所在地:目黒区大橋12万円 / 34平米
東急田園都市線「池尻大橋」駅 徒歩7分
兎にも角にもこの物件の主役は庭。バルコニーから続く階段を下った先に、パラダイスが待っています。
今は植栽のツツジが植えてあるだけの素朴な庭なので、お気に入りの鉢をたくさん並べて緑あふれる場所にしたり、机や椅子を出してくつろげる場所にしたりと、工夫しながら快適にお使いいただけたら ... 続き>>>.
圧倒的に不動産情報が多いですが。。。。
所在地:目黒区大橋
所在地:港区虎ノ門JR山手線と並んで東京を代表する路線といえるJR中央線。中央線自体は「中央本線」と呼称を変えながら東京駅を出てから神奈川県、山梨県、さらに長野県へとつながる長い路線だ。そのうち東京都内に位置する駅は、東京駅から高尾駅の全32駅。そんなJR中央線・東京都内32駅の中古マンションの価格相場はどんなものか? 専有面積50平米以上~80平米未満の中古マンションの価格相場ランキングをご紹介しよう。
中央線(東京都内)沿線の中古マンション価格相場が安い駅ランキング順位/駅名/価格(駅所在地)
1位 西八王子 2730万円(東京都八王子市)
2位 日野 3930万円(東京都日野市)
3位 八王子 3939万円(東京都八王子市)
4位 豊田 3998万円(東京都日野市)
5位 国立 4725万円(東京都国立市)
6位 立川 4880万円(東京都立川市)
7位 東小金井 4980万円(東京都小金井市)
8位 武蔵小金井 5390万円(東京都小金井市)
9位 西国分寺 5580万円(東京都国分寺市)
10位 国分寺 5680万円(東京都国分寺市)
11位 武蔵境 5980万円(東京都武蔵野市)
12位 三鷹 5990万円(東京都三鷹市)
13位 阿佐ケ谷 6698万円(東京都杉並区)
14位 高円寺 6880万円(東京都杉並区)
15位 西荻窪 6980万円(東京都杉並区)
16位 荻窪 7130万円(東京都杉並区)
17位 大久保 7190万円(東京都新宿区)
18位 中野 7380万円(東京都中野区)
19位 東中野 7494.5万円(東京都中野区)
20位 新宿 8080万円(東京都新宿区)
21位 御茶ノ水 8199万円(東京都千代田区)
22位 神田 9140万円(東京都千代田区)
23位 代々木 9180万円(東京都渋谷区)
24位 信濃町 9480万円(東京都新宿区)
25位 水道橋 9830万円(東京都千代田区)
26位 四ツ谷 1億480万円(東京都千代田区)
27位 千駄ケ谷 1億500万円(東京都渋谷区)
28位 市ケ谷 1億980万円(東京都千代田区)
29位 飯田橋 1億1000万円(東京都千代田区)
※東京、吉祥寺、高尾の各駅は調査対象物件数が10件以下のためランク外
リクルート住まいカンパニーが毎年調査する「SUUMO住みたい街ランキング(首都圏版)」では、JR中央線は2018年から5年連続で「住みたい沿線ランキング」の4位に輝く人気の路線。人気が高いと沿線にある物件の価格もアップしがちだが、広範囲にわたる路線だけあって駅ごとの価格相場の開きが大きいことが調査により判明した。
最も安かったのは八王子市にある西八王子駅で、価格相場は2位より1200万円も安い2730万円だった。中央線の都内最西端の駅である高尾駅の一つ手前に位置し、JR中央線の快速と通勤特快を乗り継ぐと新宿駅まで約48分、東京駅までは約1時間2分で到着する。

西八王子駅(写真/PIXTA)
1位・西八王子駅には生鮮食料品を扱う「市場館」と飲食店やドラッグストアなどが並ぶ「生活館」からなる「セレオ西八王子」が併設されている。駅周辺には多彩な飲食店が点在し、深夜1時まで営業するスーパーがあるのも便利なところ。また、駅南口から徒歩3分ほどの場所には、スーパーをはじめ100円ショップやドラッグストア、ベーカリーやクリニックなどを備えた「コピオ西八王子駅前」が2021年10月にオープンした。駅北口から7~8分も歩けば、南浅川の河川敷へ。川沿いには散策やサイクリングにぴったりな「浅川ゆったりロード」が整備され、春は桜並木が沿道を美しく彩ってくれる。日常の買い物に便利な施設がそろい、自然も身近に感じて暮らせるうえに価格相場も安い西八王子は、穴場の駅と言えそうだ。
2位は日野駅で、価格相場は3930万円。日野市を代表する駅の一つであり、駅の約15分圏内には市役所や市立図書館、広々とした「市民の森スポーツ公園」、トレーニングジムを備えた「市民の森ふれあいスポーツホール」といった市の施設が点在している。かつては甲州街道の宿場町として栄え、駅から10分ほど歩くと都内に現存する唯一の本陣である「日野宿本陣」の見学も可能だ。また、新選組の副長・土方歳三の出身地としても知られ、「新選組のふるさと歴史館」もあるなど歴史好きにはそそられる街だろう。

日野宿本陣(写真/PIXTA)
日野駅前に目を向けると飲食店が並んでいるほかスーパーやドラッグストアも複数あり、日常の買い物にも困らない。駅から北へ10分ほど歩くと、のどかに流れる多摩川が見えてくる。土手には緑が茂り、西方を見ると遠くに奥多摩の山影も見える。休日にぶらりと散歩をして、自然あふれる風景を眺めつつ気分転換するのもいいだろう。
3位には、1位・西八王子駅よりも1駅東京方面にある八王子駅がランクイン。価格相場は3939万円だった。八王子市はもちろん東京多摩地域を代表する駅であり、町田・横浜方面と結ばれたJR横浜線も乗り入れている。八王子駅から徒歩5分ほどの場所には京王線・京王八王子駅もあり、駅周辺は大にぎわい。JRと京王線の駅舎ともに商業施設が入った駅ビルがあるほか、ショッピングモールをはじめとした大型商業ビルが駅前に建ち並んでいる。一方で駅前の喧騒を離れると、西八王子駅周辺から「浅川ゆったりロード」が延びる浅川や、湧水が流れる谷や森と遊具広場を備えた「小宮公園」も。都市部の便利さと多摩地域らしい自然が共存する街並みと言える。JR中央線の通勤特快の停車駅なので、新宿駅まで約40分、東京駅まで約54分で行ける点も魅力だ。

八王子駅北口(写真/PIXTA)

浅川ゆったりロード(写真/PIXTA)
再開発で街が様変わりしつつある、あの駅は何位?続いて4位以下の注目の駅も見ていこう。まずは3998万円で4位にランクインした、日野市に位置する豊田(とよだ)駅。先行して再整備された駅北側に続き、現在は駅南側で街の再整備が進行している。駅の南側を流れる浅川手前までの約87haにわたる土地の区画整理を行い、歩道の幅を広げるなどの生活主要道路の整備や、公園の整備などが行われている状況だ。

豊田駅周辺(写真/PIXTA)
豊田駅南の土地区画整理事業の完了は2028年度の予定だが、すでに整然とした街並みへと変化がみられ、2023年度には南口駅前広場の本整備も予定されるなど着々と生まれ変わりつつある。現状でも駅北側に「イオンモール多摩平の森」や市立の総合病院があって暮らしやすいが、今後はより魅力的な街になると期待できそう。
もう1駅、18位にランクインした中野区の中野駅をピックアップ。中野駅は「SUUMO住みたい街ランキング2022(首都圏版)」で「住みたい街」19位、「穴場だと思う街」22位に選ばれている。価格相場は7380万円とトップ3に比べるとグッとアップ。しかし「穴場=街の利便性のよさを考えると物件価格が割安に思える」として名前が挙がるだけに、住みやすい様子。どんな街か見てみよう。
18位・中野駅はJR中央線快速の停車駅で、朝8時台はほぼ2~3分間隔で東京方面行きの快速が発車。新宿駅まで約5分、東京駅までは約19分で行くことができる。また、東京メトロ東西線の始発駅でもあり、飯田橋駅や大手町駅、葛西駅へもアクセスしやすい。駅周辺には個性的なテナントが軒を連ねる「サブカルの聖地」として知られる商業施設「中野ブロードウェイ」や、220m以上続くアーケード商店街「中野サンモール」などの商業施設が豊富で、生活する街・遊ぶ街として愛されてきた。

中野ブロードウェイ(写真/PIXTA)
また、ここ10年ほどは働く街としての注目度も上昇。2012年に駅北西側に再開発エリア「中野四季の都市(なかのしきのまち)」が街びらきを迎え、オフィスビルの中野セントラルパークや大型公園、大学のキャンパスなどが誕生した。そして駅周辺の再開発はまだまだ進行中だ。中野四季の都市の一角では区の新庁舎が建設中で、2023年度内に完成予定。駅北側に建つ街のランドマーク「中野サンプラザ」は2023年7月に閉館の後、オフィスやホテルなどの複合施設に建て替えが予定されている。さらに駅南側でも駅前広場の整備、業務・商業・住宅の複合ビルの建設などを計画。2029年度の完了を目指す街づくり事業により、中野駅周辺は一大転換期を迎えているのだ。

中野サンプラザ周辺(写真/PIXTA)
さて、今回のランキングを振り返ってみると、東京駅から近い順に神田駅~代々木駅の9駅が21位~29位、新宿駅~武蔵境駅の10駅が11位~20位、東小金井駅~西八王子駅の10駅が1位~10位にランクインしている(※調査条件を満たさない東京、吉祥寺、高尾の各駅を除外)。「東京駅から遠いほど価格相場が安い」という、大方の予想を裏切らない結果と言えるだろう。
ちなみに東京駅に最も近い22位・神田駅は価格相場9140万円で、ランキング中で最も遠い1位・西八王子駅は2730万円と、その差は6410万円。しかし遠いと言っても西八王子駅~東京駅は1時間少々で、前述の通り西八王子駅周辺の生活環境も整っている。都心部への近さばかりにとらわれないほうが、自分の暮らしにあった住まいが見つかるかもしれない。
●駅順の価格一覧
※東京、吉祥寺、高尾の各駅は調査対象物件数が10件以下のためランク外
●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている中央線(東京都内)沿線の駅掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ、専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2022/8~2022/10
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
「近所に素敵なお屋敷があったのに取り壊されてしまった……」。そんな経験がある人もいるのではないでしょうか。現代日本では建物に歴史的、建築的価値があっても、継承していくことが難しいものです。では、どうすれば歴史ある建物を継承し、住み継いでいくことができるのでしょうか。神奈川県葉山町の旧足立邸を購入し、子育てをしているご夫妻に話を聞きました。
1933年築の旧足立邸。2022年夏には国登録有形文化財に
旧足立邸の外観。見た人の心をわしづかみにする美しさ(写真提供/旧足立邸)
旧足立邸は神奈川県葉山町にある1933年に建てられた西洋式別荘、いわゆる洋館です。王子製紙取締役だった実業家・足立正氏が、自身の家族と夏を過ごすための別荘として建て、今も「旧足立邸」と呼ばれています。この旧足立邸の設計を手掛けたのは、早稲田大学の大隈講堂、日比谷公会堂の設計などを手掛けた佐藤功一氏。ハーフティンバー様式による美しい外観の佇まいはまさに圧巻のひとことで、2022年夏には、その歴史的価値が認められ、国登録有形文化財(建造物)として登録されました。

旧足立邸の内観。ご家族が暮らしているとは思えないのですが、4人家族のお住まいです(写真撮影/桑田瑞穂)
ここで暮らしていらっしゃるのが、柴田夫妻とそのお子さんたちです。「よく、本当に住んでいるの?と聞かれるんです」と妻の結さんは微笑みます。確かに、クラシカルかつ優美な世界観で統一された室内は、生活感が溢れ出てしまう暮らしとはほど遠く、にわかには信じ難いもの。ですがご家族は、確かにこの住まいで暮らし、日々を過ごしていらっしゃいます。

POLYPHON社のオルゴール。アンティークの品々と洋館の組み合わせで、まるで別の世界にいるようです(写真撮影/桑田瑞穂)

何気ないインテリアが美しく、ため息がでます(写真撮影/桑田瑞穂)
資金面に建築法規。住宅の継承を阻む難題は山積み!ただ、歴史的にも建築的にも価値のあるこの建物も、継承者がなかなか見つからず、一時期は取り壊しの危機にありました。歴史的な建物の継承が困難なのにはいくつか理由がありますが、主なものとして
(1)相続などにより売却、現金化の必要がある
(2)継承者そのものを見つけるのが難しい
(3)建物が現在の建築基準を満たさない
(4)購入するにしても住宅ローンが利用しにくい
(5)現在のライフスタイルにあわず、建て替えたほうが使い勝手がよい
(6)保守・維持にも人手、金銭面での負担が大きい
といった点が挙げられます。そのため、第三者が思っている以上に継承は容易ではなく、やむを得ず取り壊されてしまうのが実情のようです。
では、この旧足立邸は、どのようにして継承されたのでしょうか。ご夫妻に住まい探しについて伺ってみました。

応接室。現在、アンティークギャラリーになっています※住まいのため非公開(写真撮影/桑田瑞穂)
「そもそも住まい探しの思い立ちは、よくある話です。結婚して、夫婦で都内の賃貸住宅に暮らしていましたが、妻が妊娠したので住まいを買おうか、というもの。ただ、東京都内のマンション、一戸建てを見学していたものの、なかなかよいものがなくて」と夫が振り返ります。販売されている住まいを見学すればするほど、2人の「なにか違う」という違和感が大きくなっていったのだといいます。

玄関入ってすぐの吹抜け。ドール用の椅子がお出迎えしてくれます(写真撮影/桑田瑞穂)
「もともと私がアンティークショップに勤務していて、味わいのある古いもの、本物を大切にしたいという価値観だったんです。学校も横浜の山手に通っていたので、本物の洋館を目の当たりにしてきましたし、できるならお城か教会に住みたいと思っていたほど(笑)。だから日本の住まいを見ても、『○○風』だと物足りなくて……、もちろん輸入住宅も見学しましたが、どうも違う。海外の建物を移築してこようかと一時は本気で考えました」(結さん)
夫も「私自身も学生時代から古い建物が好きで、年月とともに味わいを増す、本物の建物で暮らしてみたいという思いがありました」といいます。そんなときにたまたま見つけたのが、売りに出されていた旧足立邸でした。2018年夏のことです。
「すぐに見学して申し込みをしたものの、金額面で折り合わなかったんですね。ただ、前の所有者さんとしては建物を壊さずにここで暮らしてほしいという意向を強くお持ちでした。他の購入希望者は法人が多く、建物を取り壊して開発する話もあったそうです」(夫)

玄関ホール。タイル貼りはモダンであり、クラシカルであり。室内の壁材は調湿作用のある繊維板「トマテックス」が使われています(写真撮影/桑田瑞穂)
旧足立邸だけではありませんが、古い建物は敷地にゆとりがあることが多いもの。経済合理性を考えれば、取り壊して土地活用を考えるのがもっとも王道といえるでしょう。それでも、建物を残したいという前所有者の意向もあり、他の購入希望者へすぐに売却という運びにはなりませんでした。

階段をあがった2階。吹抜けに重厚な手すり。フォルムも完璧(写真撮影/桑田瑞穂)
一方、ご夫妻も旧足立邸の購入はいったん保留とし、その後約1年半、住まい探しを続けていましたが、2019年が終わろうとするころ、ついに敷地の開発を計画する法人相手に売却が決定したという話を聞いた不動産会社が「旧足立邸の購入は諦めますか?」と夫妻に声をかけたのだといいます。
「他にもたくさん見学しましたが、洋館ってないんですよね。あったとしても、古いだけでボロボロだったり、場所が神戸などの首都圏外だったり。海外からの移築となれば予算も時間も想像以上にかかる。今後、子どもが大きくなれば、どんどん制限も出てきて、理想の住まいと出合えそうにない。だとしたら、ここで腹をくくろうと判断したんです」。予算を超えて高額とはなりましたが、ついに夫妻は購入を決断しました。
のちに聞いたところ、法人との契約はほぼ最終段階で、あとは判子を押すだけ、というところまできていたそう。「建物を残したい」という夫妻と不動産会社の思いがギリギリの展開を引き起こしたのです。

2階の児女室。今でいう子ども部屋でしょうか。ここは洋室&ベッドのスタイルです(写真撮影/桑田瑞穂)
ゼネコンや建築関係者、金融機関の熱意で難題を乗り越えるそうして購入を決断したものの、今度は建物の復元と暮らしにあわせたリノベ、さらに住宅ローンの問題が立ちはだかります。
「まず、洋館を買ったといっても、周囲に経験のある人がいない(笑)。完成当時の姿に復元すべきなのか、何からどう手をつけたらいいのか。困って会社の先輩に相談したところ、いい人を紹介してあげる、といわれて、大手ゼネコンで歴史的建造物の改修と活用を手掛ける専門家と出会うことができました。そこから住宅継承を手掛けている『住宅遺産トラスト』につないでもらい、古い建物の修繕やリノベについて情報をもらいました」
詳細を専門家に調査してもらったところ、建物の主要構造部に腐食や劣化はなく、耐震性や断熱性などは厳密には解体しないと詳細はわからないものの、まずは問題ないだろうという結論に至ったといいます。
また、歴史ある旧足立邸は戦後の一時期、GHQに接収され、その後も複数の所有者の手に渡っていました。そのため、キッチンやお風呂などは都度、リフォームされていたといいます。ただ、設計当時の建築図面が散逸していることもあり、完成当時の姿に復元することはあきらめ、お風呂は現在の家族が暮らしやすいデザインへと変更。さらに下水がきていなかったため敷地内に下水道を引き込む工事、食堂の壁紙と建具の修繕などのリノベーションを実施し、当面の家族の暮らしやすさを実現しました。

暮らしやすさを考慮しリノベーションした浴室(写真撮影/桑田瑞穂)

脱衣所からみたところ。どこを撮っても美しい(写真撮影/桑田瑞穂)

洗面はツインボウルを採用。家族が多く、忙しい朝でも便利ですね(写真撮影/桑田瑞穂)
こうしたリノベーション費用は夫妻の貯蓄から捻出したものの、想像以上に費用はかかったといいます。
「本当ならキッチンや和室も手を入れたかったのですが、まずはすぐに暮らせることを優先しました。ただ、暮らしてみると思ったより和室はしっくりきてなじみますし、子育てもしやすいですね」と結さん。

2階の和室はお部屋からの眺めも良好。和と洋の塩梅が絶妙です。昭和を舞台にした小説などの舞台にもなりそう。ふらっと探偵さんが出てきそう(写真撮影/桑田瑞穂)

