授賞式の裏側で。アジアが注目する日本食材。そして、順位では評価できない思想と哲学。[ASIA’S 50 BEST RESTAURANTS 2019/マカオ]

ボ氏は、「塩」を通して、食べるだけではない文化や環境問題に対しても熱く語り、シェフとしてだけではなく人としての生き方も見せた。

アジアのベストレストラン50 2019大会が全てではない。シェフの生き方こそ、レストランを形成し、社会と結ぶ。

授賞式の前日に「#50 BEST TALKS」と題し、今回エントリーされた4人のシェフたちによるトークショーが開催されました。テーマは、「Vital Ingredients 必要不可欠な食材」。登壇したシェフは、日本から『傳』の長谷川在佑氏と『Il Ristorante luca Fantin』のファブリツィオ・フィオラーニ氏、バンコクから『Gaa』のガリーマ・アローラ氏と『Bo.Lan』のボ・ソンヴィサヴァ氏です。長谷川氏のテーマは「SOUL 心」、ガリーマ氏のテーマは「SPICE 香辛料」でしたが、『ONESTORY』が注目したのは、ファブリツィオ氏とボ氏。

その理由は、両者が日本の食材に関心を持ったプレゼンテーションが多かったからです。例えば、ファブリツィオ氏が話す「必要不可欠な食材」は、「SUGAR 砂糖」。和三盆を使用した料理の事例や、自ら食材を求め、波照間島へ黒糖を探す旅を映像も踏まえてユニークに演出。畑や工場を巡り、生産者と出会い、そこで獲れた黒糖を使用した黒蜜を仕入れ、自身の料理に用いていると言います。

また、ボ氏のテーマは、「SALT 塩」。島の塩、海の塩、山の塩……。料理に合わせ、使い分けることはもちろん、驚くべきは日本の「相撲」の塩まきの文化までをも一例とし、食べるだけではない塩の扱われ方について話します。

そして最も熱く語っていたことは、塩を通して考える環境問題について。例えば、前述の海の塩。「今、世界中の海は、ゴミの問題に直面しています。ペットボトル、タバコ、ビニール袋……。この問題は、塩だけではなく、海から生まれる生命体に大きな影響を及ぼしています。まずは自分たちが問題視し、アクションを起こし、地球を救い、次の世代に受け継いでいかねばならないと思います」。

他国のシェフから日本の食材や文化に興味を抱いて頂き、このような場でそれを発表してもらえることは、日本人として嬉しい体験でした。

レストラン同様、日本の生産者が生み出す食材もまた資産価値が高く、それは確実に世界レベルだと実感した瞬間でもありました。

▶詳細は、ASIA’S 50 BEST RESTAURANTS 2019/一言で表すならば「番狂わせ」。果たして、勝利の女神は微笑んだのか!?

ファブリツィオ氏のテーマは「砂糖」。日本は波照間島の黒糖を絶賛し、自ら産地にも足を運び、畑を巡る。

「塩」をテーマに様々なプレゼンテーションを行ったボ氏。その一例に、日本の「相撲」の塩まきも一例として紹介。

ガリーマ氏は、「香辛料」をテーマにプレンゼンテーション。今大会では「elit™ Vodka Asia’s Best Female Chef」も受賞。

『傳』は、唯一チームとして出演。お客様の顔が見えなくても、予約の電話があった時からおもてなしの「心」は始まっていることを表現。

アジアのベストレストラン50 2019際どいテーマを恐れず語る。その姿勢は、シェフとして勇気ある行動。

「#50 BEST TALKS」の次に行われたのが、「THE PANEL」のトークセッションです。テーマは、「SUSTAINABILITY 持続可能性」。ここで言う持続可能性とは、環境問題、生物的システムの持続可能性と言っていいでしょう。

参加するのは、チリの『BORAGO』ロドルフォ・グズマン氏とミラノの『Wood*ing』ヴァレリア・モスカ氏、日本の『L'Effervescence』生江史伸氏、そして先ほど「#50 BEST TALKS」にも登場したボ氏です。この日一番白熱し、料理のテーマを超え、学校や教育まで。最後は「『ASIA’S 50 BEST SUSTAINABILITY』を開催したら!」と話しは尽きず。

