所在地:渋谷区東11万~12万円 / 20.97~21.36平米
山手線「渋谷」駅 徒歩11分
渋谷と恵比寿の間の、こんなうれしい物件いかがでしょうか?
うれしいポイント
その1、手ごろな面積と家賃。
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その3、建築家竹山聖氏のデザイン。
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場所は渋谷の東(方角じゃなくて地名です)。渋谷や恵比寿だけでなく ... 続き>>>.
圧倒的に不動産情報が多いですが。。。。
所在地:渋谷区東
所在地:渋谷区本町
所在地:渋谷区本町東京都を中心に、全国に43ある大相撲の稽古場(相撲部屋)。力士にとっては技と心を鍛える場であると同時に、生活の場でもある。大相撲という特殊な世界に生きる若者たちは、そこでどんな一日を過ごしているのだろうか? また、それぞれの稽古場には、どんな特徴があるのだろうか?
「稽古場は、親方一人ひとりの思いが反映された空間なんです」。そう語るのは、日刊スポーツ記者の佐々木一郎さん。一つひとつの稽古場の様子を、詳細な図解イラストで読み解いた『稽古場物語』の著者でもある佐々木さんに、個性豊かな稽古場とそこでの力士たちの生活などについて聞いた。
相撲部屋での力士の生活とは?――佐々木さんは2015年から4年にわたり、数多くの相撲部屋(以下、稽古場)を取材されています。力士にとって稽古場とはどんな場所なのでしょうか?
佐々木一郎さん(以下、佐々木):稽古場は鍛錬の場所でもあり、生活の空間でもあります。『稽古場物語』では44の稽古場を描いていますが、どの部屋も基本的なつくりは似ていますね。1階に土俵を中心とした稽古場、風呂場、調理場(ちゃんこ場)があり、2階以上が力士や親方の生活スペースになっています。関取(十両以上の力士)には個室が与えられ、それ以外の力士は大部屋での共同生活。ほとんどの稽古場は、伝統的にこの形を踏襲しています。
――個室がもらえるのは関取だけなんですね。
佐々木:はい。関取以外の力士が暮らす大部屋はプライベートな空間も少ないですし、不自由なことが多いです。ただ、だからこそ「早く関取になって、個室がほしい」というハングリー精神が生まれてくる。そういう狙いもあるのだろうと思います。

佐々木一郎さん(日刊スポーツ新聞社 デジタル編集部部長)。1996年日刊スポーツ新聞社入社。2010年3月場所から大相撲の担当記者になり、2013年4月からデスク。2015年から月刊『相撲』(ベースボール・マガジン社)で「稽古場物語」を連載。4年にわたって40以上の稽古場をめぐり、その特徴や親方たちの思いを自作のイラストとともに紹介してきた。近著は『関取になれなかった男たち』(ベースボール・マガジン社)。記者時代からの取材ノートは82冊を数える(写真撮影/藤原葉子)
――他に、稽古場ならではの間取りの特徴や工夫はありますか?
佐々木:どの部屋も、稽古場から風呂場、ちゃんこ場までの動線がよく考えられていますね。稽古で体についた土や砂を生活空間に持ち込まないよう、稽古場と風呂場が直結していたり、勝手口から外を通って風呂場に行けるようになっていたりします。そして、体をきれいにしたあとは、そのまま1階でちゃんこを食べられる。
例えば、旧二所ノ関部屋は稽古場への出入り口に脱衣所があって、すぐに風呂場へ行けるようになっていました。一般的な住宅でも家事や生活のしやすさを考えて動線を考えると思いますが、稽古場の場合も稽古と生活をスムーズにつなげるという観点で、理にかなったものになっていると思います。

佐々木さんの手描きによる稽古場の俯瞰図。土俵を中心とした稽古場の間取りや特徴が一目で分かる(写真撮影/藤原葉子)

イラストの描き方は、佐々木さんが学生時代から大ファンだった作家・妹尾河童さんの著書で学んだそう(写真撮影/藤原葉子)
――ちなみに、稽古場での一日とはどういったものなのでしょうか?
佐々木:まずは朝稽古。開始時間は部屋により違いますが、早朝からスタートして午前中には終わるところがほとんどです。食事は1日2回で、1回目は朝稽古終わりのちゃんこ。最初に親方と関取が食べ、その後は番付順に食べていきます。力士が多い部屋の場合、最後の人が食べ終わるのは午後2時くらいになることもありますね。その後は、関取であれば夜のちゃんこまでフリータイム。ジムなどで自主トレーニングをする人もいますし、家族がいる場合は自宅に帰って翌朝の稽古に備えます。
一方、関取以外の若い衆は朝のちゃんこの片付けをした後、夕方まで大部屋で昼寝です。午後4時くらいから掃除や夜のちゃんこの準備をして、食事が終わった後は寝るまで自由時間ですね。
――自由時間はどう過ごす人が多いですか?
佐々木:スマホでゲームをしたり、動画を観たり、漫画を読んだりと、そこは一般的な若者と変わらないと思いますよ。もちろん稽古場やジムなどで自主トレーニングに励む力士もいます。なお、朝稽古に支障をきたさないために多くの部屋に門限があり、この2年間はコロナ禍にあるため、そもそも外出する時間に制限があります。
伝統と革新が融合する、個性的な稽古場――どの稽古場も基本的なつくりは似ているということですが、それでも部屋ごとにちょっとした違いや個性は見られますか?
佐々木:そうですね。本当に部屋によってさまざまな特徴があります。正直、連載の取材を始める前は、多くの部屋でネタがかぶってしまうんじゃないかと心配していました。でも、実際は稽古場ごとに違いがあり、それぞれのストーリーを感じられるんです。
例えば、千葉県習志野市の「阿武松部屋」には、部屋のあちこちに美術作品が飾られていました。先代の親方が芸術を好んだ方で、弟子に対して「相撲だけしか知らないのではなく、絵など芸術にも触れてほしい。『これはなんだろう』と感じてもらうだけでもいい」という思いが込められているんです。
また、東京都江東区の「高田川部屋」には、力士が突っ張りの稽古をする「テッポウ柱」が5本もあります。これは角界でもここだけですね。普通は1本しかないため、親方は現役時代、ほかの力士とケンカしながらテッポウ柱を取り合っていたのだとか。そこで、弟子たちには存分に稽古をしてもらおうと5本も立てたそうです。

阿武松部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)

高田川部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)
――親方の稽古に対する考え方が、部屋づくりに反映されているわけですね。
佐々木:東京都墨田区の「鳴戸部屋」も革新的ですよ。風呂場に2つの浴槽があって、温水と冷水の交代浴ができるようになっています。これは、「血液の流れをよくして疲れをとるため」という理由からで、鳴戸親方(元大関・琴欧州)のこだわりです。親方は現役引退後に日体大に入学するなど新しいことを学ぶのに貪欲で、従来の相撲部屋にはなかった取り組みを次々と実現させています。

鳴戸部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)
また、いま注目しているのは二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)が茨城に建設中の「二所ノ関部屋」。構想では土俵を2面用意したり、大部屋もプライベート空間を重視したりと、既存の稽古場にはあまりなかった発想で部屋づくりをしています。高田川部屋の5本のテッポウ柱と同じように、土俵が2面あれば力士が順番待ちをせずに稽古に励めるだろうという考え方ですね。ちなみに、二所ノ関親方も現役引退後に早稲田大学の大学院で学んでいます。自分の経験とスポーツ科学を組み合わせ、試行錯誤しながら新しい稽古のあり方を模索しているんです。
――若い親方が新しい発想を取り入れて、稽古場のありようも変わってきていると。
佐々木:はい。大相撲の伝統を尊重しながらも、科学的なトレーニングや合理的なやり方を取り入れる親方は増えています。特に、学生相撲出身の親方は新しい試みに積極的な印象があります。大学の相撲部は4年間という限られた期間でトーナメントを勝ち上がるために、早く強くなれる効率のいいトレーニングを重視していますから。
例えば、日本大学出身の木瀬親方(元幕内・肥後ノ海)が率いる「木瀬部屋」(東京都墨田区)は、力士を相撲に集中させるための合理性を追求しています。稽古場は冷暖房完備で、稽古をビデオで撮影し、テレビモニターですぐに確認できるようにもなっている。これは、古くからある稽古場では考えられなかったことですね。

木瀬部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)
――ちなみに、立地はどうでしょうか? 両国国技館に近い東京23区内ではなく、茨城、千葉、埼玉などに部屋を構えるケースもあります。相撲に集中するための環境としては、どちらのほうがいいと思いますか?
佐々木:一長一短があるので、どちらがいいとは言えません。6場所のうち半分は両国国技館で開催されるので、「通勤」のことを考えたら都心のほうが便利ですよね。でも、当然ながら都心は土地が高いので、稽古場自体は狭くなります。逆に、茨城や埼玉、千葉などの部屋は国技館からは遠いですが、かなりゆったりと贅沢なスペースがとれる。
例えば、千葉県松戸市の「佐渡ヶ嶽部屋」の敷地面積は630坪もあり、力士は充実した環境で稽古に励んでいます。一方で、東京都墨田区の「宮城野部屋」はもともとバイク店だった建物をリフォームしていて、かなり窮屈なんです。ただ、そんな環境で横綱の白鵬が優勝を重ねていたことを考えると、稽古場が狭いからといって強い力士が育たないとは言えない。結局は親方の考え方次第ですよね。一般住宅でも、都心で便利さを求めるか、郊外で広さを求めるかで悩むじゃないですか。それと同じことではないでしょうか。

佐渡ヶ嶽部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)

宮城野部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)
「ただ強くなればいい」ではない――先ほど、新しい試みに積極的な親方が増えているというお話がありましたが、その一方で、あえて「昔ながらの稽古」を貫く親方もいらっしゃるのでしょうか?
佐々木:もちろんです。特に、歴史の長い部屋を受け継いだ親方や、中学卒業と同時に角界入りした叩き上げの親方はその傾向が強いかもしれません。「稽古場は“鍛錬の場”なのだから、冷暖房なんて必要ない。冬は汗をかけば温まるし、夏は暑さを我慢してやるものだ」と。
この根底には「相撲は修業の一環である」という考え方があります。つまり、ただ相撲が強くなればいいのではなく、人間教育にも重きを置かなくてはいけない。ですから、昔ながらのやり方を一概に時代遅れなどと切り捨てることはできませんし、どの考え方も正解なのだと思います。

「親方衆は、いかにして弟子の番付を上げ、いかにして人間教育と両立させていくかについて頭を悩ませています」と佐々木さん(写真撮影/藤原葉子)
――確かに、ただ競技能力の向上だけを目的とするなら、そもそも相撲部屋のシステム自体が決して合理的とはいえませんよね。
佐々木:そう思います。大部屋での集団生活や、ちゃんこ番、部屋の掃除までしなくてはいけないなんて、他のプロスポーツ選手であれば考えられませんよね。相撲で勝つことだけを考えるなら、ひたすら稽古だけに没頭したほうがいいし、各々が個室でリラックスし、ベッドでゆっくり休んで疲れをとったほうがいいのは明白ですから。ただ、それも全て、修業の一環なんです。
大相撲の場合、新弟子検査をクリアすればプロになれます。プロ入りのハードルは低い反面、関取になれるのはほんのひと握りです。10人のうち9人は30歳くらいまでに引退をして、相撲とは別の世界で生きていかなくてはならない。だからこそ、親方は弟子たちをいかに教育し、相撲界から卒業させるかに心を砕いているわけです。稽古場とは、そんな親方一人ひとりの思いが反映された空間なんですよ。
――佐々木さんのお話を伺って、稽古場を見学してみたくなりました。
佐々木:今はコロナの影響で中止になっていますが、以前は多くの部屋が朝稽古を一般に公開していました。また再開されたら、ぜひ訪れてみてほしいですね。もちろん、私語をしないなどマナーは守った上で、稽古場の空気を感じていただきたいと思います。
●取材協力
佐々木一郎(Twitter)
『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)
所在地:港区白金
所在地:渋谷区恵比寿
所在地:横浜市青葉区美しが丘
所在地:川崎市高津区溝口
所在地:栃木県那須郡
所在地:文京区水道
所在地:目黒区青葉台
所在地:世田谷区成城
所在地:世田谷区上野毛
所在地:世田谷区若林
所在地:練馬区南田中
所在地:世田谷区大蔵
所在地:横浜市中区山手町リクルートが2021年の「新築分譲一戸建て契約者動向」(首都圏)を発表した。この調査は、首都圏の新築分譲一戸建てを契約した人を対象に、購入物件や購入行動などを聞いたものだ。購入価格や広さ、駅からの距離、購入者の資金計画などに変化はあったのだろうか?
【今週の住活トピック】
「新築分譲一戸建て契約者動向」調査(2021年首都圏調査)公表/リクルート
まず、2021年に新築分譲一戸建ての契約をした人の購入物件について、見ていこう。購入物件価格の平均額は4331万円で、2014年の調査開始以降で最高額になった。内訳を見ると、「3000万~3500万円未満」と「3500万~4000万円未満」がそれぞれ約17%で、3000万円台が全体の3分の1を占める。いっぽうで5000万円以上の物件も24%を占めるなど、価格はかなり分散していることがうかがえる。

出典:リクルート「新築分譲一戸建て契約者動向」調査(2021年首都圏調査)より)
次に、購入物件の広さを見ると、建物の平均面積は99.0平米。100平米前後の「95~100平米未満」(22.1%)と「100~105平米未満」(25.2%)に集中している。また、土地の平均面積は120.5平米で、120平米前後の「100~120平米未満(32.7%)と「120~140平米未満」(23.9%)に集中している。広さはいずれも前年並みだ。
一戸建てとして好まれる面積は、土地120平米前後、建物100平米前後あたりになるが、立地条件などによって価格は変わるということだろう。

出典:リクルート「新築分譲一戸建て契約者動向」調査(2021年首都圏調査)より)
ちなみに、リクルートの「新築マンション契約者動向」(2021年首都圏調査)と比べてみると、新築マンションの平均購入価格は5709万円でやはり調査開始以降の最高額となったが、平均の専有面積は66.0平米と調査開始以降で最も小さくなった。新築マンションでは価格の上昇につれて専有面積は小さくなる傾向が見られるが、新築分譲一戸建てでは広さはあまり変わらず、平均価格だけが変動している印象だ。
また、新築マンションでは、シングル世帯の購入者が18%(男性7%・女性11%)であるのに対し、新築分譲一戸建てでは、シングル世帯は3%だった。
最寄り駅からの平均徒歩分数は14分、年々増加する傾向にでは次に、購入物件の立地を見ていこう。
最も多かったのは「東京都の23区外(市部エリア)」の24.1%だが、埼玉県、神奈川県、千葉県もそれぞれ20%近辺であり、立地は首都圏全体に分布していることがわかる。「東京23区」は15.1%で前年よりは増加した。

