所在地:沖縄県那覇市壺屋25万円(税込) / 34.32平米
モノレール「牧志」駅 徒歩10分
那覇のカルチャーの発信地といっても過言ではない、浮島通り沿いにある、視認性が高く天高もある魅力的な路面店舗。
沖縄が好きすぎて毎年何度も沖縄に通い詰める僕が、個人的に激推ししたいビルの1階部分を募集させていただけることになりました。
10数本のホルトノキが並木道を作る浮島通り ... 続き>>>.
圧倒的に不動産情報が多いですが。。。。
所在地:沖縄県那覇市壺屋
所在地:渋谷区恵比寿
所在地:江東区東陽町
所在地:静岡県伊東市川奈
所在地:杉並区井草
所在地:港区南青山
所在地:豊島区長崎
所在地:豊島区高田
所在地:目黒区目黒本町
所在地:目黒区目黒本町
所在地:神奈川県足柄下郡湯河原町宮下
所在地:目黒区青葉台
所在地:目黒区中町今から100年以上前、近代都市計画の祖といわれる英国のハワードが提唱した、豊かな自然環境と都市が融合した「田園都市構想」。この考え方に影響を受けて誕生したのが、東急田園都市線とその沿線に広がる住宅街です。今年春、そのお膝元ともいえる場所に、東急が「nexusチャレンジパーク 早野」をオープン。これまで活用されていなかった土地に、“みんなでチャレンジできる遊び場”をつくったといいます。さっそく取材してきました。
ヤギ、養蜂、コーヒー焙煎、シェア農園……住民が遊べる広場「nexus(ネクサス)チャレンジパーク 早野」があるのは、東急田園都市線あざみ野駅からバスで10分ほど、虹ヶ丘団地とすすき野団地のあるエリア。今年4月、約8000平米の敷地に登場したのは、地産地消マルシェなどのイベントに利用できる「ネクサスラボ」、シェア型のコミュニティ農園「ニジファーム」、焚き火を囲んで遊べる「ファイヤープレイス」、養蜂やカブトムシの育成などに挑む「生き物の森」で構成されていて、基本的に住民が自由に使うことができる広場です。

斜面のある土地を利用してできたnexusチャレンジパーク 早野。緑が濃く、パーク全体になんともいえないワクワク感が漂っています(写真撮影/片山貴博)
取材時は「チャレンジデイ」ということで、パークでどんなチャレンジができるのかを知ってもらうイベントを行っていました。当日は、「ヤギとのふれあい」「焚き火でコーヒー焙煎」などの体験や、「どんなところかひと目みたい」という地元のみなさんでにぎわっていました。周囲は団地で、緑にあふれる環境。この日は晴天で、風が吹き抜ける中、子どもたちが自由に駆け回っていて、とても清々しい気持ちになりました。

子どもにも大人にも大人気のヤギさん。「葉っぱだよ~」とたくさんもらっていて、お腹いっぱいになっていました(写真撮影/片山貴博)

ファイヤープレイスで実施されていた「焚き火でコーヒー焙煎」体験(写真撮影/片山貴博)

自分で焙煎したものを手挽きして世界に1つの極上の一杯を抽出!(写真撮影/片山貴博)

ニジファーム(写真撮影/片山貴博)

ニジファームで栽培しているハーブを摘んで、来場者がハーブティを楽しんでいました(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

ベンチに腰掛けてお茶をしたり、シャボン玉をしたりと、思うまま「自由に試し、遊べる場所」です(写真撮影/片山貴博)
焚き火もOK! 自由に、楽しく、街で試してチャレンジ都市部でも郊外でも、何かと制約や禁止が多い昨今ですが、ここではハチやヤギのような生き物はいるし、焚き火もOKという、きわめて自由度の高い場所としてデザインされています。

「生き物の森」に設置された養蜂箱。ここではちみつが取れるか、チャレンジしているそう(写真撮影/片山貴博)
「企画のかなり早い段階で、パーク内に『禁止』と書くのはやめようね、という話になりました。禁止といわれてしまうと、とたんにあれもこれもダメになってしまう。大切なのはチャレンジできること。ダメだから、と諦めるのではなく、どうやったらできるか? という発想で進めているんです」と話すのは、nexusチャレンジパーク運営チームの清水健太郎さん。
確かに、「ダメ」や「迷惑でしょ」といわれてしまうと、大人も子どももとたんに遠慮や萎縮が出てしまうもの。あくまで「チャレンジをする場所」と位置づけ、まずはやってみたいことを募り、法律や地域のルールにも配慮しながら、「どうやったらできるか」を考えていくといいます。

看板(写真左)には禁止という文言は見当たらず、「思いやりをもって、チャレンジを応援しよう」という文言が。また、チャレンジパークでやってみたいことを募集し(写真右)、“リレー”や“水あそび大会”、“肉フェス”、“工作”など自由な発想が描かれています(写真撮影/片山貴博)
模造紙に書かれた、パークでチャレンジしたい内容を見ていくと「フェス」や「おまつり」「ざっそうとり大会」「無料カフェ」など、ユニークな内容がずらり。いいですよね、毎週、文化祭やおまつり気分。早くも「チャレンジパークにいくと、楽しいことがあるよ」「楽しい人がいるよ」という場所になりそうな予感がします。

nexusチャレンジパーク運営チームのみなさん(写真撮影/片山貴博)
「こうした自由な遊び場を通じて、地域の人の想いを結びつけ、コミュニティとして育つ空間をつくりたい」と話すのは、前出の清水さん。住む人が自然とつながり合い、語り合い、一緒にチャレンジし、また語り合う、そんなサイクルを生み出す、これこそが、運営チームのみなさんがこの場で実現したいことだそう。

(写真撮影/片山貴博)
東急田園都市線沿線は、閑静な住宅地として大いに発展してきましたが、2020年の新型コロナウイルス感染症拡大により、その住宅で『働く』ことが当たり前になりました。コロナ禍で私たちのライフスタイルは大きく変わり、以前のような毎日決まった時間に通勤する人の動きに、もう戻らないだろうともいわれています。
「家での滞在時間が増えたということは、居住地域で過ごす時間が増えたということ。だとしたら、新たな居場所が必要だよね、と。これまでは「住む」の意味合いが強かった場所に、「学ぶ」「働く」そしてnexusチャレンジパークのような「遊ぶ」場がある、そんな『街づくり』、『歩いていて楽しい街』にしていきたい。」と清水さん。

(写真撮影/片山貴博)
大人が遊ぶというと、お酒を飲むとか、イベントに行くとかになりがちですが、焚き火遊びや野遊びができる場が近所にあったら、やっぱりそれは楽しいし、利用したくなりますよね。
街のバディ(仲間)を発掘。人が人を呼ぶ楽しさ、つながる喜びまた、もう一つこだわったのは、運営や企画に携わるのが「地域の人」という点です。
「今回、記録撮影に入っているカメラマンさん、地元にお住まいなんです。ひょんなことから地域に住んでいるカメラマンさんとの出会いがあり、お願いすることになりました。今回来てくれたヤギのオーナーさんも、団地の方が紹介してくださり話がまとまったんです。チャレンジパーク内の施工関係は地元の桃山建設の専務が参画されていたりと、地域の仲間、つまりバディを発掘しながらつくりあげています。今後もそんな輪を広げていきたいですね」と、清水さん。

(写真撮影/片山貴博)

パーク敷地内にある竹林から竹を切り出すところから体験する「巨大そうめん台」づくり。子どもと一緒になり、のこぎりで竹を切っているのは、地元の建設会社・桃山建設の川岸憲一さん。本物の大工さんと竹を切り出す体験なんて、そうそうできない……(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

切り出した竹を真っ二つに割っていきます。子どもだけでなく、親世代でも人生初、という声も聞かれました。確かに!(写真撮影/片山貴博)

その後、節をくり抜いて、台のうえに竹を並べて巨大なそうめん流し台が完成。この日はそうめんは流さず、水を流して遊ぶ子どもたち。笑顔がまぶしい(写真撮影/片山貴博)
地域コミュニティを創出するプロに依頼し、それらしい空間をつくるのは容易いことでしょう。でも、そうはせず、時間はかかっても、その土地で暮らしてきた人々の気持ち、地域の縁によって育てていくのが、チャレンジパークのコンセプト。
ちなみに、撮影を担当していたカメラマンさんによると、「この地域には映像ディレクターにプログラマーなど、優秀な人が多くて、才能の宝庫です。自由にやっていいといったら何でもできるのではないでしょうか」とのことです。
「昔と違って地域に住んでいる人って、実はなかなか出会わないし、知り合いになる機会って限定されていますよね。でも、農作業をする、とか焚き火をする、一緒に遊ぶという活動や体験の共有があると、ぐっと距離が縮まるでしょう。地域に住む人が、自然と、互いにつながる場になっていけたら」と清水さん。

(写真撮影/片山貴博)
今年2022年に創立100年を迎える東急グループ。沿線も街も成熟していますが、一方で、街として成熟するということは、自由な余白がなくなるということでもあり、規則が増えるということでもあります。
成熟した街に、もう一度、余白と自由を取り戻す。緑豊かな田園の環境と都市の利便性、美しさの融合が「田園都市」だとしたら、このnexusチャレンジパークは、本来の意味での「田園都市」としてアップデートする試みといえるのかもしれません。
●取材協力
nexusチャレンジパーク 早野
所在地:杉並区成田東
所在地:世田谷区玉川台
所在地:杉並区上荻
所在地:渋谷区南平台
所在地:杉並区阿佐谷北二人暮らしから赤ちゃんが生まれて家族が増え。ライフスタイルの変化とともに、住まいに求める内容も変化します。パリ郊外の街モントルイユに暮らすドミニクさん夫妻は、25年前、変化に合わせて暮らしを大きく変えました。未知の環境をどのように選び、どのようにして新しいライフスタイルをつくり上げたのでしょうか ? 緑いっぱいの一戸建てを訪問し、話を伺いました。
連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。
ドキュメンタリストのドミニク・メタン・ド・ラージュさんは、パリ郊外の街モントルイユに引越して25年になります。ドキュメンタリストという職業はあまり馴染みがありませんが、映画やテレビ番組を制作する際に、歴史的資料やデータといった諸々のドキュメント(文書)を集める仕事なのだそう。今はちょうどNetflix向けに資料集めをしている真っ最中です。

(写真撮影/Manabu Matsunaga)
仕事場は自宅。フランス政府が文化を守るために舞台関係者などを金銭的支援するアーティスト認定制度「アンテルミッタン」を獲得しているドミニクさんは、自由業者にはない安定の保証を得つつ、時間や場所の制約なしで作業ができるライフスタイルに、心から満足しているよう。これというのも25年前、パリを脱出し、環状線の外側の郊外へ飛び出したおかげなのでした。

庭に面した壁を取り壊してつくったサンルーム。キッチンからリビング、サンルームまでひと続きになって庭に抜ける(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「パリ生活は、ミュージシャンが多く住むオベルカンフ通り周辺が拠点でした。夫は今もそうですが、以前は私もレコード会社に勤めていたこともあって、あのエリア特有の自由でクリエイティブな空気がとても気に入っていたのです。ただ、アパルトマンはエレベーター無しの7階で……子どもが産まれてからは、不自由を感じるようになって。そもそも寝室が1つしかなく、リビングの一角に夫婦のベッドコーナーをつくってなんとかやり過ごしていたのです。でも、次男を妊娠した1996年、片方の腕で長男を抱いて、もう片方で紙おむつの大きなパックやミネラルウオーターを抱えながら、毎日7階まで階段を昇る生活をやめる時がきた、と悟りました」

ファミリーのポートレート(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ドミニクさん夫妻にとって、音楽は人生の重要な要素(写真撮影/Manabu Matsunaga)
パリの古いアパルトマンの、木の階段を昇り降りする日々、しかも小さな子どもと一緒! 想像するだけでよく頑張りましたと絶賛したくなりますが、そのくらいパリ暮らしが気に入っていて、パリ以外の場所での生活は考えられなかったということでしょう。
「実は1年ほどパリ市内で物件探しをしていたのです。でも値段が高いばかりで、ちっともいい物件に出会えませんでした。そんな時、友人のひとりがモントルイユのことを教えてくれました。当時はまだ安かったですし、感じのいい一戸建てが多いんだよ、と」
友人のすすめですぐに不動産屋とコンタクトを取り、3軒目に訪問したこの家でピンときて、即決断。パリではさんざん苦労した物件探しも、モントルイユに来た途端、たった1カ月で目的達成できました。

春には壁伝いに白い藤の花が咲く。クレマチスやケマンソウ、オダマキなど、たくさんの花の見ごろを、ドミニクさんは楽しみにしている。時には庭で読書も(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「条件はまず第一に、メトロに近いことでした。なぜなら、パリの友人たちは、みんなが必ずしも車を持っているわけではないからです。友人たちとこれまで通り行き来しやすいよう、交通の便がいいことは絶対でした。第二の条件は、十分な広さがあること。ここは一戸建てですし、庭もあります。住空間は約130平米、庭がだいたい50平米くらい。内見をした時に、庭をどんなふうに手入れして、家をどう改装するか、そこで私たち家族がどんな暮らしを送るのか……情景がすぐにイメージできたのです。家の裏に広い公園があることも、決断を後押しする大きなポイントでした。交通量の多い大通りを渡ったりせずに、すぐに遊びに行ける広い公園があることは、子どもたちにとって何より嬉しいことですから」
アーティストのアトリエが多いモントルイユの環境や、隣人が地下を改装してバンドの練習をしていたことも好印象だったそう。物件購入後、田舎の家そのものだったこの一戸建てを、ドミニクさん夫婦は自分達のライフスタイルに合わせて大改装していきました。
2階建てを3階建てにつくり替えて、寝室を増やす ?!
(写真撮影/Manabu Matsunaga)
夫妻と、息子2人。合計4人の家族全員が、快適に暮らせるようにと購入した一戸建て。その希望に応えるポテンシャルはありながらも、購入時の家は現在の姿とは全く違っていました。
「2階建てとはいえ、中は昔ながらのつくりのせいで廊下ばかりが場所をとり、肝心な各部屋はとても小さかったのです。しかもトイレは、屋外に後付けされていました。私たちはまず、寝室をもう1つ増やすために2階の天井を低くして、屋根裏を寝室につくり変えることにました。つまり、2階建ての家の中身を、3階建てに変えたのです」

冬に家全体を暖めてくれる薪ストーブ。イームズのラウンジチェアはドミニクさんへの60歳の誕生日プレゼント(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ドミニクさんが母から受け継いだナポレオン3世スタイルの長椅子は、ヒョウ柄に張り替えた(写真撮影/Manabu Matsunaga)

モントルイユ在住アーティスト、ナタリー・シューの作品などを窓辺に。さまざまなスタイルのオブジェをミックスするのがドミニクさん好み(写真撮影/Manabu Matsunaga)
3階に新しく寝室をつくって、ここを長男の部屋にする、というプランでした。
「1階は、庭の魅力を最大限に取り入れたかったので壁をすべて取り払い、代わりにサンルームをつくりました。このおかげで、サンルームの屋根の部分が、2階のバルコニーになったのです。これは本当にいい判断だったと思っています。サンルームのガラスが納品されるまでの間、ベニア板で塞いで暮らしていた1カ月以上にわたる悪夢も、今では笑い話ですね」
天井を低くしたり、壁を取り壊したり。かなりの大工事を経験せねばなりませんでしたが、こうして完成した住まいは広々とした4LDK。もちろんトイレもちゃんと家の中です! さあ、どんな間取りになったのか、玄関から順を追って見ていきましょう。
庭のメリットを最大限に生かす住まいのレイアウトまず、ピンク色にペイントした玄関を入ってその先へ。右側がキッチンとリビングです。リビングは例のサンルームに続き、その先にドミニクさんお気に入りの庭が広がっています。廊下を挟んでリビングの向かい側、つまり玄関の先の左側は、仕事部屋兼テレビルームです。モロッコ風のニッチは美と実益を兼ねていて、ドミニクさん自慢のコーナーの一つです。

モロッコやアジアなど、色々な文化スタイルをあえてミックス。旅先から持ち帰ったものも多い(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)
2階には夫妻の寝室と、長男の部屋が。サンルームの屋根を利用してできたバルコニーは、夫妻の寝室からひと続きになっています。このバルコニーも、ドミニクさんのお気に入り空間です。一人で静かに過ごす日中、ベッドの上で読書をして、気が向いたらバルコニーに出て空を眺める。そんな時間をドミニクさんは心から愛しているのです。
そしてこの上階、屋根裏につくった寝室が次男の部屋、という次第。今では長男・次男ともに独立し、一緒に住んではいません。現在、次男の部屋にはプロジェクターをセットして、ホームシアターとして使っているとのことでした。ここも、ドミニクさんのお気に入り空間です。

ベッドの上で読書をするのも好きな時間(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ここにもモントルイユのアーティスト、ナタリー・シューのオブジェが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サンルーム上につくったベランダ。夫妻の寝室からアクセスできる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サンルームの屋根を活用してつくったバルコニーは、一人リラックスタイムを過ごすのに最適な場所(写真撮影/Manabu Matsunaga)
インテリアはミックスで家を一周して一番印象に残るのは、なんと言ってもモロッコ風のアクセントです。ピンク色の壁とポインテッドアーチ型のニッチは、まるでモロッコの都市・マラケシュにいるよう。なぜモロッコテイストなのかなと思い尋ねたたところ、ドミニクさん夫妻は15年前からモロッコで賃貸の一戸建てを借りていて、バカンスのたびに彼の地へ行くのが習慣になっているのだそう。夫の両親がモロッコに住んでいたこともあり、愛着のある土地なのだと教えてくれました。

モロッコから運んだスパイス棚も「用の美」(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「モロッコの職人芸術には、かなりインスパイアされていると思いますよ。ポインテッドアーチ型のニッチのように、装飾性と実用性を兼ねたものが多いこともその理由かも知れません。加えて、モロッコからパリまではバスを使った格安の配送サービスがあるので、家づくりに必要なものを買ってパリに送ることが簡単にできるのです。例えば、壁のピンクの顔料はモロッコで買ったもの。普通のペンキよりもずっと発色がいいのです」
そして全てをモロッコスタイルにするのではなく、ミッドセンチュリーデザインや、モントルイユのアーティストのオブジェ、世界中の旅先から持ち帰ったものなど、いろいろなスタイルをミックスしていることにも気づきます。あえてひとつのスタイルに統一しないのは、フランスの人々の住まいによく見られる特徴です。ファッションと同じように、住まいづくりにも自分の個性を尊重して、自分のために空間をつくる。だからこそ自分が心地よく暮らせるのだということを、個人主義の彼らは経験から熟知しているのです。

シンク上のミッドセンチュリー風の棚は、なんとドミニクさんのお父様の手づくり作品!(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

照明はミッドセンチュリーデザインをセレクト(写真撮影/Manabu Matsunaga)

壁面を覆う印象的な「カケモノ」は、ドキュメンタリストとして関わったテレビ番組で使用したもの。撮影後、ゴミになる前に譲ってもらった。「カケモノ」とは装飾用の幕のことで、フランスの演出業界では一般的な表現。日本の掛け物からきている(写真撮影/Manabu Matsunaga)
時には60人を招いてガーデンパーティも!一戸建てを大改装し、自分達の暮らしに合うようつくり替えたドミニクさん。家の中の多くの部分がお気に入り空間になっていることから分かるように、改装工事は大成功でした。
「でも実は、この家で一番気に入っているのは庭なんです。庭は、日々の生活に心の安らぎと喜びを与えてくれます。自然は毎日変化し、時間ごとに変化しますから、見飽きるということがありません。時にはここで、大勢を招いてガーデンパーティをします。一番最近は夫の70歳のバースデーパーティ。60人を招待しました!」

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)
そんなに大勢をどうやって !? 食器だって足りないのではと心配になりますが、フランスの人たちは招待客でもパーティの準備に参加する、いわゆる「持ち寄り」精神が旺盛なのだそう。食器はともかく、料理の方はみんなで持ち寄って参加するので、招待する側だけが何日も前から仕込みをしたり、プロのケータリングを頼んだりせずに済むそうです。気負わずに大人数のパーティができるのはいいですね。
「パリの西にあるモントルイユは、近年人気が上昇し続けている街です。エコロジーに根ざした環境と、パリジャンやパリジェンヌとは違ったメンタリティーの人たちが住んでいることが、その人気の理由です。街そのものは特別美しくはありませんが、17世紀から19世紀にかけて作られた『桃の壁』という文化遺産があって、多くのアソシエーションがここで都市型農園や参加型菜園などのプロジェクトを進めています。つまり、いいエナジーのある街。いろいろなバランスがいいので、老後も田舎へ引越すことは考えていません。もし引越すならモロッコです! そのくらい、今のライフスタイルに満足しています」

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

この壁面の内側に「桃の壁」がある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家の裏にある広大な公園は、四季折々の姿を見せてくれる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家の裏にある広大な公園。この存在は息子たちの成長にとって非常に大きかった(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「住まい」とは、家の中だけではなくて、庭や環境、街のエナジーまでも含む自分を取り囲む空間のこと。物件探しをする際は、周辺の環境もしっかり見なくては! そう肝に銘じさせられる、ドミニクさんのお宅訪問でした。
(文/Keiko Sumino-Leblanc)
●取材協力
ドミニクさん
所在地:中央区日本橋茅場町
所在地:目黒区祐天寺
所在地:中央区日本橋富沢町
所在地:墨田区業平「名探偵といえば?」と問われたら必ず名前が挙がるのが、アーサー・コナン・ドイルが生み出した名探偵シャーロック・ホームズだろう。その原作に登場する建物や事件の現場は、実際はどんな建築物だったのか? この課題に取り組み、『シャーロック・ホームズの建築』という本にまとめた北原尚彦さんに話を聞いた。
『シャーロック・ホームズの建築』の始まりは、「キャラクター」まず、この本ができるまでの経緯を聞いた。北原さんの話によると、SNSがきっかけだという。
あるキャラクターを使った本に興味を持った北原さん。その本についてTwitterで取り上げたら、大きな反響があった。それがきっかけで、その本を出版したエクスナレッジの編集者である佐藤美星さんと知り合いになり、佐藤さんから自社の「建築知識」という雑誌で連載をしてほしいと依頼があった。当初は「ミステリー小説の間取り」という依頼だったが、「ホームズに登場する建物だけならできるかも」と返信したら、実現してしまったのだという。
今回のインタビューには、担当編集の佐藤さんにも同席してもらったのだが、「逃してなるものか!」とすぐに企画を上げたのだとか。北原さんにとっては、まさしく逃れられない状態になったわけだ。
北原さんと佐藤さんは、雑誌での連載前から単行本化を想定していた。単行本にまとめたときのラインナップをイメージして、シャーロック・ホームズ・シリーズの中から、作品名に建物の名前がついているものをピックアップしたり、建物の所在エリアが分散するように配慮したりして、あらかじめ取り上げる作品(建物)をすべて決めていたという。
15回の連載を終えて、2つの事例を追加したり、スコットランドヤードの建物を特別事例に加えたりなど、全体を見直した上で、単行本として世に出たのが、『シャーロック・ホームズの建築』だ。
「正典に忠実なシャーロッキアン」と「現実の建物に忠実な建築家」の強力バディ次に、原作の記述から建物をイメージすることで、どこが難しかったかを聞いた。
北原さんはシャーロック・ホームズの専門家ではあるが、建築物の専門家ではないので、図を描くのは建築家の村山隆司さんに依頼することになった。北原さんは「正典」(コナン・ドイルのホームズシリーズの原作60作のこと。シャーロッキアンと呼ばれるホームズ研究家が使う呼称)に忠実でありたいという信念をもっていたが、村山さんはホームズが活躍した時代の英国の建築様式などから外れないようにという考えをもっていた。
原作の記述内容は解釈の仕方によっては、現実の英国の建築では考えられないという事例が、まれに出てくる。そこで互いに意見を交わすのだが、「正典に忠実派」の北原さんと「現実の建築様式に忠実派」の村山さんでは結論を出すのが難しい場合もあり、佐藤さんがその間を取り持つということもしばしば。とはいえ、意見交換により新たな気づきがあり、そこで出した結論が、ホームズ研究家の中でも「新説」として評価される事例もあったというから、苦労の甲斐はあったのだ。
密室殺人事件「まだらの紐」の間取りはどうなっていた?具体的な事例として、筆者が聞いてみたい作品があった。筆者はご多分に漏れず、小学生のときに子ども向けのホームズ全集を読んで、ミステリーファンになった一人だ。そのころ、「まだらの紐」という密室殺人の起こった部屋の間取りを見てみたいと思ったものだ。
「まだらの紐」は、依頼人であるヘレンがホームズに相談に来るところから話が始まる。ヘレンはストーク・モーラン屋敷に、姉のジュリア、義理の父親のロイロット博士とともに暮らしていたが、2年前にジュリアは不審な状況で死んでしまう。最近、ヘレンも身に危険を感じるようになったことから、ホームズに相談にきたというわけだ。その事件の起こった建物「ストーク・モーラン屋敷」ついて、詳しく聞いてみた。
この屋敷は、17世紀末に建てられた古い領主館(マナー・ハウス)で、義理の父親、亡くなった姉、妹の寝室が3部屋並んでいる。その部屋の並びや通風孔と呼び鈴の紐(引き綱)が事件のカギになるのだ。
北原さんによると、謎を解くカギになる部屋については、原作に詳しい記述があるので、それほど難しいことではなかったが、屋敷全体に関する記述の解釈が難しくて、そのほうが苦労をしたという(単行本には屋敷全体の俯瞰(ふかん)図なども掲載されている)。ただし、引き綱の長さについては村山さんに何度か描き直してもらったという。長すぎず、短すぎずの頃合いが難しかったようだ。「なるほど、まだらの紐に見えるものがこうして……」、おっと北原さんにネタバレはしないようにと釘を刺されていたのだ。

