白馬村から雪が消える?! 長野五輪スキー会場も直面の気候変動問題、子ども達の行動で村も変化

スキーやスノーボードをする人、山を愛する人はもちろん、そうでない人にもおなじみのリゾート地、長野県白馬村。長野五輪も開催されたこの村は、サーキュラーエコノミー(循環経済)に本気で取り組み、2021年にはグッドデザイン賞も受賞しました。人口1万人弱の小さな村で今、何が起きているのでしょうか。現地で取材してきました。

スノーリゾートで人気の街が雪不足の年も。気候変動を体感し、危機感連休明けの5月、白馬の人たちは「今が一番いい季節」と口をそろえていました(写真撮影/嶋崎征弘)

連休明けの5月、白馬の人たちは「今が一番いい季節」と口をそろえていました(写真撮影/嶋崎征弘)

“白馬村とサーキュラーエコノミー”と聞いて、その関係にすぐにピンとくる人は少ないかもしれません。また、大変お恥ずかしい話ですが、筆者は「サーキュラーエコノミー」を正しく理解しておらず、「環境問題に関することでしょ?」などとぼんやり捉えていましたし、正直に話すと、環境問題に特に意識の高い人達にしかまだ定着していない言葉なのかなと思っておりました。

植えられたばかりの稲が風にそよいでいます。山の近さがおわかりいただけるでしょうか(写真撮影/嶋崎征弘)

植えられたばかりの稲が風にそよいでいます。山の近さがおわかりいただけるでしょうか(写真撮影/嶋崎征弘)

サーキュラーエコノミーとは、日本語に直訳すると「循環型経済」で、廃棄されてきた製品や原材料を資源ととらえ、限りなく循環させていく経済の仕組みのことをいいます。今まで製品は生産、消費、廃棄が一方通行で大量生産大量消費を繰り返すことで経済を発展させてきましたが「サーキュラーエコノミー」では、使用が終わった製品を廃棄せずに資源と捉えて循環させ、廃棄物と汚染を発生させずに、環境と経済を両立するという考え方です。

欧州を中心に今、急速に世界中に広まりつつある考え方ですが、では、なぜ日本のリゾート地である白馬村でいち早く取り組んでいるのでしょうか。その背景を聞いてみました。

お話を聞かせてくださった白馬村観光局の福島洋次郎さん。真冬でも日課である犬散歩が大好きな愛犬家です(写真撮影/嶋崎征弘)

お話を聞かせてくださった白馬村観光局の福島洋次郎さん。真冬でも日課である犬散歩が大好きな愛犬家です(写真撮影/嶋崎征弘)

「そもそものはじまりは地元の高校生のアクションなんです。この数年、雪不足の年があったと思ったら、ドカ雪の年があったり。『気候変動の影響かね』『スノーリゾートなのに雪がないなんて笑えないよね』なんて私たちも話していたんですが、子どもたちは自分ごととして捉え、2019年、気候変動危機を訴える『グローバル気候マーチ』を起こしたんです」と話してくれたのは、白馬村観光局で働く福島 洋次郎さん。

子どもたちの真剣な意思表示を、白馬村の大人たちは無視しませんでした。2019年、『白馬村気候非常事態宣言』を白馬村の村長が打ち出し、白馬村では持続可能社会のあり方を考える「サーキュラーエコノミー」に取り組むようになったのです。雪の減少による観光客減という背に腹は代えられない面もあったのかもしれませんが、山を愛し、気候変動を肌に感じるからこそのスピード感といえるかもしれません。

5月の白馬の峰々。圧倒的に尊く、「これは次世代に引き継ぐべき宝だ!」という思いに駆られます(写真撮影/嶋崎征弘)

5月の白馬の峰々。圧倒的に尊く、「これは次世代に引き継ぐべき宝だ!」という思いに駆られます(写真撮影/嶋崎征弘)

取材で訪れたのはウィンターシーズンが終わり、新緑が眩しい5月でした。大きく美しい空と山に残る雪、緑に圧倒され、「環境問題はファッションやきれいごとではないんだ」と胸に迫ってきます。「意識高い」などと思っていた自分の浅はかさ、愚かさが心底恥ずかしくなりました。

雪解け水が地下を通り、湧水となってできた青木湖。夏のアクティビティとしてサップ体験が人気です(写真撮影/嶋崎征弘)

雪解け水が地下を通り、湧水となってできた青木湖。夏のアクティビティとしてサップ体験が人気です(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

湧水ならではの透明感と美しさ。都会で薄汚れた心を浄化してくれました(写真撮影/嶋崎征弘)

湧水ならではの透明感と美しさ。都会で薄汚れた心を浄化してくれました(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

断熱改修、自然エネルギー由来の導入など、行動が早い

そこからの動きは素早く、2020年夏には白馬村で初めての「GREEN WORK HAKUBA」が開催されました。これは、白馬村の事業者や村外のパートナー企業がカンファレンス、ワークショップを重ねながら、白馬村の課題を掘り出し、持続可能なリゾートへと変化するために、解決法や取り組みを考えるプロジェクトです。広告会社の新東通信内に設置された「CIRCULAR DESGIN STUDIO.」と協力して立ち上げました。

過去の「GREEN WORK HAKUBA」開催時の様子(写真提供/CIRCULAR DESGIN STUDIO.)

過去の「GREEN WORK HAKUBA」開催時の様子(写真提供/CIRCULAR DESGIN STUDIO.)

「サーキュラーエコノミーを発信する日本のトップ研究者、SDGsに力を入れていて環境保全にも取り組む企業関係者などが白馬村に滞在・宿泊しながら、持続可能な経済、白馬村のあり方について、ディスカッションしたりアイデアを出し合ったりします。山の目の前、大自然・屋外でワークショップするとね、普段は出ないようなアイデア、素直な議論ができるんですよ」と福島さんは続けます。

GREEN WORK HAKUBAのワークショップ会場「白馬岩岳マウンテンリゾート」(写真撮影/嶋崎征弘)

GREEN WORK HAKUBAのワークショップ会場「白馬岩岳マウンテンリゾート」(写真撮影/嶋崎征弘)

自然に囲まれてワークショップをする「GREEN WORK HAKUBA」、今年も7月に開催予定です(写真撮影/嶋崎征弘)

自然に囲まれてワークショップをする「GREEN WORK HAKUBA」、今年も7月に開催予定です(写真撮影/嶋崎征弘)

白馬三山に向かって漕ぎ出すブランコは、ゼロ・カーボンだけど体験したくなるアクティビティ。発想がすごい(写真撮影/嶋崎征弘)

白馬三山に向かって漕ぎ出すブランコは、ゼロ・カーボンだけど体験したくなるアクティビティ。発想がすごい(写真撮影/嶋崎征弘)

すごいのはアイデアを出して終わりだけではなく、行動まで進めてしまうところ。たとえば、課題としてあげられていたのが、白馬南小学校をはじめとした校舎や建物の断熱性能の低さ。2021年秋には、企業やプロの協力をとりつけ、小学生のDIYによって断熱改修が行われたそう。

「企業に断熱材を提供してもらい、建築士の先生、地元の工務店のプロに手ほどきを受けながら、小学生自身が校舎の断熱改修を実施しました。すると教室が大幅に暖かくなり、今まで昼にはなくなっていた灯油が午後まで残り、驚くほど暖かくなったそうです」(福島さん)

(写真提供/白馬村観光局)

(写真提供/白馬村観光局)

「建物の断熱性を高めてエネルギー消費量を減らし、二酸化炭素の排出量を削減しつつ、教室も暖かくなって健康・快適になる」、そんな経験、お金を払ってでもしてみたいです。しかも小学生のうちから経験できるなんて、うらやましい……。そして何よりすばらしいのが、絵に描いた餅だけでなく、行動をしているところ。すばやい取り組みを見ると、みなさん本気なんですね。

リフトは自然エネルギー由来の電力へ切り替え、照明もLED化するなど、省エネや環境への負荷を低くするための投資・修繕を現在進行形で実施中(写真撮影/嶋崎征弘)

リフトは自然エネルギー由来の電力へ切り替え、照明もLED化するなど、省エネや環境への負荷を低くするための投資・修繕を現在進行形で実施中(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

岩岳マウンテンリゾートの自動販売機で販売しているのは瓶入りのコーラ!(写真撮影/嶋崎征弘)

岩岳マウンテンリゾートの自動販売機で販売しているのは瓶入りのコーラ!(写真撮影/嶋崎征弘)

瓶のほうが再利用は容易です。そしてなぜでしょう、大変美味しく感じます(写真撮影/嶋崎征弘)

瓶のほうが再利用は容易です。そしてなぜでしょう、大変美味しく感じます(写真撮影/嶋崎征弘)

エコなスキー場、ゴミ削減、ゼロ・カーボンの移動など、やりたいこと山積み!

とはいえ、サーキュラーエコノミーの取り組みははじまったばかり。やりたいことばかりが出てきて、実現できるものもあれば、追いつかないものもあると、福島さんは苦笑します。

村を見下ろすこの特等席。よい風景があれば実は何もいらないのかもしれません(写真撮影/嶋崎征弘)

村を見下ろすこの特等席。よい風景があれば実は何もいらないのかもしれません(写真撮影/嶋崎征弘)

「白馬も基本的に車社会なので、旅行者もレンタカーを借りる人が多いんです。でも、サーキュラーエコノミーをうたっているのに、自動車頼みでいいの? という意見があって、『人力車で村をめぐる』というアクティビティがうまれました。しかも引き手は白馬在住のプロ山岳ランナー。白馬でしかできない体験です。ただ、選手なので遠征のときは利用できないんですよ(笑)」と明かします。

また、白馬には約500件の宿泊施設があり、年間250万人が訪れているそう。当然、排出されるゴミの量も半端ではなく、当然、人口約9000人の村では処理しきれないので、周辺自治体と広域で運営する焼却施設に廃棄しています。

「排出ゴミの削減は切実な課題なんです。1つのホテル、1つのスキー場だけは限界があるので、連携してなにかできないかという取り組みもはじまっています。たとえば、ホテルのアメニティを協同のブランドにするなどですね。脱プラを進めるためにも、容器がプラスチックの液体ではなく石鹸のように固体のアメニティにしたいなど、アイデアはたくさんでています」といいます。

白馬ノルウェービレッジのカフェでは、出た食品廃棄物をコンポストで肥料にしています。できた肥料を畑で使い、夏には立派な野菜ができます(写真撮影/嶋崎征弘)

白馬ノルウェービレッジのカフェでは、出た食品廃棄物をコンポストで肥料にしています。できた肥料を畑で使い、夏には立派な野菜ができます(写真撮影/嶋崎征弘)

白馬ノルウェービレッジ(写真撮影/嶋崎征弘)

白馬ノルウェービレッジ(写真撮影/嶋崎征弘)

こちらはコンポストでつくった肥料を使って夏野菜を育てている畑。ナス、きゅうり、トマトなどは併設のカフェでも出しているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

こちらはコンポストでつくった肥料を使って夏野菜を育てている畑。ナス、きゅうり、トマトなどは併設のカフェでも出しているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

白馬村は耕作放棄地が少なめ。畑や水田を利用希望者へと受け渡すマッチングも促進しているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

白馬村は耕作放棄地が少なめ。畑や水田を利用希望者へと受け渡すマッチングも促進しているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

また、スキー場の設備の劣化やメンテナンス、季節ごとの閑散期と繁忙期の差や、各施設の収益力アップも課題になっているそう。
「いくら環境にやさしくても雇用を維持できなければ、持続可能とはいえません。白馬のスキー場は高度経済成長期につくられた設備も多いので、当然、メンテナンス・新しい設備投資も必要になる。夏のアクティビティのバリエーションを増やしたり、テレワークの場所としてアピールしたり。リゾートとして注目されるための新規の設備を設けたり、中長期で必要な設備投資をしつつ、暮らしている人の満足度や幸せ度を上げていけたらいいですよね」(福島さん)

将来的には「カーボンニュートラル(二酸化炭素の排出を全体としてゼロにする)」から一歩進んで、「カーボンネガティブ(二酸化炭素を排出せずに、他地域の二酸化炭素を吸収している)」という構想もあるとか。

地球温暖化は世界の問題で、一つの地域で取り組んでも、その効果は限定的かつ、努力した地域に効果が変えるというものでもありません。白馬村のような先進的的取り組みがさらに様々な地域で展開されていく必要があります。環境と地方の観光、経済を両立する。小さな村ではじまった本気の取り組みが、他の町や村にもよい競争として波及し、さらなる好循環(まさにサーキュレーション!)を生み出すことを期待したいです。

●取材協力
白馬村観光局
GREEN WORK HAKUBA
CIRCULAR DESGIN STUDIO.

木造住宅や建築が地球を救う!? 法改正で住まいの潮流は変わる?

