下今市ホッピング・渡邊佐平商店扇状地によってろ過された清らかな水を使って。
標高400メートルに位置し、日光連山から吹き下ろす風で夏も涼しい今市。このエリアを上空から見下ろすと、見事な扇状地になっています。岩や石が堆積してできた扇状地は水はけがよく、蛇行しながら流れる大谷川(だいやがわ)の水は地下に染み込んで流れています。この清らかな伏流水と冷涼な気候を生かしながら、1842年の創業より実直に日本酒を造り続けているのが渡邊佐平商店です。蔵に併設されている店舗のすぐ脇には小さな水車があり、豊かな水が流れ出ています。「そもそも、杉がよく育つ場所にはいい酒ができると言われているんですよ」と、代表の渡邊康浩氏。確かに日光へと伸びる杉並木は約37キロに及び、世界一長い単一樹種の並木としてギネスにも認定されています。
酒蔵に入ってすぐに渡邊氏から普通の米と酒米を見せていただきました。特に「純米吟醸日光誉」は今市の農家に特別にお願いして作ってもらった五百万石を使用。この他の酒も純米酒にこだわり、醸造アルコールや糖類は使わず、目指す酒質によってできるかぎり県内産にこだわった良質な酒米を使っています。杜氏は岩手県出身の南部杜氏。純米酒のよさを知りつくした職人で、ここに務めて20年以上。その指導のもと、岩手と地元の蔵人が丹精込めて酒を醸しています。
次に普段は蔵人しか入れないという酒母室へ。入口には紙垂を取りつけた注連縄がかけてあり、酒造りに作用する全ての菌への敬意が伝わってきます。「いま、いまここで仕込んでいるのは古代米を使った『朱』というお酒のもろみ。特別純米のにごり酒とブレンドする予定です」。温度管理が重要という酒母室には暑過ぎたり、冷え過ぎたりしないよう、扇風機やストーブまで置いてありました。仕込まれたもろみはもろみタンクに移し、およそ20日から30日間発酵させます。「耳を近づけてみてください。音が聞こえるでしょう?」。にこにこ顔で促されて耳を寄せると酵母の奏でる微かな音が。渡邊氏は時折、音のサンプリングを行い、タンクのなかの状態をチェックしているそうです。
そんなもろみタンクの中を見せて頂くべく、酒蔵の2階へあがりました。壁には杉の間伐材が貼られており、蔵のなかの温度を一定に保っています。床のところどころに八角形の穴があり、そこからタンクの中身が見えるようになっています。「これは、日本酒用の麹と酵母を使ったウチの焼酎です。よかったらかきまぜてみますか?」。櫂棒を受け取り、タンクの中をひとかきしてみます。ふつふつと盛り上がるもろみの上面を見ていて、つくづくお酒は生き物なのだなと感じました。
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下今市ホッピング・渡邊佐平商店お酒もオーディエンス? 酒蔵でジャズコンサート。
実は渡邊氏、少しでも多くの人に酒蔵の仕事ぶりや日本酒について知ってもらおうと、8年前から春か秋に酒蔵でコンサートを開いています。「うちは11月から3月までが仕込みの時期なのですが、ちょうど発酵が終わったぐらいの時期に蓋をしめまして。昨年はピアノトリオによるジャズコンサートを行いました。60人ぐらい入ったのかな。この杉の壁がちょうどいい具合に反響するらしく、お客様にも演者の方にも喜んでいただきました」。もしかすると、タンク内で音楽を聞いていたお酒たちも喜んでいたかもしれません。
下今市ホッピング・渡邊佐平商店ちばてつやが惚れこみ、作品に登場させた「日光誉」。
発酵が終わったもろみを絞って酒と酒粕に分離すれば香り高い新酒のできあがりです。この状態の生酒を62度から65度で加熱して火入れを行い、貯蔵タンクで熟成させればまろやかな味わいの日本酒に。土地の名前を冠した「日光誉」の純米吟醸は、舌触りなめらか。低温長期発酵の吟醸作りのため、香りがよく、喉ごしもすっきりしています。『あしたのジョー』でお馴染みのちばてつや先生もよく召し上がっているそうで、相撲マンガ『のたり松太郎』にも「日光誉」が登場するほど。「自然醸 清開」は取材中、市内のさまざまな飲食店に置かれていた純米酒。いつの間にかなくなってしまう飲み飽きないタイプの食中酒で、冷も燗もいけます。
渡邊佐平商店ではお酒を使った今市の名産品を生みだすべく、地元の菓子店とのコラボ商品も開発しています。「清開」の酒粕を使ったバームクーヘン「清開棒夢」をいただいてみると、しっとりした口あたりと高貴な香りに頬が弛みます。「酒粕の風味を出すのに相当苦労したようです」と渡邊さん。この先、栃木の新しいお米「夢ささら」を使った「日光誉」をリリース予定の他、海外への輸出にも力を入れています。愛する今市の風土が育んだ純米酒をより広くアピールすべく、渡邊さんの挑戦は続いていきます。
お話を伺いながらふと店舗内を見ると、3組の美しい平盃が目に留まりました。盃にはそれぞれ雪の男体山、桜、月が描かれています。「この盃は画家の中村豪志氏とひろみ氏のご夫婦に描いて頂いたものなんです。中村先生は熊本の方なのですが、たまたま今市にいらした時に車が故障したそうで。待っている間、見上げた日光連山がよくて、こちらに越してらしたんです」。感性豊かな画家をも魅了する美しき日光連山とその地より流れ出る伏流水。地元の米とそこにいきる人々と。どのパーツが欠けても生まれないこの酒こそ、生粋の地酒といえるでしょう。
住所:栃木県日光市今市450 MAP
電話: 0288-21-0007
営業時間:9:00~16:00(酒蔵見学は要予約)
渡邊佐平商店 HP:http://www.watanabesahei.co.jp/