窓側から室内をみると完全に和室。視線の切り替えによってまったく異なる世界になる設計の妙(写真撮影/桑田瑞穂)
住宅購入費用は住宅ローンを利用し、現在、返済しているといいます。
「ただ、大半の金融機関には断られました。まず、住宅ローンの融資条件が上限1億円という金融機関が多く、そこで半分くらいお断り。次に建物ですね。当然ですが(住宅ローン審査に必要な)検査済証などもないので、そこでさらに金融機関に断られるんです。また、『ほんとに住むんですか?』とも聞かれました。この建物は女中部屋も含めると、なにしろ11部屋もあるので(笑)」(夫)
ただ、金融機関のなかでも、古い建築物を残していくことに理解のある大手金融機関の担当者と出会えたことで事態は好転。「ここで夫妻が住宅ローンを組めなければ、旧足立邸が解体されてしまう」と熱意をもって上長に掛け合ってくれたことで、なんとか融資を受けることができたそう。
「ドラマさながらの、熱い金融マンの世界ですよね。いい人に巡り会えました」といい、建築関係者と金融の担当者、それぞれの力と熱意があり、無事、「継承」が行われたようです。

照明などでも残されたものはできるだけ使う一方、絵画などは夫妻の好みでセレクト。世界観に合い過ぎる(写真撮影/桑田瑞穂)
良い建物は人を集め、暮らしを豊かにする現在、家族が暮らしはじめて2年と少しの月日が経過。建物の一部を撮影場所として貸し出していることもあり、ロケハン(下見)や撮影スタッフ、建物の調査研究者、文化財登録のための行政担当者など、日々、多くの人が住まいと関わり、つながりをもたらしてくれるといいます。
「とにかく庭が広いので、子どもたちは庭でよく遊んでいます。私のきょうだいの子どもたち、つまりいとこたちですが、この建物が大好きでよく遊びにきています。コロナ禍で思うように外出できなかったときも、庭があるので、息が詰まるようなこともありませんでした。日に日に移りゆく、草木の変化も本当に愛おしくて。ただ、庭も理想の姿とは遠いので、もう少し手入れをしたいのですが」と結さん。
夫は現在もテレワークのため、週2日ほど自宅で仕事をしていますが、サンルームに書斎、庭など、仕事をする場所に困ることはありません。
「修繕にかかわった大手ゼネコンの人に言われたのが、『この家は力があるから、何もしなくても人が集まるよ』と。確かに毎週末、誰かが来ていて、話がつきることもないし、子どもたちは常に遊んでもらっています。リノベーションを担当してくれた人も含めて、多くの人が同年代で、価値観も似ている。この住まいに携わらせてほしい、という人もいるほど。東京で、単に不動産を買うだけだったら、こうはならなかったでしょうね」といいます。

経年の味わいを感じられる廊下。傷も唯一無二だと思うと愛着すら感じます(写真撮影/桑田瑞穂)
建物の維持・管理を、お金と時間がかかる「義務」ではなく「趣味」として捉えると、こんなにも豊かな考え方ができるのだ、と気付かされます。また、結さんは洋館での暮らしを、「心の支えでもある」と話します。ともすれば子育てや現実に追われがちな日々だからこそ、大切なもの、美しいものが心の支えになるというのです。多くの人の願いと思いによって無事、継承されたこの建物、さらに50年、60年と豊かな時を紡いでいってほしい、そして願わくば次の世代へ……。洋館や古い建物が好きな一人として、そう願ってやみません。
●取材協力
旧足立邸
Velvet Knot /Antiques・洋館暮らし
所在地:立川市若葉町
所在地:中央区新川
所在地:台東区東上野
所在地:武蔵野市吉祥寺南町
所在地:杉並区高円寺北世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載2回目は、国際的な女性建築家として知られたザハ・ハディド(Zaha Hadid)によるホテル「ME Dubai Hotel at the Opus(オウパスMEドバイ・ホテル)」(ドバイ)を紹介する。
建築が熔融した形態美学2021年10月から2022年3月まで、ドバイ国際博覧会が開催された。アラブ首長国連邦(UAE)切っての経済都市ドバイ。周知のように現在世界最高の828mの高さを誇るタワー「ブルジュ・ハリファ」があり、一説によれば1,700億円ほどの建設費と聞く。ドバイは中近東エリアでは有数の観光地であることはいうまでもないし、近くのアブダビもリッチな国で「ルーブル・アブダビ」という名建築がある。
国際的な女性建築家として知られたザハ・ハディドは、2004年に世界的に権威あるプリツカー賞を、女性で初めて受賞するという名誉に輝いた。彼女の流麗な曲線美を表現した作風は、世界の建築界を広く席巻してきた。

(Photo by Masayuki Fuchigami)
彼女が設計した「オウパスME ドバイ・ホテル」は、ドバイ・ダウンタウンとドバイ・ウォーター・カナルのビジネス・ベイに近いブルジュ・ハリファ地区にある。ということは上述のタワーの名前はこのエリアの地名にもなっているのだ。ザハ・ハディドが2007年にデザインしたこのホテルは、彼女が建築とインテリアを一緒に設計した唯一のホテルとして有名である。それはソリッド&ヴォイド(固体&空洞)、不透明&透明、インテリア&エクステリアというハイブリッドのバランスをコンセプトとしてデザインしたものである。
ホテルはかなり広く、延床面積が84,300m2もある建物は別個のふたつのタワーとしてデザインされ、それらを合体することで、キューブ形の全体として誕生した。ザハ・ハディドによれば、キューブの中心部は熔融し、建物デザイン上の非常に重要なボリュームである自由な形態の空間を創造しているという。建物両サイドの塔状部分は、地上レベルでは4層吹抜けのアトリウムで連結され、地上71mの位置では非対称な幅38mの空中ブリッジで連結されている。

(Photo by Laurian Ghinitoiu)
ガラス・キューブとなっている建物の直覚的な幾何学形態は、その中央にある8層吹抜けのヴォイド空間の流動性とは、ドラマティックな対照をなしている。またキューブの二重ガラス・インシュレーション・ファサードは、UV(紫外線)コーティングと鏡面フリット・パターンによってソーラー・ゲインを減少させている。建物全体に応用されたこのフリット・パターンは、建物の矩形フォームの明るさを強調している。他方、絶えざる反射と透明の変化による光の戯れを通して、建物全体のボリューム感を減少させている。
ヴォイド空間のファサードは6,000m2もあり、4,300枚の一重もしくは二重のカーブしたガラス・ユニットで覆われている。高効率のガラス・ユニットは非常に複雑な構成となっている。8mm厚のロウ・アイアン・ガラス(内側にコーティング)、16mmの間隙、および6mm厚の二重クリア・ガラスに1.52mmPVC樹脂をラミネートしたもので構成されている。ヴォイド空間のカーブしたファサードは、3Dデジタル・モデリングでデザインされたもので、強化ガラスを必要とする部分にも使用されている。
四角い形の建物のガラス張りファサードは、昼間は空をはじめ、太陽、周辺の都市景観を映し出す一方、夜間のヴォイド空間は個々のガラス・パネルに装備されたアジャスタブル(調節できる)なLEDライトのイルミネーションがダイナミックに輝いている。

(Photo by Laurian Ghinitoiu)
ホテルのインテリアに目を向けると、ザハ・ハディド自身がデザインした家具がホテル全域にわたって使用されている。ペタリナス・ソファとオットマンがロビーに配されている。これらは長いライフサイクルをもつ材料からできており、その構成部材はリサイクル可能というサステイナブル・デザイン。ベッドはオウパス・ベッドが使用され、デスク付きのワーク&プレイ・コンビネーション・ソファはスィートルームなどに置かれている。そのほか、彼女が2015年にデザインしたヴィターエ・バスルームが各客室に使用されている。つまりこのホテルは、全てがザハ・ハディドのデザインで埋め尽くされた貴重な建築作品なのだ。

(Photo by Laurian Ghinitoiu)
「オウパスMEドバイ・ホテル」には74の客室と19のスィートルームがある。そのほか「ザ・オウパス・ビル」全体では、オフィス、サービス付きレジデンス、レストラン、カフェ、バーなどがある。また有名な日本の炉端焼きレストランのROKAや、MAINEランド・ブラッセリーなどが入っているようだ。
「ザ・オウパス」ビルでは建物全域にあるセンサーが、省エネのためにホテルの混雑具合を判断して換気と照明を自動的に調節する。他方「オウパスMEドバイ・ホテル」は、インターナショナルME(メリア)ホテル群のサステイナブル・デザインと同じシステムを踏襲している。
ゲストは滞在中にホテル内でステンレス・スティールのウォーター・ボトルを受け取り、ホテル中に配置されたウォーター・ディスペンサーから飲料水を得る。客室にプラスティック・ボトルは一切なく、プラスティック・フリー・ホテルとなっている。ホテルではさらに食品廃棄を減らすためにビュッフェをサービスせず、食べ残した食品をリサイクルする生ゴミ処理機を用意しているという。サステイナブル・デザインの先端を疾走する世界的なSDGsホテルでもある。
世界中で先端的な建築を数多くデザインしてきた彼女が、2012年に開催された東京スタジアム・コンペで1等賞となり、来日した時の記者会見で会ったことがある。その時の彼女の晴れやかな佇まいが印象的だった。その後2016年にマイアミの病院で他界してしまったが、今でも彼女がデザインした未完の「東京スタジアム」に憧憬の念を抱いている人は少なくない。
●関連サイト
ME Dubai Hotel
所在地:世田谷区奥沢
所在地:荒川区西日暮里
所在地:世田谷区玉川田園調布
所在地:世田谷区成城
所在地:港区南青山
所在地:目黒区中目黒
所在地:神奈川県鎌倉市長谷
所在地:世田谷区池尻お揃いの白いポロシャツに身を包み、元気よく記念写真に収まるお年を召した方々。彼らは大阪府大東市の赤井地区の公民館に集まった老人会。背筋は伸び、血色も良いその姿から、95歳を筆頭に全員が74歳以上の高齢者とは思えない。実は彼らは、大東市が考案した「大東元気でまっせ体操」の愛好者だ。なにも彼らだけが特別なわけではない。大東市では毎週133箇所の拠点で、高齢者が自主的に集い、この体操を行っている。17年以上続くこの取り組みにより、まちに変化が生まれたという。どのように変化を遂げたのか、現地へ足を運んでみた。
体操が生まれたきっかけは、増え続ける高齢者の介護サービス介護保険制度が始まったのは2000年。その数年後には、大東市でも介護や支援が必要な高齢者が急増した。特に増加したのは介護の必要度が低い「要支援者」。「重度の要介護者の増加率はそれほどでもなかったですが、軽度の要支援者数が急増していることに疑問を感じました」と振り返るのは、当時大東市のリハビリテーション課に勤務していた逢坂伸子さん(現・大東市保健医療部高齢介護室課長)

市役所前で「大東元気でまっせ体操」を披露してくれた逢坂さん。全国に先駆けリハビリ専門員を雇い、誰もが住みやすいまちを目指す大東市の姿勢に共感しこの仕事に就いた(写真/藤川満)
2003年ごろ、逢坂さんは増え続ける要支援者の相談を受けるうちに、あることに気付いた。「相談者の身体の不具合の原因は、ほとんどが不活発な生活による筋力低下ということが分かりました」。そこで理学療法士の資格をもつ逢坂さんは、運動指導員と共に、主に下半身の筋力強化に繋がる体操を考案する。2005年、単に負荷を与えるだけでなく、脳のトレーニングにも繋がる動きも加え、「楽しさ」を重視した「大東元気でまっせ体操」が誕生する。
筋力強化に必要なのは、継続して取り組むこと。現在は全国各地で類似の体操はあるものの、大東市のように毎週市内各所で、高齢者のグループが自主的に取り組んでいるところは、少なくほぼない。「年一回程度のイベントなどで体操を教えても続かない、というのは過去の事例からも分かっていました」と逢坂さん。
そこで逢坂さんは、高齢者が集う特殊詐欺防止セミナーやカラオケ大会など、およそ200回の地域の集いに出向き、こう説いた。「今の不活発な生活のままでは、将来必ず介護サービスを受ける。すると年間数十万の出費になります。この体操を続ければその出費がなくなり、浮いた分でハワイ旅行に充てることもできます」。つまり「健康でいること」=「儲かる」と強調したことで、高齢者の目の色が変わった。「皆さんお金には興味があるのです(笑)」と逢坂さんも笑う。この提案が功を奏し、参加団体はみるみる増えていき、2022年の時点で、その数は133にものぼっている。
その効果は統計にも表れた。かつて約1100人いた市内の介護予防サービス利用者は、2018年度末には約300人に激減。現在もその数は減り続けているという。またこの体操に取り組む高齢者は、およそ3000人。大東市の高齢者人口の約10%にものぼっている。

各地域のグループは福祉委員会や老人会が中心になっている。赤井自治会老人会では年に一度市内の体操グループが集まる交流会への参加を機に揃いのポロシャツを作った(写真/藤川満)
体操を続けることで交流が生まれ、地域も元気になっていく大東元気でまっせ体操に、15年前の誕生当時から取り組んでいる赤井自治会の老人会。毎週土曜日10時に公民館に20人以上が集まり、モニターの前で身体を動かす。体操は椅子に座って身体を伸ばす「座位ストレッチ」に始まり、立って行う「立位体操」、床に横になる「臥位体操」など6つのプログラム、約40分の構成だ。実際にやってみると、ぽかぽかと身体が温まり、空腹を覚えるほどカロリー消費を実感する。

出席者はまず血圧を測って記入する。健康状態の観察と出席簿の両方を兼ねている(写真/藤川満)
この日の参加者の最高齢者は高橋シナヱさん95歳。「元気でいられるのは、この体操のおかげ」と、かくしゃくたる受け答え。さすがに立って行う体操は難しいものの、椅子に座ってメニューをこなす。「地域の人の輪が広がりました」と肉体的効果以外を語るのはリーダー的存在の田口組子さん75歳。これまで近所に住みながら、話を交わしたことがない間柄でも、この体操を通じて交流が生まれ、地域の仲間意識が高まっているという。

動作はあくまでゆっくりながら、普段あまり使わない筋肉を動かす動きが多い(写真/藤川満)

片足立ちやカンフーの動きを取り入れたりと、高齢者でなくともよろめきそうになる(写真/藤川満)
発案者である逢坂さんも「体操をして元気になれたからこそ、子ども見守り隊に参加したり、地域の民生委員になったりと、参加者が自然とその地域で活躍するようになっています」と変化を実感している。さらに体操に出向くことで、高齢者同士の健康チェックにも繋がっているという。また欠席者の様子を見に行くなど、一人暮らしの高齢者の支えとなる「見守り」も生まれつつある。

大東元気でまっせ体操のDVDは市内の10人以上の体操継続グループには無料、個人・事業所には300円(市外は1000円)で提供している(写真/藤川満)
2007年からは口の筋肉を強化する「健口体操」もスタート。現在、大東元気でまっせ体操の拠点づくりと同様に、この普及にも力を入れている。「筋肉を作る赤身の肉など、良質なタンパク質を摂るには噛む力が必要です。口の健康・栄養・体操のトライアングルを完成させてこそ効果が高まります」と逢坂さんも意気込む。
誰もが安心して暮らせるまちを目指して「体操の拠点を今の133箇所から250箇所くらいまでに増やして、市内高齢者人口の1割を参加者にするのが目標です」と抱負を語る逢坂さん。実際、市内の僻地では、会場が遠くて通えない高齢者もいるという。拠点を増やせば、その問題を解消する一助となる。「高齢者が通える場所ができることで『見守り』が生まれ、高齢者を含む誰もが安心して暮らせる環境になってほしい」と逢坂さんはこれから先を見据える。
そのひとつのツールとして、大東市の地域包括支援センターが、2022年11月「ドキドキドッキョ指数」なるホームページを開設した。このアンケートに答えることで、特に独居高齢者が「一人で暮らしていく力があるか」の度合いが分かる仕組みになっている。

主に独居の高齢者向けの質問内容だが、一人暮らしの若い世代でも自らの生活改善の指針となる構成となっている(写真/(株)コーミンHPより)
質問の内容は「自炊ができる」などの<生活維持力>、「運動をしている」などの<心と身体の健康状態>、「まちのことをよく知っている」などの<住んでいるまちとの関係性>という3つのカテゴリーがあり、本人はもちろん、家族や支援者と共に答えることで、自らの状況を把握し、生活改善に役立てることができる。
「大東元気でまっせ体操に参加している人は、おのずとハイスコアを叩き出すはずです」とこれまでの取り組みに自信をのぞかせる逢坂さん。質問は大東市外の住民にも共通するものなので、高齢者の親族をもつ人はもちろん、自分自身の孤立や孤独の危険度を測ってみてほしい。もし結果が危険水域なら、ご近所の仲間を集めて、体操を始めてみてはいかがだろうか。そうすればこれから将来に渡って、きっと元気でまっせ!?
●参考
ドキドキドッキョ指数
所在地:目黒区中央町
所在地:杉並区天沼
所在地:町田市山崎町
所在地:世田谷区代沢大阪市中心部から電車でおよそ20分。JR四条畷駅から住宅街を東へ歩くと、飯盛山を背に広がる芝生広場に面して、垢抜けたカフェやショップが並ぶ複合施設に辿り着く。芝生では子どもたちが駆け回り、カフェの客席は若い女性客を中心に埋まっている。よく見れば、周囲に馴染む外観の木造低層住宅も近くに並んでいる。実はここは、大阪府大東市の市営住宅エリア「morineki」の一角だ。ここは今、住民だけでなく市内外からも人が集う画期的な市営住宅として注目を浴びている。
古い市営住宅を民間主導で地域のために開発するかつてこの一体には昭和40年代に建設された市営住宅「飯盛園第二住宅」があった。しかし2010年代に入り、同団地は老朽化が進み、大東市役所では建て替えが議論されていた。「当時は古びた建物とほとんど使われていない公園があり、活気のある場所とはいえなかった」とその頃の様子を語るのは、現在morinekiを運営する(株)コーミン 代表取締役の入江智子さん。

当時の飯盛園第二住宅の様子(写真提供/(株)コーミン)
当時、入江さんは大東市役所で建築技師として勤務していたこともあり、市営住宅の建て替えに直接関わることになる。「これまでのような市営住宅ではなく、住民の生活の向上に加え、近隣住民も喜ぶような施設、そしてエリア全体の価値が上がるものにしたい」と入江さんは自らの考えを上司へ訴えた。幸いにしてその考えは当時の部長や市長からも理解を得られ、新たなプロジェクトとして進み出す。
ちょうどその頃、岩手県紫波町では、町が保有する駅前の土地を民間企業が再開発して、年間約80万人が訪れる場所へと変貌させた「オガールプロジェクト」が注目を集めていた。入江さんは、同プロジェクトから再開発のヒントを得るため、2016年に9カ月間現地で研修を受けることにした。
そこにあったのは、かつて塩漬けされていた土地に、体育館・図書館、産直マルシェやカフェ、さらにホテルや住宅分譲地などが並び、多くの人が行き交うまちの賑わいだった。「町有地を公と民が連携して開発し、運用して儲けていくというオガールプロジェクトで学んだ手法を、大東市にも活かすことにしました」と入江さん。

