日々

水無月を食べました。もうすぐ一年の半分がすぎるんだなぁ〜 早いものですね〜

ワインとスイーツのマリアージュでオンリーワンの世界観を魅せる。[WINE & SWEETS tsumons/福岡県福岡市]

福岡県福岡市OVERVIEW

お酒とスイーツのマリアージュを楽しめるお店は、東京をはじめ全国にいくつもあります。けれどその多くは、レストランメニューの一部としてや、あるいはカフェ利用がメインで、ピンポイントでお酒にも合うスイーツを提案している場合がほとんどです。

しかし、福岡県中央区高砂にある『WINE & SWEETS tsumons(つもん)』は、少し、いえ、全くと言っていいほど、それらの世界観とは一線を画します。なぜならこちらのスイーツは、ワインに合う、お酒に合う、ではなく、それら両者がひとつになって初めて、世界が完成するのです。

そんな独自の世界観を創り上げるのは、パティシエールでありソムリエールの香月友紀氏。『ONESTORY』では初の女性シェフのご紹介となります。

彼女が作るスイーツの中でとびきりのスペシャリテは、2014年3月のオープン以来、変わらず「スフレ」です。ふわふわでこんもりと膨らんだ、淡雪のように繊細な口どけの「スフレ」と、香月氏が選ぶワインは、口の中で溶け合い、鼻腔で混じり合い、蜜月を迎えます。

その甘美な世界を求めて、県内はもとより県外、時には噂を聞きつけたフーディーな海外ゲストが足を運ぶ『tsumons』。今回はその魅力と香月氏の素顔を、お伝えしたいと思います。

Data
WINE & SWEETS tsumons

住所:福岡県福岡市 中央区高砂1-21-3 MAP

電話:092-791-8511
http://wine-sweets.com/

ザッツ・エンターテインメント。ようこそ、『tsumons』のスフレ劇場へ。[WINE & SWEETS tsumons/福岡県福岡市]

スフレ登場の瞬間は、思わず感嘆の声を上げてしまうほど。圧倒的な膨らみは衝撃的。

福岡県福岡市一人ひとりのために、その都度時間をかけて焼き上げる。

『WINE & SWEETS tsumons』とその名が示すように、ここはスイーツとともにワインもしくはスピリッツを愉しむお店。紅茶やコーヒーの用意はなく、どちらかといえばバーに近い存在といえます。

供するスイーツは季節替わりで約10種(2018年5月現在)。そのうちの半数を占めるのが、この店のシグネチャースイーツであり、香月友紀氏を語る上で欠かすことのできない「スフレ」です。

全ての「スフレ」は「oven fresh(焼きたて)」で、オーダーを受けてから焼き上がりまでおよそ30分かかります。ゲストの目の前で卵白を泡立て、メレンゲを作るところからスタートするのですが、あまりに自然な流れで香月氏が泡立てを始めるので、カウンターに座る私たちはよほど覗き込まない限り、何かが始まったとは気が付かないほどです。

今回は改めて、その動きをじっくりと観察してみたところ、最初は右手で泡立て始め、次に左手に替えてまた泡立て、その後は約10秒毎に左右の手を替えながら、都合約2分半、ひたすら泡立て続けていました。途中、砂糖を加える時以外は、途切れることなくずっと、です。言葉で約2分半と言えば簡単ですが、一度でも卵白の泡立て経験がある人ならば、それがどれほどキツい作業かは想像がつくのではないでしょうか。

「でも私はですね、メレンゲを作るのが一番好きなんです。落ち着くっていうか……。昔から洗濯機がぐるぐる回っているのを見るのが好きだったので、もしかして攪拌(かくはん)作業は自分にとって精神安定剤みたいなものなのかも(笑)」と、ケラケラと笑いながら博多弁で話す香月氏。実際、泡立てている時は、手に余計な力や負荷はかかっていないのだそうです。ゲストと会話をしながらも、流れるような所作で泡立てを続けられるのも納得です。

彼女の作る「スフレ」は、砂糖の量が控えめ。これはワインやスピリッツなどとの相性を考えると、とてもバランスのいいことなのですが、実際のところ、メレンゲ作りに砂糖は不可欠なのです。多いほど早く泡立ち、膨らみのキープ力も高まります。けれど香月氏は、砂糖には頼りません。目指す味わいとマリアージュのためには、一つひとつ、そして一人ひとりのために、労力を惜しまないのが香月氏なのです。

