日々

一日中糊置きをしていると時が止まってしまったように感じる つまり 果てしなく 長いのです 笑

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「世界のベストレストラン50」13位。エンリケ・オルベラ氏のポップアップレストランへ。[マンダリン オリエンタル 東京/東京都中央区]

温かくやさしいまなざし、ゆったりと落ち着いた物腰が印象的なエンリケ・オルベラシェフ。

東京都中央区世界的メキシカンファインダイングが繰り広げた贅沢な4日間。

2018年6月、バスクにて発表されたばかりの「世界のベストレストラン50」。日本から17位『傳』、22位『NARISAWA』、41位『龍吟』の3店がラインクインしたことは記憶に新しいところでしょう。
今回、お届けする話題は、その「世界のベストレストラン50」において13位を獲得した『プジョル(Pujol)』のエンリケ・オルベラシェフによる日本初のイベントです。世界を代表するメキシカンファインダイニングの実力を堪能あれ!

伝統に培われた豊かな料理文化と、精緻な味わいの構成――メキシコの伝統料理は、ユネスコの「食の無形文化遺産」に、和食より3年早い2010年に登録されました。エンリケ・オルベラシェフは、そんなメキシコ料理の奥深さを世界中に知らしめたシェフの一人です。アメリカの有名な調理師科学校を卒業後、首都メキシコシティにファインダイニングレストラン『プジョル(Pujol)』を立ち上げたのは2000年のこと。以来、伝統をバージョンアップさせるその卓越したセンスに世界中のフーディー達が注目し、2011年以降は「世界のベストレストラン50」に毎年ランクイン。2018年6月には13位に選出されています(※)。現在はメキシコに多数(『Eno』など)、ニューヨークに2店(『Cosme』、『Atla』)のレストランを展開し、今年末から年始の予定でLAにも新店をオープンすることを発表。その人気はとどまることを知らないようです。

そのオルベラシェフを迎え、去る2018年5月15日(火)~18日(金)の4日間、『マンダリン オリエンタル 東京』において『プジョル』の期間限定ポップアップイベントが開催されました。大の日本好きで頻繁に来日するオルべラシェフですが、意外にもイベントは初体験。日本がはじめて体験した、メキシカンファインダイニングの世界をご紹介します。

※ラテンアメリカ版である「ラテンアメリカのベストレストラン50」のリストでは、2013年のスタート時からずっと一桁代の順位をキープ。

封蝉(シーリングワックス)の上に「Pujol」の頭文字Pをあしらったスタンプを。ミニマルながら印象深い演出のメニュー表。

メキシコ料理にとって大切な食材、コーンの外皮(ハスク)を乾燥させた「紙」で折った鶴をテーブルのセンターピースに。さりげなくメキシコ×日本を表現している。

東京都中央区伝統的なメキシコ料理をガストロノミーに昇華させる。

イタリアなどと同様に、メキシコは各州によって特徴的な食文化を持つことで知られます。なかでもオルべラシェフがもっとも影響を受けた地域のひとつは、南部・オアハカ州。豊かな海と変化に富む地形を持ち、先住民の伝統文化が色濃く残る、また美食の地としてもよく知られるこの地方の食文化、そして他の様々な文化に感化され、現代(いま)の食べ手に寄りそうテクニックと洗練されたプレゼンテーションを掛け合わせた数々の料理を発表してきました。

たとえばスペシャリテの「熟成させたモーレ・マドレとモーレ・ヌエボ」(写真参照)。ピューレ状のモーレ(ソース)はオアハカ州の名物のひとつですが、プジョルでは甘く香ばしいアンチョなどの乾燥唐辛子、玉ねぎやトマト、ニンニク、ナッツなど50種以上の食材をじっくり煮込んだオリジナルのモーレを二種類重ねて提供しています。色の深いモーレ・マドレは食材を足しながら毎日火を入れ、味の深みを重ねたもので、1500日以上熟成させています。中心には作りたてを流し、二種類の味の対比を楽しませる趣向です。伝統に倣い、毎日キッチンでトウモロコシを挽いて粉にし、都度焼き上げる香り高いトルティーヤもこの皿には欠かせません。

「既存の料理や味わいに新たな価値を与え続けること――それが私の料理哲学なんです」と、オルベラシェフは説明します。

まっすぐに相手の目を見てゆったりと話す。謙虚で穏やか、かつロジカルに言葉を操る様子に知性があふれる。

終始和やかな雰囲気で進んだインタビュー。シェフ二人のあいだの信頼関係が伝わる。

3品目の「帆立貝のトスターダ ハバネロと黒胡麻」。香ばしいコーン生地のトスターダに、やさしい甘みの帆立貝のマリネとサラダを重ねて。ハバネロオイルのスパイシーな刺激がアクセントだ。

