舞台は開山1300年を迎える神仏習合の地。静謐で神秘的な地に降り立った13回目の『DINING OUT』。[DINING OUT KUNISAKI with LEXUS/大分県国東市]

心地よい新緑に包まれる国東に、2夜限りのレストランが出現した。

大分県国東市悠久の歴史のなか、独特の宗教観が育まれた緑深い国東の地。

2018年5月26日、27日、『DINING OUT KUNISAKI with LEXUS』が開催されました。13回目となる今回の舞台は神仏習合の地・大分県国東市。折しも2018年は、この地特有の山岳宗教「六郷満山」開山1300年という節目の年です。刻まれてきた悠久の歴史と、地域に眠る食材や文化。それらをどう表現し、どう伝えるのか。多くの人が今回の『DINING OUT』を、固唾を飲んで見守っていたことでしょう。

開演当日まで、その詳細はいつも以上に謎のベールに包まれていました。わかっていたのは、大分県国東市のどこかが会場になること、コラムニスト中村孝則氏がゲストをお出迎えすること、「ROCK SANCTUARY—異界との対話」という不思議なテーマが設定されたこと、そして「和魂漢才」をテーマに日本食材と中華料理の融合を追求する南麻布『茶禅華』の川田智也シェフが担当すること。限られた情報から浮かんだであろう皆様のイメージは、きっと裏切られることになるはずです。さまざまなことが予想外。それが『DINING OUT』なのですから。

さあお待たせしました。国東半島で行われた第13回『DINING OUT KUNISAKI with LEXUS』。その全貌を速報でお届けします!

川田智也シェフは地域の素材だけではなく、歴史や文化、人の思いまでを、料理に落とし込んだ。

料理や酒から歴史に至るまで多岐にわたる深い知識と、ユーモアで会場を盛り上げた中村孝則氏。

大分県国東市快適な送迎から、過酷な石段登り。その落差さえも感動への序幕。

緑萌える初夏。天気は晴れ。爽快な空気に包まれる大分空港。到着したゲストを迎えたのは、ドライバーつきのLEXUSでした。そのラグジュアリーなシートに揺られながら、各々のゲストは会場の様子を思い描いたことでしょう。ところがLEXUSが到着したのは、とある寺院の前。墨痕鮮やかな「峨眉山 文殊仙寺」の額の先には、延々と続くかのような石段が伸びています。ラグジュアリーなLEXUSのリアシートから一転、擦り減り苔むした330段もの石段を、ゲストは一歩ずつ登り始めます。

息は切れ、額から汗が流れ落ちる頃、ようやく山門が見えてきます。山門脇では修験者の白装束に身を包んだホスト・中村孝則氏がゲストを出迎えます。「ようこそいらっしゃいました。どうぞ奥の院へお進みください」
導かれるままに向かった奥の院で待っていたのは、文殊仙寺副住職による護摩焚き供養です。燃え盛る炎が、一切の煩悩を焼き尽くすといわれるこの護摩焚き。天井まで上がる激しい炎、朗々たる読経。石段を上がるという苦行と合わせ、まるで修験道のような静謐で厳かな雰囲気がゲストを包みます。

奥の院を出たゲストたちは、もう少しだけ石段を上ります。「次はどこへ?」といった表情はしかし、すぐに驚きに取って代わりました。石段を上ったゲストの目の前に、ダイニングが広がっていたのです。そう、今回の『DINING OUT』の舞台は、こちら。六郷満山文化随一の歴史を持つ古刹・文殊仙寺。その境内の一角の切り開かれた場所に、客席とオープンキッチンが設えられたのです。

