

専用の金物に単管パイプを打ち込み、基礎が完成!施工方法さえ覚えれば、初心者でもできる(画像提供/VUILD株式会社)

「NESTING」を横から見た図面(画像提供/VUILD株式会社)

「NESTING」を横から見た図面(画像提供/VUILD株式会社)

第三に、建物のデザインに心が行き届いているというところ。誰でもつくれる家と聞くと、デザイン性が置き去りにされそうな印象がありますが、「NESTING」の家は違います。

「NESTINGのデザインパッケージを考えていた当初、コストカットするために軒の出をなくす案もありました。安価で合理的な家を建てようとすると、屋根を削って真四角な家をつくるのが一番いいんです。でも、日本建築は「屋根の建築」とも言われるくらい、気候条件的にも重要な存在。「NESTING」のデザインで最も特徴的でありこだわったのは、屋根かもしれません」(秋吉さん)

「NESTING」は、日本の風土や自然に溶け合う家。自然を愛する人、古くからある日本らしい風景を好む人の心をつかむデザインです。

(画像提供/VUILD株式会社)

(画像提供/VUILD株式会社)

記念すべき「NESTING」の1棟目は、香川県・直島のお宿

こうして考えられた構想が、リアルに実現できるのか。その検証も兼ねて、「NESTING」は応募制というかたちで、2023年春にサービスが始動しました。そこで、記念すべき一人目の施主に選ばれたのは、東京都在住・清るみこさん。IT関係の企業に勤めながら、香川県にある直島が好きで、宿泊業を営まれています。今回は、新たにもう1棟、直島で宿の運営を始めようと、「NESTING」で建てることにしたそうです。

「NESTINGを選んだ理由は、早く建てたかったというのと、おもしろそうだったから。デザイン性と快適性にこだわってつくりたかったので、「NESTING」ならそれが叶いそうだと思いました。

よくある話だと思いますが、建物にこだわればこだわるほど、設計や施工費用がかさみ、後で減額調整をすることになりますよね。これまでは、工務店さんに丸投げしていたために、材料費以外にどんな費用がかかっているのか、減額の余地があるのかないのか、分からなかったんです。でも、「NESTING」はセルフビルドなので、工程も費用も自分でつくりながら理解することができる。VUILDさんとだからできる宿づくりでした」(清さん)

完成した宿の外観(画像提供/VUILD株式会社)

完成した宿の外観(画像提供/VUILD株式会社)

今回は、スピード感を重視していたために、清さんご自身が設計やデザインをすることはなく、「NESTING」のベースとなるデザインをもとに、設計者のスタッフと相談しながら間取りを決めていったそう。その後の、木材キットの加工などには清さんも積極的に参加されました。

「海老名に木材加工の工場があり、毎週末のように通いながら、部品が製造されていく様子を見学したり、部品の組み立てを体験させていただいたりしました。私自身、DIYで棚をつくったりしたことはありますが、こんな大掛かりな加工現場を見たことはなくて。とても勉強になったし、このキットで建物がつくれるんだ……!と、驚きもありました」(清さん)

部品づくりを体験された様子(画像提供/VUILD株式会社)

部品づくりを体験された様子(画像提供/VUILD株式会社)

今回、基礎工事は事業者が行い、部品の組み立ては清さんやお仲間の皆さんで手がけられました。

「土日の2日間、友人たちが直島に手伝いに来てくれて、「VUILD」のスタッフさんや地元の大工さんの手を借りながら、自分たちで部品を組み立てていきました。女性が多かったので、屋根など高所での作業や男手が必要な施工は、サポートに来てくれていたスタッフさんにお任せしたのですが、部品を運んだりネジ締めをしたりと、大工さんに相談したりしながら、それぞれが役割を見つけて動いていました」(清さん)

ご友人と一緒に、2日間の建て方ワークショップを開催!(画像提供/VUILD株式会社)

ご友人と一緒に、2日間の建て方ワークショップを開催!(画像提供/VUILD株式会社)

チームワークを発揮し、どんどん組み上げていきます(画像提供/VUILD株式会社)

チームワークを発揮し、どんどん組み上げていきます(画像提供/VUILD株式会社)

2日間で上棟!(画像提供/VUILD株式会社)

2日間で上棟!(画像提供/VUILD株式会社)

屋根の板金工事や、壁の取り付けは「VUILD」のスタッフさんや大工さんが行い、清さんは床のタイルシールの貼り付けを担当。

「仕事の合間をぬって、毎週のように直島に通いながら、タイルシートを貼っていました。一見、簡単そうに見える作業も、ズレなくピシッと貼るのが意外と難しくて。床に接着するボンドが固まってしまい、一部だけ床が盛り上がってしまったりと、苦労しました」(清さん)

その後、再度ご友人の皆さんに集まってもらい、2日間の塗装ワークショップを開催。素人でも壁や建具をムラなく塗れるように、「NESTING」のためにオリジナルで開発した塗料を使用されたそうです。

ご友人が集まり、塗装ワークショップを開催!(画像提供/VUILD株式会社)

ご友人が集まり、塗装ワークショップを開催!(画像提供/VUILD株式会社)

皆さん、塗るのに夢中になっています(画像提供/VUILD株式会社)

皆さん、塗るのに夢中になっています(画像提供/VUILD株式会社)

こうして完成した宿が、こちら。

庭からの外観。海に面している直島の気候風土に合わせ、潮風にも耐えられるよう外壁は焼杉を使用している(画像提供/VUILD株式会社)

庭からの外観。海に面している直島の気候風土に合わせ、潮風にも耐えられるよう外壁は焼杉を使用している(画像提供/VUILD株式会社)

ダイニングからリビングを見た様子(画像提供/VUILD株式会社)

ダイニングからリビングを見た様子(画像提供/VUILD株式会社)

リビングから縁側を見た様子(画像提供/VUILD株式会社)

リビングから縁側を見た様子(画像提供/VUILD株式会社)

写真で見ても、未経験者がセルフビルドで建てた宿だとは思えない、ハイクオリティな仕上がりであることが分かります。さらに、着工してから竣工するまで工期は、たったの2カ月。実際の稼働日に換算すると、43日。通常では考えられない、驚きのスピードです。「NESTING」で建ててみた感想や手応えを、清さんはこのようにお話しされました。

「昔の家づくりって、コミュニティを巻き込みながらつくり上げていく側面があったと思うんですけど、現代はそれが薄れてきてると思うんです。その点、「NESTING」を通じて自分たちの手で建てることで関わった人たちの愛着も湧くし、直島の近隣の方が工事の様子を見に来て、そこから会話が始まったりもして。この場を運営するのは私であっても、みんなで場を共有している感覚が、とてもユニークだなと感じました。

その一方で、スタッフさんや大工さんの手を借りながらも、ほぼ全てをセルフビルドでつくっているので、後からみると手直しをしたくなるようなところもあります(笑)。でも、それも含めていい思い出ですね」

どんな人に「NESTING」を勧めたいですかと尋ねると、「中小企業のチームビルディング研修にピッタリだと思います」と、清さん。

「実際に自分が建てるプロセスに参加してみて、組織のチームビルディングにすごくいいなと思ったんです。タイプの異なる人間が、同じゴールに向かって形にしていく過程の中で、学べるものがたくさんある。なので個人的には、店舗やレストラン、小規模の宿を運営されている中小企業の会社さんが、スタッフみんなで建てて、一緒にその場を築いていくみたいな「NESTING」の活用はとても魅力的だと思います」

ご友人と一緒に建てることで、さらに関係性が深まったと清さん。つくること、建てることは、単なる手段ではなく、その過程そのものが人と人とのつながりを育み、場が地域にひらいていくきっかけになりそうです(画像提供/VUILD株式会社)

ご友人と一緒に建てることで、さらに関係性が深まったと清さん。つくること、建てることは、単なる手段ではなく、その過程そのものが人と人とのつながりを育み、場が地域にひらいていくきっかけになりそうです(画像提供/VUILD株式会社)

「NESTING」で一番届けたいのは、つくる喜びや楽しさ

1棟目の「NESTING」建築を経て、「VUILD」代表の秋吉さんは、可能性を感じられたと話します。

「清さんとご一緒できたおかげで、改善の余地がどこにあるかを確かめることができました。建てるというプロセスにおいては、住宅を購入するのとは明らかに違う光景が現場に広がっていて、関わっている人全員が、すごく楽しそうに作業している姿が印象的でした。「NESTING」によって、家づくりのあり方が変わる。その確かな手応えをつかむことができました。

さらに言えば、自分たちで家をつくれたなら、地域づくりや街づくりも自分たちでできるかもと思えたりして、「NESTING」を入り口に、つくることや街づくりに対してどんどん主体的になっていく可能性があるなとも感じました。

今回の1棟目をふまえて、現在は2棟目の「NESTING」を建てているところ。その施主は、「NESTING」事業責任者の森さんです。総工費1000万円、工期1カ月を目標に進めているところです」

森さんは栃木県で暮らしており、移住を検討されている方を対象にした「お試し移住拠点」として建てられているそう。

「NESTING」事業責任者の森勇貴さん

「NESTING」事業責任者の森勇貴さん

「都市圏に住みながらも、自分らしい生き方や暮らし方に興味関心があるような人たちが増えてきていると思います。僕も、その一人。以前は東京に住んでいたのですが、今は那須に移住してリモートで仕事をしています。「NESTING」でお試し移住拠点をつくろうと思った理由は、自分たち家族が移住してみて、まちの魅力を存分に感じたため、移住仲間を増やしたかったから。今、建物の躯体が組み上がったところで、完成が楽しみです」(森さん)

安全管理を行った上で、息子さんと一緒に施工現場に入る森さん(画像提供/VUILD株式会社)

安全管理を行った上で、息子さんと一緒に施工現場に入る森さん(画像提供/VUILD株式会社)

この2棟目の実践を経て、本格的に「NESTING」のサービスがローンチできる目処がたってきましたと、秋吉さん。新たに10組の先行ユーザーを募集し、次々に「NESTING」を建てようと志す仲間が集まってきているそうです。

能登半島地震によって全壊してしまった家を、「NESTING」を使って自力で再建を目指す人。東京から地方に移住して、自然と共生するサステナブルな暮らしを実践しようとする夫婦。地域への移住促進に取り組む会社のオフィスとして…などなど。

その用途や目的はさまざまですが、共通しているのは、地域との関わりがあることや、建物を通して、周りとのコミュニティを開いていこうとしていること。森さんが話すように、自分らしい生き方や暮らし方に興味関心がある人、地域や自然とのつながりを求める人に、「NESTING」が選ばれている傾向があるようです。

「今後、さらに展開していくにあたって、その地域ごとに使う素材やデザインをアレンジできればと思っています。地域資源を活用したり、自然が循環するきっかけに「NESTING」がなれたらなと。さらには、大工や職人の高齢化・減少化が進んでいますから、家づくりのプロが減っても、家づくりを諦めなくていい環境を僕たちが整備していけたらいいなと考えています」(秋吉さん)

「VUILD株式会社」の代表・秋吉浩気さん

「NESTING」で家を建てることは、自分の「生きる」を「つくる」こと。そして「つくる」ことで、「生きる」ことの実感や手応えが、その人の人生に蓄積されていく。そのおもしろみや価値は、きっと頭で考えることではなく、自分の心と体で感じるもの。「NESTING」は、地に足をつけた生き方や暮らし方へと、現代に生きる人々のあり方を建てなおす起点となり、拠点となりそうです。

●取材協力
VUILD

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温泉付きリゾートマンションを98万円で購入、200万円でリノベ&DIY! 築75年をレトロかわいいセカンドハウスに大変身 小説家・高殿円さん 伊豆

『トッカン』シリーズ(早川書房)などの代表作がある小説家の高殿円さん。最近、伊豆(静岡県)の築75年のリゾートマンションの1室を98万円で購入しました。この体験を、2024年4月に発行した同人誌『98万円で温泉の出る築75年の家を買った』に綴っています。

もともと和室2Kだった部屋を、約200万円かけて40平米1Rへとリノベーションし、DIYにも挑戦しました。築古リゾートマンションのリノベで注意した点やDIYのコツを伺います。

産業廃棄物の処理が必要な部分は、業者へ依頼

高殿さんの部屋は、購入した当時、襖で2部屋に区切られた和室だったそう。高殿さんはまずはどこまで工事可能か、同じマンション内でAirbnb(民泊)を借りてシミュレーションすることから始めました。

「古い壁や建材によってはアスベストが混ざっていたり、壁の中に配管が通っていたりすると工事を断られてしまうこともありますから、まず壁や天井をどこまで壊せるのか確認しました」

小説家の高殿円さん

小説家の高殿円さん

産業廃棄物の処理が必要な和室の天井落としや、土壁部分の取り壊しは、業者へ依頼。張るのが難しい総柄の壁紙の処理も、職人さんに頼みました。

「壁紙と床を替えるだけでも、部屋の雰囲気は変わります。私は一点投資型で、ポイントとなる場所にお金をかけて、ほかは安く仕上げるタイプ。今回は壁紙にポイントを置きました」

鳥が舞う印象的な壁紙はドイツのデザイナーが手掛けた作品。上海でプリントアウトして輸入したもので、日本国内で使用したのは高殿さんが初だったそう。部屋の中のフォーカルポイントになっています。

作業の様子を見て、ほかの壁紙の張り替えも工数的に同じ職人へ頼んだほうがいいと判断し、ほかの箇所の処理も合わせて依頼。全部で約40万円ほどかけて壁紙を替えました。

鳥が舞う壁紙が目を惹く。壁紙は10万円以上した奮発ポイント

鳥が舞う壁紙が目を惹く。壁紙は10万円以上した奮発ポイント

床には飲食店などでも使われる硬くて傷がつきにくいサンゲツ(メーカー)の黒いフロアタイルを使用。

「もともと床板は張り替えるつもりだったのですが、部屋の畳を上げたら、木の素材が良くって。そのまま使っても大丈夫だと判断しました。リゾートマンションはもともと超高級マンションですから、築75年経っても使えるほど良い材質のものが使われているのでは、と施工をお願いした職人さんから教えていただきました。張り替え代が浮いた分、フロアタイルにお金をかけました」

キッチンは、木製だったものをすべて取り除き、業務用のステンレスシンクを取り付けました。

「ステンレスって磨けば何年でもピカピカに使えるのでいいですよね。中古品を約2万円で取り付けました。業務用なので、普段の手入れも楽です」

キッチンのガス回りには、名古屋でつくられた燃えにくい素材のステーションタイルを業者に張ってもらいました

キッチンのガス回りには、名古屋でつくられた燃えにくい素材のステーションタイルを業者に張ってもらいました

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水回りは現状維持のまま、部分DIYに挑戦

水回りは配置を動かすとお金がかかるので、今回は現状維持。お風呂やトイレはDIYして、気に入って使えるように工夫しています。

お風呂場の天井部分などの塗装壁は、表面が湿気にやられ、かびやすい部分。漆喰風に見える水性シリコン素材の「STYLE MORUMORU」を自分で塗って仕上げました。

「STYLE MORUMORUを20kgぐらい買って、友人を呼んで天井などを塗装しました。最初はていねいに塗っていたんですけど、思ったよりも時間がかかったので途中から急いで塗り終えました。無事に漆喰風になってほっとしています」

「STYLE MORUMORU」を塗ったお風呂場の天井

「STYLE MORUMORU」を塗ったお風呂場の天井

お風呂の床は、自分でタイル塗装。浴室全体の色合いを締める紺色を選びました。

「濡れる場所をタイル塗装するのは難しいんですが、『失敗してもいいや』と気楽に挑戦しました。修復方法を知っていれば、多少剥がれても直せます。もちろんプロに頼むほうがキレイですが、先々ちょっとしたことでも費用がかかりますから、長く住むなら少しでも自分で覚えることにメリットを感じました」

シックな色合いの浴室の床

シックな色合いの浴室の床

昭和風のお風呂ですが、蛇口を取り替えるなどちょっとした工夫を施して、気に入って使えるようにしています

昭和風のお風呂ですが、蛇口を取り替えるなどちょっとした工夫を施して、気に入って使えるようにしています

トイレの扉のガラス部分は、いわゆるレトロガラス。マンション建築当時に使われたものをそのまま活用することにしました。

「細工があるガラスは当時使われていた型がなくなり、現在は製造することができません。せっかくなのでそのまま活かすことにして、縁(フチ)の部分はアイアンペイントを塗りました」

現在は手に入らない細工ガラスの扉

現在は手に入らない細工ガラスの扉

高殿さんがDIYに使った用具の一部

高殿さんがDIYに使った用具の一部

収納場所は少なめに

部屋の内装で高殿さんがこだわったのは、クローゼットを設けないこと。天井からアイアンのパイプを吊るし、衣服をかけて陳列しています。

「収納スペースを設けないことで、部屋自体を広く使えます。私はもともと掃除好きで、神戸の自宅にも家具をあまり置いてないんです。収納場所があると、あっという間に物が増えちゃうんですよね。」

天井に近い場所に洋服やタオルやシーツなどを収納する棚を自作。広島県の廿日市市で木製品を製造する「WOODPRO」から足場材を取り寄せてつくりました。

「足場材って建物を作る時に利用されるのでペンキで汚れていたりするんですけど、ガサッとした質感が好みで利用しました」

同じ足場材を使って、ベッドヘッドの制作も行いました。

「ベッド自体はアイリスオーヤマで購入した安価なものですが、動いて壁紙と擦れてしまうので、足場材を使ってベッドヘッドをつくりました」

足場材を使ってつくられた棚とベッドヘッド

足場材を使ってつくられた棚とベッドヘッド

ベッド下も収納場所として活用します

ベッド下も収納場所として活用します

食器棚も同じ要領で、足場材を使って制作し、見せる収納。来客が多いため、ワイングラスなどが増えて、天井から吊るす収納方法も取り入れたそう。

「工夫したのは水切りカゴの配置場所。水が滴っても困らないように、洗濯機の上に置きました。収納場所が少ないなかで、どう楽しんで生活するか、チャレンジの場となっています」

調味料なども並ぶ食器棚

調味料なども並ぶ食器棚

洗濯機に置かれた水切りカゴ

洗濯機に置かれた水切りカゴ

高殿さんは神戸との2拠点生活を送るため、月の半分以上はセカンドハウスを空けています。空き巣対策としても、家具類は最低限に揃え、家電や小物もジモティーやYahoo!オークション、メルカリなどで安く購入したそう。

資材高騰直前に滑り込めたこともあり、今回のリノベーションとDIYでかかった総額は約200万円。

「DIYはコストを削減できる分、失敗もしますから、それも含めて楽しめるどうか、自分の性格を見極めて挑戦することが大切だと思います」

Airbnbに宿泊してリノベーション後の自室を想像するのは、なかなか考え付かない妙案です。セカンドハウス利用が多いリゾートマンションだからこそできる技ですが、2拠点生活に憧れたら試してみる価値がありそうです。

小説家の高殿円さん

●取材協力
高殿円さん
小説家。漫画の原作や脚本なども担う。2000年、『マグダミリア 三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞。2013年、『カミングアウト』で第1回エキナカ書店大賞を受賞。2024年4月には同人誌『98万円で温泉の出る築75年の家を買った』を刊行。X(旧Twitter)

<撮影:曽我美芽 / 構成:結井ゆき江 / 取材・編集小沢あや(ピース株式会社)>

温泉付きリゾートマンションを98万円で購入してみた! 「別荘じまい」が狙い目、Airbnbで宿泊内見など物件選びのコツ満載 小説家・高殿円さん 伊豆

『トッカン』シリーズ(早川書房)などの代表作がある小説家の高殿円さん。最近、伊豆(静岡県)の築75年のリゾートマンションの1室を98万円で購入しました。この体験を、2024年4月に発行した同人誌『98万円で温泉の出る築75年の家を買った』に綴っています。

もともと3Kだった物件をリノベーションとDIYで1Rに仕上げ、部屋のお風呂で温泉を楽しんでいます。自宅は神戸にある高殿さんが2拠点生活を始めたきっかけや、リゾートマンションを購入した経緯、物件選びのポイントを伺いました。

自分の人生を支える拠点・温泉付きのセカンドハウス

小説家の高殿円さんはコロナ禍で大好きな海外旅行ができず、気持ちが塞ぎ込んでしまったことをきっかけに、自分の人生を支える拠点として温泉付きのセカンドハウスの購入を決めました。

「昔から大の温泉好き。それに、自宅は神戸(兵庫県)なんですけど、東京へ出張する度に小さなストレスが重なっていたんですよね。ホテルに泊まってもドライヤーの風量が気になるし、いつもの美容液やお気に入りのタオルケットとか、荷物が多くなって大変だなと思ったんです」

高殿円さん

高殿円さん

伊豆のリゾートマンションから東京までは、特急列車「サフィール踊り子」を使えば約2時間。最寄駅からはタクシー圏内で、観光資源が豊かな土地だけに、買い物もネットスーパーを利用できるそう。

「静岡県の南側はすべて海。視界も抜けがあって気持ちがいいし、太陽の光でどこも暖かく、睡眠の質もよくなりました」

山の上に立つリゾートマンションは海からの照り返しで冬でもエアコンなしの半袖で過ごせるほどの温かさ。箱根の山から海へ向かって風が吹くため、潮風の影響を受けることもほとんどないのだそう。

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見知らぬ土地での物件取得 情報収集のポイントは?

「物件探しでは、セカンドハウスで自分が叶えたいポイントを整理することから始めました。私はお風呂好きで、1日の3分の1は漬かっていたいタイプです。だから温泉と、海が見える景観の2つを重視して探し始めました」

どの温泉地がいいか、まずは草津温泉や別府温泉、道後温泉、有馬温泉などあらゆる場所を旅しました。

「そのうち自分のなかで『瀬戸内海以外の海が見たい』『神戸からアクセスしやすい場所がいい』と条件が出てきて、最終的に伊豆エリアでセカンドハウスを探すことに決めました」

おおよそのエリアを決めた後は、よりリアルな現地の状況を知るために、近隣のお店を訪ねます。

「情報収集で良かったのは美容院。ご高齢の方が経営する場所ではなく、若い人が働く活気のある美容院で話を聞きたかったので、まずはネット予約できる場所を探しました」

そこでヘアカラーとカットを注文。その間に「最近どうですか?」と話しかけて、地域の良いところやおすすめのお店をヒアリングしていきます。たまたま高殿さんが訪ねた美容院は、東京で修業して、コロナ禍をきっかけに地元で店を構えた美容師だったといいます。

DIYしたこだわりのドレッサースペース 日々のメイクも楽しいのだとか

DIYしたこだわりのドレッサースペース 日々のメイクも楽しいのだとか

高殿さんは美容院で情報収集するだけでなく、美容院に来るお客さんにも注目しました。

「白髪染めや子どものヘアカットは、セルフで仕上げるか、美容院へ通うかの二択ですよね。美容院って、実は家計の余裕と切実に結びついているんです。美容院の客層や施術内容を、地域の豊かさを測るポイントにしていました」

特に重視したのは、子どものヘアカット。高殿さんが訪れた美容院では、入れ代わり立ち代わり近所の子どもが一人でやってきて施術していたそう。

「子どもが一人で美容院へ通うのは、母親が忙しく働いている家庭で、周辺の治安が良いからこそできることだと考えました。子育て世代が活気づく地域は少子化が緩やかですし、移住者が増える余地があるとわかりました」

「お部屋で源泉を楽しみたい」温泉好きのマニアックな物件探し

情報収集を進める一方、温泉の条件についても整理していきました。実際に物件を見るだけではなくAirbnb(民泊)やマンスリーマンションを利用して、さまざまな温泉付きマンションや一軒家に宿泊。改めて、温泉付き物件を所有する難しさを感じたといいます。

温泉を一軒家などで利用する際は温泉権が必要です。温泉権は新規取得後10年ごとに更新料がかかります。建設当初は温泉権を所有していた物件でも、相続を機に手放してしまうケースや、温泉権を所有していないのに「温泉付き」を謳ってトラックなどで温泉を運び入れるケースもありました。

加えて、温泉は温度が低くても成分を含有していれば認められるため、ガスボイラーで沸かす管理費にコストがかかる場合もあったそう。

「温泉付きマンションの管理費は、高いと約10万円もかかることもあるんです。2拠点生活では維持費が重要。軽視することはできませんでした。また、リゾートマンションで空き部屋が多い物件は、管理費の負担が増えるケースもありますから、その辺りの事情も尋ねるようにしていました」

一方、さまざまな物件と出会うなかで、高殿さん好みの温泉付き物件の条件も見えてきます。

「大浴場付きリゾートマンションは冬は寒いなかを出歩かないといけないし、同じマンションの住民と会ったら挨拶もしなくちゃいけない。それよりは、1人でじっくりお部屋のお風呂に漬かって、好きに過ごしたいなと気付きました」

将来的に売ることも考えて物件購入

最初に提示していた条件以外にも、実際に住むとなると細かなところが気になってきます。例えば虫。高殿さんは虫が苦手なので、マンションの下の階や山の中にある一軒家を避けたそう。

「リゾートマンションの1階は虫が出やすいだけでなく、湿気が上がってきやすいので床が傷んでいる可能性もあるんです。でも、庭付きでペット可物件の場合は1階でも人気が出ます。人によって好みは分かれますが、私は上層階を選ぶようにしました」

加えて、将来的に売ったり貸したりすることも考えたといいます。

「住みたい地域のマーケットを見続けると、すぐに売れるマンションとなかなか売れないマンションの違いがわかってくるんです。流動性が高い物件は売りやすいから、まずはそういう物件を探しました」

最初にあげていた高殿さんの条件である海が見える景観は、マリンスポーツ好きなどから変わらない人気があります。加えて温泉が楽しめるとあれば魅力的な物件です。

「リゾートマンションの場合は、Airbnbとして貸し出しているケースも多いので、購入希望のマンションに滞在してみて、人気の理由を探るようにしていました」

宿泊するAirbnbは、ほかの部屋と同じ間取り。どれくらいのリノベーションができるか配管の位置などもチェックしたそうです。

リノベーションとDIYで1Rに仕上げた部屋

高殿さんが購入したリゾートマンションは0円で売られている部屋もあります。相続したはいいけれど維持費がかかり手放す選択をした場合や、高齢になってから介護付きマンションへ移るために「別荘じまい」をするケースも多いのです。

「0円物件はお値打ち価格ですが、給湯器などの設備が古いと入れ替えに何十万円もかかったりします。また、築年数が古いと、建築素材にアスベストが含まれる可能性がある物件もあります。いざリノベーション工事を依頼したら『請けられません』なんてことも。どこまで内装が変えられるかは、リノベーションを経験した人と一緒に行かないとわからないかもしれません。同じマンション内にリノベ済みの部屋があれば、参考になると思います」

購入意思を固めた後は、マンションの管理組合の議事録も忘れずにチェック。

「まず、新しく入居した人と、元から住んでいた人が仲良く暮らすために建設的な対話ができているかを見ます。例えば『1階はペット可物件じゃなかったけど、空き部屋になるよりは需要が見込める選択をしよう』など、前向きな議論ができているか。壮絶な論争があったマンションには、ご近所トラブルが発生しないか、構えてしまいますよね。入居者同士の話し合いの様子は、長く物件を所有するつもりであればまずチェックしたいポイントです」

高殿円さん

60度の源泉が出るリゾートマンションを購入し、現在は月のうち1週間ほどを伊豆で過ごしている高殿さん。高殿さんのSNSでは地魚を使ったおいしそうな料理が見られ、満喫している様子が伝わってきます。

「ひとりで過ごすのはもちろん、滞在中は友達が代わる代わる遊びに来ます。みんなで順番に温泉に入って、絶景を眺めて、伊豆の海鮮を楽しむんです。友達が友達を連れてくることもあります」

大人数で滞在となると光熱費も心配になりそうですが、なんとこの物件、温泉付きだからこそ節約ができているのだとか。

「まず、温泉は沸かす必要がないため、ガス代は月に約980円。その分、熱いお湯を運ぶための配管メンテナンスが必要ですが、私のようなお風呂好きはガス代を気にせずに使いまくれるのでお得な気分です。加えて、温泉代は月額利用料が決まっていて、水道代とは別請求。結果として水道代が抑えらえます」夢の温泉付きリゾートマンション、初期費用は98万円の購入費のほか、リノベーションとDIYに約200万円がかかったそう。物件取得後のDIYやインテリアについても、別記事で詳しく伺います。

リノベーションとDIYで1Rに仕上げた部屋

●取材協力
高殿円さん
小説家。漫画の原作や脚本なども担う。2000年、『マグダミリア 三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞。2013年、『カミングアウト』で第1回エキナカ書店大賞を受賞。2024年4月には同人誌『98万円で温泉の出る築75年の家を買った』を刊行。X(旧Twitter)

<取材・編集小沢あや(ピース株式会社)/撮影:曽我美芽 / 構成:結井ゆき江 / >

内窓DIYで室温10度も断熱できる省エネ対策。ホームセンターで買えるお手軽キットでも可能

「夏暑く、冬寒い」「結露ができて不快」、こうした住まいの問題を解決するには、どうやら「窓」の改修がいいらしい、ということが知られるようになりました。とはいえ、どのくらい効果があるの?DIYで手軽にできない?などの疑問はつきないはず。そうした疑問や悩みを解消してくれる「断熱改修はじめの一歩」ワークショップが長野県で開催されました。子どもも参加OK、ホームセンターで買える簡易的な内窓キットと最低限の工具だけを使って内窓のDIYをしよう! という一見お手軽な内容にも関わらず完成した内窓をつけたところ、なんと10度も表面の温度差が生まれるという驚きの結果に。その様子をレポートします。

内窓をDIYで自作してみたい!長野県全域から希望者殺到!

「断熱改修はじめの一歩」という講演会とDIYワークショップが開催されたのは、長野県上田市。二部構成で、一部は断熱推進イニシアチブ合同会社の木下史朗さんによる講演、現役の建具職人でもある有限会社クボケイの窪田智文さんのミニレクチャー、二部は市販されている内窓キットを使ってのDIYワークショップというもの。主催は長野県上田地域振興局で、運営にあたるのがNPO法人上田市民エネルギーです。

近年、内窓をDIYで作成できる「内窓キット」がホームセンターなどで購入できるようになっています。今回のワークショップではこの「内窓キット」を用いて、建具職人を講師に招いて、内窓を実際につくるという試みです。ちなみに、必要な道具は差し金や鉛筆、カッターなどの身近なものばかり。DIYの心得がなくとも誰でもできるといいます。

一部の講演会には上田市在住の方だけでなく、長野県内各地から約60名が参加し、二部のワークショップの定員20名はわずか数日で満員になったとか。想像以上の関心の高さに圧倒されますが、長野県上田市は冬の寒さはもちろん、夏はびっくりするほど暑くなるそう。

「全国的に暑かった2023年ですが、上田では全国最高の38.4度を記録したこともあるほど。とにかく夏は暑いんです。さらに冬は寒いため、二酸化炭素削減にも健康面でも、建物の省エネ性能向上が必須なんです」と話すのは上田市民エネルギーで理事長を務める藤川まゆみさん。

長野県はこうした自然の厳しさを背景に、住まいや建物の省エネルギー性向上を推進しており、上田高校や白馬高校など複数の県立高校で高校生が企画運営する断熱ワークショップを支援しています。また、こうした学生の断熱に関する取り組みがニュースになることも多く、それを見聞きした保護者をはじめ、一般世帯にも関心が広がっているようです。すばらしい流れですね。

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断熱改修の初心者に向けて。講演会でしっかりと知識を身に付ける!

まず一部は「断熱改修はじめの一歩」と題して、断熱推進イニシアチブの木下史朗さんが、自宅のサーモグラフィ画像をあげつつ、自宅や軽井沢の高性能賃貸「六花荘」を建てたこと、軽井沢の空き家を性能向上リノベさせたエピソードを紹介。

木下さんが断熱に目覚めるきっかけとなった家の寒さ。室内だが窓枠の表面温度は1度(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

木下さんが断熱に目覚めるきっかけとなった家の寒さ。室内だが窓枠の表面温度は1度(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

高性能賃貸「六花荘」をサーモグラフィカメラで撮影。もっとも冷たいのは牛乳。室温は20度程度に保たれており、裸足でも大丈夫な暖かさに(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

高性能賃貸「六花荘」をサーモグラフィカメラで撮影。もっとも冷たいのは牛乳。室温は20度程度に保たれており、裸足でも大丈夫な暖かさに(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

木下さんが実際に性能向上リノベをした物件。改修前はUa値0.94でしたが改修後は Ua値0.28と大幅に性能向上(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

木下さんが実際に性能向上リノベをした物件。改修前はUa値0.94でしたが改修後は Ua値0.28と大幅に性能向上(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

加えて、日本の既存住宅のうち、1999年の省エネ基準(2025年義務化予定)に達しているのがわずか1割程度しかないこと、建築物が断熱されていないため多くのエネルギーを無駄にしていること、断熱性能をあげるにはまず「窓」が大切であることを説明していきます。実体験+データを交えての話はリアリティがあるうえ、建築士ではなく、ひとりの住まい手としての体験から得た話となっており、非常にわかりやすいものとなっていました。

また、現在は「先進的窓リノベ事業」「長期優良住宅リフォーム推進事業」「信州健康ゼロエネ住宅(リフォーム)」といった助成制度があること、省エネ性能が高いものほど補助額が高いこと、今ある窓の内側にもう一枚窓をつくる工法、今ある窓枠を壊さず新しい窓に交換する工法があることなども紹介されていました。

上田高校の断熱改修ワークショップの施工前

上田高校の断熱改修ワークショップの施工前と施工後(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

上田高校の断熱改修ワークショップの施工前と施工後(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

断熱材を入れたところはオレンジで15度になっているが、入っていないところは紫色で7.6度。表面の温度差7.4度!(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

断熱材を入れたところはオレンジで15度になっているが、入っていないところは紫色で7.6度。表面の温度差7.4度!(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

参加者には子育て世帯が多いのかと思いきや、年配世代も多数参加していました。築年数が経過した住まいは無断熱、または断熱性の低い住まいが多いので、当たり前といえば当たり前かもしれません。講演のあとには、断熱材の主な材質とその特徴の違いについての質問が飛び出すなど、講演者・参加者のみなさんの本気度合いに圧倒されます。

建具職人によるDIYのコツ。成否の鍵を握るのは採寸と裁断

その後、二部でも登場する現役の建具職人・窪田智文さんが登壇し、ホームセンターで販売されている内窓キットを使って内窓を作成するコツを話してくれました。窪田さんは2012年の技能五輪全国大会家具部門で銅メダルに輝き、現在でも建具と家具を担当する現役の建具職人です。今までも上田高校などの断熱ワークショップを手伝っているそうですが、地元にこうしたトップクラスの職人さんがいて、協力を得られるのは大変貴重です。

窪田さんによるDIYのミニレクチャー。みなさん熱心にメモをとっていらっしゃいます(写真撮影/嘉屋恭子)

窪田さんによるDIYのミニレクチャー。みなさん熱心にメモをとっていらっしゃいます(写真撮影/嘉屋恭子)

窪田さんによると、ホームセンターでも内窓のDIYキットの取り扱いは増えているとのこと。DIYキットの内容は(1)窓枠に貼るレール、(2)サッシにあたるフレームのセットで、価格は2000~4000円程度。これに加えて、窓ガラスに相当するポリカーボネートを購入し、1窓約1万円程度でできるそう。

既存の窓に加えて、内窓を1枚つけると空気層ができます。空気は熱を伝えにくい性質をもっているため、冬は暖かく、夏は涼しくなる、これが内窓での断熱性が向上する理由です。
内窓のDIYを成功させるにはいくつかコツがあるそうですが、要約すると以下になります。

(1)既存の窓枠をしっかり採寸する
・定規はしっかりした材質で、まっすぐ良いものを使う
・レーザー計測器もあるが、自分でもしっかり確認を
・幅や高さだけでなく、真ん中の高さ、斜めもしっかり測る
(築年数が経過した物件はたわんでいることがあるため、たわんでいたら要補正)

(2)窓にあたるポリカーボネート板をまっすぐ裁断する
・ポリカーボネート板を、計測したサイズどおりに、まっすぐ切ること
・一度に切ろうとするのではなく、表面に筋をつけていき、徐々に裁ち落とす
・自分で切るのが難しい人はホームセンターのカットコーナーで依頼するとよい(ホームセンターにもよるが、1カット100円以内)

また、窓が大きいほど採寸・裁断が難しくなるため、まずは小さな窓からはじめてみて、成功したら次の窓をすすめるとよい、とアドバイスしていました。

温度差10度! 部屋の体感はぐっと暖かくなった

そしていよいよ二部のワークショップへ。今回は上田地域振興局が入る上田合同庁舎3階の会議室の内窓合計14枚を作り、その後も使っていく計画です。市民参加で公共建築物の断熱性が向上できるのは、とても有意義な取り組みですよね。何しろ(1)ワークショップの場として活用でき、(2)設計施工費用を抑えることができる、(3)建物の省エネ性能が高まる、(4)内窓を知らなかった人も目にすることができ、興味が湧く、など一石四鳥にもなるからです。

講師となる窪田さんに加え、木下さん、小さなお子さんはもちろん、高校生、大人など幅広い世代の参加者がいっしょに作業をしていきます。まずは安全のためにラジオ体操を行いますが、同じ空間で体操をするとぐっと気持ちの距離が縮まり、和やかな雰囲気になります。

また、SUUMOジャーナル編集部員も人生初のDIY体験で参加しましたが、「取材じゃなければ、人生で一度もDIYをしないと思う」というタイプだそう。興味はあるものの、なかなか腰が重い。これは、多くの人が同じ気持ちになるのではないでしょうか。

そんなDIYスキルも事情も異なる参加者が力を合わせ、完成したのが14枚の内窓です。まずは完成したところからご覧ください。下の写真でいうと、右の白枠が設置した内窓、左の結露しているのが既存の窓です。

窓にさわって温度の違い感じるお子さん。既存の窓は冷たく結露していますが、内窓はひんやりとせず温かい!(写真撮影/嘉屋恭子)

窓にさわって温度の違い感じるお子さん。既存の窓は冷たく結露していますが、内窓はひんやりとせず温かい!(写真撮影/嘉屋恭子)

完成した14枚の内窓をはめこんだ様子。内窓と既存の窓、その表面温度差10度にも(写真撮影/嘉屋恭子)

完成した14枚の内窓をはめこんだ様子。内窓と既存の窓、その表面温度差10度にも(写真撮影/嘉屋恭子)

内窓をつけたところ。サーモグラフィカメラで撮影すると17度と温かくなっています(写真撮影/嘉屋恭子)

内窓をつけたところ。サーモグラフィカメラで撮影すると17度と温かくなっています(写真撮影/嘉屋恭子)

既存窓を撮影するとなんと7度。そばによるとひんやりとした冷気を感じます(写真撮影/嘉屋恭子)

既存窓を撮影するとなんと7度。そばによるとひんやりとした冷気を感じます(写真撮影/嘉屋恭子)

取材日は最高気温5度、外はみぞれ交じりの天気でしたが、内窓はつけるとその表面温度は17度に。手のひらでさわるとより温かさを実感します。約2時間でここまででき、さらに直後で冷やされていないとはいえ表面温度にこんな変化があるとは。まさに感動!のひとことです。

内窓DIYするなら、ホームセンターのカットサービスを活用すると簡単に!

ここであらためて、どのようなプロセスで進められていったのか紹介します。

<使う道具>
内窓キット 14枚分
ポリカーボネート板 14枚分
軍手、差し金、鉛筆、カッターなど

<ワークショップの流れ>
(1)窓レールにあたるパーツの切り落とし
(2)窓レールにあたるパーツを貼る
(3)フレームパーツを切り落とし
(4)ポリカーボネート板を切り落とす
(5)フレームをはめ、フィルムを剥がす
(6)完成した窓を窓枠にはめる

こうしてみると、特別な道具は使わず、材料を切断して貼ったり、枠にはめていったりと、難しい作業はしていません。ただ、やっぱりそこは初対面の人との共同作業になるので、談笑しつつ手探りで作業を進めていきます。

(1)指示にしたがって窓枠になるパーツを指定のサイズに裁ち落とす(写真撮影/嘉屋恭子)

(1)指示にしたがって窓枠になるパーツを指定のサイズに裁ち落とす(写真撮影/嘉屋恭子)

(2)カットした窓枠を両面テープで貼って固定しているところ(写真撮影/嘉屋恭子)

(2)カットした窓枠を両面テープで貼って固定しているところ(写真撮影/嘉屋恭子)

既存の窓枠の手前、白い樹脂が貼り付けた内窓のレール部分になります(写真撮影/嘉屋恭子)

既存の窓枠の手前、白い樹脂が貼り付けた内窓のレール部分になります(写真撮影/嘉屋恭子)

(4)ポリカーボネート板を規定のサイズに裁断していきます(写真撮影/嘉屋恭子)

(4)ポリカーボネート板を規定のサイズに裁断していきます(写真撮影/嘉屋恭子)

カットできたポリカーボネート板にフレームをはめこんでいきます(写真撮影/嘉屋恭子)

カットできたポリカーボネート板にフレームをはめこんでいきます(写真撮影/嘉屋恭子)

最後にフィルムを剥がして完成(写真撮影/嘉屋恭子)

最後にフィルムを剥がして完成(写真撮影/嘉屋恭子)

白いフレームがDIYで作った内窓です。1面ですが、達成感と充実感が湧き上がります(写真撮影/嘉屋恭子)

白いフレームがDIYで作った内窓です。1面ですが、達成感と充実感が湧き上がります(写真撮影/嘉屋恭子)

参加されたみなさんに感想を聞きましたが、「実際にできるか不安だったが、楽しかった」「プロの技がすごいなと思った」などの感想が。なかには「DIYはあきらめてプロに依頼しようと思いました」「ホームセンターで切断してもらって、はめるだけならできるかも」との声も。確かにホームセンターで「裁断」までしてもらえていれば、ぐっと家庭でも取り入れやすいと思いました。

筆者は窪田さんのキズをつけないコツ、四隅のサイズを少しずつ調整していく仕事の確かさ、身のこなしなどが印象に残りました。なかなか見られない建具職人の仕事ぶりは、まさに眼福です。

さらに今回、DIY初体験だった編集部員はDIYに開眼したらしく、黙々とポリカーボネート板を切り落としていました。「無心になれていい。モノをつくる達成感がふつふつと湧いてくる」とのこと。DIYは無縁と思っていても、目の前で一つの形になっていく、クリエイトする喜びはやっぱり人の心に訴えかけるものがあるようです。

主催した長野県上田地域振興局環境課の上原さんによると、企画の背景を「地球温暖化対策として、やはり窓がよいということを聞いて、今回のワークショップを企画しました。想像以上に反響があり、関心の高さを実感しました。また、実際に手を動かすなかで得られたものは大きいですし、何よりみなさん進むとにこにこしてらして。身近なところから環境負荷を減らすとともに、住まいが快適になればうれしいですね」と話していました。

今回の講演とワークショップ、大きな反響もあったようなので今後、上田だけでなく、長野県全域に広がっていくかもしれません。こうした「断熱改修」の流れが、日本全国の津々浦々に広がっていったらいいのに、そう願わずにはいられません。

●取材協力
・長野県上田地域振興局環境課
・NPO法人上田市民エネルギー
・断熱推進イニシアチブ
・有限会社クボケイ

最高水準の省エネ住宅をDIY! 光熱費4分の1以下、ZEH水準超えの断熱等級6の住みごこちを聞いてみた

住まいの省エネ性能に関心が高まるなか、ハーフビルドで省エネ性能の等級6というハイスペックな家づくりにチャレンジした夫妻がいます。等級6とは7と合わせて2022年に新たに設定された最高水準クラス。ほとんどの新築住宅で、まだそのレベルのものは搭載されていません。2023年には2人が主催するワークショプにも参加させてもらいましたが、無事、建物が引き渡しとなり、すでに半年ほど暮らしを営んでいるそう。ではその住み心地とは? 得られたものと、その幸せな暮らしぶりをご紹介します。

■関連記事:
ZEH水準を上回る省エネ住宅をDIY!? 断熱等級6で、冷暖房エネルギーも大幅削減!

省エネ等級6の家をハーフビルド。健康に暮らせる家ができた!

2023年1月、省エネルギー等級6の家を職人さんたちの手を借りつつ、ハーフビルドでつくるというワークショプに参加してきました。午前は壁や床の断熱性を高める施工、午後は焼き杉づくり&お餅つきという大変濃い内容でしたが、その楽しそうな様子は筆者の心に強く印象に残っています。2023年も終わりになり、住まいと暮らしが落ち着いてきたということで、この度、お邪魔してきました。

ワークショップ時の様子(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショップ時の様子(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショプ時の建物外観。あれから約1年が経過(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショプ時の建物外観。あれから約1年が経過(写真撮影/桑田瑞穂)

まず、森川さんのお家について整理しておきましょう。
神奈川県の山間に夫妻と2人のお子さんで暮らしています。完成した住まいは平屋建て、間取りは大きな1LDK、建物面積は約60平米、上部にロフトが30平米というもの。

南に大きなリビング。中央にキッチン・洗面などを配置。無駄のないシンプルな間取り(間取図提供:森川さん)

南に大きなリビング。中央にキッチン・洗面などを配置。無駄のないシンプルな間取り(間取図提供:森川さん)

2024年春の時点で上のお子さんは4歳、下のお子さんは2歳。夫は現在、子育てをしながら地域の仕事をしたり、自宅で養蜂をしてはちみつの販売をしており、妻は育休から仕事に復帰、現在リモートワーク中心に働き、週1回ほど都心部まで通勤しています。

正真正銘の自家製はちみつ。一部を販売しています(写真撮影/桑田瑞穂)

正真正銘の自家製はちみつ。一部を販売しています(写真撮影/桑田瑞穂)

住まいの断熱性能は、省エネ地域区分5(※)の省エネルギー等級6(外皮熱貫流率UA値0.46W/平米K)、気密値はC値0.3という、ZEH以上の高性能住宅です。給湯はエコキュート(ヒートポンプ技術で空気の熱でお湯を沸かす)を採用、空調は6畳用エアコン2台、熱効率80%の第一種熱交換システム、太陽光発電パネルを搭載し、発電した電気は、自宅で使うエネルギー(給湯含む)のほか、電気自動車の充電にも使っています。窓はLow-Eトリプルガラスの樹脂窓(遮熱タイプ)。建物はシンプルでありながらも、実に環境に配慮した、高性能なハイスペックなお住まいです。設計・施工したのはプロの3人、プラス、夫妻とお友達。この性能をハーフビルドで建てられるんだから、すごすぎる……!

※省エネルギー基準地域区分。国内を「1~8」の8つの地域に指定しており、どの地域区分かによって、求められる断熱性能、達成すべき基準値が異なる

太陽光発電の発電・消費・売電状況がリアルタイムにわかります(写真撮影/桑田瑞穂)

太陽光発電の発電・消費・売電状況がリアルタイムにわかります(写真撮影/桑田瑞穂)

樹脂のトリプルサッシ。価格は高くなっても窓はお金のかけどころです(写真撮影/桑田瑞穂)

樹脂のトリプルサッシ。価格は高くなっても窓はお金のかけどころです(写真撮影/桑田瑞穂)

山の中にある建物。外壁に使われた焼き杉!! 日差しを浴びて超絶かっこいい!!(写真撮影/桑田瑞穂)

山の中にある建物。外壁に使われた焼き杉!! 日差しを浴びて超絶かっこいい!!(写真撮影/桑田瑞穂)

建物の引き渡しは2023年3月で、その後も夫妻でDIYしつつ、アップデートして暮らしています。実に暑かった2023年の夏もこの住まいで過ごしました。

南側から建物を見たところ。ちょっと鋭角な切妻屋根が愛らしい!(写真撮影/桑田瑞穂)

南側から建物を見たところ。ちょっと鋭角な切妻屋根が愛らしい!(写真撮影/桑田瑞穂)

まずは、入居して半年経過した現在の気持ちから聞いていきましょう。

「朝昼晩といつも快適で体調がすこぶる良くなりました。特に夫は、冬は寒いと布団から出られず元気がなかったのですが、今は毎日元気。必要以上にエネルギーを使ったり、暑い・寒い・冷たいに気を使うストレスから解放されました。また、(自分たちの手でハーフビルドをして)構造や仕組みがわかっているから、何かあった時にどうしたらいいかわかる安心感もあります。エネルギーに依存しない暮らしはシンプルに気持ち良い。断熱性能の低い家に住んでいたころは、環境に配慮した暮らしがしたいと思いながらも、大量にエネルギーを使わなければ快適に過ごせない毎日に違和感がありました。今は、地球環境や次の世代に対してもやもやしていた気持ちが、少し晴れました」と妻は話します。

省エネ性能を高めた住宅にお住まいの人からよく聞くのが「健康になった」という話。室内の寒暖差によるストレス、ヒートショックは高齢者のみの問題のように思われがちですが、実はかかっている負荷は若い人でも同じ。慶應義塾大学の伊香賀 俊治(いかが・としはる)研究室では、「室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる」のほか、「暖かな住まいでは風邪をひく子どもの数が減る」などの研究結果もあります。年齢や性別関係なく、あたたかい家は快適だといえるのでしょう。

■関連記事:
室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマトな理由は省エネだけじゃなかった

リビングの様子。現し仕上げで見える県産材。壁は漆喰。友人の左官職人に協力してもらい、みなで塗りました。その仕事ぶりにも感動!(写真撮影/桑田瑞穂)

リビングの様子。現し仕上げで見える県産材。壁は漆喰。友人の左官職人に協力してもらい、みなで塗りました。その仕事ぶりにも感動!(写真撮影/桑田瑞穂)

上部にあるロフトの様子。屋根裏ってどうしてこうワクワクするんでしょう(写真撮影/桑田瑞穂)

上部にあるロフトの様子。屋根裏ってどうしてこうワクワクするんでしょう(写真撮影/桑田瑞穂)

妻の仕事の様子。出社することもありますが、在宅で仕事するにはちょうどよいスペース(写真撮影/桑田瑞穂)

妻の仕事の様子。出社することもありますが、在宅で仕事するにはちょうどよいスペース(写真撮影/桑田瑞穂)

冬でも室温は常に20度前後。光熱費は1/4以下に! 建築費は2810万

「朝昼晩いつも快適」というのは、データでも裏付けられています。森川さん宅には家の内外室内あわせて9の温度計をつけていますが、最も暑かった日も最も寒かった日も、室温がほぼ一定しているのがわかります。エアコンは2台設置していますが、動いているのはほぼ1台のみ!

◆もっとも暑かった日と寒かった日の室温の変化

最も暑かった2023年7月30日のグラフ。外気温40度を超えている(!)のに対し、室内は温度差にムラがなくどこも28度程度(データ提供:森川さん)

最も暑かった2023年7月30日のグラフ。外気温40度を超えている(!)のに対し、室内は温度差にムラがなくどこも28度程度(データ提供:森川さん)

最も温度差があった2023年11月24日のグラフ。外気温3度から20度まで上昇しているのに室温はおよそ20~25度で安定している(データ提供:森川さん)

最も温度差があった2023年11月24日のグラフ。外気温3度から20度まで上昇しているのに室温はおよそ20~25度で安定している(データ提供:森川さん)

特筆すべきは、建物の中、どこの箇所でも温度差がほとんどないことでしょうか。以前は断熱性能の低い賃貸一戸建てで、厳冬期は電気代が最大3万6000円を記録。さらに給湯のガス代が1万円、灯油ストーブの灯油代が5000円、山の暮らしで車移動が多かったためガソリン代は月2万円と高め。光熱費+ガソリン代で合計月7万円を超える時期もありましたが、今は日の短い冬でも電気代が月1万円程度(給湯、電気自動車充電分含む)まで下がりました。日の長い夏なら売電収入で月々のエネルギーコストはプラスになります。エネルギーを使わないのは節約になるわけですから、高性能住宅は、健康で、エネルギーを使わず、家計にもやさしいということがいえるのがわかります。

換気口。常時換気されていて、24時間ゆっくりと空気は入れ替わっていて、心地よさも抜群です(写真撮影/桑田瑞穂)

換気口。常時換気されていて、24時間ゆっくりと空気は入れ替わっていて、心地よさも抜群です(写真撮影/桑田瑞穂)

第一種空調換気で、室内の温度と湿度の調整を行います(写真撮影/桑田瑞穂)

第一種空調換気で、室内の温度と湿度の調整を行います(写真撮影/桑田瑞穂)

取材に訪れた日も12月で外気温は8度ほどでしたが、室内はエアコン1台で十分にあたたかくなります。お子さんたちは裸足でしたし、人が発する熱もあり、「少々窓をあけましょうか」という話にもなるほどの心地よい温度になります。また、第一種空調換気により常時換気されていて、24時間ゆっくりと空気は入れ替わっていて、家の一番のお気に入りは「温度と湿度の快適さ!」と胸を張ります。

ロフトからキッチン・リビングを見下ろす。日差しがたっぷりと注いでいます(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフトからキッチン・リビングを見下ろす。日差しがたっぷりと注いでいます(写真撮影/桑田瑞穂)

「もう以前のような寒い家には戻れないなと思います。夏も冬も快適なのはもちろん、春と秋も超気持ちいい! ちなみに2番目のお気に入りは、廃材をたくさん使ったこと。ご近所に廃材があるのでもらってきて、棚やキッチンに使いました。『そこにあるものを活かす』はエネルギーもコストもかけてない、シンプルだし心地よい。自分で集めた廃材が家になってめっちゃ嬉しいです!」とにこやかに話します。

リビングからキッチンをのぞむ。キッチンカウンターの正面は、外壁の焼き杉の端材を加工し「浮造り」にした板を張りました(写真撮影/桑田瑞穂)

リビングからキッチンをのぞむ。キッチンカウンターの正面は、外壁の焼き杉の端材を加工し「浮造り」にした板を張りました(写真撮影/桑田瑞穂)

地元で廃材などももらえるそう。棚をつくるのもお手の物(写真撮影/桑田瑞穂)

地元で廃材などももらえるそう。棚をつくるのもお手の物(写真撮影/桑田瑞穂)

ここまで来ると気になるのが、価格です。総工費(本体価格に加え、キッチンなど設備費)2810万円ほど。これに設計費や外構工事含めた付帯費用を加算し、総額で3500万円ほど。この性能でこの価格というのは、設計や施工に携わったみなさんも「リーズナブル!!」と評するほどのコスパです。

家づくりで見えてきた、職人への敬意と新しい人生

設計と施工に携わったHandiHouse projectの中田りえさんは、この価格について、「高性能な住まいは『高い』と思われがちですが、この家は断熱と気密、窓や玄関など、後からリノベやリフォームでは変えにくい機能面に『全振り』しています。反対に室内の建具、仕切り、設備は最小限にし、あとでDIYしたり発注したり、暮らしにあわせて可変できるようにしています」といいます。

ワークショプで建築面での解説をしてくれたHandiHouse projectの中田りえさん(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショプで建築面での解説をしてくれたHandiHouse projectの中田りえさん(写真撮影/桑田瑞穂)

収納も扉を設けずに節約し、布でゆるく仕切ることでコストダウン(写真撮影/桑田瑞穂)

収納も扉を設けずに節約し、布でゆるく仕切ることでコストダウン(写真撮影/桑田瑞穂)

高性能な躯体をつくり、コンテンツはのちのち充実させていくという考え方ですね。また、ハーフビルドしたことで夫はDIYスキルを獲得。棚づくりなどはお手のものとなり、現在では最も大変だった黒い外壁として使用している「焼き杉づくり」にはまり、“株式会社焼き杉”をつくりたいというほど。今も友人宅の焼き杉づくりを手伝いに行くこともあるそうです。

「焼き杉は西日本でよく使われている手法で、防虫、防腐、調湿効果などがあります。我が家では外壁に使うため杉を焼いたのですが、その数約230本! 全部で1カ月くらい、朝から夕方まで焼き続けた(笑)。毎日50点~80点くらいを行き来して試行錯誤しながら、最後のほうは毎回98点のクオリティーに。上達していくのがとにかく面白かった」と夫。

大量の杉を焼くためにご近所の仲間(初対面の人も)、旧友、元会社の先輩などなど総勢30人くらいが参加し、焼杉をきっかけにいろんな人との出会い、再会もあったそう。

焼き杉づくりの様子。めっちゃ盛り上がりました(写真撮影/嘉屋恭子)

焼き杉づくりの様子。めっちゃ盛り上がりました(写真撮影/嘉屋恭子)

外壁をよく見るとシックスパックのような凸凹があります。一つとして同じものがない(写真撮影/桑田瑞穂)

外壁をよく見るとシックスパックのような凸凹があります。一つとして同じものがない(写真撮影/桑田瑞穂)

焼き杉以外にも「図面、設備以外はほぼ決まっていない状態で、細かいところは現場で決めながら進めた」というライブ感も貴重な体験になったようです。

「図面だけだとイメージがつかないことばかりで、毎日、現場でリアルに想像しながら仕様や細かい部分を決められたので、家の満足度がとても高いんです。休憩タイムにアイディア出しをしたり、家をつくってる感があって楽しかった。こういう家づくりがもっと広まったら、新居に引っ越して後悔する人、家づくりの工程でストレスを感じる人も減るんじゃないかな。家を買うというモノ消費から、家をつくるという『コト消費』ですね」と夫はその手応えを話します。

3人の多能工と協働作業をするなかで「来世は大工になりたい!」というほど職人の身のこなしの美しさ、手際のよさに感動したとか。わかります、職人さんってカッコいいですよね……。こうして得た「家づくり」の知見を活かし、夫は今、会社勤めとは異なる、人生を歩みはじめています。

もう1棟建てるなら? ハーフビルドでおすすめする工程は?

今、家づくりを終えてみての感想、夫妻ともに得たものはあるのでしょうか。

「本当の意味での建築の民主化は、ただ作業に参加するだけでなく、できなくてもいいからとにかく自分でやってみることだと思いました。今回、私たちは知り合いの山の杉やヒノキを使いたくて地元の林業会社、製材所に直接相談に行ったんですが、急峻で狭い山道から木材を運び出すのが難しく、搬出コストの問題で断念しました……。結果的に地域の製材所に津久井産材などの地元の木材を発注しましたが、日本の山が放置される理由と原因がわかり、山を見る目が変わりましたね」と収穫と課題感を口にします。

眼の前に建材適齢期の杉があるのに使えない、もどかしさ、苦しさ。顔の見える関係で建材を調達して家づくりをしたいと思っても、そう簡単にはいかないのには理由があるんですね。

「今回、自分たちでフローリングの製材(伐採した木を角材、板材として加工すること)もやってみて、いかに既製品が使いやすく、なぜ普及しているのかがよくわかったんです。仕上がりの精度や施工のしやすさがまったく異なるので。“仕上がりのラフさ”の許容範囲は人によって違うと思いますが、私たちは高い精度を追求するのではなく、本来の木の性質を活かした風合いが残っていてもいいし、施工時に多少の手間がかかっても、そこには人の手触りが残ってるからいいのでは、という結論に落ち着きました。画一化された商品以外の選択肢も含め、一般の消費者が自分の好みや許容度によって選べるようになればいいなと思います」と妻。

知っているのと体験したことがある、この2つには雲泥の差がありますが、まさに森川夫妻にとってはそんな家づくりとなったようです。

家族の寝室として使っている部屋。こちらにも無駄がありません!(写真撮影/桑田瑞穂)

家族の寝室として使っている部屋。こちらにも無駄がありません!(写真撮影/桑田瑞穂)

では、ハーフビルドやDIYでおすすめする工程があるとしたら、どのようなものがあるのでしょうか。

「工程を区切ってポイントで参加するのではなく、薄くてもいいからできるだけ広い範囲の工程に参加するのがいいと思う。毎週末土日に差し入れを持って見学するだけでもいいし、基礎から引き渡しまでの全工程が家づくりなので、とにかく多くの工程に関わるのが面白いです。もしDIYで参加するなら、土台組み、断熱施工、構造用合板を組むなどの完成後、目に見えない構造部分に関わるのがいいと思う。石膏ボードを張ったあとは、あとからリノベしたり塗り替えたりできるけど、石膏ボード張るより前の、構造に関わる部分はハーフビルドでしか経験できない領域だから。興味が湧いた方にはぜひおすすめです」(妻)

聞けば聞くほどに濃い「ハーフビルド体験」ですが、今、もう一軒、建てるとしたらどんな家を建てたいでしょうか。

「新築じゃなくて、中古を断熱改修して快適に住めるようにしたい。そのノウハウが広まればもっと快適な家が増えるはず。新築現場ではとにかく大量のゴミが出ます。もっと空き家が流通して、断熱改修でストック活用が必要だと、改めて思いました」といいます。

HandiHouse projectの中田りえさんは、今ある中古住宅の断熱改修にも携わっていますが、コストや施工といった面での難しさを痛感しているといいます。だからこそ、「せめて新築をつくるときは、断熱・気密ともに高性能な住宅にこだわってほしい」とアドバイスします。

2023年のワークショプ、そして今回の完成後の様子を見て、筆者の印象はとにかく、「『家づくり』ってこんなに楽しいものだったんだ!」という事実です。とかく家は「買う」「借りる」という意識でしたが、もしかしたら近代化・工業化、大量生産の時代に、本来、あったはずの「家を作る喜び」を手放してしまったのではないか、とすら思います。

総人口が減り、工業的な家と人のあり方、地球環境を含め、潮目が大きく変わる今、施主も施工する人も、周囲の人も巻き込んだこんな楽しい家づくりを、取り戻せたらいいなあと切に願います。

今回のプロジェクトに携わったみなさんと(写真撮影/桑田瑞穂)

今回のプロジェクトに携わったみなさんと(写真撮影/桑田瑞穂)

青空に映える……(写真撮影/桑田瑞穂)

青空に映える……(写真撮影/桑田瑞穂)

●取材協力
森川屋
ハンディハウスプロジェクト

自然素材でつくったタイニーハウスは氷点下でも超ぽかぽか! 羊毛・ミツロウ紙などで断熱効果抜群、宿泊体験してみた 「CORONTE(コロンテ)」北海道仁木町

リンゴやブドウ、サクランボなど果樹栽培が盛んなまち北海道仁木町に、ほぼ自然素材だけで建てられた「CORONTE(コロンテ)」という一棟貸しの小さなコテージが2023年夏に誕生した。企画設計したのは、木こりとして森で自ら木を切り出し、それを素材にした建築を手がけてきた陣内雄(じんのうち・たけし)さん。「動物が巣にする素材でつくる家は文句なく心地よい」と言い、みんながそれを体験できる場をつくりたかったのだという。今回筆者は、真冬に森の中のコテージで一泊。陣内さんの言葉に大きく頷く体験をリポートしたい。

木こりが建築に関わったら、木材はもっと自由に活用できる

無垢の木、羊毛、もみ殻石灰、ミツロウ紙、漆喰といった自然素材で建てられたタイニーコテージ「CORONTE」。
筆者は、このコテージのオープンを心待ちにしていた。
実は10年くらい前から、近年その名を知られてきた「化学物質過敏症」の症状があり、香りのある洗剤や柔軟剤に触れると頭痛がしたり、ホームセンターなどで合板などの売り場に長時間いると喉が痛くなったり。多くの人は感じにくい程度の化学物質で日々苦しんでいるので、自然素材をふんだんに使った家で過ごしたら、自分の体にどんな変化が起こるのだろうかと興味を持っていた。

森の中の斜面に張り出すように建てられている(撮影/久保ヒデキ)

森の中の斜面に張り出すように建てられている(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

「CORONTE」を企画設計したのは札幌市出身の陣内雄さん。高校2年生で建築家になることを志し、東京藝術大学の建築科に入学。在学中から設計事務所で働いていたが「まわりは人工物ばかりで、もうこれ以上、建築はいらないんじゃないか」という疑問が頭をもたげたという。
同時に、高校生のころに地球温暖化に関する小さな記事を新聞で見つけ、それに大きなショックを受けており、次第に森や自然環境へと関心が向くようになった。作家であり環境保護活動家であるC. W. ニコルさんの本を読み漁り、ニコルさんが所有する森を実際に訪ね、林業に目覚めた。1992年に北海道に戻り、森林組合で林業の作業員として働くことにした。

陣内さんは1966年生まれ。木こりや建築とともに音楽活動も行い『北の国へゆこう』などのCDも発売(撮影/久保ヒデキ)

陣内さんは1966年生まれ。木こりや建築とともに音楽活動も行い『北の国へゆこう』などのCDも発売(撮影/久保ヒデキ)

森林組合で林業に従事する中で、効率を優先して重機で木をすべて伐採してしまう現場を多く経験する中で、木をできるだけ切らずに森を守りつつ整備を行いたいという思いが芽生えた。
単なる林業作業員ではなく、森に寄り添う「木こり」として活動を模索しつつ、家を建てることもいつも傍にあった。
1996年には下川町の山の中に藁ブロック構造の「ストローベイルハウス」を仲間と建て、その経験を活かして、2006年には伝統工法に「ワラの断熱と土の気密と蓄熱を合わせたらどうか?」と考えて旭川に自宅を建てた。
大まかな構造は工務店に依頼。土壁は仲間を募って自分たちの手で仕上げた。

木こりの活動と建築が一本の線になったのは2019年。
その4年前には、林業会社に属さずフリーランスの木こりとして山主から整備の依頼を直接受けたり、仲間の木こりと仕事をシェアしたりしながら、各地の山に赴いた。
整備の中で行われる間伐。木と木の間が混み合っていると成長が妨げられることから、一定の時期が来たら間隔をあけるために一部の木を伐採する。間伐材は成長途上であり、時には曲がって太い枝だらけのものもある。それらの多くはパルプ(※)の原料となってしまうが、「こうした木でも立派な構造になるのではないか」と陣内さんは考えていた。

※パルプ:木の繊維を分離させた植物繊維。主に紙の原料になる

林業のプレイヤーを増やしたいと「森と街のがっこう」という活動も続けている。各地の山で実際に研修を行っている(提供/CORONTE)

林業のプレイヤーを増やしたいと「森と街のがっこう」という活動も続けている。各地の山で実際に研修を行っている(提供/CORONTE)

そこで「キコリビルダーズ」を立ち上げ、自ら伐採した木を使って本格的に建物を手がけるようになった。
これまでに下川町にある「jojoni パン工房」や弟子屈町に「キコリキャビン」と名付けたアルファベットのAの形の住宅を建てた。
「キコリキャビンの骨組みには、間伐したカラマツを使っています。間伐材も丸太に近い状態で使えば、ねじれが起こりにくく強度も出ます」

カラマツの間伐材を構造に使ったキコリキャビン(撮影/Tetsuro Moriguchi)

カラマツの間伐材を構造に使ったキコリキャビン(撮影/Tetsuro Moriguchi)

梁にはあえてカーブのあるカラマツを使った。「しなりがある方が構造として強い」と陣内さん(撮影/Tetsuro Moriguchi)

梁にはあえてカーブのあるカラマツを使った。「しなりがある方が構造として強い」と陣内さん(撮影/Tetsuro Moriguchi)

一般的な住宅では、集成材(複数の板を結合させ人工的につくられた木材)を柱や梁に使い、壁や床には合板が利用されるケースも多いが、陣内さんは無垢材や自然素材を積極的に取り入れてきた。
しかしこれまではコストや手間の問題もあり、部分的に合板なども使用しており、いずれはすべて自然素材で「やり切りたい」という思いが募り、宿泊施設をつくろうと思い立った。

「CORONTE」のイメージスケッチ(提供/CORONTE)

「CORONTE」のイメージスケッチ(提供/CORONTE)

真冬の北海道、自然素材でどこまで断熱できる?