2021年10月に木材利用に関する法律が改正された。もっと建築物に木材を利用しましょう、というものだが、なぜ今、国は木材利用を促進するのか。その背景には、単に脱炭素社会を進めるためだけでなく、森林を健全に保つことで人々の生活を豊かにし、地域経済を活性化しようという目標があった。今後の住宅やまちの建築物はどうなっていくのだろうか。具体的に見てみよう。

日本の人工林の半数以上がすでに利用期を迎えている

2021年10月に改正された法律は「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」。要はもっと木材を利用しましょう、利用しやすい環境も整えます、という法律なのだが「改正」という通り、もとの法律は10年以上前の平成22年に制定された「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」だ。

「戦後復興による木材需要の高まりを受けて、日本全国で植林活動が盛んに行われるようになりました。それにより現在では約54億立方メートルという豊かな森林資源を保有するまでになりました。植林から50年以上が経って大きく育ち、本格的な利用期を迎えた人工林がたくさんあるのです」と林野庁の林政部木材利用課、櫻井知さん。

平成29年(2017年)時点で利用期を迎える51年生以上の人工林が全体の50%に達している。なお「齢級」とは、植林からの年数を5年の幅でくくった単位。植林した年を「1年生」として、「11齢級」なら51年~55年生となる(資料提供/林野庁)

平成29年(2017年)時点で利用期を迎える51年生以上の人工林が全体の50%に達している。なお「齢級」とは、植林からの年数を5年の幅でくくった単位。植林した年を「1年生」として、「11齢級」なら51年~55年生となる(資料提供/林野庁)

高性能林業機械による伐採の様子(写真提供/林野庁)

高性能林業機械による伐採の様子(写真提供/林野庁)

樹木は高齢になると成長量が減少し、CO2吸収量も減少するため、森林サイクルを回して若い森林を増やすことが重要だ。森林サイクルを回すメリットは、CO2削減だけではない。このサイクルを回すことで下記図の通り、全国各地の山間部の経済や雇用、生物の多様性、国土や水資源の保全、豊かな海の創出、健康の促進……多様なSDGsにも貢献することになる。「森林」にはそれだけたくさんの産業や、それに伴う人々が関わっていることになる。

人工林を伐って、使って、植えて、育てるという森林サイクルが回ることで、様々なSDGsに貢献することができる(資料提供/林野庁)

人工林を伐って、使って、植えて、育てるという森林サイクルが回ることで、様々なSDGsに貢献することができる(資料提供/林野庁)

木材は国外依存度が高く、安定的な供給が課題

そこで平成22年(2010年)に公共建築物での木材利用を促進する「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が定められた。さらに木材の利用量を増やすため、2021年に入って公共建築物等だけでなく民間の建築物での利用も促す法律に改定されたというわけだ。

木材の利用事例。江東区立有明西学園(写真提供/ウッドデザイン賞運営事務局)

木材の利用事例。江東区立有明西学園(写真提供/ウッドデザイン賞運営事務局)

木材の利用事例。東急池上線戸越銀座駅(写真提供/ウッドデザイン賞運営事務局)

木材の利用事例。東急池上線戸越銀座駅(写真提供/ウッドデザイン賞運営事務局)

改定内容の大きな特徴は、対象物を単に民間建築物に広げただけでなく、建築主などの事業者による木材利用の取組を国や地方自治体が後押ししたり、川上から川下まですべからく見通しをよくし、お互いの信頼関係をつくることができるよう「建築物木材利用促進協定制度」が新設されたことにある。

木材の流通経路は、川の流れに例えて、よく「川上」「川中」「川下」と呼ばれる。「川上」は森林所有者や丸太の生産者、造林などの林業従事者など、主に原材料としての木材を供給する立場のこと。「川中」は木材の流通に関わる業者や、単板・合板、チップ等の加工業者、プレカット(施工前にあらかじめ使用サイズや形状に加工しておくこと)業者などが当てはまる。「川下」は住宅メーカーなどの施工会社、家具製造会社、バイオマス事業者、建築主や消費者など、木材の最終利用者や最終製品の提供者や利用者を指す。

「山に木が植えられてから、住宅などに使用される間には、たくさんの人々が関係しています。そのため川上からは川下の、逆に川下から川上も、それぞれが抱えている課題が見えにくくなっています」。また間に多くの人々が絡むということは、お互いの信頼関係が築きにくいということもある。

特に信頼関係が重要だということは、最近のウッドショックで例えるとわかりやすい。新型コロナウイルス感染症拡大により、アメリカでは一時期経済が落ち込んだ一方で、急速に新築戸建需要が高まり、木材の供給が需要に追いつかなくなった。そのため木材の価格が世界的に高騰。また、コンテナ不足によって、欧州、北米の現地サプライヤーは、アメリカ向けの供給を増やしたことなどにより、日本向けの供給量は減少。これがウッドショックだ。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

先述の通り森林資源が豊かな日本は、一見ウッドショックと無縁かと思われがちだが、日本でも木材価格が高騰した。これまで多くの木材を輸入していた日本は、そもそもウッドショックを受けやすい。だからといって豊富なはずの国内に目を向けても、蛇口をひねるように木材は増えないからだ。例えば製材事業者ひとつとっても、これまで以上の製材を行うためには設備投資が必要になる。「投資後も木材の利用が進むようなら製材事業者としても投資するでしょうが、一時の需要だけで投資するのはリスクが高いのです」と櫻井さん。

投資の難しさを理解するために、もう1つ加えるならば、木は植えて50年後にようやく伐採できるということ。春に植えて秋には収穫できる稲作とはタイムスケールが大きく異なるのだ。ウッドショックで言えば「伐れば植えなければならないが、植えた木を50年後に買ってくれるんですか?」と懐疑的になってもおかしくはない。林野庁では、中期的な戦略として、サプライチェーン・マネジメントの構築によるハウスメーカー等からの国産材の安定需要の獲得、加工流通施設の整備等による国産材製品の供給量の増大や競争力の強化、ICTを活用した生産流通管理等による原木の供給量増大を図っていくこととしている。そこで「建築物木材利用促進協定制度」にも、国や地方自治体が川上・川中・川下の三者の信頼関係の構築に一役買うことが期待されている。

法改正により川上から川下まで、信頼関係が築ける環境をつくる

「建築物木材利用促進協定制度」とは、建築主となる民間の事業者等が、安心して木材の利用に取り組めるようにするため、国や地方公共団体、そしてその先の川中や川上サイドと結ぶ協定だ。主に下記のような形態が考えられている。国や地方公共団体が協定に関わることで、事業者等による取組が社会的に認知されやすくなったり、川上から川下までの関係する各者がお互いの信頼関係を構築しやすくなる。

建築物木材利用促進協定制度による協定のイメージ例。建築主となる事業者は、木材供給事業者等と本協定を締結することで、木材の安定的な供給を受けやすくなる。一方で木材を供給する側も安心して供給できる(資料提供/林野庁)

建築物木材利用促進協定制度による協定のイメージ例。建築主となる事業者は、木材供給事業者等と本協定を締結することで、木材の安定的な供給を受けやすくなる。一方で木材を供給する側も安心して供給できる(資料提供/林野庁)

川下である建設事業者側から見れば、これまで製材を販売する川中までは知っていたとしても、森林所有者など木材を供給する川上の事情まではあまり把握していなかった。しかしこの協定制度によって、利用する木材の産地にこだわることができたり、川上では今どんな種類・樹齢の木材が供給可能であるか、再造林は確実に行われているかなど、全体の流れを隅々まで把握できるようになるから、事業計画を立てやすい。逆に川上の木材供給側は川下の考えを直接聞けるようになるため、木材の供給や植林計画が立てやすくなる。その信頼関係は国や地方自治体等が入ることで裏付けもされる。

新設された「木材利用促進本部」は、いわばこの協定制度の旗振り役といったところ。建築物での木材利用促進に関する基本方針の策定や、実施の推進を行う。これまでは農林水産大臣や国土交通大臣の役割だったが、民間企業を広く巻き込む今回の改正後は環境大臣、経済産業大臣、総務大臣、文部科学大臣といった、関係するすべての大臣が加わっている。

さらに官民協議会「民間建築物等における木材利用促進に向けた協議会」(通称「ウッド・チェンジ協議会」)が昨年9月に立ち上がった。これには日本経済団体連合会(日本経団連)、経済同友会、日本商工会議所の経済3団体をはじめ、日本建設業連合会など建築サイド、全国森林組合連合会や全国木材組合連合会など木材供給サイド、全国知事会など行政サイド……という具合に、川上から川下までの各界の関係者が一堂に会する協議会だ。「法改正を契機として、経済3団体を含む幅広い団体に参画いただくことができました」と櫻井さん。今回の法改正は、木材の利用促進にオールニッポンとして一丸となって取り組もうという意思の表れともいえる。

環境問題への取り組みは、もはや企業の至上命題

実際に、民間企業が木材利用を進めている事例も出てきている。例えば三井ホームは国産材も用いて木造マンション「モクシオン」を建設。また三菱地所は建材用の木材の製造から販売までのビジネスフローを統合することで、中間コストを抑制し、新たな建材の生産や、プレファブ化を行う新会社「MEC Industry」を設立。通常の一戸建てでの商品力・供給力を高めるだけでなく、中高層建築・大規模建築物においても木材利用を推進していくことを目指している。

昨年10月に竣工した東京都中央区銀座の「HULIC &New GINZA 8」(ヒューリック アンニュー ギンザエイト)も民間企業による木材利用促進事例の一つだ。

HULIC &New GINZA 8。約60mという高さのうえ、細長いため先進的な技術が必要だった。設計施工は竹中工務店、基本デザイン監修を隈研吾建築都市設計事務所が担当した。

HULIC &New GINZA 8。約60mという高さのうえ、細長いため先進的な技術が必要だった。設計施工は竹中工務店、基本デザイン監修を隈研吾建築都市設計事務所が担当した。

日本初の耐火木造12階建て商業ビルで、木造+鉄骨造のハイブリッド建築。内装では木材を利用した柱や梁、天井が現し(構造材が見える状態のまま仕上げる方法)となっていて、外装材にも木材が利用されている。しかもこの建築で使用された木材と同等量の、約1万2000本が福島県白河市で植林され、森林サイクルを回している。

貸室内観。外観には天然木のルーバーをあしらい、内装では耐火集成材の柱や梁、CLT(直交集積板)の天井が現しとなっている

貸室内観。外観には天然木のルーバーをあしらい、内装では耐火集成材の柱や梁、CLT(直交集積板)の天井が現しとなっている

ヒューリックプロパティソリューション(株)の浦谷健史副社長は「きっかけは2018年の、経済同友会で提言としてまとめられた『地方創生に向けた“需要サイドからの”林業改革~日本の中高層ビルを木造建築に!~』。主に都心における建築での木材利用を促進し、それにより林業の活性化を図り、地方の創生に繋げていこうという趣旨です。もともと当社は約10年前からCO2削減に着目して事業を展開してきましたが、これに地方創生を加えた方針に賛同し、自ら第一号のビル(HULIC &New GINZA 8)を建てて世の中に木造利用の促進を訴えようと考えたのです」

CO2削減に以前から着目していたというが、それはなぜか? 「ESG投資(環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行なう投資)が注目されているように、これからの企業にとって、企業価値を高めるために環境問題に取り組むことはもはや必須だからです」

実際、同社は約7年前から太陽光発電事業に参入し、全国各地にメガソーラーを建設。そこで発電した電力を、本社ビルをはじめグループ全体で活用している。2024年までに自社で使用する電力を再生可能エネルギーへ100%転換、2030年には同社が保有する全ての建物において 電力由来のCO 2 排出量ネットゼロ化を達成するという目標も掲げられた。ちなみに、このメガソーラーのひとつが福島県にあり、それが縁で今回の福島県白河市の森林サイクル活動につながったそうだ。

太陽光発電施設(埼玉県加須市)。ヒューリックのメガソーラー。他に福島県等にもある。同社はメガソーラー以外にも自社ビル屋上に太陽光発電パネルを設置している(写真提供/ヒューリック)

太陽光発電施設(埼玉県加須市)。ヒューリックのメガソーラー。他に福島県等にもある。同社はメガソーラー以外にも自社ビル屋上に太陽光発電パネルを設置している(写真提供/ヒューリック)

法改正によって森林サイクルが回りやすくなってきた

今回の法改正について浦谷さんは「改正の目的である『民間建築物に木材利用を広げよう』ということは、まさに当社がHULIC &New GINZA 8で身をもって示そうとしたこと。改正の趣旨や改正点は、当社が取り組んでいる姿勢と同義だと考えています」という。

加えて、実際に手がけたからこそわかる、木材利用の課題についても教えてくれた。それはコストだ。高層化や耐火に対応できる木材は最近の技術で、まだ広く普及していないこともあって、現状では高層化・耐火建築物に木材を利用しようとすると、鉄筋コンクリート造よりもコストが高くなるという。

ただし浦谷さんは同時に、この法律によって日本の木材の生産者(川上)や製造者(川中)の活動が促進されれば、市場が活性化されてコストが下がるだろうと期待していている。また「建築物木材利用促進協定制度」などで、福島県白河市とのような関係が他地域とも築けることに期待を寄せる。「やはり国産材を使いたいですし、建物によってそれぞれ特徴にあった木材を利用したいと思います。そのために全国の様々な木材生産者等とつながりやすくなることはとても有効だと思います」

同社は今後も、現在計画中の新宿区の老人ホーム建設をはじめ木材利用を推進していくという。「これを一時のブームで終わらせてはいけません。木材利用は継続的にやること、森林サイクルを回すことに意味があるのですから」

森林サイクルを回すことで脱炭素化が図れるだけでなく、地域経済も潤い、雇用が増え、森や海が保全されて私たちの生活まで豊かになる。今回の法改正では木材利用を国民運動として展開するため「木材利用促進の日」(10月8日)と「木材利用促進月間」(10月)が法定された。私たちもまずは家を建てる際に、利用する木材に思いをはせることから森林サイクルについて考えてみてはどうだろう。

●取材協力
林野庁
ヒューリック

枯らした観葉植物の駆け込み寺!? 唯一無二の姿に再生&販売するリボーンプランツ店「REN」に行ってみた

コロナ禍で在宅時間が増え、自然の癒やしを求めてインテリアに観葉植物を取り入れた方も多かったのではないでしょうか。一方で、育て始めたけど枯らしてしまったという人も少なくないかもしれません。素人からみて、枯れていると思う植物でも、プロが見ると、一部再生できる場合があります。枯れてしまった観葉植物を捨てるよりケアして次の人の元へ。そんな素敵な取り組みを紹介します。

枯らした観葉植物に捨てる以外の選択肢。再生して再販するサービス

インテリアショップや雑貨店で気に入った観葉植物を育ててみたけれど、何だか元気がない、いつの間にか枯れてしまった……そんな経験はないでしょうか。罪悪感がありつつも、どうしたらよいかわからず捨ててしまうことも多いでしょう。

「枯れたので捨てる」という悲しい最後ではなく、プロによる正しいケアで再生を目指し、再販して新たに望んでいる人の元へ届けるサービスを展開しているのが、観葉植物専門店RENです。

地上4階建て築55年の東京生花本社ビルをフルリノベし、元々別の場所にあった観葉植物専門店RENの店舗として2021年8月にリニューアルオープンした(写真撮影/相馬ミナ)