カシャカシャカシャ……から次第にリズムと音が変化していく。その間約2分半は一瞬たりとも手を休めない。

メレンゲが潰れないようそっと器に移し、オーブンへ。この焼き時間はゲストにも香月氏にとっても、ドキドキの時間だ。

連続でスフレを作ることをなんら厭わない香月氏。「一番楽しいし、好きな時間ですね」と話す。

福岡県福岡市夢ならば醒めないで。まるで魔法にかけられたようなスフレたち。

「スフレ」は、ベーシックなものをはじめ、フレーバーやトッピング違いなど5種ほどの用意があります。この日は、「エクストラ チーズ スフレ」と「きょうのもやしスフレ」を作ってくれることに。

まずチーズは、鹿児島県鹿屋で、2018年の5月より始動したチーズ工房『Kotobuki CHEESE』のモッツァレラを使用。このチーズの開発には、香月氏も関わったといいます。そしてチーズの上には、フランスのスパイス専門店『イズラエル』で購入した、香り高いクミンがたっぷりと振りかけられます。

さて、「スフレ」作りの見せ場は、その焼き上がりです。初めて『tsumons』で「スフレ」を経験する人は皆、「こんなに膨らむの!?」と目を疑うほど。何しろ、ココット(陶製の容器)の倍の高さにまで膨らんで登場するのです。驚きなしには迎えられません。

差し出された柄の長いフォークの先で「ぷすっ」と真ん中を突けば、モッツァレラのミルキーな香りがふんわりと。思わずうっとりしていると……。
「チーズ、すくってみてください。びよ〜んと伸びるので。早く、早く!」と香月氏に急かされました。言われるまますくい上げてみれば、なんとまぁ伸びる伸びる。「スフレ」を食べるだけなのに、なんだか笑いが止まらなくなりました。これはまさに、tsumonsエンターテインメントです。

この「スフレ」に合わせたワインは、日本ワインのドメーヌ・ポンコツ「おやすみなさい」。山梨県産巨峰から造られる微発泡のこのワインと鹿屋のモッツァレラは、どちらも優しく穏やかで、日本人ならではのものづくりの繊細さに溢れています。「スフレ」とワインが、穏やかに抱擁し合うのです。

その次に登場したのは、森のように深い緑が迫り上がった抹茶の「スフレ」。これを、「もやし」にすると香月氏。メニューにも、「もやし」とあります。
「よくお客様に、もやしってあの“もやし”ですか? と目を丸くされるのですが、その反応が楽しくて。正解は“燃やし”、フランベにするんです」と香月氏。

話し切らないうちに、間髪入れずフランベにしたジンとシャルトリューズを、焼き上がった「スフレ」にさっと注ぎます。この瞬間、私たちゲストが「おぉ~」と声を上げるのは当然なのですが、実は香月氏自身が一番楽しそうなのです。まるで子供がいけない遊びをしているような、やんちゃな表情になっているのです。

香月氏は、抹茶という素材を草(=ハーブ)と捉えています。そしてフランベで使ったお酒も薬草香るリキュールとスピリッツ。そこへ合わせるのは、ほんのり青々しさを感じさせる、にごり系の白ワイン、ソーヴィニヨン・ブランです。
「もう、草草草! 草ワールドです」と香月氏。またしても彼女自身が誰よりも嬉々としているのが、印象的なのでした。

チーズの「スフレ」の中でも、モッツァレラを使ったものは特に面白いほど伸びる。日本のチーズと日本のワインは、そのまろやかな相性の虜となる。

フランベの用意をする香月氏。まるで子供が理科の実験室で遊んでいるような表情になっている。

「もやし」はただのパフォーマンスではない。「草」を思わせる八女(やめ)の抹茶の香りを、ハーブリキュールがこれでもかと引き立てる。

福岡県福岡市まじめにもほどがある。スイーツと向き合う姿勢は馬鹿正直。

「スフレ」以外のスイーツは「TODAY'S SWEETS」として、パフェやアイスクリーム、シャーベットなど4、5種の用意があります。しかしこれらも先ほどの「もやし」同様、ネーミングが少し、普通じゃありません。チョコレートアイスクリームのパフェは「ケンタウロス」、ラズベリーのメレンゲとアイスクリームのコンビネーションは「メレンゲ御殿」、スピリッツのジンが香るシャーベットには「ジンジン」……。どれもが実にユニークなのです。