画像:『シャーロック・ホームズの建築』(エクスナレッジ)の「ストーク・モーラン屋敷 事件現場の間取り」(画作成:村山隆司)
ちなみに、呼び鈴とは、屋敷の部屋ごとにある紐を引くと、使用人のいる部屋でベルが鳴り、どの部屋で呼んでいるのか分かる仕掛けのものだ。この呼び鈴の紐が、その役目を果たしておらず、通風孔にくくりつけられただけだというのが、ホームズの名推理を生むカギにもなる。
宝探しの暗号解読「マスグレイヴ家の儀式書」の屋敷はどうなっていた?次に聞いてみたい作品が「マスグレイヴ家の儀式書」だ。いわゆる暗号解読もので、儀式書に太陽とか木とか、北へ十歩などの歩数が出てくる。これを解くと宝の在り処が分かるという謎解きだ。方向音痴の筆者は、どういった場所かイメージすることがなかなかできないのだが、原作の「ハールストン屋敷」は、どんな配置がされていたのだろう?
西サセックス地方の古い建物であること、Lの字型であること(長い部分が建て増した部分)、建物の周囲に庭園があることなど、屋敷についてはホームズが語る記述がある。さらに、マスグレイヴ氏が自室からビリヤード室までの経路や儀式書のあった書斎などについて語る記述もある。こうしたものを積み重ねて、配置を想像していくのだが、以前よりシャーロッキアンの間で「西日問題」と言われる課題があった。
玄関は東向きであるらしいのに、そこに「沈みかけた太陽」が照らしていた、つまり西日が差していたという記述があるのだ。これは合理的ではないので、配置を考える上では大問題だ。シャーロッキアンの間では、この問題を解消する説もあったが、村山さんによると建築的に現実的ではないということで検討を重ねた結果、古い棟には中庭があるという設定で問題を解消することにした。この新説が、研究家の仲間内で面白いと評価されたのだ。
では、屋敷の「俯瞰図」を見ていこう。暗号を解くカギになる樫(かし)の木や楡(にれ)の木の切り株が描かれている。建物の「入り口」と書かれたところから中庭につながる通路になる。そして、儀式書の歩数などから割り出したのが、「謎解きの絵」だ。暗号はこの地下室に誘導するのだが、そこには使用人が消えた事件の謎も、隠されているという話になるのだ。

画像:『シャーロック・ホームズの建築』(エクスナレッジ)の「ハールストン屋敷の俯瞰図』(上)と「儀式書の謎解き」(下)(画作成:村山隆司)
北原さんによると、このように原作の記述と矛盾しないように、綿密に解釈していくのが、ホームズ研究の醍醐味なのだという。
ロンドンで最も有名な「ベイカー街221B」が最も難問?さて、ホームズと相棒のワトスンが住んでいたのが「ベイカー街221B」。冒頭の画像がその建物の外観図となる。では、部屋の間取りはどうなっていたのだろう?
ここには、謎解きの依頼人が訪れたり、ロンドン警視庁の警部が相談に来たり、犯罪者が脅しに来たり、この部屋で事件が解決されたりと、原作に何度も登場する。当然ながら多くの作品に、この部屋に関する記述がある。ならば、間取りを考えるのは簡単かというと、実はそうではなかったのだ。
特に「マザリンの宝石」にだけ、ホームズの寝室に通じる秘密の出入り口があることが記述されている。これが難問の理由になるのだが、北原さんは忠実に解釈を試みた。北原さんと村山さんは、後に隣の部分を買い取って増床したという解釈をして、見事に間取図を描いてみせた。
それが、以下の「ベイカー街221Bの間取図」だ。ランバールームとあるのが、元のホームズの寝室で、ワトスンの寝室は階段を上がった3階にある。秘密のドアの右側が増床部分になる。

画像:『シャーロック・ホームズの建築』(エクスナレッジ)の「221Bのリフォーム後の間取り」(画作成:村山隆司)
Twitterを見ていたら、この件について、「「こんな方法があったのか!」と解決してくれたのが『シャーロック・ホームズの建築』だ。」というツイートを見つけた。ホームズ好きも納得の解釈だったのだろう。北原さんたちの苦労の賜物だ。
さて、ベイカー街221Bは、もちろん当時では架空の場所なのだが、現在はベイカー街221Bという場所がある。筆者はかつて現地の「シャーロック・ホームズのウォーキングツアー」というものに参加したことがある。そのツアーでは、ベイカー街221Bにも歩いていって、住所のプレートを見ながらガイドがいろいろ説明してくれた。残念ながら英語が得意でない筆者には、説明の内容はあまり理解できなかったのだが、プレートだけは明確に記憶している。
最後に北原さんに、なぜここまでシャーロック・ホームズは人気があるのだろうかと聞いた。
北原さんは、コナン・ドイルの発想が天才的だったととらえている。ドイルは、謎を解くホームズと事件を記録するワトスンという強力な『バディ』を、魅力的なキャラクター設定により作り上げた。ホームズとワトスンの成功が、その後現在に至るまで、多くのバディものを生んだことは、言うまでもない。
そういえば、ディーン・フジオカさんがホームズ役、岩田剛典さんがワトスン役でバディを組む映画『バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版』が公開されるという。やっぱりホームズの人気は絶大だ。
●関連サイト
エスクナレッジ「シャーロック・ホームズの建築」北原尚彦 文 村山隆司 絵・図
所在地:武蔵野市吉祥寺本町
所在地:豊島区目白
所在地:港区元麻布
所在地:江東区清澄
所在地:江東区清澄
所在地:渋谷区千駄ヶ谷
所在地:豊島区池袋
所在地:豊島区西池袋日本全国で地震や風水害、土砂崩れなど自然災害が頻発していますが、今後は世界中で災害が増加、激化すると予測されています。では、私たちの暮らす「場所」はどのように変わるべきなのでしょうか。 2022年4月に東京・日本橋で開催された「リジェネラティブ・アーバニズムー災害から生まれる都市の物語」展の統括プロデューサー・阿部仁史さんと次世代の都市や暮らし、ライフスタイルのあり方について考えてみました。
「災害」ではなく「自然現象」と人間が協調しながら生きていく「都市」東日本大震災から11年が経過した今年4月、東京・日本橋で展覧会「リジェネラティブ・アーバニズム展ー災害から生まれる都市の物語」が開催されました。環太平洋大学協会[APRU]に属する11大学が参加する国際共同プロジェクト「ArcDR3」で、災害にしなやかに対応する社会に向け、都市がどうあるべきかを各大学が研究し、その最新成果が発表された形です。とはいえ、「リジェネラティブ・アーバニズム」といわれてもピンと来るひとは少ないはず。まず、阿部仁史さんにこの考え方について伺いました。

「リジェネラティブ・アーバニズム展ー災害から生まれる都市の物語」の展示風景(写真提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)
「ひとことでいうなら、『自然と共生していく都市のつくり方』でしょうか。防災の専門家に教えてもらったのですが、そもそも『自然災害』という言葉が適切ではないのです。地震や水害、森林火災は本来自然に発生している単なる『自然現象』です。ただ、人間の暮らす領域が広がり、自然現象と人の行為が交わるとき、自然のサイクルが強く人間のシステムが壊れれば『災害』となり、一方で人間のシステムが大きく自然のサイクルが傷つけられると『環境破壊』になるわけです。では、なるべくあつれきが起きないような方法が見つかればいいのではないか。やわらかく、人間と自然がお互いに協調し、調整しあうような都市デザインができないか、というのがこのプロジェクトの趣旨であり、本展のタイトルとした背景もそこにあります」と話します。
今まで、都市や住まいは自然災害から「人命や財産を守る」ことが至上とされ、自然災害で被災すると「もと通りに戻す」ことが求められてきました。「リジェネラティブ・アーバニズム」は、それとはまったく考え方を変え、災害を「起きるもの」「共生するもの」と捉えて設計できないかを考えているのです。
また、展覧会名を「アーバニズム」としているのは、「アーバン」、つまり都市部だけでなく、郊外や農村など自然に近い領域、そもそも人間の生活のあり方、ライフスタイル、社会制度にもふれてるからです。広く、大きく「人が営む場所と自然とのあり方」をテーマにしていると捉えるとイメージがつかみやすいかもしれません。
ではなぜ、今、「災害と都市」なのでしょうか。
「いくつか理由はありますが、1つは地球全体で災害が頻発しているということ。気象が変動して今までの状況とは異なってきているという点があります。2つ目はやはり人口が増えて、人間が住まう領域が拡大し、本来住んでいなかったところに住むようになっている。つまり、自然との距離感が保てないところまできている点があります。3つ目はテクノロジーの発達によって、地球上で起きている災害の情報が伝わるようになり、自分の身近に感じられるようになっている点があると思います。やはり環境問題と災害というのは表裏一体の関係にありますから、SDGsも含む環境を考える動きともあいまって、関心が高まっているのだと思います」(阿部さん)
一部の予測によれば、2050年には人類は97億人になり、うち2/3にあたる60億人が都市に住むといわれています(※1)。人口の増加と都市、人間のあり方は、「今」考えておかないといけない、喫緊の課題なのですね。
「森林火災が起きても延焼しない」「洪水時に都市が漂流する」ユニークな都市ばかりこの展覧会では、水成、群島、時制、火成、共生、遊牧、対話という、架空の7つの都市の物語が展示されました。都市の構想を練ったのは、東北大学や東京大学(日本)、UCLAとカリフォルニア大学バークレー校(米国)、メルボルン大学(豪州)、国立成功大学(台湾)など、各国を代表する11大学です。7つの都市は架空、想像の都市ということもあり、どれもとてもユニークですが、阿部さんに印象に残った都市の例を紹介してもらいました。

(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)
「アメリカやオーストラリアでもっとも身近な災害が山火事です。落雷などで山火事が頻繁に発生するのですが、火事が起きることで、生態系が維持されるようにもなっています。こうした森林火災が起きることを想定した『火成都市』では、森林と人間の居住エリアのあいだにバッファとなる緩衝地帯をもうけ、人間が下草などを管理することで、ゆるやかな防火機能をもった農村田園地帯をデザインしています。つまり火災は起きるけれども、被害は減らせるという発想です(エディティッド・エッジ(原生調整帯と都市調整帯))」
なるほど、人と自然のまじわるエリア、ゾーンがグラデーションになっています。ほかにも、洪水発生時には水がいったん都市部の遊水池や公園のような場所に流れ込み、一時的にヴェネチアのような景観を形成する都市(フィルタリング・ランドスケープ)や、みつばちとの共生を考えた都市(ミツバチ・コモンズ)なども提案されました。

「エディティッド・エッジ(原生調整帯と都市調整帯)」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

「フィルタリング・ランドスケープ」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

「ミツバチ・コモンズ」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)
「都市機能は一定であることが前提とされていますが、四季が移ろうように、都市機能そのものが変化する景観としてあってもよいわけです。たとえば洪水であふれた水が都市に入ってくることを、人間の方が受け止められる都市機能にする。それによって発生する変化を楽しむという発想もあっていいと思うのです」
なるほど、平時と非常時の二重の都市計画ラインとでもいう感じでしょうか。
「東日本大震災でも、『此処(ここ)より下に家を建てるな』という石碑が歴史的に受け継がれていたことが話題になりました。あれは、住む場所と働く場所をわけ、海抜60mの地点より上に家を建てることで集落を守るという知恵だったわけです。平時と非常時、二重の海岸線が機能した例です。そもそも今回の展覧会は2015年、宮城県仙台市で開催された「国連防災世界会議」が開催されたプラットフォーム『ArcDR3(Architecture and Urban Design for Disaster Risk Reduction and Resilience)イニシアチブ』がもとになっています。未曾有の被害となった東日本大震災を教訓として世界で共有し、今後の都市の希望に変えられないかという試みでもあります」(阿部さん)
災害の多い国で暮らしているためか、私たちは、「ああ、また災害だ」で終わってしまいがちです。「災害を悲劇で終わらせない」、これこそが「リジェネラティブ・アーバニズム」のスタート地点なのだとすると、とても有意義な試みであることは間違いありません。
よりよい都市像と住まい方へ。世界をよりよく変えていく今回の都市の物語は、あくまで「提案」「想像」とありますが、実装することは可能なのでしょうか。
「シンガポールでは、行政が主導して、環境問題を施策として推進しています。国家の成り立ちからして、災害や上下水道整備、環境問題に取り組むことが死活問題なのです。そういった先進的な取り組み、実証実験を行いながら、環境や防災都市計画そのものをビジネスモデルとして国外に売り込むことも考えています」(阿部さん)といい、単なる提案で終わらせない他国の取り組みに可能性を感じます。
「今まで日本社会は、高度経済成長を通し、都市や人工物は『壊れない』ことを前提に堅牢堅固な建物を作ることに腐心してきました。実際には竣工して終わりではなく、短・中・長期でメンテナンスをして適切に入れ替えていかなければ、建物は維持できません。建造物が美しいのは当然として、大きな自然の一部として、新陳代謝をし入れ替わっていく、ゆらぎがあり、壊れるものであると捉えなおすことで、新しい枠組みや都市像が見えてくるのだと思います」(阿部さん)

阿部仁史さん(写真提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会 Photo by Kentaro Yamada)
日本は高度経済成長期に急激な都市化が進みましたが、そのときに建設された建造物が今、まさにうつろいのさなかにいます。これを単なるスクラップ&ビルドで高層化し新しく塗り替えるべきなのか考えさせられます。筆者と同じように考える人は「リジェネラティブ・アーバニズム」展を見学した人にも多いようで、見学後のアンケートには、
「都市化、都市への一極集中化が良いことのようにされているけれど、そもそもの議論が必要だと思う」
「まだ世界にはリスクがいっぱいで、最低限にも満たない暮らしを強いられる人がいることに気づかされた」
「総合的に、グローバルな観点から考察する必要がある」
などのコメントが寄せられていました。
都市というとアスファルト舗装された土地、立ち並ぶ高層ビル、添えられた緑を思い浮かべていましたが、それは20世紀モデルであり完成形ではありません。よりしなやかで強靭、変貌と変化があり、自然現象と共生する都市デザインである「リジェネラティブ・アーバニズム」の新しい試みと価値観に期待が止まりません。

豪雨や洪水によって市街地の浸水リスクが高まると、都市のモビリティと景観が一気に災害モードに切り替わる「フルーイッド・シティスケープ」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

造成時に掘り出した土砂を盛土して、池や島など、凹凸した起伏ある景観を人工的に作り出す「アイランド・ディストリクト」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

急激な海面上昇による潮位の変化や洪水に柔軟に対応する、モジュール型の「親水性(しんすいせい)居住ユニット」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

津波や高潮の危険性を抱え、先人たちによってその危険性や身を守る術などが伝えられてきた沿岸部。そこを住民や観光客を引き込む水辺の公共空間として再整備することで、地域の防災意識を高めている「メモリアル・ランドスケープ」(画像提供/ArcDR3展覧会制作実行委員会)
●取材協力
ArcDR3展覧会製作実行委員会
※1 国際連合広報センター
所在地:中央区湊
所在地:世田谷区桜新町
所在地:目黒区中目黒
所在地:文京区千石このコロナ禍で、おうち時間の過ごし方が見直され、新しい楽しみのトビラを開いた人も少なくない。スパイスからつくる「おうちカレー」もそのひとつだろう。一方で、スパイスカレーは世界中で食べられているグルメであり、そこでしか味わえない魅力もある。きっと、コロナ禍が落ち着いたら遠出して食べたい「旅カレー」もあることだろう。
今回は「SUUMO」×「じゃらん」のコラボ企画として、そんなカレーを「おうちカレー」「旅カレー」それぞれの視点から楽しみ方を紐解いてみたい。そこでSUUMOジャーナルでは、スパイスを求めて20年、各国に旅をしながら、著書やnoteなどでカレーレシピを発信し続けているカレー研究家の水野仁輔さんに「おうちカレー」の話を聞いてみた。

水野仁輔さん(カレー研究家)。カレー専門の出張料理人として活動する傍ら、スパイスを求めて世界中を旅したり、友人とカレーを研究したり、カレーについて学べる学校を開講したりと、約20年間にわたりカレー・スパイス中心の生活を送ってきた。『スパイスカレー新手法』など、これまでに手掛けた関連著書は60冊以上(写真撮影/嶋崎征弘)
――水野さんは20年間にわたってカレーとスパイスを探求してきたということですが、何がきっかけだったのでしょうか?
水野仁輔さん(以下、水野):子どものころ、地元・浜松市に「ボンベイ」というカレー屋ができたんです。当時の静岡・東海地方では珍しかったタンドール(※1)を導入していて、本格的なインド料理を食べることができました。そのお店が僕の原点ですね。スパイシーな味付けのカレーが大好きで、中学生、高校生になってからは自分のお小遣いで通うようになりました。
(※1)インド料理などで使われる壺窯型のオーブン
――子どものころから甘口のカレーではなく、スパイシーなカレーに親しんでいたとは。
水野:僕にはとても美味しく感じられました。大学進学を機に上京しましたが、ボンベイの味は忘れられず、似た味を求めてさまざまな有名店のカレーを食べ歩いたり、インド料理店でアルバイトをしてみたりと、カレー中心の生活でしたね。バイト先で覚えたカレーを誰かに食べてもらいたくなって、よくホームパーティーも開いていたんですが、最初は数名の友人だけだったのが段々と増えていって。社会人一年目のころには公園に30名くらい集めて、カレーイベントを開いたりもしましたね。
――イベントまで。そのころからすでに、スパイスカレーの美味しさを周りに広めていたんですね。
水野:イベントといっても、僕が公園でカレーをつくり、みんなに食べてもらうだけでしたけどね。それでも思いのほか好評で、これを機に「東京カリ~番長(※2)」というグループを作って活動を始めたんです。多くのイベントやクラブから「カレーをつくってほしい」というオファーをいただき、当時は毎月のように出張していましたね。
(※2)2000年に結成されたカレーの出張料理ユニット。日本各地のイベントやクラブなどに出張し、創作カレーを販売。「二度と同じカレーはつくらない」がポリシー

日印混合インド料理集団「東京スパイス番長」メンバーでインドを訪れたときの写真(写真提供/水野仁輔さん)
水野:特に、スパイスカレーは「香り」が強いため、つくっている途中から盛り上がるんですよ。「香り」はその場にいる全員が感じることができますし、調理中は目紛しく変化します。他の料理では、なかなか体験できないんですよね? それが成功の要因だと思います。
――それから20年経った今も出張料理は続けられていますよね。
水野:はい。目標は47都道府県の制覇です。12人のメンバーで、全国各地へ出張していますよ。ちなみに、昔はあらかじめカレーを仕込んでいましたが、今はスパイスだけを持参し、その土地の市場やスーパーで買った食材を使ってカレーをつくっています。
――それは楽しいですね。それに、地元で買えるものを使っているということで、参加者も自宅で真似しやすそうです。ちなみに、日々カレーを研究するにあたって、どのように情報やヒントを得ているんでしょうか?
水野:コロナが流行する前は、月の半分ほど海外に足を運び、各地のカレーやスパイスからヒントを得ていました。そして、帰国後にそのカレーを“解剖”してレシピをつくったり、新しいカレーを開発するための研究に活かしたり、という形ですね。1人でコツコツやるというより、シェフ仲間や「カレーの学校(※3)」の卒業生たちと一緒に、アレコレ実験しながら研究することが多いです。
(※3)水野さん主宰の“カレープレーヤー”養成所。通信講座で、カレーにまつわるさまざまな授業を行う

(写真提供/水野仁輔さん)

「カレーの学校」授業の様子(写真提供/水野仁輔さん)
水野さんのおうちでのカレーの楽しみ方って?――みんなでカレーづくりすると、面白い化学反応が生まれそう。
水野:いろんな仲間が集まって、カレーの話をしたり、探求するのは本当に楽しいです。それぞれが面白いアイディアを持っているので、1人では思いもしなかった発想が飛び出したりもするんですよ。そのため、ここのオフィスは卒業生、カレー仲間のシェフには常に無料で開放しています。使いたい人は自由にどうぞって(笑)。
――気前がいいですね。
水野:スパイスや調理器具は常備していますし、部屋には僕が世界中から集めてきた本がそろっています。もはや、僕がいない日でも一日中、みんなでカレーを楽しんでいますよ。そうやって一緒にカレーを面白がってくれる仲間たちがいて、本当に恵まれていると思います。これは、カレーがつないでくれた縁ですね。
――楽しそうです。読者が自宅でみんなでカレーづくりをするなら、どんな楽しみ方をするのがおすすめですか?
水野:みんなで集まってつくること自体が楽しいんですが、何人かでつくるのなら複数のカレーをつくってワンプレート盛り合わせをするのがいいと思います。あとは、カレーをメインとしたホームパーティーを楽しむなら、「カレーはあるから他を持ち寄りにしよう」と言って、前菜やつまみ、デザート、お酒などを持ち寄ってもらったらいいと思いますよ。

水野さんのオフィスには世界各国の本屋で収集したカレー・スパイスの本や資料が並ぶ(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)
――私もみんなでスパイスカレーをつくってみたいです。ちなみに初心者にオススメのスパイスはありますか?
水野:「ターメリック」「レッドチリ」「コリアンダー」。おまけとして「クミン」というところですね。この4つの組み合わせがオススメです。4人分のカレーをつくる場合の配合は、ターメリック小さじ1、レッドチリ小さじ1、コリアンダー小さじ3、クミン小さじ3がいいでしょう。分量の基本として、「黄色」のターメリックと「赤色」のレッドチリは少なめ。コリアンダーやクミンのような「茶色」は多め、と覚えておくといいと思います。これを加えるだけで、市販のカレー粉よりも抜群に良い香りになりますよ。

急きょ「カレーの学校」が開講(写真撮影/嶋崎征弘)
――意外と簡単! さっそく試してみます。
水野:そう、簡単なんです。スパイスカレーってハードルが高いと思われがちなんですけど、じつはそんなこともないんですよ。それでいて、いったん体験してしまうとスパイスの奥深さに気づいて、探求が止まらなくなるんです。

ターメリック(右上)、レッドチリ(右下)、コリアンダー(左下)、クミン(左上)(写真撮影/嶋崎征弘)
水野:ちなみに、初心者の人には「ハンズオフカレー」をオススメしています。僕が考案した世界一簡単なカレーのつくり方で、材料をすべて鍋に入れて蓋をしたら、あとは火にかけるだけ。スパイスがそろっていない場合は市販のカレー粉で代用可能ですが、今日は「AIR SPICE(※4)」のスパイスを使ってつくってみましょう。
(※4)レシピ付きのスパイスセットが毎月届く、サブスクサービス
「世界一簡単」な鍋に食材とスパイスを入れるだけ「ハンズオフカレー」【ハンズオフカレーの作り方】
●材料(4人分)

クリーム色の「パウダースパイスA」と茶色の「パウダースパイスB」を使用(写真撮影/嶋崎征弘)
・植物油…大さじ3強(40g)
・玉ねぎ(粗みじん切り)…小1個(200g)
■パウダースパイスA
・オニオンパウダー…大さじ1
・ジンジャーパウダー…小さじ1
・ターメリックパウダー…小さじ1
・ガーリンクパウダー…小さじ1/2弱
■パウダースパイスB
・クミンパウダー…大さじ1
・コリアンダーパウダー…小さじ2
・パプリカパウダー…小さじ1
・ガラムマサラパウダー…小さじ1/2
・グリーンカルダモンパウダー…小さじ1/2
・ブラックペッパーパウダー…小さじ1/2
・塩…小さじ1と1/2(8g)
・鶏もも肉(一口大に切る)…400g
・トマト(粗みじん切り)…小1個(150g)
・水…150ml
・ココナッツミルク…100ml
・ミント(あれば、ざく切り)…1/2カップ

(写真撮影/嶋崎征弘)
●作り方
材料を上から順にすべて鍋のなかに入れ、強火で3分ほど鍋の中央がフツフツとするまで煮立て、蓋をして弱火で30分ほど煮る。30分後、塩で味を調整する。

「カレー調理に技術は要らない」ということでハンズオフカレーと名付けたそう(写真撮影/嶋崎征弘)
――本当に簡単ですね。
水野:そうですね。基本、鍋に食材とスパイスを入れて30分ほど放置するだけですから。ちなみに、30分はあくまで目安で、使用する鍋や火力によって適切な時間は異なります。ただ、このカレーは“しゃばしゃば”だと味気なくなってしまうので、ある程度は煮詰めるようにしてください。

30分後。スパイスの良い香りが部屋中に広がる(写真撮影/嶋崎征弘)

