ティコ(Tycho)としても活動するスコット・ハンセン
アメリカ・カリフォルニア州サクラメント出身のスコット・ハンセン(Scott Hansen)によるプロジェクト、ティコ(Tycho)。2020年には5作目「Weather」(2019年)がグラミー賞のノミネーションも受けた、すでに20年以上のキャリアを誇るエレクトロニック・ミュージック界の第一人者の1人だが、彼にはもう一つ知られた顔がある。それが映像クリエイター/グラフィック・デザイナーとしての活動で、近年は主にティコ周りのビジュアル制作を通じて、音楽とともに彼のクリエイションの重要な柱を担ってきた。その仕事は、作品のアートワークからツアー用のポスター作成、さらにはライブで使用する映像監修やステージ演出にまで及ぶ。ニュー・アルバム「Infinite Health」(24年)を携えて行われた今年1月の来日公演は、そんな彼が手掛けるビジュアル・ワークの最新の発表の場でもあったわけだ。
スコットいわく「没入型オーディオ・ビジュアル体験のプラットフォーム」と定義される現在のティコ。音楽制作に先駆けたグラフィック・デザイナーとしての原点。映像と音楽の関係性をめぐる哲学。そして、AIとクリエイションの問題、新たに立ち上げたプロジェクト「Tycho Open Source」について。来月の「フジロック」への出演(7月25日@RED MARQUEE)も控えるスコットに話を聞いた。
音楽と映像による
没入感のあるライブ
1月に東京の「O-EAST」で開催された来日ライブの様子 PHOTO:SHUN ITABA
1月に東京の「O-EAST」で開催された来日ライブの様子 PHOTO:SHUN ITABA
1月に東京の「O-EAST」で開催された来日ライブの様子 PHOTO:SHUN ITABA
1月に東京の「O-EAST」で開催された来日ライブの様子 PHOTO:SHUN ITABA
——先日のライブですが、非常に没入感のあるステージングで素晴らしかったです。
スコット・ハンセン(以下、スコット): しばらくライブをしない期間があって、その間に「どうすればこれまでとは違った形にできるか?」「どう進化させたり変化させたりできるか?」とずっと考えていたんだ。特に意識したのはビジュアル面のアップデートで、よりダイナミックに、音楽と視覚が結びついたステージにしたいと思っていた。それに、パフォーマンス自体もメンバー全員がもっと楽しめるような環境にしたかったんだ。以前は機材のセッティングがちょっと複雑で、ステージに立つこと自体がストレスになることもあったから、今回は思い切ってシステム全体を再設計した。今では純粋に“演奏すること”に集中できるし、ステージに立つのが心から楽しいと思えるようになったよ。
——映像演出については、どんなコンセプトがありましたか。
スコット: 僕はいつも、音楽と映像のあいだに何かしらストーリーや映画的なつながりを持たせるようなアプローチを心がけているんだ。例えば「Devices」の映像——東京で撮影したんだけど、普段はMVを切り貼りしてライブ用に再構成するところを、今回はほとんどそのまま使ってる。いくつか色味を調整したくらいでね。それから、今回初めて取り入れたのが「i/MAG」っていう手法で、ステージ上に小型カメラを設置して、ライブ中のパフォーマンスをリアルタイムで撮影・投影してるんだ。僕のキーボードの上とか、観客からは見えないアングルを映して、そこにエフェクトをかけて加工しながら他のビジュアルと組み合わせていくんだけど、それがすごく楽しかった。自分たちが演奏してる“今”の瞬間が、そのまま視覚的な物語として重なっていく感覚があってね。
VIDEO
——スコットさんはティコについて、「没入型オーディオ・ビジュアル体験のプラットフォーム」とみずから謳(うた)われています。その意味するところを教えていただけますか。
スコット: 僕にとって、音楽とビジュアルってすごく近いところから生まれているものなんだ。同じ感情やアイデアを別のかたちで表現してるだけでね。自分の音楽でも他の人の音楽でも、聴くときはいつも視覚的なイメージが頭に浮かぶし、僕にとってそれは自然なことなんだ。音楽と映像の両方を手がけてるのが同じ自分自身だから、それらが自然と統合されて、一体感のあるものになっているんだと思う。特にインストゥルメンタル・ミュージックには、聴く人の心の中に広がる“風景”のようなものがあると思っていて。聴いていると、まるで海や山が見えるかのように、心が自然とさまよっていく。その感覚って、すごく自由で瞑想的な体験だと思う。
