本当の沖縄を誰も知らない。ホスト・中村孝則が見出した、島の可能性と女性シェフの未来。[DINING OUT RYUKYU-NANJO with LEXUS/沖縄県南城市]

琉球王朝時代の使節団を饗す時をイメージした衣装で、ゲストを迎えたホスト中村孝則氏。

ダイニングアウト琉球 南城沖縄は美食をテーマに、観光の高級化を目指せ。

今回の『DINING OUT  RYUKYU-NANJO with LEXUS』の開催を終えて私が感じたことは、「沖縄は“美食コンテンツの宝庫”である。」ということだった。生物多様性を背景にした海の幸や森の幸の豊饒さだけでなく、琉球王朝時代から育まれた、ユニークで深い食文化、あるいは「ヌチグスイ(命の薬)」という言葉色濃く引き継がれる医食同源のコンセプト。沖縄は健康長寿の土地として知られるが、それはまさに食文化が支えたことである。

それだけではない。『DINING OUT』でも使った、英国紳士ジョンさんの手作りチーズや、国頭村安田のアダ・コーヒーなど、アルチザン的な高級食材の生産者が、沖縄でトライしていることにも驚かされた。それだけでも、世界中のフーディーズたちの食指をくすぐるに十分であると思う。今後、彼らを含めた富裕層を誘致するためには、そうしたコンテンツは欠かせない要件だと思う。

沖縄の美食ブランディングを考える上で、仮に「アジアベストレストラン50」のアワードを沖縄に誘致すると仮定してみよう。断っておくと私は同アワードの日本評議委員長(チェアマン)で直接的に運営に関わる立場ではないが、一人のジャーナリストとしての仮説として聞いてもらいたい。現在このアワード・セレモニーは、毎年一回アジア各都市を巡覧するシステムになっている。過去には、シンガポールやバンコク、マカオで開催され、今年度は3月26日にマカオ開催が決定している。2020年以降の開催地は、現時点では未定だが、かねてより日本開催を望む声は大きい。

日本の地方都市の多くが候補になっているが、将来的には沖縄は有力候補になりうる可能性を秘めた土地だと思うのである。食の多様性という意味では、今回の『DINING OUT』が示した通りだ。しかもアジアの玄関口としての那覇空港は、現在拡張中で、近い将来年間1200万人の受け入れが可能だという。県内には、イベント開催の舞台に相応しい歴史的施設も数多くある。何より、歴史的に琉球王朝は、中国や朝鮮半島だけでなくアユタヤ王朝やマラッカ王朝など、東南アジア広域にわたり交易をした歴史を持つ。アジアの美食の中心としての、ストーリー展開やイメージ戦略も立てやすいに違いない。

もし「アジアベストレストラン50」が沖縄で開催されることになれば、アジアはもとより、世界中から1000規模で、一流シェフや食の専門家やジャーナリストが訪れ、彼らが国内外に発信する情報の影響は計り知れないだろう。彼らを呼び寄せるためにはラグジュアリーなアコモデーションが不可欠になるが、今年7月にはハワイの超高級ホテル「ハレクラニ」の姉妹ホテル、「ハレクラニ沖縄」も開業する。そういったラグジュアリー・ホテルが増えつつあるのも、追い風になると思う。課題は、トータルでいかにラグジュアリーな体験として表現するのかだが、今回の『DINING OUT  RYUKYU-NANJO with LEXUS』は、その好例を幾つも示したのはないだろうか。

▶詳細は、DINING OUT RYUKYU-NANJO with LEXUS

2018年11月末に2夜限りで行われた『DINING OUT RYUKYU-NANJO with LEXUS』では、ホスト中村孝則氏の多岐にわたる深い知識とユーモアで会場を盛り上げた。

今回の『DINING OUT』でも「ぬちぐすい」と名付けられた、沖縄の精神性や食文化を象徴する一皿が登場した。

イギリスから移住して沖縄素材でチーズを手作りする、ジョン・デイヴィス氏のチーズに今回の『DINING OUT』のシェフ樋口氏も感銘を受けた。

今回の『DINING OUT』のフルコース最後に登場した、「アダ・ファーム」の安田珈琲は、国産唯一のスペシャルティコーヒー認定を受けており、年間50kgしか収穫できない貴重な珈琲。

中村孝則氏がチェアマンを務める「アジアベストレストラン50」は、日本人シェフの選出が近年著しいが、まだ日本で開催した実績は無い。

ダイニングアウト琉球 南城『DINING OUT』史上初の女性シェフ、樋口宏江シェフ登場!

