深く長い歴史を持つ世界遺産・平泉の伝統と文化に酔う。[平泉倶楽部~FARM & RESORT~/岩手県西磐井郡平泉町]

平安末期に奥州藤原氏のもとで栄え、「黄金の都」と呼ばれた世界遺産・平泉の歴史と文化を体感できるプレミアム・リゾート。

平泉倶楽部世界遺産の里に佇む、1日1組限定の古民家リゾート。

東西に長く、多様な風土と、それに育まれた多彩な文化を誇る国・日本。
いまだにその魅力が知られていない地も多く、旅やそこで得られる体験を愛する人々には、まだまだ探求の余地があるといえるでしょう。
 
そんな「旅の通」にお勧めしたいのが、ここ奥州の平泉です。
かつて「黄金の都」と称えられ、陸奥の豪族・奥州藤原氏のもとで3代100年にわたって隆盛を極めた地。平安末期に築かれた寺院や史跡、連綿と受け継がれてきた文化や習俗などが色濃く残っています。
 
そんな悠久の歴史を見守ってきた束稲山(たばしねやま)の山麓に、2018年7月、『平泉倶楽部~FARM&RESORT~』が誕生しました。築150年の日本家屋をリノベーションした、1日1組限定・一棟貸しのプライベート・リゾートです。

美しい田園風景と緩やかな時間の移ろいの中で、ラグジュアリーかつプライベートな時間を過ごせる。

延べ床面積約170㎡の一軒家を一棟貸し。二世帯でも三世帯でも同じ空間で寛げる。

南部鉄器で頂く白湯、秀衡塗(ひでひらぬり)で味わう食事、一関の京屋染物店が手染めした作務衣(さむえ)など、平泉の伝統工芸を五感で楽しめる。

平泉倶楽部歴史と文化を育む「風土リゾート」を目指して。

『平泉倶楽部~FARM&RESORT~』の特徴は、贅沢なゲストハウスであると同時に、かつて「黄金の都」として栄えた平泉の歴史や文化、伝統工芸などを体感できるショールームにもなっている点です。
 
中尊寺金色堂をはじめとする複数の世界遺産や、有形無形の文化遺産を数多く擁する平泉は、古くから多様な文化や伝統が出合い、影響を与え合いながら発展してきた地でした。今なお残るそれらの賜物は、あまたの伝統工芸や伝統芸能となって息づいています。

それらを集めた館内には、南部鉄器・岩谷堂箪笥(いわやどうたんす)・秀衡塗(ひでひらぬり)などの伝統工芸品が随所に配置されています。いずれもゲストが自由に利用でき、貴重な一流の工芸品にじかに触れられます。

平泉の歴史と伝統を映したしつらえが、充足感を与えてくれる。

キッチンにはIHコンロ、バスルームには最新の水回りと自動お湯はり機能などを完備。古民家の風情はそのままに、快適に過ごせる。

平泉倶楽部平泉の振興と発展を目指して。

平泉は年間200万人もの観光客が訪れる、一大観光地です。ですが、景観条例などによって高層ホテルや大規模な宿泊施設の建設が困難、という課題がありました。そのため平泉に訪れても、そのまま別の観光地に流れる、という人々が多く、現地に泊まる人は年間わずか4万人(観光客全体の2%)に留まっていました。
 
そんな課題を解決するために、『平泉倶楽部~FARM&RESORT~』は造られました。更に郷土食作りや伝統芸能の鑑賞、近隣農家での農業体験などの「体験」も用意して、世界遺産・中尊寺金色堂や近隣の名所へのツアーガイド、毛越寺(もうつうじ)での座禅体験などもオプション化。平泉の魅力をより堪能できる拠点として、注目を集めています。
 
特に「一棟貸し」の贅沢かつプライベートな空間で愉しめる体験は、地域の人々とのディープな交流に最適! ただ泊まるだけでなく、「ここに再び訪れたい」という動機づくりになっています。