筆者が「CORONTE」を訪ねたのは12月中旬。冷え込みが厳しくなり朝晩はマイナス5度ほど。
「CORONTE」の案内には「Wi-Fiはありません。携帯電話の電波が2本くらい立つポイントがあります」と書いてあり、また暖房も薪ストーブのみということで、キャンプなどに興味のない自分が、たった一人で一夜を過ごせるのだろうかと、行く前には不安がいっぱいだった。

鳥のような目線で景色を見てほしいと、居住空間は高いデッキの上に。階段を上がるとデッキがありコテージの入り口がある(撮影/久保ヒデキ)

鳥のような目線で景色を見てほしいと、居住空間は高いデッキの上に。階段を上がるとデッキがありコテージの入り口がある(撮影/久保ヒデキ)

背面から見ると屋根の構造がよくわかる。屋根裏が少し突き出したようになっていて、窓から森の景色が楽しめる(撮影/久保ヒデキ)

背面から見ると屋根の構造がよくわかる。屋根裏が少し突き出したようになっていて、窓から森の景色が楽しめる(撮影/久保ヒデキ)

部屋に入ってみると、とても暖かかった。
19平米ほど(ロフト含む)とコンパクトなこともあり、小型の薪ストーブ1台で室内はすぐに暖まることがわかった。

ソファーベッドが置かれたリビング。漆喰とカラマツの板が内壁に使われている(撮影/來嶋路子)

ソファーベッドが置かれたリビング。漆喰とカラマツの板が内壁に使われている(撮影/來嶋路子)

小さな薪ストーブだが、火をつけるとすぐに室内は暖まる(撮影/久保ヒデキ)

小さな薪ストーブだが、火をつけるとすぐに室内は暖まる(撮影/久保ヒデキ)

奥にキッチンとトイレ、シャワールームがある。ロフトに2つベッドが設置されている(撮影/來嶋路子)

奥にキッチンとトイレ、シャワールームがある。ロフトに2つベッドが設置されている(撮影/來嶋路子)

今回断熱に使ったのは、羊毛、もみ殻石灰。
屋根の曲面部分には羊毛、壁はもみ殻石灰と杉皮ボードで断熱。内壁は、漆喰とシラカバの板を使った。これらの自然素材は調湿、蓄熱にもすぐれ、冬は暖かいのだという。
また厚めに仕上げた漆喰は、蓄冷効果もあり、夏には夜の冷気を窓から取り込んで、温度が下がったらドアを閉めておくと日中も涼しく過ごせるそうだ。

ホウ酸処理した羊毛を屋根の断熱に使用(提供/CORONTE)

ホウ酸処理した羊毛を屋根の断熱に使用(提供/CORONTE)

自然には直線は存在しない。木のカーブをそのまま活かして

今回、設計にもこだわり、直線がほとんどない小屋となった。
当初、柱や梁、屋根の構造は直線だったそうだが「自然界には直線はほぼないこと」「風景に調和すること」「木のそのままの曲がりを活かすこと」を考えて、縦長のドーム状となった。
床板も幅の違うシラカバをまるでパズルのように組み合わせた。コロンとした形状からCORONTEと名付けられたという。

生木を製材し張っていった。「生木のうちならしなやかさがあるからカーブがつくれます」(提供/CORONTE)

生木を製材し張っていった。「生木のうちならしなやかさがあるからカーブがつくれます」(提供/CORONTE)

床板に使ったシラカバ。カーブをパズルのように組み合わせていった(提供/CORONTE)

床板に使ったシラカバ。カーブをパズルのように組み合わせていった(提供/CORONTE)

また、今回は住宅ではなく宿泊施設であることから、積極的に実験も取り入れたという。モミの木のような形状のヨーロッパトウヒも建材として利用。
「この木は、どんなに太くてまっすぐでも、軽くて弱いということで、ほとんど紙の原料となるパルプ材になってしまいます。でも、使い方によっては合板の代わりになるのではと思いました」
製材して板にし、それを15度の角度で組み、一層目とクロスするように二層目も15度の角度をつけて組んだ。

また、同じく材が柔らかいため建材には使われないドロノキをトイレとシャワールームの引き戸に活用。
「ドロノキの使い道に困っている木こり仲間がいたので、どうやったら建材に応用できるか考えてみようと思いました」

旭川にある作業場で構造をつくった。ヨーロッパトウヒの板を15度の角度で組んでいく(提供/CORONTE)

旭川にある作業場で構造をつくった。ヨーロッパトウヒの板を15度の角度で組んでいく(提供/CORONTE)

旭川から仁木町へコテージを運びクレーンで吊り上げ設置した(提供/CORONTE)

旭川から仁木町へコテージを運びクレーンで吊り上げ設置した(提供/CORONTE)

ドロノキでつくった引き戸。木目に風合いが感じられる(撮影/久保ヒデキ)

ドロノキでつくった引き戸。木目に風合いが感じられる(撮影/久保ヒデキ)

今回使った木材の中には、陣内さんが切り出し、それをため池に半年間つけ、じっくりと乾燥させたものもある。木材を乾燥機に入れて乾かす方法もあるが、水中乾燥すると時間はかかるが、反りや割れなどを防ぐ効果が高いという。
「昔ながらの木材の乾燥方法です。しっとりした風合いがあって、色つや香りがよいです」
昔はどこでも木材を何年も水中で貯木してから製材していたという。山里の農村には開拓時代につくられたため池があって、現在は使われていないため、それを活用しようと思った。また、そこにある木材だけでなく、土や藁などその場で手に入る素材で家をつくるということも当たり前に行われていた。

接着剤などを使わずにタイルを仕上げてくれる職人を探すのに苦労したという。カウンターのカラマツも、水につけた丸太を製材して、きれいな赤味が出た(撮影/久保ヒデキ)

接着剤などを使わずにタイルを仕上げてくれる職人を探すのに苦労したという。カウンターのカラマツも、水につけた丸太を製材して、きれいな赤味が出た(撮影/久保ヒデキ)

さらに紹介しきれないくらい、さまざまな挑戦がある。
鳥の目線のような風景を味わってもらいたいとあえて傾斜地に建てた。
また、そこにあったミズナラの木を切らないで、デッキから突き出るような構造とした。
手間がかかる作業ばかりだが、それが雇用にもつながると陣内さんは考えている。
「職人さんたちは、手間がかかって大変だと口々に言うけれど、自然の中で作業をすることで、みんなとても明るい表情になっています。現在の建築は効率重視で手間になることを極力避けるけれど、気持ちを込めて丁寧に仕事ができるし、技術も継承できる。それに自然素材なのでほとんどゴミも出ないのも良い点だと思います」

パートナーの澤野雅子さんがコテージをどこに設置するか決めた。傾斜地に建てるのは手間だが景観は素晴らしいとトライすることに(撮影/久保ヒデキ)

パートナーの澤野雅子さんがコテージをどこに設置するか決めた。傾斜地に建てるのは手間だが景観は素晴らしいとトライすることに(撮影/久保ヒデキ)

デッキの構造部分。丸太を組み合わせ、気が枝を伸ばしているような景観をつくりたかったのだそう(撮影/久保ヒデキ)

デッキの構造部分。丸太を組み合わせ、気が枝を伸ばしているような景観をつくりたかったのだそう(撮影/久保ヒデキ)

デッキを突き抜けてミズナラが生えている。夏には青々とした葉をつける(撮影/久保ヒデキ)

デッキを突き抜けてミズナラが生えている。夏には青々とした葉をつける(撮影/久保ヒデキ)

当初の計画で総予算は700万円ほどだったという。
しかし、柱や壁を曲線でつくることに方向転換したことなど予想を超える手間がかかり、1000万円以上かかったという。
「コストはかかりましたが、自然素材の家ならメンテナンスをしっかりしていけば200年、300年と使い続けられます。こうしたスパンで考えたら、決して高価なものじゃないと僕は思います」

電気はバッテリーを使用。宿泊者が来ると充電しておく。建設現場でも使えると考えこの方法にした。水は地域で使われている井戸水を使用。トイレは微生物の働きによって排泄物を分解・処理するバイオトイレを設置。インフラもオフグリッドにこだわる(撮影/久保ヒデキ)

電気はバッテリーを使用。宿泊者が来ると充電しておく。建設現場でも使えると考えこの方法にした。水は地域で使われている井戸水を使用。トイレは微生物の働きによって排泄物を分解・処理するバイオトイレを設置。インフラもオフグリッドにこだわる(撮影/久保ヒデキ)

コテージの周りの森を整備。道をつけた(提供/CORONTE)

コテージの周りの森を整備。道をつけた(提供/CORONTE)

裏の森に入っていくとウッドデッキが現れた。まちで林業に興味がある仲間と丸太を組んでいったという(撮影/久保ヒデキ)

裏の森に入っていくとウッドデッキが現れた。まちで林業に興味がある仲間と丸太を組んでいったという(撮影/久保ヒデキ)

山と海を守りながら、みんなが暮らすことができたら

「CORONTE」は陣内さんにとってゴールではなく始まり。
この建物が建っているのは、あさひの杜の敷地。あさひの杜は、朝日こうじさん、ゆかりさん一家が、山の中で畑を耕し、犬、猫、鶏、馬、カメなど動物たちと暮らす場所。
「子どもたちが豊かな自然の中でのびのびと夢を思い描ける世界をつくること」を目標にイベントを開いたり、子どもが集う場をつくっている。

朝日さんが陣内さんの活動に共感したことから「CORONTE」がこの場に建った。ここを拠点にしつつ、陣内さんは仁木町一帯で「ずっとみんなの森」というプロジェクトを始めようとしている。
「山の木をすべて切り倒す『皆伐』をしなくても山を守り続けながらみんなが暮らすことができたらと考えています。山を守ることは海を守り、人の暮らしも豊かになります」

ずっとみんなの森プロジェクト、イメージスケッチ(提供/ずっとみんなの森プロジェクト)

ずっとみんなの森プロジェクト、イメージスケッチ(提供/ずっとみんなの森プロジェクト)

介護付きコテージがあったり、子どもたちが遊ぶ森があったり。多世代が集い、仕事にもつながる森をつくりたいのだという。イメージスケッチを描き、このプロジェクトに関心を持ってもらう人を増やそうと秋には仁木町で説明会を行った。

コテージの近くにあったカラマツ林があるとき伐採されてしまった。植林した木は伐採の時期になると、大抵の場合すべてを切る「皆伐」が行われる。陣内さんは、「皆伐」ではなく木々を守りながら森を活用する方法を考えている(撮影/久保ヒデキ)

コテージの近くにあったカラマツ林があるとき伐採されてしまった。植林した木は伐採の時期になると、大抵の場合すべてを切る「皆伐」が行われる。陣内さんは、「皆伐」ではなく木々を守りながら森を活用する方法を考えている(撮影/久保ヒデキ)

陣内さんからさまざまな話を聞いた後、薪ストーブの使い方のレクチャーを受け、筆者は一人で「CORONTE」に宿泊した。
雪が音もなく降り積もる中、夜9時、薪をストーブにたくさん焚べ、熾火(おきび。薪が炭になり炎を上げず芯の部分が真っ赤に燃えている状態)になったのを確認してからロフトで眠った。
明け方4時くらいにいったん目が覚めた。薪ストーブの火は完全に消えていたが、部屋はまだほんのり暖かく、掛け布団一枚でも心地よかった(おそらく15度くらい)。
明け方まどろみながら、自分がいつもより一段深く呼吸ができ、肩や首の凝りがゆっくりとほぐれていくように感じられた。
手を伸ばすと漆喰壁があり、壁も暖かさを保っている。
触っていると、まるで卵の中で守られているような安堵感があった。

ベッドが置かれたロフト。天井に手が届く場所だが、むしろ何かに包まれているようで心地よかった(撮影/久保ヒデキ)

ベッドが置かれたロフト。天井に手が届く場所だが、むしろ何かに包まれているようで心地よかった(撮影/久保ヒデキ)

窓からは木々が見えた。森と一体になったような感覚が味わえる(撮影/久保ヒデキ)

窓からは木々が見えた。森と一体になったような感覚が味わえる(撮影/久保ヒデキ)

「自然素材の家は文句なく気持ちいい」

陣内さんはいつも語っていたが、それは本当のことだった。
朝起きて薪ストーブに火を灯し、その上にケトルを乗せて、手回しのミルでコーヒーを挽いた。
お湯が沸くまで、雪がゆっくりと降り落ちる窓の景色に見惚れていた。
それだけなのに、この満ち足りた気持ちはどこからわいてくるのだろう。
心の底からリラックスして、ただただ時間が過ぎていくのを楽しんだ。

窓から見える森の景色(撮影/來嶋路子)

窓から見える森の景色(撮影/來嶋路子)

この素晴らしい体験を、言葉でとても言い表せないのが何とも悔しい。
筆者は化学物質に触れていると、何らかの違和感があるので、この場にいて救われたような思いがした。
コテージというより、ここは自分にとってのシェルターであると感じた。みなさんも一度泊まっていただけたら、その気持ちよさを感じられるのではないかと思う。冬季は試験運用中。来春の本格オープンを楽しみにしていただきたい。

●取材協力
Tiny cottage「CORONTE」
北海道余市郡仁木町東町

100万円でタイニーハウスをDIY。ノンフィクション作家が6年かけて9.9平米ロフト付きの小屋を作るまで 川内有緒『自由の丘に、小屋をつくる』

「セルフビルドで小屋をつくる」と聞くと夢物語に感じるが、未就学の子どもと夫、それに友人たちを巻き込んでつくり上げた人がいる。ノンフィクション作家の川内有緒さんだ。

DIY未経験だった彼女はDIY工房に通うことから始め、構想から6年かけて9.9平米ロフト付きの小屋を完成させた。その様子は、エッセイ『自由の丘に、小屋をつくる』(新潮社)にまとめられている。

セルフビルドをする際の土地探しの決め手や完成までにかかった金額、セルフビルドで押さえるべきポイント、小屋づくりを始めたきっかけについて川内さんに伺った。

「土地探しって難しい。縁があったこの流れに乗ろう」と土地を決めた

小屋

山梨県甲州市の塩山、山の中腹にある集落に川内さんのつくった小屋がある。

「甲府の街を一望できる上に、山並みも見えます。空への抜け感は、土地を選ぶ上で大切なポイントでした」

当初は、明るい林の中に立つ小屋を想像していた川内さん。土地探しでは長野県や千葉県の房総半島も視野に入れたが範囲が広すぎて決められなかった。そこに運命の出会いが訪れる。夫のイオさんの友人でフリーランスライターの小野民さんから「使っていない自宅の土地があるので、好きにしてどうぞ」と言われたのだ。その一言をきっかけに、初めて塩山の地を訪れた。

土地の広さは約100坪。同じ敷地に、民さんの夫で、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが、研究用のラボをコンテナでつくる計画が進んでいた。
その隣に、川内さんも小屋をつくることに決めた。無理なく建築できる広さを考えた結果、床面積は9.9平米、天井の高さは約3メートルの小屋になった。

「予想外のひと言から始まった計画ですが、こういう土地ってなかなか出会えないので、この流れに乗ろうと決めました。友達の建築家も『眺めが良くていいじゃないですか』と太鼓判を押してくれたんです。それに山梨県甲州市は特急に乗れば、東京から90分というアクセスも魅力的。車でも2時間半ほどですし、さまざまなルートで自宅と小屋を往復できることも後押しになりました」

朝早い時間に東京を出れば、午前中には塩山に到着できる。準備と片付けに約1~2時間ほどかかるセルフビルドでは、交通の利便性の良さがポイントになった。

「選んだ土地から、一番近いホームセンターまでは車で10分ほどでした。ビスやペンキが足りない時はすぐ買いに行けますし、道路と面した土地なので、資材を運ぶにも都合が良かったです」

ホームセンターには、1日に3往復することもあったそう。「段取りをうまくやればそんなに行く必要はないはずなんですけど」と川内さんは笑うが、慣れない初心者のセルフビルドには想定外はつきものだ。出来るだけ資材を調達・運搬しやすい土地を選んだのが成功の鍵にもなった。

セルフビルドで感じた「形ができていく喜び」

作業の様子

川内さんの小屋づくりは、伸び放題の草を刈り、土地をならし、基礎をつくるところから始まった。

「最初の作業は肉体労働が大半で、本当にしんどかったです。材料は重たいし、基礎に必要なパーツは大きいし、家具をつくるのとは全然違う。それでも最初のころはやる気があるから、なんとか完成させられました」

基礎が完成した先は、DIYで家を好きなようにアレンジする感覚に近いのだそう。

「こだわりを詰め込んで理想を追求しつつも、現実に打ちのめされながら実行していくんです」

話を伺っているとどの作業も大変そうに聞こえるが「小屋をつくっていると仲間が増えていくので、作業は楽になっていきますよ」と語る。

確かに川内さんのエッセイでは、小屋づくりに関わる仲間たちがどんどん増えていく。大工の丹羽さんや建築家のタクちゃんといった専門家から、時には小屋づくりに興味を持った子どもたちまで参加していくのだ。ノンフィクション作家で人脈があるのかと聞いてみると、そうではないという。

「小屋をつくっていることを話すと、『手伝いたい』と言ってくれる人が続々と現れるんです。家をきれいにする参考にしたいとか、大工仕事が好きで手伝いたいとか。作業には興味ないけど、楽しそうだから見に来たいという人もいます。人手が足りない時は、誰かに話してみるのも一つの手だと思います」

小屋づくりに関わるのは、川内さんの友人だけではない。近隣の人が声をかけてくれることもあったという。

「うちの草刈り機を使った方が早いよ、と貸してくださることもありましたね。それにセルフビルドをやっている方々からどういう風に施工したか、教えてもらうこともありました」

小倉ヒラクさんの知り合いで温泉・旅館を営む人から、資材をもらったこともある。

「昔の民家が取り壊される時に、貴重な資材をレスキューしている方なんです。それでいろんな材料をいただきました。でも古材だと厚みが違って加工が難しいんですよね。バラバラの質感でも問題ないウッドデッキをつくるのに使いました」

現地でも人の縁に恵まれているのには、理由があった。

「私たちが現地で受け入れてもらえたのは、土地を持っている小倉家の人たちが地域の人たちから信頼されているからだと思うんです。彼らはこの地に移住してきたんですけど、丁寧に交流を重ねているんですよね。私たちはその信頼を借りているだけだと感じました」

小屋づくりの予算は100万円

作業の様子

小屋づくりにかかった日数は、合計で約30日。構想から6年、着手してからは完成までに4年かかったが、毎日コツコツと続ければ約1カ月で仕上がる日程だ。さらに、電気もトイレもエコ仕様なのだそう。

「うちは太陽光パネルを使い、水道は小倉家や周りの人に借りる。排泄物は微生物の力で堆肥にかえるコンポストトイレを使っています」

小屋づくりの予算は100万円と決めていた川内さん。その内訳は大きく分けると、「工具や材料」「直接経費ではない移動や宿泊費」のほか、大工さんへの指導の謝礼金といった細々したものに分けられる。

「資材にかかったのは70万円弱でしょうか。ベニヤは、当時1枚約900円のものを使っていました。今は資材が高騰していて2倍以上の値段になっていると思います。とはいえ、どのくらいお金をかけているかは途中からどうでもよくなってしまったので、追えてない部分もあるかもしれません」

屋根を張る時は足場をつくらず、それぞれの足の高さを調整できる脚立を使うことで、安定を確保した。

「セルフビルドって安全にどれだけ配慮できるかが大切なので、そこにはお金を惜しまない方が誰も怪我をしないで済むと思います」

【工具や材料の内訳】

工具(丸ノコ、インパクトドライバー、ねじまわし、脚立など)約10万円ベニヤ約4万円基礎約3万円太陽光パネルと蓄電池約5万円ドアや窓の建具約15万円断熱材約5万円屋根材約5万円床材約5万円漆喰・ペンキ約3万円外壁材・外壁塗装約7万円その他、ビスなどの消耗品約3万円お気に入りは、ヘリンボーンの床とハイジの窓

ヘリンボーンの床

小屋でのお気に入りは2カ所。1つは、床材をV字に組み合わせたヘリンボーンの床だ。

「床張りに挑戦する前に、知り合いのカフェに話を聞きにいきました。そのカフェでは自分たちでヘリンボーンの床を張ったそうで、『通常の2~3倍の時間を見ていれば、できなくはないよ』と助言をいただきました。カフェは床面積が広いから大変だろうけど、私たちは9.9平米だからできるんじゃないかと、挑戦することにしたんです」

ヘリンボーンはカット済みの木材を送ってもらい組み立てるキットも売られているが、川内さんは自分たちで床材を加工するところから始めた。

作業の様子

「効率的にやる方法もあるけど、時間をかけて出来上がることを選択しました。ヘリンボーンの床は木材の端が直角に交わらず、折り合うように重ねるので組み方が難しいんですよ」

川内さんのもう1つのお気に入りは、テレビアニメ『アルプスの少女ハイジ』に憧れてつくったロフトの小さな窓だ。目黒通りにある注文家具店でガラスと木材を注文し、指導を受けながら川内さん自身がデザインから考えた。

ロフト

ロフトの小さな窓

「『アルプスの少女ハイジ』に登場するハイジの寝室の丸い窓に憧れていたんですよね。だから構造上は必要ないんですが、ロフトには最初から窓を付けようと決めていました。窓から山並みを眺める時間は、最高です」

イキイキと話す川内さんに「セルフビルドで一番楽しかったことは何か」を尋ねた。

「できていく喜び、ですかね。『ここまでできた』という達成感があるんです。つくることは楽しいけど、全部が全部楽しい作業ではないですね。考えたことが形になっていく工程が面白いんじゃないでしょうか」

作業の様子

完成した小屋には、春や秋の過ごしやすい時期に月に1度は赴くという。

「夏は行ったり行かなかったり。冬は気温がマイナス10度になってしまうので行かないんです」

現地では、忙しく小屋仕事をしているそう。

「木造なのでメンテナンスをしないと傷んじゃうんです。無垢の木材やウッドデッキは年に2回は塗装しています。それだけでも半日仕事なんですよ。それに敷地を整えたり、やることは山ほどあります。普段はパソコンで仕事することが多いから、体をのびのびと動かすいい機会になっています。たくさん動いたら、仲間と家族で焚火を囲んで食事する。いい気分転換になります」

「自分で何でもつくれる」という手応えを経て変わった価値観

作業の様子

DIY未経験から、セルフビルドで小屋をつくるまでの背景には、どんな思いがあったのか。

「『買わなくても、自分で何でもつくれると思えたら、最強じゃないか』と思ったんです。人によってはそういう思いが野菜づくりなどに向けられるんでしょうけど、私の場合はDIYに向かいました。自分で自宅をいじれたら面白いだろうなって思っていたんです」

小屋づくりを終えてからは、自宅のテーブルを継ぎ足して幅を変えるなど、気軽にやれることが広がってきたと話す。

「実家に母と妹が住んでいるんですけど、そこのリフォームも続けています。本来なら大工さんやリフォーム会社に頼むところを、自分たちで進めていけるので面白いですよ」

川内さんの娘のナナさんも2歳ころから、小屋づくりのために両親と共に山梨に通い、時に作業に参加しながら育ってきた。どんな影響があったのだろうか。

「セルフビルドをする人生としない人生は比べられないし、明確に小屋のおかげとは断言できません。けど、いろんな大人と関わって、さまざまな職業や人生があることを知るきっかけになったのではないでしょうか。火を起こして焚火するとか、椅子をつくろうと思えばすぐに取り掛かれるとか。都会だと体験できないことをたくさんしてきたので、いい影響もあるんじゃないかな」

そんなナナさんは現在、小学生。工作好きに育っているそうだ。

「人生って、限られた時間と素材の中でどう遊ぶか? という大きなプロジェクトでもあると思うんです。そう考えると、彼女の自ら遊びを生み出す力は、生きていく上で大きなアドバンテージになるのかもしれませんね」

川内さんの小屋づくりには、「セルフビルドなんて、私には無理」と一蹴するにはもったいないと思わせる時間と環境が詰まっていた。もしかすると、夢物語を現実にするために必要なのは、憧れを口にする勇気と、賛同してくれた仲間たちを大切にすることなのかもしれません。

『自由の丘に小屋をつくる』●取材協力
川内有緒さん
ノンフィクション作家。著書に『パリでメシを食う』『バウルを探して』『空をゆく巨人』『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』などがある。最新刊はセルフビルドの過程を綴った 『自由の丘に小屋をつくる』。

<取材:結井ゆき江 / 編集:ピース株式会社>

空き家を建築学生らが補修しながら住み継ぐシェアハウス×地域のラウンジに。断熱改修のありがたみも実感!「こずみのANNEX」横浜市金沢区

どの地域も、増える空き家を上手に活用したい思いとは裏腹に、放置されていることが多いのではないでしょうか。国もこの問題をサポートするべく、空き家再生等推進事業や建物改修工事に対する補助金などといった、金銭補助や制度の設立をしています。今回紹介するのは、地域の住民や学生の力を上手に利用して、空き家を新たな拠点として生まれ変わらせたケース。神奈川県横浜市金沢区にある地域のラウンジ×シェアハウス「こずみのANNEX」です。彼らはどのように空き家を街の拠点として蘇らせたのでしょうか。本プロジェクトのキーパーソンである関東学院大学 准教授の酒谷粋将さん、藤原酒谷設計事務所 代表の藤原 真名美さん夫妻を中心にお話を聞きました。

ベッドタウンにある長年放置された空き家を再生

神奈川県横浜市金沢区は、いわゆるベッドタウンと呼ばれる街です。京浜急行電鉄「金沢文庫」駅から徒歩10分ほどの小泉(こずみ)という住宅街の一角にある、築50年の一軒家「こずみのANNEX」。かつては使い道のないまま長年空き家になっていました。2020年から空き家を再生し始めて、現在はコミュニティスペース兼シェアハウスとして地域に開放しています。

住宅街の一角にある築50年ほどの一軒家。元はオーナーの祖父母が住んでいた家(写真撮影/桑田瑞穂)

住宅街の一角にある築50年ほどの一軒家。元はオーナーの祖父母が住んでいた家(写真撮影/桑田瑞穂)

外観はまるで普通の一軒家。しかし塀がなくオープンな敷地は、道路に広い小上がりが面しており、道ゆく人が自由に座ることができるつくりです。例えるならば「誰もが使える縁側」という感じでしょうか。

空き家再生の際に、新たにつくり上げた小上がり。玄関ではなく、ここからふらっと室内に入る人が多いのだとか(写真撮影/桑田瑞穂)

空き家再生の際に、新たにつくり上げた小上がり。玄関ではなく、ここからふらっと室内に入る人が多いのだとか(写真撮影/桑田瑞穂)

靴を脱いで小上がりから家の中に入ると、1階リビング部分はキッチンを中心としたコミュニティスペースが広がります。そのほかにも1つの居室と、洗面所にシャワースペース、そして2階は2つの居室があります。私たちが訪れたこの日は、これまで活動を共にしてきた小泉町内会の方々が中心となったグループがスペースを使用中。来たるイベントに向けた試食会を実施していました。

特徴的なのは、3つの居室それぞれに、地域の学生3名が住んでいること。彼らはこの家に住みながら補修をし続けているのです。
「こずみのANNEX」プロジェクトを推進する、関東学院大学 建築・環境学部 建築・環境学科 准教授の酒谷粋将さんは「家の修復に終わりはありません。いつまでも直し続け、模索をするのがコンセプトです」と話します。

関東学院大学 准教授の酒谷粋将さんと藤原酒谷設計事務所 代表の藤原 真名美さん夫妻(写真撮影/桑田瑞穂)

関東学院大学 准教授の酒谷粋将さんと藤原酒谷設計事務所 代表の藤原 真名美さん夫妻(写真撮影/桑田瑞穂)

家のオーナーは、金沢文庫エリアで不動産賃貸業を営む、フードコーディネーターの平野健太郎さん。かつては関東学院大学を中心とした、多数の学生が下宿をしていたエリア。しかし学生の減少、居住者の高齢化による人口減少の影響で、このエリアに空き家が増えていることに課題を感じていました。なかでも、放置されている一戸建の空き家をどうしていくか考えあぐねていたそうです。

2019年4月のこと。平野さんがオーナーであるコンセプトハウス「八景市場」に、酒谷さんと藤原さんは一家で引越してきました。すぐに意気投合した3人。すると平野さんから酒谷さん・藤原さんに「空き家があるんだけど、何かいい活用ができないか?」という相談をもらいました。

「これは学生にとって壮大な実験ができるかもしれない」そう思った酒谷さんは、自身の研究室に所属する学生と藤原さんが代表を務める設計事務所との連携のもと、空き家を改装するプロジェクトを開始しました。

ゼミ生たちを中心に、毎年テーマを変えて補強と補修をする

2020年10月から空き家改装のプレ期として、まずは躯体の補修作業を開始します。何しろ築50年の家ですから、耐震補強をしなくては安全に過ごせません。運営メンバーや学生が解体及び改修作業に臨むほか、小泉町内会の住民の方々を交えたワークショップを定期開催することで、作業を進めていきます。

梁の補強をした1階のコミュニティスペース部分。貸出をしていない時間帯は、学生の居間としても使用される(写真撮影/桑田瑞穂)

梁の補強をした1階のコミュニティスペース部分。貸出をしていない時間帯は、学生の居間としても使用される(写真撮影/桑田瑞穂)

「もちろん、大きな梁の補修などは、専門の工事業者に依頼しましたが、それ以外のできることは運営メンバーや地域の住民の方々と一緒に自分たちの手で行いましたね」(酒谷さん)

耐震補強後は2023年の現在に至るまで、毎年運営メンバーらによる話し合いの中でどこをどんな形で改修するのかテーマを設定して遂行していきます。
2021年には、それまで壁だった場所に、新たに窓を設置するワークショップを実施するほか、1階・2階にあった部屋の個室の壁や扉、押し入れなどを改修。翌22年のテーマは、主に1階リビングの床の張り替え作業。さらに古い家ゆえこれまで設置されていなかった、断熱材を追加導入しました。

かつて居住した学生による落書き(写真撮影/桑田瑞穂)

かつて居住した学生による落書き(写真撮影/桑田瑞穂)

23年度は家の中から飛び出し、主に外構部や庭部分の改修をテーマとしました。小上がりや、植物用をつるすための藤棚を作成、さらに庭の土を掘り起こし、菜園用に仕立て直す作業を行っているそう。訪れた日も、ちょうど居住する学生が庭いじりの真っ最中でした。

さて、この改修作業。いったいどうやって費用を工面したのでしょうか。酒谷さんは、「あらゆる面から資金を調達した」と話します。

一見なんてことのない窓も、壁に穴を開けて窓を設置するところから全て運営メンバーが自ら行った(写真撮影/桑田瑞穂)

一見なんてことのない窓も、壁に穴を開けて窓を設置するところから全て運営メンバーが自ら行った(写真撮影/桑田瑞穂)

2階にあるベランダで朝ごはんを食べる時間が至福なのだそう(写真撮影/桑田瑞穂)

2階にあるベランダで朝ごはんを食べる時間が至福なのだそう(写真撮影/桑田瑞穂)

まずは、オーナーである平野さんの自己資金、そして金沢区空き家等を活用した地域の「茶の間」支援事業補助金、なにより横浜市による、ヨコハマ市民まち普請事業令和3年度の申請にて採択されたことが大きいそうです。

「運営メンバーで何度も練習を重ねてプレゼンテーションに挑み、無事審査を通過することができました。おかげで500万円の資金をいただけたため、とても助けられています」(酒谷さん)

ヨコハマ市民まち普請事業を採択された証(写真撮影/桑田瑞穂)

ヨコハマ市民まち普請事業を採択された証(写真撮影/桑田瑞穂)

2階の居住スペース。ここに住む学生いわく、天井を抜いて空間の広さを優先したらしい(写真撮影/桑田瑞穂)

2階の居住スペース。ここに住む学生いわく、天井を抜いて空間の広さを優先したらしい(写真撮影/桑田瑞穂)

もちろん、オープンしてからの費用や運営面も課題です。しかしそこは、居住者の家賃と、1階リビング部分のコミュニティスペース利用料にてまかないます。
3つの居住スペースは、同大学の学生が居住しています。一部屋の家賃は30,000円ですが、3人のうち1人は5000円家賃を安く設定。家賃負担が少ない代わりに、この家の家守として共用部の管理を担っているのです。このように日常の運営管理面も安心して維持されています。
利用者が支払う家賃はオーナーさんの収入。共用部の使用料は運営資金に充てられます。

補修しながら暮らす、生きるか死ぬか実験の毎日

一見すると酒谷さん、藤原さんはボランティアのようにも見えます。しかし二人は「その代わりに、この場所を自分たちを含めた運営メンバー全体で、地域活動の拠点や様々な研究の対象として大いに利用させてもらっているのだから損はない」と話します。

例えば建築の温熱環境が専門の、同大学山口研究室との協働で取り組んだ「空き家の断熱改修」に関する研究。断熱材があるかないかによって、どの程度室内の快適さが変わるのかといった実験を行いました。入居する同大学院1年生の飯濱由樹さんは、

「実験途中に入居開始したのですが、まだ断熱材も入っていませんでした。とにかく寒くて、そしてとんでもなく暑かった。ただのボロい屋根のある家だけの場所に住んでいる感じでしたね。家に住んでいるのに、冬は寝る時にシュラフにくるまらないと寝れない。まるで山籠りをしているかのよう。生命維持するのが大変でした(笑)」と当時を振り返ります。

断熱材導入に取り組んでいた際は、室温を常に計測して経過観察していた(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材導入に取り組んでいた際は、室温を常に計測して経過観察していた(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材を設置してからは、保温性が増し、現在はシュラフを脱して寝られるようになりました。その時に断熱材のありがたみを身をもって実感したそうです。夏場は、屋根の内側にどんな素材を仕込むと一番遮熱の即効性があるのか、といった遮熱の実験にもトライしたそう。

現在、飯濱さんが居住している部屋。歴代居住する学生たちが内装もDIYしてきたので、快適な室内に。余裕でくつろげる(写真撮影/桑田瑞穂)

現在、飯濱さんが居住している部屋。歴代居住する学生たちが内装もDIYしてきたので、快適な室内に。余裕でくつろげる(写真撮影/桑田瑞穂)

「グラスウールを詰めたり、打ち水をしたりと手軽にできて最も環境改善の効果があるのは何か?と体をはって実験しましたね」(酒谷さん)

まるで、サバイバルゲームのような日々だが、それでも学生たちにとって、この暮らしはとても楽しいのだと口をそろえて話します。

「必死に生活しているように見えるかもですが、この生活を気に入っています。先生や研究室のメンバーがここに、ふらっと訪れてくるから、学校に行かずともすぐに悩みや疑問が解消できるんです。家を直す過程で悩んだこと、授業のこと、就職活動のことなどあらゆる聞きたいことが聞けるのは嬉しいです」(飯濱さん)

この秋学期に卒業した長橋佳穂さんも、この家の面白さを語ります。

「座学で建築の勉強をし、模型の作成や図面を設計しても、実際に体を使って創作する経験はめったにありません。だからこそ、この場を使って家を補修できることは貴重な経験なのです」

酒谷さんも長橋さんの言葉に同意します。

「私も学生の頃、たくさん図面は描いたけれど、実は具体的なモノを扱い、手を動かす機会はほとんどなかったのです。いろんな工具や器具に触れてみることで、図面で起こしたことがどのようにして形になるのか、初めてわかるようになりましたね。今の自分にも大いに学びがあります」

地域に開かれるようになった現在とこれから

2020年の改修作業後、地域住民との接点も少しずつ増えていきました。はじめはオーナー平野さんが運営するコンセプトハウス「八景市場」でのマルシェやワークショップなどを通じて、「こずみのANNEX」のことを知ってもらいました。また、「こずみのANNEX」も町内会に加入してからは、地域の高齢者の方、若い夫婦と子どもたちにも訪れてもらえるように。

シェアスペースでは、朝から近所の高齢者グループの人たちが次々と顔を出し、わいわいと地域の食事会のリハーサル(写真撮影/桑田瑞穂)

シェアスペースでは、朝から近所の高齢者グループの人たちが次々と顔を出し、わいわいと地域の食事会のリハーサル(写真撮影/桑田瑞穂)

歩いて5分ほどの場所に、藤原さんと酒谷さんが主宰する建築事務所を設置したことも功を奏しました。

「私たちが近所で暮らして、仕事して、いつでも顔や姿を見せられるのが良い関係を育めているのだと感じます。これがもっと離れた距離で暮らしていたら活動に対しての理解度が随分違ったように思いますね。私たち家族も、学生も、あの場所をリビングや遊び、実験の場代わりにしている。
ゆるやかに地域の人が出入りし、第二の我が家のように使ってくれて、なんとなく人のつながりができていく経験がいいなと感じています」(藤原さん)

酒谷研究室の学生と、酒谷さん藤原さん一家が集った一枚。彼らにとって1階のシェアスペースは、リビングのような場所だそう (画像提供/酒谷さん、藤原さん)

酒谷研究室の学生と、酒谷さん藤原さん一家が集った一枚。彼らにとって1階のシェアスペースは、リビングのような場所だそう (画像提供/酒谷さん、藤原さん)

建物の使い道が、学生たち用の居住がメインだと、いつか卒業を迎え、仕組みが途切れないか心配になります。しかし、今後ここを継続させるために、地域との関わりに強い関心を持つ学生が必ず住み続けることを念頭に入れているそうです。そうすることでオーナー及び居住する学生、街の人との関係性が途切れないといいます。
「例えば建築を学ぶ学生に限らず、街の活動を通じて知り合った学生がここに住むというのも選択肢の一つです。この活動に興味を持った人ならいつでも参画してほしいなと思います」(酒谷さん)

誰か一人が無理をするのではなく、街に関わりたい人、関わる人がみんなで支え合う。こうして有機的な活用ができるのがこれからの空き家活用の理想なのかもしれません。

●取材協力
・こずみのアネックス
・関東学院大学建築・環境学部酒谷研究室
・藤原酒谷設計事務所

一人暮らしで買った家具、人気の家具ショップビッグ3とは?家具への意識はどう変化している?

クレアスライフが、自社が運営するマンションに住んでいる一人暮らし中の男女599人に、インテリア・収納に関するアンケートを実施した。一人暮らしの家具はどこで何を買うかがテーマなのだが、どこでどんな家具を買ったのだろうか?詳しく見ていくことにしよう。

【今週の住活トピック】
都内599人にインテリア・収納に関するアンケート調査を実施/クレアスライフ

入居後に購入した家具のトップは、「カーテン・ブラインド」

最近、一人暮らしでInstagramなどのSNSを参考に、インテリアにこだわる人が多いという調査結果をよく見かける。筆者も「コロナ禍でインテリアへの関心が高まる!20代から50代まで幅広い層がインスタを参考に」や「Z世代の一人暮らしの特徴って? 重要なのは家賃、インテリアは”映える”韓国風がトレンド」といった記事を書いた。

今回は、家具はどこで何を買うかを調査した結果を見ていきたい。まず「今住んでいる住居に入居した際に新しく購入した家具があれば、何を購入したか」を聞いている。その結果、上位には「カーテン・ブラインド」(16.5%)、「ベッド」(14.6%)、「テーブル」(12.4%)が挙がった。

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

引っ越し後に購入したもののTOPに挙がることが多いのが、「カーテン・ブラインド」だ。住居によって、窓の形や大きさが異なるため、持っているものでは合わないことが多いからだ。といっても、近年は街を歩いていると、窓に何もかけていない住宅を多く見かけるようになった。16.5%という数値は思ったよりは多くないのだが、近年のそうした影響を受けてのことではないかと思う。

逆に意外だったのが、「照明」が5.1%と少ないことだ。住宅を買う場合は自身で照明を設置することが多いが、賃貸の場合は、照明は貸主側で取り付けている場合もあれば、借主が自身で手配してつける場合もある。今回の調査では、貸主側で設置済みの場合が多いということだろう。

一人暮らしの人気家具ショップ、ニトリ・無印良品・IKEA

次に、「今住んでいる住居に入居した際に新しく購入した家具があれば、どこのインテリアショップで購入したか」を聞いている。その結果を見ると、圧倒的に人気が高いのは「ニトリ」(34.4%)だ。性別・年代別に分析した結果を見ると、ニトリは、そのなかでも特に男性に人気が高いことが分かる。

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

どうやら、ニトリと無印良品、IKEAは3大人気家具ショップということになりそうだ。たしかに、シンプルなデザインで、リーズナブルな価格という共通点がある。ただし、それぞれに違いもある。

ニトリと無印良品は、日本の企業で全国に店舗数が多いという共通点があるが、無印良品の方がよりナチュラルなデザインで、価格はニトリより高めという印象だ。また、IKEAは北欧スウェーデン発祥で、よりおしゃれなデザインが特徴。郊外に大型店舗が多く、まとまった数のものを安く売るというスタイルなので、車のあるファミリーのほうが好むのかもしれない。

また、20代・30代の女性では、よりデザイン性の高い「Francfranc」の購入者も多いので、おしゃれなものを好む傾向があるといえそうだ。

さて、今回の調査結果で挙がった家具ショップのなかで、「LOWYA」(ロウヤ)と「KEYUCA」(ケユカ)は筆者には馴染みの薄いブランドだ。LOWYAもKEYUCAも、日本企業が2000年代にオープンしたブランド。LOWYAはオンライン販売が中心で、KEYUCAは東京都や神奈川県を中心に全国に店舗をもつ。いずれも、シンプルでリーズナブルという点で、ビッグ3と共通している。

手軽なDIYもインテリアには必要?

さて、「部屋のリフォームや家具作りなどのDIYに興味があるか」聞いたところ、過半数の52.6%がある(「興味関心があり、実践している」6.2%+「興味関心があり、今後やりたいと思っている」9.8%+「興味関心があるが、賃貸なのでできないと思っている」36.6%)と回答している。

現在行っている、あるいは今後行いたいDIYがどんなものかを聞くと、「収納を作る」が最多の30.1%で、次いで「剥がせる壁紙を貼る」20.3%、「置き敷きできる床材を使用する」19.4%の順となった。

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

ポイントは、賃貸でも可能という点だ。特に、「剥がせる壁紙」と「置き敷きできる床材」は、賃貸でもできるDIYニーズに応えて、DIY商材が豊富になってきたもの。賃貸の退去時に、貼った壁紙を剥がしたり、敷いた床材をはずしたりすればいいので、原状回復を気にせずにDIYで自分らしく部屋を演出できる。

収納も、独立した収納ボックスなどを組み立てて設置するだけでなく、最近は壁にピンで止めるだけで飾り棚になる商品もある。実はマイホームではあるが筆者も、DIYに自信がないので、無印良品のピンで取り付ける飾り棚を付けた。といっても、飾っているのは好きな落語家のサイン入り色紙なのだが…。

対面型キッチンの上部の空間に飾り棚を取り付けた(筆者撮影)ちなみに、左から三遊亭兼好、春風亭一之輔、桃月庵白酒

対面型キッチンの上部の空間に飾り棚を取り付けた(筆者撮影)ちなみに、直筆色紙は左から三遊亭兼好、春風亭一之輔、桃月庵白酒

調査結果を見ると、20代・30代が多い一人暮らしの場合、高級で高価格な家具ではなく、シンプルで低価格な家具を購入する人が多いということが分かる。一人暮らしの部屋はそれほど広さがないので、テーブルで仕事も食事もするのかといった暮らし方を考慮したり、収納スペースを考慮して収納付きのベッドにしたりと、さまざまな工夫が必要だろう。

最近は、インスタ映えするインテリアのコーナーを設けるなどのニーズもあるようなので、自身のセンスを見せるためにも、家具やインテリアにこだわったり、自分らしいDIYを行ったりすることも大切になる。さて、あなたはどんな家具を選ぶのだろうか?

●関連サイト
クレアスライフ「都内599人にインテリア・収納に関するアンケート調査を実施」

7畳のタイニーハウス暮らし夫婦、2棟目カワウソ号は宿に。宿泊で住まい観が一変!? ライター体験記「私はどう生きるか」 三浦半島

わずか7畳のタイニーハウス「もぐら号」は、神奈川県・三浦半島にある、現在進行形で「人が暮らしているタイニーハウス」です。電気・ガス・水道完備、シャワー・トイレ付きと、一般的な住まいと変わらず、快適な暮らしが送れているといいます。そのもぐら号に、今年、きょうだいの「カワウソ号」が仲間入りしたそう。しかもこちらは宿泊・体験できるとか。さっそく編集部とライターで宿泊してきました。

「カワウソ号」は約8畳(室内11平米+ロフト4平米)。タイニーハウスを知り・体験できる場所に

神奈川県三浦半島にある、まるで絵本に出てくるようなタイニーハウスの「もぐら号」は、相馬由季さんと夫の哲平さんの住まいです。もぐら号は約2年かけて相馬さんが設計から施工、2020年に完成。ほぼ自作したタイニーハウスに現在も夫妻で暮らしていらっしゃいます。そんな「もぐら」のきょうだいが「カワウソ号」です。もぐら号よりもやや小ぶりで、名前も愛らしい「カワウソ号」ですが、なぜもう1棟、タイニーハウスをつくったのでしょうか。

相馬由季さん。タイニーハウスに暮らしているほか、今年は海外のタイニーハウスをめぐる旅もした(写真撮影/桑田瑞穂)

相馬由季さん。タイニーハウスに暮らしているほか、今年は海外のタイニーハウスをめぐる旅もした(写真撮影/桑田瑞穂)

「もぐら号の話をすると、ほとんどの人に『遊びに行きたい』『泊まりたい』と言われるんです。みんなタイニーハウスに興味津々なんですね。もぐら号にも宿泊していただけるんですが、私たちも毎日、暮らしているので、そうそう泊めるわけにもいかない。じゃあ、もう1棟をということで、『カワウソ号』を計画したんです」と相馬さん。

「カワウソ号」。玄関扉のオフホワイト、緑のアーチ屋根が最高か!(写真撮影/桑田瑞穂)

「カワウソ号」。玄関扉のオフホワイト、緑のアーチ屋根が最高か!(写真撮影/桑田瑞穂)

主眼を置いたのは、単なるホテルではなく、「タイニーハウスを体験できる場所」であること。
「タイニーハウスに宿泊できる施設はありますが、まだ少数です。ここではホテルのような滞在ではなく、料理をしたり思い思いに過ごしたりと、あくまでも『暮らし』を体験する場所として考えているんです」と話します。

「基本設計や建材、建具のチョイスなどはすべて自分で行い、実施設計と施工を大工さんにお願いしました。ただ、制作途中も足を運び、吟味、調整をしてもらいました。タイニーハウスはとにかく余分なスペースがないので、数センチで使い勝手が変わるんです。だから、何度も何度も測って、思い入れを込めてつくったのは、カワウソ号も同じですね。『もぐら号』で自作した経験が生きています」

「カワウソ号」の内部。「もぐら号」と同様に、「暮らす」を主眼に設計されている(写真撮影/桑田瑞穂)

「カワウソ号」の内部。「もぐら号」と同様に、「暮らす」を主眼に設計されている(写真撮影/桑田瑞穂)

・関連記事:
わずか7畳のタイニーハウスに夫婦二人暮らし。三浦半島の森の「もぐら号」は電気もガスもある快適空間だった!

稼働率高し! 20代~40代、シングル、カップル、ファミリー、さまざまな層がステイ

「もぐら号」と「カワウソ号」の共通点でいうと、大きめのキッチン&シンク、電気ガス水道といったインフラ、窓や外壁などには断熱性・遮熱性などの性能を高めた「快適な暮らし」が送れる点です。一方で間取りは異なり、「カワウソ号」はロフト付きで、玄関が横付きになっています。また、大きなフィックス窓、横にスリット窓が入っています。スリット窓からチラリとのぞく緑がキレイです。

左が「もぐら号」、右が「カワウソ号」(写真撮影/桑田瑞穂)

左が「もぐら号」、右が「カワウソ号」(写真撮影/桑田瑞穂)

キッチンにこだわったのは「もぐら」「カワウソ」共通です。シンクは大きく、電気ケトル、IHクッキングヒーターなどの調理器具もあるのです。まさに“暮らし”!(写真撮影/桑田瑞穂)

キッチンにこだわったのは「もぐら」「カワウソ」共通です。シンクは大きく、電気ケトル、IHクッキングヒーターなどの調理器具もあるのです。まさに“暮らし”!(写真撮影/桑田瑞穂)

シャワーと洗面、トイレが一列になっていて、使いやすい動線(写真撮影/桑田瑞穂)

シャワーと洗面、トイレが一列になっていて、使いやすい動線(写真撮影/桑田瑞穂)

洗面とトイレ。シャワー付き。コンパクトですが、何度も設計しなおしたというだけあり、狭さは感じません。トイレは着脱式なノズル下水道につなげていて、一般的な水洗トイレです(写真撮影/桑田瑞穂)

洗面とトイレ。シャワー付き。コンパクトですが、何度も設計しなおしたというだけあり、狭さは感じません。トイレは着脱式なノズル下水道につなげていて、一般的な水洗トイレです(写真撮影/桑田瑞穂)

「カワウソ号」のロフト。大きなフィックス窓からは緑がいっぱいに。人工物が目に入ってきません。心が満たされていく……(写真撮影/桑田瑞穂)

「カワウソ号」のロフト。大きなフィックス窓からは緑がいっぱいに。人工物が目に入ってきません。心が満たされていく……(写真撮影/桑田瑞穂)

電気と上下水道や既存のインフラを利用し、着脱式で接続。ガスはプロパン(写真撮影/桑田瑞穂)

電気と上下水道や既存のインフラを利用し、着脱式で接続。ガスはプロパン(写真撮影/桑田瑞穂)

昨年の暮れに施工場所から今の土地に移動させ、塗装など内部の仕上げや棚の設置、家具やインテリアの選定を行い、今年3月末より宿泊の受け入れを開始しました。では、その反響は?

「開始して2カ月ほどですが、平日、休日問わず多くの予約が入っています。メディアを介して知ってもらったり、SNSで知ってくださったり。いろいろです。若い世代はここだけしかできない体験ということで、カップルや友人同士で来てくださいます。ほかはご家族ですね。最大3人まで宿泊できます。」(相馬さん)

とはいえ、一人で滞在する40代~50代の人もいるのだとか。
「自分を見つめ直したい、という方でしょうか。タイニーハウスに籠もって、暮らしや人生に向き合う場所が欲しいという人が滞在されていきます。何かするのではなく、ゆっくりと過ごしていらっしゃいます」といい、今までの暮らしのあり方、人生のあり方を問い直す場所になっているのだそう。

ロフトではタイニーハウスに関する本をセレクト、ギターやプロジェクターなど、滞在を楽しくするアイテムも(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフトではタイニーハウスに関する本をセレクト、ギターやプロジェクターなど、滞在を楽しくするアイテムも(写真撮影/桑田瑞穂)

開閉式の机。空間を有効活用できるよう、考え抜かれている(写真撮影/桑田瑞穂)

開閉式の机。空間を有効活用できるよう、考え抜かれている(写真撮影/桑田瑞穂)

タイニーハウスで住まい感が変わる。自分に必要なモノ・コトが見えてくる

では、実際に滞在するのはどのような感じなのでしょうか。

筆者と編集部担当の2人は午後にチェックインし、翌日朝まで滞在。合間に仕事をしたり、ランニングをしたり、周囲のスーパーで食材を買い込み、暮らすように「プチ日常」を味わってみました。

シャワーの水量や温度、トイレの水量などもストレスフリー。また、はじめはタイニーハウスのセキュリティってどうなのだろうと少し不安があったのですが、駅近くの立地でほどよく人目があり、おまわりさんのパトロールエリアとのことで、ひと安心。とにかく快適な滞在となりました。

夜は近所でマグロのお刺身などを購入してきて晩酌。三浦半島ならではですね(写真撮影/嘉屋恭子)

夜は近所でマグロのお刺身などを購入してきて晩酌。三浦半島ならではですね(写真撮影/嘉屋恭子)

ロフトからキッチンと洗面を見下ろしたところ。目に入るものすべてが愛らしい(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフトからキッチンと洗面を見下ろしたところ。目に入るものすべてが愛らしい(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフト下部の寝室。寝具メーカーのベッドで寝心地もいい。編集もライターも、朝までぐっすりコースでした(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフト下部の寝室。寝具メーカーのベッドで寝心地もいい。編集もライターも、朝までぐっすりコースでした(写真撮影/桑田瑞穂)

そして、ひと晩過ごした結論をひと言でいうと、「これは……住まい感が変わるな」に尽きます。

筆者は、今まで不動産会社やさまざまな建物、建築家の先生方を取材し、天井高は2m40cmではちょっと低いのではとか、広さは一人あたりの面積25平米は確保したいなどと原稿を書いてきましたし、正直なところ「家の広さは気持ちのゆとりにつながる」、なんなら「天井高は正義」「収納は命」だと思ってきました。

ですが、実際に過ごしてみると11平米でも狭さは感じないのです。女性2人がほぼ1日、同じ空間にいてもストレスを感じない。これはすごいことだなと思いました。おそらくですが、備え付けの食器や寝具など、目に入るものすべてが吟味されていること(当たり前ですが子どものおもちゃやごちゃごちゃした生活のものはありませんし)、人間同士の目線が必要以上に重ならないこと、余計な音が入ってこないこと、室温が快適であること、暮らしに必要なものがきちんとそろっているからこそ、「コンパクトでも快適」は叶えられるのですね。

おそらくですが、窓からの緑や地面との近さ、自然な雨音、小鳥のさえずり、室内に漂う木々の香りなど五感に訴えるものがあり、タイニーハウスでしか感じたことのない、貴重な感覚が残りました。

もう一方で、自分に必要なものも浮かびあがってきたのです。筆者の場合は、カワウソ号になかった三面鏡、浴槽です。われながらお風呂という、わかりやすい欲が反映されていてびっくりしました。人生初の感覚です。本当に不思議。

宿泊していった人が残した記録。みなさん、「内省」していらっしゃいます(写真撮影/嘉屋恭子)

宿泊していった人が残した記録。みなさん、「内省」していらっしゃいます(写真撮影/嘉屋恭子)

こうした、気づきや発見があるのは筆者だけではないようで、「カワウソ号」の宿泊ノートには、さまざまな思いが記録されています。貴重ですね……。

相馬さんも、普段は会社勤務しながら、タイニーハウスづくりを行ってきたため、週末は何かしら「タイニーハウスづくりの予定」が入っていたそう。現在、「カワウソ号」が完成してやっとひと段落ではありますが、けしてラクではないタイニーハウスづくりに取り組み、宿泊運営者になった今、得るものはあるのでしょうか。

「やっぱり、タイニーハウスの暮らしを体験してもらって、その人の価値観が変わるとか、なにか湧き上がるものがある瞬間を見られるのがすごく好きですね。当たり前を疑うというか、その瞬間に立ち会えるというか……。タイニーハウスを通しての出会いもとても貴重ですし。その中で自分自身も、その先に湧き上がってくる次の挑戦の兆しを待っています。」(相馬さん)

(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

筆者個人としては、「タイニーハウスでの宿泊」は、家を借りたい人、家を買いたい人、注文住宅で家をたてようと考えている人、リフォームしたいと思っている人など、今、住まい・暮らしについて考えているすべての人におすすめしたい体験だなと思いました。自分にとって家とはなにか、家に必要なものはなにか、自分が大事にしたいものはなにかが明確になるからです。タイニーハウスの宿泊費は1泊あたり1万3000円~2万円程(人数、時期によって変動)。得るものは小さくなく、大きなものとなるはずでしょう。

●取材協力
相馬由季さん・哲平さん
由季さんのInstagram
ブログ
カワウソ号宿泊予約

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平屋を愛しすぎて東京・福岡で二拠点生活&専門誌を自費出版。賃貸平屋を渾身DIYしたアラタ・クールハンドさんの暮らし

全ての暮らしがコンパクトに収まり、毎日の生活で上下移動が必要のない「平屋」。今、世代を問わず平屋を選ぶ人たちが増えています。そんな平屋を愛しすぎたゆえ、東京と福岡の二拠点生活で異なる平屋暮らしを楽しんでいる人がいます。平屋暮らしの提唱者として知られている、文筆家・イラストレーターのアラタ・クールハンドさんです。二拠点生活×平屋、一体どのような暮らしをしているのでしょうか。お話をうかがいました。

東京の平屋はDIY可賃貸。自分好みにカスタム中

平屋暮らしの魅力を伝えている文筆家・イラストレーターのアラタ・クールハンドさん。
アラタさんは戦後建てられた木造平屋を「FLAT HOUSE」と命名し、自身の審美眼で捉えた全国各地の平屋たちを紹介する活動をしています。2009年以降に出版した『FLAT HOUSE LIFE1+2』、自費出版による一冊一軒の『FLAT HOUSE style』、九州地方のフラットハウスを紹介した『FLAT HOUSE LIFE in KYUSHU』といった本の数々は、多くの平屋ファンの心をくすぐっています。

アラタさんが執筆した著書の数々(写真撮影/桑田瑞穂)

アラタさんが執筆した著書の数々(写真撮影/桑田瑞穂)

そんなアラタさん、2013年から東京と福岡の二拠点生活をしています。

アラタさんが東京の拠点を構える場所は、郊外にある閑静な住宅街。駅から徒歩で15分くらいはある距離でしょうか。一戸建てが建ち並ぶエリアの一角に、こぢんまりとした平屋が見えてきます。

「いらっしゃい~」と近くまで迎えにきてくれたアラタさん。

白壁が可愛らしい、アラタさんが借りている東京の文化住宅。文化住宅とは、大正時代中期以降から流行した、庶民向けの洋風の住宅のこと(写真撮影/桑田瑞穂)

白壁が可愛らしい、アラタさんが借りている東京の文化住宅。文化住宅とは、大正時代中期以降から流行した、庶民向けの洋風の住宅のこと(写真撮影/桑田瑞穂)

真っ白な柱や壁が印象的な平屋。なんとDIY可能な賃貸住宅なのだそう。これまで都内で平屋を転々としてきたアラタさんは、家を探す際に必ずDIY可能な平屋を探していたそうです。もちろん今回の家に引越した際もDIY可能な平屋というのが条件。この家は、知人から紹介してもらい、決めたそうです。

「もちろんDIYは大家の了解があってこそ、というところは気をつけるべきところですね。クオリティの高いDIYをほどこせば自分が退去する際にも次に借り手がつきやすいんです。それは貸し手・借り手双方にとってメリットがありますよね」と、アラタさんは話します。

平屋の中には部屋が3室あり、全体で50~60平米ほどの広さ。1LDKくらいの規模感です。

「僕にとってはどこに何の物があるかがちゃんと分かることや掃除が簡潔にできるというのが結構重要なポイントで。このフラットハウスの気に入っているところは、ひと目で見渡せるコンパクトさですかね。窓辺からは景色もよく見えるし気持ちいいですよ。仮に大金持ちになったとしても、お手伝いさんを雇わないと暮らせない家には住みたくないなあ。自分で自分のことができないサイズの家には興味がないということも、平屋暮らしをしている理由かもしれませんね」(アラタさん)

入居1ヶ月半前に壁と天井を抜き、スケルトン状態にしてから施工を開始。完成後は採光率も上がって窓辺のデスクで手を動かす時間が何よりの至福だそう(写真撮影/桑田瑞穂)

入居1ヶ月半前に壁と天井を抜き、スケルトン状態にしてから施工を開始。完成後は採光率も上がって窓辺のデスクで手を動かす時間が何よりの至福だそう(写真撮影/桑田瑞穂)

写真右部分の窓は壁を抜いて、自身でカスタム。玄関からリビング、キッチン、作業場、寝室まで見渡せるつくり(写真撮影/桑田瑞穂)

写真右部分の窓は壁を抜いて、自身でカスタム。玄関からリビング、キッチン、作業場、寝室まで見渡せるつくり(写真撮影/桑田瑞穂)

明日は何が起きるか分からない。ひとつの場所に留まる息苦しさ

二拠点で、かつそれぞれ一戸建ての平屋暮らしと聞くと、なんだか費用がかさみそうなイメージです。しかし、アラタさんは「二拠点生活に踏み切れたのは、やはり賃貸住まいだったことが大きいでしょうね。もちろん今住むどちらの家も貸家です」と、秘訣を教えてくれました。

元のキッチン設備は激しい老朽化から全撤去。ユニットも採寸して一から再製作しています(写真撮影/桑田瑞穂)

元のキッチン設備は激しい老朽化から全撤去。ユニットも採寸して一から再製作しています(写真撮影/桑田瑞穂)

「古い平屋暮らしは自分で暮らしをカスタマイズすることができるプラットフォームなんです。特に築年数が古い平屋の賃貸は、DIYが可能な物件が多いんです。家賃が低廉なので自費投入しても懐の痛みも少ない。ここも一般の工務店に頼んだら400~500万円はかかるけど、自分で作業をすれば材料費だけ。そういう楽しみがあるところが古い賃貸平屋の魅力ですね」(アラタさん)

窓辺にあるワークスペースでは、執筆作業やイラスト制作をしています。この日は、福岡でのイベントに向けたフライヤーの制作をしていました(写真撮影/桑田瑞穂)

窓辺にあるワークスペースでは、執筆作業やイラスト制作をしています。この日は、福岡でのイベントに向けたフライヤーの制作をしていました(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークスペースからすぐに庭のデッキへと出ることができます。季節の移ろいをすぐに感じることができるのは、コンパクトな平屋の魅力(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークスペースからすぐに庭のデッキへと出ることができます。季節の移ろいをすぐに感じることができるのは、コンパクトな平屋の魅力(写真撮影/桑田瑞穂)

海外ネットオークションで購入したオールド・トイ(写真撮影/桑田瑞穂)

海外ネットオークションで購入したオールド・トイ(写真撮影/桑田瑞穂)

2011年に起きた東日本大震災。人々はみな、こんなにも予測不可能なことが起きるのかと、大きな衝撃を受けました。アラタさんもそのひとり。さらに2020年以降コロナ禍になり、人生はますます1年先のことが分からないと思ったそうです。

「両親とも東京出身なので自分にとって、いわゆる“田舎”がなかったんです。そういう拠点と呼ばれる場所に憧れがあった。そういう時に震災が起きまして。家族全員が東京にいると、何かあった時に避難する場所がないということに震災で気付かされました。それを解決するためにも、フリーになったときから憧れていた地方との多拠点生活に挑んでみようと。インフラの拡充など利便性が向上している今なら、そう難しくはない。そんなとき好条件の平屋が東京と福岡同時に見つかって、踏み切りました。九州は以前から一度住んでみたいと思っていたので、迷う理由はありませんでしたね」(アラタさん)

こうして、アラタさんは新たな拠点として福岡に家を借りることを決断します。

「周囲には完全移住したものの、溶け込めずに引き返してくる例も。東京に拠点を残しておけば焦る気持ちも半減するし、仮にうまくいかなかったとしても引き返すことができると思っていました」(アラタさん)

福岡県の新たな拠点 出会いは人の縁だった

南のエリアにもう一つの拠点を設けたいと思っていたアラタさんは、知り合いを通じて福岡県へ訪れることになります。

「13年の春、福岡の不動産業の友人から米軍ハウスが売りに出ていると聞き、九州旅行ついでに物件を見に行ったんです。現地に着いて偶然目にした別の空き家もまた米軍ハウスで、そっちにひと目惚れしてしまいます。首尾よくオーナーと連絡が取れましたが、面接があると聞いてこれは無理だなと諦めたものの、友人の尽力もあってご縁をいただきました。その夏にめでたく入居し、現在に至ります」(アラタさん)

福岡県のある海辺の町。徒歩数分で美しい景色が望めるといいます(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

福岡県のある海辺の町。徒歩数分で美しい景色が望めるといいます(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

こうして福岡にも拠点を見つけ、二拠点暮らしが始まったアラタさん。

「海辺のこぢんまりとした町は、暮らしてみると、とても快適。天神までは船に乗る必要があるけれど、その距離は15分くらい。天神に出てしまえばなんでもそろうし、空港も近いからどこへ行くにも不便がないんですよ。チェーン店が少なく、個人の商店が多くて、自然な賑わいがあるんですよね。スピード感のある東京とは違い、穏やかで豊かな文化圏を築いているように見えます。東京との違いを味わえるところが魅力です」(アラタさん)

福岡県にある自宅。築年数は約70年だそう(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

福岡県にある自宅。築年数は約70年だそう(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

東京と福岡。平屋だからこそ実現できたミニマムな暮らし

現在、1年の3分の1を東京で過ごし、残りは福岡で暮らすアラタさん。

南の方に憧れがあって拠点を設けたものの、もちろん福岡には知り合いが多くいたわけではありませんでした。しかし暮らしていく中で、アラタさんの著書の読者や、近隣に住まう人とコミュニケーションをとるようになり、徐々に知り合いが増えていったといいます。

米軍ハウスに入居の際、アラタさん自身が床を張り替えたそう(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

米軍ハウスに入居の際、アラタさん自身が床を張り替えたそう(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

「こちらで出会った方と、日々の暮らしを通してゆるやかにつながっていったんですよね。観光局の人と地域活性化につながるマーケットや街歩きなど、一緒に面白いことができないかなと、話もしていますよ」(アラタさん)

お気に入りのアンティーク家具や食器、インテリアに囲まれて(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

お気に入りのアンティーク家具や食器、インテリアに囲まれて(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

「東京か福岡か。自分の拠点をどちらか一つに絞らないとかなって時々思うことも。とはいえ両方にコミュニティがあるってすごくいいなと思って。自分にとってのサードプレイスなのでしょうね」とアラタさんは話します。

「今、時代が大きく変わっている。10年前と比べると、生き方も暮らし方もずいぶん多様ですよね。いつ暮らし方が変化するか分からないから、身軽に過ごしたいと思う人も多いと思うのです。そういう人に、僕は平屋暮らしはおすすめしたいですね。身の丈に合わせた暮らしに変えてみると、心地よく過ごすことができるんじゃないかな」(アラタさん)

今回紹介したような、「コンパクトな賃貸の平屋で、リーズナブルに暮らす」ということを思い浮かべると、狭そうなイメージが先行して、実際に暮らすイメージが湧かない人もいるかもしれません。しかし、アラタさんのように拠点を複数持ちたい人、さらにDIY可物件であれば暮らしをカスタマイズしてみたい人には、とてもメリットがありそうです。何より持ち物や暮らしのサイズをミニマムにする人が増えている今、「足るを知り、余白を感じる」ことができる毎日は、平屋で実現できそうだと感じますね。

●取材協力
・アラタ・クールハンド
・再評価通信

ZEH水準を上回る省エネ住宅をDIY!? 断熱等級6で、冷暖房エネルギーも大幅削減!

電気代の値上がりが続き、住まいの省エネ性能に関心が高まっています。そんななか、施主がプロの力を借りつつ、「断熱性の高い施工方法を学びながら、自分たちで省エネで環境にやさしい住まいをつくる」というワークショップが開催されました。子どもたちや周辺住民も加わりつつ行われた、楽しい模様をレポートします。

ハーフビルドで断熱等級6相当の省エネ住宅を建てる!……って、できるの?

高騰が続く光熱費を背景に、住まいの断熱性能、省エネ性能が急速に注目を集めています。そんなさなか、プロの力を借りて施主が自邸を建てるという「ハーフビルド」方式で、あたたかい家をつくるというワークショップが開催されました。その住まいの舞台となったのは、神奈川県相模原市緑区、旧藤野町の里山。東京と神奈川、山梨の県境にあり、東京駅まで1本でアクセスできるものの、のどかな環境です。

断熱ワークショップの舞台となる住まい。神奈川県内とはいえ、里山ののどかな雰囲気(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱ワークショップの舞台となる住まい。神奈川県内とはいえ、里山ののどかな雰囲気(写真撮影/桑田瑞穂)

この住まいの施主は、30代の森川夫妻。妻は会社員、夫は今、退職して家づくりに全力投球しています。設計と施工を担当するのはHandiHouse projectのみなさん。SUUMOジャーナルでも、「施主も“一緒に”つくる住まい」という連載を続けていましたが、今回はその試みがバージョンアップし、「5地域の断熱等級6」(※1)相当の住まいをつくるのだといいます。相模原市は6地域にあたりますが、お住まいのある山間部は山梨にも近く、冬にはマイナスになることも多々あるため、山梨市と同等の5地域の断熱性能を求めることにしたといいます。
※1 日本は地形の気候に合わせて省エネ基準地域が8区分されています。数字が小さいほど寒い地域で、首都圏の都市部は多くが6地域に該当します。その地域区分によって、等級の評価基準が異なるので、同じ等級6の評価でも、6地域より、5地域の方がより高いものが求められます

「住宅省エネルギー基準」による地域区分(一般財団法人住宅・建築SDGs推進センターHPより)

「住宅省エネルギー基準」による地域区分(一般財団法人住宅・建築SDGs推進センターHPより)

断熱等級6と7は2022年10月に新設されたばかりですが、等級6はこれからの日本の住宅が目指すべき断熱のスタンダード暮らす、等級7は世界基準のトップクラスに相当します。とはいえ、今までは最高等級が4だったことを考えると、ハーフビルドでつくるには十分にハイレベルな水準でもあります。では、どのようにしてこのプロジェクトがはじまったのかを、施主の森川夫妻に聞きました。

「家をつくるにあたり、まずできる限り、自分たちの手でつくりたいという希望がありました。また、夫妻ともに寒がりで、一方で化石燃料や石油エネルギーをできるだけ使いたくない、減らしたいとの考えから、高断熱・高気密の家がいい。加えて、私たちには2人の子どもがいるのですが、現在、深刻化する気候変動に対し、未来の世代に自分たちなりの『解』を示しておきたい。加えて、地域の建材や廃材を使いたい、また太陽光パネルを搭載、将来的に電気自動車を購入してV2H(※2)にしてほぼすべてのエネルギーを太陽光で賄うプランを考えていたんです。そんな理想もりもりの家づくりがはたしてできるのか、依頼先を探していたところ、設計事務所HandiHouse projectの中田さん夫妻を紹介されて。コレだ! とすぐに決まりました」とその理由を明かします。

※2 V2H 自動車(Vehicle)から家(Home)へという意味。電気自動車に蓄えられた電力を、家庭用に有効活用する考え方。

「パーマカルチャー」(持続可能な循環型の農業をもとに、人と自然がともに豊かになるような関係性を築いていくためのデザイン手法)に加えて、地域や将来の環境のことを考えて家づくりをしたいと考えていた夫妻と、共感できる設計事務所の出合いは、まさに奇跡&運命ともいえるものでしょう。それが、今回のワークショップ開催の運びとなりました。

ワークショップ参加者やご近所さんの見学も。断熱への関心は高い

2023年1月中旬、断熱ワークショップが開催されました。2022年のうちに家づくりのプランが確定し、地鎮祭と基礎工事、棟上げ、屋根の防水や外壁張り、窓設置が完了しているので、見た目はほぼ「家」になっています。また、天井や床には発泡プラスチック系の断熱材10cmがプロの手によってすでに入っている状態です。

ワークショップ前には準備体操。本日もご安全に!(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショップ前には準備体操。本日もご安全に!(写真撮影/桑田瑞穂)

施工する前にまず住まいの断熱性能についての説明、使う断熱材やその理由、性能をHandiHouse projectメンバーから説明してくれました(写真撮影/桑田瑞穂)

施工する前にまず住まいの断熱性能についての説明、使う断熱材やその理由、性能をHandiHouse projectメンバーから説明してくれました(写真撮影/桑田瑞穂)

今回ワークショップを開催したHandiHouse projectの中田りえさんは、この試みについて、「施主だけでなく、参加者、ご近所の方などに、住まいの断熱の大切さを知ってもらえるいい機会になりますよね。あと、住まいの建築のプロセスにはいろいろとありますが、断熱って特別なスキルはいらず、ていねいに施工することが大切なんです。ウレタンスプレーで吹き付けるのも楽しいし。それこそお子さんやママ、パパも参加しやすいし、もっとこの輪を広げていけたら」と話します。

ワークショップの開催はHandiHouse projectのフェイスブックページや施主の森川さんがブログで告知したこともあり、筆者のSUUMOチームとはまた別に4名の取材チームがいらっしゃいました。ハーフビルドのワークショップは何度も参加しているという人もいれば、初めてという人も。いずれにしても「断熱や気密に関心がある」「DIYで家づくりがしてみたい」と、住まいそのものへの関心の高さが伺えます。

森川邸の断面図。断熱材を10.5cm入れる図面になっています(写真撮影/桑田瑞穂)

森川邸の断面図。断熱材を10.5cm入れる図面になっています(写真撮影/桑田瑞穂)

まずは施工する建物の前にて、自己紹介とあいさつ、そして準備体操をします。楽しそうではありますが、やはり事故や怪我をするわけにはいきません。その後、場所を建物内にうつし、「なぜ、今、断熱が大事なのか」「高気密が大切な理由」「今日の作業手順」を説明してもらいました。ここで断熱等級6は外皮性能レベル(いわゆるUA値)では0.46で、省エネ等級4の北海道と同水準あること、施工しやすさから発泡系断熱材を使うこと、断熱材は価格と性能がほぼ比例すること、住まい完成時には気密測定を行い、住宅の隙間総量を表すC値は実測で0.4をめざすという話が出ていました。ちなみに、C値は数値が低いほど気密性にすぐれるというもので、現時点で一般的な住まいでは1以下、世界基準のパッシブハウスで0.6以下だといわれています。0.4というのは、細部にわたって隙間なくていねいな施工が求められる水準のため、ハーフビルドでこの数字を本当に実現できるの?と筆者は驚きが隠せません。

ちなみに断熱ワークショップの作業そのものはとてもシンプルで、間柱(まばしら)に合わせてあらかじめカットされている断熱材(発泡プラスチック系)をはめこんでいくというもの。

断熱材を入れる前の壁の様子。柱と間柱(まばしら)の間は38cm(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材を入れる前の壁の様子。柱と間柱(まばしら)の間は38cm(写真撮影/桑田瑞穂)

柱と柱の間に、断熱材(発泡プラスチック系)を埋め込んでいます。手で押すだけで施工できるので、めちゃくちゃシンプル(写真撮影/桑田瑞穂)

柱と柱の間に、断熱材(発泡プラスチック系)を埋め込んでいます。手で押すだけで施工できるので、めちゃくちゃシンプル(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材は幅に合わせてカットされていますが、さらに現場で長さをカットします。カットするのは施主の森川さん(妻)。ちゃんとまっすぐサイズに合わせてカットできるか、ドキドキします(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材は幅に合わせてカットされていますが、さらに現場で長さをカットします。カットするのは施主の森川さん(妻)。ちゃんとまっすぐサイズに合わせてカットできるか、ドキドキします(写真撮影/桑田瑞穂)

カットした断熱材を埋め込んでいきます。隙間があってはいけないので、最後は押す力が必要です(写真撮影/桑田瑞穂)

カットした断熱材を埋め込んでいきます。隙間があってはいけないので、最後は押す力が必要です(写真撮影/桑田瑞穂)

手で押すと凹んでしまうため、木槌と板を使ってはめていきます(写真撮影/桑田瑞穂)

手で押すと凹んでしまうため、木槌と板を使ってはめていきます(写真撮影/桑田瑞穂)

隙間を見つけては、発泡ウレタンスプレーで埋めていきます。金具の周辺も同様に行います(写真撮影/桑田瑞穂)

隙間を見つけては、発泡ウレタンスプレーで埋めていきます。金具の周辺も同様に行います(写真撮影/桑田瑞穂)

説明をうけると、みんな夢中になって断熱材を加工したり、はめていく作業に入りました。また、発泡ウレタンスプレーで隙間を埋めていくのも楽しいよう。パズルがぴったりはまってく感覚、プチプチをつぶすのにも似た、おもしろさがあります。

森川さん(夫)の仕上げによって、壁一面に断熱材が入りました(写真撮影/桑田瑞穂)

森川さん(夫)の仕上げによって、壁一面に断熱材が入りました(写真撮影/桑田瑞穂)

県産材を施主が用意する。文字通り地域に根ざした家づくり

ワークショップは午前10時にはじまりましたが、途中、森川夫妻と中田さんのお子さん、ご近所のお子さん、近隣の方も顔を出すなど、なんともにぎやか。あっという間に終わった印象です。家のなかに資材を置かずに安全には十分配慮し、断熱材を充填する作業そのものは釘などをほとんど使わないので、部屋の片すみで子どもが遊んでいました。なんとも幸せで楽しげな施工風景です。家づくりってこんなにも楽しいんですね。

HandiHouse project中田さん夫妻のお子さんたち。断熱材を机にして、ぬり絵をしています(写真撮影/桑田瑞穂)

HandiHouse project中田さん夫妻のお子さんたち。断熱材を机にして、ぬり絵をしています(写真撮影/桑田瑞穂)

今回の住まい、床のフローリングや外壁などに使う木材は、すべて神奈川県内の地元のものを使っているとのこと。また自身の手で製材所に運び、なんと自身で製材も行った森川さん。インターネットでクリックひとつで海外のものも安く手に入る時代ですが、「輸送にかかる環境負荷を考えたら、地域の木材を使う方がいい。今回、使っているのはこの近郊、家からなるべく近い山で採れた木材です」と言います。

住まいの広さは4人家族にはコンパクトな60平米ほどの平屋。自分たちで施工をすることもあり、躯体は凸凹がなく、シンプルな長方形です。ロフトがありますが、それ以外のところは将来に仕切りを自由に変更できるなど、可変性のある間取りにしています。窓は樹脂サッシでトリプルガラスを採用、断熱や窓など、住んでから手を入れにくい箇所にお金をかけているのがわかります。

施主である森川夫妻とご両親、さらにはご近所のお子さんたちと一緒に(写真撮影/桑田瑞穂)

施主である森川夫妻とご両親、さらにはご近所のお子さんたちと一緒に(写真撮影/桑田瑞穂)

ちなみに、森川夫妻、妻は出産をして現在育休中、まだ頻回授乳もある時期です。また、夫はこの住まいづくりに合わせて会社を退職し、現在はフルタイムの大工見習いをしているとのこと。まだまだ手のかかるお子さんがいるのに、このチャレンジ精神と取り組み、夫妻ともにパワフルすぎる!

「ほぼ毎日、現場に来て家づくりに携わっているので家のつくりを理解できています。将来、多少の不具合が出ても自分たちで修正していけます。この家づくりで身につけたことを、これからの家族の変化に合わせた家づくりにも活かしていきたい」と夫。本当の意味で、「持続可能な家づくり」をめざしているんですね。

そしてこのワークショップ、何よりの特色は楽しいこと!! 
「この前ね、子どもに『お父さんとお母さんは、家ができるたびに友達が増えている』って言われたんですよ」と中田りえさん。施主も一緒につくるという価値観に惹かれて依頼するので、施主と工務店・建築士という間柄ではなく、友達になるのは当たり前といえば当たり前かもしれません。

お昼にはほうとうをつくって食べます。みんなで食べるともっと美味しい(写真撮影/桑田瑞穂)

お昼にはほうとうをつくって食べます。みんなで食べるともっと美味しい(写真撮影/桑田瑞穂)

ちなみに、午前に断熱材がひと通り充填されたところで、午後は焼き杉づくりに挑戦。焼き杉とは、杉の表面を焼き焦がして、耐久性や耐火性を高めたもの。知識としては知ってはいましたが、実際に焼く作業なんてめったにない貴重な機会なので、体験させていただくことに。

神奈川県産材の杉。3枚の板を三角形にして紐で固定します(写真撮影/嘉屋恭子)

神奈川県産材の杉。3枚の板を三角形にして紐で固定します(写真撮影/嘉屋恭子)

下の七輪に火を入れて焼いていきます。右のように煙と火が上がったら完成!(写真撮影/嘉屋恭子)

下の七輪に火を入れて焼いていきます。右のように煙と火が上がったら完成!(写真撮影/嘉屋恭子)

できた焼き杉は、外壁材として使用するため、全部で200枚以上焼く計算(写真撮影/嘉屋恭子)

できた焼き杉は、外壁材として使用するため、全部で200枚以上焼く計算(写真撮影/嘉屋恭子)

冒頭に紹介した通り、今年は電気代が高くなっていること、寒さが厳しいこの地域では、建物の高断熱化はとても注目度の高いトピックスになっています。ふらりと立ち寄ったご近所の方からも「高気密・高断熱の家って~?」「窓はトリプルサッシで~?」と会話が盛り上がっていました。そもそも、人って楽しそうにしていると集まってきますよね。もちろん、森川夫妻の人柄もある気がしますが、家って単なる建物ではなくて、人と人とをつなぐ特別なものなのだなと実感します。

森川家の住まいは今年3月、竣工の予定です。汗と思い出がつまった住まいは、一見すると小さな、普通の家に見えるかもしれません。ただ、断熱性や持続可能性、つくり手と住まい手のつながりなどは今までにない「新しい家」への試みがつまった住まいでもあります。これからの住まいは、コンパクトであたたかく、長持ち、地域や自然と一体となっている。こんな「森川さんち」のような家が増えていったらいいなあと思います。

●取材協力
森川家
ハンディハウスプロジェクト
●参考サイト
「住宅の省エネルギー基準」一般財団法人住宅・建築SDGs推進センター

台湾女子の一人暮らしin西荻窪。インテリアやライフスタイルにも個性あり!

