人と桜文化や研究に寄り添った桜景色。その尊さを今に残す美しき風景。
満開の桜を仰ぎ見る時、あるいは、舞い散る花びらを手のひらにおさめる時、誰にでもひとつは桜にまつわる思い出が浮かぶのではないでしょうか。明るく楽しい記憶もあれば、切ない出来事が想起される、という人もいるかもしれません。2019年のお花見特集、最終回は、人と桜が寄り添い紡いだ物語と、人がつくり上げた優れた桜景色にスポットを当てます。桜に思いを寄せることで生まれた文化や祈り、決意。そしてそこから始まり時を経て、今を彩る素晴らしい風景をご覧ください。
かつては奥州街道の宿駅として栄えたという栃木県那須郡那須町。ゆったりとした時間が流れる山間にある『鏡山温泉神社(上の宮)』の参道脇でひっそりと葉を揺らすのは、「遊行柳(ゆぎょうやなぎ)」です。室町時代より語り継がれる逸話が残されたこの柳の木は、能楽や謡曲の題材となり、西行や与謝蕪村、松尾芭蕉らが感銘を受け作品を残すなど、見る者の心を掴んで離さない不思議な魅力を宿しています。春になると隣に植えられた桜が開花し、柳の葉の新緑や周囲の田んぼの風景と相まって、いっそう情緒ある雰囲気に。時代を超えて多くの人々の琴線に触れ、記憶に残り、愛され続ける、一度は見ておきたい絶景です。
生涯で約40万点もの植物標本を収集し、新種や新品種など1,500種類以上の植物を命名した植物学者の牧野富太郎氏が、最も好んだ植物は桜だったといいます。その思いは牧野氏が故郷の高知県高岡郡佐川町に「ソメイヨシノ」の苗を寄贈したエピソードからも知ることができ、その思いに応える形で、桜を植樹し、牧野氏の名前を冠して誕生した『牧野公園』は、知る人ぞ知る花見スポットです。標高200.7mの『古城山』の山腹に位置する園内には現在24種類の桜が植樹され、3月下旬から順次開花し山肌を鮮やかに染め上げます。自然の偉大さ、尊さを感じられる、稀代の植物学者が愛した桜の数々は必見です。
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人と桜祈りの形が具現化された、温かな思いが宿る桜の名所。
人生の節目に、思いを込めて行う植樹。自身や近しい者への祈りを木々に託し、その成長を見守るということは、過去の人々にとっても大きな意味を持つものだったのでしょう。毎年4月、山間に「桜の雲海」と称される桜の絶景が広がる『不動尊一心寺』の桜も、そのひとつです。初代住職が病気がちな奥様の快気を願い桜の木を植えたのが始まりとされ、そんな温かな思いを体現するかのように、現在では希少な品種を含む約15種の桜が優しく咲き誇り、多くの人々の目を楽しませています。
神奈川県鎌倉市に位置する『鶴岡八幡宮』の参道「段葛(だんかずら)」も、夫の妻への思いが結実した、愛の結晶とも呼べる場所です。鎌倉幕府の初代征夷大将軍、源頼朝(みなもとのよりとも)が、妻・北条政子の安産を祈念して自ら指揮をとり建設したとされ、1918年より少しずつ桜の木が植えられてからは、県内有数の花見の名所としても人気を集めています。2014年から2016年には整備工事が行われ、177本の若木が新たに植樹されました。ふたりの絆を祝福するかのように咲く若い桜の姿もまた、新たな魅力に溢れています。
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人と桜故郷への思いを込めて植樹した桜が、今年も華麗に咲き誇る。
生命力溢れる若木に故郷の繁栄を重ね、植樹したという物語も各地に残されています。長野県伊那市の『高遠城址(たかとおじょうし)公園』の桜の木は、1875年、荒れ果てた城跡をなんとかしたいと考えた旧藩士たちが、高遠藩が管理していた「桜の馬場」より木を移植したことが始まりとされています。地域の固有種である「タカトオコヒガンザクラ」をはじめ、4月上旬から中旬にかけて約1,500本の桜が開花し、その美しさは「天下第一の桜」と称されるほどです。
4月上旬から中旬にかけて、「一目千本桜」の名にふさわしい景色が広がるのは宮城県柴田郡の『白石川』の堤沿いです。1923年、東京で成功を収めていた大河原町出身の実業家、高山開治郎氏が故郷のためにと、約1,000本の桜の苗木を植え込んだことが始まりとされ、その桜は樹齢約90年となった今も見事な花を咲かせます。温かな思いと時間が築き上げた桜の絶景は、時を重ね、新たな世代へと受け継がれてゆきます。(文中には諸説ある中の一説もございます)。
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