地上4階建て築55年の東京生花本社ビルをフルリノベし、元々別の場所にあった観葉植物専門店RENの店舗として2021年8月にリニューアルオープンした(写真撮影/相馬ミナ)

1階には再生観葉植物「リボーンプランツ」、手間をかけて仕立てた一点ものの「スペシャリティプランツ」が販売されている(写真撮影/相馬ミナ)

1階には再生観葉植物「リボーンプランツ」、手間をかけて仕立てた一点ものの「スペシャリティプランツ」が販売されている(写真撮影/相馬ミナ)

観葉植物専門店として2005年に創業したRENでは、2020年8月より「観葉植物の下取りサービス」を開始。下取りから再生まで一貫して対応し、再生した植物を新たに再販する観葉植物の二次流通を実践するサービスは、業界初の試みです。

店舗は、白金高輪駅や三田駅などから徒歩10分、桜田通りから脇の道へ入ったところにあるレンガ造りの建物で、中に入ると、ほかでは見ないような独特な枝ぶりの個性的な観葉植物がいっぱい。育てられなかった人から下取りし、プロによる適切なケアで再生された「リボーンプランツ」です。流木のように立ち枯れた枝から芽吹いた葉が美しいシェフレラ、土を洗い、幹の途中から出る気根を活かしたガジュマル。吊り棚状のモジュールで浮遊して展示されている観葉植物はどれも生き生きとしています。

腐っていた樹皮をそぎ落とすことで、新しい枝や葉が芽吹いた (写真撮影/相馬ミナ)

腐っていた樹皮をそぎ落とすことで、新しい枝や葉が芽吹いた (写真撮影/相馬ミナ)

真ん中は、茂りすぎた葉を剪定して枝ぶりを活かしたフィカス・ベンガレンシス。両側は人気のガジュマル。土にうまっていた根を表出し、荒々しい自然の趣が出た(写真撮影/相馬ミナ)

真ん中は、茂りすぎた葉を剪定して枝ぶりを活かしたフィカス・ベンガレンシス。両側は人気のガジュマル。土にうまっていた根を表出し、荒々しい自然の趣が出た(写真撮影/相馬ミナ)

立ち枯れてしまったシェフレラの幹は、流木のような味わいがあるので活かし、生きている幹からは葉が新生した。生と死をイメージして仕立てたという(写真撮影/相馬ミナ)

立ち枯れてしまったシェフレラの幹は、流木のような味わいがあるので活かし、生きている幹からは葉が新生した。生と死をイメージして仕立てたという(写真撮影/相馬ミナ)

RENマネージャーの山田聖貴さんに企画の背景や反響を伺いました。

「人が理解できない生物を探求したい」という思いから植物業界に入った山田さん。「まだ答えは出ないけれど、植物のケアを通じて私の知見や気持ちを後の人に受け継いでもらえたらうれしいですね」(写真撮影/相馬ミナ)

「人が理解できない生物を探求したい」という思いから植物業界に入った山田さん。「まだ答えは出ないけれど、植物のケアを通じて私の知見や気持ちを後の人に受け継いでもらえたらうれしいですね」(写真撮影/相馬ミナ)

「いま、コロナ禍の『おうち時間の充実』として、観葉植物を取り入れたいという需要が増加傾向にあります。そのなかで、お客様より『弱ってしまったり、枯れてしまったりしたらどうしたらいいか?』という声が増えてきました。最近はフラワーロスなど花にまつわる課題にはスポットが当たっていますが、観葉植物についてはケアをするという概念がありませんでした。RENの母体は、創業1919年のいけばな花材専門店東京生花です。社是である『活ける』を花だけでなく、植物全体に広くとらえ直したときに、物として販売するだけでなく、生きている植物をケアすることは、SDGs観点からもこれから重要になると考えました。そこで、観葉植物についての相談や植え替え、下取り、再生まで行う『プランツケア』のサービスが生まれたのです」(山田さん)

サービスの利用は、電話やコミュニケーションアプリによるオンライン無料相談・診断の後、必要に応じて、「植え替えサービス」「出張プランツケア」「下取りサービス」が選べます。例えば、「植え替えサービス」は、植物3号1050円+植え替え料1300円で総額2350円(税別)。都内の一部エリアを対象にした「出張プランツケア」は、観葉植物の疑問や困りごとについて専門知識のあるプランツケアマイスターが自宅やオフィスに出張し解決するサービスです。剪定や病害虫駆除を行い、料金は15000円(税別)です。

観葉植物の二次流通となる「下取りサービス」は、うまく育てられなかったり、引っ越しなどの事情で手放されたりした観葉植物を再販可能な個体に仕立て直してから店舗で販売する仕組み。枯れてしまったと思っても、実はプロの目で見れば再生可能な場合があるのです。下取り額分は、新たな植物を買い替えるときに割引されます。すべてのサービスは、他社で購入した鉢植えにも対応しています。さらに、定額制で年間ケアが受けられる植物のサブスクリプションサービス「プランツケアクラブ」(年間定額4680円)も開始しました。

「プレスリリースした当初は、植物をケアして長く付き合っていくというコンセプトが伝わらず、ほとんどリアクションがありませんでした。今まで、植物をケアするという概念がなかったのだから、仕方がないのかもしれません。展示会などで『リボーンプランツ』を実際に見てもらい、アピールを続けた結果、少しずつ認知されてきたと感じています。今では、月に約300件の相談があり、実際注文があったうち、植え替えサービスは100件、出張プランツケアは30件、下取りサービスは20件の利用です。今年のゴールデンウイークには、お店に行列ができるほどの反響があり、モンステラの大鉢を抱えた方が並んでいるのを見て、とてもうれしかったです」(山田さん)

店舗デザインは、国内外で活躍するデザイナーの「NOSIGNER(ノザイナー)」が担当。天井から吊り下げたモジュール什器で360度植物の表情を見てお気に入りを探せる(写真撮影/相馬ミナ)

店舗デザインは、国内外で活躍するデザイナーの「NOSIGNER(ノザイナー)が担当。天井から吊り下げたモジュール什器で360度植物の表情を見てお気に入りを探せる(写真撮影/相馬ミナ)

世界にひとつのリボーンプランツは、ヴィンテージのような味わいが人気

REN店舗内で開催された「サードウェーブプランツ展」(2020年1月)や「リボーンプランツ展-植物の持続可能性」(2020年9月)で、コンセプトとしてきたのは、「インテリアでもファッションでもない家族としての植物」です。

「観葉植物には何度かブームがありました。第1の波は、観葉植物が日本に普及し始めたころ、画一的で育てやすい品種。インテリアとして広く受け入れられて家具店やインテリアショップで販売されるようになり、定着したんです。第2の波は、約10年前の多肉植物や塊根植物など個性的な品種のブームでした。アパレルショップでも植物が販売され、ファッション感覚で楽しむ人が増えましたが、管理の難しさ・育成環境に課題があったのです。RENが提案するのは、育てやすい品種でありながら個性豊かな一点物の植物。育てやすく個性的な植物を、長く付き合っていける家族やパートナーとして、おうちに迎えてもらいたいです」(山田さん)

実際にリボーンプランツを目にして驚いたのは、長い年月を経て風格を増した盆栽のような味わいがあること。観葉植物は、流通コストがかからないようにまっすぐで画一的な形をしているものが多いのですが、リボーンプランツは枝が曲がったり、ねじれたりと、植物本来のたくましさ・生命力を感じます。

立ち枯れてしまったシェフレラの幹。盆栽では、幹や枝が朽ち、白骨化した枝をジン、幹をシャリといい珍重する。RENの観葉植物には、生け花や盆栽のノウハウが活かされている(写真撮影/相馬ミナ)

立ち枯れてしまったシェフレラの幹。盆栽では、幹や枝が朽ち、白骨化した枝をジン、幹をシャリといい珍重する。RENの観葉植物には、生け花や盆栽のノウハウが活かされている(写真撮影/相馬ミナ)

プランツケア前のガジュマル。枝が伸び放題で、葉も密に茂っている(画像提供/REN)

プランツケア前のガジュマル。枝が伸び放題で、葉も密に茂っている(画像提供/REN)

プランツケア後のガジュマル。枝葉が剪定されてすっきり。葉が重なると病害虫になりやすい。適度に隙き、幹や枝を見せる。どの枝を残すかはプロの経験が生きる(画像提供/REN)

プランツケア後のガジュマル。枝葉が剪定されてすっきり。葉が重なると病害虫になりやすい。適度に隙き、幹や枝を見せる。どの枝を残すかはプロの経験が生きる(画像提供/REN)

「植物はしゃべらないけれど、形は言葉のようなもの。プランツケアで心がけているのは、植物本来の姿をよりよく導くこと。下取りした観葉植物が形になるまでは、1年かかるのは普通で、3年、5年かけて美しく再生していきます。曲がった枝や経年変化した幹を見て、植物が発する声を聞いていただけたら」(山田さん)

ショップには、「リボーンプランツ」として再生された観葉植物たちが、これから新たに育ててくれる人との出会いを待っています。

「プランツケアラボ」はまるで手術室。プロの技術で再生して植物の命をつなぐ

ショップの奥には、観葉植物の剪定や植え替えを行うプランツケアサービスの拠点「プランツケアラボ」があり、ちょうど、植え替え作業をしていました。鉢がパンパンになるほど伸びていた古い根を丁寧にほぐしながら崩し、大きい器に植え替えます。オンライン相談では、「ちょっと調子が悪いので見てほしい」という問い合せが多いそうです。画像診断をすると、水のやりすぎによる根腐れや育ちすぎの状態がほとんど。根腐れの場合は植え替えを行い、育ちすぎた場合は、剪定し、鉢を大きくします。

「植物の根は内臓。土は腸内環境に似ています。いい土には、微生物が食べる有機物が必要です」と山田さん。空気を含む天然の有機培養土、鉱物由来珪酸液などを使い、植物のメンテナンスを行っています。

「プランツケアラボ」には、専門の道具が並ぶ。盆栽の道具や幹を削ぐための彫刻刀など様々な工具を使い分ける(写真撮影/相馬ミナ)

「プランツケアラボ」には、専門の道具が並ぶ。盆栽の道具や幹を削ぐための彫刻刀など様々な工具を使い分ける(写真撮影/相馬ミナ)

植え替えを行う東京生花代表取締役社長の川原伸晃さん。2011年に、植物店として史上初めてのグッドデザイン賞の受賞に導いた(写真撮影/相馬ミナ)

植え替えを行う東京生花代表取締役社長の川原伸晃さん。2011年に、植物店として史上初めてのグッドデザイン賞の受賞に導いた(写真撮影/相馬ミナ)

一般的な観葉植物でも、個性を生かして仕立てているので、他にはないオリジナルな一鉢になる(写真撮影/相馬ミナ)

一般的な観葉植物でも、個性を生かして仕立てているので、他にはないオリジナルな一鉢になる(写真撮影/相馬ミナ)

2階の「アウトドアプランツ」コーナーには、オリーブの鉢が並ぶ。流通しているものの多くはスペイン産のオリーブは、意外にも東京の気候に合う植物だという(写真撮影/相馬ミナ)

2階の「アウトドアプランツ」コーナーには、オリーブの鉢が並ぶ。流通しているものの多くはスペイン産のオリーブは、意外にも東京の気候に合う植物だという(写真撮影/相馬ミナ)

ショップを訪れた人のなかには、年配のご夫婦が30年育てた観葉植物を「私が引き継ぎます」と言って買い取った人、引っ越しのため手放さざるを得なかった大鉢の観葉植物をトラックで搬入した人もいるそうです。

「観葉植物をインテリアの一部ではなく、命のある植物として、家族として、大切に思う人やその思いを受け継ぎたい人が少しずつ増えてきています」(山田さん)

観葉植物を手放すしかなくても、再生されて、新しく望む人の手に届けられるのなら、気持ちよく送り出せそうです。枯れてしまった植物の命が再生・循環する仕組みは、社会と植物の持続可能な新しい関係創出につながっています。

●取材協力
・観葉植物専門店REN

タイニーハウス村が八ヶ岳に出現!? 「TINY HOUSE FESTIVAL2021」から最先端をレポート

タイニーハウス(=小さな家)による持続可能な暮らしを提案する「TINY HOUSE FESTIVAL2021」が、東京駅前で2021年10月に開催された。コロナ禍を経た今年、タイニーハウスはどう変わったのだろうか。最新のタイニーハウスの話とともに、探ってみた。

暮らしの多様化とともに、住まいの形も変化していく

コロナ禍でワークスタイルが変化してきたなか、自分たちの暮らし方や住まいについて見直す時間が増えてきた人も多いだろう。自宅での仕事スペースの確保や、プライベートとの切り替え方など、新たな課題が浮き彫りになってきたかもしれない。タイニーハウスは、その解決策のひとつとして需要が高まってきているという。
例えば、テレワークのスペースとして活用したいと考える人もいれば、アウトドアでの活動が増えて、移動先でも居心地良く過ごすためにバン型を使いたいという人もいる。テレワークが進んで、都心に住む必要のなくなった方が、二拠点生活をするために取り入れるという形も。

テレワーク化が進み、仕事をするためのワークスペースとして提案しているタイニーハウスもあった(画像提供/HandiHouse project 大石義高 佐藤陽一)

テレワーク化が進み、仕事をするためのワークスペースとして提案しているタイニーハウスもあった(画像提供/HandiHouse project 大石義高 佐藤陽一)

(画像提供/HandiHouse project 大石義高 佐藤陽一)

(画像提供/HandiHouse project 大石義高 佐藤陽一)

