驚き、発見の連続。荒天の沖縄で、未知の食材、自然とともにある人の暮らしに触れて。[DINING OUT RYUKYU- NANJO with LEXUS/沖縄県南城市]

南城市に残る「御嶽(うたき)」の神聖な空気に、樋口シェフの表情が引き締まる。

ダイニングアウト琉球南城「本場の台風」の厳しい洗礼を受けた、沖縄南城での第一歩。

11月23日(金・祝)、24日(土)の2日間限りで沖縄・南城市を舞台に開催される『DINING OUT RYUKYU-NANJO with LEXUS』。琉球神話の中では、はるか昔に「アマミキヨ」という女神が海の向こうの理想郷といわれた神の国「ニライカナイ」からやってきて琉球の島々や祈りの場「御嶽(うたき)」を創り、南城市の離島・久高島に降り立ったと伝えられています。

琉球を創成した女神「アマミキヨ」のゆかりの地で開催される今回を担うのは、『DINING OUT』史上初の女性料理人となる樋口宏江シェフ。『志摩観光ホテル』の総料理長であり『伊勢志摩サミット』でもディナーを担当した、今、日本で最も注目を集める女性シェフに白羽の矢が立った。

『DINING OUT』開催に向け、視察のために沖縄に向かった樋口シェフ。複数の食材の生産者とのスケジュールを調整し、10月初旬に初めて降り立った沖縄は、奇しくも、超大型の台風25号が上陸するというアクシデントに見舞われます。さまざまな予定変更を余儀なくされ、時に強い雨風に打たれながら、という悪条件の中の視察は、「沖縄の自然」を肌で感じる時間となりました。

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DINING OUT RYUKYU-NANJO with LEXUS TOP

台風25号が直撃した視察日程。沖縄の自然の厳しさを実感する。

ダイニングアウト琉球南城風土とウチナーンチュが上質な食材を育む、沖縄の産地を巡って。

早朝に三重県志摩を発ち、中部国際空港セントレアから沖縄へ飛んだ樋口シェフ。那覇空港で、取材班をはじめとする東京からのスタッフと合流。台風がその日の晩から翌日にかけて直撃しようかという状況下、訪問先の生産者と慌ただしく連絡を取り合うスタッフを心配気に、そして気遣うようなまなざしで見つめる姿が印象的でした。『DINING OUT』開催当日まで2カ月足らず、限られた時間の中で、少しでも多く沖縄のことを知りたい。そう願う樋口シェフにとっては、まさに波乱の幕開けでした。

空港から車で約30分。最初の目的地は那覇市内の繁華街にある『琉球料理ふみや』です。昼食を兼ねて訪れたその店で、早速、最初の驚きに出会いました。運ばれてきた定食のお膳には、よもぎの炊き込みごはん「フーチバージューシー」や豚もつ入りの「中身汁」など、沖縄に古くから伝わる伝統料理がずらりと約10皿。どれもが初めて食べる味、そして身体に染み入るようなおいしさだったからです。

「実は、沖縄を訪れるのは今回が初めてなんです。何もかも新鮮で」

そう話す樋口シェフ。古い田舎家の広間のような畳敷きの店内では、地元の老若男女がテレビから流れる台風のニュースに耳を傾けながら、樋口シェフと同じ定食を食べる姿が見られます。昔ながらの郷土の味が、今も人々の日常に根付いている。最初に沖縄の食文化の豊かさを感じた瞬間でした。

初めて食べる本場の沖縄伝統料理に期待が高まる樋口シェフ。

ダイニングアウト琉球南城多種多彩、生き生きとした沖縄産ハーブがインスピレーションの源に。

素朴な伝統料理の滋味深い味わいにすっかり心をつかまれた様子の樋口シェフ。お次は宜野湾市にあるファーマーズマーケット『ハッピーモア市場』を訪れました。広々とした空間に並ぶ、色とりどりの野菜や果物は、島バナナにさまざまな柑橘など、沖縄らしい農作物が中心。「小さな農家応援隊」を標榜し、農薬や化学肥料に頼らず、安全でおいしい野菜や果物づくりに励む生産者の作物を集めて紹介しています。