出典:リクルート「新築分譲一戸建て契約者動向」調査(2021年首都圏調査)より
最寄り駅からの距離を見ると、平均徒歩分数は14.0分。「徒歩11~15分以内」が26.0%で最も多いが、次いで「バス・車利用」(24.7%)や「徒歩6~10分以内」(21.5%)も多かった。平均徒歩分数は、2014年の調査開始時は11.6分だったが、次第に長くなり、徒歩10分以内の占める比率が年々減少する傾向が見られる。
マンションと違って、一戸建ての購入者は車通勤の人も多く、駐車スペースにこだわって(夫婦それぞれの2台駐車可能)住まい探しをしている事例も見られる。また、コロナ禍の働き方の変化の影響もあってか、駅近へのこだわりが薄まっているように感じられる。

出典:リクルート「新築分譲一戸建て契約者動向」調査(2021年首都圏調査)より)
4人に1人がフルローンで一戸建てを購入次に、購入した世帯の状況を見ていこう。
まず、世帯主の平均年齢は36.7歳。「30~34歳」(28.9%)と「35~39歳」(24.8%)で、30代が過半数を占めた。この傾向は近年変わっていない。また、既婚世帯に占める共働きの比率は68.6%で、年々増加傾向にある。平均世帯年収は779万円で、2014年以降最も高くなった。
さて、購入者の資金計画を見ると、自己資金の平均額は573万円。1000万円以上用意した世帯もいる一方で、自己資金0円、つまり全額ローンで購入した世帯が25.3%もいる。

出典:リクルート「新築分譲一戸建て契約者動向」調査(2021年首都圏調査)より)
では、ローン借入額はどうだろう?平均借入額は4075万円で、こちらも調査以降の最高額となった。「4000万~5000万円未満」が最多の26.4%で、次いで「5000万円以上」(19.7%)、「3500万~4000万円未満」(18.7%)、「3000万~3500万円未満」(18.2%)の順に多いという結果だ。

出典:リクルート「新築分譲一戸建て契約者動向」調査(2021年首都圏調査)より)
30代で新築分譲一戸建てを購入する人が多いことから、自己資金などの準備が十分ではない世帯がある一方で、共働きの増加により世帯年収が増加し、多額のローンを借り入れることができるようになった、という背景もあるのだろう。
調査結果によると、総年収1000万円以上の既婚共働き世帯が、全体の22.6%。総年収1000万円以上の既婚共働き世帯について、世帯主、配偶者それぞれの平均年収を見ると、世帯主が905万円、配偶者が548万円だったという。
さて、筆者が気になるのは、4人に1人がフルローンだということ。万一、変動金利型などの低金利を活用して、めいっぱい借りている世帯があるなら、早めに今後の金利上昇リスクについて検討しておく必要があるだろう。
実は、金融市場の長期金利がじわじわと上昇している。金融市場の長期金利と連動する、全期間固定型の住宅ローン「フラット35」の金利も2・3・4月と連続して金利が上がっている。長く続いてきた住宅ローンの超低金利時代だが、市場の金利上昇圧力が高まっているのだ。いまのところ、変動金利型などの金利は上がっていないが、長期間金利を固定するローンの方が先に上がっていくので、マイホームを購入した後は住宅ローンのメンテナンスについても怠らないようにしてほしい。
●関連サイト
リクルートの調査結果
「2021年首都圏 新築分譲一戸建て契約者動向調査」
「2021年首都圏 新築マンション契約者動向調査」
所在地:目黒区目黒2-11-3
所在地:埼玉県越谷市蒲生茜町
所在地:杉並区久我山
所在地:横浜市南区中村町東京都世田谷区豪徳寺にある、推定およそ築130年の洋館。「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれる政治家・尾崎行雄の旧居と伝えられてきた邸宅だ。1年前、取り壊しの危機にあった洋館は、保存を望む有志によって買い取られ、今なお往時の姿を留めている。ただ、一時的に解体を免れたものの今後も建物を維持し続けるための課題は山積み。当面の補修費用だけでも、およそ1億円がかかるという。
そうまでして、なぜこの洋館を守りたいのか? その思いやこれまでの紆余曲折、これからについて、2019年にスタートした「旧尾崎邸保存プロジェクト」発起人の漫画家・山下和美さん、笹生那実さんに聞いた。
世田谷イチ古い洋館に惹かれて――山下さんが最初に洋館に出合った時のことを教えてください。
山下和美(以下、山下):13年前、家を建てる土地を探していた時に豪徳寺を訪れ、初めてこの洋館を見ました。水色の外観は清里高原(山梨県)にあるペンションみたいなかわいらしさがありながら、時を重ねた建物にしか出せない品のある古さが感じられる。一目で惹かれましたね。この街に家を建てたのも、洋館の存在があったからです。近くに住み始めてからはより愛着が湧き、散歩をする度に眺めていました。

山下和美さん。漫画家。『ランド』『天才柳沢教授の生活』『不思議な少年』『数寄です!』『寿町美女御殿』など、数々の作品を発表。現在は、洋館の保存活動の経緯を描いた『世田谷イチ古い洋館の家主になる』をグランドジャンプ(集英社)で連載中(写真撮影/相馬ミナ)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)
――それがじつは、世田谷区内に現存する「最も古い洋館」だったと。
山下:界隈では「旧尾崎行雄邸」と呼ばれていましたが、建てたのは尾崎行雄の妻テオドラの父親である尾崎三良男爵で、明治21年築という説が有力のようです。つまり、築130年以上。鹿鳴館(明治16年築)とあまり変わらない時期に建てられ、世田谷区に移築された洋館と知った時には、なおさら残す価値があると思いました。ちなみに、三良男爵の日記には、新築時に伊藤博文ら政府要人を招いたという記述もあります。
――笹生さんは、この洋館の存在をどうやって知りましたか?
笹生那実(以下、笹生):山下さんが洋館の保存活動をしていることを知って興味を持ち、一人でこっそり見に行ったんです。想像以上に大きくて、風格があって圧倒されました。また、立派だけどかわいくもあり、とても魅力的な建物だなと感じましたね。

笹生那実さん。漫画家。主な作品に『薔薇はシュラバで生まれる』『すこし昔の恋のお話』『25月病』などがある(写真撮影/相馬ミナ)
――笹生さん、山下さんはもともと洋館がお好きだったのでしょうか?
笹生:洋館には子どものころから憧れがありました。私は横浜出身で、山手の西洋館エリアを見て育ちましたから。きれいな建物と広い庭、大きな犬を連れて散歩している住人。とても華やかで、本当に外国にいるような気持ちになりましたね。
――山下さんも、多くの古い洋館が残る小樽で幼少期を過ごしたそうですね。
山下:小樽(北海道)には明治維新のころにたくさんの洋館が建てられて、私が暮らしていた1960年代にはあちこちにまだ残っていました。その一部は父が勤めていた小樽商科大学の宿舎としても使われていて、職員であれば安く住むことができたんですよ。実際、私が赤ん坊のころに円柱形の不思議な洋館に住めることになり、母と姉が見学にも行ったらしいんですけど、「押入れがないと布団が仕舞えない」と母が反対して断念したそうです。当時はベッドを買うという発想がなかったみたいで。残念ながら、憧れの洋館に住むチャンスを失いました。ちなみに、今はもうその建物は取り壊されてしまったそうです。

世田谷の静かな住宅街に建つ洋館。周囲の緑と水色の外観が調和している(写真撮影/相馬ミナ)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)
解体工事の2週間前に始めた「ネット署名」が流れを変える――現在は山下さんたちが所有し、保存されている洋館ですが、一時期は取り壊し寸前までいったそうですね。
山下:3年前に近所の人から「洋館が取り壊されるらしい」という話を聞きました。跡地に建売住宅を作る計画があって、すでに土地と建物は不動産会社を通じて工務店に売却済みという状況だったんです。私たちが買い戻すとなると、3億円はかかるという話でした。
正直、私も借金して自宅を建てたばかりで、とてもそんなお金はない。それでも、何とか残す手はないかと2019年に保存プロジェクトを始めたんです。

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)
――お金のこと以外に、何が特に大変でしたか?
山下:不動産会社との交渉がうまく進まず、1年近くも膠着状態になってしまったのは辛かったですね。不動産会社の言い値や契約内容に不明瞭な点があっても、私たちにそれを確かめるすべはありません。その時には前オーナーである家主さんとの接触も、不動産会社側によって完全にシャットアウトされていましたから。そうこうしているうちに解体工事の日程も決まってしまい、もはや絶望的な状況でした。

洋館の内部。洋館として「きばりすぎていない」シンプルなつくりに惹かれたと山下さん(写真撮影/相馬ミナ)

1階と2階をつなぐ手すり付きの階段(写真撮影/相馬ミナ)

館内随所に130年の年月を重ねた風格がにじみ出ている(写真撮影/相馬ミナ)
――そんな絶望的な状況から、潮目が変わったきっかけは何だったのでしょうか?
山下:解体工事の予定日まで2週間を切ったギリギリのタイミングで(保存を求める)ネット署名を集め始めたのですが、そこから少しずつ流れが変わっていきました。たくさんの賛同者が集まってくれて、多くの人に保存プロジェクトのことを知ってもらえたんです。

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』2巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』2巻より(集英社)
また、世田谷区議会議員の神尾りささんからもご連絡をいただき、協力してもらえることになりました。神尾さんはもともとワシントンを拠点に仕事をしていて、尾崎行雄に対して特別な思い入れがあったというんです(※編集部注:尾崎行雄は東京市長時代、ワシントンD.C.のポトマック河畔に3000余本の桜の苗木を寄贈し、日米友好に努めた)。
――それは心強い。
山下:神尾さんは、私たちが立ち上げたネット署名を海外に発信することを提案してくれました。アメリカ側からも“日米友好の象徴”である旧尾崎行雄邸保存の動きを起こそうと、英訳までやってくれたんです。
それからは本当に目まぐるしく、短期間でいろんなことが起こりましたね。さまざまなメディアにもこの一件が取り上げられ、世間的な関心が高まったこともあって、解体工事だけは延ばしてもらえました。
――工事を延ばしつつ交渉を進め、最終的には強力な支援者が現れて一時的に洋館を買い取る形になったそうですね。
笹生:はい。金額が金額だけに大変でしたが、、最終的には「取り壊しを防ぐための一時所有なら」ということで支援してくれたんです。

3つの部屋が連なる不思議な間取り。1階と2階を合わせて7つの部屋がある(写真撮影/相馬ミナ)
1億円の補修費用、どう捻出?――所有が保存プロジェクトに移り、取り壊しは回避されました。ただ、このまま維持していくのは大変ですよね?
笹生:そうですね。一時的に解体は免れましたが、次はこれをどう維持・活用していくかという問題があります。当初は洋館を曳家(ひきや/建物をそのままの状態で移動させる手法)で移動し、広くなった土地を分譲して資金を得ることも考えましたが、なかなか買い手は見つかりませんでした。
山下:それに、既存の建物として今の場所にあるぶんには仕方ないけど、場所を移動するなら現在の建築基準法等の法令に合わせなくてはいけないんです。その後、世田谷区にも相談してさまざまなアイディアもうまれましたが、時間がかかりそうでした。
現在は、洋館を使いたい民間企業とテナント契約を結び、収益を得ながら有効活用する道を探っています。

窓ひとつとっても味わい深い。ただ、つくりが複雑なため、補修できる業者を見つけるのも一苦労だという(写真撮影/相馬ミナ)
――現時点での手応えはいかがですか?
山下:さまざまな企業が興味を示してくれましたが、最終的には都内の有名コーヒー店が本店を洋館に移したいと名乗り出ていただきました。しかも、洋館自体はそのままにして、昔の建物の雰囲気を大事にしたいと言ってくれて。厨房などは、洋館の横にある朽ちかけた小屋を改装してつくるということでした。今は具体的な詰めやスケジュールの調整を行なっているところです。

2階の洋室。かつてはここに6家族が間借りし、暮らしていたこともあったそう(写真撮影/相馬ミナ)

テレビのアンテナ。戦後、一部の部屋は賃貸住宅として活用され、現代の暮らしが営まれてきた(写真撮影/相馬ミナ)
――ただ、築130年の建物は老朽化も進んでいて、補修費用だけでも莫大な額になると思います。家賃収入だけで賄うことは難しいのでは?
山下:当面の補修費用だけでも、およそ1億円はかかります。大家となるからには耐震工事は必須ですし、現在の古い建物のままでは寒すぎるので、暖房器具も入れなくてはいけない。ただ、普通にエアコンを入れてしまうと、せっかくの雰囲気が台無しになってしまいます。外観だけでなく中身も明治を感じさせる趣を残すには、通常よりさらにハイレベルな工事や技術が必要になるんです。他にも、窓のつくりがものすごく複雑だったりするので、修繕できる業者も限られてきます。そうなると、どうしても費用はかさんでしまう。
笹生:正直、家賃収入だけではとても足りません。そこで、保存プロジェクトでクラウドファンディングによる寄付を募り、約1800万円のご支援をいただくことができました。他にも、知人の漫画家など支援の声を挙げてくださる方がいますので、当面はお借りできるところからお借りして、家賃収入で少しずつ返していければと考えています。

取材時に洋館を案内してくれた山下さんと笹生さん。一部のスペースはお二方のギャラリーとしても活用する予定(写真撮影/相馬ミナ)
――とりあえず取り壊しを免れたものの、保存への取り組みはまだまだ続いているわけですね。
山下:そうですね。ずっと進行中です。一番の悩みは、私たちがこの世からいなくなった後のことです。その時には絶対にまた同じ問題が起こりますよね。私たちの願いは洋館を後世にも残し続けることなので、いずれは永続的に所有してもらえるところに譲りたいと考えています。
笹生:いくつか目星はつけているので、私たちが元気なうちに何とか道筋をつけたいです。これからテナントが入り、洋館が活用されている様子を発信できれば、周囲の見方も変わってくると思います。ですから、まずは目の前の計画をしっかり進めていきたいですね。

