忘れ去られた建物に、アートが 「きざし」をもたらす。[BIWAKOビエンナーレ/滋賀県近江八幡市]

メーンビジュアル「淡い陽」(小曽川瑠那)。花をモチーフにしたガラス作品だ。

滋賀県近江八幡市何度も行きたくなる芸術祭。その理由とは?

『BIWAKOビエンナーレ』は9月15日から11月11日までの約2ヵ月間にわたって開催されます。少し期間が長めですが、この芸術祭の特徴は「一度見るだけではもったいない」こと――。日を変え、時間を変えて何度も見たくなる不思議な引力があるのです。それがなぜなのか、この記事で解き明かしていきましょう。

虫籠窓(むしこまど)や「うだつ」が見られる重厚な建物が立ち並ぶ。

滋賀県近江八幡市建築的にも注目を集める街、近江八幡。

まずは滋賀県近江八幡市という場所の説明から。1585年(天正13年)に豊臣秀次によって築かれた城下町で、近世には近江商人が経済を活性化させて発展しました。碁盤の目状に整備された街には八幡堀が巡らされ、水運に恵まれ商業都市として栄えた当時の風情がそのまま残されています。新町通り、永原町通り、八幡堀沿いには築150年を超える豪商の旧家や商家が今なお立ち並び、国の重要伝統的建造物保存地域にも指定されています。

八幡堀沿いの「旧市街」と呼ばれるエリアは駅から少し離れている。

滋賀県近江八幡市歴史的に貴重な建物が、どんどん失われていった。

近江八幡の建築物は全国的にも珍しい造りだといわれます。屋根に防火用の壁である「うだつ」を上げ、虫籠窓(むしこまど)からは涼やかな風が入る町家。建物の中は柱を表面に見せた真壁造りです。また酒蔵には酒造りに必要な室や蔵があり、迷路のような構造になっています。2階から荷物を下ろすため吹き抜けになった倉庫もあります。しかしそういった建物は、持ち主の高齢化などにより維持が難しく、壊されて近代建築や駐車場に変わったり、荒れ果てたまま放置されたりするように。そうして、かつての古い商家が立ち並ぶ景観が失われていきました。

2016年の作品「幻視」(池原悠太)。アクリルの透明シートで幻想的な世界を表現。

滋賀県近江八幡市古いもの――海外では守られ、日本では壊される。

そんな現状を打開しようと声を上げたのは大津市出身の中田洋子氏。大学卒業後、約20年間にわたって海外で芸術創作活動をしたのち、フランスに在住。展覧会のキュレーターなどとして、アートを通じた国際交流活動に取り組んでいます。中田氏は自分の住むパリを含め欧米では古い建物を残す運動が盛んなのに対し、日本では自分たちの手で古い建物を壊すことを悲しく思い、故郷である滋賀県の景観の劣化を食い止めようと決意。この近江八幡ならではの建築を生かしたアートの祭典を開き、美しい街並みを後世に残そうと計画しました。

6月に都内の【ここ滋賀】で行われたプレス発表会。右から3番目が中田氏。

滋賀県近江八幡市「あの人ら、ボロボロの家綺麗にしてくれはるらしいで」。

しかし古い建物を保存することには様々な壁があります。高齢化による維持不能や人が住まないことによる廃墟化など、クリアしなければならない問題が山積みです。そこで中田氏は「NPO法人エナジーフィールド」を立ち上げ、日本各地から有志を募って、まず建物を清掃するプロジェクトをスタート。もちろん最初は地元の人々に受け入れられず、「このお化け屋敷を使って何がしたいんや」と訝(いぶか)しがられたといいます。しかし中には「面白そう」と建物を使わせてくれる人もいて、そこを掃除してアーティストの手で見違えるような空間になるのを目の当たりにすると、住民の見方もしだいに変わってきました。2001年の大津での初開催を経て、2004年には近江八幡で古い町家を現代アートと融合させたビエンナーレを成功させました。回を重ねるうちに「うちも使って」と名乗りを上げてくれる人も現れ、アーティスト数も会場も来場者も増えていったといいます。

長谷川早由氏の水墨画は、山の中で墨を磨(す)るところから始まるという。

滋賀県近江八幡市「中田イズム」に賛同したアーティストが続々と。

そうして2018年の今回、アーティストは77組、うち20組がスウェーデン、フィリピン、ポーランドなど海外から参加。8月頃から街中に作家が滞在制作し、近江八幡がインターナショナルな空気とアートで彩られます。会場は元酒蔵や醤油のもろみ蔵など12ヵ所です。榎 忠氏が元酒工場の空間に約8tの薬莢(やっきょう)で作品を演出したり、江頭 誠氏が日本間に毛布だけのオブジェを作ったりと、著名アーティストから若手まで、多彩な作家による個性豊かな表現が繰り広げられます。『プレBIWAKOビエンナーレ』もマニラとパリで開かれるなど、日本を飛び出して展開されています。

花柄の毛布で日本間をシュールな空間に仕立てた「お花畑」(江頭 誠)。

滋賀県近江八幡市古い建物は、そこに入る光すら芸術になる。

何より見所は、この作品全てが「空間ありきの展示」だということです。蔵の壁の破れ目から差し込む朝の光、虫籠窓(むしこまど)から注ぐ木漏れ日、ヒグラシの声とともに下りる薄闇。「午後の光じゃないと見られない表情もある。晴れの日と曇りの日ではまた表情が違う。日を変え、時間を変えて見てほしい」と中田氏。自身も、「あの作品はこの時間が一番綺麗なんや!」と言って、会場を走り回って見に行くそうです。つまり、シチュエーションによって作品の美しさが変わるのです。冒頭で「何度も見たくなる芸術祭」と称したのは、そんな意味からです。
中田氏をはじめ、運営メンバーやアーティストは皆エネルギッシュで和気あいあいとした雰囲気。1日からでも参加できる「サポーター」も募集しています。町家や蔵、工場を清掃しながら、アートを通じて国際交流――。そんな形でこの芸術祭に関わるのも、少し面白そうですね。

「薬莢/Cartridge」(榎 忠)2012年 兵庫県立美術館。撮影:豊永政史(SANDWICH GRAPHIC) ©Chu Enoki。

時空間造形作家の田中真聡氏は、有機的に動くオブジェ作品について記者会で語った。

球体に入ると、自分の「動き」が可視化される作品について説明する田中誠人氏。

開催期間:2018年09月15日(土)~11月11日(日)
開場時間:10:00~17:00
休場日:火曜定休
開催場所:滋賀県近江八幡旧市街 MAP
料金:会場パスポート料金
一般2,200円【前売2,000円】、学生(大学生・専門学校生・高校生)1,500円【前売1,300円】、中学生以下無料
写真提供:NPO法人エナジーフィールド
https://energyfield.org/biwakobiennale/