現代社会を生きる上で、避けては通れない環境問題や食問題。考え方は人それぞれかもしれませんが、いかに自分事化し、何ができるのかを考え、どう生きていくのかが問われていると思います。

美味しい、楽しい、幸せ。もちろん、そんな華やかな世界がレストランであり、その記念すべき祭典こそ『ASIA’S 50 BEST RESTAURANTS』です。

しかし、その裏側では、食べることや料理することを通し、しっかり社会の一員として更に一歩先のレストランのカタチを目指しているシェフもいるのです。そんな姿を可視化できるのもまた『ASIA’S 50 BEST RESTAURANTS』なのです。

思想や哲学は順位で表せないかもしれませんが、これもまた「ベストレストラン」だと思うのです。

白熱した「THE PANEL」のトークテーマは「SUSTAINABILITY」。答えに正解がないだけに、個人の生き方が問われる。左から司会者、ヴァレリア氏、ロドルフォ氏、ボ氏、生江氏。

受け継がれる名工の技と心、終わりなき挑戦と革新の系譜。[Grand Seiko/長野県塩尻]

精緻な作業に没頭する中田克美氏。“現代の名工”“黄綬褒章”をともに受賞するほどの名工。

グランドセイコー信州の山々に囲まれた地で出合った、清廉実直なウォッチメーカー。

水温む3月も半ばに、新宿駅から中央特急あずさ号に揺られること凡そ2時間半。諏訪湖畔の岡谷駅を過ぎ全長6kmにもおよぶ塩嶺トンネルを抜けるとそこには、新緑の尾根と雪に覆われた平野という、私たちの予想を裏切る美しいコントラストが広がっていました。
「2,3日前にドカ雪が降ってね。春の立ち上がりは毎年こうだからさ」

塩尻駅からタクシーに乗り込み、見るからに人のいいベテランドライバーの運転で10分も掛からず到着した、セイコーエプソン塩尻事業所。訪ねたのは、その一角にある「信州 時の匠工房」です。

「信州 時の匠工房」は、スイスの名門ブランドをも凌駕するといわれるグランドセイコーを中心とした、高級腕時計を専門に製造するマニュファクチュールです。一般的にムーブメント(駆動装置)から自社で開発、製造する時計メーカーをマニュファクチュールと呼び尊ぶ傾向にある時計業界ですが、「信州 時の匠工房」はムーブメントはもちろん、ケースや文字盤、針などの主要部品を一貫して自社の同じ工場内で製造、組み立て、出荷検査まで行う、真のマニュファクチュール。これは世界広しといえども、非常に稀で、それほど希少でハイレベルな叡智が凝縮された“創造”の場であることを意味します。

そんな「信州 時の匠工房」が担うのは、グランドセイコーのなかでもクオーツ式とスプリングドライブという機構を採用したモデルの開発や製造。我々がお会いしたかったのは、そんな「信州 時の匠工房」を構成する主要部門のひとつ、複雑時計や最高級品を手がける専門工房である「マイクロアーティスト工房」の時計技能者として“道”を極めんとする、中田克美氏です。

▶詳細は、Grand Seiko/技術は想いから創造される。日本が誇る時のブランド「グランドセイコー」。

「信州 時の匠工房」からほど近い、高ボッチ高原から望む塩尻の町。このエリアの清涼な気候こそ、高級時計に代表される精密機械製造発展の要因。

グランドセイコー地元で支える、世界に誇るグランドセイコーのものづくり。

塩尻は冷涼な気候と清らかな水源に恵まれ、また中山道の宿場町でもあったこともあり、古くから交通の要所あるいは製造業の拠点として栄えてきました。現在でも多くの精密機械メーカーが軒を連ね、また伝統的な木曽漆器工房や古き良き奈良井宿の町並み、世界的評価を高めているモダンなワイナリーなど、見どころの多い土地でもあります。中田氏はそんな塩尻にほど近い、諏訪郡原村で生まれ育ったのだといいます。

