日本の伝統技術を世界で評価されるブランドに。[suzusan/愛知県名古屋市]
スズサン受け継いだ伝統を未来に残していくために。
独特の白抜き紋様と、それに絶妙なアクセントを加える表情豊かな「絞り」。これは愛知県名古屋市の有松・鳴海地域で400年以上にわたって受け継がれてきた『有松鳴海絞り』をモダンに転換した、『suzusan』のファブリックです。
『有松鳴海絞り』を受け継ぐ鈴三商店の5代目として生まれた村瀬弘行(むらせ・ひろゆき)氏が、当初はアーティストを目指して渡った欧州の視点でアレンジ。ルームメイトだったクリスティアン・ディーチ氏とドイツで新たに起業して、『有松鳴海絞り』の伝統のプロダクトである浴衣ではなく、「欧州の暮らしの中で生きる日本の伝統工芸」として生まれ変わらせました。
かつては1万人もいたという職人が今では200人以下にまで激減してしまい、存続すら危ぶまれていた『有松鳴海絞り』。それを海外のニーズに沿って再解釈し、完全オリジナルのブランドとして再生させました。
スズサン多彩な伝統技術を背景に世界へ挑戦。
『suzusan』の強みは、『有松鳴海絞り』の100種類以上もの技法を生かした多彩な表情にあります。ストールやニットなどのファッションアイテムを中心に、ブランケットなどのホームファブリックや照明にいたるまで、幅広くラインナップしています。
従来の浴衣という形にとらわれない、それでいて、伝統の染めと絞りの美しさを堪能できるブランド。更に『有松鳴海絞り』の複雑な工程を簡略化して、デザインで魅了する手法も考案しました。それでも日本の手仕事は世界的に高い水準にあるため、欧州の市場で十分通用するそうです。
『有松鳴海絞り』の歴史は400年以上と、他の国の染めの産地と比べると新しいそうですが、尾張藩が定めた専売制によって、複雑な分業制が確立されていました。そのため、非常に多彩な技法が今も受け継がれています。
通常はひとつの産地に多くて3つほどしかないという染めの技法が、最盛期の有松にはなんと200種類以上も存在。現在はその半数ほどが後継者不足によって失われてしまいましたが、それでも100種類以上もの技法が残っています。
『suzusan』は、これらの技法を駆使して多種多様な柄を表現。産業としてこれだけの技術が整っている産地は世界でも珍しく、世界で勝負する際に、これらの先人の遺産に支えられていることを強く実感するそうです。
スズサン豊富な技法を生かした大胆な戦略が当たった。
村瀬氏は、「『有松鳴海絞り』の技法をどうやって世界に通用するブランドにしていこうか」と考えた際に、「従来の浴衣では、日本文化の枠から抜け出すことはできない」と思いいたったそうです。その発想を後押ししてくれたのが、当の『有松鳴海絞り』の柔軟性でした。
浴衣などの木綿地を染める技法として発展してきましたが、二次加工のための技術なので、どんな素材にも応用できるのです。そこでカシミアやアルパカなど、高い付加価値を与えられる素材を採用。それらに伝統の絞り染めを施すことで、人の手仕事の温もりを加えて、今の暮らしに生かせるアイテムへと転換したのです。
「“日本”や“伝統”といった型を押しつけずに、『風通しのいいデザイン』をモットーとしています」と村瀬氏。その謙虚さが、『suzusan』の美点や個性となっているのです。
実際、村瀬氏のコンセプトと着眼点は高く評価されました。2012年からはパリ、2014年からはミラノファッションウィークでコレクションを発表し、ヨウジヤマモトをはじめとする多数のブランドとのコラボレーションや、クリスチャン・ディオールなどへの生地の提供を行っています。
スズサン手探りで立ち上げたブランドが、世界の一流ブランドとショップに認められた。
こうして村瀬氏が立ち上げた『suzusan』は、当初こそ売り込みに苦心したものの、世界に名だたるブランドやショップに採用されるようになりました。
留学先のドイツの学生寮で企画して、ボロボロの車にサンプルを詰め込んで、アポイントメントなしでヨーロッパ中を売り歩いた日々。それが10年もの歳月を経て、大きく実を結んだのです。
「当初は展示会に出るお金もなく、電話をかけてもアポイントメントも取れず、そうやって売り込むしか方法がありませんでした。お金も知識もなく、『有松鳴海絞り』の職人も日々廃業していくという最悪の状況でしたが、こんなに大変だと知っていたら挑戦しなかったと思います。今思えば、それがラッキーでしたね」と村瀬氏は振り返ります。
スズサン先の見えない苦労を重ねた日々が、今の『suzusan』を創り上げた。