そもそも、タイニーハウスは、2000年代にアメリカで生まれた「タイニーハウスムーブメント」が発端と言われている。その後、2007年に住宅バブルの崩壊とともにサブプライム住宅ローンが破綻し、翌年にはリーマンショックが起きた。そんな背景から、消費社会に縛られない、経済に左右されないカルチャーとして今さらなる広がりを見せているのだ。
暮らしにどれくらいの費用をかけ、何に時間を費やし、どのような生活をしていきたいか。「お金と時間の自由」を大切にしたいと考える人たちにとって、そのライフスタイルを体現できる形が「タイニーハウス」というわけだ。
その広さに明確な定義はないものの、だいたい延べ床面積は20平米以内のものが多い。もちろん、キャピングカーなどのバン型の車を使ったモバイルハウスも含まれる。価格の幅は広いが、一般的な住宅に比べれば低コストで手に入れやすい。後から住み手が好きに手を加えやすく、小さいがゆえに移動も自由。そんな魅力が積み重なって、暮らしの選択肢の一つとして注目が集まっている。
その見本として、数々のタイニーハウスが集まったのが「TINY HOUSE FESTIVAL」だ。2019、2020年と開催され、今年は一体どのように変化しているのだろうか。

東京駅近くで開催された今回の「TINY HOUSE FESTIVAL2021」。車に牽引されている小屋もあれば、荷台に取り付けられているコンテナなどさまざまな形態のものがあった。ビルの狭間のスペースだったことから、その小ささがなおのこと強調されて見える(画像提供/HandiHouse project 佐藤陽一)

東京駅近くで開催された今回の「TINY HOUSE FESTIVAL2021」。車に牽引されている小屋もあれば、荷台に取り付けられているコンテナなどさまざまな形態のものがあった。ビルの狭間のスペースだったことから、その小ささがなおのこと強調されて見える(画像提供/HandiHouse project 佐藤陽一)

個々の用途に合わせた、幅広いタイニーハウスが登場

主催者の一人であり、「断熱タイニーハウスプロジェクト」などさまざまなタイニーハウスを手掛けている建築家の中田理恵さん(中田製作所/HandiHouse project)は、昨今の流れについて以下のように話す。

「コロナ禍でさまざまな形の暮らし方が広がったと思います。先日は、集合住宅の管理会社から相談がありました。マンション全体で使えるワークスペースをつくりたい、ということでタイニーハウスを設置できないかという話だったんです」

マンションで暮らす人にとって、新たに部屋を確保するのは難しいこと。しかし、全戸共有のタイニーハウスがあれば、テレワークのスペースとして使ったり、ワークショップやフリーマーケットなどの小さなイベントをしたりと、臨機応変なスペースになるに違いない。
また、空地を飲食スペースとして暫定利用するため、タイニーハウスを置きたいという要望にも応えたという。

「コロナ禍で飲食店が大変な状況なため、屋外でテイクアウト専門店を期間限定で出すというプランでした。そういう突発的なことにもすぐに対応してつくれるのは、タイニーハウスならではだと思います」

中田さんが手がけた「FLATmini」。2020年春に完成した青森県八戸市の「FLAT HACHINOHE」を拠点に、地域の「遊び場」「学び場」を発見・発掘するためにはじまったプロジェクト。八戸市内外を移動しながら、まちの人や来訪者と有機的に繋がり、「動く部室」として機能しているタイニーハウスだ(写真撮影/相馬ミナ)

中田さんが手がけた「FLATmini」。2020年春に完成した青森県八戸市の「FLAT HACHINOHE」を拠点に、地域の「遊び場」「学び場」を発見・発掘するためにはじまったプロジェクト。八戸市内外を移動しながら、まちの人や来訪者と有機的に繋がり、「動く部室」として機能しているタイニーハウスだ(写真撮影/相馬ミナ)

アメリカのムーブメントを取材し、各地での知見をもとにタイニーハウスの製作を行っている「Tree Heads & Co.」の竹内友一さんもタイニーハウスを展示。
「宮城県気仙沼市では、東日本大震災の津波によって流れ着いたものを使って、みんなのシェルターになるツリーハウスをつくりました。ほかにも、障がい者の就労支援の休憩所や、移動式ビアバー、牛舎を解体して宿泊所をつくったりもしました」

今までつくったタイニーハウスは65以上で、この日はキャンピングカーをリビルドしたタイニーハウスが登場。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

「オーダーしてくれた方は、これでスキーできる山の近くで過ごしたいということでした。料理はできなくていいということなので、脱ぎ着できるスペースと寝る場所としてのタイニーハウスというわけです。
運転席上の寝室スペースは、断熱材などを入れて暖かさを追求していますが、寝室スペース以外は板壁にしてコストダウンしています。休憩スペースはソファを置いてくつろげるようにしています」

スキー終わりにくつろいだり、ゆっくり寝るためのタイニーハウス。運転席上には寝室スペースがある(写真撮影/相馬ミナ)

スキー終わりにくつろいだり、ゆっくり寝るためのタイニーハウス。運転席上には寝室スペースがある(写真撮影/相馬ミナ)

タイニーハウスがあることで、自由に移動をしたり、好きなスペースを確保したりと、暮らしの幅が広がっているのだろう。そんな考え方は、他にもさまざまな形態で現れている。

例えば、煙突が出ているタイニーハウスは「旅するサウナ まんぷく号」。軽トラックの荷台に小屋を載せ、移動式のサウナにしている。いつでもどこでもサウナを楽しみたい、楽しんでもらいたいという思いで始まったプロジェクトだ。これなら、自宅にサウナがない人も気軽に自由に使えて、ひとときの満足感を味わうことができる。

昨今のサウナブームからも人気の高い移動式のサウナ(写真撮影/相馬ミナ)

昨今のサウナブームからも人気の高い移動式のサウナ(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

まだ軽トラックに躯体しかできていないタイニーハウスもあった。これは「スエナイ喫煙所」というプロジェクト。喫煙所でのコミュニケーションを非喫煙者でも楽しめるようにと、中央にはノンニコチンのシーシャを設置している。一つのシーシャを共有することで自然とコミュニケーションが生まれ、新しい形の喫煙所をつくろうというもの。建築学を専攻している学生が中心となっているプロジェクトで、今まさにクラウドファンディングで資金を集めている最中だという。

少しずつこれから形になっていく予定の「スエナイ喫煙所」。コミュニティスペースとしての提案であり、コロナ対策もきちんとされていた(写真撮影/相馬ミナ)

少しずつこれから形になっていく予定の「スエナイ喫煙所」。コミュニティスペースとしての提案であり、コロナ対策もきちんとされていた(写真撮影/相馬ミナ)

写真右下が完成予定の模型(写真撮影/相馬ミナ)

写真右下が完成予定の模型(写真撮影/相馬ミナ)

このように用途と目的に合わせ、自由な形で広がっていくことができるのがタイニーハウスなのだ。

持続可能な暮らしを目指すタイニーハウス。断熱など住宅性能も追求

SDGsの流れが強まり、持続可能な暮らしに目を向ける人たちが増えてきたのも、タイニーハウスが注目される後押しになっている。暮らしの幅を広げるだけでなく、脱炭素など環境への配慮や、暮らしやすさを追求したタイニーハウスも見られた。

「断熱タイニーハウスプロジェクト」は、2019年に開催されたイベントから毎年変わらず出展している。発案者は大学で都市環境を学んでいた沼田汐里さん。「断熱」の大切さを身近に感じてもらうために製作したタイニーハウスで、天井や壁、床、すべてに断熱材の「ネオマフォーム」が入っている。省エネを考えたときに、夏の暑さと冬の寒さに対応できなければならないが「断熱と気密がしっかりしていれば、最小限のエネルギーで暮らすことができる」と沼田さんは教えてくれる。また、「Do It Together」を意味する「DIT」をコンセプトに、HandiHouse projectの中田さんたちプロの指導のもとにセルフビルドしたものでもある。環境にも住み手にも快適な住まいを自分たちの手で楽しみながらつくれるということを教えてくれるタイニーハウスだ。

窓から顔を出す「断熱タイニーハウスプロジェクト」の沼田さん(写真撮影/相馬ミナ)

窓から顔を出す「断熱タイニーハウスプロジェクト」の沼田さん(写真撮影/相馬ミナ)

断熱の温度を実感したいとたくさん人が出入りしていた(写真撮影/相馬ミナ)

断熱の温度を実感したいとたくさん人が出入りしていた(写真撮影/相馬ミナ)

同じく毎年出展しているのが「えねこや」で、太陽光発電と蓄電池で電力を自給する「オフグリッド」タイプのタイニーハウスを紹介している。小さなスペースながらも、キッチンやエアコンが設置され、ペレットストーブもあって実に快適そうな空間だ。日本の木窓メーカーの窓を採用し、断熱や気密性を高めて、電力消費を抑える工夫をしながら、太陽光を活用することで、オフグリッドを実現している。再生可能エネルギーだけで快適に過ごせるのは、タイニーハウスならではのこと。もちろん、災害時に強いのはいうまでもない。

えねこやは、災害時に被災地へけん引していき、復興作業に携わることもできるという(写真撮影/相馬ミナ)

えねこやは、災害時に被災地へけん引していき、復興作業に携わることもできるという(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

これからのタイニーハウスの広がりとは?

「Tree Heads & Co.」の竹内さんは、タイニーハウスの製作に加え、新しいプロジェクトをスタートさせた。実際にタイニーハウスで暮らしたい人を募集して敷地を共有し、必要な技術や道具、情報をシェアしてコミュニティをつくっていきたいと話す。

「『ホームメイド』というプロジェクトで、僕たちが持っているタイニーハウスに関する知識をシェアしながら暮らしのコミュニティをつくりたいと考えています。住まいとしてのタイニーハウスだけでなく、食べ物やエネルギーなども、少しでもいいから自分たちの力で手づくりしてみようという試みです」

住まいだけでなく、畑仕事をしたり、周辺の環境整備なども視野に入れているのだそう。

「知識がない、道具がない、場所がない。たくさんの人からそういう話を聞くので、だったら僕たちが持っているものをシェアして、みんなで暮らしを考えていくことができればと思っています」

「ホームメイド」構想(画像提供/TREE HEADS & Co.)

「ホームメイド」構想(画像提供/TREE HEADS & Co.)

また、HandiHouse Projectの中田さんも、これからのタイニーハウスの可能性について教えてくれた。

「住まいはもちろん、店舗やパーソナルな仕事場など、いろいろな形が求められていると思います。個人だけじゃなく、自治体も目を向けていて、移住者のためにタイニーハウスを取り入れている地域も出てきました」

山梨県ではまず土地のことを知ってもらい、どんな暮らしができるかを試せるようにと、「移住者向けお試し住宅」としてタイニーハウスを建てているのだそう。そこを拠点に仕事や生活のベースを見つけてもらえれば移住の促進につながるというわけだ。「いろいろな要望が増えてきて、タイニーハウスだからこそできることが広がっていると実感しています」(中田さん)

コロナ禍が続き、少しずつ環境や人々の価値観が変わっていくなかで、自分たちの暮らしを考える時間はますます増えていくだろう。暮らしのなかで何を優先し、大切にしたいのか。誰とどこでどんな時間をすごしていきたいのか。働く場所や環境をどう整えていきたいか。
それぞれの答えがあるもので、決めたからといってそれが永遠に続くわけでもないだろう。臨機応変に対応していければ、心地よく健やかに過ごす時間はきっと増えるに違いない。タイニーハウスは選択肢の一つ。選択肢が増えればそれだけ私たちの暮らしは自由になっていくはずだ。

●取材協力
Handihouse project
Tree Heads & Co.
ホームメイドプロジェクト
えねこや

今「ローカル飲食チェーン」が熱い。元 『秘密のケンミンSHOW』リサーチャーが注目する7社

全国的な知名度はないけれど、局地的に絶大な支持を受ける「ローカル飲食チェーン」が今、注目されています。その理由とは? 元『秘密のケンミンSHOW』 リサーチャーであり、全国7都市を取材した新刊『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』の著者・辰井裕紀さんに、愛される秘訣を伺いました。

なぜ今「ローカル飲食チェーン」が注目されるのか

このところ、「ローカル飲食チェーン」がアツい盛り上がりを見せています。「ローカル飲食チェーン」とは、全国展開をせず限定したエリアのなかだけで支店を広げる飲食店のこと。マクドナルドや吉野家のように全国的な知名度はありません。けれども反面「地元では知らぬ者なし」なカリスマ的人気を誇ります。

この局地的なフィーバーぶりは人気テレビ番組『秘密のケンミンSHOW 極』(読売テレビ・日本テレビ系)でたびたびとりあげられ、紹介されたチェーン店はもれなくSNSでトレンド入り。さらに注目度が高まり、雑誌はこぞって「全国ローカル飲食チェーンガイド」を特集するほど。

(画像/イラストAC)

(画像/イラストAC)

そのような中、ついに決定打とおえる書籍が発売されました。それが『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』(PHPビジネス新書)。豚まんやカレーライス、おにぎりなどなど、創意工夫を積み重ねた味とサービスで地元の期待に応え、コロナや震災などの逆境にも耐え抜いた全国7社の経営の秘密を明らかにした注目の一冊です。

地元に愛される7社を解剖した話題の新刊『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』(PHPビジネス新書)(写真撮影/吉村智樹)

地元に愛される7社を解剖した話題の新刊『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』(PHPビジネス新書)(写真撮影/吉村智樹)

著者はライターであり、かつてテレビ番組「秘密のケンミンSHOW」のリサーチャーとして全国各地のネタを集めた千葉出身の辰井裕紀さん(40)。

話題の新刊『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』著者、辰井裕紀さん(写真撮影/吉村智樹)

話題の新刊『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』著者、辰井裕紀さん(写真撮影/吉村智樹)

夢かうつつか幻か。わが街にはいたるところにあるのに、一歩エリア外へ出れば誰も知らない。反対に自分の県には一軒もないのに、お隣の県へ行けば頻繁に出くわす、不思議なローカル飲食チェーン。この謎多き業態の魅力とは? 地元に愛される秘訣とは? 著者の辰井さんにお話をうかがいました。

前代未聞。 「ローカル飲食チェーン」の研究書が登場

――辰井さんが初めて上梓した新刊『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』は実際に自らの足で全国を巡って取材した労作ですね。この書籍の企画が生まれたいきさつを教えてください。

