PROFILE: 今井崇/「タイクーンランニング」ディレクター

訪日客でごった返す渋谷・スペイン坂に、この春新名所が誕生した。RIDEによる“ランニングカルチャーショップ”、「タイクーンランニング(TYCOON RUNNING)」だ。手掛けているのは、若い頃からスニーカーカルチャーにどっぷり浸かってきた今井崇ディレクター。今井ディレクターはスニーカーショップ「アトモス(ATMOS)」を経て、新宿で「ダウンビートランニング(DOWNBEAT RUNNING)」を手掛けた後、この3月に渋谷パルコ4階で「タイクーンランニング」のポップアップを実施。間髪空けずに、スペイン坂に常設店をオープンした。ランニングが世界中でブームとなる中で、「タイクーンランニング」も早速国内外の客から注目を集めている。
WWD:「タイクーンランニング」の立ち上げ経緯は。
今井崇「タイクーンランニング」ディレクター(以下、今井):自分自身がランニングをするようになって、ランニングシューズに興味を持つようになりました。大手スポーツチェーンによるランニングショップは昔からありましたが、どうも部活の延長線上のイメージで、“運動”の域を出ない。それって、あまり面白くないなと思ったんです。当時の自分は「アトモス」で働いていましたが、スニーカー界のトレンドとしても、長く続いたバスケットボールシューズの流れが徐々に衰退して、次はランニングシューズの時代が来るんじゃないかと思っていました。
そうこうしていたらコロナ禍が明けて、訪日客が戻ってくると共に「オン(ON)」や「ホカ(HOKA)」のランニングシューズが猛烈に売れ始めた。ランニングシューズ主体でスニーカーショップをやっても売れるはずだという思いを強めて、23年にランニングカルチャーショップの「ダウンビートランニング」を新宿でスタート。25年に渋谷で「タイクーンランニング」を立ち上げました。
WWD:大手スポーツチェーンのランニングショップと、現在手掛けている「タイクーンランニング」や以前手掛けていた「ダウンビートランニング」は何が違うのか。
今井:大手スポーツチェーンのランニングショップを否定するつもりはありません。それはそれとして、しっかりマーケットをつかんでいます。でも、そういう店とは異なる、ストリートカルチャー的な匂いのするランニングマーケットが、いま黎明期なんだと思う。マラソン大会を見れば分かりますが、ランナー人口ってボリュームは大きいけれど、おしゃれな人はそんなに多くない。走ることは大好きなんだけど、ファッションやスタイルにはあまり興味がなさそうな人が大多数です。でも、実はその中にも自己主張をしたい人はいるんじゃないか。ランニング専門誌が抱えているような、競技性重視のランナー像とは違ったスタイルを求めている人がいるんじゃないかと思って、店を始めました。
WWD:「ストリートカルチャーの匂いがするランニングショップ」を、より具体的に噛み砕くとどういうものか。
今井:例えばウエアだったら、グラフィックの使い方一つとっても今までのランニングブランドのアプローチとは全く違う。店のBGMにもかなりこだわっていて、ダンスミュージックに寄せた選曲にしています。カルチャー的な背景が好きな人たちが集まるから、グループランイベントでは、自然と走ることだけでなく音楽や洋服などの話で盛り上がります。
「アトモス」に勤めていたころ、「オン」に招かれて本社スイスのツアーに参加したことがありました。そこにパリのランニングショップ「ディスタンス(DISTANCE)」のファウンダーも来ていたんです。存在は知っていましたが、よく調べてみたら「こんなかっこいい店があるのか!」と。当時はカルチャーを感じさせるランニングショップというと、「ディスタンス」のほかは米テキサス・オースティンの「ザ・ループ(THE LOOP RUNNING SUPPLY)」、米カリフォルニア・オークランドの「レネゲイド(RENEGADE)」くらいしかありませんでした。それでますます、「このマーケットにはチャンスがあるんじゃないか」という思いを強めました。
WWD:「タイクーンランニング」では、パリの「サティスファイ(SATISFY)」やロンドンの「ソアー ランニング(SOAR RUNNING)」など、まだ日本ではまだあまり知られていないインディペンデントなランニングブランドも多数扱っている。
