日本のどこにも似ていない会津。その歴史と魅力を深く感じる。[福島県南会津郡]
アレックス・カー
古民家のオーソリティーとして知られるアレックス・カー氏が、隠れた茅葺き民家を求め冬から初夏にかけて、数度にわたって南会津を訪問。「どの季節に訪れてもそれぞれに違った魅力がありますね」と語ります。自然・歴史・食文化……。国内に限らず旅をすれば、どこででもその土地らしい観光資源としての魅力に出会えるもの。日本を拠点とし、世界を旅して回るアレックス氏の目に映った、南会津の持つポテンシャルについて語って頂きました。
アレックス・カー人知れず茅葺き民家が点在する、南会津。
一連の旅で改めて感じたのは、東北には広く知られていない魅力がまだまだあるということです。ひとえに東北人の気質というのもあるのでしょうが、「自ら自信を持って伝える」ということに長けていないのかもしれません。茅葺古民家の宿場がそのまま残された『大内宿』は知識としては押さえていて、一度訪れたいと思っていたので感動しました。残すべきものを残しつつ観光地としても整っていますし、茅葺伝習施設をご案内頂いた「こめや」の吉村氏をはじめとした皆さんの、古民家継承も見えない所で大変な努力をされていることが伝わってきました。
今回とにかく驚いたのは、会津各地にトタンは被せられていても茅葺き屋根の民家そのものがたくさん残っているということです。家1戸の規模は関西より大きくて、曲家も雪国特有のもので珍しいのです。古民家の集積地として知られた『大内宿』だけでなく、『前沢集落』や『水引集落』など、あまり知られていないけれども見応えのある茅葺き屋根集落も少なくなく、旧本陣を中心にした『糸沢集落』の佇まいも個人的に好きになりました。
アレックス・カー古民家を更に美しく見せる広葉樹の山々も魅力のひとつ。
また、会津は周辺の山々が漆器の原材料である「木地」の供給地であるためか、暮らしの場に近い里山から奥山にいたるまで広葉樹林が多く、国内のどこと比べても常緑樹の杉が比較的少ないことが風景として優れていると感じました。春の萌えから樹種によって濃淡の違う夏の緑、そして秋の紅葉の美しさは言うまでもないでしょう。山肌に積もった雪の白が引き立てる、冬の落葉の枝ぶりも見逃してはなりません。その山々を背景とした民家集落が、広い範囲に点在しているのが魅力なのです。
特に『前沢集落』は手前を川が流れ、田畑が広がった先に曲家の家々が点在しています。日本の田園風景が山裾に小ぢんまりとしており、まるで桃源郷のようです。整然と並ぶ『大内宿』とは違う魅力があるので、合わせて訪れてほしい場所。これから人口減少が進み、ますます保存への課題は増えていくばかりですが、持ち主が年2、3回様子を見に来る「半空き家」の活用が増えていくといいですね。
アレックス・カー住んでいるからこそ伝えられる「茅葺民家」の魅力。
茅葺きの民家の魅力は、古民家全体にいえることですが、太い柱や梁、煤竹、土壁など自然素材を使っていること。特に煤で真っ黒になった梁の荘厳さは神秘的ですらあります。家全体を風が吹き抜けるオープンさも現代の住宅にはない魅力です。実際に暮らしているからこそわかることですが、茅は自然の省エネルギーシステムとして優れており、冬は断熱効果が高く、夏は積み重なった茅の間の水分が太陽光で蒸発することで気化して涼しくなります。何より人の心に与える温かみは抜群でしょう。
日本での茅葺民家は「近世のお百姓さんの家」という印象が強いのかもしれませんが、イギリスでいえばコッツウォルズにあるような草葺屋根の住宅は、銀行家などサラリーマンが「住みたい」と思って転居してくる、憧れの住まいなのです。
また、伝統的で扱いにくい建物と思われていることも多いのですが、デンマークやオランダの建築家は、ガラスや鉄骨と組み合わせるなどの新しい発想で、草葺屋根に挑戦しています。葦や茅は厚みを持たせて積み重ねるとまるで彫刻するように造形できる自由さが魅力なのです。実際の建築例も面白い形の屋根が多いですね。もちろん、一から造るのではなくて今あるものに手を加えていくことも大切です。
アレックス・カー観光の流れはこれからもっと変わる。
今の日本の観光は「道の駅」など、完成した施設に遊びに行くのがメインですが、前編にもあったように「何もない所へ行きたい」というアドベンチャー魂により「本物の素晴らしさに触れること」へと移っていくでしょう。むしろ海外からの観光客の方が先に、地方へと広がりつつあるのです。日本も「モノ消費からコト消費」へとシフトしていますが、その「本物」を、胸を張ってきちんと説明できることも、地域の課題のひとつになっていきます。
これまで私が訪れたアドベンチャー魂をかきたてる魅力溢れる場所については、色々なメディアで随時発信しています。今後南会津についても書いていきたいと考えています。2年後には『ニッポン巡礼』という本を上梓する予定でいます。それまでにもっと、南会津を巡り新たな発見ができれば幸いです。
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1952 年生まれ。イエール大学で日本学を専攻。東洋文化研究家、作家。現在は京都府亀岡市の矢田天満宮境内に移築された400 年前の尼寺を改修して住居とし、そこを拠点に国内を回り、昔の美しさが残る景観を観光に役立てるためのプロデュースを行っている。著書に『美しき日本の残像』(新潮社)、『犬と鬼』(講談社)など。