完成。ビールやスパークリングワイン、ジンジャーエールなど発泡系のドリンクと合わせるのがオススメとのこと(写真撮影/嶋崎征弘)
――おいしい……! スパイスの刺激とココナッツミルクやミントの爽やかさが不思議とマッチしていて、とても複雑な香りと味わいですね。
水野:おそらく、これまで自宅で食べてきたカレーとは全く別物だと思います。でも、いつものカレーと違うことといったら、スパイスの香りだけなんですよ。それだけ、料理にとって香りがいかに重要な要素であるかということですよね。
道具にもこだわると、もっとカレーの世界が広がる――カレーづくりにおすすめの調理環境や道具などについてもお聞きしたいのですが、水野さんはキッチンに対するこだわりはありますか?
水野:それが、特別これといったこだわりはないんですよ。あとは、自分にとって使いやすい状態になっていればいいかなと。そういうのって決まった法則があるわけじゃなくて、日々使っていくうちに整っていくものだから、結局は使い慣れた自宅のキッチンが一番オススメです。
――では、調理道具のこだわりは何かありますか?
水野:同じものがずらっと何個もそろっている状態が好きですね。ここのキッチンにも、鍋やカセットコンロ、キッチンタイマー、ゴムベラなんかも、同じものが5個ずつくらい揃っているんですよ。ぱっと見の景観が統一されている状態が気持ちよくて。だからこそ、“一つ目”を決めるまで徹底的に調べ尽くして、お気に入りを見つけたらまとめて買うようにしています。
――それは独特のこだわりですね(笑)。でも、木ベラは違うものが何種類もあるようですが?
水野:木ベラに関しては特に好きな調理道具なので、新しい形を見つけるとすぐに買ってしまうんです。それに、どんなカレーをつくるかによって鍋の形が変わり、最適な木ベラの形やサイズも変わってくるんですよ。例えば、食材を潰しながら加熱したり、焦げないように鍋底をこする必要がある場合は、丸い形状の木ベラよりも「平らな形状」の木ベラのほうが鍋底に当たる部分が広いので使いやすいです。

水野さん愛用の木ベラ。なかでもお気に入りは、長く握っていても疲れない太いグリップの木ベラ。素材は固くて持ちやすいオリーブがオススメとのこと(写真撮影/嶋崎征弘)
――木ベラ以外に、カレーづくりに欠かせない調理道具はありますか?
水野:基本的には鍋と木ベラがあれば十分だと思いますが、よりステップアップを目指すなら「すり鉢」と「スパイスクラッシャー」は持っておいても良いかもしれません。スパイスをすり鉢でパウダー状にしたり、ホールスパイスをスパイスクラッシャーで粗挽きにすると、より香りが立ちますよ。

水野さんがインドで購入した「スパイスクラッシャー」(写真撮影/嶋崎征弘)
――最初からパウダー状になっているものと、その場ですりおろすのとでは香りが変わってくるのでしょうか?
水野:まるで違います。可能なら、全てのスパイスを自分で挽いてほしいですね。おそらく「今まで自分が買ってきたスパイスは何だったんだろう」と思うくらいに差は歴然だと思います。コーヒーが好きな人も粉で買わずに、家で豆を挽くじゃないですか? それと同じで、挽きたてはとにかく香りが良いんです。
好きなカレー屋を見つけると街の暮らしがもっと豊かになる――おうちカレーも楽しいのですが、カレー屋さんってどの街にもあり、お気に入りのお店を見つけると、その街での暮らしが俄然楽しくなったりすると思います。最後にぜひ、水野さんオススメのカレー屋さんも教えていただきたいのですが、最近も食べ歩きはしていますか?
水野:じつはここ数年は食べ歩きをしていません。というのも、行くお店はもう決まっていて、6軒のカレー店に20年近く通っているんです。「ムルギー(東京都渋谷区)」「デリー(東京都文京区)」「ピキヌー(東京都世田谷区)」「ブレイクス(東京都渋谷区)」「共栄堂(東京都千代田区)」「ナイルレストラン(東京都中央区)」ですね。この6軒さえあれば、僕は幸せなカレーライフを送れます。カレーづくりのヒントやアイデアの種は、食べ歩き以外のところでも得られますしね。

必要最低限の調理道具だけがそろう、整理整頓されたキッチン(写真撮影/嶋崎征弘)
――6軒それぞれカレーの特徴が異なりますが、共通して好きなポイントはありますか?
水野:どのお店もカレーの“表情”が美しいです。僕は基本的に運ばれてきた料理をすぐ食べるようにしているのですが、この6軒のカレーだけはいつも写真におさめたくなってしまいますね。単に綺麗に盛り付けられているというだけでなく、ソースの色味やテクスチャーなど、僕なりの判断基準があります。完全に僕の主観と経験に基づくものなので、解説するのが難しいんですけどね。
それから、どこか落ち着く雰囲気も共通しています。お店の人との「最近どう?」みたいなコミュニケーションも心地よくて、行きつけのバーを訪れるような感覚に近いかもしれません。
――そんなふうに、自分なりのお気に入りのお店を見つけるのも楽しそうです。
水野:自宅の近くにそんなお店があったら、きっと毎日が楽しいと思います。僕の知人にも、好きなカレー店を追いかけて引越した人がいるくらいですから。そうまでする価値があるくらい、カレーは生活を豊かにしてくれるものだと思いますよ。みなさんもぜひ、ふらっと立ち寄れる距離でお気に入りのカレー店を探してみてください。そして、ぜひ店主や常連客とコミュニケーションをとって、仲良くなってほしいですね。
●取材協力
水野仁輔さん
note
AIR SPICE
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水野さんのスパイスカレー探究の旅については「じゃらんニュース」で
カレー研究家・水野仁輔の「世界のスパイスカレー探求旅」がスゴすぎる! 日本の絶品ホテルカレー4選も
所在地:練馬区高松
所在地:武蔵野市中町
所在地:杉並区宮前
所在地:武蔵野市吉祥寺東町
所在地:世田谷区船橋
所在地:杉並区成田東日本屈指の繁華街、新宿駅。2022年4月には高層オフィスビル建設を含むグランドターミナル再編を目指した再開発計画の概要も発表されている。その新宿駅へ30分以内で行ける駅はどこだろうか。ワンルーム・1K・1DKを対象にした家賃相場が安い駅の最新ランキングから、狙い目の街を探してみよう。
新宿駅まで電車で30分以内、家賃相場の安い駅TOP12順位/駅名/家賃相場(沿線名/駅の所在地/新宿駅までの所要時間(乗り換え時間を含む)/乗り換え回数)
1位 京王よみうりランド 5.00万円(京王相模原線/東京都稲城市/29分/1回)
2位 生田 5.20万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/22分/1回)
3位 花小金井 5.30万円(西武新宿線/東京都小平市/30分/1回)
4位 読売ランド前 5.35万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/24分/1回)
5位 朝霞台 5.40万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/28分/1回)
6位 西国分寺 5.50万円(JR中央線・武蔵野線/東京都国分寺市/29分/1回)
7位 田無 5.60万円(西武新宿線/東京都西東京市/28分/1回)
8位 京王稲田堤 5.80万円(京王相模原線/神奈川県川崎市多摩区/28分/1回)
9位 朝霞 5.90万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/27分/1回)
9位 百合ヶ丘 5.90万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市麻生区/26分/1回)
9位 稲田堤 5.90万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/29分/1回)
12位 中野島 6.00万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/27分/1回)
12位 京王多摩川6.00万円(京王相模原線/東京都調布市/26分/1回)
12位 南浦和 6.00万円(JR京浜東北線・武蔵野線/埼玉県さいたま市/30分/1回)
12位 向ヶ丘遊園6.00万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/19分/1回)
12位 和泉多摩川6.00万円(小田急小田原線/東京都狛江市/22分/1回)
12位 柴崎 6.00万円(京王線/東京都調布市/27分/1回)
12位 蕨 6.00万円(JR京浜東北線/埼玉県蕨市/26分/1回)
12位 西調布 6.00万円(京王線/東京都調布市/28分/1回)
1位は東京都稲城市にある京王よみうりランド駅だった。京王相模原線の快速と区間急行の停車駅で、駅名のとおり遊園地の「よみうりランド」の最寄り駅だ。

よみうりランド(写真/PIXTA)
稲城市は、多摩ニュータウンに含まれる東京都内のベッドタウンで、緑豊かな地域。農業が盛んで、市と同名の品種「稲城」などのブランド梨の栽培でも知られる。そのため、駅付近は閑静な住宅地だが、周囲には畑も目立ち、市内のあちこちで農家の直売所も見かける。駅近くには百円均一店などが入るスーパーもあるが、市外からも買いに訪れる人の多い梨をふくむ新鮮な農産物が手軽に入手できるのは魅力だ。
少し行けば、大露天風呂を備えた温泉施設や、よみうりランドで遊ぶ際にも利用できる大規模なバーベキュー施設などもある。郊外ならではの週末の楽しみも満喫できそうだ。
3位の花小金井駅は西武新宿線の沿線駅。急行と準急が停車する。7位の田無駅とは隣駅で、こちらは快速急行と急行、通勤急行と準急の停車駅。駅間距離は約2.6kmなので、価格と交通利便性のバランスをとってうまく物件を選びたいところだ。
周囲には市立の図書館や、世界一に認定されたプラネタリウムのある体験型ミュージアム「多摩六都科学館」など教育設備が点在しているため、子育て世帯が多い印象を受けるが、駅周辺は単身者向けの物件も目立つ。西武新宿線は早稲田大学の最寄駅の高田馬場駅にも乗り入れて、花小金井駅には早稲田大生も多く住んでいる。また法政大の小金井キャンパスもほど近い。
駅の近くには24時間営業のスーパーなども充実しており、100軒以上の飲食店などが並ぶ商店街「花小金井商栄会」もある。自然が豊かな地域で、うつくしく整備された長い緑道沿いには、野菜の直売所をみかけることも。桜の名所として知られる約80haの「小金井公園」もすぐそば。サイクリング専用コースやドッグランなどの施設のほか、墨田区にある江戸東京博物館の分館として開設された屋外博物館「江戸東京たてもの園」もある。文化的価値の高い歴史的建造物を移築、復元して展示している博物館で、地元の多摩地域の歴史に関する展示も豊富だ。

小金井公園(写真/PIXTA)
また7位の田無駅は、駅直結の複合商業施設や成城石井などのスーパーのほか、少し行けばホームセンターもある。便利なチェーン系飲食店も数多いが、駅の南側にはレトロな雰囲気のある個人経営店も点在している。所在地である西東京市の市役所も近く、日常の生活には全方位的に便利な場所、といえそうだ。
複数路線利用駅や再開発進行中の駅もランクイン5位の朝霞台駅は、東武東上線の急行や快速の停車駅。新宿と同様に都内屈指の繁華街である池袋駅までも乗り換えなしで約20分で行ける、利便性抜群の駅だ。JR武蔵野線の北朝霞駅と直結しているため、複数路線利用できるのもうれしいところ。
駅前はチェーンの飲食店や深夜2時まで営業しているスーパーがあるが、少し行くと落ち着いた住宅街が広がる。9位の朝霞駅とは東武東上線の隣駅だが、朝霞駅は準急と普通の停車駅。交通の便がよく、駅周辺がよりにぎやかなのも朝霞台駅だが、朝霞市役所や朝霞税務署、ハローワーク朝霞などの公的機関は朝霞駅が最寄りだ。
両駅の所在地の朝霞市は埼玉県の南東側に位置し、東京都と隣接している。地名を冠した陸上自衛隊の朝霞駐屯地が有名だが、敷地は実は練馬区や和光市、新座市にまたがっていて、大半は朝霞市ではない。しかし広報センターは朝霞市にあるため、納涼祭などのイベントが開かれ、地域に親しんでいる。また市民まつりでは、県外からの参加者もいる大規模なよさこいが開催される。
ランキング中、唯一所要時間が20分を切ったのが、同率12位の向ケ丘遊園駅。向ケ丘遊園駅は渋谷駅まで電車で30分以内の家賃相場が安い駅ランキングの2021年版でも3位にランクインしている。

向ケ丘遊園駅(写真/PIXTA)
周辺は専修大学生田キャンパスや明治大学生田キャンパスなど大学が多いため、そうした学生向けの物件が充実している。深夜まで営業しているスーパーや飲食店が多く、特にラーメン店が充実しており、学生でなくても単身者には心強い。所在地である多摩区役所の最寄り駅でもある。また、近くには漫画家の藤子・F・不二雄氏の描いた原画などが展示された「藤子・F・不二雄ミュージアム」や、川崎市生まれの芸術家、岡本太郎氏と、その両親で漫画家の岡本一平氏、小説家の岡本かの子氏の作品を顕彰する「岡本太郎美術館」など複数の美術館がある。
駅名の由来となった向ヶ丘遊園の広大な跡地は再開発が進められており、23年度には新たなシンボルとして温泉や商業施設、自然体験ができるキャンプ場などを備えた施設が完成する予定という。なかでも温泉施設は、周囲の自然豊かな環境を楽しみながら都心まで望める露天風呂や、貸し切り個室風呂、昨今ブームになっているサウナ施設なども設ける予定で、近い将来に、新しい魅力をみせてくれそうな街といえそうだ。
ランキングは東京、神奈川、埼玉を各方面がバランスよく混在し、路線も非常にバラエティー豊か。新宿駅というターミナルの大きさを実感するとともに、家探しの選択肢の無限さにも思いをはせてしまう。自分の求めるライフスタイルや生活の中で重視するものは何かをしっかり見極めて、最適な部屋を見つけたいものだ。
●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている新宿駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/1~2022/3
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年3月28日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載
所在地:埼玉県戸田市新曽南
所在地:世田谷区代田例年、発表されているリクルートの「住みたい街(駅/自治体)」ランキング。2022年は少し趣向を変えて、住民への実感調査による「住み続けたい街(駅/自治体)」ランキングが発表された。昨今の福岡市中心部の住宅価格は高騰が続き、周辺自治体にもぐっと注目が集まっている。また、各自治体がそれぞれ個性的なキャラクターを持っているエリアのおもしろさもある。そんな視点でランキングを紐解いてみたい。
2022年「住み続けたい駅」ランキングは、地下鉄七隈線「薬院大通」が第1位!
10位以内にランキングした駅はすべて福岡市内、特に空港線沿線に人気が集まった
2022年「住み続けたい駅」ランキングでは、「薬院大通」駅が第1位を獲得した。街の魅力を感じる点を調査すると「人からうらやましがられそう」というマインド面が第1位に。「メディアによく取り上げられて有名である」も4位にランクインした。福岡在住歴の長い私もそうだが、何ごとにも前のめりでちょっとミーハー、“新しいもの好き”“ホメられ好き”の福岡人気質が表現された結果となった。
「薬院大通」駅の支持理由2位は「雰囲気やセンスのいい、飲食店やお店がある」。美味しくて価格もお手ごろな飲食店がそろう薬院周辺。またオフィス街でもあり、職住近接のため終電を気にせず深夜まで飲食を楽しめるという福岡市の特性も、その背景にありそうだ。

薬院にある三角市場(写真/PIXTA)
現在、「薬院大通」駅の利便性は、西鉄天神大牟田線と地下鉄七隈線がクロスする2位の「薬院」駅より少し劣る。しかし、2023年3月に地下鉄七隈線 天神南駅~博多駅が開業予定。博多駅へのアクセスがぐっと向上することでも注目されている。
ちなみに「薬院大通」駅は2020年の「住みたい駅」ランキングでは圏外だった。しかし前述のように注目のショップや飲食店が増えたのに加え、この駅のランドマーク的存在だった九電記念体育館の跡地で大規模なマンション開発が行われたことも一因であろうか。都心の新築マンションでおしゃれに暮らしてみたい!という人が増えたのかもしれない。
2位の「薬院」駅は、隣駅ということもあり1位の「薬院大通」と同様の魅力が評価された。資産価値が高そうな点を魅力と感じる人も多かったようだ。3位の「大濠公園」駅は福岡市民のオアシス・大濠公園の存在が大きいだろう。休日の朝は我が庭のような感覚で大濠公園をウォーキンやジョギング。運動したあとは園内のカフェでゆったりブランチ。そんな暮らしを日常として楽しめる。

大濠公園(写真/PIXTA)
第8位の地下鉄七隈線「六本松」の街の魅力は「住民がその街のことを好きそう」「住み続けたい駅」ランキングの特長が出たのは地下鉄七隈線「六本松」。街の魅力を感じる点の第1位は「街の住民がその街のことを好きそう」。確かに「六本松421」にある福岡市科学館や蔦屋書店、裁判所など、この場所にあった九州大学の知性を受け継ぐような施設は住民の誇りである。

六本松周辺(写真/PIXTA)
その一方で下町感たっぷりの飲み屋街「京極街」も健在。 “裏六本松”と呼ばれるエリアにはパン好きからの支持も高いパン屋「マツパン」や自家焙煎コーヒーの「COFFEEMAN」などがあり、SNSでも若者を中心に情報が話題が尽きない人気スポットだ。住民にとっては普段着で行ける居酒屋から、オシャレに楽しめるレストランまで幅広く選べるのがうれしい。
ちなみに2020年の「住みたい駅」ランキングでの地下鉄七隈線「六本松」は第11位で、10位以内にランクインしなかった。2019年の「六本松421」を中心とした再開発から数年経ち、「引越し後、実際に住んでみたら心地よかった」という流れができているようだ。住民自身が街のファンになり、当然その駅に住み続けたいと思っている。そんな関係性がよく分かる。
「住み続けたい自治体」ランキング第2位は、福岡市内ではなく「糟屋郡新宮町」!
福岡県民なら納得の1位「福岡市中央区」の次に「糟屋郡新宮町」がランクイン! 福岡市内の中央区以外を抑えた
続いて、「住み続けたい自治体」ランキングを見ていこう。1位の福岡市中央区は中心地の天神を筆頭に、薬院、赤坂、大濠、六本松など「住み続けたい駅」にも名を連ねる街を有する自治体。3位の福岡市早良区は人気の学校が多い西新、福岡タワーがあり高級住宅街でもある百道浜の存在が大きい。
そして、ランキング内でひときわ輝く存在が2位の「糟屋郡新宮町」だ。福岡県内の「町」として最上位につけた。「糟屋郡新宮町」は福岡市東区と隣接。博多までJRで15分程度。福岡空港や天神へもJR+地下鉄にて30分程度で移動できる。また北九州市方面へのアクセスが良いことから、自宅は北九州市方面、職場は福岡市内、といった人々からも支持が高い。

新宮町のメイン駅、JR新宮中央駅前(写真/PIXTA)
さらに2010年に開業した新宮中央駅の存在も大きい。「糟屋郡新宮町」で唯一のJR駅で、駅前は美しく整備され、開発とともに完成した新しいマンションが立ちならぶ。九州で唯一のIKEAをはじめユニクロ、カインズなどの郊外の大型店舗が集結し、福岡市内からドライブがてら買い物に出かける人も多い。

一方で、砂浜が美しい新宮海水浴場や立花山などもあり、自然も豊か。利便性とのびのびとした住環境の両方を手にできる。これらを含めて「糟屋郡新宮町」は「人からうらやましがられそうな自治体」第2位にランキング。そのほかでは街ににぎわいがありながら、整然としているところ、これから街がさらに発展しそうなところも魅力であり、「住み続けたい」と思わせるところなのだろう。
「住み続けたい自治体」ランキングには、自治体の子育てサポートや各種制度の手厚さが反映される!?「住み続けたい自治体」ランキング6位に「北九州市戸畑区」がランクインしたことも記しておきたい。以前は工場地帯のイメージが強かった北九州市であるが、現在は「福祉の街」として注目を集めている。特に年配者に向けたサービスが手厚く、市役所には「長寿社会対策課」もあり、生涯現役を目指した生きがいづくりや、在宅の高齢者への支援が充実している。

北九州市戸畑区(写真/PIXTA)
また、バリアフリーの街づくりが進み、2022年には高齢者の生きがいづくりや社会者参加を促進する「いきがい活動ステーション」が小倉魚町のまちなかに誕生。さらに人口10万人あたりの病床数が20政令指定都市の中で全国2位。医療機関数も病院が第3位、一般診療が第4位(出典:保健福祉レポート2019[北九州市])と多く安心できるので、退職後のUターン・Iターンを考える人も多い。
今回の調査での「北九州市戸畑区」についても、「介護や高齢者向けサービスなどが充実している」が第1位になっている。また「公共施設が充実している」では3位となっている。


白水大池公園(写真/PIXTA)
そして8位の「春日市」は子育てがしやすい自治体として知られている。市内の小中学校すべてが「コミュニティ・スクール」と位置づけられ、学校・家庭・地域の連携による子どもの育成を推進。地域活動参加や地域からのゲストティーチャーを積極的に受け入れるなど、子どものための豊かな環境がある。
さらに「春日公園」「白水大池公園」など子どもが思い切り遊べる大型の公園が充実。子育てが本格化する前に、春日市やその隣の大野城市で住宅購入を考えるファミリーも多い。
「福岡市中央区」のように以前より注目度が高い自治体もあれば、「糟屋郡新宮町」のように開発によって一気に上位へランクインする自治体もある。北九州市のように一時期は沈みがちだった人気が、徐々に復活している自治体もある。駅についてもまたしかりであろう。
2022年は、福岡市博多区のJR竹下駅近くに「ららぽーと福岡」が開業。さらに同駅近くにあった「アサヒビール博多工場」の移転も発表され、その跡地の行方にも注目が集まっている。また北九州市八幡東区のスペースワールド跡地には「ジアウトレット北九州」がオープンし、人々の流れがまた変化している。
街はいきもの。時代や開発とともに「住み続けたい街」への意識がどう変わるのか。これからも注目していきたいと思う。
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SUUMO住民実感調査2022 福岡県版
所在地:世田谷区下馬
所在地:渋谷区代々木
所在地:横浜市港北区師岡町「最近、大塚がアツいらしい」。そんな話を耳にすることが増えてきた。きっかけは、2018年に、あの星野リゾートが都市型ホテル「OMO」東京第1号を大塚で開業したこと。「東京大塚のれん街」も同時に登場し、大きな話題になった。
その旗振り役は、行政でも大手デベロッパーでもない、地元・大塚の山口不動産。
今回は、代表取締役CEOの武藤浩司さんに、大塚のこれまでとこれからどうなっていくのか、個人的な心のうちを含めて、お話を伺った。
2022年4月に大塚で街イベント「ba fes.(ビーエーフェス)」が開催されると聞き、足を運んだ。本格クラフトビールを楽しめるビアフェスのほか、ステージパフォーマンス、フリーマーケット、「OMO5東京大塚by星野リゾート」でのDJイベントなど、さまざまな催しが大塚の街のあちこちで開催され、おおいににぎわっていた。

4月22日(金)~24日(日)に行われた「北東京を象徴するビアフェス」。地元、南大塚のビアバー「TITANS」が厳選する、東京北部のマイクロブリュワリーと海外のブリュワリーのビールが集合(写真撮影/相馬ミナ)

会場は、東京大塚のれん街の隣、山口不動産が管理する駐車場にて開催(写真撮影/相馬ミナ)

フェス専用のリサイクルカップを使用するなど、環境に配慮も(写真撮影/相馬ミナ)

ba01ビル地下1階の「ping-pong ba」では、地元民が出品するフリーマーケットも(写真撮影/相馬ミナ)
街の景色を変えた仕掛人は山口不動産の代表、武藤さん。所有するビルに「ba(ビーエー)」と名付け、駅前のロータリーや分電盤にも「ba」のロゴが施されている。大塚駅に降り立った人に「これはなんだろう」と思わせる仕掛けだ。
「そもそも、山口不動産は、この辺りに広い土地を持っていた地主である山口家が、自分の土地・不動産を管理する会社。祖母が山口家の13代目でした。他のどの街でもあるような、不動産を保有して賃料収入を得るだけの会社でした」。親族経営ゆえに冒険はしないのが基本。テナント収入で利益を得ることが優先され、銀行から多額の融資を受けてまで新事業を推進することには消極的になりがちな体質だ。
「でも、それだけでは、面白くないし、小さな会社だからこそ、意思決定はスピーディに行えることも利点なんです」

開発前の大塚(写真提供/山口不動産)

現在の風景。大塚駅北口には、ba01、ba02、ba03、ba05、ba06、ba07と6つの建物が点在(写真撮影/相馬ミナ)

baのロゴ(写真提供/山口不動産)

山口不動産は、この駅前広場のネーミングライツ(命名権)を取得して、2021年3月に「ironowa hiro ba」と命名。豊島区は、支払われた命名権料を広場の維持管理に充てる、という仕組み。その向こうに見えるのは、「OMO5東京大塚by星野リゾート」(写真撮影/相馬ミナ)

