日々
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繰り返される小さなサプライズが、やがて大きな満足に繋がる。[阿讃琴南/香川県仲多度郡]
香川県仲多度郡「小さなお得や満足を、これでもかと積み重ねる」。それがこの宿のおもてなし。
最初にお会いした時、支配人の山口氏は「不便な場所にあることが魅力」と笑いました。それは人里を離れることで、身の回りの小さなことに改めて目を向けることができるから。そしてこうも言いました。「不便ではあっても、不満はあってはいけない」。その言葉通り、2日間滞在してみて、確かに心地よい満足感に包まれました。その理由を振り返ってみると、随所に小さな驚きが、無数に隠されていたことに気づきます。ジェットコースターのような、インパクトある驚きではありません。ひとつひとつは、ほんの些細なサプライズ。その積み重ねが、やがて大きな満足に繋がるのです。
たとえば温泉から上がってみると、置かれた冷蔵ケースの横に「18時までアイスキャンディー無料」の文字。冷たいアイスキャンディーが、風呂上がりの火照った体に気持ちよく染み込みます。
客室には、話題のカプセル式コーヒーマシンが備えられていました。無論、こちらも無料。ソファやデッキでくつろぎながら、好きなだけコーヒーが楽しめる。これもまた、小さいけれど確かな満足です。
山歩きに出かけたければ、フロント横で登山靴や雨合羽などのグッズを無料で貸し出ししてくれるサービスも実施。この日は生憎の雨でしたが、夕食前にファミリー揃って登山を楽しむゲストも多いといいます。
21時からは囲炉裏ラウンジで、焼きマシュマロが振る舞われます。これだって温泉宿に必須というサービスではありません。「あればうれしい」という程度の小さなサプライズ。しかしそれが積み重なることで、やがて心は「うれしい」の思いに満たされていくのです。
小さな満足はそればかりではありません。館内用の車椅子はゆったりとした木製。クッションの利いた座面は、長く座っても疲れません。スモーキングエリアは、庭を臨む気持ちの良いガラス張りの一室。「もちろん喫煙をされる方も大切なお客様。気持ちよく過ごして頂きたいですから」と、近年の事情から隠されるように隅に追いやられていることが多い喫煙所を、できるだけ気持ちの良い空間に設えました。
あるいは里山ヒュッテのゲストには「坂道をお歩き頂くことになりますので」と、毎朝の牛乳が届けられます。また、ヒュッテは部屋に露天風呂がない代わりに、60分の貸切露天風呂無料利用が可能。小さな不満を大きな満足に変える心配りです。
香川県仲多度郡影でホテルを支える支配人は、生粋のホテルマンであり、“ホテルの便利屋さん”。
ゲストが積み重ねる小さな満足には、スタッフの存在も欠かせません。それを支える支配人の山口氏は、プロフェッショナルのホテルマン。新卒で『リーガロイヤルホテル』グループに入り、フランス料理部門のマネージャーも経験。その後は鉄道系ホテルブランドの開業にも携わり、ここ『阿讃琴南』の支配人に就任。ホテル一筋30年。黒子のようにゲストの影に控え、言葉にするより前にその要望を汲み取る、生粋のホテルマンです。
そのプロフェッショナルぶりは、日々の仕事を見ていると伝わります。たとえばある日の支配人はこんな感じ。
朝一番に出勤すると、まずは施設の点検も兼ねて館内すべてを歩いてまわります。次にレストランで朝食の手伝いをし、売店のチェックをし、それから書類仕事をした後、チェックアウトのお客様のお見送り。午後一番にミーティングで、その日のお客様の情報を共有し、続いて部屋のメンテナンスの対応。電球の交換程度なら、支配人自らがやってしまいます。そろそろお客様がやってくる頃。にこやかに出迎え、館内のを案内したら、お次は夕飯の準備。休む間もありません。
お客様からの質問や世間話によどみなく答えるのは「空き時間はすべて読書です」という実益を兼ねた趣味の賜物。フランス料理部門の経験を活かし、センス抜群のワインのラインナップも、すべて支配人のセレクトです。このホテルの申し子のような支配人の存在が、求心力となりスタッフ全員のモチベーションとなっているのです。そして満足感の高い滞在は、そんなスタッフのサービスにより支えられているのです。
香川県仲多度郡スタッフの多くは業界未経験。だから教えるのはルールではなく、おもてなしの心。