一方で、ボーカル・ミュージックはもっと感情や言葉に根ざしたもので、コミュニケーションや人間のつながりについて考えるきっかけになる。だからこそ僕は、音楽とビジュアルをつなぐことで、その両方の感覚を横断できるような体験をつくりたいと思っている。ビジュアルが音楽に“意味”を押しつけるものにはしたくないんだよね。ビジュアルが音楽にもう一つの奥行きや余白を与えて、見る人がそれぞれに“別の次元”を感じられるようなライブにしたい。それが、僕が考える“没入体験”なんだ。
ボーズ・オブ・カナダからの影響
ティコ/スコット・ハンセン
——そうした音楽とビジュアルを横断するアプローチは、これまで作品を重ねる中でどのように進化・変化してきたという手応えがありますか。
スコット: 僕にとってこのプロジェクトの大きなモチベーションの一つが、エンジニアリングやプロダクションといった技術的な側面にあるんだ。音も映像も、制作において“どうつくるか”という部分にすごく刺激を受けるし、それを探求することが自分の創作意欲につながってる。
音に関しても、以前よりもずっと効率的に、少ない要素で多くを語れるようになってきたと感じてる。ソングライティングやアレンジの構造もより洗練されたものにしたいし、何より“伝えたいことをいかにシンプルに表現できるか”っていう点に今は強く意識が向いてる。結果として、全体としての表現もどんどん削ぎ落とされて、より凝縮されたものになってきているんじゃないかなって思うよ。
——スコットさんの考える「没入体験」という視点から、例えばラスベガスの「Sphere」のような施設はどのように映るのでしょうか。
スコット: すごく魅力的に思えるよね。実際に行ったことはないけど映像では見たことがあって、本当にすごいなって感じたよ。ああいうコンセプトは大好きだよ。
「Meow Wolf」っていうアートスペースがあって、いくつか拠点があるんだけど、たしかデンバーにある会場だったかな。立方体のような構造で、「Sphere」より規模は全然小さいけど、壁が全部スクリーンになっていて、たしか天井にも何か映っていたと思う。中に入ると、完全に包み込まれるような空間なんだ。そこで一度DJをしたことがあって、すごくクールだったよ。自分としては「Sphere」の中にいるという感覚に最も近い体験だったと思う。「Meow Wolf」って、ちょっと奇妙な場所なんだよね。最近のツアーでも、たしかニューメキシコの別の施設で演奏したんだけど、そこもまた全然違う空間だった。確か今は5カ所以上あると思うけど、どこも独自の美学を持っていて、すごくインスピレーションを受けるよ。
——“没入型のショー”というと、個人的に印象深いのはビョークやワンオートリックス・ポイント・ネヴァーだったりするのですが、スコットさんにとってそういうアーティストとなると誰になりますか。
スコット: 例えばボーズ・オブ・カナダ(Boards of Canada)は、ずっと僕にとって大きな存在だった。あの独特な美学はいつも際立っていたし、たしか彼らには映像やビジュアル制作を手がけるコレクティブみたいなチームがいたんじゃないかな。初期の作品には特に強くそれを感じた。タイトルは忘れちゃったけど、あのころのビデオなんかは本当にすごくて、音楽とビジュアルが完全に一体になってたんだ。まるで音楽にぴったり寄り添う完璧なパートナーみたいに感じられて。だから彼らには、音楽面でもビジュアル面でも、本当にたくさんのインスピレーションをもらってきたと思うよ。
グラフィック・デザイナーとしてのキャリア
ティコ/スコット・ハンセン
——ティコのビジュアル・ワークにまつわる話として、スコットさんが「ISO50」名義で活動されたグラフィック・デザイナーとしてのキャリアについて教えてください。