山口不動産代表取締役CEO武藤浩司さん。東京大学を卒業後、メガバンク、大手監査法人を経て、同社へ入社。2018年より現職。インタビュー取材に同席した会社の看板犬・Naluちゃんと一緒に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
「星野リゾート」誘致からスタートした「baプロジェクト」「ba」とは「場」の意味。「魅力ある『場』を提供していける会社になりたい」という想い、「b」は『being』で「いること」、「a」は『association』で「つながり」という意味合いもある。
この「ironowa ba project(いろのわ・ビーエー・プロジェクト)」は、2018年に、星野リゾートの都市型ホテルが入るビルを「ba01」、賃貸マンションの建物を「ba03」として同時に竣工したことから始まった。さらに、カフェや飲食店が入居している駅前のビルを「ba06」、その向こう側にあるオフィスビルを「ba07」と改名した。
狙いは「“大塚”のまちの体温をあげたい」。
星野リゾート側も、都市観光ホテルブランドを立ち上げるにあたって、観光地ではないけれど滞在すれば、その街の魅力を暮らすように体験できる立地を想定しており、下町情緒の残る「大塚」はまさにぴったりだった経緯もある。
「これまで大塚といえば『池袋の次の駅』といったイメージくらいしかなく、わざわざ降りる場所ではなかったでしょう。それを何とかしたかったんです。『どこに住んでいるの? 』 って聞かれて『大塚』って答えたら、『すっげぇ、いいなぁ 』って憧れられる。それが目標です」と武藤さん。

「寝るだけでは終わらせない、旅のテンションを上げる都市観光ホテル」をコンセプトにした「OMOブランド」。都内初となった「OMO5東京大塚by星野リゾート」は、単に宿泊するだけでなく、「ご近所を楽しむ」という視点でユニークなサービスを展開(写真撮影/相馬ミナ)

縦空間や壁面を有効活用した櫓(やぐら)寝台のような造りで、秘密基地気分で楽しめるゲストルーム(写真提供/山口不動産)
同時オープンでインパクト。積極的なテナント誘致で街の顔を変えていくそのための戦略は、ある意味シビアだ。
注目度の高い星野リゾートと、内装や賃料などの厳しい交渉の末、誘致に成功。この誘致が決定されたことで、飲食店プロデュースの株式会社スパイスワークスの下遠野亘さんを巻き込むことができた。昭和の風情の居酒屋が並ぶ「東京大塚のれん街」と星野リゾートのホテルの同時オープンにこぎつけたことで、大いに話題になり、各メディアに取り上げられた。
「星野リゾートの都市型ホテルの都内一号店でなければ、さらには同時オープンでなければ、インパクトは与えられないと考えました」

昭和の佇まいを残しながら改築した居酒屋の集合体「東京大塚のれん街」(画像提供/山口不動産)
さらに、入るテナントも「このお店が大塚にあったらイメージがよくなるはず」という観点を優先。さらに食通が足繁く通うことで知られる目黒にある焼鳥店「やきとり阿部」の阿部友彦氏が手がける「やきとり結火」の出店を自ら打診。武藤さん自身が、求心力のあるテナントを仕掛けている。

「やきとり結火」は、焼鳥の名店「鳥しき」で修業し独立した店主の阿部友彦氏の3店舗目になる。ソムリエによるワインのセレクトと焼鳥のマリアージュを楽しめる(画像提供/山口不動産)
「採算性だけを考えれば、コンビニやドラッグスストア、飲食のチェーン店のテナントを入れるのが正解なのかもしれません。だけど、それではどこでもある街になるでしょう。大塚だからこそ出会える味、経験を提供したいんです。メガバンクや監査法人で働いたこともあるので、数字がいかに大事かは理解しています。しかし、数字だけみていても楽しくない。クリエイティブなこと、アイデアフルなことに投資したい。要はバランスですね」
持続性のあるイベント開催で、大塚を知ってもらうのが第一歩こうして、「ironowa ba project」の発足を皮切りに、さまざまな分野の人を巻き込み、大塚の街を盛り上げる試みにもトライしている。前出のフェスもそのひとつ。山口不動産グループが直接経営する、星野リゾートのOMO5が入るba1の1階「eightdays dining」では、休日には店外のデッキで小さなイベントを開催することもある。

山口不動産グループが経営するカフェダイニング「eightdays dining」(写真提供/相馬ミナ)

ビアフェスでは、「eightdays dining」デッキ部分にお店が出店していた(写真提供/相馬ミナ)
当初は社員のみの活動だった清掃活動も、お揃いのユニフォームや軍手を身に着けて認知度を上げたことで、テナントで働く人、賃貸マンションに暮らす人なども巻き込んでいき、インスタ等を通してたくさんの人が参加する清掃活動「#CleanUpOtsuka」へと発展した。

「#CleanUpOtsuka」は週2回開催。日常活動のほか、100人規模のゴミ拾いイベントを定期的に開催している(画像提供/山口不動産)
「定期的に開催することで顔見知りが増えたり、大塚という街に愛着を持ってもらえます。コロナ禍で変更を余儀なくされましたが、持続的に開催すれば、『大塚ってなんか面白いな』と興味を持ってもらえる方が増えるはず。実際に、大塚駅のあちこちにある『ba』ロゴに興味を覚え、ネット検索から、僕のnoteにたどり着いた方が、当社の物件を契約してくださったんです」
とはいえ、「まちづくりの仕掛け人」という紹介のされ方には違和感があるという武藤さん。
「おこがましい気がして (笑)。まちを『つくっている』という意識なんて僕にはないですし、僕がしたいのは、“大塚に来てみたら、住んでみたら楽しいな”と思ってもらうこと。僕は、“大塚のまちの体温をあげたい”というのが一番近いかなと思っています」

駅南口は開発が進む北口と雰囲気が異なる。サンモール商店街では趣のある路地散策を楽しめる(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

都電荒川線が走る、大塚おなじみの風景(写真撮影/相馬ミナ)
「あくまでも個人的な思い」もモチベーションのひとつに純粋に「育った街を盛り上げたい」という想いとは別に、武藤さん個人の「自分の人生もなんとかしたい」という切実な事情も動機になっている。
そもそも、山口不動産は、元地主の親族経営の会社。武藤さんの祖母は、外孫である武藤さんに期待し、いずれは会社を継がせたいという、未来予想図があった。武藤さんは、東京大学を卒業後、メガバンクへ入行し、大手監査法人へ。ただ、ほどなくしてうつを患ってしまい、退職。当初描いていたよりずっと早く、祖母の会社の山口不動産に入社することになった。
「冒険をせずとも、粛々と日常の業務をこなしていけば、食べてはいけるんですよね。でも、それで本当にいいのかとずっと自問していました。私自身、友人たちの活躍に置いて行かれた気分にもなっていたんです。祖母の想いはあれど、自分が社長職を継げるかどうか、保証も何もなかった。親族内でも社内でも認めてもらうのは、実績が必要だ。そういう自分自身の焦燥感も、モチベーションになっていたと思います」
「今後の目標は? 」という質問に、「SUUMOの『住みたい街ランキング』で大塚が上位になること」と答えてくださった武藤さん。このプロジェクトを通して、同じ志を共にする人材も雇用でき、良い循環が生まれているという。武藤さん自身が、自分のうつのこと、親族間の確執、決して成功だけでははない失敗のアレコレなど、「通常なら隠しておいても普通のこと」を、note「僕はまちづくりなんてしてない~大塚からまちの体温を上げる」で発信していることも注目されている。

「noteで赤裸々に語ったおかげで、僕個人に興味を持ってくださったメディアから取材を受けることが多く、大きなPRになっています」(画像提供/山口不動産)
「発信を始める前に比べて、僕たちの取組みに共感してくださる方、協力の意思表示をしてくださる方が目に見えて増えたのが、何よりも嬉しい変化でした」。
こうした「あくまでも個人的なエモーション」が、人々を巻き込み、街を変える原動力になる。そんなある意味、原始的なうねりのようなものを「大塚」という街は生み出しているのかもしれない。
●取材協力
ironowa ba project | 山口不動産株式会社
note「僕はまちづくりなんてしてない~大塚からまちの体温を上げる」
一条工務店が実施した、「住まいのインテリアに関する意識調査」の結果によると、コロナ禍で在宅時間が増え、インテリアへの関心が高まっているという。この調査では、インテリアにこだわりたい理由や選ぶときに参考にする媒体なども聞いている。詳しく見ていくことにしよう。
【今週の住活トピック】
「住まいのインテリアに関する意識調査」結果を発表/一条工務店
「住まいのインテリアに関する意識調査」では、63.4%が「コロナ禍で在宅時間が増えた」と回答した。在宅時間が増えた人に、「在宅時間が増えたことで、インテリアにこだわるようになったか」と聞くと、「とてもこだわるようになった」が 14.7%、「ややこだわるようになった」が 50.9%で、6 割以上がインテリアへのこだわりが増したと回答した。
さらに、インテリアへのこだわりが増した人に、「こだわるようになった場所」を聞くと、圧倒的に「リビング」が多く、87.3%に達した。

在宅時間が増えたことでインテリアにこだわるようになった場所(上位5項目)複数回答(出典/一条工務店「住まいのインテリアに関する意識調査」結果より転載)
インテリアの参考にする媒体として、Instagramが存在感を発揮!次に、「インテリアを選ぶときに参考にする媒体はどれか」を聞いたところ、20代以下・30代・40代では「Instagram」が1位となった。また、50代・60代以上では「雑誌」が1位だったが、50代では2位に「Instagram」が挙がるなど、幅広い年代でInstagramがインテリア選びに大きな影響を与えていることがわかった。

インテリアを選ぶときに参考にする媒体 複数回答(出典/一条工務店「住まいのインテリアに関する意識調査」結果より転載)
また、20代と30代では「YouTube」という回答も上位に挙がっている。インテリアのプロが選んで提案してくれる「雑誌」、「インテリアショップ」、「モデルハウス」といったものよりも、一般の生活者が選んだインテリアを見せることの多い「Instagram」や「YouTube」が上位に挙がっていることから、若い世代ではインターネットで日常的に、より身近で真似しやすいものを参考にする傾向がある、と考えられるだろう。
インテリアにこだわるのは居心地のいい空間にしたいから、わずかながらSNS映えもこの調査で「インテリアにどの程度こだわりたいか」と尋ねると、どの年代も7割以上がこだわりたいと回答したが、その傾向は若い世代ほど強く見られた。また、特徴的なのは、「全てにこだわりたい」という人も一定数いるものの、多くの人は「妥協する点はあるが一部こだわりたい」と、限定的にこだわりたいという意向を示している点だ。

インテリアにどの程度こだわりたいか(出典/一条工務店「住まいのインテリアに関する意識調査」結果より転載)
また、全てまたは一部こだわりたいと回答した人に、「インテリアにこだわりたい理由」を聞くと、すべての年代で、「居心地のいい空間にしたい」がダントツで最多(20代以下:71.4%、30代:81.1%、40代:84.3%、50代;81.7%、60代以上:90.7%)だった。
2位と3位には「気分が上がる」と「インテリアが好き」が入り、居心地のいい空間にいると気分が上がると感じる、インテリア好きが多いということもうかがえる。

インテリアにこだわりたい理由 複数回答(出典/一条工務店「住まいのインテリアに関する意識調査」結果より転載)
注目したいのは、「SNS映えを意識」が20代以下で他の年代よりも高いことだ。他の年代でも「来客からの視線」といった周囲からの見られ方を意識してはいるが、InstagramなどのSNSでどう映るかも意識しているのが20代以下の特徴だ。
若者が「住まい」に対してどのような意識を持っているのかをさらに理解するために、別の調査も見てみよう。
SHIBUYA109エンタテイメントが18-24歳に「Z世代の住まいに関する意識調査」を実施したところ、「理想の暮らし」として上位に挙がったのが、「Wi-Fi等インターネット環境が整っている」(56.5%)、「セキュリティがしっかりしている」(48.8%)、「自分の好きなインテリアに出来る」(43.3%)だった。ネット環境・セキュリティ・インテリアが、理想の住まいのキーワードになっているわけだ。

あなたの理想の暮らしを教えてください 複数回答(出典/SHIBUYA109 lab.調べ「Z世代の住まいに関する意識調査」結果より転載)
同社は並行して、Z世代へのグループインタビューも行っているが、「Instagramなどでは、部屋全体のインテリアを好みのテイストに変えるのは現状の金銭面的にハードルが高いことから、写真に映る部屋の一部分だけオシャレにする工夫を凝らしている事例も見られ、写真に映る部屋の一部分を “SNS映え”な雰囲気に演出している」と指摘している。
画像に映る部屋のインテリアにこだわるという傾向は、イマドキの若者の特徴のようだ。それにしても、写真や動画がたくさん見られるInstagramは、インテリアに対する影響がここまで大きいのかと驚くばかりだ。
コロナ禍においては、長くいる部屋のインテリアを居心地のいいものにしたいと考えたり、画像に映る部屋のインテリアをセンスよくしたいと考えたりする人が増えたようだ。筆者も会議や取材等で、オンラインミーティングを利用する機会が一挙に増えた。筆者などは部屋を片づけるのが面倒なので、画面の背景は書斎風の写真を当て込んでいるが、背景がおしゃれな室内だったらいいのになあと思うことがある。
●関連サイト
一条工務店「住まいのインテリアに関する意識調査」
SHIBUYA109エンタテイメント「Z世代の住まいに関する意識調査」
所在地:渋谷区代官山町
所在地:渋谷区桜丘町
所在地:渋谷区渋谷
所在地:荒川区西日暮里
所在地:神奈川県足柄下郡湯河原町宮上
所在地:神奈川県藤沢市湘南台多数の路線が乗り入れ、世界で最も1日の乗降客数が多い駅としてギネス世界記録にも認定された新宿駅。渋谷駅や池袋駅と並んで東京都内3大繁華街にも数えられ、さまざまな企業があるビジネス街でもある。そんな新宿駅までアクセスしやすい、中古マンションの価格相場を調査した。新宿駅まで30分圏内にある、専有面積20平米以上~50平米未満の「シングル向け」と、専有面積50平米以上~80平米未満の「カップル・ファミリー向け」、それぞれの価格相場が安い駅トップ15をご紹介しよう。
新宿駅まで30分以内の価格相場が安い駅TOP15【シングル向け】
順位/駅名/価格相場(路線/駅所在地/新宿駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 大森 2480万円(JR京浜東北・根岸線/東京都大田区/24分/2回)
2位 西川口 2498万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県川口市/23分/1回)
3位 ときわ台 2500万円(東武東上線/東京都板橋区/20分/1回)
4位 西馬込 2535万円(都営浅草線/東京都大田区/28分/1回)
5位 川口 2580万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県川口市/20分/1回)
6位 本蓮沼 2780万円(都営三田線/東京都板橋区/24分/1回)
7位 平和島 2880万円(京浜急行本線/東京都大田区/30分/2回)
8位 南千住 2980万円(つくばエクスプレス/東京都荒川区/30分/2回)
8位 町屋 2980万円(東京メトロ千代田線/東京都荒川区/26分/1回)
10位 調布 2985万円(京王線/東京都調布市/22分/0回)
11位 馬込 2990万円(都営浅草線/東京都大田区/25分/1回)
12位 新井薬師前 2998万円(西武新宿線/東京都中野区/15分/1回)
13位 下板橋 3030万円(東武東上線/東京都豊島区/13分/1回)
14位 大山 3080万円(東武東上線/東京都板橋区/16分/1回)
15位 板橋本町 3085万円(都営三田線/東京都板橋区/22分/1回)
【カップル・ファミリー向け】
順位/駅名/価格相場(路線/駅所在地/新宿駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 読売ランド前 2639万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/24分/1回)
2位 京王稲田堤 2700万円(京王相模原線/神奈川県川崎市多摩区/28分/1回)
3位 百合ヶ丘 2730万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市麻生区/26分/1回)
4位 中野島 2830万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/27分/1回)
5位 戸田 2980万円(JR埼京線/埼玉県戸田市/25分/0回)
6位 生田 3089万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/22分/1回)
7位 北戸田 3365万円(JR埼京線/埼玉県戸田市/27分/0回)
8位 京王多摩川 3480万円(京王相模原線/東京都調布市/26分/1回)
8位 朝霞 3480万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/27分/1回)
10位 久地 3510万円(JR南武線/神奈川県川崎市高津区/29分/1回)
11位 戸田公園 3580万円(JR埼京線/埼玉県戸田市/23分/0回)
11位 西川口 3580万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県川口市/23分/1回)
11位 西調布 3580万円(京王線/東京都調布市/28分/1回)
14位 朝霞台 3665万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/28分/1回)
15位 蕨 3680万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県蕨市/26分/1回)
「シングル向け」の1位は東京都大田区に位置するJR京浜東北・根岸線の大森駅で、価格相場は2480万円。JR京浜東北・根岸線で品川駅に出て、JR山手線に乗り換えて大崎駅へ、さらにJR埼京線に乗り換えると新宿駅まで乗り換え2回・約24分。品川駅からJR山手線で恵比寿駅に向かい、JR湘南新宿ラインに乗り換える行き方もある。また、JR京浜東北・根岸線で大井町駅へ行き、JR埼京線直通のりんかい線に乗ると新宿駅まで乗り換え1回で済み、計約26分で到着する。

大森駅(写真/PIXTA)
1位・大森駅は1876年開業という歴史ある駅で、路線は1本のみだが駅ビル「アトレ大森」が併設され、駅北側にも「大森駅ビルRaRa」があるなど駅周辺には商業施設が充実。大森銀座商店街「Milpa(ミルパ)」をはじめ商店街も駅の東口側・西口側の両方に広がっている。マンションなどの住宅は駅西口側に多く、古くからのお屋敷街・山王地区もこちら側に。東口側は商業施設やオフィスビルが多く見られ、東へ10分ほど歩くと京浜急行本線・大森海岸駅へ。さらに東に向かうと東京湾に続く運河沿いに「しながわ水族館」が見えてくる、多彩な顔を持つ街並みだ。こうした暮らしやすそうな環境でありながら、中古マンションの価格相場は4780万円だった新宿駅のおよそ2分の1、差額は2300万円。こう考えるとお得感のある相場に思えるだろう。
2位は1位と同じJR京浜東北・根岸線の西川口駅で、価格相場は2498万円。駅がある埼玉県川口市は県を代表する中核市の一つで、東京との都県境に位置している。新宿駅までは乗り換え1回・計約23分でたどり着く。西川口駅は5位にランクインした川口駅に隣接し、川口駅ほどには大規模に発展していないものの、5フロアにまたがる駅ビル「ビーンズ西川口」が併設されている。電車を降りてすぐに食料品の買い出しや食事、100円ショップで買い物もできる便利な環境だ。駅周辺にはスーパーや「ドン・キホーテ」があるほか、店舗が軒を連ねる商店街も複数。駅西口側を中心に広がる、「西川口チャイナタウン」があるのも楽しいところ。中国料理店を中心に中国食材のお店やカフェなど60店舗以上があり、あまり観光地化されていないため異文化ムードをひしひしと感じられるだろう。
3位は東京都板橋区にある東武東上線・ときわ台駅で価格相場は2500万円。東武東上線に乗ると5駅・約9分で池袋駅に行くことができ、JR埼京線に乗り継げば新宿駅まで計約20分だ。ときわ台駅は1935年の開業当時の様子を再現して2018年にリニューアルされた、レトロなスペイン瓦屋根の北口駅舎がシンボル。駅舎の隣接地には2019年に5階建て商業ビル「EQUiAときわ台」がオープンした。同ビルには飲食店やクリニックのほか、「成城石井」も出店しているので駅を出てすぐ買い物ができる。駅周辺は駅の開業とあわせて宅地分譲された住宅地で、景観ガイドラインが定められたエリアには美しい街並みが広がる。2000年代に入るとマンション建設も相次ぎ、古くからの住民だけではなくシングル層や若いファミリー層も流入。また、駅南口側には70以上の店舗が並ぶ「常盤台銀座商店街」があり、住民の暮らしを支えている。

ときわ台駅(写真/PIXTA)
さて、今回調査の基点駅にした新宿駅はJR各線をはじめ多数の路線が乗り入れている。しかしその割にランクインしたのは、乗り換えが必要な駅がほとんど。唯一、乗り換え0回だったのは、10位にランクインした東京都調布市にある京王線・調布駅だ。新宿駅までは京王線の特急で4駅・約22分で、価格相場は新宿駅よりも1795万円低い、2985万円となっている。
そんな調布駅は2012年に地下化されたことにともない、駅前の再整備が進められた。地域住民を困らせた「開かずの踏切」がなくなり駅の北側と南側の分断が解消されたほか、2017年には線路や地上駅があったスペースも活用して「トリエ京王調布」が誕生。この商業施設はA・B・C館からなり、地下1階で改札階に接続するA館には食品やファッション、レストランフロアがあり、B館には家電量販店が、C館にはシネマコンプレックスと飲食店が入っている。このほかにも駅周辺には「調布パルコ」などの商業施設が充実し、駅南側には市役所や、市立の図書館や文化センターといった公共施設が集結。駅から車で15分も走れば緑豊かな「神代植物公園」があるなど、自然が身近に感じられる環境なのもうれしいところ。現在は駅前広場の整備も進められており、2025年度末を目標とする完成を楽しみに待ちたい。

調布駅(写真/PIXTA)
「カップル・ファミリー向け」トップ15は軒並み新宿駅の価格相場の半額以下続いて「カップル・ファミリー向け」ランキングを見ていこう。ちなみに調査の基点にした新宿駅の中古マンション価格相場は7980万円。そしてトップ15にランクインした駅の価格相場は、いずれも新宿駅の2分の1以下となっていた。なかでも最も価格相場が低かったのは小田急小田原線・読売ランド前駅で、新宿駅の3分の1以下である2639万円だった。

読売ランド前駅(写真/PIXTA)
1位・読売ランド前駅は神奈川県川崎市多摩区に位置し、小田急小田原線の通勤準急で登戸駅に出た後、快速急行に乗り換えると約24分で新宿駅に到着する。また、駅前からバスに乗ると約10分で遊園地「よみうりランド」に行くことができる。遊園地の隣接地にはフラワーパーク「HANA・BIYORI」や日帰り入浴施設「丘の湯」、ゴルフ練習場もあるので、子どものみならず家族みんなの休日のお出かけ先として活用できそう。読売ランド前駅周辺に目を向けてみると、北口側には日本女子大のキャンパスがあるため商業施設はあまりないが、駅前に郵便局や交番が見える。南口駅前には100円ショップを併設したスーパーやドラッグストア、ファストフード店があるほか、自家製ハム・ソーセージが人気の精肉店などが店を構える商店街が広がっている。この商店街には多摩区による「子育て支援パスポート」の協賛店も。18歳までの子どもがいる住民に発行されるパスポートを提示すると、代金が割引になるなど子育て世代にうれしいサービスが用意されている。
2位は京王相模原線・京王稲田堤駅で、価格相場は2700万円だった。新宿駅までは、京王相模原線の快速で調布駅に出て、京王線特急に乗り換えると計約28分。京王線直通の京王相模原線特急に乗れば、新宿駅まで乗り換えせずに30分前後で行くこともできる。京王稲田堤駅は1位・読売ランド前駅と同じ川崎市多摩区にある。読売ランド前駅から北に向かい、日本女子大のキャンパスを越えつつ車で10分ほど走ると京王稲田堤駅という位置関係だ。こちらの駅前に広がる商店街にも「子育て支援パスポート」協賛店がある点は要チェック。京王稲田堤駅から歩いて5分ほどのJR稲田堤駅まで続く商店街では、青果店や手作り豆腐店、ベーカリーなどが元気に営業中。駅前にはスーパーや100円ショップもあるほか、多摩区の行政サービスを担当する出張所があるのも何かと便利だろう。駅北口から北へ10分ほど歩くと多摩川の河川敷へ。河川敷にはのびのび過ごせる広場があり、多摩川を越えたほど近くには8位・京王多摩川駅がある。
3位は川崎市麻生区にある小田急小田原線・百合ヶ丘駅で、価格相場は2730万円。新宿方面に進んで1駅目が1位・読売ランド前駅、2駅目が6位・生田駅だ。百合ヶ丘駅南口のバスロータリー沿いにはドラッグストアや100円ショップを併設したスーパーや、持ち帰り弁当店、コーヒーショップなどの飲食店が立ち並ぶ。ロータリーを過ぎ、URの賃貸集合住宅を囲むように弧を描く道を歩けば、約10年前に新校舎が建てられた小学校やスーパーが見えてくる。周辺には児童館や複数の保育園もあり、子育て世代も多く住む街のようだ。また、新宿とは逆方面に1駅進むと駅前にショッピングモールや映画館がある新百合ヶ丘駅へ。百合ヶ丘駅前から歩いても15分ほどでたどり着く。ちなみに新百合ヶ丘駅の価格相場は4880万円と、百合ヶ丘駅よりも2150万円もアップ。駅前の商業施設は確かに新百合ヶ丘駅のほうが充実しているが、徒歩15分ほどでそうした商業施設の便利さを享受できるならば、住まいは百合ヶ丘駅周辺に構えるという選択も十分にアリだろう。