けれど、そんなネーミングセンスとは裏腹に、素材と向き合う姿勢は、恐ろしいほどにまじめで真摯。例えば、アイスクリームに安定剤は不使用。使用する副材料もできる限り、作れるものは全て自分で作るといいます。
「スイーツを作り始めた時から、心の師匠はずっと『オーボンヴュータン』(東京都・尾山台)の河田勝彦シェフでした。パティシエールとして生きていくと決意するきっかけを与えてくれたのも、氏の本。副材料を自分で作ることと、職人である以上は白衣を着るということを、そこから学びました」

修業時代に応募したコンクールの中でも、「第4回 メープルスイーツコンテスト」では金賞を受賞した香月氏。その時の審査委員長が河田氏だったということで、コンクールの勝敗や結果よりも、自分のお菓子を河田氏に食べてもらえるということが、最大の喜びだったとか。思い出すたび、その時の興奮と熱が、全身を駆け巡るのだそうです。

コクと酸味が感じられるチョコレートのアイスクリームはなめらかで軽やか。オリーブを散らしたチップスやベリーが好対照。これに合わせるバニュルスは、フレンチでいうところのソースの感覚。

最近特に気に入りのラム『ドン・パパ』(中央)と、香月氏が愛して止まないドイツのスピリッツ『スティーレ・ミューレ』(左)。

ロックフォールのアイスクリームは『ドン・パパ』とともに(右)。シェーブルのアイスクリームには『スティーレ・ミューレ』のアブサンとブラッド・オレンジの蒸留酒をふりかけていただく。香月氏曰く、『tsumons』4年間の集大成のスイーツに仕上がっている。

Data
WINE & SWEETS tsumons

住所:福岡県福岡市 中央区高砂1-21-3 MAP
電話:092-791-8511
http://wine-sweets.com/

スイーツが持つ魔法に気付いて以来、自分の中の湧き水を止められない。[WINE & SWEETS tsumons/福岡県福岡市]

頭に思い描いたスイーツを形にする時、そしてそこに合わせるワインやスピリッツを考える時、興奮を伴うこともあるという香月氏。

福岡県福岡市『tsumons』の「つ」は、「つよし」の「つ」。

香月友紀氏の心の師匠は、『オーボンヴュータン』のシェフ・河田勝彦氏。では、実際の修業先はどこで、真の師匠はどなたなのでしょうか?

「つよしです。『tsumons』の“つ”は、“つよし”の“つ”、ですから」と、いきなり下の名前で説明されたその「つよし」氏とは、福岡・薬院で創業25年になるチーズケーキとパスタの店『プティ ジュール』を営む岸本 剛氏です。

『tsumons』のスペシャリテのスフレは、この岸本氏から教わったそうです。
「教えとらんったいね、盗んだったいね、香月は。技術職は、盗まんと。教えるもんじゃないけんね」と話す岸本氏。

香月氏など目じゃないほど、「バリバリの博多弁」で語る岸本氏は、この道約50年の大ベテラン。福岡で創業した某有名飲食企業で、長く商品開発や技術革新に携わり牽引してきた、職人の中の職人です。その岸本氏の店にアルバイトとして入った香月氏は、毎日泣きながら厨房で技を習得していったそうです。
「まずは全卵を、ハンドミキサーを使わずに手作業で泡立てることを、ひたすら叩き込まれました。『機械を使わずに全部できれば、どんな状況でもブレずに同じクオリティのものが作れる』と。その教えが今は本当に役立っていて、海外からお仕事を頂いた時に、どんな所でもホイッパーひとつあればスフレを作ることができます」と香月氏は話します。

不器用なのに負けず嫌いという香月氏ですが、この経験があるからこそ、今のクオリティとパフォーマンスが成り立っているのです。
「何人もうちに働きに来よった子はおるけど、続いたのは香月だけ。スフレも、あの味を出せるのはこの子だけ。この子にはあんまり言葉はいらんけん。まぁ、頑張り」と、素っ気ない岸本氏。けれど、「他にもう教えることがない」というひと言からは、ふたりの師弟関係の深さを感じ取れました。