スコット: たぶん1990年代後半から2012年くらいまでの話かな。当時の僕の本業は、インターフェース・アーキテクチャ、つまりソフトウェアやウェブのUXデザインだったんだ。生活のための仕事としてはずっとウェブ・デザインをやっていて、音楽はあくまで趣味というか、サイド・プロジェクトとしてちょこちょこ触っていたくらいだった。
転機が訪れたのは06年ごろで、「ISO50」っていう名前でビジュアルの活動をしていたんだけど、その名前でブログを始めたんだ。最初は主にデザイン中心のブログだったんだけど、次第に音楽も紹介するようになって、それが思いのほか注目されるようになった。そのブログを、自分の音楽プロジェクトの発信の場としてもうまく活用していて、好きなグラフィックや音楽を紹介する合間に“これも聴いてみて”って、自分の曲をさりげなく載せたりしてたんだよね。結果的にそれが大きなきっかけになって、ティコの名前がより多くの人に知られるようになったと思う。当時は広告業界のアート・ディレクターやマーケターなんかもよく見てくれてて、ブログで聴いた曲をCMやキャンペーンに使ってくれたりもしてね。
でも、10年には「Dive」の制作が終わりに近づいて、翌年リリースされるタイミングでツアーを始めたんだ。ライブ・バンドも結成して、本格的に音楽に注力するようになった。そうなると、ブログやデザインに使える時間がどんどんなくなっていって……気づけば、あのブログも自然と終わってしまった。というのも、それまでの15年くらいをデザインにささげてきたから、次の10年は音楽にささげてみようって思ったんだよね。でも、気づいたらもう14年経ってた(笑)。ただ、今もティコのポスターやカバーアート、映像作品の多くは自分で手がけているし、グラフィックの仕事も完全には手放してない。忙しいけど、充実した日々を送れてると思うよ。
——スコットさんの中で、ティコと「ISO50」はどういう関係性にあるのでしょうか。
スコット: 僕にとっては完全に一体化してる。同じプロジェクトの異なる側面という感じでね。「ISO50」という名前は、もともと写真にハマっていた時期に使い始めたもので、富士フイルムの「Velvia」っていうポジフィルムの感度に由来しているんだ。そのころはTシャツのデザインとかもやっていて、そのロゴとして「ISO50」を使ったりしてね。でも、結局どっちも自分のプロジェクトで、プロとしての側面を見せるときに名前を分けていただけで、今では全部一つの「ティコ」というプロジェクトの中に統合されている。音楽とビジュアルが完全に一体となった、オーディオ・ビジュアル・プロジェクトとしてね。
——「ISO50」としては、ティコ以外でどんなデザインの仕事をしていたんですか。
スコット: 主にやっていたのはウェブのインターフェース・デザインだった。例えばスキューモーフィック(skeuomorphic)な、現実の物体を模したようなウェブサイトをつくることが多かったね。紙っぽく見えるインターフェースとか、本のページをめくるような操作感とか、そういう質感重視のデザインが得意だった。Flash全盛の時代で、リアルなテクスチャや立体感をデジタルで再現するのがクールだったんだ。
でも僕の夢は、いつか音楽の世界とつながって、コンサート・ポスターやアルバムのカバーを手がけることだったんだ。ティコの活動を通じて徐々にそういう機会も増えていって、それがすごくうれしかったよ。ただ、仕事の大半はクライアント・ワークじゃなくて、自分の作品を売ることだった。Tシャツやアート・プリントをつくって、自分で販売してたんだ。大判のエプソンの44インチ・プリンターでジークレープリントを刷って、サイトで直接販売するような形でね。そういう個人制作の発表と流通の場として機能してたんだよ。
——ちなみに、ファッション関係の仕事ってありましたか。
スコット: 一度だけ、「ディーゼル(DIESEL)」のキャンペーンでポスターをつくったことがあるよ。たしか20周年か何かの記念企画だったと思う。でも、グラフィックをTシャツにプリントしたりはしてたけど、服そのものをデザインするってことはしていない。服飾って三次元で考えなきゃいけないし、構造も複雑だし、本当に難しい分野だと思うんだよね。だから、そういうことができる人たちにはすごく尊敬の念があるよ。
影響を受けたグラフィック・デザイナー
ティコ/スコット・ハンセン
