のんびりした田島の町並みになじむ、どこかレトロな雰囲気のカフェ。[CAFE JI*MAMA/福島県南会津郡]
福島県南会津郡OVERVIEW
福島県南西部にある小さな町、南会津。そこで2010年から毎年開催されている「大宴会in南会津」をご存知でしょうか。町の有志がボランティアで企画、運営しているこのローカルフェスティバルは、音楽フェスティバルではあるのですが、同時に様々な形で南会津の暮らしの豊かさを実感できるものとして知られています。
このフェスティバルの発起人は、会津田島駅の近くの場所で小さな『CAFE JI*MAMA』を営む五十嵐大輔氏。カフェを訪れたひとりのお客様との出会いから始まった手作りのフェスティバルは、今では県外からお客さんを集めるまでに成長し、そこから派生した多様な動きは、何もないといえば何もなかったこの地域に、様々なものを生み出しています。
このような小さなカフェで何が起こったのでしょうか。たったひとりの力が、どうやって大きな力へと変わっていったのでしょうか。そこから見えてくる物語は、誰もがより所を失った時代にどうしたら幸せに生きられるのか、その答えが見つかるかもしれません。
Data
CAFE JI*MAMA
住所:〒967-0004 福島県南会津郡 南会津町田島上町甲4004 MAP
電話:0241-62-8001
http://ji-mama.com/
「大宴会in南会津」が教える、小さなコミュニティに生きる幸せ[CAFE JI*MAMA/福島県南会津郡]
福島県南会津郡ローカルフェスティバル「大宴会 in 南会津」。
2010年から毎年、福島県の南会津町で開かれているローカルの野外フェスティバル「大宴会in南会津」。フェスティバルだけど、大宴会……。それって、いったいどんなものなのでしょうか。発起人の五十嵐大輔氏は、「会場のオートキャンプ場は、1,000人入ればもういっぱい。このくらい小規模でやっている野外フェスティバルは、他にはほとんどないと思います。音楽のライヴはありますが、それで盛り上がるというよりは、芝生の上でのんびり過ごしながら楽しむ“地元の夏祭り”みたいなイメージに近い。フェスティバルだと思ってくると、拍子抜けするかもしれません」と言います。
数年前から使われているキャッチフレーズは「お盆、正月、大宴会」。誰もが故郷に戻るお盆やお正月に、おじいちゃんおばあちゃんや子供たち、お酒を飲む人も飲まない人も、みんなで集まってワイワイやる――つまりそんな宴会の拡大版が、「大宴会 in 南会津」なのです。「地元を盛り上げたい」という思いで集まったボランティアスタッフの、手作りのもてなしもまた、のんびりとした雰囲気にぴったりです。
福島県南会津郡地域の人々がつながり始めた初回と、震災という試練。
発起人である五十嵐氏が、田島町で『CAFE JI*MAMA』をオープンさせたのは2007年、つまり初回の「大宴会 in 南会津」が開催される3年前です。営業が始まって危機感を覚えたのは、都会であれば町がにぎわうはずの土曜日や日曜日、祝日に、逆に町が静かになってしまうことでした。町に人の動きをつくるには、カフェを作るだけでは足りないのかもしれない。何かしらイベントを立ち上げたい、そのための横のつながりが欲しい――そう思っていた丁度その時、『CAFE JI*MAMA』に現れたのが、「大宴会 in 会津」のもうひとりの発起人、県職員の東海林氏です。「“地域を盛り上げたい”という彼のストレートな熱い思いに、まんまと焚きつけられた所はあります(笑)」と五十嵐氏。こうして「大宴会 in 会津」は動き始めることになります。
とはいうものの、イベントを企画したことも、企画しようと思ったこともなかった五十嵐氏。まずは周囲に声をかけ、次々とスタッフとして引き込んでいきました。奥会津の三島町に住む三澤真也氏も、そんなひとり。東海林氏から「田島に面白い人がいる」と引き合わせられた三澤氏は、「“寂しいからみんなで飲もうよ”みたいなことが書いてある、ものすごくチープなチラシを見て、“ホントにやるの?”と思っていましたね(笑)」と、当時を振り返りながら話してくれました。
「とにかくバカになってやってしまえ」という気持ちで動き始めた五十嵐氏は、当然ながら様々な困難に出くわすことに。でもそんな時に、なんとなく助けてくれる人、なんとなく「目から鱗が落ちる」ような言葉を言ってくれる人が現れたことも覚えているといいます。
