かつてない和紙アイテムで伝統に革新を。[FIVE/富山県南砺市]

世界遺産の合掌造り集落の里・五箇山(ごかやま)に連綿と受け継がれてきた手漉き和紙が、現代のセンスで生まれ変わった。

ファイブ深山の合掌造りの里から伝統産業に新風を吹き込む。 

鮮やかな蛍光色に染められた、メモ帳やブックカバーなどの使いやすいアイテム。「古くさい」「色が地味」「使いづらいアイテムが多い」といった和紙プロダクトのイメージを払拭するブランドです。
この『FIVE』を生み出したのは、富山県と岐阜県の県境にある“一般財団法人 五箇山和紙の里”。豊かな水と緑に恵まれた深山の里で育まれた手漉き和紙の技を、今の暮らしに馴染むアイテムとして展開しています。

『FIVE』をプロデュースした石本泉(いしもと・せん)氏は、富山県の出身でもなければ和紙職人でもありませんでした。一体どんな経緯で五箇山の地に根をおろして、伝統産業の再興に取り組むことになったのでしょうか?(後編はコチラ

既存の和紙の感覚にとらわれない、自由な発想が魅力。機械漉き障子紙の技法を活かした『メモロール(105mm×15M)』。

“五箇山和紙の里”と、隣接する“道の駅たいら”の外観。手漉き和紙にチャレンジできる“和紙体験館”や、和紙の歴史を学べるギャラリーなどを併設。和紙のショップの奥には、手漉き、機械漉きの工房がある。

ファイブ数奇な運命で“理想の地”に移住。 

約10年前。武蔵野美術大学の学生だった石本氏は、大学の合宿施設がある五箇山をふとした縁で訪れることになりました。「大学の木工科で家具を製作していたのですが、その自由課題で『家具以外のものも作ってみよう』と思い立ったんです。そして手漉き和紙を木から作る工程に着目したところ、教授から『越中和紙に数えられる五箇山和紙の発祥地に、大学の合宿施設(五箇山無名舎)があるから行ってみたらどうか?』と勧められ、五箇山を訪れることになったんです」とのこと。

夏休みのレジャー感覚で訪れた石本氏は、初めて見た五箇山の風景にはからずも圧倒されたそうです。
「深い山と谷が延々と連なる、雄大な風景。かつて旅したチベットを思わせる景観に、『日本にもこんな場所があったのか!』と感動しました。和紙を原料の楮(こうぞ)から作るという工程も、全国的に珍しいものでした。そして『ここに住んでみたい!』と強く思うようになり、ご縁を得て“五箇山和紙の里”に就職することになったんです」と振り返ります。

五箇山の風景。アジアの秘境のような山里から、都会的なセンスのアイテムを発信。

合掌造りの家の内部。土間で和紙や塩硝(黒色火薬の原料)をつくり、天井裏で蚕を育てていた。

冬の五箇山。加賀藩の指定生産物だった五箇山和紙は、この雪深い秘境で厳重に守り伝えられてきた。

ファイブ好機を生かして“攻め”の姿勢でチャレンジ。

こうして五箇山に移住して、豊かな自然と理想の風景の中で暮らし始めた石本氏。そんな彼のもとに、ある依頼が舞い込んできました。
「2012年に五箇山がある南砺市から、『地場産業を生かした新商品を開発してください』と依頼されたんです。ですが、そうした補助金事業は成功事例が少ないことを聞いていましたし、ありがちなものを作って終わり、という結果にもしたくありませんでした」。せっかくの機会なのに、後に何も残せなかったらもったいない――そう思った石本氏は、同じ武蔵野美術大学の出身で友人でもあったデザインユニット『minna』に相談を持ちかけたのです。

長谷川哲士氏と角田真祐子氏が主催する『minna』は、伊勢丹・三越・FELLISIMOなどのプロジェクトで名をはせていました。さらに地域おこし関連のプロダクトやイベントまで手がけており、「みんなのために・みんなのことを・みんなでやっていきたい」をモットーにしていました。和紙にまつわるデザインの経験もあった『minna』は、石本氏の依頼を「面白いね」と快諾。そして五箇山までわざわざ足を運び、五箇山の風景や和紙づくりの様子を視察した上で、約1年もの時間をかけて構想を練ってくれました。