——新作の「Infinite Health」のアートワークですが、自然の中に人工物が同居したシュールな構図が、マイク・オールドフィールドの「Tubular Bells」や、ヒプノシスが手がけたピンク・フロイドなどのジャケットを連想させるところがありました。サウンドとビジュアルとのつながりという観点で、スコットさんが影響を受けたり好きなデザイナーがいたら教えてください。
「Infinite Health」のジャケット画像
スコット: うん、今回は、70年代のアートワーク──ストーム・ソーガソンとか、ピンク・フロイドのジャケットみたいなやつ──そういう感じのものを参考にしたいって思ってて。あの時代の、でっかいプログレのアルバム・カバーを見て育ったんだよね。で、当時のアートワークでクールだと思っていたのは、写真ベースなんだけど、どこかイラストみたいに見えるやつで。コラージュ的に構成されているのに、仕上がりは曖昧で、絵なのか写真なのかよく分からない。そういう中間的な感じが面白いなと思って。それから、有機的なものと人工的なものを対比する構成も意識していた。それって70年代のサイケデリック・アートによく見られるテーマで、そういった感覚を取り入れたかったんだ。
——デザインや映像の道に進む上で、大きな影響を受けた人物はいますか。
スコット: 一番影響を受けたのは、アルノー・メルシエ(Arnaud Mercier)というグラフィック・デザイナーだね。フランス系カナダ人で、富士フイルムの「Velvia」を使って写真を撮ってたんだけど、その上にものすごくシンプルなグラフィックを重ねてて、それがとにかく美しかった。今回のジャパン・ツアーのポスターも、実は彼へのオマージュなんだよ。十字のモチーフや、ミニマルな構成なんかは、まさに彼がよく使っていたスタイルなんだ。
僕が本格的にアートやデザインをやり始めるずっと前から彼の作品には惹かれていて、いつかこういうのを自分もつくれたらってずっと思っていて。それで思い切って彼にメールを送ってみたんだ。いろいろ質問してみたら、彼は本当に親切で、丁寧に答えてくれた。それから少しずつやりとりが続くようになって、何年も連絡を取り合ってた。彼が使ってた「Velvia」についても詳しく教えてくれて、そこから自分の「ISO50」っていう名前も生まれたんだ。彼はすごくインスピレーションをくれる存在で、デザインに関する多くのことを教えてくれた。5年くらい前に亡くなってしまったんだけど、今でも彼のデザインが僕の中には残っているよ。
「健康」と音楽
ティコ/スコット・ハンセン
——今回の新作はタイトルにもある通り「健康」がテーマということで、背景にはパンデミックの影響があったと伺っています。サウンドはとてもダンス・フィールに溢れた仕上がりですが、スコットさんにとって今作はヒーリング的な意味合いもあったりしたのでしょうか。
スコット: 音楽ってやっぱり、根本的に癒やしの力があるものだと思う。つくるっていう行為自体もそうだし、聴くこともそう。どっちのプロセスにもある種の瞑想的な側面があるし、本当に強い力を持ってる。でも同時に、自分にとって音楽は“仕事”でもある。ハードワークだし、正直ストレスも大きい。放っておくとその波にどんどんとのまれてしまう。しかも、自分はそのストレスを割と許容しすぎてしまうタイプで、だから今回の作品では、改めて自分に「もっとバランスを取らなきゃいけない」と言い聞かせるような気持ちがあった。
今は子どももいるし、家族もいて、人生のいろんな局面を持続可能にしていくフェーズに入ったなと感じてるんだ。全ての要素をより健康的に、よりサステナブルな視点から捉え直していく必要がある。たぶん、それが今回の作品に込めた大きなテーマだったと思う。もちろん、パンデミックの影響もある。あの時期を通じて、誰もが「自分の健康」ってことを改めて考えさせられたと思う。だからこの作品には、自分がこれからも音楽を続けていく上で、それがちゃんと健やかで充実した営みであるように……という願いも込められてるんだ。
——パンデミックの経験が、その後の人生設計やキャリアの計画を見直すきっかけになった、と話すミュージシャンは多いですよね。