写真(上)は現在のmorinekiの全景。地図(下)を見ると民間事業エリア、公園エリア、住宅エリアの3つに分かれているのがわかる(写真・画像提供/(株)コーミン)
市営住宅借り上げとテナントリーシングで融資元から信頼を得る2016年、大東市が出資した「大東公民連携まちづくり事業株式会社(現(株)コーミン)」が設立され、入江さんは出向という形で翌年から籍を置き、プロジェクトを推進していく。社長は当時の市長ながら、民間企業事業ゆえ事業資金は税金に頼らず、銀行などの金融機関から融資してもらわねばならない。「住宅を市営住宅として大東市が借り上げること、さらにテナントを先付けすることで、銀行の信用度が上がったと思います」
縁あって、北欧のライフスタイルをテーマにしたアパレル会社「(株)ノースオブジェクト」が、大阪市からの本社移転という形でテナントに決まったのが、大きかった。同社にとっても本社機能だけでなく、ライフスタイルショップ、レストラン、ベーカリーなどの直営店を営業することで、自社をPRするショールーム的な使い方ができるメリットがあった。
テナント入居と融資のメドが立った2018年、入江さんは大東市役所を退職。市長に代わり、大東公民連携まちづくり事業株式会社の代表取締役に就任する。そして2021年3月、「大東に住み、働き、楽しむ、ココロとカラダが健康になれるまち」をコンセプトにした「morineki」がオープン。名前は近くの飯盛山の「森」と河内弁で「近く」を意味する「ねき」をつなぎ合わせた。それには「自然のそばで暮らしを営むことに愛着を感じて欲しい」という思いを込めた。

1階はノースオブジェクト直営のベーカリーなどが入り、2階は本社事務所がある(写真/藤川満)

ノースオブジェクト直営のレストランと(株)ソトアソが運営するアウトドアショップも入居している(写真/藤川満)

「もりねき住宅」と名付けられた住宅エリア、2~3階建の低層木造住宅だ(写真/藤川満)
賑わいが生まれることで住民の意識も変化するかつての市営住宅は144戸に80世帯が暮らしていた。現在の住宅エリアには1LDK44戸、2LDK30戸の74戸に60世帯がそのまま移り住んだ。新規入居者は14世帯。その後、市外からの転入者も含め5~6戸の入居者が入れ替わったという。
住宅棟はゆとりをもって配置され、広い中庭部分には芝生や木々が植えられ、ゆったりとした散歩道のよう。「以前よりも住民みんなでキレイにしていく意識が高まった」と語るのはとある住民。実際、建物のセミプライベート空間は、住民によって、思い思いの花々が飾られ、景観に彩りを与えている。「パン屋が近くにできて、早速行きつけになりましたよ」とうれしそうに語る高齢女性にも出会った。
また芝生広場で子どもと遊んでいた女性は「以前は暗い感じだったけど、今は子どもとよく遊びに来ます。同世代も多く、この広場で子ども同士が一緒に遊ぶことで交流が生まれました」とも語る。市外から友達を訪ねてmorinekiに食事に来た夫婦は「こんなにおしゃれな住宅が市営住宅と聞いて驚いた。子育て世代にはいい環境だと思う」とうらやましがる。
「かつての住民に加え、子を持つ若い夫婦の姿も増えました。それにより住民同士の緩やかな『見守りあい』も生まれつつあります。子育て世代のステップアップのための舞台にしてほしい」と入江さんは、もりねき住宅の活用方法を示す。

住居前は住民が使い方を考えられるセミプライベート空間(写真/藤川満)
企業とタッグを組むことが新たなまちづくりの一助となるノースオブジェクトのスタッフの一人は「大阪市内からさほど遠くない。取引先のお客様も商談だけでなく、ショップやレストランにも足を運ばれ、滞在時間が長くなることで、商品や会社への理解を深めてもらえるようにもなりました。また、ここで月一回のイベントを開催することで、直接お客様の声を聞くことができるようになったのは貴重です」と本社移転による効果を実感しているようだ。

広々としたノースオブジェクトのオフィス。取引先が家族を連れてmorinekiに足を運ぶこともあるという(写真/藤川満)
「元々この周辺は、住民だけで外からの交流人口がゼロでした。morinekiができたことで、わざわざ訪れる人が増えました。近隣にある中学・高校・大学の学生たちもアルバイトやイベントに足を運んでくれ、新たな人の流れになっています。さらに近隣の既存施設が改装したり、新たなショップが開店したりと、まち全体が活性化しつつあります」と手応えを感じている入江さん。実際、周辺地価はかつてより1.25倍になったという。

月一回のノースオブジェクト主催のイベントのほか、エリア全体でのイベントも開催している(写真提供/(株)コーミン)
高度成長期に次々と建てられた公営団地。それからおよそ50年経ち、各地で建て替えが議論されている。また公営住宅の中に公園がある施設も多いが、誰もが足を運べるような開放感はなく、さらに人が集える地域の場所としても機能していないところが多い。その成功例としてmorinekiにも全国各地から多くの自治体が視察に訪れる。しかしmorinekiのような新たな公営住宅は、なかなか誕生していない。
「自治体によって民間が公営住宅を建てることは、難しさもあると思います。ただ戸数を減らして公園スペースを確保したり、その公園に面してテナントを入居させ収益を上げるなどは、工夫をすればできないことはないはず。morinekiの場合は本社移転がプロジェクトに加わりましたが、ほかにも新業態の出店候補地として提案したり、企業に掛け合ってみれば可能性が見えてくるはず」と入江さんは自らの経験に基づいたアドバイスをする。
公民連携という手法で、公営住宅の新たな姿を示してくれたmorinekiが、今後どのように発展していき、周辺を含めた大東市がどのように変化をしていくのか、興味深く見守っていきたい。

(株)コーミン 代表取締役であり、morineki住宅の大家さんとして住民の声に耳を傾ける入江智子さん(写真/藤川満)
●取材協力
(株)コーミン
(株)ノースオブジェクト
所在地:世田谷区玉川
所在地:台東区三筋
所在地:台東区三筋
所在地:世田谷区若林
所在地:世田谷区代田
所在地:長野県安曇野市穂高有明
所在地:横浜市神奈川区六角橋昭和の趣が残る「大森ロッヂ」(東京都大田区)は、住む人や地域の人がゆるやかにつながり、コミュニティが醸成される場所です。2009年以降に順次リノベーションされた8棟の住宅のほか、長屋式店舗兼用住宅「運ぶ家」が竣工・営業開始したのが、2015年6月。当時の様子はSUUMOジャーナルでも紹介しました。今年(2022年)4月には、新たに、一戸建てをリノベーションした「笑門の家」(しょうもんのいえ)が完成。コロナ禍を経て変わったこと、時流が変化しても変わらない思いについて、住民の皆さんや大家さんに伺いました。

石畳の路地の脇に黒壁の長屋が並ぶ。ドアやサッシは一部差し替えたが、中にはもう手に入らない昭和のガラス戸もある(画像撮影/桑田瑞穂)

縁台に飾られた鉢植の草花。緑が黒壁に映える(画像撮影/桑田瑞穂)
コロナ禍に深まる閉塞感への疑問から生まれた、人とつながる「笑門の家」京急線・大森町駅から歩いて2分、にぎやかな往来から一本入ると、右側に懐かしい佇まいの木塀と木戸でできた大森ロッヂの「ともしびの門」が見えてきます。前で迎えてくれたのは、大家の矢野一郎さんと住民で管理人もしている山田昭二さん。木戸を開けてもらうと、敷地内には昭和の風情を感じる路地があり、路地を挟んで、黒壁の長屋が並んでいます。昭和30~40年代に建てられた木造アパート群の古いものを活かしてリノベーションした賃貸住宅です。

矢野さん(左)と山田さん(右)。大森ロッヂの玄関口である「ともしびの門」の前で(画像撮影/桑田瑞穂)
大森ロッヂに新しく加わった「笑門の家」は、通りに面したところにあり、温室のような吹抜けの窓が特徴的です。

通りから見える「笑門の家」。古谷デザインに依頼し、木造2階建ての古い住宅をリノベーションした(画像撮影/桑田瑞穂)
「笑門の家」の計画は、2020年春、コロナ禍ではじまりました。
「コロナ禍では、人の自由が奪われて非常に孤立化してしまったという印象を受けました。テレワークもはじまりましたが、感染流行が拡大するなかで、世の中がどんどん閉鎖的になっていくことに疑問を感じていました。人間が生活する上でいちばん大切なものは、社会の状況に影響されない根源的な部分にあるはずです。それは、家に帰ったらリラックスしてゆったりした気持ちでいたいこと。必要なのは、家族や職場以外の誰かとのふれあいだと思いました。高気密で狭いところへ人を押し込めずに、誰かと接しようとすれば接することのできる機会を提供したいという思いがありました」(矢野さん)
「ゆるやかに人と交流できる家に」というコンセプトで、敷地に立っていた昭和の民家をリノベ―ション。設計を担当した古谷デザインから提案されたのは、一部をガラス張りの吹抜けにして半外部化するアイデア。「開いていく・創造していく場所にふさわしい」と考えた矢野さんは採用を決め、2022年4月に「笑門の家」が完成しました。

建物の一部が吹抜けのガラス張りで温室のような構造になっている(画像撮影/桑田瑞穂)
人を招きよせる「笑門の家」。地域とつながる交流拠点に「笑門の家」に入居し、事務所兼住居として使っているのは、デザイン会社「グラグリッド」の三澤直加さんと尾形慎哉さんです。もともと恵比寿を拠点に仕事をしてきましたが、会社の移転を考えていたころ、新型コロナウイルス感染症の流行が重なりました。

「笑門の家」に引越して「地に足がついた生活ができている」という三澤さん(左)の言葉に頷く尾形さん(右)(画像撮影/桑田瑞穂)

古い欄間や梁を活かしてリノベーション。アール型の小上がりを見たとき「どう使うかワクワクしました」と三澤さん。すぐにワークショップのイメージが膨らんだ(画像撮影/桑田瑞穂)
「コロナ禍の影響で、人と繋がりたくてもリモートワークが増えて、知っている者同士しか会えなくなってしまいました。恵比寿のオフィスビルから離れて、大きく生活を変えたいと思うようになったんです。面白い場所に住み替えたいと探していたところ、『笑門の家』に出合い、『これだ!』と思いました」(三澤さん)

「笑門の家」で生まれたアイデアの数々。「関わりしろはどこまで大きくできるのか?」という発想からオープンなザクロ収穫祭の企画へとつながった(画像撮影/桑田瑞穂)
「ビルの四角い部屋では出ない発想ができるかもしれないと感じたんです。大森ロッヂにコミュニティがあることを知り、住民の方や地域とのつながりで、ワークショップをするなどして、一緒にデザイン活動ができるのではないかというイメージが湧いて。交流(ワークショップ)ができる温室と、集中して仕事ができる2階があり、ほしかった条件がそろっていました。地域の人とつながりあって、実験しながら、やりたいことを実現できるのではないかと思いました」(尾形さん)
2022年6月に引越してから、庭にあったザクロを収穫し、ジュースをつくるイベントを開催。大森ロッヂに住んでいる人や近隣の子ども達も参加しました。尾形さんが非常勤講師を務める専修大学の学生たちと、大森に昔からある産業の廃材を使ってランタンをデザインするワークショップも行い、手ごたえを感じた二人は、いずれテーマを決めて語り合う「笑門の会」をつくりたいと夢を語ってくれました。

引越したとき、庭の隅に咲いていたザクロの花が実ったので催した収穫祭(画像提供/グラグリッド)

「見たことのなかった赤い花がザクロの実に変わっていくのに感動しました」と三澤さん(画像撮影/桑田瑞穂)

ルビーのような実を取り出し、つぶして、ジュースに(画像提供/グラグリッド)

ふすま屋さんの廃材を使ったランタンづくりのワークショップ(画像提供/グラグリッド)

ふすま紙などを再利用して独創的なランタンが生まれた(画像提供/グラグリッド)
「『笑門の家』というネーミングが絶妙なんですよね。人を招くような、不思議な言葉の力があります。名を体現するような使い方ができればいいな。我々のつながりから、周辺の人もつながって、集まった人の話の中から、プロジェクトやイベントのアイデアが自然に発生する。新しいことが生まれるエンジンとしてこの場所を使っていきたいです」(尾形さん)

ワークショップのあとは、小上がりが語らいの場になる(画像提供/グラグリッド)
アトリエ付住宅「ひらめきの家」や店舗兼用住宅「運ぶ家」のその後大森ロッヂには、長屋群のほか、通りに面したアトリエ・中庭付の2階建て集合住宅「ひらめきの家」や前回の取材時(2015年)に新築された店舗兼用住宅「運ぶ家」があります。

「ひらめきの家」は、店舗として使えるアトリエが通りに面してあり、奥が住居になっている(画像撮影/桑田瑞穂)
「旅する茶屋」を訪ねると、吹抜けの明るい空間に、茶香炉から良い香りが漂っています。オーナーで日本茶ソムリエの津田尚子さんは、もともと大森ロッヂに住んでいましたが、「ひらめきの家」に空室が生じることになり、住み替えをして、店舗を構えました。

中庭の緑が見える店内でお茶を淹れる津田さん(画像撮影/桑田瑞穂)

美しい茶器に注がれるのは八女の白折という日本茶。体調に合わせたおすすめ茶をオーダーすることもできる(画像撮影/桑田瑞穂)
「『旅する茶屋』という名前のとおり、店舗を持たず旅先でお茶をたてるワークショップをメインに活動していたのですが、まわりの人に勧められて、タイミングも合ったのでやってみようと思いました。近くの小学生が『ただいま』と声をかけてくれたり、旅で留守にしていて帰ると『閉まっていたけど、どうしていたの?』近所の人が心配してくれたり。地域の風景になりつつあるのかな」(津田さん)
「旅する茶屋」のお隣さんは、2020年から絵画工房と絵画教室を営む「アトリエウォボ」。講師を務めるのは、写実絵画の描き手である油彩画家の宮原俊介さんです。
「住居と一体でありながら、居住スペースとは別に絵を描く場所がほしかったので、条件に合う物件を探して『ひらめきの家』にたどり着きました。教室には、年代も職業もさまざまな人が通ってきます。いずれ、大森ロッヂのギャラリーで生徒たちのグループ展をしたいです」(宮原さん)

写真のように見たまま描いている印象のある写実絵画だが、宮原さんは「見た時の印象を誇張して表現しているので印象画だと思っています」と語る(画像撮影/桑田瑞穂)

壁にかけられた宮原さんの作品。描かれた人物や動物の目力に圧倒される(画像撮影/桑田瑞穂)

「アトリエ ウォボ」の中庭から隣にあるタイル工房「fuchidori」の作業風景が見えていた。クリエイター同士の距離が近いのもお互いの刺激になるのかもしれない(画像撮影/桑田瑞穂)

タイルでつくった「fuchidori」の看板がかわいい。「世界の街角を彩る装飾タイルの楽しさを多くの方と共有したい」という思いから、絵付けワークショップを不定期で開催している(画像撮影/桑田瑞穂)
前回の取材時(2015年)に建築された店舗兼用住宅「運ぶ家」は、その後、どのように使われているでしょうか。「運ぶ家」は、貸駐車場借主の退去で空いたスペースに新築されましたが、「ただ建てるのではなく、住む人と建築家とみんなで一緒につくりあげたい」という矢野さんの思いが強く反映された建物です。

「運ぶ家」の2階で蚤の市(不定期)が開かれたときの様子(画像提供/大森ロッヂ)
「借主は、建築費や設計料がいくらかわからないまま、家賃が決められていますよね。事業収支をオープンにして、設計段階から入居者、設計者、施主が、あたかも自宅を建てるようなプロセスを踏んだら、きっと場所への愛着も増すのではという気持ちもありました」(矢野さん)
「運ぶ家」に建築当時から関わった入居者のうち、コムロトモコさんはカフェ兼カバンのギャラリー「yamamoto store」を、もうひとりは、「たぐい食堂」を営んでいます。入居者が職住一体でなりわいをもつことができる「ひらめきの家」と「運ぶ家」。「地域に開かれた場所になって、街や大森ロッヂの活性化につなげたい」という矢野さんの思いを体現する場所になっています。

「運ぶ家」1階の「たぐい食堂」では、和定食やおにぎりが食べられる(画像提供/大森ロッヂ)

日替わりのプレートランチなどを提供するyamamoto store。店内には、店主が手掛けるカバンブランド「aof-kaban-shop」も営業している(画像提供/大森ロッヂ)
場が人を呼び、人とのつながりが価値になる
門を入った路地に面してあるノスタルジックなポスト(画像撮影/桑田瑞穂)

大森ロッヂの案内図。住居のなかに「かたらいの井戸端」や「はぐくむ広場」など交流できる場所が設けられている(画像提供/大森ロッヂ)
現在、大森ロッヂには、15世帯が暮らしています。入居者募集に関しても、矢野さんは、不動産会社任せにするのではなく、自分で入居希望者に会って話を聞くことにしています。入居基準は、「大森ロッヂが好きな人」。長屋の家賃は新築並みで設備も古いですが、納得してくれる人が集まっています。矢野さん主催のイベントは、餅つきや新酒を楽しむ会など年2回ほどですが、住民発案で路地の広場で飲み会が催されることも。イベントは、コロナ禍のため中断していましたが、この11月にやっと再開することができました。
「借りて住む価値はひとりではつくり出せないものなんですよ。お金さえあれば、家は買えますが、周辺は買うことができません。人とのつながりが価値になる。場が人を呼び、自然と街に開かれていけばいいと思っています」(矢野さん)
大家業を通じ、入居者の人生に関わってきた矢野さん。「この仕事は、人間を愛する気持ちが大事」と話す時の優しいまなざしが印象に残っています。これからも、大森ロッヂは、古き良きものを活かしながら、新しいものを生み出す場として育まれていくのでしょう。
●取材協力
・大森ロッヂ
・株式会社グラグリッド
・旅する茶屋
・アトリエウォボ
・fuchidori
・たぐい食堂
・yamamoto store
所在地:大田区田園調布
所在地:大田区田園調布
所在地:杉並区桃井
所在地:杉並区高円寺北岐阜県の最北端に位置する飛騨市は、アニメ映画『君の名は。』のモデルとしても知られる景観が美しいまち。一方で、人口減少率が日本の30年先を行く、まさに「人口減少先進地」でもある。そんな人口減少の状況を「止められないもの」として真正面から受け止め、取り組んでいる。
令和4年度に、「地域を越えて支え合う『お互いさま』が広がるプロジェクト『ヒダスケ!』」が見事、「国交省まちづくりアワード」第1回グランプリを受賞! 飛騨市役所の上田博美さんと、飛騨市地域おこし協力隊の永石智貴さんにお話を聞いた。
飛騨市を推す人たちを“見える化“するファンクラブが原点2004年に2町2村が合併して誕生した岐阜県飛騨市。飛騨高山が観光地として知られる高山市や、合掌造りで有名な白川村と隣接し、人口は2万2549人(2022年12月1日現在)、高齢化率は40.05%となっている。
「ヒダスケ!」誕生の前には、「人口減少先進地」としての課題解決のために、「飛騨市に心を寄せてくださる方を見える化しよう」と設立された「飛騨市ファンクラブ」の存在があった。
飛騨市役所の上田さんは話す。「飛騨市は、2015年からの30年で、全国平均の倍のスピードで人口減少すると予測される過疎地域です。現在、すでに2045年の日本の高齢化率を上回っているという現状があります。一方で、2016年に公開されたアニメ映画『君の名は。』で、聖地巡礼に来てくれる人たちが増えました。それ以外にも、スーパーカミオカンデで知られ、古川まつりはユネスコ無形文化遺産に登録されています。これまでも、観光などで飛騨市に来てくださる方などの存在に気づいていましたが、名前などがわからず、連絡を取ることができませんでした。そこで、飛騨市に心を寄せてくださるファンの方を見える化して、直接コミュニケーションが取れる仕組みを構築しようと考え、2017年1月に『飛騨市ファンクラブ』を立ち上げました」

