ゴールドウインは、日本のバイオベンチャー・スパイバー社が開発したブリュードプロテインをはじめとした新テクノロジーの導入、国立公園の保全や活用、気候変動問題への取り組みなど、環境保護に対するアクションと未来へ向けた創造性の強化を掲げる。この理念をもとに、ファッションを通して循環型社会の実現を目指すプロジェクトとして2022年に立ち上げられたのが「ゴールドウイン0(GOLDWIN 0)」だ。
「ゴールドウイン0」は機能性を備えた衣服で構成される実験的かつテクニカルなプラットフォーム。現在、ウエアのデザインはイギリス出身、オレゴン州ポートランド在住のヌー・アバス(Nur Abbas)が務める。従来の服作りの常識を超え、広範なリサーチを通じて「ゴールドウイン」ブランドの可能性を拡張することを使命に、カプセルコレクションやコラボレーションの発表にとどまらず、自然や科学、技術に根ざした最高の品質と時代を超えた美しさを追求している。
このプロジェクト全体のクリエイティブ・ディレクターを務めるのが、オリヴァー・ナイト(Oliver Knight)とローリー・マクグラス(Rory McGrath)によるOK-RM。プロジェクトの根底にある哲学を探求し、ユニークなコミュニケーション構築によって異なる分野のエキスパートを繋ぎ、書籍、ブランドアイデンティティー、映画、展示会など越境的なデザインに落とし込むロンドンのデザインユニットだ。これまでに「JW アンダーソン(JW ANDERSON)」やヴァージル・アブロー、グッゲンハイム美術館、メトロポリタン美術館などのクライアントとのコラボレーションの経験を持つ。
そんな「ゴールドウイン0」は、24-25年秋冬コレクションで自然界にある螺旋状の構造体や、植物、岩、水といった自然現象から着想した曲線やパターン、テクスチャを反映させたアイテムを展開。合わせてプロジェクト開始からの3年間にわたる探求的な研究成果についての展覧会 「Goldwin 0 1 2 3 4 5 0」を、昨年10月に東京・青山のスパイラルホールで開催した。本展のタイトルは、0から1へ、そして再び0に戻る深遠な旅を表現したものだ。
インスタレーションとライブパフォーマンスで構成された本展では、音楽家、建築家、詩人、作家、デザイナーが協力し「ゴールドウイン0」コレクションと共に公開された美しいメディアの融合を創り上げる5つの異なる探求を反映した作品を発表。テーマ探求の過程を分析し、コラボレーターたちの芸術的なプロセスを理解できる没入型の体験を来場者に提供した。本展のために来日したOK-RMのローリー・マクグラスに、今回の「ゴールドウイン0」におけるプラットフォーム創造の経緯やアイデア、背景的思念について話を聞いた。
団結・協働がもたらす可能性の拡張
それを支えるカルチャーの重要性
ーークリエイティブ・ディレクターとして参画している「ゴールドウイン 0」での具体的なミッションとは?
ローリー・マクグラス(以下、ローリー):クリエイティブ・ディレクション、アート・ディレクション、アーティストの選定、振付など、すべてに関わっている。私たちにとって、これらは等しく「デザイン」の仕事。そういう意味で私たちは「ゴールドウイン 0」の根源的なデザイナーと言えるだろう。プロジェクトやブランド・アイデンティティーのデザインとは、すなわちコミュニケーション。私たちの仕事は多くアーティスト、振付師、建築家、作家、詩人、映像作家…あらゆる専門家と協働することだ。
プロジェクト始動時にゴールドウィンCEOの渡辺社長がかかげたテーマは「このプロジェクトを通して世界と愛を分かち合い、芸術、科学、自然のストーリーを伝えたい」というもの。これほど自由でアーティスティックなプロジェクトに携われる機会は滅多にない。
ーー「循環」や「可能性の拡張」といった「ゴールドウイン 0」のテーマから、どのようにイメージの構築を図ったのか?
ローリー:「Circulation(循環)」とは、自然そのもの。プロジェクトの目的の一つは、西洋的な個人主義やリニア(直線的)思考から私たちを解き放ち、かわりにサークル(円環)的な発想に接近すること。人が集まり、結束することで、個人では成し遂げられない可能性の拡張が生まれる。ひるがえって、科学的な視点から見た自然においても、万物の本質は「円環」をベースにしていると考えている。
このプロジェクトに携わったことで、団結して物事を進めることの重要性、人々が共存し協働するためには、皆で作り上げるカルチャーが必要不可欠だということを再認識した。
ーー今回の「ゴールドウイン0」のキャンペーンでは、建築家・振付家・詩人・ミュージシャンたちとのコラボレーションを実現した。多様な分野との協働のために工夫したことは?
