土地の歴史や文化、生産者の思いまでを料理に込める、川田智也の料理の世界。[DINING OUT KUNISAKI with LEXUS/大分県国東市]

「岩香蒸山海」。一見シンプルな料理に、さまざまな思いが込められる。

大分県国東市人の思いを形にする。川田智也シェフが、ひとつの料理を生みだすまで。

2018年5月26日、27日に開催された『DINING OUT KUNISAKI with LEXUS』。巨石に囲まれる神秘的な土地・国東を舞台にした幻のレストランは、盛大な拍手とともに大成功のうちに幕を下ろしました。国東の自然と歴史、開催を支えた約70名の地元スタッフの存在、そして南麻布『茶禅華』川田智也シェフの料理。どれひとつ欠けても、ここまでの成功には至らなかったことでしょう。

卓に並んだ川田シェフの料理は、そんな『DINING OUT』の象徴的存在。歴史や文化、地域住民の思いまで反映した見事なプレゼンテーションで、ゲストの心を掴みました。今回の記事では、そんな料理の詳細をお知らせします。川田シェフがどんなプロセスで料理を組み立て、どう調理し、当日どう提供したのか。そのすべてをお伝えします。

川田シェフの料理を形作るのは、食材への鋭い洞察眼と、土地や生産者への敬意。

大分県国東市発想の原点は、国東で出合ったひとつの乾し椎茸。

ご紹介するのは「岩香蒸山海」(国東山海の恵み岩の香り蒸し)と名付けられた料理。蒸籠に入れた国東の山海の幸を、熱した岩に中国茶をかけて立ち上がる蒸気で蒸し上げる一品です。素材感際立つシンプルな料理に、国東の魅力とそこに潜むストーリーまで込めたというこの料理。どんな過程を経て誕生したのでしょうか?
「国東で素晴らしい乾し椎茸に出合いました。これを使いたいと思ったのが最初です。ただしこの時点では、まだ料理の形はおぼろげでした」そう振り返る川田シェフ。実は大分県は国内の乾し椎茸生産量の約50%を占める椎茸王国。シェフが心を動かした乾し椎茸とは、この地で昔ながらのクヌギ原木栽培に取り組む『山や』のことです。

椎茸を栽培するホダ場を訪れ、代表・山口勝治氏の案内を受ける川田シェフ。その後は、山口氏の奥様・しのぶさんが、自慢の乾し椎茸を振る舞ってくれました。「肉厚で食感が良く、味はクリア。イメージが膨らみます。中華料理において乾物は、全体の味を左右する重要な食材ですから」とすでにこの乾し椎茸に惚れ込んでいた川田シェフ。この時点ですでに、料理の構想が生まれていたのかもしれません。

椎茸農家『山や』を訪れた川田シェフ。ホダ場の様子を熱心に見学した。

見学後は自慢の乾し椎茸を試食。ここから今回の料理の発想がスタート。

「DINING OUT」当日は山口ご夫妻2人ともスタッフとして参加した。写真は奥様のしのぶさん。

大分県国東市食材を活かすためのロジックをひとつずつ積み重ねる。

乾し椎茸が構想の起点になった食材なら、もうひとつ、料理の方向性を定めた食材がありました。それが食材視察で訪れた『ヤンマーマリンファーム』で出合った牡蠣・くにさきオイスターです。農業機械で知られるヤンマーが、その技術の粋を集めて生み出した海水ろ過システムにより、安心な生食用牡蠣として生まれたくにさきオイスター。牡蠣一筋30年、自身を「牡蠣バカ」と称する所長・加藤元一氏が「日本一」と胸を張るこの牡蠣。小ぶりな身の中に旨みが凝縮されたような味に、試食した川田シェフも「素晴らしい」と手放しの称賛を送りました。「完成された味という印象です。生でもひとつの料理になりますが、少しだけ火を入れることで、さらに甘みが増しそうです」

こうして乾し椎茸ではじまった料理の構想は、この牡蠣と出合い、「加熱する」という方向性が定められました。しかしこれでもまだ、役者は揃ったわけではありません。「乾し椎茸と牡蠣という個性のある食材ですから、同じ調理法にしても別々の料理になってしまいます。この両者を繋ぐ役割が必要でした」そう話す川田シェフ。そして答えは身近にありました。海と山を繋ぐのは平地。つまり畑の野菜です。

シェフが目をつけたのは『佐藤自然農園』という草木堆肥有機農業に取り組む農園と、『まるか三代目』という自然農法を実践する農園。どちらも手間と時間をかけて、心を込めて育てられた野菜。これこそが、牡蠣や椎茸に負けぬ存在感を放ちつつ、両者を繋ぐ役割を果たしてくれると考えたのです。「甘みがあるのはもちろんですが、野菜本来の味が本当に強い。これをシンプルに活かしたい」そう考えた川田シェフ。素材の味を残しつつ、適度に熱は加える。そこでシェフが行き着いたのが「蒸す」という調理法でした。

