中古マンションをリノベーションでZEH水準に!買取再販物件の広告では初の「省エネ性能ラベル」を表示

2024年4月から、新築住宅などを広告する際に「省エネ性能ラベル」を表示する制度がスタートした。新築住宅および事業者が再販売などをするリノベ物件に対して、ラベルの表示を努力義務としている。すでに、新築住宅ではSUUMOなどのポータルサイトでも、省エネ性能ラベルの表示をしている事例が増えているが、リノベ物件でも表示する事例が登場している。

【今週の住活トピック】
積水化学工業とリノベるが協業するすべての ZEH 水準リノベ物件にて「省エネ性能ラベル」の表示をスタート

2024年4月から努力義務となった「省エネ性能ラベル」とは?

「省エネ性能ラベル」の目的は、「販売・賃貸事業者が建築物の省エネ性能を広告などに表示することで、消費者が建築物を購入・賃借する際に、省エネ性能の把握や比較ができるようにする」ためだ。

例えば、家電製品を買おうとするときに販売店に行くと、パンフレットや店頭商品に、省エネ性能が★の数などで表示されるラベルが掲示されている。同じように、新築住宅やリノベ物件を販売するか賃貸するときに、その事業者が省エネ性能表示ラベルを掲示することで、住宅の検討者が省エネ性を比較しやすいようになる。

住宅の省エネ性能表示ラベルの特徴は、次の3つを表示して性能の違いが分かるようになっていることだ。
(1)エネルギー消費性能が星の数で分かる
(2)断熱性能が数字で分かる
(3)目安光熱費が金額で分かる (任意項目なので表示されない場合もある)

このほか、太陽光発電などの「再エネ設備の有無」と「ZEH水準」、「ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー)」に該当するかが表示される。

住宅の省エネ性能ラベルについては、このサイトの「2024年4月スタートの新制度は、住宅の省エネ性能を★の数で表示。不動産ポータルサイトでも省エネ性能ラベル表示が必須に!?」に詳しく説明しているので、合わせて見てほしい。

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

また、「省エネ性能ラベル」が表示されている物件は、合わせて「エネルギー消費性能の評価書」が発行される。この評価書は、省エネ性能ラベルの内容を詳しく解説した書類だ。

「ZEH水準」と「ZEH」の違いは?

積水化学工業とリノベるが協業するのは、「ZEH 水準リノベ」だ。また、省エネ性能ラベルにも、ZEH水準やZEHのチェック欄がある。では、どこが違うのだろうか?

ZEH(ゼッチ)は、Net Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)を略した呼び方で、住宅で消費するエネルギーをゼロにしようというものだ。そのためには、(1)住宅の骨格となる部分を断熱化して、エネルギーを極力使わないようにし、(2)給湯や冷暖房などの設備を高効率化して、エネルギーを効率的に使う。ただし、消費するエネルギーをプラスマイナスゼロにするには、(3)太陽光発電設備などでエネルギーをつくり、消費したエネルギーを補う必要がある。

ところが、太陽光発電設備については、雪国では太陽光を十分に得られなかったり、マンションなどの高層住宅では、戸数が多いわりに屋上の面積が広くなくて、必要な数の太陽光発電設備を設置できないといった制約を受ける。

「ZEH水準」は、地域や住宅の形状によって制約を受ける(3)の再エネ設備を必須としない基準で、(1)と(2)については、住宅性能表示制度の「断熱等性能等級5」かつ「一次エネルギー消費量等級6」という基準を設けたものだ。

既存のマンションでZEH水準のリノベーションを実現

このように、政府は住宅の省エネ化を加速させている。2025年4月にすべての新築住宅で、現行の省エネ基準の適合を義務化するとともに、その省エネ基準を遅くとも2030年までには「ZEH水準」に引き上げようとしている。

一方で、既存のマンションの多くは現行の省エネ基準の水準を満たしておらず、それをZEH水準にまで引き上げるのはハードルが高いと思われてきた。ところが、いくつかの事業者が、既存マンションのZEH水準リノベを実現するようになってきた。

今回の積水化学工業とリノベるの協業もそのひとつで、どうやってZEH水準にリノベーションをするかは、当サイトの「既存のマンションでもZEH水準にリノベが可能に!?国が推進する省エネ性能「ZEH水準」についても詳しく解説」で紹介している。

両社によるZEH水準リノベの省エネ性能ラベルの表示、第1号が「東急ドエル・アルス千住」だ。

「省エネ性能ラベル」の発行・表示1号案件「東急ドエル・アルス千住」 

「省エネ性能ラベル」の発行・表示1号案件「東急ドエル・アルス千住」 

不動産ポータルサイトでも「省エネ性能ラベル」を表示

この制度のスタートに合わせて、主要な不動産ポータルサイトでも、省エネ性能ラベルの表示ができるようになっている。今回の物件についても、例えばSUUMOでは次のように表示されている。

「SUUMO」に表示された、東急ドエル・アルス千住の省エネ性能ラベル(2024年4月25日時点)

「SUUMO」に表示された、東急ドエル・アルス千住の省エネ性能ラベル(2024年4月25日時点)

なお、「ネット・ゼロ・エネルギー」にチェックがついているが、厳密にいうと「ネット・ゼロ・エネルギー」ではなく、「ZEH Oriented」であると記載されている。

国土交通省の「建築物省エネ法に基づく建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度 ガイドライン」では、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)について、「ZEH 水準以上の省エネ性能を有し、さらに再生可能エネルギーなどの導入により、年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロとすることを目指した住宅について、その削減量に応じて、(1)『ZEH』(100%以上削減=ネット・ゼロ)、(2)Nearly ZEH(75%以上100%未満削減)、(3)ZEH Oriented(再生可能エネルギー導入なし)」と、定義されている。

なお、マンションの住棟に関するラベルでは、ZEH-M、Nearly ZEH-M(75%以上100%未満削減)、ZEH-M Ready(50%以上75%未満削減)、ZEH-M Oriented(再生可能エネルギー導入なし)の4種類になる。

この物件は、(3)ZEH Orientedを満たす住宅であり、かつ、自社による「自己評価」ではなく、「第三者評価※」を取得して、第三者評価機関からZEH水準よりも高い性能を有することが確認できた場合という条件を満たしたことで、「ネット・ゼロ・エネルギー」にチェックがついている。

※第三者評価機関が、省エネルギー性能に特化した評価・表示制度である「BELS(ベルス)」を使って評価するもの。

一般ユーザーには、理解が難しいところなので、販売している事業者に詳細を確認しよう。

平成30年(2018年)の総務省「住宅・土地統計調査」で、全国の住宅総数(持ち家、借家、空き家含む)は約6241万戸とデータがある。その大半が現行の省エネ基準を満たしていない一方、新築住宅の省エネ性能はZEH水準に向かっている。性能格差は広がるばかりだが、既存の住宅でもZEH水準への改修が進めば、良質な住宅ストックになっていく。健康で快適な暮らしにもつながるものなので、さらなる増加に期待したい。

●関連サイト
積水化学工業とリノベるが既存マンションのZEH水準リノベーションを提供開始

国土交通省の令和6年度予算要求、住宅施策は何が変わる?施策概要を解説

国土交通省が令和6年度予算の概算要求の概要を公表した。まだ要求した段階で決定したものではないが、国土交通省がどんなことに力を入れようとしているのかが分かる。その中から、住宅に関することをピックアップして、見ていくこととしよう。

【今週の住活トピック】
令和6年度予算概算要求概要等を公表/国土交通省

新築・既存住宅の省エネ化の推進や中古住宅流通・リフォーム市場の活性化などに予算を充てる

国土交通省の令和6年度の予算では、(1)「国民の安全・安心の確保」、(2)「持続的な経済成長の実現」、(3)「個性をいかした地域づくりと分散型国づくり」に重点を置いている。

(1)「国民の安全・安心の確保」では、自然災害の激甚化・頻発化に対応する強靭な国土づくりを掲げている。住宅関連について見ると、以前から行っている「密集市街地対策や住宅・建築物の耐震化」や近年多く発生している土砂崩れの要因ともなる「盛土の安全確保対策」を推進するとしている。

(2)「持続的な経済成長の実現」における住宅関連の主眼は、「ZEH・ZEBの普及や木材活用、ストックの省エネ化など住宅・建築物の省エネ対策等の強化」となる。また、住宅にも関係がある、建設業の「2024年問題※」の解決に向けた支援をするとしている。
※2024年4月から時間外労働の上限規制が建設業に適用されることで、さまざまな影響が生じること

(3)「個性をいかした地域づくりと分散型国づくり」では、「多様な世帯が安心して暮らせる住宅セーフティネット機能の強化」や「既存住宅流通・リフォーム市場の活性化」が住宅関連の項目と言えるだろう。加えて、「空き家対策、所有者不明土地等対策及び適正な土地利用等の促進」や「地方への人の流れを創出する移住等の促進」もテーマに掲げている。

また、岸田政権はこども・子育て政策に力を入れていることから、「こどもまんなかまちづくり」を推進するとして、「子育て世帯等に対する住宅支援の強化」や「通学路等の交通安全対策の推進」にも予算を充てるとしている。

こども・子育てへの支援内容とは?

次に、具体的な支援内容について、国土交通省住宅局の予算概算要求概要で見ていこう。詳しく見ると、おおむね継続または拡充となっているので、2023年度の支援策が2024年度にも継続され、一部の内容が見直されるということになりそうだ。

子育て世帯等に対する住宅取得支援の強化としては、「【フラット35】の金利引き下げ」が挙がっている。これは、【フラット35】のなかでも、「【フラット35】地域連携型」によるもの。地域連携型とは、地方公共団体がそれぞれ該当する住宅取得に関する補助金などの財政的支援を行っている場合に、併せて【フラット35】の金利を引き下げるもの。つまり前提として、地方公共団体が子育て支援策を設けている場合に限られる。残念ながら東京都は、首都圏でも神奈川県や千葉県に比べると子育て支援をしている区市が少なく、2023年4月時点の資料によると、台東区、墨田区、福生市、多摩市、奥多摩町となっている。

【フラット35】の金利引き下げ制度については、2023年4月に見直しが図られた。地域連携型で「子育て支援」と「空き家対策」については、返済当初10年間、0.25%の金利を引き下げる形になっている。また、【フラット35】地方移住支援型では、当初10年間、0.3%の金利引き下げとなる。省エネ性の高い住宅の場合に金利を引き下げる「【フラット35】S」などと組み合わせると、さらに金利が引き下げられる仕組みだ。これらは、2023年度の制度なので、2024年度も予算をつけて継続すると考えられる。金利の引き下げ幅については、2024年度でどうなるか見守りたい。

また、「子育て支援型共同住宅推進事業」という補助制度もある。マンションなどの共同住宅で、子どもの安全・安心や快適な子育て等に配慮した改修などを行った場合に補助金を出す事業だ。今住んでいる分譲マンションの住戸で、子育て中の区分所有者などが、条件に該当するリフォームを行うと、2023年度の場合は、補助対象事業費の3分の1までで上限100万円の補助金が交付される。2024年度は、この補助制度を拡充する予算を要求している。

子育て支援型共同住宅推進事業の拡充を要求(現行制度の概要)/令和6年度「住宅局関係予算概要要求概要:国土交通省住宅局」より抜粋

子育て支援型共同住宅推進事業の拡充を要求(現行制度の概要)/令和6年度「住宅局関係予算概算要求概要:国土交通省住宅局」より抜粋

住宅のリフォームへの支援策とは?

住宅のリフォームに関する補助金の制度もいくつかある。省エネリフォームや長期優良住宅化リフォームについての支援制度などだ。

たとえば「住宅エコリフォーム推進事業」では、省エネ診断や省エネ設計、省エネ改修(または建て替え)の費用に対して、上限枠まで補助金が交付される。2023年度の事業では、省エネ基準適合レベルなら30万円(交付対象費用の4割まで)、ZEHレベルなら70万円(交付対象費用の8割まで)を限度に補助金が交付されるものだったが、すでに予算枠に達してしまい受付を終了している。2024年度の予算要求では拡充となっているので、より多くの件数に対応できるように予算枠を増やす考えなのだろう。

また、「長期優良住宅化リフォーム推進事業」では、所定のリフォームを行った場合に、工事費用の3分の1を限度に、100万円(長期優良住宅(増改築)認定を取得する場合は200万円)まで補助金が交付される。ただし、若者・子育て世帯が工事を実施する場合や既存住宅を購入して工事を実施する場合などでは上限額が50万円加算される。この事業については、2024年度に継続する予算要求をしている。

長期優良住宅化リフォーム推進事業の継続を要求(現行制度の概要)

長期優良住宅化リフォーム推進事業の継続を要求(現行制度の概要)

対象が限られたり、申請や受領が事業者となったりするものも含めて、補助金などの支援策はほかにも数多くあり、継続や延長、拡充などの予算要求がされている。

なお、令和6年度予算概算要求概要の公表と同時に、令和6年度国土交通省税制改正要望事項についても公表されている。税制改正要望についても、期限切れを迎える減税制度の延長が多いが、住宅のリフォームに関する減税制度で、現行の「耐震」「バリアフリー」「省エネ」「三世代同居」「長期優良住宅化」のリフォームに加え、「子育て対応」に関するリフォームを加えるように要望している。

2024年度のこども・子育て政策については、目新しいものはないが、地道に予算や税制の要望をしているという印象を受けた。

●関連サイト
国土交通省 令和6年度予算概算要求概要等を公表(令和5年8月24日)
国土交通省「令和6年度予算概算要求概要」
「令和6年度国土交通省税制改正要望事項」

世界基準の超省エネ住宅「パッシブハウス」を30軒以上手掛けた建築家の自邸がスゴすぎる! ZEH超え・太陽光や熱エネルギー活用も技アリ

夏涼しく冬暖かい快適さと、世界基準の超省エネを両立した、ドイツ発祥の「パッシブハウス」。これまで30軒以上のパッシブハウス計画に携わってきたパッシブハウス・ジャパン代表理事の森みわさんが、長野県軽井沢町に自ら設計したセカンドハウスをつくったと聞き、お邪魔してきました。
高次元な断熱性能と、斬新な熱供給システム、自然素材や自然のエネルギーを取り入れたデザイン……パッシブハウスの最新の取り組みを見ていきましょう。

似ているようで異なる、パッシブハウスと省エネ住宅軽井沢町追分に完成した「信濃追分の家」。資料が整い次第、パッシブハウス認定の申請を行う予定(写真撮影/新井友樹)

軽井沢町追分に完成した「信濃追分の家」。資料が整い次第、パッシブハウス認定の申請を行う予定(写真撮影/新井友樹)

ルームツアーの前に、パッシブハウスは日本でいう省エネ住宅と何が違うのか、改めて整理してみましょう。
まず、省エネ住宅とは、高断熱・高気密につくられ、エネルギー消費量を抑える高効率設備を備えた住宅のこと。対してパッシブハウスは、太陽や風など自然の持つ力を建物に取り入れて、必要とするエネルギーを最小化。さらに高断熱・高機密、熱ロスの少ない換気システムなどを駆使してエネルギー消費量を抑える、というアプローチの違いがあります。

「ヨーロッパでは、ゼロエネルギーハウス(エネルギー収支をゼロ以下にする家)・プラスエネルギーハウス(プラスにする家)への足掛かりとして、パッシブハウスがあります。少ないエネルギーで快適に暮らせるパッシブハウスの普及がまずあって、その先に創エネハウス(※)があるという位置付けです」と森さん。

※創エネハウス…太陽光パネルなどでエネルギーをつくり出すことができる住宅

省エネルギーを実現するために、高い断熱性能が必要ということは、共通事項です。
国が定める省エネ基準は、2025年以降すべての新築住宅に「平成28(2016)年基準」の適合が義務づけられます。2030年頃までには、さらにZEH(ゼッチ/エネルギー収支をゼロ以下にする家)基準(断熱等級5、一次エネルギー消費量等級6)まで引き上げるとしていますが、それだけでは不十分だと森さんは言います。

パッシブハウス・ジャパン代表の森みわさん。セカンドハウスの場所は、外気温が低くても日射量が豊富で、移住者が多くコミュニティが形成しやすい軽井沢町を選んだ(写真撮影/新井友樹)

