生地そのものがデザインになる。伝統が最先端を奏でる。[小倉 縞縞 KOKURA SHIMA SHIMA/福岡県北九州市]
小倉 縞縞一度は途絶えた伝統技術を、染織家の情熱が蘇らせた。
平面の写真からでもその風合いが伝わってくるかのような、なんとも繊細な縞模様の布地。
これは、江戸初期から豊前小倉藩(現在の福岡県北九州市)で袴(はかま)や帯などとして織られていた『小倉織(こくらおり)』を、現代のセンスと技術で復元・再生したブランド『小倉 縞縞 KOKURA SHIMA SHIMA』です。
多用した経糸(たていと)が色のリズムを奏でるかのように、立体感あふれるたて縞を描く木綿布。その美しさと心地良さから、かつては日本全国で珍重されていました。
明治時代には、文明開化の波に乗って男子学生服の生地にも採用されました。ですが、非常に手間のかかる製法と熟練の職人技を必要とする工程のため、昭和初期の戦時下に一度は途絶えてしまいました。
それを甦らせたのが、染織家の築城則子(ついき・のりこ)氏です。数十年間忘れ去られていた『小倉織』を、偶然出会った布の断片から復元。2年近くも試行錯誤を繰り返し、その独特の美と製法を再生したのです。(後編はコチラ)
小倉 縞縞わずか10cm四方の端切れとの運命の出会い。
大学で文学を学んでいた築城氏は、能舞台に充ちている色と音の世界に惹かれて染織の道に入りました。そして大学を辞めて紬織(つむぎおり)を学び、勉強のためにと骨董店に通って世界中の布を見ていたところ、今まで見たことのない色合いと、触れたことのない感触の布と出会ったのです。
それは、わずか10cm四方の端切れでした。まさしく、途絶えてしまっていた『小倉織』だったのです。
「普通、織物は触れた時の感触から絹や木綿などといった素材がわかるのですが、それはなめし皮のような不思議な感触で、とても驚きました」と築城氏は振り返ります。
立体感のある縞模様と、それでいて、凹凸を感じさせないなめらかな手触り。普通の木綿はざらりとした素朴な感触ですが、その端切れは木綿とは思えないほどスムーズに肌の上を滑りました。
「しかも、私が生まれ育った小倉が産地だったんです。そこで350年以上も名を馳せながら、生産が途絶えてしまったことも初めて知りました」と築城氏。木綿でありながら絹と見まがうような底光りと、くっきりと冴えた縞。その全てに魅了された築城氏は、「自分の手で創ってみたい!」と一念発起して試作を始めました。
そして2年余りの試行錯誤を経て、1984年に見事に復元。ですが、築城氏が手がけていた草木染めの手織りでは、多くの人に愛用してもらうための量産は困難でした。「使い込んでこそ独特のなめらかな手触りになるのが小倉織の神髄。それを多くの人々に堪能してもらうには、機械化による量産しかない」――そう判断した築城氏は、汎用品としての機械織の研究を始めました。そして2007年に、ついに『小倉 縞縞 KOKURA SHIMA SHIMA』を完成させたのです。
小倉 縞縞「美しい日常」を意識してもらうために、量産化できる機械織にした。
「小倉織を復元するにあたって、特に苦労は感じませんでした」と語る築城氏。小倉織の復元・再生に注ぐ熱い情熱ゆえかもしれませんが、やはりその過程は並大抵ではありませんでした。
まずは当時は誰も作っていなかった織物のため、製法の手がかりとなるのは残存する布だけでした。そこで組織分解などをして、小倉織の組成や工程を研究。中でも一番困難だったのが、経糸(たていと)の色だけが表れる小倉織の仕組みの解明でした。普通の織物は経糸と緯糸(よこいと)が組み合わさった色になりますが、小倉織はなぜか経糸の色だけが表れる。その仕組みを理解して、さらに、美しく織り上げる方法を確立することが大変だったそうです。
最初に出会った小さな端切れの中に凝縮されていた、凛とした縞の美しさ。とても丈夫なのになめらかという、かつて見たことのない特性。それらを量産できるように、築城氏は試行錯誤を重ねました。
そうして確立した製法のプロデュースを請け負ってくれたのは、築城氏の妹の渡部英子(わたなべ・ひでこ)氏が社長を務める有限会社小倉クリエーションでした。糸を先染めしてから織る。その糸による美しい縞のグラデーションと、複雑極まる織りを再現できる機屋(はたや)を探す。非常に困難だったこれらを実現すべく奔走しました。