空港では20台のLEXUSがゲストを待ち構え、会場へと運んだ。

快適なドライブから一転、目の前には330段の石段。ここを上がる行程も『DINING OUT』の醍醐味。

修験者の装いでゲストを出迎える中村氏。不思議で神秘的な雰囲気があたりを包む。

一切の煩悩を焼き尽くす護摩焚き。その激しい炎と副住職の迫力に目を奪われる。

大分県国東市乾杯は、一杯のお茶で。静寂に包まれるディナーの幕開け。

片側は急峻な山、片側は切り立った崖、頭上には鬱蒼と茂る木々、すぐ目の前には重厚な文殊仙寺の奥の院。厳かな鐘の音が響き、時折、鹿の鳴き声が届く静謐な境内に、突如現れたレストラン。そのギャップにゲストからは銘々、感嘆の声が上がりました。そう、石段も護摩焚きも、すべてはこの席に着くまでの助走だったのです。

やがて会場に中村氏が登場し、乾杯のドリンクが配られます。シャンパンではありません。最初の一杯は、文殊仙寺の山号にちなんだ中国茶「峨眉雪芽(がびゆきめ)」を、境内に湧くありがたい名水「知恵の水」で淹れたお茶、つまり中国と国東の融合からディナーのスタートです。

続いて登場したのは川田シェフを「味が完成されている」と驚かせた国東の牡蠣「くにさきオイスター」。単体でも完成された味わいを活かすため、中国と日本の30年物の古酒で香りを添える程度に調味し、本来の味を引き立てました。ここにもまた、中国と国東の融合という背景がみえてきます。

その後の国東半島の泥鰌(どじょう)を紹興酒で酔わせて揚げた一品は、文殊仙寺の岩を器にして提供。続く国東の牡蠣とわかめ、地元産野菜は、熱した国東の岩と中国の岩茶で蒸し上げました。国東の青竹を器にしたスープは、烏骨鶏ガラの澄んだ味わいと青竹のフレッシュな香りが調和します。

すべての根底に、国東と中国両方の要素が潜んでいることは明らかです。
「中国の霊峰・峨眉山の山号を持つお寺と、私が追い求める和魂漢才というテーマの符合。それをゲストの皆様にお伝えしたかったんです」

メニュー名はすべて五文字の言葉。魂の籠もった言葉が、ゲストの想像を掻き立てる。

乾杯のドリンクはお茶。この土地の水と中国のお茶で、川田シェフの思いを伝えた。

国東開胃菜」。小ぶりで味わい深い「くにさきオイスター」に、日本と中国の30年物の古酒の香りをプラス。

爆米炸泥鰌」。紹興酒の香りをまとった泥鰌のおこげ揚げ。器は文殊仙寺の境内の石を焼いたもの。

地元の野菜や牡蠣を中国茶で蒸した「岩香蒸山海」。和魂漢才というシェフのテーマを象徴する一品。

「竹筒烏骨鶏」。烏骨鶏の澄んだスープに、青竹の香りとクレソンの清涼感を添えた優しい味。

大分県国東市徐々に盛り上がりを見せるコースは川田シェフの真骨頂。

滋味深いお茶で幕を開けたディナーは、どちらかといえば静かな立ち上がり。少しずつ、しかし確実に、ゲストは川田シェフの世界観に惹き込まれていきます。傾き始めた日が、会場をいっそう幻想的なムードに彩ります。眼の前のオープンキッチンからは、中華料理特有の活気が伝わります。静と動、陰と陽、そして日本と中国。さまざまな対比が、徐々にその輪郭を現しはじめます。ディナーは中盤に差し掛かります。

ひと抱えはある大皿の上に山と盛られた唐辛子。これは峨眉山イメージし、その山の下には国東市の名品・桜王豚のスペアリブが隠されていました。刺激的な見た目の料理ですが、その味わいはクリアで爽やか。唐辛子と山椒の香りが、透明感ある豚の脂に寄り添います。この料理に限らず、川田シェフの料理の基本はピュアでクリアな印象。
「中華料理というとパワフルでパンチがある味の印象を持たれがちですが、本場の最高峰は本当にクリアな味なんです」という川田シェフの信条の表れでしょう。

