この世で使える限りの色で、日本の美を表現。[だるま商店/京都府京都市]

小野小町の一生と平安時代の華やかさを描いた『極彩色梅匂小町絵図』。

京都府京都市絢爛豪華なCG画。なぜ京都の厳粛な仏閣に?

蛍光色に近いピンクに青、鮮やかすぎる色の洪水。印刷用語を使うと「“特色”のオンパレード」です。描かれているのは極楽浄土を思わせるような宮中や花街の世界。「影絵」のような人物は、じっくり見ると一人ひとりに人間味があり、妖艶かつ具象的です。気が遠くなるほど緻密なデジタルアートのようなこの作品が、京都の有名な寺に奉納されていると聞いてミスマッチに感じる人もいるかもしれません。ですが、実際に飾られている空間を見ると、まるで仏教画のように――そして曼荼羅のように場になじんでいるから不思議です。

『極彩色梅匂小町絵図』は襖絵として随心院に奉納された。

京都府京都市絵師とディレクターという完全分業の作者。

作者は『だるま商店』。絵師の安西 智氏と、ディレクターの島 直也氏からなる2人組です。彼らの絵は、京都の六道珍皇寺や妙心寺、随心院など名だたる寺社に飾られています。なぜ厳格な京都の寺に超現代的なCG画が平然と飾られているのでしょうか。その理由は後にして、まずは『だるま商店』の成り立ちについてお話しします。

安西氏(左)と島氏(右)。「男前絵描きユニット」の異名も。

京都府京都市「運命の人に会える運」を使い切ったかも。

島氏は兵庫県、安西氏は埼玉県出身。大阪の大学で建築や都市計画について学んだ島氏は、デザイン会社に就職しCM関係の仕事をしていました。東京に転勤になったのち、独立を考えていた時にデザインのイベントで出会ったのが安西氏の絵でした。描かれていたのは、宇宙人の胎児。「めっちゃ気持ち悪い絵や。美しい色使いなのにここまで気分が悪くなる絵があるなんて!」と、島氏はその奇妙なエネルギーに惹かれたといいます。なんとなく気に入って絵を壁に飾ったものの、特に連絡先も聞いていなかったため安西氏とはそれきり。2001年のことです。それから2年間、二人は会う機会がありませんでした。

2003年、ある飲み会に参加した島氏は、たまたま目の前に座った初対面の男性が泥酔したため、家に泊めることに。「ほんま迷惑な男や」とぼやきながら家に連れて帰った時、泥酔した男性が壁の絵を見て言った言葉は「これ、俺の絵だ」。なんと2年前に興味を持ったあの絵を描いたのがこの迷惑男――安西氏だったのです。

時にはライヴペインティングで力強い筆さばきを披露することも。

京都府京都市京都・花街の「あじき路地」を拠点に活動。

安西氏は小さい頃から絵画が好きで、絵描きになりたいと上京。当時は大学生で、島氏に一緒に絵を制作しようと誘われて遊び程度に描き始めました。それが『だるま商店』のスタート。東京在住は3年だけと決めていた島氏は、2004年に関西に戻ることに。安西氏も島氏からの、絵の題材が近くにある京都への移住の提案を受け入れました。それから二人は、宮川町の花街に近いクリエイターが集まる長屋(通称「あじき路地」)の一室を住居兼アトリエにして活動することになります。

人物を「影絵」のように表現するのは、背景や衣装を際立たせるためだという。

京都府京都市「安西には、俺が見えてない色が見えてるねん」。

ディレクターと絵師という珍しい分業制ですが、主にクライアントから仕事を受けるのは島氏で、描くのは安西氏。島氏は小学校の頃から「お笑い」に憧れ、かつ日本史に詳しく、更には超論理的思考を持つ多角的な人物。マーケティングの仕事経験もあり、知識欲も旺盛なため政治から経済、地域の風習、文化やアートまで膨大な情報の持ち主です。一方、安西氏は文系で江戸文学に強く読書好き。日本文化や着物など興味があることにとことん打ち込むタイプです。島氏は『だるま商店』の分業について「安西が持つ感性を軸に、自分がディレクターとして論理的に構成して、その世界観を拡げていく手法」であると話します。安西氏の描く世界は絢爛豪華な極彩色ですが、「安西にはこう見えてるらしいんです」と島氏。「あの雲黄色い」と安西氏に言われ、集中して見てみると本当にそんな色をしている。物事の奥底にある本質のようなものが、安西氏には見えているのかもしれません。「この世界で使える限りの色を持ってる奴」――そう島氏は安西氏を評します。