パッシブハウス・ジャパン代表の森みわさん。セカンドハウスの場所は、外気温が低くても日射量が豊富で、移住者が多くコミュニティが形成しやすい軽井沢町を選んだ(写真撮影/新井友樹)

「ZEHで地域ごとにUA値(外皮平均熱貫流率)を定めて断熱性能を高めようというのは、家を魔法瓶化するという意味で良い方向に向かっています。ただ、例えば同じ地域にあっても家を180度回してみれば全然条件が違うはずなのに、家の向き、近隣に住宅や樹木があるか、樹木は落葉樹か常緑樹か、夏と冬で日射量がどれだけ違うかは考慮されません。

『太陽と風に素直に設計する』ということを大切にするパッシブハウスでは、PHPP(Passive House Planning Package)というシミュレーションソフトを使って、建設する場所の標高、気象条件、月ごとの日射量、周辺環境、家族構成に給湯需要まで、あらゆる個別の条件を入力して温熱計算をしています。それはもうシビアに。そうやって建物のエネルギー収支を厳密に予測しながら設計して、入居後の実測値とのギャップをなくしているのです」

日本の省エネ基準の数倍もの温熱性能・省エネ性能が求められるパッシブハウスは、その土地の条件に合わせてオーダーメイドで設計され、冷暖房に頼らずとも年中快適に過ごすことができる“究極のエコハウス”というわけです。

階段まわりのアースカラーが木のぬくもりのアクセントに(写真撮影/新井友樹)

階段まわりのアースカラーが木のぬくもりのアクセントに(写真撮影/新井友樹)

今回訪問した森さんの別邸「信濃追分の家」は、これまで森さんが設計を手掛けてきた中での発見を踏まえ、パッシブハウスの進化形をめざしたといいます。コンセプトである「パッシブハウス+α」を実現するための、具体的なメソッドを6つ教えてもらいました。

メソッド1 南から45度振れた敷地で、太陽光を最大限に味方につけるコーナーガラス真南に向いた大きなコーナーガラス。この家の象徴的存在でもある(写真撮影/新井友樹)

真南に向いた大きなコーナーガラス。この家の象徴的存在でもある(写真撮影/新井友樹)

まずリビングに入ると、斜めに向いた階段が目に飛び込みます。実はこの敷地、南から45度振れたロケーション。そこで、階段室を真南に向けて、2階のコーナーガラスの大開口から各方向に光が差し込むようにレイアウトしています。建物角からの日射によって、冬の暖房エネルギーを積極的に取得する工夫です。

階段室の吹き抜けには、照明作家・鎌田泰二さん制作の大きなペンダント照明を。ブラインドがなくても、ほどよい目隠しになった(写真撮影/新井友樹)

階段室の吹き抜けには、照明作家・鎌田泰二さん制作の大きなペンダント照明を。ブラインドがなくても、ほどよい目隠しになった(写真撮影/新井友樹)

蜜蝋仕上げの鉄の手すりがシンプルでかっこいい(写真撮影/新井友樹)

蜜蝋仕上げの鉄の手すりがシンプルでかっこいい(写真撮影/新井友樹)

2階の間取りはこの階段室を中心に、東西にシンメトリーになるよう居室を配しています。1階には間仕切りの壁はなく、軸がずれたようなこの階段室が、玄関、和室、キッチン、リビングといった領域をやんわりと区画し、視線を切る役割を担っています。おかげで、開放的でありながら落ち着いた、居心地のいい空間になっているのですね。

「軽井沢の冬の厳しい外気温にも関わらず、この向きの敷地を選んだのは、“エコハウスの意匠は自由である”というメッセージを放つための挑戦だったかもしれません」と森さん。真南向きじゃなくてもパッシブハウスはつくれるし、自由で堅苦しくないデザインも叶う。そんな証となった実例です。

リビングの大きな開口部は敷地の向きに素直につくり、階段室を真南にレイアウト(写真撮影/新井友樹)

リビングの大きな開口部は敷地の向きに素直につくり、階段室を真南にレイアウト(写真撮影/新井友樹)

メソッド2 バイオマス燃料と太陽熱、太陽光とEV車でエネルギーを地産地消森さんによるスケッチ「信濃追分の家リニューアブル(再生可能エネルギー)・マックスな設備計画」。冷暖房は熱交換換気装置に内蔵され、1台のヒートポンプで全館空調が完結しているため、ペレットストーブは給湯器として位置付けられている(画像提供/KEY ARCHITECTS)

森さんによるスケッチ「信濃追分の家リニューアブル(再生可能エネルギー)・マックスな設備計画」。冷暖房は熱交換換気装置に内蔵され、1台のヒートポンプで全館空調が完結しているため、ペレットストーブは給湯器として位置付けられている(画像提供/KEY ARCHITECTS)

この家の最大の特徴といえるのが、ペレットストーブと太陽熱集熱器による熱供給を取り入れて、給湯と補助暖房に充てていること。ガス給湯器は設置していません。太陽光発電パネルは搭載しているものの、電気を熱に変える割合は大幅に減らしています。

イタリア製のペレットストーブは、玄関スペースにビルトイン(写真撮影/新井友樹)

イタリア製のペレットストーブは、玄関スペースにビルトイン(写真撮影/新井友樹)

Wi-Fi経由で着火操作が可能。冬、太陽熱が足りない場合は夕方着火するようタイマーを入れると、2~3時間でお風呂のお湯が沸き、余力で壁暖房としても放熱(写真撮影/新井友樹)

Wi-Fi経由で着火操作が可能。冬、太陽熱が足りない場合は夕方着火するようタイマーを入れると、2~3時間でお風呂のお湯が沸き、余力で壁暖房としても放熱(写真撮影/新井友樹)

信州らしい熱源を、と選んだペレットストーブ。炎の揺らぎは見ているだけでほっとする。燃料は地域で購入することで、地域内でのエネルギー自活が可能に(写真撮影/新井友樹)

信州らしい熱源を、と選んだペレットストーブ。炎の揺らぎは見ているだけでほっとする。燃料は地域で購入することで、地域内でのエネルギー自活が可能に(写真撮影/新井友樹)

外気温の影響を受けにくい太陽熱集熱器。集熱管の外側が真空になっていて断熱効果に優れている。なかなかインパクトのある佇まい(写真撮影/新井友樹)

外気温の影響を受けにくい太陽熱集熱器。集熱管の外側が真空になっていて断熱効果に優れている。なかなかインパクトのある佇まい(写真撮影/新井友樹)

玄関にビルトインされたペレットストーブは、16畳用エアコン並みのパワーがあり、温水出力に対応。燃焼エネルギーの8割を温水に、残り2割が輻射暖房として放熱されます。庭に設置した太陽熱集熱器は、真空ガラス管内のヒートパイプが太陽光により加熱され、不凍液を温め循環させるもの。
木質バイオマスと太陽光という再生可能エネルギーを温水という熱エネルギーに変えて、キッチンにある300Lのタンクに熱を貯湯していく仕組みです。

ペレットストーブと太陽熱集熱器からの温水を集める貯湯タンク。この家ではあえて見えやすいよう、キッチンに設置(写真撮影/新井友樹)

ペレットストーブと太陽熱集熱器からの温水を集める貯湯タンク。この家ではあえて見えやすいよう、キッチンに設置(写真撮影/新井友樹)

左奥のドアの先が貯湯タンクのスペース。シンクには95℃まで対応の熱湯栓も付いていて、煮炊きに必要なお湯は一瞬で沸いてしまう(写真撮影/新井友樹)

左奥のドアの先が貯湯タンクのスペース。シンクには95℃まで対応の熱湯栓も付いていて、煮炊きに必要なお湯は一瞬で沸いてしまう(写真撮影/新井友樹)

田舎暮らしに欠かせない車は、電気自動車を導入。V2H(Vehicle to Home)を実現している(写真撮影/新井友樹)

田舎暮らしに欠かせない車は、電気自動車を導入。V2H(Vehicle to Home)を実現している(写真撮影/新井友樹)

もうひとつ注目したいのが、電気自動車を蓄電池に見立てていること。屋根の東西に載せた3.8kWの太陽光パネルで発電した電気は、主に照明と冷蔵庫、換気システムに使用します。「それらの消費電力はだいたい400Wとして、15時間で6kWh。EV車のバッテリー40kWhのうち6kWhをまわせばいいのですから、夜間に車から家に送る量としては大した量ではありません」と森さん。冬の夜間に仮に暖房を切っても、翌朝の室温は1~2℃も下がらないパッシブハウスだからこそ実現できるライフスタイル。
「ただし、オフグリッド仕様にはしていません。数日間曇りの日が続けば、発電量は低下します。そういうときは電力会社に頼る。逆に発電して余った分は渡すこともできる」

太陽光・熱エネルギーを最大限活用し、電力系統ともつながりながら、無理のない範囲でエネルギー自立している家なのです。

メソッド3 高性能の家は床暖不要!土壁暖房パネルを日本初導入無垢のフローリングが素足に心地いい(写真撮影/新井友樹)

無垢のフローリングが素足に心地いい(写真撮影/新井友樹)

建物自体の性能が高いパッシブハウスは、床暖房がなくても、窓辺も頭上も室温がほぼ同じ、温度ムラがないのが特徴です。「もう床から温める必要がそもそも無いですし、実は木の床は、床下から温めようとしても断熱してしまうのです。ここはヨーロピアンオークの無垢フローリングを使っていて、木は熱伝導率が低い。だから床暖房にすると放熱の効率が悪いんです」と森さん。
かわりに導入したのが、ドイツ製の土壁暖房パネルによる輻射式暖房です。給湯がメインのペレットストーブですが、余ったお湯はこの土壁暖房の熱源として使われます。パネルは厚みのある自然素材のため、調湿性、蓄熱性も期待できそうです。

立てかけてあるオブジェのようなものは、土を高圧でプレスして製造されたドイツ製の土壁暖房パネル。温水配管を効率よく巡らせるよう掘り込みがついているのが特徴で、これを補助暖房として壁面に埋め込んでいる(写真撮影/新井友樹)

立てかけてあるオブジェのようなものは、土を高圧でプレスして製造されたドイツ製の土壁暖房パネル。温水配管を効率よく巡らせるよう掘り込みがついているのが特徴で、これを補助暖房として壁面に埋め込んでいる(写真撮影/新井友樹)

暖房パネルは1階の北側にある和室と2階の洗面脱衣所の漆喰塗り壁内部に設置。ゲストが宿泊する部屋と、服を脱ぐ脱衣室の室温を、冬場にほんの少し上げられるようにと配慮した設計(写真撮影/新井友樹)

暖房パネルは1階の北側にある和室と2階の洗面脱衣所の漆喰塗り壁内部に設置。ゲストが宿泊する部屋と、服を脱ぐ脱衣室の室温を、冬場にほんの少し上げられるようにと配慮した設計(写真撮影/新井友樹)

メソッド4 信州カラマツのサッシ+仏・サンゴバン社製のガラスで美しく窓断熱トリプルガラスに、信州カラマツの木製サッシ。かなりの厚みがあるのがわかる(写真撮影/新井友樹)

トリプルガラスに、信州カラマツの木製サッシ。かなりの厚みがあるのがわかる(写真撮影/新井友樹)

リビングの大きな窓の先はウッドデッキ。軒の長さも日射に合わせて緻密に計算されている(写真撮影/新井友樹)

リビングの大きな窓の先はウッドデッキ。軒の長さも日射に合わせて緻密に計算されている(写真撮影/新井友樹)

断熱性に優れた木製サッシは、長野県千曲市の山崎屋木工製作所によるもの。長野県産材のカラマツの美しい木目がぬくもりを感じさせます。ガラスは、仏・サンゴバン社製のトリプルガラスECLAZを採用。一般的なトリプルガラスより熱貫流率が低く高断熱、さらにペアガラス並みに日射熱取得率が高い、高性能ガラスです。
「しかも高透過なミュージアムガラスのため、非常に景色が良く見えるという特徴もあります」(森さん)。映り込みの少ないクリアな窓からは、軽井沢のみずみずしい緑が鮮やかに眺められます。

コーナーガラスの左右はサンゴバン社製のトリプルガラス、中央は安曇野市の丸山硝子の技術で実現したガラスコーナーだが、諸事情により日本板硝子のトリプルガラスとなった。中央のガラスだけ少し室内の映り込みがあるのがわかる(写真撮影/新井友樹)

コーナーガラスの左右はサンゴバン社製のトリプルガラス、中央は安曇野市の丸山硝子の技術で実現したガラスコーナーだが、諸事情により日本板硝子のトリプルガラスとなった。中央のガラスだけ少し室内の映り込みがあるのがわかる(写真撮影/新井友樹)

木製サッシが絵画のフレームのよう(写真撮影/新井友樹)

木製サッシが絵画のフレームのよう(写真撮影/新井友樹)

ドイツのヘーベ・シーベ金物の技術により隙間なくぴったり閉まるエアタイトサッシ。空気や熱、音をシャットアウト(動画撮影/塚田真理子)メソッド5 田舎暮らしをより豊かにする“パッシブセラー”ワインや食料の保管庫として活用できるセラーは、待望のスペース(写真撮影/新井友樹)

ワインや食料の保管庫として活用できるセラーは、待望のスペース(写真撮影/新井友樹)

高い断熱性と気密性により、夏季は25℃、冬季は20℃前後と、家中の温度ムラがないのがパッシブハウスのメリットですが、実は保存食の保管が難しいところでした。漬物や味噌などの食品を保管したくても、室温だと傷みが早いので冷蔵庫に入れないといけないと以前クライアントに言われてしまったのです。

でも、田舎暮らしをするとなれば、自分で仕込んだ発酵食品を置きたいとか、たくさん採れた野菜を保管したいという声は多い、と森さんは言います。そこで、基礎の断熱材をあえて取って、自然の温度変化にまかせた“パッシブセラー”を階段下に設けたのが、今回の新たなチャレンジ。

「軽井沢は凍結深度が80cmでこの家は基礎も深いので、建物直下の土中の温度変化が少ないという特徴があります。昔ながらの床下空間のような感覚ですね」。エアコンで温度管理せずとも、室内よりも7℃ほど低い空間が完成しました。ワインセラーとしても活用できそうです。

メソッド6 防音して空気は逃す。プライバシーと換気を叶える、革新的な室内ドアドア下に隙間はなく、かわりに縦のスリットから一定方向に空気を逃す(写真撮影/新井友樹)

ドア下に隙間はなく、かわりに縦のスリットから一定方向に空気を逃す(写真撮影/新井友樹)

2階の寝室と洗面室のドアには、通気機能を持つ革新的なドア「VanAir」を導入しました。従来の室内ドアは、閉めた状態でも換気ができるよう、ドアの下部に1cmほどの隙間を設けているのが一般的。このドアは、表と裏で互い違いに縦のスリット(通気口)があり、空気はドアの芯を経由して反対側へと流れる仕組み。24時間、空気は一定の方向に流れ、においや淀みもしっかり排気してくれるのです。かつ、防音性能を備えており、音漏れの心配もありません。

ドア下に隙間はなく、かわりに縦のスリットから一定方向に空気を逃す(写真撮影/新井友樹)

ドア下に隙間はなく、かわりに縦のスリットから一定方向に空気を逃す(写真撮影/新井友樹)

洗面脱衣室、バスルームの空気もスムーズに排気され、一年中結露やカビとも無縁(写真撮影/新井友樹)

洗面脱衣室、バスルームの空気もスムーズに排気され、一年中結露やカビとも無縁(写真撮影/新井友樹)

クローゼット上の木ルーバーのうしろは、熱交換換気から新鮮空気を各部屋に供給する給気グリル。ここから供給された空気は脱衣室等のウェットエリアの排気口へと流れる(写真撮影/新井友樹)

クローゼット上の木ルーバーのうしろは、熱交換換気から新鮮空気を各部屋に供給する給気グリル。ここから供給された空気は脱衣室等のウェットエリアの排気口へと流れる(写真撮影/新井友樹)