エッセイスト柳沢小実が、気になる人のお部屋と暮らしをのぞきにいくシリーズ。第2回目は、台湾・高雄出身で東京在住の郭晴芳(ハル)さんのご自宅へお邪魔しました。

ハルさんは台湾の大学を卒業した後、約15年前に日本の大学院に留学してそのまま就職。現在は、カルチャー系ウェブメディアを運営する会社でプロデューサーをしています。コロナ禍前は日本国内や台湾中を飛び回る日々を送っていました。この数年でどのような変化があったのでしょうか。

Instagramで知り合ってはや数年。最もアクティブな友人

母国語である中国語に加えて日本語も堪能なハルさんは、アジアのクリエイティブシティガイドのディレクターをはじめ、コンテンツ制作やイベントの企画、プロモーション全般も担う、“ひとり広告代理店”のような人。

会社経由のみならず個人でも仕事を受けていて、2021年に高円寺の銭湯「小杉湯」で行われた台北の温泉博物館「北投温泉博物館」のプロモーションイベント、「歡迎光臨 小杉湯的台湾北投」も話題になりました。このイベントでは、台湾のアイテムが購入できるマーケットやトークイベント、ライブ、台湾映画の上映などが行われて大好評。こんこんと湧き出る好奇心と柔軟な発想力、センスの良さで、ますます仕事の幅を広げています。
私とハルさんの出会いは、6年以上前にInstagram経由で私が声をかけたこと。そこから仲良くなり、日本や台湾で頻繁に会うようになりました。もしかすると、家にこもりがちな私といちばん遊んでくれている人かも。遊ぶとはいっても、たいてい散歩して古道具屋や喫茶店に一緒に入るくらいで、あとはイベントに行ったり、ごはんを食べたり。そしてたまに、お互いの家でご飯や梅酒をつくったりしています。

台湾に住むハルさんの友人が二人宛の荷物を私のところに一緒に送ってくれたので、取材で会うついでにハルさん宅にお届け(写真撮影/相馬ミナ)

台湾に住むハルさんの友人が二人宛の荷物を私のところに一緒に送ってくれたので、取材で会うついでにハルさん宅にお届け(写真撮影/相馬ミナ)

形にとらわれない身軽な暮らしぶりは学ぶところが多く、いつか彼女の暮らしや考え方を紹介したいとずっと思っていました。

西荻窪の、繁華街と住宅地の間にある古いマンションに住む

ハルさんの自宅は、西荻窪駅(東京都杉並区)からほど近いところにある築50年ほどのマンション。商店街と住宅地の境目に立つ、愛らしい建物です。部屋の間取りは1Kで、広さはゆったりとした一人暮らしサイズの約39平米。もともとは3部屋が縦に連なるつくりでしたが、リフォームによって2部屋に変えられていて、DKと寝室+リビングとしてゆるやかにゾーン分けできる、住みやすそうな、いい間取りです。

縦に連なる二部屋は、もともとはめてあった間のドアを外して広々と(写真撮影/相馬ミナ)

縦に連なる二部屋は、もともとはめてあった間のドアを外して広々と(写真撮影/相馬ミナ)

ベッドははじめ窓辺に置いていたけれど、朝明るすぎたためにソファと置き替え(写真撮影/相馬ミナ)

ベッドははじめ窓辺に置いていたけれど、朝明るすぎたためにソファと置き替え(写真撮影/相馬ミナ)

ここは日本に来てから5軒目の部屋。最初は日本語学校の寮、その後は荻窪、阿佐ヶ谷、西荻窪、そしてまた今回の西荻窪。ずっと中央線沿線に住んでいます。

「古いものや、古いマンションが好き。新しい物件は間取りが似たり寄ったりだけど、この部屋は間取りがオープンで、フレキシブルに使えるのがいい。それが古い物件が好きな理由です。当初は角部屋を探していましたが、そうでなくても二面に窓があって明るいです。
押し入れはクローゼットにリフォームされていて使いやすいですし、キッチンとトイレのタイルや壁の色も、入居時に自分で好きなものを選ぶことができました。

駅から近いと周辺がにぎやかだけど、ここは商店街の端の住宅地に入るところだから静か。窓を開けても外から見えないので、ベランダを縁側のように使っています」

築年数が経っている物件は、建物はレトロで愛らしい一方で、室内は水まわりを中心にこざっぱりとリフォームされていることも。管理状態が良い物件を選べば、同じ予算で築浅物件より駅近や広い部屋に住めたりするケースもあり、メリットも大いにあります。

カメラマンの友人とDIYでつくったキッチンカウンター(写真撮影/相馬ミナ)

カメラマンの友人とDIYでつくったキッチンカウンター(写真撮影/相馬ミナ)

岡山出身の陶芸家・加藤直樹さんの急須(写真撮影/相馬ミナ)

岡山出身の陶芸家・加藤直樹さんの急須(写真撮影/相馬ミナ)

好きで選んだものを使うのが、とびきり嬉しい(写真撮影/相馬ミナ)

好きで選んだものを使うのが、とびきり嬉しい(写真撮影/相馬ミナ)

ハルさんは、コロナ禍のかなり早い時期に完全テレワークになりました。本社オフィスも早々になくなったため、全く出社せず自宅で働く形態に。生活環境の向上のために、広い部屋に引越したり、東京を離れた同僚もいて、自身も同じ西荻窪内で引越しをしました。

新しい部屋を一からつくるのはやはり心躍るもので、友人に手伝ってもらってキッチンのカウンターを製作したり、古い家具を探してインテリアの配置を考えたり、これまでは苦手でほとんどしていなかった料理に挑戦したり(台湾では外食文化が発達していて、特に都市部に暮らす若い世代は自宅で料理をつくる習慣がほとんどないのです)。ずっと外での楽しみがあったのが180度転換して、家で過ごすことが楽しく思えてきたそうです。

家にいるときはソファで仕事をしたりすることも。お気に入りの場所(写真撮影/相馬ミナ)

家にいるときはソファで仕事をしたりすることも。お気に入りの場所(写真撮影/相馬ミナ)

外食メインだったのが、毎日一食は自炊するように

ハルさんの本棚は、同年代のカルチャー好きな日本人とほぼ一緒。また、作家ものの雑貨やうつわ、洋服などが好きで、インテリアにエスニックなテイストを取り入れるのも上手。〇〇系とくくれないところに、個性が出ています。

「考えずに置いているだけ」が、いい塩梅に(写真撮影/相馬ミナ)

「考えずに置いているだけ」が、いい塩梅に(写真撮影/相馬ミナ)

絵本作家の友人渡邊知樹さんの絵が描かれた紙袋などが無造作に掛けられている(写真撮影/相馬ミナ)

絵本作家の友人渡邊知樹さんの絵が描かれた紙袋などが無造作に掛けられている(写真撮影/相馬ミナ)

「ものを直感で選ぶから、どんどん増えています。買うときに、家に合うかは考えない。無機質な質感のものが苦手で、基本的に古いものが好き。クリエーターの友達の作品や、海外のものに惹かれます」

ハルさんのものの選び方は、ミニマリスト寄りで引き算系、使い道や収納まであらかじめ熟考しないと手に取れない私にとっては、ただただ羨ましい。頭で考えすぎずに、偶然性を楽しんでいてとても素敵です。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

そんなハルさん、コロナ前は台湾の同年代の友人たちと同様に、家で料理をほとんどしていませんでした。それが、コロナ禍で数年間台湾に帰れなくなったために、恋しい台湾料理を自分でつくるようになり、おうち時間も楽しむ人に大変身。好きなうつわを使いたくて、毎日昼か夜のどちらかは家でつくって食べる生活になったそうです。台湾の屋台料理の鹽酥鶏(鶏のから揚げと素揚げした野菜にスパイスをかけた料理)をつくってもてなしてくれたこともありました。

「二食も外食するとお金がかかるので、一食は自炊してもう一食は外というサイクルになりました。夜は家で食べることが多くなったかな。放っておいても料理がつくれる台湾の電気調理器、“電鍋”を買おうかと思っています」

ほとんど出しっぱなし、そこがいい(写真撮影/相馬ミナ)

ほとんど出しっぱなし、そこがいい(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

入居時に選んだスモーキーなブルーのタイルが効いている(写真撮影/相馬ミナ)

入居時に選んだスモーキーなブルーのタイルが効いている(写真撮影/相馬ミナ)

とにかく西荻窪の街が好き。お店を家のように使っています

「引越してから自宅に置くワークデスクを探していた時に、家の目の前のカフェで仕事ができると知りました。お茶代だけでコワーキングスペースを利用できて、オンライン用の打ち合わせ空間も用意されているので、今は週3日くらいそこで仕事をしています。
リモート生活になってから、これまで以上にオンとオフの切り替えをしなくなりました。仕事と仕事の合間に好きなことをしていて、もちろんその逆もあります。西荻窪はお店が多いから、お昼時になったら外に出て、お店でごはんを食べてそのまま外で仕事をしたり、おにぎりを買ってきたり。フレキシブルに暮らせる街です」

台湾のデザート“愛玉子(オーギョーチ)”をその場でつくってふるまってくださいました(写真撮影/相馬ミナ)

台湾のデザート“愛玉子(オーギョーチ)”をその場でつくってふるまってくださいました(写真撮影/相馬ミナ)

種子を水の中で揉むとゼリー状に。甘酸っぱいシロップをかけていただきます(写真撮影/相馬ミナ)

種子を水の中で揉むとゼリー状に。甘酸っぱいシロップをかけていただきます(写真撮影/相馬ミナ)

西荻窪は、喫茶店や小さな飲食店がひしめく街。自然と繰り返し通う店ができて、お店の人とのコミュニケーションも楽しい。人のあたたかみと優しさを感じます。

台湾の人は、職場の近くや都会に住むことを好み、外に開いているイメージです。喫茶店で息抜きしたり、近くの店をオフィスのように利用したり、内と外の使い分けがとても上手。家の延長に街があって、街の中に家がある。だから、住宅地にばかり住んできて、内と外を明確に線引きして考えがちな私にとって、彼女の視点はとても新鮮でした。

●西荻窪のお気に入りのお店
・オーケストラ(カレー)
・どんぐり舎(喫茶)
・FALL(雑貨) 毎週展示が変わります

一人掛けのソファが特等席(写真撮影/相馬ミナ)

一人掛けのソファが特等席(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

ハルさんはコロナ禍を経て、住まいの基準や条件が大きく変わったといいます。出勤がなくなったこともあり、利便性以上に広さや環境を重視するように。家賃も高いので、将来的には都心から1~1.5時間くらいのエリアで二拠点生活をすることも考えているそうです。

私のまわりでも、都市部から離れる人や二拠点生活をする人が年々増えています。暮らしや働き方、住まいに対する価値観の変化は、この先新しいかたちになることはあれ、元には戻らないのではないでしょうか。私自身は持ち家なので簡単に居住地を変えることはできませんが、それでも暮らし方をアップデートし続けたいという気持ちは持ち続けていて。まずは、ハルさんのように直感を大切にして、心の声に素直になってみます。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

●取材協力
ハルさん
Instagram @patsykuo
『日青糸且HARU GUMI』@haru__gumi

友人3名で庭付き別荘を400万円で購入・シェアしたら「最高すぎた」話。DIYで大人の秘密基地に改造中!

今年6月、「山梨に別荘を3人で400万で買って今のところ最高過ぎ」というツイートが大きな反響を呼んだ。投稿主の堀田遼人(ほった・りょうと)さんは、友人たちと共同で400万円庭付き中古一戸建てを購入。友人のなかには子持ちのメンバーもいるそう。

計画から物件探し、契約まで戦略と熱意を持って進め、現在は物件をリノベーション中とのこと。堀田さんたちはどうして別荘をシェアすることにしたのか、どんな暮らしを目指し、どのように別荘づくりを進めているのかを伺ってみた。

別荘購入の流れを紹介した堀田さんのTwitter投稿。「条件整理」に続く工程について、14のツイートをツリーでまとめている(画像提供/堀田遼人)

別荘購入の流れを紹介した堀田さんのTwitter投稿。「条件整理」に続く工程について、14のツイートをツリーでまとめている(画像提供/堀田遼人)

きっかけは飲み仲間と話した「秘密基地みたいな場所、ほしいよね」

シェアスペース関連のサービス事業会社に勤めているという堀田さん。別荘を共同購入した友人とは、どのような関係なのか。

「3人とも都内の近場に住んでいる飲み仲間です。私は前職で不動産関連の仕事をしていたのですが、仲間のうち一人は前職時代から今も仲良くさせていただいている先輩で、もう一人はその先輩とのつながりで飲んだり貸別荘に泊まったりして知り合いました」

堀田さんの家族構成は妻との2人暮らし、ほかの2人は、子どもとの3人家族、独身とバラバラ。職業柄もあって、皆さん「場づくり」には関心が強いという。

今回のシェア別荘の計画が生まれたきっかけは、何だったのだろうか。

「3人で遊んでいるときに、お酒を飲みながら『どこかに古民家や別荘を買って、リノベして秘密基地みたいな場所をつくりたいよね』と話していたんです。そこから、金額感やエリアをなんとなく決めて物件を探しました」

飲みの席で秘密基地の計画を立てるのは、親しい間柄では一種の“あるある”とも言える話題だが、それを実現する例はなかなか聞いたことがない。

「これまで一緒に貸別荘などへ行っていたことから、そのほかの細かな要素は大体の共通認識ができていました。例えば、釣りができる川が近くにあるとか、敷地内にサウナ小屋や囲炉裏がつくれるとか。僕も先輩も、かつては不動産業界にいたので、趣味のような感覚で日ごろから空き物件をチェックする習慣があり、よさそうな物件が見つかったら随時共有して物件探しが進んでいきました」

山梨の自然に囲まれたシェア別荘(画像提供/堀田遼人)

山梨の自然に囲まれたシェア別荘(画像提供/堀田遼人)

「この物件を逃したら次はない」。3人の熱意を込めた長文で申し込み

物件探しでは、持ち主と購入希望者が直接やり取りできるサイトを利用したという。そうして3人の目に留まったのが、今回購入した山梨の物件。ヤマメが釣れる川、サウナ小屋がつくれる土地、都内からのアクセスなど、求める条件をすべて満たしていた。

「この物件を見つけたのは2021年の暮れごろでしたが、この年の夏まで別荘として使われていました。持ち主のご家族のお子さんが大きくなるにつれて利用頻度が減り、物件を手放すことになったようですが、そういった背景なので水道や電気などは通っていますし、室内もきれいで、すぐにでも使える状態でした」

そんな好条件の物件はすぐに人気を集め、内覧希望者も多かったという。

「僕らも3人で内覧して、ほかの物件とも比べた結果、『この物件を逃したら、ほかには無いかもしれない』という話になり、その日のうちに申し込みを決めました。当時は長期的なリモートワークを見据える人たちが増え始めたタイミングで、2拠点生活をするために物件を探している人も多かったそうです。ほかにも10数組ほど検討している人たちがいたようなので、もはや『買いたいけど買えない』という結果を迎えることのほうが怖かったです」

堀田さんたちは「なぜこの物件を購入したいのか」という理由や熱意、そして希望購入金額などを長文にしたためて売主に送る。そして2週間後、契約を進める旨の返事が堀田さんたちのもとに届いた。

地元の人々と積極的に交流し、スピード重視で「やりたいこと」をやる

「購入費用は、土地を含めて約400万円です。ただ、『土地付き』と言っても、この土地は定期借地契約という形なんです。当面の間自分たちの土地として使えるので、実用面では何も問題はないのですが、所有権を持っていないということは、不動産投資目的など資産として購入しようとする人には不向きなんでしょうね。それもあって安く買えたのかもしれません。調べた限り、ほかの別荘で似たような土地面積・住戸の条件だと、800~1000万円が相場でした」

借地ということもあり、購入に際しては売主とは別に、地主とのやりとりも多かったという。

「地主さんが慣れない土地での拠点づくりを進める僕らにとても優しく接してくれて、連絡を重ねるにつれ、新しい環境への不安も消えていきました。おかげでいいスタートが切れましたね」

手続きや地域へのあいさつを経て、いよいよ入居。物件には、どのように手を加えていったのか。

「まずは虫の駆除やシロアリ対策の工事をしたり、庭に生い茂った雑草を刈り払い、駐車場用の砂利を敷いたりしました。あとはインターネットを引き、風呂やトイレ、キッチンをリフォームして、およそ最低限の整備は完了です。そこからは自分たちがやりたいこととして、畑を耕して小屋を立てたり、囲炉裏をつくったり庭にサウナ小屋を建てたりしました。これらが7月から8月にかけてすごい勢いで進み、現在はもう理想の80%ほどに近づいています」

リフォームを進めているキッチン(画像提供/堀田遼人)

リフォームを進めているキッチン(画像提供/堀田遼人)

害虫対策から、居室や敷地内の整備、サウナ小屋づくりまで! これらを約2カ月で進めるバイタリティは、一体どこからくるのか。

「そもそも3人とも仕事熱心なタイプではあるのですが、別荘に関してはとりあえず『各自やりたいことを進めていけばいいよね』という方針で、それぞれバラバラに手を加えていました。例えば、一人は料理が好きだからキッチンまわりを整えたり、一人は畑をいじったりとか。

あとは、積極的に外部の人とコミュニケーションをとっています。室内のリフォームについては、早い段階で地元の施工会社に相談しましたし、サウナ小屋は『地元の木材を使って樽型のサウナをつくる』というプロジェクトを行っている会社を見つけて依頼しました」

地元業者に依頼してつくった、樽型の「バレルサウナ」(画像提供/堀田遼人)

地元業者に依頼してつくった、樽型の「バレルサウナ」(画像提供/堀田遼人)

バレルサウナの内部(画像提供/堀田遼人)

バレルサウナの内部(画像提供/堀田遼人)

「実は、畑の土地も地主さんがご厚意で貸してくれているんです。畑の耕し方や土の特徴なども教えてもらいました。こうして周りの人に協力いただき、やりたいことをできるだけ早めに実現してみようと考えて動いてきました」

「その土地でものづくりをしている方に施工などを依頼していると、そのうち、仕事と関係ない場面でも野菜をくれたり土のつくり方を教えてくれたりして、いい意味で『境界線が解けているつながり』を感じます。そういった関係性が生まれることも含めて、場づくりの過程が面白いなと。僕らの家族も畑づくりに取り組むなど、シェア別荘での生活は積極的に楽しんでいますね」

(画像提供/堀田遼人)

(画像提供/堀田遼人)

仲間の多さは、人だけでなく土地や物件にとってもプラス

順調に環境が整いつつあるシェア別荘には、毎週3人のうち誰かが足を運んでいるという。今後はどのような計画を立てているのか。

「畑で育てる野菜や果物を増やしていったり、快適に過ごせるような工夫をしていったり、働く場所としてワークスペースを整備したりしたいと思っています。平日は3人とも仕事があるので現在は週末に通う形ですが、ゆくゆくは平日もこの別荘でリモートワークができる環境をつくりたいんです。道路が空いていれば東京の家から1時間ちょっとで来られるので、例えば『今日は暑いから別荘で涼みながら働こう』という感じで、ふらっと来られる場所にできればと思います」

その日の天候や気分で働く場所を選べるなんて、まさに理想の2拠点生活だ。ところで、ここまでにかかった費用と、今後見込まれる維持費はどのくらいなのだろうか。

「物件と土地の購入で400万円、リフォームや追加設備・物品の購入などで300~400万円ほどですかね。煩雑さを回避するために、主な契約は一人が代表して行い、リフォームにかかる出費は立て替えなどを経て最終的に3人で平等に分けています。ランニングコストは、土地関連で年間10万円ほど、水道光熱費やネットで月に1万~1万5000円ほどでしょうか。最近は、空き家を活用した活動への助成金制度などが自治体で用意されていることもあるので、うまく利用すればコストを抑えることもできます」

室内に設置したいろり(画像提供/堀田遼人)

室内に設置したいろり(画像提供/堀田遼人)

今回のシェア別荘づくりを経て、3人で取り組んできた意義について聞いてみた。

「金銭的な利点ももちろんありますが、何か『これもやりたい』と思ったときに人手が多いとスムーズです。また、1組の家族だけなら、平日は東京で働いて週末を山梨で過ごして……を繰り返すのはとても大変でしょうけど、3人なら無理なく毎週誰かが行く形をつくれる。人がいない期間が長く続くと、家の老朽化が進んでしまいます。仲間を増やすことは、当事者にとっても土地や建物にとってもプラスになると思います」

(画像提供/堀田遼人)

(画像提供/堀田遼人)

実現への第一歩は、物件との出会いを求めて動くところから

怒涛の勢いで別荘の環境を整えてきた堀田さんたち。最後に、シェア別荘計画に憧れる人たちへ向けたメッセージをもらった。

「引越しや家の購入って、とてもエネルギーを使います。挫折するポイントだらけです。だからこそ、とにかく物件を見てテンションを上げることが大事。良さそうだと思ったらとりあえず問い合わせてみて、『ほしい!』『住みたい!』という気持ちを維持し続ける。やっぱりライフスタイルの面で共感できる仲間を増やして、楽しみながら一緒にやっていくのがいいと思います」

誰もがふと思い描く「秘密基地」の計画を実際に成し遂げた堀田さん。本人は楽しげに語ってくれたが、やはり相当なエネルギーが必要だったようで、モチベーションを維持する工夫も大切だという。

正直、「共同購入」というフレーズを最初に見たときは「どれぐらいお得になるのかしら」ということばかり考えてしまっていた。しかし憧れを本当に実現するためには、結局「仲間と一緒に楽しい場所をつくりたい」という根源的な気持ちが鍵になるのかもしれない。

●取材協力
堀田遼人さん

わずか7畳のタイニーハウスに夫婦二人暮らし。三浦半島の森の「もぐら号」は電気もガスもある快適空間だった!

「タイニーハウス(小屋)」や「キャンピングカー」「バンライフ」のような、小さな空間での暮らしが関心を集めています。旅行のように数日ではなく、日常生活を送るのは不便ではないのでしょうか? 費用やその方法は? 夫妻でタイニーハウス暮らしをしている相馬由季さんと夫の哲平さんのお二人に、その等身大の暮らしを教えてもらいました。

広さ12平米、ロフト5平米の自作タイニーハウスで夫妻ふたり暮らし

米国では2008年のリーマンショック以降、西海岸を中心に、暮らしの選択肢としてタイニーハウスを選ぶ人たちが増えているといいます。このムーブメントは日本にも押し寄せ、タイニーハウスの認知度もじょじょに高まってきていますが、実際に「住まい」として暮らしはじめた人がいると聞き、取材に行ってきました。

場所は、三浦半島のとある私鉄の駅から徒歩数分、森のなかに、まるで童話のなかに出てくるような車輪付きの「小屋」がぽつんと佇んでいます。あまりのかわいさに「映画やドラマのセット?」にも思えてきますが、これは立派な住まいです。

駅から徒歩数分、海も山も近い場所にできたタイニーハウス(写真撮影/桑田瑞穂)

駅から徒歩数分、海も山も近い場所にできたタイニーハウス(写真撮影/桑田瑞穂)

タイニーハウスで暮らしている夫妻。セットのようですが、本物の家です(写真撮影/桑田瑞穂)

タイニーハウスで暮らしている夫妻。セットのようですが、本物の家です(写真撮影/桑田瑞穂)

扉をあけたところ。外観以上にセットのような愛らしさ(写真撮影/桑田瑞穂)

扉をあけたところ。外観以上にセットのような愛らしさ(写真撮影/桑田瑞穂)

「引越してきたばかりのころは、『人が暮らしているの?』とよく聞かれました(笑)」と話すのはタイニーハウスの主でもある、相馬由季さんと哲平さん夫妻。車輪付きのタイニーハウスを由季さんのニックネームにちなんで「もぐら号」と名付けました。広さはわずか12平米とロフト5平米、室内はキッチン、バス、トイレ付きです。ひとり暮らし向けの物件でも部屋の広さは15~20平米を確保していることが多いことを考えると、よりコンパクトな住まいであることがわかるかもしれせん。

シャワー・トイレの排水は、移動できるよう着脱式にして下水道につなげているので、従来の住まいと変わりありません(写真撮影/桑田瑞穂)

シャワー・トイレの排水は、移動できるよう着脱式にして下水道につなげているので、従来の住まいと変わりありません(写真撮影/桑田瑞穂)

建物を横から見たところ。玄関の反対側はエアコン、給湯、プロパンガスなどのインフラチーム(写真撮影/桑田瑞穂)

建物を横から見たところ。玄関の反対側はエアコン、給湯、プロパンガスなどのインフラチーム(写真撮影/桑田瑞穂)

このタイニーハウスで驚くのは、由季さんによる水まわりなど以外は自分でつくる「セルフビルド」であるということ。今でこそ、タイニーハウスを販売している会社も増えていますが、こちらはそうした市販品を使うことなく、木材から建材、トイレなどの住宅設備機器まで、ネットやホームセンターで購入し、つくったといいます。

コンパクトな空間なので価値観のすり合わせが重要だったといいます。キッチンの大きさ、快適さなどの価値観をすり合わせながらつくりあげたので、ストレスなく生活できているそうです(写真撮影/桑田瑞穂)

コンパクトな空間なので価値観のすり合わせが重要だったといいます。キッチンの大きさ、快適さなどの価値観をすり合わせながらつくりあげたので、ストレスなく生活できているそうです(写真撮影/桑田瑞穂)

「DIYのワークショップに1度参加したくらいで、特別なスキルもなかったんですが、はじめてみないことには何も進まないと思い、材料が置けて作業できる場所を探し、都内の木材屋さんの倉庫を借りて実際につくりはじめたんです。
2年かけて必死になって、どうにかこうにかタイニーハウスが完成し、ここで住み始めたのは2020年の年末。それから1年半経過しましたが、狭さや不便さは感じません」(由季さん)

哲平さんは秘境・登山ガイドという仕事のため留守にすることもありますが、基本的には二人で自宅で過ごしているといいます。仕事はテレワーク中心ですが、必要に応じて近所のカフェを利用できるため、不便ではないそう。二人にとって「広さ」は、暮らしの快適さにおいてさほど問題ではないのです。

赤い三角屋根に、街灯、3つの窓に玄関。すべてがかわいい!(写真撮影/桑田瑞穂)

赤い三角屋根に、街灯、3つの窓に玄関。すべてがかわいい!(写真撮影/桑田瑞穂)

ひと月にかかる費用は光熱費1万円のみ!?

相馬由季さんがタイニーハウスを知ったのは2014年ごろ。移動ができる小さな住まいにひと目ぼれし、海外のタイニーハウスに住む人々を訪ね歩いたといいます。

由季さんがタイニーハウス暮らしを思い描いていたころ、夫の哲平さんに出会いました。つきあいはじめてすぐに、「タイニーハウスで暮らす夢」について話したといいます。

「もともとシェアハウスで暮らしていたこと、登山が好きということもあって、室内が狭いということにはまったく抵抗がありませんでした」という哲平さん。どのような暮らしを送りたいか価値観をすり合わせるようにし、つくる過程で少しずつ二人で暮らす仕様になっていったといいます。

駅からすぐ近くにあり、お友だちが遊びに来ることも多いそう(写真撮影/桑田瑞穂)

駅からすぐ近くにあり、お友だちが遊びに来ることも多いそう(写真撮影/桑田瑞穂)

「料理好きなのでキッチンは大きめにしたり、180cm 以上ある身長(夫)にあわせて、室内の高さを考えたり、少しずつ一緒に暮らす前提でつくっていきました」といい、いわばタイニーハウスは結婚する「二人らしさ」を形にした住まいなのです。結婚式を挙行するかわりにタイニーハウスづくり……、ありかもしれません。ただ、どの住宅もそうですが、夢と現実の条件面で折り合いを付ける必要があります。資金面や土地の事情の「リアル」「お金面」では、どのようになっているのでしょうか。

「タイニーハウスの土台となるシャーシが約120万円、設備や材料費、水まわり施工費が約250~300万円、完成したタイニーハウスの移設・設置費が約20万円ほどでした」と由季さん。およそ400万円で完成したといいます。

一方で難航したのが土地探しです。

緑があって、海も近い環境です。周囲の人もおおらかで、快くタイニーハウスの存在を受け入れてもらえたといいます(写真撮影/桑田瑞穂)

緑があって、海も近い環境です。周囲の人もおおらかで、快くタイニーハウスの存在を受け入れてもらえたといいます(写真撮影/桑田瑞穂)

「土地は2年くらいかけて探しました。以前は神奈川県横浜市のシェアハウスに暮らしていたのですが、理想の土地を求めて東京都内、千葉、神奈川などさまざま見学したものの、駅からの距離、土地の広さ、上下水道の引き込み、周辺環境など、気に入るものがなくて。今のこの場所は、駅を降りた瞬間から、駅からの距離、海への近さ、スーパーなど含めて気に入って、『ココだね』となったんです」(哲平さん)

庭で大葉などのハーブや野菜を育てています。想像以上に広いためか、手入れは大変だといいますが、どこかうれしそう(写真撮影/桑田瑞穂)

庭で大葉などのハーブや野菜を育てています。想像以上に広いためか、手入れは大変だといいますが、どこかうれしそう(写真撮影/桑田瑞穂)

土地の広さは1100平米で、価格は交渉。加えて、上下水道の引き込みなどで費用が100万円ほどかかりましたが、ローンは利用せずに思い切って一括で購入しました。
また、タイニーハウスは車輪がついているため、固定資産税がかかるのは土地のみです。自動車として扱うため自動車税と自動車重量税になり、現在かかっているひと月あたりの費用はこれらの税金と水道光熱費のみだそう。

「電気もガスも水道も少量ですむので、光熱費は毎月1万円程度でしょうか」(由季さん)といいます。生活するための住居費や光熱費を稼がなくては……というプレッシャーとは無縁で、より好きなことを仕事にできる感覚があります。

ほかにも「タイニーハウスづくり」を応援してくれた家具屋さんから、「新居祝いに」と庭のテーブルセットをもらったり、地元の植木屋さんから良い木を植えてもらったりと、人とのつながりに助けられている、と笑います。自然体の二人が楽しそうにタイニーハウス暮らしに挑戦しているからこそ、まわりも助けたくなるのかもしれません。

ソファを来客時はベッドになるようにDIY。2人までなら宿泊できるそう(写真撮影/桑田瑞穂)

ソファを来客時はベッドになるようにDIY。2人までなら宿泊できるそう(写真撮影/桑田瑞穂)

通常の部屋の様子(写真撮影/桑田瑞穂)

通常の部屋の様子(写真撮影/桑田瑞穂)

ソファをベッドにし、テーブルを収納するとこのように。コンパクトですが可変性があり、ここまでできるんだと関心してしまいます(写真撮影/桑田瑞穂)

ソファをベッドにし、テーブルを収納するとこのように。コンパクトですが可変性があり、ここまでできるんだと関心してしまいます(写真撮影/桑田瑞穂)

現在の場所に移動してきてから後付けしたテーブル。折りたたみ式で収納可能です(写真撮影/桑田瑞穂)

現在の場所に移動してきてから後付けしたテーブル。折りたたみ式で収納可能です(写真撮影/桑田瑞穂)

小さくても断熱環境やキッチンのサイズ、「快適さ」はゆずらない

とはいえ、予算重視、予算ありきでタイニーハウスをつくったわけではありません。

「室内が小さいからこそ快適性はゆずりたくなくて、断熱材は厚めに入れましたし、窓は樹脂窓(フレームが樹脂製のため金属製に比べ断熱性の高い窓)にしました。キッチンは大きめにしましたし、トイレもバスも好きなものを選んでいます。また、赤い三角屋根のシルエットは、一貫してこだわった部分ですね」(由季さん)といいます。

赤い屋根と樹脂窓、ランプ……。すべてネット通販などで買えるそう。びっくり(写真撮影/桑田瑞穂)

赤い屋根と樹脂窓、ランプ……。すべてネット通販などで買えるそう。びっくり(写真撮影/桑田瑞穂)

一年を通して快適な断熱環境を目指して、樹脂窓を採用(写真撮影/桑田瑞穂)

一年を通して快適な断熱環境を目指して、樹脂窓を採用(写真撮影/桑田瑞穂)

哲平さんが料理好きということもあり、大きめのキッチン。シンクも広々、3口コンロです(写真撮影/桑田瑞穂)

哲平さんが料理好きということもあり、大きめのキッチン。シンクも広々、3口コンロです(写真撮影/桑田瑞穂)

DIYで棚をつくったり、微調整しながら暮らせるのが良いそうです(写真撮影/桑田瑞穂)

DIYで棚をつくったり、微調整しながら暮らせるのが良いそうです(写真撮影/桑田瑞穂)

タイニーハウスは、基本的にひと部屋。採用できる建具や設備が限られているからこそ、一つひとつのパーツ、こだわり、自分の好きなものをぎゅっと選べます。だからこそ、扉を開けたときに、つくり手の価値観が一目で表現できるのがおもしろさでもあります。相馬さん夫妻のタイニーハウスは断熱材や窓、開口部にこだわったこともあり、今年2022年の夏のような猛暑でもすぐに涼しくなり、冬は寒さを感じずに快適だそう。

「完成した『もぐら号』にはたくさんの人が遊びに来てくれましたが、『意外と広い!』『快適なんだ』と言われることが多いですね。プロジェクターを設置したり、折りたたみのテーブルをつけたり、快適に暮らせる微調整は日々、続けています。だからこそ外から見ている以上に空間に広がりがあり、自分の好きに囲まれて暮らせていて、本当に心地いいんです」と話します。季節の衣類や登山用具は、庭のガレージに保管しているため、過度に捨てたり処分したりの必要はないといいます。

プロジェクターを設置しているので、大画面で映画も楽しめます。すごいなー(写真撮影/桑田瑞穂)

プロジェクターを設置しているので、大画面で映画も楽しめます。すごいなー(写真撮影/桑田瑞穂)

映画をベッドに寝転がって鑑賞。夫妻でキャンプのようで楽しい!(写真撮影/桑田瑞穂)

映画をベッドに寝転がって鑑賞。夫妻でキャンプのようで楽しい!(写真撮影/桑田瑞穂)

「趣味のカメラでも、登山用品でも、一つ買ったら一つ売るを徹底しているので、すっきり暮らせているのも心地いいですね」と哲平さんは笑います。ちなみにもぐら号を見た哲平さんのお父さんは、「俺もほしい」と話していたそう。その気持ち、わかります。

タイニーハウスは人生を考える「きっかけ」。暮らしはもっと軽やかでいい笑顔がすてきな夫妻。大きさや持つことにとらわれない、等身大の幸せがあります(写真撮影/桑田瑞穂)

笑顔がすてきな夫妻。大きさや持つことにとらわれない、等身大の幸せがあります(写真撮影/桑田瑞穂)

周囲の人からも大好評の「もぐら号」ですが、泊まってみたいという要望も多いことから、夫妻は今、第2棟となる「カワウソ号」を作成しています。今度は自作ではなくデザインと仕上げの内装は自分で行い、施工はプロに依頼しています。

「タイニーハウスで暮らしてみて改めて思ったのは、住まいを考えるということは、人生を考えるきっかけになるということです。住まいって、暮らし方、働き方、誰とどんな場所で生きていきたいのか、考えるきっかけになりますよね。特にタイニーハウスは小さいからこそ、暮らしや自身の価値観と向き合わないとできないんです」と話します。

2棟目のタイニーハウス「カワウソ号」は9月中には「もぐら号」の隣に移設予定とのこと(写真提供/相馬さん)

2棟目のタイニーハウス「カワウソ号」は9月中には「もぐら号」の隣に移設予定とのこと(写真提供/相馬さん)

やはり小さく、制限があるからこそ、本当に大切にしたいものは何かをよく考え、厳選するようになるのかもしれません。特にコロナでさまざまな価値観が変わった今こそ、「やりたいことをベースにする」に、イチから住まい方を考え直したい、そう思う人が多いからこそ、相馬さんのタイニーハウスづくりを応援したい、興味をもっているという人が増えているのでしょう。

「日本で誰もやったことがない」ことから、「自分がやりたいからやってみる」とタイニーハウスづくりをはじめた相馬さん。「住居費のためではなくて、自分の人生を生きたい」と考えるなら、まずは今までの住まいのあり方を疑ってみるのも、ひとつの方法かもしれません。

●取材協力
相馬由季さん・哲平さん
由季さんのInstagram
ブログ

子育てや家事もシェアする「シェアハウス日日」。孤育てや強制ない距離に共感、学生や会社員の入居者も

住まいを探すときの選択肢として、すっかり定着したシェアハウス。家賃をおさえるため、趣味を共有したい、異文化交流したい、など目的に合わせてさまざまなタイプがありますが、多いのは20代から30代のシングル向けの、大人がほどよい距離を保ちながら暮らすという物件です。ただ、今回はそんな物件とはちょっと趣が異なる、子育てやDIYなど、暮らしを分け合うシェアハウスをご紹介します。

築90年の古民家に子育て中の夫妻、入居者4人が暮らす階段から玄関を見たところ。建物全体に年を経た味わいがあります(写真撮影/相馬ミナ)

階段から玄関を見たところ。建物全体に年を経た味わいがあります(写真撮影/相馬ミナ)

DIYや食事、子育てといった日々の営みを“シェア”する「シェアハウス日日(にちにち)」は、北千住駅から少し歩いた住宅街の一角にあります。長年、空き家となっていましたが、所有者が活用方法を模索するため行政主催の空き家活用コンペにこの物件を提供。Tさんたちの企画が採用され、シェアハウスになることが決まったといいます。現在、暮らしているのは、管理人ご夫妻とそのお子さん、入居者4名の計7名です。管理人のTさん、Kさん夫妻はシェアハウスの運営をしつつ、古民家をリノベーションした日用品と喫茶の店「KiKi北千住」を営んでいます。

「シェアハウスの運営を通じて、暮らし方や建築、不動産のあり方を考えています」(管理人のTさん)といいます。

口コミや紹介などで自然と次の人が決まっているとのことで、「常に満室フル稼働」というよりは、住まいや暮らしの価値観の合う、理解のある人を求めているそう。
建物の築年数は古いものの、基本的な内装とバスやトイレなどの水回り、キッチンはプロの手によって改修されています。間取りは1階にキッチン、リビング、バストイレ、ご夫妻の居室、2階に寝室があり、家賃は5万円、共益費が1万4000円。1階のLDKのほか各部屋もDIY可能で、共有部分にはDIY道具も置いてあります。
基本的に入居者は自炊して暮らしていますが、時間が合う時には食材を持ち寄ってパーティをしたりします。

共有部に置かれたDIY用品。「私達にはDIYスキルがあるので、入居者に経験がない場合でも、教えることも可能だと思ったんです」と妻のKさん。KiKi北千住をセルフリノベーションした経験があるほか、「大工インレジデンス」(大工技術を提供する代わりに家賃や食費を提供してもらえる)という仕組みがある九州のシェアハウスで、住み込み大工をしていたこともあるそう(写真撮影/相馬ミナ)

共有部に置かれたDIY用品。「私達にはDIYスキルがあるので、入居者に経験がない場合でも、教えることも可能だと思ったんです」と妻のKさん。KiKi北千住をセルフリノベーションした経験があるほか、「大工インレジデンス」(大工技術を提供する代わりに家賃や食費を提供してもらえる)という仕組みがある九州のシェアハウスで、住み込み大工をしていたこともあるそう(写真撮影/相馬ミナ)

取材前、シェアハウスで子育て、食事を分け合っていると聞いて、あまりイメージがわかなかったのですが、実際に和やかにランチをともにしている様子を拝見していると、とても自然な様子です。まるで昔からの友人や親戚のようなあたたかさに驚きます。

娘ちゃんを囲んでランチの様子。みんなのアイドルです!(写真撮影/相馬ミナ)

娘ちゃんを囲んでランチの様子。みんなのアイドルです!(写真撮影/相馬ミナ)

“孤育て”やイライラとは無縁! シェアハウスでの子育て

ご夫妻で決めた上でシェアハウスで子育てをしているわけですが、まずはその成り立ちから聞いてみました。

妻のKさんはこう言います。「シェアハウスの運営を通じて、子育てを夫婦以外の第三者も巻き込んで、ゆるやかなコミュニティの中でする方が、親にとっても子どもにとってもよい環境なのではないかと思い、試してみたかったんです」

そのため、シェアハウスの企画が立ち上がり、夫のTさんからシェアハウスで子育てしようという話が持ちかけられたとき、ここで子育てをするというのは実に自然な流れだったといいます。

左が妻のKさん、右がTさん。(写真撮影/相馬ミナ)

左が妻のKさん、右がTさん。(写真撮影/相馬ミナ)

入居時、建物は未完成の状態でしたが、その後、入居者といっしょに壁を塗ったり、床を貼ったり、棚をつくったりと、DIYを続け、現在のかたちに落ち着いています。夫妻は共働きのため、現在、娘さんは保育園に通っていますが、まだまだ手がかかる年齢です。シェアハウスでの子育ては、まわりに気を使って大変ではないんでしょうか。

「子どもがいることに理解をして入居してもらっているので、寧ろ子ども好きな人が多いですね。ごはんづくりやお風呂、トイレといったちょっとした時間も、入居者のだれかが娘の面倒を見ていてくれることもあります。小さなことかもしれないけど、ストレスがなくて助かっています。親以外の大人が、子どものことを可愛がってくれると、子育ての喜びも増しますし、逆に大変なことも笑いあえる環境というのがとても有難いです」とKさん。

おそうじの当番表。ありがとうと書き込まれているので、はげみになります(写真撮影/相馬ミナ)

おそうじの当番表。ありがとうと書き込まれているので、はげみになります(写真撮影/相馬ミナ)

娘さんは入居者みんなのアイドル、かわるがわるに遊んでもらったり、抱っこしてもらったりと、可愛がられています。親戚のような、きょうだいのような、「ゆるい親戚」という言葉が実にしっくりきます。

「夫が料理好きで、食いしん坊なんです。ふるまうのが好きで、それで突然、パーティがはじまることも多いですね」とKさん。Tさんが自然と続けます。
「近所に足立市場があるんですが、お刺身にしたり、鍋にしたり。新鮮な魚が近くにあって、市場に行くだけでもイベント感があるので楽しめます」とにこやかです。ほかにも味噌をつくったり、たこ焼きパーティをしたり、誕生日を祝ったりしています。

キッチンのタイルは入居者みんなで貼ったもの(写真撮影/相馬ミナ)

キッチンのタイルは入居者みんなで貼ったもの(写真撮影/相馬ミナ)

料理をしているといい香りが漂います(写真撮影/相馬ミナ)

料理をしているといい香りが漂います(写真撮影/相馬ミナ)

この日はみんなが大好きなパスタをつくってくれました(写真撮影/相馬ミナ)

この日はみんなが大好きなパスタをつくってくれました(写真撮影/相馬ミナ)

配膳はみんなで分担。カウンターもDIYで造作しました(写真撮影/相馬ミナ)

配膳はみんなで分担。カウンターもDIYで造作しました(写真撮影/相馬ミナ)

完成した料理。サラダも盛り付けて、みんなでいただきます(写真撮影/相馬ミナ)

完成した料理。サラダも盛り付けて、みんなでいただきます(写真撮影/相馬ミナ)

「東京にあるもう一つの実家」。居心地の良さに出たくないほど

では、入居者はどのように感じているのでしょうか。大学生のAさんは、半年ほど前に別のシェアハウスからこのシェアハウスへ引っ越してきた住人です。通学にかかる時間は増えてしまいましたが、居心地のよさから「第二の実家」とまで言い切ります。

「前に暮らしていた知人のデザイナーさんから、お部屋を引き継いで暮らしているのですが、あまりにも居心地良すぎて、大人になってもずっとここに住んでいたいです(笑)」とおっとりと話します。前の住人が壁を白く塗ってくれていた部屋の雰囲気に合わせて、フローリングシートを張ったり、ロフトの壁を塗ったりお部屋をAさんらしくアレンジしています。

Aさんのお部屋の入り口にあるサイン。アートバーで制作したそう(写真撮影/相馬ミナ)

Aさんのお部屋の入り口にあるサイン。アートバーで制作したそう(写真撮影/相馬ミナ)

お気に入りのお部屋で。広さもインテリアも「すべてがいい感じ」だそう(写真撮影/相馬ミナ)

お気に入りのお部屋で。広さもインテリアも「すべてがいい感じ」だそう(写真撮影/相馬ミナ)

「室内の白い壁は前の入居者さんががんばってDIYして、白いまま残してくださりました。インテリアは私の好みのものを揃えたのですが、白い壁の雰囲気とよくマッチしていて、すべてがいい感じなんです」といいます。あまりにも暮らしが快適なため、「欲しい物もあまりないかな」と話すほどで、その満足度の高さが伺えます。Tさん夫妻の娘とも仲良しです。

「年の離れたお姉さんというよりも、純粋に友達という感じでしょうか。いっしょになって遊んでいます。めちゃくちゃかわいくて毎日癒やされてます。」といい、子どものいる暮らしがとても楽しいよう。

意地悪な質問ですが、シェアハウスにありがちな生活音やトラブル、暮らしでいやな経験をしたことはないのでしょうか。
「管理人夫妻がいっしょに住んでいらっしゃるので、何かあっても感情的になるのではなく、冷静に『指摘』してくれるので助かっています。通勤してくる管理人、清掃スタッフだとまた違うのではないでしょうか。トラブルや困りごとはないですね」といいます。このあたり、入居前に顔をあわせていたり、紹介を経由して人が集まったりすることで、「入居者同士の感覚が近い」のもあるのかもしれません。

Aさんの個室。シンプルですが個性が出ていてすてき(写真撮影/相馬ミナ)

Aさんの個室。シンプルですが個性が出ていてすてき(写真撮影/相馬ミナ)

もうひとり、1カ月ほど前からここで暮らしはじめたFさんにもお話を伺いました。

「出身は千葉ですが、以前は福岡で一人暮らしをしていました。この春に東京に戻ってくることが決まり、家具家電をそろえる費用がかからないシェアハウスを探していたんです。管理人Tさんが私の大学の先輩というご縁もありましたし、勤務先の近くにあるので、通勤にも便利ということで、入居を決めました」と立地や実用性も重視しての入居となったそう。入居して間もないものの、すでにシェアハウスに馴染んでおり、前出のAさんのことはまるで妹のようと話すなど、気持ちのよい関係が築けています。 

「入居前に心得をブログにまとめてくれていたので、共通理解ができているのは大きいと思います。共有部分の掃除や汚れが気になることもないし、分担も自然とできています」。なるほど、管理人夫妻の人柄やシェアハウスでつくりたい「暮らし」のイメージが明確だからこそ、大きくぶれないのかもしれません。

自分の好きな作品をディスプレイ(写真撮影/相馬ミナ)

自分の好きな作品をディスプレイ(写真撮影/相馬ミナ)

トイレには、元住人が作った作品の姿も(写真撮影/相馬ミナ)

トイレには、元住人が作った作品の姿も(写真撮影/相馬ミナ)

今後の展望についてTさんに聞いてみました。
「昨今、北千住の人気が出てきてしまったので、なかなかいい物件と出会いにくくなっているというか。ただ、空き家活用や建築のお悩みごとや街への想いは地元のみなさん、お持ちなんですね。物件との出会いは人との出会いでもあるので、不動産や建築を通して、この街にもっと根ざしていけたらいいなと思います」とTさん。

この建物ができた今から90年ほど前の日本では、長屋暮らしが一般的でしたし、家族や親類縁者、住み込みの従業員でいっしょに食事をしたり、建物の普請や手直しをすることが多かったはずです。シェアハウス日日の暮らしがなんとなく懐かしいのは、新しいようでいて、実は古くからある暮らしそのものだからなのかもしれません。

入居者ごとにマステが決められていて、貼っておけば誰のものかわかる仕組み。賢い!(写真撮影/相馬ミナ)

入居者ごとにマステが決められていて、貼っておけば誰のものかわかる仕組み。賢い!(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

●取材協力
シェアハウス日日

賃貸で内装をオーダーメイド&DIYで自分好みに! 夏水組プロデュース「西荻北ホープハウス」

オーダーメイドで自分好みの内装が決められる賃貸住宅があるという。東京都杉並区・JR西荻窪駅からほど近く(徒歩4分)の西荻北ホープハウスだ。オーダーメイドのみならず、入居後にDIYも可能で「原状回復」の縛りもないのだという。女性を中心に魅力的なインテリアを提案している「夏水組」の坂田夏水さんにお話を聞いた。

憧れのウィリアム・モリスの壁紙で、おうち時間も快適に

リビングの壁と玄関ドアにウィリアム・モリスの壁紙を選んだAさんは「好みのインテリアに囲まれているから一日家にいても飽きません」と話す。昨年に会社員からフリーランスに転じた女性で、在宅の仕事でほぼ一日を家で過ごすことから、この部屋の居心地の良さに満足そうだ。

オーダーメイドで壁紙が選べることに魅力を感じ、物件を内見してすぐにこの部屋に決めたという。いくつか壁紙のサンプルを見せてもらったなかから、モリスの柄から2種類を選んだ。
モリスは、19世紀後半の英国で産業革命による粗悪な工業製品を嫌って、生活と芸術の調和を目指したアーツ・アンド・クラフツ運動を興した。工業製品に対して、中世の美意識や手仕事に重きを置いた。これは遠く日本の柳宗悦らによる民芸運動にも影響を与えた。
「古い物件でも、手を入れてリニューアルされることに共感をおぼえます。37平米とひとり暮らしに広さも十分で、キッチン周りも広く使いやすく改修されていて料理が楽しくなりました」と話してくれた。

壁紙などオーダーメイドのマテリアルは、夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyoでコーディネートの相談にのってくれる(画像提供/夏水組)

壁紙などオーダーメイドのマテリアルは、夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyoでコーディネートの相談にのってくれる(画像提供/夏水組)

Aさんが入居の際に選んだウィリアム・モリスの壁紙を貼ったドア(画像提供/夏水組)

Aさんが入居の際に選んだウィリアム・モリスの壁紙を貼ったドア(画像提供/夏水組)

築古の賃貸にかかわらず、魅力的なリニューアルによって人気物件に

西荻北ホープハウスのリノベーションを5年前から任っているのは、空間デザインやリノベーションを手がける夏水組(武蔵野市)の坂田夏水さんだ。デザイン事務所・夏水組のほか、東京・吉祥寺と大阪・梅田でDecor Interior Tokyoというインテリアマテリアルショップも経営していて、自分らしい豊かな空間をつくる提案をしている。

不動産投資家のオーナーBさんと夏水組の坂田夏水さん。リニューアルを終えた西荻北ホープハウスの部屋で。現オーナーは、1年ほど前に前のオーナーから購入した(写真撮影/村島正彦)

不動産投資家のオーナーBさんと夏水組の坂田夏水さん。リニューアルを終えた西荻北ホープハウスの部屋で。現オーナーは、1年ほど前に前のオーナーから購入した(写真撮影/村島正彦)

「こちらのマンションは1975年に建築されて、築年数も40年以上と老朽化が進んでいて、私がご相談を受けたときには、総戸数42戸のうち空き室が30%以上ありました」と話す。

この空き室について、夏水組プロデュースにてリニューアル工事を進めて、ほどなく満室に導いたという。
築古のマンションだけに、入居者が長く住んでいた部屋、入れ替わりがそれなりにあった部屋などあり、入居者が代わるタイミングで行われるリフォーム工事によって、部屋の状態にはバラつきがあった。そこで、坂田さんは、3つのリニューアルプランを提示したという。

もとの間取りには手を入れずトイレやお風呂など水回りを中心にリニューアルする「スタンダードプラン」。2つ目は、キッチンを使い勝手の良い間取りにする「キッチンプラン」。そして、3つ目は間仕切り壁を無くして開放感のあるお部屋にする「フリープラン」という3タイプだ。いずれのプランにおいても、エントランス正面のクロスやバスルームのタイルなどは、部屋ごとに違うものとして、費用を抑えつつも個性をもたせたという。

玄関周りの壁紙は部屋ごとに違うものをあしらい個性を持たせた(画像提供/夏水組)

玄関周りの壁紙は部屋ごとに違うものをあしらい個性を持たせた(画像提供/夏水組)

「賃貸住宅のリニューアルは、オーナーさんの負担が原則です。オーナーさんの資金も限られているなかで、部屋ごとの老朽化の具合やこれまでのリフォーム投資を無駄にしないよう、リニューアルの仕方も選択性にしました」と坂田さん。

西荻北ホープハウスのオーナーのBさんは「提案していただいたリニューアルは、空き部屋が出ても次の入居者がすぐに決まり、オーナーとしてもリニューアルへの投資の面からも不安がありません」と話してくれた。

西荻北ホープハウスでは、壁紙だけでなく、DIYも楽しんで欲しい

夏水組にリニューアルを依頼しているのは、5年前から西荻北ホープハウスの管理を請け負っている地元の不動産会社・リベスト(武蔵野市)だ。

リベスト・中道通り店の店長代理・荒井康友さんは「当社で管理をさせていただく以前は、建物の築年数がそれなりに経過していることもあり、空室率が高い状況でした」と話す。

そこで西荻北ホープハウスの管理の請け負いと同時に、築年数の経過にも調和したデザイン力のある夏水組にリニューアルを依頼するようになったという。また、部屋が空いて内装のリニューアルを行っている途中であれば、壁紙やタイル等の入居者が選べる箇所も多く、「期間限定・内装を自分好みにオーダーメイド可能」と記した間取り図付きのチラシを出せば、すぐに次の入居者が決まることも多いという。
荒井さんは、「西荻北ホープハウスは、こうしたインテリアにできるということが評判をよび、空き室待ちが発生することもあります」と話してくれた。

坂田さんは、国交省が賃貸住宅の流通促進の一環として取り組む「DIY型賃貸の普及」にも共感して、住まい手の啓発につとめているという。「西荻北ホープハウスでも、DIYができることをアピールしています。築古の物件でオーナーさんの理解があれば、住まい手が自分の住まいを自分でつくる楽しみを実現できます」と話す。

西荻北ホープハウスでは、オーナーの意向もあり「DIY可能」な賃貸物件だ。坂田さんは「住まい手自身、住みながら家に手を入れて愛着を持ってもらいたい」と話す(画像提供/夏水組)

西荻北ホープハウスでは、オーナーの意向もあり「DIY可能」な賃貸物件だ。坂田さんは「住まい手自身、住みながら家に手を入れて愛着を持ってもらいたい」と話す(画像提供/夏水組)

坂田さんが経営するインテリアマテリアルショップDecor Interior Tokyoでは、壁紙などインテリア商品の販売だけでなく、壁紙の貼り方や小物のデコレーションなどワークショップも積極的に行って、自分の住まいを自分でアレンジする楽しみの輪を広げているという。

夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyo(吉祥寺店・梅田店)では定期的にインテリアワークショップを行っている(画像提供/夏水組)

夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyo(吉祥寺店・梅田店)では定期的にインテリアワークショップを行っている(画像提供/夏水組)

坂田さんは「ヨーロッパでは、古い建物を、住まい手自らがインテリアにこだわりを持って修復やDIYしながら、豊に暮らしています。そんな文化を若いときに暮らす賃貸住宅でトライして楽しみを知ってもらうことで、日本にも根付かせていきたい」と語ってくれた。

画一的でなく、部屋ごとに個性の感じられる西荻北ホープハウスを見ると、住まい手が自由に楽しんで暮らしていることがうかがえる。最近ではリノベーションへの注目から、築古の賃貸住宅を中心に、借り手が好みのインテリアにできるDIY可能な賃貸が増えてきている。こうした流れを受けて、国土交通省では、貸主と借主のトラブルを未然に防ぐためにDIY型賃貸借に関する契約書式例やガイドブックを作成して公開している。参考にしてもらいたい。

●取材協力
・夏水組
・Decor Interior Tokyo
・リベスト
・国土交通省 DIY型賃貸

24歳女子、大家になる。築40年超エレベーターなしマンションが人気物件になるまで 東京都荒川区

東京都荒川区東尾久の下町。エレベーターなしの築44年の賃貸マンション「トダビューハイツ」。
実は現在は常に満室の不思議物件で、しかも、当時24歳のデザイナーの女性が、祖母の跡を継いで大家になり、10カ月で満室にしたというから驚きだ。
人気の秘密は何なのか? さらに彼女が大家になる決意をした理由、満室にするまでの道のり、今後の展望など、あれこれお話を伺った。

左から、入居者の安谷屋貴子さん、大家の戸田江美さん、新しい賃貸住宅「ロジハイツ」のカフェオーナーになる竹前さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

左から、入居者の安谷屋貴子さん、大家の戸田江美さん、新しい賃貸住宅「ロジハイツ」のカフェオーナーになる竹前さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

24歳のとき祖母の跡を継ぎ、「トダビューハイツ」の大家に

大学生のころに母を亡くし、祖母と2人暮らしだった戸田江美さんが、「トダビューハイツ」の運営を祖母から引き継いだのは6年前、24歳の時だ。

6年前当時の部屋の様子(写真提供/戸田江美さん)

6年前当時の部屋の様子(写真提供/戸田江美さん)

「当時、周囲にマンションが増え、だんだん空き室が目立つようになったんです。もろもろトラブルがあったこともあり、祖母は元気をなくしていきました。もっと祖母のそばにいようと、多忙だった会社を辞め、転職を考えました。そんなとき、フリーのデザイナーとして単発の仕事を受けるようになり、フリーランスのデザイナーとして在宅で仕事をするなら、大家業も兼業できるのではと思ったんです。もちろん素人なので祖母の助けをもらいながら。“これはどうするの”“誰にお願いすればいいの?”と頼りにすることで、祖母も元気になってきました」

現在は30歳の戸田さん。結婚し、大家業とともに、フリーランスのデザイナー、イラストレーターをしている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

現在は30歳の戸田さん。結婚し、大家業とともに、フリーランスのデザイナー、イラストレーターをしている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

また、美大を出てデザイナーとして働いてきた自分だからこそのスキルを活かした「デザイン×不動産」の掛け合わせも面白そうだとも感じていた。最初に取り掛かったのが、物件のサイトづくり。「築年数の古さ」がネックになり集客できないなら、自分でやってみようと思ったのだ。

現在のトダビューハイツのサイトからも、その工夫が伝わってくる。
トダビューハイツを「築40年のおっちゃん物件」と擬人化しつつ、街の様子もレポート。

クリエイティブな大家が自ら手掛ける主観と愛あるサイトは読みものとしても秀逸(HPより)

クリエイティブな大家が自ら手掛ける主観と愛あるサイトは読みものとしても秀逸(HPより)

(HPより)

(HPより)

築年数の古さを逆手にとって「DIY可能」も打ち出した。壁棚の造作や壁の塗装など、内容や箇所を事前に相談しておけば、原状回復義務はないというもの。
さらに、また次の入居者のためにリフォームするならと、「ふすま紙とトイレの床を無料でリフォームサービス」を実施。その相談もフォトショップを使って提案できるのもデザイナー大家ならではだ。

過去のDIY例(写真提供/戸田江美さん)

過去のDIY例(写真提供/戸田江美さん)

入居者の方が好きな本の装丁に合わせた色を職人技で再現してもらって塗ったドアの色(写真提供/戸田江美さん)

入居者の方が好きな本の装丁に合わせた色を職人技で再現してもらって塗ったドアの色(写真提供/戸田江美さん)

襖の柄や色は事前に戸田さんがPC上で再現。家具や好みに合わせて提案している(画像提供/戸田江美さん)

襖の柄や色は事前に戸田さんがPC上で再現。家具や好みに合わせて提案している(画像提供/戸田江美さん)

(画像提供/戸田江美さん)

(画像提供/戸田江美さん)

「顔の見える」大家女子として、自ら広報活動。それが功を奏した

とはいえ、順調だったわけではない。当初は12部屋のうち3室が空室。サイトから見学を申し込む人は若い人が多いが、古さや設備など、いわゆるスペックで評価されがちなことがネックになり、なかなか契約に至らなかったのだ。
そんななか、「20代女子の大家さん」という目新しさから、Webサイト「物件ファン」に取り上げられた。そのサイトから内見メールがいくつも届いた。大家である戸田さんが自ら案内をする。街や物件に愛着を持つ「顔の見える」大家――。特に意識したわけではなく、自分ができることをしていたら、そうなっていた。

24歳のときにふすま貼りを習いに行ったときの写真。その後、「大家女子の日記」という連載も開始し、問い合わせも増えた(画像提供/戸田江美さん)

24歳のときにふすま貼りを習いに行ったときの写真。その後、「大家女子の日記」という連載も開始し、問い合わせも増えた(画像提供/戸田江美さん)

入居者に聞いた「トダビューハイツの魅力とは?」

サイトを通して、新たな入居者となってくれた1人が、福島県でコミュニティ支援の仕事をしていた安谷屋貴子さんだ。
「もう帰って寝るだけの1人暮らしは嫌だなと思ったんです。そんなとき、大家さんに直接内覧を申し込めるこの物件に、ピンとくるものがありました。江美さんには、入居前にふすま紙とトイレの床を何にするか一緒に選んでもらったり、街案内をしてもらったり、まったく地縁のない私には、ありがたかったんです」(安谷屋さん)

戸田さんにとって、のちに単に入居者という以上のサポーターになってくれたという安谷屋貴子さん(写真撮影/ジャーナル編集部)

戸田さんにとって、のちに単に入居者という以上のサポーターになってくれたという安谷屋貴子さん(写真撮影/ジャーナル編集部)

とはいえ、入居後半年間は最低限の連絡事項のやり取りで、頻繁なお付き合いがあったわけではなかった。そのあたりのこと戸田さんに質問してみた。
「私、大家業をしているので勘違いされがちなのですが、人見知りなんですよ。安谷屋さんが入居したころはまだ入居者の方との距離感を探っていたところでもありました。また、シェアハウスではないので、ほどよい距離感は必要だなと思っているんです」
入居1年後に、安谷屋さんは戸田さんの地元の知り合いとの花見に参加。顔見知りができたことで、その後の街歩きやワークショップなどのイベントにも参加しやすくなり、自然と安谷屋さんの尾久コミュニティの輪は広がった。

2018年、当時のお花見の様子。最初は6人だったけれど、ご近所さんが声をかけてみんなで集合写真。「江美さんのお友達の輪に入れてもらえたようで、すごく楽しかったです」(安谷屋さん)(写真提供/戸田江美さん)

2018年、当時のお花見の様子。最初は6人だったけれど、ご近所さんが声をかけてみんなで集合写真。「江美さんのお友達の輪に入れてもらえたようで、すごく楽しかったです」(安谷屋さん)(写真提供/戸田江美さん)

「子どもがいたら別でしょうけど、地縁のない独身の社会人にとって地元に知り合いをつくるってなかなかハードルが高いもの。でも大家の江美さんを通じて、人とまちと少しずつ知り合える実感がありました。特にコロナ禍はそれを実感しましたね。買い物途中に知り合いと立ち話をしたり、江美さんと偶然会って一緒にお弁当を買いに行ったり。知り会いがいない街で、一人暮らしで在宅ワークになっていたら、誰とも会話しないままだったかも」(安谷屋さん)

また戸田さんのほうも、社交的な安谷屋さんというサポーターを得たことで、新しい入居者の方とのウェルカムごはん会なども企画し、ゆるやかにつながれるように。

「いきなり大家とサシでごはん……ちょっと抵抗感あるでしょう。でも入居者の安谷屋さんがいてくれたら、誘いやすい。入居者の数人で韓流ドラマ『愛の不時着』を観たこともありました」(戸田さん)
その後、入居者でもある落語家さんによる落語会も開催。昔から暮らしている入居者と新しい入居者が自然と知り合う、またとない機会になった。

落語会の前には、戸田さんのお知り合いが三味線で出囃子を弾く贅沢さ(画像提供/戸田江美さん)

落語会の前には、戸田さんのお知り合いが三味線で出囃子を弾く贅沢さ(画像提供/戸田江美さん)

入居者の交流の場となる部屋は、戸田さんの仕事場でもある。一部DIYを行い、トダビューハイツの「レトロで和む」雰囲気の味わい場所に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

入居者の交流の場となる部屋は、戸田さんの仕事場でもある。一部DIYを行い、トダビューハイツの「レトロで和む」雰囲気の味わい場所に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

共用廊下には回覧板とともに、庭でとれた柿をおいて。「どうぞ自由にもっていってください」とメッセージ付き。みんなで干し柿をつくる小さなイベントも(写真提供/戸田江美さん)

共用廊下には回覧板とともに、庭でとれた柿をおいて。「どうぞ自由にもっていってください」とメッセージ付き。みんなで干し柿をつくる小さなイベントも(写真提供/戸田江美さん)

新たなプロジェクト始動。その名も「想像建築」

そして、このトダビューハイツとは別に祖母が所有し、長く借地として貸し出していた荒川区町屋の土地が、住人が退去して更地になって戻ってきたことを契機に、新たな活用法を考えることに。
そこに何を建てようか想像することから始めようというのが、「想像建築」プロジェクト。

「売却したり、業者さんに丸投げして賃貸マンションを建てれば簡単だって分かっているんですけど、それは祖母が大切にしてきた地域との関わりを絶つような感じがして、違うかなと。もっと街に愛着が持てるような場所にしたかったんです」
そこで戸田さんがとった方法は「すぐに住宅を建てない」方法だ。
「荒川区が古い建物を取り壊し、更地にして空き地を保全している間は固定資産税を安くする制度があったんです。だったらまず空き地であれこれ利用しているうちに、方向性が出てくるかなと考えたんです」
例えば、屋台村は保健所からのNGが出て実現できなかったが、マルシェ、街歩き、トークイベントを開催し、この場所に興味を持ってもらえるような仕掛けだ。

2019年に行った、路地裏マルシェ&トークイベント。「ご近所の大好きなお店に出店して頂き、さらに発起に至った経緯や、個人的に感じている荒川区の課題などを話しました」(戸田さん。画像提供も)

2019年に行った、路地裏マルシェ&トークイベント。「ご近所の大好きなお店に出店して頂き、さらに発起に至った経緯や、個人的に感じている荒川区の課題などを話しました」(戸田さん。画像提供も)

地元の建築家を招いて荒川区の街歩きイベントも(画像提供/戸田江美さん)

地元の建築家を招いて荒川区の街歩きイベントも(画像提供/戸田江美さん)

そのうち、荒川区役所に勤める人、荒川好きのご夫妻、荒川区に住みたい区外の人、ご近所の人など、自然につながりが生まれた。
「そうしているうちに、やっぱり売るはナシだなと実感。街を愛してくれる人が増えてくれる住まいにしたい。よし賃貸住宅を建てようと思うようになりました」

さらにワークショップを行い、地元住民やこの土地に興味のある未来の住人さんたちにアイデアをプレゼンし、方向性は間違えていないかを探った。
 
その結果、「屋上菜園」と「カフェ」を持つ賃貸住宅を新築することに。コンセプトは“この街に長く住みたくなる賃貸マンション”だ。
会員制の「屋上菜園」は地域住民も登録可能。1階に「カフェ」を設けることで、地域に開かれた住まいを目指している。

新しい賃貸住宅「ロジハイツ」の模型。東京スカイツリーの見える屋上には菜園を設ける予定。「すでに近隣住民の方から申し込みがあり、地域と住民のゆるやかな交流の場になったらいいですね」(戸田さん)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

新しい賃貸住宅「ロジハイツ」の模型。東京スカイツリーの見える屋上には菜園を設ける予定。「すでに近隣住民の方から申し込みがあり、地域と住民のゆるやかな交流の場になったらいいですね」(戸田さん)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

なかでもキーポイントとなるカフェのオーナーは、なんと戸田さんの大学時代の同級生の竹前さん。同じ荒川区に生まれ育ち、「いずれお店を持ちたい」と喫茶店で働いていた。物件が建つエリアは周囲に飲食店が少ないため、地域住民度の期待は大きい。

「荒川区のような下町の飲食店のオーナーって、とにかく人柄がすごく大事なんですよ。老若男女と仲良くできて、程よい距離感が保てる人。単にテナントとして貸すのではなく、人柄もよく分かっていて信頼している彼女にお願いすることで、暮らす人、地域の人から愛される、そんな気持ちのいい物件を目指したいんです」(戸田さん)

「モーニング営業もしたいし、大きな公園も近いので、ピクニックができるようなメニューも考えたいって夢が広がっています」(竹前さん)。カフェは今年4月オープン予定(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「モーニング営業もしたいし、大きな公園も近いので、ピクニックができるようなメニューも考えたいって夢が広がっています」(竹前さん)。カフェは今年4月オープン予定(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「大家さん」は大好きな街に人を呼び込むシゴト

戸田さんのこうした活動のモチベーションは、子どものころの記憶とも紐づいている。
「トダビューハイツができた当初から40年以上住んでいるご夫婦もいて、“江美ちゃん、すっかり大きくなって”と毎回言われる(笑)。ほぼ親戚のような存在ですよね」

戸田さんの好きな落語の世界では、「大家と言えば親も同然、店子(たなこ)と言えば子も同然」が決まりセリフで、大家は困ったことがあれば顔を出してくる中心的存在だ。

「祖母もそうでしたね。大変だけど面白いですよ。この前、テレビが映らなくなったって、1階の外で入居者さんと話していたら、他の方も上のベランダから、”ウチも映らないよ“って顔だしてきて(笑)。 “どーしても日本シリーズが観たいんだ”っていう入居者さんがいて、慌てて近所の電気屋さんに電話したら、“気持ちが分かる、大変だ”ってすぐ自転車でやって来てくれたんです。街を歩いていると、誰かから、”おかえり”って言われて、”ただいま”って答えるし(笑)。地図を見ながら歩いていたトダビューハイツに遊びに来たご夫妻が、自転車で通りかかったおじさんに声をかけられて美味しい中華屋さんを教えてもらったって言っていました(笑)」

そんな下町らしい距離感の住まいに、付加価値を感じて入居を決めてくれる人は多い。
築年数や設備などのネット検索でははじかれてしまうかもしれない物件でも、そこに大きな愛がある。
「ちょっと窮屈に感じることはあっても、街全体が自分のホームタウン。そんな大好きな街に新たに人を呼びこめる”大家”という仕事はとっても面白いと思います」

「もしランチ営業で人手が足りなかったら手伝いにいくよ」「グループラインでヘルプ出したらいいんじゃない」と、大家さん、入居者、新物件のテナントのオーナーと立場の違う3人が楽しく話す雰囲気が、トダビューハイツの魅力を証明しているかもしれない(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「もしランチ営業で人手が足りなかったら手伝いにいくよ」「グループラインでヘルプ出したらいいんじゃない」と、大家さん、入居者、新物件のテナントのオーナーと立場の違う3人が楽しく話す雰囲気が、トダビューハイツの魅力を証明しているかもしれない(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

トダビューハイツ(写真提供/戸田江美さん)

トダビューハイツ(写真提供/戸田江美さん)

●取材協力
トダビューハイツ
想像建築

駅遠の土地が人気賃貸に! 住人が主役になる相続の公募アイデアって?

