薩摩切子の歴史と技法を守りつつ、新たな価値の創造に挑む。[美の匠 ガラス工房 弟子丸/鹿児島県霧島市]

『美の匠 ガラス工房 弟子丸』を率いる弟子丸氏。

美の匠 ガラス工房 弟子丸

鹿児島県の中央部に位置する霧島市。霧島連山を筆頭に、豊かな自然に包まれたこの地に拠点を置くのが、弟子丸努氏率いる『美の匠 ガラス工房 弟子丸』です。伝統工芸品である薩摩切子の技術を継承しつつ、新たな価値の創造にも取り組む同社。前編では、代表兼切子師の弟子丸氏に、『美の匠 ガラス工房 弟子丸』の伝統的かつ革新的なものづくりについて伺いました。

類まれな煌めきで多くの人々を魅了する薩摩切子。

美の匠 ガラス工房 弟子丸わずか20余年で幻となった薩摩切子を、100年後の職人たちが復元。

2011年、鹿児島県霧島市に設立された『美の匠 ガラス工房 弟子丸』。ここでは、鹿児島県が誇る伝統工芸品、薩摩切子のグラスや器などを製造しています。

薩摩切子とは、欧米諸国が日本に開国、通商を迫っていた1851年、28代薩摩藩主に就任した島津斉彬氏の指示により、海外交易品として開発されたもの。イギリス、ボヘミア、中国などのガラス工芸に源流を求めながらも、美しい色使いや繊細なカットでそれらを凌駕、日本の美として称賛されたと言われています。薩摩藩でのガラス製造は1846年、27代島津斉興によって始められましたが、当初は薬品を入れるためのガラス瓶などを製造。海外進出を夢見た斉彬氏の時代に、芸術的な薩摩切子として飛躍的な発展を遂げたのです。

しかし、誕生からわずか7年後の1858年、斉彬氏の急逝による財政整理のため、薩摩切子の事業規模は縮小。さらに1863年の薩英戦争で製造工場が大打撃を受けたこともあり、存続は厳しく、ついに1877年の西南戦争前後には完全に途絶えてしまいました。

このまま幻となるかに思われた薩摩切子ですが、約100年後の1985年、その歴史を再興させるプロジェクトが始動。当時の写真や文献とわずかに現存していた実物を参考に、ガラス職人たちが試行錯誤を繰り返しました。そうして見事復元されたことで、今日の薩摩切子があるのです。復元作業には、当時高校を卒業したばかりだった弟子丸氏もメンバーの一員として参加。切子師としてのキャリアは、ここからスタートしています。

現代に蘇った、鹿児島が世界に誇るガラス工芸。

この道30余年の切子師として活躍する弟子丸氏。

美の匠 ガラス工房 弟子丸鮮やかな色ガラスをベースに、幻想的な「ぼかし」と多彩な文様で魅せる。

薩摩切子の最大の特徴は、「ぼかし」と呼ばれるグラデーション。透明なガラスの外側に1~3mmほどの厚い色ガラスを被せた生地を用いる薩摩切子は、深くカットした部分は淡い色味、浅くカットした部分は濃い色味になります。「こうした深さや角度など削り加減を絶妙に調整することで色の濃淡を操り、薩摩切子特有のグラデーションを生み出すのです」と弟子丸氏。

例えば、江戸切子と比べてみると、その差は一目瞭然。江戸切子は元々の生地の厚みが薄いため、仕上がりの色味や重さも薄く軽く、全体的に透明感がありシャープな印象。対して薩摩切子は重厚感たっぷりで、色ガラス層を完全にカットした透明部分から、深くカットした淡い部分、浅くカットした濃い部分、全くカットせずに完全に残した部分まで、美しいグラデーションを描いています。