師匠の岸本氏と『プティ ジュール』の店内で語らう香月氏。「あまりに自分の全てが出てしまうので、時々社長のことを“お母さん”と呼び間違ってしまうんです(笑)」と香月氏は言います。

香月氏が金賞を受賞した「第4回メープルスイーツコンテスト」の賞状には、岸本氏の愛犬「福ちゃん」の写真が貼られ、店内に飾られている。

福岡県福岡市クリエイティヴの源泉を掘り起こした、もうひとりの存在。

今の『WINE & SWEETS tsumons』を創り上げたのは、香月氏だけではありません。もうひとり、彼女の「世界観」を現実に引き出した立役者がいます。それは、お店の設計を担当した、現『micelle』主宰の片田友樹氏です。
「僕がまだ独立する前、デザイナーの二俣公一さんが主宰する『ケース・リアル』という設計事務所にちょうど入ったばかりの時、香月さんの担当になったんです。変態さんですよね、彼女(笑)」と、面白そうに語る片田氏。

お店を作るにあたり、香月氏からの注文は3つ。「黒×金、シャッター、窓」。これが絶対だったといいます。
「でも、黒×金のリクエストがどうしてもピンと来なくて。どんなことをイメージしているのかをよくよく話し合っていくと、彼女が本当に思い描いている世界は黒ではないなと。なので僕が方向転換をして、現状のグレーベースに落ち着きました。後は、シャッターも窓も、普通に考えるとヘンなことになりそうなパーツを、あえて面白がって形にしていきました。僕は彼女の思いを“翻訳”したまでです」と片田氏は話してくれました。

こうして出来上がった箱(店舗)は、とうとう香月ワールドを開花させたのです。開店中も半開きの金色のスライドシャッター、最小限に絞られたスポットライトに照らし出されるショーケース内の小さなアミューズ、壁面には少々のワインボトル。そして奥には一枚板のカウンターが延びていますが、表からはかろうじて見える程度です。実際のところは、お店に入ってみるまでよくわかりません。

どこから見てもスタイリッシュなのですが、そこで起こることはまるでおとぎの国の出来事のようです。この箱(店舗)は、香月氏の頭の中をリアルに再現した龍宮城であり、『WINE & SWEETS tsumons』の完全なるマリアージュを体感できる、大きな玉手箱なのです。

お店が位置する渡辺通エリアは、マンションが林立する住宅街の一角。店内から金色の光が漏れる『tsumons』は、ひと際異彩を放っている。

道路に面した金色のスライドシャッターは、香月氏の希望を片田氏が形にした。「プラモデルっぽく、遊んだ感じの仕上げにしました」と片田さん。

ショーケースに映し出されるスイーツの多くは、店内で頂くアミューズ。テイクアウトは焼き菓子とワイン(ボトル)のみ。

福岡県福岡市スイーツという魔法で、すべての人を幸福に導きたい。それが自分の使命。

スイーツとお酒の組み合わせ方も然り、そのビジュアルセンスやネーミングにも、なんとも独特な世界観をみせる香月氏。まさに空想の世界に生きる人だなと、話を聞いていると感じます。

幼い頃は人と話すのが苦手で、ほとんど喋らない子供だったといいます。ある時、湧き水の出る所で遊んでいたら、それがとても楽しくて刺激的だったとか。その感覚が、今も身体の奥に残っているのだそうです。
「何かを作ったり、組み合わせを考えたりするのがとにかく好きで。今も、頭の中でこれとこれを組み合わせたらこんな味であんな世界が広がって……! と、いても立ってもいられなくなるんですが、その感覚が、湧き水を見た時ととても近いんです」と香月氏。

ふわふわと浮世離れしているように受け取られがちな彼女の言動ですが、順調に今の職に就くことができたわけではありません。むしろ紆余曲折ばかりだったといいます。法学部に進んだ大学時代、ホームステイ先のテキサス州の家庭は弁護士夫妻で、ためになるだろうと毎日のように法廷に連れて行かれたのだとか。でもそこでの滞在中、ホストファミリーのためにたくさんのお菓子を作り好評を得たことが、「こんなにも喜ばれるんだ」という発見と嬉しさを、彼女にもたらします。