辰井裕紀(以下、辰井):「以前からTwitterで“飲食チェーンに関するツイート”をよくしていたんです。『こんなにおいしいものが、こんなに安く食べられるなんて』など、外食にまつわる喜びをたびたびつぶやいていました。それをPHP研究所の編集者である大隅元氏がよく見ていて、『ローカル飲食チェーンの本を出さないか』と声をかけてもらったんです」

――Twitterで食べ物についてつぶやいたら書籍の書き下ろしの依頼があったのですか。夢がありますね。しかし全国に点在する飲食チェーンですから、実際の取材や執筆は大変だったのでは。

辰井:「大変でした。資料を参考にしようにも、ローカル飲食チェーンについて考察された本が、過去にほぼ出版されていなかったんです。あるとすればサイゼリヤや吉野家のような全国チェーンにまつわる本ばかり。類書どころか先行研究そのものが少ないので引用ができず、苦労しました」

――確かに全国のローカル飲食チェーンだけに絞って俯瞰した書籍は、私も読んだ経験がありません。では、どのように事前調査を行ったのですか。

辰井:「国会図書館やインターネットで文献や社史にあたったり、取り寄せたり。地元でしか得られない文献は現地まで行って入手しました」

一次資料を得るためにわざわざ全国各地へ足を運んだという辰井さん(写真撮影/吉村智樹)

一次資料を得るためにわざわざ全国各地へ足を運んだという辰井さん(写真撮影/吉村智樹)

――現地まで行って……。ほぼ探偵じゃないですか。骨が折れる作業ですね。

辰井:「調べられる限り、ぜんぶ調べています」

自ら選んだ「強くてうまい!」7大チェーン

――新刊『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』では北海道の『カレーショップインデアン』 、岩手『福田パン』、茨城『ばんどう太郎』、埼玉『ぎょうざの満洲』、三重『おにぎりの桃太郎』、大阪『551HORAI』、熊本『おべんとうのヒライ』の計7社にスポットライトがあたっています。この7社はどなたが選出なさったのですか。

 『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』に選ばれた全国7社(写真撮影/辰井裕紀)

『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』に選ばれた全国7社(写真撮影/辰井裕紀)

辰井:「自分で選びました。【お店として魅力があるか】【行けばテンションが上がるか】【独自のサービスを受けてみたいか】、そういった『秘密のケンミンSHOW』で取り上げるようなポップな面と、ビジネス的に注目できる面とがうまく両輪で展開している点で、『この7社だ』と」

――メニューやサービスのユニークさと経営の成功を兼ね備えた、まさに「強くてうまい!」企業が選ばれたのですね。

辰井:「その通りです」

客が鍋持参。 「車社会」が生みだした独特な食習慣北海道・十勝でチェーン展開する『カレーショップインデアン』(写真撮影/辰井裕紀)

北海道・十勝でチェーン展開する『カレーショップインデアン』(写真撮影/辰井裕紀)

――この本を読んで私が特にビックリしたのが、北海道・十勝を拠点とする『カレーショップインデアン』(以下、インデアン)が実施している「鍋を持ってくればカレーのルー※1が持ち帰られる」サービスでした。どういういきさつで生まれたサービスなのですか。

※1……インデアンではカレーソースのことを「ルー」と呼ぶ

『カレーショップインデアン』のカレー。年間およそ280万食が出るほどの人気(写真撮影/辰井裕紀)

『カレーショップインデアン』のカレー。年間およそ280万食が出るほどの人気(写真撮影/辰井裕紀)

鍋を持参すればカレーのルーをテイクアウトできる(写真撮影/辰井裕紀)

鍋を持参すればカレーのルーをテイクアウトできる(写真撮影/辰井裕紀)

辰井:「鍋持参のテイクアウトは約30年前から始まったサービスです。お客さんから『容器にくっついたカレーのルーがもったいないから鍋を持参してもいいか』と要望があったのがきっかけだとか。加えて当時はダイオキシンが社会問題となり、なるべくプラスチック容器を使わない動きがありました。そこで誕生したのが、インデアンの鍋持参システムです」

――鍋持参のテイクアウトは30年近くも歴史があるんですか。十勝にそんな個性的な習慣があったとは。

辰井:「おそらく、十勝が鍋を持っていきやすい車社会だから、定着したサービスなのでしょうね」

農地が広がる十勝は車社会。だからこそ「鍋持参」の習慣が定着したと考えられる(写真撮影/辰井裕紀)

農地が広がる十勝は車社会。だからこそ「鍋持参」の習慣が定着したと考えられる(写真撮影/辰井裕紀)

――なるほど。さすがに電車やバスで鍋を持ってくる人は少ないでしょうね。そういう点でも都会では実践が難しい、ローカルならではの温かい歓待ですね。

辰井:「インデアンはほかにも『食べやすいようにカツを小さくして』と言われたカツカレーが、極小のひとくちサイズになって定番化するなど、お客さんの声を吟味して取り入れます。ローカル飲食チェーンは商圏が狭いからこそ、お客さんに近い存在ですから」

総工費1億5000万円の屋敷で非日常体験お屋敷のような造りの『ばんどう太郎』。駐車場も広々(写真撮影/辰井裕紀)

お屋敷のような造りの『ばんどう太郎』。駐車場も広々(写真撮影/辰井裕紀)

店内にはなんと精米処があり、炊きあげるぶんだけ毎日精米している(写真撮影/辰井裕紀)

店内にはなんと精米処があり、炊きあげるぶんだけ毎日精米している(写真撮影/辰井裕紀)

――車社会といえば、茨城の『ばんどう太郎』にはド肝を抜かれました。ロードサイドに忽然と巨大なお屋敷が現れ、それが和食のファミレスだとは。

辰井:「『ばんどう太郎』の建物は車の運転席からも目立つ造りになっています。総工費は一般的なファミレスの倍、およそ1億5000万円もの巨費を投じているのだそうです。さらに店の中に精米処があり、新鮮なごはんを食べられますよ」

――夢の御殿じゃないですか。

具だくさんな看板商品「坂東みそ煮込みうどん」(画像提供/ばんどう太郎 坂東太郎グループ)

具だくさんな看板商品「坂東みそ煮込みうどん」(画像提供/ばんどう太郎 坂東太郎グループ)

辰井:「看板商品の『坂東みそ煮込みうどん』は旅館のように固形燃料で温められた一品です。生たまごを入れ、黄身や卵白に火が通ってゆく過程を楽しみながら味わえます。旬の野菜から肉、キノコまでたっぷりの具材が入っていて、褐色のスープですから『鍋の底にはなにがあるんだろう?』と、闇鍋のように掘り出す楽しさまであります」

――ファミレスというより、非日常を体感できるテーマパークのようですね。

辰井:「駐車場が広くて停めやすく、店内のレイアウトがゆったりしていますし、接客のリーダー『女将さん』がいるのもプレミアム感があります。広々と土地を使えるロードサイド型のローカル飲食チェーンならではのお店ですね」

割烹着姿の「女将さん」と呼ばれる接客のリーダーが客に安心感を与える(写真撮影/辰井裕紀)

割烹着姿の「女将さん」と呼ばれる接客のリーダーが客に安心感を与える(写真撮影/辰井裕紀)

――『ばんどう太郎』で食事する経験自体がドライブ観光になっているのですね。楽しそう。ぜひ訪れてみたいです。

辰井:「坂東みそ煮込みうどんは関東人に合わせた絶妙な味わいで、私は何度でも食べたいです」

お弁当屋さんの概念をくつがえす店内の広さ

――ロードサイド展開といえば、熊本『おべんとうのヒライ』にも驚きました。お弁当屋さんとは思えない、大きなコンビニくらいに広い店舗で、スーパーマーケットに迫る品ぞろえがあるという。この業態は駐車場があるロードサイド型店舗でないと無理ですよね。

コンビニなみに品ぞろえ豊富な『おべんとうのヒライ』(写真撮影/辰井裕紀)

コンビニなみに品ぞろえ豊富な『おべんとうのヒライ』(写真撮影/辰井裕紀)

辰井:「自家用車での移動がひじょうに多い街に位置し、広いお総菜コーナーがあります。なので、『ついでに買っていくか』の買い物需要に応えられるんです。さらに店内にはその場で調理したものが食べられる食堂もあります。地方には実はこんな中食(なかしょく)※2・外食・コンビニが三位一体となった飲食チェーンが点在しているんです」

※2中食(なかしょく)……家庭外で調理された食品を、購入して持ち帰る、あるいは配達等によって、家庭内で食べる食事の形態。

――お弁当屋さんの中で食事もできるんですか。グルメパラダイスじゃないですか。

辰井:「特に『おべんとうのヒライ』の食事は安くてうまいんですよ。なかでも“大江戸カツ丼”がいいですね。一般的なカツを煮た丼と違い、揚げたてのカツの上に玉子とじをのせるカツ丼で。衣がサクサク、玉子はトロトロで食べられます。『この価格で、こんなにもハイクオリティな丼が食べられるのか』と驚きました。たったの500円ですから」

カツを煮込まず玉子とじをのせる独特な「大江戸カツ丼」(写真撮影/辰井裕紀)

カツを煮込まず玉子とじをのせる独特な「大江戸カツ丼」(写真撮影/辰井裕紀)

――安さのみならず、独特な調理法で食べられるのが魅力ですね。

辰井:「そうなんです。小さなカルチャーショックに出会えるのがローカル飲食チェーンの醍醐味ですね。どこへ行っても同じ食べ物しかないよりも、『あの県へ行ったら、これが食べられる』ほうが、おもしろいですから」

「あの県へ行ったら、これが食べられる」。このエリア限定感がローカル飲食チェーンの醍醐味だと語る辰井さん(写真撮影/吉村智樹)

「あの県へ行ったら、これが食べられる」。このエリア限定感がローカル飲食チェーンの醍醐味だと語る辰井さん(写真撮影/吉村智樹)

旅先で出会える「小さなカルチャーショック」が魅力愛らしい桃太郎のキャラクターが迎えてくれる『おにぎりの桃太郎』。ただいまマスク着用中(写真撮影/辰井裕紀)

愛らしい桃太郎のキャラクターが迎えてくれる『おにぎりの桃太郎』。ただいまマスク着用中(写真撮影/辰井裕紀)

混ぜごはんのおにぎり、その名も「味」(写真撮影/辰井裕紀)

混ぜごはんのおにぎり、その名も「味」(写真撮影/辰井裕紀)

――カルチャーショックを受けた例はほかにもありますか。

辰井:「ありますね。たとえば三重県四日市の飲食チェーン『おにぎりの桃太郎』には『味』という名の一番人気のおにぎりがあります。『味』は当地で“混ぜごはん”を意味しますが、そのネーミングがまず興味深いですし、地元独特の味わいが楽しめました」

――おにぎりの名前が「味」ですか。もうその時点で全国チェーンとは大きな感覚の違いがありますね。

辰井:「ほかにも『しぐれ』という、三重県北勢地区に伝わるあさりの佃煮を具にしたおにぎりも、香ばしくて海を感じました」

ご当地の味「あさりのしぐれ煮」のおにぎり(写真撮影/辰井裕紀)

ご当地の味「あさりのしぐれ煮」のおにぎり(写真撮影/辰井裕紀)

――ローカル飲食チェーンが「地元の食文化を支えている」とすらいえますね。

辰井:「そんな側面があると思います」

ローカル飲食チェーンに学ぶ持続可能な社会

――カルチャーショックといえば『おべんとうのヒライ』の、ちくわにポテトサラダを詰めて揚げた「ちくわサラダ」は衝撃でした。

ちくわの穴にポテトサラダを詰めた「ちくわサラダ」(写真撮影/辰井裕紀)

ちくわの穴にポテトサラダを詰めた「ちくわサラダ」(写真撮影/辰井裕紀)

辰井:「もともとはポテトサラダの廃棄を減らす目的で生まれた商品ですが、いまでは熊本で愛されるローカルフードになりましたね。ワンハンドで食べやすく、一本でも充分満足感があります」

――おいしそう! 自分でもつくれそうですが、それでもやはり熊本で食べたいです。食品の廃棄を減らすため、一つの店舗のなかで再利用してゆくって、ローカル飲食チェーンはSDGsという視点からも学びがありますね。

辰井:「ありますね。たとえば大阪の『551HORAI』ではテイクアウトで売れる約65%が豚まん、約15%が焼売なんです。どちらも“豚肉”と“玉ねぎ”からつくるので、2つの食材があれば合計およそ80%の商品ができます。一度に大量の食材を仕入れられるからコストが抑えられる上に、ずっと同じ商品をつくっているので食材を余らせません」

『551HORAI』の看板商品「豚まん」(写真撮影/辰井裕紀)

『551HORAI』の看板商品「豚まん」(写真撮影/辰井裕紀)

「豚まん」に続く人気の「焼売」(写真撮影/辰井裕紀)

「豚まん」に続く人気の「焼売」(写真撮影/辰井裕紀)

――永久機関のように無駄がないですね。

辰井:「一番人気の豚まんがとにかく強い。『強い看板商品』の存在が、多くの人気ローカル飲食チェーンに共通します。看板商品が強いと供給体制がよりシンプルになり、食品ロスも減る。質のいいものをさらに安定して提供できる。いい循環が生まれるんです」

地元が店を育て、人を育てる

――ローカル飲食チェーンには「全国展開しない」「販路を拡げない」と決めている企業が少なくないようですね。コッペパンサンドで知られる岩手の『福田パン』もかたくなに岩手から手を広げようとしないようですね。

多彩なコッペパンサンドが味わえる『福田パン』(写真撮影/辰井裕紀)

多彩なコッペパンサンドが味わえる『福田パン』(写真撮影/辰井裕紀)

辰井:「『福田パン』は岩手のなかでは買える場所が増えていますが、他県まで出店するつもりはないようです。これ以上お店を増やすと製造する量が増え、『機械や粉を替え変えなきゃならない』など、リスクも増えますから」

――全国進出をねらって失敗する例は実際にありますものね。

辰井:「とある丼チェーン店は短期間に全国へ出店したものの、閉店が相次ぎました。調理技術が行き渡る前にお店を増やしすぎたのが原因だといわれています。地元から着実にチェーン展開していった店は、本部の目が行き届くぶん、地肩が強いですね」