飛騨市ファンクラブ「ファンの集い」の様子。前列中央は都竹淳也飛騨市長(写真提供/飛騨市役所)
「飛騨市ファンクラブ」の入会金や年会費は無料で、入会すると会員証や、希望者にはオリジナル名刺がもらえる。さらに、市内の対象施設で利用できる会員限定の宿泊特典や、市内の協力店舗でおトクに飲食や買い物ができるクーポンの配布も。また、飛騨のグルメを味わいながらのファンの集いやバスツアーなどに参加できることも大きな魅力だ。現在、会員は1万200人を突破している。
イベントを開催しながら会員と交流すること約3年。
「『スタッフとしてイベントをお手伝いさせてください!』と、わざわざ遠方から飛騨市へ足を運んでくださる会員さんが何人も現れたのです。そこで、この方達は、地域と関わる“関係人口”だといえるのではないか?と気がつきました」と上田さん。
「このような方達はどのようにして生まれ、またどのくらいいるのか」を検証するために、1年がかりで実験や研究を実施。その中で、「関係人口に関わるアンケート」を全国5000人を対象に行った。
「するとアンケートの結果から、関係人口と移住への興味は、必ずしもイコールではないことがわかりました。また、関係地となる地域へは、長期的な滞在よりも、1度訪れたことがあるかどうかが重要であることや、その地域で『嬉しかった・楽しかった』、また『役に立った』という経験が、愛着度を高める要因であることもわかりました」
その結果や実験を踏まえて誕生したのが、「飛騨市の関係案内所 ヒダスケ!」だった。

「飛騨市の関係案内所 ヒダスケ!」のトップ画像
2020年に誕生した「ヒダスケ!」は、飛騨市内にあるさまざまな困りごとを交流資源として、その困りごとに対して地域内外の人の力を借りて、楽しく交流しながら課題解決し、支え合いを生み出すというマッチングサービスだ。

ヒダスケとヌシの関係図(画像提供/飛騨市役所)
「ヒダスケ!では、プログラム主催者を“ヌシ“、参加者を“ヒダスケさん“と呼んでいます。“ヌシ“のお困りごとを、事務局と“ヌシ“が相談しながらプログラム化していき、ネットで参加者を公募します。“ヒダスケさん“は自分が関わりたいプログラムに申し込み、現地またはオンラインで“ヌシ“を助けて、“ヌシ“は“ヒダスケさん“に“オカエシ“します。例えば、農作業を手伝ってもらったら、終わってからお茶菓子を一緒に食べて交流したり、オカエシに農産物を差し上げたりします。また、飛騨市や高山市、白川村で使える“さるぼぼコイン “という電子地域通貨500円分もお渡ししており、ヒダスケ!が終わった後も、飛騨のお店でお買い物や飲食を楽しむことができます。ボランティアや体験ツアーとの違いは、オカエシがもらえるということ以上に、地域の人と楽しく交流し、つながる体験ができることが大きいと思います」と上田さん。
2020年4月から2022年10月までに162プログラムを行ってきた「ヒダスケ!」。ホームページの「プログラム一覧」を見ると、たとえば「稲刈り」や「棚田の草取り」など、飛騨市の「困りごと」が並ぶ。毎年11月ごろには、雪が降る前に、街中の川にいる約2千匹の鯉を溜池に引越しさせるプロジェクトもある。
関わることができるジャンルもさまざまで、「農業編」や「景観保全作業編」、オンラインで参加できるプログラムなどがあり、興味や特技を生かして参加できそうだ。

川にいる鯉を網などですくい、水槽に移して、軽トラックで溜池へ運ぶ(画像提供/飛騨市役所)

農作業のオカエシに、トマトを受け取るヒダスケの人達(画像提供/飛騨市役所)
飛騨市を愛し、交流を求めて「ヒダスケ!」する参加者たちもともと、前身の「飛騨市ファンクラブ」に入っていて、その流れで「ヒダスケさん」になった人も多いという。
参加者は、東京都や愛知県、石川県など各地から訪れる。多くは40代から60代で、長期の休みには、高校生や大学生も訪れるという。遠方では、ベルギーから日本へ働きに来ていた人が、休日を利用して参加し、ビニールハウスを建てる作業を楽しんだこともあるという。また、コロナ禍と重なり、一時期は岐阜県内からの参加者を募った時期もあったそう。

地元の高校生が発案した、高校生×ヒダスケ!のコラボ企画。池田農園で薪割りとミニトマトの収穫(画像提供/飛騨市役所)

池田農園で薪割りのお手伝いをする高校生(画像提供/飛騨市役所)
「ヒダスケ!」は現地集合・現地解散。それでも、「そこまでして飛騨市を愛してくれる方々が、ヒダスケさんになってくれています」とのこと。
「交流を求めて参加する皆さんは、『農作業が好きだから楽しかった』とか、『ヌシから、自分の生活範囲では聞けないような話が聞けてよかった』と言ってくれます。一緒に農作業したヌシの熱い思いに触れて、ヌシや飛騨市のことが好きになり、その人から農作物を買うなど、ヌシへの応援を続けてくれるヒダスケさんもいますし、参加者同士が仲良くなって連絡を取り合い、次回は一緒に参加するなど、輪を広げているというケースも耳にします」

「けさ丸りんご園」では、りんごあめのラベルやリーフレット作りのプログラムも実施(画像提供/飛騨市役所)
「楽しく交流しながら支え合いを生み出す」という当初の理念通り、全国各地に助け合いの輪が広がり始めている。
魅力維持の原動力に繋がった、ヌシ側の心の変化それでは、迎えるヌシ側の心境はどうなのか。ヌシになる人を探したり、ヌシと一緒にプログラム内容を考えたりする、飛騨市地域おこし協力隊の永石さんにお話を聞いた。
「ヒダスケ!のプログラムは、工夫次第でどんな内容でもつくることができますが、しばらくは、ヌシになることに対して敷居の高さを感じている人が多かったようです。飛騨市の人はおもてなしの精神が強いだけに、『自分でできることなのに手伝ってもらうのは申し訳ない』と思ってしまったり、オカエシをプレッシャーと感じてしまったりしていたのです。そこで、僕たちが住民の皆さんと直接話し、雑談の中からお困りごとを見つけるようにしました」

子どもたちもお手伝いした障子張り(画像提供/飛騨市役所)
「各地から人を呼んで、わざわざ日常のことを頼んでいいのか」と躊躇してしまう住民たちに寄り添い、根気強く話し、推進してきた。
「もちろん、外の人を受け入れるヌシ側も、ヒダスケさん達をただの労働力だと思っていては意味がありません。取り組みを理解してもらうまでには、時間がかかると思いますが、住民が外の人と交流しながら作業することで、関係人口についても考えてもらえればいいですね」
自然と共存する飛騨市では、農作業を含め、数限りない大小の困りごとがあるものの、ちょっとしたことであれば「頑張れば自分でできる」と踏ん張る高齢者が多いという。そんな時、永石さんは「できなくなってから手伝ってくれる人を探しても遅いから、今から始めよう」と伝えているという。

収穫期の稲刈りは人気のプログラムの一つ(画像提供/飛騨市役所)
例えば『高齢になり、大きな荷物を捨てに行くことができない』というようなお困りごともOKです。農家の畑の雑草取りを“エ草サイズ“と名付けて、参加者にエクササイズ感覚で作業してもらったこともあります」
飛騨市役所の上田さんも話す。「地域外の方を受け入れる人たちの気持ちにも、ヒダスケ!などの取り組みを通して変化が現れてきているように思います」
好例が種蔵(たねくら)地区だ。全国的にも珍しい、石積みの棚田が広がる種蔵地区では、80代のお年寄りも鍬(くわ)を担いで急勾配を上り下りし、農作業を行っている。

ヒダスケ!によって青々としたミョウガ畑が復活した種蔵地区(画像提供/飛騨市役所)
種蔵地区はミョウガが特産品の1つだが、高齢化により休耕地となってしまう農地もある。そこでヒダスケ!を活用し、「myみょうが畑」としてオーナーを募集。ミョウガ畑の草刈りや間引き、収穫などを行った。それにより、これまでに953平米ものミョウガ畑が復活することになった。
「ヒダスケ!に限らず、さまざまな人や団体が種蔵地区と関わり、景観の維持ができただけでなく、そこに住む人々の気持ちにも前向きな変化が現れています」

飛騨市を愛するヌシたちを助け、交流するために参加する人も多い(画像提供/飛騨市役所)
また、ヒダスケ!をきっかけに、地域の内外での往来や助け合いが自然と生まれるようになったという。さらに、プログラムに参加した移住者と地域の人がつながる仕組みとしても機能しているとのこと。
困りごと解決から魅力を発掘し、地域力アップ2022年12月時点のヒダスケ!人数は1487名。
「来てくれたからには、ヒダスケ!参加者に楽しんでほしい」と話す永石さん。内容により、参加者の集まりにばらつきがあるので、今後はどんな企画を用意して、どのように広報していくかが課題だという。
「今後は、古民家の修繕や改装などを考えています。地域の人が困っていることは、募集していること以外にもいろいろあるので、内容は何でも、その都度合わせていければ。また、これまでは日にちを指定して、参加者に申し込んでもらっていましたが、これからは『この1カ月で作業できる日は?』と幅を持たせて呼びかけ、人が集まりやすい日にプログラムを実施するなど、やりたい人に合わせていく方法も考えています」と永石さんは計画を語る。

20代から60代までが三又鍬を使って「田おこし」を実施(画像提供/飛騨市役所)
上田さんも話す。
「関係人口を形成する方達との関わりは、地域の人を元気にするチカラがあると思います。地域の人にとっては当たり前に感じていたことも、ヒダスケ!を通して魅力だと認識できるので、ここに住んでよかったと思い、守り続けようという気持ちにも繋がっていくはずです。これからも、飛騨市でまだ眠っている困りごとと共に、魅力を掘り起こして、関係人口を増やしていきたいです」
また、「こういった助け合いは、飛騨市だからできることではなく、どの地域でもできること」と上田さん。すでに「ヒダスケ!」を参考に、島根県で「しまっち!」というマッチングシステムが運用されている。

島根県のマッチングシステム「しまっち!」のロゴ
「最終的には、ヒダスケ!のようなシステムがなくても、助け合いが自然と生まれるような社会になれば。人口が減っていく中でも、関係人口との関わりで地域が元気になることが理想です」と上田さんは結んだ。
移住する「定住人口」とも観光に来た「交流人口」とも、違う形で地域と関わる“関係人口“。興味を持った地域があれば、誰でもいつでもどこからでも、関係を深めにいくことができるはずだ。

農作業のオカエシで、「さるぼぼコイン」500ポイント分をゲット!(画像提供/飛騨市役所)
筆者の父の郷里も飛騨地域。オンラインでの取材後、映画『君の名は。』を見直すと、祖父母も使っていた飛騨弁が懐かしかった。そういえば祖父母が他界して以来、飛騨を訪れる機会や理由は減ってしまった……。
そこで考えたのは、「生まれた場所に関わらず、多くの人が、全身でリフレッシュできるような心のふるさとを持ちたいものでは」ということ。とはいえ、どの地域を選んだらいいかわからない。こちらが勝手に「心のふるさと」に決めていいものか……!? そんな迷いを、お互いさまであるヒダスケ!の仕組みが払拭してくれそうだ。
全国のヌシたちは、あなたとの関係づくりを、きっと待っている。
●取材協力
・ヒダスケ!
・飛騨市役所
所在地:墨田区錦糸
所在地:港区白金台
所在地:新宿区赤城下町
所在地:世田谷区弦巻
所在地:横浜市青葉区美しが丘
所在地:港区南青山
所在地:杉並区松ノ木
所在地:台東区台東
所在地:練馬区関町東
所在地:港区赤坂
所在地:横浜市港北区菊名吉本興業の芸人さんが全国47都道府県に暮らす「あなたの街に”住みます”プロジェクト」。お笑いコンビ「ソラシド」の本坊元児さんは、指名を受けて2018年に山形県へ移住、テレビやラジオ出演のかたわら農業を営んでいます。本坊さんのように地方へ移住をしてみたいと願う人も最近は増えていますが、不安や迷いも多くて足踏みしてしまうことも。そんな迷える人に向けて教えてください。本坊さん、移住について本当のところはどう思っているんですか?
手探りで始めた農業は、ご近所の人から教わった現在山形市内に居住しながら、西川町にある畑や竹林、平屋の古民家を借りて通いで農業に勤しむ本坊さん。日本テレビのTV番組「人生が変わる1分間の深イイ話」では、本坊さんの暮らしぶりに密着するコーナーもあり、注目をされています。実際に目にしたことがある人もいるのでは?芸人仲間で仲良しの「麒麟」川島明さんも、本坊さんの山形暮らしについて、メディアでたびたび話しています。2022年4月には、山形暮らしのことを綴った『脱・東京芸人 都会を捨てて見えてきたもの』(大和書房)を上梓しました。

山形での暮らしぶりを赤裸々に綴った、本坊さん二冊目の著書(画像提供/大和書房)
それにしても、芸人さんが農業? 一体どんな生活をしているのでしょうか。私たちは東京から飛行機で1時間、さらに車に乗り換えて1時間ほどかけて、西川町に到着しました。

本坊さんの畑がある場所は、山々に囲まれた自然豊かな環境(写真撮影/土田 貴文)
広大な畑をせっせと行き来する本坊さん。「こんにちは」と近くに行くと、10月上旬のこの日は大根の葉の間引きや、里芋の収穫作業をしていました。

大根の葉の間引き作業をする本坊さん(写真撮影/土田 貴文)

(写真撮影/土田 貴文)
作付けをしている畑は約400平米ほどの広さ。ここでは現在里芋、大根のほか、玉ねぎやジャンボニンニクなど1シーズンで8種類近くの農産物を育てています。
「実は、里芋の収穫は作付けしてから初めての作業なんですよね、一体どうやるのかなあ」と笑いながら手探りの作業が続きます。

ドキドキしながら里芋収穫の作業をする(写真撮影/土田 貴文)

掘り起こした根元を見てみると、たっぷり里芋が!(写真撮影/土田 貴文)
「農作物の育て方も、農機具を使うことも、ここにきて初めて知ったこと。何も知らないことばかりで、試行錯誤です。あまりに何もわからないから、ご近所の人たちや、地主であるシゲルさんから教えてもらいながら育ててきましたよ」(本坊さん)
本坊さんの農業の先生、地主のシゲルさんとの出会いは、2020年のコロナ禍、趣味である沖縄三線を通じてだったそう。

家主シゲルさんとの共通の趣味、沖縄三線を楽しむ(画像提供/吉本興業株式会社)
「それまでは少しずつメディアの仕事が増えていってたのが、コロナになって全てパー。アルバイトすらままならなくなったんですよ。そこで、以前から思っていた”何かやりたい、ここでしかできないことをしたい”を実行に移す時だと、農業を始めることに。そのタイミングでシゲルさんとSNSを通じて知り合い、空き家になっていた古民家と竹林、畑を月100円で借りられることになったんです」(本坊さん)

借りている平屋には、家主シゲルさん一家の生活の名残が感じられます(写真撮影/土田 貴文)
右も左もわからない状態で始まった山形暮らしですが、現在は毎日が大忙し。作った農作物を道の駅などで販売するほか、今年は近隣の食品会社から400本の大根の注文を受けたのだとか。「社長が、『本坊くんの作っている大根をうちで買わせてくれないか』って言ってくれて。大根を使って、漬物を作ってくれるんですって。ありがたいですよね。だから期待に応えられるようにしっかり作らないと、と思っているんです」(本坊さん)
農作物の生産や販売だけではありません。この日は取材の前に、西川町の名産品であるさるなし・こくわの商品PRショーを行っていたそう。農業を経験したことで、農産物のPRや商品開発にも携わることへと広がり、本気で農業と向き合っているそうです。
一方芸人としての仕事に始まり、東北地方でのメディア出演も増えているとのこと。現在テレビ6本、ラジオ2本へのレギュラー出演と2本の連載、そのほか講演活動にも勤しんでいます。「先日は小学校から講演依頼があったんですけど、テーマが『SDGs』で依頼をもらって。むずいテーマだなって思いながらも、17のテーマの中から農業とゲームで結びつけて話しました。こういう形で、芸人と農業が生きています」(本坊さん)
今でこそ多忙な毎日を送っている本坊さんですが、「それまで僕は20年間、今よりもずっと売れてなくて、月に5日も芸人の仕事があればいいほうでした」と話します。
「それ以外の時間は、日雇いの工事現場での仕事をしていたわけで。明日の予定さえよくわからない毎日だったんです。でも、おかげさまで今はやりたいこと、やらなくてはならないことが常にタスクとしてたまっている日々。そんな日々を走っているってことが嬉しいですね。忙しいことは、暇なことよりもストレスにならないです」(本坊さん)

東京時代のことを振り返る本坊さん(写真撮影/土田 貴文)
会社からの指令で山形へ移住することに抵抗はなかったのでしょうか。
「そりゃあ、抵抗はありましたよ。2011年にも一度移住の話を持ちかけられたんですが、その時は断っています。だって僕らは芸人になりたくて吉本に入っているんであって、地方を目指したいわけではない。大都会のてっぺんで頑張りたいって思うわけです。その時は即答で断りました」(本坊さん)
その後東京で芸人活動を続けますが、次第に本坊さんは都会での暮らしに疲弊していったのだと振り返ります。

イチから始めた山形の生活も、四の五の言わずに淡々と楽しんでいる(写真撮影/土田 貴文)
「とにかくバイト生活から脱したかった。ほとんどずっと工事現場で働いていて、『この生活は何の罰ゲーム?東京におる意味ってあるんか?』と思いながら過ごしていました。僕にとっての暗黒の8年間。仕事も辛かったけれど、それ以上に人や街の空気に酔ってしまい疲れていたんだと思います。年齢も30過ぎてて、住めるわけでもない大都会の真ん中へ、仕事のためだけに毎日電車に揺られて通う。しんどい以外の何ものでもなかった。そう思っている大人、他にもいるんちゃうかな。だから2回目の移住指令に応じたのは、正直なところ都会の苦しさから逃げたくてラクを選んだところもありました」(本坊さん)
移住をするからって、ずっと住むわけではない移住してから初めのころは仕事を介した地元の人との付き合いが中心だった本坊さん。その後「芸人じゃない友人」である宅配便配達員・ジンくんとの出会いがきっかけで、仕事以外の地元の友達がたくさんできたといいます。