百合ヶ丘駅前付近の様子(写真/PIXTA)
「カップル・ファミリー向け」トップ15で新宿駅まで乗り換え0回だったのは3駅。いずれもJR埼京線沿線で、新宿方面に向かって北戸田駅(7位、価格相場3365万円)~戸田駅(5位、同2980万円)~戸田公園駅(11位、同3580万円)の順に連続して並んでいる。3駅中で最も新宿駅寄りかつ価格相場が高かった11位・戸田公園駅は、スーパーやドラッグストア、100円ショップや無印良品などが入った駅ビル「ビーンズ戸田公園」を併設。徒歩10分圏内に総合病院やホームセンターもある、便利な環境だ。
しかし3駅中で最も価格相場が安かった5位・戸田駅も、商業施設の充実度は戸田公園駅に引けを取らない。駅前にスーパーや100円ショップ、書店や家電量販店が出店するショッピングビルがあり、ホームセンターや戸田市役所も徒歩10分圏内。また、7位・北戸田駅も2021年12月に駅高架下にスーパーが誕生したほか、駅から10分ほど歩くと「イオンモール北戸田」がある点も魅力的だ。この3駅に関しては「最寄り駅がどこにあたるか」にあまりこだわりすぎず、3駅の周辺エリアに広く目を向けて物件探しをし、自分好みの住まいに決めてもよさそうだ。
●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている新宿駅まで電車で30分圏内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ
シングル向け:専有面積20平米以上50平米未満
カップル・ファミリー向け:専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2022/1~2022/3
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年3月28日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載
所在地:北区岩淵町
所在地:杉並区阿佐谷北
所在地:新宿区下落合2022年3月に発表された「SUUMO住みたい街ランキング2022」において、首都版で得点が最も伸びた街(自治体)に選ばれた千葉県流山市と、関西版で子育て世代の投票を特に集めた兵庫県明石市。共に子育てサービスが充実し、子育て環境が充実している点が支持につながりました。全国初の支援を次々と打ち出している流山市と明石市では、どのように子育てができるのでしょうか。子育て支援の最新事情を取材しました。
“「母になるなら、流山市。」「父になるなら、流山市。」”から12年、定着した駅前送迎ステーション、保育園数は5倍に「住みたい街ランキング2022首都圏版」の、昨年より得点がジャンプアップした自治体ランキングで1位を獲得した流山は、自然豊かな住宅都市。つくばエクスプレス快速で秋葉原駅まで約20分。そのほか市内には、JR武蔵野線、常磐線、東武野田線、流鉄流山線など5線11駅があり、バス網も整備されています。流山おおたかの森駅前には、大型ショッピングモールや子育て支援施設、公園が充実。駅前に多くを集結させ、時間効率性をアップしたことで子育て世代や共働きカップルの得点が高い結果になりました。

流山おおたかの森駅前。2022年春開業したCOTOE(コトエ)は、約40店舗が入居する複合商業施設。保育所や学習塾が入ったこもれびテラスも近くにある(画像提供/流山市役所)

流山グリーンフェスティバルの様子。春には住宅街で個人邸のオープンガーデンが催される(画像提供/流山市役所)
流山が子育て家族の街として注目されたのは、「母になるなら、流山市。」「父になるなら、流山市。」のキャッチフレーズで2010年から展開された市のプロモーション活動です。2007年から開始されていた駅前保育送迎ステーション(保護者それぞれで保育園に子どもを送らなくても、駅前のステーションにまで送っていけば、そこから市内各所の保育園に送迎してくれる仕組み)も注目を集めました。流山市の子育て支援のサービスや支援を続けるなかでの課題、新しい子育て支援について、流山市マーケティング課河尻和佳子さんに伺いました。
「当時全国に先駆け開設した駅前保育送迎ステーションは、現在も稼働しています。2022年3月の利用児童は131名。『通勤前後に子どもを送り出せて時短になる』と保護者に好評ですが、実は徐々に利用者は減っています。理由は保育園の定員が入園を希望する児童数に追いついてきたためです。駅前保育送迎ステーションはもともと家の近くの保育園に預けられず、離れた園に空きはあっても待機児童になってしまうのを解消する目的ではじめた施策なので、保育園数が増えて利用者が減ることは目標に近づいていると言えます」(河尻さん)

駅前保育送迎ステーション。おおたかの森駅前、南流山駅前で児童を預けられる。通勤に使う駅で送り迎えができるので、通勤している共働き世帯に好評のサービスだ(画像提供/流山市役所)
保育園数は、10年余で5倍になり、定員も4倍強に増加。大規模な共同住宅等を建設する場合、事業者に保育所の設置を要請しています。今後、子どもたちが通うための小学校の新設も予定されているそうです。
流山市がさまざまな子育て支援策を打ち出し始めたのは、井崎義治市長が就任した2003年以降。流山市では今後住民の高齢化が進行し、将来、市の財政が厳しくなるリスクがありました。そこで、共働きが多い若い世代への子育て環境の整備を行い、移住者を呼び込み、少子高齢社会を支えようと考えたのです。全国初のマーケティング課を市役所に創設し、首都圏の子育て世代をターゲットにインターネット等でプロモーション活動をしたところ、「自分に語り掛けてくるようだ」と30代~40代の子育て世代から予想以上の反響がありました。
「流山市の人口は、10年間で約3.8万人増えています。年齢別人口でみると35~39歳代の人口が伸びており、その多くが首都圏からの移住者です。4歳以下の子どもの数も増え、合計特殊出生率は1.55。人口増加はつくばエクスプレス開業の効果もありますが、子育て施策が注目され、メディアでの露出が増え、知名度やイメージが向上したことも大きいと感じています」(河尻さん)
オンラインコミュニティNの研究室や女性創業支援で、自己実現をバックアップ移住してきた子育て世代が街に定着している流山市では、今後、どのような支援が求められていくのでしょうか。
「日本の人口が減り続けるなかで、流山市の人口増加は2027年がピークと推計しています。今後も魅力ある街として共働きの子育て世代に選ばれるには、子育て環境の整備だけでは足りません。『子育てしながら、なりたい自分になれるまち』を目指し、そのきっかけの場づくりなどをしていきます」(河尻さん)
商工振興課では、女性の創業・起業支援として創業スクールを開講。100人以上に及ぶ卒業生の中には、創業のほか、NPO団体や街のコミュニティを立ち上げる人もいます。民間のシェアサテライトオフィスTrist(トリスト)は、都内に通勤していた子育て女性によって「地元でスキルを活かした仕事をしたい女性を応援する」ために設立されました。現在は、市内2拠点でリモートワークの場として、企業と一緒に復職プログラムを開発したり、利用者同士のコミュニティもつくられています。

講師を迎えて開講される創業スクールの授業風景(画像提供/流山市役所)

2022年度の募集パンフレット。募集を開始すると2日で定員が埋まる盛況ぶり(画像提供/流山市役所)
さらに市民の「やってみたい」を形にするため、2022年1月末から、市民のためのオンラインコミュニティ「Nの研究室」が開設されました。
「アイデアの提案や仲間探しの場になればと企画しました。コメント欄では、2カ月で80人強の市民が参加し活発な意見交換が行われています。『虫が苦手なママのための昆虫教室』や『市内の名所で家族写真を撮るサービス』などの発案がプロジェクト化に向け進行しています」(河尻さん)

当初否定的なコメントが増える可能性を案じていたが、熱い議論が交わされ「面白そう」と市外から参加する人も(画像提供/流山市役所)
実際に、流山市に移住し、子育てをしている田中さん(専業主婦・30代)に、流山市の住み心地を取材しました。田中さんが夫と共に約3年間暮らしたアメリカ・ニューヨークから、里帰り出産のため愛知県の実家に戻ったのが2020年の1月ごろ。出産を経て6月に流山市へ引越し、1か月後に帰国した夫と家族3人で暮らしています。流山市へ移住した理由は、都心に出やすく、夫の通勤に便利なこと、徒歩圏内に商業施設や公園がたくさんあることが決め手でした。
「児童センターや支援センターを積極的に活用しています。月ごとにさまざまなイベントがあり、子どもは喜んで通っています。最新の子育て情報を知ることができるLINE配信も便利です」(田中さん)

コミュニティのイベントで娘を遊ばせる田中さん。「まわりのお母さんたちが子どもの成長を一緒に見届けてくれることがうれしい」と話す(画像提供/田中さん)
田中さんは、NY mom’sナガレヤママムズという3歳以下の子どもをもつ母が参加できるコミュニティの3期目の運営に携わりました。昨年度の流山マムズ参加人数は、約90名。活動内容は、Facebookでの情報交換、月に一度の交流会、季節のイベント、月に数回少人数で集まる会、部活動(英語部、絵本部、ダンス部、ホームパーティー部などです。流山市に移住して間もない母親の加入が多く、情報交換の場になっているそうです。
田中さんの流山市の子育て支援についての満足度は、10点満点中8点。
「流山市は新しい保育園がたくさんでき、駅前保育送迎ステーションなど働くお母さんのための選択肢がたくさんあるのが良いですね。私は専業主婦なので、幼稚園ももっと充実させていただけたらうれしいなと思います」(田中さん)
自己実現の満足度を訪ねると、「料理が苦手なので8点くらいですが、10点を目指しています!」と明るく答えてくれました。
所得制限なく5つの無料化を続ける明石市。すべての子育て世代に支援を
明石城跡につくられた明石公園では、週末にマルシェが催されることも(画像提供/明石市役所)
面積約50平方kmの兵庫県明石市は、目の前に明石海峡や淡路島を望む、海に面した街です。明石市では、2011年の泉房穂市長就任以降、「子どもを核としたまちづくり」を掲げてきました。「住みたい街ランキング2022関西版」では、夫婦+子育て世帯を対象にしたランキングで明石市として10位、明石駅は過去最高の7位。兵庫県民ランキングにおいては、初のベスト5入りと支持を集めました。明石市の子育て支援について、明石市役所に取材しました。
明石市の無料化施策の特徴は、現金を配るのではなく、サービスを提供すること。しっかり子どもに支援を届けていくために、今すでに発生している公共サービスを無料にしています。例えば、『おむつ定期便』では、経済的負担の軽減に加え、毎月支援員が家庭を訪問することで必要な支援につなげています。さらに、親の所得に関わらず、すべての子どもたちにサービスを届けるため、5つの無料化はすべて所得制限なしで提供されています。
【明石市独自である子育て支援の5つの無料化】※すべて所得制限、自己負担なし
1. こども医療費
2013 年より、中学3年生までの医療費を無料化。さらに 2021年に対象を高校 3 年生まで拡大
2. 中学校給食費
すべての市立中学校で提供している給食を、2020 年から無償化
3. 保育料
2016年から、第2子以降の保育料の完全無料化
4. 公共施設の入場料
天文科学館(市内外問わず高校生以下)、明石海浜プール(市内在住・在学の小学生以下)など
5. おむつ定期便
2020年より、子育て経験がある見守り支援員(配達員)が、0 歳児の赤ちゃんがいる家庭に紙おむつなどを直接お届け

おむつ定期便では、おむつを渡すだけでなく、子育て経験のある支援員が相談にのってくれる(画像提供/明石市役所)

市内に5カ所あるあかし子育て支援センターでは、就学前の子どもが入り混じって遊ぶ(画像提供/明石市役所)

ボールプールや滑り台、読み聞かせのできる図書コーナーもある(画像提供/明石市役所)
長年子育て支援を継続した結果、定住人口は9年連続で増加し、2020年の国勢調査で30万人を超え過去最高に。25~39歳の子育て層が増加しており、0~4歳人口も増えています。合計特殊出生率は、2020年統計時に1.7に上昇しました。人口が増えるとともに、明石駅の公共施設がさらに充実し、商業施設、商店街ににぎわいが生まれ、市外からも人が集まるように。交流人口が増加し、商業地地価も毎年上昇しています。

明石駅前。大規模商業施設だけでなく、近くに公共施設や商店街がある(画像提供/明石市役所)

明石駅前。大規模商業施設だけでなく、近くに公共施設や商店街がある(画像提供/明石市役所)
人口が増加してからも、次々と新しい子育てサービスを実施。2020年9月に市内全公立幼稚園で給食をスタート(副食費は無料)したり、離婚前後の子どもを支援したり、さまざまな施策を行っています。離婚前後の養育支援では、面会交流のコーディネートのほか、2020年7月~2021年3月に、養育費の不払いがあった際、市が支払い義務者に働きかけを行い、不払いが続く場合に1か月分(上限5万円)の立て替えを行いました。「子どもに会えて成長を確認できてうれしい」「養育費がちゃんと支払われるようになった」と利用者から感謝の声が寄せられたそうです。
すべての子どもをまちのみんなで応援することが、まちの未来をつくる明石市では、全小学校区に子ども食堂を配置していますが、運営団体は、まちづくり協議会や民生児童委員協議会、地区社会福祉協議会、ボランティア団体など住民主体の活動です。2020年度の子どもの利用者は、3916名でした。

食材は、地産地消にこだわり、管理栄養士によるバランスのとれた食事を提供したり、団体によって様々な工夫をしている(画像提供/明石市役所)

小学校内や公民館、民間施設などで実施され、ボランティアによって運営されている(画像提供/明石市役所)
また、街づくりの一環としてはじまった「本のまちづくり」は、子どもたちのこころの豊かさを育むことにつながっています。2017年に、子育て施設などが入る明石駅前ビルに移設オープンした、あかし市民図書館を中心に、「いつでも、どこでも、だれでも手を伸ばせば本に届くまち」を掲げ、さまざまな取り組みを行っています。
2017年からは、4か月児健診時に絵本2冊と読み聞かせ体験をプレゼントする『ブックスタート』、2018年から、3歳6か月児健診時に絵本1冊のプレゼントと読み聞かせのアドバイスを行う『ブックセカンド』を開始しました。2020 年の 4 月~5 月に未就学児を対象に実施した『絵本の宅配便』では、コロナ禍で外出自粛を余儀なくされた子どもと保護者がいつもと変わらず楽しい時間を過ごせるよう、絵本を各家庭まで配送。利用者には大変喜ばれ、多くのお礼のお手紙が図書館に寄せられたそうです。こうした取り組みが評価され、「Library of the Year2021」において、あかし市民図書館が優秀賞とオーディエンス賞をダブル受賞しました。

移動図書館車の「めぐりん」で本を選ぶ子どもたち。大小2台の移動図書館車が市内を巡回して本を届け、子どもが本に接する機会を市がたくさん提供している(画像提供/明石市役所)
すべての子どもを街のみんなで支えるという、明石市が進める子どもを核とした街づくり。無償化するだけでなく、子ども食堂での見守りや面会交流支援など、寄り添う支援を行うことで、安心して子育てができる環境をつくっていると感じました。
それぞれ独自のサービスで支持を集めている流山市と明石市。ふたつの街づくりで共通するのは、子育て世代のニーズに応えられるように、常に変わり続けていること、子どもと一緒に自分の未来が描けることでした。
●取材協力
・流山市役所
・明石市役所
所在地:台東区北上野
所在地:杉並区西荻北
所在地:中野区東中野
所在地:杉並区高井戸西3-15-22
所在地:世田谷区赤堤月に一度、満月の日にだけオープンする店がある。そう聞いたのは一年ほど前のことだ。運営するのは鈴木智子さん。ご主人の康人さんとともにomotoという名のユニットを組み、鉄と布を素材とする生活道具を製作して展示を行う布作家である。私自身、2人とは数年前に知り合い、度々お会いしてきた。その智子さんが2年ほど前から、いわき市の自宅を月に一度開放して生活用品のお店を開いているという。この日だけごく普通の民家の前にコーヒースタンドが立ち、まるで小さなマルシェが出現したかのようになる。それにしてもなぜお店を?しかも満月の日に。そんな話を伺うために、いわきを訪れた。

(写真撮影/白石ちか(シロヤマ写真館))
満月の日にだけ開く小さなお店に、女性たちが次々とJRいわき駅から歩くこと約20分。周囲には大型スーパーやチェーン店が立ち並ぶ都市郊外の風景が続く。初めて訪れると「この近くにそんなお店が……?」と不安になるが、大通りから一歩奥まった位置に「生活直売店」の看板が見える。家の前にはテーブルが置かれ、コーヒースタンドも。そこだけ小さなマーケットのような空間が広がっている。
この家は、普段は智子さんと康人さん夫妻の住まいで、2人がつくる包丁やナイフなどの鍛冶道具や、布小物、衣服を製作するアトリエでもある。2人はomotoの名で全国のセレクトショップやクラフトマーケットなどに出展し作家活動を行っている。
その自宅兼アトリエが、月に一日だけ満月の日に「生活直売店」として様がわりする。
玄関入ってすぐ脇の棚には味噌や醤油などの調味料や食品。普段は作業場として使っている左手の部屋には食品や小物が陳列され、美味しそうな焼菓子やパンが並ぶショーケースも。奥の居間には衣服や雑貨などが販売されている。いずれも智子さん自身がセレクトした品で、「普段うちで使っているものか、使ってみて気に入ったもの」だという。もちろんomotoの品も置いてある。

(写真撮影/白石ちか(シロヤマ写真館))
いわき市内のお客さんもいれば、県外からわざわざ訪れる人も少なくない。月に一度、この日しか開いていない小さなお店に、次々に洗練された格好の女性が入ってくるのに驚いた。みな満月の日を把握しているのだろうか? そう疑問に思ったが、omotoのインスタグラムを見て訪れる人が多いのだそうだ。
数カ月ぶりに会う智子さんは、とても元気そうに見えた。

omotoの2人、鈴木康人さんと智子さん(写真撮影/白石ちか(シロヤマ写真館))
日常的な場で、大切な人たちに会えるように智子さんが「生活直売店」を初めてオープンしたのは、コロナ禍が本格化した2020年のことだ。なぜお店を始めたのだろう。そう問うと、こんな話をしてくれた。
「近所によく通っていた自然食品店があったんですが、その店の女性が亡くなって会えなくなったのが一つのきっかけでした。お店の娘さんだったんですが、年齢も近くて、お店に行くたびに話をして。一言か二言他愛ない話をするだけですが、時々深い話になることもあって。とても気の合う人だったんです。彼女の顔を見に行くようなところもあって、いつもその店で買い物して毎回元気をもらっていました」
女性はしばらく入院していたのだが、コロナ禍でお見舞いに行くことも叶わなかった。
「会いたい人に会えずにいるうちに、会えなくなってしまう。そんなことが本当に起こるんだなって」
コロナ禍で、私たちは嫌というほどそのことを教えられた。
さらに、日常の些細なやり取りに人はどれほど励まされ、元気をもらっているのか。気付くきっかけにもなった。
「だから定期的に会いたい人たちに会える機会をつくれたらいいなと思ったんです。買い物の場なら、日常的に周囲の人たちに会うことができる。彼女がやっていたようなお店なら友達も来れるし、全然知らない人と出会う可能性も広がると思ったんです」

(写真撮影/白石ちか(シロヤマ写真館))
実はお店を始める一年ほど前まで、鈴木夫妻は月に一度、やはり満月の夜に「満月講」という会を開いていた。この時は主にいわきの友人知人が一人一品、料理を持ち寄って楽しむ会で、メンバーは知り合い限定の親密な場だった。
満月の日なら、月によって休日にも平日にもなる。休日の異なる参加者全員に平等な日の選び方だったという。だが2019年秋の台風19号による水害で、休止を余儀なくされる。
「川の水が氾濫して約1.8メートルまで浸水したんです。いわき市の一部が水没して、うちも目の前まで水がきました。それでしばらく満月講をお休みにしていたら、翌年コロナが始まってそのまま再開できずで」
コロナ禍で、人と会う機会はぐっと減った。この期間、誰にも会えず不安を抱いた人は多かったのではないだろうか。静まり返ったまちを歩いて気付いたのは、たとえそれが見知らぬ誰かであっても、笑い声や話し声を耳にして得られる活力があるのだということ。誰にも会えない間、静かに心が蝕まれていくような、元気が失われていく感覚があった。

お店が開く日のみ、こうした看板が立てられる。室内の案内図(写真撮影/白石ちか(シロヤマ写真館))
友人のおすすめ品を買える、小さな生協そうして智子さんが始めた「生活直売店」では、その名のとおり、日用品や食品、衣服など日常生活で使う品を扱っている。お客さんにとって嬉しいのは、一般的なスーパーでは取り扱っていないような品も手に入ること。智子さんが実際に愛用している品が多いため、味噌も醤油も一種と種類は少ないが、乾物から下着まで品数は豊富。それも友人のおすすめを買えるといった安心感がある。
智子さん自身、2011年の東日本大震災以降、食べるものには気を遣ってきた。調味料や食材などできるだけ天然素材や無添加のもので美味しいものを選ぶ。衣類や生活雑貨も一度は使ってみたもの。日持ちのしない食品などは仕入れ前に事前予約を受け付ける。ちょっとした生協のようだ。
例えば、「これまでに出合ったなかで一番しっくりきた」と智子さんがお勧めしてくれたのが兵庫県の「薪火野」というベーカリーのパン。お客さんにも人気。中でも「パンデピス」は香辛料によるスパイシーな風味と蜂蜜の甘さがじんわり感じられる保存性に優れたパン菓子で、しっかりした硬さの生地と奥深い味で美味しい。そこらのパンとは違うぞという風格と味わいがあった。残念ながらパンデビスは今は新しいパンに変わっているが、スコーンやカンパーニュなどもあり、それぞれが限定品なので、予約する人も多い。

「薪火野」の「パンペイサージュ」(写真撮影/白石ちか(シロヤマ写真館))
家の前のコーヒースタンドでは、毎回違う出店者がコーヒーやドリンク、サンドイッチなどの軽食をふるまう。規模は小さくても小さなマルシェのようで、お客さんが都度新しさを感じられる工夫がされている。
「いわきの人たちって新しいもの好きなんです。目新しいものに探究心があるというか。なのでいつも用意する定番品と、その月にしかない新しい企画や展示をするスタイルがいいかなと思って。飲食も違う出店者に出てもらえば、毎回違う味のコーヒーを飲めてお客さんの楽しみにもなりますし」

(写真撮影/白石ちか(シロヤマ写真館))

もともと鈴木夫妻の家は古い家具や生活道具が並ぶしっとりした内装で、落ち着いた雰囲気(写真撮影/白石ちか(シロヤマ写真館))
オンラインとは違った買い物を智子さんと話している間にも、お客さんが次々に訪れる。
「こんにちは~」「ちょっと見ていいですか?」「どうぞ~」「もう一つ腕抜き買っちゃった」「ありがとうございます!」そんな言葉が交わされて、智子さんは心から嬉しそうな顔をしている。お客さんの中には常連さんも少しずつ増えている。
「コロナでどこにも行けなくなって、オンラインで買い物する機会が増えましたよね。でも店頭販売にはモノを売り買いするだけじゃない良さがあると思うんです。写真と実物を見るのとでは全然違うし、モノの見方や使い方を知ったり。そんな買い物ができる場所をつくりたいと思ったのも、お店を始めた理由の一つかもしれません」
もともとomotoの2人が刃物や衣服を製作する上で大事にしてきたのも「一生使える品」であること。対面で説明して気に入って買ってもらえたら、その後メンテナンスも請け負う。お客さんにはモノと長く付き合ってほしい。自分たちも長く付き合うつもりで品物を売っている。そんなスタンスでものづくりを行ってきた。

鍛冶職人の康人さんがつくるデザイン性のある包丁。その布カバーを智子さんがつくる(写真撮影/白石ちか(シロヤマ写真館))

智子さんが手がけるomotoの衣服。染めも行っている(写真撮影/白石ちか(シロヤマ写真館))
お客さんもスタッフもそんな成り立ちの店だからか、生活直売店は買い物の場としてだけでなく、集まった人たちの束の間の憩いの場になる。
店は毎回お昼12時ごろにオープンして閉店は19時。昨年夏に訪れたときは、夕暮れ時になると、どこからともなく店の前に人が集まってきて、ベンチに腰かけて夕涼みしながら話が弾んだ。康人さんがもぎたてのキュウリをお皿に山盛り出してくれて、スタッフもお客さんも一緒になってみんなでかじった。蚊取り線香の匂い。夏休みの夜のような、懐かしく穏やかな空気が心地よかった。
昔はこんな夕涼みの光景があちこちにあったのだろう。今はそうした暮らしからどれだけ遠く離れてしまったのかと思う。

お客さんは、ご近所さんや県外からの方も。常連さんも多い(写真撮影/白石ちか(シロヤマ写真館))
いま智子さんの知り合いの女性たちが数名入れ替わり立ち替わり、スタッフとして店を手伝ってくれている。それもお金を稼ぐためというより、友達の延長上で手伝いをしながら買い物客との交流を楽しんでいる。そんな風に見えた。
カメラマンで、普段omotoの活動写真を撮っている白石ちか(シロヤマ写真館)さんも、生活直売店の時は度々お手伝いをしている。
「お客さんと話すのもすごく楽しいんです。感覚を共有できるようないいお客さんばっかりなので。ほかのお店で展示会が減っていることもあって、月に一回ここで知人に会えるのは本当に嬉しい」
手伝って得たバイト代を、この生活直売店で買い物するのに使うと言うスタッフもいた。楽しく働いたお金でいい品物も手に入る。お客さんが少ない日もあるだろうけれど、omotoの2人と顔を合わせて楽しく時間を過ごせればそれで十分なのかもしれない。
私自身、智子さんや康人さんに会いに出かけて、話して帰ってくるとそれだけでいつも元気をもらう。そこに直売店のようなきっかけがあると、遠方からでも出かける後押しになる。