山下さんの『世田谷イチ古い洋館の家主になる』。保存プロジェクトの詳細な経緯が描かれている(写真撮影/相馬ミナ)
●取材協力
旧尾崎邸保存プロジェクト(Twitter)
旧尾崎行雄邸保存プロジェクト(Facebook)
『世田谷イチ古い洋館の家主になる』(グランドジャンプ)※試し読みあり
所在地:目黒区碑文谷
所在地:港区赤坂
所在地:港区赤坂
所在地:目黒区東山
所在地:港区赤坂
所在地:川崎多摩区栗谷
所在地:大田区矢口
所在地:宮城県仙台市宮城野区宮城野この世には、「会社のとなりに住む人たち」がいる。
通勤時間を極限まで減らし、空いた時間を生活やさらなる仕事に割り振る。限られた人生の時間を、究極の方法で生み出す者だ。
コロナ禍で、働き方の可能性を大きく広げたリモートワーク。それでも補完しにくい、直接的なコミュニケーションが可能なオフィスの役割も見直されるいま。彼らの生活に迫ってみた。
90万円の部屋に住み、となりの会社へ通う社長今回はそんな日常生活を送る2人に話を伺った。この両者、家賃は10倍ほど違う。まずは90万円もの高額な家賃を払いながら、会社のとなりに住む1人目の声を聞く。

左はオフィスがあるアークヒルズ、右は住居の泉ガーデンレジデンス。本当にとなりだ(写真撮影/辰井裕紀)

位置関係はこの通り(写真撮影/辰井裕紀)
六本木のアークヒルズサウスタワーに会社を構え、システムエンジニアリングサービス事業とSaaS事業を営む株式会社エージェントグロー。このエリアは完全なる「ビジネス一等地」だが、よりによってとなりにある超高級マンション、泉ガーデンレジデンスに居を構えている人がいる。同社代表取締役の河井智也さんである。

「ウマ娘」にハマる河井社長(撮影時のみマスクを外しています。写真撮影/辰井裕紀)
会社のとなりへ住むようになったいきさつを語ってくれた。
「実家暮らしが長かったんですけど、27~28歳で一人暮らしを始めてから、ずっと職場の近くに住むようにしています」
そこには理由があった。
「実は私、元引きこもりのニートで。家は貧乏でしたし、学歴もそれほどじゃなくて」
世の中は不平等だ。
「ですがある日、『どんな人にも時間は平等なんだよな』と気付いたんです」
当時住んでいた新横浜の実家から、都心へは通勤に1時間以上かかる。その通勤時間を時給2000円で計算すると「1年でおよそ100万円」になる。
「時間を有効活用して通勤時間を仕事や勉強に費やそうと思い、『会社の近くに住もう』と決めました」
そう一念発起して、18億円を超える売り上げと317名もの従業員を抱える会社を築いた。

かつて河井さんのオフィスがあった溜池交差点(写真撮影/辰井裕紀)
創業当初のオフィスは溜池山王にあり、赤坂に住んでいた。
「当時は会社から7分くらいのところに住んでいたのですが、会社が移転したのに伴い徒歩10分ぐらいになっちゃって。それを機に『新社屋から一番近い部屋に引っ越そう!』って決めたんです」

部屋の中。さまざまな日本画が飾られている(写真提供/河井智也)

真ん中に見えるのが自宅と会社を行き来する裏道(写真撮影/辰井裕紀)
新しい住まいは1LDKで66平米ほど。リビングは16.5畳(約30平米)でバルコニーも広々としている。
「赤坂のときは妻と2人暮らしで2LDKに住んでいたんですけど、引っ越し先を決める際に『個室がふたつあるより、リビングの大きいところに住みたいね』と話して。画家の妻が大きな作品を描くにも便利なので、広いリビングのある1LDKに引っ越しました」
始業の10分前に起きても会社へ間に合う一人暮らし時代の家賃は15万円、赤坂のときは30万円。六本木で48万円と来た。そしてこの記事が出るころには、同じマンションの高層階に引っ越している。床面積は2倍近くに広がるも、家賃はさらに90万円へ跳ね上がった。
「子どもが生まれてから物がすごく増えて手狭になり、リビングがさらに広い2LDKに引っ越しました。物置が大きいので、たくさんある妻の画材もしまえますね」

リビングは19畳と広々している(画像提供/河井智也)
90万円もの高額な部屋に住む、決断に至った心中とは。
「環境がよければ、お金を稼げますから。家賃が高くとも、たくさん頑張って成果を出せばいいので」
力強く語る。そのために寝る時間も大切にしている。
「家が会社のとなりにあるおかげで、徒歩1分で帰宅できます。会社を出るのが24時を過ぎても7~8時間は眠れますし、仮に寝坊して8時50分に起きても、定時の9時に間に合いますよ」

エスカレーターを乗り継げば泉ガーデンレジデンスからアークヒルズまで雨に濡れずに移動できる(写真撮影/辰井裕紀)
「電車通勤が不要」なのも、会社のとなりに住む利点という。
「なかなか気づかないですけど、電車に乗るのは意外と精神的に削られるんですよ。人とすごく近いとかで。会社に着いた時点でもう、ちょっと疲れちゃうんですよね」
“仕事のパフォーマンスに直結する”との考えから、電車に乗らなくていい家を選んだ。

東京メトロ南北線 六本木一丁目駅も近いがほぼ使わない(写真撮影/辰井裕紀)
近いから家庭生活も大事にできる会社の成長にも、「会社のとなり」生活が活きた。
「一番大きいのは、採用面接ですね。面接に来る求職者の方の大半は平日の日中帯に働いていますから、だいたい定時後か土日の面接を希望されるんですよ。コロナ前は対面の面接がメインだったんですが、さまざまな事情で来社できなくなる方もたまにいらっしゃって」
家が遠ければ通勤時間が気になるが、家がとなりにあれば精神的にも余裕ができる。土日の面接でもゆとりを持って対応でき、良い社員が続々と入社してくる好循環が生まれた。そして、「結婚生活」においてもメリットがある。
「1歳にならない子どもがいるんですが、子どもに何かがあって妻からヘルプがあったらすぐ帰れるんですよね。家のベランダから会社の明かりが見えるほど近いので、お互い安心できます」

中央右側が家。バルコニーから合図を送れる距離だ(写真撮影/辰井裕紀)
ちなみに行きつけのお店は?
「自宅近くのお店にはだいたい入ったことがあるので、誰かとごはんを食べるときにいいお店はある程度把握しています」
さすがの網羅ぶりを見せる河井さんに、いくつか店をピックアップしてもらった。
「THE CITY BAKERY BRASSERIE RUBINは、パリのパン屋さんのレストランです。広くて子連れで行きやすいうえにテラス席もありますし、妻も好きなお店です。あとは陳麻婆豆腐とか。辛いのが好きな社員も多いので、みんなでランチによく行きますよ」

陳麻婆豆腐(写真撮影/辰井裕紀)

ランチセットは1,100円。ごはんを大盛りにすれば食べごたえもある(写真撮影/辰井裕紀)
歩かなくなって30キロ太った
(撮影時のみマスクを外しています。写真撮影/辰井裕紀)
メリットは多いが、意外な盲点も。
「会社の近くとなると大都会であることも多いので、まず家賃が跳ね上がります。職場近くにずっといると生活もマンネリ化しがちなので、旅行などでリフレッシュするように心がけます」
近くに住むからこそ、遠出する余裕もできるという。そして河井社長は笑って話す。
「会社のとなりに住むようになって、30キロ太ったんですよ。あまりに太りすぎてみんなから『痩せろ』と言われて。歩くってカロリー消費に大切だったんだなと。あわててジムに通い始めましたね」
老後は、会社を離れて住むことも考えている。
「歳を取って会社の近くに住まなくてよくなったとき、競馬ファンの私は『競馬場の近く』にでも住んでいるかもしれません(笑)。そのとき自分が熱中しているものや、やりたいことを叶えられるところに住むのが一番だと思いますから」
それまでは、仕事がやりやすい「会社のとなり」生活を謳歌する。
「仕事で成果を出したり年収を上げたりしたい人は、絶対会社の近くに住んだ方がいいと思いますね」

(写真撮影/辰井裕紀)
あの大阪の大手ゲーム社員も「会社のとなりに住む」もう1人。誰もが知るあの大阪の大手ゲーム会社のとなりに住むのが、キャラクターデザイナーのolorさんだ。

olorさんの近影(画像提供/olor)
「会社への距離は……本当に1分くらいですね。距離は50mもないです」

JR吉祥寺駅前 (写真/PIXTA)
いったいなぜ会社のとなりに住んだのか。それは東京時代にさかのぼる。
「吉祥寺に住み、渋谷まで通勤していました。会社までは50分かかり、出退勤ラッシュに苦しんでいたんです。人混みに眼鏡を割られたこともありますし、酔ったとなりの人からゲロを吐かれたことも3回あります(笑)」

olorさんが勤めるゲーム会社の社屋(画像提供/olor)
電車を逃して会社に何度も泊まったこともあり、通勤の苦労は深く脳裏に刻まれた。そこから3年前に転職し、東京から大阪に移住する。
8年住んだ吉祥寺は気に入っており、「関西の吉祥寺」のようなところを探したが、なかった。そこで目を付けたのが、会社のとなりだったのだ。
「さすがに会社のとなりは、仕事モードのオンオフができなさそうで悩みました。ですがこだわりポイントがすべて集まっていたのも、会社の近くだったんです。川の真ん中にあってオシャレな中之島公園もあるし、10分歩けば大阪城。ショッピングモールもあったので」
そして「通勤・退勤ラッシュにつかまらない」のも理由のひとつだった。

遊覧船が通る中之島公園。イベントも開催されてにぎわう(画像提供/olor)
関西の物件は東京よりは安いと思っていたが、本社があるのは大阪市でも都会の中央区だ。7万2000円の家賃では広い部屋を借りられなかった。
「吉祥寺時代の6畳から9畳になりましたが、実質キッチンが3畳ほど取っている1Kなので、やっぱり狭いです」

olorさんの部屋。キッチンが部屋のスペースを取っている(画像提供/olor)
猛暑や梅雨も関係なく過ごせる「残業が多い業界で近所に住む社員も多いですが、本当にすぐとなりだと知るとびっくりされましたね」
だからプライベートでもよく同僚と遭遇する。
「気まずくはないですけど、ピザを買って帰るところを目撃されて『今日ピザなんですね』とか言われることはあります(笑)」
行きつけのお店も、やはり近くの店になる。
「いつも同じところばっかりに行ってしまうのが問題です(笑)」
長い行列のできるつけ麺の井手本店や、たっぷりの鶏むねからあげが食べられる万喜鶏などは、olorさんも何十回と通っている。

焼き鳥屋の万喜鶏。「めちゃくちゃなボリュームの鶏のむねからあげが好きで、よく行きます」(画像提供/olor)

+200円で倍近くからあげが増える(画像提供/olor)
住んでみると徒歩1分もかからず出勤できるし、電車のラッシュとは無縁で、まるで体力を消耗しなかった。猛暑や梅雨も苦にならないし、自分の時間が増えた。
「家と会社への往復があまりにもカンタンですから、家のPCの調子が悪くなったときも、出勤して会社のPCでやり過ごせました。退社後には『olorさんがデータを確認しないと進めない』などの連絡もたまに来るんですが、パジャマのまま会社に行ってすぐ解決できますよ」
「ついでに」の行動ができないだが、デメリットもある。olorさんが勤めるような大企業は都会にあるため、「都市のノイズがうるさい」
「働くならいいんですが、住むのは大変です。そばに片側5~6車線くらいあるすごく大きい道路があり、緊急車両のサイレンが毎日のように鳴るし、バイクの暴走族もいます。休日にはデモまで」
さらにまわりには高い建物が多く、日当たりも微妙だという。
「会社と家の往復では仕事のオンオフができません。インドア派の私でも、変化がなくて息苦しさを感じます」
関西に来て3年経つが、その実感も薄いという。会社もデスクワークのため、1日10分も歩かない。
「あと、通勤に距離があるとお店や公園に寄ったり、映画を観たりできます。家が近すぎると、意識してアクションを起こさないと外での行動ができません。お家に入ったら『もう出たくない』となるので」

物も増えて手狭になり、引っ越しを計画中(画像提供/olor)
「会社から離れる幸せ」も見えてきたなので、次は会社から離れたところへのマイホーム購入を考えている。
「大阪は東京ほど電車が混まないっていうし、30分以上離れてもいいかなと。物も増えましたし、関西で落ち着いてもいいと思ったので」
探しているのは交通の便のよさとともに、自然豊かな街だ。
「京都と大阪の真ん中にある高槻市とか、大阪・枚方市の樟葉とか。老後も考えたら、京都の宇治市もいいかなって。通勤は1時間かかりますが、電車1本ですぐ京都市内には出られるので。趣味のバイクで琵琶湖にもすぐ行けますから」

宇治市御蔵山から見渡す秋晴れの山科方面の景色 (写真/PIXTA)
そうやって引っ越しを考える日々だが、それでも「会社のとなり生活」は、メリットの方が多いと語る。
「移動がない分、自分の時間は明らかに増えます。仕事が生活のメインの人か、完全にインドアの人にはいいと思いますし、都会生活が好きな人には最適だと思いますよ」
会社のとなりに住みたくなった人には。
「単調な毎日になりやすいので、帰宅後や週末のプランを意図的に組み込んで、気分のオンオフをしたほうがいいですね」

