未来のUI – Space Xに見る全面タッチスクリーンの利点と弱点
昨今、宇宙関連のニュースを聞くことが増えてきた。イーロン・マスク氏率いるSpace X は宇宙船「クルー・ドラゴン」での有人宇宙飛行を成功させた。宇宙飛行士を宇宙ステーションまで送り届け、無事に帰還も果たした。 このフライトには日本人宇宙飛行士の野口 聡一氏も参加しており、無事宇宙から帰還を果たした聡一氏のニュースを見た方も多いだろう。 Amazonの創業者のジェフ・ベゾス氏は起業したBlue Originが7月20日に初宇宙旅行を行うことも話題になっている。この宇宙旅行にはベゾス氏自身も参加するという。 そんな中で宇宙船のデザインも変わってきている。特に注目されているのは前述のSpaceXのクルー・ドラゴンがコクピットにタッチスクリーンを採用し、主だった操作を全てタッチ操作で行うという点だ。 SpaceXのタッチスクリーン指向のUI クルー・ドラゴンの船内はSF映画に出てくるような未来的なデザインになっている。コクピットには、アポロ計画の宇宙船やスペースシャトルなど、これまでの宇宙船にあった大量のボタンやレバー、計器類などは無くなっている。 その代わりにあるのが大きなタッチスクリーン。いくつか物理ボタンはあるものの、主な操作は全てタッチスクリーンで行われる。またSpaceXの宇宙服もそのグローブがタッチスクリーン操作に対応したものになっている。 クルー・ドラゴンは自立型の宇宙船で、宇宙空間での航行や宇宙ステーションへのドッキングなどは全てソフトウェアが行う。操縦桿や多数のボタンは必要なく、操縦者はタッチスクリーン上で航行を確認し、タッチ操作で宇宙船の設定を行うことになる。 クルー・ドラゴンの船内 ゲーム感覚で操作できるシュミレーター もちろん緊急時などのために、手動での操作も可能だ。SpaceXはクルー・ドラゴンでの宇宙ステーションへのドッキングシミュレータを公開しており、手動でクルー・ドラゴンを操作する場合、どういった感じになるのか試すことができる。なかなか遊びがいのあるシミュレータになっているので、ぜひ一度試してみてほしい。 このシミュレータで注目すべきは、UIのデザインが昨今のスマホアプリやビデオゲームを彷彿とさせる作りになっていること。そうしたものに慣れ親しんだ人であれば、宇宙飛行士としてトレーニングを積んだ人でなくても直感的に操作できる。 Teslaとも共通するコンセプト イーロン・マスク氏が同じくCEOを務めるTeslaの車内インテリアも同じようなコンセプトを持っている。極力、人間の操作する部分を減らし、ソフトウェアによる制御による自動化を目指している。 テスラのユーザー体験。しばらく乗ってみてわかったその凄さ 例えば、新型のモデルSではシフトレバーはなくなり、自動車自身がギア操作の制御を行う。どうしても人間が操作したい場合にタッチスクリーンからドライブ/リバースの変更などを行う。 Here you go! https://t.co/yGBIFdbIB1 pic.twitter.com/1A9BBWwfkE — Sawyer Merritt 📈🚀 (@SawyerMerritt) June 11, 2021 他の宇宙船との違い このデザインはどのくらい斬新なのか?SpaceX以外で最近話題になっている他企業と比べてみよう。 クルー・ドラゴンのライバルとされているのがボーイング社の宇宙船「スターライナー」だ。現在開発中で、7月にもテストフライトが予定されている最新鋭機だ。こちらは伝統的な大量の計器、ボタン類が多く配置されたコクピットとなっている。 AmazonのCEO ジェフ・ベゾスが同じくCEOを務め、7月20日に初の宇宙旅行を計画しているBlue Originはどうだろうか。その参加チケットが2800万ドルで落札されたことが話題になったためこちらも少し触れておこう。 Blue Originの宇宙船「ニューシェパード」は、11分間という短時間でのほぼ完全自動運転の宇宙旅行を目的とした宇宙船だ。そのため、旅行客のためのスペースが大きく取られていて、クルー・ドラゴンのようなコクピットも存在しない。 これからはタッチパネルが標準的なUIに? 近い将来に、インターネット、スマートフォンなどに慣れ親しんでいるデジタルネイティブの世代が宇宙飛行士の中心世代になるだろう。