なお、換気システムには、室内の熱をリサイクルしながら室内と室外の空気を入れ替える「Zehnder CHM200」を使用。換気ユニットにヒートポンプを組み込んだもので、熱交換換気、冷暖房、除湿、空気清浄が1台で行えます。
基本的には自動制御ですが、タッチ式パネルで操作も可能です。

取材時(6月下旬)の室温は24.5℃、湿度53%。真価が問われる冬が楽しみ(写真撮影/新井友樹)

取材時(6月下旬)の室温は24.5℃、湿度53%。真価が問われる冬が楽しみ(写真撮影/新井友樹)

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世界基準の“超省エネ住宅”パッシブハウスの高気密・高断熱がすごい! 190平米の平屋で空調はエアコン1台のみ

家族が集う家、ずっといたくなる家新しい挑戦がたくさん詰め込まれた家(写真撮影/新井友樹)

新しい挑戦がたくさん詰め込まれた家(写真撮影/新井友樹)

大きな窓がもたらす開放感、気持ちのよさは、何ものにも変え難い(写真撮影/新井友樹)

大きな窓がもたらす開放感、気持ちのよさは、何ものにも変え難い(写真撮影/新井友樹)

信濃追分の家の設計期間は約1年、施工工事は10ヵ月ほど。初挑戦の取り組みも多く、建築費はおよそ5,500万円。一般的には、パッシブハウスの建築費は新築住宅+1.5~2割というのが目安だそうです。毎月の光熱費は月1万円以内と、ランニングコストはかなり抑えられる見込み。ただ、目に見える数字以上に一年中過ごしやすく、その快適さはプライスレスなもの、と森さんは言います。

「パッシブハウスに住んでいる方のお話を聞くと、朝スッと布団から出られるようになった、冷え性が治ったという声が多いですね。あとは、家があまりにも快適だから家にずっといたくて、会社を辞めて自宅でできる仕事を始めたとか、孫がしょっちゅう遊びに来るようになった、という声も。家族が集う家、といえるかもしれません」
パッシブハウスが心身にいい影響を与えてくれたり、大袈裟ではなく人生が変わったりすることもあるのですね。

信濃追分の家は、今後体験宿泊も受け入れていく予定だそうです。パッシブハウスを検討したい方は、一度この心地よさを体感してみてはいかがでしょうか。

明るいリビングで仕事をすることも多い森さん(写真撮影/新井友樹)

明るいリビングで仕事をすることも多い森さん(写真撮影/新井友樹)

さらに近い将来、太陽光でつくる余剰電力を分解してメタンガスをつくる、Power to Gasにも着目しているという森さん。こちらはまずパッシブタウン(富山県黒部市の集合住宅)での挑戦を見守りたいとのことですが、次々と新たな可能性を追求する森さんの取り組みに注目したいと思います。

●建物概要
在来木造2階建て
【フラット35】S適合(耐震等級3)
建築面積:88.04平米
延床面積:129.58平米
敷地面積:519.61平米

現在、2012年竣工の福岡パッシブハウスでは新オーナーを募集中。価値のわかる方にぜひ引き継いでほしい、と森さんは言う(画像提供/KEY ARCHITECTS)

現在、2012年竣工の福岡パッシブハウスでは新オーナーを募集中。価値のわかる方にぜひ引き継いでほしい、と森さんは言う(画像提供/KEY ARCHITECTS)

(画像提供/KEY ARCHITECTS)

(画像提供/KEY ARCHITECTS)

●取材協力
パッシブハウス・ジャパン
KEY ARCHITECTS

2023年は省エネ住宅がお得!補助が出る優遇制度、活用方法を解説。「住宅省エネ2023キャンペーン」はじまる

住宅の省エネ化を推し進めている政府は、さまざまな優遇制度を設けている。そこで、国土交通省・経済産業省・環境省の3省連携により行う「住宅の省エネリフォーム支援」および国土交通省が行う「ZEH住宅の取得への支援」について、共通ホームページを開設した。どんな優遇制度なのか、見ていくとしよう。

【今週の住活トピック】
「住宅省エネ2023キャンペーン」開始/国土交通省

「住宅省エネ2023キャンペーン」とは3つの補助事業の総称

「住宅省エネ2023キャンペーン」という名称は、住宅の省エネ化を推進する次の3つの補助事業の総称だという。いずれも2022年度補正予算で成立して間もない補助事業だ。

1. 先進的窓リノベ事業(予算1000億円:経済産業省・環境省)
2. 給湯省エネ事業(予算300億円:経済産業省)
3. こどもエコすまい支援事業(予算1500億円:国土交通省)

省それぞれで補助事業を個別に進めるだけでなく、3省連携によりワンストップで利用可能にするなどで使い勝手を良くしている。では、それぞれどんな事業なのか見ていこう。

断熱性の高い窓に交換することで最大200万円までを補助

「先進的窓リノベ事業」とは、経済産業省の「住宅の断熱性能向上のための先進的設備導入促進事業」と環境省の「断熱窓への改修促進等による家庭部門の省エネ・省CO2加速化支援事業」をまとめたもの。既存の住宅のリフォームが対象で、内窓を設置したり、外窓やガラスを断熱性の高いものに交換したりした場合、リフォーム工事の内容に応じた所定の補助額の合計金額を、1戸当たり200万円を上限に還元する事業だ。

省エネ効率の高い給湯器の設置で5万円~15万円/台を還元

「給湯省エネ事業」とは、「高効率給湯器導入促進による家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金」のこと。対象となる高効率の給湯器と1台当たりの補助額は、次の通り。台数制限があり、一戸建てはいずれか2台まで、マンションなどの共同住宅はいずれか1台までだ。

・「ヒートポンプ給湯機(エコキュート)」:補助額5万円
・「ヒートポンプ・ガス瞬間式併用型給湯器(ハイブリッド給湯機)」:補助額5万円
・「家庭用燃料電池(エネファーム)」:補助額15万円

「先進的窓リノベ事業」とは違って、新築住宅や賃貸住宅などの設置についても、補助金の対象となる。

■申請者(補助対象者)
高効率給湯器導入促進による家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金の概要

※ 新築住宅とは、完成(完了検査済証の発出日)から1年以内で、人の居住の用に供されたことのない住宅をいいます。既存住宅とは新築住宅以外の住宅をいいます。
経済産業省資源エネルギー庁「高効率給湯器導入促進による家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金の概要」より転載

ZEH水準の新築住宅に100万円を補助する「こどもエコすまい支援事業」

「こどもエコすまい支援事業」は、ZEH住宅の新築、または一定の住宅リフォームを対象とする補助事業だ。まず、新築への補助については、ZEH水準の住宅の新築で100万円の補助が出る。ただし、子育て世帯あるいは若者夫婦世帯に限られる。なおZEHとは、一般的にネットゼロエネルギーハウスを指すが、この事業では所定の条件が定められている。

次に、住宅のリフォームへの補助について見ていこう。まず住宅の省エネリフォームが必須条件で、併せて行うそれ以外の一定のリフォームについても補助対象になる。必須の省エネリフォームとは、「外壁や屋根、天井、床の断熱改修」「窓の断熱改修」「エコ住宅設備の設置」だ。

補助額は、リフォーム工事の内容に応じた所定の補助額の合計金額を、30万円を上限に還元する。ただし、子育て世帯あるいは若者夫婦世帯については、上限額が上乗せされて最大で60万円になる。

なお、子育て世帯とは18歳未満の子どもがいる世帯、若者夫婦世帯とはいずれかが39歳以下の夫婦世帯であるが、工事の着工時期によっていつ時点の年齢かが異なるので注意が必要だ。

■こどもエコすまい支援事業のリフォームへの補助
【リフォーム】
(1)対象工事
 1.(必須)住宅の省エネ改修
 2.(任意)住宅の子育て対応改修、防災性向上改修、バリアフリー改修、空気清浄機能・換気機能付きエアコン設置工事等

(2)補助額
リフォーム工事内容に応じて定める上限補助額は下表の通り
高効率給湯器導入促進による家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金の概要

※1 売買契約額が100万円(税込)以上であることとします。
※2 令和4年11月8日(令和4年度補正予算(第2号)案閣議決定日)以降に売買契約を締結したものに限ります。
※3 自ら居住することを目的に購入する住宅について、売買契約締結から3ヶ月以内にリフォームの請負契約を締結する場合に限ります。
※4 自ら居住する住宅でリフォーム工事を行う場合に限ります。
※5 法人、管理組合を含みます。
経済産業省資源エネルギー庁「高効率給湯器導入促進による家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金の概要」より転載

3省連携により補助事業の併用も可能に

「こどもエコすまい支援事業」のリフォームの対象となる工事には、窓の省エネ改修やエコ住宅設備が含まれる。窓の省エネ改修は「先進的窓リノベ事業」と、エコ住宅設備のうち高効率給湯器については「給湯省エネ事業」と重なる。

基本的に国の補助事業は、対象が重なる他の補助事業と併用ができないが、3省連携により補助対象が重複しない場合に限り併用を可能としている。省エネリフォームについて、3省の制度をまとめたのが下表だ。

令和4年度第2次補正予算省エネ支援策パッケージ

経済産業省資源エネルギー庁「令和4年度第2次補正予算省エネ支援策パッケージ」より転載

いずれの補助事業も補助対象の条件が細かく定められているので、利用を検討する場合は確認してほしい。なお、いずれの補助事業も、申請を行うのは工事を行う事業者(国の登録事業者であることが必須)で、事業者から消費者に還元される仕組みとなっている。

国は「2050年カーボンニュートラル」に向けて、住宅の省エネ化に力を入れている。補助事業の対象となる省エネ性が次第に引き上げられているが、補助金制度により促進しようとしている。こうした制度を上手に活用して、住宅のリフォーム費用を軽減することを考えるとよいだろう。ただし、補助金ほしさに不要な工事まで行うのは本末転倒。必要な工事は何かを優先することをお忘れなく。

●関連サイト
国土交通省「住宅省エネ2023キャンペーンはじまります!」
住宅省エネ2023キャンペーンについて

ZEHの認知率が直近5年間で最高値に!2030年度のZEH基準義務化については?

リクルートが注文住宅の「建築者」(過去1年以内に注文住宅を建築した人)と「検討者」(今後2年以内に注文住宅の建築を検討している人)に調査を実施した。今回は調査結果の中でも、「ZEH(ゼッチ)」に関する結果に注目して見ていこう。

【今週の住活トピック】
「2022年注文住宅動向・トレンド調査」を発表/リクルート

ZEH認知率は77.4%、直近5年間で最高値。経済的メリットは月8562円

リクルートが実施した2022年の調査結果によると、「ZEHの認知率(内容まで知っている28.6%+名前だけは知っている48.8%)」は77.4%となり、直近5年の中で最高値となった。注文住宅建築者の4人に3人以上が、ZEHを認知していることになる。

また、ZEHを導入した人に「光熱費等の経済的メリット」を聞いたところ、平均額は8562円/月になった。電気代は気候によって変わるので毎月同じ額ではないが、この額なら年間を通じて電気代のかなりの部分をカバーできるのではないか。一方で、金額帯別に見ると、「5000円以上10000円未満」が最多の29.2%だが、次に「2500円未満」(26.3%)が挙がるなど、実際には各家庭でばらつきが大きいことも分かる。

SUUMO副編集長・中谷明日香さんは、「ハウスメーカー大手各社も、ZEH商品の強化を図っていますし、ZEH導入による光熱費などの経済的メリットの大きさからも、今後も導入率は伸びていくのでないかと見立てています」と分析している。

ZEH導入による光熱費等の経済的メリット(全国/ZEH導入者)(出典:リクルート「2022年注文住宅動向・トレンド調査」より転載)

ZEH導入による光熱費等の経済的メリット(全国/ZEH導入者)(出典:リクルート「2022年注文住宅動向・トレンド調査」より転載)

2030年度にはZEH基準が義務化される!この認知度はかなり高い

ところで、ZEH基準が2030年度からの新築住宅で義務化されることをご存じだろうか?

経緯を説明しよう。政府は2050年カーボンニュートラル宣言を受けて、建築物の省エネ性強化を加速させている。建築物には「省エネ基準」が定められており、住宅以外の建築物では現行の省エネ基準に適合していないと新築できないことになっている。この省エネ基準について、新築住宅でも2025年度には適合するように義務化する予定になっている。さらに、2030年度以降は義務化する基準を「ZEH基準」に引き上げようとしているのだ。

ここまで認知しているのは、住宅の省エネ性能について関心の高い人に限られるのではないかと思うが、調査結果を見てみよう。「建築者」の認知度は34.1%と3人に1人は認知していることになるが、「検討者」の認知度はさらに高く50.2%と2人に1人が認知している状況だ。検討者が自分事としてとらえていることがうかがえる結果だ。

Z2030年度ZEH基準義務化の認知状況 上図:建築者 下図:検討者(出典:リクルート「2022年注文住宅動向・トレンド調査」より転載)

Z2030年度ZEH基準義務化の認知状況 上図:建築者 下図:検討者(出典:リクルート「2022年注文住宅動向・トレンド調査」より転載)

ZEH導入とZEH基準義務化は、同じZEHでも同じじゃない

さて、ZEHの導入で光熱費等の経済メリットが平均で月8562円だったというのは、太陽光発電などで電気を生み出しているからだ。住宅の省エネ性をいくら高めたとしても、住宅内でエネルギーを消費するので、エネルギー収支はマイナスになり、ゼロエネルギーの家にはならない。プラスマイナスゼロにするには、住宅の設備機器で電気をつくり、エネルギーをプラスする必要があるのだ。

最近は電気代が上がっているので、経済的メリットを大きく感じられることだろう。太陽光発電設備については、設置費用が100万円程度かかるといわれている。先行投資費用を電気代などの経済メリットによって、住みながら時間をかけて回収するという形だ。政府だけでなく、東京都でも新築一戸建ての太陽光発電設備の設置を推し進める予定だ。そこで、補助金を出したり、初期投資は電力事業者が負担する(屋根貸しや電気代の一定期間サブスクなど)手法を用いて、初期費用の負担軽減を図る仕組みを広げようとしたりしている。

一方、2030年度から新築住宅で適合義務化となる「ZEH基準」は、必ずしも太陽光発電などで電気を生み出すことを求めていない。現行の省エネ基準よりも省エネ性の高いZEH基準に引き上げて、住宅そのものの省エネ性の底上げを図ろうとしているのだ。

住宅の省エネ性を高めるにはいろいろな方法があるが、たとえば東京の気候なら、天井や壁・床を覆う断熱材をより厚くしたり、窓まわりのガラスを複層ガラスからLow-E複層ガラス(遮熱タイプ)に、窓枠も熱を伝えやすいアルミサッシから樹脂サッシに切り替えたりして、省エネ性の高いZEH基準を実現するといった具合になる。その分コストが上がるので、気になるのは建築費のことだろう。

気になる建築費の高騰、新築住宅へのZEH基準義務化の影響は?