祖父がなくなり不動産を相続することになった相続人の安藤勝信さんは、納税のため所有する賃貸アパートの隣地を売却。土地を継承し、地域のために活用してくれる売却先をプロポーザルで公募し、結果もともとの賃貸アパートの住人と新たな住人が温かなコミュニティでつながる地域になった。現地で話を聞いた。

借りる人の希望を聞きながら建築する新スタイル「賃貸コーポラティブ」

最寄駅から徒歩30分、バス便の立地に2戸の一戸建てと11戸の長屋住宅から成る13戸の賃貸コーポラティブ区画が、2021年5月に東京都世田谷区に誕生した。

コーポラティブハウスとは、入居予定者が建設組合をつくり、主体となって建築する集合住宅のこと。通常は事業主が集合住宅の概要を計画し、購入予定者が区分所有部分のプランを建築士とつくりあげていく形態で、賃貸での例はほとんどない。

「賃貸なのだけど、持ち家のような不思議な感覚です」と話してくれたのは、ここの賃貸コーポラティブに住む川浪さん。一戸建ての室内は、デザインを仕事とする川浪さんのこだわりにあふれている。

(写真撮影/片山 貴博)

(写真撮影/片山 貴博)

玄関ドアを開けるとモルタル仕上げの土間、そこに大きなテーブルを置いて仕事用のスペースにしている。本棚も川浪さんのオーダー(写真撮影/片山 貴博)

玄関ドアを開けるとモルタル仕上げの土間、そこに大きなテーブルを置いて仕事用のスペースにしている。本棚も川浪さんのオーダー(写真撮影/片山 貴博)

「コロナ禍になって、できる限り自分にとって居心地の良い空間で過ごしたいと思うようになりました。でもこの変化の時代に、一生の選択をして家を持っても同じ場所に住み続けるかはわかりません。賃貸は気軽だけれど、空間の自由度が低くて限界があるし、事務所利用可能な住居物件自体がほとんどないんですよ。そんなとき、カスタマイズ可能な戸建て賃貸を見つけたんです」(川浪さん)

オーナーの田畑至誠(たばた・しじょう)さんが用意していた建物オプションは壁紙や床材の選択などだったが、「エアコンを埋め込んでもらったり、床はオプション外の少し特殊な素材でお願いしたり。できる限りの希望を聞いてもらえました」(川浪さん)
基本計画以上のコストアップは、入居者が負担することになっている。「工期の期限と躯体への影響がない範囲で、と限度があるとはいえ、一般的な賃貸では考えられないことです」と川浪さんは笑顔で話す。

夫妻とふたりの子どもとの4人家族。1階は仕事用スペースとキッチンダイニング、2階は居室(写真撮影/片山 貴博)

夫妻とふたりの子どもとの4人家族。1階は仕事用スペースとキッチンダイニング、2階は居室(写真撮影/片山 貴博)

賃貸にDIYとコミュニティを解放したら好循環が生まれた

この賃貸コーポラティブ区画の敷地一帯には、もともと賃貸アパートと駐車場があった。誕生するまでは、「奇跡のような出会いがあった」と祖父の土地の相続人だった安藤勝信(あんどう・かつのぶ)さん。賃貸コーポラティブの隣地の、賃貸アパートの経営者でもある。

安藤さんの祖父母は、世田谷区で都市農場と賃貸アパートを経営していた。
「祖父は賃貸アパートの入居募集に苦労していました。東京では駅から遠い物件は人気がなく、さらに古くなるごとに賃料を下げざるを得ない。下げても満室になるとは限りません」(安藤さん)
そんな状況を見かねて、賃貸アパートの経営を安藤さんが法人をつくって買い受けたのが8年ほど前。一度内装を取り壊し、入居者の希望を内装に反映する形で募集を開始したところ、あっという間に満室になった。
さらに、敷地でのBBQや家庭菜園、焚き火台を使った小さな焚き火といった住民の要望を叶えるうちにコミュニティも深まり、居心地のいい人気物件として生まれ変わらせることができたのだ。

住人共用の菜園(写真撮影/片山貴博)

住人共用の菜園(写真撮影/片山貴博)

「賃貸経営はよくクレーム産業と言われがちです。設備不具合のクレームや住民同士のトラブルにオーナーや管理会社が追われがちなのです。ですが本当は、少しだけお互いを知る機会があれば、生活音が『苦情』から『お疲れさま』に変わることもあるのではないでしょうか。
DIYもできますから、好きな壁紙を貼ればいいし、前の住人と好みが合えば新しい人にそのまま入居してもらうこともできる。前に住んでいた住人と次に住む住人が会うこともあります。募集して待っている立場から、入居者を探せるようになりました」(安藤さん)

相続発生。プロポーザルで売却後も土地の継承を図る

アパート経営から8年ほど経ち、祖父の相続を経験した安藤さん。アパートが建つ敷地の一部、駐車場部分を納税のために手放さざるを得なかった。
「土地は先祖から授かったものではなく未来から預かったもの。亡くなった祖父がよく言っていた言葉です。
アパートのコミュニティの延長でもある土地を、将来にも良い形でバトンを渡したい」と安藤さんが相談したのは、不動産コンサルタントの田中歩(たなかあゆみ)さん。購入希望者から土地利用についてプロポーザル(提案)を受けた上で、共感できる人に売却することを提案してくれたのだそう。

安藤さんは田中さんの伴走のもと「未来へのバトンプロポーザル説明会」を開催し、思いを共有してくれる売却先を探すこととなった。

未来へのバトンプロポーザル説明会(写真提供/安藤勝信)

未来へのバトンプロポーザル説明会(写真提供/安藤勝信)

開催場所は安藤さんが納税資金を借り入れた東京中央農業協同組合のホール。銀行勤務の経験がある田中さんが「通常、相続税は10カ月内に納めねばなりません。プロポーザルからの売却では間に合わないので、納税資金を借り入れる提案をしたんです。延滞税より金利が低いですから」と教えてくれた。
「農協は地域の事業を協同組合の立場で助けてくれる仲間です。とはいえ、担当の安藤也侑(あんどう・あつむ)さん(以降、也侑さん)が自分達に共感して頑張ってくれなかったら、この協同事業に行き着けなかったかもしれません。説明会から売却、融資返済までを上司に取り付けてくれたんですから」(安藤さん)

元の敷地図。左側の駐車場部分が説明会の対象だった(資料提供/トライクコンサルティング藤田弘之)

元の敷地図。左側の駐車場部分が説明会の対象だった(資料提供/トライクコンサルティング藤田弘之)

売却部分と所有部分を一体化。コミュニティが繋がる区画に

説明会には不動産会社や投資家など数十人が集まった。

その中でもうひとり、この土地の未来に熱くなる人物が現れた。分譲コーポラティブマンションの企画やコンサルティングに携わる藤田弘之(ふじた・ひろゆき)さんだ。
「同業者から説明会の情報を得て参加したのですが、説明を聞いてびっくり。自宅の近所で、なんと借りている駐車場の売却計画でした。駐車場がなくなると困る、という思いもあって計画にのめり込みました(笑)」

説明会は、一方的に安藤さんが説明するのではなく、参加者がアイデアを出し合うワークショップの体をなした。
借りる人の好みを反映する賃貸アパートの成功例を知り、地域コミュニティへの思いを聞いた藤田さんは「入居予定者と一緒に建物仕様を決めていく、コーポラティブの手法がぴったりだと思いました」と語る。
「当初想定されていた一戸建ての分譲ではなく、中長期でオーナーの思いを引き継ぎやすい賃貸にすべき、とも提案して採用されました。先にコミュニティが醸成されていたアパート部分との繋がりも大事にしたかった。そのため、以前から信頼していた不動産投資家の田畑さんに購入を持ちかけました」(藤田さん)

敷地配置は、右上のアパート敷地と一体で書き換えられた。A、Bの一戸建てとC1~D1までの長屋が新築された賃貸コーポラティブ。「道を通して区画全体に統一感を持たせたいと、そのために売却部分を変更してもらいました。借入先の農協の也侑さんは大変だったでしょうし、新オーナーの田畑さんの共感がなければ実現できませんでした」(藤田さん)(資料提供/トライクコンサルティング藤田弘之)

敷地配置は、右上のアパート敷地と一体で書き換えられた。A、Bの一戸建てとC1~D1までの長屋が新築された賃貸コーポラティブ。「道を通して区画全体に統一感を持たせたいと、そのために売却部分を変更してもらいました。借入先の農協の也侑さんは大変だったでしょうし、新オーナーの田畑さんの共感がなければ実現できませんでした」(藤田さん)(資料提供/トライクコンサルティング藤田弘之)

田畑さんは全国で不動産を運用している投資のプロフェッショナル。賃貸物件であれば利益のためコスト効率を重視するところだが、藤田さんから紹介された安藤さんのコミュニティ重視型の賃貸経営に深く共感した。

田畑さんが土地の購入を決め、入居募集を始めてみると多くの応募があった。田畑さんは、「初期費用がかかっても好きに住みたいというニーズ」「転職歴などでローンが組めない高収入層」「オフィスと自宅を賃貸住宅で併用したい個人事業者」の多さに改めて気付かされたという。

(画像提供/トライクコンサルティング藤田弘之、イラスト/渡邉友紀)

(画像提供/トライクコンサルティング藤田弘之、イラスト/渡邉友紀)

安藤さんが経営する賃貸アパート(右側)と田畑さんが新オーナーとなった賃貸コーポラティブD棟(左上)。小道と植栽の統一で区画に一体感が生まれている(写真撮影/片山 貴博)

安藤さんが経営する賃貸アパート(右側)と田畑さんが新オーナーとなった賃貸コーポラティブD棟(左上)。小道と植栽の統一で区画に一体感が生まれている(写真撮影/片山 貴博)

コーディネーターの立場からプロジェクトを担当したのは、渡邉友紀(わたなべ・ゆうき)さん。「用意していたオプションは限られたものでしたが、実際は分譲コーポラティブと同じようにこだわる人が多く、キッチンセットだけで100万円かけた人もいました」(渡邉さん)

賃貸コーポラティブの契約は、一般的な賃貸借契約と同様の2年で更新。原状回復については住戸ごとの仕様に合わせて入居者と話し合い、詳細に取り決めている。
「住みながらのDIYも原則自由です。こだわりがある入居者によるリフォームは、建物の劣化ではなく価値アップに繋がりますし。また、普通の賃貸にはないようなコミュニケーションが入居者とも生まれて、経営のモチベーションにもなっています」(田畑さん)

前列左から安藤さん(アパート経営者・土地の相続人)、川浪さん(入居者)、田畑さん(隣地新オーナー) 後列から也侑さん(農協)、田中さん(不動産コンサルタント)、渡邊さん(コーポラティブコーディネーター)、藤田さん(コーポラティブコンサルタント)(写真撮影/片山 貴博)

前列左から安藤さん(アパート経営者・土地の相続人)、川浪さん(入居者)、田畑さん(隣地新オーナー)
後列左から也侑さん(農協)、田中さん(不動産コンサルタント)、渡邊さん(コーポラティブコーディネーター)、藤田さん(コーポラティブコンサルタント)(写真撮影/片山 貴博)

(画像提供/トライクコンサルティング藤田弘之、イラスト/渡邉友紀)

(画像提供/トライクコンサルティング藤田弘之、イラスト/渡邉友紀)

「自分好みの家はとても快適。家族もこの家と環境にすっかり馴染んでいます。初期費用もかけているので、愛着も湧きますし、その分長く丁寧に住みたいと思うようになります」という川浪さんの言葉に、笑顔になった田畑さん。
「考え方の近い人と暮らせることで、監視しあうような緊張感が生まれにくくて、むしろお互いにより豊かになるようなアイデアを持ち寄れるようなオープンな雰囲気があります」(川浪さん)

「今回大変なこともありましたが、やってみて本当によかったです。このような形が今後どこかで、ゆっくり広まってくれたらいいなと思っています」(安藤さん)

自分に合う住まいで暮らすこと、隣人を大切にできること。この事例をヒントに、理想に叶う賃貸がもっと増えることを期待していきたい。

●取材協力
安藤勝信さん(株式会社アンディート)、田中歩さん(あゆみリアルティーサービス)、藤田弘之さん(トライク・コンサルティング)、田畑至誠さん(グレープEQ)、渡邉友紀さん(NENGO)、安藤也侑さん(東京中央農業協同組合)、川浪さん(入居者)

築80年めざす「いなさん団地」。建て替え計画の頓挫から逆転、マンション長寿命化へ 千葉県千葉市

有名建築家が手掛けたり、DIYやリノベを取り入れたり、若い世代を呼び込んだり……この数年、さまざまな「団地」の取り組みが脚光を集めています。ただ、その多くは賃貸で企業や自治体、URなどが所有し、大家さんとして取り組んでいるものですが、区分所有者が多数いる分譲「団地」ではどのような取り組みがされているのでしょうか。千葉県千葉市の稲毛海岸三丁目団地・通称「いなさん団地」を取材しました。

外壁、玄関やサッシを一新し、空き家対策としてDIY賃貸も

広々とした空に美しい芝生、ツートンカラーの外壁、美しい植栽……。「稲毛海岸三丁目団地」、通称「いなさん団地」を見た人なら、「えっ!築50年以上なの!?」と驚くのではないでしょうか。エレベーターこそないものの古さを感じさせず、むしろ今の建物にない「余裕」や「ゆとり」を感じさせる建物が並んでいます。独特の味わいに惹かれて、若い人が転居してくるというのも納得です。

敷地には桜や松、藤など季節の木々が植えられている(写真撮影/土屋比呂夫)

敷地には桜や松、藤など季節の木々が植えられている(写真撮影/土屋比呂夫)

団地内の公園。遊具を塗り替える際、子どもたちがデザインした絵をもとにしたという(写真撮影/土屋比呂夫)

団地内の公園。遊具を塗り替える際、子どもたちがデザインした絵をもとにしたという(写真撮影/土屋比呂夫)

この「いなさん団地」は、1968(昭和43)年から分譲され、8万4000平米の広大な敷地に5階建て27棟が配置されています。京成線京成稲毛駅から徒歩12分、京葉線稲毛海岸駅から徒歩約14分でアクセスでき、周囲には近年でも新築マンションの分譲が続くなど、住宅街として根強い人気を感じさせるエリアです。

「2016年に大規模修繕工事を終え、外壁塗装やサッシ交換、玄関などの共用部の工事をしました。NPO法人と管理会社、団地で連携し、空き家対策としてDIY可能な賃貸住戸をつくり、若い世代に住んでもらう取り組みもはじめています」と話すのはこの団地で理事長を務める草刈徹さん。理事長になってからは、管理組合を法人化するなど、住民の住みやすさのために日夜奔走しています。

いなさん団地で理事長を務める草刈徹さん(写真撮影/土屋比呂夫)

いなさん団地で理事長を務める草刈徹さん(写真撮影/土屋比呂夫)

大規模改修工事で交換した玄関扉。耐震枠、ダブルディンプルキー、A4サイズが入る郵便受けなど、細かな点まで配慮されている(写真撮影/土屋比呂夫)

大規模改修工事で交換した玄関扉。耐震枠、ダブルディンプルキー、A4サイズが入る郵便受けなど、細かな点まで配慮されている(写真撮影/土屋比呂夫)

断熱性・防音性を考え、全戸二重サッシに交換し、「驚くほど静かで部屋も暖かくなりました」(左)。サッシ上部には、通風孔も設けてある(右)

断熱性・防音性を考え、全戸二重サッシに交換し、「驚くほど静かで部屋も暖かくなりました」(左)。サッシ上部には、通風孔も設けてある(右)

専有部の給排水管の交換工事は、床を剥がさずに新たに給排水管を敷設することでコストと住民の負担を削減(写真撮影/土屋比呂夫)

専有部の給排水管の交換工事は、床を剥がさずに新たに給排水管を敷設することでコストと住民の負担を削減(写真撮影/土屋比呂夫)

このように現在、共用部も専有部も美しく手入れされている団地ですが、誕生して半世紀、現在に至るまでは、さまざまなできごとがありました。

無償で1.5倍の広さの新築マンションに!? 団地を揺るがした建て替え計画

「築20年を超えたころでしょうか、ちょうどバブル期、自己負担ゼロで1.5倍の広さの新築マンションに建て替えるという話がありました。当然、多くの住民が賛成にまわりました。当時、私は会社員でしたが、賛成にまわりましたよ」と述懐します。

「いなさん団地」のように敷地にゆとりがあり、駅から平坦、子育て世代に人気のエリアであれば、こうした建て替え計画が浮上するのは不思議なことではありません。ただ、建て替えをするのであれば、それが確定するまでの間、外壁や給排水設備の交換などの大規模修繕工事はできませんし、何をするにも「宙ぶらりん状態」となります。当然、メンテナンスをしなければ、建物は傷んでいきます。住民のみなさんには「新しい建物にタダで住みたい」「住宅ローンの残債が残っている」「スラム化させたくない」と、さまざまな思いがあったことでしょう。

しかし、バブル経済崩壊とともにこの建て替え計画も二転三転。2005年、最終的なプランでは、各住戸で約200万円程度負担し、さらに各人で引越し費用や引っ越し先を確保する必要が出てきました。それでも、建て替え決議では82.3%の賛成が得られたのですが、棟別に見たときに賛成4/5に達しない棟が8棟あり、当時の区分所有法で必要だった、「全棟について同一の建て替え決議」をクリアできず、建て替え問題はここでいったん終了となりました。

団地の歴史をまとめた冊子。50年の歴史と人々の思い出がつまっています(写真撮影/土屋比呂夫)

団地の歴史をまとめた冊子。50年の歴史と人々の思い出がつまっています(写真撮影/土屋比呂夫)

「やっぱりみなさん、この団地に愛着があるし、より良いものにしたいんですよね。建て替えをするとなると工事期間中の仮住まいと戻るのとで2回の引っ越しが必要になるし、心身ともに大きな負担になるでしょう。だから、ひと言で賛成/反対とは言い切れないものがあるんですよね」と草刈さんは解説します。

管理会社まかせにしない。できることは自分たちで

その後、築40年の節目となる2009年、最終的に「いなさん団地は、修繕・改修でいく」ということが決まり、それからは住民が一丸となって、『長寿命化を目指そう』で意見がまとまったと言います。

「建築やコンクリートの専門家に話を聞きましたが、『コンクリートは100年持つ』というので、じゃあ『築80年をめざそう』『ビンテージマンションをめざそう』ということで住民の意向がかたまりました。建物のメンテナンスはもちろん、住民の住みやすさを考えて、この10年、さまざまな対策を講じているんです」といいます。

外壁工事の際に提示されたサンプル。見本とパースを頼りに、住民で色彩を最終決定したのだそう(写真撮影/土屋比呂夫)

外壁工事の際に提示されたサンプル。見本とパースを頼りに、住民で色彩を最終決定したのだそう(写真撮影/土屋比呂夫)

冒頭にあげた大規模修繕工事などのさまざまな試みは、この「長寿命化」の一つだったのです。また長寿命化のために資金面での裏付けとして、修繕費積立金は月額平均4000円を値上げし、現在に至っています。

「現在、清掃や管理業務は管理会社に委託していますが、管理会社まかせにせず、馴れ合うことのない、緊張感が必要だと思います。また、住民ができることは自分たちでやっていて、20カ所の花壇や芝生などは、団地の『植栽会』が担っています」(草刈さん)といい、その甲斐もあって、建物を囲む芝生は青々として美しい姿を保っています。また、住民同士で電球の交換や日頃の不便を解消しあったりと、コミュニティ活動も盛んなのだそう。

団地の花壇。少しずつ個性があるので見て歩くのも楽しい(写真撮影/土屋比呂夫)

団地の花壇。少しずつ個性があるので見て歩くのも楽しい(写真撮影/土屋比呂夫)

いなさん団地にお住まいの女性。分譲開始時に入居し、定年まで勤務したのち、現在は植栽会などに参加し、団地での人脈を広げて暮らしを楽しんでいるそう(写真撮影/土屋比呂夫)

いなさん団地にお住まいの女性。分譲開始時に入居し、定年まで勤務したのち、現在は植栽会などに参加し、団地での人脈を広げて暮らしを楽しんでいるそう(写真撮影/土屋比呂夫)

大規模修繕工事を終え、次は住民の利便性を高めようと、宅配ロッカーや自動販売機などを導入。さらに管理棟に太陽光発電パネル、AEDを設置するなど、できることは次々と取り入れています。

敷地内に新設された宅配ロッカー(左)とAED装置。着々と設備を新しくしています(写真撮影/土屋比呂夫)

敷地内に新設された宅配ロッカー(左)とAED装置。着々と設備を新しくしています(写真撮影/土屋比呂夫)

「受け取り用の宅配ロッカーは、各社比較検討して、団地の住民だけでなく、周囲の住民も利用できるようにしました」といいます。さらに住民では車を手放したり、免許返納している人が増えていることから、カーシェアやシェアサイクルサービスの導入も検討しているとか。敷地に余裕がある分、こうした設備面でのアップデートは容易なのかもしれません。

もちろん、課題がないわけではありません。団地内には数十戸の空き家がありますし、全戸数768戸に対してはごくわずかとはいえ、管理費や修繕積立金の滞納もあるといいます。

「住民の意識が高いからか、管理費や修繕積立金の滞納はほとんどないんです。ただ、数戸あって、そのうち数件は『相続絡み』ですね。こればかりは粛々と弁護士と対応していくしかないですね」といいます。また、現在、団地内の空き家は70弱。こちらも多くはありませんが、冒頭に紹介した通り、管理会社と元千葉大の教授が主宰するNPOと連携して、DIY可能な賃貸が4戸誕生し、いずれも4組の若いペアが住み始めているなど、新しい試みがうまくまわりはじめています。

「千葉市では新婚カップルを対象に、高経年化した団地に住むと30万円補助金が出るんですが、当団地もこの制度の対象になっています。NPOと連携したリノベーションプロジェクトをして、若い人に住んでもらえたらうれしいですね」と草刈さん。人生100年が言われるようになった最近では、うまくいけば団地も築100年も見えてくるかもしれません。

「それは私たちが決めることではないので、次の世代の住民におまかせすることになると思います。まずは築80年まで、決められた計画通りに、メンテナンスしていければ」と話します。スクラップからストックの時代へ。いなさん団地の取り組みは、マンション長寿命化の時代の道しるべとなることでしょう。

●取材協力
いなさん団地

「失敗は学び、思いやりは通貨」離島に移住して知識ゼロからのDIYを楽しむ素潜り漁師マサルさんは語る

素潜り漁師マサルさんをご存じですか? 海に潜ってモリで魚を突く素潜り漁をなりわいとするかたわら、ちょっと変わった海の生き物を捌(さば)いて調理して食べる話題のYouTuber。メインチャンネルの「【素潜り漁師】マサル Masaru.」は、90万人以上の登録者を誇ります(2021年11月現在)。

マサルさんは、2017年に特技を活かした「魚突き&魚捌き」のYouTubeチャンネルを開設。東京海洋大学卒業を控えた2019年末には東京を離れて鹿児島の離島に移住し、就職する代わりに「素潜り漁師」として活動を始めます。2020年3月から島の大きな古民家を借りて住み、DIYの知識がほぼゼロの状態から古民家を大胆にリノベーションする様子を、サブチャンネルの>「【離島移住生活】マサル」で配信しています。

マサルさんはなぜ離島に住むことにしたのでしょうか? そして、古民家のリノベーションにはどんな苦労があってどういった楽しさがあるのでしょうか? 今回はリモートインタビューでお話を伺いました。

あのテレビ番組に憧れて魚突きがライフワークに

――本日はよろしくお願いします。最初に自己紹介をしていただけるでしょうか。

素潜り漁師としてのマサルさん(2021年2月6日配信の動画「カジキの角で錬成した『モリ』で魚を無双」より)

素潜り漁師としてのマサルさん(2021年2月6日配信の動画「カジキの角で錬成した『モリ』で魚を無双」より)

素潜り漁師のマサルです。YouTuberとして「魚突き」や「魚捌き(料理)」の動画を配信することを中心に活動しています。

――魚料理はまだしも「魚突き」をされる方はそういないと思いますが、どんなきっかけで始めたのでしょう?

『いきなり!黄金伝説。』(テレビ朝日系)というテレビ番組がありましたよね。濱口優(よゐこ)さんがモリを手に海に入って魚を獲っているのを見て、小さなころでしたがすごく憧れたんです。親に頼み込んで、子どもでも魚を突くことができるイベントに連れて行ってもらったり。

それからずっと魚突きをライフワークにしています。YouTuber名の「マサル」も濱口さんにあやかって付けましたし、大学では「魚突きサークル」で月に何度かどこかの離島に行っては魚を突く生活を送ってました。

海と人が好きで離島に移むことを決めた

――そもそもなんですが、離島に魚を突きに行くだけでなく、なぜわざわざ移住したのでしょう?

マサルさんが移住した沖永良部島にはこんな海がある

マサルさんが移住した沖永良部島にはこんな海がある

僕は海が好きなので、離島は東京に住んでいたときから好きでした。どっちの方向に行ってもすぐ海があるのはいいですね。魚突きをしてますから、いつでも海に入れるのもうれしいです。
あと移住したことには「YouTuberとして生きていく」という決意もあります。僕は大学在学中からYouTuberとして活動していましたが、卒業後の進路を考えたとき、普通に企業に就職する道もあったのですが、こちらにかけても面白いのかな、と思ったんです。

――マサルさんが移住した島はどんなところでしょう。

鹿児島にある沖永良部島ですが、沖縄の那覇からフェリーで7時間かけて来るのが一般的な交通手段ですね(編集注:費用はかかるが鹿児島などから飛行機もある)。

地理的にはかなり隔離されていて、人口は13,000人くらい。車で1時間もあれば1周できます。スーパーやホームセンターもありますから、DIYに必要な材料や道具もだいたいはそろいます。

――数ある離島のなかでもなぜ沖永良部島に?

学生のころにはいろいろな離島に行きました。お金がなくてSNSで知り合った現地の人に泊めてもらったりしていたんですが、そのつながりで沖永良部島に友達が何人かできてたんです。これが大きかったですね。
観光開発もほぼされていなくて、実際に(コロナ以前も)観光客がほとんど島にいないところも僕にとっては魅力です。何より住んでる人たちが良くって、のんびりしているようで仕事はきっちりとする。一緒に何かするのも気持ちがいいです。

不動産屋さんがないので住む場所は自分で見つける

――現在の拠点にされている古民家は、築50年の5LDK。人が住まなくなって20年にもなるそうですが、どうやって見つけたのでしょうか?

マサルさんが借りている古民家(家賃は月額2万円)

マサルさんが借りている古民家(家賃は月額2万円)

そもそも離島には、基本的に不動産屋さんがないんです。だから家を借りるとなると、まず現地を歩いて「空き家」を見つけるところからです。

空き家が見つかったら、今度は持ち主を探し出さなくてはいけません。知り合いの漁師に聞き込んだり、商店街の顔役に聞いたり。それでもわからなかったら、地番を割り出して謄本を取れば持ち主はわかります。いま住んでいる古民家はそこまでしなくてもよかったんですが、いずれにせよかなり大変ですね。

――不動産屋さんがないということは、持ち主が見つかっても個人間の交渉ということになりそうですが……。

マサルさんが借りている古民家の敷地には2棟の倉庫と牛小屋に馬小屋も

マサルさんが借りている古民家の敷地には2棟の倉庫と牛小屋に馬小屋も

そうなりますね。僕は知り合いにつないでもらいました。そう簡単に貸してくれるものかなと思っていたのですが、意外とすんなりいきました。島の地主は高齢者が多いのですが、若い世代の僕たちの話もちゃんと聞いてくれます。

地主といってもその土地でお金を稼がないといけないわけではないので、めちゃくちゃ仲良くなれたりしたらただで貸してくれるかもしれません。ただ、そうすると人間関係がちょっと濃厚になり過ぎるような気がして、僕はきちんと賃料を払ってます。

――実際に住んでみて、古民家はどうでした?

マサルさんが拠点としている古民家の大まかな間取図(リフォームの番号は下記の一覧表を参照)

マサルさんが拠点としている古民家の大まかな間取図(リフォームの番号は下記の一覧表を参照)

内装や家具もまとめて好きにしていいということだったんですが、想像以上に傷んでました。床も壁も天井も腐っていて、全部壊して張り替えなくてはいけないところもあります。

――古民家をDIYでリノベーションするサブチャンネル「【離島移住生活】マサル」でも、さまざまなプロジェクトに取り組んでますね。動画も30本近くになっています。

※マサルさんは古民家でこんなリノベーションを実施

リフォーム1. キッチン編(全12本)
以前からの什器をすべて廃棄し、壁や床も張り替えてリフォーム。水まわりも配管し直してアイランド型に。全長1メートル以上の大型魚にも対応できるキッチンスタジオとして、毒々しすぎる巨大魚、グロテスクすぎる巨大エビ、深海から上がってパンパンの魚(いずれも動画タイトルより)などの調理に大活躍。2020年3月から2カ月かけて完成した後、防音シートや、ワニを捌く設備の増設なども。

リフォーム2. 五右衛門風呂編(全11本)
屋外に放置されていたお風呂を生き返らせて露天風呂を楽しむ計画が、風呂釜そのものが朽ちているなどほぼ全面的なつくり直しとなり、薪をくべる炉の耐熱施工などで苦心も多く、10カ月かかる大プロジェクトとなった。なお、釜全体が鋳鉄製なので正しくは長州風呂と呼ばれるそう。

リフォーム3. 和室編(2本、進行中)
物置き状態だった6畳の和室を片付け、腐っていた床や壁もまるごとリフォームして、音楽の部屋に変貌させるプロジェクト。2021年7月から現在進行中のリノベ企画シーズン3。
当初はそこまでたくさん配信する予定はなくて、片付けの様子を1本か2本くらい配信すればいいかなと思ってたんですが、とてもそんな「片付け」程度では住めない状態でしたね。

――壁や床をはがす動画を見ました。白アリがたくさんいたのが衝撃的でした。

腐っている壁を張り替える(2020年3月26日配信の動画「キッチンが汚すぎるので破壊してみた」より)

腐っている壁を張り替える(2020年3月26日配信の動画「キッチンが汚すぎるので破壊してみた」より)

あそこまで白アリがいるとは、本当に予想外でした。倉庫の床に本を1カ月ほど置いておくと、食い破られてダメになっているんです。それに白アリは年に1度、羽が生えて飛ぶんです。光に向かう習性があって、家の照明にハリケーンのように群がって、終わると死骸だらけ(編集注:羽アリになった白アリは新しい住処を求めて移動する)。これは、しんどいですね。

今になって思えば、白アリは絶対に確認すべきでした。なんとか耐えましたけど、白アリがいる家に住むべきではないと思います。

――かなり辛い状況ですが、引越しは考えなかったんですか?

僕はもともとサバイバルが好きで、YouTubeでもサバイバル企画の動画を出してるように、屋外でも寝られるタイプではあるんです。ましてや古民家には屋根もあるし、一応は大丈夫だったんですが、ショックは大きかったですね。

ただ、3カ月ほど住んでみるとトイレやお風呂も使えなくなってきたので、寝るためだけの家を別に借りてます。築20年程度の2LDKで、デスクワークにも使えますし。

――それならもう最初に借りた古民家は解約してもいいような……。

古民家は物がたくさん置けるところもいいんですよね。漁師をやってるのでその荷物もありますし、車も3台は余裕で停められます。

それに、自分で好きなように何でもいじれる家ってなかなかないですから。リノベーションのために、借りた家の壁を壊すって普通はできないじゃないですか。

知識ゼロから始めたDIY。失敗も学びになる

――かなり本格的にDIYされていますが、そういった知識や技術はどこから得ているのでしょうか?

リノベーションにはインパクトドライバーも活躍(2021年3月20日配信の動画「遂に五右衛門風呂に『えんとつ』を装着!!」より)

リノベーションにはインパクトドライバーも活躍(2021年3月20日配信の動画「遂に五右衛門風呂に『えんとつ』を装着!!」より)

DIYの知識は本当にゼロだったんです。やったことあるのは家具量販店の組み立て家具くらいで、インパクトドライバー(電動ドライバーの一種)を使ったこともなかった。ただ、とりあえずやってみて、その様子を動画にして配信すると、視聴者の方がコメントで全部教えてくれるんです。みんなでつくり上げてるようなものですね。

とはいえ最初に動画を出したときは「素人にリノベーションなんかできるわけないだろ」「やめておけ」みたいなコメントはやっぱり多かったですね。

――DIY知識がない人が「自分でリノベーションをしてみよう」と発想すること自体がすごいと思います。

自己評価が高いのかもしれないですね。「失敗もするだろうけど、やれるだろ」って思っちゃうんです。大工さんも自分も同じ人間だし、調べれば、やれることにそこまで違いはないはず。もちろん、技術では相当劣ることにはなると思うんですが、大まかにならやれるはずだと。

――動画を見ていると、やり方を知らずに失敗して、作業が手戻りしている箇所がたくさんあるのが印象的でした。もっとやり方や技術について勉強してからDIYに取り組んだほうがよかった、とは思わなかったですか?

試行錯誤の繰り返しだった風呂の炉づくり(2021年1月30日配信の動画「五右衛門風呂をぶち壊して生き返らせたい」より)

試行錯誤の繰り返しだった風呂の炉づくり(2021年1月30日配信の動画「五右衛門風呂をぶち壊して生き返らせたい」より)

それはまったく思いません。うまくいかなくて手戻りしたとしても「失敗パターン」を学べているので、失敗ではないんです。だから、落ち込むことも後悔することもないですね。そういう気持ちさえもっていれば「やり続ければ作業はいつか終わる」ことになります。

――マサルさんのモチベーションのよりどころを見た思いです。動画では最初の2カ月で「キッチン」のリノベーションを済ませていましたが、気に入っているところはどこですか?

アイランドキッチンの全景

アイランドキッチンの全景

キッチンはアイランド型にしました。正面でコンロを使っていても、後ろを向けば壁側に作業台もあってまな板と包丁がすぐに使える。この動線はかなり気に入っています。

――リノベーションしたキッチンに自分で点数を付けるとしたら何点ですか?

※↑ 完成したアイランドキッチンでは巨大な魚も調理できる(2021年7月18日配信動画「40kg越えのアカマンボウを解体したら家が大惨事に。。。」)

かなりうまくいったと思っていて、80点ですね。アイランドキッチンなら調理風景を正面からも撮れますから、YouTubeの動画を撮影するときにかなり便利です。

欲を言えばキッチンの床板をはがして、コンクリートを流し込んで「土間」にできたら最高だったと思います。それならデッキブラシで掃除ができますから。実はキッチンのリノベーションを始めたときに考えたんですが、さすがにDIY未経験でそこまでするのは腰が引けてしまって。

あとは、フライヤーやオーブンを置くところをつくっておけばよかったとか、カーテンで隠してる古い窓を壁にリフォームしておけばよかったとか、そういうことは思いますね。

――キッチンの次に取り組んだのは、屋外の五右衛門風呂(編集注:動画でも説明されているが様式としては長州風呂)ですね。動画を見ると、かなり手戻りもあって1年近くかかったようでしたが、実感としてはどういったところが大変でした?

お風呂を覆うガジュマルの木(2020年7月24日配信の動画「五右衛門風呂を覆う巨木を伐採しました。」より)

お風呂を覆うガジュマルの木(2020年7月24日配信の動画「五右衛門風呂を覆う巨木を伐採しました。」より)

もう全部大変ではあるんですが……。まずお風呂のそばに生えているガジュマルの木が邪魔でしたね。あれを短く切っていくのがメチャクチャに面倒くさくて。

それから炉の耐熱に関して、耐火モルタルの扱いには苦労しました。どう使えばいいのか島の誰に聞いてもわからない。かなり試行錯誤しました。

――お風呂に点数を付けるとしたら?

完成した五右衛門風呂(長州風呂)の全景

完成した五右衛門風呂(長州風呂)の全景

あれは50点くらいですかね。入るのは最高なんですが、沸かすのが大変です。薪を入れる炉の容量が小さくなってしまってお湯がなかなか沸かないことと、その炉を掃除できるようにつくらなかったことが残念ですね。

あとは母屋からつながる屋根があれば本当にいいお風呂だと思います。つくりたいとは思っているんですが、ほかにもやることがいろいろあって優先順位は低めになっています。

――リノベーションをしてみて、どういうところに楽しさがあると思いましたか?

自分の思い通りの部屋が実現できるところですね。例えば、キッチンにかなり大きなシンクを取り付けました。これだけのシンクがある部屋を探すのは、なかなか大変だと思います。

それから家の構造がどうなっているかって、僕たちは全然知りませんよね。壁をはがして、床をはがして、こういうつくりになっているんだと初めて理解できる。それが何の役に立つかはちょっとわからないのですが、毎日住んでいる家ですから、構造も知っていたほうが健全だと思うんです。魚を食べるだけじゃなく、捌き方も知ってるように。

――ということは、みんな一度はDIYをやってみたほうがいいですね。

環境が許すならやってみたほうがいいと思います。僕もリノベーションをやる前と後では世界の見え方が変わりました。家や建物を見るときにも、細部に目が行くようになったり、「ちょっと雑かもな」なんてことがわかるようになったりします。

人とのコミュニケーションで生活が成り立っていく

――離島の暮らしについてもお伺いしたいです。以前に住んでいた東京とは違うなと感じたことなどあれば。

言い方が悪いかもしれませんが、東京だったら「お金があれば何でもできる」と思うんです。例えば、家事が面倒になったら家事代行サービスを呼んでみたり。

ところが、離島ではお金を持っていたとしても、まずサービスがないんですね。家事代行サービスなんてないですし、さっき話したように不動産屋さんもない。だから、お金じゃない価値が大切になってくるんです。

例えば「あの人にこれをしてもらったから、あの人にこれをしてあげよう」みたいに、人への思いやりが通貨のようになっているんです。こういうコミュニケーションは東京では味わえないですね。

――なるほど……。離島で暮らす上で必要になってくるものは何でしょうか?

やはりコミュニケーション能力でしょうね。野菜をつくっている人と仲良くなれば、野菜をもらえます。もっと仲良くなれば「晩ご飯食べていきなよ」なんて誘われるかもしれません。

島での暮らしに軽トラがあるととても便利

島での暮らしに軽トラがあるととても便利

僕も島の人から軽トラをかなり安く譲ってもらいました。これを島の外で購入して輸送してもらおうとしたら、輸送代だけでも相当高くつきます。島では逆に、お金はあまり必要ないかもしれませんね。

――ただ、都会から来た人は、そういったコミュニケーションがおっくうになってしまいそうです。

確かに、慣れないうちは大変かもしれません。でも多分、みんなが思っているほどではないですよ。僕も忙しいと思われているのか、飲み会は月に一度誘われるかどうかというくらいです。

――マサルさんはコミュニケーション能力ありそうです。

いや、実は全然そういうタイプじゃないんです。気合いでなんとかしている部分もありますね。ただ、離島で暮らす以上、基本的にそういったコミュニケーションは楽しむようにしたほうがいいです。いろいろな人とつながりをもつ世界を知ると、逆に以前の東京の暮らしの生きづらいところを感じるようにもなりました。

離島の人に恩返しをしていきたい

――これから離島でやってみたいことはありますか? 古民家のリフォームは「和室」編に突入してますね。

現在リノベーションしている和室は、ピアノを置けるようにしたいんです。そこまで得意というわけではないんですが、中学校のときに合唱コンクールで伴奏したこともありますし、置いてあったらきっと弾きたくなるはずです。そのため、部屋にどのくらいまで防音の機能をもたせられるかにもチャレンジしたいですね。

あとは、囲炉裏やバーベキュー場をつくりたい。友達が遊びに来たときに時間を共有できるような場所をつくっていきたいと思っています。

――島の人とのかかわりにおいてはどうでしょうか?

この島に来て、水産関係の人たちにものすごくお世話になりました。僕は漁協に入っていますが、それには漁師の保証人が必要なんです(編集注:条件は地域による)。だから「マサルを漁師にしてあげよう」という漁師さんがいなかったら、僕は今の活動ができていません。

それから、YouTubeで珍しい魚を捌く動画も上げていますが、全てが自分が突いたわけではなく、一般の人が買えないような魚もあります。それは仲買の人が僕に買ってきてくれるんですね。

でも、水産関係でお金を稼ぐのは今なかなか難しいんです。特に漁師を専業で続けていくのは厳しいです。さらに最近は新型コロナウイルスの流行で、魚の価格が大幅に下がってしまっています。

マサルさんが実施したクラウドファンディングでは1,000万円が集まった

マサルさんが実施したクラウドファンディングでは1,000万円が集まった

そこで、クラウドファンディングで資金を集めて、水産加工場を立ち上げるプロジェクトを立ち上げました。最終的には水産物の販路をつくって、離島の人たちに恩返しをしたいですね。

――最後に、このインタビューで離島に興味をもった人がいたら、どういったメッセージを送りますか?

興味があって悩んでいるのなら、やってみたらいいと思います。うまくいかないこともあるかもしれませんが、やってみてから考えたらいいんじゃないでしょうか。やらないで後悔するより、そのほうがずっといいと思います。

――マサルさんに言われると納得感がすごいです。本日はありがとうございました。

●取材協力
素潜り漁師マサル
●Twitter: @masarumoritsuki
●YouTube(メイン): 【素潜り漁師】マサル Masaru.
●YouTube(サブ): 【離島移住生活】マサル
●クラウドファンディング: 【素潜り漁師マサル】島の漁師たちが稼げるようにしたい!

無重力猫ミルコの家!DIYで注文住宅を“猫の巨大なジャングルジム”へ

元気に美しく空中を舞う姿がSNS等で話題の「無重力猫・ミルコ」をはじめ5匹の猫と暮らす、中川ちささん。猫を迎えてから、DIY未経験だった夫が猫トンネルやキャットウォークなどを家中に巡らせ、シンプルな注文住宅が激変!「自分たちの手でここまでできるの?」と驚く「猫の巨大ジャングルジム」のような家ができるまでのストーリーと、素人でもトライできる「猫のためのDIY」について話を伺いました。

「初めて猫を飼う不安」より目の前の猫の可愛さが勝り5匹の親に

TwitterやInstagramで人気の「無重力猫ミルコの家」を発信している中川ちささん。中川夫妻は15年前に、たくさん持っていた絵が映えるようにと、ダークブラウンと生成り色の壁でコーディネートしたシンプルシックな注文住宅を建てました。「いつか猫か犬を飼いたい」と思っていたことを知る友人から、「里親を募集している子猫の引き取り手がいなくて困っているから見に行こう」と誘われて会いに行きました。2人とも猫との暮らしがどういうものか分からなかったこと、壁や家を汚されるのではないかという不安はありましたが、猫のあまりの可愛さにほだされて、その場で迎え入れることを決意したのです。

猫専用通路を張り巡らせた家で、ミルコを抱いた中川ちささん(写真提供/中川ちささん)

猫専用通路を張り巡らせた家で、ミルコを抱いた中川ちささん(写真提供/中川ちささん)

「里親を募集していたのはオスとメスの2匹でしたが、夫が仲のいい2匹を引き離すのはかわいそうと言うので、2匹を同時に連れて帰ることにしました。飼う前は不安があったのに、実際暮らしてみたら癒やししかありませんでした」(ちささん)

2012年にうしお(オス)とピーチ(メス)と暮らし始め、1年後にベンガルのレオン(オス)を、2015年に駐車場でひろったミルコ(オス)も加わり、2017年に保護猫シェルターにいたロッケ(オス)を迎えました。ロッケは子猫のころから腎臓の持病があることが分かりましたが、獣医師に診てもらい、投薬を続けながら普通の生活ができています。「猫の飼いやすさは個体差があって何匹なら飼いやすいとは言えませんが、病気になったときのことなどを考えると、うちで飼えるギリギリは5匹です」

飛び跳ねるポーズがダイナミックで美しい白猫のミルコ(写真撮影/中川ちささん)

飛び跳ねるポーズがダイナミックで美しい白猫のミルコ(写真撮影/中川ちささん)

(写真撮影/中川ちささん)

(写真撮影/中川ちささん)

ユニークだったのは、躍動的に飛び跳ねるミルコでした。その写真を撮影してちささんがSNSに投稿するとたちまち話題になり、出版社からのオファーで「無重力猫、ミルコ」の名前が入った写真集が2冊発売され、「バレリーナのような猫」と海外でも話題に。ちささんは、「もっと猫について正しい知識を得たい」「猫と暮らす住まいについて学びたい」と、愛玩動物飼養管理士、ペット共生住宅管理士の資格を取得。猫との暮らしに関するコラムを執筆したり、猫イベントに呼ばれて参加するなど生活が一変したのです。

釘やビスを使わず組み立てた初めてのDIY作品「猫棚」

夫は週末DIYを始め、住まいは猫仕様に変わりました。リビング・ダイニング・キッチンを見ていきましょう。

猫トンネル、キャットウォーク、スケルトンキャットウォーク、本棚兼キャットタワーへ、家中を走り回れる住まいになった(写真撮影/中川ちささん)

猫トンネル、キャットウォーク、スケルトンキャットウォーク、本棚兼キャットタワーへ、家中を走り回れる住まいになった(写真撮影/中川ちささん)

DIYを始めたきっかけは、猫を完全な室内飼いにしたこと。「猫が3匹だったころ、庭で木登りをしたりして遊んでいるうちに塀を越えて隣の庭に入ってしまって。ご近所に迷惑をかけてはいけないと、庭に出さないことを決意しました。すると、外遊びができなくなった猫たちが淋しそうで、猫たちが家の中で楽しく遊べるようにと、夫がDIYを始めたのです」

DIY未経験の夫が初めてつくったのは、ちささんが欲しかった本棚と、猫たちが上り下りできる遊び場の2つのニーズを叶えた「猫棚」でした。収納したかった本が収まり、色合いもデザインも部屋になじんでいます。

初めてつくった猫棚(右)(写真撮影/中川ちささん)

初めてつくった猫棚(右)(写真撮影/中川ちささん)

「猫棚は、これまでつくったDIY作品の中でも最も苦労したものです。初めてで分からないこともあって、DIYは釘やビスを使うと猫が爪を傷めないかと心配で、ビスや釘を一切使わず、木と木の凸凹を組み合わせるほぞ組みで組み立てました。今考えると取り越し苦労でした」と夫。

作業は仕事がオフの週末だけ。実際の制作時間は短いものの、構想に時間がかかるそう。「『こういうものをつくりたい、欲しい』と思いついてからプランを練って作業に入るまで2、3カ月かかります。デザインが決まったら、サイズ、手順、必要な材料などを考えてメモして、完成イメージが決まれば、ホームセンターで材料を買って作業に入ります。作業時間は物にもよりますが、だいたい数日でできます」(ちささん)

細かいことが得意だという夫が描いた自分用のメモのような設計図(写真撮影/中川ちささん)

細かいことが得意だという夫が描いた自分用のメモのような設計図(写真撮影/中川ちささん)

Excelでつくった猫棚の立面図。ここまでできれば完成が見えてくる(画像提供/中川ちささん)

Excelでつくった猫棚の立面図。ここまでできれば完成が見えてくる(画像提供/中川ちささん)

猫棚の扉の取っ手を猫型にくり抜いたのはちささんの希望。細かいところも愛がキラリ(写真撮影/中川ちささん)

猫棚の扉の取っ手を猫型にくり抜いたのはちささんの希望。細かいところも愛がキラリ(写真撮影/中川ちささん)

もともとあった丸窓の前のステップ台とカーテンレールの上のキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

もともとあった丸窓の前のステップ台とカーテンレールの上のキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

壁に穴を空けて部屋から部屋へ抜けて遊べる「猫トンネル」

夫が猫棚の次につくったのは猫専用通路「猫トンネル」でした。猫を飼ったことがある人は分かると思いますが、猫は狭い所、高い所、隠れられるところが大好きです。中川家の猫トンネルは、壁に穴を空けて、壁を通り抜けて隣の部屋や1階と2階への行き来をショートカットできる猫専用通路。「あそこの壁に穴をあけよう」と夫が言い出して、リビングの小さな吹抜けから2階の寝室に抜けるトンネルをつくりました。

くぐったりお昼寝したりできるトンネルは猫たちに人気(写真撮影/中川ちささん)

くぐったりお昼寝したりできるトンネルは猫たちに人気(写真撮影/中川ちささん)

食器棚の上から階段へ続く猫トンネル。くぐるミルコの後ろ姿が可愛い(写真撮影/中川ちささん)

食器棚の上から階段へ続く猫トンネル。くぐるミルコの後ろ姿が可愛い(写真撮影/中川ちささん)

上の写真のトンネルを抜けるとそこは階段。『マツコ会議』(日本テレビ系列)で紹介されたトンネルは穴から顔だけ出したり、覗いたりして遊べる(写真撮影/中川ちささん)

上の写真のトンネルを抜けるとそこは階段。『マツコ会議』(日本テレビ系列)で紹介されたトンネルは穴から顔だけ出したり、覗いたりして遊べる(写真撮影/中川ちささん)

「猫トンネル」のつくり方を教えてもらいました。

猫トンネルのつくり方
(1)壁に穴を空ける前の準備として、壁の中の間柱を調べる機器「下地センサー」で柱がない場所を確認して、壁の中が空洞になっている部分に穴をあけます。電気配線が通っていそうな場所を避けるよう注意。
(2)猫の胴回りなどのサイズから、(4)の塩ビパイプのサイズ(直径)を決めます。
※塩ビパイプは決まった規格があるので、塩ビパイプに壁の穴の大きさ(5)の木枠の穴の大きさを合わせます。
(3)引き回しのこぎりで壁(入口と出口になる壁)に同じ大きさの穴をあけます。
(4)貫通した壁に塩ビパイプを通します。
※塩ビパイプは、下水道管や土木管など、排水や輸送配管として使われる建築資材です。
(5)円の周囲に木枠を当てて木工用ボンドで接着して完成。

写真のようにトンネルの木枠の色は、部屋のテイストと合わせてペイントしています。「1階のリビングから寝室へ続く道、リビングから夫の部屋に続く道、キャットウォークからキャットウォークに続く道、そして食器棚から階段に続く道と、家では4つも猫トンネルをつくってしまいましたが、失敗したら大変なので、おすすめはしません」と、ちささん。つくる際は、自己責任で正確かつ慎重に行う必要があります。マンションは自分のモノでも、外周壁や戸境壁は共用部分になるため、穴をあけられません。また、住戸内の壁も、管理規約で穴をあけることが禁止されている場合があるので確認が必要です。

猫も人も楽しめる天井の下の猫専用通路「キャットウォーク」

猫トンネルをくぐる猫たちの姿を見て、もっと駆け回れる範囲を広げたいと、夫はキャットウォークに着手しました。キャットウォークは、猫たちの専用歩道のようなもので、室内飼いの猫の運動不足、ストレス解消にもうってつけ。猫の飼い主が注文住宅を建てるときに要望が多いアイテムです。中川家は、ウォーキングコースを増設するようにキャットウォークを次々とつくり、猫の動線を伸ばしていきました。

板を棚受け金具で留めただけのシンプルなキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

板を棚受け金具で留めただけのシンプルなキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

キャットウォークを製作中の夫と作業を見守るレオン(写真撮影/中川ちささん)

キャットウォークを製作中の夫と作業を見守るレオン(写真撮影/中川ちささん)

猫好きが大好きな「肉球」を下から見放題のスケルトンキャットウォークは、透明な椅子に猫をのせて肉球の写真を撮っていたちささんが、肉球が歩く様子を見たいと要望して、夫が製作したもの。写真のように真っすぐ一直線に長くするのではなく、角度をつけているのは猫が全速力で走って、勢い余って落ちたりすることがないようにとスピード抑制対策です。また、アクリル板と木の枠の間にナットをはさみ少し隙間をあけたことで猫たちの抜け毛が溜らずに落ちて、植物や飾りを吊るすこともでき、一石二鳥でした。

アクリル板と木の枠の間に隙間を確保するのがポイント(写真撮影/中川ちささん)

アクリル板と木の枠の間に隙間を確保するのがポイント(写真撮影/中川ちささん)

キャットウォークの両脇に設けた木の枠は特別な部屋のよう(写真撮影/中川ちささん)

キャットウォークの両脇に設けた木の枠は特別な部屋のよう(写真撮影/中川ちささん)

上の写真はキャットウォークの支柱を枠上にデザインしたものですが、猫たちが手やあごをのせて休むのにちょうどよいスペースになりました。

形を変えるとキャットウォークにもなる「見晴らし台」のつくり方
窓際の高い所から外を眺める「見晴らし台」(写真撮影/中川ちささん)

窓際の高い所から外を眺める「見晴らし台」(写真撮影/中川ちささん)

パーツをステインで着色。パーツは正確に丁寧に切り出す(写真撮影/中川ちささん)

パーツをステインで着色。パーツは正確に丁寧に切り出す(写真撮影/中川ちささん)

天井や壁に穴をあけるのはちょっと困るという方のために、簡単につくれるキャットウォークを教えてもらいました。もともとカーテンレールの上を平行棒のように歩いたり、カーテンを上るのが好きな猫も多くいます。カーテンレールの上に細長い板を置いて、U字型のサドルバンドで留めて固定すれば完成。設置する前には、カーテンレールが壁にしっかり固定されているか念のため確認しましょう。

これなら、マンションでも穴をあけずにつくれますね。ただし、カーテンレールの上のキャットウォークまで上れる、足掛かりになるものを用意してあげましょう。

カーテンレールの上のキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

カーテンレールの上のキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

サドルバンドでカーテンレールと板をしっかり固定してつくったキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

サドルバンドでカーテンレールと板をしっかり固定してつくったキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

人と猫の喜ぶものを次々とつくり広がる「猫パラダイス」

中川家は、長年使っていた食器棚の一部を活かして食器棚を新たに製作し、食器棚の上をキャットウォークにしました。普通なら、人と猫が使うものは別で、空間が狭くなりがちですが、キャットステップ兼用の本棚も同様に、猫の遊び場と人の使い勝手が調和しています。

キャットウォークから食器棚の上のキャットウォークへ、さらに猫トンネルを通って階段に出られる(写真撮影/中川ちささん)

キャットウォークから食器棚の上のキャットウォークへ、さらに猫トンネルを通って階段に出られる(写真撮影/中川ちささん)

キャットステップ兼用の本棚には猫トンネルや隠れ場所もある(写真撮影/中川ちささん)

キャットステップ兼用の本棚には猫トンネルや隠れ場所もある(写真撮影/中川ちささん)

見晴らし台やキャットウォークへアクセスするのに便利な螺旋階段(写真撮影/中川ちささん)

見晴らし台やキャットウォークへアクセスするのに便利な螺旋階段(写真撮影/中川ちささん)

中川家のDIYがステキなのは、夫、妻、猫たちの三位一体の作品だから。妻が欲しいものと猫たちが喜ぶことを頭に描きながら、時間と手間をかけて形にする夫。ときには製作を見守り、完成したらうれしそうに使う猫たち。最近は色を塗ったりするなどの作業を手伝うこともある妻は、猫たちが作品を使う様子を撮影してSNSで発信。「真似したい」「つくり方を教えて」という問い合わせが多く、誰かの役に立つならと、目で見て分かりやすいYouTubeでつくり方を発信し始めました。

夫が仕事から帰ってくると、最短ルートのキャットウォークを駆使して、猫たちが玄関まで走って出迎えるそう。「DIYの面白さは、自分のセンス、知識、技術を自由に発揮できること。難しいのは、見栄えと機能性をどう両立させるかですが、だからこそやりがいを感じます。猫たちはキャットウォークで昼寝をしているか、走り回っているか、存分に活用してくれるのもうれしく、つくり甲斐があります」(夫)

夫が庭で作業する様子を並んで見守っている猫たち(写真撮影/中川ちささん)

夫が庭で作業する様子を並んで見守っている猫たち(写真撮影/中川ちささん)

「何をつくっているのかにゃ?ボクたちのもの?」と、興味津々な猫たちに見守られて作業するのは楽しいもの。けれども、仮止めした製作途中の作品に猫がのらないよう注意が必要です。

15年前に注文住宅を建てた中川さんは、猫5匹の大家族になり生活スタイルも変化、時とともに家具やインテリアの好みも変わったそうです。「注文住宅を建てるときにもし猫たちがいたら、全然違う家を建てていたと思います。例えば、猫のトイレと人のトイレを近くに置きたかったですが、後から変えられる部分と変えられない部分があります。DIYにトライして、失敗したら自己責任でやり直しての繰り返しで、家とともに自分たちも成長してきました。これからも少しずつDIYのアイテムを増やしたいです」と、ちささん。

家の購入、注文住宅は完成・引き渡しがゴールではありません。変化するライフスタイルや好みに合わせて自らが手を加え工夫して、家族が喜ぶ家にカスタマイズしていく。そして、家族の豊かなおうち時間を過ごし思い出を育む、そこからが「世界にたったひとつのわが家づくり」はずっと続いていくのです。

●無重力猫ミルコのお家
●Instaglam

新店ラッシュの千葉県館山市で何が起きてる? 一人の大家から“自分ごと化できるまち” へ

自分のまちが静かに寂れていく。やるせない気持ちになるけれど、どうしようもない。道路ができて便利になった。そのぶん駅前の店は1軒減り、2軒減り。ふと気づけば私たちはたくさんの居場所を失っている。同じような状況が日本各地にある。

ところがそれに逆行して、新しい店が次々に生まれているまちがある。千葉県館山市。中心街に今年新たに4軒、ここ2年でみれば7軒の店がオープンした。マイクロデベロッパーを称する漆原秀(うるしばら・しげる)さんの働きかけで“まちを自分ごと化する”という流れが形になり始めている。いま館山で起きていること、これまでを聞いた。
tu.ne.Hostel隣の「常そば」は、夏の間、期間限定で「SOMEN BAR」に(写真撮影/ヒロタケンジ)

tu.ne.Hostel隣の「常そば」は、夏の間、期間限定で「SOMEN BAR」に(写真撮影/ヒロタケンジ)

初めてのご近所づきあいで知った、心強さ

東京湾の青い海をアクアラインで横切り、濃い緑の山々を抜けて房総半島を南下する。新宿からバスで1時間半。海まですぐの立地だけあって、館山は潮風の吹く明るいまちだった。あちこちに残るレトロで小洒落た風の建物は、ここがリゾート地だった名残でもある。

駅から10分ほど歩くと、漆原さんの運営する「tu.ne.Hostel」の白い壁が見えてくる。元診療所だった建物をリノベーションしたゲストハウス。
それ以外にも、お隣の立ち食いそば屋「常そば」。向かいのビル2階にはtu.ne.の別館。図書室やシェアハウスなど、徒歩10分圏内に新しい施設や店をオープンさせてきた漆原さん。
周囲から “ウルさん”と呼ばれるこの男性、いったい何者なのだろう?

マイクロデベロッパー、漆原秀さん(写真撮影/ヒロタケンジ)

マイクロデベロッパー、漆原秀さん(写真撮影/ヒロタケンジ)

「浅井診療所」だった痕跡をそのまま残す、ゲストハウス「tu.ne.Hostel」(写真撮影/ヒロタケンジ)

「浅井診療所」だった痕跡をそのまま残す、ゲストハウス「tu.ne.Hostel」(写真撮影/ヒロタケンジ)

漆原さんの称するマイクロデベロッパーとは、大きな開発ではなく、リノベーションによって小さな拠点を再生し、その点と点をつなぐことで人の営みを取り戻し、エリアの価値をあげていこうとする事業者のこと。

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

初めて手がけたのは、賃貸住宅「ミナトバラックス」だった。

「館山に移住してきたのは4年半ほど前です。以前は都内のIT系企業に勤めていたんですが、仕事のストレスでパニック障害になってしまって。子どもも小さかったし、違う生き方を考えないといけないなって。もともと趣味だったDIYと不動産投資をかけ合わせて仕事にできないかと、本気で勉強しました。館山には両親のために建てた家とアパートがあって、その隣の官舎をコミュニティ型賃貸住宅にできたらいいなと思ったのが始まりです」

もと公務員宿舎だった、団地のような外観の「ミナトバラックス」(写真撮影/ヒロタケンジ)

もと公務員宿舎だった、団地のような外観の「ミナトバラックス」(写真撮影/ヒロタケンジ)

DIYで共用スペースを改修し、「DIY自由、原状回復義務なし」の物件として入居者を募集したところ、全13戸のうち11戸はすぐに埋まった。県北からの移住者が多く、映像クリエイターや翻訳者などの自営業者、勤め人など、単身者から子育て世帯までさまざまな人たちが暮らしている。
漆原さんも大家として、妻と当時8歳だった娘さんと3人ですぐそばの家に暮らし始めた。

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

隣の空き地にはミナトバラックス住民向けの「ミナ畑」も。(写真撮影/ヒロタケンジ)

隣の空き地にはミナトバラックス住民向けの「ミナ畑」も(写真撮影/ヒロタケンジ)

このミナトバラックスの入居者との交流が、漆原さんにとって人生で初めてのご近所付き合いになった。

「七夕や夏祭り、ハロウィーン、バーベキューなど、しょっちゅうみんなで集まってイベントしたり、食事したり。これが想像以上に楽しくて居心地がよかったんですよね。うちの娘は一人っ子ですけど、一気に妹や弟、親戚のおじちゃんおばちゃんができたみたいで」

コミュニティを運営するには、入居者のやりたいことをサポートするのが一番だと気付いた。子育て中の女性の提案から美容師を呼んで出張ヘアカット会を開いたり、月に一度はマッサージ会を行ったり。共用スペースで入居者の作品展を行ったこともある。

「令和元年の房総半島台風の時には、停電の不安な夜を、ろうそくを囲んでみなで過ごしました。水も止まったので、隣のアパートのシャワーを使えるようにしてあげて。冷蔵庫の食材がいたむ前にみんなで食べようってバーベキューをしたり」

親戚のようなご近所の存在が、心強く感じられた体験でもあった。

ミナトバラックスの共用スペース。漆原さんがDIYで改修した(写真撮影/ヒロタケンジ)

ミナトバラックスの共用スペース。漆原さんがDIYで改修した(写真撮影/ヒロタケンジ)

大家さんからマイクロデベロッパーへ

こうして暮らすうちに、不動産投資に対する考え方も変わっていったという。

「“ミナバラ”で起こっていることがもう少し広い、まちの規模で起これば、館山全体が変わるんじゃないかと思ったんですよね。お金だけの投資が目的じゃなくなってきて。もちろん物件を購入する時は多額の借入をします。だけど収支計画を立てて回収できる絵を描けば銀行も融資してくれますし、それほど怖いことではないんです」

そうしてミナトバラックスに続いてtu.ne.Hostelを開業後、今度は元薬局だったまちのシンボルのような建物「CIRCUS」のリノベーションに着手。1階は大量に残っていた戦時中の蔵書を活かした戦争資料館「永遠の図書室」を2020年3月に、2階以上はシェアハウスとして2021年5月にオープンした。図書室の取り組みはNHKなど広くメディアでも取り上げられた。

「私利私欲じゃなく、公的な意味でやっている面が初めてまちの人たちにも伝わったのではないかと思います。たまたま見に来てくれた女性が働いてくれることになって。戦争という少し重いテーマなんだけど、若い人がフロントに居ることで、気軽に立ち寄ってお茶を飲んだり、勉強するようなサードプレイスとしても活かしてもらえるんじゃないかと」

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

台風の後、まちの中心部が真っ暗だったときには、CIRCUSの屋外にイルミネーションを灯し続けた。それを見てほっとしたと言ってくれる人もいた。

例えばシェアハウスの住人がまちの床屋へ出向く。お金を落とすだけでなく、床屋のご主人と言葉を交わす。そんな小さなアクションの連続でまちは成り立っていて、建物が空き家のままでは何も生まれない。

もと薬局だった建物。1階が「永遠の図書室」、2階はシェアハウス(写真撮影/ヒロタケンジ)

もと薬局だった建物。1階が「永遠の図書室」、2階はシェアハウス(写真撮影/ヒロタケンジ)

面白い大家さんが増えれば、まちは楽しくなる

「まちって、土地建物の所有者のつながりでできているんだなって気付いたんです。だから物件オーナーや大家さんにもっと新しい挑戦をする人が増えれば、まちも楽しくなるんじゃないかなと」

漆原さんには、いつか館山で開催できたらと思い描くプロジェクトがあった。全国80カ所近くで行われてきた「リノベーションスクール」。空き家や空き店舗を活かすためのアイデアを参加者が考え、オーナーに提案して実現をめざす実践型の遊休不動産再生事業である。

「でもリノベーションまちづくりに取り組んでいるのは、全国でも数十万人規模の、都道府県の代表か中堅にあたるような市町村がほとんど。人口4万5000人の館山では難しいだろうなぁと思っていました」

ところが物件のリノベーションを進めるうちに、同じような想いをもつ人たちと知り合っていった。地元の有力企業の後継者や行政職員、NPO従事者などさまざまな顔ぶれ。そうしたメンバーと合宿や視察を重ね、ついに市の主催でリノベーションスクールが開催できることになった。漆原さんは実行委員として尽力した一人。後に地域おこし協力隊として担当者になった大田聡さんに「突然だけど、館山に来ない?君しかいない」と、公募情報を提供したのも漆原さんだった。

2020年1月に第1回目のリノベーションスクールが開催され、その後1年半で館山に新しい店が3軒も生まれたことを考えれば、漆原さんがつないだ縁は大きい。

tu.ne.Hostelの向かいのビル1階には大田さんが開いた明るく開放感のある「CAFE&BAR TAIL」、その奥にはクラフトジンの製造所ができた。少し離れた場所には内装の9割が古材でつくられ、10年来そこにあったような雰囲気を醸すナイトバー「WEEKEND」がオープン。これもリノベーションスクールで結成したチームが手がけた。

そして、やはりまちづくりリノベーションの講演会を聞いて、「自分も実家があるのだから、まちの当事者だと気付いた」という都内勤務の男性が、退職後に自宅の一部を改装してカフェ&ガーデン「MANDI」をオープンさせた。

いま、館山では、2年前には想像もつかなかった開店ラッシュが起きている。

2021年7月半ばにオープンしたばかりのナイトバー「WEEKEND」(写真撮影/ヒロタケンジ)

2021年7月半ばにオープンしたばかりのナイトバー「WEEKEND」(写真撮影/ヒロタケンジ)

この建物のリノベーションを進めたWEEKENDオーナーの上野彰一さん(右)と、合同会社すこっぷの白井健さん(左)(写真撮影/ヒロタケンジ)

この建物のリノベーションを進めたWEEKENDオーナーの上野彰一さん(右)と、合同会社すこっぷの白井健さん(左)(写真撮影/ヒロタケンジ)

庭の緑がきれいな、カフェ&ガーデン「MANDI」(写真撮影/ヒロタケンジ)

庭の緑がきれいな、カフェ&ガーデン「MANDI」(写真撮影/ヒロタケンジ)

こうして店の増えているエリアは、古くからの地名「六軒町」をもじって「ROCK‘N’CHO」とも記される面白いエリアになりつつある。

かっこいいパパで居るために

それにしてもなぜ、生まれ故郷でもないまちにそこまで深くコミットできるのか。

「子どもが生まれた時、この子が20歳になるまで、僕はなんとしても生きて、稼ぎ続けなきゃいけないんだなって思ったんですね。それも家賃収入でまったり暮らせればいいとかじゃなくて、やっぱりかっこいいパパでありたい。かっこいいって、挑戦し続けることじゃないかなって思ったんです。

さらに言えば、シャッター街を横目に、このまちに未来があるとは、子どもたちにとても言えない。それで変な責任感がわいてきたところもあります」

いまtu.ne.Hostelでは、漆原さんのあとを担う、二代目マネージャーを募集中。ゲストハウスはその人に任せて、漆原さんはもう少し広い視野で館山の駅周辺を活性化する事業を手がけていきたいと考えている。駅前の空きテナントビルを活用するために、仲間とともにリノベーションまちづくりを進める家守会社を新たに立ち上げた。

漆原さんとともにリノベーションまちづくりを進めてきた一人、地場企業の後継者の一人でもある本間裕二さん(右)。駅前の空きテナントビルを利活用するプロジェクトを進める(写真撮影/ヒロタケンジ)

漆原さんとともにリノベーションまちづくりを進めてきた一人、地場企業の後継者の一人でもある本間裕二さん(右)。駅前の空きテナントビルを利活用するプロジェクトを進める(写真撮影/ヒロタケンジ)

「僕自身、今しかできないこと、僕にしかできないことをやろうと思っていて。
関わる相手の『居場所』と『出番』を用意することを意識しています。安心していられる居場所と、その人が自分の役割を見出して、ここなら役に立てるという出番。

それをつくるのも今の自分ができること。そこに自分自身の居場所と出番もあると思う。いまの仕事は、その対価がお金だけじゃなくて、信用とか、感謝とか、別の形でかえってくるのが、とても心地いいんです」

取材の間、どこへ行っても「ウルさん」と親しげに声をかけられていた漆原さん。暮らすまちに自分の居場所と出番があれば、人は何より幸せを感じられるのかもしれない。

■連載【生活圏内で豊かに暮らす】
どこにいても安定した同じものが手に入る今、「豊かな暮らし」とは何でしょうか。どこかの知らない誰かがつくるもの・売るものを、ただ消費するだけではなく、日常で会いに行ける人とモノ・ゴトを通じて共有する時間や感情。自分の生活圏で得られる豊かさを大切に感じるようになってきていませんか。ローカルをテーマに活動するライター・ジャーナリストの甲斐かおりさんが、地方、都市部に関わらず「自分の生活圏内を自分たちの手で豊かにしている」取り組みをご紹介します。

●取材協力
tu.ne.Hostel

猫マスター響介さんが叶えた“猫ファースト”の注文住宅。賃貸ワンルームから猫御殿まで変遷も紹介!

ブログ「リュックと愉快な仲間たち」やTwitterで、可愛い愛猫の写真とユニークな文章が人気の猫マスター兼作曲家の響介さん。20代前半はワンルームのアパートに住んでいましたが、5匹の猫を飼い始めてからなぜか運気が上がり、本気度も急上昇。猫のための豪邸(一戸建て)を建ててしまいました。その家づくりをまとめた書籍『下僕の恩返し』(ビジネス社 刊)も好評発売中です。猫のためにこだわりつくした注文住宅を建てるまでのストーリーを聞きました。
猫5匹と暮らし、賃貸ワンルームから100平米のマンションへ

子どものころ、家に帰る途中でついてきた猫を飼いたいと言ったところ、母親に怒られて、元の場所に戻しに行ったことが忘れられずに「いつか猫と暮らしたい」と思っていた響介さん。実家を出てアパート暮らしを始めて、ようやく猫を飼える環境になりました。

そんな時、たまたま目に入った里親募集の広告に載っていた2匹の猫にひと目惚れして、身体に衝撃が走ったそう。「この子たちはうちにくる、絶対この子たちと暮らすんだ」とすぐに電話をかけて、翌日迎えに行きました。

猫専用のソファで人間のようにくつろぐ2匹は、最初に恭介さん宅に来た保護猫のリュックとソラ(画像提供/恭介さん)

猫専用のソファで人間のようにくつろぐ2匹は、最初に恭介さん宅に来た保護猫のリュックとソラ(画像提供/恭介さん)

その後も行き先が決まらない保護猫を2匹引き取り、「もうこれ以上増やせない」と思っていたところ捨て猫と出会い、猫5匹との同居生活が始まりました。「当時はワンルームの賃貸アパート住まいで、楽器や機材、漫画、キャットタワー、おもちゃもあり、寝るときは僕の頭の周りに5匹が囲むように寝ていました。家の中を1、2歩歩くと壁にぶつかる約8畳(約26平米)のワンルームで、運動もできないし健康にも良くない環境でした」

面積に対する猫の人口密度(猫密度)が高かった賃貸アパート時代。「狭かったから5匹が仲良くなれたのかも?」と振り返る(画像提供/響介さん)

面積に対する猫の人口密度(猫密度)が高かった賃貸アパート時代。「狭かったから5匹が仲良くなれたのかも?」と振り返る(画像提供/響介さん)

「このままでは猫たちがかわいそう、と思っても、当時は仕事の芽が出ず、録音機材を含む設備投資や楽器代などで1000万円もの借金がありました。それでも、30歳までには家を建てよう、絶対建てる!という謎の自信がありました」と響介さん。「念ずれば叶う」のか、「猫たちを幸せにしたい」という意識の変化か、仕事の調子がぐんぐん良くなってきたのです。

「まずは猫たちが走り回れる広さのマンションを買おう」と突然思いたった響介さんは、約100平米のマンションの購入を決断。25歳で、音楽制作の仕事部屋のひと部屋以外はすべて5匹の猫たちが自由に走り回れる、広々とした4LDKのマンションを、なんと現金一括払いで手に入れたのでした。

猫とテレビを同時に見られる壁とアウトドア気分の“庭部屋”をつくった

響介さんにとってマンション購入は注文住宅への通過点でしたが、「自分の持ち家ができると気持ちは変わって、一気にいろいろやりたくなりました」とDIYやインテリアに凝り始めました。下の猫部屋も一例です。

猫のためだけのひと部屋。悠々とくつろぐ猫たちの姿を見るのは何よりの喜び(画像提供/響介さん)

猫のためだけのひと部屋。悠々とくつろぐ猫たちの姿を見るのは何よりの喜び(画像提供/響介さん)

2匹の猫を飼っている筆者も常々経験していますが、猫はパソコンに向かって仕事をしているとパソコンの前やキーボードの上を行ったり来たりしますし、テレビを見ていると「テレビより私を見ニャさい!」と画面の前でポーズをとって立ちふさがります。響介さんは、そんな「かまってちゃん」にデレッとしているだけでなく、「テレビを見ていると、その間は猫が見られない。1秒でも猫を視界に入れたい」と、猫もテレビも同時に見られるようテレビの壁掛けを造作しました。

「壁に穴を開けずにテレビを壁掛けにできるDIYセット」を使うと、初めての人でも簡単にできるそう。さらに、石膏ボードや軽量レンガタイルを貼り、配線を隠す工夫をして、間接照明をしつらえ、インテリアとしてもかっこいい壁に仕上げました。

Before(画像提供/響介さん)

Before(画像提供/響介さん)

After/テレビ台には猫のベッドを置いて、テレビを見ながら愛猫の寝姿も見られるようになった(画像提供/響介さん)

After/テレビ台には猫のベッドを置いて、テレビを見ながら愛猫の寝姿も見られるようになった(画像提供/響介さん)

次につくったのは“庭部屋”。響介さん宅の猫たちは脱走や交通事故などの危険から守るために完全室内飼いです。賃貸アパート時代よりはるかに広いマンションで猫たちは走り回ることができるようになりましたが、「猫たちに外を経験させたい」と、庭を模した部屋をつくることにしたのです。

まるでリゾート(画像提供/響介さん)

まるでリゾート(画像提供/響介さん)

庭部屋には人工芝を敷いて、ウッドデッキを手づくりし、草花のモチーフや切り株のクッションで森の雰囲気を演出しました。キャンプ風に猫テントやランタンも設置しました。天井には星のモチーフを貼り、プロジェクターで外の世界が映るようにしました。

ハンモックに響介さんが寝てリラックスすると、猫たちがお腹や脚に乗ってきます。猫たちとリゾートホテルに遊びに来たような気分が味わえる猫のための部屋。「人間の部屋より豪華」とため息をつく方もいるのではないでしょうか。

30歳までを目標に、理想の家のイメージに向かって着々と準備

マンションに引越してから、猫たちは運動量が増えて筋肉がつき、多少太めだった猫は身体が引き締まり、ストレスも減ったそうです。けれども響介さんは「30歳までに家を建てる」という目標を達成するために、がむしゃらに働き、「こんな家を建てたい」と紙に書いたり、好みの家の写真を保存したりして、家づくりの次のステップの準備を始めました。

30社くらいのモデルハウスを見て、候補を7社にしぼり「猫のための家を建てたい」と相談してプランの提案をしてもらいました。「猫のための家なんて大丈夫?」「フリーランスの音楽家が家を建てるのは無理でしょう」という反応を肌で感じたこともあったそうですが、担当者の年齢が近く、前向きに賛同してくれた建築会社に依頼を決めました。

「家を建てるぞ」と誓ってから約4年、打ち合わせ開始から上棟まで約1年、工期約5カ月、響介さんは31歳で理想の「猫たちを最強に幸せにする理想の家」を実現したのです。

左からピーボ(オス)、ソラ(メス)、ニック(メス)、リュック(オス)、ポポロン(オス)。約150平米と5匹が横並びでも悠々と歩ける新居が完成した(画像提供/響介さん)

左からピーボ(オス)、ソラ(メス)、ニック(メス)、リュック(オス)、ポポロン(オス)。約150平米と5匹が横並びでも悠々と歩ける新居が完成した(画像提供/響介さん)

目標は「人間から見てもカッコイイオシャレな家で、猫のためもしっかり考えている家」。
「猫と暮らす注文住宅」をうたっている建築例には、猫が部屋を自由に行き来できるペット用ドア、壁に造作したキャットウォーク、階段下を利用したトイレスペース、ペット用の壁紙や腰壁、床材、消臭対策などがあります。

けれどもそういった“あるある”にとらわれず、響介さんが5匹の猫たちと暮らした経験をもとにイチから考えたプランでした。「人間が良かれと思うことが必ずしも猫にとっていいとは限らない」という考えのもと、希望条件を箇条書きに。建築基準法でクリアできない部分を除いて希望をほぼ叶えたのです。

約30畳(約100平米)のLDKの一角に設けた画期的な「リビングイン猫部屋」

響介さんならではのアイデアが生かされたプランのひとつに、リビング・ダイニング・キッチンがあります。以下は最初に響介さんが描いたラフです。

1階のイメージ。「画力ゼロのゴミのような図面」と響介さんは謙遜しますが、ポイントはおさえています(画像提供/響介さん)

1階のイメージ。「画力ゼロのゴミのような図面」と響介さんは謙遜しますが、ポイントはおさえています(画像提供/響介さん)

リビングダイニングはできるだけ広い空間を確保するために、1階は玄関、トイレ、LDK(リビング・ダイニング・キッチン)のみ。猫たちが屋外に脱走しないよう玄関との間にはリビングドアを設け、居室と完全に分けています。希望したのは以下の7点でした。

LDKの絶対条件
●LDKは最低30畳以上、壁や仕切りはいらない(猫が追いかけっこするときに邪魔になるため)
●猫たちが窓辺に寝転んで日向ぼっこができるように大きな窓をつくる
●高級マンションさながらのアイランドキッチン(猫たちが周りをぐるぐる回れる)
●テレビの背面壁を造作(猫たちが周りをぐるぐる回れる)
●造作壁の裏側に落ち着ける猫スペースをつくる
●キャットウォークはあらかじめ取り付ける造作ではなく、自分で設置したり取り外せたりするアイテムを設置
●リビングイン階段はスケルトン階段に(常に猫たちが見えるように)

3階建て(画像提供/響介さん)

3階建て(画像提供/響介さん)

内装やインテリアにもこだわり、間接照明を多用したリビング・ダイニング・キッチン(画像提供/響介さん)

内装やインテリアにもこだわり、間接照明を多用したリビング・ダイニング・キッチン(画像提供/響介さん)

LDKの鏡面の床は、以前5匹全員が同じ日にウイルスに感染して10分に1回ぐらい嘔吐物を処理した経験から、掃除のしやすさで選びました。猫にはつきものの吐き戻しも、さっと拭くだけできれいになり、清潔さが保てます。

また、猫は高い所、縦運動が大好きです。キャットウォーク代わりになり運動不足解消に役立つ階段は、響介さんが上下左右から猫を見られるようスケルトン階段にしました。サイドからの落下を防ぐ手摺りも透明なポリカーボネイト製を採用しています。

階段も猫の遊び場。踊り場に窓を設け、日中は自然光で、夜は照明で足元が見えるようにしている(画像提供/響介さん)

階段も猫の遊び場。踊り場に窓を設け、日中は自然光で、夜は照明で足元が見えるようにしている(画像提供/響介さん)

部屋の壁の手前、テレビを掛けているのは造作壁で、周囲はぐるりと回ることができ、リビングと猫スペースをさりげなく仕切る役割も併せ持っています。造作壁の向こうは、猫たちの「遊ぶ、眠る、寛ぐ、トイレをする」スペースで、人と猫がお互いの気配を感じながら自由に過ごし、気になったときは小窓から猫を眺めたり、眺められたり双方向のコミュニケーションができるのです。このアイデアは、子ども部屋にも応用できそうです。

LDKの壁掛けテレビ用の造作壁。上の小窓から猫たちがリビングを見ている(画像提供/響介さん)

LDKの壁掛けテレビ用の造作壁。上の小窓から猫たちがリビングを見ている(画像提供/響介さん)

テレビを掛けた造作壁の後ろの猫スペース。トイレ、遊び場、寝床を設置している(画像提供/響介さん)

テレビを掛けた造作壁の後ろの猫スペース。トイレ、遊び場、寝床を設置している(画像提供/響介さん)

「壁にキャットウォークをあらかじめつくると、猫たちが年をとったときに、ジャンプに失敗して落下してケガをするリスクがあり、再工事が必要となるため、将来の変化に応じて取り外せるキャットステップを採用しました」

それが、六角形や三日月、雲の形など見た目も可愛らしい「MY ZOO」というブランドのもので、DIYで壁をつくると、賃貸でも元の壁に穴を開けずに設置が可能になります。

リビング側から三日月のキャットステップに乗った猫も見える(画像提供/響介さん)

リビング側から三日月のキャットステップに乗った猫も見える(画像提供/響介さん)

可愛くてスタイリッシュなデザイン(画像提供/響介さん)

可愛くてスタイリッシュなデザイン(画像提供/響介さん)

猫スペースの窓際にハンモックのベッドを一列に並べた。直射日光に当たりすぎるのも良くないそうでカーテン越しの光で日向ぼっこ(画像提供/響介さん)

猫スペースの窓際にハンモックのベッドを一列に並べた。直射日光に当たりすぎるのも良くないそうでカーテン越しの光で日向ぼっこ(画像提供/響介さん)

約150平米の3階建ての一軒家には、ほかにも猫のための工夫がいろいろ

2階には響介さんの仕事部屋(音楽スタジオ)、寝室を含む洋室3室、ウォークインクローゼットと、お風呂、トイレ、浴室、ランドリールームを設けました。猫が自由に移動できるようにドアや仕切りは極力少なくしていますが、仕事部屋には猫は入れません。また、柔軟剤のニオイが気化して部屋に充満することは猫の健康に良くないことから、各室に収納を設けずに大きなウォークインクローゼットを別途設け、室内干しをするランドリールームも独立させました。

猫は入室禁止の仕事部屋。防音対策は万全、配線を表に出さずにすっきりさせ、照明にもこだわった(画像提供/響介さん)

猫は入室禁止の仕事部屋。防音対策は万全、配線を表に出さずにすっきりさせ、照明にもこだわった(画像提供/響介さん)

3階には天井高140cmギリギリにして小屋裏収納扱いになる部屋を設けました。ここはマンション時代にも確保した、猫のモノだけを置いた、猫が寝て遊んでくつろぐオールインワンの猫部屋です。勾配天井には空のクロスを貼り、遊園地のように楽しそうな空間になりました。

3階の部屋のイメージを建築会社に伝えたラフ画。部屋の目的は明確(画像提供/響介さん)

3階の部屋のイメージを建築会社に伝えたラフ画。部屋の目的は明確(画像提供/響介さん)

ベッドやトイレを置いた約7.5畳の猫部屋は、たとえ響介さんでも掃除のとき以外は立ち入り禁止(画像提供/響介さん)

ベッドやトイレを置いた約7.5畳の猫部屋は、たとえ響介さんでも掃除のとき以外は立ち入り禁止(画像提供/響介さん)

「トイレは猫の頭数プラス1個は必要と言われています。トイレを我慢するのは健康にも良くないので、したいときにできるように各階に2、3個ずつ、合計6個設置しています。トイレ掃除だけでも大変です」と響介さん。ちなみに各室の壁は消臭効果のあるクロスを採用しています。

爪とぎは、リビングに7個、寝室に4個、廊下に3個、3階の猫部屋には爪とぎ兼ベッドも置いています。他にも、猫のおもちゃ、猫専用のソファ、猫が入れるテーブル兼居場所なども、インテリアになじむオシャレなアイテムを設置しました。

豪邸への引越しに最初は戸惑った猫たちですが、約3、4カ月で新しい住まいと生活に馴れて、我が物顔で家を使いこなしています。

個人事業主でも住宅ローン審査は通る、トラブルは猫愛で解決?