もうひとつ、お菓子以外ではフラワーコーディネイトにも興味を持ち、その道も考えていたそうです。けれど、コンクールでの受賞経験や「つよし」のもとでの修業が、お菓子は人を幸せにするという喜びと使命を、与えてくれたのだといいます。
「何より私自身、お菓子作りが好きですから。思い描いたものを形にするのは、楽しくて仕方がないですね」と香月氏は話します。

フラワーコーディネイトに携わっていたこともあり、壁面のグリーンアレンジメントは自分で仕上げた。水やりが彼女の日課だ。

カウンター正面に広がる大きな窓は、スフレが焼き上がるまでの時間をゲストに心地よく過ごしてもらうために設置。「そして私自身の(緊張の)逃げ場でもあります」と香月氏。

Data
WINE & SWEETS tsumons

住所:福岡県福岡市 中央区高砂1-21-3 MAP
電話:092-791-8511
http://wine-sweets.com/

常に職人であるという矜持を持ち続け、スイーツというフィールドで生きてゆく。[WINE & SWEETS tsumons/福岡県福岡市]

ケータリングやディレクションにも力を入れている香月氏。鹿児島県鹿屋の『Kotobuki CHEESE』ファクトリーのお披露目会場で。

福岡県福岡市<スイーツデザイナー>は、香月友紀氏のもうひとつの顔。

お店で供するスイーツ&ワインの他、香月氏は<スイーツデザイナー>という側面も持ち合わせています。
主な内容は、様々なイベント等におけるケータリングをはじめ、新しいフレーバーのプロデュース、スイーツとドリンクのディレクションなどです。

今回の取材で登場した「エクストラ チーズ スフレ」に使用した鹿児島県鹿屋の『Kotobuki CHEESE』もその一環で、こちらのチーズの開発にあたり、同社の社長とともにフランスのカマンベール村やイタリアのミラノにも、視察へ赴いたそうです。そしてそのファクトリーのお披露目会に立ち会える機会を得たため、私たち取材班も参加させて頂くことになりました。

この『Kotobuki CHEESE』を運営する寿商会は、畜産・水産飼料の販売を行う会社で、数々の飲食店経営も行っています。今回のチーズ工房設立の背景には、自社の飼料を卸している農家さんから、今度はその牛が作り出す牛乳を買い取り、製品にするという取り組みがありました。新しい仕事の仕組みです。

社長の竹中貴志氏は、もともと『tsumons』のお客様だったといいます。店の噂を知人から聞き、初めて足を運んだ時から、その味わいやマリアージュの虜になってしまったのだとか。
「最初は目も合わしてくれんかったですよ(笑)。でも2度、3度と通って、ようやく色々と話をしてくれるようになりまして。こんなに味覚が優れていて、ここまで素材を生かして、それにまた別の何かを合わせて新しいものが作れる人なんて、いないんじゃないですかね。尊敬しています」と竹中氏は、香月氏に心酔しきり。そこで香月氏にチーズ開発のご意見番となってもらい、今回のお披露目会では、チーズを主役にしたスイーツを考えてもらったのだそうです。

『Kotobuki CHEESE』のチーズ職人・景山淳平氏が作るフレッシュ感あふれるチーズの味わいを最大限に引き出したスイーツ。

会場内に香月氏が運んで来ると同時に、多くのゲストが殺到。なかでも写真は、この日一番の自信作『ニューサマーオレンジのゼリー』。リコッタチーズにミントやレモンバームを加えた、美しい大人のスイーツだった。

ワインも香月氏自らサービス。「よかったら合わせてみてください」と数々のスイーツとのマリアージュを多くのゲストに愉しんでいただいた。

福岡県福岡市人に合わせる、ワインに合わせる。デザインや、ソムリエという仕事。

「私にとって<スイーツデザイナー>というお仕事は、素材ありき、人ありきです。お店の仕事と比較すると、スイーツを考える時は普段と同じ感覚なんですが、より“人”に寄り添わせていくので、ソムリエのお仕事に近いですかね。どんな人、国、気候……など、様々な要素を踏まえて、味わいや形、食べやすさなんかも考えて。テーマとなる素材のいい所を見つけて引き出すこのお仕事は、楽しいし、大好きです」と香月氏。そしてこの鹿屋のチーズにも、その「いい所」を見つけられたのだそうです。