今井:例えば「サティスファイ」は、(スポーツブランドの枠組みの中ではなく)本当にパリのファッションのど真ん中でやっているブランド。こういうスタンスでランニングウエアを作っている人たちがいることが新鮮でした。価格もTシャツで2万5000円前後、ショーツで5万円前後と決して安くはない。日本のマーケットにハマるかは分からないけど、面白そうだからやってみようと「ダウンビートランニング」で取り扱いを始めたんです。蓋を開けたら、日本人にもこういうムードのブランドを求めている人はいたし、韓国やタイ、インドネシアなどのお客さまにもハマった。今、東南アジアの若い富裕層の間で、ランニングカルチャーがホットトレンドになっているんだと思います。あの暑さの中でおしゃれをして走るというのが彼らのステータスになっている。頻繁に来日して、「サティスファイ」を10万円分くらいどんと買っていきますよ。
昨年、韓国の街を視察した際は、大手スポーツブランドはなしで「サティスファイ」「ソアー ランニング」「ディストリクト ビジョン(DISTRICT VISION)」のみで構成している尖ったランニングショップがありました。「ノルダ(NORDA)」も単独ポップアップショップを開いており、ランファッションが日本より進んでいる印象を受けました。
「走ることは手段であって
目的ではない」
WWD:3月に開始した渋谷パルコ4階でのポップアップも含め、「タイクーンランニング」の訪日客の売上比率は。
今井:約8割ほどです。アジアだけでなく、欧米の観光客もいますし、渋谷は代々木公園が近いので、日本人のランナーも増えている。理想的なお客さまの構成に近づいています。お客さま全員がランナーなわけでは全くなく、扱っている「ホカ」「オン」「サロモン(SALOMON)」がトレンドになっていることで、話題のシューズとして買いにくるお客さまは非常に多い。面白いのは、ランナーではないのに「これは走ることができる靴か?」と訪日客の方に聞かれることです。実際に走るわけではないけど、ランニングシューズを履くということ自体が“イケてる”という認識になっているんだと思う。あと、訪日客の方は観光でとにかく歩くので、ランニングシューズならいくら歩いても安心だと考えているようです。
WWD:“シティーランニング”にフォーカスしているが、改めて“シティーランニング”とは何を指すのか。
今井:レースや大会に主眼を置くのではなく、街を自分のペースで、楽しんで走ることです。だから、「タイクーンランニング」ではレース用の最高峰のランニングシューズも一部は扱っていますが、メインはそこではない。自分のために楽しく走ることがベースにあるから、ジョグができて、街でもカッコよく履けるシューズを中心にセレクトしていますし、アパレルもシングレット(タンクトップ)や選手用の非常に短い丈のショーツなどではなく、カジュアルウエアとしても着られるもの。街着とランニングウエアをシームレスにつなげるようなアイテムをセレクトしています。
例えば、汗を吸って乾きづらいコットンのTシャツは、通常はランニングショップにはなかなか置いていないアイテム。でも、「タイクーンランニング」のオープニングに合わせて、アムステルダム発のランニングブランド「フォーティーツー(4T2)」に別注をお願いしたのは、コットンTシャツでした。このブランドのオーガニックコットンのTシャツが着心地がよかったから、「フォーティーツー」にお願いするならあれがいいなと思ったんです。一方で、日本のランニングブランド「マウンテンマーシャルアーツ(MOUNTAIN MARTIAL ARTS)」に別注したTシャツはポリエステル100%。ランニングショップだからこれでなければダメというのではなく、用途や意図に合わせて、いろいろ使い分けています。
WWD:真面目な日本人は、「ランニング=フルマラソン」という発想が強く、レースに出るとなればスピードを追求しなければいけないというムードになりがちだ。
今井:確かに競い合ったり、タイムを追求したりするのが好きなランナーもいますし、それはそれでいい。そういう志向のランニング専門店に行けば、すばらしい販売員が走力に合った最適なシューズをしっかり紹介してくれます。一方で、僕が伝えたいのは単純に走ることは楽しいし、ランニングから生まれるコミュニケーションも楽しいよということ。僕にとって、走ることは手段であって目的ではない。最終的な目的が、走ることだけではないんです。高校生の息子に話を聞くと、スポーツ系の部活は勝つために型にはまったやり方を強要されて、それが苦しいみたい。自分の学生時代を思い出しても、体育の授業ではマラソン大会のために無理やり走らされて、それで走ることが嫌になった人は多いと思います。でも、自分のペースで走るのは純粋に楽しいし、体も心も健康になる。それっていいことずくめじゃん!ということを伝えたい。
