決して主役にはなれないけれど。料理の名脇役を育てて、伝える。[和田農園/大分県竹田市]

大分県は全国でも約9割をシェアしているカボスの特産地。8月のお盆過ぎに収穫の最盛期を迎える。

和田農園歴史は浅いが大分を代表する特産物「カボス」。

大分県の南西部に位置する竹田市。豊かな自然と名水に恵まれた地は西日本有数の高原野菜の産地として知られ、さらに全国でもトップクラスの生産出荷量を誇るカボスやシイタケなど様々な産品が生産されています。農業生産額は県内1位の年間約200億円。ちいさな町から生まれた知られざる産品を、これからシリーズでご紹介します。

爽やかな香りとまろやかな酸味を備えた、青々と瑞々しい果実「カボス」。日本一の生産量を誇る大分県の中でも朝晩の寒暖差が大きい竹田市は、味も香りも色味も良質なカボスが生育しやすく、主要な産地として知られています。

竹田市でカボス栽培が本格的に始まったのは、約50年前。昭和45年頃の米の減反政策がきっかけでした。特産品としての価値が高く、さらに山間部での栽培に向いていることから栽培を始める農家が急増したのです。その中でいち早く生産を始めたのが「竹田市カボス生産出荷組合」の組合長を務める和田久光(ひさみつ)氏でした。農業高校を卒業後、18歳でカボス農家を始めた和田氏。試行錯誤しながら見つけた独自の栽培方法は、今や農家にとってのスタンダードになりました。

以前はタバコの栽培を行っていたと言う畑を使って、露地カボスとハウスカボス、そして原木椎茸の生産を行なっている。

香りも色も良い主要な品種「大分1号」と冬の出荷に向いている貯蔵用の「豊のミドリ」、種が少ない品種「香美の川」の3種を栽培。

和田農園みかんの本をバイブルに、禁断の“剪定”が新たな道を拓く。

和田氏の畑は竹田市の中心部から車で15分ほど離れた、入田小高野地区の台地にあります。朝晩の寒暖差が必要ではあるものの、寒さには弱いカボス。風がよく吹き抜けるこの場所は、冷気が溜まることがなく栽培に最適だと言います。

現在は150アールの畑で年間約40トンを出荷している和田氏ですが、栽培を始めた当初は、師匠はおろか文献さえもありませんでした。そこで参考にしたのがみかんの本。本に書かれていることを参考に毎年失敗と成功を繰り返し、独学で研究を重ねたのです。そして良質なカボスを作るためにたどり着いたのが、当時NGとされていた“夏剪定”でした。

木のエネルギーをたくさん使う花が咲きすぎないように枝を切って調整を行う春剪定は推奨されていたものの、光合成が活発に行われる夏の時期に葉や枝をとるということは、カボスを大きく育たせるためにはタブーだと考えられていました。しかし夏に剪定をしないと葉っぱが重なり合うように生える。するとカボスが病気をしやすいということに気づいたのです。「枝抜きや葉もぎをすると虫がつきにくく、薬もかかりやすい。もっと大事なのはカボス一つひとつに陽を当てて、全ての面をグリーンにすることなんや」。

ひたむきにカボスと向き合って独自の栽培方法を見つけた結果、量と質がアップ。今では春と夏に枝抜きと葉もぎを行う和田氏の方法が主流に変化してきました。

カボスの木の理想の形は台形。容積をどれだけ大きくできるかが要で、剪定によって陽の当たる葉っぱをたくさん作っていくのだと話す。

和田農園誰も知らない「カボス」という果実。

魚やお肉に絞ってかけるほかに、ジュースやお酒、シロップにスイーツなど様々な加工品も登場し、少しずつ認知度が拡大してきているカボスですが、特産品として知られるようになるまでには、先駆者たちの地道な努力がありました。

52年間栽培を続けてきた和田氏が一番苦労したのが、販路だったと言います。北九州の市場まで初めてカボスを売りに行った時には「なんですかこれは」「どげんして食べるんですか」と言われ、無名であることに衝撃を受けました。さらに一口食べた人からは「酸っぱかったけん捨てた」とまで言われることも。そこから和田氏たちは市場に何日も泊まり、売り込みを始めました。スーパーに立ち、ジュースにして紹介したり、料理を作ってカボスをかけて提供したり。手間暇かけた宣伝活動によって、次第に売上は上昇してきたのです。しかし昔は500人いた生産者も、今や140人にまで減少。高齢化が進み後継者不足が深刻化してきています。

酸味の中に甘みと香りのバランスが抜群に良い竹田産のカボス。

大分名物のとり天にも相性抜群のカボス。魚やお肉以外にも味噌汁や揚げ物など何にでも合う。

大分県産カボスの爽やかな風味と甘みを感じられるジュース

和田農園未来へ繋げるために。独占ではなくシェアをする。

和田氏が収穫したカボスは、個人で販売するのではなく、すべて農協に卸しています。そこには「みんなの力で商売やっていかないと」という想いがあるからなのです。
「カボスなんかお金が余った時しか買わんやろ?魚か肉買って、あとカボス買ってとはならんのや。でも売れるのはみんなが手を取って宣伝しよるから。一人じゃなくてみんなで売り出していかんとダメなんよ」。

現在は「竹田市カボス生産出荷組合」の組合長のほか、カボス農家を育てる「かぼす講座」で剪定の講師も務めている和田氏。一人でも多くの人にカボス栽培に関わってもらい、みんなの力でカボスを広めていくために、自身の研究してきたノウハウを惜しみなく伝え続けているのです。

「まずは自分が良いものを作って金取っちみせんとね、若い人とか年取った人も生産意欲がなくなるやん。そんでみんなが儲かるようにせんといけん。それが自分の儲けに繋がるんよ」。

先駆者として次の世代へと繋げて行くために、和田氏は日々奮闘を続けています。
いよいよ出荷が始まる夏の時期。地域が総力をあげて育てた「主役にはなれない名脇役」が、今年も食卓を彩ります。

剪定のプロフェッショナルとして、カボス農家を始めようとする人たちにノウハウを伝授し続けています。

露地だけでなくハウス栽培と貯蔵庫を駆使して、現在は1年間を通して供給できるようになったカボス。

住所:〒878-0026 大分県竹田市飛田川2095–1 MAP
電話:0974-63-2343