「家が完成するまでは、いろいろなことがありました。猫のためにと一般的な家づくりと違うことを要望して『本当にそれでいいんですか?』と何度も聞かれたり、『猫のために』と思いついて急に変更させてもらったこともありました。

リビングの天井の高さの変更が新しい担当者さんに引き継がれていなくて建築がだいぶ進んでから気づいたりといった予定外のこともありました」と振り返る響介さん。それでも、それらのトラブルは、担当者と円滑なコミュニケーションを常日ごろから取っていたこと、熱い猫愛を冷静に伝えることで乗り越えることができました。

資金面では、フリーランスの作曲家、個人事業主という仕事柄、毎月の収入は一定額ではないため、多少の不安はありました。「住宅ローンの審査基準は明らかにはなっていませんが、どうしたら住宅ローンが借りられるかを考えました。買い物は極力クレジットカードで買い物をして、毎月一定の金額を返済するリボ払いにして、3年間一日たりとも遅れずに返済して、毎月このくらい払えるという実績をつくったんです」

個人事業主だから住宅ローンを組めないということはありませんが、クレジットカードの支払いの延滞履歴がないことは信頼につながります。マンションを持っていることも評価されたかもしれません。努力の甲斐あって住宅ローン審査を無事クリアすることができました。

新居に馴れてソファで大の字になって人間のようにくつろぐリュックくん(画像提供/響介さん)

新居に馴れてソファで大の字になって人間のようにくつろぐリュックくん(画像提供/響介さん)

「愛猫たちを思いきり走り回れるストレスフリーな環境で育てたい」「僕と暮らせて幸せだ、この家に来て良かった」と猫に思ってもらいたい一心で建てた注文住宅。猫たちは保護猫から「ニャンデレラ」になりましたが、響介さんにとっては幸運の招き猫だったのかもしれません。大切なものと出会ったからこそ目標を持ち、人生や働き方、意識が変わり、Twitterで人気を得て2冊の書籍を発売し、豪邸を実現し、理想の未来を切り拓くことができたのではないでしょうか。

徹底した猫ファーストの家ですが、“好き”にこだわって家を建てたり、好きな家族が喜ぶ顔や姿を見たくて家を建てるという観点では、家づくりを検討している人の参考になる点が多くあると思います。響介さんの理想の家づくりのサクセスストーリーはひと段落ですが、新居でのハッピーストーリーはまだ始まったばかりです。

●取材協力・関連リンク
響介(Twitter)
リュック愉快な仲間たち(ブログ)
『下僕の恩返し 保護猫たちがくれたニャンデレラストーリー』

空き家DIYをイベントに! カフェなど地域の交流の場に変える「solar crew」

増え続ける空き家が、社会問題化した昨今。そんななか、「空き家再生のDIYに地域住民を巻き込んでいく」プロジェクトに挑戦し続けている、小さなリフォーム会社がある。「solar crew」と名付けられたこのプロジェクトの仕掛け人、太陽住建 代表取締役の河原勇輝さんに、スタートした経緯や反響、今後の展開について、お話を伺った。
DIYイベントで地域の交流の場づくりの土台に

空き家リノベーションのDIYをイベント化するというプロジェクト「solar crew」。2020年からスタートしたこの事業は、再生された空き家は、オフィスやコワーキングスペース、一部は地域の交流の場として開放され、つくって終わりではなく、使うことで継続的な地域のつながりの場となり、新たな空き家活用法として注目されている。

条件は、Facebookのプライベートグループ「空き家でつながるコミュニティsolar crew」に参加することだけ。参加理由は「DIYに興味がある」「何かしら社会貢献できるようなことがしたい」「子どもの体験として」とさまざま(画像提供/太陽住建)

条件は、Facebookのプライベートグループ「空き家でつながるコミュニティsolar crew」に参加することだけ。参加理由は「DIYに興味がある」「何かしら社会貢献できるようなことがしたい」「子どもの体験として」とさまざま(画像提供/太陽住建)

太陽光発電設置のDIYイベントでは、パネルを貼る工事にも参加できる(画像提供/太陽住建)

太陽光発電設置のDIYイベントでは、パネルを貼る工事にも参加できる(画像提供/太陽住建)

プロジェクトを始めたきっかけは、河野さんが1日限定のDIYのワークショップに初めて行った時の、参加者の意外な反応だったという。
「最初の空き家再生事業で、地域住民の方を対象に、お披露目も兼ねて開催したんです。壁を塗ったり、テーブルをつくったりする簡単なものでしたが、参加者の方から、“解体もやってみたかった””デザインの仕事をしているので、プランを考えてみるところから参加してみたかった”という感想をいただいたんです。こちらとしては、ほぼ出来上がったものを提供するほうが負担がないと考えていましたが、でき上がるまでのストーリーのほうに関心のある人が増えているんだと、新たな発見でした」

共同作業をしながら自然と会話。愛着が生まれる

その後、単発のワークショップではなく会員制(2021年6月末時点で184名)にすることで、DIYのイベントをきっかけに、継続的な関わりが生まれている。
「参加者は、家族で参加している3歳のお子さんから、腕に覚えのある70代の方まで。普段は接点がないような方が、作業をしていると、自然と会話が生まれて、楽しそうなんですよ。特に、普段は何かと会話の外にいるお父さんたちが仲を深めている様子はよく見ます」

自ら工事を手掛けることで、その拠点に愛着がわき、自分のサードプレイスになりやすい利点もある。

DIYイベントの1コマ(画像提供/太陽住建)

DIYイベントの1コマ(画像提供/太陽住建)

(画像提供/太陽住建)

(画像提供/太陽住建)

現在、「solar crew」で再生された空き家は5件。
完成した家は、町内会のイベント、ママたちのランチ会、趣味のワークショップなど、さまざまな使い方がされている。カフェ、シェア型の畑、宿泊もできる施設など、スタイルもさまざま。会員は、その土地のエリア特性に合ったコンセプトづくりから参加できる。
「例えば、このあたりは公園が少ない、子ども連れでも気兼ねしなくていいカフェがほしい、テレワークスペースのニーズがあるなど、その地域の課題を解決できる場でもあってほしいと考えています」

空き家にある畑も活用して拠点へ(画像提供/太陽住建)

空き家にある畑も活用して拠点へ(画像提供/太陽住建)

地域の料理会の様子(画像提供/太陽住建)

地域の料理会の様子(画像提供/太陽住建)

露天風呂のある箱根町のペンションも、昨年末からDIYをし、地域の拠点に。「オーナーさんが、地域のためになるならと賛同していただきました」(画像提供/太陽住建)

露天風呂のある箱根町のペンションも、昨年末からDIYをし、地域の拠点に。「オーナーさんが、地域のためになるならと賛同していただきました」(画像提供/太陽住建)

大家も利用者も“Win-Win”な収支システムを実現

ここまで「solar crew」のメリットに関して解説してきたが、“収支”も気になる。
「空き家のリノベーション費用は当社が負担し、大家さんへは、ほぼ固定資産税程度の賃料を支払っています。このシステムなら、空き家を持て余していた方も参画しやすいでしょう。大家さんの“使わないけれど手放したくない”という切実な思いに応えたいんです」

個人会員は一部のイベント開催は別として、参加費は無料。法人会員は協賛金を支払い、ワークスペースやイベントの開催、ショールームとして使用することもできる仕組みだ。

また、いわば社会問題でもある空き家を活用する事業として、区役所、地域ケアプラザ、社会福祉協議会、町内会からなる「運営協議会」を設け、空き家の活用方法を協議している。
「地域に密着した事業を行う企業は、この場がマーケティングの場となっています。例えば、地元で数店舗の美容室を経営するオーナーの方が、ファンづくりをする場としてイベントを開催するなど、うまく機能していました」

ほかにも、「プレゼンが苦手」という職人気質の個人事業主さんに、大手IT企業勤務の会社員の男性がパワーポイントで資料を作成する業務を副業として請け負ったりと、新たなビジネスのきっかけになることも。
「最初は、大工仕事をしてみたいなぁとか、親子で遊べる場として利用してみようかなぁなどのささいなことがきっかけでも、思わぬ出会い、発見があります。最近では、DIYに興味があると参加した大学生が、どっぷり『solar crew』にハマり、当社にインターンとしてやってくる予定なんです」

地元の美容室による「子ども向けヘアサロン」のイベント。販促の場として活用されている(画像提供/太陽住建)

地元の美容室による「子ども向けヘアサロン」のイベント。販促の場として活用されている(画像提供/太陽住建)

さらに「地域交流の場」だけでなく、耐震シェルター、太陽光発電システムでオフグリッドの発電と、「防災の拠点」の役割も担っている(画像提供/太陽住建)

さらに「地域交流の場」だけでなく、耐震シェルター、太陽光発電システムでオフグリッドの発電と、「防災の拠点」の役割も担っている(画像提供/太陽住建)

倒産の危機を乗り越え、たどり着いたのは“地域に貢献したい”という想い

このように順調に見えるが、実は河原さん、2009年に創業した会社は、2年目には倒産の危機にあったそう。
「当時は、マンションやアパートの原状回復、細々とした修繕など、施工を首都圏全域でやっていました。しかし、遠方へは時間も交通費もかかる。さらに、DIYブーム、大型ホームセンターの盛況から、単純な工事を請け負うだけではまわらなくなると、相当な危機感を感じました」
そんな、河原さんが目指したのは、とことん「地元に愛される」会社になること。
「最初は街のゴミ拾いから。半年続けました。その後、街のお祭りに声を掛けられたり、町内会に呼ばれるようになったり……。そのうち自然と、地域の人、行政の人とつながりができ地域の課題が見えてきた。これが現在の空き家活用事業につながっていると思います」

弱冠24歳で、会社を創業。本業のほか、さまざまなNPOや一般社団法人に所属。さらに地域の消防団にも加入、子どもの通う小学校のPTA会長も担うなど、地域コミュニティに貢献している。「地元の人に喜ばれることで、働く側もモチベーションがあがり、幸せな循環が生まれています」(画像提供/太陽住建)

弱冠24歳で、会社を創業。本業のほか、さまざまなNPOや一般社団法人に所属。さらに地域の消防団にも加入、子どもの通う小学校のPTA会長も担うなど、地域コミュニティに貢献している。「地元の人に喜ばれることで、働く側もモチベーションがあがり、幸せな循環が生まれています」(画像提供/太陽住建)

「空き家を地域の交流の場として再生する」「その過程から地域住民にも参加してもらう」「地域の課題を解決するための場とする」の3つを目的とする「solar crew」は、SDGsの観点からも注目されており、「第8回 グッドライフアワード 環境大臣賞」(環境省)を受賞。
テレビ、雑誌などに取り上げられることも多く、空き家に悩む方からの問い合わせも急増。コロナ禍でリアルのイベントを休止していたが、現在は、人数を制限し、感染対策をしたうえで、少しずつ再開している。

「地域循環型共生圏」の取り組みが評価され受賞(画像提供/太陽住建)

「地域循環型共生圏」の取り組みが評価され受賞(画像提供/太陽住建)

「コロナ禍で地元で過ごす時間が増え、地域コミュニティに関心が高まっている人も多いはず。そんなとき、『solar crew』が地域のプラットフォームになれたら。どんな街でも、暮らす人がいれば、必要な機能があるはず。現在は神奈川県が中心ですが、今後は、浅草など都心の案件にも挑戦していくつもりです」

次回は7月25日(日)「床の造作・カウンターづくりDIYイベント」(in真鶴)。気になる人はチェックを。

●取材協力
株式会社太陽住建
Facebook「空き家でつながるコミュニティ『solar crew』」
(25日のイベント参加等の問い合わせはFacebookまで)

シェア菜園やDIY工房つき! 暮らしは自分たちの手でつくる新しい団地ライフ

生活音に気をつかいつつ、狭い部屋でじっとリモートワーク。隣人とは会釈程度、近所のコンビニに出かけたものの、誰とも会話もせずに1日が終わる……。新型コロナウイルスの影響で、自宅で過ごす時間が増えたことにより、住まいや暮らしについて「これでいいんだっけ……?」と考えていませんか。今回はそんな人の「答え」になりそうな、リノベ団地とゆるくつながる暮らしについてご紹介しましょう。
1964年築の団地をリノベ。DIYやペット可、交流アリの住まいに

今から50年以上前にできた、東綾瀬団地。多くの建物が解体・再建築されていくなか、約5800平米の敷地に立つ2棟・48戸をリノベーションして、2020年、「いろどりの杜-hands-on-village」が誕生しました。築50年以上経過しているため上下水管は入れ替え、設備は現在のライフスタイルにあわせてあり、快適な暮らしができるようになっています。特徴は団地リノベ、DIYができること、2匹までペット可(1棟のみ)、広場でBBQやDIY教室、さまざまなイベントが開催されることなどで、いわば、今どきの賃貸のトレンドの「全部のせ物件」となっています。

1964年築の団地ですが、外壁を白くし、アクセントカラーが入るとぐっとオシャレになります(写真/片山貴博)

1964年築の団地ですが、外壁を白くし、アクセントカラーが入るとぐっとオシャレになります(写真/片山貴博)

団地の敷地内にはテラスのほか、BBQスペース、シェア農園、DIY工房などが。近々、ピザ窯もできる予定(写真/片山貴博)

団地の敷地内にはテラスのほか、BBQスペース、シェア農園、DIY工房などが。近々、ピザ窯もできる予定(写真/片山貴博)

取材時に空室となっていた部屋。床には屋久杉の無垢材、キッチンは二口ガスコンロなど、今の暮らしにあわせた設備が採用されています(写真/片山貴博)

取材時に空室となっていた部屋。床には屋久杉の無垢(むく)材、キッチンは二口ガスコンロなど、今の暮らしにあわせた設備が採用されています(写真/片山貴博)

取材時に空室だった部屋。DIYができるため、前の住民がペイントしたもの。オシャレ&このまま住みたい…(写真/片山貴博)

取材時に空室だった部屋。DIYができるため、前の住民がペイントしたもの。オシャレ&このまま住みたい……(写真/片山貴博)

4階建ての建物、2棟のうち1棟にはエレベーターはついていませんが、若い世代が中心となっているためか、まったく気にならないとか。むしろ建物と建物の間隔が広く、その抜け感・開放感が新鮮にうつっているようです。

住居部分とは別に、団地の設備である宅配ロッカー(左)と住民専用のBBQグッズのある「いろどりキャビン」(右)とが設けられ、共用施設が充実している(写真/片山貴博)

住居部分とは別に、団地の設備である宅配ロッカー(左)と住民専用のBBQグッズのある「いろどりキャビン」(右)とが設けられ、共用施設が充実している(写真/片山貴博)

「2020年2月から入居がはじまりましたが、感染対策を行いながら、団地に住んでいる住民自身のみなさんが企画し、運営するさまざまな交流をうむイベントが行われていて、私たちも驚いています」と話すのは、建物の維持・管理などを行うフージャースアセットマネジメントの石村穂乃佳さん。この1年だけでも、住民のプロ大工さんによる月に1回のシェア工房、住民交流BBQ、竹×サステナブルをテーマにした納涼会、シェア窯プロジェクトなどを行い、団地リノベのコンセプトである、”つくる暮らしを育てる団地”がかなっているとか。

BBQスペース、シェア農園、DIY工房など、いわばハコ(設備)をつくることはできますが、イベントを企画・実施していくのは簡単ではありません。では、どのようにして企画が生まれ、行われているのでしょうか。取材日、開催されていた「団地パンまつり」の様子から理由をさぐっていきましょう。

対価はお金ではなくつながり。大人が楽しんで参加できるスタイル足立区近隣にある人気パン屋・6店のパンをそろえた「団地パンまつり」。11時のオープン前から行列ができ、45分で全商品が完売するという人気ぶりです(写真/片山貴博)

足立区近隣にある人気パン屋・6店のパンをそろえた「団地パンまつり」。11時のオープン前から行列ができ、45分で全商品が完売するという人気ぶりです(写真/片山貴博)

「団地パンまつり」は足立区近隣にある人気パン屋・6店から、よりすぐったパンをそろえて販売するというもの。広場には焚き火があって、子どもたちが焼きマシュマロを食べられたり、木工あそびができたりと、パンを買ったあとも滞在できる仕掛けもなされています。広場に集うのは、団地の住民だけでなく、近隣で暮らしている人たち。訪れたこの日、開店前にもかかわらず、多くの人が集まっていて、注目度の高さがうかがえます。

パン屋との出店交渉、どのパンを仕入れるのか、設営、販売まで住民が行います。大人の本気です!(写真/片山貴博)

パン屋との出店交渉、どのパンを仕入れるのか、設営、販売まで住民が行います。大人の本気です!(写真/片山貴博)

「パンを並べているケースも、屋久杉の床材を使ったもので、住民の手づくりなんですよ。贅沢でしょう(笑)。スタッフのTシャツもそろえて、オリジナルのロゴをいれています」と話すのは、団地の住民でもあるデザイナーの下出さん。今回はロゴの作成や、フライヤーデザインを担当しました。こうしたイベントへの参加は一切、強制ではなく、参加したい人が自分たちの得意なスキルをあわせつつ、楽しんで行っているとのこと。

焚き火(中央)に木工あそび(左)。コロナ禍で遠出できないからこうしたイベントは貴重(写真/片山貴博)

焚き火(中央)に木工あそび(左)。コロナ禍で遠出できないからこうしたイベントは貴重(写真/片山貴博)

「この団地って、人が対価として受け取るのは『お金』だけではなく、経験やさまざまなものがあるという考え方の人が集まっているんです。自分ももともとそう考えるタイプだったので、住んでより考え方が確立した感じですね」と話します。自分が得意なスキルを提供して、周囲の人を笑顔にしたり、いいね、と言われたり。長い間、人類はこうやってコミュニティをつくってきたんだなと実感します。

団地に住み、イベントをしかけている株式会社はじまり商店街の辻さん(左)とフージャースアセットマネジメントの石村さん(右)(写真/片山貴博)

団地に住み、イベントをしかけている株式会社はじまり商店街の辻さん(左)とフージャースアセットマネジメントの石村さん(右)(写真/片山貴博)

「こうしたイベントの中核を担っているのは、団地に暮らしている辻さんたちです。私たちは辻さんたちの企画を見て、いいね! と後押ししてるだけ」と解説するのは石村さん。

辻さん自身、「団地だけの閉鎖的な集いではなく、イベントを通じて地域とつながることを意識しているんです。団地を通してパン屋さん、地域の方々がつながり、暮らしが豊かになるキッカケづくりになればいいな、と。何よりこの1年で、住民のみなさんが楽しみつつ、ご近所や街の人とつながり、暮らしが豊かになっていくのを実感しています。私自身、以前は普通の賃貸アパートに住み、近隣づきあいもありませんでしたが、ここに引越してきて、『私がしたかったのはこういう暮らし~!』だと思っているんです」とうれしそうに話します。

つい先日、入居1年で転勤のため退去した人がいたそうですが、なんと住民同士で涙、涙の送別会を行ったとか。大人の住民同士が1年でそこまで仲良くなる!? と驚きますが、和気あいあいとしたイベントを見ていると、確かに仲良くなるかもなと頷いてしまいます。大人が楽しいフェスを毎月、実施している感じなのかもしれません。

つくる暮らし、交流のある暮らしをしたくて団地へ! その住心地は?ベッドを加工し、作業机に。本棚にはお気に入りの漫画を並べています(写真撮影/片山貴博)

ベッドを加工し、作業机に。本棚にはお気に入りの漫画を並べています(写真撮影/片山貴博)

ここでもうひとり、団地で暮らしている人にその住み心地を聞いてみました。
「もともとは交流のある暮らしをしたくて、シェアハウスに暮らしていたのですが、住民同士の交流があまりなくて(笑)、求めていた暮らしができなかったんです。DIYにも興味があったし、思い切ってこの団地に引越してきました」というのは朱 志剛さん。台湾出身で日本企業にお勤め、団地でお友だちをつくり、今の暮らしを満喫しています。

朱さん初めてのDIY作品となったのがパソコンを置いてある作業デスク。奥はベッドで空間を有効活用(写真撮影/片山貴博)

朱さん初めてのDIY作品となったのがパソコンを置いてある作業デスク。奥はベッドで空間を有効活用(写真撮影/片山貴博)

自作したテレビラック。DIY初心者からここまで上達するの? とびっくりです(写真撮影/片山貴博)

自作したテレビラック。DIY初心者からここまで上達するの? とびっくりです(写真撮影/片山貴博)

朱さんは、転居してきたころはDIY初心者だったといいますが、作業棚、テレビラック、本棚などさまざまなモノを自作しています。先生はもっぱらYouTube(!)だといいますが、団地のテラスで木材を加工していると、「朱さん、何をつくっているの?」と話かけられることも多く、住民のみなさんと自然に会話・交流できているそう。取材後は「団地パンまつり」に参加して、他の住民と会話していましたが、笑顔がとてもまぶしく、「本当にいいなあ」としみじみ思いました。

ご近所さんと交流したい人もいれば、そうでない人もいることでしょう。実際、この団地でイベントに積極的に参加しているのは3割程度。基本的には住民自身の都合や気分で、ご自由にというスタンスだそうです。でも、ご近所さんといっしょにBBQをしたり、ピザを焼いたりと交流していると、音がしたり、匂いがしたり、気配があるのが「当たり前」「心地よい」と感じられることでしょう。

自分の得意を交換して、助けあって、笑い合って……。こうした団地の暮らしの良さは、コロナ禍を経て、今後、いっそう評価されるような気がします。

●取材協力
いろどりの杜

入居者DIYでアトリエや花屋に! 築古賃貸なのに大人気の「ニレノキハウス」がすごかった

築古の賃貸物件が年々増える中、住み手によるリノベーションが可能な「DIY賃貸」が注目を集めている。しかし、中には退去時の「原状回復」を必須としており、そのメリットが活かされていないケースも多い。
そんな中、「原状回復不要」で住み継がれてきたDIY賃貸の草分け的存在が熊本県熊本市の「ニレノキハウス」だ。オーナーの末次宏成さんと2組の入居者へ、ニレノキハウスの成り立ちと、実際の暮らしについて話を聞いた。

築古マンションに付加価値を

末次さんが元オーナーである両親から3階建・11戸の賃貸マンションを引き継いだのは2011年のこと。
決して条件が良いとは言えないエリアにあり、当時で築27年と古く、全室空室状態だった。そこで末次さんは、従来のような賃貸募集ではなく、入居者が主役になれるような自由に建物をカスタマイズできる賃貸を目指した。
当時は「リノベーション」という言葉もまだ珍しい時代だったが、反響は大きく、オープンハウスには2日間で200名以上が来場。すぐに満室となり、現在に至るまでほぼ満室状態が続いている。
結果的に、リノベーションを通じて入居者・不動産会社・オーナーの親密なつながりが生まれ、ニレノキハウスならではのコミュニティが育ったのだ。

「ニレノキハウス」オーナー、末次デザイン研究所 代表 末次宏成さん。 九州大学職員として都市建築デザイン、まちづくりについて研究。その後地元熊本へUターン、家業の傍ら、空き家再生やリノベーション事業に積極的に取り組む(写真撮影/野田幸一)

「ニレノキハウス」オーナー、末次デザイン研究所 代表 末次宏成さん。
九州大学職員として都市建築デザイン、まちづくりについて研究。その後地元熊本へUターン、家業の傍ら、空き家再生やリノベーション事業に積極的に取り組む(写真撮影/野田幸一)

学生へ、リアルな現場を「教材」として提供

ニレノキハウスのユニークな点はもうひとつある。大学との連携だ。全11戸のうち1戸は熊本大学・熊本デザイン専門学校・九州大学と連携し、学生たちが設計~施工までを行った。階段など共用部の壁画も学生の手によるものだ。

共用部の壁画。黒板部分は住民がメモやイラストなどを描き込んでおり味わいがある(写真撮影/野田幸一)

共用部の壁画。黒板部分は住民がメモやイラストなどを描き込んでおり味わいがある(写真撮影/野田幸一)

大学職員として、もともと産学連携の仕事にも携わってきた末次さん。自身も都市建築デザインやまちづくりを経験してきたことから、「建築を学ぶ学生がリアルな現場を体感できることで、良い教材になる」と感じており、大学との連携が実現した。
学生たちが手掛けた1室もすぐに入居者が決まり、6年にわたり最初の入居者が暮らしていた。その後6年ぶりに空室になると、再び熊本大学の学生たちがリノベーションを実施。現在は次の入居者が暮らしている。

101号室で行われた設計検討の様子(2012年当時)(写真提供/熊本大学大学院先端科学研究部 教授 田中智之さん)

101号室で行われた設計検討の様子(2012年当時)(写真提供/熊本大学大学院先端科学研究部 教授 田中智之さん)

リノベーション作業の様子(写真提供/末次さん)

リノベーション作業の様子(写真提供/末次さん)

学生たちが設計・施工した101号室。「家の中に小さな家と街路をつくる」ことをイメージし、「離れ」のような3つの空間を土間の回廊でゆるやかにつないだ(写真提供/末次さん)

学生たちが設計・施工した101号室。「家の中に小さな家と街路をつくる」ことをイメージし、「離れ」のような3つの空間を土間の回廊でゆるやかにつないだ(写真提供/末次さん)

アトリエ兼住居として活用。入居者同士の交流も魅力

ここで、ニレノキハウスに入居している2組の暮らしを見せてもらった。

園田さんご家族は、2012年のリニューアル当初からニレノキハウスに暮らし続けている。夫妻で花屋を経営しており、1階角部屋・土間付きの約70平米をアトリエ兼住居として使用している。

お話を伺った園田あずささん(写真撮影/野田幸一)

お話を伺った園田あずささん(写真撮影/野田幸一)

以前は店舗での販売を中心に経営していたが、SNSが普及したこともあり、マルシェや注文販売、教室運営をベースに切り替えようと考え、移転先を検討していたところだった。

そんなときに、知人からニレノキハウスの話を聞き、オープンハウスで見た部屋に、一目ぼれしてしまったという。
「当時は『部屋』というより、最低限のリノベーションを施した『箱』という状態でしたが、ショップで使用していた什器や家具類がぴったりはまるイメージを持てました。オーナーの末次さんと会話し、花屋として使用することも歓迎してもらえましたし、幸い子どもの学校区も変えなくてよいエリアだったこともあり、こんな場所は他にない、と即決でした」(園田さん)

花の受け渡しや教室などで人の出入りもある。周囲の理解がなければできないことで、一般的なアパート等だとやはり他の住民に迷惑をかけてしまうだろう、と考えていた園田さん。
「ニレノキハウスはDIYだけでなく、店舗や事務所との併用も歓迎されています。入居者もその方針に共感する方々でしょうから、そんな物件なら安心できる、と思いました」(園田さん)

作業や花の受け渡し、レッスンなどを行うアトリエ。什器類は以前のショップ時代から利用しているもの(写真撮影/野田幸一)

作業や花の受け渡し、レッスンなどを行うアトリエ。什器類は以前のショップ時代から利用しているもの(写真撮影/野田幸一)

入居後は3LDKだった間取りを土間+1ルームにリノベーション。寝室やダイニングスペースはカーテンでゆるく仕切って使用している。アトリエスペースと住居スペースを仕切る扉や玄関扉、外壁もオーナーに許可を得た上でリノベーションを行った。DIYも可能だったが、園田さんの場合は、ショップ時代から付き合いのある大工さんに全て依頼したそうだ。

住居スペース。リビングには、ボクシングに打ち込む息子用に、以前はサンドバックを吊り下げていたそう(写真撮影/野田幸一)

住居スペース。リビングには、ボクシングに打ち込む息子用に、以前はサンドバックを吊り下げていたそう(写真撮影/野田幸一)

玄関扉(写真撮影/野田幸一)

玄関扉(写真撮影/野田幸一)

外壁。アトリエの内装と統一されたトーンに(写真撮影/野田幸一)

外壁。アトリエの内装と統一されたトーンに(写真撮影/野田幸一)

入居者同士の交流も魅力、と語る園田さん。
「昨年はコロナの影響でできませんでしたが、例年、屋外の共有スペースを使ってバーベキューなども行っています。手づくりのチラシで呼びかけて、好きな時間に来て好きな時間に帰る気楽な会です。差し入れだけ持ってきてくれるような方もいますね」(園田さん)

コロナの影響で、園田さんの花屋が他所で出店予定だったイベントが急遽中止になった際には、オーナー末次さんに相談の上、この屋外共有スペースでマルシェを開いたことも。同じイベントに出店予定だったカレー屋やパン屋も招き、行列ができたそうだ。
「入居者の皆さんもご自身の駐車場スペースを貸してくれたり、遊びに来てくれたり、何かと協力してくださり本当にありがたかったです。こうしたイベントのとき以外でも、お花を注文してくれることもありますし、既に退去された方とも交流が続いています」(園田さん)

2021年5月に実施されたマルシェの様子(写真提供/末次さん)

2021年5月に実施されたマルシェの様子(写真提供/末次さん)

部屋の見学に来た方が園田さんのアトリエを訪ね、住み心地や入居者コミュニティについて話を聞いていくこともあるそうだ。リニューアル当初はオーナー主催で実施することが多かったイベントも、今は入居者が企画することが中心になっている。

アトリエ中央のテーブルと、住居スペースのダイニングテーブルはショップ時代に使用していた1枚板のテーブルを分割したものだそう(写真撮影/野田幸一)

アトリエ中央のテーブルと、住居スペースのダイニングテーブルはショップ時代に使用していた1枚板のテーブルを分割したものだそう(写真撮影/野田幸一)

念願の「制作に没頭できる空間」を実現

2組目は、2021年2月に入居したばかりのHさんご家族。Hさん一家は、もともと長く東京で暮らしていた。

「コロナ禍で外に出ることも難しくなり、なぜ東京にいるのだろうという気持ちになりました。だったら、地元である熊本に戻って、陶芸の制作に打ち込みたいと思うようになりました」(Hさん)

美大の出身で、デザインに関わる仕事を続けてきたHさん。移住を機に制作に集中できる空間が欲しい、と考えるようになったそう。 

お話を伺ったHさん(左)とそのご家族(写真撮影/野田幸一)

お話を伺ったHさん(左)とそのご家族(写真撮影/野田幸一)

当初は熊本県内でも阿蘇など自然豊かなエリアで中古戸建てのリノベーションを検討していたものの、なかなか条件に合う物件が見つからず、気候の厳しさにも不安が生まれた。そんなときに、ニレノキハウスの存在を知ったという。
「面白そうな物件があるなと。実際に部屋を見に行ってみて、ここしかない!と思いました。陶芸窯を設置しても良いかとダメ元で相談してみたら、『良いよ』と。オーナーも陶芸をされるということで意気投合して、トントン拍子に入居が決まりました」

陶芸用のアトリエと道具類の置かれた土間。陶芸窯も設置し、日々制作に没頭しているそう(写真撮影/野田幸一)

陶芸用のアトリエと道具類の置かれた土間。陶芸窯も設置し、日々制作に没頭しているそう(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

音や振動などでご迷惑をおかけすることもあるだろう、と入居直後に全入居者のところへ挨拶に行ったというHさん。その後の交流も続いているそう。
「みなさんとても良い方ですし、デザイナーさんなど創作に関心がある方も多く、理解があると感じます」

現在は土間+陶芸用の作業スペースと、1ルームをダイニング・リビング・寝室とゆるやかに区切った居住空間として使用している。寝室と陶芸用スペースの床張り、アトリエの棚、壁面の塗装などは1カ月強をかけてDIY。愛着ある住まいへと仕上げていった。
「今後は自分で焼いたタイルを壁面に貼ったりもしたいですね」と語るHさん。さらに素敵な部屋へと進化していきそうだ。

住居スペース。寝室の床は桜の木を自ら貼った。「徐々に色がなじんでいくのも楽しみ」とHさん(写真撮影/野田幸一)

住居スペース。寝室の床は桜の木を自ら張った。「徐々に色がなじんでいくのも楽しみ」とHさん(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

「賃貸でも自由度を上げる」選択が、価値向上につながった

似た間取りをベースにしながらも、暮らす人によって、それぞれ全く違う個性が発揮されているニレノキハウス。リニューアル以降、実は家賃が上がっている。入居者自身のリノベーションによって価値が上がっており、仲介をしている不動産会社の担当者より、値上げが妥当と提案があった。末次さん自身も、「立ち上げた当初、そこまでは予想していなかった」と語る。
賃貸物件に自由度を与えた結果、9年目の今、不動産としての価値が上がっている。

もちろん、うまくいくことばかりではなかったという。
「住んでいた方の好みやDIYの力量で、次の方に入ってもらうのが難しそうなときもあります。そうした場合には、空室になったタイミングに私が手を入れることもあります」(末次さん)

入居者は20~30代、特に30代前半の夫妻やカップルが多いそう。やはりリノベーションに興味があり、自分でカスタマイズをしたい、という人が多いが、希望するリノベーション内容はさまざま。ほんの少しの人もいれば、間取りから変えたいという人もいる。そうした希望に合った部屋を紹介するため、そして「ニレノキハウス」という場で気持ちよく暮らしていける人か判断するため、入居前に必ず面談を行っている。

駐車場は2-3台分を「誰でも使えるスペース」にしていて、来客用駐車場や、DIYの作業、先述のバーベキューなどのイベントなどに使える。こうした「余白」をつくっているのもコミュニティづくりのポイント(写真撮影/野田幸一)

駐車場は2-3台分を「誰でも使えるスペース」にしていて、来客用駐車場や、DIYの作業、先述のバーベキューなどのイベントなどに使える。こうした「余白」をつくっているのもコミュニティづくりのポイント(写真撮影/野田幸一)

今後の展望について、末次さんはこう語る。
「9年経ち、コミュニティを含めて良いマンションに育ってきたと感じています。
コロナの影響もあり、働き方、ライフワークバランスのあり方などが変わってきたなかで、ニレノキハウスは新しい働き方・暮らし方にマッチする住まいでもあると考えています。
オープン当初から、オフィス兼住宅、店舗兼住宅といった使われ方がされてきましたし、今後、熊本でもそうしたSOHO的な場所、ライフスタイルに合わせてカスタマイズできる場所のニーズは増えていくのではないでしょうか」

賃貸集合住宅の、新しい可能性

ライフスタイルに合わせてカスタマイズできる住まい、一定の共通項を持つ人たちが集まる集合住宅。それはとても魅力的に思えた。
“新築”“築浅”が好まれ、それらの価値が高いとされる傾向にある日本において、築年数を経た物件が、住み継ぐ人の手によって価値を上げていく。「ご近所付き合いが希薄になりやすい」とされる賃貸集合住宅においても、共通項を持つ人々が住民となることで、ゆるやかなコミュニティが育まれていく。「ニレノキハウス」は、賃貸住宅の新しい可能性を示唆してくれているように思う。

●取材協力
ニレノキハウス
末次デザイン研究所「空き家再生スミツグプロジェクト」
ひご.スマイル株式会社

DIYで部屋をアート作品に! クリエイターが集う名物賃貸「MADマンション」

若手のクリエイターが東京に拠点を持ちたいと思っても、家賃が高く、借りられる部屋がない……。それならば、東京よりも家賃相場が低く、アクセスのいい郊外にクリエイターが集まる街をつくろう。こう考え、まちづくり会社のまちづクリエイティブが2013年ごろから松戸に展開しているのが「MAD City(マッドシティ)」です。そのランドマークとも言えるマンション「MADマンション」に住み、製作活動をつづける小野愛さんの住まいにお邪魔しました!
「30歳になってしまう」焦りから上京を決意

都市の規制やクレームの発生などによってクリエイターの活動が制限されることが多いなか、「地域住民とコミュニケーションを図りながらクリエイターが活躍できる『まちづくり』をしたい」という想いでまちづくりプロジェクトを行っているまちづクリエイティブ。千葉県松戸市にある拠点「MAD City Gallery」から半径500mの範囲を核とした「MAD City」は、そのモデルケースとなる街です。これまで、まちづクリエイティブを通じてこの街に住んだクリエイターの数は570人以上。いまも170人以上のクリエーターがこの街に住んで、さまざまな分野の創作活動に取り組んでいます。

玄関に通された瞬間、あっ! と思わず息をのむような、奥行きのある白い空間と白い作品たち。小野さん(32歳)の住まいは、まるで部屋全体が一つの作品のようにも感じられる、静かで神秘的な雰囲気を醸し出しています。

(撮影/嶋崎征弘)

(撮影/嶋崎征弘)

小野さんの作品たち。石膏像のように見えるが、すべて白い布を用いて手縫いでつくられている(撮影/嶋崎征弘)

小野さんの作品たち。石膏像のように見えるが、すべて白い布を用いて手縫いでつくられている(撮影/嶋崎征弘)

キッチンの窓辺に飾られている瓶や植物ですら、小野さんの作品の一部のように見える(撮影/嶋崎征弘)

キッチンの窓辺に飾られている瓶や植物ですら、小野さんの作品の一部のように見える(撮影/嶋崎征弘)

小野さんがそれまで住んでいた大分県別府市から首都圏に活動拠点を移して、本格的に制作活動を行う決意をしたのは2019年のこと。「30歳を目の前に控えて、焦りもあった」と言います。

「もともとは、福岡のファッション系の専門学校を卒業しました。卒業後、布を使用した立体作品をつくるようになり、地元である大分県に戻ってアルバイトをしながら7~8年ほどは別府で活動を続けていました。29歳のころに美術家として生きていく覚悟を決めて、東京に拠点を移そうと考えたんです」(小野さん、以下同)

美術家の小野愛さん。にこやかに、穏やかに話してくれた(撮影/嶋崎征弘)

美術家の小野愛さん。にこやかに、穏やかに話してくれた(撮影/嶋崎征弘)

松戸を拠点にクリエイターが集う「MAD City」に住みたい

ところが、いざ東京都内で住居兼アトリエとして制作ができるだけの広さを確保しようとすると家賃が高くなり、なかなか予算に合う物件が見つけられなかったそう。そこで同郷のまちづクリエイティブのスタッフに相談をしたのが、入居のきっかけでした。

「都内の家賃は払えないので、もう少し郊外で、と思ったときにMAD Cityのことを知り、松戸で探すことにしました。関東での生活が初めてなので、同じようなクリエイターさんと知り合えたらいいなと。このマンションはひと目で気に入りました。広いワンルームのように使える間取りであること、そしてマンション内に他のクリエイターさんも多く住んでいることが何よりの決め手です」

以前の部屋の様子。現在の小野さんの部屋の雰囲気とは全く異なる(画像提供/まちづクリエイティブ)

以前の部屋の様子。現在の小野さんの部屋の雰囲気とは全く異なる(画像提供/まちづクリエイティブ)

小野さんの部屋を見ると、以前は2DKとして使われていたのだろうと思われる引き戸の溝があります。実際に内見をしたときには襖があったのだそうです。

もともと2DKだったと思われる間取り。DIYをする前は、中央のスペースにもクッションフロアが張られていた(資料提供/まちづクリエイティブ)

もともと2DKだったと思われる間取り。DIYをする前は、中央のスペースにもクッションフロアが張られていた(資料提供/まちづクリエイティブ)

DIYで、住まいが独特の空気感をもつアート作品に!

MADマンションは、全20室中、15室をまちづクリエイティブが借り上げています。見逃せない大きなポイントが“DIY可能”で、さらに退去時の“原状回復が不要”なこと。マンション内の1室はDIY作業が可能な共有スペースとして確保され、住人たちが道具を保管する物置として、また作業部屋として自由に使えるそう。

504号室はまちづクリエイティブが、住人のために確保している共有スペース(撮影/嶋崎征弘)

504号室はまちづクリエイティブが、住人のために確保している共有スペース(撮影/嶋崎征弘)

共有スペースの床にはところどころ物が置かれているが、作業部屋としても使えるくらい広く、がらんとしている(撮影/嶋崎征弘)

共有スペースの床にはところどころ物が置かれているが、作業部屋としても使えるくらい広く、がらんとしている(撮影/嶋崎征弘)

別府にいたころからDIYができる賃貸物件に住んでいた、という小野さん。「なぜかは分からないけど、白が好きで」自分好みの空間になるよう、手を入れてきました。

「奥の部屋はもとから床の板がむき出しになっていましたが、ダイニングと中央の部屋はクッションフロアでした。試しにめくったところ、簡単にはがれたので、中央の部屋も床の板をむき出しにして白く塗りました。梁やキッチンの扉、引き戸も白くしています」

中央のスペースとダイニングキッチンとの床の境目。今は白く塗った中央のスペースの床にも、もともとはダイニングキッチン同様のフローリング調のクッションフロアが張られていた(撮影/嶋崎征弘)

中央のスペースとダイニングキッチンとの床の境目。今は白く塗った中央のスペースの床にも、もともとはダイニングキッチン同様のフローリング調のクッションフロアが張られていた(撮影/嶋崎征弘)

もともと押入れだったと思われる収納上部の引き戸も白く塗った(撮影/嶋崎征弘)

もともと押入れだったと思われる収納上部の引き戸も白く塗った(撮影/嶋崎征弘)

もともと付いていた茶色のカーテンレールがあまり好みでなかったため、取り外し、白く塗った窓枠の手前に白いワイヤーを渡してカーテンを通した(撮影/嶋崎征弘)

もともと付いていた茶色のカーテンレールがあまり好みでなかったため、取り外し、白く塗った窓枠の手前に白いワイヤーを渡してカーテンを通した(撮影/嶋崎征弘)

空間全体が白くなり、光がよく入る5階の部屋は曇りの日でも明るく、「制作に向かう環境としてとても贅沢な空間」だと言います。

「私の動画作品の一部としても、この空間を活用しています。このマンションに住んでいたダンサーの方を紹介してもらい、撮影したんです」

小野さんの映像作品の1カット。今回話を聞いた、まさにこの部屋で撮影されている(画像提供/小野さん、出演/永井美里、撮影/鈴木ヨシアキ)

小野さんの映像作品の1カット。今回話を聞いた、まさにこの部屋で撮影されている(画像提供/小野さん、出演/永井美里、撮影/鈴木ヨシアキ)

なんと! 住まいやアトリエとしてのみならず、部屋の空間が作品にもなったんですね! それだけ小野さんのセンスを刺激する物件だったということでしょう。

住人同士や地域とのコミュニケーションも盛ん

「先日まで個展を開催していたのですが、その会場にもこのマンションに住む人たちをはじめ、MAD Cityの人たちが足を運んでくれました。いろいろな人と知り合いたいと思って関東に出てきたわけですが、コロナ禍でイベントなどが少なくなり、出会える機会もなく……。それだけに、まちづクリエイティブさんが、このマンションに住む他のクリエイターさんを紹介してくれて、少しずつ輪が広がってきたことがとてもうれしいんです」

MADマンションの外観。古いが味のある建物は、どことなくクリエイティブなにおいを放っている(撮影/嶋崎征弘)

MADマンションの外観。古いが味のある建物は、どことなくクリエイティブなにおいを放っている(撮影/嶋崎征弘)

小野さんが話してくれたように、まちづクリエイティブはクリエイター同士の交流も促進してきました。現在、その活動は物件や人の紹介だけにとどまらず、地元企業と連携した仕事の創出や、クリエイターとの商品開発などにまで及んでいます。

昨年には、松戸駅エリアでは20年ぶりとなる全長4mの新しいスタイルの商店街「Mism」を発足させて回遊性を高めるプロジェクト行ったり、松戸で唯一のクラフト瓶ビール「松戸ビール」の商品ブランディングや販売を行ったりしているそう。

若い才能を発揮できる環境が整っているからこそ、個性的な魅力を宿す住まいや新しい作品、商品が生まれるのでしょう。かくいう筆者も小野さんの作品・空間を体感して、すっかりファンになりました! 一層盛り上がっていきそうなMAD Cityと、そこに住むクリエイターさんのつながり。これからの展開にも期待がふくらみます!

●取材協力
・小野愛さん
・まちづクリエイティブ

オーナー・建築家・入居者の3者が出資してリノベ。伝説のDIY賃貸「目白ホワイトマンション」の今

差別化できず空室になっている賃貸物件も多い中、入居者が費用を負担すれば好きなようにDIYができる代わりに、退去時に原状回復義務を負わなくていい「DIY型賃貸住宅」という新しい契約形態に注目が集まっています。しかしまだまだ実績は少なく定着というにはほど遠い状況。そんな中、「目白ホワイトマンション」はこれでほかの空室も、たちまち決まったそう。どんな背景があるのか、お話を伺いました。
レトロで味のある外観の路線のままに、ターゲットを定めることを提案

JR線・目白駅から住宅地を歩いていくと現れる「目白ホワイトマンション」。1970年の竣工当時は最新の設備がそろい、外観のハイカラさもあって順調に入居が途絶えませんでしたが、その後、近隣に似たような条件の賃貸マンションが次々と建設、築古になるほどに空室が出るようになり、オーナーの浅原賢一さんは頭を抱えていました。建築家の嶋田洋平さんに、「どうにかならないか」と約7年前に相談したのがことの始まりです。

船をモチーフに湾曲した手すり壁や甲板風の屋上を取り入れた「目白ホワイトマンション」。「ひと目見て、新しい建物にない価値があると感じました」(嶋田さん)(写真撮影/片山貴博)

船をモチーフに湾曲した手すり壁や甲板風の屋上を取り入れた「目白ホワイトマンション」。「ひと目見て、新しい建物にない価値があると感じました」(嶋田さん)(写真撮影/片山貴博)

「最初に空室を見せてもらった感想は、『どうにもチグハグだな』と。外観は思いを込めてつくったであろう個性的なマンションなのに、内装には競合と見劣りさせないように真新しいクロスやフローリングが採用されていて。“新品”感が好きな人はかえって古さが目につくし、ビンテージマンションに惹かれて来た人は、がっかりしてしまう。もったいないので『古さを理解してくれる人に届くよう考えませんか』とお話しました。

とはいえ、単に内と外のテイストを合わせてリノベーションしても、確実に空室が埋まるとは限りません。一番は『入居者の理想通りの部屋にカスタマイズできる物件にすること』。しかし一室、数百万もする費用を何室分もオーナーが負担していくのは、ハードルが高すぎるだろうと感じました。そこで『オーナーと設計事務所・入居者の3者が費用を負担する方法』を提案したんです」(嶋田さん)

オーナー・建築家・入居者の3者が出資する、新しいDIY型賃貸住宅

賃貸物件の住戸をリノベーションする場合、通常ならばオーナーは設計料と工事費を負担し、後に家賃収入を得ることでその投資分を回収していきます。この物件では、まずリフォーム費用をできるだけ圧縮しその工事費用(約200万円)を、オーナー100万円、入居希望者50万円、建築会社(嶋田さんが経営するらいおん建築事務所)50万円ずつ、合計200万円分を3者で折半、また全ての工事を施工会社に頼むのではなく可能な部分はDIY(入居者負担)でつくり上げることにしました。さらに本来ならばリノベーション費用の約20%、50万円程度を設計料としていただくことになるのですが、この時点では嶋田さんは受け取らず、入居者が支払っていく家賃から後で報酬として得られるような仕組みにしました。

具体的には、らいおん建築事務所がオーナーよりこの住戸を4年間、月額3万円で借り受け、入居者に5万円/月で転貸、差額の2万円(※)は初期投資の50万円の回収と、受け取っていなかった設計料にあたる報酬となっていきます(※3年目以降は7万円/月で転貸し、差額は4万円/月)。通常、設計士の役割は工事とともに終了、その後、入居者が決まらずオーナーが家賃収入を得られない時期がでたとしても責任は持ちません。そうではなく、設計者は工事が終わっても物件と関わり続けることで、入居者が絶えないようサポートしていけば投資や設計料が回収できるようにしたのです。オーナーも本来は約360万円必要だった初期投資が100万円で済み、その後の3万円/月で3年以内で投資が回収できます。さらに、入居者は自分の好みにリノベーションでき、当初負担した50万円は2年分の前家賃として機能することで、家賃の設定は同レベルの物件(家賃7万円)と比べ当初2年間は5万円と、月額約2万円低く抑えられています。

3者が出資するDIY型賃貸住宅の仕組み

オーナーの浅原賢一さん(左)と建築家の嶋田洋平さん(右)。「住んでもらえる限りは、建物を維持していきたい」と浅原さん(写真撮影/片山貴博)

オーナーの浅原賢一さん(左)と建築家の嶋田洋平さん(右)。「住んでもらえる限りは、建物を維持していきたい」と浅原さん(写真撮影/片山貴博)

嶋田さんは、“空き家再生と地域活性化”のプロフェッショナル。これまで建物をリノベーションするだけでなく、オーナーと借り手の間に立って転貸することで不動産事業のリスクを負い、まちづくりをしてきました。偶然、DIYできる賃貸物件を探している知人がいて、持ちかけると即OKの返事をもらえたという幸運も重なります。
予想外のプランを、浅原さんはどう受けとめたのでしょう。

「これまで関わってきた建築会社は、『どれだけ空室が改善するかまでは保障しない』というスタンス。それなのに嶋田さんは『目白ホワイトマンション』に魅力を感じてくれて、出資もする、すでに入居希望者もいます、とまで。当時、空室が7戸もあったので、借り手が1人でも決まり、回収を見越して出資できるのは願ってもないこと。二つ返事でしたね」(浅原さん)

それぞれの入居者に合わせた契約が、スムーズな管理・運営を導く

1人目の部屋は嶋田さんが設計し、ともに投資・転貸もしましたが、2人目からは入居者と浅原さんだけでのやり取りを始めます。

「オーナーであるこちらのスタンスはシンプルに言うと、『家賃は低めにするし、好きにDIYして構いません。その代わりDIY費用は入居者のあなた持ちになります』というもの。例えば本来、家賃7万円の部屋を3万円で貸すとします。そうすると入居者は2年間、住めば確実に96万円を得られる目処がつくため、これを資金としてオリジナルの部屋に変えられるのです。DIYで部屋の価値が上がれば退去後、家賃設定を有利にできるため、オーナーにもメリットがあるんです」(浅原さん)

といってもすべてが自由なわけではなく、DIYの内容を事前にオーナーと入居者とで擦り合わせ。この人ならやり遂げられると判断できた場合にOKを出し、かつ退去時の条件などの契約内容は個々に合わせて変えているそう。ごく普通の賃貸住宅だと何でも一律なので大変そうですが、

「入居者の人となりが見えると、おのずと対応の仕方が分かるため、トラブルが少なくなるんです。コミュニケーションが取れているので設備などに不具合が出ても、お互いに話をしてその時点で最適な対応がとれるんです。私もこうなって実感したのですが、こうして一人ひとりに合わせるのが、あるべきオーナーの姿なのかもしれません」(浅原さん)

またとない物件に、建築関係の仕事をするご夫婦やインテリアショップで働く一人暮らしの方など、住まいづくりに意欲の高い人たちが集まり、唯一無二の部屋へと変化を遂げていきました。

建築関係のご夫妻が住んでいた、床から棚・天井まで約150万円かけてDIYした部屋(写真撮影/片山貴博)

建築関係のご夫妻が住んでいた、床から棚・天井まで約150万円かけてDIYした部屋(写真撮影/片山貴博)

キッチン扉や縦長のスパイスラックも入居者のDIY。退去時、完璧に原状回復する必要はありませんが、ドアを外した場合など、次の住人が不便になりそうなところは戻してもらっています(写真撮影/片山貴博)

キッチン扉や縦長のスパイスラックも入居者のDIY。退去時、完璧に原状回復する必要はありませんが、ドアを外した場合など、次の住人が不便になりそうなところは戻してもらっています(写真撮影/片山貴博)

当初7戸あった空室はたちまち約4カ月で満室に。そのころの入居者たちが合作した自転車スタンドはコミュニティの象徴的な存在(写真撮影/片山貴博)

当初7戸あった空室はたちまち約4カ月で満室に。そのころの入居者たちが合作した自転車スタンドはコミュニティの象徴的な存在(写真撮影/片山貴博)

初代入居者の思いを受け継いで暮らすことで、自分の未来を育む

「目白ホワイトマンション」がDIY型賃貸住宅として踏み出した1件目は、入居者とDIY好きのメンバーが技術集団「HandiHouse project」と7年前につくり上げました。あたたかな雰囲気を醸し出すその部屋に、現在、2代目として住んでいるのが小林杏子さん(20代)です。

「部屋でのんびりしているときに入ってくる日差しや窓の向こうで揺れる葉が好きです」と小林さん。照明は唯一、新たに取り入れた設備(楽器は演奏不可)(写真撮影/片山貴博)

「部屋でのんびりしているときに入ってくる日差しや窓の向こうで揺れる葉が好きです」と小林さん。照明は唯一、新たに取り入れた設備(楽器は演奏不可)(写真撮影/片山貴博)

「もともと初代の入居者とは同僚の紹介で知り合った仲。4年前に引越し先を探していた当時、限られた条件下だとどこも味気ない『小さな箱』で。落胆していた矢先だったため、見た瞬間、悲鳴を上げるほど感動しました」(小林さん)

「DIYには欲しい未来を自分でつくる意味がある気がして惹かれます」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

「DIYには欲しい未来を自分でつくる意味がある気がして惹かれます」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

アパレル関係で仕事をしていた経験から、つくり手のこだわりが込められたものに強く惹かれるという小林さん。この部屋も随所に思いが宿っており、そこに愛着を感じて過ごすことが生活の豊かさになっていると言います。

「以前は日々、バタバタして地に足が着かない感覚があったのですが、寝転がって外を眺めたり、風の音を聞いたり、洗面台で落ち着いて髪を巻いたり。ここに来て“暮らしている”感覚をしっかり持てるように。友だちや同僚から『角が取れたね』『優しくなったね』と言われるようにも。きちんとした大人になるタイミングと重なったのかなと感じています」(小林さん)

「自分らしく素敵に暮らしてね」というのが、前入居者からのメッセージ。小林さんは「そのマインドごと引き継ぎたい」と、あえて自分では手を加えず、前入居者が残した部屋をそのまま享受しているそう。。満面の笑みからは、余すことなく住みこなしている様子が伝わってきます。

リビングに洗面コーナーがあることで、ゆったりくつろいだ気分に(写真撮影/片山貴博)

リビングに洗面コーナーがあることで、ゆったりくつろいだ気分に(写真撮影/片山貴博)

「自分らしく暮らして欲しい」という初代入居者の思いを大切に。「この部屋にいると背筋がぴんとします」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

「自分らしく暮らして欲しい」という初代入居者の思いを大切に。「この部屋にいると背筋がぴんとします」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

料理をして簡単なお菓子をつくったら、テーブルでほっと一息(写真撮影/片山貴博)

料理をして簡単なお菓子をつくったら、テーブルでほっと一息(写真撮影/片山貴博)

「無機質な部屋も格好良いですが、日常はさまざまなことが起きるもの。少し間が抜けていても人の手が加わったものの方が、気持ちを受けとめてくれて、内面が充実することがあると思うんです。それがDIYの魅力なのかなと。もう手垢のついていない新築には住めないですね(笑)」(小林さん)

この部屋で暮らすことで将来の住まいへの想像力が膨らんでいき、自分で家を買ってリノベーションしたいと思うようになったそう。もし3代目にバトンパスされれば、好循環が引き継がれることでしょう。

単なる入居者ではない、物件の価値を理解し高めてくれる協力者に変化

「入居を迷う方がいるとき、それまでは家賃を下げるくらいしかやり方がなかったのですが、DIY可能にしてから入居者への意識が『物件の価値を高めてくれる方』に変わり、つき合い方も前向きになりました。

もちろん、外観に特徴のある『目白ホワイトマンション』だからマッチしたのであり、すべてに通じる方法とは思いませんが、何をその物件のコンセプトにできるかを考えるのは無駄ではないと感じます」(浅原さん)

オーナー・建築家・入居者のめぐり会いで実現した新しいDIY賃貸住宅。発端は、浅原さんが相談相手を探し、嶋田さんの取り組みを受け入れたことからでした。こうした一歩が増えれば、賃貸住宅はもっと明るく変わっていきそう。そして、自分にぴったりの賃貸住宅との出会いは、確実に暮らしのクオリティを上げてくれることでしょう。

●取材協力
株式会社らいおん建築事務所
アサコーホーム株式会社
株式会社HandiHouse project

パリの暮らしとインテリア[9]家具は古材でDIY! テキスタイルデザイナーが暮らす市営アパルトマン

パリ市が運営するOffice Public de l’Habitat (OPH・市営住宅)に入居して4年目になる、ニット作家兼テキスタイルデザイナーのメゾナーヴ・シリルさん。彼のアパルトマンは、工業廃材や木材に彼が手を加えたオリジナルな家具に囲まれています。小さなアパルトマンで快適に生活するために欠かせないものとは? そんなヒントが見つかりました。連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。

10年待ってやっと条件の合うOPH(市営住宅)に入居

シリルさんが住む市営住宅の最大の魅力は、不動産屋や大家から直接借りる物件よりも家賃が安いということ。
入居希望の場合は事前にOPH(市営住宅)のサイトで登録が必要です。どの地区に住みたいか、部屋の数、住む人数、1年間の収入、などの情報を書き込みます。 「更新手続きは毎年でパズルのように複雑です。入居者を抽選で市が決め、当選すると連絡が来るのですが、場所や間取りなど気に入らなかったので数回断りました。条件の合った物件に巡り合うには忍耐が必要です」とシリルさん。彼は14年前に登録してから10年目にしてやっと自分たちの条件に合う物件に巡り合ったそう。

市営住宅の事情を調べてみると、パリの古いアパルトマンにはベランダがないことが多いのですが、最近建てられるほとんどの市営住宅にはベランダがあるそう。バルコニーで食事をしたり、ベランダ菜園をしたり、このように現代のライフスタイルに合わせて設計されているため、人気はうなぎ登りだそうです。「なかなか入居できなくても、将来のことを考えて登録だけはしておく」という若い人たちも多いそう。

シリルさんのアパルトマンはベランダはないが窓の外に植木鉢が置けるスペースがある古いタイプの間取り。広いリビングではないけれど、長方形を区切ってさまざまなコーナーをつくった。窓際から順番に、書斎、ソファーのあるくつろぎの場、一番奥は作品や小物を収納した本棚を置いたスペースにしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

シリルさんのアパルトマンはベランダはないが窓の外に植木鉢が置けるスペースがある古いタイプの間取り。広いリビングではないけれど、長方形を区切ってさまざまなコーナーをつくった。窓際から順番に、書斎、ソファーのあるくつろぎの場、一番奥は作品や小物を収納した本棚を置いたスペースにしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓際の左手の書斎の本棚。古い木の扉を仕切りにして、細々としたものを隠したりライトを取り付けたりしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓際の左手の書斎の本棚。古い木の扉を仕切りにして、細々としたものを隠したりライトを取り付けたりしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バタフライテーブルは使っていないときには畳めるので「省スペースの優れ家具の代表」とシリルさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バタフライテーブルは使っていないときには畳めるので「省スペースの優れ家具の代表」とシリルさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分たちの身の丈に合った部屋選びが重要

このアパルトマンは、パリの東にあるナション駅に近い静かな通りにあります。周りには木が多く、寝室とサロンが大きな公園に面していて、彼が幼少のころに住んでいた街を思わせる庶民的な雰囲気が魅力だそう。住宅街ではあるけれど、買い物にも便利なカルチェ(地区)で、シリルさんが「アイデアの宝庫!」と絶賛するホームセンターも近くにあります。
また、間取りがリビングと寝室の2部屋というこの51平米のアパルトマンが、パートナーと3匹の猫と暮らすのに十分の広さだと考えたそう。
「パリのアパルトマンは小さいので、スペースを節約して暮らすことが重要課題です。私たちは年齢とともに必要でないものは手放し、大事なものだけに囲まれて生活することが幸せということも知っているから、私たちにぴったりな物件でした」とシリルさん。
4年前の引越し当初は、壁や天井が真っ白に塗られたとても明るい部屋でした。シンプルな空間がまっさらなキャンバスのようで、これからどんな風に部屋を自分たちらしくしようかとワクワクしたそうです。

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

寝室とサロンから見える公園「Square Sarah Bernhardt (スクエア・サラ・ベルナール)」(写真撮影/Manabu Matsunaga)

寝室とサロンから見える公園「Square Sarah Bernhardt (スクエア・サラ・ベルナール)」(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家具のDIYに欠かせない、シリルさん行きつけのホームセンター「castorama(カストラマ)」(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家具のDIYに欠かせない、シリルさん行きつけのホームセンター「castorama(カストラマ)」(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分でDIYしたインテリアに囲まれて暮らす幸せ

シリルさんは料理人、菓子職人、フローリストを経て現在のニット作家とテキスタイルデザイナーなりました。「手で何かをつくり上げる仕事は、常に前進する喜びと学びがあり、私の人生そのものなのです」とシリルさん。
そんな彼がインテリアで大切にしていることは、やはり手でつくり上げていく制作過程だそう。落ち着いた装飾、空間のアレンジ、それによって出来上がった部屋で過ごすのは何ものにも変えられない喜びだそう。
引越してきてからの4年間は“木の温もりや手づくり感があふれるものに囲まれた生活”をコンセプトとして、部屋づくりをしてきました。
彼は成形された材木を買ってくるのではなく、廃棄されてしまうようなものを積極的に再利用しています。例えば、“パリの胃袋”と呼ばれるランジス市場からもらってきたいくつもの木箱を使って本棚にしたり、ランジス市場で荷物を運ぶリフト用の板をベッドヘッドにしたり。そうすることによって想像もつかないオリジナルなインテリアができ上がったそうです。

市場でりんごを入れて運ぶための木箱を本棚にして廊下へ。ホームセンターで購入したグリーンのコードのライトは、本来庭やカフェのテラスよく使われている防水性のもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

市場でりんごを入れて運ぶための木箱を本棚にして廊下へ。ホームセンターで購入したグリーンのコードのライトは、本来庭やカフェのテラスよく使われている防水性のもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

陽光がたくさん入るベッドルームは公園に面していてとても静か。ベッドの土台はたっぷり収納ができる引き出し付き(写真撮影/Manabu Matsunaga)

陽光がたくさん入るベッドルームは公園に面していてとても静か。ベッドの土台はたっぷり収納ができる引き出し付き(写真撮影/Manabu Matsunaga)

廃材を利用したベッドヘッド。これからここに棚を取り付ける予定(写真撮影/Manabu Matsunaga)

廃材を利用したベッドヘッド。これからここに棚を取り付ける予定(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

両ベッドサイドにはお店で購入した軍の放出品の救急箱を置いて。猫の毛はすみに溜まるから、掃除がしやすいように底にローラーを付けて可動式に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

両ベッドサイドにはお店で購入した軍の放出品の救急箱を置いて。猫の毛はすみに溜まるから、掃除がしやすいように底にローラーを付けて可動式に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

どの部屋にも植物を欠かさない。鉢植えにもテーマを

シリルさんのインテリアへの想いは、引き出しや鏡にも。これらは子どものころに家族が使っていたものです。「古いものには物語があり、私が知らない過去を教え語ってくれているようにも思います。画家が創作時期によって色に偏りがでるように、私も以前は赤で統一した少しエキセントリックなインテリアをつくったり、緑に偏っていた時期は洋服まで緑のコーディネートにしていたこともあります」と語ります。
一方で、切り花のブーケをはじめとする全ての植物が好きだということは変わりませんでした。このアパルトマンでも「品種を混ぜ合わせた寄せ植えの鉢をつくっています。自分が温室や森に住んでいるのだと想像しながら」とシリルさん。中でも天井に届きそうな背の高いサボテンは25歳になり、引越しのたびに一緒に移動してきた家族のような存在。将来、地方に移住したとしてもこのサボテンだけは連れて行くそう。
ものや植物とテーマを決めて対話をし、ひとつひとつに愛情を注ぐことが大事だと話してくれました。

暖炉の上に置かれた“赤時代”の鏡。写真左のチェストは古くから家族の家にあったもの。その上はサボテンコーナーになっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

暖炉の上に置かれた“赤時代”の鏡。写真左のチェストは古くから家族の家にあったもの。その上はサボテンコーナーになっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

25年も一緒に暮らしている背の高いサボテン(写真左)。右の台に乗せられているのは寄せ植えの観葉植物(写真撮影/Manabu Matsunaga)

25年も一緒に暮らしている背の高いサボテン(写真左)。右の台に乗せられているのは寄せ植えの観葉植物(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「この一角だけで森をイメージしてしまう」というシリルさん。白い円柱の台を使って山の斜面のような高さを演出(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「この一角だけで森をイメージしてしまう」というシリルさん。白い円柱の台を使って山の斜面のような高さを演出(写真撮影/Manabu Matsunaga)

あちこちに取り付けられている木の格子は、バラやクレマチスなどを絡ませるためのもの。本来は庭やベランダで使うものだが、木の質感が気に入り、友達から譲り受けたそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

あちこちに取り付けられている木の格子は、バラやクレマチスなどを絡ませるためのもの。本来は庭やベランダで使うものだが、木の質感が気に入り、友達から譲り受けたそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

明るいバスルーム。この棚にも植物をもっと置く予定だ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

明るいバスルーム。この棚にも植物をもっと置く予定だ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バスルームの洗面台の上の壁に取り付けた棚にも観葉植物が(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バスルームの洗面台の上の壁に取り付けた棚にも観葉植物が(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンのランプシェードにポトスを絡ませるアイデアが素敵。窓辺にはハーブ類を鉢に植えて料理に使っているそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンのランプシェードにポトスを絡ませるアイデアが素敵。窓辺にはハーブ類を鉢に植えて料理に使っているそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

今後の夢は海の見える家で暮らすこと

シリルさんの夢は、海の見える庭のある家で暮らすことだそう。今の候補は、パリからTGVで2時間ほど離れている、昔実家のあったフランス西部の学園都市のナント周辺。現在、ナントで週に一度大学でテキスタイル・デザインと編み物を教えていて、この街の良さを再確認したそう。
「そこでは、私の一番大切にしている思い出が詰まったオブジェだけを置き、シンプルな世界をつくってみたいです」とシリルさん。
魂を感じられない量販店の装飾などよりも、海を毎日見ることを大切にしたいそう。
「海の風景は、日の出や夕焼けも素敵ですが、雨でも美しいですし、潮の満ち引きや季節によっても大きく変化します。嵐が来た時の波が荒れる海の表情が大好きでなんです! 自然に勝るデコレーションはありません」

廊下の壁の一部に古い木材を立てかけて、お気に入りのベルエポック時代の骨董品を飾っています。色合いがシリルさんの作品と共通してナチュラル(写真撮影/Manabu Matsunaga)

廊下の壁の一部に古い木材を立てかけて、お気に入りのベルエポック時代の骨董品を飾っています。色合いがシリルさんの作品と共通してナチュラル(写真撮影/Manabu Matsunaga)

りんご箱に飾ったシリルさんのニットの作品。りんご箱は窓辺に置いていて、時には椅子としても使うそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

りんご箱に飾ったシリルさんのニットの作品。りんご箱は窓辺に置いていて、時には椅子としても使うそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

シリルさんの作品は使い込まれた木の風合いによく似合う(写真撮影/Manabu Matsunaga)

シリルさんの作品は使い込まれた木の風合いによく似合う(写真撮影/Manabu Matsunaga)

現在、「パリ市内は高すぎてアパルトマンを買うことはできない」と、郊外へ脱出をする人が増えています。一方で、仕事の都合や、子どもの学校関係、それに「やっぱりパリに住みたい!」など、いろいろな理由でパリ市内を希望する人も少なくありません。そんな人たちにとって、市営住宅はとても魅力的です。
市営住宅自体は個性的ではないけれど、シリルさんのように自分たちにとって心地よい、唯一無二の空間をつくっていくこともできます。
何を選択するかは人それぞれ。このコロナ禍で、パリでも住まいの選び方がますます多様化してきています。それぞれの暮らしに何を望み、それをどう実現していくか。小さなアパルトマンという制限のある空間でも、本人次第で暮らしを楽しむことができるのだということが伝わってきました。

(文/松永麻衣子)

DIYし放題の賃貸で自作ピザ窯BBQ!住民のための図書館をつくった人も

国土交通省が2014年に「DIY型賃貸借」を提示したなどの背景から、少しずつ増えているDIY型賃貸住宅。なかでも「アパートキタノ」は入居者同士でDIYのノウハウをシェアしたり、イベントを催したり、豊かなコミュニティを育んでいるよう。建築家・加藤渓一さんをはじめ、入居者の方々にお話を伺いました。
自分の家をつくる楽しさを知ることで、人生がよりよく変わる

「アパートキタノ」(東京都・八王子市)は京王線・北野駅から徒歩約10分の、ゆるやかな坂の上に立つ賃貸マンション。当初、投資用に購入したオーナーですが、都心から距離があるなどの立地条件から賃料を下げることでしか価値付ができず、困っていたそう。そこで相談したのが建築家の加藤渓一さんです。

「アパートキタノ」仕掛人「studioPEACEsign」代表・加藤渓一さん(写真撮影/田村写真店)

「アパートキタノ」仕掛人「studioPEACEsign」代表・加藤渓一さん(写真撮影/田村写真店)

「こうした場合、賃料を下げるのが常套手段ですが、もっとプラスの価値を付けたいと思いました。そこで約18平米のワンルームの片方の壁と床に合板を張り、その部分だけDIYできる賃貸住宅を提案したんです。

もともとALC板の壁だったので、合板を張り付けることによりクギが打ちやすくなるなどのメリットが出ますが、オーナー側からすれば部屋中すべてDIY可能にすると『何をされるのか』と心配になるし、退去後に改修費がかかります。範囲を限定し、安価で簡単に取りかえられる素材を使うことで管理のハードルを下げ、DIY賃貸を導入しやすくしました」(加藤さん)

壁と床に張る合板はOSB・シナ・ラーチ・ラワン・MDFの5種があり、旧タイプの部屋から切りかわるときに引っ越して来る最初の入居者が選べます(写真撮影/田村写真店)

壁と床に張る合板はOSB・シナ・ラーチ・ラワン・MDFの5種があり、旧タイプの部屋から切りかわるときに引っ越して来る最初の入居者が選べます(写真撮影/田村写真店)

「住み手」と「施工のプロ」が肩を並べて家づくりする「ハンディハウスプロジェクト」を主宰する加藤さん。「アパートキタノ」にも同様の思いがあるそう。

「日本だとなかなか文化が定着しませんが“自分で考えたものを自分でつくる”のは本来、楽しいものだと思うんです。住まいへの理解が深まり、完成後の暮らしも変わって来ます。

オリジナリティを出すことが許されない賃貸住宅は、これを阻む最たるものですが、多くの人が最終的に『家を購入』する現実を考えると、その手前の『賃貸住まい』が『練習場』になったほうがいい。DIYに挑戦することで感性を磨き、これからの住まいとの関わりを良好にしてもらえたらと思いました」(加藤さん)

「与えられたものを受け入れるのではなく、クリエイティブな力をつけることが、これからの時代の豊かさになるのでは」と語る加藤さん。このコンセプトにオーナーも賛同。2018年からスタートし、今では47戸中15戸がDIYできる部屋として貸し出されています。
入居者に特別な条件は設けていませんが、集まるのは手を動かすことや発想することが大好きな“表現者”ばかりです。

部屋は好きなものやアイデアを自由に試せる、小さな実験場

「どこにもない秘密基地のような“自分だけの部屋”が欲しいと、ずっと思っていました」と話すのは、大学の建築学部に通うマサさん(仮名・20歳)。

進学と同時に初めて一人暮らしを始めた物件では、オーナーの許可を得てDIYをしていましたが、ごく一般的な賃貸アパートだっただけに「原状回復」がネックとなり、限界を感じていました。
そんな時に知人からこの物件の存在を聞き、約1年前に引越してきました。

「授業では設計のアイデアを膨らませても実際につくることはないのですが、この部屋では『やりたい』と思ったことにのびのびとチャレンジできます」(マサさん)

「気になるパーツを見つけたら、まずは購入して試します」(マサさん)(写真撮影/田村写真店)

「気になるパーツを見つけたら、まずは購入して試します」(マサさん)(写真撮影/田村写真店)

「大学で学んだ建築の意匠や、ドラマを観て着想したことを形にした」という部屋は、壁に本棚や小物入れ・工具などが美しく収められており、日常のアイテムをインテリアとして昇華させたさまは圧巻です。

部屋の合板はOSB。ラフな風合いで繰り返しネジを打っても目立たないのがメリット(写真撮影/田村写真店)

部屋の合板はOSB。ラフな風合いで繰り返しネジを打っても目立たないのがメリット(写真撮影/田村写真店)

マサさんにとってDIYは、自分を表現する手段。部屋を見てもらうのは自己紹介と同じ感覚なのだそう。
最初に構成を決めるよりは、考えながらつくる方がアイデアが浮かびやすく、一度取りつけた本棚を数日後にわずかに移動させてみるなど、日々、アップデートしています。

右上の緑色の部分は一番に着手した思い出の本棚。授業で学んだ建築物を参考に前面に凹凸をつけ、横から本をしまえるようにしました(写真撮影/田村写真店)

右上の緑色の部分は一番に着手した思い出の本棚。授業で学んだ建築物を参考に前面に凹凸をつけ、横から本をしまえるようにしました(写真撮影/田村写真店)

グレーの壁紙に「ラブリコ」の突っ張り棒を合わせたコーナー。「見せる収納だと、収めて取り出す面倒がありません」(マサさん)(写真撮影/田村写真店)

グレーの壁紙に「ラブリコ」の突っ張り棒を合わせたコーナー。「見せる収納だと、収めて取り出す面倒がありません」(マサさん)(写真撮影/田村写真店)

リアリティ番組シリーズ『テラスハウス』からヒントを得た黒板ボード。「机に向かうより立っていた方が思いつく」と製作しました(写真撮影/田村写真店)

リアリティ番組シリーズ『テラスハウス』からヒントを得た黒板ボード。「机に向かうより立っていた方が思いつく」と製作しました(写真撮影/田村写真店)

「DIYをきっかけに暮らしを楽しむ感覚が芽生え、料理や家庭菜園などにも挑戦するように。また、こだわった部屋を自慢したくて、友人を招くようにもなりました。アパートキタノに住んでから人とのつながりも含めて暮らし全体が彩られていっているように感じています」(マサさん)

「アパートキタノ」には工具や端材が置かれた共用の倉庫があり、外のウッドデッキでも作業が可能。入居者が自然と顔を合わせるため、作業を助け合ったり、ノウハウを聞いたりできると言います。

「DIYについて教えてもらううちに打ち解けて、一緒にご飯を食べに行くことも。部屋を見せてもらうこともあるのですが、同じ間取りなのにまったく趣向が違うので刺激を受けるし、モチベーションになります」(マサさん)

第二の住まいを図書館として開放し、サードプレイスを目指す

学生時代から街づくりや地方の若者の雇用問題に関心を向け、各地の無人駅を間借りして本屋にする「無人駅をめぐる本屋」や「歩く本棚」の名でイベントに出店している堤 聡さん(30歳)。

夜勤が多い会社で働いており、「第一の住まいは会社施設」「第二の住まいは自宅」という、デュアルライフを送っていました。持て余し気味の自宅と本を「住み開き」で活用できたら、と思っていたそう。そんなときこの物件を知り、やってきたのが昨年11月。
コロナ禍で足踏みしたものの、同じマンションの住人限定の「人んち図書館」をこの4月にオープンしました。

「同じ本屋の活動をする仲間にも来てもらいたい」と堤さん(写真撮影/田村写真店)

「同じ本屋の活動をする仲間にも来てもらいたい」と堤さん(写真撮影/田村写真店)

「家賃は約5万円ですが、そのうち2万はライブラリーの場所代、残り3万は住居費と思えばかなりお手ごろ。

図書館は今後、『アパートキタノ』の入居者に向けて、週1回ほどの間隔で開放する予定。『自宅に不特定多数の人を入れるのはどうかな』という気持ちがあったのですが、単なる顔見知りとも違う、DIYなどを通して友達レベルで知っている人ばかりなので、安心感を得られるのが良いですね。

とはいえ普通の賃貸アパートだと、少しでも変わった取り組みは敬遠されたでしょう。やりたいことを柔軟に聞き入れてくれる『アパートキタノ』だからこそ実現できたのだと思います」(堤さん)

本来、壁と床を取りつけてもらった状態で入居しますが、堤さんは「せっかくなら」とハンディハウスと一緒に合板を打ちつけるところから始めました。

プレーンなシナに味のある古材を合わせてオープン棚を造作。ジャンルごとに本を分けつつ、目を引く表紙は面陳(めんちん)するなどして、訪れる人の興味をそそる置き方にしています。こうした工夫ができるのも、DIY型賃貸住宅だからこそ。

古材は和風住宅で使われていた建材のリサイクル品。「リビルディングセンタージャパン」(長野県・諏訪市)で購入しました(写真撮影/田村写真店)

古材は和風住宅で使われていた建材のリサイクル品。「リビルディングセンタージャパン」(長野県・諏訪市)で購入しました(写真撮影/田村写真店)

本は堤さんが興味のある街づくり・建築関連に加え、デザイン・美術・写真・小説・エッセイなども。コメント風のジャンル分けがユニーク(写真撮影/田村写真店)

本は堤さんが興味のある街づくり・建築関連に加え、デザイン・美術・写真・小説・エッセイなども。コメント風のジャンル分けがユニーク(写真撮影/田村写真店)

屋外でも図書館を開けるようにと自作したリュック型の本棚を背負って。入居して初めてDIYした作品でもあり、住民に手伝ってもらいながら完成させたとか(写真撮影/田村写真店)

屋外でも図書館を開けるようにと自作したリュック型の本棚を背負って。入居して初めてDIYした作品でもあり、住民に手伝ってもらいながら完成させたとか(写真撮影/田村写真店)

「1人もいいけど何となく誰かと過ごしたいときってあると思うんです。そうしたときに学校でも家庭でもない第三の居場所として、気軽に来てまったりしつつ、考えをまとめたり、新しい発想を浮かべたりしてもらえたら良いなと思います。

ここは本がメインですが、料理ができる部屋・映画を楽しめる部屋など、テーマに特化した部屋がほかにも現れると面白そう。モデルケースがあると『出来るかな』と思えるものなので、自分がその契機になれたらうれしいです」(堤さん)

生き生きと語る堤さん、マサさんからは、「アパートキタノ」がアクションを起こしたい人のやる気と想像力を促す土壌になっていることが伝わってきます。

現代のアプリとウッドデッキ・ピザ窯でコミュニティが充実

「アパートキタノ」では、アプリ「Slack」で入居者同士が交流できるようにもしているため、スムーズかつほどよい距離感で付き合えるそう。ご近所のおいしい飲食店や、緊急時に防災情報を伝えたり、イベントの声かけをしたりと役立てています。

この3月にはマサさんが中心になって、ウッドデッキ横にピザ窯を製作。ここではしばしば、食事会が催されます。「お花見とピザの会」(4月10日開催)をのぞかせていただきました。

晴れ渡る空の下、ピザづくりがスタート(写真撮影/田村写真店)

晴れ渡る空の下、ピザづくりがスタート(写真撮影/田村写真店)

「Slack」で日程と料理を決めたら、基本の材料を集まれるメンバーで買い出し。食べたいものやシェアしたいものがあれば、それぞれがゆるく自由に持ち寄るスタイルです。昨秋「サンマの会」をしたときは、煮つけや日本酒・お漬物・たこ焼きが並んだと言います。

アプリはOBも登録していて、さまざまな世代が集結。OB男性による手製のジェノベーゼ・ボロネーゼ・ペスカトーレのソースをピザにトッピングして舌鼓(写真撮影/田村写真店)

アプリはOBも登録していて、さまざまな世代が集結。OB男性による手製のジェノベーゼ・ボロネーゼ・ペスカトーレのソースをピザにトッピングして舌鼓(写真撮影/田村写真店)

同じ場所に住んでいると「バスルームの掃除どうしてる?」など、すぐに共通の話で盛り上がれるのが良いところ(写真撮影/田村写真店)

同じ場所に住んでいると「バスルームの掃除どうしてる?」など、すぐに共通の話で盛り上がれるのが良いところ(写真撮影/田村写真店)

広々としたウッドデッキはDIYの作業や食事のほか、昼寝の場にもなります(写真撮影/田村写真店)

広々としたウッドデッキはDIYの作業や食事のほか、昼寝の場にもなります(写真撮影/田村写真店)

マサさんが設計や材料・予算を考え、みんなで製作したピザ窯(写真撮影/田村写真店)

マサさんが設計や材料・予算を考え、みんなで製作したピザ窯(写真撮影/田村写真店)

ピザ窯はムラなく熱が広がるドーム型、かつ二層にしてグリル専用スペースをつくり、機能性を高めました(写真撮影/田村写真店)

ピザ窯はムラなく熱が広がるドーム型、かつ二層にしてグリル専用スペースをつくり、機能性を高めました(写真撮影/田村写真店)

「大学生をしていると『大学』と『アルバイト先』に人づき合いが限られてきますが、ここにきたことで、もうひとつの居場所を持てたと感じます。年代が違ったり、目新しい活動をしていたり、自分とは異なる人たちと出会えるのがうれしいですね。
いつも会っている訳ではなくても、存在として大きいものだなと感じます」(マサさん)

例えば「バーベキューがしたい」と思っても、準備などを考えると実際はハードルが高いもの。でもふらりと集まれる広場と一式の道具類、アプリがそれを可能にしているよう。
DIY型賃貸住宅というハード面の強みと、コミュニティを促すバックアップ体制、そこに意思のある人々が加わることで関係性がすくすくと育ち、入居者のクリエイティブな世界を広げていると言えそうです。

(写真撮影/田村写真店)

(写真撮影/田村写真店)

●取材協力
アパートキタノ
HandiHouse project
人んち図書館

コロナ禍で賃貸物件をセルフリノベする人が増加中!? やり方や注意点を実例で紹介

コロナ禍でおうち時間が増え、自分の暮らしを見つめ直す人が増えています。もともとあった中古住宅のリノベーション需要に加え、最近では、壁や床を張り替えるなどのセルフリノベーションをする流れが出てきました。実際、自分でやるには?注意点は? 実例を通じて、内装デザイン会社夏水組の坂田夏水さんに聞きました。
在宅時間の増加で、セルフリノベをしたい人が増えている!