近年は、資材不足や円安、燃料費の影響などで住宅の建築費が上がっている。この調査で「建築者」に対して「建築費高騰を認識していたか」を聞いたところ、75.1%が認識していたと回答し、41.6%が「建築費高騰の影響があった」と回答した。

一方、「検討者」に対して、「建築費高騰を認識しているか」を聞くと、建築者よりさらに多い89.7%が認識していると回答した。また、「建築費高騰の今後の予想」では、62.3%が「現在より上がっていく」、26.6%が「現在の水準が続く」と回答し、合わせて約9割が建築費は今後もさらに上がるか高騰したまま推移すると予想している。

建築費高騰の今後の予想(検討者/建築費高騰の認識者)(出典:リクルート「2022年注文住宅動向・トレンド調査」より転載)

建築費高騰の今後の予想(検討者/建築費高騰の認識者)(出典:リクルート「2022年注文住宅動向・トレンド調査」より転載)

調査では、「検討者」に対して「建築費高騰で予算オーバーした場合にどうするか」も聞いている。最多は「予算を増やす」の39.4%だったが、「土地費用を抑える」(27.4%)や「建築費と土地費用を両方抑える」(21.3%)など、建築プランへの影響もみられた。

建築費高騰で予算オーバーした場合の予算・建築プラン変更の有無(検討者/建築費高騰の認識者)(出典:リクルート「2022年注文住宅動向・トレンド調査」より転載)

建築費高騰で予算オーバーした場合の予算・建築プラン変更の有無(検討者/建築費高騰の認識者)(出典:リクルート「2022年注文住宅動向・トレンド調査」より転載)

では、省エネ基準の引き上げによる建築費のコストアップはどうだろう?
現行の省エネ基準に適合している住宅がすでに普及していることから、省エネ基準の義務化で建築費が上がるとは思えないが、2030年度以降のZEH基準の義務化では、建築費に影響があると考えられる。ただし、いまの建築費高騰とは違って、義務化によるコストアップは予想できることなので、政府は優遇制度などで支援するだろう。

すでに、住宅ローン減税の控除対象となる住宅ローンの限度額をZEH基準などで引き上げたり、【フラット35】S(【フラット35】の金利引き下げ制度)でZEH基準を追加して優遇するなどの手を打っている。今後も、「こどもエコすまい支援事業」による補助金などが予定されている。

建築物の省エネ性の引き上げについては政府が力を入れているので、減税や補助金、融資などのさまざまな支援策が用意されるだろう。こうした優遇制度を有効に活用して、希望する建築プランで省エネ性の高い住宅を建てられることを願っている。

●関連サイト
リクルート「2022年注文住宅動向・トレンド調査」

家を建てるなら知るべき8年後のリスク。ZEH基準未満の住宅は市場価値が下がる!?

2020年10月に菅前首相が宣言した「2050年までに脱炭素社会の実現」。でも、あと約30年あるなあ、なんてぼんやり思っている場合ではなかった。この宣言を受け、国はまるでせきを切ったかのように一気に動き出したのだ。それに伴い、私たちの住宅環境がこの10年で激変するかもしれない。脱炭素化社会実現に向けて具体的な施策を話し合う「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対象等のあり方検討会」はじめ、政府の政策動向に詳しい自然エネルギー財団の西田裕子さんに、今後の住宅に関する施策のポイントと、家の買い方やリフォーム等の注意点を伺った。

あと8年後にはZEH基準が最低の省エネ基準になる

2021年10月に第6次エネルギー基本計画が閣議決定された。当然、2050年までに脱炭素社会の実現に向けた計画なのだが、電気自動車の普及促進くらいでは全く足りなかった。その内容はもう明日明後日の私たちの考え方を大きく変えなければならないような方針がびっしりと詰まっていたのだ。

「例えば2050年までにゼロカーボンにするために2030年、つまりあと8年で2013年度から46%削減する目標が掲げられました。この46%削減目標は2021年10月31日~11月13日に開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)に向け、国連に日本の目標として提出されています」と西田さん。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

あと8年で約半減。岸田首相も宣言時に2030年までを「勝負の10年」と言ったとおり、「これまでの削減方法の積み上げでは難しい数値」だと西田さんはいう。そこで「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会」では、具体的な施策が話し合われた。

まず決められたのが2050年と2030年それぞれで目指すべき姿だ。私たちの住む家を含む「住宅・建築物」では下記のような目標が掲げられている。

※1/ZEHとは使うエネルギーを減らして、太陽光発電等でエネルギーをつくり、1年間で消費する一次エネルギー量をおおむねゼロ以下にする住宅のこと。ZEBはこのビル版 ※2/ストック平均で住宅については一次エネルギー消費量を省エネ基準から20%程度削減、建築物については用途に応じて30%または40%程度削減されている状態 ※3/住宅・強化外皮基準および再生可能エネルギーを除いた一次エネルギー消費量を現行の省エネ基準から20%削減。建物も同様に用途に応じて30%削減または40%削減(小規模は20%削減)

※1/ZEHとは使うエネルギーを減らして、太陽光発電等でエネルギーをつくり、1年間で消費する一次エネルギー量をおおむねゼロ以下にする住宅のこと。ZEBはこのビル版
※2/ストック平均で住宅については一次エネルギー消費量を省エネ基準から20%程度削減、建築物については用途に応じて30%または40%程度削減されている状態
※3/住宅・強化外皮基準および再生可能エネルギーを除いた一次エネルギー消費量を現行の省エネ基準から20%削減。建物も同様に用途に応じて30%削減または40%削減(小規模は20%削減)

「2050年にはストック、つまり既存の建物全てを平均するとZEH基準になるということです。平均ですからZEH基準に満たないものも少しはあるでしょうが、基準以上もあるという状態。これを実現するためにもまず、2030年には新築の住宅全てにZEH基準を義務化しなければなりません」

2020年に現行の省エネ基準でさえ義務化が見送られ、代わりに基準に適合しているかどうか“説明”することが“義務化”された。それと比べて省エネ基準より高いZEH基準があと8年で義務化されるというのは、かなり“今までのツケを払う”感がある。しかし、そうまでしないと「2030年に46%削減」「2050年にゼロ」を達成することは不可能なのだ。いつかはやろうと後回しにしてきた姿勢が、世界中で異常気象を起こしている。もう待ったなしだ、ということだ。

(写真/PIXTA)

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さらに2030年のZEH基準義務化を達成するために、2025年には現行の省エネ基準がついに義務化される。「つまりあと3年で現行の省エネ基準が、あと8年でZEH基準が最低限の基準となるわけです」

一方、再生可能エネルギー(基本的には太陽光発電)は、2030年には新築の6割に導入するという具体的な目標も掲げられた。「2021年10月に第6次エネルギー基本計画が閣議決定されました。これには2030年までに日本の電源構成における再生可能エネルギーの割合を、2019年の18%から36~38%に引き上げる目標が定められています。これを達成するのに、荒廃した農地での太陽光発電利用や洋上風力の導入が間に合うかどうか。制度改革が必要になるなどリードタイムがかかり過ぎるからです。一番可能性があるのは住宅等建築物に太陽光発電を載せることです」

要は8年後には、ZEH基準の断熱・省エネ性を備え、太陽光発電を載せた住宅が“最低基準”になるということなのだ。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

8年後を待たず、今すぐZEH基準以上で建てないと資産価値が下がる

だから今ZEH基準以下の住宅を建ててしまうと、8年後の2030年には家の価値が自動的に下がってしまうことになる。何しろ周りはZEH基準以上の住宅ばかりになるのだから。

そうはいっても「急にZEH基準の家を建てろと言われても……」と戸惑う人も多いだろう。それは私たち消費者だけでなく、住宅メーカーや工務店、さらに窓や建材のサプライヤーも同じだ。しかし「2030年にZEH基準が最低基準」と目標が明確になったことは「ZEH基準以下の商品は今後つくっても売りにくくなるということです」。そのためZEH基準以上の商品マーケットが活性化するだろうと西田さんは指摘する。

「例えばZEH基準以上の断熱に必要な高断熱窓はすでに販売されています。ただ現状はZEH基準以下でも家を建てることができるため、マーケットとしては小さく、そのため価格も思うように下がりませんでした。しかしこれからはZEH基準に満たない住宅に使われる性能の窓をつくっても売れないわけですから、ZEH基準以上の住宅に合った高断熱窓が多く生産されることになります。既に高断熱窓は生産量の増加に伴い、価格が下がってきていますから、さらに量産効果による価格低下が期待できます」

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

太陽光発電についても、先述の通り2030年には新築の6割に搭載される目標だ。FIT制度(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)による売電価格が下がって、太陽光発電の設置をためらう人もいるだろうが、太陽光発電システムの価格も10年前に比べてかなり安くなってきている。発電した電力を自宅で使って光熱費を抑えたり、安いとはいえ売電して収入を得ることで初期費用は今なら約10年で回収可能だという。もちろんその先はプラスになるだけだ。さらに災害時にも活用できる可能性もある。何より周囲に太陽光発電が搭載された住宅が建つようになれば、備えていない家の価値が目減りしてしまう。

「設備が今後さらに安くなることを見越して、今はまだ搭載しないでおくにしても、将来的にどこに搭載するか検討しておいて、屋根のスペースを空けておいたり、配線等を家に引き込む準備だけでもしておいたほうがいいでしょう」

脱炭素社会に向けて、既に地域格差が生まれている

一方で、国のこうした施策より先に住宅の省エネ化を進めてきた自治体もある。例えば既に京都府京都市や鳥取県は、現状の省エネ基準より高い独自の基準を設け、脱炭素社会に向けた住宅の推進を図っている。東京都もその一つだ。

東京都では2019年から現在の省エネ基準より高い断熱・省エネ性能の基準を設け、クリアした住宅を「東京ゼロエミ住宅」と認定する「東京ゼロエミ住宅新築等助成事業」を開始。「それをさらに強化する方向で動いています。東京都の考え方としては、簡単にいえば国より早くZEH基準以上の住宅を普及させようというものです」

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

さらに、年間2万平米以上供給するような住宅メーカー等に、ZEH基準以上の住宅を一定割合建てることを義務化する検討も始まった。先日、小池知事が「新築住宅へ太陽光発電の設置を義務化することを検討」と発言したことはニュースにもなった。

太陽光発電については、東京都のように住宅密集地の場合、発電効率の劣る住宅もあるから義務化は難しいのではないかと西田さんに尋ねると「義務化されるのは住宅メーカー等、建てる側に対してです。ですから、ある住宅は2kWhの小さな太陽光発電だけど、別の住宅では8kWhとか、その住宅メーカーが手掛ける住宅のトータルで何kWh以上というように義務化されるでしょう」

このように自治体によって既に温度差がある。今後は脱炭素住宅が建てやすい・建てにくいという「自治体格差」がより見えやすくなりそうだ。脱炭素化に向けて積極的な自治体ほど、補助金制度等が充実していく。何しろあと8年でZEH基準が最低基準になる。住んでいる自治体はどう考えているのか、近隣はどうか、今のうちに確認しておくことが必要だ。

既存住宅や賃貸住宅でもZEH化が必須になりそう

以上はこれから新築住宅を建てることを検討している人に向けた心構えだが、とはいえ既存住宅や賃貸住宅で暮らす人が無関係でいられるはずはない。

国土交通省が試算した「住宅・建築物の新築・ストックの省エネ性能別構成割合(~2050)」を見てみよう。

BEIとは一次エネルギー消費量のこと。簡単にいえば数値が小さいほど断熱性能が高い。2030年に新築に義務化される「ZEH基準以上」とは、BEIの数値でいえば0.8以下、ということになる

BEIとは一次エネルギー消費量のこと。簡単にいえば数値が小さいほど断熱性能が高い。2030年に新築に義務化される「ZEH基準以上」とは、BEIの数値でいえば0.8以下、ということになる

ご覧のように図1の新築戸建のグラフは目標通りにいくと仮定して2030年以降は全てがZEH基準以上となっている。その一方で図2のストック、つまり既存住宅のほうは2050年でも約40%しか達成していない。

「現在は、新築に関する政策は固まってきましたが、既存住宅に関してはこれからという状況。既存住宅は基準に適合しないから壊すということはできませんから、改修リフォームの誘導施策や省エネ性能表示の義務化など、やらなければならないことがたくさんあります。それは今後の課題です」

何しろここまで見てきたように、今年に入って急にあれこれが決まってきている状況。既存住宅への対応が後回しになったのは致し方ないというべきか。しかし既存住宅についても避けて通れない問題だけに、今後新築同様に矢継ぎ早に施策が決まっていく可能性はある。実際、新築・リフォームとも省エネに対する多額の補助予算が決定しています。

少なくともZEH基準以上の住宅が増えるほど、そうではない既存住宅の価値は下がる。それにZEH基準以上ということは、断熱性能がとても高いため結露は発生しないし、ヒートショックの心配もほとんどないなど健康にも良く、光熱費も削減できるので住む人にとってはメリットが多い。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「その家の事情に合ったリフォーム方法を提案してくれる省エネコンサルタントなどがもっと重要になってくるでしょう。それだけのマーケット規模があるのですから。例えば積水ハウスは、自社で建てた住宅のリフォームで、子どもが巣立って2階はあまり使わないという施主に対し、1階部分のみZEH基準の改修を行うというような改修提案も始めています。内側に高断熱窓を備えるといった応急措置から根本的な改修まで、今何をしたらいいか省エネのコンサルティングをできるような人が、今後は求められると思います」

賃貸住宅についても、現在検討されている省エネ性能表示が義務化されれば、どの賃貸住宅が快適か一目でわかるようになる。もう「家を買えば快適だけど、賃貸だから我慢」という時代ではないのだから、賃貸住宅でもZEH基準以上が入居者から求められるようになるだろう。賃貸住宅のオーナーからしても、ZEH基準に達していないと賃料の値引きの材料にされやすくなる。それでは賃料収入が先細るばかりだ。

振り返れば「2050年までに脱炭素社会の実現」宣言が号砲となり、あっという間にあれこれ決まってきた住宅にまつわるさまざまな施策。西田さんは「世界的な動きに対して遅かったが、それでもギリギリ間に合うタイミング」だという。30年後だから子どもたちの問題だなと思っていたら、実は自分に突きつけられていた課題。唐突ではなく、今までは霧が多くてよく見えなかっただけのようだ。

●関連情報
経済産業省「第6次エネルギー基本計画が閣議決定されました」

●取材協力
シニアマネージャー(気候変動)西田 裕子さん
シニアマネージャー(気候変動)
西田 裕子さん
専門は、都市再開発や再開発についての調査研究、都市のサスティナブルデベロップメント(環境建築/都市づくり)関連の政策。2017年まで、東京都において気候変動、ヒートアイランド対策の政策立案および国際環境協力を担当。世界の大都市ネットワークであるC40と連携して、都市の建築の省エネルギー施策集「Urban Efficiency」を取りまとめるなど、世界の都市をサポートする活動をしてきた。早稲田大学政治経済学部卒、ハーバード大学ケネディ行政大学院卒、行政学修士。
自然エネルギー財団では、中長期戦略の策定、建築部門のエネルギー転換とともに、自治体やビジネスセクターなど非政府アクターの気候変動対策を支援する

「この8年が地球温暖化を食い止める正念場」。COP26や海外から見る脱炭素の最新事情

2020年10月、菅前首相の「2050年カーボンニュートラル宣言」により、地球温暖化対策の「脱炭素」に対する日本全体の関心が高まりました。しかし、すでに世界では、さまざまな分野で脱炭素化が進み、新たなビジネスも生まれています。SUUMO編集長池本洋一が、NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサーとして「脱炭素」を追ってきた堅達京子さんに最新事情を聞きました。2021年10・11月にイギリスで行われたCOP26取材時の様子、そして住宅業界の脱炭素の動きはどうなっているのでしょうか。

各地を襲う洪水や巨大台風。地球温暖化を食い止める瀬戸際にきている

近年、世界中で、ハリケーンや大雨による洪水など異常気象が深刻化しています。日本でも、2019年台風15号19号による大水害、2020年熊本豪雨、2021年8月の記録的な大雨など自然災害が頻発。「地球が何かおかしい」と感じる人も多いのではないでしょうか。地球温暖化の主な原因となっているのが、産業革命以降、化石燃料の使用によって増加した二酸化炭素(CO2)などの大気中の温室効果ガスです。

(画像提供/堅達京子)

(画像提供/堅達京子)

(画像提供/堅達京子)

(画像提供/堅達京子)

2021年10・11月、イギリスのグラスゴーで行われたCOP26は、地球温暖化の進行により起きている問題について、国際社会がどのような対策をとるのか、話し合うための会議でした。

そもそも、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「2050カーボンニュートラル」が意識され始めたのは、2018年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)1.5℃特別報告書です。世界の科学者が発表する論文や観測・予測データを、選ばれた専門家がまとめています。当時は、温暖化対策の国際合意「パリ協定」で決めた産業革命前の地球の平均気温からの上昇を2℃に抑えることが野心的目標でした。まだ1.5℃は努力目標だったのです。しかし、2018年の特別報告書は、1.5℃に抑えた場合と2℃に抑えた場合の影響の大きな違いを科学的に示し、1.5℃に抑えるには、2050年までに世界のCO2排出量を正味ゼロにすることが必要だと明らかにしたのです。