スコット: うん、まさにそうだね。あの時間がなければ、たぶん今みたいな形で家族を持つこともできなかったと思う。というのも、それまではツアーとアルバム制作の繰り返しで、とにかく立ち止まる余裕が一切なかったんだ。気がつけば10年くらい一瞬で過ぎてて、「自分は今まで何をしてきたんだろう?」って、ふと我に返る瞬間があった。
だから、一度立ち止まって「これから何を大事にしたいのか」「どう生きていきたいのか」っていうのを考える時間が持てたのは、本当に大きかった。ただ、あの期間も創作自体はずっと続けていて、自分に課していたのは“毎日1曲、もしくは何かしらのアイデアを必ず残す”っていうルールだった。ほんの小さなメロディーの断片でもいいから、とにかく“種”をまいておくという感覚で。その蓄積が今回の作品につながってる。あのときに書いた曲の多くは当時の空気感そのものをまとってて、自分にとってもすごく手応えがあった。4年分のストックの中からじっくり選んで構築していくことができたし、こんなふうに余裕を持って作品をつくる経験は初めてだったから、自分の中でもかなり特別なアルバムになったと思うよ。それに、実はもう一枚分のアルバムがすでにできていて、それも近いうちにリリースしたいと思ってるんだ。
——これは以前ジョン・ホプキンスにインタビューした際にも話題に出たのですが、近年、アンビエントなどのエレクトロニック・ミュージックにおいてAIによる自動生成が大きな話題となっています。それこそセラピーやヒーリングなどさまざまな効果を謳ったプレイリストがストリーミング・サービスでは溢れかえり、莫大な再生数を記録している現状は、音楽における芸術性や作者の独創性の概念に問いを投げかけ、新たな議論を巻き起こしています。スコットさんはこうした状況をどのように捉えていますか。
スコット: その分野については正直、そこまで詳しいわけじゃないから断言はできないんだけど……もし本当に機械が人間からアートを奪うようなことになるなら、それって本当に悲しいことだと思う。一番影響を受けるのは、これから出てこようとしてる若いアーティストたちなんじゃないかな。すでに確立されてる人ならある程度は耐えられるかもしれないけど、それでも今はとにかく飽和状態で、音楽で生計を立てていくことがますます難しくなってきてるし。
僕自身はAIに関して深く調べたわけじゃないけど、ただ、今のところ「これはすごい!」って思えるような音楽には出会ったことがなくて。“曲っぽいもの”はあるけど、それはどちらかというとチープなポップ・ソングのシミュレーションみたいなもので、それ以上のものではなかった。例外として、人間が素材を与えてAIが構成したビジュアル作品で、ちょっと面白いものは見たことはある。でも、完全にAIだけでつくられたもので、心を動かされた経験はまだない。
AIがジョン・ホプキンスみたいな個性的なサウンドを再現できるようになる——って話も、理屈では面白いけど、現実的にはまだ信じられないかな。本当にそんな時代が来たら、そのときに改めて判断すればいいと思ってる。今の段階では、どこか「手品」っぽく見えるんだよね。AIに投資してる人たちは「もうすぐすごいことになるぞ!」って煽ってるけど、実際はまだそこまでじゃない。まぁ、こういうことを言うと、ラッダイト(新しいテクノロジーや機械、作業方法に反対する人)っぽく聞こえるのかもしれないけど(笑)、少なくとも今の自分にとっては、“AIの音楽”がすぐに深刻な脅威になるとは感じていない。もちろん、この先どうなるかは分からないけどね。
——逆に、スコットさん自身が心を落ち着けたいときに自然と手が伸びる音楽って、ありますか。
スコット: その時々の状況によるかな。というのも、僕ってそもそも音楽を“リラックスのため”に聴くタイプじゃないんだ。制作中の音楽は別だけど、普段何かを聴くときは、むしろ“ワクワク感”とか“エネルギー”が欲しいときで。
例えばインターポールは自分の大好きなバンドの一つで、特にデザインとか映像の仕事をしてるときにいつも流している。集中力を保ちたいときとか、細かいデザイン作業をしてるときにぴったりなんだよね。実際、自分たちのアルバムのジャケットもインターポールをループ再生しながらつくったんだ。「Turn on the Bright Lights」なんて、永遠にリピートできると思う(笑)。