やがて日も暮れかかり、山から夜露を含んだ涼しい風が降りてくる頃、静謐な印象を醸していた白い照明が、炎を思わせる真紅に切り替えられました。時を同じくして、オープンキッチンからは、激しく鍋を振る金属音が響きます。まるで静かに伏せていた獣が頭をもたげたような、緊張感。続く料理は、その象徴的存在でした。

まるで鬼のような形相をした魚。三島フグと呼ばれるオコゼの一種で、揚げることで鰓が上がり、鬼の角のように見えるのです。そもそも国東で鬼は、さまざまな祭りに登場するほど重要な存在。川田シェフの心を動かしたのは、そんな鬼の神聖さでした。赤い照明が光り、緊張感と鬼気迫る雰囲気に包まれた会場で、この鬼のような魚を提供することで、国東に根付く精神性まで伝えたのです。その後、副住職が寺に代々伝わる鬼面を持って登場し、その由縁をご紹介したことで、ゲストにも国東の地とこの魚料理の関連性が伝わりました。

このように、川田シェフの料理の根底には、いつも土地の歴史や文化がありました。おいしさは最重視した上で、そこに流れる思いを汲み取る。技術だけではない、地域への敬意があるからこその料理なのでしょう。

オープンキッチンから伝わる音や香りも大切な要素。まさに五感で味わう料理だ。

峨眉山排骨」。唐辛子と山椒が目を引くが、口にすると桜王豚の透明感ある脂の旨みが広がる。

トマトと八角を合わせた「八角煮蕃茄」。スペアリブの辛さと痺れをリフレッシュする口直しとして登場。

静寂とともに始まったディナーから一転、照明が変わり、周囲には激しさと緊張感が漂った。文殊仙寺の副住職が、国東に伝わる火祭り「修正鬼会(しゅじょうおにえ)」と、そこで使われる鬼面について解説した。

鬼の形相を見せる三島フグを使った「国東的良鬼」。地元で採れたこだわりの白米とともに。

大分県国東市ひとつの食材を、異なる手法で魅せる川田流メインディッシュ。

メインの食材には、大分県が誇る地鶏「おおいた冠地どり」が選ばれました。それも、ある食材の異なる部位を異なる調理法で提供する、川田シェフらしい料理です。

胸肉はその柔らかさを活かすために蒸し鶏にし、カボスと合わせてさっぱりと。手羽先にはスッポンを詰めて香ばしく、かつコク深く仕上げます。脂身の少ないもも肉は、国東のバジルの香りをまとわせて「三杯鶏(サンベイジー)」という台湾の伝統料理に、そして最後に残ったガラは澄んだスープをとってシンプルな麺に仕立てました。まさに余すところなく素材を味わい尽くすメニュー。部位ごとの個性も際立ち、「おおいた冠地どり」という素材そのものへの興味を誘引するような見事なプレゼンテーションです。

最後は青梅の翡翠煮と温かい杏仁豆腐で、しめやかにコースは終了。緩急を付けつつゆっくりと加速し、息をもつかせぬ盛り上がりをみせた後、余韻を残して終了する。どこか日本の懐石料理を思わせる展開でありながら、それぞれを見るとやはり中華料理そのもの。

”融合”という表面的技術の話ではなく、もっと深い部分、たとえば信念や生き方という部分で、日本と中国が深く結びついた料理。川田智也という稀有なるシェフのすべてが表現されたようなコースでした。

「冠地鶏四囍」は4種の料理で部位ごとの魅力を際立てた川田シェフらしい逸品。

冠地鶏四囍」のひとつである麺には、国東の食材をふんだんに使ったオリジナルのXO醤が添えられた。

「清湯(ちんたん)」という澄んだスープのなかに、奥深い味わいが潜んでいた。

シェフが修行時代から毎年作っているという初夏の時期のデザート「爽口凍青梅」。

この日のために自らの法螺貝を仕立て、練習を積んだ中村氏。会場ではその腕前を披露した。

大分県国東市大勢のスタッフの力が結集し、大きな感動を演出。

今回の『DINING OUT』が成功の裡に終了したことは疑いありません。ゲストを感動の渦に巻き込んだ川田シェフの料理。しかし、成功の理由は料理ばかりではありません。