新鮮な野菜を使ったフレッシュなスムージーも名物で、建物奥にある小さな自社農園で、スムージー用のハーブや柑橘類を栽培しています。レモングラスやヘンルーダーなど、何もかもが都市部のスーパーで見るものとは比べものにならない勢いで生い茂っていて、小さなジャングルさながら。樋口シェフが足を止めたのは、カラマンシーという柑橘の木の前でした。

「すだちやカボスとはもちろん、シークヮーサーとも違う、どこかオリエンタルな香り。沖縄にはいろんな柑橘があるんですね」
感嘆の表情で目を見開きます。

その日は、ハーブ農園『岸本ファーム』も訪問しました。
「白い花を付けたスイートメキシカンは蜜のような甘さがあります。これは長命草という沖縄のハーブ。琉球山椒(ヒレザンショ)は、ピパーツに似た香りがするはずです」

沖縄の在来種も含め栽培品種は年間200種以上。スタッフの指さすハーブを次々摘み取り、気になるものは味を確かめつつ、ハウスの奥へと進みます。

樋口シェフ自身も、ホテル敷地内のハーブ園で自らハーブを栽培しています。歴史あるオーベルジュ『志摩観光ホテル』伝統の味を、そのハーブ類も多用し、現代の嗜好に合わせフレッシュかつ軽やかに仕立てるのは“樋口流”味づくりの真骨頂。『岸本ファーム』のバラエティ豊かなハーブに、創造力が刺激されます。

カラマンシーの木の前で。果汁の風味や酸味、皮や葉の香りなどを確かめる。

開園から20余年、農薬・化学肥料を使わない農法を貫く『岸本ファーム』のハーブたち。みずみずしく、香りは鮮烈で色も鮮やか。

ダイニングアウト琉球南城信仰、祈りとともにある「聖なる食」のあり様を土地の歴史から探る。

生まれも育ちも三重県。料理人としても『志摩観光ホテル』一筋で仕事をしてきた樋口シェフ。『DINING OUT RYUKYU-NANJYO with LEXUS』は、ホテルを離れ、いつもとは違う環境、見知らぬ食材を使っての料理という、未経験づくしの挑戦となります。

ゆえに、沖縄を訪れたら、食材のみならず土地の歴史、文化、風俗を学びたいという強い希望がありました。
会場となる沖縄県南城市は、琉球王朝時代の聖なる祈りの場「御嶽(うたき)」が数多く残る、琉球はじまりの地。神話によると、太古の昔「アマミキヨ」という女神が「ニライカナイ」と呼ばれる海の向こう側からやってきて、琉球の島々や御嶽を作ったとされています。

神の海とされる東の海「ニライカナイ」と、そこから降り立ち、琉球の土地を作った女神「アマミキヨ」。沖縄の人々の心に今も残る自然信仰は、すべてのはじまりである海と、生命を育む女性に起源を持つのではないか。この考えが、『DINING OUT』開催を沖縄南城の地に導きました。

「単なる地産食材のショーケースに終わらず、神聖なる土地のあり様までもを皿に載せ、一夜の宴を完成させなければ」

南城を巡った樋口シェフは、想いをより強くしました。

琉球の信仰では、神殿などは設けず、森や山、川、泉などが「神が訪れる場」として祈りの場となる。

ダイニングアウト琉球南城熱意ある生産者から学んだ「生き方」が表れる仕事へ敬意を表して。

悪天候の中、視察の旅は続きます。

沖縄の食文化を語る上で欠かせない山羊を見るために『株式会社 大地』へ。代表の仲村嘉則さんが、農業用ハウスを利用した山羊小屋を案内してくれました。

「昔はどの農家でも庭先で2、3頭の山羊を飼っていたけれど、高齢化でその数は減る一方。大事な山羊を絶やしてはいけないと、仲間を募って会社を作ったわけです」

常時150頭の規模で飼育を行う業者は、県内でもわずか5軒ほど。湿気を嫌う山羊のため、床を上げて作った山羊小屋は、清潔そのもの。気持ち良さそうに寛ぐ山羊を見て、樋口シェフは思わず「かわいい」と、頭を撫でます。これまで使う機会のなかった食材だけに、地元の人たちはどう食べるのか、種や部位による味わいの違いは?と、仲村さんへの質問が止まりません。