村瀬氏曰く、「当時は家賃も払えないのに8万円もするストールを売っていたので、本当にしんどかったです。そんな中、ミラノのBiffiというブティックに売り込みに行った際に、『いつかここに僕のブランドが置かれるようになれば、本当に嬉しいです』と話しました。すると、『あなたのブランドを置けるように祈って待ってるわね』と言って頂けたんです。その言葉を励みに頑張り続けたところ、その後Biffiのオーナーがパリの生地展示会に来てくださって、その上オーダーまでしてくださいました。そうして現在は、Biffiに『suzusan』が陳列されています」とのこと。
このBiffiとは、古くはケンゾーやヨウジヤマモト、近年ではステラ・マッカートニーやシモーネ・ロシャなどを見出した、目利き中の目利きです。そんな世界中のファッション関係者が注目する老舗で、2018年、『suzusan』のウィンドウディスプレーと特別なイベントが、ミラノファッションウィークの期間中に開催されました。
「数本のストールから始めた小さなブランドが、2018年で10周年を迎えることができました。当時の私からすると、夢のようです」と村瀬氏は語ります。
スズサン常に最高級の素材を追求。
村瀬氏は「素材は常に最高級のものを追求しており、私自身が工場に行ったり素材を探しに行ったりと、様々なリサーチをしています」と言います。そうやって見出した素材から、コレクションがスタートすることも多いそうです。続けて「『この素材をどう染めようか?』という発想につながるんです」とも話します。
まるで一流のシェフが、その技術に適した食材を探しに行くようなスタイル。例えば定番アイテムのカシミアのストールは、幅150cm・長さ250cmもの超大判ですが、重さはわずか100gしかありません。極細のカシミア糸をネパールの職人が空気を含ませながら手織りすることで、エアリーな軽さと最高級の品質を実現しています。
また、ニットウェアは愛知県のニット工場で編んでもらっていますが、繊維が長く上質な原毛を、あえて甘く撚(よ)ることで、洗うたびに膨らみや軽さが出るよう計算しています。加えてアンティークな紡績機を改良して編み上げているので、一度触ったら忘れられない、独特の風合いとなっています。
スズサン失敗すら新たな表現の糧に。奥深い絞り染めの世界。
「こういった厳選した素材を使っているので、染めの工程も真剣勝負です。あらゆる過程に神経を尖らせていますが、それでも手仕事ですので、残念ながら失敗することもあります。数日かけて準備して、染める時間はほんの15分ほど。その一瞬のコンディションで、柄の出方が左右されます。まるで焼き物のような不確定要素がありますね」と村瀬氏は語ります。
更に、常に新たな素材を追求しているため、失敗と改良の繰り返しです。今季の2018年秋冬コレクションの中には中央に細い線を染め抜いたシンプルなニットウェアがありますが、この柄を実現するまでには、なんと5回もの失敗を重ねたそうです。ほとんど諦めかけていた時に、ようやく作り出せた柄なのだとか。
「もっとも、こうした試行錯誤が新たな柄を生み出すこともあるんです」と村瀬氏。例えば染料の分量を間違えた染めが、驚くほど有機的で独特な雰囲気の柄になることもあるのだとか。それをパリやミラノで発表したところ、非常に高い評価を得たそうです。
スズサン一過性のブームではなく、永続的な価値として根付かせるために。
「日本の伝統工芸や手仕事は、世界的に見ても素晴らしい技術です。ですが、日本ではそれが当たり前になりすぎていて、正しく評価されていないように思えます」と村瀬氏。
「幸い私は一度日本を離れたため、改めてその価値に気付くことができました。でも、そのように国内外で改めて評価されつつある動きすら、“伝統工芸ブーム”や“made in Japanブーム”といった一過性のものに終始してしまうのではないか、と危惧しています」と村瀬氏は話します。
価値あるムーブメントも、流行として消費されがちな日本のマーケット。村瀬氏は「そんな風潮の中でも、時間をかけて作られたモノの価値を見出して頂きたい」と願っているそうです。
「更に“ジャパン・アズ・ナンバーワン”という考え方についても、ぜひ再考して頂きたいですね。かつて欧州の印象派の画家たちは、日本の浮世絵を参考にして数多くの傑作を生み出しました。ですが、彼らが評価したのは“フジヤマゲイシャ”といった形骸化したイメージではなく、空間の切り取り方や色使いなど、それまで西洋にはなかった独特の美意識でした。ですが、当の日本では『ステレオタイプのモチーフを売り出せば評価される』と勘違いされているように思えます。そういった国内外の温度差や意識の違いを、ぜひ見極めて頂きたいのです」と村瀬氏は語ります。
日本的なモノ、日本的な考え方はますます世界の注目を集めています。そんな中で作り手・売り手・使い手の全てが、こうした考え方を見つめ直す必要がある――村瀬氏はそのように考えているそうです。
スズサン世界で人気のsuzusanのコレクション。それに触れられる絶好の機会が到来!