例えば「漠然と動くのではなく、ある程度大きさを決めて」とアドバイスをくれたのは、『CAFE JI*MAMA』のお客様だった県の地域振興局の局長でした。出演を交渉するために芸能事務所に電話しては叱られてばかりの五十嵐氏に、どういうわけか飲み屋さんで知り合った人がアーティストを連れて来てくれたこともありました。「結局のところ人とのつながり」なのですが、それはきっと五十嵐氏が自ら動く者であったがゆえに与えられたに違いありません。
「初回の当日、目の前に広がっていたのは、見たこともない光景でした。人ってこんな風に集まってくれるんだなって。ずぶの素人でしたが、やろうと思えばできる。ずっと続けようとまでは思いませんでしたが、“来年も絶対にやろう”という気持ちにはなっていました」と五十嵐氏は話します。
当時の開催は9月。その半年後、あの震災がやってきます。
盛り上がり、つながり始めた地域の動き。でも震災後に起きた情報の錯綜(さくそう)と不安による分断の中で、それは危うい状況に追い込まれていきます。そんな中で迷いながらも、五十嵐氏が「大宴会 in 南会津」開催に踏み切ったのは、せっかく始まった動きが「失われてほしくない」と思ったからだといいます。
気持ちいいほど晴れ上がった「大宴会 in 会津」当日。自然の中で子供たちが笑顔で遊ぶ姿に、五十嵐氏は「ホッとした」と言います。地域はまだまだつながっている。つながっていける。そして2018年、大宴会は9年目を迎えます。
福島県南会津郡どこにも似ていない「南会津」を愛することに、地域の未来がある。
初回の「大宴会 in 南会津」が掲げたのは、「この地域らしい夢のある未来」です。言い換えれば、この地域で暮らす楽しさや豊かさを再発見すること。「フェスティバル」と名乗るからにはメインは音楽ですが、それ以外の部分には「南会津らしさ」が満載です。
例えば、奥会津に今も残る「熊撃ち猟師」(いわゆるマタギ)さんや、「サンショウウオ獲り」のおじいちゃんから聞く貴重な体験談。羊毛の糸つむぎや箒(ほうき)造り、伝統工芸の編み組細工などの体験、鶏を絞めて食べる「命をいただくワークショップ」を行ったことも。初回の開催からその部分に深く関わってきた三澤氏は、「かつてのように現金収入の手立てとしては成立しにくくなってはいるものの、“自然をうまく利用しながら生きる術”が、南会津、奥会津には残っています。別の言葉で言うとそれは“手間暇をかけること”なんですよね。雪国での山の暮らしは、食べ物ひとつ、例えば山菜のアクをぬく、塩漬けにするなどの手間がかかる。でもその手間暇こそが愛情であり、ずっと続いてきた尊い文化であり、豊かさだと思うんですよね」と言います。
「地域の魅力を最も知らないのは、そこに生まれ育った人」というのは、よくいわれる話です。三澤氏をはじめとする移住者のこの地域に対する思い入れは、五十嵐氏を中心とする地元の若い世代が知らなかった「地域の魅力」を喚起していきます。
「自分はその価値をわかっているつもりだけれど、他の地域の人がいいと思ってくれるかどうか。『大宴会in会津』を通じてそれを確認できた所はあります。例えば地元ではあまり食べない郷土料理を、他の地域から来た人は食べたいと言ってくれる。会場でお客さんに“地ビールはないんですか”なんて聞かれることも。そういう中で、実際に南会津の地ビールが生まれたのは、すごくいい流れで嬉しかった。あの時のお客さんが、また来てくれるといいなと思います」と五十嵐氏は言います。
福島県南会津郡地元のワクワクした雰囲気を、「大宴会 in 会津」を通じて伝えたい。
時に地方イベントでは、観光誘致を目論み、都会で活躍するイベントのプロフェッショナルを招き入れることがありますが、「大宴会in会津」の在り方はその対極にあるものと言っていいかもしれません。他の地域からのお客さんにだって、もちろん来てほしい。でも大切にしたいのは、自分が住む地域の人たちに楽しんでもらうこと。そこで築いた関係が地域の日常をつなげていき、巡り巡って、地域の魅力を発信することになるのではないか。そこにこそ南会津らしい未来があるのではないか。三澤氏は、「会津とひと口に言っても、南会津郡と、いわゆる奥会津といわれる地域は、それぞれ神奈川県くらいの広さがあります。これまでその二つの地域にはそれほど交流はなかったと聞いていますから、『大宴会in会津』を中心につながり始めたのは、すごく大きなことですよね。関係者の中で毎年のように結婚する人がいるし、新たな友情もたくさん生まれる、地域の文化祭みたいな感じでしょうか。でもそのワクワクした雰囲気は、きっと他の地域の人にも伝わっていくような気がします」と語ってくれました。