そして、2021年8月のIPCC第6次評価報告書においては、1.5℃達成のために残された時間が少ないことに警鐘が鳴らされました。このため、COP26では、1.5℃を目指すことが公式文書に明記され、世界のスタンダードな目標になりました。

地球の平均気温が上がるとどんな危機が訪れるのでしょうか。COP26の取材を終えて帰国したNHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー堅達京子さんはこう言います。

「地球の平均気温が1.5℃や2℃上昇する危険性はピンと来ないかもしれませんが、1.1℃上昇した現在でも北極圏の氷や永久凍土が溶け始めています。気温の上昇が続けば、海水温が上がり、大気や海流の動きが変わることで、アマゾンの熱帯雨林がサバンナ化し、ついには南極の氷床が融解する可能性があるのです。この『温暖化のドミノ倒し』が起こる境界は、2℃前後と見られています。回避するためには、2030年までにCO2排出量の大幅な削減が必要です。1.5℃から先を食い止めないと、『温暖化のドミノ倒し』で、ホットハウス・アース(灼熱地球)になり、人類文明にとって最大の危機が訪れます。1.5℃は地球のガードレール、今が地球温暖化を食い止める正念場なんです」(堅達さん)

2020年は北極圏で38℃を記録。グリーンランドなどでも氷床が融解している(写真/PIXTA)

2020年は北極圏で38℃を記録。グリーンランドなどでも氷床が融解している(写真/PIXTA)

堅達さんは、気候変動やSDGsをテーマに数多くの番組の取材・制作に携わってきました。中でも、2017年12月、NHKスペシャル「激変する世界ビジネス”脱炭素革命”の衝撃」を放送すると、「脱炭素」という言葉が初めてツイッターのトレンドワードになり、検索数も急上昇。大きな反響を呼びました。2021年9月には、著書『脱炭素革命への挑戦』を出版しました。世界の潮流と日本の課題が、とてもわかりやすくまとまっていると、ビジネス界だけでなく、本を読んだ一般の人々からも、「今、読むべき本」との声が寄せられました。

堅達京子さんは、2007年に行ったIPCCの議長へのインタビューで気候変動問題の深刻さを痛感。「なぜ、これほど重要なことを伝えてこなかったのだろう」と思い、以後、ライフワークとして脱炭素の現状を伝えることに取り組んできた(画像提供/堅達京子)

堅達京子さんは、2007年に行ったIPCCの議長へのインタビューで気候変動問題の深刻さを痛感。「なぜ、これほど重要なことを伝えてこなかったのだろう」と思い、以後、ライフワークとして脱炭素の現状を伝えることに取り組んできた(画像提供/堅達京子)

「2030年まで、あと8年で何とかしなくてはいけません。イギリス滞在中、BBCでは、COP26を朝から晩まで放送し、オリンピック並みの関心の高さがうかがえました。地球温暖化による危機が差し迫っているリアリティを感じた2週間の取材でした」(堅達さん)

(画像提供/堅達京子)

(画像提供/堅達京子)

(画像提供/堅達京子)

(画像提供/堅達京子)

脱炭素化なくしてビジネスはできない!? 産業を仕組みから変える!

世界では、むしろこの危機をビジネスチャンスと捉える動きがあります。その動きを加速させたのは、2020年7月にEU(欧州連合)が新型コロナウイルスによる景気後退対策として創設した「欧州復興基金(Next Generation EU)」です。約94兆円に上るその基金は約3分の1が気候変動対策に充てられ、「グリーンリカバリーファンド」とも呼ばれています。

「『グリーンリカバリー』(緑の復興)とは、コロナ禍からの復興で必要になる巨額の資金を、脱炭素社会を構築する経済刺激策に投じようという考え方です。脱炭素を実現するには、化石燃料に頼ってきた産業の仕組みそのものを変えないといけません。世界各国は‘‘脱炭素革命‘‘に向け、大きく舵を切ったのです」(堅達さん)

2020年9月には、CO2の最大排出国である中国が、「2060年までにカーボンニュートラルを目指す」と表明し、アメリカは、バイデン政権発足直後の2021年2月に「パリ協定」に復帰。アメリカのグローバル企業も脱炭素に向けて行動を本格化しました。

「変化を印象づけたのは、アップルによる『2030年カーボンニュートラル宣言』です。ポイントは、自社だけでなく、iPhoneなどの自社製品の部品を提供するサプライヤー全体に及ぶこと。EUでは、2035年にCO2を排出するガソリン車やディーゼル車などの新車販売を全面的に禁止します。脱炭素なくして世界でビジネスができなくなる日も遠い未来ではありません」(堅達さん)

EV化を促進しているEUでは、EVステーションの増設が進む(写真/PIXTA)

EV化を促進しているEUでは、EVステーションの増設が進む(写真/PIXTA)

脱石炭火力で期待される洋上風力発電。イギリスやドイツでは、3000基以上がすでに稼働している(写真/PIXTA)

脱石炭火力で期待される洋上風力発電。イギリスやドイツでは、3000基以上がすでに稼働している(写真/PIXTA)

住宅業界で急がれる脱炭素化。世界は? 日本は?

金融界の変化と産業界が挑み始めた脱炭素化の取り組み。住宅業界についてはどうでしょうか。

「長期にわたって社会のインフラとして使い続ける住宅・建築物は、まっさきに手掛けるべき分野です。COP26議長国のイギリスでは、EV充電スタンドの新築住宅での設置を義務化しました。アメリカも200万戸以上のサステナブルな住宅や商業ビルの建設や改修を行うことを決め、カリフォルニア州では新築住宅の太陽光設置を義務化しています。日本でも2021年6月に政府が『グリーン成長戦略』を閣議決定しました。まだまだスタート地点ですが、今後、遅れていた住宅分野の脱炭素化が加速すると期待しています」(堅達さん)

2050年までに目指すべき住宅・建築物の姿とされているのが、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)・ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)です。これは、快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支ゼロを目指した建物のこと。必要となるのは、断熱性能を高めることによる省エネと、太陽光発電設備等による再エネ(再生可能エネルギー)の導入です。

2枚のガラスの間に、乾燥空気やガスを封入した複層ガラスは、断熱性能が高い(写真/PIXTA)

2枚のガラスの間に、乾燥空気やガスを封入した複層ガラスは、断熱性能が高い(写真/PIXTA)

「省エネ」に加えて、「創エネ」も必要。日本でも、新築住宅への太陽光パネル設置義務化の議論が始まっている(写真/PIXTA)

「省エネ」に加えて、「創エネ」も必要。日本でも、新築住宅への太陽光パネル設置義務化の議論が始まっている(写真/PIXTA)

2030年までに、新築される住宅・建築物において、ZEH・ZEB基準の水準の省エネ性能が必要になり、新築戸建て住宅の6割において太陽光発電設備が導入される見込みです。

住宅業界の大手メーカーによる開発競争も激しくなってきました。進む注文住宅の脱炭素化に対し、遅れていた賃貸分野では、積水ハウスが、賃貸住宅「シャーメゾンZEH」を展開。2021年1月時点の累計受注戸数は3806戸です。大東建託は、LCCM(ライフ・サイクル・カーボン・マイナス)賃貸集合住宅を埼玉県草加市に2021年6月に完成させました。建設から解体までを通じてCO2排出量をマイナスにするLCCMの基準を満たす賃貸集合住宅は日本で初です。

大東建託の脱炭素住宅「LCCM賃貸集合住宅」(写真提供/大東建託)

大東建託の脱炭素住宅「LCCM賃貸集合住宅」(写真提供/大東建託)

脱炭素住宅の普及には、消費者の認知が重要です。「2020年注文住宅動向・トレンド調査」(2020年8月リクルート調べ)によると、建築者(全国)の ZEH認知率は67.0%。そのうち、導入した人は21.8%でした。ZEH導入による光熱費の経済的メリットは、平均で6865円/月です。2025年に、省エネ基準適合義務化、省エネ表示の広告義務化を控え、光熱費の目安など省エネ性能を不動産情報サイトでラベル表示する試みも検討が始まりました。

「メリットをビジュアル的にわかりやすく表示し、『見える化』するのは大事ですね。地球に優しいだけでなく、ヒートショックの防止、光熱費の節減など消費者のメリットがあり、中長期でみれば初期投資コストを取り戻せることもアピールするとよいでしょう」(堅達さん)

脱炭素化がスタンダードになったヨーロッパ。日本は遅れを取り戻せるか

日本では、環境問題を意識高い系の人がすることだとひとごとに考えたり、コストが高いと言われている再生可能エネルギーの推進は景気対策に水を差す、と考える人もいますが、ヨーロッパの人々はどのように受け止めているのでしょうか。
「特にSDGsの教育を受けた若者の意識は高いです。COP26開催期間中、グラスゴーでは、若者主導のデモが行われました。赤ちゃんを連れた参加者もいて、沿道の家から温かな声援が送られていました。自分の子どもやその子どもたちのために、今がんばらないといけないという気運が高まっているのです」(堅達さん)

滞在したビジネスホテルの朝食に出たヨーグルト。リサイクルカップを紙で巻いた簡易包装で、目立つところに環境性能表示のQRコードが。脱炭素化の取り組みが、具体的な商品に落とし込まれていた(画像提供/堅達京子)

滞在したビジネスホテルの朝食に出たヨーグルト。リサイクルカップを紙で巻いた簡易包装で、目立つところに環境性能表示のQRコードが。脱炭素化の取り組みが、具体的な商品に落とし込まれていた(画像提供/堅達京子)

世界では、CO2排出量1トンにつき規定の金額を税として徴収する炭素税(カーボンプライシングの1種)の引き上げが議論されています。2020年12月に行われた国連の気候野心サミットでは、カナダは連邦炭素税を2030年にCO2排出量1トンあたり、約1万5000円にまで大幅に引き上げると発表しました。さらに、EUで検討している「国境炭素税」は、地球温暖化対策が不十分な国からの輸入品に事実上の関税を課すものです。脱炭素に対し結果を出さないと、企業の利益や国益が守れないようになってきているのです。日本でも実質的な炭素税である『地球温暖化対策税』が2012年から導入されていますが、企業などが負担しているCO2排出量1トンあたり289円は世界に比べると極めて低い金額です。

「日本でもCO2を減らした企業が得をして減らさなかった企業が損をする仕組みづくりが必須だと思います。住宅業界に関しては、政府が補助金や法人税、固定資産税の税制優遇措置を進め、施主側も省エネに配慮した建物の設計を要求し、当初に必要なコストを受け入れることが必要です。とはいえ、我慢ばかりの脱炭素では、理解は得られないと思います。省エネに配慮した性能の高い住宅は住む人にとって、快適で健康面のメリットがあります。ノルマとして脱炭素を捉えるのではなく、未来への投資としてポジティブに考えてもらえたら」(堅達さん)

最後に、堅達さんが日々行っていること、私たちができることを聞きました。

「私は、家に内窓をつけて断熱性能を高め、フードロス軽減のため、ベランダにコンポストを置いています。なかなか習慣にするのは難しいけど、肉の生産で出る温室効果ガスを減らすため、一週間に1回は肉を食べない日も始めました。脱炭素を進めている企業を応援するなど消費者としてできることもたくさんあります」(堅達さん)

すでに、マイボトル、エコバッグ、車のシェアリングなど、身近なところで取り組みが進んでいます。脱炭素化は不可逆の流れ。さっそく今日からできることをしながら、今後の展開を注視したいと思います。

●取材協力
NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
堅達 京子(げんだつ・きょうこ)さん 
1965年、福井県生まれ。早稲田大学、ソルボンヌ大学留学を経て、1988年、NHK入局、報道番組のディレクター。2006年よりプロデューサー。NHK環境キャンペーンの責任者を務め、気候変動やSDGsをテーマに数多くの番組を放送。NHKスペシャル『激変する世界ビジネス “脱炭素革命”の衝撃』 『2030 未来への分岐点 暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦』、BS1スペシャル『グリーンリカバリーをめざせ! ビジネス界が挑む脱炭素』はいずれも大きな反響を呼んだ。
2021年8月、株式会社NHKエンタープライズに転籍。日本環境ジャーナリストの会副会長。環境省中央環境審議会臨時委員。文部科学省環境エネルギー科学技術委員会専門委員。世界経済フォーラムGlobal Future Council on Japanメンバー。東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員。
主な著書に『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』『NHKスペシャル 遺志 ラビン暗殺からの出発』『脱プラスチックへの挑戦 持続可能な地球と世界ビジネスの潮流』。

集合住宅の省エネ対応、ZEHの普及は進んでる? メリット・デメリットは?

ZEH(ゼッチ ※ネット・ゼロ・エネルギー・ハウスの略称)とは、高断熱化と高効率設備の導入により、使うエネルギーを減らしつつ、太陽光発電等でエネルギーをつくり、1年間で消費する一次エネルギー消費量をおおむねゼロ以下にする住宅のことだ。これまで一戸建てを中心にZEHの普及が進んできたが、最近になって分譲マンションや賃貸住宅といった集合住宅のZEH化も始まっている。集合住宅がZEH化すると、入居者にはどんなメリットがあるのか? デメリットは?

そもそも「ZEH」って何? どんな種類やメリットがある?

集合住宅のZEHの状況について説明する前に、まずはZEH(Net Zero Energy House=ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)とは何か?について、おさらいしておこう。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

まず住宅の断熱性能を高め、高効率設備を導入することで、使用するエネルギーを減らす。さらに太陽光発電等の再生可能エネルギーでエネルギーをつくり、1年間で消費する住宅のエネルギー量から創エネルギー量を引くことにより、正味(net=ネット)でおおむねゼロ以下となる住宅のことである。

ちなみに、ここで言うエネルギー量とは一次エネルギー消費量のことで、住宅で使う電気等をつくり出すエネルギー(石油や石炭、天然ガスなど)の量を指す。また、創エネルギーの使い道は太陽光発電を設置した住宅の所有者等にまかされていることから、必ずしも光熱費がゼロになるわけではないが、既にZEHに暮らしている人の中には、1年間の光熱費が実質ゼロになっている人もいるものと考えられる。

ZEHは、屋根や壁、窓等の断熱性能を高め、照明やエアコンといった設備を省エネ性能の高いものにすることで、建築物のエネルギー消費性能基準から一次エネルギー消費量を20%削減することが要件。その上で、都市部狭小地域や多雪地域等の地域的な制約がある場合に限り、太陽光発電がなくても「ZEH Oriented」が認められている。一方、太陽光発電等の創エネ設備を設置して、更に一次エネルギー消費量を削減したものが『ZEH』や「Nearly ZEH」となる(画像提供/経済産業省)

ZEHは、屋根や壁、窓等の断熱性能を高め、照明やエアコンといった設備を省エネ性能の高いものにすることで、建築物のエネルギー消費性能基準から一次エネルギー消費量を20%削減することが要件。その上で、都市部狭小地域や多雪地域等の地域的な制約がある場合に限り、太陽光発電がなくても「ZEH Oriented」が認められている。一方、太陽光発電等の創エネ設備を設置して、更に一次エネルギー消費量を削減したものが『ZEH』や「Nearly ZEH」となる(画像提供/経済産業省)

ZEHで暮らすことには下記のようなメリットがある。
●住宅の省エネルギー化や創エネルギーの活用によって光熱費を抑えられる
●住宅の高断熱化によって、夏は涼しく、冬は暖かい快適な住環境を実現できる
●断熱化により室温を保ちやすくなるので、ヒートショックなどのリスクの低減が期待できる
●太陽光発電の設置によって災害による停電時でも一定程度の生活を営むことができる

このように、光熱費を抑えられて、一年中快適かつ安心安全に暮らせるのがZEHというわけだ。

一方デメリットとしては、高断熱化や太陽光発電等の導入などの初期費用がかかること。そこで国は補助金制度によりZEHの普及促進を図っている。現在は、地域的な制約や政策目的に応じて下記のZEHが普及促進の対象となっている。

一戸建て住宅のZEH

こうした様さまざまな種類のZEHがある理由は大きく二つある。一つは地域や周辺環境によって、どうしても太陽光発電による発電量が比較的少なくなるエリアがあることだ。例えば雪国などは冬の日射量や積雪の影響で発電量は見込めないし、ビルや家々がひしめくように立ち並ぶ都心部などは日陰になりがちだ。

こうしたエリアにおいてはエネルギー収支をゼロ以下にすることが困難であるが、これらのエリアにおいても可能な限り省エネルギー化を図り、再生可能エネルギーを導入していくことが重要であることから「Nearly ZEH」や「ZEH Oriented」が設けられた。これらのZEHもエネルギー収支こそゼロにはならないものの、外皮性能(屋根、天井、壁、開口部、床、基礎など)がZEH基準に達しているため、先に挙げたメリットを享受できる。

もう1つは、ZEHよりもさらに省エネルギー性能を高め、かつ再生可能エネルギーの自家消費率を高めたZEHの普及を政策的に促すためだ。いわばさらに高性能なZEHとして「ZEH+」や「次世代ZEH+」が設定されている。

集合住宅のZEH=ZEH-Mとは? 一戸建てのZEHと何が違う?