(写真撮影/白石ちか(シロヤマ写真館))
「私はお店を始めてから積極的に外に出るより、できるだけここに居て来てくれる方たちを迎え入れたいなと思うようになりました。外に出ることも自分にとって大事ではあるけれど、ここを充実させる方に気持ちが強くなっています」(智子さん)
智子さんは将来、お店を常設にすることも考え始めている。これから先、どういった形になるかはわからないけれど、この店が身近な人たちとの大切な接点であることは変わらないだろう。そしてその入口は、まちに開かれ、少しずつ広がっている。
お客さんにとっても、こうした小さくても信頼できる店が生活圏内にあることは心強い。店はいまも昔も、そこに集まる人たち同士が心を通わせ合える貴重な場所になるからだ。

(写真撮影/白石ちか(シロヤマ写真館))
●取材協力
omoto「生活直売店」
所在地:杉並区高井戸東
所在地:渋谷区神宮前
所在地:新宿区内藤町リクルートは北海道に居住している人を対象に実施した「SUUMO住民実感調査2022 北海道版」を発表。札幌市内の駅を対象に実施された2022年「住み続けたい駅ランキング札幌版」の結果と併せて見ていこう。
「住み続けたい街(自治体)」と居住者が評価するポイントは?「SUUMO住民実感調査2022 北海道版」は道内居住者に、“その街に住み続けたいかどうか”を聞いたアンケートをもとにした街ランキング。リクルートが例年発表している「住みたい街ランキング」とは異なるランキングだ。
今回の調査は、住んでみたいと憧れる街などではなく、すでにその街に住んでいる人が、今後も継続して住みたいとその街を評価するかどうかがポイントとなる。つまり、居住者の実感値が大きく反映された街ランキングといえるだろう。

住み続けたい自治体ランキングの1位は「札幌市中央区」。そのほか、TOP20には、札幌市の全ての区がランクインする一方、3位「河東郡音更町」や6位「上川郡東神楽町」、10位「中川郡幕別町」、17位「河西郡芽室町」、18位「新冠郡新冠町」など、道内各地の“町”も多数ランクイン。
また、北海道ボールパークFビレッジの開業を控える「北広島市」は13位、札幌へも新千歳空港へもアクセスの良い「恵庭市」は19位に入ったほか、北海道新幹線の終点、新函館北斗駅のある「北斗市」は16位。道外からも広く観光客が訪れる「帯広市」や「函館市」はそれぞれ11位、13位という結果となった。
住み続けたい街として上位に選ばれた顔ぶれを見ていると、便利でにぎわいのあるエリアが多数ランクインしているのはもちろんだが、1位「札幌市中央区」、2位「札幌市厚別区」、5位「札幌市豊平区」、13位「北広島市」など、大規模な再開発が行われ、今後の街の姿に期待が高まるような街も支持を集めている。また、ランクインした郊外の街については空港へのアクセスや車移動がしやすく、観光資源も豊富な街が多い。
札幌市内およびその近郊都市の居住者が住み続けたいと評価するポイントとしては、電車やバスなどの利便性や買い物施設の充実、街のにぎわい、今後の街の発展性などが挙げられるが、札幌から離れた郊外の自治体に住む人にとっては、それらの項目よりも、自治体のサービスや生活にかかるコスト、子育て環境などが評価される傾向があるようだ。
それでは、ランキング上位のそれぞれの街について詳しく見ていこう。
「住み続けたい自治体」1位は札幌市中央区、2位は札幌市厚別区、3位は河東郡音更町今回1位にランクインした「札幌市中央区」は、周知の通り、交通面でも生活面でも抜群の利便性があり、魅力的なスポットも豊富。都心ながら大通公園や円山公園など、豊かな緑も身近に感じられる街だ。住民も街の魅力として、「文化・娯楽施設が充実している」「いろいろな場所に電車・バスで行きやすい」「街にぎわいがある」などの項目を上位に挙げている。

札幌駅(写真/PIXTA)
さらに、道内最大のターミナル駅である札幌駅が位置する同区は、北海道新幹線の延伸や札幌オリンピック誘致などを控え、区内では続々と大規模な再開発計画が進められている。今後2030年に向けて札幌駅は南口周辺が再開発で大きく生まれ変わる予定だ。
2位の「札幌市厚別区」は札幌市内の中では郊外の住宅エリアとしてのイメージが強いが、交通利便性も高い街。新札幌副都心にはJR「新札幌」駅、地下鉄東西線「新さっぽろ」駅のほか、バスターミナルもあり、市内各地のほか、新千歳空港へのアクセスもスムーズだ。また、幹線道路や高速道路が近く、車移動もしやすい。
また、今回のランキングでは総合ランキングのほかにも、街の魅力項目別のランキングも集計しているが、札幌市厚別区は「ショッピングモールやデパートなどの大規模商業施設がある」という魅力項目のランキングでは、札幌市中央区や、市内最大級のショッピングセンターであるアリオ札幌が立地する札幌市東区を押さえ、1位にランクイン。新さっぽろ駅周辺は複数の大型商業施設が集積しており、今後も再開発により新たな商業施設やホテルなどが誕生予定で、さらににぎわいのある街へと進化していきそうだ。

総合ランキング3位の「河東郡音更町」は十勝平野のほぼ中央に位置する自治体で、JR帯広駅から市街地まで車で約15分。とかち帯広空港も車で約50分と、車や鉄道で道内各地へ移動しやすいことに加え、飛行機で本州へのアクセスも良好だ。
道内の町村の中では最多の人口を誇る音更町では農業や酪農が盛んで、地元の食材は地域の小中学校の給食にも使われている。また、観光スポットとしても広く知られるモール温泉が湧き出す十勝川温泉があり、足まわりの良さに加え、大自然の恵みを日常的に享受できる点も住む人にとっては大きな魅力だ。

十勝川温泉付近(写真/PIXTA)
今回のアンケートでは、「車での移動が便利」という点に加え、「ゴミ収集に関する自治体サービスが充実している」「物価が安い」などの項目も居住者からは高く評価されており、都心部とは一味違う住み心地の良さを感じられる街だといえそうだ。
「子育てに関する自治体サービスが充実している自治体ランキング」1位は白糠郡白糠町今回の調査では、街の魅力項目別のランキングも集計したと前述したが、子育て世代が住まい選びをする際に気になる、子育てに関する自治体サービスについてのランキングも紹介しよう。

1位にランクインした、道東、釧路市の西隣に位置する「白糠郡白糠町」は“子育て応援日本一の町”を掲げ、子育て世代に手厚い経済的な支援を行う自治体。町内の太陽光発電施設による収入を財源として、出産祝い金の支給、18歳までの医療費・保育料・学校給食費の無料化、新入学児童・生徒入学支援金の支給などを行っている。
次に、旭川空港が立地する2位「上川郡東神楽町」は総合ランキングでも6位にランクイン。アンケートで居住者が街の魅力の上位に挙げた項目を順に見てみると、「公共料金が安い」「治安が良い」「車での移動が便利」「住居費が安い」「物価が安い」などが挙げられ、それに続いて「子育てに関する自治体サービスが充実している」という項目が挙げられている。これらの評価ポイントからは、暮らしにかかわる経済的な負担が比較的軽いと感じている居住者が多いということがうかがえるのではないだろうか。道内で5番目に面積が小さい自治体ながら、人口に占める子どもの割合が比較的高いというのも納得だ。
3位の「北斗市」は函館市に隣接し、北海道の中では雪が少なく温暖な地域。新幹線最北端の駅である新函館北斗駅を有し、陸の玄関口ともいえる街だ。育児支援制度にも力を入れており、高校卒業までの医療費無料制度や市内小・中学生の給食費軽減制度などの経済的支援を行っている。また、保育所、幼稚園、認定こども園、放課後児童クラブなどの施設の数も充実しており、働き盛りの子育て世代も暮らしやすい環境が整っているようだ。
2022年「住み続けたい駅ランキング札幌版」では、札幌市電の駅が多数ランクイン最後に、札幌市内に限定した「住み続けたい駅ランキング」を紹介したい。

ここまで見てきた北海道全域の住み続けたい自治体ランキングは今回初めて集計されたものだが、札幌市内に限定した住み続けたい駅ランキングは2020年にもリクルートは発表している。
前回のランキングでは、上位10駅は全て札幌市中央区という結果だったが、今回のランキングでも上位の駅のほとんどが札幌市中央区に位置し、上位20位の内9駅が札幌市電の駅という結果となった。

札幌市電(写真/PIXTA)
札幌市中央区の駅が軒並みランクインする中、それ以外のエリアから上位に入ったのは札幌市西区に位置する6位と15位の「琴似」(6位がJR函館本線、15位が地下鉄東西線)と、札幌市厚別区に位置する14位の「新札幌」(JR千歳線)だ。
JR「琴似」駅は札幌駅まで快速で1駅。駅周辺は計画的な整備が進められ、商業施設をはじめ、公共施設や医療施設、金融機関など、生活に必要なさまざまな施設がそろう。居住者が評価する項目の最上位には「利用しやすい商店街がある」が挙げられているが、JRと東西線の駅間に位置する琴似栄町通は西区随一の繁華街としても知られており、特にこの買い物利便性の高さが、街への評価へとつながっているようだ。

JR琴似駅(写真/PIXTA)
また、閑静な住宅地として知名度の高い円山公園を押さえ、今回1位にランクインしたのは「西線14条」(札幌市電)。前回ランキングの集計結果5位からの大幅ランクアップだ。居住者の評価する項目としては「街の住民がその街のことを好きそう」「人からうらやましがられそう」「歩ける範囲で日常のものはひととおりそろう」などが挙げられているが、大きな繁華街などはないエリアながら、ドラッグストアやスーパーなどの買い物施設は十分にそろい、落ち着いた生活を送ることができる住環境への満足度の高さがうかがえる結果となった。
今回のランキングでは、北海道版、札幌版共に札幌都心部が強く支持される結果となった印象もあるが、項目別ランキングなどを見てみると、街の大小にかかわらず、実にさまざまな街がランクインしているのは興味深い。住み続けたいと思う街に求めるものは人それぞれだと思うが、住んでいる人の実感値を反映したこのランキングは、住みやすさとは何かを考えるヒントにもなりそうだ。
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SUUMO住民実感調査2022 北海道版
所在地:東京都目黒区自由が丘
所在地:港区北青山
所在地:渋谷区渋谷
所在地:渋谷区東
所在地:埼玉県越谷市蒲生茜町一級建築士・管理建築士の伯耆原洋太(ほうきばら・ようた)さんは今、新しい住まいと暮らしのスタイルを模索している。大手ゼネコンの設計部に勤め、今春独立した伯耆原さんは、2019年に中古マンションを購入。自らリノベーションを施し、そこに暮らした後で売却した。リノベーションによる付加価値がついたことで、購入時を上回る価格で売れたという。そして、現在はその売却益を原資に次の家を購入し、再びリノベーションにとりかかっている。つまり、「家を買う」→「自らリノベ」→「一定期間住む」→「売却」というサイクルを実践しているのだ。
「ライフスタイルや家族構成の変化で住みたい家は変わる。それなら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいい」と語る伯耆原さん。詳しくお話を伺った。
「自分がデザインした」と言えるものをつくりたかった――まず、伯耆原さんのご経歴からお伺いします。もともとは大手のゼネコンにいらっしゃったと。
伯耆原:早稲田大学で建築を学んだ後、「竹中工務店」の設計部に就職しました。入社後は10万平米を超えるオフィスのビッグプロジェクトに配属されました。当時、会社内では一番大きなプロジェクトだったと思います。4年ほど携わっていましたが、竣工目前で次のプロジェクトへ異動が命じられまして。しかも、今度はさらに大きなプロジェクトでした……。

設計士・伯耆原洋太さん(写真撮影/小野奈那子)
――さらに大きな案件に携われるのは良いことのようにも思いますが。
伯耆原:もちろん誇らしいことですし、自分一人ではとても関われないようなプロジェクトなので、貴重な経験だとは思います。ただ、入社当初は中小規模のプロジェクトにもっと濃密に携わりたかった。ビッグプロジェクトになればなるほど関わる人間も多いため、「ここは僕がデザインした!」と言うのは難しい。僕は自己表現の欲が強いので(笑)、そこに対しては葛藤がありましたね。
――自邸をつくることになったのも、その思いが関係しているのでしょうか?
伯耆原:そうですね。会社の仕事って、良い意味でも悪い意味でも、いち社員が責任を負い切れないじゃないですか。だから30歳が近くなった時に、個人として挑戦したいなと考えるようになりました。そして「自分のデザインを、自分の全責任においてつくりたい」と強く思うようになったんです。
とはいえ、個人としての実績がない僕にいきなりクライアントが現れるわけはありません。そこで、プロジェクトを自分で仕込み、クライアントは自分、デザインも自分という座組みで自邸をつくることにしました。
――その時にはすでに、一定期間住んでから売却することを考えていたのでしょうか?
伯耆原:ぼんやりと、「自邸は一生に一つじゃなくてもいいんじゃないか」とは考えていました。ライフスタイルや家族構成が変わることで、いま住みたい家と10年後・20年後に住みたい家はまるで違うものになるのは言うまでありません。だったら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいいのではないかと。そこで、買った家を自分でリノベーションし、一定期間暮らしたあとに売却して、また次の家へ、というビジョンが浮かびました。
自邸=自分をプレゼンできるショールーム――そこから、会社に所属しつつ自邸のプロジェクトをスタートさせたと。まずは物件選びについて教えてください。
伯耆原:物件については、最低限の不動産価値があることは大前提でした。というのも、どんなに素敵なリノベーションができても、不動産としての価値はエリアや駅までの所要時間、築年数、坪単価などが大きく物をいいます。売却を前提として考えると、その空間に住みたいと思ってもらえるような「デザイン」と物件自体の「不動産価値」の2つがそろっていなければ、このスキームは成り立たないだろうと。
あとは、当時の自分の生活スタイルや仕事のことを考えて、希望は「都心の60平米くらいの中古マンション」。予算に合う物件をひたすら探しました。
――物件はすぐに見つかりましたか?
伯耆原:それが、けっこう苦戦しましたね。当時は毎日のようにSUUMOと睨めっこし、内覧を重ねる日々でした。そこで気づいたのは、完璧な物件など存在しないということ。だから、「ここだけは譲れない」という要素を決めておいて、マイナス要素だけど目をつむれる範囲を決めておくことが大事なのだと思います。
僕の場合、最終的には世田谷区の中古マンションを購入しました。
――どんなところが気に入りましたか?
伯耆原:リノベーションでは変えられない部分に重きを置いて選びました。その1つが天井の高さ。日本の中古マンションは2400mm前後が多いのですが、ここは天井高が2700mmもあります。これだけあれば、全てのプロポーションが全く違って見えてくるんですよ。あとは吹き抜け、螺旋階段、ルーフバルコニーという幼いころからの憧れだった要素が備わっていたことも大きかったですね。

購入した三宿エリアの中古マンション(リノベーション前)。築年数は17年でJRと東京メトロの駅まで徒歩10分圏内。また、60平米弱で当時の住宅ローン控除が適用されたそう(写真提供:伯耆原洋太)
――購入時点でリノベーションのプランはある程度固まっていましたか?
伯耆原:どんなデザインにするかまでは固まっていませんでしたが、テーマとしては「30歳の子どものいない夫婦」の住む家をイメージしていました。いわゆるDINKSだからこそ、挑戦できる空間にしたいなと。最大の気積(床面積×高さ)として豊かに空間を感じられることを重要視しました。

(写真撮影/小野奈那子)
伯耆原:また、これは自邸であると同時に、建築家としての自分を売り込むためのショールームでもあると考えていました。当時はゼネコンに所属していましたが、いつまで会社に必要としてもらえるかは分かりません。そのなかで、今後のキャリアを考えて個人名を知ってもらう意味でも、建築的・空間的に魅力的なものをつくろうと思っていましたね。
――どれくらいの期間をかけて設計されましたか?
伯耆原:会社の仕事と同時並行なので、約4カ月かかりましたね。なお、この物件はそこまで古くなかったこともあり風呂・トイレ・キッチンは変えず、リビングのみを施工しています。

リノベーション風景。工事施工費は500万程度に抑えたそう(写真提供:伯耆原洋太)
―――ちなみに、仕事ではオフィスビルを設計していたということですが、マンションのリノベーションは未経験でしたか?
伯耆原:そうですね。オフィスビルの設計と住宅リノベーションとでは当然ながら勝手が違います。使う素材や規模感もまるで異なるため、けっこうな挑戦でした。ただ、それだけにワクワクしましたね。特に、職人さんとダイレクトにやり取りできるのは会社で中々経験できないので、すごく楽しかったですよ。

購入から約半年で完成。寝室とも2枚のカーテンで仕切り、デスクは昇降式(写真提供:伯耆原洋太)
思った以上の反響が自信に――そして、いよいよ“自邸兼ショールーム”が完成するわけですが、ゆくゆくは売却する予定とはいえ、しばらくは住むつもりだったわけですよね?
伯耆原:60平米弱なので子どもが小学生になるころには手狭になるだろうと考えていましたが、実際はわずか1年で売却することになりましたね。
――早い! なぜですか?
伯耆原:一番の要因はコロナ禍でリモートワークに切り替わり、ライフスタイルがだれも想像しなかったくらい劇的に変化したことです。物件を購入したのはコロナ前でしたが、住み始めたのは2020年の春。ちょうど1回目の緊急事態宣言の真っ只中でした。夫婦ともにリモートワークになって、同時にテレビ会議に入ってしまうと音が聞き取りづらかったんです。間仕切りを増やす等、正直工夫はいくらでもできましたが、ワンルームのコンセプトを中途半端に変えたくなかったのと、もう一回、自分の作品をつくりたいという想いが強くなり、売却を考えました。

一人で在宅時はルーフバルコニーで仕事することも(写真提供:伯耆原洋太)
――いつから売却に出していましたか?
伯耆原:住み始めてから数カ月後ですね。出した当時は売るためというよりも、単純に反応をみたいなと思いまして。自分がリノベーションした空間がプロや一般の方々にどう評価されるのか、どれくらいの人が興味を示してくれるのか、試してみたい気持ちがありました。
――反応はいかがでしたか?
伯耆原:内覧者はめちゃくちゃ来てくれましたね。多分、50組100人以上は来たんじゃないかな。おかげで僕の土曜日は毎週潰れまして。前半はカップルや夫婦が来ており、後半は裕福な一人暮らしの人が多く来てくれました。
それから、「ArchDaily」や「architecture photo」などの建築界隈で有名なメディアにも取り上げられました。また、驚いたのはリノベーション雑誌の「LiVES」から取材を受け、この部屋が表紙を飾ったことです。

「LiVES」の表紙(写真提供:伯耆原洋太)
――売却はいつ決まったのですか?
伯耆原:手放したのは2021年の春です。クリエイターの人がセカンドハウスとして購入してくれました。もちろん、立地とマンション自体が好条件というのはありますが、最後の決め手は内装と言って購入してくれたので喜びもひとしおでした。
――建築家としての腕試し的なところもあったかと思いますが、相当な自信になったのではないですか?
伯耆原:そうですね。依頼されてつくったものではなく、僕が自発的につくったものが評価され、そこに住みたい人がいるというのは自信になりました。それに、多くのメディアに取り上げられ「完全に自分がデザインした」上で個人名を知ってもらうこともできましたし、自邸を自分自身のショールームにできました。それに、つくれれば売れるし、売れることでまたつくれる可能性がちらっと見えてきたのも良かったと思います。

(写真撮影/小野奈那子)
2件目はとにかく広い物件&リノベーション――2021年の春に1件目を売却した後は、また新たな物件を購入したのでしょうか?
伯耆原:はい。売却で得たお金を原資に新たな家を購入しました。そして、近所の賃貸物件に住みながら、新しい家の設計と現場の監理をしました。今度は部分リノベーションではなく、フルリノベーション。最近やっと竣工し、引っ越しも終えたところです。
――今回の物件はどういう条件で探したのでしょうか?
伯耆原:今回は予算内でとにかく広い物件を探しました。今後、ライフスタイルに多少の変化があっても対応できる追従性を持てるからです。ただ、なかなか良い物件は見つからなかったですね。しかも、僕がリノベーションしたいので、すでにされていないことが条件でしたから、余計に見つけづらかった。当然ですが、SUUMOの検索には「リノベ済み」というチェック項目はあっても「未リノベ」はないんです(笑)。
調べた物件をエクセルで管理しながら粘り強く探した結果、最終的には世田谷区に希望の条件に合った90平米のマンションを購入することができました。

リノベーション前の状態(写真提供:伯耆原洋太)
――どんなところに惹かれましたか?
伯耆原:これまでに見たことがないつくりで「ここなら面白いデザインができる」と思えましたね。それと、天井の高さと開口の量に惹かれました。ただ、ここの物件は正確な現状図面がなかったんです。だから、図面を書くために全て自分で実測する必要がありました。
そして、実測の結果、いろんな問題も出てきました。それでも現場で関係者全員とコミュニケーションしながら解決する能力は会社で揉まれていたので、やり切れました。それに、1件目を経験していたことで、2件目ではコスト感やスケジュール管理など予測しながら進められましたね。

設計図。パズルゲームのように様々なプランを模索。結果、Cのプランを採用し、廊下はなく、広いリビングとキッチンが部屋の拠点となった(写真提供:伯耆原洋太)

デッドスペースとなりがちな廊下を徹底的になくし、間仕切りを増やしてもリビングに必ず隣接する平面計画(写真提供:伯耆原洋太)
伯耆原:90平米にもなると、どこになにを配置するか、いろんなパターンが考えられます。リノベーション前は部屋の真ん中にトイレ、お風呂、洗面所が構えており、せっかくの「開口の抜け」が塞がれていました。
そこで僕のプランでは大きなワンルームにして、真ん中には回遊できるキッチンを配置。そうすることで、この物件の一番の強みである「開口の抜け」を最大化させました。
――実際、かなり広々とした印象を受けます。
伯耆原:ワンルームだからこそ、汎用性があると思うんです。不動産的な思考だと、60平米もあれば2LDK・3LDKと壁で区切る物件が非常に多いじゃないですか。でも、個人的には空間をいかに広く使えるかが大事だと考えていて、光が抜け、風が通ると暮らしが豊かになると思っています。新しい部屋が必要になったら、その時に仕切ればいい。この部屋も仕切りを用いることで、最大4LDKまでカスタム可能です。いろいろな場所でリモートワークできるので快適ですよ。

(写真撮影/小野奈那子)
――この住居には、いつまで住む予定ですか?
伯耆原:一生いるつもりはないですが、次のステップが決まるまでは住みます。「売る」という選択肢を持っていることが大事だと思います。ちなみに、次は一戸建の自邸を手掛けたいです。
また、今年の春に会社を辞めて、建築事務所を設立しました。建築設計料だけでお金を稼ぐのではなく、自邸に配置する家具のデザインやプロダクトの販売、さらには“自邸のショールーム化やスタジオ化”を通して、「建築家によるライフスタイル」を提案していくような発信ができたらいいですね。
●取材協力
伯耆原洋太さん
HAMS and, Studio
Twitter
一級建築士・管理建築士の伯耆原洋太(ほうきばら・ようた)さんは今、新しい住まいと暮らしのスタイルを模索している。大手ゼネコンの設計部に勤め、今春独立した伯耆原さんは、2019年に中古マンションを購入。自らリノベーションを施し、そこに暮らした後で売却した。リノベーションによる付加価値がついたことで、購入時を上回る価格で売れたという。そして、現在はその売却益を原資に次の家を購入し、再びリノベーションにとりかかっている。つまり、「家を買う」→「自らリノベ」→「一定期間住む」→「売却」というサイクルを実践しているのだ。
「ライフスタイルや家族構成の変化で住みたい家は変わる。それなら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいい」と語る伯耆原さん。詳しくお話を伺った。
「自分がデザインした」と言えるものをつくりたかった――まず、伯耆原さんのご経歴からお伺いします。もともとは大手のゼネコンにいらっしゃったと。
伯耆原:早稲田大学で建築を学んだ後、「竹中工務店」の設計部に就職しました。入社後は10万平米を超えるオフィスのビッグプロジェクトに配属されました。当時、会社内では一番大きなプロジェクトだったと思います。4年ほど携わっていましたが、竣工目前で次のプロジェクトへ異動が命じられまして。しかも、今度はさらに大きなプロジェクトでした……。