樋口宏江シェフの起用に関して、色々な意味でこれほどベストタイミングはなかったと思う。『DINING OUT』総合プロデューサーの大類氏も、かねてから女性シェフ起用のタイミングを計っていたに違いない。女性料理人の活躍は、これからの料理業界全体の最大のテーマだからである。もっとも、女性シェフの起用が単なるダイバシティへの配慮だけでは、『DINING OUT』本来の理念や活力に結びつくとは限らない。シェフの人選そのものが結果的に必然であった、という物語を導くのが『DINING OUT』の醍醐味だからである。

テーマと彼女がどう結びつくのか?そこが鍵となるのだが、今回はそのテーマ性と彼女の必然性が巧みに結びついていたと思う。今回のテーマ「Origin いのちへの感謝と祈り」の“オリジン”は、琉球創生神話の女神のアマミキヨがモティーフだが、樋口シェフの起用は理想郷のニライカナイからやってきたその女神に引き写された、と聞かされた時は、いい意味で「してやれた!」と思った。しかも樋口シェフは、御食国(みけつくに)の伊勢志摩をベースに活躍するシェフである。ある意味で、日本の食の“オリジン”の場所から、食の女神を引き抜いたと見立てられなくもない。これは、面白いぞと。

私は、それとは別の意味で樋口シェフの起用は、ベスト・マッチだと直感した。樋口シェフは、「志摩観光ホテル」のフランス料理の伝統を受け継ぎつつも、昨年から「伊勢志摩ガストロノミー」と銘打って、知られざる地元の食材を積極的に掘り起こして、新たな料理に挑戦していたからだ。個人的な感想なのだが、樋口シェフは素材の野性味を嗅ぎ分け、その持ち味を引き出すことに長けているシェフだと常々感じていた。取材で何度か地元の伊勢海老の漁師や生産者、あるいは蔵元などにご一緒したことがあるが、現場の彼女は厨房の中とはまた別の好奇心の感性が目覚めているようであり印象的だった。その好奇心は、今回の南城市や久高島でも発揮されるに違いないと確信はしていたが、出来上がった料理はその想像を超えたものだった。

これも個人的な見解だが、今回の彼女の起用の必然性を語る上で加えたいのが、久高島の名産のイラブーである。いわゆるイラブーとは、コブラ科のエラブウミヘビの燻製のことである。琉球王朝時代から、久高島で作られてきた伝統の食材であり、神事にも用いれれてきた大切な存在である。久高島では古代より、選ばれた島の女性のみが素手での捕獲を許され、島の中の燻小屋のみを使い燻製にされている。実は、最近の研究によると、この久高島のイラブーこそ、日本の鰹節の原型であるという。

その新しい学説によると、そもそもこのイラブーの燻製技術は、琉球王朝時代のマラッカとの交易で、久高島にもたらされたものだという。マラッカとは、現在のマレーシアの世界遺産の街だが、当時は王朝があり、琉球王朝との交易もあったことは文献などが証明している。当時の琉球人は、マラッカで初めて鰹節の原型とも言える魚の燻製に出会うのだが、その燻製はモルディブで作られ、マラッカにもたらされたというのだ。モルディブには昔からカツオを干して料理する技術があり、琉球王朝の船乗りによって久高島に渡り、それを海蛇に応用してイラブーの燻製技術となり、それが巡り巡って鰹節の原型となったという。これこそがまさに“鰹節のモルディブ起源説”なのである。

ちなみに、伊勢志摩の波切村は、昔から鰹節の生産地として知られ、最盛期は200軒を超える燻小屋があったそうだ。いわば御食国の象徴であるが、「かつおの天白」は今でも波切に「燻小屋」を持ち、昔ながらの薪による鰹節の燻を行なっている。樋口シェフは何度もこの小屋を訪れ、ここの鰹節を料理にも使っているのである。今回、彼女は久高島のイラブーを料理に仕立てたが、私には鰹節を巡る「オリジン」のストーリーとも読み解けるのである。