支配人だけではなく、他のスタッフたちも皆、気持ち良い滞在に欠かせぬ存在。しかも形式的ではなく、どこか温かみのある心のこもったサービスが印象に残ります。そんな点を支配人に尋ねると、予想外の言葉が返ってきました。
「実は当館のスタッフでホテル業界経験者は、私とマネージャーだけなんです」
そう、宿を支えるスタッフの多くは、2017年の開業にあたり新たに募集した方々。異業種からの転職や新社会人、外国人留学生の姿もあります。その全員が、それぞれ自覚を持って、心尽くしのサービスでもてなすのです。
「たとえばコーヒーをお出しする順番や、テーブルでどなたの前に伝票を置けば良いのか。これはホテルマンの経験から自然とわかることです。レディファーストや年功序列だけではない、勘のようなものも必要。教えてわかるものではありません」
そう話す支配人。ホテルのゲストは10人居れば10通りの接客が必要。それを身につけるためには、長い業界経験を要するというわけです。しかし宿はオープンしています。お客様は待ってはくれません。
「ですからマニュアルを覚える、という接客ではなく、より根本的な“おもてなしの気持ち”を共有することにしたのです」
つまりパターン化して機械的に対応するのではなく、ただ相手のことを思い、気持ちよく過ごしてもらうことを願う。それを形にしたサービスを徹底したというわけです。
宿の外観を撮影している間、雨の中、傘を持って待っていてくれたスタッフがいました。方言の残る言葉で、地元の歴史を教えてくれたスタッフもいました。「こうしなさい」と言われたサービスではなく、「こうしたら喜ぶだろう」と思うサービス。それがこの宿の魅力を形作っていることは疑いようもありません。
Data
阿讃琴南
住所: 〒766-0204 香川県仲多度郡まんのう町勝浦1 MAP
電話: 0877-84-2611
https://www.asankotonami.com/
その佇まいは絢爛ではなく、優雅。穏やかな木の香りに包まれる温泉宿。[阿讃琴南/香川県仲多度郡]
香川県仲多度郡激しい雨さえもプラスに変える、豊かな緑が茂る場所。
高松空港から車に乗って南へ。町並みはすぐに木々に取って代わり、まるで山の中に分け入って行く感覚になります。時間にすれば、わずか30分ばかり。それでも「遠くまで来た」という印象があるのは、この山景色の影響でしょうか。人の気配もまばらな山間。この辺鄙な場所に『阿讃琴南』はあります。
訪れたのは5月の初旬。天気は雨。それもしとしと煙るような雨ではなく、叩きつけるような激しい雨足です。天気は旅の印象を大きく左右するもの。この雨は宿にマイナスの印象を与えてしまうのか、それとも天気などものともしない魅力を、宿自体が備えているのか。やがて到着した『阿讃琴南』は、すぐさまその問いに答えてくれました。
「この季節の雨は、緑をいっそう輝かせます」
出迎えてくれた支配人の山口孝博氏は、そう言って笑いました。山懐に抱かれるように建つ宿。見れば周囲の緑は、雨に濡れて青々と輝いています。
「晴れには晴れの、雨には雨の良さがあります。そんな当たり前のことに気づけるのも、こんな山の中ならではでしょう」
この後、館内を歩くごとに雨景色の良さは何度も実感することになるのですが、第一印象で、雨の日ならではの瑞々しい緑が心に残ります。
香川県仲多度郡第一印象は「森」。穏やかな木の香りに包まれる空間。
「山道はたいへんだったでしょう? 不便な場所ですから」
支配人の山口氏は穏やかにそう尋ねます。聞けば近隣にはスーパーもコンビニもなく、病院が開くのも2日に一度。失礼ながら頷くと、山口氏は我が意を得たりとばかりに微笑みます。
「その不便さこそが、当館の魅力なんです」
技術が発展し、生活は便利になる一方の昨今。だからこそ少々の不便さが、身の回りのさまざまなことに改めて目を向けさせてくれる。やがて日常に戻ったとき、この場所の記憶がそれまでの意識に少しの変化を加えてくれる。だからこそ、辺鄙な場所にあることさえも、「この宿の魅力」と言い切れるのです。
もちろん、不便な場所であっても、不満はあってはいけません。この宿で過ごすごとに、その絶妙なさじ加減に唸らされます。まずは順を追ってみてみましょう。
自動ドアを抜けると、そこがロビー。正面には一年通して薪ストーブに火が入れられています。その温もりも含めて、最初の印象は「森」。木を多用したインテリア、大きな窓の外に見えるしっとり濡れた緑、そしてここに来るまでに抜けてきた山道の記憶。それらがすべて作用して、森のなかのロッジのような印象を抱かせるのでしょうか。森の空気さえ感じるような気持ち良い雰囲気にしばし浸ります。入り口右手にフロントがありますが、そこで記帳をする必要はありません。まずは左手のラウンジに腰を落ち着けて、お茶と甘味でひと息。部屋の説明や宿泊手続きも、ここで座ったまま済ませます。