現在『suzusan』の商品は、パリのL'eclaireur、ミラノのBiffi、ニューヨークのTiina the Store、ロンドンのMouki Mouなど、23ヵ国、120店舗以上の一流ショップで販売されています。「伝統工芸」というややレトロなカテゴリーに留まりがちな存在にも明るい未来がある――それを若い世代に伝えるために、常に新しい展開を心がけているそうです。
「今後は海外の拠点であるドイツのデュッセルドルフと、地元の有松に直営店をオープンする予定です。『suzusan』の顧客には『商品が作られている現場を見たい!』と有松まで訪ねて来てくださるような熱心な方もいらっしゃいますが、これらの直営店を“使い手と作り手の交差点のような場所”にしたい、と考えています」と村瀬氏。
更に現在、「現象」をテーマとした2018年秋冬コレクションを東京のポップアップイベントで販売中。『有松鳴海絞り』と『suzusan』ならではのストーリーを感じられる絶好の機会です。「ぜひ直接手に取って、選び抜かれた素材と伝統の手仕事の融合を感じてください」と村瀬氏は語ります。
●10月5日(金)~16日(火) (Plain People/東京都港区南青山5丁目35)
※13日(土)・14日(日)は村瀬氏も店頭に滞在
●10月31日(水)~11月6日(火) (日本橋三越本館 1F 天女像前)
ニッチでラグジュアリーなブランドとして再生した『有松鳴海絞り』。その実物と世界にムーブメントを起こし続ける実力を、目と肌で感じてみてはいかがでしょうか?
住所:愛知県名古屋市緑区有松3026 (suzusanショールーム) MAP
電話:+81 52-693-9624
営業時間:10:00~18:00
http:www.suzusan.com
一枚の絵のような風景を留める、純粋で美しい棚田。[星野村の棚田/福岡県星野村]
星野村の棚田地形を生かし、里山に入り組んだ千枚田。
福岡県南部、大分県との県境に位置する八女市星野村。清流星野川が流れ、山々の傾斜地に階段状の水田「棚田」が幾重にも広がる里山は、「日本の里100選」にも選ばれています。かねてから訪れてみたいと思っていた場所で、タイミングよく秋に来訪する機会がありました。収穫時期を迎え、豊かに実った稲穂に、田んぼの畦道には真っ赤な曼珠沙華が咲き、その光景がとても美しかった。棚田は日本各地にありますが、星野村の棚田は山の曲線に沿って棚田が入り込んでいる。星野村に向かう途中の集落にも棚田があり、一見の価値がある。地形を巧みに生かした風景は、一枚の絵のようで、桃源郷を思わせます。
星野村の棚田美しさを維持すべき、棚田の景色。
星野村の棚田は素直で純粋な形を残していますが、これほど見事で美しく維持されている棚田は日本に数えるほどしかないでしょう。世界的に見てもフィリピンのバンギオ、中国の雲南省にも棚田はありますが、後継者不足により維持できず、石垣や水路が崩れ出している状態。さらに区画整理や開発によって棚田の風景がつまらないものになってしまった。非常に残念で、今後の問題であり課題でもあります。星野村も同様の問題を抱えており、一部は田んぼではなく、玉串などで奉納する榊など木々を植えている。見苦しいほどではありませんが、本来の棚田の田園風景とは異なります。地元の方々や行政が力を入れているか背景はわかりませんが、将来的にどうなって行くのか脆さを抱え、懸念されます。こうした美しい景色を維持できているのは本当に稀少であり、だからこそ価値がある。とてもありがたく感じるのです。
住所:〒834-0201 福岡県八女市 MAP
星野村観光ナビ
http://www.hoshinofurusato.com
1952 年生まれ。イエール大学で日本学を専攻。東洋文化研究家、作家。現在は京都府亀岡市の矢田天満宮境内に移築された400 年前の尼寺を改修して住居とし、そこを拠点に国内を回り、昔の美しさが残る景観を観光に役立てるためのプロデュースを行っている。著書に『美しき日本の残像』(新潮社)、『犬と鬼』(講談社)など。