福島県南会津郡「大宴会 in 会津」から生まれる、小さなコミュニティならではの幸せ。
更に注目に値することは、「大宴会 in 南会津」に関わる人たちが、それぞれの場所でそれぞれに新たな活動を始めていること。すでに五十嵐氏の話に出た、南会津発の地ビールを誕生させた「ビアフリッジ」、かつて運営側のボランティアとして参加していた人たちが、ワークショップや飲食の出店者として戻ってくることも少なくありません。三澤氏も昨年、奥会津の三島町で「人が集まりつながる場所」として、ゲストハウスをオープンさせています。五十嵐氏はいいます。
「1年に一度、それぞれに活動している人が一堂に会し、情報を共有し、楽しむ場所が『大宴会 in 南会津』。そういう形が定着してきていることを感じます。そこでつながった人を訪ねて、また人が動く。『大宴会 in 南会津』はそういう縁づくりの場所なんです」と言います。
誰かが動けば何かが変わり、それがまた別の人を動かしてゆく。南会津の小さな『CAFE JI*MAMA』から始まったその物語は、まだまだ続いていきそうです。小さなコミュニティだからこそ生まれる親密さ、そこに生きることの喜びと幸せ。「大宴会 in 南会津」に足を運ぶことは、その生き方に触れることなのです。あなたの幸せの在り方が、変わるきっかけになるかもしれません。
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CAFE JI*MAMA
住所:〒967-0004 福島県南会津郡 南会津町田島上町甲4004 MAP
電話: 0241-62-8001
http://ji-mama.com/
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「大宴会in南会津2018」
開催日:2018年6月16日
会場:会津山村道場うさぎの森オートキャンプ場
〒967-0014 福島県南会津郡南会津町糸沢字西沢山3692-20 MAP
http://daienkai.org/
小さなカフェで手に入れた、思い描いた理想の場所。[CAFE JI*MAMA/福島県南会津郡]
福島県南会津郡会津田島の『CAFE JI*MAMA』、前代未聞のローカルフェスティバル「大宴会 in 南会津」の発信地。
南会津を訪れたのは4月末。まだ少しひんやりする空気の中、春の訪れを告げる桜が今を盛りに花開く季節です。これを皮切りにあらゆる花が一斉に咲き始める5月を経て、「会津の1年で、最も気持ちのいい季節」――6月がやってきます。
「『大宴会in南会津』は2018年から6月開催なんですが、一番喜んでいるのは僕ら主催者側かもしれません。長い冬が明けた喜びに胸を膨らませながら、フェスの準備ができるから」
そう語るのは、南会津ローカルの野外フェス「大宴会 in 南会津」の発起人である、五十嵐大輔氏。会津田島駅にほど近い『CAFE JI*MAMA』の「マスター」です。
2007年にオープンした『CAFE JI*MAMA』は、福島県南会津郡の中心の町、南会津町田島で、ゆったりと営業している居心地の良いカフェです。カフェがあるのは駅に続く大通り、地元の方からすれば「駅前」といっていいい場所ですが、忙しく混雑した都会の繁華街とはもちろん異なり、クルマも人通りも決して多くはない、のんびりとのどかな場所です。それでいて、平日の昼間から、『CAFE JI*MAMA』の美味しいコーヒーを求めて訪れるお客さんは少なくありません。
福島県南会津郡「昭和の喫茶店」のように、ただ美味しいコーヒーを追い求めて。