「正直、日本のチーズでどこまで美味しいものができるのかと、半信半疑だったんですよ。でも試作品を食べて、イメージが変わりました。いい意味での乳臭さがちゃんと出ていて、しかもフレッシュ感の中にしかない香りもあって。これって、逆に日本のチーズにしかできない繊細な表現かもって思ったら、アイデアがむくむくと湧いてきました」と香月氏は話してくれました。

ソムリエという仕事は、香月氏にとって後付けだったといいます。たまたま機会があってワインの勉強をし始めたら、面白くてハマってしまったのだとか。

今お店で扱うワインの多くは、自然派ワインと呼ばれるナチュラルな造りのものがほとんど。素材を生かすことを追求すれば、そこにたどりつくのはごく普通のことだったのでしょう。でも、理由はそれだけではないそうです。
「ナチュラルなワインはその時々で味わいに波があって、それが難しさでもあるんですが、私にはそれが面白くて。まだまだ飲み頃は先と思っていたものが急に開き始めることもあって。それをお客様にも感じてもらえるように、スイーツとの組み合わせを考えるのが楽しい。いつも同じではない所が魅力です」と、香月氏は言葉を続けます。

自称「ドM」という香月氏。しかし実際のところ、ワインに翻弄されているようでそれを御するスイーツとのマリアージュの瞬間が、最高の快感なのかもしれません。

『Kotobuki CHEESE』のチーズを作るための牛を育てている農家の図師氏(中央)と、寿商会・社長の竹中氏(左)。その乳牛の名前は香月氏が名づけたとか。

建築家の片田友樹氏(中央)もともに農場見学。この人なくしては、今の『tsumons』、そして今の香月氏は存在しなかったかもしれない。

ソムリエの資格取得は、あくまで仕事の流れから。品種云々を識別することよりも、そこから感じ取れる香りや味わい、変化を読み取ってスイーツに合わせていくのが香月氏にとって至福の悦びだ。

福岡県福岡市本物の職人として、愛を持って向き合う。

それにしても、あまたあるスイーツの中から、なぜ「スフレ」だったのでしょう。もちろん修業先の『プティ ジュール』の名物メニューのひとつだったというのもありますが、岸本 剛氏のお店では、チーズケーキだって看板メニューです。
「それはもう、決まっています。お客様が、絶対喜んでくれるからです」と、きっぱり即答してくれた香月氏。揺るぎない思いがあるようです。
「膨らむものって、喜ばれるし、本当に幸せを感じるじゃないですか。あの“スフレ”の膨らみは、もはや愛ですよね。LOVEですよ。それに、“スフレ”作りには本当にどんなささいなことも、全て出てしまうんです。その日の体調や気分など、驚くほどに。だからこそ私は職人として、常に同じクオリティのものを作れるようになりたいし、本当の職人でありたい。ここでしか味わえない最高のマリアージュと、楽しいという気持ちを、感じて頂きたいんです」と香月氏は語ります。

『tsumons』のカウンターで待つ、「スフレ」が焼き上がるまでのおよそ30分は、私たちを夢の国へとワープさせてくれる時間です。絵に描いたような幸福=ふんわりと膨らむ「スフレ」が、誰をも笑顔にしてくれます。でも、あまりに口どけのいい「スフレ」はあっという間に消えてしまうので、おとぎの魔法もすぐに解けてしまうのではないでしょうか……? 

いえ、大丈夫です。何しろここには、選りすぐりの魔法のワインやスピリッツたちが、手ぐすね引いて待っているのですから。

毎日毎日、何回でもメレンゲを立てることは苦ではない。ただひと言「好きですからね」と香月氏。日々是スフレなり。

小さな金色の光が、tsumonsフリークの夜光虫を呼び寄せる。静かな佇まいの中で、スイーツの甘い香りと媚薬のワインが待っている。

Data
WINE & SWEETS tsumons

住所:福岡県福岡市 中央区高砂1-21-3 MAP
電話:092-791-8511
http://wine-sweets.com/