案内を見ると館内には庭園、足湯、セレクトショップ、温泉、ビリヤードが置かれた娯楽室など、気になる場所がいろいろ。さっそく散策してみたいところですが、その前にまずは部屋に行って荷物をおろしましょう。部屋にもまた、多彩な魅力が詰まっています。
香川県仲多度郡ラグジュアリーな客室と、野趣あふれる露天風呂。
全28室の客室は、大別して本館内にある通常の客室と、独立型の里山ヒュッテの2タイプ。本館客室はゆったりと温泉を堪能できる専有露天風呂付きと、気軽に利用できるモデレート客室があります。設えは部屋により異なりますが、どの部屋も10畳以上の余裕があるスペースと、緑を臨む大きな窓は共通。さらにウッドテラスやモダンなソファなど、部屋ごとにくつろぎのスペースが設えられているのも特徴です。
「お部屋内にお気に入りの場所を作っていただきたい」
そんな思いの表れなのでしょう。
一方の里山ヒュッテは、本館横の坂道を辿った先、山の斜面に十分な間隔を取って点在するコテージ型の客室。2間続きの居室とウッドテラスで構成され、よりいっそう山に抱かれる気分が感じやすい場所です。ウッドテラスでくつろぎ、清流のせせらぎと鳥の声に耳を澄ます。宿泊者だけに許される、なんとも贅沢な時間の使い方です。
どの部屋もラグジュアリーで、いつまでもくつろいでいたくなりますが、ここは温泉宿。風呂も忘れてはなりません。河畔風呂「せせらぎ」に足を運んでみましょう。
まず印象的なのは、河畔風呂の名の通り、川沿いに作られた岩風呂。清流と滝を借景にした、野趣あふれる露天風呂です。隣にはタイル張りの露天風呂も。こちらには深さ100cmの深湯や寝湯などもあり、好みのスタイルで湯を満喫できます。湯船に満たされるのは無色無臭でありながらしっとりと肌に馴染むアルカリ泉。夏場で39度程度というぬるめの温度に保たれているのも、ゆったりくつろいでもらうための心配りです。
ダイジェストで見てきた館内。どこも正統派の温泉宿でありながら、どこかに人の“思いやり”が潜んでいます。できたばかりの近代的な施設でありながら、無機質にならず、ほっと安らげるのは、周囲を包む木々の息吹と、そんな心遣いの帰結なのでしょう。
Data
阿讃琴南
住所: 〒766-0204 香川県仲多度郡まんのう町勝浦1 MAP
電話: 0877-84-2611
https://www.asankotonami.com/
舞台は山間の正統派温泉宿。滞在するほどにその魅力にはまる、小さなサプライズの連続。[阿讃琴南/香川県仲多度郡]
香川県仲多度郡OVERVIEW
高松空港から車で30分ほど。山道を抜けた先の静かな山間に『阿讃琴南(あさんことなみ)』はあります。決して便利な場所ではありませんが、そこには温泉があり、ラグジュアリーな客室があり、レストランがあり、カラオケを備えた娯楽室があり、そして豊かな自然があります。誤解を恐れずに言うならば、ここはお手本のような温泉宿。誰しもが想像する、いわば“スタンダード”な施設です。
ならばその魅力も想像の範囲内かと思えば、そうではありません。一見、普通と思える施設。しかし、やがてゲストは気づくのです。客室の家具ひとつ、コーヒーメーカーひとつとっても見えてくる、細やかな心配りとこだわり。そして何度も繰り返される小さなサプライズ。だから滞在するほどに、誰もがこの宿の魅力に惹かれていくのです。そして、その施設にさらなる魅力を添える、スタッフひとりひとりにまで浸透したおもてなしの心。それらに触れるうち、ゲストは再訪の思いを強くします。
普通だなんてとんでもない。想像した施設をすべて備え、さらにそこに素晴らしいサービスが加わる。『阿讃琴南』こそは、日本人の誰しもが「戻ってきたい」と思うような温泉宿の完成形なのです。
Data
阿讃琴南
住所: 〒766-0204 香川県仲多度郡まんのう町勝浦1 MAP
電話: 0877-84-2611
https://www.asankotonami.com/
素朴であっても地味ではない。京料理をベースに温泉旅館の発想を加えた、独自の里山料理。[阿讃琴南/香川県仲多度郡]
香川県仲多度郡料亭からキャリアを開始した腕利きの料理長。
「ゆったり楽しんでくれたらいいですよ。懐石料理じゃないですから」