――『福田パン』のコッペパンサンド、とてもおいしそう。食べてみたいです。けれども、基本的に岩手へ行かないと買えないんですね。それが「身の丈に合ったチェーン展開」なのでしょうね。

『福田パン』は眼の前で具材を手塗りしてくれる(写真撮影/辰井裕紀)

『福田パン』は眼の前で具材を手塗りしてくれる(写真撮影/辰井裕紀)

ズラリ一斗缶に入って並んだコッペパンサンドの具材(写真撮影/辰井裕紀)

ズラリ一斗缶に入って並んだコッペパンサンドの具材(写真撮影/辰井裕紀)

辰井:「社長の福田潔氏には、『その場でしか食べられないものにこそ価値がある』というポリシーがあるんです。福田パンは一般的なコッペパンより少し大きく、口に含んだときに塩気と甘さが広がる。とてもおいしいのですが、目の前でクリームをだくだくにはさんでくれるコッペパンは現地へ行かないと食べられない。やっぱり岩手で食べると味わいが違います」

――ますます岩手へコッペパンを食べに行きたくなりました。反面、埼玉の『ぎょうざの満洲』は関西進出を成功させていますね。京都在住である私は『ぎょうざの満洲』の餃子が大好物でよくいただくのですが、他都市進出に成功した秘訣はあったのでしょうか。

「3割うまい!!」のキャッチフレーズで知られる『ぎょうざの満洲』(写真撮影/辰井裕紀)

「3割うまい!!」のキャッチフレーズで知られる『ぎょうざの満洲』(写真撮影/辰井裕紀)

餃子のテイクアウトにも力を入れる(写真撮影/辰井裕紀)

餃子のテイクアウトにも力を入れる(写真撮影/辰井裕紀)

辰井:「関西進出はやはり初めは苦戦したそうです。『ぎょうざの満洲』は関東に生餃子のテイクアウトを根付かせた大きな功績があるのですが、関西ではまだ浸透していなかった。加えて店員と会話せずスムーズに買えるシステムを構築したものの、その接客が関西では『冷たい』と受け取られ、なじまなかった。そこで、できる限り地元の人を雇用し、店の雰囲気を関西風に改めたそうです」

――やはり地元が店や人を育てるという答に行きつくのですね。いやあ、ローカル飲食チェーンって本当に業態が多種多彩で、かつ柔軟で勉強になります。

辰井:「企業ごとにいろんな考え方がありますから、それぞれから学びたいですね」

――そうですよね。私も学びたいです。では最後に、全国のローカル飲食チェーンの取材を終えられて、感じたことを教えてください。

辰井:「ローカル飲食チェーンは地元の人たちにとって、地域を形作る屋台骨であり、アイデンティティなんだと思い知らされました。私は千葉出身なんですが、私が愛した中華料理チェーン『ドラゴン珍來』を褒められたら、やっぱりうれしいですよ。もっと地元のローカル飲食チェーンを誇っていいんだって、ホームタウンをかえりみる、いい機会になりました。読んでくださった方にも、地元を再評価してもらえたらうれしいです」

――ありがとうございました。

「ローカル飲食チェーンを通じて、地元を再評価してもらえたらうれしい」と語る辰井さん(写真撮影/吉村智樹)

「ローカル飲食チェーンを通じて、地元を再評価してもらえたらうれしい」と語る辰井さん(写真撮影/吉村智樹)

辰井裕紀さんが全国を行脚し、自分の眼と舌で確かめた「ローカル飲食チェーン」の数々。それぞれの企業、それぞれの店舗が、その土地その土地の地形や風習、地元の人々の想いに添いながらひたむきに営まれているのだと知りました。そこで運ばれてくる料理は「現代の郷土料理」と呼んで大げさではないほど地元LOVEの気持ちが込められています。

ビジネス書でありながら、故郷やわが街を改めて愛したくなる、あたたかな一冊。ページを閉じたとたん、当たり前に存在すると思っていたローカル飲食チェーンに、きっと飛び込みたくなるでしょう。

強くてうまい! ローカル飲食チェーン』(PHPビジネス新書)●書籍情報
強くてうまい! ローカル飲食チェーン
辰井裕紀 著
1,210円(本体価格1,100円)
PHPビジネス新書

子どもがまちづくりに積極的に参加する理由とは? 「SDGs未来都市」長崎県壱岐市の挑戦

長崎県壱岐市で暮らす人々は自分の子どもはもちろん、地域の子どもたちの活動に対してもとても興味関心が高いそうだ。それゆえ「SDGs未来都市」の取り組みの一員として子どもたちをしっかりと迎え入れ、独自性の高い活動を続けている。今回はその壱岐市を訪れて、どのような取り組みを行っているのか、そしてこれからを生きる壱岐市の子どもたちが何を感じ、どう行動しているのかを探ってきた。
可能性と課題が混在する壱岐市は「25年後の日本」の姿長崎空港から飛行機で30分、福岡市から高速船で1時間5分、美しい海、雄大な景色を満喫できる壱岐市(写真撮影/笠井鉄正)

長崎空港から飛行機で30分、福岡市から高速船で1時間5分、美しい海、雄大な景色を満喫できる壱岐市(写真撮影/笠井鉄正)

2015年9月、国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)。その達成へ向けて優れた取り組みを提案し、国から事業として選定された地方自治体が「SDGs未来都市」だ。2021年現在、国内のSDGs未来都市は124都市。2022年~2024年は毎年30都市程度を選定予定で、その数はさらに増加する。

つまり「SDGs未来都市」は国がそれだけ重視している事業なのだ。そのなかで長崎県壱岐市の取り組みは、「自治体SDGsモデル事業(2018年~)」にも選ばれ、SDGsに対して先導的な役割を果たしてきた。

壱岐市役所総務部SDGs未来課篠原一生(しのはら・いっせい)さんによると「壱岐市の人口は現在、約2万6000人です。気候は温暖で過ごしやすく、高速船に乗れば福岡県福岡市へ約1時間でアクセスできる便利な島なんです。全島に光ファイバー(光回線)が張り巡らされているので、今話題のワーケーションや二拠点生活の場にも適しています」。移住者からも注目を集めているそうだ。

ただ、同じくSDGs未来課の中村勇貴(なかむら・ゆうき)さんが「その一方で、少子高齢化が進み、基幹産業である1次産業の担い手は不足しているんですよね」と話すように、課題もある。「日本の25年後の姿」というのも壱岐市の横顔のひとつだ。

壱岐市役所総務部SDGs未来課の篠原一生さん。ワークスペース「フリーウィルスタジオ」の業務も担当している(写真撮影/笠井鉄正)

壱岐市役所総務部SDGs未来課の篠原一生さん。ワークスペース「フリーウィルスタジオ」の業務も担当している(写真撮影/笠井鉄正)

壱岐島内を案内してくださった壱岐市役所総務部SDGs未来課の中村勇貴さん。壱岐生まれの壱岐育ち(写真撮影/笠井鉄正)

壱岐島内を案内してくださった壱岐市役所総務部SDGs未来課の中村勇貴さん。壱岐生まれの壱岐育ち(写真撮影/笠井鉄正)

AIやIoTで壱岐市の課題を解決しながら、経済を発展させる

壱岐市の「自治体SDGsモデル事業」は「壱岐活き対話型社会『壱岐・粋・なSociety5.0』」と名付けられている。この事業には2つの柱があり、そのひとつは「先進技術を取り入れ、少子高齢化などの社会問題解決と、1次産業を中心とした経済発展を両立すること」である。

代表的な例はAIやIoTのチカラで課題を解決するスマート農業だ。壱岐市名産のアスパラ栽培の中で大変な作業の水やりをAIに管理させ、省人化と生産性向上を図っている。また、規格外アスパラをピエトロプロデュースの料理キットと一緒にWEBで販売して収益アップを目指しながら、食品ロスの問題解決にも着手。TOPPANと組んでECサイト用商品の開発を行っている。

ほかにもエネルギーの自給自足、高齢者の島内移動手段など課題は多い。島内の知恵・情報・人材には限りがあるため、外部の企業と手を取り合ってスピード感を高めているのが特長と言える。

「事業としてうまく進まない場合もあるが、行政も柔軟な姿勢を心がけ、めげずにトライ&エラーを続けられるのも壱岐市の強みですね」とSDGs未来課の篠原さん、中村さんは話す。

アスパラ栽培は水やりが命。かん水量・かん水時間・かん水頻度・土壌水分量・日射量・温度湿度などのデータを基にしてAIモデルを作成する(画像提供/壱岐市役所総務部SDGs未来課)

アスパラ栽培は水やりが命。かん水量・かん水時間・かん水頻度・土壌水分量・日射量・温度湿度などのデータを基にしてAIモデルを作成する(画像提供/壱岐市役所総務部SDGs未来課)

低塩分トラフグ陸上養殖事業(株式会社なかはら)では、再生可能エネルギーの活用に取り組む。太陽光発電で得た電力を活用して、水を電気分解し、酸素は水槽へ、水素はタンクに貯蔵。その後、水素と酸素を反応させて燃料電池で発電する仕組み(写真撮影/笠井鉄正)

低塩分トラフグ陸上養殖事業(株式会社なかはら)では、再生可能エネルギーの活用に取り組む。太陽光発電で得た電力を活用して、水を電気分解し、酸素は水槽へ、水素はタンクに貯蔵。その後、水素と酸素を反応させて燃料電池で発電する仕組み(写真撮影/笠井鉄正)

低塩分(地下水)で育てたトラフグは成長が早く、身も上質(写真撮影/笠井鉄正)

低塩分(地下水)で育てたトラフグは成長が早く、身も上質(写真撮影/笠井鉄正)

高校生、壱岐市の人々、島外者がつながり、イノベーションが起きる

「壱岐活き対話型社会『壱岐・粋・なSociety5.0』」のもうひとつの柱は、「現実・仮想においてさまざまな人や情報がつながることで、イノベーションが起こり続け、あらゆる課題に対応できるしなやかな社会をつくり、一人ひとりが快適で活躍できる社会をつくること」。すでにいくつかのプロジェクトが進行している。

そのなかでSUUMOジャーナルが特に注目したのは「壱岐なみらい創りプロジェクト」だ。東京大学OBを中心にイノベーション教育を全国に広げる団体「i.club(アイクラブ)」と壱岐市がタッグを組み、次代を担う高校生に対するイノベーション教育とみらい創りのための対話会を行っている。

その目的は、イノベーション教育を通して高校生やその周囲の人々の「地域に対する誇りや愛着」を醸成すること。それと同時に課題解決につながる高校生の「イノベーションアイデア」を創出することだ。さらに壱岐市内に「コミュニケーション・インフラ」を構築することも図る。

「壱岐なみらい創りプロジェクト」の対話会には高校生も多数参加。大人も高校生の意見に耳を傾けている(画像提供/壱岐市役所総務部SDGs未来課)

「壱岐なみらい創りプロジェクト」の対話会には高校生も多数参加。大人も高校生の意見に耳を傾けている(画像提供/壱岐市役所総務部SDGs未来課)

「壱岐なみらい創りプロジェクト」で対話を重ねることで、参加者たちは年齢を問わず自ら動き出す。そして周囲の壱岐市民、島外からの移住者や長期滞在者、また一周回って行政を巻き込んでいく。SDGsを「自分ごと」と捉えて、実行に移してマインドが少しずつ対話会で育まれていく。

ちなみに壱岐市は、郷ノ浦町・勝本町・芦辺町・石田町の4町が合併して2004年に誕生した。そのため旧4町の間にはまだボーダーラインが存在する。しかし最近、壱岐市にやってきた移住者たちはいい意味でボーダーラインを軽く超えていく。旧4町の潤滑油そして刺激になっているという。

壱岐で仕事を生み出す人や移住者、ワーケーション中の人が集まる「フリーウィルスタジオ」(写真撮影/笠井鉄正)

壱岐で仕事を生み出す人や移住者、ワーケーション中の人が集まる「フリーウィルスタジオ」(写真撮影/笠井鉄正)

「フリーウィルスタジオ」は今から2000年前に栄えた「一支国」の王都の遺跡「原の辻遺跡(国宝・国特別史跡)」の中にある。史跡の国宝の中で働けるのは、日本で唯一、壱岐だけだ(写真撮影/笠井鉄正)

「フリーウィルスタジオ」は今から2000年前に栄えた「一支国」の王都の遺跡「原の辻遺跡(国宝・国特別史跡)」の中にある。史跡の国宝の中で働けるのは、日本で唯一、壱岐だけだ(写真撮影/笠井鉄正)

高校生たちが考えた「食べてほしーる。」で食品ロスを削減したい!

このように進められている「壱岐なみらい創りプロジェクト」のなかの取り組みのひとつ「イノベーション・サマープログラム」で、壱岐高校の生徒と大学生のメンバー計8名で考案したものがある。それは賞味期限が間近の食品の購入を促すシール「食べてほしーる。」だ。

開発のきっかけは壱岐市内にあるスーパーマーケット「スーパーバリューイチヤマ」をメンバーが訪問したこと。賞味期限が切れた食品はまだ食べられる状態でも廃棄せざるを得ないという課題を掘り起こし、少しでも食品ロスを減らすための手段として「食べてほしーる。」を考案した。シールを貼ることで、賞味期限が近い商品から購入してもらうように促すという作戦だ。ただ、促すだけではすぐには浸透につながらなかった。

そこで「スーパーバリューイチヤマ」の店長はメンバーと同学年の生徒の父親でもあったので「子どもたちが頑張っているんだ。なんとか応援してあげたい!」と、「食べてほしーる。」にポイントを付与することを決定。啓蒙だけでなく、ポイント付与で顧客メリットを高めることでシールへの注目度もUPさせた。

壱岐高校の生徒が描いたイラストがかわいい「食べてほしーる。」。シールを貼るだけでなくスーパーのポイントをつけることで、興味を持ってくれるお客さんが増えた(写真撮影/笠井鉄正)

壱岐高校の生徒が描いたイラストがかわいい「食べてほしーる。」。シールを貼るだけでなくスーパーのポイントをつけることで、興味を持ってくれるお客さんが増えた(写真撮影/笠井鉄正)

「スーパーバリューいちやま」の寺田久(てらだ・ひさし)店長は自身の子どもと同級生でもあるメンバーたちの活動を「とにかく応援してあげたかった!」。シール印刷などのコストはかかるが現在も協力を続けている(写真撮影/笠井鉄正)

「スーパーバリューイチヤマ」の寺田久(てらだ・ひさし)店長は自身の子どもと同級生でもあるメンバーたちの活動を「とにかく応援してあげたかった!」。シール印刷などのコストはかかるが現在も協力を続けている(写真撮影/笠井鉄正)

この「食べてほしーる。」の活動は、壱岐高校ヒューマンハート部探求チームの後輩たちに引き継がれ、少しずつ壱岐市民の認知度もあがっている。また「食品ロス削減推進大賞」(消費者庁主催)で内閣府特命担当大臣賞に次ぐ消費者庁長官賞も受賞した。

「食べてほしーる。」は「SDGs未来都市」であり「島」だからできた活動?