沖縄の在来豚・アグー飼育の第一人者『なんくる農場』も訪問。

「豚は神様が人間にもたらしてくれたもの。命を頂いて生の糧にするのだから、肉になるまで病気せずに育てるのが、自分たちの仕事なんです」と、代表の我喜屋宗一さん。視察後、我喜屋さんのアグーをしゃぶしゃぶで試食。

「しっかりとした食感があり、噛みしめるほどに味が出る。シンプルに焼くだけでもちろんおいしいけれど、沖縄料理にちなんで“煮る”のも面白い。いろいろアイデアが浮かびます」と、樋口シェフ。

ほかにも、県外からも注目を集める国産紅茶の生産者『山城紅茶』、イギリスから移住して沖縄素材でチーズを作るジョン・デイヴィスさんのチーズショップ『チーズガイ』、大量のシークヮーサーを出荷、加工をしている『勝山シークヮーサー』などを訪問。荒天の中、盛りだくさんかつ濃厚な視察を無事に終えました。

高床式の山羊小屋は清潔そのもの。山羊たちの愛らしさに、樋口シェフもつい笑顔に。

米ぬかやもろみなどを独自に配合した国産の良質な飼料で育てられる『なんくる農場』のアグー豚。

「紅茶が沖縄の農業を変える」と話す『山城紅茶』代表の山城直人さん。80年前の創業以来、無農薬で茶葉を栽培。収穫は手摘みで行う。

『チーズガイ』では10種類以上のチーズを試食。ジョン・デイヴィス氏のユーモアと説得力にあふれる解説を聞くうちに、時間があっという間に。

『勝山シークヮーサー』のシークヮーサー。厳しい選果を行い、種をつぶさず、皮の苦みが出すぎないように搾汁した果汁を瓶詰に。

ダイニングアウト琉球南城地方発信を続けてきた自分だからこそ表現できる「南城ガストロノミー」を。

『志摩観光ホテル』のある志摩は、古代から神事の際、海産物を献上する役割を担ってきました。朝廷が「御食国(みけつくに)」に定めた、海の幸豊かな地。自然がもたらす恵みと、神事との関わりは、樋口シェフが伊勢志摩の食材を追求する過程で掘り下げてきたテーマであり、それは今回の『DINING OUT』の趣旨とも重なります。

「『DINING OUT』の役割は、日本各地に眠る素晴らしい価値を見出し、地域の発展のきっかけを作ること。今回、お話しを頂いた際、重責と感じつつもお受けしたのは、自分もずっと志摩という一地方で生活してきたがゆえに、そういった考えに共鳴するものがあったからだと思います」

視察の手ごたえについて訊ねると「食材のクオリティの高さはもちろん、生産者の方々が皆、素晴らしい」との答えが返ってきました。

「優しく穏やかで、強い信念をもって仕事に取り組まれている。台風など自然の影響を受けやすい土地で“そういうこともあるさ”と受け入れ、共に生きる。そのしなやかさにも刺激を受けました」

話をする表情に、充実感があふれています。すでにいくつかの料理の原型は、頭の中に浮かんでいるのでしょうか。
「沖縄・南城の食文化への敬意を表しつつ、ホテルでの仕事を活かした自分ならではの料理で、地元の方々も新鮮な驚きを抱いて下さるような料理を作りたい。それがゲストの方々の満足に繋がると信じています」

これまでの料理人人生で経験したことのないチャレンジ、しかもこの機に初めて訪れた沖縄・南城で。樋口シェフのクリエイションがどのように花開くか。参加するゲストや関係者はもちろん、ローカルガストロノミーに関心を抱くすべての人々が注目しているはずです。

視察日程第一弾の最終日。食材担当のスタッフと、試作のアイデアや必要なアイテムを共有する。

三重県四日市市生まれ。1991年、志摩観光ホテルに入社。2014年には、同ホテルで初めての女性総料理長に就任。2016年に、「G7 伊勢志摩サミット」のディナーを担当し、各国首脳から 称賛を受けた。翌年、第8回農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」のブロンズ賞を、三重県初、女性としても初めて受賞。今、最も世界から注目を集めている女性シェフである。
志摩観光ホテルHP:https://www.miyakohotels.ne.jp/shima/index.html