上記、一戸建て住宅におけるZEHに加えて、集合住宅のZEHについても説明しよう。集合住宅においても一戸建てのように種類が分けられているので、まずはそちらを見てみよう。

集合住宅のZEH

一戸建てのZEHと比べると、「Ready」という名称がつくZEH-Mが設けられていることがわかる。これは、一戸建てにはなかった「太陽光発電によって集合住宅全体の一次エネルギー消費量の50%以上を削減」しているもの。

なぜ“このようなZEH-Mが設けられているのか”といえば、一戸建てに比べて住戸数に対しての太陽光発電の設置面積が少ない集合住宅では、一次エネルギー消費量を100%以上削減することが現状の技術では難しいからだ。当然、高層になればなるほど難しくなる。

高層になるほど住戸数が増えるが、屋上に設置する太陽光発電の面積は同じ比率では増やせない。そのため高層の集合住宅になるほど太陽光発電による一次エネルギー消費量の削減が難しくなる(画像提供/経済産業省)

高層になるほど住戸数が増えるが、屋上に設置する太陽光発電の面積は同じ比率では増やせない。そのため高層の集合住宅になるほど太陽光発電による一次エネルギー消費量の削減が難しくなる(画像提供/経済産業省)

「集合住宅の場合、創エネルギーで全住戸の消費エネルギーをまかなうことが高層になるほど難しくなります」と資源エネルギー庁の鈴木さん。

とはいえ、外皮性能がZEH基準なら光熱費を削減しやすくなるし、一年中快適かつ安全に暮らしやすくなる。また、全住戸は無理だとしても、太陽光発電の電気を一部の住戸に分配することは可能だ。「集合住宅の場合、住棟単位のZEH-Mとしての評価に加えて、ZEHとして住戸単位で評価することも可能であり、分譲マンションの販売主や賃貸住宅のオーナーの方々にとっては、一部の住戸のみ一次エネルギー消費量を100%以上削減した『ZEH』として資産価値を差別化して販売や賃貸することも可能になっています」

高層の集合住宅における技術的課題については、太陽電池の発電換率の向上や、最近話題になっているフィルム状の太陽電池を壁面に設置するという方法により解消していくことが考えられるが、いずれもこれからの技術開発が待たれる分野だ。

集合住宅のZEH化は、入居者にどんなメリットがあるのか?

ではZEH-Mにすることで、分譲マンションの購入者や賃貸住宅の入居者にとってどんなメリットをもたらすのか。既にあるZEH-Mの中から、積水ハウスが手がけた賃貸住宅「シャーメゾンZEH」を例に見てみよう。

(写真提供/積水ハウス)

(写真提供/積水ハウス)

(写真提供/積水ハウス)

(写真提供/積水ハウス)

2020年度のシャーメゾンZEHの年間受注戸数は2976戸を記録した。これは「2022年までに年間受注数2500戸を達成」という同社の目標を2年前倒しでクリアしたことになる。それだけ賃貸住宅のオーナーからZEH-Mの注目度が高いといえるだろう。なお累計では2021年1月時点で3500戸を突破している。

上記の通りZEH-Mには「ZEH-M「Nearly ZEH-M」「ZEH-M Ready」「ZEH-M Oriented」があるが、シャーメゾンZEHはZEH-M Ready以上、つまり太陽光発電等で一次エネルギーの使用量を50%以上削減できる賃貸住宅となる。

積水ハウスの賃貸住宅「シャーメゾン」ZEH仕様の埼玉県さいたま市の実例。屋根に太陽光発電パネルが搭載されている以外、ZEHのために特殊な形にしているというわけではない(写真提供/積水ハウス)

積水ハウスの賃貸住宅「シャーメゾン」ZEH仕様の埼玉県さいたま市の実例。屋根に太陽光発電パネルが搭載されている以外、ZEHのために特殊な形にしているというわけではない(写真提供/積水ハウス)

住戸の断熱性能を高めるため、窓は全て高断熱窓が採用されている(写真提供/積水ハウス)

住戸の断熱性能を高めるため、窓は全て高断熱窓が採用されている(写真提供/積水ハウス)

各住戸には現在のエネルギー状況が一目でわかるHEMS(ヘムス※ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)の端末が置かれている(写真提供/積水ハウス)

各住戸には現在のエネルギー状況が一目でわかるHEMS(ヘムス※ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)の端末が置かれている(写真提供/積水ハウス)

同社が入居者に向けたアンケート結果によると、入居後の満足の理由に「光熱費が安くなるから」「太陽光発電があるから」「断熱性能が高いから」が上位にランクインした(下記表参照)。

積水ハウスが行ったシャーメゾンZEHの入居者アンケートより。入居前から大きくランクを、つまり満足度を上げたのはいずれもZEH由来のメリットであることがわかる(資料提供:積水ハウス)

積水ハウスが行ったシャーメゾンZEHの入居者アンケートより。入居前から大きくランクを、つまり満足度を上げたのはいずれもZEH由来のメリットであることがわかる(資料提供:積水ハウス)

いずれも入居前には入居者にとってあまり重要視されていなかったZEH-M化のメリットが、リアルな体験を通して満足度の順位をグンと上げたことになる。

確かに「あれ、今月の光熱費ってこれだけ?」とか「エアコンを切って寝ても朝まで暑くない(寒くない)」など快適な暮らしを体感したからこそ、満足度が高まったのだろう。ちなみに同社の調べでは、年間光熱費が約4割も削減できるという(下記グラフ参照)。

積水ハウスが試算した年間光熱費の比較。約4割の削減はかなり大きいと言えるだろう(資料提供:積水ハウス)

積水ハウスが試算した年間光熱費の比較。約4割の削減はかなり大きいと言えるだろう(資料提供:積水ハウス)

入居者の満足が上がることは、賃貸住宅のオーナーにとってもメリットがある。満足度が高ければ、それだけ長期入居が見込めるため、家賃収入の安定化が図れるからだ。またこれらの高付加価値があれば、周囲より高い家賃設定も可能になる。ZEH-Mの事例が増えるほど、ますます賃貸住宅オーナーからの注目が高まり、普及につながりそうだ。

ZEHの普及についてはまだまだこれから。その課題は?

では今後はどのようにZEHの普及が進んで行くのだろう。

国は、2014年の「エネルギー基本計画」において、「住宅については、2020 年までにハウスメーカー等が新築する注文戸建住宅の半数以上でZEHの実現を目指す」と掲げていた。

「『エネルギー基本計画』における『2020 年までにハウスメーカー等が新築する注文住宅の半数以上でZEH』というのは、数値目標としては新築一戸建ての50%をZEHにすることでした。その進捗ですが、2019年時点で見ると、大手住宅メーカーに限れば約50%ですが、全体ではまだ約20%と、達成とはいえない状況です」と資源エネルギー庁の鈴木さん。

ZEHロードマップフォローアップ委員会が令和3年3月31日に発表した資料より。一般工務店によるZEHがなかなか進んでいないことを示している(画像提供/経済産業省)

ZEHロードマップフォローアップ委員会が令和3年3月31日に発表した資料より。一般工務店によるZEHがなかなか進んでいないことを示している(画像提供/経済産業省)

「こうした状況を踏まえ、昨年8月に国土交通省、経済産業省、環境省の3省合同で開催した『脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方・進め方検討会』で検討が行われ、2030年に目指すべき住宅の姿が定められました」

まず省エネルギーについては「新築される住宅についてはZEH基準の水準の省エネルギー性能」を目指すとされた。一方の再生可能エネルギーについては「新築戸建住宅の6割において太陽光発電設備が導入されること」を目指すとしている。ZEH-Mで説明したように、集合住宅については、現状では太陽光発電の技術開発を待たなければならないということのようだ。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

これらの目標に対し、既にロードマップもつくられ、ZEH化の促進が図られているが、その際のポイントの一つは、「ZEHの周知」だという。ZEHやZEH-Mの認知度、認識がまだまだ不足しているのが実情だ。施主に求められなければ建てる側も建てようがない。

最後に資源エネルギー庁の鈴木さんは、「まずはZEH・ZEH-Mについて多くの人に知ってもらうことが重要だと考えています。そのためには光熱費の削減といった経済的メリットだけではなく、ZEH・ZEH-Mが快適に暮らせること、安心安全に過ごせること、災害による停電時でも自宅で過ごせるメリットを伝えていくことが大切です」と強調した。

世界的な脱炭素社会への潮流の中、昨年政府から「2050年カーボンニュートラル」が宣言され、その中で2030年代半ばまでに、新車販売で電動車100%を実現するとした。また東京都では新築住宅への太陽光発電の設置義務付けが検討されるという。ほかにも省エネ性能をさらに高めた家電の開発や、太陽光発電以外の再生可能エネルギーの検討など、さまざまな動きが今後もあると思われるが、大事なのは脱炭素社会になることで私たちがどんなメリットを享受できるのか、ということを改めて理解することではないだろうか。

電気自動車に乗ったり、太陽光発電を住宅に載せたりすることが私たちの「メリット」ではない。脱炭素化によって光熱費が抑えられ、暮らしが快適に、安心安全になり、それが地球温暖化の防止につながっていくということが「メリット」であるはずだ。そのメリットを手に入れるにはどんな住宅に暮らせばかなうのか。それを今一度問いなおしてみてほしい。今なら望みさえすれば、すぐに手に入るメリットなのだから。

●取材協力
経済産業省
積水ハウス

ZEH(ゼッチ)を子どもと体験してきた! 無料宿泊体験も期間限定で可能

ZEH、つまりNet Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)は、近ごろ、住まいの購入を検討している人であれば、耳にしたことはあるかもしれません。ざっくりいうと家で使う一次消費エネルギー量(空調・給湯・照明・換気)の年間収支をプラスマイナス「ゼロ」にする住まいのことですが、実際にはイメージがわかない、という人も多いことでしょう。今回、なんと、このZEHに無料宿泊体験できるというので、現地に子どもとともに訪問。その一部始終をご紹介します。
外気温9度でも室温は16度。冬でも薄着ですごせる快適さ!

ZEHは断熱性気密性を高めるとともに、太陽光発電などでエネルギーをつくり出し、一次消費エネルギー消費をプラスマイナスゼロにする家のことです。電気やガスのエネルギーを購入するのはいわば当たり前ですから、「特別な家なのでは……」と思う人も多いことでしょう。使用エネルギーがプラスマイナスゼロになるので、光熱費も安く、環境への負担は軽くなりますが、「そうはいってもお高いんでしょ?」「住むとなったら実際、どんなメリットがあるわけ?」と疑問を抱く人は多いはず。

そうした素朴な疑問を解消できるのが、このZEHの無料宿泊体験です。日本各地にあるZEHハウスに事前予約をとり、宿泊してその良さを知ってもらおうという取り組みです。論より証拠、説明より体感ということですね。この環境省の「COOL CHOICE ZEH体験宿泊事業」は2018年12月にはじまり、2019年2月末までの期間限定で行われています。開始して間もないですが、週末は次々と予約が入るほどの人気ぶりだとか。今回、筆者は2人の子どもと訪問し、実際に家族で過ごしてきました。

ちなみに、訪問したのは積水ハウスが設計施工した「RAFFINE石蔵」という亀有駅から歩いてすぐの物件です。ZEHでは一戸建てが多いのですが、ここは珍しいことに集合住宅。しかもすでにほかの部屋は賃貸として入居している人もいます。

訪れた日の気温9度と寒い日でしたが、室内はほんのり暖かく感じる程度の16度。暖房をつけていないのにこの温度にはまず驚きます。床もひんやりとせず、娘はそうそうに上着・靴下を脱いで遊び始めてしまいました。

普段は場所見知りもするのですが、暖かさといつものおもちゃに安心したのか、すぐに遊び始める娘。なじみすぎ(撮影/嘉屋恭子)

普段は場所見知りもするのですが、暖かさといつものおもちゃに安心したのか、すぐに遊び始める娘。なじみすぎ(撮影/嘉屋恭子)

宿泊前に、設備や仕様についてかんたんに説明してもらえるので、最新の設備(例えばIHクッキングヒーター、エネファームなど)についても実際に使い、お試しすることができます。デジタルネイティブの子どもたちはHEMS(※Home Energy Management System/ホーム エネルギー マネジメント システムの略語。使用エネルギーなどがグラフで見えるほか、管理することもできる)に興味しんしん。使用エネルギー、現在の発電量が見える化できるのは、子どもにとってもおもしろいようです。

リビングのデスクコーナーに置かれたHEMS。キャラクターが気になるのか「コレはなに?」と聞かれて説明。子どもの環境教育にも役立ちます(撮影/嘉屋恭子)

リビングのデスクコーナーに置かれたHEMS。キャラクターが気になるのか「コレはなに?」と聞かれて説明。子どもの環境教育にも役立ちます(撮影/嘉屋恭子)

エアコンは22度ですぐに暖かく。線路のそばとは思えないほど静か

ZEHの特徴は、まず暖かいこと。いわゆる高断熱高気密の住宅です。エアコンを切った状態では室温は16度でしたが、エアコンを22度の温度に設定し、スイッチをいれるとすぐに暖かくなります。また窓辺は日差しで暖かく、「すきま風が入る」や「ひんやりとする感じ」はありません。

すぐに窓辺が暖かくなったのは、サーモグラフィカメラで見ても一目瞭然(撮影/嘉屋恭子)

すぐに窓辺が暖かくなったのは、サーモグラフィカメラで見ても一目瞭然(撮影/嘉屋恭子)

このポイントは窓にあり、この物件では高断熱アルミサッシ(アルミの枠の中に熱を伝えにくくする樹脂を採用)、複層ガラスを使っているといいます。ただ、特別な商品ではなく、近年の高断熱・高気密をうたう物件では、採用しているところが増えています。窓の性能がよくなると必然的に遮音性も高くなり、窓から電車が見えるものの、締め切ってしまえば鉄道の存在にまったく気づかないほどに静か。防犯合わせガラスにもなっています。

子どもは「安心できる」「くつろげる」と感じたのか、自分の家のように自由に遊んでいます。やっぱり暖かい家はよいですね。

日差しは春めいて見えますが、外は9度。すぐに室温は24度となり、心地よい暖かさ。音は静かな状態といわれる40~50デシベル。いちばんうるさいのは母ちゃん(筆者)の声でした(撮影/嘉屋恭子)

日差しは春めいて見えますが、外は9度。すぐに室温は24度となり、心地よい暖かさ。音は静かな状態といわれる40~50デシベル。いちばんうるさいのは母ちゃん(筆者)の声でした(撮影/嘉屋恭子)

暖かいのは窓辺だけではありません。エアコンをいれていない、寝室や洗面所もじょじょに暖かくなるので、部屋ごとの温度ムラができにくくなっているのです。ヒートショックは、部屋間の温度差があることで発生すると言われていますが、それが起きにくい状態です。

洗面所と洋室はつながっていて、回遊性のある間取り(撮影/嘉屋恭子)

洗面所と洋室はつながっていて、回遊性のある間取り(撮影/嘉屋恭子)

子どもたちは探検&走りまわってエンジョイしている(撮影/嘉屋恭子)

子どもたちは探検&走りまわってエンジョイしている(撮影/嘉屋恭子)

もちろん、エアコンはつけていないので、洗面所・寝室も16度程度で、けして暖かいわけではありませんが、身体に負荷がかかり、不快になるような温度差(一般的に10度以上の差)ではありません。また、このときは発電量>使用量でしたので、余った電力を売っていた状態でした(!)。少しのエネルギーで、冬は暖かく、夏は涼しく過ごせる。省エネルギーは人間にとって快適でもあり、経済的でもあるのです。

リビングの続きにある寝室。こちらもエアコンなしでも15度程度。遊んでいる娘だけでなく、息子もいちばん気に入ったのはこの寝室だったとか。この日差しのなかでひたすら昼寝がしたい(撮影/嘉屋恭子)

リビングの続きにある寝室。こちらもエアコンなしでも15度程度。遊んでいる娘だけでなく、息子もいちばん気に入ったのはこの寝室だったとか。この日差しのなかでひたすら昼寝がしたい(撮影/嘉屋恭子)

ZEHは特別ではなく、「当たり前」の住まいに

ZEHのもう1つのメリットは、やはりランニングコストで経済的という点でしょう。もちろん、ZEHに必要な太陽光発電やエネファームといった設備には初期コストが必要になりますが、ランニングとなる光熱費がほぼゼロとなるわけですから、トータルコストで比較した場合には収支面でのメリットも大きいのです。また、自治体や国などでは、省エネルギー設備の導入時に補助金制度を設けていることも多いので、賢く利用したいところです。

今回の「RAFFINE石蔵」ですが、床・壁・天井の断熱に配慮し、窓を少しだけグレードアップ、太陽光発電の発電量に少しだけ余裕をもたせたものの、「ZEHとしての特別な仕様」という設計ではないといいます。言い換えればZEHのような高断熱住宅プラス創エネ住宅は、「当たり前」になっていくのだと感じました。

環境への負荷を減らしつつ、自分たちの経済面でも、また快適で健康面でもメリットの大きいZEH。住まいを建てようかなという人、リフォームしようと考える人だけでなく、今、家にまったく興味のない人でも「暖かい家」「エネルギーを創る家」の良さを体感すると、きっと新たな発見と驚きがあると思います。

●取材協力
COOL CHOICE ZEH 体験宿泊事業

ZEH-M(ゼッチ・マンション)が続々登場! ZEHって何?なぜ増えている?