DIY(Do It Yourselfの略)は、日本では、主に机や棚などの家具を自作する場合を指すことも多く、「日曜大工」として親しまれてきました。一方、セルフリノベーション(以後セルフリノベ)は、壁や床の張替え、間取りの変更などの大掛かりな部屋のリフォームを指します。セルフリノベには、すべてDIYする、専門業者に一部依頼するなどがあります。セルフリノベへの関心の高まりにはどのような背景があるのでしょうか。

「私が2020年に『セルフリノベーションの教科書』を出版する以前にもDIYのハウツー本を書いてきましたが、10年前は、本屋にDIYのコーナーはありませんでした。今では料理本のコーナーに並んでDIYコーナーにも本がたくさん並んでいて、関心の高まりを感じています。以前からDIYをやってみたいという潜在層はいたのですが、コロナ禍で在宅時間が長くなり、実際に着手する人が増えたのでしょう。オンラインで部屋が背景に映る機会もあり、身につけるものと同じように空間をおしゃれにしたいという気持ちもあるのかもしれません」

オーナーや不動産会社向けに夏水組が開催している「内装の学校」では、養生の仕方、壁紙やクッションフロアの張り方などが学べる。レトロな雰囲気の物件に合う「アンジェリーナ」というブラウン系のペンキを塗装中(画像提供/夏水組)

オーナーや不動産会社向けに夏水組が開催している「内装の学校」では、養生の仕方、壁紙やクッションフロアの張り方などが学べる。レトロな雰囲気の物件に合う「アンジェリーナ」というブラウン系のペンキを塗装中(画像提供/夏水組)

輸入壁紙「ゴッホシリーズ」を貼る参加者。この後は、撮影のポイントなどのアドバイスを受けた(画像提供/夏水組)

輸入壁紙「ゴッホシリーズ」を貼る参加者。この後は、撮影のポイントなどのアドバイスを受けた(画像提供/夏水組)

夏水組の坂田夏水さん。中古物件のリノベーションや店舗の内装デザイン、DIYショップの運営などさまざまな活動をしている(画像提供/夏水組)

夏水組の坂田夏水さん。中古物件のリノベーションや店舗の内装デザイン、DIYショップの運営などさまざまな活動をしている(画像提供/夏水組)

坂田さんは、十数年前にヨーロッパやアメリカを訪れた際、DIYの文化が広く根付いていることに驚いたといいます。
「街には、レストランや洋服のお店の隣にインテリアショップが並んでいました。ファッションや料理など趣味や家事の延長線上にDIYがあるのです。日本のDIYについては、当時はホームセンターで材料を買って、庭にデッキをつくるなどが多かった印象です。最近では、自分で壁紙を張替えたり、ペンキを塗り替えたりするDIY(セルフリノベ)が増えてきました。それでも賃貸だからと諦めていた人が多かったと思いますが、日本の不動産業界も変わりつつあり、DIY可や原状回復不要の賃貸物件も出てきています」

吉祥寺で人気の築古賃貸の床やキッチンをセルフリノベ

2008年に坂田さんが立ち上げた夏水組では、不動産会社、オーナーと住む人との間に入り、リノベーションやセルフリノベーションを行ってきました。入居者がリフォームできる新しい賃貸住宅、DIY型賃貸の企画をする不動産会社のリベストと提携し、DIYを希望する借主の相談にのっています。DIY型賃貸の借主のメリットは、賃貸物件でもDIYができること。退去時に原則、原状回復をしなくてもいいので、持ち家のように自由にセルフリノベが可能です。貸主としては、現状のまま貸せて手間がかからないメリットがあります。

それでは、DIY型賃貸でセルフリノベを行ったふたつの事例を紹介しましょう。

カリモクのソファ、インドのテーブル、イギリスのヴィンテージチェアなどが融合。レトロな雰囲気を醸し出している(写真撮影/片山貴博)

カリモクのソファ、インドのテーブル、イギリスのヴィンテージチェアなどが融合。レトロな雰囲気を醸し出している(写真撮影/片山貴博)

蔦の絡まる外観が特徴の「潤マンション」に住む宮本涼さん(20代)は、DIY可なことに惹かれ、入居を決めました。白壁に木のぬくもりを感じるリビングは、イギリスやアメリカ、インドなどの家具が置かれ、ヴィンテージな雰囲気。10.5畳ほどあるリビングの床の板張りをすべてDIYしたことに驚きます。

間取り。洋室はもともと真ん中に仕切りがあったが前の住民がひと間に。宮本さんもそのまま活かしてセルフリノベを進めた

間取り。洋室はもともと真ん中に仕切りがあったが前の住民がひと間に。宮本さんもそのまま活かしてセルフリノベを進めた

間取りは、1DK。玄関を入り、暖簾をくぐるとリビングがある(写真撮影/片山貴博)

間取りは、1DK。玄関を入り、暖簾をくぐるとリビングがある(写真撮影/片山貴博)

以前住んでいた人がコンクリートの壁を白く塗り、収納の扉を撤去していた。そこに棚やデスクを置き、ワークスペースに。元々あるものを活かしている(写真撮影/片山貴博)

以前住んでいた人がコンクリートの壁を白く塗り、収納の扉を撤去していた。そこに棚やデスクを置き、ワークスペースに。元々あるものを活かしている(写真撮影/片山貴博)

アメリカのシェードランプの脇に鉢植えのガジュマル。室内にはポイントにグリーンを配している(写真撮影/片山貴博)

アメリカのシェードランプの脇に鉢植えのガジュマル。室内にはポイントにグリーンを配している(写真撮影/片山貴博)

「ピカピカの新しいものより、味わいのある古いものが好きなんです。部屋を内見したとき、古い設えや前に住んでいた人が手を加えたところが残っていて面白いと思いました。リビングの床板は以前住んでいた人が敷いたものですが、木の板がささくれて裸足で歩けなかったので、真っ先に手を加えることにしたんです」

リビングの床の板をいったん剥がし、ささくれた表面をサンダーで削り、一枚ずつ張り直していきました。作業のほとんどはひとりで行い、かかった日数は延べ3日間程。初めての本格的なDIYでしたが、そろえた工具は、カンナ(約1000円)、ノコギリ(約1000円)、電動ドライバー(約3000円)、電動ヤスリ(約6000円)のほか紙やすりやビス、ワックスなど総額2万円ほど。自分でやり方を調べ、工具を用意するほか、夏水組からも機材の貸し出しやアドバイスをもらいました。

「壁と床の隙間に合うように、木を加工するのが難しかったですね。木の表面をヤスリでなめらかにするのも大変でした。床のDIYは音にも気を使います。両隣や向かいの方には引越しの挨拶の際、DIYする旨了承をいただいていましたが、作業する時間には気をつけていました」

DIYのためにそろえた工具。左上から、板の表面をなめらかに削る電動のサンダー、古びた味わいを出すヴィンテージワックス、紙やすりを装着して手動で使うハンドサンダー、左下は、カッター(クッションフロアを切る時に使用)、カンナ、電動ドライバー(写真撮影/片山貴博)

DIYのためにそろえた工具。左上から、板の表面をなめらかに削る電動のサンダー、古びた味わいを出すヴィンテージワックス、紙やすりを装着して手動で使うハンドサンダー、左下は、カッター(クッションフロアを切る時に使用)、カンナ、電動ドライバー(写真撮影/片山貴博)

サンダーで表面を削り、ワックスを塗ったリビングの床。自然なツヤが美しい。木の表面のささくれがなくなり、裸足で歩けるようになった(写真撮影/片山貴博)

サンダーで表面を削り、ワックスを塗ったリビングの床。自然なツヤが美しい。木の表面のささくれがなくなり、裸足で歩けるようになった(写真撮影/片山貴博)

タイル風のクッションフロアは、硬質で本物のタイル張りのよう。部屋の隅に合わせてクッションフロアをカットするのは難しい(写真撮影/片山貴博)

タイル風のクッションフロアは、硬質で本物のタイル張りのよう。部屋の隅に合わせてクッションフロアをカットするのは難しい(写真撮影/片山貴博)

そのほか、玄関の床の張替えやキッチンのリフォームを行った宮本さん。セルフリノベの魅力は、「自分で住む空間をデザインできること」だといいます。憧れていたDIYにチャレンジし、暮らしやすくなりましたが、さらに玄関脇のお風呂場の前に仕切りをつくろうと計画中です。

キッチンは、突っ張り棒のような仕組みで壁や天井に穴を開けずに柱をつくれるアイテム「ディアウォール」を使用。施工は1日ほど(写真撮影/片山貴博)

キッチンは、突っ張り棒のような仕組みで壁や天井に穴を開けずに柱をつくれるアイテム「ディアウォール」を使用。施工は1日ほど(写真撮影/片山貴博)

アンティークの鏡の横には季節のグリーンを(写真撮影/片山貴博)

アンティークの鏡の横には季節のグリーンを(写真撮影/片山貴博)

「テレワークで家にいる時間が増えて、できるだけ過ごしやすい部屋にしたいと思うようになりました。手をかけるとその分使いやすく見栄えが良くなってきます。業者に依頼してリノベした方が早いですが、リノベは一回やるとなかなか変えられません。セルフリノベは、住んで使ってみて柔軟に変えていける良さがあります」

難しいところはプロに頼りつつDIYできるDIY型賃貸物件の魅力

もうひとつの事例は、白い外壁に赤いドアが印象的なフラットハウス(平屋)です。夏水組により入居前にリノベーションされた室内は、白を基調にブルー系の差し色のシンプルでおしゃれな内装。DIY型賃貸なので、そのまま住むことも、さらに自分でDIYすることもできます。C.Kさん(39歳)とK.Kさん(38歳)は、引越したばかり。初めての賃貸暮らしなので、家具などをそろえながら、少しずつ、DIYしていきたいと考えています。

玄関から正面に見えるブルーがアクセントの壁に貼ったのは、夏水組オリジナルの襖(ふすま)紙(写真撮影/片山貴博)

玄関から正面に見えるブルーがアクセントの壁に貼ったのは、夏水組オリジナルの襖(ふすま)紙(写真撮影/片山貴博)

「アメリカンハウスのような外観に惹かれ、内見すると、グリーンと白にまとまった空間にモザイクタイルやエキゾチックな壁紙が、私の好きなモロッコ風のインテリアを連想させ、一目で気に入りました。さらに、DIYができる物件なので、自分たちが好きなように間取りを変えたり、足りない物を足したりでき、暮らしながら補えるところにも魅力を感じました」(C.Kさん)

白壁に赤いドアのフラットハウスは、海外の雰囲気を醸し出している(写真撮影/片山貴博)

白壁に赤いドアのフラットハウスは、海外の雰囲気を醸し出している(写真撮影/片山貴博)

間取り

間取り

間取りは、寝室やキッチン、リビングに仕切りのない1フロアです。

「住みながら必要なところに仕切りをつくったり、棚をつけたりしたいと思っています。キッチンカウンターは自分たちでつくるのは無理そうなので、デザインだけして木材屋さんに相談中です。自由度が高いところが、楽しい面でも難しい面でもありますね」(K.Kさん)

キッチンパネルや壁や床などブルーで統一されたキッチン(写真撮影/片山貴博)

キッチンパネルや壁や床などブルーで統一されたキッチン(写真撮影/片山貴博)

DIYする箇所はオーナーに事前に確認が必要ですが、原状回復の義務はなく、管理費もありません。エアコンなどの備え付けの設備の故障についてはオーナーへ修繕を依頼できます。

玄関の下駄箱の上の壁に板を貼り付けた。フック等を取り付ける予定とのこと(写真撮影/片山貴博)

玄関の下駄箱の上の壁に板を貼り付けた。フック等を取り付ける予定とのこと(写真撮影/片山貴博)

縁側の床は、入居後に白いペンキで塗り直してメンテナンス(写真撮影/片山貴博)

縁側の床は、入居後に白いペンキで塗り直してメンテナンス(写真撮影/片山貴博)

「どこに何を置こうか、どう手を加えていこうか、ふたりで想像をふくらませてワクワクしています。完成するまでに長い年月が必要ですが、ブラッシュアップできるのが楽しみです。きっと終わりはない気がします」(C.Kさん)

先日は、グリーンの更紗模様の壁紙に合わせて、エスニック柄のカーテンをつけました。内装を手掛けた夏水組の実店舗「Decor Interior Tokyo」では、照明や鏡、モロッコタイルに合わせたマスキングテープを購入し、アクリルBOXに貼り小物入れに。
「Decor Interior Tokyo」では、DIYグッズや壁紙、床材などの内装建材のサンプルを取りそろえ、部屋づくりをサポート。リベストで入居した人には、買い物の割引サービスも。二人は入居後、何度も訪れ、インテリアやDIYの相談をしています。

セルフリノベで必要なスキル、注意すべき点とは

セルフリノベをする際、気をつけなければいけないところを坂田さんにたずねました。

「自分でやれるところとプロに任せた方がよいところを理解するのが大切です。水まわりは、水漏れが起きると階下に迷惑がかかり、トラブルになってしまいます。電気については、漏電や感電の心配があり、専門の資格を持っていないとほとんどの施工ができません。キッチンのガスコンロの近くにスノコで収納をつくるなど防火上問題のあるDIYをしている例もSNSなどで見受けられます」

特に注意が必要なのは、建築基準法で火災の拡大や煙の発生を遅らせるために規制されている内装制限についてです。内装制限のある場合、床や壁に燃えにくい内装仕上げ材を使うなどの決まりがあります。

そのほか、貸主や管理会社の申請と承諾を得て行うことやほかの住民へ迷惑となるDIYはしないなど、オーナーと入居者、管理会社が事前に書面で確認をとるなど共通認識を持つのが大切です。

夏水組では、賃貸でDIYするときの注意点や防火法、内装制限について理解を深めてもらおうと、DIY型賃貸借のスタートブックを作成し、インターネットで公開。ブックには、全国各地のDIYショップマップもついています。

DIY型賃貸借のスタートブック。理解が難しい内装制限についても詳しく解説されている(画像提供/夏水組)

DIY型賃貸借のスタートブック。理解が難しい内装制限についても詳しく解説されている(画像提供/夏水組)

裏面には、さまざまなサービスでDIYをサポートしてくれる全国のショップがずらり。店舗情報は発行時のもの(画像提供/夏水組)

裏面には、さまざまなサービスでDIYをサポートしてくれる全国のショップがずらり。店舗情報は発行時のもの(画像提供/夏水組)

さまざまなDIYグッズやインテリア資材が並ぶDecor Interior Tokyoの店内(画像提供/夏水組)

さまざまなDIYグッズやインテリア資材が並ぶDecor Interior Tokyoの店内(画像提供/夏水組)

店内各所で実際に施工をした床や壁を見ることができるので、内装のイメージが分かりやすい(画像提供/夏水組)

店内各所で実際に施工をした床や壁を見ることができるので、内装のイメージが分かりやすい(画像提供/夏水組)

店内奥には打ち合わせ室兼ワークショップができるスペースがある。コーディネーターやDIYに詳しいスタッフが常駐しているので、サンプルを見ながら、気軽に相談ができる(画像提供/夏水組)

店内奥には打ち合わせ室兼ワークショップができるスペースがある。コーディネーターやDIYに詳しいスタッフが常駐しているので、サンプルを見ながら、気軽に相談ができる(画像提供/夏水組)

「輸入資材を豊富にそろえる店や工務店が運営している店など、今はさまざまなショップがあります。DIYを一度やってみると、床の張替え、ペンキの塗り替えと次々にやりたいことが増えていくときに頼りになるのがこうしたショップです。オーナーと借主との間に入ったり、施工の相談に乗ったり、日本のDIYを支える存在になってきています。賃貸だからと諦めず、洋服を選ぶように、自分らしい家をつくってほしいですね」

DIY・セルフリノベで、時間が経つほど暮らしやすく、愛着が増す住まい。インテリアショップやプロの力をうまく借りながら、自分らしい暮らしを自分でつくり上げる文化が日本でも根付き始めています。

●取材協力
・夏水組
・Decor Interior Tokyo
・株式会社リベスト

トラックで家を運ぶ!移動しながら好きな空間で暮らすSAMPOの新提案

住まいは土地から離れられないものゆえ、『動かせない』を意味する「不動産」と言われてきました。でも、もしかしたら「住まいは動く」「人とともに動く」のは、今後、当たり前になるかもしれません。新しい暮らしとして最近注目されている、タイニーハウス、DIY、バンライフをはじめとする移動する暮らしの、“いいとこ取り”がぎゅっとつまった建築集団「SAMPO」の「モバイルハウス」などの取り組みをご紹介しましょう。
移動できて、コンパクト、その人らしい住まいをつくる試み

おしゃれな人が集う三軒茶屋の住宅街の一角、味わいのある一軒家と隣接するコンテナと緑の建造物が目を惹きますが、ここが建築集団「SAMPO」のハウスコアです。

一戸建ての住宅街に現れるハウスコア。普通の住まいとは異なる趣があり、思わずと足を止めたくなるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

一戸建ての住宅街に現れるハウスコア。普通の住まいとは異なる趣があり、思わずと足を止めたくなるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

左部分のコンテナと手前の緑の個室(モバイルセル)は移動できて居住できる部屋。茶色と黒が建物でハウスコア。内部は窓や通路でつながっていて、行き来可能です(写真撮影/嶋崎征弘)

左部分のコンテナと手前の緑の個室(モバイルセル)は移動できて居住できる部屋。茶色と黒が建物でハウスコア。内部は窓や通路でつながっていて、行き来可能です(写真撮影/嶋崎征弘)

「SAMPO」が提案するのは、軽トラックに搭載できるサイズの個室「MOC(モバイルセル)」で、一つの場所にとらわれない暮らしです。キッチンやバス、トイレといった水まわりは「HOC(ハウスコア)」に接続することで対応します。三茶のケースでは、写真の右側の一戸建て(茶色・黒の建物)がハウスコアにあたります。このハウスコアに住民票をおいて、郵便物などを受け取ることも可能です。モバイルセルは所有者の個性を大切にしたデザインで、コンパクトながらも快適な空間をDIYで一緒につくり出します。この暮らし方であれば、人も住まいも、いつでも心地よく、自由に動くことが可能になります。

コンテナ側から見た接続したモバイルセルの様子。コンテナに小さなドアがついていて、開閉します(写真撮影/嶋崎征弘)

コンテナ側から見た接続したモバイルセルの様子。コンテナに小さなドアがついていて、開閉します(写真撮影/嶋崎征弘)

モバイルセルの内部。大人2人が眠れて暮らせるサイズ。用途はさまざまで、音楽スタジオにした例も。これが軽トラに搭載できるってすごい!(写真撮影/嶋崎征弘)

モバイルセルの内部。大人2人が眠れて暮らせるサイズ。用途はさまざまで、音楽スタジオにした例も。これが軽トラに搭載できるってすごい!(写真撮影/嶋崎征弘)

コンテナ内部の住まい。こちらはSAMPOを主宰する村上さん夫妻が暮らしている部屋。おしゃれ!!(写真撮影/嶋崎征弘)

コンテナ内部の住まい。こちらはSAMPOを主宰する村上さん夫妻が暮らしている部屋。おしゃれ!!(写真撮影/嶋崎征弘)

考え方はシェアハウスと同じ。動く住まいの構想は100年以上前から

ちょっと今までの住まい方とあまりにも異なるのでびっくりしてしまいますが、このSAMPOの主宰者の一人の塩浦一彗さんによると、何も難しいことはないですよ、と言います。

塩浦一彗さん(写真撮影/嶋崎征弘)

塩浦一彗さん(写真撮影/嶋崎征弘)

「シェアハウスは個人が過ごす部屋と、バス・トイレ・キッチンなどの共用部分から成り立っていますよね。その部屋が『DIYでつくって、可動する』だけ。ごくごくシンプルなんですよ」と笑いながら解説します。そのため、ハウスコアの建物提供者となる大家さん、モバイルセルとの所有者の不動産契約なども、すべてシェアハウスと同様の手続きをとっているといいます。そうか……部屋が動くシェアハウスといえば理解も早いですね。

現在、拠点となるハウスコアは日暮里など都内に複数箇所あり、モバイルセルは今まで40人以上とつくってきたといいます。

日暮里のハウスコア(写真提供/SAMPO)

日暮里のハウスコア(写真提供/SAMPO)

(写真提供/SAMPO)

(写真提供/SAMPO)

「2016年に移動できる住まいの構想を僕と村上で考えていた当初はなんのコネもなかったのですが、おもしろい人がおもしろい出会いをつくって、またそれが人を呼んで、翌日にまた違う展開があって……というかたちで広がっていきました」(塩浦さん)
もともとイギリスの大学で建築を学んでいた塩浦さんによると、住まいをコンパクト&移動するという発想は自動車が誕生した直後から、主に米国で提唱されてきたといいます。

「今までは技術的に可能であっても、人々の住まい方や思想がついて来ませんでした。ただ、世界中の都市部の地価が高騰し、若い世代ほど暮らすことが難しくなっている。そのため、モバイルな暮らし、タイニーハウスが世界中の都市部で脚光を集めています。建築というより思想が先に変わりはじめたと言ったほうがいいかもしれません」(塩浦さん)

アトリエにあるキッチンとDJブース。食や音楽などライフスタイルや文化を大切にする塩浦さんたちの個性があふれています(写真撮影/嶋崎征弘)

アトリエにあるキッチンとDJブース。食や音楽などライフスタイルや文化を大切にする塩浦さんたちの個性があふれています(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

モバイルセルは、“共につくる体験”を売っている

「モバイルセルは世界の都市部の住宅難に対する一つの答えでもあります。日本でも35年の住宅ローンを背負うというのは人生の足かせになってしまうし、何より幸せそうに見えない。経済的に豊かになったはずなのに、幸せを感じられないのはなぜかと、依然からずっと疑問に思っていました。もっと身軽であれば、決断できること、チャレンジできることもあるはず」と力説します。

そのために大切なのは、住まいを買う・借りるという、消費者のスタンスから脱却して、「つくる」ことが大切だと考えているそう。

「現在、村上と他の会社で “キャラメルポッド”という名称で500万円のキャラメルのおまけにコンテナハウスとモバイルセルがドッキングしているタイプのものを販売していますが、キャラメルを買うくらいの感覚で部屋を買ってほしいからという意味も含めて名前をつけたんですよ。ただ、販売するとはいえ、完全なできあがったパッケージ商品を売るという感覚ではありません。所有希望者と対話しながら、一緒に空間を模索していく感じでしょうか。一人ひとり、モバイルのなかで何がしたいのか、最小限の空間で何ができるのか、その過程が大事なんです」と話します。
これは……「家を売る」というよりも、「家をつくる」という共同体験を販売しているのかもしれません。

シンガポール政府と共にSAMPOを支援している会社から依頼があり、商業施設とモバイルの生活空間の可能性を追求するプロジェクトに参画しています(写真撮影/嶋崎征弘)

シンガポール政府と共にSAMPOを支援している会社から依頼があり、商業施設とモバイルの生活空間の可能性を追求するプロジェクトに参画しています(写真撮影/嶋崎征弘)

災害の多い日本だからこそ広がる、モバイルセルの可能性

「それにモバイルセルを自分たちの手でつくれるようになると、すごく生き抜く自信がつくんですよ。軽トラと数十万円あれば、とりあえず家で雨露がしのげるって思うと、不確実な時代のサバイバルスキルとしてはとても有効だと思うんです」と塩浦さん。ここまで思うようになったのには、理由があります。

「モバイルセルの原点は、3.11の東日本大震災の体験にあります。当時、日本にいることに危険を感じ、震災発生の2日後にイタリアに渡ることになって、そこで高校を卒業しました。その後ロンドンの大学で学んで、日本に帰国。日本は小さいものを愛でる文化、茶室もあるし、モバイルな住まいととても相性がいいんです。現在も、モバイルセルのワークショップ形式でイベントを企画したり、学生と話す機会も多いんですが、今後はもうちょっと災害発生時の可能性を広げていけたら」と話します。

確かに災害発生時にモバイルセルがあったら、被害の甚大な場所に必要な台数分、配置すればいいですし、安全な場所に移動・避難ができます。建設にも解体にも時間とお金のかかる現状の仮設住宅よりも、こうした「モバイルセル」のほうが機動力もあり、有効な気がします。

また、個人としても、非常時に安心できる「巣」「家」をつくるスキルがあるって、それだけで、こう心強い気持ちになるのは、分かる気がします。すごく原始的な活力で、生き抜く力なのかもしれません。ただ、もともと、塩浦さん自身は、DIYの経験もほとんどなかったといい、やるなかでスキルを身に着けていったそう。
「DIYのほかに、料理やアクセサリーもつくりますし、音楽環境を整えたり、本を出版したり……、いろんなスキルを持つ人が周囲にいるので助けたり、助け合ったりして、今に至ります。やっぱり経験することで何かが生まれるし、触発される。何かをつくりたい、生み出したいって、本能に近いんだと思います」(塩浦さん)

アクセサリー工房の一角。建築にアクセサリー、音楽とちょっと才能があふれすぎ(写真撮影/嶋崎征弘)

アクセサリー工房の一角。建築にアクセサリー、音楽とちょっと才能があふれすぎ(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

一方、現在のアトリエは、7月に予約制の店舗(古着・骨董・アクセサリーのスタジオ)としてもオープンするそう。職住融合、モバイルハウスといっても、少し前までは絵に描いた餅だと思っていましたが、若い世代は、時代に即したかたちで適切にアップデートしていくんですね。自然災害や住まいの領域でも課題は山積みですが、若い才能が世界をより良く変えていくのかもしれません。

●取材協力
SAMPO

転倒必至な床で「生きる!」を実感。賃貸物件『三鷹天命反転住宅』の暮らし

凸凹の床に傾斜した天井。球状の部屋があれば、まっすぐ立てない洗面所もある。一般的な住まいとはどこもかしこも違うが、れっきとした住居であり、芸術作品でもあるのが、ここ「三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー」(東京都三鷹市)だ。なぜ、このようなつくりなのだろう? 入居者はどんな暮らしをしているのだろうか?
足で踏み、手で触れ、音を聴く。感覚も身体も、楽しめる空間

「カラフル」という形容詞以上の言葉を探してしまうほど、色使いが目を引く建物。色だけではなく造形も独特で、円と角を組み合わせて積み上げた形に、一体、中はどうなっているのだろうかと好奇心が掻き立てられる。幹線道路に面していて、道ゆく人は二度見ならぬ三度見もするし、駅から歩いてくれば、かなり遠くからでもその存在が目に入るだろう。「三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー(以下 三鷹天命反転住宅)」は、それくらい印象的な外観だ。

円と角が重なった外観。色使いはもちろん、窓の組み合わせからも楽しい雰囲気が伝わってくる(写真撮影/相馬ミナ)

円と角が重なった外観。色使いはもちろん、窓の組み合わせからも楽しい雰囲気が伝わってくる(写真撮影/相馬ミナ)

竣工は2005年。芸術家/建築家の荒川修作+マドリン・ギンズによって設計された。2人が手がけた作品は国内は岐阜県(『養老天命反転地』)と岡山県(『「太陽」の部屋 ≪遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体≫』)にも存在するが、ここが他と異なるのは「住居である」ということ。鑑賞や体感を目的とした作品とは違い、住まいとして使うことを考えられて設計された9戸の集合住宅なのだ。うち5戸は実際に賃貸であり、2戸は見学用や別の用途に使われているという。

共用部の廊下を歩いていくと、外部の配管や手すりまでこだわって色がつけられていることが分かる(写真撮影/相馬ミナ)

共用部の廊下を歩いていくと、外部の配管や手すりまでこだわって色がつけられていることが分かる(写真撮影/相馬ミナ)

外観や内装に使われているのは14色。
「よく色の意味について聞かれるのですが、例えば『窓枠にはこの色』というような単色には特別な意味がありません。どこから見ても一度に6色以上が視界に入るように計算されているので、視覚が色そのものを単体としてでなく、“環境”として認識するんです。身の回りの自然の風景を思い浮かべてほしいのですが、そこにはたくさんの色が使われていますよね。それと同じことなんです」と、支配人の松田剛佳さんが教えてくれる。

部屋は2LDKと3LDKがあり、3LDKの部屋の奥は和室。円形の畳が見える。左にははしごが備え付けられていて、どう使うかは住民次第。本棚にする人もいれば、棚の脚として活用する人も(写真撮影/相馬ミナ)

部屋は2LDKと3LDKがあり、3LDKの部屋の奥は和室。円形の畳が見える。左にははしごが備え付けられていて、どう使うかは住民次第。本棚にする人もいれば、棚の脚として活用する人も(写真撮影/相馬ミナ)

3LDKの間取図(画像提供/三鷹天命反転住宅)

3LDKの間取図(画像提供/三鷹天命反転住宅)

目を凝らし、視線を動かさないようにして色を数えてみれば、確かに9色認識できた。無秩序のように見えて、実は計算され尽くされていて、荒川+ギンズが考え出した仕掛けに、無意識のうちに影響されていることが分かってきた。見学用の部屋に入ると、その仕掛けの多さに圧倒されてしまう。

メインの床は凸凹になっていて、足裏をほどよく刺激する。あえて山を踏んだり、谷間を縫うように歩いたり(写真撮影/相馬ミナ)

メインの床は凸凹になっていて、足裏をほどよく刺激する。あえて山を踏んだり、谷間を縫うように歩いたり(写真撮影/相馬ミナ)

室内の中心にあるリビング部分はどこにも平らな場所がない。ざらりとしたコンクリートでランダムに凸凹(でこぼこ)がある。土踏まずをほどよく刺激される時もあれば、思わぬ出っ張りに足を取られることもある。中央には一段低くなったキッチンがあり、その周りを囲むように球状の部屋や、丸い畳と砂利が敷かれた和室が配され、どこも当たり前のようにカラフルだ。カプセル型のシャワーの手前には洗面台があり、「試しに顔を洗う動作をしてみてください」と松田さんに言われてやってみると、かなり踏ん張らなければならない。床が傾いていて、屈む姿勢を保つのが難しいのだ。見上げると天井にはたくさんのフックがついていて、ハンモックがかかっていたり、バーが吊るされていたりする。収納はこれで増やせばいいということだろう。

天井にはたくさんのフックが。長いS字フックをかければ簡易的な収納になる。ワイヤーで棚板を吊るすこともできれば、ブランコを設置することもできる(写真撮影/相馬ミナ)

天井にはたくさんのフックが。長いS字フックをかければ簡易的な収納になる。ワイヤーで棚板を吊るすこともできれば、ブランコを設置することもできる(写真撮影/相馬ミナ)

あちこち歩きながら細部の楽しさに夢中になっていると、「床に高低差があるのは気がつくと思うのですが、じつは天井も傾斜しているんです」と松田さんが教えてくれる。床が傾いているのは、歩き回ると実感できることだが、天井までとは分からなかった。実際、住民の中には、気がつかずに数年間過ごしていた人もいるという。

球状の部屋からの眺め。ここの中心で声を出すと、全方位からの不思議な響き方を体感できる(写真撮影/相馬ミナ)

球状の部屋からの眺め。ここの中心で声を出すと、全方位からの不思議な響き方を体感できる(写真撮影/相馬ミナ)

この空間に身を置いていると、なんとも不思議な気持ちになってくる。今、自分はどこにいるのか、ここはなんという場所なのか。そもそも、自分が思っていた「住まい」とは何だったのだろう。その疑問を見透かしたように松田さんが答えてくれる。「『押し入れはどこですか?』『どこで寝るのですか?』と聞かれることも多いです。どこに収納スペースをつくってもいいし、どこで寝てもいい。実際に球状の部屋で寝ていた人もいらっしゃるし、この凸凹の床が涼しくていいと教えてくれた方もいました。みなさまの自由な発想でお住まいいただきたいです」

室内のインターホンはあえて斜めに。どう映るかはあえて現場で確かめてみてほしい(写真撮影/相馬ミナ)

室内のインターホンはあえて斜めに。どう映るかはあえて現場で確かめてみてほしい(写真撮影/相馬ミナ)

「部屋は四角いもの」という既成概念は見事に打ち砕かれている。さらに凸凹の床を歩いているうちに、その感覚がクセになっているし、球状の部屋で聴く自分の声の響きに心地よくなってくる。身体がこの空間を楽しみ、おもしろがっているのだろう。

DIYを繰り返し、進化し続ける住まいと暮らし

実際に、ここでの暮らしを見せてもらうことになり、住民である岡本さんのお宅へお邪魔した。入った瞬間、見学用の部屋との違いに驚かされた。凸凹の床のはずが、そこにきちんと棚が置かれて収納場所になっているし、キッチンには天井から天板が吊るされ、グリーンや雑貨があってなんとも楽しい。球状の部屋はベッドが置かれ、居心地の良さそうな寝室に。他の部屋にもぴったりのサイズの棚や机があり、集中できそうな空間になっている。

岡本さん宅では、凸凹の床でも過ごしやすいようマットレスを自作。スピーカーやミラーボールが吊るされ、この空間を存分に楽しんでいる様子が伝わってくる(写真撮影/相馬ミナ)

岡本さん宅では、凸凹の床でも過ごしやすいようマットレスを自作。スピーカーやミラーボールが吊るされ、この空間を存分に楽しんでいる様子が伝わってくる(写真撮影/相馬ミナ)

そもそも、なぜ岡本さんはこの物件を選んだのだろう?
「東京だからこそ住める場所に、と思ったんです。こんな空間、他にはありませんよね。実際に住んでいる方に話を聞いていたこともあって、意外と住むのは大丈夫そうだなと思っていました」と笑う。

もともと備え付けられているはしごを活用して棚にし、音響機材をまとめている。下は食材などの収納に(写真撮影/相馬ミナ)

もともと備え付けられているはしごを活用して棚にし、音響機材をまとめている。下は食材などの収納に(写真撮影/相馬ミナ)

とはいえ、最初は大変だったとも振り返る。引越し当初、運んできた段ボールが壊れて崩れそうになってしまった。床が凸凹ゆえに、だ。「引越してから3カ月くらいは大変で、身体も部屋に慣れなくてきつかったですね。でも、少しずつ収納を増やし、マットレスを駆使し、あれこれ工夫することで暮らしやすくなってきたと思います。引越し当時はハイハイしていた娘も、今は元気に走りまわっています」

本棚を移動させて空いた壁には、愛娘の作品を。ランダムに貼り付けている様がこの空間にマッチしている(写真撮影/相馬ミナ)

本棚を移動させて空いた壁には、愛娘の作品を。ランダムに貼り付けている様がこの空間にマッチしている(写真撮影/相馬ミナ)

つい先日、寝る場所を和室から球状の部屋に移動させた。「移動」といっても、ただ布団を運べばいいわけではない。丸くくぼんでいる床部分を木材を駆使して水平にし、さらにスペースに合わせてマットレスを円形に切って縫ったという。「球状の部屋は丸いまま使うものだという思い込みをやめたんです。おかげでスペースが広い和室に本棚を移すことができて、部屋全体が広く感じられるようになりました。球体の部屋は夜は落ち着くし、東向きなので朝も気持ちがいいし」

球状の部屋に床を自作して寝室に。DIYでつくったという右奥の棚は、凸凹の床でも水平にできるよう、アジャスターで調整している(写真撮影/相馬ミナ)

球状の部屋に床を自作して寝室に。DIYでつくったという右奥の棚は、凸凹の床でも水平にできるよう、アジャスターで調整している(写真撮影/相馬ミナ)

引越してから、毎週末DIYで何かをつくり、試行錯誤しながら住みやすいように整え続けている。「常に進化している感じです」と岡本さんは笑う。工夫のしがいがあることだろうし、快適になるほどに唯一無二な空間になっていくのだろう。

空間に身を置き、体感するからこそ分かること

現在、賃貸部分は満室で募集はないが、定期的に見学会が開催され、宿泊できるプランもある。春にはテレワークプランも始まり、このなんともいえない不思議な空間を体験するにはまたとない機会が増えている。「この空間には、言葉では伝えきれないところがたくさんあります。説明できないからこそ、荒木とギンズはこの建物をつくったんですから」と松田さんは言う。

取材時に特別に屋上へ登らせてもらった。遠くに青い空や街並み、公園の緑などが見えると、確かにこの建物の色数の多さは気にならなくなる(写真撮影/相馬ミナ)

取材時に特別に屋上へ登らせてもらった。遠くに青い空や街並み、公園の緑などが見えると、確かにこの建物の色数の多さは気にならなくなる(写真撮影/相馬ミナ)

実際に、目で見て、歩いて、触れてほしい。足の感触や座り心地、歩いたときの身体の傾きや、部屋での声の響き方は、人それぞれだろう。身体が違えば、受け取る感覚も変わるからだ。
きっと、実感すれば、住まいについてさらに深く考えたくなるはずだ。自分の身体は今の住まいを楽しんでいるだろうか。楽しむために、もっと進化できる、工夫できることがあるように思えてくるのだ。

(C)2005 Estate of Madeline Gins. Reproduced with permission of the Estate of Madeline Gins.

●取材協力
三鷹天命反転住宅

コロナ禍で二拠点生活がブーム? “先駆け”千葉県南房総市の今と課題

コロナ禍で地方移住や二拠点生活の熱が高まるなか、首都圏からのアクセスがよく、里山と海、両方を楽しめる地域として人気が高まっている千葉県の南房総エリア。2018年12月に取材した南房総市を再訪し、ヤマナハウスの変化や当時は二拠点生活をしていた川鍋宏一郎さんのその後と、南房総市の二拠点生活者、移住支援に関わってきた市、民間団体に、現状や課題について伺いました。
二拠点生活から南房総市に家を建築、また一歩移住に近づく

2016年ごろから東京に本社のある外資系IT企業に勤めながら、家族で住む横浜市と南房総市で二拠点生活をしてきた川鍋宏一郎さん。以前、取材をした際には、二拠点生活や移住を支援するヤマナハウスに週末通いながら、DIYスキルを学んでいました。その後、ヤマナハウスの近くに借りていた家と土地を購入し、2020年に家を新築。横浜との二拠点生活は継続しているものの、自身の生活の比重は南房総市が大きくなっています。
「コロナによるテレワークで都内に出社するのは月1回程度になり、週末は南房総市で過ごすようになりました。金曜日に横浜市内の綱島から高速を使って車で約1時間20分ほどかけて来ますが、日曜日の夜に家族が帰った後に、1週間ひとりで生活することもあります。南房総市は光回線が整っているので、仕事に不便はありませんし、とても静かで集中できます」

1500~2000坪の敷地の母屋を壊して家を建てた。「30年先でも暮らせる家」をイメージしてBESSというブランドで建てた家。カタログから開放的なデザインのWONDER DEVICEのFRANKを選んだ(写真撮影/片山貴博)

1500~2000坪の敷地の母屋を壊して家を建てた。「30年先でも暮らせる家」をイメージしてBESSというブランドで建てた家。カタログから開放的なデザインのWONDER DEVICEのFRANKを選んだ(写真撮影/片山貴博)

川鍋さん一家。子どもたちは裏山を駆け回ったり、川辺で遊んだり、自然と触れ合って過ごしている(写真撮影/片山貴博)

川鍋さん一家。子どもたちは裏山を駆け回ったり、川辺で遊んだり、自然と触れ合って過ごしている(写真撮影/片山貴博)

当初から土地には母屋と納屋がふたつありました。週末に母屋をDIYで修理しようと考えていた川鍋さんでしたが、床を剥がして基礎を確認するなどした結果、自分ひとりで直すのは困難だと分かりました。二拠点目に家を建てることに不安はなかったのでしょうか。

「もともと移住を見据えて二拠点生活をしていますが、横浜の自宅と南房総の家の二重ローンになってしまうので、悩みました。古い母屋は住居として整っていなかったので、以前は家族があまり来たがらなくて。長女は現在10歳で、小学校高学年~中学生になると習い事が始まり、このままでは少ししか田舎暮らしを体験させてあげられない。DIYしている時間はないなと思いました。それに、子育てはあと10年ほど。10年後に引越さない理由がありません。いつか移住したいと思っていても、年を重ねてからDIYや農業の知識を習得するよりも、今から準備を進めた方が良い。多少コスパが悪くても36歳の今、建てようと決めました」

納屋の中は、DIYするときの作業場になっている。いずれ納屋をきれいにして友人と一緒にくつろげる場にする予定(写真撮影/片山貴博)

納屋の中は、DIYするときの作業場になっている。いずれ納屋をきれいにして友人と一緒にくつろげる場にする予定(写真撮影/片山貴博)

知人から譲り受けたパワーショベルで裏山の開墾にひとりで挑む(写真撮影/片山貴博)

知人から譲り受けたパワーショベルで裏山の開墾にひとりで挑む(写真撮影/片山貴博)

キャンプ場をつくろうとパワーショベルで傾斜をならし平地に(写真撮影/片山貴博)

キャンプ場をつくろうとパワーショベルで傾斜をならし平地に(写真撮影/片山貴博)

現在は、二拠点目に本格的に居住することで、自身や家族、周囲の理解が変化しました。

「週末にキャンプやバーベキューを楽しみに来る一時的な場所ではなく、10年後にはここに住むんだとはっきりイメージできるようになりました。よく別荘と勘違いされるんですが、私にとって、南房総市は生活の場所。子どもたちも喜んで来るようになり、妻も草刈りなどを手伝ってくれます。地元の人にも本気だと伝わり、より親切にしてもらっています。地区の賛助会員になり、共同作業をする機会も増えました」

5年間、南房総市に関わりながら、平日は仕事、週末は裏山の整備や地域の作業があり、休みがなく大変な面も。とはいえ、好きなことを思い切りできる環境が気に入っています。

「これから、伐採した木を丸太にしてウッドデッキをつくろうと思っているんです」と川鍋さんは笑顔で語っていました。

アイランドキッチンのあるリビング。経年変化が楽しめる木の床材や壁材をふんだんに使っている(写真撮影/片山貴博)

アイランドキッチンのあるリビング。経年変化が楽しめる木の床材や壁材をふんだんに使っている(写真撮影/片山貴博)

「金曜の夜に車で来て、薪ストーブをつけてビールを開けると、1週間が終わったなとほっとします」と川鍋さん(写真撮影/片山貴博)

「金曜の夜に車で来て、薪ストーブをつけてビールを開けると、1週間が終わったなとほっとします」と川鍋さん(写真撮影/片山貴博)

自然豊かな場所で暮らせる一方で、仕事や家探しに課題も

内房の東京湾、外房の太平洋に面した海岸エリアと里山のある丘陵エリアがある南房総市。豊かな自然に惹かれ、移住先として注目されていますが、二拠点生活や移住の状況はどうなっているのでしょうか。移住支援を行っている南房総市役所企画財政課の山口幸弘さんに伺いました。

「住民票で確認できない二拠点生活者の把握は難しいのですが、Uターン、Iターンの移住が増えています。なかでも30、40代のIターンが多い印象です。移住前に登録してもらっている空き家バンク協議会の希望者は昨年の2倍以上。興味のある人は確実に増えていると感じています」

市として、無料でお試し移住ができるトライアルステイを実施。海が見えるエリア、里山エリア、都心から好アクセスなエリアの3地区に分かれて滞在するなかで、南房総市を肌で感じてもらう取り組みです。例えば、農業に関心のある参加者の場合、地域おこし協力隊員が同行し、地元の農家で農作業が体験できます。昨年は20家族を受け入れました。

丘陵エリアにあるヤマナハウス。春を迎えて草木が動き出した里山(写真撮影/片山貴博)

丘陵エリアにあるヤマナハウス。春を迎えて草木が動き出した里山(写真撮影/片山貴博)

移住者を受け入れるなかで、南房総市が課題とするのが、就労と住宅についてです。

「移住するためには仕事が大事ですが、農業は最初に畑整備や農機具をそろえるなどの投資が必要ですし、自然災害のリスクもあります。南房総市は事務職の求人が少ないので、工事関係や介護、配送等に就職する場合が多いようです。場所を選ばず仕事ができるIT系のフリーランスの方など職業によっては、支障のない方もいますが、サラリーマンの方は、理想を描いて移住してきても現実の生活とのギャップを感じてしまう人もいます。市として起業をする人を支援する取り組みをしていますが、なかなか難しい面があります」

住宅については、賃貸アパートが少なく、中古住宅が人気ですが、実際に貸したり売ったりできる物件が少ない現状があります。持ち主の高齢化で片付けができない、家を継いだ人が都心にいて管理できないという問題があるのです。

「高齢化が進む南房総市は住民がお互いに支え合って成り立っています。若い世代には、海岸清掃・生活道路の草取りなどの維持管理等地域の共同作業に参加してほしいです。それは、早くコミュニティに馴染んで、楽しく長く暮らせるコツでもあります。地域の活動に参加する以外には、若い世代は子育て、年配の方は釣りや庭づくりなどの趣味を通じて、地元に溶け込んでいます」

二拠点生活者や移住希望者を受け入れてきたヤマナハウスの現在

南房総市と業務提携して、移住支援に取り組んでいるのが、シェアオフィス運営を手掛けるHAPON新宿の創始者の一人、永森昌志さんです。HAPON新宿では、南房総市と一緒にイベントを行うほか、移住について相談できる「南房総2拠点サロン」やオンラインカフェを運営してきました。
なかでも、二拠点生活者や移住希望者が集まる場となっているのが、南房総市三芳にあるヤマナハウスです。
永森さんが「シェア里山」と呼ぶヤマナハウスは、約3500坪の里山にある古民家を改修し、希望者で古民家改修や畑仕事、裏山の整備などを行う場所。2018年に取材に訪れた際には、週末に年齢も職業もさまざまな人が集まり、田舎暮らしを楽しんでいました。二拠点生活や移住に対する関心が高まるなか、ヤマナハウスはどのような変化をしているのでしょうか。新緑が芽吹き始めた4月はじめのヤマナハウスを訪ねました。

築300年以上のヤマナハウス。都心から訪れた参加者に、里山ツアーや狩猟体験など1泊2日のプログラムが行われた(写真撮影/片山貴博)

築300年以上のヤマナハウス。都心から訪れた参加者に、里山ツアーや狩猟体験など1泊2日のプログラムが行われた(写真撮影/片山貴博)

月数回の寄り合いや、地ビールやジビエを楽しむイベントも(写真撮影/片山貴博)

月数回の寄り合いや、地ビールやジビエを楽しむイベントも(写真撮影/片山貴博)

訪れた時は、希望者にヤマナハウスや周辺の里山を体験してもらう見学ツアーの真っ最中。プログラムには、狩猟の講習会やヤマナハウスの裏にある里山探検、イノシシの解体があり、東京から来た参加者は、バーベキューでヤマナハウスのメンバーとの交流を楽しんでいました。

土間にコンクリートを打ってコミュニケーションスペースに。使っていない梁でつくったロングテーブル。かまどもワークショップで自作(写真撮影/片山貴博)

土間にコンクリートを打ってコミュニケーションスペースに。使っていない梁でつくったロングテーブル。かまどもワークショップで自作(写真撮影/片山貴博)

裏山での狩猟体験で罠を仕掛けるヤマナハウス副代表の沖さん(写真撮影/片山貴博)

裏山での狩猟体験で罠を仕掛けるヤマナハウス副代表の沖さん(写真撮影/片山貴博)

里山の植物や生き物に参加者は興味津々。水辺にはトウキョウサンショウウオの卵も(写真撮影/片山貴博)

里山の植物や生き物に参加者は興味津々。水辺にはトウキョウサンショウウオの卵も(写真撮影/片山貴博)

「2018年の取材時から3年が経ち、問い合わせは3倍以上になりました。週末だけ来ていた人が、都心に部屋を借りたまま、南房総市に移住し、都心へ月に何回か通う逆二拠点生活を始める人も増えてきました。コロナ禍で都心での自由度が減り、ストレス発散やリフレッシュできる田舎暮らしに関心が高まっているのでしょう」

永森さん自身、2007年から東京と南房総市との二拠点生活を経て、移住を経験しています。永森さんが仲間との共同運営でヤマナハウスをスタートしたのは2015年。古民家を遊び場にして仲間とDIYでリノベーションをするうちに、メディアに取り上げられるようになり、問い合わせが来るようになりました。

車座になり、ヤマナハウスや南房総の地域の課題についての講演を受ける参加者(写真撮影/片山貴博)

車座になり、ヤマナハウスや南房総の地域の課題についての講演を受ける参加者(写真撮影/片山貴博)

「私が南房総市に通うようになった当時、二拠点生活という言葉すらなく、情報も支援もありませんでした。田舎暮らしはしたいと思っていても、いきなりひとりで始めるのはハードルが高いと思います。そこで、改修した古民家をシェアして、二拠点生活や移住希望者の拠点をつくろうと考えたのです。家を借りなくても、週末にヤマナハウスに通うことで、二拠点生活や移住の助走期間にしてもらえれば」

さらに、移住へのハードルを下げてもらおうと始めたのが、南房総市に3カ月通いながら、狩猟を学べる「南房総2拠点ハンターズハウス」です。趣味を入り口にして南房総市を知ってもらう取り組みのひとつで、6回の狩猟講座に参加しながら、民宿に30泊できて15万円。募集を開始したところ、10名の定員はあっという間に埋まり、最終的に15名が参加しました。

ヤマナハウスのメンバーによるイノシシの解体。狩猟講座で学び、皮なめしなどのスキルも身につけた(写真撮影/片山貴博)

ヤマナハウスのメンバーによるイノシシの解体。狩猟講座で学び、皮なめしなどのスキルも身につけた(写真撮影/片山貴博)

「自活力、自給自足力をつけ、自分でサバイバルしていきたい欲求が高まっていると感じています。お金で買うのと同等かそれ以上に、自分でつくったものやその過程に価値を置く人が増えているんです」

とはいえ、都心からの参加者が多いこともあり、緊急事態宣言下では、地域での活動に悩んだことがあったといいます。

「地元の方へ自粛した方がよいか相談に行ったのですが、むしろぜひ作業に参加してほしいとお願いをされました。地域は70、80代の高齢者が多く、作業の担い手が不足しています。野山を放置すれば、道が通れなくなったり、田んぼの水路が埋まったりしてしまいます。草刈りなどを行い、とても感謝されました。こういった地元の活動に一人で出るのは気後れしても、ヤマナハウスに参加しながら、自分のペースで出られる時に出る形で無理なく馴染んでいってほしいと思っています」

飲食店の営業許可をとるため改修中のキッチン(写真撮影/片山貴博)

飲食店の営業許可をとるため改修中のキッチン(写真撮影/片山貴博)

見はらしのよい高台にウッドデッキを制作中。デッキの上にゲル(円形テント)を置く予定(写真撮影/片山貴博)

見はらしのよい高台にウッドデッキを制作中。デッキの上にゲル(円形テント)を置く予定(写真撮影/片山貴博)

ハーブ園ではミント、パクチーが元気に育っていた。これから藍染に使う蓼(たで)も栽培する(写真撮影/片山貴博)

ハーブ園ではミント、パクチーが元気に育っていた。これから藍染に使う蓼(たで)も栽培する(写真撮影/片山貴博)

「二拠点生活は、けっこう大変ですよ」と笑顔で話す川鍋さんに、苦労とそれ以上の充実を感じました。二拠点生活や移住対策について、ほかの自治体では模索中のところも多いですが、南房総市のように成功事例もあります。コロナ禍での価値観の変化を経て高まる需要と、受け皿となる市やヤマナハウスの取り組み。川鍋さんのように充実した暮らしを手に入れるための道のりは険しいですが、さまざまな支援をうまく利用することで、最初の一歩を踏み出せそうです。

●関連記事(2018年取材時の記事)デュアルライフ・二拠点生活[1] 南房総に飛び込んで生まれた、新しい人間関係や価値観

●取材協力
HAPON新宿

美大生のための伝説のアパート、DIYし放題で“住み継ぐ”

美術大学(美大)や美術系学科のキャンパスが集まる東京都町田市。多摩美術大学、東京造形大学、東京工科大学などに通う多くの美大生が生活しているこの町に、約15年にわたり歴代の美大生らが住み継いできたアパートがある。DIYし放題で現状復帰も不要という一風変わったこの物件では、どんな暮らしが営まれているのだろうか?
芸術を学ぶ学生を支えたい。元コーヒーショップ店主の思い

町田駅からJR横浜線で4駅。相原駅から歩くこと5分、黄色い外壁が特徴的な大きなアパートが現れた。ここが美大生の受け継ぐ“伝説のアパート”「アップル&サムシングエルス」だ。

建物外観。黄色い壁が目立つので、遠くからでもすぐに分かる(撮影/片山貴博)

建物外観。黄色い壁が目立つので、遠くからでもすぐに分かる(撮影/片山貴博)

特徴的なデザインの門(撮影/片山貴博)

特徴的なデザインの門(撮影/片山貴博)

きれいに整えられた中庭。管理ルールは定めておらず、入居者が自主的に手入れしている。部屋の扉の色は、入居者が変わる度に自分の好きな色に塗り替えている(撮影/片山貴博)

きれいに整えられた中庭。管理ルールは定めておらず、入居者が自主的に手入れしている。部屋の扉の色は、入居者が変わる度に自分の好きな色に塗り替えている(撮影/片山貴博)

「アップル&サムシングエルス」は、全31部屋の4階建てアパート。1部屋の広さは33平米前後で、家賃は5万5000円~7万5000円。広さの割にリーズナブルな価格設定が魅力的だ。

現オーナーの青木さんは、近隣のコーヒー専門店「パペルブルグ」の元店主。「造形美の宿る作品が好き」と話す青木さんの親しみやすい人柄に惹かれ、多くの美大生が集った。学生の作品を店内に飾ることもあったという。

次第に、「もっと美大生のためになることをしたい」と考えるようになった青木さんは、賃貸物件の経営を思い立つ。そうして生まれたのが、ここ。建物全体のデザインは近隣5大学の学生によるコンペを実施し、上位3組のアイデアを採用し、今から15年前に建てられた。

この物件の最大の特徴は、「DIYし放題」。ほとんどの賃貸物件はDIY禁止か、DIY可でも現状復帰が求められるなか、ここは入居者が自分の好きなように部屋を変えることができ、退去時に元に戻す必要もない。

入居待ちの一室。壁の絵や棚、小上がりスペースなどはかつての入居者である美大生が制作したもの。小上がりは床下収納にもなっていて、そのまま使える(撮影/片山貴博)

入居待ちの一室。壁の絵や棚、小上がりスペースなどはかつての入居者である美大生が制作したもの。小上がりは床下収納にもなっていて、そのまま使える(撮影/片山貴博)

洗面台やキッチン周りのタイルは、前の入居者が塗装したまま残されていた(撮影/片山貴博)

洗面台やキッチン周りのタイルは、前の入居者が塗装したまま残されていた(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

「DIYし放題・現状復帰不要」というルールを設けた理由を、青木さんに聞いた。

「普通の賃貸の部屋より、気に入った空間で過ごしたほうが、感性が養われるでしょ。学生には、『イタズラじゃなきゃ何してもいいよ』と言っています。壁に絵を描いても、ビスを打ってもいい。事前に言ってくれれば、必要な道具を貸します。僕自身もDIYをするので、ペンキや電動のこぎり、材木が家にあるんです」

気さくな青木さんは、入居者との交流も深い。取材中にすれ違った人は全員、笑顔で青木さんと挨拶を交わしていた。多くの学生は卒業と同時に退去するが、その後も多くの卒業生たちとLINEや年賀状で連絡を取り合っている。卒業後の活動報告を兼ねて、作品や関わった商品などを送ってくれる人もいるそうだ 。青木さんと歴代の美大生との間の絆がうかがえる。

「この部屋に住めて幸せ」空間から得たインスピレーションが創作に活きた入居者のショウさん。東京造形大学で映像を専攻している3年生(撮影/片山貴博)

入居者のショウさん。東京造形大学で映像を専攻している3年生(撮影/片山貴博)

入居者にも話を聞いてみよう。4階の部屋に住むショウさんは、もともと近隣の家賃3万円の物件に住んでいたが、老朽化に伴い退去を要請されてしまった。そこで一緒に暮らしていたルームメイトがインターネットでこの物件を見つけ、約1年前に2人で引越してきた。1学年上のルームメイトは先に退去したため、現在はショウさんの一人暮らし。

4階まで階段を登らなくてはならないのが少し辛いところではあるが、この部屋は33平米で家賃6万円。都内ではほぼあり得ない好条件だ。

「白が好きなので、壁も床も真っ白なこの部屋がとても気に入っています」と話すショウさん。この部屋に引越してきてから、自身の気持ちが大きく変化したと話す。

「前の部屋はすごく古く、家に帰ってもあまり楽しくありませんでした。友達が来てくれても、少し恥ずかしくて。でも、今は好きな部屋に住んでいるので幸せです。友達を呼んで話すのが楽しいし、広いので機材や好きなものをたくさん置けるんです」

入居の決め手になったという、白い棚。過去の入居者がDIYで取り付けた当時は真っ赤だったが、その後別の入居者が白く塗り替えた(撮影/片山貴博)

入居の決め手になったという、白い棚。過去の入居者がDIYで取り付けた当時は真っ赤だったが、その後別の入居者が白く塗り替えた(撮影/片山貴博)

棚の中はキャラクターのフィギュアや書籍など、ショウさんの好きなもので埋め尽くされている。写真の絵画は「大学の先輩が描いた絵をもらった」(撮影/片山貴博)

棚の中はキャラクターのフィギュアや書籍など、ショウさんの好きなもので埋め尽くされている。写真の絵画は「大学の先輩が描いた絵をもらった」(撮影/片山貴博)

棚の上にはショウさんの飼い猫がいた。「アップル&サムシングエルス」は全室ペットOKだ(撮影/片山貴博)

棚の上にはショウさんの飼い猫がいた。「アップル&サムシングエルス」は全室ペットOKだ(撮影/片山貴博)

前の入居者が白く塗った床。一般的な賃貸物件にはなかなかない、独特の風合いがある(撮影/片山貴博)

前の入居者が白く塗った床。一般的な賃貸物件にはなかなかない、独特の風合いがある(撮影/片山貴博)

この部屋の中で、ショウさん自身がDIYを施した場所はまだないという。青木さんによると、DIYによって部屋を大きく変えて暮らす入居者もいれば、ショウさんのように前の内装が気に入り、そのままの状態で暮らすケースもあるそう。

ショウさんは、「この部屋がきっかけになってつくった作品がある」と、自身の制作した映像を見せてくれた。大学の教授から高い評価を受けたそうだ。

「映像作品のアイデアは、この部屋にいたからこそ浮かんだもの。撮影もこの部屋で、白い壁や自然光を利用して行いました。もし他の部屋に住んでいたら、この作品はつくれなかったと思います」

「身体表現」をテーマに制作した映像作品を解説するショウさん。白い空間の中にいる黒い衣装を着たダンサーが、頭を抱えたり、ベッドに寝そべったりしている。男女の関係性の中で生まれる感情の変化を表現した(撮影/片山貴博)

「身体表現」をテーマに制作した映像作品を解説するショウさん。白い空間の中にいる黒い衣装を着たダンサーが、頭を抱えたり、ベッドに寝そべったりしている。男女の関係性の中で生まれる感情の変化を表現した(撮影/片山貴博)

ショウさんがこの部屋で描いた絵画。「絵は専門外です」と謙遜するが、さすがのクオリティだ(撮影/片山貴博)

ショウさんがこの部屋で描いた絵画。「絵は専門外です」と謙遜するが、さすがのクオリティだ(撮影/片山貴博)

まさに現オーナーの青木さんが言った「気に入った空間で過ごしたほうが、感性が養われるでしょ」という言葉のとおり。きっとこれまでも多くの美大生が、それぞれの部屋からインスピレーションを得て、創作活動に邁進してきたのだろう。

「この部屋で暮らせて、今すごく幸せです」と笑顔で話すショウさんの表情は、実にのびのびとしている。白い背景と柔らかい日差しの中で、創作に打ち込んでいる姿が目に浮かんだ。

一般的に、賃貸物件は住む人を選ばないよう画一的なつくりになりがちだ。しかし、美大生たちがここで豊かな時間を過ごしているのは、あえて「住む人を選ぶ」部屋にしたからなのだろう。現オーナーの青木さんは、美大生が輝くために必要な環境を知っている。「DIYし放題・現状復帰不要」の物件が長年住み継がれている理由が分かった気がした。

コロナ禍で変わる賃貸物件のニーズ。多拠点、コミュニティ、ストーリーがキーワード

ここ数年、「デュアラー(二拠点居住者)」や「アドレスホッパー」など、新たな住まい方をする人が出現し、それらの多様なニーズに応える賃貸や宿のサービスが展開されてきました。さらに新型コロナウイルスの影響を受け、家で過ごす時間が増えたことで賃貸物件の選び方や求める条件も変わってきているようです。
そこで今回は、全国賃貸住宅新聞の編集長・永井ゆかりさんに、いま注目を集めている賃貸物件やこれからの部屋さがしについてお話を聞きました。今回、お話を聞いた全国賃貸住宅新聞の永井ゆかり編集長(写真/全国賃貸住宅新聞)

今回、お話を聞いた全国賃貸住宅新聞の永井ゆかり編集長(写真/全国賃貸住宅新聞)

コロナの影響で「住まいに求めるもの」が変わった!

SUUMOが6月30日に発表した「コロナ禍を受けた『住宅購入・建築検討者』調査(首都圏)」では、コロナ禍を経て、今まで住まい選びの筆頭条件のひとつだった「駅からの距離」よりも「広さ」を求める傾向が強まっていることが明らかになりました。賃貸物件に求める条件が大きく変わってきていると同時に、広さや駅からの距離など、これまでの指標となってきた条件だけではない選び方が広がっているようです。

今回の調査で「駅からの距離」よりも「広さ」を重視する人が10ポイントほど増加した(資料/SUUMO)

今回の調査で「駅からの距離」よりも「広さ」を重視する人が10ポイントほど増加した(資料/SUUMO)

「コロナ以前は、最寄駅へ徒歩での移動が難しいバス便の物件などでは、明確に『そこに住む理由』がないと、みなさんの検討に入って来ませんでした。結果、駅からの距離が近く、立地の良い物件に人気が集まってきたと思います。ところが今、テレワークや自宅学習の時間が増え、物件を探すときの条件の中で通勤・通学に必要な『アクセス利便性』の優先順位が下がってきているように感じます。

実際に4月以降、湘南でしばらく空室になっていた一戸建て賃貸の数棟が満室になった話を聞きました。これまでこの物件に入居する人はサーファーや自営業など仕事に融通がきく人が多かったようですが、今回新たに入居した人のなかには会社勤めのファミリーもいたそうです。本当は海の近くに住みたいと思っていながら職場へのアクセスを重視して都心に住んでいた人たちが、テレワークが可能になって一気に動いたわけです」(永井さん、以下同)

海沿いの一戸建賃貸の入居率が上がるなど、テレワークによって場所に縛られない働き方が可能になり「本当に住みたい」場所を選ぶ人が増えている(写真/PIXTA)

海沿いの一戸建賃貸の入居率が上がるなど、テレワークによって場所に縛られない働き方が可能になり「本当に住みたい」場所を選ぶ人が増えている(写真/PIXTA)

これまで賃貸物件で重視されてきた条件の優先順位づけが変わる一方で、海に近い一戸建て賃貸住宅の例をはじめ、住む人の志向に応じていっそう「ニーズの多様化」が進んでいると言えそうですね。

「何が起こるか分からない」なかで「住む場所を選べる」強み

このように新型コロナの影響を経て、人びとの働き方や住まいに求めるものが変わっているのを感じます。ここ数年注目を集めている賃貸物件の傾向と、それらのコロナ禍を受けての影響、さらに今後どのように変化していくのかを伺ってみました。

「まず1つ目として多拠点居住をする人たちは間違いなく増えるでしょう。例えば、ここ数年のうちには、10世帯のうち2~3世帯はいろいろなところに拠点を確保して、1つの物件には1年のうち数カ月しか居住していないという状況になるかもしれません。そんなスタイルに応じたサブスク的な(一定期間、一定額で利用できるような)住み方ができるサービスがどんどん出てきています」

サブスク、多拠点といえば、ここ1~2年、定額住み放題型の多拠点居住サービスが注目を集めています。多拠点居住のスタイルは移動を前提としているので、かなりのコロナの影響が出たのではと思われますが……。

「定額住み放題サービスを提供している『ADDress(アドレス)』の代表・佐別当(さべっとう)隆志さんや『HafH(ハフ)』の代表・大瀬良亮さんのお話を聞くと、やはり拠点によって利用頻度が下がるなどの影響があったようです。けれども、近年の災害の多発、世界規模のコロナ感染など『何が起こるか分からない』世の中になりつつあるなかで、住む場所が複数ある状態は自分の生活を守る『防御策』にもなりうるといいます」

全国の空き家を活用した定額住み放題サービスを提供する「ADDress」。それぞれの地域の自然やコミュニケーションを楽しむなど、利用目的はさまざま(写真提供/ADDress)

全国の空き家を活用した定額住み放題サービスを提供する「ADDress」。それぞれの地域の自然やコミュニケーションを楽しむなど、利用目的はさまざま(写真提供/ADDress)

世界に200の拠点をもつ定額制住み放題サービス「HafH」は「出会える、学べる、働ける」がコンセプト。ウィズコロナ時代に合わせて個室のある拠点も増やしている(写真提供/KabuK Style)

世界に200の拠点をもつ定額制住み放題サービス「HafH」は「出会える、学べる、働ける」がコンセプト。ウィズコロナ時代に合わせて個室のある拠点も増やしている(写真提供/KabuK Style)

HafH Goto The Pier(長崎県五島市)の部屋(写真提供/KabuK Style)

HafH Goto The Pier(長崎県五島市)の部屋(写真提供/KabuK Style)

実は筆者も昨年から東京と佐賀の2拠点生活をしていますが、たしかに住まいの選択肢を複数もっていることで心理的な「自由」と「選択できる余裕」を持つことができているように思います。

いざというときに心強い「コミュニティ型賃貸」

また、選べる自由を手に入れたとき、筆者がまず選んだのは親類や友人など「頼れる人」の多い場所でした。賃貸物件を選ぶ際にも、同じようにこの点を重視する人は多そうです。

「非常時にこそ、その重要性を再認識できるのが『コミュニティ』ですよね。これから注目される賃貸物件の2つ目としては、改めて『コミュニティ型賃貸』が支持されていくように思います。

例えば溝ノ口の『キャムスクエア』では、入居契約時に『笑顔特約』を設け、ほかの人とすれ違ったときに笑顔で挨拶を交わすことを約束しています。地域とつながることを大切にし、周辺のお店やイベントなど、さまざまな情報を共有するためにオーナーさんと入居者さんはLINEで繋がっているそうです。挨拶や小さな不具合の相談など、日々のコミュニケーションが生まれることで防犯や非常時の情報共有にも役立ちます」

キャムスクエアでは「笑顔特約」を設けたり、鍵を渡すときにキーホルダーをプレゼントするなど、入居時からコミュニケーションを大切にしている(写真提供/わくわく賃貸)

キャムスクエアでは「笑顔特約」を設けたり、鍵を渡すときにキーホルダーをプレゼントするなど、入居時からコミュニケーションを大切にしている(写真提供/わくわく賃貸)

(写真提供/わくわく賃貸)

(写真提供/わくわく賃貸)

「コミュニティ型賃貸」といえば、ここ十数年で「シェアハウス」も増えました。複数の世帯が同じ空間で過ごすシェアハウスでは「密」を生むことへの懸念などもあったのではないでしょうか。

「はい、コロナ禍で『シェアハウスは大丈夫?』と多くの人に聞かれました。結論からいうと、物件ごとに感染対策をしっかり採られたうえでなら、複数人で暮らすことのリスクよりも共有スペースがあることなどのメリットが上回ったといえます。広い共有スペースはテレワークがしやすく、誰かの気配を感じながら仕事ができますから」

共有スペースを有するシェアハウスは、テレワークにも最適(写真/PIXTA)

共有スペースを有するシェアハウスは、テレワークにも最適(写真/PIXTA)

それぞれの物件がもつ「ストーリー」に共感

たしかに誰かの気配を感じることが落ち着く、という感覚に納得しますし、入居者間のコミュニケーションを大切にしている物件には魅力を感じます。一方で、ひとりで過ごす場所やプライベートな時間を重視する人もいて、ニーズが多様化していることを感じます。個人によって好みや志向が異なるなかで、多くの人の支持や注目を集める物件も出てくるでしょうか?