その際にトレーニングコストを大きく下げることができることが期待されている。 また、タッチスクリーンのUIはChromiumやJavascriptといったWeb系のソフトウェア開発でよく使われる技術で作られており、現代的なWebアプリライクのUIを実現するのに活用されている。 タッチスクリーンは有用か SpaceXはなぜタッチスクリーンを採用したのか、宇宙船の操作に対してどんなメリットがあるのかを通じて、全面タッチスクリーンの可能性を考えてみよう。 タッチスクリーンによるUI/UXの評価 物理デバイスをタッチスクリーンにすることで、UIはソフトウェアで構成されたものになる。これにより、Webソフトウェアなどで用いられているUX/UIの指標と照らし合わせ、評価・検討することができる。 SpaceXのソフトウェアの全容は公開されていないが、画像や動画など公開された情報からクルー・ドラゴンのUIはWebソフトウェアでも重視されているUIデザインの鉄則を押さえていることが見て取れる。 タッチスクリーンの利点1: エラープルーフの面でも有利 こういった鉄則を踏襲することは、単純な使いやすさの向上だけでなく安全面でも重要になる。緊急事態が起きた際などに、焦りからのとっさの操作間違いが起きないようなUIデザインは、安全性が重視される宇宙船において重要なポイントだ。 タッチスクリーンの利点2: 慣れ親しんだユーザビリティーの実現 SpaceXは目新しさでタッチスクリーンを導入したのではなく理論に基づいてインタフェースがデザインされており、いくつかのUXの法則を実現することでユーザビリティの高いUIを実現している。その例をいくつか見てみよう。 フィッツの法則 画面上の対象間の移動に関する人間の動作をモデル化した法則。主にマウス操作で移動にかかる時間を計測する。近年ではタッチデバイスでの研究も盛んに行われている。 フィッツの法則はUIの普遍的な法則と言われており、クルー・ドラゴンのUIも多くの要素がこの法則を考慮しているようだ。例えば操作画面では主だったボタン等を画面の端に配置しており、これはフィッツの法則を踏襲していると言える。 またフィッツの法則と照らし合わせて、優れたインタフェースとしてパイ・メニューがある。SpaceXのシミュレータで確認できるが、宇宙船の飛行制御UIはこのパイ・メニューを元にしたインタフェースになっている。 ヤコブの法則 ユーザーの経験則に基づいたUIデザインの法則で、ユーザビリティに関する10の原則が提唱されている。経験則に基づいてユーザビリティを評価するヒューリスティック評価の指標とされることが多い。 クルー・ドラゴンのUIは、前述したように現在のアプリやゲームなどで一般的なUIに近いデザインになっている。それらに慣れ親しんだ人であれば、その経験から、ある程度直感的に扱えるデザインになっている。 複雑さの保存の法則 どんなシステムやプロセスにも、減らすことのできない複雑さが存在するという考え方で、その複雑さはシステムとユーザーのどちらかが引き受けなければならないとされている。 この法則にしたがって考えると、従来の宇宙船は、その複雑さをシステムだけでなく、操縦者側も大量のボタンや計器類などを使用することで負担していたと言える。 クルー・ドラゴンでは、シンプルに分かりやすくデザインされたUIの利用や宇宙飛行制御の自動化などにより、その複雑さをシステム側に移行して、操縦者の負担を減らすことができている。 UXデザイナーなら知っておきたいデザインに関する10の法則 タッチスクリーンの利点3: 製造コストの削減 SpaceXは、安価でのロケット打上げが大きなセールスポイントになっており、タッチスクリーンの導入も製造コスト削減に一役買っているだろう。 従来のコクピットに比べてタッチスクリーンは、ハードウェアの製造やメンテナンスが簡単に行える。また問題が起きた際のソフトウェアの修正はもちろん、タッチスクリーン自体の交換も簡単だ。 さらにソフトウェア更新により、機能の追加やインタフェースのデザイン変更といった改修も簡単なので、タッチスクリーン自体は長く使い続けることができるだろう。 タッチスクリーンの利点4: 船内の空間を確保できる タッチスクリーンであれば、物理的なボタンの設置に比べて省スペースで設置できる。