弟子丸氏曰く、「薄手の江戸切子が表面を削って文様を描いているようなイメージだとすると、厚手の薩摩切子は周りを削って、文様を浮き彫りにしているような感覚。同じ切子でも、全然アプローチが違います」。
また、ベースとなる色が豊富なのも、薩摩切子の魅力。紅、藍、紫、緑、金赤、黄と、鮮やかな6色が揃います。いずれも、斉彬氏の時代になされた、鉱物を原料とする着色ガラスの研究によって生み出された色味。中でも紅色は、当時の日本で初めて発色に成功した色味で、「薩摩の紅ガラス」として珍重されたと言われています。

さらに2001年には、「二色被せ」と呼ばれる新たな色のバリエーションが誕生。この場合、従来の生地に対して、その外側にもうひとつ、違う色のガラスを被せた三層構造の生地を用いるのです。これまで単色の濃淡で表現されてきた薩摩切子の世界に、新たな色彩の変化が加わりました。

そして、表情豊かな世界を作り上げるのに色と並んで重要なのが、独特の文様。細かい矢来を均等に施した様が魚の鱗や小魚の群れのように見えることから名づけられた「魚子文(ななこもん)」をはじめ、色ガラスを玉状に削り六角形で繋ぎ合わせた様が亀の甲羅のような「亀甲文」、ゆらめく炎のような「流炎文」など、様々な文様があります。

こうした基本となる文様をベースに、「矢来に魚子文」や「八角籠目に十六菊分」、「菱繋に小花文」、「六角籠目に麻ノ葉小紋と魚子紋」など、単一ではなく複数の文様を組み合わせた複合柄が多く見られるのも、薩摩切子の特徴。高いカット技術によるグラデーションと多彩な文様で、奥深い薩摩切子の世界が形成されているのです。

異なる個性を持つ薩摩切子(左)と江戸切子(右)。

「ぼかし」の美しさは、薩摩切子ならでは。

2色の色ガラスを重ねて生み出される「二色被せ」。

様々な文様が施されるのも、薩摩切子の特徴。

美の匠 ガラス工房 弟子丸土地の歴史と自然に敬意を表したオリジナルライン『霧島切子』。

時を超えて伝統的な薩摩切子の技術を受け継ぎ、今に伝える弟子丸氏。その礎を守りながらも、一方で現代における革新的な表現にも挑戦し、新たに3つのブランドラインを立ち上げ注目を集めています。

ひとつ目は、『BLACK LINE』と『CLEAR LINE』から成る薩摩切子の新潮流、『霧島切子』。『BLACK LINE』は、その名の通り黒がベースのグラデーションと大胆なカットから生み出された新たな世界観で、どこか都会的な印象。対して『CLEAR LINE』は完全なる無色透明で、美しく際立つ繊細なカットにより、神々しい煌めきを放ちます。

弟子丸氏曰く、「鹿児島は黒豚や黒酢が特産品であることからも分かる通り、古くから黒の文化が受け継がれている土地。それならば薩摩切子にも黒があったら良いのではないかということで生まれたのが『BLACK LINE』です。黒は透けない色なので“ぼかし”を施すのが難しく、経験と技術が問われます」。

一方の『CLEAR LINE』は、霧島市が誇る自然へのオマージュ。「霧島は昔から、豊かな天然の水で潤ってきた土地。そんな自然の恵、こんこんと流れ出る水の美しさを、無色透明の生地に細やかなカットを施すことで表現しています」。

また、こうも語ります。「『CLEAR LINE』は、色鮮やかな薩摩切子の世界にあって、かつて存在していたとされる無色透明バージョンを甦らせ、独自にアレンジしたものでもあります。一昔前までは、無色透明な薩摩切子の存在は参考資料止まりでした。それが近年の再鑑定により、正式に薩摩切子の一つだと認められたのです」。

独自のアレンジというのは、例えばグラスの周囲に施されている模様。伝統的なトライバルをベースに考案された、オリジナルのモチーフです。さらにこれを、通常の薩摩切子には用いない、砂を吹き付けるサンドブラストの技法で描いている点もポイント。こうして模様部分が乳白色に仕上がることで、全体の質感に新たなニュアンスがもたらされているのです。この模様は『BLACK LINE』にも描かれ、『霧島切子』のアイコンとなっています。