メインディッシュの「熟成させたモーレ・マドレとモーレ・ヌエボ」。モーレ・マドレ(母なるモーレ)はコクとうま味たっぷり、複雑ながらバランスの取れた深い味わいで、今回はなんと1580日以上のもの! 会期中、毎日日付が更新されていった。モーレ・ヌエボ(新しいモーレ)のフレッシュな風味との対比が面白い。

6品目、メインの直前に提供された「茄子のタコ オハ・サンタ ひよこ豆とクレソン」。オハ・サンタとは大きな葉。コーン生地のタコと重ねて一緒に丸く抜き、ひよこ豆のピュレ、茄子のソテー、そしてクレソンを載せ、巻いて食べる。

東京都中央区『プジョル』の味と、メキシコ×日本の融合の皿。

オルべラシェフが、初めて日本を訪れたのは2010年。それ以来毎年1~2回はプライベートで来日し、各地の料理を食べ歩いています。
「新鮮な食材が何より大切なこと、魚が食文化のなかでとても重要な位置にあること、酸味の使いかた、軽やかな食後感、、、日本料理はメキシコ、特に太平洋に面した地方の料理と似た点が多いと感じています。だからこそ日本が好きなのかもしれませんね。今回はそんな僕の思いを表現するためにも、肉を使わず魚と野菜だけでコースを構成しました」

今回提供されたコースは、デザート2皿を合わせて全9皿。このうち数皿は、食材も含めプジョルの味そのままを伝える料理です。先に紹介したモーレの皿をはじめ、「茄子のタコ オハ・サンタ ひよこ豆とクレソン」などもそのひとつ。逆に、メキシコ×日本を意識して作った皿も目立ちました。たとえば一皿目の「蕪 デコポン ワームソルト ハーブのワカモレ」では、オリジナルの料理に使うヒカマ(葛芋)をカブに、オレンジをデコポンに置き換え、またデザートの「プルケ酒と酒粕のソルベ 宮崎とメキシコのマンゴー」では両国の食材を巧みに組み合わせるなど、意識的に二つの文化を融合させるチャレンジも。
「これまでの来日機会では料理をする機会がなかったので、今回は本当に楽しかったですね。市場を歩いていろんな食材を試しました」

『マンダリン オリエンタル 東京』の総料理長、ダニエレ カーソン氏のバックグラウンドはイタリア料理。フレンドリーなキャラクターでネットワークも広い。

東京都中央区

常に進化を重ねるために。

マンダリン オリエンタル 東京は、2015年の『ノーマ Noma』(デンマーク・コペンハーゲン)に続いて、昨年は『ガガン Gaggan』(タイ・バンコク)のポップアップイベントを開催。今回の『プジョル』招聘にあたっては、総料理長であるダニエレ・カーソン氏の力が大きかったといいます。
「昨年、オルべラシェフがプライベートで東京を訪れていた際に会い、すっかり意気投合したんです。日本に本当のメキシコ料理を知る人は少ない。ならばぜひうちのホテルでポップアップレストランを、と話をさせていただきました」

それから1年弱、トウモロコシをはじめメキシコ食材の調達は本当に大変だったものの、ホテル側の大きな情熱で困難を乗り越え、今回のイベント開催が実現したのです。
「ダイバーシティ(多様性)」をテーマに掲げ、キッチンを含め積極的に様々な国籍のスタッフを招いてきた同ホテルにとって、世界の最前線のレストランと通じることはごく自然な流れなのでしょう。なかでも一流シェフを招聘するポップアップレストランは、とても意義あるイベントだとカーソン氏は言います。
「日本の料理文化はとても洗練されていて、食べ手の経験値も高い。そんな中で常に進化を重ねるためには、このような機会はとても大切です。レストランのスタッフにとって、世界の一流と接し、ともに働くことは、今後に向けた大きな学びになったと思います」

「我々にとってもいろんな刺激と学びがある。ポップアップはとてもいい機会なんです」とカーソン総料理長。

東京都中央区未知の食文化に通じる窓として。新しい味覚への道しるべとして。

今回、日本に初めて紹介されたメキシカンファインダイニングの世界。今回を体験したゲストが、メキシコの『プジョル』を訪れる日も遠くないかもしれません。未知の食文化に通じる窓として、新しい味覚への道しるべとして、このようなポップアップやコラボレーションなどのイベントが、世界中で大きな役割を果たすようになっているのを感じます。

インタビューの最後に、日本の若い料理人にメッセージはありますか、と聞いてみました。
「ミシュランで三ツ星を取るために、フランス料理でなければいけないという時代は終わりました。日本料理はもちろんですが、どんな料理分野であれ可能性を秘めています。若い料理人の方々には自分のルーツをまず確立し、そして多様性を受け入れるフレキシビリティを持っていただきたいですね」

Data
マンダリン オリエンタル 東京

住所:東京都中央区日本橋室町2-1-1 MAP
電話:03-3270-8800
http://www.mandarinoriental.co.jp/tokyo/
Text:HIROKO SASAKI