事実、クルー・ドラゴンのタッチスクリーンは位置を変える時ができ、宇宙飛行士の乗り降りの際などに十分なスペースを確保できる。 また、ソフトウェア上のUIは自由にデザイン可能。つまり、そのシチュエーション毎に必要な情報のみを表示することができる。 画面表示を切り替えて複数の情報を管理できるため、物理的な計器類を大量に置く必要がない。こうしたデザインはTeslaのタッチスクリーンでも確認でき、画面の切り替えが分かりやすいようにデザインされている。 クルー・ドラゴンでは最長で5日間の民間向け宇宙旅行も計画されており、快適に過ごせる船内はこうした宇宙旅行でのユーザー体験向上にも貢献するだろう。 画面下のメニューで表示内容を切り替えられるTeslaのタッチスクリーン タッチスクリーンの利点5: トレーニングコストの削減 前述したように、タッチスクリーンに慣れ親しんだデジタルネイティブ世代は直感的に扱えるだろう。では、これまでの宇宙船に慣れ親しんだ宇宙飛行士はどう感じるのだろうか? このUIの開発には、かつてのスペースシャトル搭乗ミッションもこなしたベテランの宇宙飛行士 Douglas Hurley氏、Robert Behnken氏が協力している。操作性の向上やミスタッチがなくなるよう改良に貢献したという。 彼らは、これまでと異なるデザインのUIを習得するトレーニングが必要だったと語っているが、最終的には問題なく技能習得を済ませている。 実際に、2人は2020年5月に行われたSpace X初の有人宇宙飛行ミッション「Demo-2」に参加し、クルー・ドラゴンで宇宙に行っている。このDemo-2ミッションではHurley氏は宇宙船の制御機能を確認するために、手動での飛行試験も行っており、タッチスクリーンでの操作を問題なくこなしている。 前述のシミュレータのように、ソフトウェアのUIであればPC上でも操作を確認することができる点も挙げられる。本格的な搭乗型のシミュレータがなくても、トレーニングを積むことができるのは大きなメリットだ。 タッチスクリーンのデメリット では、タッチスクリーンに問題はないのだろうか。タッチスクリーン導入の弊害になりそうな問題点を考えてみよう。 タッチスクリーンの弱点1: 常にスクリーンを見なければいけな 物理ボタンを用いたインタフェースとの最大の違いは、タッチスクリーンは画面を見ながら操作が必要な点だろう。物理ボタンのように、よそ見をしながら操作するのは難しい。 そのため、宇宙船の外の様子とタッチスクリーン上のインタフェースを同時に確認する必要がある。これはデザインの大きな制約である。これが自動車や航空機を完全タッチスクリーンにすることが難しい理由の一つだろう。 タッチスクリーンの弱点2: スクリーンの故障 = 宇宙船の故障 また、多くの人が心配するのは、電気系トラブル等でタッチスクリーンが表示できないと何も操作できないということだろう。 物理ボタンや計器がどれか一つ故障しただけであれば、他のボタン等は使い続けることができる。しかし、全面タッチスクリーンは故障すると宇宙船の機能がほとんど操作できなくなってしまう。こういった事態を考慮した運用を十分考える必要があるだろう。 タッチスクリーンの弱点3: 再トレーニングが必要 前述した内容と矛盾するようだが、今までの宇宙船のインタフェースに慣れていた宇宙飛行士にとっては慣れるまでのトレーニングが必要になるだろう。タッチスクリーン上の操作自体はそれほど難しくないだろうが、タッチスクリーンを使うこと自体に心理的に慣れる必要がある。 特に宇宙飛行士は、様々な緊急事態を想定する必要がある。緊急事態が発生した場合でも、タッチスクリーン上でスムーズに宇宙船を制御できるように十分なトレーニングが必要だろう。 デザイナーに必要なのはスキルアップではなくスキルチェンジ タッチスクリーンはデザインのあり方を変えるか? 宇宙船という安全性を要求されるものにタッチスクリーンを導入することを不安視する声がある一方で、SpaceXの新しいデザインが宇宙船の概念を変えると評価する声もある。 これまでの宇宙船の大量の物理ボタンをタッチスクリーンに一新したのは、日本のガラケーやBrackberryやNokiaのようなキーボード型のUIを持っていたスマートフォンが、タッチスクリーンをメインとするiPhoneに取って代わられたことを思い起こさせる。 […]