夕日が沈む琵琶湖(写真撮影/辰井裕紀)
テレワークで、時間と距離の自由を得た現代人。しかし、もし行き詰まりを感じているようであれば、「会社のとなりに住む」のも選択肢の一つだ。多くのメリットとともに、デメリットも確実にある。そこを見きわめて納得できたら、こう生きるのもいいだろう。
会社のとなりに住むメリットと、離れて住むメリット。一緒に見つめられるはずだ。
●取材協力
株式会社エージェントグロー
olorさん
所在地:台東区浅草橋
所在地:目黒区中目黒
所在地:世田谷区北沢
所在地:目黒区駒場
所在地:台東区上野桜木
所在地:中央区晴海
所在地:中央区日本橋茅場町
所在地:世田谷区若林
所在地:世田谷区若林
所在地:文京区本駒込
所在地:世田谷区成城
所在地:品川区西五反田東京都では、「住み替えやリフォームをお考えの方に向けて、契約する前に知っておきたい、良質な住まいを選ぶためのヒントや気を付けるべきポイントなどをまとめたホームページを新たに開設しました」と広報した。“東京の膨大な不動産情報にアクセスする際のガイド役を果たす”ということなので、筆者がそのお役立ち度を見ていこうと思う。
【今週の住活トピック】
東京の住まい選びをサポートする情報サイト「TOKYOすまいと」を開設/東京都
東京都が広報したサイトの名称は「TOKYOすまいと」。サブキャッチに「住まい選びの東京アクセスガイド」とある。
コンテンツを見ると、次のように多様なものだ。
●良質な住宅の見分け方とは?
●知ってお得な助成制度とは?
●初めて住宅を借りる時に気を付けるべきことは?
●子育てしやすい住宅とは?
●高齢者にやさしい住宅とは?
●環境にやさしいエコ住宅とは?
●既存住宅(中古住宅)購入のポイントは?
●住宅リフォームの成功の秘訣とは?
●災害に強い住宅で安心して暮らすためには?
●健康で快適な暮らしをするためには?
●公的機関が供給する住宅とは?
各コンテンツの内容を見ていくと、見分け方や注意ポイントの解説をしている内容ではなく、参考になる情報を記載したサイトを紹介する形となっている。つまり、詳しい情報を入手したい場合の“中継基地”といった感じで、サブキャッチ通りまさに「アクセスガイド」だった。
このコンテンツの中で筆者が最も役立つと思ったのは、「初めて住宅を借りる時に気を付けるべきことは?」だ。「既存住宅(中古住宅)購入のポイントは?」も同じ観点で役立つと思った。
これらのコンテンツでは、東京都が作成したガイドブックなどを数多く紹介している。
以前から東京都は住宅を借りたり買ったりする住宅消費者向けに、わかりやすいガイドブックを作成しているので、機会があれば、筆者はそれらのガイドブックの活用を勧めている。公的機関が作成するガイドブックのスタンスは、法律などに沿った“正論”でまとめられている。理論武装ができる手引きになるので、専門知識が不動産会社などと比べて乏しい住宅消費者には、一度は目を通してほしいと筆者は思っている。
これまでそのガイドブックは、東京都のHP内で探しづらかったのだが、このサイトに集約されて探しやすくなった。「初めて住宅を借りる時」で特にお勧めなのが、「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」(東京都作成)と「住宅賃貸借(借家)契約の手引き」(不動産適正取引推進機構作成)だ。契約時や退去時に生じやすいトラブルを防ぐための、重要な情報が細かく記載されている。東京都のものは、特に、退去時にトラブルになりやすい「原状回復」について詳しく解説されている。
また、「既存住宅(中古住宅)購入のポイント」で特にお勧めなのは、「安心して既存住宅を売買するためのガイドブック」の「戸建住宅編」と「マンション編」(東京都作成)だ。東京都に限らず、家を購入しようと検討している全国の人に見てほしい内容となっている。

(写真/PIXTA)
東京都独自の助成制度がすぐ調べられるこのコンテンツの中で次に役立つと思ったのは、「知ってお得な助成制度」だ。 国の助成制度も紹介しているが、東京都独自の助成制度もまとめて紹介されているので、東京都で住宅を取得したり改修したりする際に、どんな助成制度があるのかを知ることができる。また、住宅の特徴別のコンテンツでも、該当する助成制度を重複して紹介しているので、関心のある住宅から助成制度を探すこともできる。
ただし、区や市などの独自の助成制度もあれば、掲載されていない国の助成制度もあるので、東京都民が受けられる助成制度は必ずしもこのサイトに紹介されたものがすべてではないと考えてほしい。自身でも、利用できる助成制度がほかにないかを確認するのがよいだろう。
一方で、「○○住宅とは」といったコンテンツに、一般的な住まい選びのポイントが書いてあると期待して見ると、ちょっと違うと思うかもしれない。これらは、国や東京都が推奨する性能の高い住宅について紹介するものが多いので、住宅価格は高くなっても性能が高くて安心して居住できるものを探している人に向くコンテンツだろう。
そのなかでも「子育てしやすい住宅」では、子育てしやすい住宅の条件を知る情報もあるので、検討中の人には参考になるだろう。東京都が独自で行っている「子育て支援住宅認定制度」は、安全性や家事のしやすさなどに配慮された住宅で、かつ、子育てを支援する施設やサービスの提供など、子育てしやすい環境づくりのための取組を行っている優良な住宅を認定する制度。少し専門的にはなるが、認定制度の詳細やその認定基準となるガイドラインも紹介されているので、関心のある人は頑張って読み込んでみてはいかがだろう。

(写真/PIXTA)
このように、「TOKYOすまいと」には住宅を買ったり借りたりする際に参考になる情報が多様に紹介されているので、気になる項目があれば、リンク先に飛んで詳しい情報を確認したうえで、適切な住まい選びをしてほしいと思う。加えて、「相談窓口」なども紹介されているので、東京都で万一トラブルになったときにも確認するとよいだろう。
名称は「TOKYOすまいと」ではあるが、多くの情報は東京都に限らないものなので、住まい選びをしている全国の人ものぞいてみてはいかがだろう。
●関連サイト
・東京都のプレスリリース
・「TOKYOすまいと」
所在地:横浜市神奈川区六角橋
所在地:渋谷区渋谷
所在地:鎌倉市稲村ガ崎ニ丁目
所在地:目黒区中目黒
所在地:西東京市泉町
所在地:港区南青山埼玉県の北西部、秩父郡に属する横瀬町。県内でも知名度が高いとはいえない街だが、「2021年 住み続けたい街(自治体/駅)ランキング首都圏版」(SUUMO調べ)でTOP50位以内にランクインした。埼玉県下に限れば、なんと4位! 人口8000人の横瀬町が、「なぜ住み続けたい」と思われているのか? どんな魅力が隠されているのか? その謎を紐解くべく、横瀬町で生まれ育ち、街づくりに関わる田端将伸さん(横瀬町役場まち経営課)に聞いてみた。
「横瀬町で何かやりたい人」をバックアップする仕組み――さっそくですが、地域住民が投票した「住み続けたい街ランキング」にて、なぜ横瀬町が上位にランクインしたと思いますか?
田端将伸(以下、田端):じつは横瀬町では、数年前から官民が連携した街づくりプロジェクトを進めてきました。今回の埼玉県下で4位という結果は、それが少しずつ実を結びはじめている証ではないかと思います。

横瀬町職員の田端将伸さん(写真撮影/藤原葉子)
――どのような取り組みなのですか?
田端:まちづくりのアイデアを形にできるプラットフォーム「よこらぼ」を使い、さまざまなプロジェクトを行っています。個人、団体・企業を問わず、「横瀬町で何かをやってみたい」という熱意を持つ人が、「よこらぼ」を通じて、さまざまなことにチャレンジできるんです。
――なるほど。具体的なプロジェクトについて伺う前に、そもそも「よこらぼ」はどういった経緯で生まれたのですか?
田端:きっかけは富田町長と、ある起業家の立ち話からでした。「サービスのアイデアはあっても、それを実証する場がなかなかない。ぜひ、横瀬町でやらせてもらえないか?」という提案があったんです。当時、東京都内には数多くのベンチャー企業が台頭していましたが、同じような悩みを抱えている起業家は多かったようで。そのとき、これはチャンスかもしれないと考えたんです。
――なぜですか?
田端:どこの自治体も企業誘致を試みています。しかし、横瀬町のような山間地域に来てくれる企業って、なかなか見つからないんですよ。そこで、企業そのものを誘致するのは難しくても、「プロジェクト」を誘致することならできるかもしれないと考えました。
横瀬町を実証実験の場として積極的に活用してもらえば、人、物、お金、情報がどんどん入ってくるのではないかと。そこで、そのための窓口として2016年に「よこらぼ」を立ち上げました。そして、企業の実証実験だけでなく、個人にも「自分のやりたいこと」「横瀬町をよくすること」などを提案してもらうことにしたんです。
「小さな行政」の利点を生かし、ハイスピードでプロジェクトを回す――立ち上げ当時の反響はいかがでしたか?
田端:最初に想定していた通り、都内のベンチャー企業による実証実験の応募が多かったです。例えば、「廃校など町の遊休スペースを貸し出すプロジェクト(採択No.02)」や「被写体中心の360度自由視点映像サービスの実証(採択No.20)」、都内のクリエイターたちがチームで挑んだ「中学生を対象としたキャリア教育プログラム(採択No.08)」などですね。応募が集まることで新聞やWebメディアなどでも紹介され、記事を見た企業が「うちもやりたい」と声を挙げてくれる、いい循環ができていました。ちなみに、現在までに189件の応募があり、そのうち108件を採択しています(2022年3月1日時点)。

世界初の特許技術、360度自由視点映像サービス「SwipeVideo」でフォームをチェック(画像提供/横瀬町)

都内のクリエイターによる、中学生を対象にした半年間のキャリア教育プログラム「横瀬クリエイティビティー・クラス」(画像提供/横瀬町)
――採択率およそ6割と、けっこう高いですね。「よこらぼ」に寄せられたアイデアはどのようなフローで採択しているのでしょうか?
田端:毎月、審査会を開き、町民代表や役場の職員らで審査をしています。早ければ、応募から約一ヶ月という早いスピードで各プロジェクトをスタートできるように心掛けています。このペースはずっと守り続けてきました。これは、小さな町、小さな行政だからこそできる強みといえるかもしれません。
――だから、5年で100件以上のプロジェクトを実行できたんですね。
田端:そうですね。また、スピードだけでなく横瀬町の「コミュニティの強さ」も、プロジェクトを進める上でプラスに働いていると思います。ここで何かしらのサービスの実証実験をやろうとすると、住民が積極的に協力して、実証のサービスや商品を使ってくれようとするんです。リアルな住民に使ってもらい、フィードバックを得られるのは、企業側にとっても魅力なのではないでしょうか。他にも、Wi-Fiなどが使える現地オフィスの提供、行政権限を生かした法的なサポートも行っています。
――手厚いですね。最近では、どんなプロジェクト事例がありますか?
田端:最近では「電動アシスト付きの手押し一輪車による、運搬労力の削減プロジェクト(採択No.107)」という事案がありました。そこで、農園と建設作業場に手押し一輪車を持っていき、実証を行ったんです。一見すると、どこででも実験可能な内容に思えますが、このような実証実験をしてくれる自治体は、ほぼないでしょう。
また、地方では農園も建設現場も、最近は労働力不足が深刻化しています。そこで、電動の手押し一輪車で重い荷物を運べるようになるだけでも、多少なりとも生産性は上がるはずです。地方の課題を解決しつつ、企業にとっても良いフィードバックが得られる。なおかつ、町民のためになり、横瀬町の知名度も上がる。こうした良いサイクルを生むプロジェクトが多いように思います。

手押し一輪車のタイヤを交換するだけで、電動化することができる(画像提供/横瀬町)
――ただ、毎月の審査会でどんどん新しいプロジェクトが採択されるとなると、町民の協力を得るのも大変な気がしますが。
田端:そこは私たちのほうでも意識していて、いつも同じ町民ばかりにお声がけして負担が偏らないよう、案件ごとにご協力いただく方を調整しています。ただ、今は基本的にみなさん快く協力してくださいますね。確かに、最初は説明するのが大変だった時期もありました。例えば、「シェアリングエコノミーのプロジェクトです」と言っても、特にご高齢の方には伝わりづらいですよね。ですから、噛み砕いて分かりやすい言葉で丁寧に伝えることは意識していましたし、「よこらぼ」の冊子をつくるなどして、活動そのものへの理解を深めるように努めていました。
――それは根気が必要ですね……。
田端:ただ、全員に完璧に理解してもらってからやろうとすると、いつまでたっても前に進みません。ですから、そこにばかりエネルギーを注ぎすぎず、同時並行でプロジェクトを次々と回し、参加してもらうことで理解してもらいました。すると、結果的に町民が他の町民を巻き込むような形になり、「よこらぼ」自体の認知度や理解も深まっていったように思います。最近では、「何をやっているかは未だにわからないけど、この街を変えているんだよね」と言ってくださる人も多いです(笑)。
――町民も街の変化に気づいているんですか?
田端:そう思います。だからといって、今のところ暮らしが豊かになったとか、幸せになったかとか、具体的な何かがあるわけではありません。それは、まだまだ先の話。でも、隣町や少し離れた街の人から「横瀬を褒められる」ことがあり、嬉しかったという声はいただいています。そうした周囲からの評価を聞いて、改めて横瀬に誇りを持ってくださる人もいたのではないでしょうか。

横瀬町役場まち経営課で、「よこらぼ」のほか、総合計画、空き家などを担当している(写真撮影/藤原葉子)
町民一人一人の「やりたい」を起点に、街を活性化していく――企業以外の団体や個人のプロジェクトにはどんなものがありますか?
田端:企業以外の団体では、大学と連携することが多いです。例えば「介護における、転倒リスクを予防する」プロジェクトなどがあります。また、「よこらぼ」の認知度向上に伴い、個人の応募も増えてきましたね。最近も、地元の人が「横瀬の材料を使ったお菓子をつくりたい」というプロジェクトを応募してくれたんです。横瀬町のPRにもつながると考え、すぐに採択しました。はじめに、販売先の紹介などの支援をしましたが、今ではしっかり自走しています。けっこう売り上げも良いみたいですよ。
――それは素晴らしいプロジェクトですね。
田端:そのプロジェクトは、自身が小さいころから思い描いていた夢だったそうで。その夢を「よこらぼ」のおかげで叶えることができたと、嬉しそうでした。こうした、「自分がやりたいこと」を起点にプロジェクトを立ち上げ、結果的に街づくりの担い手になってくれるような町民が、これからも増えていってくれるといいですね。
――そうした「街づくりの気運」みたいなものは高まっているのでしょうか?
田端:そうですね。高まりつつあると思います。例えば、「よこらぼ」をきっかけに作られた「Area898」というコミュニティスペースがあるのですが、これも町民のみなさんの提案でした。

横瀬町役場まち経営課で、「よこらぼ」のほか、総合計画、空き家などを担当している(写真撮影/藤原葉子)
田端:「よこらぼ」がスタートしてから、地域外からも多くの人が訪れるようになり、新しい出会いやコミュニティも生まれました。しかし、せっかく交流が生まれたのに、横瀬町には人と人が交わる“リアルな場所”がなかったんです。そこで、ある町民団体から「よこらぼ」を通じて「新しいコミュニティ・イベントスペースをつくりたい」という提案があり、JA旧直売所跡地を使って「Area898」を整備することになりました。
――確かに、駅前などには日常的に交流できそうな場所が見当たりませんでした。
田端:そうなんです。だから、よく見る商店街の光景で「あら、〇〇さん。こんにちは」というシーンも生まれない。それってすごくもったいない気がしたんです。そこで「集まりたくなる場」を町民と行政でつくったわけです。