2021年現在、「食べてほしーる」のメンバーだった高校生は島外へと進学し、大学生活を送っている。自炊用に自分で食材を購入するようになった今、賞味期限が近い食材に自然と手が伸びるという。

大学で知り合った友達に「食べてほしーる。」の話をするとほぼ全員から「そんな活動は体験したことがない」と言われるそうだ。自分たちの取り組みは「SDGs未来都市」の壱岐市だからできた貴重な機会だったと実感もしている。

2019年度に「食べてほしーる。」を考案した壱岐高校生は大学生となり島外で暮らしている。普段の暮らしのなかでも自然とSDGsを意識した行動をとっている(写真撮影/SUUMOジャーナル)

2019年度に「食べてほしーる。」を考案した壱岐高校生は大学生となり島外で暮らしている。普段の暮らしのなかでも自然とSDGsを意識した行動をとっている(写真撮影/SUUMOジャーナル)

ただ、都市に暮らす今、「壱岐市は『島』だし、のんびりしていて、人々が温かく、顔見知りも多い。それに大人たちは子どもの活動にすごく興味を持ってくれているので『食べてほしーる。』の活動が有効だったのかもしれない」とも感じている。

「スーパーバリューイチヤマ」も地元のスーパーだから、気軽に相談に乗ってくれた。大学生となったメンバーが現在住んでいる島外の街には、大規模なショッピングモールがある。地元のスーパーでなくても実現できるのか?と考える時もあるそうだ。

子どもから大人へ、小さな街から大きな都市へ、SDGsを伝える

だからといって学生たちは「食べてほしーる。」の可能性をあきらめているのではない。

これまで世の中の出来事の多くは、大きな都市から小さな街へと伝えられた。しかしこれからは、小さな街での出来事を大きな都市に発信していくことが、新しい発想や今までなかったアイデアを生み出すと考えている。

「利益にとらわれず、誰かのため、地球のため、行動を起こすこと。これがSDGsの基本にあります。だからむしろ、小さなコミュニティからスタートした方が行動を起こしやすいのかな」と学生たちは前を向いている。

先輩たちから「食べてほしーる。」の活動を引き継いだ4名のチーム。「食べてほしーる。」の認知度をいかに高め、地域の人々に気づいてもらえるかがこれからの課題(写真撮影/長崎県立壱岐高等学校 ヒューマンハート部探求チーム)

先輩たちから「食べてほしーる。」の活動を引き継いだ4名のチーム。「食べてほしーる。」の認知度をいかに高め、地域の人々に気づいてもらえるかがこれからの課題(写真撮影/長崎県立壱岐高等学校 ヒューマンハート部探求チーム)

今、壱岐市では「壱岐なみらい創りプロジェクト」のほかにも、中学校では環境ナッジ「住み続けたいまちづくり運動」、小学校では「海洋教育プロジェクト」、各小学校区で「まちづくり協議会」の設立と、自分たちが暮らす街とSDGsがクロスした学び・活動が繰り広げられている。

そして、子どもたちがその活動を家庭で話題にすることで、大人もSDGsへの興味を高めていることが、大人たちが子どもに高い関心を持つ壱岐市ならではの展開だと言えるだろう。市民全員がSDGsを「知っている」から「興味・関心を持っている」に変わる。それこそが最たるイノベーションだと感じられた。

今回、取材に加わったSUUMO編集長とリモートで対話する高校生たち。「壱岐のきれいな海を残したい」「ジェンダー差別について気になる」「動物の殺処分を減らしたい」など興味のある課題をそれぞれが持っていた(写真撮影/長崎県立壱岐高等学校 ヒューマンハート部探求チーム)

今回、取材に加わったSUUMO編集長とリモートで対話する高校生たち。「壱岐のきれいな海を残したい」「ジェンダー差別について気になる」「動物の殺処分を減らしたい」など興味のある課題をそれぞれが持っていた(写真撮影/長崎県立壱岐高等学校 ヒューマンハート部探求チーム)

高校生・大学生へのインタビューでは「親や祖父母はSDGsという名称は知っているけれど、その中身には興味がなさそう」「SDGsはみんなのためにあるものなのに、壱岐市にとってのメリットが基準になっている大人もいる」などのジレンマともいえる言葉も聞こえた。裏を返せばこれは未来の主役でありSDGsの担い手である子どもたちが、想像以上にしっかりとSDGsを見つめているということ。壱岐市の子どもたちは、高校卒業後に島を離れる割合が高いが、どこにいようとも壱岐市で体感したSDGsを伝える存在になってくれることだろう。

●取材協力
・長崎県 壱岐市役所総務部SDGs未来課
・一般社団法人 壱岐みらい創りサイト
・長崎県壱岐市 壱岐-粋-なSociety 5.0パビリオン(welcomeページ公開中/2021年8月27日本公開予定)

日本は「プラスチック大国」。海洋プラスチックごみは本当は何が問題なのか? 最新事情を聞いてみた

「海洋プラスチックごみ」問題の国際的な動向に合わせ、2020年7月からレジ袋の有料化がスタート。SDGsにも「海の豊かさを守ろう」の目標があり、ここ数年特に関心が高まっています。
そもそも、海洋プラスチックごみをめぐる問題や、レジ袋有料化から1年たった現在の現状、日本での取り組みは、どうなっているのでしょうか。海のごみ問題の解決に向けて活動する一般社団法人JEAN(ジーン)の小島あずささんと吉野美子さんに話を伺いました。

世界的に高まる「海洋プラスチックごみ」への問題意識

「海洋プラスチックごみ」とは、地上から海に流れ出たプラスチックのごみのこと。「G7エルマウ・サミット」(2015年6月)でG7サミットとして初めて世界中で向き合うべき課題として取り上げられ、その後、実効的なアクションを取らなければ2050年までに魚の量を上回ると警鐘を鳴らした「世界経済フォーラム」(2016年1月)、2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにすることを共有した「G20大阪・サミット」(2019年6月)など、近年、国際枠組みへの議論が高まっています。

「こうして聞くと最近の問題のようですが、決してそうではありません。プラスチックが生まれた100年以上前から始まっていたのです」と話すのは、30年以上、海洋ごみ問題の解決のためにさまざまな取り組みを行ってきた一般社団法人JEANの小島あずささんと吉野美子さんです。

小島あずささん(左)と吉野美子さん(右)。小島さんは友人と日本で初めてのエコバッグをつくったのを機に本格的に活動をスタート。吉野さんは川の環境に関する活動をしていたことがきっかけでこの仕事を始めました(写真提供/一般社団法人JEAN )

小島あずささん(左)と吉野美子さん(右)。小島さんは友人と日本で初めてのエコバッグをつくったのを機に本格的に活動をスタート。吉野さんは川の環境に関する活動をしていたことがきっかけでこの仕事を始めました(写真提供/一般社団法人JEAN )

「プラスチックに関係なく、『海のごみ』問題は昔からあったのですが、『海岸の景色を台無しにしている』『拾えばなんとかなる』としか見られていませんでした。その傍らで1900年代のはじめに世界初のプラスチック『フェノール樹脂』が誕生。安価で成形しやすい夢の物質として先進国を筆頭に技術開発がされ、たくさんの種類と量が市場に出回るように。人々が使い捨てることで、ごみが一気に増えていきました。そんななか、約10年前から『マイクロプラスチック』が人体や環境に影響があるのではと懸念されるようになり、研究者たちが注目し始めたんです」(小島さん)

生活の場から意図せず海に流出するプラスチックの現状

マイクロプラスチックとは直径5mm以下の微小なプラスチックのことで、もとから小さくつくられ、洗顔料や歯磨き・化粧品・柔軟剤などに含まれる「一次マイクロプラスチック」のほか、プラスチックごみが劣化して砕けた「二次マイクロプラスチック」があります。プラスチックは自然に還ることはないため、いったん、処理されずに環境中に出ると、空気中や海洋中に漂い、半永久的に蓄積するといわれています。

「マイクロプラスチック」は北極や南極でも観測されていて、2020年、オーストラリアの研究者が「世界の深海の底に推定1400万トン以上、堆積している」と発表しました(写真/PIXTA)

「マイクロプラスチック」は北極や南極でも観測されていて、2020年、オーストラリアの研究者が「世界の深海の底に推定1400万トン以上、堆積している」と発表しました(写真/PIXTA)

「グラウンドやショッピングモール、玄関マットなどで使われる『人工芝』は、足でこすれて千切れてしまうと、雨風で移動してごみになっていきます。靴底や自動車のタイヤなどは摩耗すると『マイクロプラスチック』に。駐車場などに置きっぱなしになったカラーコーンの欠片が雨風にさらされて川に流出することもあります。
また、区市町村のルールを守ってごみを出しても、カラスに散らかされることがあるでしょう。道で前を歩いている人が、ポケットやバッグから何かを取り出すときに一緒にしまってあった飴の空き袋などを落とすのを見たことはありませんか。

このように、私たちの暮らしから意図しないプラスチック散乱ごみが生まれているんです。

1人が出す量は少なくても、これが10人・1000人・日本・世界まで広がり、さらに何十年も続いてきたのを考えれば、とてつもなく大量だと分かるはずです」(吉野さん)

私たちが日常で“燃えるごみ”“燃えないごみ”等と仕分けて集積場に出すものについては各自治体で処理されます。しかし、ごみとなるプラスチックが存在する限り、どうしても“意図しない散乱ごみ”は生まれてしまいます。

「道路の排水用の側溝には、タバコの吸い殻など道端のごみも雨に流されて入り込みますが、下水道の方式によっては処理場を通らずそのまま川に放流されます。汚水と合流して下水処理場を通る方式でも、流量が増える大雨のときには、処理場の能力を超える分の下水は手前でオーバーフローさせて直接川に流す仕組みになっていますので、ごみも一緒に川から海へということになります」(吉野さん)

日本の海辺で多いのは、国内のごみ。日本のごみが海流に乗って北西ハワイなどを経て北米西海岸の方へと流れていき、数年後に南太平洋の島に流れ着くということも(写真/PIXTA)

日本の海辺で多いのは、国内のごみ。日本のごみが海流に乗って北西ハワイなどを経て北米西海岸の方へと流れていき、数年後に南太平洋の島に流れ着くということも(写真/PIXTA)

便利な生活の果てに出たプラスチックごみが、たくさんの生物を傷つけている

2019年3月、フィリピンの海岸にクジラが打ち上げられ、胃から40キロものビニール袋が見つかったニュースが記憶に残っている人もいると思います。「日常生活から出た意図しないごみが『海洋プラスチックごみ』になっていることを考えると、遠く海外のクジラのお腹から見つかったプラスチックの破片が、自分に関係あるものではないと誰も言えない」と吉野さんは話します。

ある研究者の推計によると海洋に出るプラスチックごみは年間800万~1300万tともいわれていて、汚染は深刻。前述のクジラの事例だけでなく、海鳥がエサと間違えてライターやペットボトルのフタを飲み込んだり、漁網にウミガメが絡まったり、魚のお腹から「マイクロプラスチック」が見つかったりしています。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「ウミガメが漁網に絡まって死んでしまうこともあるんです。海で使う道具類もすっかり天然材料からプラスチックに置きかわりました。一度、絡まると簡単には外れません。アザラシも海洋プラスチックごみが原因で死んでしまうこともあります。実は1960年代から一部の研究者の間でこうした被害の報告があったんです。注目されなかった月日を『失われた50年』と受け止めています」(小島さん)

「海洋プラスチック」は私たちの健康にも悪影響を及ぼす可能性があるといいます。プラスチックにはもともと化学物質が添加されていることもありますし、後から吸着する性質もあり、マイクロプラスチックを誤飲した生き物を経て、化学物質も人体にめぐってくることになるといわれています。

大切なのは無駄な消費を減らし、長く使えるものを熟考して買うこと

お二人は「レジ袋有料化は海外に比べれば遅まきの政策でしたが、人々の意識を変えるきっかけをつくった一面はあるのでは」と言います。この“意図しないプラスチックごみの散乱”が日常にあふれている状況を変えるには「シンプルにプラスチックの“消費”を減らすことが大切」と小島さんが言うように、レジ袋の有料化はプラスチックの絶対数を減らし、プラスチックの使い方への関心を高めていく意味では、長い目で見たときに有効な効果を発揮していくように思えます。有料化から4カ月経った11月時点では、環境省や経産省が行ったWEB調査で「1週間、レジ袋をつかわない人」が3割から7割に増加したというデータも。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

レジ袋に限らず、「便利だからと使い捨てしないことも必要です。長く大切にできるものを選びたいですね」と小島さんは続けます。

また、プラスチック製品といえば、「竹ストロー」や「蜜蝋ラップ」といった代替品もありますが、小島さんと吉野さんは、そもそも「使わない派」なのだそう。なるほど、代替品を探すのではなく、使わないというのも選択肢です。