仲良しの友達ジンくん一家と、馬場園梓さんとの一コマ(画像提供/吉本興業株式会社)
「芸人じゃない人たちの生活がとにかく新鮮でしたね。起きて布団を干して、洗濯をする。きちんと靴もそろえられていて、献立表とかが冷蔵庫に貼ってあるんですよ! 何もかもがまともな生活。ああ!こういう生活が普通の生活なんやって、40年近く生きてきて今さら知ったという。遅いんだけど(笑)。そのことがいちいち面白かったです」(本坊さん)

山形の人にとって当たり前の風景や気候も、本坊さんには何もかもが新鮮だったという(写真撮影/土田 貴文)
休みの日ともなれば友人たちと釣りへ行き、麻雀をし、食事を共にしては時には友人宅に寝泊まりするほど本坊さんは山形の暮らしに馴染んでいきます。これほどに仲良くなれるって珍しいのではないでしょうか。
「”地元を盛り上げたくて”みたいな、なんかうわついたこと言って構えて移住してきても、”あんた何言ってんの?”みたいに思うじゃないですか。大そうなことをしようとなんて思っていないし、正直に嘘をつかないで過ごすことが大事だと思うんです」(本坊さん)
本坊さんが徐々に人脈を広げて、そして仕事へと広がりを見せていったのは、無理な姿をつくらないこと、そして高すぎる志を掲げなかったことが多くの人との距離感を縮めていたのかもしれません。

この地区では一番若いという本坊さん。元気な年長者たちに助けてもらいながら、過ごしているそう(写真撮影/土田 貴文)
「だから移住の理由も本音を話すんです。本当は”山形に来たくて、移住しました”っていう方がみんな喜ぶでしょうし、それを期待しているんでしょうけれど。”住みます芸人で指名されたから来ました”が僕の本音。嘘は言わない。でも、住むからにはその土地で文句を言わずにできることを一生懸命やる。これが僕のできることです」(本坊さん)
これだけ仲の良い人間関係が出来上がると定住しそうにも思えますが……。
「でもね、住んでる家は賃貸ですしね。一生家を買わない方向を考えているから、またどこかに引越すことになるかもしれません。その時になってみないとわからない。今は今で楽しいけれど、先はもしかしたらまたどこかに移住するかもしれない。そういう話をすると、山形の人たち寂しそうな顔するんですけどね。移住したからといって、移住先に一生住み続けなければならない。ってことはないんですよね」(本坊さん)
迷っている人がいたら、自分が斜に構えないこと「移住をしたら、ずっと住み続けなければならないってことはない」ーーその一言にハッと目を覚まさせられた気持ちになります。なぜならば、移住を願う人たちの多くは、その土地に住むならば「失敗したらどうしよう・人間関係がうまくいかなかったらどうしよう」と、先々ずっと続く心配をしがちだからです。移住を先に経験している本坊さんは、そこをさらに突いてきます。
「いや、不思議に思うんですけど……。皆なんでそんなにトラブルがありき前提で家や土地探しに行くんですかね。確かに隣の人たちの顔が見えないっていう状況が怖いのはわかるんですけれど。でも正直、自意識過剰な気がします。相手にだって相手の生活があり、彼らにとっても知らない人が移住してくるのは不安や未知がある。見えない情報に翻弄されず、斜に構えないで、目の前の人たちのことをしっかり見ることが大事なんじゃないですかね」(本坊さん)

工事現場での作業経験を活かしながら、廃材を利用してDIYでつくった農作業庫(写真撮影/土田 貴文)
確かにその通りですね。自分のことばかりではなく、相手の立場に立って考えることで、不安や心配は和らぐのかもしれません。誰だって未知なる世界に不安が膨らむのは当然のことなのですから。
「僕も移住前に、空き家バンクなんかをネットで調べたりしました。今は手軽に情報が調べられるけれど、こと移住となると、ネットはやっぱり嫌なことしか情報として出てこないんですよ。でもそれを自分の実生活に当てはめてみると、ネットに上がっている情報が全てではなくて。鵜呑みにしない方がいいなって思いますね。半分ゴシップだと思えばいいんです」と語る本坊さん。

移住に対しても一歩俯瞰的に見ているところに芸人さんらしさを感じます(写真撮影/土田 貴文)
本坊さんがおっしゃるように、SNSやインターネットでの情報が手軽に入るようになったからこそ、不安の面積が広がっているというのはあるのかもしれません。
「だって、世の中には嫌な奴もいるし、一方ではいい人もたくさんいる。それは東京でも山形でも同じでしょう? だからパソコンやスマホを指先だけでいじって調べてないで、嫌なことも楽しいことも変化を面白がる。そのくらいの気持ちを持って、体ごとぶつかっていけば、“住めば都”になるかもしれないですね」(本坊さん)
実直な気持ちで、いいも悪いも変化として面白がる。そして失敗したと思っても引き返せばいいし、移住した先に住み続けることが必須ではない。その気持ちと行動が、移住を実現するには何よりも大切なのかもしれません。

東京から遊びに来てくれた「おかずクラブ」と大根の収穫作業を楽しむ(画像提供/吉本興業株式会社)
「本音を言うとまた東京にいる芸人さんたちと一緒に仕事をしたいですよ、特に昔の仲間たちと」とぽつりと語してくれた本坊さん。しかし「東京の暮らしをまたしたいとは思わない、なんだかんだ楽しんでいるんだと思う」とも続けてくれました。
最近は芸人仲間も、本坊さんの山形暮らしにとっても興味を持っている様子。実際に「天津」の木村卓寛さんや、「おかずクラブ」の二人などが、遊びに来てくれたそうです。東野幸治さんはなんと地方移住に興味を持っているのだとか。こうして芸人さんにも、山形や移住のことを自分ごととして感じてもらい、更には街の人たちとの交流が増えるという流れをつくること。それが本坊さんにとってのこれからやりたいことだそう。ますます関係人口が広がっていきそうで、とても楽しみですね。

泥臭く大変な作業ですが、楽しそうに話す姿が印象的でした(写真撮影/土田 貴文)
●取材協力
・吉本興業株式会社
・よしもと住みます芸人
・ソラシド
・本坊元児
所在地:神奈川県川崎市高津区溝口
所在地:世田谷区代田
所在地:渋谷区南平台町
所在地:文京区千駄木「障がいをもつ人も、もたない人も共に生き、働ける場を」というコンセプトを掲げ、1971年から活動を開始したわっぱの会。その事業の一つである「わっぱん」は共働事業所で働く人たちがつくる無添加のパンです。
わっぱの会が障がいのある人とない人が共に生きていく世界を目指し、活動を続ける理由やその取り組み、住まいに関わる支援について、わっぱの会の斎藤縣三さんに話を聞きました。
「わっぱん」とは、名古屋を拠点に展開しているパン屋さんです。手作業を重視し、材料にはなるべく添加物を使用せず、遺伝子組換えではないものなど、自主基準を設けこだわっています。
もちろん、使用するカスタードクリームやジャム、つぶあんなどもすべて手づくり。自分たちが信頼できるもの以外は入れない、お手ごろな価格で安心安全なおいしいパンを届ける。そんなパンに込めるつくり手の姿勢は、わっぱんの事業を開始して以来、地域の人々に支持され、愛され続けています。

体に悪いものは入れない。安心でおいしい「わっぱん」のパンは地域の人に長く愛されている(画像提供/わっぱの会)
わっぱんのもう一つの大きな特徴は、障がい者と健常者が一緒に働くパン屋であること。今ではそのような業態はたくさんありますが、わっぱんの事業を開始した1984年当時としては大変珍しく、先駆けでした。わっぱんの誕生について、経営母体である「わっぱの会」の斎藤さんはこう話してくれました。
「わっぱんの事業を始めるまでは内職や移動販売などの仕事をしていましたが、収入は限られたものでした。事業として成立する形で障がいのある人に仕事を提供したいと考えたとき、手作業を活かせて、自立して生活できるだけの収入を得られる仕事として行き着いたのがパン屋だったのです。当時は全国で初めて障がい者と健常者が一緒にパンをつくって地域の人たちに買ってもらうという、時代に先駆けた取り組みでした」

手仕事にこだわった丁寧なパンづくり(画像提供/わっぱの会)
地域の中で地域と共に。「ソーネおおぞね」の誕生わっぱの会では、これまでの福祉サービスの域を超えて、地元の人たちとの交流や社会参加を重視した、地域に根付いた取り組みを大切にしています。その一つのモデルケースとなる施設が「ソーネおおぞね」です。リサイクルセンター、ショップ、ダイニングカフェ、フリースペース、住まいをはじめ小さなことから相談できる「相談所」の五つの機能をもつ複合施設になっています。

ソーネおおぞね内のショップ。わっぱんのパンや愛知の特産品、有機野菜などの幅広い品揃え(画像提供/わっぱの会)

大曽根団地の中にあったスーパーの跡地を利用してつくられたソーネおおぞね。団地の過疎化が進み、空き部屋がたくさんある状況下で、団地の荒廃を食い止め、地域の人たちも参加できる施設にしたいという思いがあった(画像提供/わっぱの会)

ソーネおおぞねでは、地域と連携して、団地内の空き部屋を借り受けて改修を行い、住宅弱者に貸し出したり、障がい者のグループホームの運営も行っている(画像提供/わっぱの会)
地域住民が一緒に参加する夏祭りを開催したり、キッズスペースをつくって子育て世帯も気軽に訪れることができるようにしたりと工夫を凝らしました。リサイクルセンター「ソーネしげん」での資源の買取にはポイント制を導入し、敷地内のダイニングカフェでそのポイントを利用できるようにしたりしたところ、ソーネしげんの会員は現在4000人を超えるまでに増えています。遠くからも車でやってくるほど、地域を超えて多くの人に受け入れられるようになりました。

ソーネおおぞね内にあるリサイクルセンター「ソーネしげん」。分別した資源を持ち込んで買い取ってもらうことができる(画像提供/わっぱの会)

リサイクルセンターとカフェにポイント制を取り入れた仕組み(画像提供/わっぱの会)
障がい者と健常者の共生・共働を目指し、「一人で暮らしたい」「働きたい」に寄り添う障がい者の「自立して暮らしたい」「社会の一員として働きたい」という想いに寄り添いつつ、障がい者と健常者のスタッフの生活を成り立たせていくのは簡単ではありません。現在、わっぱの会は事業による収入のほか、寄付や助成金などで運営を持続している非営利法人組織となりました。展開する事業の数は33に及び、年間の事業高は15億円にのぼります。それらは全て、今困っている人たちには何が必要かを考えて、発展していった取り組みです。
ほかにも、企業への就労支援や職業訓練、生活支援、居住支援なども積極的に行ってきました。年間に200名以上の就職を実現し、その実績が評価されて、ハローワークから就職先を探す依頼を受けることも多いそう。
「障がい者は『働きに行く』という意識が芽生え、お金を稼ぐ実感を得られるようになり、一緒に働く健常者は、新たな気づきや生きがいを見出している人が多いようです」

障がい者と健常者がともに働く場はパン屋、リサイクルセンター以外にも多岐にわたる。障がいがあっても働けることを理解してもらい、就職先を開拓する取り組みも行っている(画像提供/わっぱの会)

生活・仕事・福祉のお悩みも気軽に相談できる地域の相談所を運営(画像提供/わっぱの会)
障がい者だけにとどまらない、わっぱの会の居住支援2010年代の後半には居住支援法人制度の認定を受け、住まい探しの専門センターを設立。障がい者以外の生活困窮者からも多くの相談が寄せられています。

児童養護施設を18歳で退所した若者や、家族関係によって自宅が安心できる環境にない学生に寮として提供している建物(画像提供/わっぱの会)
「最初は住まいを紹介するだけでしたが、障がいのある人の入居は大家さんも二の足を踏むことが多く、今は連帯保証人がいても保証会社がつかないとなかなか貸してもらえません。そこで私たちは、債務保証会社と協定を結び、わっぱの会が支援する人には、保証会社を付けられるようにしました」
それでも、家賃の滞納や近隣へのトラブルがあるのではないかなど、障がい者への偏見から部屋を貸したがらないオーナーは未だ多く存在するそうです。対策として、わっぱの会がオーナーから部屋を借り受けてリフォームし、貸し出すことにも取り組んでいます。また、わっぱの会が間に入って身元の保証や定期的な安否確認、死後事務まで行うことで、オーナーさんの不安を軽減しているのです。

障がい者やサポートを必要とする人たちへの事業は多岐にわたっている(画像提供/わっぱの会)
わっぱの会が目指すもの。地域共生の未来とは斎藤さんが学生だった1970年ごろ、障がい者は山奥の施設など、まちなかとは離れて社会と接しにくい場に置かれるれることが多くありました。その現実に疑問と憤りを覚え、健常者も障がい者も共に暮らし、働ける場所をつくろうと立ち上げたのが、わっぱの会です。
「共生・共働という考え方は、以前と比べて普通に使われるようになってきました。しかし、世の中で広く使われている言葉の意味は、私たちが考えるものとはズレがあるように思います。介護福祉事業への企業参入も増えてきましたが、障がい者に寄り添うことが目的ではなく、行政から補助金を得たり、利益を生み出すための手段として利用しているのではと疑わざるを得ないケースが増えています。
私たちの地域相談窓口に来る人には、障がい者以外の人たちも増えていて、かつては地域の中の支え合いで解決していたことも回らなくなって、今まで以上に地域が疲弊していると感じます。障がい者、健常者、生活困窮者といった枠を超えた福祉が今こそ必要で、そのためには地域をつなぎながら新しく地域を再編していく覚悟が欠かせません」

わっぱんでは、健常者と障がい者合わせて70名近くが同じ仲間として働いている(画像提供/わっぱの会)
わっぱの会では職員と利用者といった、提供する側と享受する側に分けるような、従来の福祉サービスからの脱却を目指しています。障がい者もただサービスを受けるのではなく、関わる誰もが等しく会費を負担し、共同運営していく、生活と共働を支えるような組合のような組織。そして、成果主義ではなく、みんなで成果を分かち合っていく関係の構築を考えているそうです。
さらに、今後も支え合いを実践しながら活動を持続していくには、障がい者も健常者も生活できる事業として成立するだけのお金が巡る仕組みも欠かせません。枠にとらわれない支援の仕組みづくりと普及が急務とされるなか、わっぱの会の取り組みは一つのモデルケースになりそうです。
●取材協力
わっぱの会
わっぱん
ソーネおおぞね
所在地:杉並区浜田山
所在地:港区白金台
所在地:杉並区成田東
所在地:渋谷区富ヶ谷
所在地:世田谷区大蔵地方都市や都市郊外で、古い平屋の一戸建てが並んでいるのを見かけたことはありませんか。築年数が経過しているうえに空き家だったりすると、なんとなく不気味な存在、なんて感じたことがある人もいるかもしれません。ところが、その建物の特性を見事に活かしてリノベーションし、地元ならではの「セレクト横丁」にした家族がいます。埼玉県宮代町に「ROCCO」を誕生させた、長年続く建設会社とその家族、出店した地元のみなさんに取材しました。
きっかけは父の病。建築、設計、デザインに携わる3人の子どもたちが地元に集う高度経済成長期、日本のあちらこちらで、大量に木造賃貸住宅が建設されました。築50年、60年となった建物たちは、今のライフスタイルに合わずに借り手がつかず、放置され空き家となっていることも少なくありません。このまま放置が続けば、倒壊や害虫・害獣の住処になる可能性が出てくるなど、地域にとってはリスクにもなってしまうことも。そんな、日本のあちらこちらにある建物を、地域ならではの“セレクト”横丁として再生させたのが、埼玉県宮代町の「ROCCO」です。

今回取材した「Rocco」のリノベーション前の姿(左)。1970年の2Kの平屋は、全国各地で多数建築されました(写真提供/ROCCO)

平屋を“セレクト横丁”として生まれ変わらせた「ROCCO」。「なんということでしょう!」という声が聞こえてきそう。衝撃のビフォアアフターです(写真撮影/栗原論)
リノベーションを手掛けたのは、埼玉県宮代町にある建設会社、中村建設の中村家の3きょうだいです。長男が会社を継ぎ、次男は都内で設計事務所を共同設立、長女はグラフィックデザイナーとしてそれぞれ活躍しています。

中村建設の中村家の3きょうだい。建設と建築、デザイン。それぞれの道に進みました(写真提供/ROCCO)
「はじまりは、ほんとに雑談だった」と振り返るのは、次男で一級建築士でもある中村和基さん。「飲みながら、あそこにお店があったらいいのに、って話したのがはじまりだったんです」と話すのは、末っ子の妹の中村幸絵さん。長男は父から会社を継ぎ、宮代町で暮らしていましたが、当時、2人は都内で暮らしていました。(次男は現在宮代町在住)

会話もきょうだいならではの気軽さ。大人になってからも仲の良い家族っていいですよね(写真撮影/栗原論)
「父は地域に代々続く建設会社を営んでいました。今は長男が経営を継いでいます。2019年、その父が大病を患っていることがわかり、家族が交代で看病や介護をして支えようと、久しぶりに地元の宮代町に帰ってきたんですね。スーパーに買い物に来たら、平屋の空き家が並んでいるのが目について。『あの空き家、コピペ(コピー&ペースト)したみたいで(同じデザインの外観が並んでいる様子が)かわいいよね』『地元で気軽に寄れる場所やちょっとお酒を飲める場所がほしい、あそこは手を加えたらちょうどいいのでは?』と話していたんです」と幸絵さん。ちょうどコロナが流行りはじめ、リモートワークができるようになり、たびたびこの建物の話題があがっていたといいます。

周辺にはスーパーやドラッグストアがあるが、空き家だったころは周囲も暗い雰囲気だったそう。平屋は放置された状態が続いていた(写真撮影/栗原論)
「そんなある日、突然、長男が『あの建物の所有者と話してきた』と言うんです。実は、もともと建物の建築を請け負ったのが祖父の代だったということがわかり、売却してもいいよと言ってくださったんです。(書類を取り出して)これが建築当時の昭和45年の書類です。築52年、1戸当たり10坪の2K。戦後によくある建物だったんですね」と和基さん。
空き家問題でよく聞くのが、「大家さんは家賃収入があってもなくても生活には困らないので、知らない人には売ったり貸したりしたくない」という意向です。そのため、宙ぶらりんになってしまうことも多いのですが、このROCCOの場合、大家さんが地元企業の先代、先々代からの付き合いがあるということもあり、建物と土地を快く売却してもらえたそう。

契約書を見せてもらいながら、お話を聞かせてくれるお二人(写真撮影/栗原論)
春日部市、杉戸町、宮代町、地域に眠っている才能を掘り起こすそうして土地と建物を売却してもらったものの、長年、空き家になっていたためか、建物はボロボロ。特にお風呂やトイレの状態は悪く、耐震性や断熱性など、現在の建築基準を満たすものではなかったといいます。

空き家になっていたためか、建物のあちこちが傷んでいたそう(写真提供/ROCCO)
「かけられる費用のバランスをみながら、大規模リノベをしました。私が建築図面を引いて、妹がサイン等のデザインをして、現場の職人さんたちが作るというような流れで、距離感が近くて、判断が早いんですね。そのあたりのスピード感が内部でできる強みだと感じた」と和基さん。
とにかくこだわったのは、外観。清潔感があり、どんな業種の店舗が出店してもらっても馴染むだろうということから、白を基調にしました。
「完成してから気がついたんですが、白と青空ってすごく『映える』んですね。宮代町の大きな空とあっていて、みなさん写真を撮っていかれます」(幸絵さん)