料理長・石田健二氏は一見、いかにも“頑固一徹な料理人”という顔つき。恐る恐る話を聞くと、先の言葉が返ってきました。自身の料理を「素朴な里山料理」という石田氏。山に囲まれた近隣の食材は、たしかに素朴な印象。しかし料理自体は、華やかささえ感じさせる豪勢な品々。つまり食材と料理との間、技術や発想の部分に華やかさがあるのでしょう。だから料理の詳細を聞く前に、まずは料理長について尋ねてみました。
石田氏は昭和37年、淡路島生まれ。高校を卒業するとすぐに料理の世界に飛び込み、まずは京都の名料亭『下鴨茶寮』で修業を開始しました。そこから関西の店をいくつか経て、次に入ったのは兵庫県の塩田温泉にある名門旅館『夢乃井』。ここで温泉宿の料理を学び、技術の幅を広げてきたといいます。その後、淡路で名の知れた国際ホテルを経て『ホテルニュー淡路』グループに入社、2017年『阿讃琴南』の開業と同時に料理長に就任します。
京料理からスタートし、旅館の懐石を学び、ホテルの厨房も経験。そんな道をたどってきたからこそ「今までやってきたことの応用であり、集大成」として、この里山料理が生みだされるのです。「魚は川魚。それに山菜や野菜。伊勢海老や雲丹を出すわけにいきませんからね。どうしても地味になってしまう。あとは工夫です」さらりと言ってのける石田氏ですが、その“工夫”の数々には、きっと誰もが驚かされることでしょう。
香川県仲多度郡味の基本は香川の食材に共通する、透明感ある脂。
「香川はオリーブの産地ですから、油の質が高いんです」
それが石田氏の、地元食材への印象。オリーブオイルはもちろん、オリーブで育てる豚やコーチン、サーモンも、脂の質が良くなっているのだといいます。そしてその透明感あるおいしさが、里山料理に輝きを加えます。たとえば美しく盛られた前菜には、オリーブオイルで焼いた油揚げに鯛味噌をのせたカナッペ風の一品も見られます。あるいはスモークサーモンは、上質な燻香のなかから爽やかな旨みが立ち上がります。見た目の華やかさ以上に、複雑で重層的な味わいが広がります。
山から切り出してきた竹筒で焼き上げるオリーブ豚の竹筒焼きも印象的な一皿。ほのかに移る竹の香りが、オリーブ豚のピュアな脂をいっそう爽やかな味わいに仕上げます。一方、オリーブ牛は、石焼きに。遠赤効果でじっくりと火を通し内部の脂を溶かし出すことで、こちらは噛むごとに溢れる旨みの印象が先立ちます。素材を知り、それを活かす術を知る料理長ならではの技。これを「工夫」の一言で済ませてしまうあたりにも、料理人としての矜持が垣間見えます。
香川県仲多度郡メイン料理は夏でも鍋。和食料理人の粋を集めた技アリのスープが光る。
メイン料理は一年通して鍋。これも「夕食のひとときを、賑やかで楽しい時間に」という心遣いです。取材時は、コラーゲン豆乳鍋。鶏白湯と豆乳を合わせ、香川の白味噌で味を調えたスープで、讃岐コーチンや地元の野菜を味わいます。
特筆すべきは、30リットルが半分になるまで炊くというこのスープ。口に含んだ瞬間に濃厚なパンチがあるわけではないのですが、そこからじわりと旨みが広がり、長い余韻を残す。出汁という和食の基本を知る料理長だからこそ、素材が鶏に変わってもその魅力を引き出す術を知るのでしょう。「塩分ではなく、旨みでインパクトを生む」という信念も、このスープに込められているようです。ちなみに他の季節には胡麻ポン酢鍋、すき焼き、酒粕鍋などが登場するとか。この料理長のことですから、きっとその名前以上のインパクトを持つ鍋となっていることでしょう。
コースの終盤、鍋と共に登場するご飯も印象深い一品。使用するのは地元で採れた琴南米。標高が高い場所で育てられるため虫がつきにくく、結果、低農薬で栽培できるという安心の米。これをゲストの食事のタイミングに合わせて釜で炊き上げます。その艷やかな見た目通り、ふっくらとした食感と上質な甘みがあるこのご飯、コースのなかの隠れた主役とさえいえそうです。
山里の幸をふんだんに使い、そこにひと手間、ひと工夫を加えることで華やかに仕立てた全10品の膳。随所に潜む心遣いに、最初に「ただ楽しめばいい」といった料理長の真意が改めて見えてくるようです。宿の食事は、団欒の時間でもある。そんな事実を再確認させてくれる心尽くしの品々でした。
Data
阿讃琴南
住所: 〒766-0204 香川県仲多度郡まんのう町勝浦1 MAP
電話: 0877-84-2611
https://www.asankotonami.com/