小倉 縞縞伝統を受け継ぎながら、新しい時代の織物として復元。
『小倉 縞縞 KOKURA SHIMA SHIMA』の美しい縞模様の秘密は、緯糸(よこいと)の3倍もの密度で使われている経糸(たていと)です。木綿らしからぬなめらかな手触りと、丈夫さとしなやかさも、この驚きの密度から生まれています。
普通の織物は経糸1:緯糸1の比率で織られていますが、『小倉 縞縞 KOKURA SHIMA SHIMA』は経糸3:緯糸1の比率。60双(ろくまるそう)という細めの木綿糸を使い、1cm四方に経糸を60本も敷き詰めています。「糸の本数が多い生地はほかにもありますが、それらは糸が柔らかすぎたり、織りあがった生地があまり丈夫でなかったりします。丈夫でなめらかで、かつ、これだけの密度で糸を使用している織物は、あまりありません」と築城氏は語ります。
さらに糸を先染めしているので、美しい縞模様が両面に表れます。片面しか楽しめない織物が多いなか、これも『小倉 縞縞 KOKURA SHIMA SHIMA』ならではの魅力となっています。
小倉 縞縞機械織とは言え簡単ではない。熟練の職人技がそのプロダクトを支える。
そんな『小倉 縞縞 KOKURA SHIMA SHIMA』の実現には、熟練の職人技も欠かせませんでした。
約8,000本強もの糸を、なんと手作業で並べてから織ります。美しい縞を出すために、数本単位でグラデーションに並べていくという途方もなさ。一口に「機械化」と言っても1~2ヶ月かかる気の遠くなるような工程を経て、ようやく生地を織ることができるそうです。
さらに、いざ織り始めても糸が細いため、1時間に1本程度は切れてしまうそうです。これを手直しするのも熟練の職人技。この工程を担当できるようになるまでに、何年もかかるそうです。
また、機械織によって実現したのは量産化だけではありませんでした。手織りでは難しかった「広巾(ひろはば)」も作れるようになり、それをカーテン・クッション・椅子張りなど多彩な用途に拡大。国内外のインテリア業界から高い評価を受けただけでなく、ファッションの分野でも、ほかにはない特性を持った高品質な木綿という点から非常に注目されています。
「手でしかできないことがあり、機械だからこそできることがあり、その双方の結びついた着地点を志高く目指して制作をしていきたいと思っています」と築城氏は語ります。今の時代に即した新たな伝統として、『小倉 縞縞 KOKURA SHIMA SHIMA』は生み出されたのです。
小倉 縞縞美しい縞模様に妥協はない。可能な限り自然な色合いを表現。
そして『小倉 縞縞 KOKURA SHIMA SHIMA』の最大の魅力とも言える美しい縞のグラデーションにも、並々ならぬこだわりが秘められています。元となる築城氏の手織りは天然の染料で染められていますが、機械織りの色も、それに準じて染色職人が調合した染料を使用しています。「機械織りは自然の染料ではありませんが、可能な限り私の作品同様に自然の色に近づけてもらっています」と築城氏。機械化された量産品とはいえ、その色合いも風合いも、驚くほど手仕事の要素を再現しているのです。そうやって生み出された『小倉 縞縞 KOKURA SHIMA SHIMA』は、多彩なグラデーションが独特の美を描いています。
小倉織の技法を継承しながらも、より現代的な汎用品として生まれ変わった『小倉 縞縞 KOKURA SHIMA SHIMA』。その評価は、意外なところから広がっていきます。次回の後編では、インテリアやファッションなどの多方面で注目されながら、世界のクリエイターたちとのコラボレーションを進めていく様を追います。
(後編はコチラ)
有限会社 小倉クリエーション
住所 : 福岡県北九州市小倉北区大手町3-1-107 MAP
電話 : 093-561-0700
営業時間 : 10:00~18:00 (本店)
定休日 : 水曜
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写真提供 : 有限会社 小倉クリエーション