WWD:コミュニティー作りとして、「タイクーンランニング」では毎週グループランも実施している。
今井:毎週水曜20時から行っているグループランは、事前の申し込みは必要ありません。スタート時間の10分前くらいまでに、走れる格好で店に来てもらえたらそれでOK。代々木公園を中心に5キロほど、コミュニケーションを取りながら走っています。20〜60代まで、幅広く参加いただいています。男女比は7:3ぐらいです。
韓国やインドネシア出店も目指す
WWD:そもそも音楽やスニーカーなどストリートカルチャーにどっぷりだった今井ディレクターは、何をきっかけにランニングにハマったのか。
今井:今55歳ですが、走り始めたのは46歳ぐらいのとき。若い頃からずっとストリートカルチャーの世界にいて、当時は昼はスニーカーの仕事をして、夜はバーの経営もしていたから、朝まで遊んで酒を飲んでタバコも吸って、という生活。でも体を壊して、一気に成人病の症状が出てしまったんです。そこから走り始めて、自分で生活のサイクルを整えるようになったらものすごく健康になった。夜は早く寝て、朝は早く起きて走って。僕自身もそんなふうにポジティブに変わったんだから、これが世の中に広がればすごくいいんじゃないかと思いました。これからはウェルビーイングとか、病気をしない体を自ら作っていくことが時代のキーワードになる。平均寿命が延びていますが、重要なのは健康上の問題で日常生活を制限されない、健康寿命を延ばすこと。健康に関わるカルチャーを発信する店は、今後ますます重視されると思います。
WWD:頭では体にいいと分かっていても、なかなかランニングを続けられないという人もいる。
今井:走り続けるためのモチベーションとして、ファッションやコミュニティーを提供できる場を作っていきたい。僕は中学時代陸上部だったんですが、当時は大会ありきで走らされている感じが嫌だったし、何よりウエアが圧倒的にダサかった。常にジャージで、大会ではシングレットにホットパンツみたいな丈のショーツ。そんなイメージが、「アトモス」時代に「アディダス(ADIDAS)」に皇居ランに誘われて変わったんです。今どきのランニングウエアやシューズって、すごくおしゃれなんだな!って。「アンダーカバー(UNDERCOVER)」の高橋盾さんがナイキ(NIKE)と「ギャクソウ(GYAKUSOU)」を始めた2010年ごろから、おしゃれなランニングというものが広がり始めたのかなと思います。僕が走り始めたのはそれよりもちょっと後です。
WWD:「タイクーンランニング」は、品ぞろえと共に工事現場のような内装も印象的だ。
今井:東京の街は至るところに工事現場があって、とどまるところがない、常に進化しています。それってランニングをしている自分たちと通じるところがあるなと思ったんです。それに工事現場の標識って、東京っぽくてアイコニック、アイキャッチーですよね。30年以上の付き合いのあるグラフィックデザイナーに工事現場を思わせる赤や黄を主体にしたショップロゴのグラフィックを作ってもらったら、このアイデアは内装にも使えるんじゃないかとひらめいた。それで、街を走っている時に工事現場に出くわしたら、内装に使えそうなアイデアを写真に撮り溜めていきました。
まずはパルコ4階でのポップアップ展開だったから、内装にそこまでお金をかけたくなかったし、とはいえレンタル什器では引きが弱い。工事現場の案内板やバリケード、クッションドラム、三角コーンといった資材を使えば、ユニークな店になるなと思ったんです。ネットで調べたら、工事現場の資材って「モノタロウ」というサイトで買えるんですよ。これは使えるなと思いました(笑)。
WWD:「タイクーンランニング」オープン以来の反響は。
今井:パルコ館内でのポップアップから、スペイン坂の常設店に移って以来、店の前を通るフリー客の入店が想像していた以上に多い。日の売り上げが100万円を超えることも出てきました。まずはこの店で地固めをして、ある程度手応えを得たら、2号店、3号店の出店を考えていきたい。韓国やインドネシアなど、海外に出店したいという気持ちもあります。
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