五十嵐氏がコーヒーを淹れ始めるのは、お客様からの注文が入ってから。その時点で初めて豆の分量を量り、丁寧に挽き始めます。挽いた豆から丁寧に微粉を除去し、ドリッパーの中で平らにならしてお湯を注ぎ入れるのですが、五十嵐氏が持つケトルの口から落ちるお湯は、ポタ、ポタ、ポタと1滴ずつ。やがてコーヒーの粉が、むく、むく、むく、と膨らみ始め――カウンターからは、あのなんとも香ばしい香りが漂い始めます。コーヒーが抽出されるまでの3分弱、一連の作業を見つめているだけで、心がゆったりと穏やかに凪いでゆきます。そして出されたコーヒーの深いコク、それでいて雑味のない美味しさ。
「小さい頃から“喫茶店”が好きだったんです」と五十嵐氏。金物店「田浦商店」の看板を残す古民家をリノベーションした店内は、今という時代の感覚で制御されながらも、どこかレトロな雰囲気。その価値観の中心として「昭和の喫茶店」の世界を彷彿させるのは、彼自身の「美味しいコーヒー」を追究する姿勢といえそうです。自身を「オーナー」でなく「マスター」と位置づけるのも、そういった意味があるのかもしれませんが、いわゆる「昭和のマスター」のように「こだわり」を押し出すことはありません。それが『CAFE JI*MAMA』を、今の時代の「カフェ」たらしめているようにも思えます。
福島県南会津郡「生きること」は、自分自身の身体で生活を実感すること。
市町村合併で「南会津町」と名前を変える以前、この場所は会津田島町と呼ばれていました。町に生まれ育った人にその魅力を尋ねると、帰ってくる言葉は「本当に近くに山を感じられる町であること」。そんな故郷を持つ普通の少年として、幼い頃の五十嵐氏は山に遊び、川と戯れる日々を元気いっぱいに過ごしていたといいます。そしてそんな故郷を持つ普通の少年として、都会に憧れました。
「大学で東京に出る時点では“いつか田島に戻ろう”と思ってはいませんでしたね。でもお盆やお正月に帰ってくると、そのたびに“なんかいいな”と思うようになっていって。特に呼び覚まされる子供時代の記憶が、すごくよくて」と五十嵐氏。
通っていたのは名の知れた大学の法学部でしたが、そこで学んでいたことにも妙な空虚さを覚えていました。かつての故郷での暮らしで感じていた、「日々を自分自身の身体で実感する」ような感覚は、大学生活ではなく実社会にあるのではないか。次第に大学に通う意味を見出せなくなった五十嵐氏は、漠然と「このままいたらダメになる」と思い、大学を中退します。
でも飛び込んだ実社会で、様々なアルバイトを転々としながらも、東京ではそうした実感をつかむことはできませんでした。そして5年の月日が流れ、五十嵐氏は故郷に戻ることになります。帰って何をするのか、特にあるわけでもなく。「都会に負けて帰ったというような感覚がありましたね」。五十嵐氏は、当時をそんな風に振り返ります。
福島県南会津郡そこを目的に「人が集まる場所」を作りたい。
五十嵐氏が『CAFE JI*MAMA』をオープンさせたのは、帰郷してから2年後。そのきっかけは「母が喫茶店をやりたいと言い出したので、そこに乗っかりました」と五十嵐氏は笑いますが、そのきっかけは、帰ってきた田島の町の変化を実感したこともあったようです。
「ちょっとしたイベント、お祭りのようなものでも人出が減っているし、商店街も“シャッター化”している。自分が子供の頃は、もっとたくさんの子供が遊んでいたのになあと。人の動きを作りたい、“ここを目的に集まってくる”といった場所を作りたいなと思っていました」と五十嵐氏は話します。
2017年の暮れにオープンから10年目を迎えた『CAFE JI*MAMA』は、当初、五十嵐氏が思い描いていた場所になっているようです。田島に来るたびに立ち寄ってくれる地域外のお客様も多いのですが、圧倒的に多いのはふらっと立ち寄る地元のおひとり様。そこに顔見知りの別の誰かが現れて言葉を交わし、同じテーブルで仲良くコーヒーを飲み始めるという光景も珍しくありません。
フランスの哲学者、モンテスキューは自著『ペルシャ人の手紙』の中で、カフェについてこんな風に語っています。
「会話がリアリティを創出し、雄大な計画やユートピア的な夢想やアナキスティックな謀反が生み出せる唯一の場所」
南会津における『CAFE JI*MAMA』が、そんな場所になっているのは言うまでもありません。そしてここから生まれた「雄大な計画」――前代未聞のローカルフェスティバル「大宴会 in 南会津」へと、Storyはつながってゆきます。