建物は白を基調に。木材をふんだんに使い、やさしい印象に仕上げています(写真撮影/栗原論)
「建物のリノベーション、契約などと同時進行で、出店してもらうテナント探しをはじめました」と和基さん。注力したのは、テナントもできるだけ「地元の人」「地元のモノ」「長く続けてもらう」ということ。
「東京で仕事をしてきて、家族の病気やコロナもあって、宮代町で過ごすようになって、その良さがわかった点は大きいですね。仕事柄、東京の飲食店ともつながりがあり、お願いすれば出店してもらうことは可能なんでしょうが、知名度・ブランド力のある店舗に出店してもらうのではなくて、地元でがんばっている人で作る、地元に愛される場所にしたかったんです」といいます。
そのため、隣の杉戸町の「わたしたちの3万円ビジネス」を手掛けるchoinacaさんに出向き、起業を希望する人たちがいるのか、どうすれば盛り上がる場作りができるかを相談したそうです。
「地域で起業したいと考えている人、場所があれば自分のお店にしたいと思っている人は、意外と多いんですね。このROCCOが、そんな人達の受け皿になったらいいなと思っています。地元の人がお店やっているとなれば応援したくなるし、地元だからこそ、何度も行きたくなる、そんな場所を目指したんです」(幸絵さん)
宮代町近郊で頑張っている人を探していたころ、隣の春日部市出身で、日本のバリスタコンテストで2冠を果たし、世界大会で準優勝という畠山大輝さん、地元で名物になっているおかきをつくる牧野邦彦さんなどと出会いました。人と人って、こうやってつながっていくんですね。

「宮代もち処 Jファーム」。もともとは米づくりを行っていた社長が手掛け、あげもちやおこわ、餅などを販売(写真撮影/栗原論)

名産品として人気の宮代あげもち(写真撮影/栗原論)

週末限定で餅を販売しているが、なんと1000個以上つくっても完売するのだとか(写真撮影/栗原論)
施工は長年付き合いのある職人。つながりと活気が戻ってくるROCCOは全6棟ありますが、コーヒーを扱う「Bespoke Coffee Roasters」、ギリシャヨーグルトとお茶を扱う「M YOGURT」、「宮代もち処 J ファーム」、サカヤ×ビストロ「FusaFusa」、「シェアキッチン棟」など、魅力的な店舗が並んでいます。どれもこれも、きょうだいで力をあわせて見つけてきた、よりすぐりの、熱意があるこだわりのお店ばかりです。
ちなみに、ギリシャヨーグルト専門店「M YOGURT」を運営するのは、春日部市でお茶の販売などを行う、おづづみ園の尾堤智さん。
「母が宮代町の出身ということもあり、今回、ギリシャヨーグルトの店を出すことになりました。私自身が北海道で製法を学んだ、生乳と乳酸菌しか使っていないギリシャヨーグルトを販売しています。正直、高価なので、どこまで売れるか不安だったんですが、杞憂でしたね。宮代町の方に愛されて、製造が追いつかないくらいの人気です」と話します。

ヨーグルトのほかに、日本各地の美味しいものを販売。お茶やヨーグルト、美と健康のセレクトショップを目指すといいます(写真撮影/栗原論)

店内で手作りしているヨーグルト。試食するとその濃厚さにびっくりします(写真撮影/栗原論)

ギリシャヨーグルトは1つ550円。ほかにもデザートヨーグルト650円などと決して安価ではないが、「美味しい」と好調に売れているそう(写真撮影/栗原論)

濃厚な味わいで、おやつにもお酒のお供にもよさそう(写真撮影/栗原論)

酒屋さんがはじめたビストロ「FusaFusa」。東欧のワインを中心に扱っています(写真撮影/栗原論)

カウンター席のみの店内。これはお酒とおしゃべりがはずみそう(写真撮影/栗原論)

ランチメニューの岩中豚ロースのとんかつ。開店前から行列ができる日もある人気ぶりです(写真撮影/栗原論)

棟と棟の間には、宮代町にある日本工業大学の学生の作品をディスプレイ(写真撮影/栗原論)

シェアキッチン棟(左)とあずまや(右)。暗い雰囲気で、ひと気の少なかった場所が、地域に開かれ、人が集う場所に(写真撮影/栗原論)

シェアキッチン棟。期間限定ショップやイベント、誕生日会など、さまざまな用途に対応します(写真撮影/栗原論)
今回、建物の施工には、先代、先々代から付き合いのある職人さんたちが参加してくれました。外観はROCCOチームが決定し、内装に関しては店舗側の要望にあわせて1棟ずつフルオーダーメイドで作成。職人さんから見ても、幼いときから付き合いのある中村きょうだいが力をあわせた「地域の建物再生プロジェクト」に気合いも入っていたといいます。
「工事期間中、周辺の住民から『ここ何ができるの?』って聞かれたら、職人さんが手をとめて、ここにコーヒー、ここにおかきって、案内までしてくれていたんですよ。みんなの思い、つながりが再生されていく感じでしたね」(和基さん)
残念ながら、きっかけとなったお父さまはROCCOの竣工を見ることなく逝去されたそうですが、きょうだいで力をあわせたプロジェクトに目を細めているに違いありません。
「完成していたら、毎日、それぞれのお店の品を買って周囲に配って、毎日、ビストロで飲んでいたと思います。豪快な人だったから」と幸絵さん。
ともすれば、「負の遺産」になりそうだった建物を、きょうだいの力で再生し、地域のシンボル、新しい場所としていく。工事を手掛けた人も、店舗を運営する人も、訪れたお客さんも地元のよさを再発見する。再生したのは単なる建物だけではなく、地域の人たちのつながりなのかもしれません。
●取材協力
ROCCO
所在地:杉並区永福
所在地:杉並区永福
所在地:目黒区柿の木坂
所在地:世田谷区太子堂東京都江戸川区にある「西葛西APARTMENTS-2」は、住むに加えて商う・働くという機能を加えた新感覚の集合住宅です。ベーカリー&カフェ、小商いができるオープンスペース、コワーキングスペースを設けるなどで、街のコミュニティをつくり出しています。こちらが誕生した経緯と、完成から4年でどのように地域に変化をもたらしているかを取材します。
設計者が企画、設計、運営を行う新しいタイプの複合建築初秋のよく晴れた日の朝、最寄駅である地下鉄東西線 西葛西駅の改札を出て歩くこと約10分。「西葛西APARTMENTS-2」は、大通りから一本入った住宅街のなかにありました。通りから見えるベーカリーの窓には、パンを仕込んでいる職人さんの姿。隣にあるデッキには、木々の緑陰が落ちています。

2000年に竣工した集合賃貸住宅「西葛西APARTMENTS」(右)にデッキスペースをはさんで隣り合う「西葛西APARTMENTS-2」(左)(写真撮影/桑田瑞穂)

エントランスのスロープは、バリアフリーに配慮して、端ではなく中央に設けた。「誰にとっても居心地のよい場所に」という想いが込められている(写真撮影/桑田瑞穂)
駅からの道すがら街なかで目立つのは、整然としたコンビニやファミレスなどのチェーン店ですが、ここには、手作り感あるほっとできる空間が広がっていました。静かな朝のひとときが過ぎると、保育園に子どもを送ったあとのお母さんたちが次々にやってきて、デッキでおしゃべりがはじまります。ロードバイクでふらりと立ち寄った人も。たちまち、にぎわいが生まれました。

「7丁目PLACE」のデッキには、パンとコーヒーを飲んで一息ついているお母さんたちが多かった(写真撮影/桑田瑞穂)
2018年に完成した「西葛西APARTMENTS-2」は、駒田建築設計事務所の駒田剛司さん、由香さん夫妻が、資金計画、設計、運営まで一貫して行っている集合住宅です。駒田さん自身が銀行で融資を受け、所有しています。
1階にはカフェ併設のベーカリー&カフェ、2階には、コワーキングスペース「FEoT」(FAR EAST of TOKYO)と自社事務所があり、3・4階が賃貸住宅で、どの場所も路地のようなオープンスペース「7丁目PLACE」に開かれています。
隣接する「西葛西APARTMENTS」1階には、シェアキッチンを備えたコミュニティスペース「やどり木」を設けました。
「西葛西APARTMENTS-2」は、単なる集合住宅ではなく、街に開いたオープンスペースを持ち、働く人、商う人、地域の人が集う複合建築であり、地域のコミュニティを再生する場です。通常、集合住宅で、店舗を併設する場合、居住者と店舗の来客の入口は別々にして、動線を分けるのが一般的ですが、「7丁目PLACE」と名付けたデッキスペースに、賃貸部分の居住者やコワーキングスペースの利用者、ベーカリーの来客などすべての動線をあえて重ね、にぎわいを生み出すようにデザインされています。

「7丁目PLACE」のデッキには、パンとコーヒーを飲んで一息ついているお母さんたちが多かった(写真撮影/桑田瑞穂)
「『西葛西APARTMENTS』には、私たちも入居していましたが、開発事業によって発展した西葛西は、どこにでもある大型のチェーン店が多く、個人の魅力的なお店がなかったんです。徐々に、自分たちが居心地よく過ごせる場所がほしいと思うようになりました。街を面白くするには、自分たちが街に開いていくべきじゃないか。そんな想いから『西葛西APARTMENTS-2』の計画はスタートしました」(由香さん)

エントランス脇の看板は、公園の入口にある看板をイメージしてデザイン。自由に使えるオープンスペースであることを表現している。ベーカリー&カフェ「gonno bakery market」が開店すると瞬く間に自転車でいっぱいに(写真撮影/桑田瑞穂)
賃貸集合住宅に、働く、商う、集う場を複合しコミュニティを生み出す西葛西でやりたかったのは、小さくても「住む」「働く」「商う」「集まる」というさまざまな用途をぎゅっと詰め込んだ建物でした。そのためには近隣の人をいかに呼び込むかが大切で、最初に計画したのが、誰でも気軽に立ち寄れるベーカリー&カフェを1階に誘致することでした。
「一般的な集合住宅は、生垣や塀で囲まれていて、通りから中が見えない閉じたつくりになっていますが、その真逆をやってみたいという構想は以前からもっていました。駒田建築設計事務所では、集合住宅を計画する際、『1階を開くと街の価値まで上がる』とオーナーに店舗の誘致やオープンスペースの提案をしてきましたが、『うまくいくの?』と難色を示されてしまうことが多くて。自らオーナーである『西葛西APARTMENTS-2』で、その可能性を証明できるのではと思いました」(由香さん)

誘致した「gonno bakery market」は、もともと近隣の人気店。メディアに取り上げられることも多い。スコーンやバゲットなどさまざまな種類のパンが並び、選ぶのに迷ってしまうほど(写真撮影/桑田瑞穂)

小さな子ども連れのご家族から高齢者まで、想定通り近隣の住民でにぎわうカフェコーナー(写真撮影/桑田瑞穂)
「空間の力で集客したい」と考えた駒田さん夫妻は、エントランスに、ベーカリーの来客や建物利用者が共有するデッキスペース「7丁目PLACE」を設けました。動線やオープンスペースとしての機能を考え抜き、デザイン案は100通りにものぼったそうです。完成した「7丁目PLACE」では、パンのイベントや不揃いの野菜を販売する「でこぼこマーケット」や美大生による子ども向けアートイベントなどが開催され、大反響。「西葛西APARTMENTS-2」の屋上スペース「7丁目ROOF」も希望者に貸し出していますが、ヨガ教室などのイベントが好評です。

コロナ禍前のパンイベントでは、建物周囲を囲むほどの行列ができた(画像提供/駒田建築設計事務所)

デッキスペースに出店した「でこぼこマーケット」。三輪自転車の店舗に、新鮮な野菜がずらり(画像提供/駒田建築設計事務所)

「西葛西APARTMENTS-2」の屋上「7丁目ROOF」で催されているヨガ教室。空が近く感じられる気持ちのいい場所(画像提供/駒田建築設計事務所)

駒田建築設計事務所の駒田由香さん。イベントは、主催者とテーマ設定や告知について話し合いながら一緒につくり上げていく(写真撮影/桑田瑞穂)
「小さな経済がここで回っていくことが大事だと思っています。住んでいる人や街の人のチャレンジを後押ししながら、自分たちも成長したいと思っています。」(由香さん)
「西葛西APARTMENTS」1階にある「やどり木」は、シェアキッチン付きのオープンスペースです。飲食店営業と菓子製造業の許可を取得済みで、和菓子の会や無農薬野菜のカレー屋さんなどさまざまな活動が催されました。ここでの活動をきっかけに、本を出版したり、ビジネスを立ち上げた人もいるそうです。

「やどり木」でのイベント風景。もともと賃貸住居として貸し出していたスペースをリノベーションしてシェアキッチンとして開放(画像提供/駒田建築設計事務所)
コワーキングスペースが、居住者や地域の人のサードプレイスに「西葛西APARTMENTS-2」2階にあるコワーキングスペース「FEoT」は、家でも職場でもない居場所をつくろうという思いで企画されました。
駒田さん夫妻にとって、コワーキングスペースの運営は初めてでしたが、外が見えて風が抜けるリビングのような居心地の良い空間を目指しました。合理的な壁柱の構造を活かしたワークスペースには、プライバシーを保ちつつ、デスクがゆったりと配置されています。構造躯体でない間仕切りには、本棚やコンクリートブロックを使い、簡単にスペース全体のレイアウトを変えられるようになっています。

窓いっぱいに外が見えて開放感のある「FEoT」。右側の壁も中央の壁と同じ構造になっていて、本棚を取り外すと一体の空間として使える(写真撮影/桑田瑞穂)
「FEoT」は駒田建築設計事務所と同フロアにあり、受付は事務所スタッフが行い、運営に関する面談や契約は由香さんが担当。開業半年後から満席が続き、空きが出てもすぐに埋まる状況が続いています。

受付を兼ねたシェアキッチン。右奥が駒田建築設計事務所の入口で、コワーキング利用者と事務所スタッフがスペースを共有している(写真撮影/桑田瑞穂)
「現在の利用者は入居者、近隣の方を中心に27名ほどです。通常、コワーキングスペースを契約する際には、禁止事項などがずらっと書かれた利用規約がありますけど、悩んだ末、必要最低限の利用規約にとどめました。お互い挨拶を交わすなかで、利用者同士や事務所スタッフが顔見知りの関係になり、みなさん安心して快適に過ごされているようです」
賃貸部分の入居者は、30代~40代が中心で、「西葛西APARTMENTS-2」の醸し出すオープンな雰囲気が気に入って入居されている方が多いようです。この建物を通じて知り合った入居者の方と、近隣に住むコワーキング利用者と三者で、被災時に対応すべきマニュアルの作成など、新しい社会的活動も始めています。
コワーキングスペースはフリーランスの方の事務所となったり、保育園に子どもを送ったあと1時間利用する人がいたり、ベーカリー&カフェでテイクアウトしたパスタを、居住エリアのベンチに持ち込んでテレワークする人も。「『西葛西APARTMENTS-2』みたいな場所があってよかった」という声が寄せられています。

男性が入居する賃貸の一室。キッチンが広めの28.8平米ワンルーム(写真撮影/桑田瑞穂)

朝の日差しが気持ちよく差し込んでいた(写真撮影/桑田瑞穂)

3階のこの部屋は共有廊下に接した写真左の引き違い窓が入口で、入ってすぐキッチンがある。住居を開放して、小商いをすることも可能(写真撮影/桑田瑞穂)
コミュニティが再生する場をつくり、地域の価値を上げる「1階を開くと街の価値まで変わる」と信じて、新しい集合住宅を設計した駒田さん夫妻。企画当初は、融資を打診した銀行から、立地や場所性を理由に飲食の店舗やコワーキングスペースにする計画には、難色を示されましたが、竣工から1年後、管理会社から、築20年の「西葛西APARTMENTS」の家賃の値上げを提案されたのです。「西葛西APARTMENTS2」を通じてさまざまな人が交流するなかで、「環境をつくる」ことが街に新しい価値を生み出し、その結果事業利益にもつながりました。
「以前は、コンセプトを言葉で説明しても理解されにくかったのですが、実際に「西葛西APARTMENTS-2」を見た多くの人に共感してもらえるようになりました。今までやってきたことがフィードバックされてきたのかなと思っています。これからも、地域の人が交流し発展する場所として育てていきたいです」(由香さん)
設計者自ら不動産を手掛け、「空間の力で集客できる」ことを証明した駒田建築設計事務所の剛司さんと由香さん。2022年11月には、外階段から直接住戸にアクセスでき、小商いが可能な賃貸集合住宅「wdsビル」が竣工しました。これからは、多様な人々を呼び込み、街に開いた集合住宅が、住む人、商う人、働く人の交差点になり、街のコミュニティを醸成する場になっていくのかもしれません。
●取材協力
駒田建築設計事務所
所在地:世田谷区駒沢
所在地:目黒区平町
所在地:世田谷区弦巻
所在地:杉並区上井草新型コロナウイルスのパンデミックから日常に戻ろうとする世界の動きのなか、そろそろ海外へ、と思っていたとき、シンガポール在住の友人から遊びに来ないかと誘いがあった。“スマートシティ”と呼ばれ、世界スマートシティランキング(※1)で2019年~2021年の3年連続1位のAAA(トリプルA)を取る国だ。納税手続きなどもオンライン化、医療でもほとんどの病院でオンラインでの診察予約ができるなど次々と新しい公共サービスが生まれている。以前から興味のあったシンガポール。観光だけでは分からない、現地での暮らしを体験しに行ってみた。ローカルの人たちの生活も含めてレポートする。
※1 国際経営開発研究所(IMD)とシンガポール工科大学(SUTD)は共同で発表
日本からの海外移住者も多いシンガポールマレー半島の先端に位置し、インド洋と南シナ海・太平洋の両大海を結ぶマラッカ・シンガポール海峡に面したシンガポールは、東京23区より少し広い程度の小さな国土に、中華系、マレー系、インド系と多民族が約569万人暮らしている(外務省データ・2020年現在)。

(写真/PIXTA)
1年中、高温多湿な熱帯雨林気候で、平均気温は26~29度(国土交通省気象庁データ)。真夏の日本と比べても、とても過ごしやすい。特に朝と夜は快適で、ほとんどエアコンも不要なほど。
日本から飛行機の直行便で約6~7時間、時差わずか1時間のシンガポールは、日本人が海外移住を考えるときに頭に浮かびやすい国の一つだろう。シンガポールで暮らす日本人は36,797名(外務省データ・2019年10月)。周囲でもシンガポールに長期滞在したことがあるという人はけっこういる。その理由は何だろうか。