ローリー:本プロジェクトのコラボレーションの主題は「探究することの探究」、いわば集合知が機能することの実証だ。今回はまずアーティスト・イン・レジデンスのような空間を作り、コラボレーターたちと「ゴールドウイン0」 の本質的な哲学を共有した上でアイデアを追求した。
これは映画や本、ファッションショーなどの制作とはまた違った種類の創造的行為だ。私たちは保守的なものや予定調和的なアイデアに可能性は見出さない。本当のカルチャーというものは常に開かれ、優れた音楽のように広がり、クリエイティブな人々を包み込んでエネルギーを与えるものだ。
ーーコラボレーターの選定で重要視していることは?
ローリー:活躍する分野や技術などの細かな部分より、個々が持っている哲学が重要だ。実際に協働した人たちは、同じような価値観や考え方の人が多い。写真家のダニエル・シーはその最たる例で、まるで同時代に同じ文化の中で共に過ごしてきたような存在。我々にとって大切なコラボレーターだ。
「ゴールドウイン0」には、クリエイティブな人々にとって必要不可欠な、ある種のカルチャーが存在する。言語的なコミュニケーションがなくても、カルチャーを通じてお互いに理解しあい、信頼をベースにしたつながりがあり、それが共鳴をもたらす。
今回のプロジェクトで最後の撮影が終わった時、みんなで抱き合って泣きそうになった。こんなことは初めてだ。全員がプロジェクトに対し主体的に関わっていたことを実感したからではないかと思う。
--イベントを継続的に開催する中で「ゴールドウイン 0」の世界観やアートディレクションのアウトプットはどのように発展してきたか?
ローリー:あらゆる要素を吸収して劇的に発展してきた。このプロジェクトを通じて、他のメンバーから何か良い影響を受け、それをクリエイションに込めてチームに報いるという良い相互作用が生まれた。この好循環を繰り返しながら一連のプロジェクトが進行した。
ーーOK-RMにとっての「デザイン」とは、今の話にもあった「人々の相互作用」の痕跡ともいうべき、創作プロセスのドキュメンタリーのような印象を受ける。
ローリー:「デザイン」とは人間が行うものであり、究極的には「人間」そのものだ。デザイン上の課題を明らかにするための問題提起と解決手段の模索。探求とはこのサイクルを積み重ねる行為だ。身体と音楽、身体と動作、詩人と着想…こういった関係性について深掘りしていく、純粋で創造的な問題提起だ。
ーーOK-RMはデザインにおいて、コンセプトの本質の再考、探究や対話、コラボレーションを重視している。こうしたアプローチの重要性を意識したきっかけや影響を受けたものはあるか?
ローリー:特定の人物を挙げるのは難しいが、私たちは職業的デザイナー以外にも多くの人たちをデザイナーととらえ、彼らから影響を受けている。一貫した姿勢で本質を追求し、職人技術を駆使してそれらを可視化し他者に示すことができる人は、みなデザイナーであると考えている。伝統的な日本庭園の庭師などがまさにそうだ。
「ゴールドウイン0 」プロジェクトの冒頭で、渡辺CEOが語った「完璧なデザインは、哲学や物事の本質、アイデアを擁し、それらが自然の中での生活において表現されるものだ」という言葉にも感化されている。
機能性を備えた実験的なウエアを生み出し、創造性を刺激する存在でありたい
ーー「ゴールドウイン0 」プロジェクトを通して、顧客やファッションシーン、現代社会にどのような影響をもたらしたいと考えているのか?
ローリー:人々にインスピレーションをもたらしたい。実際に私たちは多くの若手デザイナーやクリエイター、シネマトグラファーたちにチャンスを提供しており、それが少しでも彼らにとっての希望になればと願っている。
クリエイティブな仕事をしていると、ただ誰かに何かを与えるだけの垂直的なあり方ではなく、好循環を創り出したいと望むようになる。若い世代のクリエイターの多くは、この先困難な道のりを歩むことになるだろうから、彼らに良い刺激を与える存在になれたら嬉しい。
ーー「ゴールドウイン 0」における最終的なアウトプットはウエア。服についての価値観が多様化している現在において、OK-ROMは衣服をどのようにとらえているか?
ローリー:一般的に、衣服は商品だ。でも「ゴールドウイン0」はそうした営利目的ではなく、コミュニケーションについてのプロジェクト。この視点を持つと「ゴールドウィン 0」がもたらす本質的な恩恵について考察しやすいだろう。実際のところ「ゴールドウイン0」の製品は非常に実用的だ。厳しい環境から身体を保護するためにデザインされているし、パフォーマンス・ウエアのようでもある。
私たちが作る服は、それぞれ別個に存在するクリエイティビティを結びつけるような媒介のようなもの。化学反応を生み出す存在でありたい。
「ゴールドウイン0」では3人のデザイナーと仕事をしてきた。彼らに共通しているのは「実験的な姿勢」。彼らはリサーチやデザインのプロセス、素材の検討などにおいて非常に実験的だ。パフォーマンス・ウエアにおいて重要な機能性を持ちながら、実験性を兼ね備えた衣服を作れたら最高だ。
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