「飲みものはストローなしで飲める場合も結構ありますし、残った食べものはフタつきの耐熱ガラス容器に入れておくと温めなおしてそのまま食卓にも出せますし、食べ切ってしまえばラップをかけてしまう必要はありません。完ぺきを目指すと窮屈になるので、『こうすれば必要なくなる』というのをゲーム感覚で探すと面白いのではと思います」(吉野さん)

日本と海外の意識の違いに目を向け、これからのあり方を考える

日本は世界に類を見ない“プラスチック大国”。
「街の至るところに自動販売機やコンビニがあるのは日本ぐらい。袋の中でわざわざ個包装されたお菓子は、そうした習慣のない海外の人からは不思議な光景にさえ見えるでしょう」(吉野さん)

「『海洋プラスチックごみ』問題は世界共通ですが、日本は新しい素材によってどれほどごみが生まれ、どう処理していくかを、予防原則にのっとって考えてこなかったのではと思います。
このような状況で、日本は年間約150万トンもの廃プラスチックを再生材料として海外に輸出していましたが、2017年に主な輸出先だった中国が輸入制限を打ち出し、廃プラスチックの行き先が大きく狭まりました。急ぎ対応を迫られるなか、同じように廃プラスチックを輸出していた先進各国の中で、EUがいち早く『サーキュラー・エコノミー(循環型経済)におけるEUプラスチック戦略』を発表しました」(小島さん)

アメリカの環境NGOが主宰する活動を契機に始まったJEAN。世界中で一斉に展開される国際海岸クリーンアップを日本で取りまとめています。海のごみには食品の包装・容器類がとても多いそう(写真提供/一般社団法人JEAN)

アメリカの環境NGOが主宰する活動を契機に始まったJEAN。世界中で一斉に展開される国際海岸クリーンアップを日本で取りまとめています。海のごみには食品の包装・容器類がとても多いそう(写真提供/一般社団法人JEAN)

EUでは企業が製品開発をする際にそもそも地球に負荷をかけないという視点で開発が行われており、消費者も、商品が環境配慮がされているものであるという点に魅力を感じるといいます。

「日本でも企業はほとんどが何らかの形で海外との接点をもっていますので、プラスチックに関しては企業活動の基準を国際基準にシフトすることはいまや必然です。使用量の削減、品質を低下させない水平リサイクル、使い捨てにしないことと温室効果ガス排出削減とを両立させるリサイクルの実用化など、今まで脇に置いてきたことに対し、企業は枠を超えた挑戦を始めています」(吉野さん)
「JEANが行う講義やワークショップにも、『自分たちの問題』と石油・プラスチック系の企業から申し込みをいただくこともあります。最近では、同業他社が連携してSDGsに取り組むことも増えています。産業界全体でSDGsの気運が高まっていて、旧来のあり方から脱却しはじめているといえそうです」(小島さん)

JEANでは小中高の学校や大学のほか、自治体や企業から依頼を受けて海洋ごみ問題についての講義・ワークショップ・海辺のクリーンアップを実施。とくに子どもからは活発な意見が聞かれます。写真は国際海岸クリーンアップのごみ調査(写真提供/一般社団法人JEAN)

JEANでは小中高の学校や大学のほか、自治体や企業から依頼を受けて海洋ごみ問題についての講義・ワークショップ・海辺のクリーンアップを実施。とくに子どもからは活発な意見が聞かれます。写真は国際海岸クリーンアップのごみ調査(写真提供/一般社団法人JEAN)

レジ袋有料化、環境に配慮した商品開発、SDGsの気運の高まり……少しずつ海洋プラスチックごみをめぐる状況は変化しつつあります。そうしたなかで吉野さんは、プラスチックの代替品として注目を浴びている多種多様な「生分解性プラスチック」は、何に使うかを注意深く見極める必要がありそうだと言います。「分解までの間の環境負荷はなくならないのに、分解するからポイ捨て可になってしまった失敗例もありますし、リサイクル可能な分解しないプラスチックとの混在は双方に不利になります。ごみになってからの分別や、種別の回収処理ルートは誰が担うのでしょう。何より根本の問題が解決しないまま『使い捨て』に頼り続けるのは、本末転倒だと思うのです」。対策として打ち出したものが、新たな環境汚染につながる可能性を秘めている。一つ一つ、慎重に選択肢を選び取っていく必要がありそうです。

先のことまで考えてものを買うこと・無駄に使っているものを見直すことは、少し面倒に見えますが、日本が便利さに甘え忘れていた本来のあり方といえるでしょう。小島さんと吉野さんのお話は、私たちが見過ごしてきたことへの戒めと、シンプルで心地よい暮らしへのメッセージのようでした。

●取材協力
一般社団法人 JEAN

「3Dプリンターの家」2021年最新事情! ついにオランダで賃貸スタート、日本も実用化が進む

以前、3Dプリンターの家づくりが進んでいるという記事をご紹介した。あれから2年。今年4月にオランダで世界初の3Dプリンターハウスの賃貸住宅が登場し、入居者が決まったというニュースが飛び込んできた。手掛けたのはオランダの不動産管理会社Vesteda(ヴェステダ)で、94平米、2LDKの平屋の家賃は、月800ユーロ(約10万円)から。
ほかにも、米国では3Dプリンターで建設した建売住宅が登場したり、コミュニティ(複数戸の住宅から成る小さな共同体)が続々と登場したりしているという。Vestedaの担当者と、この分野に詳しい建設ITジャーナリストの家入龍太さんにも3Dプリンターハウスの最新事情を聞いた。

目指すは3Dプリンターのコミュニティ! オランダの英知を集めた共同プロジェクト

オランダといえば、3Dプリンター先進国のひとつ。前回は政府が積極的に3Dプリンター技術を採用しようと資金面の補助を行い、橋づくりが盛んに行われていることに触れた。
今回ご紹介する3Dプリンターの賃貸住宅を手掛けた不動産管理会社Vestedaは、公的資金である年金貯蓄や保険料を、サステナブル(持続可能)なオランダの住宅用不動産に投資している民間企業。

SUUMOジャーナルの取材にオランダから応じてくれたVesteda社のステファン・デ・ビーさん(撮影/寺町幸枝)

SUUMOジャーナルの取材にオランダから応じてくれたVesteda社のステファン・デ・ビーさん(撮影/寺町幸枝)

「オランダの先進技術で、サステナブルで、手ごろに提供できる住宅環境を世界に提案していきたいと考えています。私たちが目指すのは、最新技術により、廃棄物を減らし、より手ごろな価格の住宅を実現することです。その住宅の完成形として、全5戸から成る3Dプリンターハウスのコミュニティづくりをつくることにしました。今回完成したのは記念すべき第1戸目です。この『プロジェクト・マイルストーン』では、自治体や大学、民間企業などと連携して取り組んでいきます」と話すのは、この共同イノベーションプロジェクトの旗振り役である、同社のサステナビリティ担当者のステファン・デ・ビーさん。

プロジェクトメンバーは、今回の3Dプリンターハウスが建てられたMunicipality of Eindhoven(アイントホーフェン市)、先端技術を研究するEindhoven University of Technology(アイントホーフェン工科大学)、建設会社のVan Wijnen(ヴァンウィーネン)、材料会社のSaint-Gobain Weber Beamix(サンゴバン・ウェーバー・ビーミックス)、エンジニアリング会社のWitteveen + Bos(ウィットヴェーン+ボス)。

3Dプリンターハウスは多くのSDGsの可能性を秘めている

今回完成した1戸目は、全てのパーツを工場でつくり、建築現場で組み立て作業を行った。しかし今後は少しずつ「オンサイト(現場)」での作業へシフトし、最終的な5戸目の家は、必要な機材を持ち込み、パーツの作成から組み立てまですべての工程を“現場で”建てる予定だという。

未来を感じさせる3Dプリンターハウスのフォルム。今回完成した住宅は94平米、2LDKの平屋で、月800ユーロ(約10万円)から(画像提供/Vestas、写真撮影/Bart van Overbeeke Fotografie)

未来を感じさせる3Dプリンターハウスのフォルム。今回完成した住宅は94平米、2LDKの平屋で、月800ユーロ(約10万円)から(画像提供/Vestas、写真撮影/Bart van Overbeeke Fotografie)

「3Dプリンターを使って家のパーツをつくるためにかかる時間は、合計で120時間(5日間)ほどです。3Dプリンターハウスの魅力は、曲線を描けるなどのデザイン面での<自由度>と、材料の無駄が出にくいことです。サステナビリティを追求した住宅として、3Dプリンターハウスにはたくさんの新しい可能性が秘められています」(デ・ビーさん)

さらに今回使用されたセメントは、3Dプリンターハウスのために特別に開発されたもので、従来のセメントよりもCO2排出量を削減することができるという。

建築基準が厳しい“オランダクオリティ”、海外輸出も視野

たった5日ほどの建築期間だが、耐久面や快適性、機能性はどうなのだろうか。
「オランダの建築基準は世界的に見ても非常に厳しい。この3Dプリンターハウスも、もちろん全ての基準を満たしています」とデ・ビーさん。

たった5日でできあがったとは思えないほど美しい仕上がり。オランダの厳しい建築基準もクリアしている(画像提供/Vestas、写真撮影/Bart van Overbeeke Fotografie)

たった5日でできあがったとは思えないほど美しい仕上がり。オランダの厳しい建築基準もクリアしている(画像提供/Vestas、写真撮影/Bart van Overbeeke Fotografie)

今回完成した家は、今年8月から賃貸住宅として6カ月間の試住が始まる。一般公募から選ばれたのはリタイアしたカップルで、一戸建てやマンションなどいろんなタイプの住宅に住んできた経験をふまえ、住み心地のフィードバックが期待されている。その結果を、今後の3Dプリンターハウスに反映していくとのことだ。ちなみに4月下旬にすでに渡されているカギは“アプリ”だという。

来年5月までに2戸、2025年までに全5戸の建築を目指す。2戸目は2階建てになる予定。今後、さらに価格を抑えるための素材や技術の研究が続けられ、プロジェクトを通して確立された技術とノウハウは、オランダ国内だけでなく、特に住環境の厳しい日本やシンガポールといった海外への輸出も視野に入れているそうだ。

基礎工事を行ったあと、あらかじめ作成したいくつかのパーツを現場に持ち込んで3Dプリンターで溶接するように接合し、家をつくりあげていく。5日間で本体工事まで終了。あとは電気工事や内装工事などを加えれば、すぐに住むことができる

日本でもコロナ禍で実用化が加速

一方、建設ITジャーナリストの家入龍太さんによれば、日本でも3Dプリンターを利用した建築物の実用例が続々と登場しているという。

例えば、北海道札幌市では市の基準に沿って建設された公共トイレが、オランダ製の大型3Dプリンターを用いてつくられた。またインド輸出用として3Dプリンターならではの曲線美を利用した「ハイテク型トイレ」の生産も進んでいるという。

家入さんは、「コロナ禍で、ますます3Dプリンターのニーズが高まり、導入が進むだろう」と話す(写真提供/株式会社建設ITワールド)

家入さんは、「コロナ禍で、ますます3Dプリンターのニーズが高まり、導入が進むだろう」と話す(写真提供/株式会社建設ITワールド)

さらに、ゼネコン各社は本格的に建造物への3Dプリンター製のパーツの導入を進めている。清水建設が都内の「(仮称)豊洲六丁目4-2・3街区プロジェクト」で使用した埋設型の枠はその一例だ。家入さんは「建築業界では、より人手不足が厳しくなるうえ、このコロナ禍で“3密を避ける”必要が出てきました。そのため、現場作業のテレワーク化や、機械による部品生産というイノベーションが進んでいるのです」と話す。

3Dプリンターをオートメーション部品として組み合わせた工場用のロボットの導入も進んでいる。例えば、溶接アームにコンクリートノズルをつけるだけで、3Dプリンター機能を持つロボが完成するのだ。「(設備投資の面で)導入しやすい価格のものが出てきたうえ、質も担保できる製品がつくれるようになった」と家入さん。日本の建築業界における3Dプリンター研究もいよいよ加速度を増し、実用化はさらに進みそうだ。

また、日本で始めての国内の住宅基準を満たした3Dプリンター製の住宅づくりに取り組む企業も登場している。2021年12月には日本初の3Dプリンター住宅が完成する計画で、2022年には30坪300万円で2階建ての住宅デザインも既に意匠出願済とのこと。

セレンディクスパートナーズ株式会社が、兵庫県を拠点に3Dプリンターで30坪300万円の住宅をつくる「Sphere(スフィア)プロジェクト」が2019年12月からスタート(写真/セレンディクスパートナーズ © Clouds Architecture Office)

セレンディクスパートナーズ株式会社が、兵庫県を拠点に3Dプリンターで30坪300万円の住宅をつくる「Sphere(スフィア)プロジェクト」が2019年12月からスタート(写真/セレンディクスパートナーズ © Clouds Architecture Office)

「私たちは住み心地の良い家を追求しています。それを3Dプリンターでつくっただけ」というデ・ビーさんの言葉が印象に残っている。

特に災害の多い日本では、現状では3Dプリンターの家に対して耐久面や機能面を不安視する声も少なくない。しかし、それらを担保できるだけの技術が進歩した暁には、「住み心地さ」や「自分らしい暮らしのデザインができる」家として、3Dプリンターハウスが積極的に選ばれていく時代が訪れるかもしれない。

3Dプリンターハウスの未来への期待は増すばかりだ。

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●取材協力
・Vesteda 
・セレンディクスパートナーズ

建築ITジャーナリスト・家入龍太(いえいり・りゅうた)
BIM/CIMやロボット、AIなどの導入により、生産性向上、地球環境保全、国際化といった建設業が抱える経営課題を解決するための情報を「一歩先の視点」で発信し続ける建設ITジャーナリスト。新しいことへのチャレンジを「ほめて伸ばす」のがモットー。公式サイト「建設ITワールド」を中心に積極的に情報発信を行っている。「年中無休・24時間受付」の精神で、建設・IT・経営に関する記事の執筆や講演、コンサルティングなどを行っている。
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