それと、今はダンス・ミュージックばっかり聴いてて。DJセットのためのリサーチ目的でね。“この曲はクラブでどう機能するか”とか、そういう視点で聴いてるんだ。だから結局、音楽を制作したりDJセットの準備で音楽を聴く時間が増えるほど、純粋に楽しむためだけに音楽を聴く時間ってどんどん少なくなってきてる気がするよ。
ティコ/スコット・ハンセン
——ところで、3年ほど前に「Tycho Open Source」 というプラットフォームを新たに立ち上げられましたね。これはどういった目的で始められたものなのでしょうか。
スコット: もともとのきっかけは、自分がブログをやってたころに遡るんだけど、当時はちゃんと“コミュニティー”と呼べるものが存在していて、そこにいる人たちとも直接つながれてたし、誰がどんなことをしてるのかも見えていた。ちゃんと人と人との感覚があったんだよね。でもSNSが主流になると、それがだんだん失われていった。最初はSNSもその延長線上にあると思ってたんだけど、気づけばアルゴリズムに支配されて、投稿しても届かない、リーチできない。いわば“ゲートキーピング”されてしまった感覚がある。例えば、フォロワーがたくさんいても、実際にはその多くに何も届いていない。1000人が見たって表示されても、それが誰なのかも分からないし、結局ファンとのコミュニケーションの手段が失われてるっていう実感があるんだよね。
だから、今やってる“オープンソース”的な取り組みは、ある意味でファンクラブ的でもあるけど、もっと直接的で、双方向な関係をつくるための実験でもある。参加してる人にとっても“受け身”じゃない体験になるし、互いに交流できる場にもなる。もっと実用的なことを言えば、そこでライブの先行予約ができたり、特典が用意されていたり、アーティストとより深くつながれる手段としても機能する。単に音楽を届けるっていうだけじゃなくて、そこに関わる人たちにちゃんと“場”を提供したいっていう気持ちが大きいかな。
——「没入型オーディオ・ビジュアル体験のプラットフォーム」としてのティコの展望については、どんなことを思い描いていますか。
スコット: 僕は常にライブのビジュアル面を進化させていきたいと思ってる。今回のショーでは、ようやく自分がずっと描いていたビジョンにかなり近づけた気がしてるんだ。例えば、いろんな角度に配置したスクリーンやスクリム(半透明の幕、紗幕)を使ったり、ステージ上に複数のパーツを組み込んだりしてね。ただ、残念ながらそういう装置はすごく大きくて、日本公演には持ち込めなかった。アメリカのショーでは、各ステーションに真っ白なプラットフォームやファサード(前面の装飾)を設置して、それら全てにプロジェクションマッピングを施してるんだ。とくに気に入ってるのは、白く塗装したアンプやオブジェクトをステージ上に置いて、それぞれに別々の映像をマッピングしていく方法で。そうすることで、平面のスクリーンに投影するだけじゃなく、映像が空間の中に立体的に“入り込んでいく”ような体験をつくれると思ってる。もっと没入感のある、3D的なビジュアル空間をつくりたいんだ。そういう体験型のプロジェクトとして、ティコをさらに進化させていきたいと思ってるよ。
ティコ/スコット・ハンセン
PHOTOS:TAKUROH TOYAMA
TRANSLATION:EMI AOKI
◾️Tycho「Infinite Health」
2024年8月30日リリース
Label: BEAT RECORDS / Ninja Tune
TRACK LIST:
01. Consciousness Felt
02. Phantom
03. Restraint
04. Devices
05. Infinite Health
06. Green
07. DX Odyssey
08. Totem
09. Epilogue
10. Phantom Prologue *Bonus Track
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14204
配信リンク:
https://tycho.lnk.to/infinite-healthPR
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