美しい九十九島に暮らす作り手たちの想い、裏側に流れる物語に触れる。[九十九島(くじゅうくしま)/長崎県佐世保市]

石岳展望台から見た九十九島。夕暮れ時がとくに美しい場所として知られる。

長崎県佐世保市神秘さえ感じる208の島々からなる九十九島(くじゅうくしま)。美しさの裏側に流れる、海と人との繋がりを知る。

明治時代に日本海軍の鎮守府が設置されるまでは、小さな村にすぎなかった長崎県・佐世保市。現代では明治時代からの歴史や文化が受け継がれ、自衛隊や在日米軍の基地がある、九州有数の港町として知られています。

そんな佐世保市で、全国的にみても珍しい風景が広がるエリアが今回訪れた九十九島。名前の通り、無数の島々と複雑に入り組んだリアス海岸からなる多島海で、佐世保湾から北へ約25㎞の海域には、208の島があるといわれています。

市内に8ヶ所ある展望台から見下ろすのはもちろん、観光施設『九十九島パールシーリゾート』を発着する遊覧船に乗り、間近で島々を見ても絶景の九十九島。今回は絶景だけじゃない、九十九島に息づく人々の暮らしや、美しい海を舞台にした“食”の物語にもフォーカスを当ててみます。

『展海峰』からパノラマビューで九十九島を望む。春は菜の花、秋は15万本のコスモスと、花の名所としても知られる。

長崎県佐世保市海賊、平家の落人伝説...さまざまな言い伝えが残る、自然が生んだ良港。

九十九島は複雑な地形かつ島々が多いこともあり、一年を通じて比較的波が穏やかだといいます。展望台から遠望してもそれは感じられますが、せっかくなら近くで島々や豊かな海を見てみたい。そんなときに活躍するのが定期的に運航している遊覧船です。展望台から見た景色とは一変して、自然が残る無人島群を目の前に冒険心がくすぐられます。

さらに間近で見る海の美しさにも驚かされるはず。南国の海とは違い、深い緑色をたたえた海ですが、透明度が高く、海底まで見える場所もあります。

208ある島のうち、有人島の4島を除いて、204島が無人島。その昔、海賊船が停泊していたといわれる『牧の島』、平家の落人伝説が残る『松浦(まつら)島』など、各島に残る言い伝えや名前の由来を知ると、より九十九島という場所がおもしろいものに感じられるはずです。

『九十九島パールシーリゾート』を代表する大型遊覧船『パールクィーン』。白い船体がエメラルドグリーンの海によく映える。

複雑な形で、九十九島南部のシンボルともいえる『松浦(まつら)島』の入江にも大型遊覧船は入っていく。その昔、海賊船が停泊していたという逸話も納得の奥地的な雰囲気。

『九十九島パールシーリゾート』を発着する小型遊覧船『リラクルーズ』。大型の遊覧船では行けない場所も巡ることができる。

長崎県佐世保市九十九島の豊かな海が育む養殖鯖。生産者の想いと日々の仕事が、長崎が誇るブランド鯖を生んだ。

九十九島の海を見ていて、海上にイカダが多く点在していることに気づきます。実は波が穏やかでありながら、干満の差が大きい九十九島一帯は魚介類の養殖が盛んな場所。冬に旬を迎える『九十九島とらふぐ』、『九十九島かき』が有名ですが、九十九島北部の海域で育つ『長崎ハーブ鯖』が今回の旅の大きな目的でした。

佐世保市で2軒、隣りの松浦市で1軒、計3軒の生産者が10年前から始めた取り組みで、今や年間20万尾を出荷するまでに人気を得ています。その理由が、一年を通じて旬時期の天然ものに引けを取らないクオリティの高い鯖を出荷できる点が一つ。さらに、名前の由来にもなっている飼料にも注目です。ナツメグ、オレガノ、シナモン、ジンジャーなどのハーブを配合した飼料を与えることで、臭みがなく、血合いが変色しにくい鯖が育ちます。

佐世保市小佐々町で『長崎ハーブ鯖』の養殖に取り組む(有)リョウセイの専務・浜田孝男さん、(株)金政水産の代表・金子博幸さんは「養殖鯖は飼料で身質が変わるけんね。一般的な飼料と嗅ぎ比べてん。ハーブ飼料はにおいがいいやろ?これが鯖の身の匂いにも影響するとばい。ハーブ飼料やと脂ののり方もちょうどいいっちゃん」と口を揃えます。

左から(有)リョウセイの専務・浜田孝男さん、(株)金政水産の代表・金子博幸さん。2人とも『長崎ハーブ鯖』の生産者だ。「こいとは(この人とは)仲良おなかけん(仲良くないから)、一緒に写真に写りたくなかと〜」と冗談を飛ばし合うほど仲良し。

「最初は鯛に与える飼料で鯖の養殖を始めたとよ。脂質の量が多いけん、よく太るけど、脂がのり過ぎて身がギトギトになってしもうてね。それでハーブ飼料に変えたとばい。飼料を変えてからはまったく違う鯖になったね」と話す浜田さん。

「九十九島の海は波が穏やかやし、干満の差も大きかけん、魚介類の養殖には向いとる。ただ海水温が上がる夏場は鯖も弱ってしまうけん大変やね。海水温ばっかりはどうしようもなかけん」と金子さん。