「これからは“ストーリー”や“住みたい理由”を持つ物件に魅力を感じる人が増えるでしょう。八王子にある『アパートキタノ』は、DIYを前提として住む人が自由にお部屋を変えることができます。この自由さに共感したクリエイティブな人たちが集まり、SNSなどでDIY事例やこの物件の魅力を発信するため、さらに人気が高まっているといいます。

賃貸物件を探すときには、これからの生活をイメージしながらワクワクする物件を探したいですよね。ぜひ“ストーリーのある物件”を見つけていただければと思います」

京王線・北野駅から徒歩15分ほどの場所にある「アパートキタノ」。築26年の趣を感じさせるDIY前の部屋の様子(画像提供/アパートキタノ)

京王線・北野駅から徒歩15分ほどの場所にある「アパートキタノ」。築26年の趣を感じさせるDIY前の部屋の様子(画像提供/アパートキタノ)

「アパートキタノ」に住む沼田汐里さんがDIYしたお部屋。板張りの壁にDIYを施されたインテリアがオシャレ(画像提供/アパートキタノ)

「アパートキタノ」に住む沼田汐里さんがDIYしたお部屋。板張りの壁にDIYを施されたインテリアがオシャレ(画像提供/アパートキタノ)

アクセサリー作家・大坪郁乃さんがDIYして住んでいるお部屋。白とグレーのペンキを混ぜて壁を塗っている(画像提供/アパートキタノ)

アクセサリー作家・大坪郁乃さんがDIYして住んでいるお部屋。白とグレーのペンキを混ぜて壁を塗っている(画像提供/アパートキタノ)

まだまだ手探り、これからも変化しつづける賃貸物件

これまで新しい取り組みを行っている物件やサービスをたくさん紹介いただきましたが、このような時代の流れにあわせて、大手の住宅メーカーも新しい商品開発に着手し始めたようですね。

「大東建託が7月1日からテレワーク対応型の間取りプランを採用した賃貸住宅の販売を開始しました。このように専用部に仕事ができる場所を確保することはもちろん、共用部にワークスペースを併設したり、1階のテナントにコワーキングスペースが入っている物件なども今後増えていくかもしれませんね」

大東建託が7月1日より販売開始した「DK SELECT」ブランドの賃貸住宅(資料/大東建託プレスリリース)

大東建託が7月1日より販売開始した「DK SELECT」ブランドの賃貸住宅(資料/大東建託プレスリリース)

一方で従来のスタイルの賃貸物件においては、大家さんがポストコロナの生活への対応についてまだまだ手探りの状態で、課題も多いと言います。

「例えばテレワークの時間が増えたことで、『インターネット回線の接続が良くない』というクレームが増えたそうです。これまでは入居する人も大家さんも、通信速度や安定性まで強く意識する機会は少なかったのではないでしょうか。物件の仕様もウィズコロナ・ポストコロナの生活スタイルに応じて変わっていくかもしれませんね」

テレワークの機会が増えたことにより、「インターネット接続の安定性」など、これまで意識しなかった点も物件探しのポイントになるかもしれない(写真/PIXTA)

テレワークの機会が増えたことにより、「インターネット接続の安定性」など、これまで意識しなかった点も物件探しのポイントになるかもしれない(写真/PIXTA)

永井さんにお話いただいたように、これからは専用のワークスペースがある物件や地域や入居者間のコミュニティを大切に築く物件、簡単に貸し借りができるような賃貸物件が増えていきそうです。また、距離に縛られなくなれば、住む場所の選択肢も広がります。

自分がどんな暮らしをしたいのか、どんな毎日ならワクワクするのか、もう一度自分の「好きなもの、好きなこと」を見直すことが、ダイレクトに賃貸物件選択につながる――。部屋探しもますます自分らしく楽しむ時代になりつつあるのかもしれませんね。

●取材協力
・全国賃貸住宅新聞
・ADDress
・HafH
・KabuK Style
・キャムスクエア
・アパートキタノ

奄美大島の空き家をみんなでDIY。街のみんなの夢をかなえる場になるまで

あるときはアロマ教室、またあるときは居酒屋や人狼ゲーム会場……。奄美大島の集落にある一軒の古民家が、世代を超えて地域の人々をつなげる場を提供している。今回は、この『HUB a nice d!』を訪問。自己実現の場を求めていた山本美帆さんが、周囲を巻き込みながら、いつしか彼らの自己実現の場にもなる地域のHUB拠点を立ち上げたプロセスを取材した。
夫の転勤でキャリアを閉ざされたママたちの声が空き家探しのきっかけに

そもそもの発端は、6年前、山本美帆さん(34歳)が夫の転勤で奄美大島のほぼ南端、瀬戸内町の阿木名集落に引越してきて、個人事業主としてベビーマッサージの講師を務める傍ら、「赤ちゃん先生」という世代間交流の事業に携わっていたころまで遡る。地域のママたちが同じ悩みを抱えていることに気づいたのだ。

「みなさん、自分のキャリアややりたいことがあるのに、夫の転勤など、自分の意思ではない要因でキャリアを閉ざされてしまっていたり、夢が実現できずにいたんです。あるいは、やりたいことに向けて勉強したり資格を取ったりしても、それを活かす場がないと。アロマ教室やハンドメイド教室などを開きたくても、公民館のようなスペースは行政が管理しているため、利益が出るような活動には使えなくて」(山本さん)

自分自身、そうした“場”を求めていたこともあり、それなら自分でつくってしまおうと、空き家や空きスペースを探し始めたのが3年前。都市部と違って、不動産会社にも空き家物件の情報はない。区長にも協力してもらいながら、内装を自分で自由に変えられる賃貸住宅を1年ほど探したが、借りられる空き家は見つからなかった。そこで、あまりに古くて候補から除外していた物件を再検討し、ようやく最終的に決断に至ったのが、昭和33年(1958年)築の古民家。空き家歴5年になる物件だった。

大工、建築家を加えた3人チームでリノベーションを開始

空き家を改装するにあたって、大工の中村栄太さん(34歳)の協力を仰いだ山本さん。少しでもコストを抑えたいこともあり、柱など使えるものはなるべく残そうと考えていたが、シロアリの被害がひどいことが判明。かなり手を入れなければならないことが分かり、「プロの目で見てもらわないと」と考え、中村さんの中学・高校通して部活の先輩だった建築家の森帆嵩さん(35歳)にもチームに入ってもらうことになった。

「奄美は同級生、同窓生のつながりが強いんです」(森さん)

こうして、同世代の3人チームが結成されたのが2年前の2017年6月。賃貸契約を結んで、8月には地域の人たちにも手伝ってもらいながら解体し、この年の11月から建築を始めた。プロでなければできない部分は大工の中村さんが担当。DIYできる部分は、山本さんはじめ地域の人たちにも手伝ってもらった。

「SNSで呼びかけて集まってもらいました。多いときで30~40人が参加してくれたのではないでしょうか」(山本さん)

「奄美は人手が少ないので、なんでも自分たちでやるんです。引越しも業者に頼まずにみんなでやるし、建物の上棟などもそう。女性たちは炊き出しをしてくれたり」(森さん)

工事やDIYと並行して、地域の人たちにも加わってもらいながら「場の使われ方」を話し合った。コンセプトは「地域のコミュニティ」「みんなで集える空間」。当初は、子育て世代にフォーカスしたサロンのようなものをイメージしていたが、やがて軌道修正をすることになる。

「2018年2月に半分出来上がったところで、資金がショートして、工事が止まってしまったんです」(山本さん)

鹿児島県の起業家スタートアップ支援金と自己資金とを併せて資金を用意していたが、それでは足りなくなってしまったのだ。

改修前の状態。昭和33年(1958年)築だったため、試行錯誤の末、建築当時の状態に回復させることで強度を確保するという考え方に落ち着いた森さん。先輩の建築家に相談したり、自身でも伝統再築士の資格を取得したりした(画像提供/HUB a nice d!)

改修前の状態。昭和33年(1958年)築だったため、試行錯誤の末、建築当時の状態に回復させることで強度を確保するという考え方に落ち着いた森さん。先輩の建築家に相談したり、自身でも伝統再築士の資格を取得したりした(画像提供/HUB a nice d!)

(画像提供/HUB a nice d!)

(画像提供/HUB a nice d!)

(画像提供/HUB a nice d!)

(画像提供/HUB a nice d!)

リフォーム工事の様子。DIYしたのは、(1)床材の加工(2)漆喰壁などクロス以外の塗装(3)土間打ちのコンクリートの運搬(4)外壁や屋根の塗装など。子どもたちも遊び感覚で楽しみながら手伝ってくれた(画像提供/HUB a nice d!)

リフォーム工事の様子。DIYしたのは、(1)床材の加工(2)漆喰壁などクロス以外の塗装(3)土間打ちのコンクリートの運搬(4)外壁や屋根の塗装など。子どもたちも遊び感覚で楽しみながら手伝ってくれた(画像提供/HUB a nice d!)

集落の人たちが求めていたのは世代間をつなげる“食”の場だった

資金不足で計画が立ち行かなくなってしまった山本さんに、鹿児島県の出先機関の女性所長がアドバイスをくれた。

「集落として取り組むのであれば、国の交付金が受けられるよと教えてくださったんです。そこで、集落のミーティングに出席して、どんな使い方をしたいかと聞いてみたら、『おじいちゃんおばあちゃんから子どもまで一緒に食事ができる地域食堂があるといい』といった声があがりました」(山本さん)

飲食できる場が求められていることが分かり、山本さんたちは軌道修正を決めた。業務用のキッチンを入れるなど設計図を大幅に変更。工事を再開できるだけの資金も調達できたことから、第二期の工事を開始した。

「子どもたちにはキッズスペースを、正座がつらいお年寄りには掘りごたつ形式のカウンターをつくりました。段差を設けているので、完全バリアフリーではありませんが、いろいろな世代がちょっとずつ我慢しながら一緒に使えるような設計です」(森さん)

こうして『HUB a nice d!』は、2018年10月29日に完成した。

左から、中村栄太さん、山本美帆さん、森帆嵩さん。34歳、34歳、35歳と、奇しくもほぼ同い年の3人がそろった。建築当時の強度に復元したこの建物は、2018年9月の台風で島内が多くの被害に見舞われたときも、被害がなかったという(画像提供/HUB a nice d!)

左から、中村栄太さん、山本美帆さん、森帆嵩さん。34歳、34歳、35歳と、奇しくもほぼ同い年の3人がそろった。建築当時の強度に復元したこの建物は、2018年9月の台風で島内が多くの被害に見舞われたときも、被害がなかったという(画像提供/HUB a nice d!)

土間から上がる伝統的なつくり。「おじいちゃんの家みたいな懐かしさは失くしたくありませんでした」(森さん)(画像提供/HUB a nice d!)

土間から上がる伝統的なつくり。「おじいちゃんの家みたいな懐かしさは失くしたくありませんでした」(森さん)(画像提供/HUB a nice d!)

カウンターは掘りごたつ形式でラクに座れるようになっている(画像提供/HUB a nice d!)

カウンターは掘りごたつ形式でラクに座れるようになっている(画像提供/HUB a nice d!)

大工の中村さんのこだわりが詰まっている天井(画像提供/HUB a nice d!)

大工の中村さんのこだわりが詰まっている天井(画像提供/HUB a nice d!)

地元になかった「週末居酒屋」が中高年男性陣に大好評

完成から約1年。現在、『HUB a nice d!』は、アロマ教室やベビーマッサージ教室、スキンケア講座や子育てサロンに加えて、平日昼のカフェ、土曜の昼のカレー店、金土の夜の居酒屋と、曜日や時間帯ごとに、いろいろな使われ方をしてきた。特に居酒屋は、店主である納裕一さん(35歳)が2018年12月に始めて以来、週末ごとに大盛況なのだという。

「本業は看護師ですが、以前から居酒屋をやってみたかったんですよね。やってみて分かったのは、この場がいろいろな人をつなげているということ。島内と島外の人をつなげるだけでなく、同じ集落に住む若い世代と上の世代もつなげてくれて。そういう機会が意外となかったので、焼酎を飲みながらいい感じにゆるくつながりができるのは、とてもうれしいです」(納さん)

地元に居酒屋がなかったことから、今までは隣町に飲むに行くしかなかった一人暮らしの高齢お年寄りの男性陣から絶大な支持を集めている「週末居酒屋」。一方、近所に住む高齢の女性はというと、「ずっと空き家だった家に、こんなふうに人が集まって来るようになったことで、町が明るくなった」と、こちらも大いに喜んでいるのだとか。

夫の転勤で熊本県から引越してきて以来、月に2回ほど通っている女性は、「仕事をしていないこともあり、地域とのつながりがなかったので、集落の人たちと仲良くなれる場があることはとてもありがたい」と語る。『HUB a nice d!』が、島外と島内、集落内の世代間をつなぐ役割を果たしていることが分かる。

(画像提供/HUB a nice d!)

(画像提供/HUB a nice d!)

この日のオススメは豚のアゴ肉鉄板焼とシビユッケ。納さんは豚バラ大根も得意料理だ(画像提供/HUB a nice d!)

この日のオススメは豚のアゴ肉鉄板焼とシビユッケ。納さんは豚バラ大根も得意料理だ(画像提供/HUB a nice d!)

地域食堂では家庭料理を提供。大人300円、小学生~高校生100円、未就学児は無料だ(画像提供/HUB a nice d!)

地域食堂では家庭料理を提供。大人300円、小学生~高校生100円、未就学児は無料だ(画像提供/HUB a nice d!)

カメラマンを迎えてのカメラ講座では、子どもたちをのびのび遊ばせながら参加できる。ママたちは学びに集中し、チビッコたちは遊びに熱中(画像提供/HUB a nice d!)

カメラマンを迎えてのカメラ講座では、子どもたちをのびのび遊ばせながら参加できる。ママたちは学びに集中し、チビッコたちは遊びに熱中(画像提供/HUB a nice d!)

HUB a nice d! を造る過程でアドバイスや協力をくれた阿木名まちづくり委員会のみなさん(画像提供/HUB a nice d!)

HUB a nice d! を造る過程でアドバイスや協力をくれた阿木名まちづくり委員会のみなさん(画像提供/HUB a nice d!)

地域の社会人有志が自主的に実行委員会を起ち上げた「瀬戸内町近未来会議」というイベントの事前勉強会の様子。大人に混ざって高校生たちも参加(画像提供/HUB a nice d!)

地域の社会人有志が自主的に実行委員会を起ち上げた「瀬戸内町近未来会議」というイベントの事前勉強会の様子。大人に混ざって高校生たちも参加(画像提供/HUB a nice d!)

心理ゲーム「人狼」の会場になることも。まさにやりたい人がやりたいことをする“場”となっている(画像提供/HUB a nice d!)

心理ゲーム「人狼」の会場になることも。まさにやりたい人がやりたいことをする“場”となっている(画像提供/HUB a nice d!)

完成から1年。さまざまな人にさまざまな使われ方をすることで、地域にしっかりと根づいた『HUB a nice d!』は、第36回「住まいのリフォームコンクール<コンバージョン部門>」で優秀賞を獲得した。そのタイトルは「多世代で繋がり人や情報が集まる夢の芽が花開く地域のHUB拠点」というもの。事実、『HUB a nice d!』は今も、「実験と挑戦の場」として、人々のチャレンジショップの役割を果たしていると山本さんは語る。また、DIYは、コスト削減や、参加者がその後も愛着を持ってかかわってくれることというメリットがあるが、森さんによると「自分たちで修復できるので、長期間のメンテナンスコストも抑えることができる」とのこと。事業自体のサステナビリティを高めるというメリットも再発見することとなった。

山本さん自身の自己実現が発端となり、それが周りのママたちへ、やがて地域のみんなの自己実現へと連鎖して広がったこの挑戦。その過程には、コミュニティ活動を持続させるという重要課題へのヒントがありそうだ。

●参考
HUB a nice d!

“賃貸住宅でDIY”これで安心。注意点や知識まとめた「賃貸DIYガイドライン」が必読

賃貸住宅に住んでいる人は、「原状回復できる範囲でのDIY」を楽しんでいるケースが多いと思いますが、知らぬ間に同居している家族や他の入居者の安全を脅かしている可能性があることをご存じでしたか? また、最近少しずつ増えてきた「DIY可」と記載がある賃貸住宅でも、火災予防の観点からやりたいDIYが出来ない場合もあることや、退去時にどんなトラブルが予測されるのかもまだあまり知られていないと思います。
「そんな情報どこで教えてくれるの?」という方には、2019年5月20日に公開された「賃貸DIYガイドラインver.1.1」がおすすめです。その内容から、賃貸住宅でDIYする場合に知っておきたい情報をご紹介します。
「原状回復できるDIY」での注意点とは?

インテリアやDIY好きな人たちが実例画像を共有するサイトRoomClipを見てみると、「原状回復(現状回復)」というタグで3600枚以上の写真が投稿されています。賃貸住宅でDIYをやりたい人にとって「退去時に余計なお金がかからないように原状回復できること」が大きな関心ごとであることが分かります。
DIY材料店や100円ショップのDIYコーナーでは、「賃貸でも貼って剥がせる壁紙用の糊」や「きれいに剥がせてデザイン性の高い幅広マスキングテープ」などが売られ、インターネット上では「原状回復できるDIY」に関する情報がたくさん公開されています。

DIYの強い味方、マスキングテープ(写真は、ニトムズ「decolfa(R)(デコルファ)」)

DIYの強い味方、マスキングテープ(写真は、ニトムズ「decolfa(R)(デコルファ)」)

しかし、賃貸住宅の管理会社の立場から見ると、その中には心配なDIYも混じっていると感じます。かわいいから、便利だからと、ガスコンロのまわりに100円ショップで買った木製のすのこを貼ったり、燃えやすい粘着シートを貼ったりすれば、火災の危険が増してしまうのです。アパートやマンションなどの共同住宅で万一火災になれば、大家さんの財産である建物に被害を及ぼすだけでなく、人命にも関わります。火災保険に入っているから大丈夫、というレベルの話ではありません。

DIYする人が知っておくべき「内装制限」

賃貸住宅で火災が発生した場合の危険度は、構造や規模、場所によって違います。
例えば、木造のアパートと鉄筋コンクリートのマンションでは火の燃え広がる範囲やスピードが違いますし、1世帯しか住んでいない戸建て貸家と10世帯が暮らす共同住宅では火災発生のリスクが異なります。同じ1つの住戸の中でも、キッチンのある部屋のほうが浴室やトイレよりも火の用心が必要です。

そのような事情を加味し、火災が発生した場合の危険度が高い場所では、万一のときに避難する時間を稼ぐために内装に使う材料を燃えにくいものにするというルールがあります。「内装制限」と呼ばれるそのルールは建築基準法や消防法、都道府県の火災予防条例で規定されており、不燃材料、準不燃材料、難燃材料などの防火性能の高い内装材を危険度に応じて使用することとされています。
ちなみに、内装制限があるのは壁と天井だけで床材には制限はありません。火は上に燃え広がる性質があるからです。同じ理由で、例えば同じ2階建アパートの中の住戸でも、101号室には制限があるのに201号室にはない場合があります。101で火災が起きた場合は201にも早々に被害が及びますが、201で火災が起きた場合は上階に住戸がないのですぐには被害が広がらないと見られているからです。
賃貸住宅でDIYしたい場合は、ご自分の住んでいるお部屋の内装制限を知り、それに合わせたDIYをする必要があります。

内装制限をどうやって調べたらよいか

内装制限を調べる行為は、新築や増改築の建築設計の際に一級建築士などの専門家が行っています。「賃貸住宅でのDIY文化をつkうっていくためには、建築の知識がない人でもこれを簡単に調べられるようにする必要がある」と立ち上がったのが、一般社団法人HEAD研究会でした。現場の第一線で活躍する一級建築士や、DIYを促進したい不動産管理会社、メディア関係者などの有志が集まり、2年の歳月をかけて「賃貸DIYガイドラインver.1.1」を完成させたのです。

(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

賃貸DIYガイドラインではフローチャート形式を採用し、その住戸にかかる内装制限を簡単に調べられるようにしています。「延べ面積」などの専門用語は、その用語の意味や調べ方が書いてあります。大家さんや管理会社に聞く必要があるもの、専門的な判断が必要で「建築士にご相談ください」というゴールになっているものもありますが、このガイドラインを使うことで多くの人が自分の住んでいる住戸の内装制限が分かるはずです。
調べた結果、「内装制限があります」となった場合でも、例えば棚や突っ張り棒など内装制限にかからないものを使用してDIYする方法もあります。しかし、その際の安全の判断は個人個人に委ねられますので、くれぐれもガスコンロのまわりなどに可燃物を置かないように気を付けましょう。

消防法について(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

消防法について(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

DIY可能、原状回復不要の賃貸住宅も増えている

賃貸住宅でいろいろなDIYをやりたい人は、内装制限がない物件を探して原状回復できるDIYをするのも一つの手ですが、DIY可能で原状回復不要の物件があればもっと自由なDIYが出来ます。最近ではDIY可能な賃貸物件も少しずつ増えており、それを探せるお部屋探しサイトも出てきました。SUUMOでも「DIY可」で物件検索できるようになっています。
DIY可能な物件でも内装制限を守る必要がありますが、賃貸DIYガイドラインには「内装制限がある場合のDIYの実例」も掲載されており、例えば準不燃材料の壁紙の探し方や施工上の注意点などが記載されています。

内装制限とは 内装制限ある場合の事例(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

内装制限とは 内装制限ある場合の事例(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

DIY可能な物件は原状回復義務が免除されている場合も多いので、多くの人がやりたくても諦めていた「壁に穴をあけて棚やフックを付ける」ことも可能です。しかし、原状回復義務がなければどこにでも穴をあけて良いかというとそうではなく、防火や防音、断熱の観点から穴をあけてはいけない壁があるので注意してください。

ビス打ちが不可能な範囲(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

ビス打ちが不可能な範囲(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

穴をあけてはいけない壁に棚を付けたい場合は、天井と床に突っ張って柱をつくるDIYパーツが活躍します。有孔ボードを取り付けてフックを使い、見せる収納をつくるなど、このパーツを使用したDIY事例はインターネット上にたくさん公開されているのでとても参考になります。原状回復できる範囲でDIYを楽しんでいる人にも大人気で、間仕切りなどにも利用されています。

天井と床に突っ張って柱をつくるDIYパーツ「ラブリコ」使用の棚(写真提供/平安伸銅工業株式会社)

天井と床に突っ張って柱をつくるDIYパーツ「ラブリコ」使用の棚(写真提供/平安伸銅工業株式会社)

「ラブリコ」は賃貸でDIYしたい人にとっては神パーツ(写真提供/平安伸銅工業株式会社)

「ラブリコ」は賃貸でDIYしたい人にとっては神パーツ(写真提供/平安伸銅工業株式会社)

DIY可能な賃貸住宅で揉めないための注意点4つ

DIY可能な物件に入居したのに、退去時にトラブルになったら困りますよね。トラブルになりがちなポイントを知っておき、必要があればDIYを行う前に取り決めをしておくと良いでしょう。
一番重要だと思われるのは、実施したDIYに原状回復義務があるかどうかを確認することです。DIY可能な物件で時々見かけるのが「DIYして良いが退去時に原状回復が必要」というものです。そもそもこういう物件をDIY可能と言って良いのかどうかは微妙ですが、DIY可能という貸し方がまだ一般的ではないため、貸す側も管理する側も混乱しているのが現状です。退去時に困らないよう必ず確認するようにしてください。

二番目は、DIYした部分を退去時に残置するのか撤去するのかを決めておくことです。棚など取り外しできるものは、退去時に残置するのか撤去するのかを決めておいたほうが良いでしょう。

三番目は、残置する場合に不具合があった場合のことを考えておくことです。例えば設置した棚の取り付け方が悪く、棚板がひび割れたりぐらついたりしている場合、そのまま残されても次の入居者が使えないので、補修か撤去をする必要が出てくると思います。

四番目は、撤去する場合の原状回復をどうするか決めておくことです。例えば棚を取り付けるためにあけた穴などを原状回復する必要があるか、必要ならばどのくらいの費用が掛かるのかを確認しておいたほうが良いでしょう。
賃貸DIYガイドラインには、DIY可能な物件の契約書式の例も入っていますので、取り決めた事項をどうやって書面にしたら良いかの参考にしてください。

貸すほうも借りるほうも安心できることが肝心

DIY可能な物件は差別化となるため、空室に困っている大家さんや管理会社にもメリットがありそうですが、大家さんや管理会社が不安に思っていると増えていかないと思います。「次の入居者募集に支障があるようなDIYをされてしまったらどうしよう」「DIYの申請や承諾で業務が煩雑になり、対応しきれないかもしれない」「建築に詳しくないので法的にどんなDIYが可能なのか判断できない」などという不安があるのです。
DIY可能な物件を増やそうとしている管理会社は、この不安を払拭するためにさまざまな取り組みをしています。DIY可能壁をつくり、その部分だけは申請なしに自由にDIY出来て原状回復義務もなしにする、DIYショップに住まい手のDIY相談をアウトソーシングする、物件に出向いてDIY作業をサポートしてくれる人と提携するなどの取り組みが各地で少しずつ始まっています。
そんな中で、今回公表された「賃貸DIYガイドラインver.1.1」は、大家さんや管理会社の法的な不安を取り除く役割を担っているのです。

下地が板張りのDIY可能壁なら穴あけも簡単(写真提供/株式会社ハウスメイトパートナーズ)

下地が板張りのDIY可能壁なら穴あけも簡単(写真提供/株式会社ハウスメイトパートナーズ)

近年のDIYブームによって、自分の住まいを好みの空間にする楽しみに多くの人が目覚めています。この動きは日本の住生活を豊かにし、暮らしの文化の充実と発展につながっていくでしょう。しかし、その暮らしを守るためには建物自体の安全が大前提であり、大家さんや管理会社などの関係者の安心感も重要です。
「賃貸DIYガイドラインver.1.1」は、その住戸で「何ができて、何ができないのか」を明確にし、「住まい手にとっての自由」と「大家さん、管理会社にとっての安心」を両立させ、日本の賃貸住宅のDIY文化を発展させるために制作されました。賃貸住宅に住んでいる人もこれらの知識を得ることで、自分で自分の暮らしの安全を守ることが出来るようになります。
「賃貸DIYガイドラインver.1.1」が広まることで、自由で豊かに暮らせる賃貸住宅が増えることを期待しています。

●取材協力
>平安伸銅工業株式会社●参考
>HEAD研究会
>賃貸DIYガイドラインダウンロードページ

賃貸団地をDIY工房に! 世代や地区を超え、DIYが住民をつなぐ!?

この春、大阪府堺市の大規模賃貸住宅団地「茶山台団地」の一角がDIY工房「DIYのいえ」として生まれ変わった。賃貸住戸をあえて工房に転換させた狙いとは?
団地の空き住戸がDIY工房に変身した!

大阪府堺市・泉北ニュータウンにある総戸数930戸の賃貸住宅団地「茶山台団地」、その一角の空き住戸を使い、「賃貸住宅でも行えるDIY」の普及拠点として2019年2月に誕生したのがDIY工房「DIYのいえ」だ。工房スペースがあり、工具の貸し出し、ワークショップや相談室が随時行われるほか、関連書籍やDIY作品見本の展示、団地サイズに合わせたDIYパーツの販売も行われている。

ワークスペースには電動ノコギリや各種ツールも完備(写真撮影:井村幸治)

ワークスペースには電動ノコギリや各種ツールも完備(写真撮影:井村幸治)

団地の1階、2住戸を利用して「DIYのいえ」がつくられている(写真撮影:井村幸治)

団地の1階、2住戸を利用して「DIYのいえ」がつくられている(写真撮影:井村幸治)

大阪府住宅供給公社の小原旭登氏も「公社ではDIYを施した部分の原状回復義務を緩和する『団地カスタマイズ』制度があり、入居者にはDIYをある程度残したままでも退去可能なので気兼ねなくチャレンジいただけます。2017年1月の開始から約2年間で225件の申し込みがありました」と注目度の高さを語る。
「DIYのいえ」は周辺住民や入居検討中の人など、団地住民以外の利用も可能なので、地域コミュニティを活性化させる拠点になることも期待されているようだ。
実際に2月16日のオープニングには電動ノコ体験や子ども向けのワークショップも行われ、多くの人でにぎわった。

2月16日オープン時には女性も電動ノコギリに挑戦、子どもたちはフォトフレームづくりに参加(写真提供:大阪府住宅供給公社)

2月16日オープン時には女性も電動ノコギリに挑戦、子どもたちはフォトフレームづくりに参加(写真提供:大阪府住宅供給公社)

畳スペースにはおもちゃも用意されている(写真提供:大阪府住宅供給公社)

畳スペースにはおもちゃも用意されている(写真提供:大阪府住宅供給公社)

団地外からも参加者が! 早くもコミュニティ誕生の兆し

3月16日には「内窓フレームづくり体験」のワークショップが開催された。内窓フレームとは、既存窓の内側に簡易的な窓を追加することによって空気層をつくり、結露対策や断熱性のアップ、防音効果を高めようというもの。

戸車付きの内窓フレームキット「I・W・F」を使い、ワーク用に用意されたミニサイズの窓枠に合わせて製作を進める。手順は
1)メジャーでサイズを測り、プラスチックとアルミ製のフレームを金ノコなどで切断していく。
2)バリ(切断面の出っ張り)をやすりで削って組み立て、フレームの枠をつくる。
3)プラ板(中空ポリカーボネート)をカットし、両面テープでフレームに貼り付けていく。
4)戸車を付けて内窓フレームに設置…という流れだ。

作業自体は難しくないが、金ノコでアルミを切断する作業は女性陣が少し苦戦していた(写真撮影:井村幸治)

作業自体は難しくないが、金ノコでアルミを切断する作業は女性陣が少し苦戦していた(写真撮影:井村幸治)

子ども連れで参加された団地の住人Aさんに感想をお聞きした。
「DIYはほとんど経験がなく、アルミを切るのは大変だったけど、もっとやってみたいと思いました。子どもが小さくても遊べるスペースがあるので助かります! 団地の友人たちも参加したいって言っていますし、次回もテーマと時間が合えばぜひ参加したいです!」とのこと。

フレームの下に戸車を付けるときにはピッタリとはまって「おおーっ!」という歓声が♪(写真撮影:井村幸治)

フレームの下に戸車を付けるときにはピッタリとはまって「おおーっ!」という歓声が♪(写真撮影:井村幸治)

もうひと組の参加者、団地外から参加されたというBさんご夫妻は十数年間のアメリカ在住経験があるそう。「アメリカでは DIY が当たり前でした。現在は近くの一戸建て住宅に住んでいるのですが、賃貸なのであまり大きくDIYができません。ワークショップがあることを Facebook で知って参加したのですが、こんな内窓のキットがあるなんて知らなかった! 今後もいろいろやってみたいと思います」とのこと。

金ノコなど工具の扱いも手慣れたご様子(写真撮影:井村幸治)

金ノコなど工具の扱いも手慣れたご様子(写真撮影:井村幸治)

ワークは約1時間で終了し、無事に内窓が完成!
その後Bさんは「内窓フレームにはプラ板ではなくて網を貼って網戸にしてもいいかも。すりガラスタイプにすれば間仕切りにもできるし、シェルフの目隠しにもなりそう!」と、思いついたアイデアを相談されていた。 

素晴らしい!  

DIYは決められたやり方にこだわる必要はない。自分でどんどんアイデアを加えてオリジナリティーを出していけばいい、それが DIYの魅力だ 。今後はさらにコミュニティが広がり、より個性あふれる作品が誕生するのではないだろうか。みなさん、頑張って!

DIYの普及とともに、シニア層の活躍の場づくりを目指す

今回取材を行った茶山台団地は大阪府住宅供給公社が管理する全28棟の大規模賃貸住宅団地だ。1971年に入居が開始され、約800戸の入居世帯のうち契約名義人65歳以上の世帯が46%を占めるなど(2019年1月時点)入居者の高齢化が進んでいる。団地の一室を利用した惣菜屋さん「やまわけキッチン」、野菜などの移動販売「ちゃやマルシェ」、集会所を利用した「茶山台としょかん」、DIYリノベーションスクールの開催やDIYリノベーション住戸の賃貸募集、2住戸を合体させた「ニコイチ」の募集など、さまざまな「団地再生プロジェクト」が実施されているモデル団地でもある。

一方で、大阪府住宅供給公社の小原旭登氏は今後の課題を以下のように述べた。「ただ、利用者は40代までの若年層が中心で、団地居住者の半数以上を占める60代以上のシニア世代には浸透していないのが現状です。だからこそ、「DIYのいえ」を拠点とした世代間の交流を促し、将来的には団地居住のシニア層にこの施設のスタッフとして活躍してもらうことで、生きがいづくりにもつなげていければと考えています」

DIYで仕上げた突っ張りタイプのツールを使ったデスク&テレビ台の組み立て見本が展示されている(写真撮影:井村幸治)

DIYで仕上げた突っ張りタイプのツールを使ったデスク&テレビ台の組み立て見本が展示されている(写真撮影:井村幸治)

団地押入れサイズにDIYで仕上げた収納用カート(写真撮影:井村幸治)

団地押入れサイズにDIYで仕上げた収納用カート(写真撮影:井村幸治)

トイレの壁面を利用した収納スペースなどDIYのヒントもたくさん(写真撮影:井村幸治)

トイレの壁面を利用した収納スペースなどDIYのヒントもたくさん(写真撮影:井村幸治)

団地のキーマンにも参加してもらい、技術を継承していきたい

「DIYのいえ」の運営を担当しているカザールホーム代表の中島久仁氏も、
「もっともっとDIY が浸透してほしいと思い、試行錯誤しながら活動しています。ここではツールのレンタルもおこなっていますが、団地内の DIY だけを考えるサンダーや丸ノコといった本格的な工作ツールは必要なく、もっとシンプルなツールだけでもいいのかもしれません。そこも含めて試行錯誤中です」と展望を語る。

「団地に暮らすシニアには、現役のときにさまざまな分野でプロ&職人として活躍された方もいらっしゃいます。そうした人たちの技を、若い人たちに伝えていけるような場になればいいと思っています。団地内の惣菜屋さん「やまわけキッチン」のDIY改装をサポートさせていただいた際には団地住民のリーダー的な方がいらっしゃいました。そんなキーマンとなる方と一緒に活動していきたいと考えています」(中島氏)

「DIYのいえ」はひとまず8月までの期間限定での活動だ。今回のワークショップにも高齢者の女性の方が見学に訪れていたが、DIYがちょっと気になっているけど、きっかけがない……という人もいるだろう。そんな人たちが気軽に参加してくれるようになれば、地域のDIYコミュニティも拡大し新たな活動へとつながっていきそうだ。

若い人からシニア世代まで、それぞれの人の暮らしをもっとより良いものに変えていきたいとおっしゃる中島氏(写真撮影:井村幸治)

若い人からシニア世代まで、それぞれの人の暮らしをもっとより良いものに変えていきたいとおっしゃる中島氏(写真撮影:井村幸治)

北側の部屋には養生用のビニールシートも用意されており、塗装やペンキ塗りの作業にも活用できる(写真撮影:井村幸治)

北側の部屋には養生用のビニールシートも用意されており、塗装やペンキ塗りの作業にも活用できる(写真撮影:井村幸治)

DIYで仕上げたボックス(写真撮影:井村幸治)

DIYで仕上げたボックス(写真撮影:井村幸治)

世代やライフスタイルを超えたDIYのつながりで、暮らしを豊かに

この先、「DIYのいえ」では襖張りやペンキ塗り、壁塗りのワークショップも予定されている。日程が合えば工房としても利用でき、工房前の駐車場も利用可能。大きな材料を持ち込んだりまた運び出したりということもできるそうだ。

ワークショップの参加者には友人を誘いたいという人もいれば、アメリカのDIY文化に触れたことがある人もいた。DIYに興味をもつ若年層だけでなく、豊富な人生経験や匠の技をもつ団地住民、周辺に暮らすさまざまなライフスタイルの地域住民が「DIYのいえ」を通じてつながっていくことできれば素敵なことだと思う。それぞれの暮らしが豊かに変わっていく拠点、コミュニティの中心となる場所。そんな役割を「DIYのいえ」が担ってくれることに期待したい。

●店舗情報
「DIYのいえ」
堺市南区茶山台2丁1番 茶山台団地16号棟1階101・102号室
運営時間やワークショップについてはこちら
https://www.facebook.com/diynoie/
TEL:0120-45-8540●内窓フレームに関してのお問い合わせ
和気産業株式会社 EC事業部(直通)
TEL:06-6723-5060(平日9:30~17:00)

DIY可の賃貸物件の先駆け「ジョンソンタウン」レポート。埼玉にある米国の暮らしとは?

白い木壁の家が垣根なく立ち並び、足元には緑の芝生が広がる……。埼玉なのに、まるで米国のようなたたずまいで人気を集めているジョンソンタウン。住まいの合間にはショップも点在し、週末には多くの人が訪れ、今や入間の「名所」にもなっています。現在は約80棟があり、約200人が暮らしていますが、実際の暮らしぶりはどのようなものなのでしょうか。
街並みと建物に一目ぼれ。都内のマンションから入間へ引越し

ジョンソンタウンは西武池袋線・入間市駅から徒歩18分、池袋駅まで電車で40分弱かかり、通勤に便利とは言い難い立地の賃貸物件。それでも「ウェイティングリスト」ができ、ほぼ空室がないほどの人気ぶりです。かつて米軍基地のアメリカ兵とその家族のためにつくられた米軍住居地域跡地にあるジョンソンタウンは、DIYが盛んなアメリカ本国と同様に建物内部はDIYが可能で、どうやらそれも人気の理由になっているよう。

米国のような街並みを形成しているジョンソンタウン。その取り組みは2017年に日本建築学会賞(業績)で表彰された(撮影/嶋崎征弘)

米国のような街並みを形成しているジョンソンタウン。その取り組みは2017年に日本建築学会賞(業績)で表彰された(撮影/嶋崎征弘)

そこで、今回、ジョンソンタウンに引越してきてDIYをするようになったという岩下潤さんにお話を伺いました。職業はブルースギターを奏でるギタリスト。単独ライブも行うほか、週6日、都内のスクールでギターを教えています。現在は平屋づくりやゆったりした間取りなどが特徴の米軍ハウス(アメリカン古民家)に妻と2匹の猫ちゃんとお住まいです。

「引越しのきっかけは、都内にある前の住まいが古くなったから。以前、座間の米軍ハウスでライブをしたことがあって、一度、住んでみたいという憧れがあって、ネットで調べてジョンソンタウンを知り、実際に街並みを見たら一目ぼれでしたね」と振り返ります。

ダイニングでお話をする岩下さん。DIYだけでなく、トークも上手!(撮影/嶋崎征弘)

ダイニングでお話をする岩下さん。DIYだけでなく、トークも上手!(撮影/嶋崎征弘)

リビングでギターを弾く岩下さん。床材はこの建物が完成した1954年当時のもの。数々のキズも岩下さんのお気に入り(撮影/嶋崎征弘)

リビングでギターを弾く岩下さん。床材はこの建物が完成した1954年当時のもの。数々のキズも岩下さんのお気に入り(撮影/嶋崎征弘)

4棟を見学し、なかでも本来であれば店舗のための場所にある家が気に入ったそう。引越し先は都市部を希望していた妻も現地を見て納得、見学したその日のうちに申し込み、トントン拍子に話が進んだといいます。

「家賃が決して安くないのは分かっています(笑)。ただ、都内まで1本で行けるので不便は感じていないですね」と話します。

人との関係、DIYでの建物への愛着。すべてがちょうどいい

暮らしはじめて大きく変わったのは、玄人はだしの「DIY」と隣人の関係です。

「引越した当初、DIYはやらないつもりだったんです。職業柄、指をけがしたら仕事にならないので。それでも、2~3カ月たったあたりから、庭をいじりはじめたんです。ほぼ砂利だった庭を芝にしたいって思って。ジョンソンタウンのオーナーに相談したら、『どうぞ、やってください』と言われて」

根が凝り性の岩下さん。砂利と土を手作業で選り分け、土壌を改良して、芝の品種も研究。今では自宅だけでなく周囲のお宅の敷地にも芝を植え、手入れするまでに。

「当時ジョンソンタウンに住んでいた人で、DIYの師匠がいてね。はじめ、物干しスペースのところをなんとかしたいって考えていたら、必要な道具を貸してくれただけでなく、『何か問題あったら俺が教えるから』って言ってくれて。その男気がかっこよかった」と振り返ります。今までの人生になかった、隣人との出会い、コミュニティが心地よく、アレもできるかな?これはどうだろう?と研究するうちにDIYにはまっていったそう。現在は防音室やDIYの作業部屋も自作してしまうなど、「もはや素人ではないのでは……」という腕前です。

こちらはリビングの脇につくってしまったDIYの工房。奥の扉を開けると庭へ出られる(撮影/嶋崎征弘)

こちらはリビングの脇につくってしまったDIYの工房。奥の扉を開けると庭へ出られる(撮影/嶋崎征弘)

木に熱を加えて曲げる機械を購入し、使い方をマスター。来年にはついに本業にもかかわるギター制作もしたいそう。本当に意欲的(撮影/嶋崎征弘)

木に熱を加えて曲げる機械を購入し、使い方をマスター。来年にはついに本業にもかかわるギター制作もしたいそう。本当に意欲的(撮影/嶋崎征弘)

「賃貸だから隣人ともほどよい距離の、心地よいお付き合いができる。で、一方でDIYしてきたから住まいにも愛着がある。本当にちょうどいいんだよね」

今でも一日に1つ新しいことを学ぶ、知る、身につける、買うなどをして、「日々、成長している」という思いがあるとか。朝、早起きして庭いじりやDIYをし、その後出勤、帰宅は深夜、というライフスタイルですが、充実感でいっぱいのようです。

DIYで自作した防音室(右手奥)がある仕事部屋。大人の理想がつまっている(撮影/嶋崎征弘)

DIYで自作した防音室(右手奥)がある仕事部屋。大人の理想がつまっている(撮影/嶋崎征弘)

防音室内部。防音室を見た人から問い合わせがあり「6台売れて、その人たちの家までつくりに行ったんだよ」と岩下さん。すごすぎる!(撮影/嶋崎征弘)

防音室内部。防音室を見た人から問い合わせがあり「6台売れて、その人たちの家までつくりに行ったんだよ」と岩下さん。すごすぎる!(撮影/嶋崎征弘)

「人に喜んでもらえる趣味ってほんとにいい。隣人から『アレつくって、こんなことできるかな?』って相談されて、できるよ~って言って。喜んでもらう。こんなに楽しいことはないよね」と言います。

岩下さん宅。玄関から入ってすぐがダイニング。猫が外に出ないようにしつらえた内扉(写真奥)ももちろん、DIYで自作!(撮影/嶋崎征弘)

岩下さん宅。玄関から入ってすぐがダイニング。猫が外に出ないようにしつらえた内扉(写真奥)ももちろん、DIYで自作!(撮影/嶋崎征弘)

猫2匹の名前は「たら」と「ふく」。あわせて「たらふく」。写真は「たら」ちゃん(撮影/嶋崎征弘)

猫2匹の名前は「たら」と「ふく」。あわせて「たらふく」。写真は「たら」ちゃん(撮影/嶋崎征弘)

「お前の手を見せてくれ」。米国のライブで言われたうれしい言葉

土いじり、DIYをするようになり、仕事である音楽面でもいい影響を感じるとか。

「演奏から“土の匂い”がするようになったと感じる。そりゃそうだ。だって、毎日、土いじりしているんだもん(笑)。でも、そもそもブルースって、米国ではキツイ野良仕事の後に演奏していた音楽なんだよ。実はこの前、米国でライブしたときにね、現地の人から『お前の手を見せてくれ』って言われたんだけど、あれは本当にうれしかったなあ」と感慨深い様子。

もともとベランダガーデニングをしていた妻も、建物の表通りは赤で統一、裏庭は青と白というコンセプトで、ガーデニングを満喫しています。

ジョンソンタウンの室内はDIY可だが、外観は基本的に改装不可。街並みを守るための工夫だ(撮影/嶋崎征弘)

ジョンソンタウンの室内はDIY可だが、外観は基本的に改装不可。街並みを守るための工夫だ(撮影/嶋崎征弘)

カエルもギターを持っているなど、庭の小物にも随所に遊び心が(撮影/嶋崎征弘)

カエルもギターを持っているなど、庭の小物にも随所に遊び心が(撮影/嶋崎征弘)

「ここならガーデニングだってやり放題だもん(笑)。日本にいながらにして、米国のライフスタイルができるんだから、本当に理想形だよね。アレもやりたい、コレもできるって、理想をかなえていける」といい、夫婦で日々の暮らしを満喫しています。

また、ジョンソンタウンには、個人店が約50店舗ほどあり、そこも好きなところなのだとか。
「街歩きだって、フラフラしているだけで楽しいし、ちょっとお土産がいるなって思ったら、即、買い物だってできるし、外食もできる。住んでいる人もおもしろい人が多いしね、交流の温度感などもちょうどいい。本当に心地いいんだよ」

写真左/さながらアメリカのようなEAST CONTENTS CAFE。気軽に食事とお酒が楽しめる、岩下さんの行きつけ 写真右/コイガクボのもっちりとした食感が楽しい米粉パンは岩下さんのお気に入り(撮影/嶋崎征弘)

写真左/さながらアメリカのようなEAST CONTENTS CAFE。気軽に食事とお酒が楽しめる、岩下さんの行きつけ 写真右/コイガクボのもっちりとした食感が楽しい米粉パンは岩下さんのお気に入り(撮影/嶋崎征弘)

写真左/花やリースを扱うブルーメンヒュッテ。庭づくりの相談も可。オーナーは岩下さんのお友達 写真右/イギリスから直輸入した雑貨が並ぶコッツウォルズ。岩下さんはちょっとした手土産をココで買うとか。商品は一点物も多く、見ていて飽きない(撮影/嶋崎征弘)

写真左/花やリースを扱うブルーメンヒュッテ。庭づくりの相談も可。オーナーは岩下さんのお友達 写真右/イギリスから直輸入した雑貨が並ぶコッツウォルズ。岩下さんはちょっとした手土産をココで買うとか。商品は一点物も多く、見ていて飽きない(撮影/嶋崎征弘)

ガーデニング、DIY、そして人との交流と、以前では考えられなかった暮らしを楽しむ岩下さん。引越しがもたらした「思いがけない出会い」が、人生を豊かにしてくれたようです。

●取材協力
ジョンソンタウン
Blumen Hutte
米粉パン専門店 コイガクボ
EAST CONTENTS CAFE
COTSWOLDS●取材協力
岩下潤さん 
日本屈指のブルースギタリスト。ライブだけでなく、ブルースギターに関する著作も多数執筆するほか、講師としても活躍。観客を引き込むブルース演奏に加えて、楽しいMCはさながらお笑いライブのよう。ライブ予定や高田馬場にあるギター教室への問い合わせは以下から。
>ジャグ・サウンズ・ギター・スクール 

「TSUTAYA BOOKSTORE ホームズ新山下店」レポート。家具店・ホームセンターと本屋が融合!?

2018年12月7日(金)、家具専門店・ホームセンター「島忠」「HOME’S」を展開する島忠とTSUTAYAがコラボレーションし、「ホームズ新山下店」がライフスタイル提案型の店舗へと生まれ変わった。「TSUTAYA BOOKSTORE ホームズ新山下店」店内では、商品の家具が「寛ぐ」「整える」などテーマに沿った12個の小部屋でスタリングがされており、本やコーヒーを楽しみながら使用感を試すことができる。その内容とは?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

あなたはどんな暮らしがしてみたい? テーマに沿ってライフスタイルを提案

従来の「島忠」「HOME’S」といえば、商品が広大なフロアにズラリと並ぶ様子が思い浮かぶ人が多いはず。今回のリニューアルでは、商品ではなくライフスタイル提案型へとシフト。「寛ぐ」「眠る」「整える」「育む」「食べる」「癒し」「彩る」「作る」「贈る」のテーマに沿って“12のルームスタイル”を新設。それぞれのテーマごとに家具・本・雑貨を融合させた空間をつくり、理想のライフスタイルを体験しながら買い物を楽しめるようになった。

「魅せる、収納。」(テーマ:整える)のスペース。家具はすべて、もともと島忠で扱っていたものでコーディネート(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「魅せる、収納。」(テーマ:整える)のスペース。家具はすべて、もともと島忠で扱っていたものでコーディネート(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

収納にまつわる書籍をあわせて展開(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

収納にまつわる書籍をあわせて展開(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

例えば、「魅せる、収納。」(テーマ:整える)では、あえて美しく飾ることができる棚などとともに、収納グッズ、収納の実用書を組み合わせて提案する。「学び舎は、リビング。」(テーマ:育む)は、子どものリビング学習をテーマにしたローソファやコンパクトソファと組み合わせた空間。リビングで家族が楽しくコミュニケーションを取れる雑貨や、地図本や工作の本、図鑑などもあわせて展開している。ほかにも、「シアタールームを作ろう。」(テーマ:寛ぐ)、「ペットと暮らす。」(テーマ:寛ぐ)などバラエティ豊かなラインナップ。
それぞれのスペースでは、各テーマにあわせたワークショップやイベントが行われる予定とのこと。

「ヨコハマブルー。」(テーマ:寛ぐ)のスペースでは海とデニムのブルーをイメージし、外国の情緒にあふれる横浜にどっぷり浸れる、デニム生地を活かした棚やラグなどを展開(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「ヨコハマブルー。」(テーマ:寛ぐ)のスペースでは海とデニムのブルーをイメージし、外国の情緒にあふれる横浜にどっぷり浸れる、デニム生地を活かした棚やラグなどを展開(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「インテリアで遊ぶ。」(テーマ:作る)には手軽にできるDIYアイテムがそろう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「インテリアで遊ぶ。」(テーマ:作る)には手軽にできるDIYアイテムがそろう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

マスキングテープの無料サンプルも充実しており、自由に工作をして試せる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

マスキングテープの無料サンプルも充実しており、自由に工作をして試せる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

本やコーヒーを楽しみながら家具をお試し

また、同店舗内にはBOOK & CAFE「WIRED KITCHEN with フタバフルーツパーラー」も併設されており、テイクアウトしたコーヒーなどのドリンクや食事を、家具売り場で商品を試しながら楽しむことができる。本やコーヒーを気になる家具で心ゆくまで楽しむのもよし、「作る」のスペースで創作意欲が湧いたら1階の資材売り場でDIYのための材料を調達するのもよし。思い思いのお店の使い方をしてみたい。

「WIRED KITCHEN with フタバフルーツパーラー」で使用しているチェアも購入可(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「WIRED KITCHEN with フタバフルーツパーラー」で使用しているチェアも購入可(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「グリーンがある暮らし。」(テーマ:癒し)のスペース。12のルームスタイルで食事やドリンクを楽しめば、理想の暮らしをよりリアルに疑似体験できる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「グリーンがある暮らし。」(テーマ:癒し)のスペース。12のルームスタイルで食事やドリンクを楽しめば、理想の暮らしをよりリアルに疑似体験できる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

また、広々としたキッズスペースを設けているほか、専用カートを使用すればペットと一緒にショッピングを満喫することができる(カフェスペースのみ同伴不可)。買い物をするだけでなく、家族みんなで休日を楽しめる憩いの場となりそうだ。

店内にある本20万冊。児童書は3万冊で、横浜エリア最大級の品ぞろえ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

店内にある本20万冊。児童書は3万冊で、横浜エリア最大級の品ぞろえ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

広々としたキッズスペース。ボーネルンドの商品や知育玩具を試せる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

広々としたキッズスペース。ボーネルンドの商品や知育玩具を試せる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

■店舗情報
「ホームズ新山下店」
神奈川県横浜市中区新山下 2-12-34
営業時間:10時~21時、資材館9時~21時、ハニーフラワー10時~19時
>HP

「TSUTAYA BOOKSTORE ホームズ 新山下店」
神奈川県横浜市中区新山下 2-12-34
営業時間:10時~21時(定休日は施設休館日に準ずる)

大人の段ボールハウス&家具をつくる!「部屋に小屋」を30分で

無印良品やスノーピークなどの人気ブランドも販売している「小屋」が話題だ。まさに大人の秘密基地。ワクワクする。とはいえ、これらはお金も場所もそれなりに必要だ。小屋をもっと手軽に楽しみたい。そうだ、童心に返って段ボール箱で工作するのはどうか。ただし大人クオリティで。
家具からアートまで! 段ボールの驚くべきポテンシャル

段ボールといえば、日常生活のなかで手に入りやすい素材の一つだが、そのポテンシャルはいかに? 改めて段ボールの最新事情や段ボールハウスのつくり方を知るべく、段ボールニュースを紹介しているWebメディア「段ペディア」管理人の小寺誠さんに話を聞いた。

――段ボールの魅力はどんなところですか?

段ボールはとても完成された素材です。低価格でどこでも手軽に入手可能、それでいて軽くて丈夫! また加工も簡単で、ハサミやカッターでのカット作業や、木工用の接着剤での貼り付け作業が簡単にできる点も魅力です。

小寺さんがつくった段ボール銃(ちゃんとゴムが飛ぶ仕組み!)(画像提供/段ペディア)

小寺さんが作った段ボール銃(ちゃんとゴムが飛ぶ仕組み!)(画像提供/段ペディア)

小寺さんがつくった段ボール機関車(ちゃんと走る!)(画像提供/段ペディア)

小寺さんが作った段ボール機関車(ちゃんと走る!)(画像提供/段ペディア)

――段ボールの最新事情を教えてください。

段ボールは今、2つの流れでとても注目されています。
1つ目は、家具や遊具、防災用品など向けの需要です。避難所にいる人の整理タンスとして段ボールが使われていたのをテレビなどで目にしたことがある方もいるかもしれません。素材自体のポテンシャルも高く、設計次第で車が乗っても大丈夫なぐらいの強度があるので、大変使い勝手がいいんです。
2つ目は、アートとしてです。あの段ボールにこんな使い道が!? なんて作品がたくさん出てきています。最近では、段ボールアーティストのオドンガー大佐さんの作品がとても話題になっています。尾長鶏、龍神などは段ボールの表現の限界に挑戦されているように感じます。

「尾長鶏」(画像提供/オドンガー大佐さん)

「尾長鶏」(画像提供/オドンガー大佐さん)

「龍神」(画像提供/オドンガー大佐さん)

「龍神」(画像提供/オドンガー大佐さん)

――家具としての需要があるとのことですが、具体的にはどのような?

整理タンスや子ども用の机、シューズラックや収納ボックス、本棚など、なんでもありますよ! 同じサイズのものを複数集めてブロックのように積み上げるだけでも、仕切りや間仕切り、壁のように使うことができ、ちょっとした個室スペースもつくれます。

――メンテナンス方法は?

破損箇所はテープやボンドで補強! ボロボロになったら廃棄してしまっていいと思います。廃棄してもまた新しい段ボールに生まれ変わるので、資源の無駄使いにもならず、地球にも優しいんです。

段ボールで個室を簡単に。段ボールブロック壁のつくり方

段ボールの魅力を知ったところで、実際に段ボールでの個室のつくり方を教えてもらった。「ベッドを隠せる安眠空間をつくります」と小寺さん。段ボールは、スーパーマーケットやホームセンターなどで無料で集められる。ポイントは同じサイズ(特に高さ)のものを集めることで、小寺さんのオススメは2L飲料水用のもの。強度もあり、同じようなサイズの箱も集めやすいとのこと。無地の段ボール箱を使いたい場合は、段ボール箱の通販会社から購入することも可能。

小寺さんと段ボール個室(画像提供/段ペディア)

小寺さんと段ボール個室(画像提供/段ペディア)

<つくるもの>
段ボールブロック壁

<所要時間>
30分

<用意するもの>
・段ボール箱(必要に応じて増減。今回は29箱)
・クラフトテープ、OPPテープ
・木工用の接着剤
・水入り2Lペットボトル(必要に応じて)

今回使用するのは、材質:Aフルート(厚さ5mm)、サイズ:幅32cm×奥行19cm×高さ33cmの段ボール(画像提供/段ペディア)

今回使用するのは、材質:Aフルート(厚さ5mm)、サイズ:幅32cm×奥行19cm×高さ33cmの段ボール(画像提供/段ペディア)

<つくり方>
(1)「用意した箱を図のように重ねていきます。今回はベッドを隠すようにつくるため、段ボール箱を29個使用しました。壁が倒れやすい場合は、一番下の段の段ボールに、水を入れた2Lペットボトルなどの重りになるようなものを入れておくと安定感が増します」

基本的には積み上げるだけ。仕上がりをきれいにするために使用することもあるが、ハサミやカッターも不要

基本的には積み上げるだけ。仕上がりをきれいにするために使用することもあるが、ハサミやカッターも不要

(2)「重ねるだけでは転倒するので、接着剤やテープなどを使用して固定しましょう。今回はクラフトテープと透明なOPPテープを使用しています」

(画像提供/段ペディア)

(画像提供/段ペディア)

(3)「完成! 難しいポイントは特にありません。箱の表面をカッターやハサミなどでデコレーションすると、よりイイ感じになります。好みに合わせてレイアウトをアレンジしてもいいですし、自由な発想で楽しんでつくりあげてみてください」

組み合わせ次第で可能性が広がる! あなたは何をつくってみる?

「段ボール箱の組み合わせ方を変えると、こんな感じの机もできちゃいます。軽いノートパソコンぐらいなら十分置いて作業できますので、部屋に机が用意できていないときなどは試してみてください」

アレンジすれば机もつくれる! 天板は段ボールを解体して板状にしたものを2枚重ねているそう。(画像提供/段ペディア)

アレンジすれば机も作れる! 天板はダンボールを解体して板状にしたものを2枚重ねているそう(画像提供/段ペディア)

段ボール工作=箱を解体して使うもの、というイメージがあったが、箱を積み上げるだけとは盲点! 刃物がなくてもつくれてしまう点は、小さい子どもと一緒に楽しむのにも良さそうだ。アレンジ次第で可能性が広がる点もワクワクする。童心とクリエイティビティをかなえてくれる段ボール、ますます目が離せない存在だ。

●取材協力
小寺誠さん
兵庫県西宮市で約300種類以上の商品を取り扱う段ボールのクラフト雑貨店「クラフトマンエッセンス」を経営しながら、段ボールの魅力を伝えるべくWebニュースサイト「段ペディア」を運営。段ボール工作イベントなども主催する。
段ペディア
オドンガー大佐さんのHP●撮影協力
住める・泊まれる・遊べるシェア古民家「里山ベース ハナビ」

BEAMS流インテリア[5] ないものは創る!賃貸1Kの部屋を自分らしく住みこなすDIY女子

原宿の勤務先まで乗り換えなしで通勤できる賃貸に住むBEAMS BOYの島田華衣(しまだ・けい)さん。25平米の1Kという限られた空間ながら「欲しいものが手に入らなければ自分で創る」というDIY精神を発揮して、仕事柄多い洋服や靴、スケボーなど趣味のものなどもしっかり収納。賃貸でもOKなDIYやオリジナルな工夫あふれる部屋を紹介しよう。●BEAMSスタッフのお住まい拝見・魅せるインテリア術
センス抜群の洋服や小物等の情報発信を続けるBEAMS(ビームス)のバイヤー、プレス、ショップスタッフ……。その美意識と情報量なら、プライベートの住まいや暮らしも素敵に違いない! 5軒のご自宅を訪問し、モノ選びや収納の秘訣などを伺ってきました。15軒内見して選んだのは人気沿線で便利な立地の和風レトロな25平米の1K

島田さんのお仕事はBEAMS BOYのVMD(ビジュアル・マーチャンダイジング)として店舗の陳列や空間づくりをすること。勤務先が町田から原宿になったのをきっかけに、通勤の利便性を考えて今の部屋に引越したというので、まずは部屋選びのこだわりポイントを聞いてみた。

「以前住んでいたのは横浜の5.3万円の部屋だったので、都内とはいえせめて家賃は6万円台に抑えたい。沿線は以前住んでいたので馴染みもあり、しかも通勤が一本ですむ東急東横線が希望でした。女性の一人暮らしなので防犯上2階以上でベランダ付き、料理もするのでワンルームでなくキッチンが分かれた間取り、収納もなるべく多く、と欲張りました」と島田さん。

人気沿線での部屋探しだったこともあり、内見した部屋は不動産会社3社で合計15軒。最終的に島田さんが選んだのは、昔ながらのレトロな玄関ドアに惹かれたという築36年(当時)のこの物件だった。新しい物件も見たけれど、どれも似ていて個性がなくてつまらないと感じたという。

家賃はギリギリ6万円台に収まり、東急東横線学芸大学から徒歩7分で2階、ベランダ付き、と希望通り。室内も押入れや廻り縁(まわりぶち ※天井と壁の境目に取り付ける縁のような部材のこと)など昔ながらの和室の面影を残しながら、床はフローリングになっていたのも決め手のポイントだった。「床に座る和風の暮らしにしたかったので和室でもよかったのですが、畳は重い物を置くと跡が付いて修繕が大変そう」と退去後のことまで考えるあたり、さすが上京して10年、引越しも3回目のベテランだ。

島田さんが一目で気に入ったという、典型的昭和レトロな玄関ドアとタイルの浴室がある1K(写真撮影/飯田照明)

島田さんが一目で気に入ったという、典型的昭和レトロな玄関ドアとタイルの浴室がある1K(写真撮影/飯田照明)

昭和レトロな間取りを活かし、DIYと見せる収納で空間活用

それでは昭和レトロな1Kを、お仕事洋服や靴、趣味も多い島田さんがどのように住みこなしているのか具体的にご紹介していこう。まずは玄関を入ってすぐの靴の収納棚はDIYで作成したもの。造り付けの靴箱はあったが全く収納量が足りず、元々持っていた棚を置くと玄関をふさいで通りにくくなってしまう。そこで靴が置ける最小限の奥行きでDIYでオリジナルの棚をつくり、靴の収納と玄関への出入りのしやすさ、両方を手に入れることに成功。7~8年続けている趣味のスケートボードも、よく使うものは玄関先に置いている。

左手の造り付けの靴箱には12足しかはいらないため、通路の邪魔にならない奥行きの浅いオリジナルの靴用の棚をDIYして40足以上をたっぷり収納(写真撮影/飯田照明)

左手の造り付けの靴箱には12足しかはいらないため、通路の邪魔にならない奥行きの浅いオリジナルの靴用の棚をDIYして40足以上をたっぷり収納(写真撮影/飯田照明)

棚の奥行きを靴のサイズより小さくすることで、収納量をキープしつつ通路の邪魔にならないよう動線にも配慮。以前使っていた収納棚の枠を利用して、棚板を新しくしたDIYだ(写真撮影/飯田照明)

棚の奥行きを靴のサイズより小さくすることで、収納量をキープしつつ通路の邪魔にならないよう動線にも配慮。以前使っていた収納棚の枠を利用して、棚板を新しくしたDIYだ(写真撮影/飯田照明)

島田さんのお部屋は典型的な1Kの間取り。元々収納は玄関入って左手の靴箱と押入れひとつのみ。これをDIYで収納たっぷりの部屋に。玄関入ってすぐのDIYの靴棚も通常の奥行きの棚では通路がふさがれてしまう(提供資料を基にSUUMOジャーナル編集部にて作成)

島田さんのお部屋は典型的な1Kの間取り。元々収納は玄関入って左手の靴箱と押入れひとつのみ。これをDIYで収納たっぷりの部屋に。玄関入ってすぐのDIYの靴棚も通常の奥行きの棚では通路がふさがれてしまう(提供資料を基にSUUMOジャーナル編集部にて作成)

多趣味なうえに、収集癖もあるという島田さん。現在の趣味はスケートボード、エレキギター、コーヒー、好きなアーティストの作品集コレクションなど幅広い。ちなみに23歳から始めたというスケートボードは歴代のものも合わせて7枚もあるという。「一度しまい込むとそのままになってしまう」という理由から、基本的に全て見せて収納する主義。「いつも見せるようにしていれば忘れないし、湿気もこもりませんよ」。

靴棚と並んで設置されたキッチン用品の棚と化粧品やバス用品を収納したワゴン。こちらも使いやすさ重視の見せる収納だ(写真撮影/飯田照明)

靴棚と並んで設置されたキッチン用品の棚と化粧品やバス用品を収納したワゴン。こちらも使いやすさ重視の見せる収納だ(写真撮影/飯田照明)

キッチン用品の棚には趣味のコーヒー豆やコーヒーミル。パスタなどの食材も見せて収納されている(写真撮影/飯田照明)

キッチン用品の棚には趣味のコーヒー豆やコーヒーミル。パスタなどの食材も見せて収納されている(写真撮影/飯田照明)

ギャラリーのような、このスペースはなんとトイレ! 歴代のお気に入りのスケボーが飾られ、収納を超えてオブジェ的存在に(写真撮影/飯田照明)

ギャラリーのような、このスペースはなんとトイレ! 歴代のお気に入りのスケボーが飾られ、収納を超えてオブジェ的存在に(写真撮影/飯田照明)

収納スペースの面でも、洋風のクローゼットより和風の押入れのほうが奥行きもあり物がたっぷり入る。この部屋を選んだ理由のひとつである押入れならではの奥行きをフルに活用して、衣類は全てこちらに引き出し式に収納している。ただしプラスティックケースなどふたつきでしまい込むと忘れるし、湿気がこもって服が傷んだ経験もあるので基本オープンに。押入れの戸も普段は開け放して使っている。

押入れスペースは一間分。上部は左右どちらもハンガーポールに上着を吊るし、下部は奥行きを利用した引き出す収納に。左下部にはパンツ類やトレーナーなどかさばる物を色別に、右はTシャツ類など軽い物を中心に(写真撮影/飯田照明)

押入れスペースは一間分。上部は左右どちらもハンガーポールに上着を吊るし、下部は奥行きを利用した引き出す収納に。左下部にはパンツ類やトレーナーなどかさばる物を色別に、右はTシャツ類など軽い物を中心に(写真撮影/飯田照明)

重量感がある衣類もたっぷり収納して楽々引き出せるワゴンは、押入れの奥行きぴったりのものをインターネットで探して購入(写真撮影/飯田照明)

重量感がある衣類もたっぷり収納して楽々引き出せるワゴンは、押入れの奥行きぴったりのものをインターネットで探して購入(写真撮影/飯田照明)

引越しても家具は買わない! 落ち着く和と好きなアメカジをミックスしてDIYサバイバル生活

島田さんが部屋で過ごす際は、インテリアのポイントになっている自作のテーブルを前に、床に座るかベッドをソファ代わりにするか。実はこの自作のテーブル、冬にはこたつにもなるという優れものでDIYに目覚めるきっかけとなった作品。

元々実家にもこたつがあって、椅子にテーブルというより床に座る生活がしたく、冬にはこたつが必須だった。ところがおしゃれなデザインのこたつはなく、友人からもらったこたつも手放せないし、狭い部屋なのでいくつもテーブルは置けない。イメージ通りのものを探してもなければ、おしゃれな天板をつくって通年使用しようと思ったのだという。

島田さんのインテリアのポイントとなるこたつ兼用のテーブルと壁収納はともにDIY作品。テーブルは大好きなコーヒーが似合うテーブルをと映画「コーヒー&シガレッツ」に出てくるチェッカーフラッグのテーブルのイメージからのオリジナルデザイン。壁収納はまだまだ進化中(写真撮影/飯田照明)

島田さんのインテリアのポイントとなるこたつ兼用のテーブルと壁収納はともにDIY作品。テーブルは大好きなコーヒーが似合うテーブルをと映画「コーヒー&シガレッツ」に出てくるチェッカーフラッグのテーブルのイメージからのオリジナルデザイン。壁収納はまだまだ進化中(写真撮影/飯田照明)

4年前の初DIY作品だというこたつテーブルの天板。チェッカーフラッグを少なめに市松模様風にして、周辺を木材で囲んで和テイストをミックスしたオリジナルデザインだ。冬にはこたつになるとは思えない、インテリアの中心。しかも制作日数は半日を3回程度、材料費約6000円だというから驚きだ(写真撮影/飯田照明)

4年前の初DIY作品だというこたつテーブルの天板。チェッカーフラッグを少なめに市松模様風にして、周辺を木材で囲んで和テイストをミックスしたオリジナルデザインだ。冬にはこたつになるとは思えない、インテリアの中心。しかも制作日数は半日を3回程度、材料費約6000円だというから驚きだ(写真撮影/飯田照明)

4年前にテーブルをつくってから、すっかりDIYに夢中に。「自分の部屋はスペースも限られているため、友人に頼まれたものでDIY修行しました(笑)」。マガジンラック、テーブル、靴箱、額など作品も多彩で「インスタグラムで #島田工務店 、として作品をアップしています」というから本格的だ。

今回の引越しの際も、新たな家具は購入せず、ないものはDIY でつくるという「DIYサバイバル生活」だという。壁の収納棚は見事な見せる収納で、収納量の確保とインテリアを兼ねている。

見せる収納のポイントになる自作の収納棚はテレビ台も兼ねた優れもの。材料費5000~6000円、制作日数は色塗りから始めて、トータル2日間だという(写真撮影/飯田照明)

見せる収納のポイントになる自作の収納棚はテレビ台も兼ねた優れもの。材料費5000~6000円、制作日数は色塗りから始めて、トータル2日間だという(写真撮影/飯田照明)

壁収納は、賃貸なので傷をつけず原状復帰できるように気を付けてDIY。支柱となる角材5本を高さ調整できる突っ張り金具のパーツで固定し、角材に一枚の板を箱状にした収納棚を付けてつくる(写真撮影/飯田照明)

壁収納は、賃貸なので傷をつけず原状復帰できるように気を付けてDIY。支柱となる角材5本を高さ調整できる突っ張り金具のパーツで固定し、角材に一枚の板を箱状にした収納棚を付けてつくる(写真撮影/飯田照明)

カーテンはIKEAのクリップで切った布を挟んで吊るしただけのシンプルなもの、ベッドは工場などで使うパレットをインテリアに馴染むよう着色して台にして、マットレスを乗せただけの簡単なDIY。確かに全てDIYで新しく買ったものはないにもかかわらず、この部屋にぴったりで島田さんの個性あふれる部屋に仕上がっている。

ベッドは工場などで使うパレットをインテリアに合うよう着色した土台の上にマットレスを置いただけのシンプルなもの。「通気性もあり、低めでちょうど使いやすいです」(写真撮影/飯田照明)

ベッドは工場などで使うパレットをインテリアに合うよう着色した土台の上にマットレスを置いただけのシンプルなもの。「通気性もあり、低めでちょうど使いやすいです」(写真撮影/飯田照明)

自分の部屋のインテリアだけでなく、いまでは友人からのDIY依頼物も多くて、製作待ちリストがあるという島田さん。この部屋もこれから洗濯機上にランドリースペースをつくるなど、収納を増やしていく予定とのこと。お気に入りのインテリアショップに行っても「高い家具はなかなか買えないので、インスピレーションだけもらってDIYのパーツを買って帰ります」という徹底したDIY女子。賃貸1Kをこれだけ自分らしく住みこなせるのは、DIYの腕とセンスと工夫あってこそ、ですね。

●取材協力
・BEAMS

60歳からの家は自分たちで創ることにした

「老後資金には1億円が必要」とか「年金に期待するな」とか、最近の日本は年をとるのもたいへんだ。今まで一生懸命に働いてきたのに、リタイア後も頭が痛くなるような話題ばかり。もっと楽しく、自分たちの身の丈に合った暮らしはできないのか。そんなとき、長年の友人が700万円以下で首都圏に一戸建てを手に入れ、自分たちでリノベーションをすると聞いた。ワクワクするようなニュースだ。早速遊びに行った。
現金で払える予算で自分たちの終の棲家を探す

中原夫妻は私と同じで60歳。妻は私がコピーライターとして新人だった時代の少し先輩だ。お互い還暦を迎え、そろそろリタイア後の生活に真剣に取り組む必要がある。「まだまだ元気で仕事も現役だが、ほんとうに体力がなくなる前に自分たちの終の棲家は確保しておきたい」と家探しを始めたのは2015年だった。

そんな2人が手に入れたのは、千葉県千葉市の土気駅から歩ける場所にある築35年超の一戸建てだ。
「町田で賃貸住宅に住んでいましたが、そろそろ自分たちの老後を考えたときに、いつまでも家賃を払い続けるのも不安で、この際家を買おうということに。これからのことを考えたら、自分たちが用意できる現金の範囲で探そうということになりました」と夫。

予算は最大800万円まで。最初は東京より西側の神奈川で探していたが、坂の上で階段がある物件が多い。予算内だと再建築不可(※)といった物件もあった。夫妻ともに海の近くで育っているので、山よりも海の近くが暮らしやすい。そのため今度は千葉県にも足を延ばして探すことにした。

※建て替えや増改築ができない状態。市街化調整区域の土地、建築基準法の接道義務に違反している(4m以上の道路に間口2m以上接していない)土地、あるいは法律の施行以前に建てられた「既存不適格建築物」などが該当する。

「古い団地も見に行きましたが、階段の上り下りがいずれたいへんになりそうで……。やはり庭仕事が好きな私たちには一戸建てが向いていると考えはじめました」と妻。そこで出会ったのが今の住まいだった。予算内に収まる価格と駅からのアプローチがフラットだったのもポイントだった。