今では「Area898」に連日、人が集っている(画像提供/横瀬町)
――「Area898」の利用状況はいかがですか?
田端:横瀬町民はもちろん、横瀬に関わる町外の人たちも集まるようになりました。自分の好きなこと、楽しいこと、やりたいこと、共有したいことを軸に「Area898」に人が集い、新しい活動が生まれるようになりましたね。かなり、面白い場所だと思いますよ。私が会議をしている横で、お年寄りがスマホ相談会を受けていたり、中学生が勉強をしていたり。誰でも無料で利用できることで、多くの住民が集まりやすい環境ができたと思います。

Wi-fiも完備。その後、住民から寄贈されたボルタリング、黒板、スクリーンなどが徐々に加えられていった(写真撮影/藤原葉子)

JA旧直売所に残っていたものも再利用。パレットはブランコに、米びつはショーケースに生まれ変わった(写真撮影/藤原葉子)
田端:また、2022年の3月からは「よこらぼ」「Area898」と並ぶ、新たな試みもスタートさせています。それが「ENgaWAプロジェクト」。横瀬の中心部にあった給食センターの跡地に作った、“チャレンジキッチン”です。
――「エンガワ」。どんな場所なんでしょうか?
田端:町内でとれる農作物を使った、新しい商品の開発などを町民と一緒に考えるスペースです。コロナ禍で農作物が売れずに余ってしまったため、新たな活用方法を模索する場所として誕生しました。商品開発だけでなく、食のイベントなどを通した町民同士の交流スペースとしても活用していきたいと考えています。最近も、地元の大豆を使ったイベントを開催しました。

節分に合わせて2月5日に開催された「大豆フェスティバル」

オリジナルメニューは4品。写真はオリジナルスイーツ「くるむー焼」(画像提供/横瀬町)
――地産地消だけでなく、地域の人がメニューまで開発してしまうというのは面白いですね。
田端:ありがとうございます。ちなみに、「ENgaWA」のメンバーは農作業のお手伝いもしています。農家さんの負担を少しでも軽減し、その見返りとして収穫した農作物をおすそ分けしてもらっているんです。
――本当に、助け合いの心が根付いていますね。そして、それが見事に街づくりの源泉になっている。
田端:それもこれも、「よこらぼ」というベースがあったからだと思います。とはいえ、当たり前ですが全ての町民が積極的に街づくりに関わりたいわけではありません。ですから、決して無理な呼びかけや、ましてや強制などはしません。あくまで、興味がある人がガッツリやればいい。そうでもない人は基本スルーでいいし、なんとなく興味が出てきた時だけ参加してくれればいい。そういう、ゆるさが大事だと思うんですよね。行政は環境だけを整えて、あとは町民の意思に委ねる。このやり方が、今のところはうまくいっているのではないかと感じます。

「大豆フェスティバル」をお手伝した町民の方々(画像提供/横瀬町)
「閉鎖的な田舎」からの脱却を――お話を伺っていて、横瀬町が「住み続けたい街」として評価されている理由がなんとなくわかりました。町民自らが「街をよくしよう」と活動しているわけですから、愛着も生まれますよね。
田端:だとすれば、嬉しいことですね。今も人口は減り続けていますが、“何か面白いことをやりたい人”は確実に増えていると感じます。ですから、今後はさらにいろんなチャレンジができそうな気がしますね。また、「よこらぼ」で実証実験に来た人が、プロジェクト終了後も遊びに来てくれたり、二拠点居住のような形で頻繁に訪れてくれることも増えてきました。こんなふうに、移住とまではいかなくても横瀬町を第二の故郷のように思ってくれるのは、とても嬉しいことですね。

空き家バンクも、最近はすぐに埋まってしまうそう。去年の登録件数14件のうち、13件が成約(画像提供/横瀬町)
――今後も横瀬が「住み続けたい街」であり続けるためには、何が必要だと思いますか?
田端:「関わりしろのある街の可能性」を示し続けることじゃないかと思います。街がチャレンジし続けていれば、若い人にもきっと「この街だったら、まだやれることがあるんじゃないか」と思ってもらえるでしょうから。
ただ、チャレンジには失敗がセットです。だから、横瀬町では失敗を咎めません。それに、チャレンジといっても、別に大きなことでなくていいんです。例えば、ウォーキングだっていいし、盆栽だっていい。それが直接的に街づくりにはつながらなくても、一人ひとりがやりたいことをやっている。そんな街でありたいです。そのためにも、私たちが率先して、チャレンジしている姿を見せ続けていきたいですね。

(写真撮影/藤原葉子)
●取材協力
よこらぼ
Area898
ENgaWA
所在地:横浜市青葉区すすき野
所在地:世田谷区池尻
所在地:世田谷区上馬
所在地:荒川区西尾久
所在地:世田谷区弦巻
所在地:世田谷区弦巻
所在地:渋谷区神宮前
所在地:目黒区自由が丘
所在地:神奈川県横浜市港北区錦が丘
所在地:杉並区阿佐ヶ谷南
所在地:横浜市神奈川区大口通
所在地:目黒区緑が丘
所在地:大田区上池台
所在地:杉並区宮前
所在地:港区元麻布
所在地:文京区関口
所在地:杉並区浜田山
所在地:杉並区浜田山
所在地:杉並区成田東谷根千「谷中・根津・千駄木」を拠点に、活動を続ける一級建築事務所HAGI STUDIOが、2022年3月末に谷根千のローカルWebメディア「まちまち眼鏡店」をローンチした。おもしろいところは、情報を発信するだけでなく、谷根千に住んでいる人、この街を愛する人なら誰でも参加できるという、街全体を巻き込もうとしているところ。メディアを通じて、どのようにコミュニティをつくっていくのか、その想いや背景を取材した。
地元密着の建築事務所だからこそ、メディア発信が必要
左から、千十一編集室の影山裕樹さん、『まちまち眼鏡店』店長の坪井美寿咲さん、副店長の柳スルキさん、HAGI STUDIO代表取締役の宮崎晃吉さん(写真撮影/片山貴博)
「HAGI STUDIO」は、ちょっと変わった建築事務所だ。例えば「宿(まちやど hanare)」を運営しているし、「教室・イベント(まちの教室KLASS)」も開く。さまざまなジャンルの「食(HAGI CAFE、TAYORI等)」のお店や、カフェやギャラリーなどの「複合施設(HAGISO)」も運営している。ただし、場所は谷根千エリアが主軸。活動範囲は狭く、そして深い。
「事務所から自転車で行ける範囲で7件ほどの拠点があります。それらの運営をするなかで、自然と街の人々と関わることが増え、自分たちで発信するローカルメディアの必要性を感じていたんです」と代表取締役の宮崎晃吉さん。とはいえ、本業が忙しく、なかなか重い腰を上げられなかったという。
「そんななかコロナ禍で、遠くに行けない事態になり、地元への関心が高まりました。谷根千は、観光地であり住宅街であり、寺町であり職人の街であり、商業地でもあります。生まれも育ちもココという人もいれば、最近はマンションが増え、新しい住民も増えています。同じ街でも、違う人が見れば、違ったふうに見える。人の目線を借りることで、街の魅力を再発見するのは、街の豊かさにつながる。それでメディアをつくろうと思いました」(宮崎さん)。

HAGI STUDIO代表取締役の宮崎晃吉さん。学生時代に住んでいた木造アパート「萩荘」を改修し2013年『最小文化複合施設HAGISO』として生まれ変わらせる。以来、谷根千エリア内での建物再生と運営、全国での建築設計を手掛ける(写真撮影/片山貴博)
背景にはステレオタイプな谷根千イメージへの危機感がこうしたローカルメディアを考えた背景には、既存メディアで谷根千が「昭和」「レトロ」というステレオタイプに扱われていることに、一種の危機感があったそう。
「あまりにもイメージが定着しすぎると、街がそれを追いかけるようになる。“昭和レトロな店しかこの街らしくない”とか。それでは街の解像度が粗い。実際はもっと複雑です。分かりやすいほうが消費しやすいのも分かりますが、複雑さは街の豊かさにつながるもの。複雑なものをそのまま享受するのは、分かりやすさを優先する既存のメディアでは難しいだろうと思ったんです」(宮崎さん)
では、手掛けるローカルメディアの柱とはなんだろうか?
「まず、観光客向けではなく、暮らす人に軸足を置くこと。読み手もつくり手になるような参加するメディアであること。このメディアを媒体にして、さまざまな属性を持つ人々のコミュニティ化が出来たら理想的だと考えました。これは単身者、ファミリー、高齢者、暮らす人働く人と、多様性のある谷根千ご近所エリアだからこそできることです」とはメディア監修を行う、千十一編集室の影山裕樹さん。

千十一編集室代表の影山裕樹さん。全国各地でローカルメディアや地域プロジェクトのディレクション、コンサルティング、制作を行う。今回はメディアのプロとして監修を行う(写真撮影/片山貴博)
誰かの目線の「眼鏡」に見立てたウェブメディアがコンセプトメディア名は「まちまち眼鏡店」。といっても眼鏡を売っているのではない。「誰かの目線で暮らしが深まるローカルメディア」をコンセプトに。多様な視点を”眼鏡”に見立て、まちを紹介する試みだ。
いわゆる観光客向けの情報サイトではない。具体的には、Web上で特集や、インタビュー、エッセイ、動画、ラジオ音源を掲載し、まちに関わる人たちが、どんな見方でまちを見ているのかを追体験できるメディアを考えている。「眼鏡店」と名付けたWebだから、運営するスタッフは「店長」「副店長」と、ちょっと変わった肩書にした。

「まちまち眼鏡店」という名は「ひとの数だけまちの見方がある」という気づきをもとに、まちを見る目を眼鏡に見立てたことから(画像提供/HAGI STUDIO)

コンテンツ例(画像提供/HAGI STUDIO)

軒先、塀の上などで思い思いに園芸を楽しむ路地裏の風景は谷根千ではおなじみ。「“路上園芸鑑賞家”の村田あやこさんとまち歩きをした際、その家の個性、最近の流行まで分かったんです。その気づきがメディアづくりのきっかけにもなりました」(宮崎さん)(写真撮影/片山貴博)
読み手がつくり手にもなる。制作過程が目的にもなるメディア収益面でも挑戦がある。
通常のメディアは、媒体でもWebでも、広告収入でまかなうのが普通だ。しかしローカルメディアは対象が限られているため、こうしたマスメディアの広告ありきのスキームは限界がある。
そこで、目指すのは「当事者たちによる自立した収益モデル」。地域の事業者で構成されるパートナー会員に加え、個人のメンバー会員も募集。「編集会議」と「まちの作戦会議」に参加する権利が得られる。メンバーについては現状、オープン記念につき10月末まで無料で登録ができるとのこと。
読み手がつくり手も担うことで、制作物であるWebメディアとその制作過程(ビハインド)の両方がコミュニティの場となるのだ。
「毎月の編集会議はリアルとオンラインの併用を想定。未定ですが、それぞれの興味あるものをフックに、地域に関われるリアルな場を設けたいと考えています。イメージは部活。例えば写真部、カレー部、猫部、お茶部など。引越して、いきなり町内会はハードルが高いけれど、例えば、一見では入りにくいお店に、地元の常連さんと一緒に入ってみるのが、地元での関わりのきっかけになるかもしれません」(宮崎さん)

編集会議の様子(画像提供/HAGI STUDIO)
メディアを活用することで、リアルの場の活性化も期待ローカルメディアの登場によって、現在実施している「リアルな場」も良い影響を与えることも期待を寄せている。
例えば、「HAGI STUDIO」が手掛ける「まちの教室 KLASS」は、地域の方が教え、教わることができる学び場だ。
「ただし多くは単発で、なかなか継続的な流れにならないのが残念でした。集客がままならないケースもありました。コロナ禍でオンラインも試みたのですが、“初めまして”でいきなりネット上は難しいと感じていました」と、HAGI STUDIOのKLASS担当、柳スルキさん。
「例えば、メディアが発信し続けることで、ゆるくつながる場になります。また、部活的なチームのようなものができれば、先生役も希望者がリレーでまわすこともできます。知り合いの中でなら、教える側になるのもハードルが低く、継続的な活動ができやすくなります。またチームとして顔見知りになればオンライン上のやり取りもスムーズになると思います」(柳さん)

柳スルキさん。韓国生まれ日本育ち。KLASS担当のスタッフで、ローカルメディア『まちまち眼鏡店』副店長(写真撮影/片山貴博)

コロナ前のKLASSの教室の風景。アイランドカウンターのキッチンがあり、料理教室が人気。地域の方を講師に迎え、近所の大工さんによる箸づくりや金継ぎ教室なども(画像提供/HAGI STUDIO)
また、取材をするという名目の上、普段つながりがないような街の人々から思わぬ話が聞け、街への理解が深まる面も。『まちまち眼鏡店』店長の坪井美寿咲さんは、宿泊施設「まちやど hanare 」では、ゲストの要望に合わせた街の情報を提供したり、案内したりする「まちのコンシェルジュ」としても働いている。
「私は、生まれも育ちも谷中。だからよく知っていると思っていたのですが、取材となると、消費者の私では気付けない面を知る機会を得ます。例えば、子どものころからよく買い物にいった魚屋さんに思わぬ物語があることを知ったり、寺の住職からは“こんな話、聞かれるまで忘れていた”なんてエピソードを聞いたり。逆に、ホテルの宿泊ゲストと街歩きを一緒にしたときは、自分がまったく気付いていなかった街頭ランプの美しさを教えてもらいました。メディアでの取材と、コンシェルジュの両方の業務で、街への解像度が上がってきたことを実感しています」

坪井美寿咲さん。「私は、地元、谷中の工務店の娘で、今も街のあちこちに知り合いが(笑)。街の皆さんに見守っていただきながら幼少期を過ごしました」(写真撮影/片山貴博)

どこか懐かしいモダンなデザインの街灯ランプ。「ホテルのお客様が写真を撮られていました。私はいつもこの下を通っているのに、特別視をしたことがなかった。人の数ほど、街の見方があると実感した出来事でした」(坪井さん)(写真撮影/片山貴博)
取材したのは4月の発行前の3月初旬。地元の人、編集者・ライターといった書くプロ、音楽家や料理家の専門家による「寄稿」をベースとして考えているとのこと。街の目利きによる、編集のプラットフォームだ。
「通常、広告で成り立つネットの世界では、“PV(ページビュー)をいくら稼げるか”みたいなことが重要視されますが、今や単体でメディアを成立するにはもう難しい時代にきているのかなと。このローカルメディアは、地域に関わりたい人たちにとって、この街で暮らす上で必要なツールになることができれば成功だと思っています」(影山さん)

