三陸国際芸術祭郷土芸能は、何と美しく、強いのか。
人間を“観る”芸術。歌舞伎や能、ダンスや演劇など、人が自らの身体を使い、言葉を諳んじ、唄い、もしくは謡う舞台に、なぜ私たちはここまで惹きつけられるのでしょうか。もしかしてそれは、私たちのDNAの中にある神や自然に対する畏敬が、音色や躍動によって呼び覚まされ、情動を起こすからかもしれません。神楽や太鼓、獅子舞、舟唄、盆踊りといった郷土芸能の音や風景にどこか懐かしさを感じる。そんな経験が誰にでもあるはずです。
三陸国際芸術祭一つの集落に一つの郷土芸能。その数2000以上。
三陸国際芸術祭は、福島・宮城・岩手に受け継がれる「郷土芸能」に焦点を当て、その魅力の発信と、芸能を通じた国内外との交流を目的に、2014年から毎年開催されているイベントです。
なぜ、三陸なのか。実は福島・宮城・岩手の三県には2000以上の芸能団体があると言われ、各地域にはその文化を守る保存会が形成されています。日本各地に郷土芸能は息づいていますが、三陸沿岸に残る郷土芸能の種類の多さは日本でも他に例を見ないほどです。
しかし、2011年の東日本大震災で三陸沿岸地域は多くの建物や町並みを失うと同時に、こうした「文化」「芸能」といった形のないものもダメージを受けました。芸能団体も、道具が流され、メンバーを失い、自然や社寺といった芸能を捧げる対象すらも失いました。
そこで、震災からの「文化・芸術による復興」を目的に始まったのがこの芸術祭。開催に至るまでには多くの試行錯誤や準備段階を経て、ようやく今の形にコンセプトや方向性が定まってきたと言います。
三陸国際芸術祭芸能は、かっこいい。三陸の若者が継ぐ理由とは。
本芸術祭のプロデューサーを務める佐東範一氏は、NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワークの代表です。震災で被害を受けた東北の地において、「文化・芸術で何かできることはないか」と思案した佐東氏は、2011年5月、ダンスアーティストを募り、被災地の人々の心身をほぐすため「復興支援プロジェクトーからだをほぐせば、こころもほぐれるー」と銘打った体操のワークショップイベントを行いました。
しかし佐東氏は「支援する側」と「支援される側」という関係性が構築されることにジレンマを抱いたと言います。むしろ、滞在するうちに、三陸には自分たちの想像をはるかに超える優れた踊りや歌などの郷土芸能が数多く残り、人々が息を吸うように自然に、その文化を受け入れていることを目の当たりにしました。
こうした地域では、若者も子供の頃から地元の郷土芸能に参加していると言います。なぜ踊るのか、と佐東氏が尋ねたところ、返ってきたのは「かっこいいから」という言葉。もはや彼らにとって伝統芸能は常にそばにあり、自然発生的に受け継ぐべき文化として認識しているのです。また大人でも、普段は漁師だったり、農家だったりと、特に神職ではない地元の人でも、踊りや歌と向き合う時は全身全霊で臨みます。生命や神への畏敬、弔い、供養の気持ちを、集落に伝わる音色や言葉をもって表現する。その力強く神々しいさまは、憑依でもあり、祈りです。「世界の中でもこれほど地域によって芸能が分かれているのは日本ぐらいではないでしょうか。特に三陸地域はそれが顕著で、東南アジアに同じような地域が見られます」と佐東氏は話します。
三陸国際芸術祭まずは盆踊りを習うことから始まった。
身体表現に取り組む者として、この三陸には自分たちが学ぶべきことが数多くある。そう考えたことから、2013年、まずは地元の盆踊りをコンテンポラリーダンサーや制作者ともに踊る「習いに行くぜ!東北へ!!」プロジェクトをスタートしました。その2か月後には第二弾を実施。金津流浦浜獅子躍、末崎七福神(大船渡市)、金澤神楽(大槌町)、小府金神楽(住田町)、小鯖神止り七福神、浜甚句(気仙沼市)といった郷土芸能を学び、ダンサーのセシリア・マクファーレン氏は「踊りを習っただけでなく、日本の有り方や歴史をも習った」と感想を述べています。
そうして、この優れた郷土芸能を日本国内、そして世界に発信しようと国際フェスティバルという形で始まったのが「三陸国際芸術祭2014」です。“世界の中の三陸”という位置づけで郷土芸能を発信し、国内外の人に向けて自分たちの文化を紹介する目的でリスタートを切りました。
三陸国際芸術祭2019年度が開催中。“ジャティラン”も来る!?
そして2019年度は2月9日から開催されており、「宮古」「八戸」「大船渡」を主会場とするプログラムのほか、三陸広域でのアート・防災等の交流プログラム「三陸×アジア」など規模を拡大して繰り広げられています。
特に、今年の見どころはインドネシアの芸能ジャティラン2団体が三陸沿岸を巡り、各地の芸能と交流する「ジャティラン 三陸縦断の旅」。ジャティランとは、竹で編んだ馬を使う踊り手や仮面を被った踊り手による舞踏で、大槌町の伝統芸能「虎舞」などと似ていると言われています。このジャティラングループが三陸沿岸7市町村を南下し、地元の芸能団体や子供たちと触れ合います。
三陸国際芸術祭これから芸術祭後半。観て、踊って、触れ合って。
3月以降にも多彩なイベントがあります。大船渡の駅前商店街のさまざまな場所を“劇場”と見立て、地元やインドネシアの芸能、そして現代ダンスなどを上演する「大船渡駅前劇場」や、地域の人々に街の記憶を聞きながら歩く「語り部+まち歩きツアー」、酒場でダンスやパフォーマンスを観ながらダンサーや参加者が語り合う「大交流会」などなど。まだまだ盛り上がりを見せそうです。
「かつて日本は、世界に例を見ないほどの文化大国だったと思うんです。これまでコンテンポラリーダンスは、どちらかと言うと欧米を見てきた。しかし、自分たちの足もとにこんな文化が眠っていたことを、震災が気付かせてくれたと言っても良いでしょう。郷土芸能とコンテンポラリーダンスをつなげることで、人々の内に宿る『芸能』を未来へ受け渡していく、そんな下地を作れるような芸術祭にしていきたいです」と佐東氏。
三陸にはまだ知らない文化が眠っている。それは自分達の住むまちにもかつてあったものである。この芸術祭は、そんな日本の宝に気付かせ、郷土を誇る気持ちを呼び起こしてくれることでしょう。
開催期間:2019年2月9日(土)~3月24日(日)
開催場所:八戸市、階上町(青森県)、久慈市、田野畑村、宮古市、大槌町、大船渡市、住田町、陸前高田市(岩手県)、気仙沼市(宮城県)
料金:イベントにより異なる
三陸国際芸術祭 HP:https://sanfes.com/
写真提供:三陸国際芸術祭事務局