津軽ボンマルシェ・パン屋といとい
美味しいから、伝えたくなる。住宅街に人を呼び込む自家培養野生酵母のパン。
弘前市の中心地から少し離れた静かな住宅街。月に数日だけ、多くの人でにぎわう一画があります。昨年11月にオープンした「パン屋といとい」。店主の成田志乃氏がひとりで営む小さなパン店です。撮影しているとお客さんから「取材? ここのパン、美味しいよ」、「おすすめはぶどうパン。ほかのお店のものより、断然好きなの」と声を掛けられました。中には「色んな人から評判を聞いて、ようやく来られました」という人も。「やっとこの日が来た!」。キラキラしたそんな表情を見るだけで、この店がどれだけ愛されているかが伝わってきます。
ケースに並ぶ10数種類のパンは、どれも旬の果物や野菜から起こした自家培養の野生酵母、国産の小麦粉、有機栽培の穀物などを使い、しっかりと焼き込まれたもの。飾りっ気のないハードパンが次々と売れていく光景に、地方ではふわふわの食べやすいパンが主流だろうという先入観が吹き飛んでいきます。しかも印象的なのは、お客さんがみんな「天然酵母だから」「国産素材だから」よりも、何より「美味しいから来る」と口を揃えること。
「といとい」では店頭でも、公式SNSの書き込みでも、天然素材や国産素材へのこだわりついて、ことさら“安心・安全”を謳いません。そう、彼女の中でそれらの素材を使うのは、特別でもなんでもない、普通のことなのです。「贅沢なパンを作るのは、ほかの人に任せていいと思ったんです」と成田氏。
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津軽ボンマルシェ・パン屋といとい「毎日食べられるものを作りたい」。そんな想いが転機に。
「リッチで美しいクロワッサンみたいなパンとか、大好きでした」。そう語る成田氏のキャリアは東京から始まりました。専門学校卒業後、菓子や総菜も置くフランスのブーランジェリーさながらの店や、本格派ドイツパンを揃える店に5年ほど勤務。出身地である黒石市に戻った後は、弘前市で一、二を争う人気パティスリーのパン部門に就職し、正統派のフランスパンを焼くパン店でも働きます。
安定してパン製造に関わる日々はそれから10年近く続きました。が、店頭にたくさんの人が訪れるのを見るうち、ある考えが成田氏の頭に浮かびます。「みんな、日常的にリッチなパンやケーキを食べ過ぎじゃない?って。バターがたっぷりのクロワッサンは美味しいけれど、365日毎日食べたら体を壊して死ぬかもしれない。だったら私は、毎日食べてもらえるパンを焼いていきたいな、と。美味しいと感じるもの作るだけじゃない、食べてくれるお客さん自身にも責任を感じ始めたんです」と成田氏。店でリッチなパンを焼くかたわら、プライベートでは国産や有機の材料を探してみたり、果物から野生酵母を培養してみたり。今までしてきたことと真逆のパン作りの難しさはまた、成田氏を魅了しました。
「砂糖も牛乳もバターも、今は毎日いくらでも食べられる。そういうものをたくさん使った特別なパンは人に任せて、私はうまい具合にお客さんを“騙す”ことができれば(笑)」。ウィットに富んだ成田流の表現を体現するのが、原料の安心感よりもまず“美味しい”が先に来る、「といとい」のパンたちなのです。
津軽ボンマルシェ・パン屋といとい「繋がりたい」から「繋げたい」へ。弘前に根を下ろす理由。
その後、1年の引継ぎ期間を経てパン店を退職することを決めた成田氏でしたが、「我慢できなくて(笑)」、独自に販売を始めます。中でも大きな機会となったのが、弘前のコーヒーショップ「時の音(ね)ESPRESSO」で開催した企画<パンナイト>。「ここは商売の地盤作りをしてくれたところ。店のスペースを貸し出し、たくさんの人にパンを食べてもらえる機会を作ってくれました。これきっかけに『自分のやりたいことは、弘前でも受け入れてもらえるかも』と考えるようになったんです。」と成田氏。
そしてこの<パンナイト>の後、成田氏に別の人気カフェから声が掛かります。成田氏が「憧れの存在だった」と話す「zilch studio」(現在は弘前市から青森市へ移転)。店のイベントでパンを使いたいという連絡が、成田氏にとって初めての外部からのオーダーでした。交流はさらに広がり、以前「津軽ボンマルシェ」でも紹介した『弘前シードル工房 kimori』や『KOMO』などと一緒にイベントに出店したりするうち、口コミで人気が広がった「といとい」。会場には行列ができ、開始早々に売り切れてしまうことも。そんな形態を3年続け行きついたのは、「そろそろ“ホーム”を持とう」という決意だったと成田氏は語ります。
「津軽人の気質なのかは分かりませんが、私も周りも『あの人素敵だな』、『何か一緒にやりたいな』と思うと、みんなすぐ会いに行くし繋がっちゃう(笑)。『kimori』の高橋さん、『zilch studio』の東千鶴さん、『KOMO』の岡さん、『時の音ESPRESSO』平野秀一さんみたいに発信力のある人たちともそうやって繋がれて、みんなに引き上げてもらったのが『といとい』なんです」と成田氏。移動販売のスタイルをやめ“ホーム”の店舗を構えた今、新たに見据えるのは、これからの「といとい」の役割です。「青森中の色々な場所でお世話になってきました。今度はその分腰を据え、私が人を繋げる側に回りたい」と成田氏は笑顔を見せました。
津軽ボンマルシェ・パン屋といとい人生に“不必要”なものだからこそ、きちんとパンに向かい合う。
自身を「納得できないことはしないし、理由がないとできない」タイプと分析するだけあり、どんなことを聞いても、的確な答えを返してくれる成田氏。同時に「パンは人生を豊かにしてくれるけれど、必要不可欠なものじゃない。医療のように人の命は救えません。でもだからこそ理由を落とし込むことが大事だと考えています」と語ります。日々その理由を探り続けるパン屋という職業は、彼女にとって天職なのかもしれません。
取材中、小さな黒板の文章に目が留まりました。<自店舗でのタグ付けやめました>というその張り紙には、原材料詳細を記したタグの添付をやめる代わりにその労力を別に向けたいこと、でも希望者には渡せることが、成田氏らしい言葉で丁寧に綴られています。「これまでは、なるべく細かく説明したくてタグを付けていたんです。でも、最近はお客さんとの信頼関係ができてきたから、外していいかなと思って」と成田氏。
シンプルに営むことを続けてきた結果成田氏が得たのは、営業日が少なくても説明を省いても、自分のパンを食べたいといってくれるお客さん。津軽の小さなパン店は、商業主義のサイクルから軽やかに距離を置く、強く自立した店でもありました。そして素敵なのは、「美味しい!」という幸せな感情こそが、その自立の根幹であること。津軽へ行くなら、まずはぜひ、「といとい」の営業日をチェックをして。予定が合えばラッキー、あなたもきっと幸せになれるはずです。
住所:青森県弘前市城東中央4-13-10 MAP
不定期営業、11: 00~無くなり次第閉店
※営業日はInstagram、Facebook等で告知
https://www.instagram.com/panya_toitoi/
https://www.facebook.com/panyatoitoi/