自然の海を利用した養殖イカダの中を元気に泳ぎ回る『長崎ハーブ鯖』。100〜200gほどの天然の稚魚を仕入れ、育てていく。出荷できる400〜500g以上のサイズになるまで、7ヶ月〜1年半を要するそうだ。

通常の飼料に比べ、1袋あたり2000円程度高いというハーブ鯖専用の飼料。2日に1回程度のエサやりで1つのイカダに4袋ほどを与えるというから、エサ代だけでも相当額必要なのが分かる。

長崎県佐世保市育て方や生産者の想いを聞いた上でいただく。最高の贅沢は、やはりその地でリアルタイムで味わうこと。

佐世保市内でも浜田さんらが育てた『長崎ハーブ鯖』が味わえる店がいくつかあるという話しを聞き、そのうちの1店に早速コンタクト。2018年で創業100周年を迎える地場発の老舗居酒屋『ささいずみ』にお邪魔しました。

料理長として腕を振るう豊村竜也さんは地元出身で、幼少期から鯖は食していたそう。ただ、そんな地元民の豊村さんでさえ最初に『長崎ハーブ鯖』を食べたときは、その質の高さに驚いたと語ります。
「臭みがほぼなくて、血合いがキレイなことにまず驚きました。さらに脂はのっているんですが、脂質がサラッとしているので、しつこくなくて。鯖に苦手意識がある人にこそ、ぜひ食べていただきたいと思っています」と豊村さん。

地元民にも人気だという『長崎ハーブ鯖の活造り』は1尾余すところなく味わえて、3240円と圧巻のコストパフォーマンス。4〜5人で食べても十分なボリュームです。その味わいは、生産者、料理人の言葉通り、一切臭みを感じることなく、身質もプリップリ。とくに腹身の脂のりは絶妙で、口に入れ、一口噛むと、あとは溶けていくような味わいです。

生産者の話しを直接聞き、養殖イカダまで見学させてもらったことで、よりその味わい、感動が増したのはいうまでもありません。

『ささいずみ』では活魚で仕入れ、注文後に生け簀から揚げてさばくスタイルを一貫。『長崎ハーブ鯖』はとくに鮮度を重視しているそう。

『ささいずみ』の料理長・豊村竜也さん。「『長崎ハーブ鯖』は刺身もおいしいですが、しめ鯖もおすすめです。最近はお土産用の冷凍しめ鯖『サバタベンバ』の販売も始めました」と話す。

「脂はほどよくのっているのですが、手が脂でギットリしないんです。サラッとした脂質も、『長崎ハーブ鯖』の魅力の一つ」と豊村さん。

『ささいずみ』で味わえる『長崎ハーブ鯖の活造り』(3240円)。1尾400g程度あり、ボリュームも文句なし。残ったアラは味噌汁(1杯+190円)に調理してもらうことも可能。

長崎県佐世保市風土や歴史が育んだ伝統工芸品に共通点を見出す。ジャンルレスに存在する、この地だからこそ生まれ育つもの。

10年前から生産が始まった注目のブランド鯖がある一方、明治時代から100年以上にわたり、佐世保市民に親しまれ、今なお一つ一つ手作りされている郷土玩具があるのも同エリアの面白さの一つ。それが、『佐世保独楽』です。手がけているのは『佐世保独楽本舗』の三代目・山本貞右衛門さん。
「明治期になり、海軍の鎮守府が置かれるまでは、小さな村だった佐世保。この小さな村が一気に大きな町へと発展していくなかで、玩具にお金を払うことができるような土地となったのが佐世保独楽の隆盛の歴史です。いわば、佐世保独楽はこの町と一緒に成長してきた、昔ながらの佐世保の文化を象徴するものの一つ」と山本さんは話します。

その特徴はラッキョウ型と呼ばれる独特な形状と、中国の陰陽五行説に影響を受けた5色で構成された色彩。さらに剣先を上に向けた状態で、一般的なコマとは逆さに持ったまま投げるスタイルも佐世保独楽ならではです。

マテバシイと呼ばれる広葉樹を原料とし、丸太の状態から一つ一つ削っていきます。海軍や在日米軍で知られる港町としての顔、庶民の暮らしに裏打ちされたものづくり。一見すると関係性を見いだせないもの同士ですが、やはりこの土地における暮らし、風土、文化がどこかでリンクしていることを感じずにいられません。

荒削りした原料のマテバシイを、長年の経験に裏打ちされた勘で削っていく。次世代に残したい素晴らしい技術だ。

陰陽五行説の考えに沿った、赤・黒・黄・緑(青)・白(素材の色)で着色された伝統的な佐世保独楽。

『佐世保独楽本舗』の三代目・山本貞右衛門さん。コマ作りの技術はもちろんだが、玩具の歴史や成り立ちなどにも造詣が深い。

現在使用している道具は、ほぼすべて山本さんの自作。「先代が早くに他界し、一番困ったのは道具でした。ただ、先代が築いてきた職人同士の繋がりに助けられました。今があるのは、右も左もわからなかったときを支えてくれた、周りの方々のおかげです」と山本さん。

ここ数年、注目を集めているのが、節句人形やお雛様、干支などのイラストが描かれた縁起物の佐世保独楽。米軍関係者から記念コインを埋め込んだ一点ものの製作依頼も多いそうだ。