(写真撮影/片山貴博)
●取材協力
・まちまち眼鏡店
・HAGI STUDIO
所在地:大田区上池台
所在地:杉並区上井草
所在地:杉並区井草
所在地:中央区八丁堀
所在地:静岡県熱海市水口町
所在地:武蔵野市境南町
所在地:武蔵野市境南町
所在地:台東区松が谷
所在地:目黒区下目黒東京都調布市深大寺で空き家問題に取り組むコミュニティ「空き家をスナックする会」。「まずやってみる」をコンセプトに、メンバー自らが空き家のDIY改装を行い、工作や料理のワークショップ、間借りでの店舗運営、さらには結婚式など、さまざまな形で活用している。発起人の薩川良弥さんに、活動の背景やこれまでの事例、今後の展望について聞いてみた。
地域の人たちと空き家の活用方法を模索――はじめに「空き家をスナックする会」とはなんですか?
薩川良弥(以下、薩川):空き家を活用することによって、街の活性化につなげることを目的としたコミュニティです。メンバーはオンラインでつながり、アイデアを出し合いながら企画を固め、みんなで実践していくチャレンジ型のチームですね。2018年3月に立ち上げて、現在の会員数は70名ほどです。

「空き家をスナックする会」の運営者、薩川良弥さん(写真撮影/松倉広治)
薩川:現在、主に運営している元空き家のスペースは2箇所。調布の深大寺エリアにある「いづみや」と「COMORI」です。「空き家をスナックする会」のメンバーであれば利用が可能で、それぞれが企画を発案して自ら協力者を募り、これまでにさまざまな形で利用されています。
――「いづみや」、「COMORI」はどんな施設ですか?
薩川:「いづみや」は元お蕎麦屋さんでした。10年ほど空き店舗だった建物を改装し、今は地域に住むメンバーに間借りしてもらって日替わりのお店を運営しています。リアルな店舗で思い思いの“商売”ができるということで、人気の施設になっていますね。現在、月の半分は埋まっていますよ。
もう1つの「COMORI」は、一般的な二階建ての一戸建て住宅なのですが、静かに1人の時間を過ごす、お一人様向けの宿として運営しています。深大寺の自然を感じながら集中したり、何も考えずに過ごしていただくことができます。
――薩川さんはなぜ「空き家をスナックする会」をつくろうと思ったんですか?
薩川:私はもともとコミュニティマネージャーの仕事をしていて、場の運営とコミュニティづくりをメインに活動してきました。そのなかで「いづみや」の存在を知り、私なりに活用方法を模索してみたんです。

外観や看板は現在もそのまま使用している(写真撮影/松倉広治)
薩川:一般的な空き家活用って、フルリノベーション後に貸すか売るか、もしくは自分で運営するかじゃないですか。でも、私の場合は地域住民に“参加”してほしかったんです。住民のみなさんに改装や運営にも加わってもらい、空き家活用を体験してもらうことで長期的に街に愛される場所になるのではないかと思ったんです。そこで、空き家とコミュニティをセットにしたオンラインサロンとして「空き家をスナックする会」を開くことにしました。
――空き家問題という街の課題について、住民自らが考えるきっかけにもなりますね。
薩川:そうですね。自分自身も、そうやって住民たちが自ら盛り上げていくような街で暮らしたいと思いますし、メンバーも同じような気持ちで参加してくれているように感じます。
――なるほど。ちなみに、「空き家をスナックする会」の“スナック”の由来って?
薩川:以前、(芸人で著作家の)西野亮廣さんが「これからは産業がスナックする」と話されていたんですよね。スナックに集まるお客さんって美味しいお酒やツマミというよりは、コミュケーションを求めていると。だから、ママに「片付けといて」と言われたら、お客さんも働く。つまり、商品を提供して消費するだけではなく、一緒につくり上げることがこれからは重要なんじゃないかというお話で、まさにそのとおりと思ったんです。その象徴がスナックなんです。
――たしかに。みんなで場をつくっている感じがします。
薩川:だから、空き家もオーナーさん、地域住民、行政、地域の企業、みんながフラットな関係でつくれたらいいなと思い、スナックという言葉を用いました。

壁面のペイントや置物はお蕎麦屋さん時代からのもの(写真撮影/松倉広治)
空き家のオーナーさんへ飛び込み提案のはずが……なぜか「茶飲み仲間」に――活動を始めるにあたって、最初はどんな課題がありましたか?
薩川:一番大変だったのは、そもそも空き家が見つからないことでした。いや、空き家自体はあるんですけど、安く借りられて、自由にリノベーションして活用できるような“都合のいい空き家”なんて、実際にはそうそうない。建物自体は魅力的でも、オーナーさんの意向であまり大掛かりなことはしたくないというケースもありますからね。そこで、いい感じの建物を見つけるたびに、手紙を出していました。100件くらいには投函したと思います。
――100件! すごい行動力ですね。
薩川:そんなことを半年ほど続けましたが、実際にオーナーさんと出会えた数でいうと7~8人でしたね。そんな時に「いづみや」の賃貸情報が出たんです。不動産会社を介して物件を見学させてもらい、オーナーさんともお話しすることができました。ただ、不動産会社が設定した賃料が高くて……。当時、とてもそんな予算はありませんでした。

「いづみや」のオーナーさん(右)と話し込む薩川さん(画像提供/薩川良弥)
――どうされたんですか?
薩川:とにかく、必死に熱意を伝えました。「いづみや」でやりたい事業プランを持っていき、「現状の家賃では難しいのですが、ただただチャレンジしたいんです」と。当時のプランは、1階はコミュニティースペースとして運営し、2階は民泊として外国からの観光客向けに貸し出す、みたいなものでしたね。
――想いは伝わりましたか?
薩川:もちろん、すぐに結論は出ませんでした。ただ、オーナーさんには「信用できるやつだな」と認識していただけたようで、連絡を取り合うようになったんです。気付いたら、一緒にお茶をする関係になっていましたね。
――なんと……!
薩川:それから2~3カ月後くらいですかね、「1日だけお試しで営業してみる?」というようなことを言っていただきまして。僕はそこで「いづみやで何かしたい人は、きっといっぱいいます。僕が地域住民を集めるので、どのように生まれ変わらせるのがいいか、みんなで考える会を開きたいです」と提案しました。
オーナーさんは半信半疑でしたが、告知したところ一瞬で40席が埋まったんです。空き家の活用に興味がある人は多いだろうと思っていたけど、正直、ここまでの反応は予想していませんでしたね。オーナーさんも、ここまで人が集まるならと、私が管理することを条件にしばらく使わせてもらえることになりました。

地域住民と一緒に「いづみや」の活用方法を話し合った時の様子(画像提供/薩川良弥)
――事業の内容云々の前に、薩川さん自身を認めてもらえたような感じですね。
薩川:そうであれば嬉しいですね。オーナーさんとは今も月に一度、活動の報告会をさせていただき一緒にお茶を飲んでいます。私はもちろん、オーナーさんも楽しそうで、良好な関係を築くための大切な時間になっていると思います。
ちなみに、「いづみや」の運営が始まってから4年が経った今も賃貸借契約は結んでおらず、オーナーさんのご好意で月額の家賃ではなく、その都度安価で貸していただいています。お金だけではなく、人と人との関係性によって成り立っているんです。「いづみや」でやりたいのも、まさにそれ。この場所で地域住民がつながることで、さまざまな街の課題を解決していきたいと思っています。
特に何もしなくても、人と人が自然につながるコミュニティが理想――「いづみや」では、当初どんな活動をしましたか?
薩川:当初から今のような「間借り」で運用することを考えていたので、まずは飲食許可を取得するための改装を行いました。資金はクラウドファンディングで募り、最終的に200万円ほどのご支援をいただくことができました。

クラウドファンディング前の「いづみや」のキッチン(画像提供/薩川良弥)

メンバーとキッチンを改装(画像提供/薩川良弥)

クラウドファンディングで支援を受け、生まれ変わったキッチン(画像提供/薩川良弥)
――間借りをする人はどうやって集めましたか?
薩川:口コミもありましたが、多くは実際に「いづみや」に来たお客様ですね。その日に入っているお店の人と話すなかで「私は木曜日だけ借りているんですよ」みたいな会話から少しずつ増えていきました。大々的に告知をしているわけではないので一気に借り手が増えることはありませんが、このゆるやかなスピード感と、こぢんまりとした規模感が逆に良いと思っています。
なぜなら、そのほうが関わるメンバー全員に当事者意識が生まれます。実際、掃除もみんなでやるし、お店の使い方も私が決めるのではなく、みんなで話し合っています。そうやって、みんなで少しずつ意見を出し合いながら運営していくスタイルが理想的だと思うんです。
――新しく加わる人もネットの情報だけではなく「場の雰囲気」を見て決めているから、ギャップを感じることも少なそうです。
薩川:そうですね。空き家活用ってなんとなくイケてる!お洒落!みたいなイメージだけが先行して、現場の実態を知らないまま来られてしまうと、ちょっと難しいように思いますね。正直、古い空き家って隙間風もすごいし、不便なところもたくさんあります。それに対して「ちゃんと管理して直してくれないと困るよ!」と言われてしまうと、少し辛いかなと。そんな部分も含めて、この場所を愛してくれる人と一緒にやっていきたいです。
――現在、どんな店舗が入られていますか?
薩川:今日(取材日)のコーヒー屋さんをはじめ、壺の焼き芋屋さん、バリ料理屋さん、薬膳カレー屋さん、チャイ屋さん、グルテンフリーカフェ、ほかにも単発でそば打ち体験イベントなどを開催しています。基本的には地域住民が多く、何かチャレンジしてみたい、この場を活用してみたい、という方々にご利用いただいています。

毎週木曜日に出店している自家焙煎コーヒー「みよし珈琲(344coffee)」。コーヒー豆は「いづみや」で焙煎している(写真撮影/松倉広治)
――薩川さんも毎日いるわけじゃないですよね? それでも問題なく運営できていますか?
薩川:そこは入居いただいているみなさんのおかげですね。本当に人柄が良い方ばかりで、私がここにいられない時でも安心して場を任せられます。それに、最近は私がいなくても、自然と人と人のつながりが生まれているんですよ。今日のコーヒー屋さんでも、ここでお客さん同士が出会い、ランチ仲間になったりしています。そうやって、こちらが特に何もしなくても勝手につながりが生まれていくのがコミュニティの本質だと思います。そういう意味では、順調に場が育ってくれているのかなと。
――過去にはここで結婚式もやられたそうですね。
薩川:はい。といっても、私の結婚式なんですが。いづみやで食事を提供し、裏の駐車場にミュージシャンを呼んで、野外パーティーみたいな結婚式でした。我ながら良い式だったなと思うので、次は他のカップルの結婚式もやりたいですね。

薩川さんの結婚式。オーナーさんもとても喜んでくれたそう(画像提供/薩川良弥)
街の人たちの力を結集し、完成した「森の宿」――もう一つのスペース「COMORI」の経緯も教えてください。
薩川:こちらも「いづみや」と同じオーナーさんの所有物件で、何年も空き家でした。そこで、サロンのメンバーだけでなく、「いづみや」で出会った方々と一緒につくり上げたんです。例えば、WEBデザイナーのメンバーにサイトをつくってもらったり、コーディネーターに家具を選定してもらったり。企画の段階からみんなで考え、みんなの力を借りながら一緒に形にしていきました。そのぶん、完成した時の喜びも大きかったですね。最初から理想としていた「空き家という課題を、街のみんなで解決する」ことができたのは、とても感慨深かったです。

深大寺の小さい森の中にある、お一人様用の宿「COMORI」(写真撮影/松倉広治)

茶室をイメージした和室(画像提供/薩川良弥)
空き家を通じて、街と街をつなげたい――4年にわたり「いづみや」を運営してきて、街の人たちからの反応は変わってきていますか?
薩川:少しずつ「いづみや」の存在を認知していただいていると感じます。当初は深大寺という場所柄、観光客の方が中心だったのですが、最近は地域住民のお客様が増え、近所のお蕎麦屋さんなども世間話がてらお茶を飲みに来てくださるようになりました。大きなことではないかもしれませんが、4年かけて街の人が気軽に立ち寄ってくれる場所になったことは、素直に嬉しいですね。

今では地域の交流の場にもなっている(写真撮影/松倉広治)
――街に「いづみや」のような場所があるだけで、街がどんどん面白くなっていく気がします。今後はどんな展開を考えていますか?
薩川:「いづみや」も「COMORI」も古い建物なので、2階の積極的な活用は避けてきました。とはいえ、せっかくスペースがあるので、なんとか活用したいです。これもメンバーや街のみなさんと一緒に模索していきたいと思います。また、これからは他の空き家の活用も手がけていきたいですね。

オンラインサロンを通じて、それぞれのスタンスで空き家活用に関われる仕組みづくりも模索している(写真撮影/松倉広治)
――調布以外での活動も考えていますか?
薩川:そうですね。今は調布でコミュニティとして活動させてもらっていますが、空き家を通じて「街」と「街」がつながっていくようなことができたら面白いと思います。「空き家をスナックする会」がハブとなって人や情報をつなぐことで、姉妹都市のような関係性が生まれるかもしれません。そして、もしかしたら調布からそこに移住するメンバーも出てくるかもしれないですよね。
理想は、空き家を軸に他の街のコミュニティともつながっていき、その輪をどんどん広げていくこと。そのためにも、これからもチャレンジしていきたいですね。
*
全国的に増え続けている「空き家問題」。しかし、オーナーさんとつながることで、地域にとって意義のある場所へ変化させることができるかもしれない。今後、薩川さんが手がける空き家が楽しみだ。
●取材協力
空き家をスナックする会
深大寺いづみや
COMORI
所在地:世田谷区駒沢
所在地:新宿区新小川町
所在地:文京区大塚
所在地:千代田区東神田
所在地:世田谷区玉川
所在地:渋谷区渋谷
所在地:目黒区祐天寺
所在地:文京区千石
所在地:杉並区高円寺北
所在地:世田谷区等々力
所在地:世田谷区中町
所在地:渋谷区代々木2022年1月29日~2月20日、長野県松本市で「マツモト建築芸術祭」が開催されました。市内20カ所の”名建築”を会場に、17名のアーティストによる作品を展示するというもの。各地でさまざまな芸術祭が開催される中でも、「建築」にフォーカスした芸術祭は珍しいものです。建築旅がライフワークの筆者がイベントの様子をレポートします。
日本初の建築芸術祭で楽しむ、有名無名の名建築江戸時代、城下町として発展した長野県松本市。全国で12箇所しかない、江戸時代以前からの天守が現存する国宝・松本城を筆頭に、江戸時代以来の町割(城郭を中心に据えた区画整備)、戦前の建築物など歴史の名残が色濃く感じられる松本は、街歩きが楽しい人気の観光スポットです。建築を目的にあちこちを旅してきた筆者としては、建築が観光資源になっている地域には、新しく建てられる建築物もまた、優れたものが生まれやすい土壌があると感じます。その最たるものが建築家・伊東豊雄氏の設計で2004年にオープンした「まつもと市民芸術館」。松本城の石垣を意識して外壁のパターンを、伊東氏らしさ全開の軽やかで柔らかなデザインに昇華させたこの建物は、現代日本建築随一の名作として世界的にも広く知られています。