実は今回の『DINING OUT』は、ひとりの地元料理人の声により実現に至りました。国東市の発展を願って『DINING OUT』の開催を切望し、その声が市長の耳に届いたことで、今回の開催となったのです。集った地元スタッフは70人以上。そのひとりひとりが国東市を愛し、国東市のために尽力したからこそ、この大きな感動が生まれたのでしょう。

終演の余韻が残る会場には、渡部建氏の姿もありました。『茶禅華』にはオープン当初から幾度も足を運んでいるという渡部氏。そんな渡部氏をして、まず飛び出した感想は「想像以上でした」という言葉でした。「店とイベントとを比べれば、店の方がクオリティが高いというのが定説。しかし川田シェフは、お店ではできないことを、この地で実践されました。今後は『茶禅華』と川田シェフを語るとき、まず今日の日を思い出す気がします」と語る渡部氏。「シェフの思いや背後に流れるストーリーが、はっきりと味覚に繋がっていた。味も、雰囲気も、すべてを含めて大満足です」と、手放しの称賛を寄せてくれました。

渡部氏ばかりではありません。あるゲストは「一生忘れないと思います」と興奮気味に語りました。またあるゲストは余韻をかみしめるように、ただ「最高でした」と呟きました。それぞれのゲストが、それぞれのやり方で、今日のディナーを振り返ります。

「素晴らしい体験でした」終演後の川田シェフは、開口一番そう言いました。「和魂漢才は、私が人生をかけて追い求めるテーマ。そのヒントとなるものに、この地でたくさん出会えた気がします」それからこの地で出合った食材や地元スタッフへの感謝の言葉を饒舌に語りました。いつも寡黙な川田シェフが、少しだけ頬を上気させて、熱く感想を述べる。言葉そのものだけでなく、そんな光景もまた、今回の『DINING OUT』の成功を物語っていました。

「お楽しみ頂けましたか?」最後にマイクを握ったシェフは控え目にそう訪ねました。会場は割れるほどの拍手で、それに応えました。その拍手こそが、今回の『DINING OUT』の成功を、何よりも雄弁に語っていました。

70名に及ぶ地元スタッフの力が、成功の源。大勢の力が結集し、大きな感動を生み出した。

仕事終わりに飛んできたという渡部氏も、その感動をストレートに伝えてくれた。

岩と石に囲まれ、共に生きる国東。「Rock Sanctuary」をテーマにした『DINING OUT』が伝えたのは、その豊かな精神性だ。

1982年栃木県生まれ。東京調理師専門学校卒。物心ついた頃から麻婆豆腐等の四川料理が好きで、幼稚園を卒園する頃には既に料理人になる夢を抱く。2000年~2010年麻布長江にて基礎となる技術を身につけ、2008年には副料理長を務める。その後日本食材を活かす技術を学ぶべく「日本料理龍吟」に入社。2011年~2013年の間研鑚を積んだ後、台湾の「祥雲龍吟」の立ち上げに参加、副料理長に就任し2016年に帰国。中国料理の大胆さに、日本料理の滋味や繊細さの表現が加わった独自の技術を習得する。2017年2月「茶禅華」オープン。わずか9カ月でミシュランガイド2つ星を獲得すると言う快挙を成し遂げる。和魂漢才という思想の元、日本の食材を活かした料理の本質を追求し続けている。

http://sazenka.com/

神奈川県葉山生まれ。ファッションやカルチャーやグルメ、旅やホテルなどラグジュアリー・ライフをテーマに、雑誌や新聞、TVにて活躍中。2007年に、フランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を授勲。2010年には、スペインよりカヴァ騎士の称号も授勲。(カヴァはスペインのスパークリングワインの呼称) 2013年からは、世界のレストランの人気ランキングを決める「世界ベストレストラン50」の日本評議委員長も務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。主な著書に『名店レシピの巡礼修業』(世界文化社)がある。

http://www.dandy-nakamura.com/