平成30年度になってから、「ZEH(ゼッチ)マンション」なるものが続々と登場している。ZEHとは?ZEHマンションとは?について、経済産業省の事業に認定されたマンションを事例に見ていくことにしよう。【今週の住活トピック】
経済産業省「平成30年度 高層 ZEH-M(ゼッチ・マンション)実証事業」
「Brillia 弦巻」が東京都内初の事業として採択決定/東京建物
大京グループ 10 事業が採択決定/大京グループ
当社の分譲マンション「(仮称)プレミスト稲川三丁目」が採択されました/大和ハウスZEH(ゼッチ)とはネット・ゼロ・エネルギー・ハウスのこと

まず、ZEH(ゼッチ)とは何かについて、説明しよう。
ZEHとは、Net Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)を略した呼び方だ。住宅で消費するエネルギーをゼロにしようというものだが、全くエネルギーを使わないわけにはいかない。住宅の断熱性・省エネ性能を上げることに加え、太陽光発電などによってエネルギーを創り、年間の「1次エネルギー消費量」をプラスマイナスでおおむねゼロ以下にしようというもの。

なお、1次エネルギー消費量の対象となるのは、「暖冷房・換気・給湯・照明」で、テレビや冷蔵庫などの家電製品は対象外だ。

ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)の仕組み(出典:経済産業省の資料より転載)

ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)の仕組み(出典:経済産業省の資料より転載)

補助金で高層のZEHマンションを後押しする仕組み

住宅のエネルギー消費量を削減したい政府は、ZEHを普及させようとしているが、ZEHでは、住宅に太陽光発電設備などを備えつけてエネルギーを創り出す必要がある。マンションは戸数が多いわりに、太陽光発電設備を設置できる屋上の面積が広くないなどの制約がある。

そこで、政府はZEH普及の2030年までのロードマップを作成し、まずは注文住宅での普及に力を入れてきが、次第に分譲の新築一戸建て、賃貸・分譲のマンションへと普及対象を拡大してきている。

マンションについては、あいまいだったZEHマンションの定義を明確にし、補助金を交付する事業によって普及を加速させようというのが、経済産業省の「平成30年度 高層 ZEH-M(ゼッチ・マンション)実証事業」だ。

この事業は、住宅部分が6階以上のZEHの集合住宅が対象となる。住宅部分が5階以下のZEHマンションについては、別途「低・中層ZEH-M支援事業」がある。

では、国が定めたZEH-M(ゼッチ・マンション)の定義を確認しよう。
図にあるように、『ZEH-M』、Nearly ZEH-M、ZEH-M Ready、ZEH-M Orientedの4タイプがある。マンションの制約上、太陽光発電設備などによる再生エネルギーを期待しづらいことから、階数が高くなるほど再生エネルギーによる削減の基準を緩めている。

また、マンションのばあいは、従来から共用部分を含む住棟と購入対象となる住戸のそれぞれで、省エネ性能を評価してきた経緯もあり、住棟単位(専有部及び共用部の両方を考慮)と住戸単位(各々の専有部のみを考慮)の両方について、ZEH の評価方法を定めている点も特徴だ。

「平成30年度 高層 ZEH-M(ゼッチ・マンション)実証事業」公募要項より筆者が作成

「平成30年度 高層 ZEH-M(ゼッチ・マンション)実証事業」公募要項より筆者が作成

平成30年度は、15の事業(分譲マンション14・賃貸マンション1)で補助金の交付が決定している。「ZEH-M Oriented」という定義の導入と補助金が、ZEHマンションを後押しする仕組みとなったわけだ。

で、ZEH-M(ゼッチ・マンション)って、どんなマンション?

今回の国の定義によると、年間の1次エネルギー消費量がプラスマイナスゼロになるのは「ZEH-M」のみだ。「ZEH-M Oriented」の基準を満たすZEHマンションの場合では、地域ごとに設定された外皮基準をクリアし、年間の1次エネルギー消費量を20%以上削減すればよいわけだ。

「平成30年度 高層 ZEH-M(ゼッチ・マンション)実証事業」に採択された事業を見ると、おおむね次のようなマンションになる。

・住棟の外壁や屋根、住戸の床や天井の断熱性能を従来より引き上げる
・サッシのフレームに熱を伝えにくい樹脂材(従来はアルミ)を入れ 、省エネ性の高い複層ガラスを入れる。または二重サッシにして、内窓に樹脂サッシと複層ガラスを入れる
・給湯器にエネルギー消費効率の良いエコジョーズやエコキュート、エネファーム(燃料電池)を採用する
・床暖房やエネルギー消費効率の良いエアコンを採用する

大京グループのプレスリリースより転載

大京グループのプレスリリースより転載

ZEHマンションは、室内にいるときに夏の猛暑や冬の寒さといった外気の変化の影響を受けにくくなり、室内空間の快適性がアップする。さらに、室内の温度調節については、エアコンをガンガン使うことも抑えられ、光熱費も削減できる。エアコン嫌いの筆者にとっては、なかなか魅力的だ。

一方、ZEHマンションは、省エネ性能を引き上げるので、その分の建築コストは上がる。マンションの購入者が何を重視するか、どんな生活をしたいかによって、ZEHの価値も変わってくるのだろう。

【検証】自転車発電は、太陽光発電に勝てるのか?

きつい、辛い、帰りたい。

なぜ僕は部屋の中で自転車を漕いでいるのだろうか。なぜ一生懸命に走っているのだろうか?
【画像1】(写真撮影/大嶺 建)

【画像1】(写真撮影/大嶺 建)

今、僕は部屋で必死に自転車発電を行っている。そして僕の横では女の子がくつろいでピザを食べている。ふざけているわけではない。これはれっきとした闘いなのだ。己の魂をかけた挑戦なのである。

こんなカオスな空間が生まれたのには理由がある。きっかけは1カ月前に遡る。

遡ること約1カ月前【画像2】リクルート住まいカンパニーの社屋(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

【画像2】リクルート住まいカンパニーの社屋(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

とある日、SUUMOジャーナル編集部に打ち合わせに行く用があった。そのときにたまたまSUUMO編集長である池本さんにお会いした。

SUUMO編集長はとても気さくだった。初対面の僕に向かって「君の顔めちゃくちゃ長いね!」と言って緊張をほぐしてくれるような人だ。あくまで緊張をほぐすために言ってくれたことであり、バカにされたわけではないと、僕は池本編集長を信じている。信じている。

【画像3】池本編集長(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

【画像3】池本編集長(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

池本編集長「最近注目の集まっているエコな住宅関係で記事をつくりたいと思っているので、おもしろいネタがあったらぜひ一緒にやりましょう」

そんな声をかけてもらったので、僕はとっさに

「自転車発電と太陽光発電のどっちが勝つのか比べたらおもしろそうですよね(笑)!」

と冗談半分で提案した。僕は過去にママチャリで日本一周した経験があり、それをやっているときにふと思った疑問をここで出してみたのである。

そしたらそのネタに池本編集長が予想外に食いついてくれ、大盛り上がりしてネタがどんどんと膨らんでいった。

【画像4】(写真撮影/大嶺 建)

【画像4】(写真撮影/大嶺 建)

そして気づいたらこうなっていた。

もちろん自転車を借りて、部屋を借りて……と段取りを踏んでやっているので、いきなり拉致されて企画に巻き込まれたという意味で言っているわけではない。

冗談で言った企画が、編集部から連絡が来て、ガッチリとした企画になり、まさか家を借りて行うほどの大掛かりなものになるとは思っていなかったのだ。あれよあれよと気づいたらあとに引き下がれない状況になっていたのだ。

大人になると「言葉に責任をもたなきゃいけない」というのは本当のことであったと学んだ。

ただし、やるからには負けたくない。過去にママチャリで日本一周した経験は本当であるし、勝つ気でやらないとものごとはまったくおもしろくない。記事もおもしろくならない。

かくして「自転車発電 vs 太陽光発電」の火ぶたが切って落とされた。

自転車発電 vs 太陽光発電自転車発電 vs 太陽光発電の対戦ルール
・ママチャリを使用して発電を行う
・宿泊して2日にわけて行う
・制限時間は最大10時間(借りている部屋の使用時間が決まっているため)
・Wh(電力量)で対決する ※1時間でどのくらいの電力が稼げるかの値

今回の企画を簡単に言うと「自転車発電で太陽光発電に勝てるのか?」という検証である。

【画像5】(写真撮影/大嶺 建)

【画像5】(写真撮影/大嶺 建)

【画像6】(写真撮影/大嶺 建)

【画像6】(写真撮影/大嶺 建)

自転車発電と太陽光発電を比べるために、今回は積水ハウスの賃貸住宅をお借りすることができた。亀有駅から徒歩5分という好立地な部屋だ。

ここまできれいな部屋を用意されていたら、僕の言った「あとに引けない状況になっている」という言葉の意味がよく分かると思う。やるしかないのだ。

【画像7】(写真撮影/大嶺 建)

【画像7】(写真撮影/大嶺 建)

実はこの家は太陽光発電ができるだけでなく、なんとその日に発電した電力量がどのくらいかを見ることができる「HEMS」という端末までついているのだ。

こんなに今回の企画に適した家もなかなかないだろう。

【画像8】(写真撮影/大嶺 建)

【画像8】(写真撮影/大嶺 建)

今回の企画では「vs 太陽光発電」という形をとるために、仮想対戦相手を用意した。仮想対戦相手には太陽光発電ができる家で一日過ごしてもらう。

つまり「自転車で一生懸命漕ぐ人(自転車発電)」vs「家でダラダラ過ごす人(太陽光発電)」という、図式にして分かりやすくした。

仮想対戦相手として選んだのはアイドルのカワシマユカさんだ。彼女はアイドルグループを自ら運営して立ち上げている途中であり、現在はアイドルニートを自称している。そのため一日中家の中ですごしてもらう今回の企画に合っていると思ったからだ。

あと「企画的に写真が地味になりそうだから女の子を呼んだ」という大人の事情もある。むしろこっちの理由がメインかもしれない。

【画像9】(写真撮影/大嶺 建)

【画像9】(写真撮影/大嶺 建)

ちなみにカワシマユカさんには、仮想敵なので「なるべく僕がムカつくようなことをやってほしい」とお願いしてある(お願いしなきゃよかったと後悔した)。

どうでも良いけど灰色のパーカが被っていて、親戚のぎこちない記念撮影みたいになった。

自転車の準備に時間がかかる/部屋の説明を受ける【画像10】(写真撮影/大嶺 建)

【画像10】(写真撮影/大嶺 建)

ということで対戦は始まったのだけれど、まずは下記のように自転車発電の準備をしなければならない。

自転車を家の中に運び込む

発電機を組み立てる

発電機に自転車をセットする

自転車発電のセットは有限会社ひのでやエコライフ研究所でお借りした。これが予想以上に組み立てるのに時間がかかる重労働であった。というか僕はイケアの家具すら組み立てるのを挫折したことがある男だ(結局そのときは兄を呼んでことなきを得た)。

【画像11】(写真撮影/大嶺 建)

【画像11】(写真撮影/大嶺 建)

このときもなかなか上手く組み立てられず、写真撮影をしてくれているカメラマンに手伝ってもらいながら2時間くらいかかってようやく準備をし終えた。この組み立て段階が今回一番だったと言ってもいいくらい大変だった……。

【画像12】説明をしてくれているのはZEH体験宿泊のPR担当をしている向井さん(写真撮影/大嶺 建)

【画像12】説明をしてくれているのはZEH体験宿泊のPR担当をしている向井さん(写真撮影/大嶺 建)

そのころカワシマユカさんはこの家の設備の説明を受けていた。

この家はZEH(ゼッチ)の基準を満たした家である。ZEHとは、ネット・ゼロ・エネルギー・ハウスの略称で、断熱や省エネ、そして太陽光発電などで電力を売り、年間の一次消費エネルギー量(空調・給湯・照明・換気)の電気代をゼロにするという住宅である。

【画像13】ソーラーパネルが最初から設置されている(写真撮影/大嶺 建)

【画像13】ソーラーパネルが最初から設置されている(写真撮影/大嶺 建)

【画像14】お風呂も大気の熱を利用してお湯を沸かすエコキュートが採用されている(写真撮影/大嶺 建)

【画像14】お風呂も大気の熱を利用してお湯を沸かすエコキュートが採用されている(写真撮影/大嶺 建)

【画像15】窓はなんとガラスが二重になっており、外の冷気が入りづらくなっている。外側にガラスがあるため、内側の窓には水滴ができずカビの心配もない(写真撮影/大嶺 建)

【画像15】窓はなんとガラスが二重になっており、外の冷気が入りづらくなっている。外側にガラスがあるため、内側の窓には水滴ができずカビの心配もない(写真撮影/大嶺 建)

今回借りた部屋も、高断熱材を使用した壁、2枚のガラス板でつくられた複合ガラスの窓など、熱を逃がさないようなエコなつくりになっている。そして太陽光発電ができるので家で電力を生み出し、それを自動で売ってくれる。

家の工夫によって熱を外に逃さずにエコな過ごし方ができ、さらに自分の家の電気代を太陽光で生まれた電気でまかない、実質的に電気代が概ねゼロ以下になるようになっているのだ。

【画像16】太陽光発電などでどのくらい電気が売れたのかは、HEMSという端末ですぐに確認することができる(写真撮影/大嶺 建)

【画像16】太陽光発電などでどのくらい電気が売れたのかは、HEMSという端末ですぐに確認することができる(写真撮影/大嶺 建)

ZEHの家に無料で宿泊体験ができるキャンペーンがあり、今回はその中の一つを借りているという形だ。

【画像17】(写真撮影/大嶺 建)

【画像17】(写真撮影/大嶺 建)