設計士・伯耆原洋太さん(写真撮影/小野奈那子)
――さらに大きな案件に携われるのは良いことのようにも思いますが。
伯耆原:もちろん誇らしいことですし、自分一人ではとても関われないようなプロジェクトなので、貴重な経験だとは思います。ただ、入社当初は中小規模のプロジェクトにもっと濃密に携わりたかった。ビッグプロジェクトになればなるほど関わる人間も多いため、「ここは僕がデザインした!」と言うのは難しい。僕は自己表現の欲が強いので(笑)、そこに対しては葛藤がありましたね。
――自邸をつくることになったのも、その思いが関係しているのでしょうか?
伯耆原:そうですね。会社の仕事って、良い意味でも悪い意味でも、いち社員が責任を負い切れないじゃないですか。だから30歳が近くなった時に、個人として挑戦したいなと考えるようになりました。そして「自分のデザインを、自分の全責任においてつくりたい」と強く思うようになったんです。
とはいえ、個人としての実績がない僕にいきなりクライアントが現れるわけはありません。そこで、プロジェクトを自分で仕込み、クライアントは自分、デザインも自分という座組みで自邸をつくることにしました。
――その時にはすでに、一定期間住んでから売却することを考えていたのでしょうか?
伯耆原:ぼんやりと、「自邸は一生に一つじゃなくてもいいんじゃないか」とは考えていました。ライフスタイルや家族構成が変わることで、いま住みたい家と10年後・20年後に住みたい家はまるで違うものになるのは言うまでありません。だったら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいいのではないかと。そこで、買った家を自分でリノベーションし、一定期間暮らしたあとに売却して、また次の家へ、というビジョンが浮かびました。
自邸=自分をプレゼンできるショールーム――そこから、会社に所属しつつ自邸のプロジェクトをスタートさせたと。まずは物件選びについて教えてください。
伯耆原:物件については、最低限の不動産価値があることは大前提でした。というのも、どんなに素敵なリノベーションができても、不動産としての価値はエリアや駅までの所要時間、築年数、坪単価などが大きく物をいいます。売却を前提として考えると、その空間に住みたいと思ってもらえるような「デザイン」と物件自体の「不動産価値」の2つがそろっていなければ、このスキームは成り立たないだろうと。
あとは、当時の自分の生活スタイルや仕事のことを考えて、希望は「都心の60平米くらいの中古マンション」。予算に合う物件をひたすら探しました。
――物件はすぐに見つかりましたか?
伯耆原:それが、けっこう苦戦しましたね。当時は毎日のようにSUUMOと睨めっこし、内覧を重ねる日々でした。そこで気づいたのは、完璧な物件など存在しないということ。だから、「ここだけは譲れない」という要素を決めておいて、マイナス要素だけど目をつむれる範囲を決めておくことが大事なのだと思います。
僕の場合、最終的には世田谷区の中古マンションを購入しました。
――どんなところが気に入りましたか?
伯耆原:リノベーションでは変えられない部分に重きを置いて選びました。その1つが天井の高さ。日本の中古マンションは2400mm前後が多いのですが、ここは天井高が2700mmもあります。これだけあれば、全てのプロポーションが全く違って見えてくるんですよ。あとは吹き抜け、螺旋階段、ルーフバルコニーという幼いころからの憧れだった要素が備わっていたことも大きかったですね。

購入した三宿エリアの中古マンション(リノベーション前)。築年数は17年でJRと東京メトロの駅まで徒歩10分圏内。また、60平米弱で当時の住宅ローン控除が適用されたそう(写真提供:伯耆原洋太)
――購入時点でリノベーションのプランはある程度固まっていましたか?
伯耆原:どんなデザインにするかまでは固まっていませんでしたが、テーマとしては「30歳の子どものいない夫婦」の住む家をイメージしていました。いわゆるDINKSだからこそ、挑戦できる空間にしたいなと。最大の気積(床面積×高さ)として豊かに空間を感じられることを重要視しました。

(写真撮影/小野奈那子)
伯耆原:また、これは自邸であると同時に、建築家としての自分を売り込むためのショールームでもあると考えていました。当時はゼネコンに所属していましたが、いつまで会社に必要としてもらえるかは分かりません。そのなかで、今後のキャリアを考えて個人名を知ってもらう意味でも、建築的・空間的に魅力的なものをつくろうと思っていましたね。
――どれくらいの期間をかけて設計されましたか?
伯耆原:会社の仕事と同時並行なので、約4カ月かかりましたね。なお、この物件はそこまで古くなかったこともあり風呂・トイレ・キッチンは変えず、リビングのみを施工しています。

リノベーション風景。工事施工費は500万程度に抑えたそう(写真提供:伯耆原洋太)
―――ちなみに、仕事ではオフィスビルを設計していたということですが、マンションのリノベーションは未経験でしたか?
伯耆原:そうですね。オフィスビルの設計と住宅リノベーションとでは当然ながら勝手が違います。使う素材や規模感もまるで異なるため、けっこうな挑戦でした。ただ、それだけにワクワクしましたね。特に、職人さんとダイレクトにやり取りできるのは会社で中々経験できないので、すごく楽しかったですよ。

購入から約半年で完成。寝室とも2枚のカーテンで仕切り、デスクは昇降式(写真提供:伯耆原洋太)
思った以上の反響が自信に――そして、いよいよ“自邸兼ショールーム”が完成するわけですが、ゆくゆくは売却する予定とはいえ、しばらくは住むつもりだったわけですよね?
伯耆原:60平米弱なので子どもが小学生になるころには手狭になるだろうと考えていましたが、実際はわずか1年で売却することになりましたね。
――早い! なぜですか?
伯耆原:一番の要因はコロナ禍でリモートワークに切り替わり、ライフスタイルがだれも想像しなかったくらい劇的に変化したことです。物件を購入したのはコロナ前でしたが、住み始めたのは2020年の春。ちょうど1回目の緊急事態宣言の真っ只中でした。夫婦ともにリモートワークになって、同時にテレビ会議に入ってしまうと音が聞き取りづらかったんです。間仕切りを増やす等、正直工夫はいくらでもできましたが、ワンルームのコンセプトを中途半端に変えたくなかったのと、もう一回、自分の作品をつくりたいという想いが強くなり、売却を考えました。

一人で在宅時はルーフバルコニーで仕事することも(写真提供:伯耆原洋太)
――いつから売却に出していましたか?
伯耆原:住み始めてから数カ月後ですね。出した当時は売るためというよりも、単純に反応をみたいなと思いまして。自分がリノベーションした空間がプロや一般の方々にどう評価されるのか、どれくらいの人が興味を示してくれるのか、試してみたい気持ちがありました。
――反応はいかがでしたか?
伯耆原:内覧者はめちゃくちゃ来てくれましたね。多分、50組100人以上は来たんじゃないかな。おかげで僕の土曜日は毎週潰れまして。前半はカップルや夫婦が来ており、後半は裕福な一人暮らしの人が多く来てくれました。
それから、「ArchDaily」や「architecture photo」などの建築界隈で有名なメディアにも取り上げられました。また、驚いたのはリノベーション雑誌の「LiVES」から取材を受け、この部屋が表紙を飾ったことです。

「LiVES」の表紙(写真提供:伯耆原洋太)
――売却はいつ決まったのですか?
伯耆原:手放したのは2021年の春です。クリエイターの人がセカンドハウスとして購入してくれました。もちろん、立地とマンション自体が好条件というのはありますが、最後の決め手は内装と言って購入してくれたので喜びもひとしおでした。
――建築家としての腕試し的なところもあったかと思いますが、相当な自信になったのではないですか?
伯耆原:そうですね。依頼されてつくったものではなく、僕が自発的につくったものが評価され、そこに住みたい人がいるというのは自信になりました。それに、多くのメディアに取り上げられ「完全に自分がデザインした」上で個人名を知ってもらうこともできましたし、自邸を自分自身のショールームにできました。それに、つくれれば売れるし、売れることでまたつくれる可能性がちらっと見えてきたのも良かったと思います。

(写真撮影/小野奈那子)
2件目はとにかく広い物件&リノベーション――2021年の春に1件目を売却した後は、また新たな物件を購入したのでしょうか?
伯耆原:はい。売却で得たお金を原資に新たな家を購入しました。そして、近所の賃貸物件に住みながら、新しい家の設計と現場の監理をしました。今度は部分リノベーションではなく、フルリノベーション。最近やっと竣工し、引っ越しも終えたところです。
――今回の物件はどういう条件で探したのでしょうか?
伯耆原:今回は予算内でとにかく広い物件を探しました。今後、ライフスタイルに多少の変化があっても対応できる追従性を持てるからです。ただ、なかなか良い物件は見つからなかったですね。しかも、僕がリノベーションしたいので、すでにされていないことが条件でしたから、余計に見つけづらかった。当然ですが、SUUMOの検索には「リノベ済み」というチェック項目はあっても「未リノベ」はないんです(笑)。
調べた物件をエクセルで管理しながら粘り強く探した結果、最終的には世田谷区に希望の条件に合った90平米のマンションを購入することができました。

リノベーション前の状態(写真提供:伯耆原洋太)
――どんなところに惹かれましたか?
伯耆原:これまでに見たことがないつくりで「ここなら面白いデザインができる」と思えましたね。それと、天井の高さと開口の量に惹かれました。ただ、ここの物件は正確な現状図面がなかったんです。だから、図面を書くために全て自分で実測する必要がありました。
そして、実測の結果、いろんな問題も出てきました。それでも現場で関係者全員とコミュニケーションしながら解決する能力は会社で揉まれていたので、やり切れました。それに、1件目を経験していたことで、2件目ではコスト感やスケジュール管理など予測しながら進められましたね。

設計図。パズルゲームのように様々なプランを模索。結果、Cのプランを採用し、廊下はなく、広いリビングとキッチンが部屋の拠点となった(写真提供:伯耆原洋太)

デッドスペースとなりがちな廊下を徹底的になくし、間仕切りを増やしてもリビングに必ず隣接する平面計画(写真提供:伯耆原洋太)
伯耆原:90平米にもなると、どこになにを配置するか、いろんなパターンが考えられます。リノベーション前は部屋の真ん中にトイレ、お風呂、洗面所が構えており、せっかくの「開口の抜け」が塞がれていました。
そこで僕のプランでは大きなワンルームにして、真ん中には回遊できるキッチンを配置。そうすることで、この物件の一番の強みである「開口の抜け」を最大化させました。
――実際、かなり広々とした印象を受けます。
伯耆原:ワンルームだからこそ、汎用性があると思うんです。不動産的な思考だと、60平米もあれば2LDK・3LDKと壁で区切る物件が非常に多いじゃないですか。でも、個人的には空間をいかに広く使えるかが大事だと考えていて、光が抜け、風が通ると暮らしが豊かになると思っています。新しい部屋が必要になったら、その時に仕切ればいい。この部屋も仕切りを用いることで、最大4LDKまでカスタム可能です。いろいろな場所でリモートワークできるので快適ですよ。

(写真撮影/小野奈那子)
――この住居には、いつまで住む予定ですか?
伯耆原:一生いるつもりはないですが、次のステップが決まるまでは住みます。「売る」という選択肢を持っていることが大事だと思います。ちなみに、次は一戸建の自邸を手掛けたいです。
また、今年の春に会社を辞めて、建築事務所を設立しました。建築設計料だけでお金を稼ぐのではなく、自邸に配置する家具のデザインやプロダクトの販売、さらには“自邸のショールーム化やスタジオ化”を通して、「建築家によるライフスタイル」を提案していくような発信ができたらいいですね。
●取材協力
伯耆原洋太さん
HAMS and, Studio
Twitter
所在地:東京都大田区西馬込
所在地:神奈川県川崎市中原区下新城
所在地:神奈川県川崎市中原区下新城
所在地:港区北青山
所在地:杉並区宮前
所在地:横浜市西区東ヶ丘リクルートが2022年3月に発表した「SUUMO住みたい街ランキング2022 首都圏版」で、5年連続で総合1位になった横浜駅。歴史ある港町で首都圏屈指の観光地でもある繁華街だ。その横浜駅に電車で30分以内で行ける、ワンルーム・1K・1DKの物件を対象にした家賃相場の安い駅ランキングを紹介する。
横浜駅まで電車で30分以内、家賃相場の安い駅TOP14駅順位/駅名/家賃相場/(沿線名/駅の所在地/横浜駅までの所要時間(乗り換え時間を含む)/乗り換え回数)
1位 善行 4.80万円(小田急江ノ島線/神奈川県藤沢市/29分/1回)
2位 南万騎が原 4.90万円(相模鉄道いずみ野線/横浜市旭区/15分/1回)
3位 藤沢本町 4.95万円(小田急江ノ島線/藤沢市/29分/1回)
4位 安針塚 5.05万円(京急本線/横須賀市/29分/1回)
5位 三ツ境 5.10万円(相鉄本線/横浜市瀬谷区/17分/0回)
5位 桜ケ丘 5.10万円(小田急江ノ島線/大和市/28分/1回)
7位 京急田浦 5.15万円(京急本線/横須賀市/26分/1回)
8位 能見台 5.20万円(京急本線/横浜市金沢区/19分/1回)
8位 舞岡 5.20万円(ブルーライン/横浜市戸塚区/16分/1回)
8位 鶴間 5.20万円(小田急江ノ島線/大和市/29分/1回)
11位 京急富岡 5.30万円(京急本線/横浜市金沢区/18分/1回)
11位 南林間 5.30万円(小田急江ノ島線/大和市/27分/1回)
13位 屏風浦 5.40万円(京急本線/横浜市磯子区/13分/1回)
14位 いずみ野 5.45万円(相鉄いずみ野線/横浜市泉区/20分/0回)
14位 さがみ野 5.45万円(相鉄本線/海老名市/26分/1回)
14位 汐入 5.45万円(京急本線/横須賀市/30分/0回)
14位 追浜 5.45万円(京急本線/横須賀市/24分/0回)

善行駅周辺(写真/PIXTA)
1位は小田急江ノ島線沿線の善行駅。駅の読み方は「ぜんぎょう」だが、字面の縁起の良さから、かつては記念入場券も発行されていた。駅名は、付近に江戸時代にあったという寺「善行寺」に由来している。
所在地の神奈川県藤沢市は、県の中央南部に位置し、南を相模湾に面している。市域はおおむね平坦な地形だが、善行駅付近は丘陵地帯で坂が多い。毎日坂道を登り下りすると考えると敬遠してしまいそうだが、それすら“味”と感じられそうなどこか郷愁を誘う景色は、まるで映画の場面のような風情と魅力的な雰囲気がある。実際、2017年にTOKYO MX系で放送されたテレビアニメ『Just Because!』など、駅周辺を忠実に描写した作品などもある。
駅周辺は深夜1時まで営業しているスーパーやドラッグストア、飲食店などが充実しており、駅東側は陸上競技場や球技場を備えた神奈川県立スポーツセンターなどがある。少し行くと果樹園や田畑などが広がり、親水広場や植物園がある「引地川親水公園」もある。
2位の南万騎が原駅は、横浜市旭区にある。横浜駅までの所有時間は15分と利便性抜群な上、沿線である相模鉄道は2023年3月に東急線と相互直通運転を予定。都内の渋谷駅や目黒駅までのアクセスも向上が期待できる。

南万騎が原駅前広場(写真/PIXTA)
所在地の旭区は自然豊かなエリアで、区内には国内でも希少な動物が飼育されおり人気の「よこはま動物園ズーラシア」などがある。横浜市は市の魅力を広く発信し、ブランド力向上や集客増のためのプロモーションとして市内での映像や出版物の撮影などに対応する事業「横浜フィルムコミッション」を手がけており、南万騎が原駅もTBS系の人気テレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で、星野源演じる主人公の住む最寄り駅として登場。ほかにもテレビCMなどで登場することも多い。
駅前にあるドラックストアや病院の入ったスーパーは深夜1時半まで営業。すぐ近くにはJA横浜が運営する農作物の直売所「ハマっ子」があるのは、自炊派にとってはうれしい点だろう。
沿線である相模鉄道いずみ野線の宅地開発とともに発展してきた駅で、相鉄グループや市による再開発も行われており、子どもや高齢者にも暮らしやすく環境に配慮した次世代の街づくりが進められている。持続可能な開発目標・SDGsが世界的に掲げられるなか、「持続可能な住宅地モデル」として南万騎が原駅周辺の商業施設や周辺地域を再開発。電柱の地中化なども進んでいる。そうした街並みや住宅は、「グッドデザイン賞」も複数回受賞。“横浜”らしい、スタイリッシュな気分も満喫できる街かもしれない。
横浜名物も近所で買える三ツ境駅、隠れたグルメスポットの舞岡駅同率5位の三ツ境駅は、相鉄の急行、通勤急行、快速、各駅停車のすべてが停車する駅。横浜駅まで乗り換えなしなのはポイントが高い。所在地は瀬谷区だが、旭区との境に位置しており、南万騎が原駅と同じく自然に恵まれている。天候に恵まれた日には富士山が見えることでも知られている。

三ツ境駅(写真/PIXTA)
瀬谷区の区役所は三ツ境駅が最寄り。駅前には警察署があるのも、いざというときに心強い。区役所と隣接する公会堂では、モノづくり体験やスポーツ講座なども開かれている。周辺には学校も数多い。
駅に直結した「相鉄ライフ 三ツ境」はスーパーのほか、スターバックスコーヒーやカルディコーヒーファームなどが入っている。飲食店も多数あり、横浜名物である崎陽軒や横濱文明堂も入っているのが地元民にはうれしいところだ。ほかにも大きなスーパーや家電量販店、安売り店などが点在するほか、「三ツ境駅前商店街」「笹野台商店街」など、昔ながらの商店街も複数ある。季節ごとのイベントが開催されることもあり、買い物も楽しそうだ。
同率8位の舞岡駅は、ランキング中唯一の戸塚区所在で、ブルーライン沿線駅。駅前のJA横浜の直売所「ハマっ子」や、お弁当や総菜などを扱う「ハム工房まいおか」、いちご狩りもできる「舞岡いちご園」などのファーマーズマーケットがあちこちに点在しており、ちょっとしたグルメスポットとして知られている。

舞岡駅周辺(写真/PIXTA)
舞岡地区は横浜市の市街化調整区域に指定されており、自然景観の保全に力を入れているエリア。小さな川のほとりに遊歩道が整備されたのどかな景色には、心が癒やされそうだ。その小川沿いに少し行くと鎌倉時代に創建されたと伝えられる舞岡八幡宮がある。新型コロナウイルス禍以前には、毎年、沸かした湯に笹の葉を浸して神前や参詣人にまく祭礼「湯花神楽」が行われており、地域の歴史に思いをはせることができそうだ。
ランキング中、横浜駅までの所要時間が一番短いのが、13位の屏風浦駅。普通列車のみの停車駅だが、隣駅はエアポート急行や特急が停車し、横浜市営地下鉄が利用できる上大岡駅で、駅間距離は約2.5km。同じく隣駅でエアポート急行と、JR根岸線と横浜シーサイドラインが利用できる杉田駅は約1.6kmで、屏風浦駅を最寄りとする物件でも、選ぶ場所によっては利用路線の選択肢を増やすことができる。
周辺は落ち着いた住宅街で、味のある個人経営の飲食店などが点在。駅前には100円均一店が入ったスーパーがあり、少し行くと業務スーパーなどもある。また、総合病院の康心会汐見台病院も近い。大きな商業施設などはないがどこか人情味が感じられる街並みで、穴場といえそうだ。
横浜は利便性の高い都会だが、少し足を延ばせば海や緑など自然が豊かなところも大きな魅力の一つだ。ランキングでは、そんな横浜に共通する豊かな自然環境を大切にしている街が目立つ。洗練された便利さとのどかさが両立できることこそ、横浜に魅せられる要因なのだろう。
●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている横浜駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/1~2022/3
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年3月28日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載
所在地:北区田端新町
所在地:横浜市鶴見区駒岡
所在地:横浜市港北区錦が丘
所在地:横浜市中区山下町
所在地:渋谷区上原
所在地:世田谷区北沢
所在地:世田谷区羽根木
所在地:渋谷区恵比寿
所在地:渋谷区千駄ヶ谷
所在地:練馬区石神井町若者に人気の街、高円寺(東京都杉並区)。この街に全国に名を馳せる銭湯、「小杉湯」がある。1日の利用者数は500人前後。電車を乗り継いでやってくる熱狂的ファンもいるのだ。
ミルク風呂やフルーツ風呂などの日替わり湯が人気で、さまざまなイベントも行っている。しかし、最新のホットニュースは、小杉湯が連携する築50年の空き家だったアパートを活用した「湯パートやまざき」のオープンだ。都内の銭湯で使える1カ月分の入浴券付きで家賃は5万円~6万円程度。
プロジェクトのきっかけは? 室内の雰囲気は? どんな人が住んでいる? さっそく取材に行ってきました。
「終電で帰ってきても利用できる」銭湯JR新宿駅から中央線快速で2駅、6分で高円寺に着いた。北口には高円寺の代名詞ともいえる純情商店街のアーチ。「キングオブコント2021」で空気階段が優勝した際は、「高円寺芸人 鈴木もぐらさん おめでとう!!」という横断幕が掲げられた。

高円寺は芸人が多く住む街でもある(写真撮影/片山貴博)
駅から歩くこと5分。昭和8年創業の老舗銭湯、小杉湯が見えてきた。玄関には社寺にみられる丸みを帯びた「唐破風(からはふ)」、屋根には三角形の「千鳥破風(ちどりはふ)」が施されている。

2021年1月には国の登録有形文化財(建造物)に登録された(写真撮影/篠原豪太)
「終電で帰ってきても利用できるように」という思いから、営業時間は深夜1時45分まで。待合では漫画が読み放題で、壁にはアート作品や著名人の色紙も飾られていた。

風呂上がりにのんびりと過ごせるスペース(写真撮影/篠原豪太)
ペンキ絵はいまや日本に3人しかいない銭湯絵師、中島盛夫氏によるもの。ペンキ絵は定期的に描き換えられ、現在の絵は2020年11月に上書きされた。

鮮やかな色使いで富士山と海辺の風景が描かれている(写真撮影/篠原豪太)
高円寺に新風を吹き込むシェアスペースさらに、2020年3月にオープンしたのが「小杉湯となり」という会員制の銭湯付きシェアスペース。文字通り、小杉湯の隣で銭湯まで徒歩3秒という立地だ。

建て主は小杉湯、建築設計は東京を拠点に活動するT/Hが担当した(写真撮影/片山貴博)

エントランスの脇には緑が映える中庭も(写真撮影/片山貴博)

1階は食堂のような場所で、シェアキッチンとテーブル席を自由に使える(写真撮影/片山貴博)

Tシャツやスウェットなどの小杉湯となりオリジナルグッズも販売中(写真撮影/片山貴博)

2階はWi-Fi、電源、プリンター完備のお座敷。ここで仕事をするもよし、ゴロゴロするもよし(写真撮影/片山貴博)

スタッフや会員が選書している大きな本棚もある(写真撮影/片山貴博)

こちらは「1話だけ読んでも面白いエッセイ」という棚(写真撮影/片山貴博)
「湯パートやまざき」のキーパーソンたちさて、ここからが本題だ。
3階の個室で「湯パートやまざき」についての話を聞かせてくれたのは、「小杉湯となり」発起人で株式会社銭湯ぐらし代表の加藤優一さん(34歳)、株式会社まめくらしに所属し、「高円寺アパートメント」の女将として住人や地域の人たちとの関係性を育む宮田サラさん(28歳)、そして、「湯パートやまざき」の住人1号となった勝野楓未さん(23歳)の3人。
加藤さんと勝野さんは定休日以外は毎日小杉湯に通う。宮田さんも週に1、2回は訪れるという小杉湯愛に満ちた面々だ。

右から加藤さん、宮田さん、勝野さん(写真撮影/片山貴博)

旧国鉄の社宅を株式会社ジェイアール東日本都市開発がリノベーションした賃貸住宅、「高円寺アパートメント」(写真提供/株式会社まめくらし)
「この『小杉湯となり』が立つ場所には、もともと風呂なしアパートがあったんですが、取り壊しが決まった後、1年間は空いた状態でした。そこで、僕を含めた多様なクリエイターで共同生活を始めることになったんです。その生活で気付いたのが、街全体を家のように楽しむ豊かさでした。風呂なしアパートが寝室で、銭湯が浴室、台所は近くのお店と考えると、暮らしの選択肢が広がります。その考え方を実現したのが『小杉湯となり』であり、『湯パートやまざき』もプロジェクトの一つです」(加藤さん)

(画像提供/加藤優一)

「小杉湯となり」ができる前にあった、風呂なしアパート。当時、期間限定の新住人で外壁に絵も描いた(写真提供/加藤優一)
きっかけは空き家活用のための勉強会「湯パートやまざき」は、前述の「小杉湯となり」から徒歩7分ほど離れた場所にある。「湯パートやまざき」プロジェクト発足のきっかけは、空き家を活用して高円寺を盛り上げるための勉強会だった。対象は空き家を持っているが活用に悩んでいる大家さんたち。
「去年の6月に第一回の勉強会を開催したら、10人ぐらいの方が参加してくれました。みなさん、空き家のまま放置しておくのはもったいないし、街のために活用できたらと思っていらっしゃる方々でした」(宮田さん)

同年8月に開催した第二回勉強会の様子(写真提供/加藤優一)
この勉強会には現「湯パートやまざき」の大家・山崎さんのご家族が参加しており、「10年ぐらい空き家になっているアパートを何とか活用できないか」という相談を受ける。そこで、「じゃあ、みんなで物件を見に行きましょう」となった。

現「湯パートやまざき」に向かう参加者たち(写真提供/加藤優一)
住人募集の告知から3日間で応募が殺到「最初に外観を見た感想は、『一般的な風呂なしアパートだなあ』というもの。でも、中に入るとレトロな家具の雰囲気が良くて、随所に大工さんの技巧も凝らしてある。ここに銭湯を組み合わせることで“湯パート”としてリブランディングしようと思いました」(加藤さん)
去年の11月ぐらいから「銭湯ぐらし」にかかわり始めた勝野さんは、東京大学大学院で建築を学んでいる学生。加藤さんと宮田さんが「湯パートやまざき」のリブランディングとなるコンセプトや企画を考え、彼女がより具体的なイメージ図を描いた。