「地元の諏訪精工舎(現在のセイコーエプソン)に入社した1982年頃、爆発的なクオーツの普及によって、ゼンマイ駆動の機械式グランドセイコーは高精度機械式時計としての役目を一旦終えていました。しかし80年代後半にグランドセイコーを復活するというプロジェクトがスタートし、その専用キャリバーであるクオーツ式の『9587』の組み立てに携わることになったんです。それが私とグランドセイコーとの馴れ初めです」

世界初のクオーツ式腕時計である「クオーツアストロン」、またその後の特許技術の公開によって世界中へクオーツ式時計の普及を進めていたセイコーは、88年に発売したグランドセイコー初のクオーツモデル「95GS」によって、巷のクオーツ時計を大きく引き離す年差±10秒という圧倒的精度を実現。グランドセイコーの名声と技術水準の高さを、改めて世界に轟かせたのです。

諏訪精工舎といえば、ぜんまいで駆動しながらも驚異的な高精度を実現した、スプリングドライブというセイコー独自の駆動方式が生み出された場所。そんなイノベイティブな環境で、若き日の中田氏は研鑽を積んでいくことになります。
「決して趣味とは言えませんが、子どもと一緒に家の近くの阿弥陀岳に登山に行ったりします。実は高所恐怖症なので下山が大変なんですけどね(笑)。諏訪大社の御柱祭は完全に地元で上社側。松本の工場勤務だった時代を除いては、いつも参加させてもらっているんですよ。……正直、家と職場の往復しかしてないので、塩尻のことはあまり知らないんです」

そう申し訳なさそうに話す中田氏にとって、この地域は慣れ親しんだ“当たり前”にあふれた土地だということなのでしょう。

バーゼルワールド2019で発表された最新作「SBGZ001」。

最新作「SBGZ001」、「SBGZ003」のムーブメントも、意外なほどアナログな工具によって磨きや組み立て、調整がなされる。0.01mmの誤差も許されない超精密な作業だからこそ、熟練した技能士の感覚だけが頼り。

グランドセイコーテクノロジーではなく技術者の進化が、製品を進化させる。

世界最大の腕時計見本市・バーゼルワールド2019にて発表されたばかりの新作「SBGZ001」、「SBGZ003」は、スプリングドライブの誕生20周年を記念した新開発の手巻きムーブメント「9R02」搭載モデル。構想から商品化まで、実に27年という月日を要したセイコー独自のスプリングドライブは、ぜんまいのトルクで駆動しながらクオーツ式時計と同等の驚異的な高精度を実現した独創の機構です。しかし常に自らを進歩させ、時計技術の進化と発展を目指して挑戦し続ける中田氏とそのチームは2016年、最大約8日間(192時間)、つまりは1週間以上の連続駆動を可能とする新ムーブメント「9R01」の開発を成功させてしまいます。つまりは“機能”を飛躍的に進化させたわけです。

「最新の『9R02』では、新たに開発した“デュアル・スプリング・バレル”と“トルクリターンシステム”という機構によって、エレガントでコンパクトなケースと最大約84時間の駆動時間を両立させることができました。これで金曜日に時計を外しても、月曜日にまだ余裕で駆動し続けていることになります。たとえ高すぎる壁に見えても、研究と試行錯誤を繰り返し乗り越える方法を探し出すことで、もっと高い領域を目指さなければなりません。2011年に発表したミニッツリピーター(鐘の音で時刻を知らせる超複雑時計)のように、今まで自分達が作ったことのない、まったく新しい機能をもった製品をいつの日か作ってみたいですね」

最先端のテクノロジーが凝縮されたグランドセイコーであるはずなのに、その組立や調整、仕上げをする中田氏の仕事ぶりを見ていると、実にアナログで前時代的であるとすら感じられるときがあります。
「部品仕上げの精度と美しさを追求するために、さまざまな文献を調べてみたり、スイスの著名な独立時計士であるフィリップ・デュフォーさんを訪ねて教えを乞うたこともありました。科学的なアプローチも色々試した結果、最終的に以前から使っていた柳箸で磨き上げるような、最もクラシックな道具と手仕事がベストという結論に立ち返ったんです。もちろん、現時点でのものですけどね。」