Data
CAFE JI*MAMA
住所:〒967-0004 福島県南会津郡 南会津町田島上町甲4004 MAP
電話: 0241-62-8001
http://ji-mama.com/
人と人との出会いがつくる「理想のコーヒー」の味。[CAFE JI*MAMA/福島県南会津郡]
福島県南会津郡どれも同じではないコーヒー、そのおいしさを伝えたい。
『CAFE JI*MAMA』が扱うコーヒー豆は、コーヒーの栽培から製造、販売までを手がける茨城県の名店「サザ・コーヒー」から仕入れたもの。店内の看板には、その日に飲めるコーヒーについて、原産国、味、焙煎方法などが細かく表示されています。それは毎回出すコーヒーが異なる個性と美味しさを持っていることを、お客様にちょっとだけ意識してもらいながら、体験してほしいから。仕入れた豆がなくなるたびに、異なる味わいの豆を仕入れることも、五十嵐大輔氏が心がけていることです。「いつも“本日のコーヒー”を注文する常連の方から、“あの時の、あのコーヒーが美味しかったね”と言われると、自分なりの美味しさを見出して頂いているんだなと、すごく嬉しくなります」と、五十嵐氏は顔をほころばせながら話します。
福島県南会津郡コーヒーを極めたいと思わせた、運命的な出合い。
もともとコーヒーが大好きだった五十嵐氏。田島に帰ってきた後も、美味しいコーヒーを飲める店があると聞くと、時間を見つけては足を運んでいました。そして彼にとっての特別なコーヒーとの出合いは、『CAFE JI*MAMA』を開いたばかりの2008年。それは郡山市にあった伝説的なカフェ「プレイタイムカフェ」のマスター・丹治 徹氏が淹れるコーヒーでした。丹治氏は、思わずじーっと見入ってしまうほど、じっくりと時間をかけてコーヒーを淹れます。深煎りコーヒーの場合、抽出に時間をかけると苦みやえぐみが出てしまうのが普通ですが、そのコーヒーは、丹治氏の優しい人柄そのままに、まろやかな美味しさだったといいます。
「丹治さんはコーヒー人としても本当に大好きな方で、プレイタイムカフェのコーヒーは本当に特別でした。この出合いをきっかけに、自分が美味しいと思うコーヒーを自分なりに極めていこうと思うようになりました」と五十嵐氏は言います。
カフェで何の知識もこだわりもなく注文する私たちは、そこで出されるあらゆる漆黒の液体を「コーヒー」というひと言で片づけてしまいがちです。しかし豆の種類や原産国はもちろん、ローストの深さ、豆の挽き方、豆の分量、そして抽出の仕方――どのフィルターを使うか、どのドリッパーを使うか、お湯の温度はどれくらいか、どんな方法で、どんな手順で湯を注ぐのか――と、それらの何通りもの組み合わせによって、コーヒーの味は無限に広がってゆくのです。
だからこそ大切なのは、自分が美味しいと思うコーヒーをイメージすること。やがて明確になってきた五十嵐氏のそれは、「深煎りの豆を使った、奥行きのあるコクと、すっきりとした後味のコーヒー」というものでした。美味しいコーヒーを飲み歩いて研究し、知識と経験を積み重ね、豆の分量、湯の温度、ドリッパーの変更などの試行錯誤を繰り返した結果……。五十嵐氏は「10年かけてようやく形になってきた感じ」と語ります。
福島県南会津郡コーヒーをまろやかに変える、厚口のカップ。
五十嵐氏の「ハマるととことん追究したくなってしまう性格」は、理想のコーヒーの味を求めて、さらなる別の方向に発想を広げてゆきます。それは、お客様にコーヒーを出すときのカップ。CAFE JI*MAMAのカップは、コーヒーには珍しい、飲み口がぽってりと厚手のものです。
「コーヒーカップは飲み口が薄手のものが多いのですが、僕が好きなあるカフェで厚手のカップで出していて。それで飲むと味がまろやかに感じるんです」
五十嵐氏の求めに応じてオリジナルの「ぽってりカップ」をデザインしたのは、陶芸家の田崎宏氏。会津若松にあった五十嵐氏の妻・史織氏のショップ「hitotsubu」で、最初の個展を開いた白磁の作家さんです。「地元の会津本郷焼の作家さんだったこともありますが、何より田崎さんの人柄が好きで」と五十嵐氏。ところが当の田崎氏はこの発注に、ご本人史上最高に頭を悩ませることになります。
福島県南会津郡“モノづくり”への思いが完成させたコーヒーカップ。