「御食国」である伊勢志摩で食材を深く掘り続ける、志摩観光ホテル総料理長樋口宏江シェフが抜擢された事は必然だったと中村氏は振り返った。

沖縄産の大きなマングローブ蟹を大胆に炊き込んだジューシーは、「イセヒカリ」という伊勢神宮で見つかった米を使用し、伊勢と沖縄を結んだ。

沖縄人にとっての饗しの食材である「豚」は、わざわざ持ち込んだ伊勢志摩備長炭でじっくりと火入れした。見えない部分でも伊勢と沖縄を繋いた樋口シェフの想いが詰まった一皿。

郷土料理イラブー汁を再構築した「イラブーのシガレット」。皮の燻香、身、そして旨みたっぷりのだし。全てを使い一杯のイラブー汁をこのシガレットで表現した。

イラブーは古代より選ばれた女性だけが捕獲する事が許され、燻製したイラブーを磨く人もまた選ばれし男性だけで受け継がれてきた伝統食材。

ダイニングアウト琉球 南城女性シェフの活躍は、世界的なテーマである。

さて、先ほどダイバシティの話にも触れたが、せっかくなので女性シェフの課題について少しお話して締めくくりたいと思う。飲食業における女性シェフの参画は、日本国内だけでなく、いま国際的な課題でもある。私がチェアマンを務める「世界ベストレストラン50」でも、最も重要なテーマになっている。このアワードでは、各国のチェアマンたちによる国際会議を定期的に開催するのだが、女性の参画について深く議論を重ねてきた。

例えば、現在の「世界ベストレストラン50」のランキングでは、女性シェフの店は50店舗のうち、たったの4店舗である。これでは、ダイバシティという観点で、あまりに不公平だというわけである。もちろん、恣意的に女性シェフを増やすことになっては、自由な投票によるランキングという理念そのものや、公平性という意味でも逆差別になりかねない。そもそもダイバシティは、女性だけの問題でもないだろう。

そこでアワードの本部が取り組んだのは、世界に1040人いる投票者の半分を女性にする、という試みである。つい先日、オフィシャルのウェブサイトに発表されたので、興味ある方はそちらもご覧いただきたいが、2019年度の「世界ベストレストラン50」の投票から反映されることになるはずだ。投票者の女性の割合を増やせば、女性シェフのお店のランキングが増えるのか?というツッコミの余地も残るのだが、少なくとも世界的な食のアワードですら、レストラン業界に女性の参画を含めたダイバシティを求めていることがわかってもらえると思う。
「世界ベストレストラン50」投票の詳細はこちら

ひるがえって日本は、料理業界においては女性の参画がもっとも遅れている国の一つであることが、しばしば国際的な舞台で指摘されている。女性の社会参画は、日本全体の課題でもあるが、料理業界あるいはレストラン業界が、内側から変わろうとしない限り大きな変革は難しいだろう。その意味で、今回の『DINING OUT』の樋口シェフの起用は、大きな意味と価値があったと思う。樋口シェフは、志摩観光ホテルの総料理長であり、伊勢志摩サミットを担当したシェフということも含め、名実ともに日本を代表する女性シェフであるのだから。昨年3月には、マカオで開催された「アジアベストレストラン50」のアワードにおいて日本人女性シェフとして初のパネリストに選ばれ、国際的にも注目され始めた。今後は、世界に向けてますます活動の幅を広げて欲しいと願っている。

日本の料理業界のこれからの課題として、女性シェフの躍進は欠かせないと中村氏。今回の『DINING OUT』の経験を活かし、樋口シェフの世界進出を願った。

神奈川県葉山生まれ。ファッションやカルチャーやグルメ、旅やホテルなどラグジュアリー・ライフをテーマに、雑誌や新聞、テレビにて活躍中。2007年に、フランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を受勲。2010年には、スペインよりカヴァ騎士(カヴァはスペインのスパークリングワインの呼称)の称号も受勲。2013年からは、世界のレストランの人気ランキングを決める「世界ベストレストラン50」の日本評議委員長も務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。主な著書に『名店レシピの巡礼修業』(世界文化社)がある。
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