祇園の春の風物詩「都をどり」を描いた『極彩色艶舞祭礼絵図』。

京都府京都市ファンタジーではなく、実は徹底したリアリズム。

彼らが名前を知られるようになったきっかけは『極彩色熊野古道曼荼羅』です。熊野古道巡礼の旅を1枚の絵におさめたもので、世界遺産登録記念のコンペティションにおいて最優秀賞作品となりました。徹底的に現地調査を行い、追体験し、そこで出会ったものや見知ったことを事細かに描く。その時代に使われていた、流行した色、着物の柄なども調べ、史実にも忠実に。更に昔の物事だけでなく、「特急くろしお」が走っていたり、三脚を立てて撮影する人がいたり……。現代の風景も取り混ぜているのは、「今、生きている世界」を描かなければ意味がないからです。なおかつ、どこかクスッと笑えるストーリーで、見る人のハードルを一気に下げる。これが『だるま商店』の「小ワザ」なのです。

出世作『極彩色熊野古道曼荼羅』。巡礼の旅をコミカルに描いた。

京都府京都市「楽しいもの、面白いもの」ならみんな見るでしょ。

それは核心をついた問いでもある「どうしてこのような活動をしているのか?」の答えにもつながります。島氏は「もっと楽して生きたらええやん、って言いたいんです」と笑います。楽しいこと、笑えること。今の日本人が当たり前、古い、つまらないと見向きもしなくなった文化や歴史は、改めて見るととても理にかなっていたり、面白いものだったりする。また「陽」の部分だけではなく、赤線や芸者といった「陰」の文化にも素晴らしい美意識や芸術性があり、こうしたタブーが孕む「艶やかさ」や「すごみ」は、日本が世界に誇るべき財産といえるかもしれません。『だるま商店』は「笑い」をフックにして作品へ入り込んでもらい、その背景にある文化へ誘うのです。

太秦(うずまさ)での「きゃばれえ竜宮城」と題したイベント。「立体浮世絵」として空間をつくり上げた。

京都府京都市アバンギャルドな手法で、古人の精神を伝える。

活動は絵だけではなくイベントにまで及びます。例えば貴船神社の「新嘗祭(にいなめさい)」。収穫の恵みに感謝する祭りですが、『だるま商店』が企画したのはドラァグクイーン(女装した男性)のミセス・オリーヴが巫女姿で田植えをし、神事を務めるという「新嘗祭(にいなめさい)」です。傍で宮司が真剣に祝詞(のりと)をあげ、直会(なおらい)では料亭『吉兆』の総料理長・徳岡邦夫氏が料理を振る舞い……と冗談のような光景ですが、そこにはこんなメッセージが込められています。「これから日本はよりコンパクトな消費で生きていく時代になると思う。まずはお米を美味しく食べるという“基本”に立ち戻ってみては」。女装した男性が巫女役なのは、「だって面白いから。みんな見に来るでしょ」。――一本取られたという感じです。

自然や食への感謝を表し行われる新嘗祭(にいなめさい)。

京都府京都市芸術家ではなく、伝達する役目でありたい。

『だるま商店』はアーティストではなく、「コンバーター」(変換器)といえるのかもしれません。日本文化の意味を信号のように解釈し、それを笑いやユーモアを交えたモチーフに変換して伝える。寺社の住職が『だるま商店』の作品を受け入れるのは、彼らが伝えたいものをきちんと汲み取っているからなのです。その作品が決して「神様への冒涜」「茶化し」などではないことがわかっているのです。

2018年から東京にも拠点を作り、活動の幅を広げました。2020年の東京オリンピックに向け、様々なイベントに参加予定です。日本中の人そして世界中から来る人に「日本には、こんなに美しく面白い文化がある」ということを再発見させてくれることでしょう。

南蛮の遺品が残る妙心寺には菓子にちなんだ『極彩色菓子来迎安楽浄土絵図』を奉納。 

日本、更に世界で活躍。今後彼らの作品を目にする機会が増えることだろう。

Data

ブックファン95 (@bookfun95 )

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