シンガポール・チャンギ空港直結のJEWEL(ジュエル)は2019年にできた新施設。地上5階、地下5階の建物には屋内植物園や巨大な人工滝がある。スカイトレインが横断し、レストラン・ホテルも完備(写真撮影/四宮朱美)
デジタルで生活の効率化進む。世界的“スマートシティ”の実力最近、注目されているITC化(Information and Communication Technology、情報通信技術を活用してコミュニケーションを円滑化し、サービス向上などに活かすこと)の点で見ると、国際経営開発研究所(IMD)が公表する2020年のデジタル競争力ランキングでは、米国が3年連続1位で、シンガポールが2位、日本はなんと27位という成績だ。狭い国土に限られた人口で発展するために、すべてにわたって効率化が進められた結果だろう。
2014年8月、リー・シェンロン首相が演説で掲げたSmart Nation(スマート国家)構想により、シンガポールでは、さまざまなプロジェクトが同時並行で進んでいる。日本のマイナンバーカードのような国民デジタル認証(NDI:National Digital Identity)システムがすでに普及していて、行政サービスのオンライン化も進んでいる。実際に住所変更や婚姻届などの手続きも市役所などに足を運ぶことなくできるので効率的だ。キャッシュレス決済を推進するために、電話番号や個人番号を知っていれば送金ができるシステムの開発や、各キャッシュレス決済事業者が定めている規格を共通化して、小さな個人商店でも普及しやすくしている。
入国の際も、日本で事前に入国カードや健康申告書もオンラインで申請でき、とてもスムーズで驚いた。また、政府が無料Wi-Fiを提供していて、「Wireless@SG」というステッカーが貼られた場所で使える。街中のいたるところに貼られていて、日本のように無料Wi-Fiが飛んでいる場所を探してさまようこともない。
さらに公共交通機関もかなりデジタル化が進んでいる。MRT「Mass Rapid Transit(大量高速交通機関)」という電車や路線バスが市内をくまなく網羅していて、日本に比べて安価な運賃で移動することができるうえ、交通省のデータを活用した無料アプリでバスの到着時間を1分単位の精度で確認できる。

MRTの駅。切符を買わなくてもクレジットカードや電子決済可能なスマートフォンでMRTに乗車することができるシステムもある(写真撮影/四宮朱美)
全国規模のセンサーネットワーク(SNSP:Smart Nation Sensor Platform)の構築で、人や車の動き、気象情報といったデータを集めて渋滞解消や災害防止などに役立てているのも特徴的だ。一方で、街中に設置されているカメラで犯罪防止になるのはいいが、監視されているようだとの意見もある。
生活必需品などの物価は安いが、嗜好品などは高額。その理由は……モノの価値観もかなり日本と異なっている。1シンガポールドルは約100円程度(101.21円※10月10日時点)と円安の影響を受けているが、それを抜きにしても住居費、教育費、医療費、保険料は日本からの移住者にとっても高額だと感じるようだ。シンガポールには日本のような国民健康保険制度はなく、ローカルの人は強制積立制度に入る。日本では3000円程度でできる歯科検診(歯の掃除と検診) は95シンガポールドルと高額だ。
実は道路渋滞を回避させるための政府の戦略の一つとして、車もかなり高額。トヨタ カローラ セダンが東京では約232万円なのに対し、シンガポールでは約1277万円と5倍以上(NUMBEO調べ)。一方で、公共交通機関の利用料は日本と比べて安く設定されている。

観光客の多いマリーナベイサンズのモール。カジノもあって高級ブランドが並んでいる(写真撮影/四宮朱美)

City Hall駅から近いフナンモール。時間によって自転車で通り抜けできる。地下2階から地上2階までのボルダリング施設もある(写真撮影/四宮朱美)
また、外食もとてもリーズナブルに楽しめるのも特徴だ。
ホーカーズセンターというローカル向けのフードコートは約500円程度。生鮮食材はさまざまなスーパーがそろっているが、全体的にシンガポールの物価は日本より高い。現地に住む友人は、現地の人が利用するウェットマーケットやホーカーズをうまく活用すれば、日本の都市部での生活と同程度の予算で切り盛りできると話していた。

ストールとよばれる屋台がたくさん並ぶホーカーズセンター。多民族国家らしく食文化も多彩。中国由来のご飯を鶏のスープで炊き、鶏肉を載せてたれで食べる「チキンライス」や、マレー系由来の「シンガポールラクサ」、インド由来なら南インドのスパイスと中国でよく食べられる魚の頭を合わせてできた「フィッシュヘッドカレー」などが楽しめる(写真撮影/四宮朱美)

自炊をする場合でも、高級店から庶民向けの店、インターナショナルでオーガニックな食材を扱う店など、いろいろなタイプのスーパーマーケットがそろっている。明治屋やドンドンドンキ(日本のドン・キホーテ)など日系のスーパーも店舗を拡大している(写真撮影/四宮朱美)
シンガポールのローカルの人たちはほとんどお酒を飲む習慣がない。また、たばこの路上喫煙も厳しく制限されている。しかもアルコールやたばこといった嗜好品については日本に比べてかなり高額。嗜好品など必要不可欠ではないものに関しては税金を高くして、公共交通機関や外食費のような日常生活に必要なものは価格を抑えるということだろう。
シンガポールの暮らしに欠かせない「メイドさん」上記で街中のことについて触れてきたが、ここからはシンガポールならではの家庭事情について触れていきたい。シンガポールの暮らしで欠かせないのが、メイドさんの存在だ。
日本ではあまり一般的ではないシステムだが、シンガポールでは、5世帯に1組ほど利用しているそうだ。フィリピン人、インドネシア人、ミャンマー人といった外国人メイドさんが多く働いている。メイドさんに子どもを預けて復職する人や、メイドさんを雇いつつ、保育園に子どもを預けている人もいる。現地に住む友人のコンドミニアムにもメイド用の小さな部屋がついていて、まさに「メイド文化」が社会に溶け込んでいると感じた。
メイドを雇うことは、シンガポール政府が政策として積極的に取り組んできた。費用は、税金や食費も含め1カ月8万~10万円程度。エージェントから紹介してもらい、面接をしてから雇うのだが、雇用主はエージェントではなく、あくまでも一般人である。もちろん他人と同じ家で暮らしていくのは簡単ではない。言葉の問題もあるが適切なマネージメント能力も必要だ。
そのため政府からメイドの雇用に関して雇用主側の規則や責任、健康管理などについて雇用主の向けの講座を受けなければならない。受講費は30~40シンガポールドルほどで、実際に足を運ぶか、オンラインでも受講できる。それに加えて毎月300シンガポールドル(約3万円)の“Levy”という税金を政府に支払う必要がある。

メイドさんはスイカも食べやすいカタチに切って出してくれる。心配りがうれしい(写真撮影/四宮朱美)
現地の友人の家ではフィリピン人のメイドさんを雇っている。食事の用意、洗濯、掃除だけではなく、子どもたちの面倒も見てくれている。彼女は自分の子どもの学費のためにシンガポールに出稼ぎに来ているそうだ。料理は上手なうえに友人の子どもたちを叱ってもくれる頼りになる存在だ。
友人は最初、メイドさんの手を借りずに仕事と子育てに頑張っていたが、今はベテランのメイドさんが一緒に暮らしてくれるようになって、ずいぶんと楽になったそうだ。これはフィリピンに滞在したときも感じたが、仕事をする女性が他人の「手」を借りることに抵抗を感じる日本と大きく違う感覚だ。
メイドさんとの関わり方は大きく2つあるようで、雇用主と労働者としてドライな関係にするか、雇用関係がありつつもフレンドリーに接するか。友人の家ではある程度家族の一員のように暮らしている。
滞在中、建国記念日のホームパーティーにはメイドさんのボーイフレンドも参加していた。みんなで食事をしたり、花火を見たり。家事の合間の時間には彼女のアテンドでオーチャードストリートまで買い物にも出かけた。シンガポールのおすすめスポットも彼女からいろいろ教えてもらった。
日本では人材不足やコストの問題もあり、メイドさんを雇うのは容易でない。しかし、共働き家庭が増え、忙しい生活を送る人が多いなかで、生活にゆとりが生まれるというメリットは大きい。もし安心できるサービスや人が見つかるなら、試しに取り入れてみるのもいいのかもしれない。

滞在中にちょうどシンガポールの建国記念日に立ち会うことができた。ローカルの人たちの建国祝いパーティーではゲームをしたり、歌を歌ったり、みんなで一緒に楽しむ(写真撮影/四宮朱美)

住宅街の中にある海鮮料理が美味しいレストラン。料理がどれも美味しいのに、決して高額ではない。ローカルの人と出かけるといろいろ地元情報を教えてくれる(写真撮影/四宮朱美)
教育環境を求めてシンガポール移住する人は多いが、実態は?最後に教育についてもぜひ触れておきたい。シンガポールへの海外移住を検討する人々のなかには、英語だけではなく中国語も習えると、子どもの教育を目当てとする人も多いからだ。
シンガポール政府は経済競争力を高めるために、「人的資源が重要」と教育に力を入れてきた。世界各国の子どもの学力を測る代表的なPISA(ピサ Programme for International Student Assessment)では2015年に72か国中、シンガポールは1位、2018年は2位だ。
一方で、実はシンガポールの大学進学率は30%程度、日本の54%に比べてかなり低い。その代わりに能力や技術に応じて得意分野を伸ばすべき他のコースが用意されている。
小学校入学時には、ローカル校、インターナショナル・スクール、そして日本人学校という選択があるが、特にローカル校は世界的に学力が高いので有名だ。
しかし実際は外国人がローカル校に入るのは至難の業のようだ。シンガポール市民と永住権取得者に優先権があり、外国人は残されたわずかな枠に入ることしかできない。学費もシンガポール国民は安いが、永住権保持者、帯同査証保持者とだんだん高くなる。また入学できたとしても、第一言語を英語、第二言語を母国語として学ぶことが義務化されている。

(写真撮影/四宮朱美)
シンガポールでは小学校6年(プライマリー)までが義務教育。その後、中学校4~5年(セカンダリー)、大学進学課程2年、大学3~4年と、中学校修了後に進学するポリテクニック(実務教育を行う3年制の専門学校)とよばれる学校がある。
特に小学校卒業の際に行われる、PSLE(Primary School Leaving Examination)という全国統一試験の結果により、どのセカンダリースクールに入学できるかが決まる。さらにどのセカンダリースクールに入学するかどうかで大学入学までの進路が決まるといわれているため、小学校入学時点で大学入学までの受験戦争が始まっているといわれているそうだ。
このように、かなり熾烈な競争を生き抜く必要がある。子どもにエリート教育を受けさせたいという人たちが集まっているだけに、物心両面で覚悟が必要なようだ。
シンガポールは建国以来、人民行動党が議会の議席の大部分を占め、事実上、一党独裁体制を採っているので、効率的で合理的な政策が実現しやすい国だ。地下鉄の飲食禁止、路上のポイ捨て・唾はき禁止、ガムの持ち込みは違法など、厳しい罰金制度があるが、街を安全できれいに保つためだと思えば負担にはならないだろう。物価は高いといわれるが、ローカルの人たちの暮らし方を学べば生活費も抑えられそうだ。またデジタル利用を活用したインフラが整い、清潔で安全な環境は日本人にとっても暮らしやすい国といえそうだ。
所在地:目黒区中目黒2022年2月の記事、「24歳女子、大家になる。築40年超エレベーターなしマンションが人気物件になるまで 東京都荒川区」で「トダビューハイツ」を取材させていただいた戸田江美さん。
その際に「荒川区町屋に新たに賃貸住宅を建てます!」とお話を伺ったのだが、今年2月完成。入居が開始して半年経過し、「その後、どうだったのか」を伺うべく、新物件「ロジハイツ」へ。「まったく当初の予定通りにはいかなくて大変だった!」という戸田さんと、入居者や地域住民の方々にお話を伺った。
そもそもこの「ロジハイツ」は、戸田さんの祖母が所有し、長く借地として貸し出していた土地が更地になって戻ってきたことを契機に、新たな活用法を考えるところから始まったプロジェクト。
すぐに建物を建てずに、空き地のまま残し、マルシェ、街歩き、トークイベントなどを開催。「想像建築プロジェクト」と名付けられたこの試みは、荒川区の土地にまったく地縁のない人でも、この場所に興味を持ってもらえる仕掛けとしてスタートした。

ロジハイツを建てる前の空き地で行われたマルシェイベント(画像提供/戸田さん)

商店街をめぐる街歩きは人気イベント。戸田さん作成の『街歩きのしおり』を手に、「はっぴいもーる熊野前」と「おぐ銀座商店街」と、地元の人でにぎわう2つの商店街をめぐり、荒川区の暮らしをシミュレーション(画像提供/戸田さん)
最終的には、小さな賃貸住宅ながら、屋上にシェア菜園、1階に喫茶店を設け、地元の人との接点となる”場”を用意することに。

扉からのぞいている鳥はハクセキレイ。物件近くの尾久の原公園で元気に走り回っている野鳥をモチーフに。どこかレトロで丸みのあるデザインで、新築だが昔ながらの住宅街になじむ、温かみのある住まいに (写真撮影/片山貴博)
「こんなことしながら、“面白い街、面白い物件”って興味を覚えた方々が、物件のスペック以外の、この独特さにひかれて引越してくれたら、すごく面白いな、って思ってたんです」(戸田さん)。1階の店舗物件を除けば、賃貸住戸は単身者向けの2住戸のみ。ロジハイツの”特別さ”を愛してくれる、たった2名の入居者がいればいい。そして、実際、街歩きなどのイベントを通して、まったく地縁のないけれども「ここに絶対住みたい」方が現れた。
ところが! 「家庭や仕事の事情で、この方たちが2人とも東京を離れることになったんです。その時点ですでに住み替えの繁忙期が終わっており、本当に焦りました。建築用木材の供給が需要に追いつかない“ウッドショック“の影響でコストが上がる、納期は遅れると、タイミングも悪かったですね。『(空き地でイベントなど開かず)さっさと賃貸住宅を建てていればよかったのに』と言われたこともありました」

大家の戸田江美さん。祖母の跡を過ぎ、大家業を継いだのは24歳の時。現在は結婚し、大家業とともに、フリーランスのデザイナー、イラストレーターをしている(写真撮影/片山貴博)
「物件のビハインドに触れて決めた」――Sさんの場合そんななか、どうにか2人の入居者が現れた。
一人は、転職をきっかけに実家を出て一人暮らしを始めようとした女性、Sさん。「いろんな物件サイトをみていても、どんな物件も金太郎飴みたいに同じに見えちゃうんです。ストーリーのあるもの、付加価値のあるもの、個性のあるもの、ネットの検索条件を入れても見つけられない部屋と出会えないかなと思ったんです。エリアは、23区内であれば、実家からの通勤に比べれば通勤時間が短縮されるだろうと、絞り込めないでいました。公園はもちろん、海や川など水辺が近くにあるといいな、図書館もほしいな。そんな漠然とした感じだったので、まずエリアを入れて、というネット検索ができないでいたんです」(Sさん)
そんな中、たまたま出会ったのが、戸田さんの「大家女子になる」というWebの連載記事。
「ああ、こんな想いで大家さんをされているんだ、新しい物件もすごく面白そうって思って、見学を予約して。そうしたら、戸田さんご本人が物件を案内してくださって、街歩きも一緒にしてくださったんですよね」
すると戸田さんが、「そういえば、Sさんは川は近くにありますか?ってすぐ聞かれましたよね。最初、川近くは嫌なのかと思ってましたよ」
「そうそう(笑)。なんだか、面白そうだなって思ったんです」(Sさん)

Sさんがロジハイツに決めた理由である、徒歩1分の位置にある尾久の原公園。広い原っぱは、地元住民の憩いの場(写真撮影/片山貴博)
「物件よりも、どんな街に暮らすかを大切にしたい」――新社会人のY君の場合一方、新卒で就職とともに上京した社会人1年目のY君。「大学で卒業制作しているうちに、部屋探しに完全に出遅れてしまったんですよ。でも、初めての東京暮らしは、どんな物件に暮らすというより、どんな街に住みたいかが大事という想いがあって。東京の下町っぽいところに憧れもあり、見つけたのがこの物件のサイトでした。手書き風のデザインや、その物件に至るストーリーに興味を覚えてたんです。東京に行く時間もなくて、オンライン上での内見でしたけど、当初イメージしていた”不動産会社で部屋探し”と全然違ってました(笑)」

Y君が興味をそそられたロジハイツのサイトのデザインは、デザイナーでもある戸田さんの手によるもの(画像提供/戸田さん)
2人ともエリア×予算のスペックでだけでは探しきれない、言語化しにくい価値観に魅了されて、この「ロジハイツ」に行きついたのだ。
さらに、ロジハイツのきょうだい物件(もともと戸田さんが祖母から大家を任された物件)である「トダビューハイツ」の入居者とも交えた食事会も開かれた。Sさんはロジハイツ屋上のシェア菜園も利用登録し、同じメンバーと顔見知りに。Y君はトダビューハイツ入居者で同業者の男性と知り合い、すっかり意気投合。地元の居酒屋や銭湯に連れて行ってもらうなど、住まいを拠点として、街に知り合いが増えている。
「トダビューハイツとロジハイツの入居者の希望する人だけでライングループをつくっているんです。とはいうものの、食事会といっても2カ月に1度ぐらいのものですよ。あとは個別に。程よい距離感も大切です」(戸田さん)

ロジハイツの住人さん歓迎会をきょうだい物件・トダビューハイツと合同開催。商店街のお店も紹介しながら。「その後、住人同士で交流もあるようでうれしいです」(戸田さん、写真提供も)
1階の喫茶店はゆるやかに人と街がつながる場に入居者と地元民の憩いの場となっているのが1階の喫茶店「ふくか」。店主の竹前さんは、荒川区に生まれ育ち、戸田さんの大学時代の同級生。「下町の飲食店のオーナーって、とにかく人柄が大事。彼女なら、おじいちゃんおばあちゃんと仲良くできるだろうし、私の想いを共有してくれているのが心強いです」(戸田さん)
「早朝は近くの公園でラジオ体操をした帰り、ちょっと朝食を食べながらおしゃべりしたいね」という地元の人向けに平日は朝6時半から(土日は9時~)営業している。メニューも豊富だ。トースト、ピザ、サンドイッチ、カレー、焼きそば、パスタ、ケーキ類。開店から10時半まではモーニングがあり、お酒類もひと通りある。

「元気がなくなったら営業終了」という喫茶店「ふくか」。「だいたい17時ぐらいが目安でしょうか(笑)」(竹前さん)(写真撮影/片山貴博)

スィーツ類も充実。緑茶付きクリームあんみつは750円(写真撮影/片山貴博)
「この辺りは、小さな子どもを連れて入れるお店が少ないということで、昼間は子連れのママさんたちが多いですね。夕方4時になったら必ず現れる常連さんもいます」(竹前さん)。
ちなみに、入居者は月2回の無料ドリンク付き。朝は少しのんびり出勤というY君は、ここでモーニングを食べてから出勤することも。Sさんもリモートワーク時はお昼ご飯にと活用していた。

竹前さんとお店を手伝っている竹前さんのお母さん、入居者の2人。「そうそう、引っ越し当初は、Y君のWi-Fi使わせてもらったよね」(Sさん)。「ボードゲームしませんでしたっけ」(Y君)、「そうそう、『はぁって言うゲーム』だよ」と戸田さん。「大家とテナントのオーナーと入居者たち」で連想される立場より、「もっと近い」。この温度感が微笑ましい(写真撮影/片山貴博)
屋上のシェア菜園に参加した地元民の理由とは?屋上には小さなシェア菜園「ロジガーデン」があり、ここは地域住民にも開かれており、現在は満席。「三鷹の農家・冨澤ファームさんに、土の入れ方からタネの植え方、水の撒き方など、ビギナーにとっては知らないコツや知識をレクチャーしてもらっています」(戸田さん)
今回はプレ時期から利用登録している方おふたりにお話を伺った。