『ヤンマーマリンファーム』の加藤氏。人生を牡蠣に捧げた男の集大成が「くにさきオイスター」だ。

「くにさきオイスター」は1品目の料理「国東開胃菜」でも登場した。

『まるか三代目』では採れたての野菜を試食。ひとつひとつの出会いが、料理を徐々に形作る。

大分県国東市生産者の思いまで伝えるテロワールとストーリー。

さて、これで「海と山と畑の食材を蒸す」という料理の輪郭ができあがりました。しかしこれでもまだ完成ではありません。「生産者とお会いして、話を伺いました。料理人にはその思いまでを料理に反映する義務があります」と川田シェフ。ただ良い食材を集め、料理を仕立てるだけではないのです。作っている方の顔を思い浮かべて、野菜の切り方ひとつまで徹底的に考える。そうすることで、生産者たちの熱意までゲストに伝える。そんな料理だからこそ、川田智也シェフの料理は心に響くのでしょう。土地の気候や地理的条件を指すテロワール、川田シェフはそこに、人々の思いまで組み込むのです。

さらにもうひとつ、川田シェフの料理で欠かせない要素があります。それがシェフをして「一生かけて追求するテーマ」という「和魂漢才」の理念。中華料理の技法を用いて、和の心を表現する。言葉にするとシンプルですが、これは単に、日本の食材で中華料理を仕立てるだけではありません。その土地独自の歴史や文化を深く知り、それを持てる技術を活かして表現する。つまり土地と食材への深い理解と、それを形にする技術があってはじめて実現することなのです。

そして川田シェフは、国東の岩を集めました。この地は古くから独自の山岳信仰が花開いた土地。地域の各所に石仏が鎮座し、人々は石や岩に特別な思いを抱きながら生きているのです。そんな神聖で、身近な岩を料理に使用する。そしてその岩と中国福建省の山肌の岩に生えるお茶・岩茶が出合う。そんなストーリーを思い描いたのです。そうしてようやく、料理の完成図が姿を現しました。

まずは国東で集めた岩を熱する。岩に囲まれ、岩とともに生きる国東の歴史を形にした。

岩茶の香りで包み個性的な食材全体をまとめあげ、卓上で蒸し上げることで、立ち上る香りも含めて楽しませた。

蒸し時間は1分程度。食材の持ち味を残しつつ、甘みを引き出す。

大分県国東市個性的な食材たちを、中国茶の香りが結びつける。

ここに来て、冒頭にお伝えした「岩香蒸山海」という料理名も腑に落ちることでしょう。国東の山海の幸を、岩の香りで蒸し上げる料理、というわけです。

乾し椎茸は、中華料理の澄んだスープ・清湯であらかじめ蒸した後、醤油を塗って炭火で焼き上げ、それを野菜や牡蠣、同じく国東で採れたワカメとともに蒸籠に並べる。蒸籠の下に高温で熱した国東の岩を忍ばせ、そこに淹れておいた中国の岩茶をかけて発生する蒸気で、国東の食材たちを蒸し上げる。国東の岩と中国の岩茶の香りを纏うのは、生産者たちの思いが詰まった国東の食材。これが川田シェフの描いた「和魂漢才」の姿なのです。

牡蠣と椎茸は、牡蠣のエキスを加えた醤油で味わい、野菜はお好みで柚子胡椒とともに。牡蠣の甘み、椎茸の旨み、野菜の食感と力強い風味。すべてが明確な個性を放ちながら、それでいてすべてに共通する香りがあるため、全体に一体感があります。適度に食感を残す野菜は、牡蠣と椎茸をまとめあげ、さわやかな後味を残します。

この料理が登場したのは、乾杯の後のコースの3品目。力強い旨みをたたえつつ、どこか透明感のある味わいは、その後に登場する無数の国東の食材たちへの期待も高めました。同時に食材の本質の部分にある持ち味を、テロワールとストーリーとで表現する、という“川田ワールド”の縮図のような存在でもありました。

「大分と国東の情景を表現できたかなと思います」終演後、川田シェフはこの料理をそう振り返りました。その“情景”という言葉こそが、土地に根付く歴史や伝統であり、そこに生きる人々の思いでもあるのでしょう。

国東の山海の幸を中華の技法で仕立てる。「岩香蒸山海」は、まさに「和魂漢才」を象徴する料理となった。

石や岩に特別な思いを抱く国東。そんな神聖で身近な岩を料理に取り入れることで、国東の地域性を表現した。

1982年栃木県生まれ。東京調理師専門学校卒。物心ついた頃から麻婆豆腐等の四川料理が好きで、幼稚園を卒園する頃には既に料理人になる夢を抱く。2000年~2010年麻布長江にて基礎となる技術を身につけ、2008年には副料理長を務める。その後日本食材を活かす技術を学ぶべく「日本料理龍吟」に入社。2011年~2013年の間研鑚を積んだ後、台湾の「祥雲龍吟」の立ち上げに参加、副料理長に就任し2016年に帰国。中国料理の大胆さに、日本料理の滋味や繊細さの表現が加わった独自の技術を習得する。2017年2月「茶禅華」オープン。わずか9カ月でミシュランガイド2つ星を獲得すると言う快挙を成し遂げる。和魂漢才という思想の元、日本の食材を活かした料理の本質を追求し続けている。

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