グローバル・ファッション・サミット(GFS)が6月3~5日、デンマーク・コペンハーゲンで開催された。世界各国からアパレル&テキスタイルメーカーのサステナビリティ責任者やデザイナー、非営利団体や政策立案者など25カ国以上から集まり、より持続的で循環型のファッション産業への移行を目指して議論した。
今年のテーマは「バリア・アンド・ブリッジ (障壁と掛け橋)」。昨年のように企業がサステナビリティへの取り組みを意気揚々とアピールする様子は少なかった。その背景には、ここ1年で大きく変化した政治情勢やそれに伴うサステナビリティ関連規制の緩和、アメリカの関税政策による企業の混乱とその影響を受けるサプライヤーの存在など、さまざまな要因がある。こうした状況により、多くの企業ではサステナビリティの優先順位が下がり、消費者への発信も控えている。その一方、環境負荷削減や循環型ビジネスの効率化やスケールを実現するための技術革新が生まれている。
GFSは実行のための計画を立てパートナーを見つける場
GFSで取り上げるテーマや登壇者の選定を担当するフェイス・ロビンソン(Faith Robinson)=グローバル・ファッション・アジェンダ・ヘッド・オブ・コンテンツは、今年のテーマについてこう語る。
「『障壁と掛け橋』をテーマに『イノベーション(革新)』『キャピタル(投資資本)』『カレッジとリーダーシップ(勇気と先導力)』『インセンティブ(動機付け)』『レギュレーション(規制)』の5つの主要なトピックに焦点を当てた。この1年で業界には多くの変化が起き、さまざまなプレーヤーが葛藤や困難に直面している。しかし同時に、変革に向けた多くの“掛け橋”も着実に築かれている。例えば、新しい技術への投資や、競合他社ともパートナーシップを構築するなど、表には出ていない取り組みも数多く進んでいる。今回GFSへ参加している企業の多くが、サステナビリティに関する具体的な行動を起こし始めている」。
さらに、ロビンソン=ヘッド・オブ・コンテンツは、GFSの役割についても語る。「企業に対して『変革を起こさなければならない』と働きかけて意識を高める段階はすでに終わっている。今は『何をいつまでに、どのように進めるか』という具体的な行動が求められている。GFSはその実行に向けた道しるべとなり、企業同士のコラボレーションを生み出す出発点となることを目指している」。
縮小・延期されたサステナビリティ関連法案
ラーラ・ウォルターズ(Lara Wolters)欧州委員会メンバーと、メッテ・レイスマン(Mette Reissmann)デンマーク議会メンバーは、主要なトピックの1つである規制について言及した。ウォルターズ「2024年は世界各国で選挙が相次いだスーパーサイクルの年だった。その結果、米国だけでなく欧州でも右派政権が台頭しこれまで進められてきたサステナビリティ関連の規制が、経済競争力を損なうものと見なされ方向転換が起こっている」と語る。
欧州委員会は25年2月、「オムニバス法案」を発表した。この法案は企業の報告義務に関する負担を軽減し、EUの競争力を高めることを目的としている。主な内容はサステナビリティに関する情報開示を企業に義務づけるCSRD(企業持続可能性報告指令)に関する変更だ。CSRDの運用開始時期を2年延期し、適用対象企業を従来の5万社から1万社へと約8割削減する見込みだ。
また、欧州委員会は24年に企業が製品やサービスの環境配慮について主張する際のルールを定めた「グリーンクレーム指令」を採択し、25年中に施行する予定だ。これにより多くの企業が批判や取り締まりのリスクを避けるため、サステナビリティに関する発信をすでに控える傾向にある。この指令は製品の環境影響をライフサイクルアセスメント(LCA)で評価し、使用するサステナブルな素材の科学的根拠やデータを明確に示すなど、透明性のあるコミュニケーションを促すことを目的としている。しかしその実現には、第三者機関による検証や専門家の関与といったリソースが必要となる。欧州のファッション産業の企業の9割以上が中小企業だ。米国向け製品への追加関税によるコスト増も重なり、補助金などの支援がない中で、サステナビリティに関する取り組みに予算を割くのは難しい状況である。こうした背景から、サステナビリティへの優先順位が下がっているのが現状である。
イノベーションが循環型ファッションへの救世主となるか

ファッション産業が循環型のビジネスモデルへと移行するためには「ものを作らずに、どう売り上げを上げるか」という根本的な問いに向き合う必要がある。この問いに対する答えを探るべく、エレン・マッカーサー財団(EMF)は昨年、「ファッション・リモデル・プロジェクト」をGFSで発表し、3年間の実証実験を進めている。レニエラ・オドネルEMFエグゼクティブリード・ファッション&フードはプロジェクト開始から1年目の成果を発表した。
「当初8社だった参加企業は現在では18社にまで拡大し、7カ国・6大陸にまたがる世界的な取り組みへと発展している。参加企業はすでに初期成果の報告を始めており、いくつかの事例では明るい兆しが見え始めている。例えば、アウトドアブランドの『アークテリクス(ARC'TERYX)』が実施している修理・再販・アップサイクルを軸とした循環型プログラム「リバード(REBIRD)」は前年の2倍の売上を記録した。英国の百貨店『ジョン・ルイス(JOHN LEWIS)』は、24年5月からメンズフォーマルウェアのレンタルサービスを開始し、既に英国最大規模のメンズウェアレンタル事業へと成長させている。H&Mでは、循環型ビジネスモデルで生まれる売り上げが過去2年間で50%増加したと報告している」。