薩摩切子の技法を踏襲しつつも、伝統を重んじる薩摩切子の世界ではなかなかできないような試みを具現化した『霧島切子』。枠に捉われない自由な発想で、新たな薩摩切子の世界を切り拓いているのです。

霧島市を拠点とする弟子丸氏が考案した『霧島切子』。

鹿児島県の黒文化を受け継ぐ『BLACK LINE』。

霧島市の水の透明感を象徴する『CLEAR LINE』。

トライバルと共に頭文字のDも刻まれています。

美の匠 ガラス工房 弟子丸廃材に命を灯す、切子師の心技で生まれたアクセサリー『eco KIRI』。

『美の匠 ガラス工房 弟子丸』オリジナルラインの2つ目は、『eco KIRI(エコキリ)』。薩摩切子の廃材を使ったアクセサリーブランドです。卓越した技術の結晶である薩摩切子の製造工程において、廃材はかなりの割合で必ず出てしまうもの。それらを生かす方法として生み出されました。

「例えば、グラスを100個作るとすると、その過程で50個は不良品となってしまいます。それを、以前はそのまま捨てるしかなかったのですが、あまりにももったいないなと感じていて。何か別のものに再利用して生まれ変わらせたいという想いと、薩摩切子の美しい煌めきを日常的に身につけられたら面白いのではないかという想いで、アクセサリーに仕上げました」と弟子丸氏は話します。

『eco KIRI』は、不良品扱いとなった薩摩切子の生地を、加工しやすいように分割、カット。それを電気炉で加熱形成したパーツをベースに作られます。アイテムは、リングやピアス、ペンダント、ブローチ、ピンなど、十数種類。不揃いな廃材を使うからこそ、同じピアスでも一つひとつ形が異なり、オンリーワンの風合いを醸し出しています。

様々な形や色柄がある『eco KIRI』のリング。

小さなパーツながらも存在感たっぷりなピアス。

可愛らしい桜の花を模ったペンダントも。

3つ目のオリジナルブランド『FUSION(フュージョン)』。

革メーカーとのコラボレーションも展開中。

美の匠 ガラス工房 弟子丸インテリアや雑貨にも薩摩切子を取り入れ、暮らしを華やかに彩る。

そして3つ目のオリジナルブランドが『FUSION』。ステンドグラスに用いる着色ガラスを薩摩切子の技で創り上げ、行燈やランプといった間接照明やアートフレームに仕立てたインテリアブランドです。その煌びやかで幻想的な透過光には、思わずため息が漏れます。

また、最近は他メーカーとのコラボレーションも盛ん。現在は、奄美大島の革細工メーカー『革工房One』が作る財布や名刺入れ、キーホルダーなどに薩摩切子のパーツを施した、オリジナルアイテムを展開しています。奄美大島の伝統技法である泥染めレザーと、鹿児島の伝統工芸である薩摩切子が出合い、唯一無二の魅力を放っているのです。

器という枠を超え、アクセサリーやインテリア、革小物などと薩摩切子の融合を実現している弟子丸氏。現代に見合った斬新な発想で、薩摩切子のある暮らしを提案しています。

次回の後編では、弟子丸氏の経歴や工房の様子、薩摩切子への想いと展望を紹介します。

住所:〒899-4304 鹿児島県霧島市国分清水1-19-27 MAP
電話:0995-73-6522
営業時間:9:30~18:00
定休日:日曜
http://deshimaru.jp/

鹿児島県霧島市出身。1985年に高校を卒業し、薩摩ガラス工芸株式会社(現・株式会社島津興業)へ入社。薩摩切子の復元に携わる。1994年には新たな環境を求め、薩摩びーどろ工芸株式会社の設立に従事。同社で活躍した後、2011年に『美の匠 ガラス工房 弟子丸』を立ち上げた。薩摩切子の継承はもちろん、『霧島切子』や『eco KIRI』、『fusion』などオリジナルブランドも展開。従来の枠に捉われない作品づくりを行い、新しい薩摩切子の可能性を追い続けている。