会津本郷焼は全国的にも珍しい陶器と磁器の両方を有する産地。その窯元が軒を連ねる会津美里町に、田崎氏の「工房・爽」はあります。父親の代から窯を開き、田崎氏は二代目ですが、「後を継いだ」というのとは少し異なるかもしれません。機械いじりが好きで自動車メーカーに勤めていた田崎氏は、6年前に脱サラしこの工房を開きました。そして主に絵付けの磁器を作っていた父親とは180度異なる作品を、田崎氏は作り続けています。白さを追求したシャープな「白磁」です。
「民芸の持つ“ほっこり”とした雰囲気を好きになれなかった。単純に、自分が“カッコいい”と思えるものを作ることで、自信を持って世の中に出したかったんです」と田崎氏は話します。
自身で「決め技」と語るのは、ろくろで引いた素地から優雅な稜線を削り出す「しのぎ」と呼ばれる技法。ひねりを加えた田崎氏の繊細な「しのぎ」は、きりりとしていながらどこか有機的な柔らかさがあり、女性の美しいボディラインにも似た艶っぽさも感じさせます。日差しに青く光る雪を想起させる青みがかった釉薬「会津の白」も、そのシャープさを引き立たせるために、田崎氏自身が開発したものです。
福島県南会津郡悩みに悩んだ末に、見つけた小さな糸口
ところが。五十嵐氏からの発注は、そうした田崎氏らしさをすべて封印したもの――“しのぎ”なしで、ぽってりと厚い飲み口のカップでした。「民芸に先祖返りするように思えてしまって……」。困惑しながらも引き受けたのは、商売用に使う価格とは言えない自分の作品を選んでくれた、作り手として信用し、必要としてくれたことが嬉しかったから。
かつて自動車会社に勤めていた時、1台を数分で完成させる工場で感じたのは「これが自分が好きだった“モノづくり”だろうか」という疑問でした。
「自分の手でちゃんと作ったものを、お客さんが気に入り、買ってくれる。そのやり取りをして初めて、自分が仕事をしたと思えるんじゃないかと。実感が欲しかったのかもしれません」
五十嵐氏の信頼には、そうした実感があったことは言うまでもありません。
そして。ひと月以上も悩み続けた末に見つけた糸口は、とあるカフェで出されたコーヒーのカップ――ファイヤーキングのDハンドルマグ。
「これだ、と思いました。こういうイメージで落とし込めば、飲み口の部分が厚くてもシャープな印象が成立するなと」。
CAFE JI*MAMAの「ぽってりカップ」は、そうして完成しました。
福島県南会津郡白磁に注がれたコーヒー、それは飲む人の思いが作る物語。
白磁の飽きの来ない魅力は「周囲の環境によってその表情を微妙に変えてゆくこと」だと、田崎氏は言います。白熱灯の光、蛍光灯の光、昼と夜、晴天と曇天で異なる太陽光。藍染めや漆の上に置けば、その青や赤を反射します。あらゆるイメージを受け止める白磁は、もしかしたらその器を使う人の気持ちによっても、いかようにも表情を変えるのかもしれません。
田崎氏が作り上げたこだわりの白磁、それが際立てる五十嵐氏の思いがこもったコーヒー。それは飲む人の思いによって展開してゆく、一杯の物語。今日もいい香りをたてながら、人と人の新たな出会いを生み出しています。
Data
CAFE JI*MAMA
住所:〒967-0004 福島県南会津郡 南会津町田島上町甲4004 MAP
電話: 0241-62-8001
http://ji-mama.com/
Data
工房 爽
住所:〒969-6116 福島県大沼郡会津美里町字瀬戸町甲3175 MAP
電話: 0242-56-3732
人と人の距離を縮め、「じまま」に過ごせるカフェ。[CAFE JI*MAMA/福島県南会津郡]
福島県南会津郡カフェの魅力は、思い思いにリラックスできること。
その空間には様々な「本」がさりげなく置かれています。店内の一番奥に並ぶのは五十嵐氏が幼い頃に読んでいた文学全集。カウンターの先には映画やインテリア、旅やコーヒーなどに関する、ちょっとマニアックなカルチャー本やコミックなど。よく見れば店内のパーテーションも、最初から本を立てる用に作られています。「本があると落ち着くし、暇な時にちょっと手に取ってもらえたらいいなと」と、五十嵐氏。最近では持参した本を「置いて行っていい?」と、そのパーテーションに、ポン、と残していくお客様もいるようです。