現在、大家さんは住んでいないが部屋は残してある(イラスト/勝野楓未)
勝野さんがnoteに描いたイメージ図とともに、住人募集の告知をTwitterにアップしたのが2022年1月30日。すると3日間で50人の応募があり、あわてて募集を締め切ったという。
「『シェアハウスほど近すぎず、普通のアパートほど遠くない、ほどよい関係』がみなさんに刺さったのでは」と加藤さんは振り返る。個室はあるが1階にシェアスペースもあり、価値観の近い人が入居することもイメージできる。また、「近所に小杉湯があることも大きかったと思います。ほかには、大家さんの顔が見えることや、DIYができること、そして、1人ではできないけど誰かとはやってみたいという“小さな暮らしが実現できる”という点に魅力を感じていただけたと思います」と話す。
以前は家賃3万円だったが、小杉湯を起点に「街を家と捉える」プロジェクトの一つとして生まれ変わらせるにあたり、家賃に入浴券1カ月分を組み込んだ家賃5~6万円の「銭湯付きアパート」へ(頭が出た分の金額は、大家さんと株式会社銭湯ぐらしで按分している)。入浴券は都内共通入浴券なので都内の銭湯ではどこでも使えるが、ご近所にある小杉湯のファンが集う結果となったようだ。
「応募してくれたのは20歳から30代後半の方で、6割ぐらいが女性でした。職業はいろいろ。高円寺に住んでいないけど、高円寺が好きという人もいれば、コロナ禍で1人で暮らすのが寂しいという人もいました。必ずしも小杉湯ファンだけではなかったですね」(勝野さん)
共有スペースには螺鈿細工のたんすやレトロなテーブル内見会やオンラインでのヒアリングを経て、勝野さんを含む3名の住人が決まった。勝野さんは2月の半ばから、残りの2名も3月中旬から住み始めている。
コンセプトは「暮らしの要素をシェアする、懐かしくて新しい共同生活」。というわけで、さっそく物件を案内してもらった。

「ようこそ、『湯パートやまざき』へ!」(写真撮影/片山貴博)
高円寺駅から徒歩9分、小杉湯から徒歩7分。防犯上の理由から詳しい場所は書けないが、閑静な住宅地にある木造2階建てのアパートだった。
まずは、1階の共有スペースを拝見。

螺鈿細工のたんすやレトロなテーブルが雰囲気たっぷり(写真撮影/片山貴博)

ホワイトボードには住人らによる「今後やりたいこと」が貼ってあった(写真撮影/片山貴博)

このキッチンも共同で使用する(写真撮影/片山貴博)
「湯パートやまざき」での暮らしを選んだ理由次に2階の勝野さんの部屋へ。

階段には収納用の隠し棚があった(写真撮影/片山貴博)

入口のドアの上には今やなかなかお目にかかれない電気メーターが(写真撮影/片山貴博)

「ここが私の部屋です」と勝野さん(写真撮影/片山貴博)

間取りは6畳プラス、ミニキッチン(写真撮影/片山貴博)
張り替えたばかりの青畳が香る。
「布団は押入れに入れてあって、寝るときに出します。日当たりが良いので外に干すとすぐに乾くんですよ。設計の勉強に使う金尺は置き場所がないので柱に掛けました」
実は勝野さん、ここに住む前は隣駅の阿佐ケ谷に住んでいた。風呂トイレ付きで床はフローリングというアパート。しかし、銭湯ぐらしやまめくらしの「街を大きな家と捉えて大きく暮らす」という考え方に共感したことと、コロナ禍で家に全部そろっている必要はないと考え方が変わったことから、「湯パートやまざき」への転居を決めたそうだ。
共同作業の第一歩はバルコニーのペンキ塗り勝野さん以外の住人2名にもオンラインで話を聞いた。
そのうちの1人は転職で大阪から上京したばかりの27歳の女性。たまたま、加藤さんのツイートを目にし、応募した。東京に知り合いが1人もいない状態での共同生活は楽しく、初めて訪れた高円寺を徐々に開拓したいそうだ。

彼女の部屋はこんな感じ。裸電球がいい味を出している(写真撮影/本人)
もう1人は建築設計事務所で働く28歳の男性。彼もまたTwitterでの告知を見てすぐに応募したという。多忙のため終電で帰ることが多い生活だが、会ったら「オッス」というぐらいの距離感がちょうどいいと言っていた。
現在入居者の住居となっている部屋には、図書館司書として働いている大家さんの親族がセレクトしたセンスあふれる本の数々が置いてあった。

住人も本好きな人たちなので、いずれは共有スペースをミニ図書館にする予定(写真撮影/宮田サラ)
そして、生活を豊かにしてくれそうなのが通りに面した広いバルコニー。勝野さんのイメージ図には望遠鏡のイラストとともに「流星群や満月を観察」と書かれていた。

机とテーブルを置けばコーヒータイムも楽しめる(写真撮影/片山貴博)
「今度、みんなで柵にペンキを塗るんですよ。いずれは菜園もやりたいです」

取材後、3人の予定が合った日にペンキ塗りを実行(写真撮影/宮田サラ)
大家さんの思いとともにそれぞれのスタイルで暮らす築50年とはいえ、必要最低限の補修のみで大がかりなリノベーションはしていない。つまり、長く住んだ大家さんの思いを残した形だ。3人は今後、大家さんの思いとともに「暮らしの要素をシェアする、懐かしくて新しい共同生活」を送る。それぞれのスタイルで、街を取り込みながら。
老舗銭湯の「小杉湯」を軸に新しい風は吹き続ける。スタートしたばかりの「湯パートやまざき」の試みが軌道に乗れば、高円寺にまだまだたくさんあるという空き家アパートの活用が一層進むだろう。
●取材協力
小杉湯となり
銭湯ぐらし
まめくらし
湯パートやまざきSNSアカウント
Instagram:@yupart_yamazaki
Twitter:@yupart_yamazaki
所在地:目黒区三田
所在地:渋谷区円山町
所在地:神奈川県川崎市宮前区犬蔵
所在地:港区白金建物の老朽化、空き家問題、高齢化、人口流出。都市の多くが頭を抱える問題です。そのようななか大阪の下町「昭和町」では、長い歴史を誇る長屋をローコストで再活用し、街に活気をもたらしています。成功に導いたのは、代々続く地元の不動産会社。三代目社長の「気づき」がきっかけでした。「長屋の保存活動ではない。やっているのは長屋の“活用”だ」。そう語る三代目社長に、奏功の秘訣をおうかがいしました。
「私は長屋の保存活動はしていない」「誤解されるのですが、私は長屋の保存活動はしていないんです」
「丸順不動産」代表取締役、小山隆輝さん(57)はそう言います。

「丸順不動産」三代目、小山隆輝さん。電動アシスト自転車と首からさげたカメラがトレードマーク(写真撮影/出合コウ介)
大阪府大阪市阿倍野区(あべのく)「昭和町」。大阪メトロ御堂筋線の巨大ターミナル駅「天王寺」から南へ一駅くだった場所にある細長いエリアです。
「昭和町」はその名のとおり昭和時代の面影を感じさせてくれる、のんびりした雰囲気に包まれた街。あべのハルカスがそびえる大都会、天王寺のそばだとは信じがたい印象。近年はテレビをはじめとしたメディアがこぞって「下町レトロ散歩」特集の舞台に昭和町を選ぶようになりました。
昭和町のゆったりムードに大きく貢献しているのが「長屋」。現在ではあまり見かけない長屋ですが、昭和町には築100年前後という貴重な長屋が奇跡的に数多くのこっています。

昭和町の随所にのこる長屋。古風で落ち着いた雰囲気を活かし、ヨガサロンを開く例もある(写真撮影/出合コウ介)
なかでもおしゃれなお店が6軒ずらり並ぶ「桃ケ池長屋」は昭和町エリアのランドマーク的存在。桃ケ池長屋をはじめ古い家屋のリノベーション計画が功を奏し、国勢調査によると1995年(平成7年)から2020年(令和2年)までのあいだに965人(大阪市における住民基本台帳人口数)が増加しました。大阪市の多くの街が人口流出や高齢化による人口減にあえぐなか、これは快挙です。
昭和町の長屋に新たな命を吹き込んだエキスパートが、大正13年(1924年)創業の「丸順不動産」三代目、小山隆輝さん。
小山「昭和町5丁目で生まれ、昭和町4丁目で育ちました。57年の人生を昭和町の徒歩5分圏内で過ごしています」
小山さんは生粋の昭和町っ子。先述の「桃ケ池長屋」や、大正14年築という長屋をリノベーションして大阪古民家カフェブームの先鞭をつけた「金魚カフェ」など、数々の物件をブレイクさせた立役者です。電動アシスト自転車をこぎながら日々、昭和町の風景を撮影しSNSで発信し続ける。そんな不動産界のインフルエンサーとしても知られています。

金魚カフェ(写真提供/小山さん)

金魚カフェ(写真提供/小山さん)

金魚カフェ(写真提供/小山さん)
ただ、活躍ゆえに“誤解”が生じている様子。
小山「ときどき“長屋再生人”と紹介されます。いいえ、違うんです。長屋を文化財として保存したいわけじゃない。元通りにしたいわけでもない。やりたいことは“長屋の活用”です。だって、長屋だけきれいになってもしゃあないやないですか。そうではなく、長屋など既存の建物を活用し、エリアの価値を向上させたいんです。目指すは“上質な下町”。そのためにも、いいプレイヤーを昭和町に集めたい。それが私のメインテーマですわ」
長屋の保存ではなく、再生でもない。メインテーマは「長屋の活用」と「エリアの価値向上」。その言葉の真意をさぐるべく、先ずは小山さんが手がけ、いまや大阪の人気スポットとなった「桃ケ池長屋」を案内していただくことにしましょう。
「昭和町ってどこやねん」と言われた知名度の低さ「桃ケ池長屋」へ向かう道すがら、長屋が注目される以前の昭和町の姿はどんなものだったのかを、小山さんは語ってくれました。
小山「とにかく街の知名度が低かった。こんな話があるんです。昭和町でBarをやっていた男性がミナミやキタにいる友達のところへ遊びに行った。友達に『昭和町で店をやってるから、遊びに来てな』と言ってショップカードを渡した。するとそのカードを見た友達が、こう言ったんです。『昭和町って、どこやねん』。同じ大阪市内、同じ御堂筋線沿線にもかかわらずですよ。それくらい地味で目立たない街でした」

(写真撮影/出合コウ介)
現在ではメディアの人気コンテンツとなり、憧れの気持ちを抱いて訪れる若者も多い昭和町にも、そんな無名時代があったのです。
小山「私が二十代のころは少子高齢化が進み、人口は減少。『昔はにぎやかな商店街やったのに誰一人として歩いていない』。そんな寒々とした風景でした。このままではあかん。昭和町をなんとかしなければならない。最初にそう思ったのが25年くらい前。子どものころから通っていた散髪屋さんのおっちゃんが私に、『あんたら不動産屋ががんばらなんだら、街がようならへんやんか。人もお店も増えへんやないか』と言ったんです。それ以来、“不動産屋ができる、街をよくする方法”を考えるようになりました」
街の人が危機感を抱くほどさびれていた昭和町。それを解決する糸口の一つが、長屋だったのです。
「上質な下町」のシンボルとなった「桃ケ池長屋」やってきた「桃ケ池長屋」。「昭和4年(1929)の資料が残っている」という、大正時代と昭和のはざまに誕生した4軒長屋と近隣の2軒の計6軒。「焼き菓子カフェ」「洋裁工房」「おばんざい(お惣菜)」など6つのお店が並んでいます。年に1、2回、不定期で長屋総出のイベントを行い、その日はたくさんのお客さんでにぎわいます。小山さんが目指す「上質な下町」と呼べる空間づくりに大いに貢献しています。

桃ケ池長屋(写真撮影/出合コウ介)

かつての桃ケ池長屋(2003年撮影)(写真提供/小山さん)
そのうちの一軒、平成23年(2011年)に入居した「カタルテ」は器と雑貨のお店。注目すべき作家の一点ものをはじめ、店主の宮倉さんが焼き物の産地である信楽や丹波立杭などに足を運んで選んだ逸品が並びます。

(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)
実は「桃ケ池長屋」という名称は、「昔からあったものではない」のだとか。
宮倉「桃ケ池長屋という名前は長屋のみんなでつけました。勝手にね(笑)。『長屋でイベントをするときに呼び名をつけたいね』『じゃあ近くに桃ケ池公園があるし、桃ケ池長屋にしようか』って。そうして勝手に名前を呼んでいたら、だんだん定着してきたんです」

(写真撮影/出合コウ介)
店舗兼住居のこの「カタルテ」、梁など昭和の趣を残しながらも無理やりな懐古趣味はなく、見事に現代と調和しています。

(写真撮影/出合コウ介)
宮倉「アルミサッシなど、古い長屋と雰囲気が合わない建具は入れたくなかったので、大家さんによい方法はないかと相談しました。大家さんがとても理解がある方で、ご自身がお持ちの取り壊す古い建物から『要るものがあるなら持っていっていいよ』と言ってくださって。大工さんと一緒にメジャーを持って計りに行き、使えそうな建具を運んできました」

(写真撮影/出合コウ介)
「カタルテ」は、古い長屋に別の古い建具を継ぐという、ありそうで意外とない方法で新しいスペースをデザインしていたのです。
小山「この物件は家主さん、借主さん、大工さん、三者の美意識が合致した好例です。私が長屋に着手しはじめた当時はまだ大工さんは“きれいにするのが当たり前”でした。『あそこを残して。ここを残して』と言っても理解してもらえなかった。ひたすら、闘いでしたね」
「桃ケ池長屋」が好評を博した秘訣、それは小山さんのトータルプロデュース力にありました。
宮倉「小山さんが、世代が近い人を横並びでつないでくださったんです。世代が近いから相談できるし、『イベントを一緒にやろうよ』という動きになっていきました。長屋が一つのカラーをもっているおかげで続けられているのかな。小山さんのはからいがなかったら、何年かで店を辞めちゃっていたかもしれない」
小山「一軒一軒で考えるのではなく、世代をできるだけ合わせていく。いいプレイヤーを揃える。それが『長屋が街を変える』第一歩やと思うんです。ぜんぜん違うテイストのものを並べても、街としておもろくないですから。そやから僕はしっかりとお話をして人となりを見ます。『どんな人か』が大事やから」

(写真撮影/出合コウ介)
お話を聞くにつけ、いいこと尽くしのように感じる長屋のリノベーション。とはいえ、およそ100年も前の建物の再利用です。不便はないのでしょうか。
宮倉「気になる点は物音でしたね。壁が共有なので。お隣さんの会話の内容がわかっちゃうくらい筒抜け。『こちらが出した音も向こうに聞こえているんだろうな』と思って、電話する場合はわざわざお風呂場で話をしていました」
決して厚くない壁。しかも共有。長屋は言わば一つの大きな家。共同体だからこそ両隣との関係性が重要になってきます。
宮倉「お互いにお店をしていて、一緒にイベントをする仲間。人柄がわかっているから許容できました。『お互い様だよね』って。ときにはお隣の物音に安心感をおぼえる日もありました。まったく見知らぬ人だったら『うるさいよ』ってなっていたかもしれません」
一軒一軒ではなく、長屋全体をどうするかをトータルで考える。小山さんの発想と手腕はトラブル回避にも活かされていたのです。さらに、長屋での商いは物音などのリスクを超えた大きなメリットがあると宮倉さんは言います。
宮倉「広さに対する家賃の安さは魅力ですね。プラス、この雰囲気。ピカピカじゃなくって、歴史があるものにしか出せない温かな雰囲気が得られるのはとてもありがたいです」
タウン誌などにもたびたび採りあげられる桃ケ池長屋。「やりたいことは長屋の保存や再生ではなく“活用”」「長屋の活用によるエリアの価値向上」。小山さんの信条は、「桃ケ池長屋」というかたちではっきりと可視化されていたのです。

長屋の雰囲気になじんでいる看板猫のエモンちゃん(写真撮影/出合コウ介)
「長屋が文化財なら、昭和町はお宝だらけや」そもそも、なぜ昭和町には昭和初期の長屋が多く残っているのでしょう。理由は大正時代にさかのぼります。
小山「大正時代から昭和のはじめにかけて大阪市は経済が大きく発展しました。“大大阪”“東洋のマンチェスター”と呼ばれるほどだったんです。そのため人口が急増した。かつての東京市(1943年/昭和18年に廃止)よりも多かった。結果、たちまち住宅難が起きました。各地から続々と転入してくるため、住む人を吸収できなくなってきたんです」
サラリーマン家庭の住居の用意に急を要した大阪市。そこで建てられたのが、長屋でした。大阪市は特有の土地区画整理計画「長屋建築規則」を制定。長屋という名のニュータウン開発事業に乗り出したのです。
小山「大正時代までこのあたりは畑やったんですけれども、区画整理をして、長屋の寸法に街割をしたんです。そやから当時は長屋がザーッと並んでいました。言わば元祖ベッドタウンです。区画整理がスタートしたのが昭和のあたま頃やったんで、“昭和町”という地名になったんです」
なんと、昭和町という地名自体が、長屋の開発が由来だったとは。そんな深い縁がある長屋に再びスポットが当たる出来事がありました。それが「寺西家阿倍野長屋の再評価」。
「寺西家阿倍野長屋」とは昭和7年(1932年)に建築された近代的な4軒長屋。戦前の庶民の都市住宅としての様式を今に残す貴重な建築であることが評価され、平成15年(2003年)、長屋としては全国初となる「登録有形文化財」に指定されたのです。

寺西家阿倍野長屋(写真提供/丸順不動産)
小山「登録文化財になったという新聞記事を見て、『そんな文化財になるような長屋なんかあったか?』と探しに行ったところ、そこにあったのはどこにでもある普通の長屋。『これが文化財になるんやったら町中が文化財だらけや。これを使わない手はないやろ』と思いました」
現場へ行って寺西家阿倍野長屋を見上げた小山さん。そのとき「散髪屋のおっちゃん」から言われた「あんたら不動産屋ががんばらへんかったら、街がようならへん」のひと言が蘇ってきたのだそう。
小山「昭和町の長屋は、確かに質が高い。『京都では町家のリノベーションを当たり前にやっている。だったら昭和町は、長屋でそれができるんやないか』。そうひらめいたんです。意識して素敵なテナントを誘致したり、古い建物のよさを残したりすれば、街が元気になるんじゃないかと。散髪屋のおっちゃんのあの一言と長屋が頭の中でピタッとくっついた瞬間でしたね」
日本建築の粋を集めた「お屋敷長屋」このように長屋や既存の古い建物およそ30軒を蘇らせてきた小山さんに、もう一軒のケースを見せていただきました。「水回り以外は昭和初期の雰囲気のまま」という、5戸が連なる長屋です。
2019年より家族3人で居住している建築士、城田研吾さんはこう言います。
城田「物件を見る前は、『長屋をDIYしたい』と考えていました。部屋を自由に改造できる条件で物件を探していたんです。けれどもこの長屋を初めて内見したとき、『このまま住みたい』と思いました。手を入れる必要がない、理想の住まいだったんです」

(写真撮影/出合コウ介)
屋内は丸窓の「灯りとり」、欄間、土壁、漆喰など、惚れ惚れとするほど昭和の意匠が遺されています。特に立派な床の間が印象的。

玄関(写真撮影/出合コウ介)

キッチンとリビングをつないで広々とした空間をつくりだしている。段差を考慮したテーブルをオーダーメイドし、二間をまたぐように設置した(写真撮影/出合コウ介)
小山「フルサイズの床の間が、この長屋の特徴です。床の間は無駄と言えば無駄なんですけれども、当時は『床の間のない家なんて家やない』という文化があり、必須の設えだったんでしょう。ほかにも門があり、庭があり、燈籠が建てられている。大きなお屋敷の様式を全部きゅっと詰め込んである。だから“お屋敷長屋”と呼ばれる場合もあります。しっかりした邸宅で、落語に出てくる、八っつあん熊さんがいるような庶民の長屋とはずいぶん違いますね」

寝室(写真撮影/出合コウ介)

書斎(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

棚は城田さん自身が造作(写真撮影/出合コウ介)
取材時、中庭には赤い桃の花が咲いていました。城田さんはこの家を「もものきながや」と名づけ、風流な景色を楽しんでいます。いやあ、若くしてこの長屋を気に入るとは、シブいご趣味ですね。

(写真撮影/出合コウ介)
城田「僕らの世代は原体験がないぶん、逆に昔の趣が残っている家って好きなんじゃないですかね」
小山「新車に乗りたい人がいれば旧車に乗りたい人もいる。新しいジーンズが好きな人がいれば、リーバイスのヴィンテージを好む人もいる。それと同じとちゃいますか」

(写真撮影/出合コウ介)
長屋はジーンズに例えるならばヴィンテージ。長屋の魅力がさらに鮮明になってきました。
昭和町の住民と店とをつなぐ「バイローカル」活動小山さんの取り組みで刮目(かつもく)すべきもう一つの軸、それが昭和町の住民と地元の商売人との縁をつなぐ「buy-local(バイローカル)」という活動。具体的には昭和町にある素敵な商店およそ80軒が掲載されたマップつきの小冊子を年に一回発行し、PRしてゆく行いです。小山さんは2013年4月から、街の有志とともにバイローカル活動をはじめました。
小山「バイローカルとは、そもそもはアメリカのコロラド州で生まれた『小さな商店の雇用を守ろう』という運動でした。コロラド州のバイローカルは大資本に立ち向かう抗議活動やけど、昭和町はそこまで好戦的やない。志だけを継いで、街の“よき商い”を昭和町に住む人にもっと知ってほしい、そんな気持ちでやっています。理想は“内発的発展”。地域の人たちが自分の街にある店を選択し、守り、昭和町の中で365日、経済が循環する環境を整えていきたいんです」

小冊子のほか、使いやすいMAPも配布している
マップを見ていると、新旧の魅力的な個人商店が満載。「少し歩くとこんなにたくさんのオリジナリティと出会えるのか。昭和町カルチャーすごい!」と驚かされます。
バイローカルマップを配布する大事なイベントが、長池公園にて開催される年に一度のマーケット。出店数は50店舗前後。あまりの人手に昨年は平日開催にせざるをえなかったというから、いかにバイローカルという理念が昭和町に根付いたかがうかがい知れます。
小山「人を寄せて儲けるのが目的ではない。マーケットを開くことで、地元の人とお店の人とでコミュニケーションをとってもらいたいんですよ。『あんたんとこのお店、どこやの? 今度遊びに行くわ』『あんたのお店、前から知ってたんやけど、どんなお兄ちゃんがやってるかわからへんかったから、行くん怖かってん。なんや~、あんたかいな~。ほんならこれから行くわ~』みたいな。バイローカルのマーケットを通じて知らないお店と出会ってほしいんです。ゆっくり話をしてほしいから、本音は、あんまりたくさんの人に来てほしくない(笑)」

2020年開催時の様子(写真提供/小山さん)
自分が住む街にどんなお店があるのか、意外と知らないものです。バイローカルは住民と店とのマッチングの機会をつくり、街がよい商いを支える地盤をつくりました。おかげで、こんな利点があったのだそうです。
小山「2020年の夏はコロナでしんどい時期でしたけれども、街の人がテイクアウトでお店を支えた。お店も必死やけど、街の人たちも必死でした。『この店がつぶれたら絶対に困る』ってね」
昭和町なら駅から離れていても商売が成立する。それが理想「長屋なんて更地にしてアパートを建てましょう」「コインパーキングにしてしまいましょう」が当たり前ななか、あえて古い建物の活用で街を衰退から救った小山さん。今後の展望は。
小山「これまでの経験で得た知見を活かし、おもろいエリアをさらに広げていきたい。街のはずれにも素敵なお店があって、周遊しながら楽しめる。そういうふうにならんと街ってしまいに廃れると思うんですよ。駅前でないと商売が成り立たん、そんなんではあかん。『昭和町なら住宅地でも商売が成立するんですよ』と伝えていかなければ。駅前一極集中ではなく、歩いて行ける場所、あるいは自転車でまわれるエリアに、自分の暮らしを豊かにしてくれるお店がいくつも点在している。それが街の理想形かなって思うんです」
確かに、バイローカルのマップを見ていると、点々とあるすべてのお店をぐるりと回遊したくなります。そうしてきょろきょろしているうちに、きっとさらに街が好きになる。

バイローカル会議の様子(写真提供/小山さん)
小山「象徴的な出来事がありました。駅前のいい場所に店舗が空いたので、お客さんをご案内したんです。けれども、そのお客さんが言うには、『すっごいええ場所やねんけれども、ここだと家賃を払うために仕事をせなあかん。ちゃんとていねいに商いをしたいから、もっとさびしい場所でいいです』と。その感覚なんです、昭和町は」
昭和町を訪れないと出会えない素敵な個性がある。希少となった長屋も、現代でいえば個性的な存在です。小山さんは今日も電動アシスト自転車で街を駆け抜けながらええもんを見つけ、昭和町をさらに「おもろい街」にすべく奮闘しています。
「私はただの不動産屋さん。けれども、街のことを考える不動産屋さんです。そやから、なんでもします。街の不動産屋はなんでもやりますよ」
●取材協力
丸順不動産株式会社
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