GFSのプレパーティの場で商品を展示した「マッド・ジーンズ(MUD JEANS)」は、約10年前からレンタルサービスを行っている。ジョランダ・ブリンク(Jolanda Brink)CEOは「現在ではオンライン売上の約2割がレンタルによるもので、企業にとって重要な収益源のひとつになっている」と語った。
こうした成果は、もともとの循環型ビジネスの売上規模が小さかったために成長率が大きく見える側面があるが、企業内や業界全体に本当のインパクトを与えるには、これらのモデルをスケールすることが不可欠である。その鍵は技術による効率化だ。今回のGFSでは、特にリペア・レンタル・リサイクルといった循環型ビジネスを収益化するためのテクノロジーが多く紹介された。
AIを活用した効率化の技術
今回注目を集めたスタートアップ企業リファイバード(Refiberd)は、繊維の素材構成を高速かつ正確に識別できる革新的な技術を開発。この技術は循環型ファッションの実現に大きな可能性を示す技術として高く評価され、GFSのスタートアップ企業を対象としたアワード「トレイルブレイザー・プログラム」で優勝した。
リファイバードの技術はAIとハイパースペクトル画像技術を組み合わせたもので、人の目では見えない波長までを捉えることで、繊維を高精度に識別することができる。これにより、リセール商品の真贋判定、繊維リサイクルの効率化、素材トレーサビリティの向上など、循環型ビジネスにおける課題の解決が期待されている。サリカ・バジャジ(Sarika Bajaj)=リファイバード共同創業者兼CEOは、「同社が開発したシステムは、衣類を非接触で1着ごとにミリ秒単位のスピードでスキャンできるのが特徴。装置は机の上に置けるほどのコンパクトサイズのためベルトコンベアなどが設置されているリサイクル施設でも、既存設備に後付けする形で簡単に導入できる」と説明した。これまでに12社との実証実験を完了し、現在は導入段階に入っているという。
EUでは昨年「持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)」が発効され、27年から製品の素材構成などの情報をデジタルで記録する「デジタルプロダクトパスポート(DPP)」が段階的に義務化される。ただし、DPPに記録される素材情報は、長いサプライチェーン上の複数の企業から提供されるため、情報に誤りが生じるリスクもある。こうした課題に対してもリファイバードの技術は、素材情報の正確性を検証する手段として活用が期待される。
昨年、GFSに参加していたインディテックス(Inditex)傘下の「ザラ(ZARA)」幹部も、すでに社内で同様の技術を導入していると語っていた。こうした背景からもこの技術は、需要・供給の両面でさらに拡大していく可能性が高いだろう。
再販ビジネスの利益化を助けるロボット
再販業者向けにAI搭載ロボットを開発するスタートアップ企業ヴィニックス(Ynxy)も、プロトタイプを展示して注目を集めた。再販ビジネスでは、少量多品種の商品を効率よく扱うことが求められ、特に「ささげ(撮影・採寸・原稿作成)」の効率化が利益向上の鍵となる。ヴィンセント・ヴァン・デル・ホルスト(Vincent van der Holst)=ヴィニックスCEOによると、「従来は1つの商品を出品するのに、8人が8つのテーブルで作業し、平均19分かかっていた」という。「ヴィニックスのロボットを使えば、1人がロボットに服を着せるだけで、1分以内にささげ作業が完了する。商品を自動で回転させながら、高品質な360度画像や動画、商品情報を自動で生成する。これにより、1着あたりの販売コストが大幅に削減され、再販による利益が向上するだけでなく、これまでコスト面から販売できずに廃棄されていた衣類も再販が可能になる。その結果、廃棄量の削減につながる可能性がある。現在、生成される情報の正確性は75%だが来年には90%を目指す。今後1年間は実証実験を重ね、高品質かつ使いやすいシステムへと改良していく予定だ」と語った。ヴィニックスは、日本企業を含む開発パートナーを募集中だ。
日本企業の参加が待たれている
世界のファッション産業の未来を議論する場GFSでは、誰でも参加できるセミナーに加えて招待制のラウンドテーブルも開催している。このラウンドテーブルでは、限られたリーダーたちが少人数で深い議論を交わし、業界の方向性を形作っている。かつては、ファーストリテイリングなどの日本企業もこうした場に参加していたというが、現在では日本企業はほとんど見られない。カンファレンス中に紹介された各国のサステナビリティ・ロードマップや、セミナーでの会話の中でも、日本や日本企業の名前が一度も挙がることはなかった。
その背景には、日本がファッション産業の主要なサプライヤーを有する国ではないという構造的な理由があると考えられる。しかし、日本は一人当たりの衣類廃棄量や温室効果ガス排出量では世界上位に位置しており、日本の産業や消費者が担う責任は小さくない。また、日本にはサステナビリティに関する優れた技術革新や、循環型ビジネスモデルを実現する企業も存在するはずだ。そうした取り組みを世界に紹介し、国際的な議論に参加することは重要だ。実際、GFSに参加していたニーナ・マレンジ(Nina Marenzi)フューチャー・ファブリックス・エキスポ(Future Fabrics Expo)創業者からは「日本の素材をぜひ展示してほしい」と話していたし、GFSのロビンソン=ヘッド・オブ・コンテンツも「日本の状況を知り、それに合わせて必要なことを準備したい」と語っていた。
サステナブルなファッション産業を実現していくためには、世界の現状を知り、ともに行動することが求められる。今こそ、日本もその波に乗るときではないか。
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