「せっかく取り組むのだから、五箇山の和紙を後世にまで残していけるブランドにしたい」――石本氏のそんな想いに応えて、『minna』の二人は検討を続けたのです。

「センスが古風」「普段使いしづらい」といった既存の和紙商品の課題を解消。

バイカラーの色鮮やかなペンケース。水にも強く、しっかりとした強度がある。

ファイブ高い伝統技術はそのままに、時代に即したプロダクトに転換。

ブランド立ち上げの期日は、2013年冬の東京での発表会。それまでに、もともとあった和紙商品の経験を生かしながらも、全く別の新商品を生み出さなくてはなりませんでした。

その軸となるコンセプトが定まるまでには、石本氏も『minna』も非常に悩んだそうです。ですが、既存の和紙製品や和紙産業全体の課題を考慮した結果、「現代のセンスに即したオシャレなプロダクト」「伝統産業に興味のない若者にも魅力的なもの」「普段使いできるアイテム」といった方向性が定まったのです。

「『とにかく今までにない新しいものを!』と考えた末に、自然に囲まれた五箇山の風景の中にキラリと光る色――蛍光色をイメージすることにしました」と石本氏。「そのアイデアは『minna』が提供してくれましたが、『和紙と言えばナチュラル』『和紙アイテムの色と言えば渋い伝統色や中間色』といったイメージから抜け出して、『FIVE』ならではの個性を追求することにしたんです」と振り返ります。

ですが、実際に和紙を蛍光色で染めてみた先例はほとんどなく、実際に作ったという人もまた見当たりませんでした。そこで石本氏は、まずは手探りで試作を始めました。

豪雪地帯ゆえの豊富な雪解け水が、冬の手仕事としての和紙を育んだ。

激しい寒暖の差が、繊維の強い楮(こうぞ)を育てる。それで漉いた五箇山和紙もまた強くしなやかな性質を持つ。

楮のちり取り作業の風景。斬新なアイテムの基盤は連綿と守り伝えられてきた確かな伝統技術にある。

ファイブ和紙×蛍光色の実現はいかに? 

「最初はどうやって蛍光色に染めればいいのかすらわからずに、いろいろ試行錯誤してみたものの、全くうまくいきませんでした。蛍光色の特徴である鮮やかさが出ずに苦心していたところ、ふと『シルクスクリーンでやってみたらどうだろう』というアイデアが浮かんだんです。それを五箇山和紙の伝統である「手揉み」という製法に載せてみたところ、見事に美しい蛍光色に染まってくれました」と石本氏は語ります。

道が開ければ、あとはトントン拍子でした。『五箇山和紙の里』がもともと作っていたアイテムの中から、普段使いに適したものや、若者が手に取りやすいものを厳選。カードケース・ブックカバー・メモロール・封筒(ポチ袋・金封)の5種類の商品が、2013年冬の発表会までに完成しました。

「和紙の産地は全国各地にありますが、五箇山和紙ならではの特長は“強くしなやかなこと”です。標高が高くて寒暖の差が激しいため、原料の楮(こうぞ)の繊維が強く育つんです。それを昔ながらの製法で漉いて、対照的に斬新な蛍光色をのせました。さらに『揉み紙』という製法で強靭にしています。和紙の固定観念を打ち破る、型にはまらない、それでいて、和紙の伝統と可能性を生かした製品になったと自負しています」と石本氏。

長い歴史と高度な技術を誇る伝統工芸でありながら、地元の人々の認知度や、若い世代への訴求力が不足していた五箇山和紙。それを全く新しいプロダクトとして生まれ変わらせて、『FIVE』は完成したのです。
「特に若い世代に『古くさい』と敬遠されていため、若者を第一のターゲットに据えました」と石本氏。次回の後編では、こうして完成した『FIVE』の反響と、その後の展開をお伝えします。(後編はコチラ)

伝統技術を「地元の若者が誇れる商品」として再生。使い込むほどにしなやかな風合いになるブックカバー(文庫本/ A6サイズ)。

斬新なプロダクトを確かな伝統が支える。

住所:富山県南砺市東中江215 MAP
電話:0763-66-2223
営業時間:9:00〜17:00
休日:年末年始
写真提供:一般財団法人 五箇山和紙の里
http://www.five-gokayama.jp/