テーブルにはそれぞれにランプが設置されています。コーヒーを飲む、本を読む、ものを書く、ランチを食べる、目の前を過ぎてゆく時間をただ眺める……その時々の過ごし方によってお客様が自由に点け消しできるよう、それぞれにスイッチもついています。それだけでなく、椅子とテーブルの高さも絶妙です。もちろんそれも「何をやっても疲れないバランスを」と、五十嵐氏自身が入念に吟味して決めたもの。
「田島」という地名の音にもかけた店名は、沖縄の方言で「自由気まま」の意味。会津田島で、自由気ままに。そんなリラックス感があるからこそ、このカフェでは人と人との距離が縮まっていくのかもしれません。
福島県南会津郡地域を知りたいという思いから始まった「まねぶ会」。
そうしたコミュニティの中で、ローカルフェス「大宴会 in 南会津」が誕生してゆくのですが――これは後に譲るとして。『CAFE JI*MAMA』ではそれと同時進行しながら、もうひとつの企画が育っています。それが「まねぶ会」。“地元・南会津で暮らす楽しさを発見すること”という、「大宴会 in 南会津」と同じコンセプトで始まった勉強会です。
「『大宴会 in 南会津』を始めてみて、地元の文化や歴史、生活について、まだまだ知らないことがたくさんあるんだなと感じました。そういうことを勉強する場を作れば、これまでとは別の人とつながるきっかけにもなり、参加した方がお友達を連れてきてくれることで、輪もどんどん広がってゆきますよね」
そのテーマは、「南会津に仕事を増やすには?」「イベントを仕掛けるには?」という地域活性化から、「会津祇園祭の起源」「現在に復活した南郷刺し子」など地域の歴史文化、はたまた地元畜産業者による「ソーセージ作り」まで、テーマは多岐にわたります。
中でも、神事で集まった人達が楽しむために生まれたという「会津の農民歌舞伎」には、自身の活動に共通する思いを感じたといいます。楽しむことこそが人を動かす。それはどの時代にも変わらない真理に違いありません。
福島県南会津郡震災以降意識するようになった“会津のもの”。
そして人が動けば、何かが変わっていくのも必定のことです。
実は4年前に結婚した五十嵐氏。ここ数年は子育てする妻・史織氏の都合を優先し、彼女がギャラリーひと粒を営む会津若松で暮らしていました。
一家が揃って田島に居を移したのは2017年のこと。そしてこの5月からは『CAFE JI*MAMA』と店を共有しながら、史織氏が取り扱う作家モノの雑貨の販売を開始しています。そこで目を引くのは「会津木綿」の雑貨たちです。史織氏はいいます。
「“会津のもの”を意識するようになったのは、震災からですね。当時、私は会津若松で店をやっていて、親類を頼って関西に避難する際、とにかく店にあるものを車に詰め込みました。震災の風評被害は作家さんにも及んでいましたし、“会津のものを持っていかなければ”と集め始めて。それが今につながっています」
福島県南会津郡「外からの風」を取り込むことで、新しいことが始まる。
史織氏が言うところの「会津のもの」は、「会津の生粋のもの」かと言えば必ずしもそうではありません。例えば「会津木綿」を使った大胆な動物のぬいぐるみは、滋賀の作家さんが作ったものだし、それ以外にも「“会津のもの”でないもの」も多く揃えています。それは史織さんが意識的にやっていることでもあります。
「その場所にある土と、外から吹き込む風が“風土”を作る――そう言っている人がいて、なるほどなと思いました。私自身、郡山生まれの“外”の人間です。会津の人は頑固だなあと思うこともあるのですが(笑)、そんな場所でも外からの風が入ることで、何か新しいことが始まるんじゃないかなと思うんです」と史織氏。
そう考えると、五十嵐氏が言うところの「地元の人が普通に使ってくれる店。それでいて外から訪れる人も、心地よく過ごせる店」としての『CAFE JI*MAMA』は、「外からの風が入る場所」そのもの。だからこそこの場所から、次々と新しいことが起こっているのかもしれません。
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CAFE JI*MAMA
住所:〒967-0004 福島県南会津郡 南会津町田島上町甲4004 MAP
電話: 0241-62-8001
http://ji-mama.com/