「中古の一戸建てを自分たちの手で直しながら住むのもいいかと。古いけれど角地に建っていて開放感があるのと庭があるのも気に入りました」と妻。「供給公社がしっかり建てた物件で、床下も屋根裏も見てみましたがきれいなものでした。途中で白アリ防除もしたということで購入を決めました」と夫。

購入後、リビングと和室を隔てる壁を壊した状態の写真。いわゆる昭和の一戸建て木造住宅だった(写真提供/中原氏)

購入後、リビングと和室を隔てる壁を壊した状態の写真。いわゆる昭和の一戸建て木造住宅だった(写真提供/中原氏)

和室の壁はベンガラをイメージした紅色に。ジモティで手に入れた棚を仕立て直して間仕切りにした (写真撮影/片山貴博)

和室の壁はベンガラをイメージした紅色に。ジモティで手に入れた棚を仕立て直して間仕切りにした(写真撮影/片山貴博)

購入後に雨漏りを発見、修理をしてくれた大工さんと仲良くなる

2人はまず手描きで図面を起こし、1階部分の和室を洋室に変え、リビングと棚でつなげるようなプランを考えた。当初は1階リビングを完成させて引越したら、住みながら手を入れていく予定だった。

最初につくった手描きのリノベーションの設計図 (写真提供/中原健二氏)

最初につくった手描きのリノベーションの設計図(写真提供/中原健二氏)

ところが契約時に決めていた瑕疵担保責任の期間ぎりぎりの時期に、2階のベランダのジョイント部分から雨が入り込み、柱が1本腐っていたのを発見することになった。交渉した結果、売主が地元の大工さんに工事を頼んで修復してくれることになった。この修復工事が終わらないと、自分たちの工事もできない。

「この大工さんがいい人で、親しくなって、ついでにあれこれと見てくれました。その時、動かしていい柱を教えてもらったので、後の仕事がスムースになりました」。災い転じて福となすとは、まさにこのことだ。

しかも修復工事で壁を開けてみたら、やはり古い戸建てだけに断熱が完璧ではないことに気付いてしまった。夫はがぜん断熱にこだわりはじめ、床下や天井にも断熱材を張り巡らせることになった。

天井も高くしたいとぶち抜くことに。みっちりと断熱材を入れた (写真提供/中原氏)

天井も高くしたいとぶち抜くことに。みっちりと断熱材を入れた(写真提供/中原氏)

「モノと一緒にやさしさもいただく」。お金をかけずに材料を入手

リノベーションに必要な材料も実は費用がほとんどかかっていない。妻の口癖である「宝くじ以外は何でも引き寄せる法則」が随所で役に立った。

「ある日、いつもと違う道を歩いていたら、リフォーム会社のお持ち帰りボックスに壁紙がドーンと置いてあるのを発見。さっそく貰って帰りました」。さらに壁紙は友人からも貰うことができた。

トイレの壁紙は友人から。目立たない2階のトイレで初チャレンジ。実は狭いところはプロでも一番難しいことが分かる。大雑把な計算が間違いのもとで、余りをパズルのように何枚も貼り合わせることに。 結果、いい感じのツートンカラーに仕上がった(写真提供/中原氏)

トイレの壁紙は友人から。目立たない2階のトイレで初チャレンジ。実は狭いところはプロでも一番難しいことが分かる。大雑把な計算が間違いのもとで、余りをパズルのように何枚も貼り合わせることに。 結果、いい感じのツートンカラーに仕上がった(写真提供/中原氏)

またリビングのフローリングを無垢板にしたかったけれど、高いのでどうしようかと考えていたら、材木屋が廃棄しようとしていた板を少しずつ分けてもらうことができた。「無垢のフローリング材は、それぞれ規格が違い、サネと呼ばれるジョイント部の高さが違うのでカンナ掛けの加工が必要でした。1本ずつ夫が削って合わせて貼りました。でも色合わせが楽しかったです」

「玄関、廊下、1階の和室の竹のフローリングは、ホームセンターで見切り品になっていたのを買い占めました。お店でちゃんとお金を出して買ったレアケースです」と妻。

竹ですっきりした玄関と廊下。框の段差を丁寧にまるめ、廊下の直角にまがる部分の板の合わせもかなり手をかけた(写真提供/中原氏)

竹ですっきりした玄関と廊下。框の段差を丁寧にまるめ、廊下の直角にまがる部分の板の合わせもかなり手をかけた(写真提供/中原氏)

「某所では昭和20年代の室内ドアと、アメリカンクレイという壁塗り用の土を手に入れました。次はタイルが必要と言っていたら廃業するタイル屋さんとつながりました」とさらに妻の才能は開花する。

驚いたのはジモティの使いこなし術だ。「バスタブも展示品だけど新品を3000円でゲット。さらにレンジフードも新しいのを買っちゃおうかなと考えはじめていたところ、施工業者から新品未使用のものを7000円で手に入れました」。メインの写真で二人がくつろいでいる赤いソファ は4000円。ワイン箱の出物を6個1000円で手に入れ、奥行きを詰めて底と側面の板にフェルトを貼り棚の引き出しに利用したそうだ。手間をかけることをいとわなければ、こだわりのあるインテリアはお金をかけずにそろえることができるという好例だろう。
リビングと洋室の間のパーテーションにした棚は、イケアのものを2個はタダで、1個は1000円ほどでもらい受け、表面にサンダーをかけ荒らしてペイントし、3個1で組み込んだ。
「現場での解体が大変そうだと思っていましたが、受け取先の場所に伺うと、先に解体しておいてくれたうえに、組み立てるために便利なように完璧な合番まで振ってくれていました。ジモティでは庭の植栽も含めて10数件ほどやりとりをしましたがどの方も気持ちのいい方ばかり。モノだけではなくやさしさも一緒にもらいました」と妻。

赤いマッサージチェアもジモティで7000円。小さくて場所もとらないのに高機能だ(写真提供/中原氏)

赤いマッサージチェアもジモティで7000円。小さくて場所もとらないのに高機能だ(写真提供/中原氏)

夫が棟梁、妻はディレクター、それぞれが得意分野を活かす

夫は電気工事士の資格を持っているうえ、とにかく手先が器用だ。細かいところまでこだわり、なんでもつくってしまう。妻は以前グラフィックデザインの仕事をしていただけに、色やデザインにこだわりがある。妻が大まかなプランやデザインを考えるディレクターのような役割だ。夫がそれを実現していく。

例えばリビングの仕上げは壁紙を貼るのではなく、壁のボードをはがした上で構造材を張り直し、構造材にペイントした。「ペンキなどでテストしてみたら、プライマーと呼ばれる下塗り塗料をスポンジで載せていったものが、味わいがありしっくりきたのでそれをいかすことに」と妻。このほか、廊下からのリビングの入り口の壁には、お手製の猫ドアや古い建具を扱っている道具屋で見つけ出した昭和のガラスが入った飾り窓をはめ込むなど、次々にアイデアをかたちにしていったという。

フローリングの板と、貰い受けた縦型のCDラック2本を組み合わせてつくったキッチンとリビングの間のパーテーション(写真撮影/片山貴博)

フローリングの板と、貰い受けた縦型のCDラック2本を組み合わせてつくったキッチンとリビングの間のパーテーション(写真撮影/片山貴博)

キッチンとリビングの間の棚は、妻がデザインして夫がきっちりカタチにしていく。配線も壁や天井を造作する前に、ベストポジションにスイッチやコンセントをつくりたいという要望に、夫が天井に顔を突っ込んだり、 床に這いつくばったりして、コード類を裏から通して大健闘した。

リビングの壁は構造材をいかしたままに(写真提供/中原氏)

リビングの壁は構造材をいかしたままに(写真提供/中原氏)

猫の元気くんの通り抜け用ドアも手づくりだ(写真提供/中原氏)

猫の元気くんの通り抜け用ドアも手づくりだ(写真提供/中原氏)

「完成はいつごろの予定?」と聞いたら、「たぶん一生どこかを直し続けそう」との答えが返ってきた。このリノベーションの過程で、妻はもちろん私たちまで、中原氏を「棟梁」と呼んでしまうようになった。物件購入後2年をかけて、毎週末に町田から千葉市までリノベーションに通うというハードな日々を過ごした棟梁からは「リタイア後の住処は、なるべく体力と気力のある早いうちからアクションを起こすことをおすすめします。時間をかけてでも、その工程を楽しんでリノベーションに挑戦してください」と、アドバイスがあった。

実は中原夫妻は再婚同士だ。私がはじめて棟梁を紹介されたのは、1年ほど前に2階の和室の壁塗りを手伝いに来た時だ。年齢を経て知り合うカップルの理想的な姿のような気がした。自分たちならではの住まいをつくる過程で、あうんの呼吸がさらにぴったり合ってきている気がする。これからも少しずつ自分たちの生活に合わせて、住まいをバージョンアップしていくはずだ。理想的な年齢の重ね方ではないだろうか。

棚の向こうの洋室は家の中で一番日当たりのいい場所。妻の仕事スペースに(左)素通しの棚には、以前妻がガラス工房でものづくりをしていたころに親方につくってもらった小物などを並べている(写真提供/中原氏)

棚の向こうの洋室は家の中で一番日当たりのいい場所。妻の仕事スペースに(左)素通しの棚には、以前妻がガラス工房でものづくりをしていたころに親方につくってもらった小物などを並べている(写真提供/中原氏)

今は庭にウッドデッキを作成中だそうだ。完成するころには、またお邪魔してデッキでビールを飲ませてもらいたい。

庭仕事も楽しみな広い庭。現在はウッドデッキを作成中(写真提供/中原氏)

庭仕事も楽しみな広い庭。現在はウッドデッキを作成中(写真提供/中原氏)

予算800万円以内! 60歳からの住まいは2人でリノベーション

「老後資金には1億円が必要」とか「年金に期待するな」とか、最近の日本は年をとるのもたいへんだ。今まで一生懸命に働いてきたのに、リタイア後も頭が痛くなるような話題ばかり。もっと楽しく、自分たちの身の丈に合った暮らしはできないのか。そんなとき、長年の友人が700万円以下で首都圏に一戸建てを手に入れ、自分たちでリノベーションをすると聞いた。ワクワクするようなニュースだ。早速遊びに行った。
現金で払える予算で自分たちの終の棲家を探す

中原夫妻は私と同じで60歳。妻は私がコピーライターとして新人だった時代の少し先輩だ。お互い還暦を迎え、そろそろリタイア後の生活に真剣に取り組む必要がある。「まだまだ元気で仕事も現役だが、ほんとうに体力がなくなる前に自分たちの終の棲家は確保しておきたい」と家探しを始めたのは2015年だった。

そんな2人が手に入れたのは、千葉県千葉市の土気駅から歩ける場所にある築35年超の一戸建てだ。
「町田で賃貸住宅に住んでいましたが、そろそろ自分たちの老後を考えたときに、いつまでも家賃を払い続けるのも不安で、この際家を買おうということに。これからのことを考えたら、自分たちが用意できる現金の範囲で探そうということになりました」と夫。

予算は最大800万円まで。最初は東京より西側の神奈川で探していたが、坂の上で階段がある物件が多い。予算内だと再建築不可(※)といった物件もあった。夫妻ともに海の近くで育っているので、山よりも海の近くが暮らしやすい。そのため今度は千葉県にも足を延ばして探すことにした。

※建て替えや増改築ができない状態。市街化調整区域の土地、建築基準法の接道義務に違反している(4m以上の道路に間口2m以上接していない)土地、あるいは法律の施行以前に建てられた「既存不適格建築物」などが該当する。

「古い団地も見に行きましたが、階段の上り下りがいずれたいへんになりそうで……。やはり庭仕事が好きな私たちには一戸建てが向いていると考えはじめました」と妻。そこで出会ったのが今の住まいだった。予算内に収まる価格と駅からのアプローチがフラットだったのもポイントだった。

「中古の一戸建てを自分たちの手で直しながら住むのもいいかと。古いけれど角地に建っていて開放感があるのと庭があるのも気に入りました」と妻。「供給公社がしっかり建てた物件で、床下も屋根裏も見てみましたがきれいなものでした。途中で白アリ防除もしたということで購入を決めました」と夫。

購入後、リビングと和室を隔てる壁を壊した状態の写真。いわゆる昭和の一戸建て木造住宅だった(写真提供/中原氏)

購入後、リビングと和室を隔てる壁を壊した状態の写真。いわゆる昭和の一戸建て木造住宅だった(写真提供/中原氏)

和室の壁はベンガラをイメージした紅色に。ジモティで手に入れた棚を仕立て直して間仕切りにした (写真撮影/片山貴博)

和室の壁はベンガラをイメージした紅色に。ジモティで手に入れた棚を仕立て直して間仕切りにした(写真撮影/片山貴博)

購入後に雨漏りを発見、修理をしてくれた大工さんと仲良くなる

2人はまず手描きで図面を起こし、1階部分の和室を洋室に変え、リビングと棚でつなげるようなプランを考えた。当初は1階リビングを完成させて引越したら、住みながら手を入れていく予定だった。

最初につくった手描きのリノベーションの設計図 (写真提供/中原健二氏)

最初につくった手描きのリノベーションの設計図(写真提供/中原健二氏)

ところが契約時に決めていた瑕疵担保責任の期間ぎりぎりの時期に、2階のベランダのジョイント部分から雨が入り込み、柱が1本腐っていたのを発見することになった。交渉した結果、売主が地元の大工さんに工事を頼んで修復してくれることになった。この修復工事が終わらないと、自分たちの工事もできない。

「この大工さんがいい人で、親しくなって、ついでにあれこれと見てくれました。その時、動かしていい柱を教えてもらったので、後の仕事がスムースになりました」。災い転じて福となすとは、まさにこのことだ。

しかも修復工事で壁を開けてみたら、やはり古い戸建てだけに断熱が完璧ではないことに気付いてしまった。夫はがぜん断熱にこだわりはじめ、床下や天井にも断熱材を張り巡らせることになった。

天井も高くしたいとぶち抜くことに。みっちりと断熱材を入れた (写真提供/中原氏)

天井も高くしたいとぶち抜くことに。みっちりと断熱材を入れた(写真提供/中原氏)

「モノと一緒にやさしさもいただく」。お金をかけずに材料を入手

リノベーションに必要な材料も実は費用がほとんどかかっていない。妻の口癖である「宝くじ以外は何でも引き寄せる法則」が随所で役に立った。

「ある日、いつもと違う道を歩いていたら、リフォーム会社のお持ち帰りボックスに壁紙がドーンと置いてあるのを発見。さっそく貰って帰りました」。さらに壁紙は友人からも貰うことができた。

トイレの壁紙は友人から。目立たない2階のトイレで初チャレンジ。実は狭いところはプロでも一番難しいことが分かる。大雑把な計算が間違いのもとで、余りをパズルのように何枚も貼り合わせることに。 結果、いい感じのツートンカラーに仕上がった(写真提供/中原氏)

トイレの壁紙は友人から。目立たない2階のトイレで初チャレンジ。実は狭いところはプロでも一番難しいことが分かる。大雑把な計算が間違いのもとで、余りをパズルのように何枚も貼り合わせることに。 結果、いい感じのツートンカラーに仕上がった(写真提供/中原氏)

またリビングのフローリングを無垢板にしたかったけれど、高いのでどうしようかと考えていたら、材木屋が廃棄しようとしていた板を少しずつ分けてもらうことができた。「無垢のフローリング材は、それぞれ規格が違い、サネと呼ばれるジョイント部の高さが違うのでカンナ掛けの加工が必要でした。1本ずつ夫が削って合わせて貼りました。でも色合わせが楽しかったです」

「玄関、廊下、1階の和室の竹のフローリングは、ホームセンターで見切り品になっていたのを買い占めました。お店でちゃんとお金を出して買ったレアケースです」と妻。

竹ですっきりした玄関と廊下。框の段差を丁寧にまるめ、廊下の直角にまがる部分の板の合わせもかなり手をかけた(写真提供/中原氏)

竹ですっきりした玄関と廊下。框の段差を丁寧にまるめ、廊下の直角にまがる部分の板の合わせもかなり手をかけた(写真提供/中原氏)

「某所では昭和20年代の室内ドアと、アメリカンクレイという壁塗り用の土を手に入れました。次はタイルが必要と言っていたら廃業するタイル屋さんとつながりました」とさらに妻の才能は開花する。

驚いたのはジモティの使いこなし術だ。「バスタブも展示品だけど新品を3000円でゲット。さらにレンジフードも新しいのを買っちゃおうかなと考えはじめていたところ、施工業者から新品未使用のものを7000円で手に入れました」。メインの写真で二人がくつろいでいる赤いソファ は4000円。ワイン箱の出物を6個1000円で手に入れ、奥行きを詰めて底と側面の板にフェルトを貼り棚の引き出しに利用したそうだ。手間をかけることをいとわなければ、こだわりのあるインテリアはお金をかけずにそろえることができるという好例だろう。
リビングと洋室の間のパーテーションにした棚は、イケアのものを2個はタダで、1個は1000円ほどでもらい受け、表面にサンダーをかけ荒らしてペイントし、3個1で組み込んだ。
「現場での解体が大変そうだと思っていましたが、受け取先の場所に伺うと、先に解体しておいてくれたうえに、組み立てるために便利なように完璧な合番まで振ってくれていました。ジモティでは庭の植栽も含めて10数件ほどやりとりをしましたがどの方も気持ちのいい方ばかり。モノだけではなくやさしさも一緒にもらいました」と妻。

赤いマッサージチェアもジモティで7000円。小さくて場所もとらないのに高機能だ(写真提供/中原氏)

赤いマッサージチェアもジモティで7000円。小さくて場所もとらないのに高機能だ(写真提供/中原氏)

夫が棟梁、妻はディレクター、それぞれが得意分野を活かす

夫は電気工事士の資格を持っているうえ、とにかく手先が器用だ。細かいところまでこだわり、なんでもつくってしまう。妻は以前グラフィックデザインの仕事をしていただけに、色やデザインにこだわりがある。妻が大まかなプランやデザインを考えるディレクターのような役割だ。夫がそれを実現していく。

例えばリビングの仕上げは壁紙を貼るのではなく、壁のボードをはがした上で構造材を張り直し、構造材にペイントした。「ペンキなどでテストしてみたら、プライマーと呼ばれる下塗り塗料をスポンジで載せていったものが、味わいがありしっくりきたのでそれをいかすことに」と妻。このほか、廊下からのリビングの入り口の壁には、お手製の猫ドアや古い建具を扱っている道具屋で見つけ出した昭和のガラスが入った飾り窓をはめ込むなど、次々にアイデアをかたちにしていったという。

フローリングの板と、貰い受けた縦型のCDラック2本を組み合わせてつくったキッチンとリビングの間のパーテーション(写真撮影/片山貴博)

フローリングの板と、貰い受けた縦型のCDラック2本を組み合わせてつくったキッチンとリビングの間のパーテーション(写真撮影/片山貴博)

キッチンとリビングの間の棚は、妻がデザインして夫がきっちりカタチにしていく。配線も壁や天井を造作する前に、ベストポジションにスイッチやコンセントをつくりたいという要望に、夫が天井に顔を突っ込んだり、 床に這いつくばったりして、コード類を裏から通して大健闘した。

リビングの壁は構造材をいかしたままに(写真提供/中原氏)

リビングの壁は構造材をいかしたままに(写真提供/中原氏)

猫の元気くんの通り抜け用ドアも手づくりだ(写真提供/中原氏)

猫の元気くんの通り抜け用ドアも手づくりだ(写真提供/中原氏)

「完成はいつごろの予定?」と聞いたら、「たぶん一生どこかを直し続けそう」との答えが返ってきた。このリノベーションの過程で、妻はもちろん私たちまで、中原氏を「棟梁」と呼んでしまうようになった。物件購入後2年をかけて、毎週末に町田から千葉市までリノベーションに通うというハードな日々を過ごした棟梁からは「リタイア後の住処は、なるべく体力と気力のある早いうちからアクションを起こすことをおすすめします。時間をかけてでも、その工程を楽しんでリノベーションに挑戦してください」と、アドバイスがあった。

実は中原夫妻は再婚同士だ。私がはじめて棟梁を紹介されたのは、1年ほど前に2階の和室の壁塗りを手伝いに来た時だ。年齢を経て知り合うカップルの理想的な姿のような気がした。自分たちならではの住まいをつくる過程で、あうんの呼吸がさらにぴったり合ってきている気がする。これからも少しずつ自分たちの生活に合わせて、住まいをバージョンアップしていくはずだ。理想的な年齢の重ね方ではないだろうか。

棚の向こうの洋室は家の中で一番日当たりのいい場所。妻の仕事スペースに(左)素通しの棚には、以前妻がガラス工房でものづくりをしていたころに親方につくってもらった小物などを並べている(写真提供/中原氏)

棚の向こうの洋室は家の中で一番日当たりのいい場所。妻の仕事スペースに(左)素通しの棚には、以前妻がガラス工房でものづくりをしていたころに親方につくってもらった小物などを並べている(写真提供/中原氏)

今は庭にウッドデッキを作成中だそうだ。完成するころには、またお邪魔してデッキでビールを飲ませてもらいたい。

庭仕事も楽しみな広い庭。現在はウッドデッキを作成中(写真提供/中原氏)

庭仕事も楽しみな広い庭。現在はウッドデッキを作成中(写真提供/中原氏)

職人未満・素人以上のセミプロが活躍!KILTAが育てるセルフリノベインストラクターとは

自分で自宅をDIYでリノベーションする「セルフリノベ」に興味を持つ人が増え、体験施設も急増しています。しかし、セルフリノベのインストラクター認定までおこなっている施設はありません。そこで、今回はセルフリノベのインストラクターを育てる施設「KILTA(キルタ)」を運営する一般財団法人KILTA代表理事であり、KUMIKI PROJECT株式会社代表取締役の桑原憂貴(くわはら・ゆうき)さんに、KILTAをつくった背景と目的、今後目指している方向性についてうかがいました。
KUMIKI PROJECTが掲げる「DIT」とは?

「KUMIKI PROJECT」は、2013年に奇跡の一本松で知られる岩手県陸前高田市でスタートしました。国産杉のブロックキットを使って、地元の人たちと21坪の集会所をつくろうというプロジェクトから始まった会社です。

2017年には事業エリアを首都圏にも拡大すべく、本社を神奈川県二宮町に移転。現在は、東北を中心とした国産材を素材に、小規模のお店やオフィスをサポートしようと、セルフリノベーションによるお店づくりやオフィスづくり、ワークショップまで手がけています。

そんなKUMIKI PROJECTが掲げるコンセプトはDoing It Togetherを意味する「DIT」です。「『ともにつくる』を楽しもう、ということを大事にしたくて使っている言葉なんです」と桑原さんは言います。

岩手県陸前高田市での集会所セルフビルドの様子 (画像提供/KUMIKI PROJECT)

岩手県陸前高田市での集会所セルフビルドの様子 (画像提供/KUMIKI PROJECT)

「僕自身、5年前までDIYはやったこともありませんでした。実は、被災地で集会所をセルフビルドしたのがはじめてのDIYだったんです。ともにつくることで、みんながつながっていく。その光景はとても印象的で、KUMIKI PROJECTの原点になっています。だからといって、みんなにつながりこそ何より大事だと、無理強いするつもりはないんです。つながりは強くなりすぎるとしがらみになってしまう可能性もある。むしろ、今のライフスタイルにあったつながり『方』を増やしていきたい」(桑原さん、以下同)

無理につながろうとする、というわけではありません。あくまでつながりたい人が、つながることができる機会をつくるのが大事、それがKUMIKI PROJECTの思いでもあります。

KUMIKI PROJECTの活動の中で生まれた「KILTA」

KUMIKI PROJECTは活動当初、国産の杉材でつくる家具キットを開発し、販売していました。でも、売上を伸ばすのは大変だったそう。国産材でつくるから、大きな家具量販店が製造する量産品に比べると、価格がどうしても高くなってしまう。家具キットの製造販売という方法だけでなく、どうすれば被災地の国産材をより多く使ってもらえるのかを改めて考えた結果、たどり着いたのが「キットをツールとして使い、オフィスづくりやお店づくりのセルフリノベーションをお手伝いすること」だったのだそうです。

「例えば、100万円ほどの予算でお店づくりを行うとします。これまでのように建築事務所や工務店などの専門業者に相談して進める場合、この予算ではできることがかなり限られてしまうのが現実です。でも、僕らの場合、職人さんではなく、お店をはじめる人と一般の人々が一緒に手を動かし、ワークショップ形式で空間づくりを進めるため、『コストは抑えながらも、愛着はいっぱいなお店づくり』が可能になるんです。これまでつくってきた国産材の家具や内装キットを使うため、DIY初心者でもクオリティを守った空間づくりができています。

お店をはじめる人からすると、最初の負担を下げることができるだけでなく、手間をかけることで愛着が生まれます。そして、ともにつくった人たちは自分のお店の大切な応援団になっていく。そんなお店づくりで、僕らの価値が発揮できるようになりました」

空き家を地域住民とともに全5日間のワークショップでセルフリノベーションしたカフェスペース。壁解体、床はり、漆喰塗り、家具キットの組み立てなどを実施 (画像提供/KUMIKI RPOJCET 写真撮影/八幡 宏)

空き家を地域住民とともに全5日間のワークショップでセルフリノベーションしたカフェスペース。壁解体、床はり、漆喰塗り、家具キットの組み立てなどを実施 (画像提供/KUMIKI RPOJECT 写真撮影/八幡 宏)

しかし、そこで持ちあがった課題が、こうしたワークショップでセルフリノベを教える「先生」の不足。素人だけでは分からない空間の構造や、工具の使い方や材料の加工方法について現場でサポートしてくれる先生、インストラクターが必要でした。

「家具や内装はキット化しているため、職人さんじゃなくてもできるようになっています。だからこそ、例えば、地域の子育て中のお母さんが、お子さんが学校に行っている間に、インストラクターをやるというのでもいい。地域の人たちがインストラクターになり、地域の材を家具や内装キットにし、地域で空間づくりをはじめる人を支える。そんな循環ができるといいと思っています。

そのためには、セルフリノベーションに関する知識と技術を伝え、インストラクターになりたい人を育てる拠点が必要でした。例えば、床の張り方、壁の塗り方や張り方、家具の造作の仕方などを学んでもらうプログラムをやるためにつくったのがKILTAなんです」

KILTAのインストラクターは「職人未満・素人以上」

KILTAのインストラクターは「ものづくりやインテリアが好きだから仕事に活かしたい。でも、職人として技術を極めて仕事をしたいわけじゃない人」なのだと桑原さんは言います。

DITインストラクター認定講座(モニタークラス)受講生の現場実習。床ハリクラスと壁ヌリクラスを2018年3月に試験開講。プログラムを改良し、5月ごろから本格実施予定 (画像提供/ KUMIKI PROJECT)

DITインストラクター認定講座(モニタークラス)受講生の現場実習。床ハリクラスと壁ヌリクラスを2018年3月に試験開講。プログラムを改良し、5月頃から本格実施予定 (画像提供/ KUMIKI PROJECT)

「みんなで楽しみながらつくるために必要な知識や技術は、空間を施工する職人の技術とはかなり違います。例えば、ワークショップに参加したけれど、不安で手が出せない人や、何をやれば良いのかわからなくて手が空いてしまった人などに、楽しんでつくってもらうためのコミュニケーションの取り方や、時間内に終わらせるスケジュール管理、散らばった工具につまずいて転んだりしないように注意するといったリスク管理などができることが求められます。そのうえで、職人まではいかなくていいけど、空間づくりに最低限必要な知識と技術があって楽しくワークショップを進められるっていうことがインストラクターとして大事なことなんです」

昨今のDIYブームもあってか、インストラクターをやりたいという人は多く、昨年末から行った説明会は軒並み盛況だそうです。

「暮らしをつくれる人を増やしたい」全国にKILTAを

KILTAはもともと横浜にあるリフォーム会社とKUMIKI PROJECTの共同事業として始まりましたが、職人不足や高齢化などの課題を抱える建築業界をはじめ、DIY市場の拡大を進めたい建材メーカー、インテリアやDIY情報の発信を行うメディア、多様な働き方を増やしたい地域団体などからこうした動きへの賛同を得られたことから、今年1月に一般財団法人KILTAを設立。同法人で本格的にインストラクター育成事業に取り組むことになりました。拠点も横浜だけではなく、京都や春日部、神戸にも開設準備中であり、全国各地で暮らしをつくれる人材育成に注力していきたいのだそう。

一方でネックになるのが工具の問題。本格的な機械工具や手道具を、インストラクターになった人がすべて用意するのは負担が大きすぎるため、現場で使用する工具類はKILTAがすべて用意する形で考えているそうです。

「壁塗りや床張りなどのワークショップで使う工具一式を詰め込んだ『ツールボックス』と僕らが呼んでいる工具箱を、現場に直送できるようにテスト運用をはじめています。インストラクターになった人は、手ぶらで現場にいき、ワークショップを実施。終了後は、手ぶらで帰っていける形にしようと思っています。ですから、KILTAという拠点は、実は倉庫機能も兼ね備えた存在でもあり、全国にこうした拠点を増やしていきたいと思っています。

いま、全国には公立図書館がおよそ3000カ所あります。図書館が暮らしの知恵を学ぶ場だとしたら、KILTAは暮らしの技術を学べる場所として、同じくらい全国各地のインフラとして増やしていければとよく話しています。

広い工房がなくても、例えばマンションの一室をKILTAという拠点にする。そこには工具を集約し、マンションの修繕をマンションに住んでいる人がインストラクターになって支えるようになるという形もあるのではと思っています」

京都で開催したセルフリノベーションによるシェアスペースづくりの様子 (画像提供/KUMIKI PROJECT)

京都で開催したセルフリノベーションによるシェアスペースづくりの様子 (画像提供/KUMIKI PROJECT)

一方で、インストラクターとなった人たちが、きちんと報酬を得て活躍できるような舞台をつくることも大切。現在は、リフォーム会社などにも働きかけている最中なのだそうです。

「例えば、 建築現場というのは、個人宅の新築やリノベーション、お店やオフィスづくり、公共施設の修繕など、本当に多種多様です。多種多様であるということは、求められるスキルや難易度も本来はバラバラだということです。
にもかかわらず、どんな現場でも、すべて職人さんが仕事として受けているというのが、これまでの当たり前でした。でも、この難易度や必要なスキルをきちんと現場ごとに分析し、分類できれば、素晴らしい技術を持った職人ではなくても対応できる現場が実はたくさんあるのではないでしょうか。
業界全体で建築現場を分類する指標をつくり、必要なスキルを持った人に適切にマッチングすることで、職人未満だけど、素人以上のセミプロであるインストラクターの人々でも十分に対応できる舞台ができると考えています。そうすることで、地域にたくさんの小さな仕事が放出され、一方で技術を持った職人さんは価値ある仕事に集中できる、そんなみんながハッピーな世界をともにつくれたらうれしいです」

セルフリノベーションを通じて「地域に住む人たちが自分の暮らしに『つくる時間』を取り戻していく流れができたら」と考えていたという桑原さん。地域の人たちがKILTAで学び、インストラクターとして活躍できる場が増えれば、ライフスタイルや働き方も変わっていくかもしれませんね。

●取材協力
・KUMIKI PROJECT
・KILTA

国土交通省、DIY型賃貸借の契約等の留意点を整理・追加

国土交通省はこのたび、サブリース物件におけるDIY型賃貸借や大規模な改修を伴うDIY型賃貸借の契約等の留意点を整理し、「DIY型賃貸借に関する契約書式例について」を改訂した。「DIY型賃貸借」とは、借主(入居者)の意向を反映して住宅の改修を行うことができる賃貸借契約や賃貸物件。借主自ら改修する場合や専門業者に発注する場合など、工事の実施方法は様々。

「DIY型賃貸借に関する契約書式例」は、DIY型賃貸借による契約当事者間のトラブルを未然に防止する観点から、DIY型賃貸借を行う場合に契約当事者間であらかじめ合意すべき内容を、賃貸借契約書の特約事項として作成しているもの。今回、大規模な改修を伴うDIY型賃貸借やサブリース物件におけるDIY型賃貸借についての留意点が整理・追加された。

大規模な改修を伴うDIY型賃貸借を実施する場合、概要表や合意書に定める事項のほか、改修内容の詳細について十分な協議を行い、契約当事者間で合意形成することが望ましいとしている。どの程度まで改修するか、建築確認など行政への申請手続きを誰が行うか、資金調達はどうするかなど、専門業者と連携し取り組むことがトラブル回避の観点から有効。

また、建物評価額が増加し固定資産税等が増加することも想定される。工事部分が住宅と分離できない場合、その所有権は工事完了時に建物の所有者に帰属し、特に借主負担の工事費が高額なときには、その時点で贈与税がかかることもある。専門家への十分な確認のもと、あらかじめ工事部分に係る公租公課の負担者や贈与税の有無等を整理しておくことが望ましいとしている。

サブリース物件におけるDIY型賃貸借に係る留意点については、貸主が改修工事を行う場合は、貸主と建物の所有者との「原賃貸借契約書」を本契約書式例とともに用い、借主が改修工事を行う場合は、貸主と借主だけでなく、建物の所有者も含めた三者による合意書等を作成することが望ましいことなどを挙げている。

同省ではほかにも、DIY型賃貸借を行う場合のQ&Aを整理した「家主向け DIY型賃貸借 実務の手引き」なども公表している。

ニュース情報元:国土交通省

RoomClip編集部に聞く「100均DIY」の驚くべき進化

100円ショップのアイテムを使って気軽にチャレンジできることから、近年主婦の間で人気の「100均DIY」。なぜここまで浸透し、どのような変化をしてきたのでしょうか。月間270万人が利用する、部屋のインテリア実例共有サイト「RoomClip」運営チームの竹野さんにお話をうかがいました。
メディアの発信で浸透した「100均DIY」文化

「日曜大工」という言葉もあるように、DIYには男性のイメージが定着しています。そんななかで登場した「100均DIY」という言葉は瞬く間に主婦たちの間に広まり、今や主婦にとって代表的な趣味として知られるようになりました。

「100均DIYがはやり始めたのは、2015年ごろだったと記憶しています。RoomClipでも『100均』と『DIY』のタグをつけた投稿が増えてきました」(竹野さん、以下同)

100均DIYが浸透していったのは、どのような背景があったのでしょうか。

「2015年に100均アイテムを使ったDIYを紹介するムック本が相次いで発売されました。書籍やテレビ、ウェブメディアなどが目をつけ、積極的に発信したことが大きなきっかけだったと考えられます」

また2015年といえばInstagramが国内のアクティブユーザー数を大きく伸ばした年。「自分でつくった作品の写真をネットに投稿する」というアクションが定着したことも、100均DIYの発展に一役買ったようです。

材料5つ、計500円余りでつくれるという消臭ビーズ入れ。写真ではフックと瓶のワイヤー部分を塗料で白く塗り、インテリアに溶け込ませる工夫も(画像提供/miyuさん)

材料5つ、計500円余りでつくれるという消臭ビーズ入れ。写真ではフックと瓶のワイヤー部分を塗料で白く塗り、インテリアに溶け込ませる工夫も(画像提供/miyuさん)

クローゼット内の収納を3段に増やす便利ワザ。子どもの服を畳む手間を削減し、衣替えもスムーズに(画像提供/taitaiさん)

クローゼット内の収納を3段に増やす便利ワザ。子どもの服を畳む手間を削減し、衣替えもスムーズに(画像提供/taitaiさん)

100均DIYの醍醐味は「自分で家をカスタマイズできる楽しさ」

「100均DIYにチャレンジする動機として最も多いのは、『100円なら失敗しても怖くない』という理由。『いきなりホームセンターで本格的な道具と材料を買うのはハードルが高い』という方も、100均ならチャレンジしやすかったと言います」

100均DIYで慣れた方が、やがて本格的なDIYへとスキルアップしていくこともあるのだとか。

突っ張り棒1本でトイレットペーパーの収納を実現。カフェ風のカーテンはダイソーで購入(画像提供/tentenさん)

突っ張り棒1本でトイレットペーパーの収納を実現。カフェ風のカーテンはダイソーで購入(画像提供/tentenさん)

壁収納は100均DIYの基本技とも言える。こちらは黒ワイヤーを結束バンドで固定するだけの手軽な壁収納DIY(画像提供/ayakaさん)

壁収納は100均DIYの基本技とも言える。こちらは黒ワイヤーを結束バンドで固定するだけの手軽な壁収納DIY(画像提供/ayakaさん)

安価だからこその安心感、手軽さから、初心者もチャレンジしやすいという100均DIY。その楽しさはどこにあるのでしょうか。

「やっぱり、オリジナリティを出せるところだと思います。自分の手でつくったものに囲まれ、使ううちに、より一層自分の家に愛着をもてるようになることが100均DIYの醍醐味です」(竹野さん)

自作のフラワーインテリア。ペンキを塗ったメイソンジャーに、グルーガンで造花とプリザーブドフラワーを接着(画像提供/Disneyさん)

自作のフラワーインテリア。ペンキを塗ったメイソンジャーに、グルーガンで造花とプリザーブドフラワーを接着(画像提供/Disneyさん)

100均の材料にお子さんたちが拾ってきたドングリや石を活用し、インテリアを自作(画像提供/crowさん)

100均の材料にお子さんたちが拾ってきたドングリや石を活用し、インテリアを自作(画像提供/crowさん)

一方で、憧れの生活を手に入れるために100均DIYに取り組む人もいると言います。

「個別の作品をつくって終わりではなく、家全体を1つのコンセプトに向けてカスタマイズしていく人が増えていますね」(竹野さん)

あちこちに100均DIYの工夫がなされた部屋。意識しているのは「フレンチナチュラル」と「フレンチカントリー」(画像提供/Disneyさん)

あちこちに100均DIYの工夫がなされた部屋。意識しているのは「フレンチナチュラル」と「フレンチカントリー」(画像提供/Disneyさん)

最新の100均DIYトレンドは「創造性を加えた“自分だけのインテリア”」

ここで最新の100均DIYのトレンドについても教えていただきました。

「RoomClipでは、アイテムそのものを生活に取り入れるのではなく、自分の創造性を加えて、『自分だけのもの』につくり変えようとする投稿が増えています。例えば先日は、お皿とカップを貼り合わせてオリジナルのケーキスタンドをつくった投稿がありました。私たちでも思いつかないようなアイデアが、日々投稿されています」(竹野さん)

短期的なトレンドで言えば、今は新生活が始まる時期。普段のメインユーザー層は主婦ですが、この時期は一人暮らしの人の投稿が増えるのだそうです。

靴収納に便利な自作ラック。すのことアイアンバーを組み合わせて作成。新生活にもおすすめ(画像提供/yunakoさん)

靴収納に便利な自作ラック。すのことアイアンバーを組み合わせて作成。新生活にもおすすめ(画像提供/yunakoさん)

新生活を機に100均DIYを始めたいという人には「まずは簡単なものからチャレンジしてほしい」と竹野さんは言います。
「100均の材料を使って簡単な木箱などをつくるところから始めて、慣れていく。その後段々と『色を塗りたいからハケを使ってみよう』『ディアウォールやラブリコを使った壁面収納のDIYにチャレンジしてみよう』とやりたいことに挑戦する、その繰り返しでみなさんスキルを上げてこられたようですね」

もはや100均DIYは、理想の住環境を気軽に手に入れるための手段のひとつとなっているようです。既製品だけに囲まれた暮らしではなく、自分が手がけたものに囲まれて暮らす生活を求める人が増えているのかもしれません。

●取材協力
・RoomClip
●画像提供
・ayakaさん(RoomNo.874680)
・crowさん(RoomNo.1211179)
・Disneyさん(RoomNo.810832)
・miyuさん(RoomNo.535462)
・taitaiさん(RoomNo.610489)
・tentenさん(RoomNo.2937148)
・yunakoさん(RoomNo.974057)
※ローマ字順

続・賃貸住宅でのDIY、どうやったらできる? 賃貸管理のプロに聞く[12]

前回は、賃貸住宅でDIYをしたいと思っている入居者さんが、なかなか踏み出せない理由について考えてきました。賃貸住宅でのDIYは、夢のまた夢なのでしょうか? 賃貸住宅でもDIYを可能にする方法があるのかを、一緒に考えてみましょう。【連載】賃貸管理のプロに聞く
賃貸仲介・管理の現場に20年以上携わっているプロが、賃貸物件に住む人から相談の多い事例と解決方法をご紹介する連載ですDIYは禁止されていないかも!? 賃貸借契約書をチェックしよう

お部屋を借りている方は、契約のときに賃貸借契約書を交わしていると思います。この賃貸借契約書には、引越してから退去するまでに起こる、いろいろな事柄についての決まりごとが書いてあります。

「賃貸住宅に手を入れる」ことに関して関係ありそうな条文には、どんなものがあるのでしょうか。全国で約20万8000戸の物件を管理しているハウスメイトグループの賃貸借契約書を見てみましょう。

第13条3.乙(賃借人)は、甲(賃貸人)の書面による承諾を得ないで、次に揚げる行為をしてはなりません。[1]本物件の増築・改築・改造又は室内の修理・塗替え・工作を伴う模様替え、…(以下略)第19条4.乙は、甲の承諾を得て行った造作等であっても原状に復する義務を負い、同造作物等を甲に対して買取り請求する事ができません。但し、原状回復に付き甲がこれを希望しない場合は、前段に定める造作等の収去並びに原状に復する義務については免責するものとします。

これを見てみると、「大家さんに書面で承諾を取ればDIYは可能で、大家さんがOKであれば原状回復もしなくて良い」と解釈することもできそうですよね。

少なくとも、「DIYなんて絶対ダメ!」と言うわけではないように思えます。ハウスメイトグループの契約書だけが特殊なのではなく、ほかの不動産会社で使用している契約書にも同じような条文があると思います。賃貸住宅に住んでいる方は、お手元の賃貸借契約書の該当箇所を確認してみてください。

そして、実は国土交通省も、2016年にDIY型賃貸借の契約書式例及びガイドブックを公表しています。これは、賃貸住宅でのDIYを推進するにあたっての大家さんや管理会社の不安や、今の契約書の条文のままでは不足している部分を補完するものでもあるのです。

特にガイドブックは図や写真が豊富で分かりやすくまとまっているので、DIYをやってみたい入居者さんは、国交省のホームページから一度ご覧になっておくと良いでしょう。

大家さん、管理会社の承諾を取るにはどうすればいい?

では契約書の規定どおり、書面で申請すれば簡単に承諾がもらえるのかというとそうではなく、ここに大きなハードルがいくつかあります。

一つ目のハードルは、大家さんや管理会社の年代問題です。大家さんの平均年齢は入居者さんよりかなり高めなので、DIYがブームになっていても、それを全く知らない方が多いと感じます。そもそもDIYとは何なのかを理解してもらえていないのであれば、話しはなかなか進みませんよね。

そして、大家さんと入居者さんの間を取り持つ役割の私たち管理会社も、大家さんと同じとまでは行かなくとも、DIYをやりたい入居者さんよりは年代が高めなことが多いです。管理会社に相談したとしても、「DIY? 入居者さんが壁に穴を開けるなんてダメですよ」と、大家さんに伝わる前に話しが終わってしまう可能性も十分に考えられます。

二つ目のハードルは、管理会社や大家さんの知識不足です。賃貸住宅を借りている方はあまりご存じないかもしれませんが、実は管理会社は建築・工事にさほど詳しくない場合が多いのです。なぜかと言うと、建物を建てる仕事と建物を管理・仲介していく仕事は全くの別物だからです。退去時にリフォーム工事をするのは管理会社の仕事ですが、われわれが長年行って来たのは「原状回復工事=元に戻す工事」です。

私たち管理会社は、汚れた壁紙を新しく張り替えたり傷ついたフローリングを補修したりするのは得意ですが、普段完成した建物を管理しているため、例えば壁の中の構造については詳しくありません。所有者である大家さんも詳しくない人が多いように感じますが、日ごろから物件管理をしている私たちですらそんな状態ですから、それは仕方がないことだと思います。

(イラスト/藤井昌子)

(イラスト/藤井昌子)

賃貸住宅でのDIYを認めてもらうには

われわれ管理会社が壁の内部構造に詳しくないとどういうことが起こるでしょうか。

入居者さんから「リビングの壁にDIYで棚を取り付けたい」と申請が来た場合、その部分の壁は穴を開けても大丈夫なのか、どういうことに気を付けてもらわなければならないのかが分からないと言うことになります。そうなると、大家さんに代わって承諾もできなければ、大家さんに「承諾しても問題ないと思いますよ」と承諾してもらえるように後押しすることもできません。

ただ、裏を返せば、DIYをやりたい入居者さんは、それらが分かりやすくなるように申請をすれば、承諾される確率が上がるのではないかと思います。

例に挙げたリビングに棚をつけるケースで考えると、
・どんなメーカーのどんな棚を付けたいかを写真等で示す
・棚をどこにつけたいかを間取図や室内写真で示す
・DIYショップに相談済みで、棚の重みに耐えられるような施工方法をきちんと行うことを示す
・万一原状回復する場合にはどんな工事が必要かを示す
というような感じで申請すれば、承諾される確率が上がりそうです。

管理会社経由で大家さんに申請をする場合なら、管理会社が大家さんにそのまま渡せて、簡単に要点を説明できるような形にまとめておくことも大切です。

さすがに新築や築浅では難しいかもしれませんが、築古物件の場合、DIYを承諾することで入居者さんに長く大切にお部屋を使ってもらえるならば、承諾しても良いと考える大家さんや管理会社は少なくないと思います。

実は、既に長く住んでくださっている方や、「長く住むつもりです」という方には、大家さんも管理会社も弱いのです。もし長く住む可能性が低くても、その棚の形やデザインが今のお部屋の雰囲気に合っていて、次の入居者さんにも喜ばれそうだとなれば、原状回復しないで残してもらえるほうが大家さんや管理会社にとってプラスになるかもしれません。要は、大家さんや管理会社がメリットに感じる部分があれば、申請は通りやすくなるのだと思います。

以前入居者の方から「洗面台が古いのでシャンプードレッサー付きに交換したい。半額自己負担するので大家さんに相談してもらえないか?」と言われたことがあります。その方は長く住んでいらしたので、結局大家さんが交換してくださいました。

実はこういう類の話は時々あり、物件×大家さん×入居者さんの組み合わせごとにケースバイケースですが、何かが壊れて機能を失っているという理由以外でも、入居者さんの工事の希望が通る場合があるのです。

この話とDIYが大きく違うのは、専門業者以外の人が施工するという点。どんな施工をするのか、そして、入居者が問題なく施工できるのか、をきちんと伝えることが大切です。お部屋は大切な財産だと認識している管理会社や大家さんに、いかに安心感を抱いてもらえるか。それが賃貸住宅でのDIYを承諾してもらえるポイントのような気がします。

自由で豊かな賃貸住まいをサポートできるように、私たち管理会社も少しずつ建築や工事の勉強を始めています。入居者のみなさんも「こういう住まい方をしたい」という意見をどんどん発信してほしいと思います。賃貸住宅でもDIYできるのがあたりまえになる未来を、一緒につくっていきましょう。

谷 尚子谷 尚子 賃貸住宅での暮らし応援団
独立系の賃貸管理会社ハウスメイトパートナーズに勤務。仲介・管理の現場で働くこと20年超のキャリアで、賃貸住宅に住まう皆さんのお悩みを解決し、快適な暮らしをお手伝い。金融機関・業界団体・大家さんの会等での講演多数。大家さん・入居者さん・不動産会社の3方良しを目指して今日も現場で働いています。●「賃貸管理のプロに聞く」記事一覧
・賃貸管理のプロに聞く[1] 入居後のトラブルで一番多い「騒音」問題の解決方法とは
・賃貸管理のプロに聞く[2] 一人暮らしの女性必見!「のぞき・ストーカー・痴漢被害」を防ぐ方法とは
・賃貸管理のプロに聞く[3] 意外と多い「漏水」被害。被害者、加害者になったらどうする?
・賃貸管理のプロに聞く[4] こっそり飼育は必ずバレる! ペットクレームあるある&解決法
・賃貸管理のプロに聞く[5] 火事になってからでは遅い! 賃貸暮らしの人に必要な防災の知識とは
・賃貸管理のプロに聞く[6] 誰もが避けたい「ご近所トラブル」。発生にはお決まりのタイミングが!?
・賃貸管理のプロに聞く[7] 住人の“暗黙ルール”を見極めよ! 駐輪場でのトラブルを防ぐコツとは
・賃貸管理のプロに聞く[8] 他人にとっては非常識!? 「バルコニー」はトラブルの種だらけ
・賃貸管理のプロに聞く[9] 私物を放置していない? 「共用廊下」でクレームが起こるメカニズム
・賃貸管理のプロに聞く[10]自治体によって違う! 「ごみ出しのルール違反」はトラブルの元
・賃貸管理のプロに聞く[11]賃貸住宅でのDIY、どうやったらできる?

賃貸住宅でのDIY、どうやったらできる? 賃貸管理のプロに聞く[11]

かつては「お父さんの日曜大工」の意味合いが強かったDIY(Do It Yourselfの略)ですが、最近はかなりイメージが変わって来ました。テレビや雑誌でもDIYの特集が組まれるなど、空前のDIYブームと言われています。
また、100円ショップをのぞいて見ると、小さなボトルに入ったカラフルなペンキや、おしゃれな模様のインテリアシート、かわいい壁掛けフックやそれを取り付けるための工具類なども充実していて、若い女性でにぎわっています。この客層を見ても、DIY=お父さんの日曜大工という時代とは明らかに様相が変わっていることが分かりますね。
ただ、DIYが好きな人、やりたい人が増えている一方で、あきらめている人も多いのが今の賃貸住まいの方の状況だと思います。どうすれば賃貸住宅でもDIYができるのか、一緒に考えてみましょう。

【連載】賃貸管理のプロに聞く
賃貸仲介・管理の現場に20年以上携わっているプロが、賃貸物件に住む人から相談の多い事例と解決方法をご紹介する連載ですみんなはどんなDIYをしているの?

DIYを楽しんでいる人は一定数いるようですが、実際にみんながどんなDIYをしているのかが、気になりますよね。昔と違ってSNSが発達している今の時代は、気軽に写真を人に見せることができるため、DIY初心者から上級者まで、いろいろな人がSNS上に自慢の作品の写真をアップしています。

DIYですてきな作品ができたら、同じような趣味の人に見てもらい、共感してもらいたいと思うのかもしれません。Instagramやtwitterだけでなく、RoomClipなどのように自分のお部屋のインテリア写真をみんなと共有することに特化したサイトも出てきており、魅力的なDIYの実例写真がたくさん掲載されています。RoomClipの「DIYする」というカテゴリのページを見てみると、棚や収納を自作している人がかなり多いのが分かります。

また、写真にはコメントが付けられる機能があり、そこには賞賛の言葉だけでなく、「材料はどこで買ったんですか?」「どうやってつくったんですか?」などの質問や、それに対する回答も掲載されており、DIYが好きな人たちの間のコミュニケーションの場になっているようです。

好きなテイスト、サイズのものを思いどおりに、しかも安価につくれるのがDIYの魅力なのでしょう。本格的な家具をDIYする人もいれば、小物を飾るための小さな棚をつくる人もいますが、共通しているのは、100円ショップやホームセンターで購入した安価な材料を使ったDIYが人気という点です。

DIYしたくても、踏み出せないのはなぜ?

リクルート住まいカンパニーが2014年4月に実施した「賃貸住宅におけるDIY意向調査」では、現在居住している賃貸住宅でカスタマイズやリフォームを「したいと思ったがあきらめたことがある」と答えた人が18.8%となっており、潜在的ニーズがあることが分かります。

そして、その回答者にあきらめた理由を聞いた項目では、回答が多かった順に「許容範囲が分からない」(50.4%)、「契約上許されないから」(45.4%)「実施費用がもったいないから」(40.4%)「敷金が返ってこなくなるから」(33.3%)となっています。

DIYをやってみたくても、どこまでやって良いのか分からなかったり、退去時の原状回復にどのくらい費用がかかるのか不安だったり、そもそもやってはいけないと思っていたりという理由で、DIYを躊躇(ちゅうちょ)してしまう入居者さんが多いことが分かります。

同社が2014年9月に実施した「リノベーション・DIYに関する意識調査」で、流行に敏感な20代の人がやってみたいと答えたのは「壁にフックやコートハンガーを取り付ける」「壁紙を貼る・ペイントをする」「備え付けの照明器具を交換する」「壁にテープを貼るなどしてデコレーションをする」「壁に棚を取り付ける」といったDIYでした。

こうして見ると「壁に穴を開けたり何かを貼り付けたりするDIY」のニーズが高いことが分かります。確かに原状回復するにはそれなりのお金がかかるケースもありそうで、心配になる気持ちは理解できます。

(イラスト/藤井昌子)

(イラスト/藤井昌子)

原状回復ルールの歴史を知ろう

そもそも、賃貸住宅の原状回復というルールの根拠はどこにあるのでしょうか。

実は民法598条、616条の解釈により、賃借人は退去時にお部屋に附属させた物を取り除いて借りたときの状態に戻さなければならないとされて来たのです。これを「原状回復義務」と呼んでいますが、これに基づいて退去時の敷金精算を行う際に「どこまで原状回復義務があるのか、その金額はいくらが妥当なのか」についてのトラブルが増えたため、平成10年に当時の建設省(現、国土交通省)が「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を公表し、改定、再改定を経て一層具体的なルールができているというわけなのです。

「退去時にこういう状態になっていたら入居者負担」というルールが明確になったため、「退去時にお金がかからないようにするためには、室内に手を加えないほうが良い」という風潮へとつながるのは当然のこと。

例えば、壁に好きな絵を掛けたいと思っても、ネジ穴や釘穴は原状回復義務が発生するルールになっているので、「退去時にいくらかかるか不安だから、やらずに我慢しよう」となっているのが現状ではないかと思っています。

賃貸住宅に住んでいる人は、「壁に何もしないDIY」しかできないのでしょうか。

管理会社に長年勤務している私は、必ずしもそうとは思っていません。世の中の大家さんや管理会社のなかには、「物件も古くなっているし、いい人が長く住んでくれるのであれば多少部屋に手を入れてもかまわない」と考えている人も結構いると感じています。そして、「原状回復にさほど費用がかからない、もしくはそのまま残しても問題ないなら、退去時に入居者さんにお金の負担をしてもらわなくても良い」と考える人だっていそうです。しかしそれと同時に、「好き勝手に自由に手を入れられて、取り返しが付かない状態になるのでは」という不安も抱えています。

次の回では、そんな大家さんや管理会社に「どうやったら安心してDIYを許可してもらえるのか」について考えてみたいと思います。

谷 尚子谷 尚子 賃貸住宅での暮らし応援団
独立系の賃貸管理会社ハウスメイトパートナーズに勤務。仲介・管理の現場で働くこと20年超のキャリアで、賃貸住宅に住まう皆さんのお悩みを解決し、快適な暮らしをお手伝い。金融機関・業界団体・大家さんの会等での講演多数。大家さん・入居者さん・不動産会社の3方良しを目指して今日も現場で働いています。●「賃貸管理のプロに聞く」記事一覧
・賃貸管理のプロに聞く[1] 入居後のトラブルで一番多い「騒音」問題の解決方法とは
・賃貸管理のプロに聞く[2] 一人暮らしの女性必見!「のぞき・ストーカー・痴漢被害」を防ぐ方法とは
・賃貸管理のプロに聞く[3] 意外と多い「漏水」被害。被害者、加害者になったらどうする?
・賃貸管理のプロに聞く[4] こっそり飼育は必ずバレる! ペットクレームあるある&解決法
・賃貸管理のプロに聞く[5] 火事になってからでは遅い! 賃貸暮らしの人に必要な防災の知識とは
・賃貸管理のプロに聞く[6] 誰もが避けたい「ご近所トラブル」。発生にはお決まりのタイミングが!?
・賃貸管理のプロに聞く[7] 住人の“暗黙ルール”を見極めよ! 駐輪場でのトラブルを防ぐコツとは
・賃貸管理のプロに聞く[8] 他人にとっては非常識!? 「バルコニー」はトラブルの種だらけ
・賃貸管理のプロに聞く[9] 私物を放置していない? 「共用廊下」でクレームが起こるメカニズム
・賃貸管理のプロに聞く[10]自治体によって違う! 「ごみ出しのルール違反」はトラブルの元

賃貸でも安心!「突っ張るだけ」で収納や家具がつくれるお手軽DIY

賃貸暮らしでは「自分の欲しい場所に収納棚がない」「デッドスペースができてしまう」「DIYをしたいが壁に穴は開けられない」など、家具の配置やDIYが思ったようにいかないことが多く、悩みがつきません。でも実は、壁に傷をつけずに収納を取り付けられるアイテムがあるのです。おすすめの製品を使用例とともにご紹介します。
自由に組み立てられる「見せる収納」棚って?

若井産業株式会社の「ディアウォール」は、2本の柱を立てて棚をつくることなどが可能なグッズで、突っ張り方式なのでどこも傷つけません。

取り付けも簡単。「木材の長さを正確に測れば、誰でも同じ力で突っ張らせることができます」と、若井産業 広報の柏美帆(かしわ・みほ)さん。

【画像1】ディアウォールの“突っ張り”を利用してつくった棚(画像提供/若井産業株式会社)

【画像1】ディアウォールの“突っ張り”を利用してつくった棚(画像提供/若井産業株式会社)

若井産業は「賃貸住宅で壁に棚を取り付けたり飾ったりしたいけど、壁を傷つけたくない」というユーザーの声を受けてディアウォールを開発。「最近では、賃貸だけではなく持ち家にお住まいの方の利用も増えました」と柏さん。「壁を傷めず、思いどおりにカスタマイズして住みたい」人の増加とマッチして、今後も需要が増えそうです。

インテリアになる突っ張り棒って?

「突っ張り棒」は100円ショップでも買える安くて便利なグッズ。しかし、どうもデザイン性にかけるような気がしてしまうことも。

平安伸銅工業株式会社の「DRAW A LINE(ドローアライン)」は、同社がプロダクトデザインなどを行うユニット・TENTとコラボレーションして立ち上げたブランド。突っ張り棒をこれまでの便利グッズからインテリアの一部へと引き上げるような製品です。

【画像2】ねじやくぎいらず。簡単に設置できるドローアラインの棚(画像提供/平安伸銅工業株式会社)

【画像2】ねじやくぎいらず。簡単に設置できるドローアラインの棚(画像提供/平安伸銅工業株式会社)

「突っ張るだけで固定できるドローアラインは、専用の照明とテーブルをつけて寝室に置いたり、フックをつけて帽子やハンガーを掛けたりできるなど、多様なカスタマイズが可能です」と、広報担当の寺川紗希(てらかわ・さき)さん。

ドローアラインは特許申請済みの「壁面固定方式」を採用して壁面に固定することもできます。また、パイプの長さ固定にスクリューロック方式を採用。簡単に長さを変えられ、真鍮ねじをパイプに貫通させることで確実に固定。パイプのスライド部分のプラスチック形状にもこだわり、すっきりと見せるデザインです。

工夫がいろいろ!インスタグラムで見つけた活用事例

Instagram(インスタグラム)には、ディアウォールやドローアラインを使ったDIY作品の写真がたくさんアップされています。そこで、印象に残る作品をアップしているインスタグラマーさんの事例を紹介します。

Kaoriさんはディアウォールを使って絵本棚に挑戦。賃貸住まいのため、壁を傷つけないことを心がけているそうです。「ディアウォールは天井と床で突っ張るので、ネジやくぎいらずで簡単です」(Kaoriさん)。完成して本を入れながら「選んでよかったなあ!」と思ったとのこと。

【画像3】カウンターの下にディアウォールを立てて絵本棚を。ストッパーに使ったのは100均のアイアンバー(画像提供/Kaoriさん)

【画像3】カウンターの下にディアウォールを立てて絵本棚を。ストッパーに使ったのは100均のアイアンバー(画像提供/Kaoriさん)

ディアウォールでキャットウォークという独創的かつキュートな作品をつくった山本さんも、「壁を傷つけない」ことが重要な賃貸住まいです。昨年の夏にネコを飼うことになった際、「ソファの上にキャットウォークをつくって、寝転びながらネコを眺めたい」ということで自作に踏み切ったそう。

【画像4】ガーランドもかわいい小さなキャットウォーク(画像提供/山本さん)

【画像4】ガーランドもかわいい小さなキャットウォーク(画像提供/山本さん)

キャットウォークは半日もかからず完成。ネコの成長に合わせて棚板の高さを調節できるよう高さ調節のできる棚柱を取り付けたのがポイントです。ハンモックはフックを取り付けて引っ掛けています。
※ただし、このように大きな棚板を前に出す使用方法はメーカー(若井産業)として推奨していないとのことです。ご注意ください。

ドローアラインを使ってお手洗いをモダンに改造したnana to hatiさん。少しお住まいが古いため、見た目をよくする方法を日々考えているそうです。ドローアラインの活用に挑戦したのもその一環。簡単に設置できたのがうれしかったといいます。

【画像5】ドローアラインを使って、お手洗いにモダンなテイストの棚を作成(画像提供/nana to hatiさん)

【画像5】ドローアラインを使って、お手洗いにモダンなテイストの棚を作成(画像提供/nana to hatiさん)

DIY歴18年のベテランhal.さんも「見ためのかっこよさが格別」とドローアラインを愛用。玄関先にシンプルなハンガー掛けをつくりました。「模様替えもするので、固定してしまうよりはいつでも元に戻したりできるほうがいいですね」(hal.さん)

【画像6】玄関先につくったドローアラインのハンガー掛け。すらりとした美しさが際立っています(画像提供/hal.さん)

【画像6】玄関先につくったドローアラインのハンガー掛け。すらりとした美しさが際立っています(画像提供/hal.さん)

しっかりと突っ張るために、設置で気をつけたいこと

ディアウォールもドローアラインも設置が簡単なうえ、機能やデザインが優れていますが、使い方に気をつけなければ棚や柱が倒れてしまいます。では、どのような点に気をつければよいのでしょうか。

「しっかりとした天井や床に設置することが大事です。天井は硬い材質のものか、下地が入っている場所でないとしっかりと突っ張らせることができません。床も畳など柔らかい材質だと沈み込んでしまう場合があります」(柏さん)
「壁や天井が弱いところ、また床が沈み込むような所にはしっかりと突っ張ることができません。コンクリートや梁(はり)、壁や天井の下地のある場所、フローリングの床などを選ぶとしっかり突っ張ることができます」(寺川さん)

その場所が設置にふさわしいかどうか、事前に確かめることが必要だといえます。

【画像7】突っ張りを利用したDIYでは、しっかりした土台に設置することが大切(画像提供/若井産業株式会社)

【画像7】突っ張りを利用したDIYでは、しっかりした土台に設置することが大切(画像提供/若井産業株式会社)

壁を傷つけないDIYは原状回復がしやすいのも魅力です。
「つくって気に入らないところがあれば改良して、簡単なものでも一度つくりあげると大きな自信につながり、DIYの楽しさを実感することができます」(柏さん)
「まずはやってみることが大切。始めてみるといろいろできることやアイデアが増えてきます。突っ張る商品だと原状回復ができるので、賃貸や模様替えにはぴったりです」(寺川さん)

「自分には無理かな」と迷っていた方も、壁を傷つけないDIYを一度試みてはいかがでしょうか。ただしその場合には、設置する場所がふさわしいか、重すぎるものを置いたりぶら下げたりしようとしていないかきちんと考え、使用上の注意をしっかり守ってくださいね。

●取材協力
・ディアウォール(若井産業株式会社)
・DRAW A LINE(ドローアライン)(平安伸銅工業株式会社)

賃貸なのに!? 築31年のレトロな一軒家をプチリノベ DIY作業に密着してみた

数年間空き家になっていた築31年の2階建て一軒家を借りて、家中の内装を自分好みに“プチリノベ”して暮らす女子がいる。足かけ4カ月、リノベ作業は今も進行中だ。持ち家ではなく賃貸で、プロの手を借りずにどうやって変身させるのか。DIYの工程をのぞかせてもらった。
“昭和感”ただようレトロな一軒家に住むことに

今回取材をしたのは、埼玉県郊外にある一軒家。築31年、3DKの2階建てだ。この家で4カ月前から賃貸暮らしをしているのは、カタオカマナミさん。数年前から仕事の一環として、この近くで地域に根差した農作業に携わっていたつながりで、3年間空き家になっていたこの物件を手ごろな価格で紹介してもらったのが始まりだという。

しかし、3年間人が住んでいなかった空き家は、お世辞にもキレイと言える状態ではなかったそうだ。
「最初に内見をしたときは、思っていた以上に年季が入っていて正直びっくりでしたね。キッチンやお風呂、トイレ、壁紙のクロスなどは、入居前に大家さんの好意でリフォームをしてくれて、住みやすくなりました。それでも築31年となると、家のあちらこちらに“昭和感”が残っていて……。そこで、大家さんには了解を得て、DIYで内装をプチリノベさせてもらうことになりました」(カタオカさん、以下同)

【画像1】賃貸物件のため大掛かりなDIYはNGなので、外観は今も入居時のまま(画像提供/カタオカマナミさん)

【画像1】賃貸物件のため大掛かりなDIYはNGなので、外観は今も入居時のまま(画像提供/カタオカマナミさん)

貼ってはがせる壁紙でイメージチェンジ!

一戸建てということで部屋数も多く(1階はダイニングキッチンと和室1部屋、2階には洋室と和室が1部屋ずつ)、一見難易度が高そうにも思えるが、このレトロな雰囲気をどうやって自分好みに変身させようかと、入居時からワクワクしたそうだ。

これまでDIY経験はなかったというカタオカさん。どのように作業を始めていったのだろう?
「まずはダイニングキッチンの壁や天井の色を変える作業から始めました。市販の壁紙を貼り替えるだけで全然違う印象になるので、モチベーションも上がります。料理も好きなので、自分好みに変身したダイニングキッチンが今は家の中で一番居心地がいいんです」

【画像2】キッチンのコンロ奥には、ぴったりサイズの木製棚を製作。デッドスペースが調理器具置き場に(写真提供/カタオカマナミさん)

【画像2】キッチンのコンロ奥には、ぴったりサイズの木製棚を製作。デッドスペースが調理器具置き場に(写真提供/カタオカマナミさん)

【画像3】ダイニングキッチンの一角。元からある木目調のレトロなドアに合わせて、壁紙はレンガ調と濃いブルーで配色。どちらも原状回復できるよう“貼ってはがせるシートタイプ”を使用している(画像提供/カタオカマナミさん)

【画像3】ダイニングキッチンの一角。元からある木目調のレトロなドアに合わせて、壁紙はレンガ調と濃いブルーで配色。どちらも原状回復できるよう“貼ってはがせるシートタイプ”を使用している(画像提供/カタオカマナミさん)

【画像4】写真左:和室のふすまにはレンガ調のシートを貼っている。写真右:和室ならではの鴨井には、穴をあけずに使用できる100均の鴨井フックを活用(画像提供/カタオカマナミさん)

【画像4】写真左:和室のふすまにはレンガ調のシートを貼っている。写真右:和室ならではの鴨井には、穴をあけずに使用できる100均の鴨井フックを活用(画像提供/カタオカマナミさん)

築古物件ならではのレトロな建具や和室の特徴を活用したDIYをすることで、新しい物件にはないオリジナリティのある内装に仕上がるのが魅力的だと話してくれた。

DIY作業に密着!押入れスペースがおしゃれなパレットベッドに!?

まとまった休みが取れる冬休みに作業を進めるということで、筆者もDIY作業に参加させてもらった。

今回体験したのは、2階にある6畳の洋室のDIY作業。大きな窓があって明るい雰囲気なので、白を基調としたゲストルームにする計画だそう。手つかずの状態だった洋室がどう変身していくのか、レポートしていこう。

1.押入れの扉を外し、木枠を白いペンキで塗る

使用したのは、近所のホームセンターで購入したという艶消しマット仕上げの白いペンキ。水性なのでペンキ特有の「嫌なにおい」もほとんどしなかった。厚塗りにしたくない場合は、水で濃さを調整できるというのも手軽だ。
※賃貸物件に手を加える場合は、原則としてオーナーもしくは管理会社の許可が必要。今回のケースでは大家さんの許可があるので、ペンキを塗装した部分の原状回復をする必要はない

【画像5】写真左:扉を外した押入れの木枠をペンキで塗る作業。写真右:色ムラなく塗るには、刷毛よりも100円ショップで購入したペンキローラーが便利だった(写真撮影/カタオカマナミさん)

【画像5】写真左:扉を外した押入れの木枠をペンキで塗る作業。写真右:色ムラなく塗るには、刷毛よりも100円ショップで購入したペンキローラーが便利だった(写真撮影/カタオカマナミさん)

2.天井と壁を白いペンキで塗る

つづいて、天井と壁の全面を白いペンキで塗装していく。

【画像6】写真左:昭和感がただようレトロな天井の模様。写真右:天井が真っ白になるとクロスのクリーム色が際立ってしまったので、急きょ壁も同じペンキで塗装することに(写真撮影/カタオカマナミさん)

【画像6】写真左:昭和感がただようレトロな天井の模様。写真右:天井が真っ白になるとクロスのクリーム色が際立ってしまったので、急きょ壁も同じペンキで塗装することに(写真撮影/カタオカマナミさん)

3.床材として白いクッションフロアを貼る

床材として使用したのは通販で仕入れた白いクッションフロア。部屋の大きさに応じてカッターで切り、専用の両面テープで簡単に貼ることができる。

4.木製パレットで「パレットベッド」を製作する

倉庫などで荷物を載せる際に使われる木製のパレット。DIY作業向けに1枚単位から購入できる通販サイトもあるそう。今回はこのパレットをベッドフレームに使用し、木製のパレットベッドを製作する。木の表面がささくれているとケガの原因にもなるので、表面を滑らかにするやすりがけ作業が必須だ。

【画像7】写真左:扉を外した押入れスペースを有効活用して、木製パレットを組み、ベッドを製作する。写真右:今回は木目を際立たせるために、表面にオイルステインを塗装する作業を行った(画像提供/カタオカマナミさん)

【画像7】写真左:扉を外した押入れスペースを有効活用して、木製パレットを組み、ベッドを製作する。写真右:今回は木目を際立たせるために、表面にオイルステインを塗装する作業を行った(画像提供/カタオカマナミさん)

5.木材と塩ビパイプで机を製作する

本来は給排水用として使われる「塩ビ管」や「塩ビパイプ」と呼ばれる建築資材。今回はこれを机の「脚」に使い、木材を組み合わせて机を製作した。ホームセンターで誰でも購入することができる。

【画像8】写真左:塩ビパイプは、のこぎりでカットして、「継手」という材料でジョイントして使う。写真右:出来上がった机(写真提供/カタオカマナミさん)

【画像8】写真左:塩ビパイプは、のこぎりでカットして、「継手」という材料でジョイントして使う。写真右:出来上がった机(写真提供/カタオカマナミさん)

完成したパレットベッドがこちら。

【画像9】完成したパレットベッド(画像提供/カタオカマナミさん)

【画像9】完成したパレットベッド(画像提供/カタオカマナミさん)

筆者がこの日体験できたのは、上記の1と2の作業。時間にして2時間ほどだった。
天井などにペンキを塗るのは初めてだったので、塗り始めは「失敗しないだろうか……」と恐る恐るスタートをしたのだが、やってみると実に楽しい!思い切って大胆に塗るほうがムラにもなりにくく、またどこかでチャレンジしてみたいと思う。

ホームセンター、通販、100均を駆使して、豊富な材料を入手

最後に、DIYグッズの購入方法や、今後の計画について聞いてみた。

――そもそも、DIY可能な賃貸築古物件をどうやって見つけたのですか?

「週末にこのあたりの地域で“都会から通える田舎づくり”の活動をしているのですが、特に田植えや稲刈りの時期などは頻繁に通わなくてはいけないため、都内から通うのに限界を感じていたんです。そこで知り合いの農家さんに部屋探しの相談をしていたら、親戚が住んでいた部屋が空いているということで紹介してもらいました」

「話を聞いたときは、1DKぐらいのアパートの一室かなと思っていたんですが、まさかの一戸建てで(笑)。あまり便利な立地ではないので借り手がつかず、3年間空き家のままで大家さんも諦めていたところに、私が立候補しました。DIYをどこまでやっていいかなどは、契約時に『外観の塗装はダメだけど、内装はあまり変な色でなければ大丈夫』と許可をもらいました」

――DIYの参考にする情報は、どうやって見つけているんですか?

「部屋のイメージに悩んだときや、何か新しいものの製作に入るときに参考にするのは、DIYのポータルサイトです。気に入ったイメージ写真を見つけたらクリップしておいて、ゆっくり悩みながら進めています。今作業中の2階の和室も、壁や天井を赤×白の配色にするか、赤×黒の配色にするか構想を練っているところです」

【画像10】まだ作業途中の和室は、大胆な朱色の壁が印象的(画像提供/カタオカマナミさん)

【画像10】まだ作業途中の和室は、大胆な朱色の壁が印象的(画像提供/カタオカマナミさん)

――DIYに使う材料の入手は、どうしているんですか?

「近所にあるホームセンターや通販サイト、100円ショップで買うことが多いですね。木材や塗料などは、初心者のうちはホームセンターで店員さんに聞きながら購入するのがおすすめです。軽トラックの貸し出しサービスをしている店舗も多いので、※ツーバイフォー(2×4)材など大きいものを購入しても安心ですよ」
※ツーバイフォー(2×4)材…ツーバイフォー工法の住宅に使用される木材

「壁紙や床材などは、通販サイトで購入することがほとんどです。色や素材もかなり豊富で、賃貸でも使える “貼ってはがせる”商品のラインナップも多いんです。でも、届いてみたら『思っていた色と違った…!』なんていう失敗もたまにあるので、返品ができるかどうかは確認したほうがいいですね」

――築古物件DIYならではの、難しいポイントなどはありましたか?

「生活面でもDIYの面でも困ったのは、コンセントがちょうどよい場所になく、数も足りないということですね。現代の生活では、充電したいものもたくさんあるので、家中のあちこちにコードが露出してしまうんです。見栄えも悪くなるので、100円ショップで購入した木箱でコンセントカバーを自作しておしゃれに隠したり、コードが見えないような工夫をしたり気をつかっています」

――今後のプチリノベ計画は、どんなイメージで考えていますか?

「今後の計画としては、まずは作業中の和室を完成させること。あとはトイレですね。トイレはリフォームされていてキレイなのですが、ちょっと殺風景なのでおしゃれに変身させたいと思っています。手洗いタンクの部分を木材で隠して、“なんちゃってタンクレストイレ”にできたらよいなと妄想中です」

退去時には元に戻すことを考えると、あまり大金をかけずに始めたい賃貸暮らしのDIY。「できるだけ安く、手軽に」という制約があるからこそ、工夫の余地があって楽しさが増すのかもしれない。今回のケースでは、大家さんの了承があったためペンキ塗りなど大掛かりな作業もできた珍しい事例だったが、初心者でもチャレンジできそうな点もたくさん見られた。賃貸でも、原状回復できる範囲であればDIYは可能。また、大家さんと直接交渉ができる場合は、可能性もさらに広がるはず。賃貸だからと諦めずに、「DIYは未経験!」という人は、ぜひ参考にしてみてはいかがだろう。

●取材協力
・カタオカマナミさん