故きを温ね新しきを知るとはよくいいますが、“故き”にこそ真理があるというのもまた、真理なのかもしれません。

地元・諏訪の出身の中田克美氏。スプリングドライブをベースとしたコンプリケーションウオッチの組み立てなどに腕を振るう傍ら、新製品の開発も。

中田氏の手首に巻かれているのは、「繊細なデザインと、細い手首にしっくりくるサイズ感が気に入っている。特別なときにしか付けないんですけどね」という、名機「9Fクオーツ」を搭載した「SBGX005」(販売はすでに終了)。

グランドセイコー技術の継承と後進の指導は、つくり手としての義務なんです。

「クレドールという高級ブランドでは、スプリングドライブをベースとしたコンプリケーションウオッチである国内初のミニッツリピーターをマイクロアーティスト工房のメンバーで製作しました。茂木正俊が設計を、私が組み立てや調整を担当しましたが、複雑時計というのは仮にどんなに精巧な設計図であったとしても、そのまま組み上げただけではちゃんと動いてくれません。必ず誤差というものが生じるからです。0.01mm以下という僅かな誤差であっても、ミニッツリピーターのような機構は正しく動作しなくなってしまうんです」

そこでは長年培った知識と技術と勘により、その誤差を“調整”してうまく動くようにするという作業が、絶対に必要になってきます。
「これは自分の力だけでは不可能だし、先輩に教えてもらうだけでも不可能です。だからこそ技術の継承というものが、なによりも大切なんです。最高の技術と知識が求められる製品を販売し続けることで、我々技能者は常にそのような製品に触れ合い、己の技術を磨くことが出来ます。また先輩の技術を学ぶことが出来ます。このような環境が、グランドセイコーが常に最高峰の腕時計として君臨し続けていられる理由であり、セイコーの、引いては日本の時計づくりという文化のさらなる進化をもたらす要因なんだと思うんです」

自分の好きな時計を設計から仕上げまで、好きなように作り上げる独立時計師が羨ましく、憧れる気持ちもある、という中田氏。
「でもつくり手にとって、技術の継承は義務のようなもの。後進の指導を含めてじっくりと取り組むことのできる『マイクロアーティスト工房』での仕事は、私にとって理想的なのかもしれません」

図面には現れない、決して数値化できない“見えない壁”は、決して人工知能や機械に越えることはできません。そして知識や技術に加えて情熱までも、世代を超えて受け継いでいけるのは、我々人間だけだと思うのです。スプリングドライブならではの水面を滑るようにスムースに動く秒針は、決して途切れず止まることのない“時”の流れを象徴するかのよう。

「ゴルフが好きでよく行くんですが、強いバックスピンが掛かったボールは、地面に落ちてくるのがとてもゆっくりに感じられますよね。その動きを眺めていると、“時”の流れを強く感じるんです。あと鏡に写った自分が、いつのまにか白髪交じりになっていることに気づいた時も(笑)」

グランドセイコーのコンセプトである“Nature of Time”とは、移ろい、流れ続ける“時”の永続性を意味するもの。目を凝らし、耳を澄ませば、わたしたちの身のまわりでも本当にたくさんの“Nature of Time”を見つけることができるでしょう。
 

(supported by Grand Seiko

中田氏だけでなく、すべての技能士が自分の手と感覚に合うよう自らカスタマイズした工具を使用。また常に同じ使用感を得るようにするため、日々の手入れも欠かせない。

グランドセイコーとして初のマイクロアーティスト工房製のモデルとなった「SBGD201」。その長く、大きく、スムースに回転する秒針が、スプリングドライブならではの時の“流れ”を体現。

「SBGD201」に搭載されたキャリバー「9R01」シリーズは、塩尻の風景を見事にデザインへと昇華。受けの輪郭で富士山、パワーリザーブが諏訪湖、ルビーやネジは街の灯りを象徴。

高ボッチ高原に立てば、眼下に広がるのは美しい諏訪湖と諏訪の街。キャリバー「9R01」と見比べれば、その再現性の高さは一目瞭然。これこそまさに、Made in Japanの圧倒的技術力と美意識の発露。

お問い合わせ:0120-302-617 ※グランドセイコー専用ダイヤル(通話料無料)
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