契約期間は半年ごと。「メンバー限定のチャットで冨澤ファームさんに相談にのってもらえるので、“すぐ植物を枯らしてしまう”という初心者も心強いです」(戸田さん)(写真撮影/片山貴博)
Hさんは、もともとこの場所は空き地だった時からイベント参加をしていたご近所さん。「街歩きやマルシェなどのイベントがとても楽しくて。だからこの場所に賃貸住宅ができると聞いて、形になって良かったと思う反面、ああ、暮らす人だけの場所になるんだと、寂しくなったのも本音でした。だけど、戸田さんが屋上に小さな菜園をつくる、それは私たちにも借りられる、と聞いて、すぐ手を上げました」(Hさん)
「Hさんの”借ります”っていう言葉はすごく心強かったです。正直、本当に借りてくれる人いるのかな、私の考え、合っているのかな、って不安でしたから。実はHさんはご自宅のお庭も菜園にしている経験者で、とても頼りにしています」(戸田さん)。
一方Dさんは荒川区に暮らして7年目というものの、多忙な会社員生活で、ほとんど荒川区の住まいは帰って寝るだけの場所。地元の付き合いはまったくなかったそう。
「ところがコロナ禍で生活が激変。在宅ワークとなり、否応なく、地元で過ごす時間が増えたんです。せっかくなら地元のお店をいろいろ開拓してみよう、新しいことに挑戦してみようと思ったんです」(Dさん)
そんな時、たまたま地元のウェブマガジンで、このロジハイツ1階の『喫茶ふくか』やシェア菜園の事を知り、挑戦してみることに。
「私はサボテンも枯らすような人間なんですけど、プロの先生もいて、気兼ねなくいろいろ聞けるので頼りにしています」

ご近所のHさん(左)、在宅ワークを機に地元生活を満喫し始めたDさん(右)。これまで接点のなかった者同士が一緒におしゃべりしながら作業して、1階の喫茶店でお茶して、と楽しい時間になっている(写真撮影/片山貴博)

夏には収穫祭も。くびれていたり、巨大だったり。スーパーではお目にかかれない野菜に愛着もひとしお (写真提供/戸田さん)
「正直、入居希望者が白紙になったときは本当にどうしようと思いましたが、空き地のイベントや物件完成に至るプロセスに価値を見つけてくれた2人が入居者になってくれたし、そのイベントを通してHさんも私を応援してくれた。Dさんもこうした取材で、生活が楽しく変わったとお聞きすると、ああ、私の選んだ道は間違えてなかったと思いますね」(戸田さん)

10月には収穫した野菜を使った料理やオススメの一品を持ち寄り、屋上で夕涼み会も (写真提供/戸田さん)
この荒川区に全く地縁のない人でも、住まいを通して、知り会いが増え、街に愛着を持てるようになる。そんな「関わりしろのある物件」で、自分が生まれ育った街を愛してくれる人を増やしたい――戸田さんが思い描いていた世界が始まっている。

戸田さん、竹前さん、入居者のY君、菜園メンバーのHさん夫妻、Dさん(写真撮影/片山貴博)
●取材協力
ロジハイツ
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所在地:渋谷区上原
所在地:横浜市青葉区美しが丘
所在地:港区赤坂
所在地:横浜市神奈川区入江
所在地:横浜市神奈川区入江LIXILが、20代~50代の男女4700人を対象に「住まいの断熱」に関する意識調査を実施したところ、 省エネ効果などへの理解は深いものの、健康への影響については理解が低かったという。住まいの断熱の影響について、詳しく見ていこう。
【今週の住活トピック】
「住まいの断熱と健康に関する調査」を実施/LIXIL
これからは、冬の寒さが気になるところだ。では、冬(主に11月~2月)に自宅で寒さを感じるのはどの場所だろうか。調査結果を見ると、寒さを感じる場所として最も多く挙がったのが「トイレ」(52.2%)で、次いで「浴室」(51.8%)、「洗面所(脱衣所含む)」(48.7%)となった。逆に、「リビング」(33.6%)や「寝室」(37.7%)など、普段生活をしている場所では寒さを感じている人が比較的少ないということが分かった。

冬(主に11月~2月)の住まいで寒さを感じる場所(出典: LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」)
冬(主に11月~2月)の「自宅で寒い時にとっている行動や対策」については、「フローリングの上ではスリッパを履くようにしている」(35.2%)、「エアコンとストーブ、こたつとストーブなど複数の暖房を同時に使用する」(33%)、「ひざ掛けを頻繁に使っている」(20.9%)が上位に挙がった。寒がりの筆者も、スリッパとひざ掛けは冬のマストアイテムにしている。

冬に住まいで寒い時にとっている行動や対策(出典:LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」)
「住まいの断熱」の省エネ効果は理解が進んでいるが、健康への影響については…脱炭素社会、省エネなどで注目される「住宅の断熱」。この調査で、「住宅の断熱とは、熱の流入・流出を防ぎ、建物の内外の温度差に対して室内が極端な影響を受けないようにすることを意味する」と定義して、認知度を調べたところ、「言葉を聞いたことがあり、どのようなものか知っている」が59.7%になった。
6割が認知していることになるが、「住宅の断熱性能を高めることにより、どのような影響があると思うか」と聞いたところ、半数以上があると回答したのが、「冬は家の中が暖かくなる」(76.6%)、「光熱費を削減できる」(74%)、「エアコンの効きが良くなる」(71.9%)、「夏は家の中が涼しくなる」(62.3%)だった。屋外の暑さ寒さを取り入れにくくするので、室温を保ちやすく冷暖房効率も良くなると理解していることになる。
さらに「CO2排出量の削減に貢献できる」(30.7%)と、省エネへの貢献についても一定の理解がある。その一方で、「心疾患(ヒートショックなどの健康リスク)を低減する」(30.6%)や「アレルギー症状を緩和する」(8.1%)」といった“健康への影響”については、低い回答となった。

住宅の断熱性能を高めることの効果(出典:LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」)
LIXILによると、「冬季の在宅中平均居間室温の調査では、北海道が19.8℃であるのに対し、最も寒かったのが香川県の13℃、大阪府でも16.7℃と、温暖地、特に西日本エリアほど冬の室温が低い都道府県が多いという結果が出ている」※という。寒冷地は住宅の断熱化が進んでいるせいか、むしろ温暖地のほうが住宅内の室温は低いというのだ。さらに、室温の温度差が心筋梗塞や脳卒中、肺炎での冬の死亡者数と相関しているとされているという。
※「スマートウェルネス住宅等推進調査委員会 調査解析小委員会(委員長:伊香賀)第5回報告会(2021.1.26)」より
住宅内で、暖かい部屋から寒い部屋に移動するなどで急激な温度の変化があると、血圧が大きく変動することをきっかけにして起こる健康被害のことを「ヒートショック」という。トイレは住宅内で北側に配置されることが多いし、入浴の際には身体を露出するなどで体表面の温度が下がる。その後で身体が暖められると血圧が急激に上下するため、ヒートショックを起こすと考えられている。
消費者庁でも、冬季に多発する高齢者の入浴中の事故(ヒートショック)への注意を呼び掛けている。東京都健康長寿医療センターでは、「脱衣所や浴室、トイレへの暖房器具の設置や断熱改修」により、ヒートショックを防ぐことを勧めているほか、入浴時には「シャワーによるお湯はり」や「湯温設定41℃以下」、「食事直後・飲酒時の入浴を控える」ことなども対策として挙げている。温暖な地域であっても、注意を怠らないほうがよいだろう。
断熱性能の高い住宅では、結露やカビの発生を抑えるでは、調査項目にあった「アレルギー症状の緩和」についてはどうだろう?
高断熱高気密住宅についての情報発信を行っている「断熱住宅.com」の近畿大学・岩前篤教授のコラムによると、新築の高断熱高気密住宅に引越した人を対象に健康調査を行ったところ、断熱性能が高くなるほど、アレルギー性鼻炎やアトピー性皮膚炎、気管支ぜんそくなどの諸症状が改善されたという結果が出たという。
なぜかというと、高断熱高気密住宅では、人体に害のあるカビの発生を抑える効果があるからだ。カビの多くは結露しやすい湿気の多い場所を好むので、「室内の温度差をなくし、かつ適切な換気システムを使った住宅は結露しにくく、そうした有害なカビを発生させない」のだという。
結露などの湿気がカビを呼び、暖房された部屋ではカビをエサとするダニも呼んで、ハウスダストでアレルギー鼻炎を引き起こす筆者のような人が健康被害を受けるわけだ。
「住まいの断熱」は、省エネ性に注目されがちだが、健康被害の抑制という効果もある。LIXILによると「約5000万戸ある日本の既存住宅の断熱性能をみると、現行基準(高断熱)の住まいは10%にとどまり、残り90%が低い断熱性能、または無断熱であるというのが現状」だという。
政府はカーボンニュートラルに向けて、住宅の省エネ性向上に力を入れている。断熱改修についても、補助金などを用意しているので、自宅の断熱改修について検討してはいかがだろう。
●関連サイト
LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」
「断熱住宅.com」近畿大学・岩前篤教授のコラム「第1回冬の寒さと健康」
東京都健康長寿医療センター「入浴時の温度管理に注意してヒートショックを防止しましょう」
所在地:文京区千駄木
所在地:豊島区南大塚
所在地:品川区西五反田
所在地:杉並区阿佐ヶ谷南
所在地:文京区千駄木
所在地:渋谷区渋谷
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所在地:港区芝
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所在地:北区岩淵町
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所在地:横浜市鶴見区駒岡
所在地:川崎市中原区木月
所在地:大田区石川町新宿に下北沢、町田……と数多くの人気駅を抱える小田急電鉄。環七に架かる橋や駅のホームなど駅周辺がフジテレビ系ドラマ『silent(サイレント)』のロケ地になり、注目度が急上昇中の世田谷代田駅も小田急電鉄の駅の一つだ。そんな小田急電鉄には小田原線、江ノ島線、多摩線の3路線・全70駅がある。今回は小田急電鉄全70駅について、駅徒歩15分以内にあるシングル向け物件(専有面積10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場を調査した。人気の駅はやはり高いのか……? 調査結果をチェックしよう。
小田急線沿線の家賃相場が安い駅TOP20順位/駅名/家賃相場(路線名/駅所在地)
1位 座間 4.00万円(小田急小田原線/神奈川県座間市)
2位 鶴巻温泉 4.35万円(小田急小田原線/神奈川県秦野市)
3位 玉川学園前 4.40万円(小田急線/東京都町田市)
4位 渋沢 4.45万円(小田急小田原線/神奈川県秦野市)
5位 善行 4.50万円(小田急江ノ島線/神奈川県藤沢市)
5位 東海大学前 4.50万円(小田急小田原線/神奈川県秦野市)
7位 富水 4.55万円(小田急小田原線/神奈川県小田原市)
8位 新松田 4.60万円(小田急小田原線/神奈川県足柄上郡松田町)
8位 栢山 4.60万円(小田急小田原線/神奈川県小田原市)
8位 足柄 4.60万円(小田急小田原線/神奈川県小田原市)
11位 開成 4.65万円(小田急小田原線/神奈川県足柄上郡開成町)
12位 螢田 4.70万円(小田急小田原線/神奈川県小田原市)
13位 小田急相模原 4.78万円(小田急小田原線/神奈川県相模原市南区)
14位 六会日大前 4.90万円(小田急江ノ島線/神奈川県藤沢市)
14位 鶴川 4.90万円(小田急線/東京都町田市)
16位 東林間 4.93万円(小田急江ノ島線/神奈川県相模原市南区)
17位 唐木田 5.00万円(小田急多摩線/東京都多摩市)
18位 秦野 5.05万円(小田急小田原線/神奈川県秦野市)
19位 伊勢原 5.10万円(小田急小田原線/神奈川県伊勢原市)
19位 生田 5.10万円(小田急線/神奈川県川崎市多摩区)
※21位以降は記事末尾に記載
1位は神奈川県座間市に位置する小田原線・座間駅で、家賃相場は4万円。各駅停車と快速急行を乗り継ぎ、新宿駅までは50分前後で行ける。タクシー乗り場や駅前広場がある東口側には「小田急マルシェ」の建物が2棟あり、スーパーやドラッグストア、ベーカリーや歯科医院が入っている。その北側に建つのは、かつての小田急電鉄社宅をリノベーションした賃貸用の駅前団地「ホシノタニ団地」。ウッドデッキのテラスや芝生広場を設けた開放的な造りで、団地1階部分にあるカフェ&ランドリーはビジターも利用可能だ。

座間駅(写真/PIXTA)
座間駅の西口側には住宅のほかに小学校や高校があり、10分ほど歩いた県道51号・町田厚木線周辺にはスーパーやディスカウントストアも。さらに進んで、駅から徒歩約15分でJR相模線・入谷駅へ。入谷駅から電車で南下すると約30分で湘南エリアを代表する駅・茅ヶ崎に行けるので、休日に海辺で遊びたい時も便利なロケーション。また、ショッピングモールや映画館といった商業施設が充実した海老名駅まで座間駅から1駅・約3分という点も魅力だろう。
2位は小田原線・鶴巻温泉駅で家賃相場は4万3500円。神奈川県秦野市に位置し、新宿駅まで快速急行で約1時間10分、反対方面の終点でもある43位の小田原駅までは急行で約28分。駅北口側には温泉宿2軒に加え、日帰り温泉施設1軒がある。日帰り温泉施設は市営で市内在住・在勤だと割安で利用できるので、仕事の疲れがたまった際など気軽に立ち寄るのもいいだろう。温泉が湧いているとはいえ街は観光地ではなく住宅地といった雰囲気で、駅から徒歩10分圏内には住宅の合間にスーパーやドラッグストア、コンビニ、飲食店が点在。大型商業施設はないが、日常の買い物には困らなそうだ。
3位には東京都町田市にある、小田急線・玉川学園前駅が家賃相場4万4000円でランクイン。通勤準急や各駅停車で新百合ヶ丘駅に行き、通勤急行や快速急行に乗り換えると新宿駅まで40分前後で行ける。新宿方面に向かって3駅目の新百合ヶ丘駅や、逆方面に1駅目の町田駅は大型商業施設が充実し、ショッピングに出かけやすい立地だ。
玉川学園前駅の様子はというと、南口側には飲食店やドラッグストアの入った商業施設があり、隣にはスーパーも。駅前にもチェーン系の飲食店があるので、料理をしたくない仕事帰りの夕食にも困らなそう。駅北口側にもスーパーや飲食店が点在し、線路に沿うようにして商店街が続いている。そして、駅北東部は幼稚部から大学院まで抱える玉川学園の広大な敷地。学園都市として形成された駅周辺は文教地区に指定されており、落ち着きのある街で暮らしたい人にもうってつけだ。

玉川学園(写真/PIXTA)
新宿まで座って通勤可能で家賃相場5万円の穴場駅も発見トップ20の大半を小田原線の駅が占めるなか、5位には江ノ島線の善行(ぜんぎょう)駅が家賃相場4万5000円でランクイン。善行駅から各駅停車で相模大野駅に行き、快速急行に乗り継げば新宿駅まで約1時間3分。また、近隣屈指の繁華街がある藤沢駅まで2駅・約5分。そこからJR東海道本線に乗り換えると、善行駅から30分前後で横浜駅に到着する。
神奈川県藤沢市に位置する善行駅周辺は、スポーツ振興に力を入れてきた街。江ノ島線の車窓からも見える乗馬クラブや、プロも輩出するテニスクラブなどがあるスポーツクラブ、さらにプールやトレーニングジムもある県立スポーツセンターなど、駅周辺にはスポーツ施設が充実している。新たな趣味を探すため、個人・ビジター利用できるプログラムにお試しで参加するのも楽しそう。駅前にはファストフードなどの飲食店やドラッグストア、早朝から深夜まで営業するスーパーもあり、日常生活も送りやすいだろう。また、駅周辺の住宅街を過ぎると農地も残る環境のためか、駅前には無農薬野菜の直売も行うオーガニックカフェがあるほか、2022年6月には農家直営のピザ店もオープン。スポーツに親しみ、野菜を満喫し……と、健康的な生活ができそうだ。

善行駅(写真/PIXTA)
トップ20に多摩線から唯一、ランクインしたのは17位の唐木田駅。多摩ニュータウンの一角、東京都多摩市に位置し、家賃相場は5万円だった。新宿駅発の小田急線に乗った際に「カラキダ行き~」といった車内アナウンスで駅名を聞いたことがある人もいるだろうが、小田急線の新宿駅~多摩線の唐木田駅を乗り換えなしで結ぶ直通列車も運転されている。おかげで唐木田駅から新宿駅まで急行1本で約42分。唐木田駅は多摩線最西端で始発駅のため、通勤時間帯でも座りやすいというメリットもある。
そんな唐木田駅は1990年、小田急電鉄で69番目に開業した比較的新しい駅。ちなみに最も新しい70番目の駅は2004年に開業した、同じく多摩線の「はるひ野駅」だ。さて、唐木田駅周辺の様子を見てみると、北西側から南側にかけてはゴルフ場や大妻女子大学のキャンパス、森が駅の間近まで迫っている。そのため住宅街は駅東側がメイン。駅前にはコンビニやスーパー、ホームセンターがあり、日常の買い物には困らない。また、京王相模原線と多摩モノレールに乗り換え可能な小田急多摩センター駅までは1駅。ショッピングモールや映画館もある多摩センター駅周辺に出かけやすいのも魅力だろう。

唐木田駅(写真/PIXTA)
3路線・全70駅におよぶ小田急電鉄沿線は、駅により街並みも家賃相場もさまざま。今回の調査で最も家賃相場が高かったのは新宿駅で、12万6000円だった。そのほか主な駅の家賃相場を見てみると、新百合ヶ丘駅が6万7000円(51位)、登戸駅が6万8000円(52位)、下北沢駅が8万7800円(64位)、代々木上原駅が9万9000円(66位)。テレビドラマのロケ地として脚光を浴びている、世田谷代田駅は8万4000円(63位)だった。
急行が停まるような有名どころだと街も発展しているため、やはり家賃相場が高めという結果に。だが、同じ小田急電鉄の沿線ならば、そうした駅にもアクセスしやすい。狙った駅に近い各駅停車駅に住んで家賃を抑えつつ、休日はふらりと近隣の商業施設が豊富な街へ出かけるのも一案かもしれない。
小田急線沿線の家賃相場が安い駅21位以降
●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている小田急線の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/7~2022/9
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
所在地:港区海岸
所在地:港区赤坂
所在地:杉並区高円寺南
所在地:神奈川県川崎市鷺沼
所在地:埼玉県越谷市蒲生茜町
所在地:埼玉県越谷市蒲生茜町
所在地:渋谷区代々木
所在地:渋谷区代々木
所在地:中央区新川
所在地:杉並区久我山
所在地:渋谷区恵比寿南