国宝・松本城。無駄な要素が削ぎ落とされた実戦的な城郭建築。黒と白のコントラストが美しい(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

江戸~大正期以来の蔵を改修した商店が建ち並ぶ「蔵通り」こと中町通り。城下町として栄えていたころから、商人の町だった(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

まつもと市民芸術館。石垣をイメージしたパターンが有機的で軽やかに連続する様子には、竣工から20年近く経った今でも新鮮な印象を受ける(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

2Fロビー。壁面に穿たれた大小さまざまなガラス窓が輝き、ハレの空間を演出している(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
また明治期の開国後、西洋の建築デザインを取り込もうと全国で流行した「擬洋風建築」と呼ばれる様式の代表格として、あらゆる日本建築史の教科書に登場する旧開智学校もまた必見の建築物です。
建築・デザイン関係者ならずとも一度は訪れたい松本で開催された「マツモト建築芸術祭」
芸術祭をたっぷり楽しんだ筆者が、総合ディレクターを務めたグラフィックデザイナーのおおうちおさむさんにイベントに込めた想いを伺いました。

国宝・旧開智学校には現代美術家・中島崇氏の作品が展示された。多数の細い糸が建物の前面に張り渡され、鑑賞者が建物に近づけない現状が強調されている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
「アートがあることで建物が美しく感じられる、そんな関係をつくりたかったんだよね。僕は美術館に展示するために作品をつくっているアーティストはほとんどいないと思っていて。人々の暮らしの中にあって、その人の生活や空間を素敵に魅せるのがアートの本来の役割なんじゃないかな。松本は民藝の聖地でもあって、生活の中に美を見出す民藝の思想と、僕の思うアートの価値が完全につながっていて。日本各地でいろんな芸術祭が開かれているけど、松本だからこそやる意味があることはなんだろうって考えた時に、松本にしかない建築に、そこに展示するからこそ輝く作品・作家を選んでいこうと思った。松本には戦前から大切に使われてきた建築や、いろんな人の手にわたって使われ方も変わりながら引き継がれてきた建築がたくさんある。そういうストーリーをもった生活の中にアートが入り込んでいくのを想像したらすごくワクワクしたんだよね」

池上邸 土藏に展示された、磯谷博史氏の写真作品。線の細い照明は、作家の要望を受けおおうちさんがデザインしたもの(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
今回、芸術祭の会場として選ばれたのは松本城を中心に約800m圏内にある、有名無名の建築物で、おおうちさんの言うように、ほとんどは、筆者も知らないものでした。「名建築」の基準が独自に設定されていて、会場を訪れてみれば、どれも個性豊かで味わいのある建物ばかり。アート作品の解説以上に建物のストーリーが詳しく説明されていることも、この芸術祭の特徴です。

国登録有形文化財のかわかみ建築設計室。取り壊しの相談を受けた設計事務所が、壊すのは忍びないと自ら事務所として借り、後に所有することになった(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

もともと病院として設計された名残が、エントランスの受付スペースに。現在は事務所の作業スペースとして使われており、芸術祭の最中も事務所スタッフの方が忙しく作業していた(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

1階の旧応接室に展示されたロッテ・ライオン氏の作品。幾何学的な作品が、建築を構成する要素と呼応するよう(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

2階はなんと和室になっている。この芸術祭を通じて、外部からは想像も付かない内部空間を体験することが幾度もあった(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
ここでしか見られない、建築とアートのマッチング「僕も何回も松本には来ていたんだけど、そんなに建築に詳しいわけじゃなくて。もともと市役所に勤めていた米山さんっていう、とんでもない建築マニア、それこそ松本にある建築で知らないものはないみたいな人がいて。その人に、今回のビジョンを話したら次の日に膨大なリストをつくって持ってきてくれたんだよね。そこから気になったものをピックアップして話を聞いたり、実際に見に行った。その中で、あぁ、この建築にはこんな作品が置かれると良いだろうなぁ、ってインスピレーションが湧いた建築を選んでいって、最終的に60箇所くらいの候補のなかから絞り込んで20会場に落ち着いたんだ」

擬洋風の看板建築、下町会館。一般的な看板建築では建物のメインの立面のみデコレーションすることが多いなか、四周余念なくデザインされている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

ここに展示されたのは土屋信子氏の作品。普段は共有のオフィスとして公開され、誰でも申し込めば使うことができる(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

今回の目玉のひとつ、国登録有形文化財の割烹 松本館。昭和十年ごろの建設時に太田南海が腕を振るった精巧な装飾があふれる空間に、小畑多丘氏の彫刻が展示された(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

松本館の外観からは、とても内部が想像できない。地元民でさえ、芸術祭を通して初めてその魅力に触れた人も多いことだろう(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
「たとえばまつもと市民芸術館は、伊東さんが石垣をイメージしてデザインした壁の隙間から差し込んでくる光に(井村)一登さんの作品を合わせたいなっていう、すごく単純な発想。たくさんの人が行き来するあの階段に置いてあったら、見ようによっては空間ごと彼の作品に見えてくるんじゃないかとか、想像が広がっていくよね。どの建築にどの作家の作品を展示してもらうか、っていうのは全部僕が決めていて、建築の空間と普段どんな使われ方をしているかってとこからイメージしていった」

まつもと市民芸術館、エントランスから2Fへ上がる大階段。左手の台に展示されているのが井村一登氏の作品(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
「旧念来寺の鐘楼は、お墓が並ぶところに建っていて、隣がショッピングモールになってるでしょ。人の日常的でささいな営みと、死後の世界とが共存しているなかに、他愛ないやり取りを作品化した山内(祥太)さんの映像が入り込んでいったら面白いなと思って。映像の世界観も新しくて、忘れていた記憶を引っ掻き回されるような不思議なアンリアルが、あの場所だからこそ生まれてる。アートを美術館から人の生活の中に引きずり出してあげることで、建築もアートも今までと違って見えてくる。誰にでも分かりやすい作品は選んでないから、見た人は本当に良いと思えるか、自分の眼で判断しなきゃいけない。ステートメントなんか読まなくても魅力が伝わる作品を選んでるつもりだけど、わからないな、つまんないなって人も当然出てくる。そうすることでこびりついた価値観を引き剥がしてフラットにものを見る力が養われていくことも期待してる。市は松本をアートの街に、っていう構想をもってるんだけど、本気でやるならそれくらいオリジナルなことをやらなきゃいけないと思ってて。既存の評価軸とか、過去の成功事例に乗らずに自分たちでなにが本当に価値があるのか、判断してくのはものすごくハードルが高いことで、すごくチャレンジングなことだけど、この芸術祭はその一端になったんじゃないかな」

墓地の真ん中に建つ旧念来寺鐘楼。左手側奥にショッピングモールがある(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
なにも変えなくても、違う体験になるひとつひとつ建築を読み解いて、この空間にどんな作品を展示するとその場所が輝くのか。実際に足を運んで建物を選んでいくおおうちさんの熱意は相当なものです。その熱意が建物のオーナーさんにも伝わったようで。
「普通こうやって建築を活用するイベントだと、なかなか使用許可が下りないケースが多いんだけど、今回ネガティブな理由で使えなかった建物はひとつもなかった。やっぱり松本の人たちも、古い建物を守っていきたいという想いがある一方で、なかなか良い使い方ができていないってジレンマがあったんじゃないかな。新しい使い方を拓く可能性に賭けてくれたんじゃないかなって思ってる。あとはやっぱり齊藤社長の存在。彼の松本に対する貢献って本当に大きくて、松本をアートで盛り上げていきたいっていう想いが今回の芸術祭に関わった人たちの姿勢に影響を与えてる。集まってくれたボランティアの人たちも、運営に携わった実行委員会の人たちも本当に熱意があって、だからこそ良いイベントになったと思うね」
齊藤社長とは、芸術祭の実行委員長で扉ホールディングス株式会社 代表取締役の齊藤忠政氏のこと。扉ホールディングスは、創業90年の歴史をもつ老舗旅館「扉温泉 明神館」や今回の会場にもなった、古民家を改修した高級レストラン「レストラン ヒカリヤ」など、松本の観光業をまさに建築体験を通じて盛り上げてきた立役者です。かく言うおおうちさん自身も、齊藤社長の熱意に動かされてきたひとり。

会場の一つで、写真家・石川直樹氏の作品が展示されたレストラン ヒカリヤ。国登録有形文化財に登録されている明治時代の建築。奥に建つ蔵が会場となった(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

ヒカリヤの展示会場へは母屋の隣に建つ建物を抜けて向かう。作品へ至るアプローチも芸術祭を楽しむ仕掛けになっている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

普段はフレンチレストランとして使われているヒカリヤ。最低限の手入れによって、文化財が美しく活用されている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
「もう十何年も前、それこそ僕がヒカリヤのアートディレクションをやらせてもらって齊藤社長と知り合ったころから、ずっと、松本に残る古い建築をどうにかして残していきたいって話は聞かされてたんだよね。だけど、保存して置いておくだけじゃどんどん朽ちていって命が失われていくから、使い続けることを考えた方が良いって話をずっとしてた。やっぱり時代時代の使われ方に応じてこそ、生きた建築って言えると思う。芸術祭ではいわゆる保存とはアプローチが違うけど、新しい使い方を気づかせてあげられたんじゃないかな。旧宮島肉店なんか、ボロボロのまま長いこと放置されてたのを片付けるところから始まったんだけど、芸術祭が始まってから何件もあそこを使いたいって相談が来てる。実は僕も、今後の芸術祭準備のための拠点として使おうと思っているんだけどね(笑)」

旧宮島肉店外観。コンパクトながら均整の取れたプロポーションが特徴的。それにしてもよく見つけてきたなと思わされる、素朴な建物だ(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

今回、旧宮島肉店に作品を展示するにあたり、壁紙を剥がすなど大胆に手を入れた。老朽化が進む建物を事務所として使うためには、それなりの改修が必要になる(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
「今回、建築やアーティストとじっくり向き合ったからこその成功だったと思ってるから、この規模感は守っていきたい。なにも変えなくても、使う会場や展示する作家が変わるだけで全然違うイベントになるからね。これだけコンパクトだからこそ、街歩きもしながら1日で全部の会場を回れて、楽しみやすい芸術祭になってるし。少し数を減らして、1棟まるごと使った展示も考えてみたいかな」

鬼頭健吾氏の作品が外壁窓、中庭へ抜ける通路の天井と中庭に展示された、NTT東日本松本大名町ビル(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

中庭にはカラフルなアクリル板でかたちづくられた舟型の作品が。単体で展示されるのと、ビル全体を使った展示のひとつとして見るのとではまた印象が変わってきそうだ(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
「次は蔵通りに会場を必ず設けたい。実はもう次回に使いたい建物は決まってて、ひとつは看板建築の古い薬局で、もうひとつは旧開智学校を手掛けた大工が建てた蔵。あとはどうにかして松本城を会場にできないかなっていうのは考えてる。この時期いろんなイベントが重なってて、今回は断念したんだけど。旧開智学校も耐震工事を終えたらお披露目をしたいね。規模は守りつつ、単発のイベントでサテライト会場として中心部から少し離れた場所を使ってみる、みたいなやり方にもチャレンジしたいな」

いまも薬局として使われているミドリ薬局。装飾から立体感が感じられる看板建築だ(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

立石清重が晩年に手掛けた蔵。立石は旧開智学校の設計・施工にも携わった、明治期の松本で活躍した大工として知られる(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
会場を変え、作家を変え、継続していく建築芸術祭。実現すれば、そのたびに建築やアートの新しい楽しみ方が見つかるに違いありません。
人と建築の関係に転換を迫る、アートの力筆者が今回の芸術祭を通して感じたことは、建築の見方をほんの少し変えてみることで、こんなにも豊かな世界が広がっているのかということでした。会場に指定されていなければ、決して中に入ることも注目することもなかっただろう建物に、芸術祭をきっかけに出会うことができたことは、参加者皆の財産になっていることだと思います。実際に中に入ってみると、外観からはまったく想像がつかない魅力にあふれた建築をいくつも訪れることとなりました。それもそのはずで、おおうちさんがアートは人の生活のためにあるものと言うように、建築もまた人々の生活のためにあるものです。生活とともにある建築の姿を知って初めて、その建築の魅力も知ることができるのだと思います。

総合ディレクターのおおうちおさむ氏。隣の井村一登氏の作品は、おおうち氏所蔵のものから出品した(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
中に足を踏み入れて、普段どのような使われ方をしているのか想像してみる、あるいはそこに置かれたアートと対峙することで、自分だったらこの建築にどんな価値を見出すことができるか考えてみる。そのような建築との向き合い方がデザインされていました。
そのような視点で日々の生活で触れる建築を見てみることで、いままで見過ごしていた可能性や価値を発見することができるかもしれません。松本ではいまもたくさんのお店が古い建物をリノベーションし、営業していますが、これからよりオリジナルな使われ方が模索されていくのではないかと期待が膨らむきっかけとなりました。さらに、そこにしかない建築に、その空間に合った作品を展示するマツモト建築芸術祭の枠組みは、全国どんな場所であっても実践可能だと、おおうちさんは語っていました。松本ではじまった建築活用の新しい取り組みが、全国さまざまな名建築を舞台に広がっていくことを夢見させてくれる、幸せな芸術祭でした。
●取材協力
m.truth 株式会社
所在地:渋谷区渋谷
所在地:世田谷区上馬国民生活センターが、若者向け注意喚起として、住宅の賃貸借に関するトラブルについてチェックポイントなどを紹介している。特に、親元を離れて新たな生活を始める際に、賃貸借の契約をすることが多いので、契約内容をしっかり確認するように呼びかけている。
【今週の住活トピック】
「賃貸借契約にまつわる相談件数とトラブル防止のポイント」を発表/(独)国民生活センター
国民生活センターによると、住宅の賃貸借に関する消費生活相談のうち、契約当事者が 20 歳未満および 20 歳代である件数は、毎年2割ほどを占めるという。契約する時のトラブルだけでなく、入居中や退去時についても、契約内容に起因するトラブルは多い。
住宅の賃貸借のトラブル事例として、国民生活センターは次の事例を挙げている。
事例1:入居前に解約を申し出たら、支払った敷金などを含む約18万円がほとんど返ってこなかった。
事例2:賃貸マンション退去後に、原状回復費用として17万円もの額を請求された。
なぜ、こんなトラブルが起きるのだろうか?