発電機の準備をしながら横で僕も聞いていたんだけど、「ZEHってどういう意味か知っている?」という質問に対して、カワシマユカさんは

「ゼッチって漢字でどう書くんですか?」

と聞くほどだったので本当に何も知らないようであった。それにしても漢字という発想はなかった。「絶地」と書くと思ったのだろうか? 漢字で書くと『るろうに剣心』とかに出てくる必殺技っぽくなる。

【画像18】(写真撮影/大嶺 建)

【画像18】(写真撮影/大嶺 建)

カワシマユカさんが説明を受けている間に着々と準備を進めて、いよいよ自転車は組み上がった。あとはひたすら漕ぐだけだ。

自転車発電の計算方法【画像19】(写真撮影/大嶺 建)

【画像19】(写真撮影/大嶺 建)

ということで僕の勝負がいよいよ始まった。時刻はだいたい16時ごろ。22時までは漕げるので、6時間は漕げる計算になる。あとはとにかく必死に漕ぐだけである。

それにしても異質な空間である。女の子がいる部屋で僕はひたすら自転車を漕いでいる。なんだろうこの空間。新しいフェチ動画として世に発信したほうが良かったかもしれない。

【画像20】自転車発電の仕組み(画像作成/megaya)

【画像20】自転車発電の仕組み(画像作成/megaya)

自転車発電といっても、漕げば漕ぐだけ電力が溜まっていくという仕組みではない。(蓄電ができれば話は別であるが、)どれくらいの電力を消費するか、が計算される。

分かりやすくいうと、例えば自転車に繋いでスマホを充電する場合はMAXで5W(ワット)までしか発電できない。つまりずっと5W分のスピードを出して漕げば充電されるわけだ。

しかし例えばドライヤーの場合は約1000Wほどあるので、その分の力を常に出してないといけない。自転車を一生懸命漕いでもそのW数にいかない場合は、ドライヤーが動くことはないのだ。ほぼ全力でずっと漕いでいないといけないので、自転車発電でドライヤーを動かすのはかなりの労力がいる。

つまりW数が高いもので発電すれば大変だけど稼げる電力は大きくなり、W数が低いもので発電すれば楽だけど稼げる電力が小さくなるのだ。

【画像21】(写真撮影/大嶺 建)

【画像21】(写真撮影/大嶺 建)

今回はWh(ワットアワー)という単位で勝負を行う。Whとは1時間でどのくらいのWを発電しているかを表す単位だ。100Wを1時間使ったら単純に100Whだ。

ざっくりと言ってしまえば1時間の平均の値で勝負することになる。つまりは継続ができなければまるで意味がないのである。

なので僕はとにかく継続して電力を稼ぐことを目的として、体力的に負担が低いスマホを自転車に繋いで、常に5Wの発電をするようにした。

【画像22】スマホのメーターで発電量を確認できる(写真撮影/大嶺 建)

【画像22】スマホのメーターで発電量を確認できる(写真撮影/大嶺 建)

【画像23】(写真撮影/大嶺 建)

【画像23】(写真撮影/大嶺 建)

とにかく止まることが悪なので、ひたすら漕ぐ。ママチャリ日本一周した経験が蘇ってくるものの、やったのはもうすでに7年も前の話だ。体力的には今とかなり違う。普段運動しないので開始10分でかなり体力が奪われた。足が早くも笑っている。

【開始1時間】暑さとの闘いだと気づく【画像24】(写真撮影/大嶺 建)

【画像24】(写真撮影/大嶺 建)

【画像25】(写真撮影/大嶺 建)

【画像25】(写真撮影/大嶺 建)

それにしても暑い。ZEHの家では高断熱材を使用しているので、部屋がとてもあたたかい。普段なら快適で過ごしやすい家なのかもしれないが、自転車を漕いでる今はそれが仇になっている。

とりあえず着ていたパーカを脱いだ。あと脱水症状が怖いので、水分は多めにとるようにした。

【開始から2時間】着替えてテンションをあげる【画像26】(写真撮影/大嶺 建)

【画像26】(写真撮影/大嶺 建)

走り始めて1時間経ったころに、膝がガクガクしていることに気づいた。運動不足がここに来て響いている。早くも辛くなってきた。

しかしこちらも太陽光発電に勝つために準備はしっかりとしているのだ。テンションをあげるために着替えよう。

【画像27】(写真撮影/大嶺 建)

【画像27】(写真撮影/大嶺 建)

【画像28】(写真撮影/大嶺 建)

【画像28】(写真撮影/大嶺 建)

【画像29】(写真撮影/大嶺 建)

【画像29】(写真撮影/大嶺 建)

【画像30】(写真撮影/大嶺 建)

【画像30】(写真撮影/大嶺 建)

ということでサイクルウェアに着替えた。初めて着たけど異常にカッコイイ……!

なぜこれを着たのかというと『弱虫ペダル』という自転車漫画が僕は好きで、ロードバイクに憧れがあるのだ。なのでサイクルウェアを着ただけで自然と笑みがこぼれてくる。やる気も出てくるのだ。

日本一周のときに学んだことの一つに「体力よりも精神を安定させた方が漕ぐ力が湧いてくる」という僕の中での学びがある。なのでこのサイクルウェアにも大きな働きがあるのだ。断じてただコスプレがしたかったわけではない。

【画像31】(写真撮影/大嶺 建)

【画像31】(写真撮影/大嶺 建)

僕が必死に漕いでる横でカワシマユカさんは『魔法少女まどか☆マギカ』というアニメのSNSゲームをずっとやっており、開始30分くらいでこの体勢になっていた。もはや実家のようである。

僕のことはまるで空気のように意に介していなかった。思っていたよりも図太い子なのかもしれない。

【開始から3時間】夜ご飯【画像32】(写真撮影/大嶺 建)

【画像32】(写真撮影/大嶺 建)

この日の制限時間は22時までなので(念のために騒音の心配も考慮して)、まだまだ先は長い。倒れないように食料と水は定期的にとるようにする。この「自転車に乗りながら携行食を食べる」というのも『弱虫ペダル』の憧れのシーンなのである。箱根の直線鬼と呼ばれる新開隼人がやっていて、それが真似できたのでひそかにテンションが爆上がりしていた。

ただこのくらいの時間が一番つらいのだ。まだまだ終わりは見えないし、漕ぎ続けないといけない。

必死に自転車を漕いでいるとインターホンが鳴った。「誰だろうか?」と疑問に思っているとカワシマユカさんが玄関に向かっていった。誰かがやってきたようだ。

【画像33】(写真撮影/大嶺 建)

【画像33】(写真撮影/大嶺 建)

【画像34】(写真撮影/大嶺 建)

【画像34】(写真撮影/大嶺 建)

【画像35】(写真撮影/大嶺 建)

【画像35】(写真撮影/大嶺 建)

……

携行食を食べている僕を尻目にカワシマユカさんの夜飯がこれみよがしに到着した。ピザと寿司とコーラである。「欧米か!!」という懐かしいフレーズで全力でツッコミたくなる夜ご飯である。

【画像36】(写真撮影/大嶺 建)

【画像36】(写真撮影/大嶺 建)

実においしそうに食べるカワシマユカさんを横目に足を動かす。僕は初めに「闘いなのでムカつくことをやってください」とお願いしているため、彼女は何も間違ったことはしていない。正しい働きなのだ。彼女をキャスティングしてよかった。ムカつくけど。

それから一つ言っておきたいのは、僕はピザや寿司は食べていない。お腹いっぱいで自転車に乗ると辛くなるのは経験則で分かっているし、何事も真剣にやったほうがおもしろくなると思っているからだ。

【開始から4時間】体にガタが来る【画像37】(写真撮影/大嶺 建)

【画像37】(写真撮影/大嶺 建)

だんだんと体力の限界に近づいてくる。足のガクガクが尋常じゃなくなってくるし、飲み物の消費量がかなり多くなってくる。もうすでに2リットルを消費している。

【画像38】(写真撮影/大嶺 建)

【画像38】(写真撮影/大嶺 建)

その一方でカワシマユカさんはポテチを食べながらゴロゴロしていた。まさにアイドルニートに恥じない動きである。

【開始から5時間】昔を思い出す【画像39】(写真撮影/大嶺 建)

【画像39】(写真撮影/大嶺 建)

【画像40】(写真撮影/大嶺 建)

【画像40】(写真撮影/大嶺 建)

体力は消耗しているものの、だんだんとどのくらいのペースで漕げば良いのか掴んできたので、スマホをいじりながらでも走れる余裕が出てきた。

またも自転車日本一周したときの知識が活きてきた。「中途半端に休んだり走ったりしてはいけない」ということを思い出したのだ。自転車で長い距離を走るためには常に一定のペースで走るのが大切だ。マラソンと同じだ。常に漕ぎ続けろ……!!

【画像41】(写真撮影/大嶺 建)

【画像41】(写真撮影/大嶺 建)

僕の心の中で熱い思いがほとばしっているとき、カワシマユカさんはスマホで『弱虫ペダル』のアニメの最新話を見ていた。

いやいやいや、真横で一人でママチャリで必死に走っているんだからこっち見てくれ。スマホに写った『弱虫ペダル』じゃなくて、現実のママチャリ男をせめて応援してくれ。

【開始から6時間】今日のラストラン【画像42】(写真撮影/大嶺 建)

【画像42】(写真撮影/大嶺 建)

途中で足をつりながらも、いよいよラストスパート。とにかく必死に漕いで漕ぐしかない。何も考えず、ただただ走り抜くだけである。ここまで来ると体力ではなく精神の問題である。

大丈夫だ。おれは最後までやれる。走れる。頑張れる。やれる。頑張れ。最後まで……!!

【画像43】(写真撮影/大嶺 建)

【画像43】(写真撮影/大嶺 建)

ちらりと横を見るとアイスを食べながら彼女はこっちを見ていた。

クソ野郎……!!

就寝【画像44】(写真撮影/大嶺 建)

【画像44】(写真撮影/大嶺 建)

6時間走り切ったので、いよいよ就寝である。しかしさすがにアイドルと同じ部屋で寝ることはできないので、池本編集長の紹介で近くにある知り合いの家に移動した。

泊まらせてもらう家は、築95年の木造建築の長屋なので、先ほどのZEHの家と比べてかなり寒い。

【画像45】ZEHの部屋の壁の温度(写真撮影/大嶺 建)

【画像45】ZEHの部屋の壁の温度(写真撮影/大嶺 建)

【画像46】築95年の長屋の壁の温度(写真撮影/大嶺 建)

【画像46】築95年の長屋の壁の温度(写真撮影/大嶺 建)

ついこの前Amazonで「壁の温度が測れる機械」があったので衝動買いした(なんで買ったのか覚えていない)。

試しにZEHと長屋でどのくらい違うのかやってみたら一目瞭然であった。壁の温度が8度も違うのだ。やっぱり高断熱材を使用している効果がハッキリと出ている。数値を見たら余計に寒く感じてきた。壁の温度なんて測らなければよかったと後悔した。

【画像47】(写真撮影/大嶺 建)

【画像47】(写真撮影/大嶺 建)

【画像48】(写真撮影/大嶺 建)

【画像48】(写真撮影/大嶺 建)

あまりに寒かったので寝袋を借りて就寝。まさか家の中で寝袋を使うことになるとは思わなかった。あとこの企画が思ったより過酷で辛い。

こうやって写真で見ると寝るときの差がえげつない……。

ラスト2時間【画像49】(写真撮影/大嶺 建)

【画像49】(写真撮影/大嶺 建)

朝6時前に起きた。前日が過酷で「もうやりたくない……」となるかと思ったが、意外にも気持ちはやる気で満ち溢れていた。

早めにZEHの家に戻り、朝の7時から再び漕ぎ始めた。いよいよ残り2時間である。これで勝負が決まる。

コツコツやっている人が勝つ世の中であって欲しい。そう願いながら必死に漕ぐ。

【画像50】(写真撮影/大嶺 建)

【画像50】(写真撮影/大嶺 建)

思えば21のときに家出をしてママチャリ日本一周をしてから、もう7年も経っていた。あのときはとにかく毎日必死に生きていて、明日のことなどこれっぽっちも考えていなかった。

毎日とにかく必死にペダルを漕いで、毎日必死に限界に挑んだ。

今はどうだろうか?
毎日を必死に生きているだろうか?
一つ一つを大切に生きているだろうか?

どうですか?僕?

あのころを思い出して今はペダルを漕いでいる。久しぶりに全力で生きている。今はそれがただただ誇らしい。

【画像51】(写真撮影/大嶺 建)

【画像51】(写真撮影/大嶺 建)

完走……!!!

今日僕はここで大切なことを思い出し、大切なものを手にいれた。

カワシマユカさんもこの僕の姿にきっと感動しているはずだ……!!

【画像52】(写真撮影/大嶺 建)

【画像52】(写真撮影/大嶺 建)

化粧してました。

結果発表

5Wでずっとやり続けてきた僕の結果は約35Whという結果になった。僕は電力などには詳しくないが、これはそこそこの結果なんじゃないだろうか? 距離もサイクルメーターで測っていて約70kmを走破したことになる。

ということで、運命の結果発表……

【画像53】(写真撮影/大嶺 建)

【画像53】(写真撮影/大嶺 建)

【画像54】(写真撮影/大嶺 建)

【画像54】(写真撮影/大嶺 建)

なんと太陽光発電!!

しかも差が圧倒的だと言う。嘘だ。地道に努力して努力して、必死に漕いだあの時間はなんだったんだろうか。いやいや確認間違いの可能性もある。

それなりに頑張ったがさすがに最新鋭の機械には勝てないかもしれない。しかし「太陽光発電とどのくらい良い勝負ができたか?」ということだ。端末にてその結果を確認する。

【画像55】(写真撮影/megaya)

【画像55】(写真撮影/megaya)

昨日の発電量のデータを確認したのだが、昨日の発電量は1Whや2Whが多く、僕よりかなり低い数値を叩きだしていた。

「あれ? これ結果発表間違っていたんじゃないか?」

と思いもう一度確認したみたところ「単位の読み間違えしていませんか?」と指摘された。ん? 単位?

【画像56】(写真撮影/megaya)

【画像56】(写真撮影/megaya)

 【画像57】(写真撮影/megaya)

【画像57】(写真撮影/megaya)

単位が「kWh」だ。つまり僕が一生懸命に稼いでいた「Wh」の1000倍である。ZEHの家では1時間で最大3kWhも発電していた。太陽光発電に今の同じペースで追いつくためには、僕があと685人はいないとダメということだ。

僕は今まで家庭の電力はWh計算だと勝手に勘違いしていた。だからスマホの5Whを走り抜ければ勝てると思っていた。その勘違いをしたままだったので、つまりはこの企画がスタートした時点で負けが確定していたということだ。自分の無知さが憎い。

さらに僕の漕いだ電力を円に換算(1kWh=24円)すると約0.8円らしい。1円にすら満たない。どんなに頑張っても日本円にはならないのだ。つらすぎる。

真っ白に燃え尽きたよ。

発電は圧倒的に太陽光発電

1日当たりの電気使用量平均は18.5kWhくらいで、この家(ZEH)の発電量は、だいたい20kWh近くはいくらしい。ほぼ発電だけで電力をまかなえていることになる。

自転車だと1日分の電力稼ぐだけでも何年かかるか分からない。自転車発電ってもっと効率の良いものだと思ってた。よくよく考えたら効率がもしよかったら色んな家庭で流行るはずだもんなぁ……。

【画像58】(写真撮影/大嶺 建)

【画像58】(写真撮影/大嶺 建)

【画像59】(写真撮影/大嶺 建)

【画像59】(写真撮影/大嶺 建)

というか必死にやっている感じずっと出してたけど、実はアイス食べたり、カワシマユカさんがつくった動画見てたりしてだいぶ休んでいた。

8時間漕いで70kmしか走ってないのを考えると、思っていたよりサボっていたというのが自分でも分かる。

【画像60】(写真撮影/大嶺 建)

【画像60】(写真撮影/大嶺 建)

最後にカワシマユカさんに「今回、ZEHの宿泊体験でどこが一番よかった?」という話を聞いてみたら、

「シャワーが上下に動くのが一番良かったです!」

と元気よく教えてくれた。いやそれZEH全然関係ないから……!!