(写真/PIXTA)
契約後は、契約書に記載された内容に文句は言えない賃貸住宅を契約する際には、契約上重要な説明を受けた後、賃貸借契約を交わす。契約をすると、そこに記載された内容を理解したうえで契約したものと解釈されてしまう。つまり、そこに記載されたとおりに実行されても文句は言えないし、逆に記載されたことと異なること、あるいは記載されていないことは交渉できるわけだ。
賃貸借契約書には、国土交通省が推奨するひな形がある。しかし、個人と個人が契約を交わす場合、それぞれに事情があるので、常識から考えて消費者側に著しく不利となるものを除き、互いが合意すればどういった契約内容でもかまわない。そこで、事前に契約に関する書類にどういったことが記載されているか、確認することが重要になる。
「申し込み」の段階であれば、自分の都合で契約を取りやめることができ、預けた申込金は返還される。しかし、契約が成立した後は、たとえ実際に入居する前に解約したとしても、「契約解除」について契約書に記載された内容通りに手続きがなされても文句は言えない。
入居時だけでなく、退去時のトラブルも多い。特に、「敷金」と退去時の「原状回復」費用との精算をめぐるトラブルは多い。そこで国土交通省では、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を作成し、HPに公表している。国土交通省では、契約書に原状回復に関する取り決めを具体的に明記するように推奨しているので、契約前にガイドラインを確認しよう。

(写真/PIXTA)
契約時、入居中、退去時のトラブルを防ぐには?契約するまでに、契約内容についてしっかり理解しておくのはとても重要なことだ。国民生活センターでは、特にチェックしてほしい項目をリストにしている。

出典:国民生活センター/若者向け注意喚起シリーズ「新しいお部屋で新生活!「賃貸借契約」を理解して、トラブルを防ごう!!」より転載
加えて、退去時のトラブルを防ぐには、いつから損傷していたかなどが分かるように、入居前や入居時に、貸主などと一緒に状況を確認したり、写真を撮ったりしておきたい。また、入居中も損傷が生じたら貸主に相談して、必要な補修を行ってもらおう。放置して損傷を大きくさせたり、無断で補修をしたりすると退去時のトラブルになりかねない。
普通に生活している間に、年月による壁紙の日焼けや家具を置いた跡などが発生するのは当然のこと。原状回復として、退去時に借主が負担するものには当たらない。原状回復費用は、借主側が生じさせた損傷などを負担するものなので、原則をよく理解し、契約書の原状回復の取り決めを確認しながら、費用負担について貸主側と交渉しよう。
賃貸住宅は、わが家ではあるものの、あくまで貸主の住宅を借りているもの。そのことを踏まえて、適切に使用するよう心掛け、契約書の内容をよく理解して生活しよう。無用なトラブルはないほうがよいにちがいない。
●関連サイト
「賃貸借契約にまつわる相談件数とトラブル防止のポイント」を発表/(独)国民生活センター
国土交通省が定めている「原状回復をめぐるトラブルとガイドラインガイドライン」
所在地:中野区中央
所在地:横浜市中区山手町
所在地:世田谷区三軒茶屋コロナ禍での経済活動の再開、おうち時間が増え、住環境の見直しをする人が増えています。住まいの省エネには窓のリフォーム、特に高性能な内窓の取り付けが効果的と言われています。そんななか、YKK APが木材・木建具事業者による木製内窓の商品化の支援を2021年に開始し、話題になっています。樹脂やハイブリッド(アルミと樹脂の複合)などとの違い、取り組みの背景などについて紹介します。
YKK APの窓の部材・部品を使って木製・建具事業者が自社ノウハウで製品化今すでにある窓の内側に、もう一つの窓を取り付ける「内窓」。工事も簡易で、グリーン住宅ポイント制度や自治体の補助金などができるたびに話題になっていますが、昨今は光熱費の高騰などを背景に、「省エネになるらしい」「家の光熱費の節約にいいらしい」などとして、興味や関心を持つ人が増えています。

左はアルミ樹脂複合窓、右は樹脂窓(写真提供/YKK AP)
窓のサッシ(枠)の素材といえば、樹脂またはハイブリッド(アルミと樹脂の複合)が主流ですが、国産木材を使った、「木製内窓」にも関心が集まっています。高い断熱性能を持つ木製内窓を取り付けることで、元からある窓と付けた内窓の間に断熱効果のある空気層ができ、さらに木材のサッシは金属性に比べ熱を伝えにくいことから、より断熱効果を高めてくれます。木製内窓のメリットは大きく4つで、(1)断熱性が高まる(2)結露の軽減、(3)光熱費の節約、(4)木製素材ならではのあたたかみ、デザイン性があげられます。一方で、(1)価格が高くなる、(2)窓に求められる断熱や耐候性、おさまり(部材が美しく取りつけられた状態)などを確保するのが難しいといった難点があり、なかなか普及に至りませんでした。
今回、木製内窓を開発・発売したのは岐阜県岐阜市にある後藤木材で、その商品化を支援したのがYKK APです。YKK APといえば超大手、高性能な樹脂サッシを取り扱っていて、過去には木材を使った窓を生産していたこともあるといいます。今回、自社での開発でなく、木製内窓の商品化を支援する立場として“木製・木材加工のプロ”へ専用の部材・部品を開発し提供することに至った背景には、どのような理由があるのでしょうか。

木製内窓(写真提供/凰建設 森亨介さん)
「日本は森林資源も豊富にあり、木材は再生可能な材料でもあります。弊社でも活用を図ってきましたが、木材の調達加工、品質を確保しつつ製品化となるとやはり難しい。窓のことならすこしは得意なんですが(笑)、木材加工のプロである後藤木材さんに相談にいき『木材サッシ、木製の製品化にどうやって取り組むのがよいか』とヒアリングをしていたところ、『後付できる内窓をつくってみませんか?』という話になりました。こうした取り組みは初めてですので、お互いに手探りではじまったんです」と話すのはYKK APの住宅本部 住宅事業推進部商品企画部部長でもある山田司さん。
3年ほどの試行錯誤の末、YKK APが窓に必要な複層ガラスや部品や部材、ノウハウを提供し、後藤木材は独自の圧密技術(圧力をかけて木の強度を高める)の強みを活かして木材の調達や加工、組み立て、取り付けまでを行うという事業の枠組みができあがりました。
「YKK APが表にでるのではなく裏方になって、地方にたくさんある木材を扱う会社と組み、ネットワークを広げることが木製内窓にとってもよいのでは、という結論になりました」(山田さん)

木製内窓の提供イメージ。窓に必要な部品、部材、情報提供はYKK APが行い、木材加工ノウハウをもつ木材建具事業者が製品化する(画像提供/YKK AP)
木材・建具会社など13社から問い合わせ。試作品を製作した会社も最近では伝統工芸×おもちゃなど、異なる業種・業態のコラボ商品やサービスを目にすることが増えましたが、今回の木製内窓は、「それぞれのプロフェッショナルが得意分野を活かす」という、ある意味で、「王道のコラボ」といえるかもしれません。YKK APは今回のビジネスモデルを後藤木材だけでなく、全国の木材加工・建具企業にも応用していきたいと考えているそう。
「2021年7月にプレスリリースを発表しましたが、13社から問い合わせがあり、6社が商品化を検討、1社が試作品の段階に来ています」と前出の山田さん。
驚いたのは、木材加工だけでなく、建具や家具といったいわゆる工芸品の会社からの問い合わせがあったことだそう。確かに欧米のインテリアと比較した場合、窓のデザイン面では現在の内窓は物足りなさを感じてしまうのが現状です。さまざまな木材加工のノウハウを持つ会社が木製内窓に参入することで、技術面や価格面でも新しい発見があることでしょう。

窓次第で部屋の雰囲気はぐっと変化する(写真提供/YKK AP)
「窓辺を美しくしたいという潜在的な需要はありそうですし、何より日本には豊富な森林資源があります。1社で完結するのではなく、他社と強みを活かしつつ、窓の高性能化、断熱化を図っていけたらいいですね」と続けます。
10cmあれば取り付け可能。極薄で高性能な「木製サッシ」一方、部材の提供を受け、木製内窓の開発にあたった後藤木材の後藤栄一郎社長と内外装事業部上條武さんは、地元の工務店である凰建設の森亨介専務とともに、数年前から木製サッシの製品化に興味を持っていたといいます。
「弊社は杉・ひのきという柔らかい木を複数層重ねて圧縮して強度を増す独自の技術を持っており、床材、テーブルカウンターなど幅広い用途で商品展開をしてきました。また、ユーザーと接点を持つ工務店の意見を聞きたいと、数年前から森さんとも懇談・勉強を重ねてきました。以前に木製窓をつくったこともあったんです」(後藤社長)。
とはいえ、木製サッシを自社のみでつくるのは容易ではなく、風圧や遮音、気密、断熱といった性能については、森さんにリスクを負ってもらうかたちとなり、性能面でもしっかりとしたものを世に送り出したいという思いを抱いていたそう。
「今回、内窓の製品化にあたっては、富山県にあるYKK APの技術施設に行き、木製内窓の試作品確認会や検証試験を行い、強度、施工のしやすさ、おさまり、断熱、防音など徹底的に試験でき、樹脂の内窓と同程度の性能が担保できました」(上條さん)といい、胸を張って送り出せる「木製内窓」が完成したそう。
驚くべきはその薄さで、なんと10cm! 自然素材である木材は節などがあるため、薄くて強度を出すのは容易ではないそう。一方で、10cmという薄さを担保したことで、既存のマンションや一戸建ての窓に施工しやすく、多くの窓に取り付けることができ、見た目にも美しく収まります。

断熱性や気密性といった性能面、薄さを両立(写真提供/後藤木材)
「完成した内窓を今回、我が家で取り付けましたが、施工時間や手間などは樹脂の内窓とほぼ変わりません。なれてくれば1窓1時間あれば施工可能になりそうです」(森さん)

木製内窓を組み立てる様子。10cmと薄いため、マンション/戸建てともにおさまりのよい商品に。木枠ってやっぱり見ていて惚れ惚れします……(写真提供/後藤木材)
欧米の高性能窓に遜色なし。日本の技術を集めた窓に
木製内窓を取り付けたところ。YKK APが誇る高性能樹脂窓「APW430」と遜色ない断熱性の数値を出せるそう(写真提供/凰建設 森亨介さん)

左側が内窓を取り付けていない箇所、右側が内窓を取り付けた箇所のサーモ画像。左側の窓は青みが強く、右側の窓は緑色になっていて、温度に差があることがわかります。「暮らしがてきめんに変わったということはありませんが、気がつくと快適」(森さん)といいます(写真提供/凰建設 森亨介さん)
木製内窓の第一号は、ともに研究をしてきた森さん宅の住まいに設置。もとから木のぬくもりを感じる住まいでしたが、木製内窓が違和感なくなじみ、「元からこのような住まいだったのでは?」と見紛うほど。
「住んでしまうとすぐに慣れてしまい以前との差が分かりにくいのですが、朝晩の冷えは気にならなくなりましたし、やはり常に快適です。また、既存の窓と内窓をあわせるとYKK APさんのトリプルガラスのAPW430を上回る熱貫流率0.84w/(平米・K)の性能が出せるように。木製の内窓でここまで性能値を出している商品はないので、自信をもっておすすめできます」と森さん。
ちなみに、森さんがこの木製内窓と相性がよいと考える住まいは、(1)既存~新築マンション、(2)2005年~最近に建てられた一戸建て、(3)防火地域に建てる新築一戸建てだそう。
「特に(1)マンションの場合、窓部分は共用部のため、個人で簡単には窓を取り換えることができませんが(新築・中古ともに)、こうした内窓であれば取り付けやすいでしょう。マンションは躯体自体の断熱性は高いものの、北側は底冷えしたり、直射日光を強く受ける夏場は冷房効率も悪くなるので、弱点ともいえる窓の部分を対策するのにお金をかける価値は十分にあることでしょう」

(写真提供/凰建設 森亨介さん)
「現在13社から問い合わせがありますが、木製内窓の商品化支援を進め、もっとつながりをつくっていきたいですね。後藤木材様をはじめ、今後、商品化される事業者の技術やノウハウを蓄積・共有することで、生産性向上やコストダウンにもつなげていただきたいと思います。また、森林資源の活用をして、地域活性化にもつなげていただきたいと思います」(山田さん)
後藤木材の後藤さんも、地域活性、森林資源の活用を課題に挙げます。
「戦後に植林された木材は今、使い時を迎えています。1本の丸太からさまざまな製品をつくりたいですし、地域で使って、地域にお金を落としていきたい。今回のように業界や会社の垣根を超えて、知恵を出していけたら」といいます。
森さんは、「今回の内窓のように大勢の人が集まっていいものをつくっても、住まいに採用されなかったとしたらあまりにさみしいので(笑)、まず知ってもらうこと、そして体感してもらうことが大切だと思います。日本の住まいの高断熱化は、本当に窓がカギとなっているので」と力説します。
今年は、「こどもみらい住宅支援事業」がはじまり、記事で紹介した内窓「ゴトモクのウチマド」を使ったリフォームも補助対象となっています。もし、「家が寒い」「光熱費が高い」と気になっているのであれば、この木製内窓、ぜひ検討してみてはいかがでしょうか。ちなみに我が家は2012年築、省エネ等級4ですが、この冬の電気代は3万円を超えました。今、真剣に検討中です。
●取材協力
YKK AP
後藤木材
凰建設
所在地:渋谷区円山町
所在地:大田区上池台
所在地:港区白金台