ゲストのためだけに舞われる「南部神楽」を、広い庭先で鑑賞できるオプション(料金:1回5万円~)。

地元のお母さんに郷土料理を教わりながら、自ら作って味わう楽しみ。

近隣農家での農業体験は、平泉の空気と風土にダイレクトに触れられる(料金:1名あたり5,000円~)。

平泉倶楽部非日常の空間で過ごす、上質な休日

こうした体験や滞在で味わえるのは、まるで田舎に帰ってきたかのような懐かしい空気。都会の喧騒とは無縁の環境と、何ものにも縛られない緩やかな時間の中で、心ゆくまで寛げます。
 
長い縁側や、広々とした畳の部屋で、足を伸ばして寝転がるひと時。庭のハンモックに揺られたり、竹林を吹き渡る風の音に耳を澄ましたりと、時間を忘れて過ごせます。

季節によって表情が変わる風景に、極上の寛ぎを実感。

寝室は洋室と和室があり、洋室は施錠できる。

自慢のヒノキ風呂は、まるで森林浴をしているかのような爽やかな芳香に癒される。

平泉倶楽部平泉の風土を詰め込んだ「食」でこの地の神髄を知る。

そして日が暮れたら、囲炉裏を囲んで昔ながらの団欒(だんらん)が愉しめます。更に5つのプランから選べるバラエティ豊かな夕食が、その団欒に更なる満足感をもたらしてくれます。
 
まずは料理人を派遣してもらい、和洋折衷やフレンチなどの特別なコース料理を作ってもらえるプラン(料理人派遣料2万円(税抜)+料理1人前5,000円(税抜)~)。次に地元のお母さんに教わりながら作る、一関や平泉の郷土料理(1名あたり3,000円(税抜))。更に地元の飲食店『KABURAYA』から届けられる、地域の食材をふんだんに使ったケータリング(夕食1人前4,000円(税抜)~/朝食1人前1,500円(税抜))。そしてアメリカ製の「weber®2バーナーガスグリル」で焼き上げる、手軽でありながらも本格派のバーベキュー(機器レンタル5,000円+食材1名分1,500円~4,000円)です。いずれもここでしか味わえない、驚きと感動をもたらしてくれます。
 
また、持ち込みフリーのキッチンで自ら調理する楽しみもあり、これが5つ目のプランとなります(無料)。好みに合わせて古民家ステイの晩餐を愉しんでください。

朝食の一例。地場産の食材を小粋なアレンジで堪能できる。

山麓からの眺めも素晴らしい、野趣溢れるバーベキュー。

平泉倶楽部素晴らしいロケーションを心に焼き付けて。

平泉は東を北上川、北を衣川、南を太田川の3本の川に囲まれて、西に小高い山々が連なる牧歌的な地です。ですが、その中央には東北の大動脈だった「奥の大道」が通っており、岩手の要衝として発展してきました。
そのため今も東京から新幹線で2時間という利便性を誇り、かつての「黄金の都」の面影に気軽に触れることができます。
 
そして棚田や森に囲まれて、須川岳(栗駒山)や焼石連峰を望める絶景も見逃せない魅力です。歴史に想いをはせながら、深く多彩な文化に浸り、それらを受け継いできた人々と交流するひと時――これらの体験は、間違いなくあなたの心に刻まれるでしょう。
 
「仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」として、地域全体が世界遺産に指定されている平泉。いまだ知られざるその魅力に、心ゆくまで浸ってみてください。

関東からもアクセスが良い「奥の大道」の要衝。

この地に息づく「良いもの」を集めた、平泉の風土の結晶。

住所:岩手県西磐井郡平泉町長島字前林78-1 MAP
電話:0191-26-0015
受付時間:9:00~18:00
料金:一泊 10万円(税抜)
※宿を一棟まるごと貸切となります(1日1組限定/9名まで)
チェックイン:15:00~21:00
チェックアウト:~10:00
平泉倶楽部~FARM & RESORT~ HP:https://hiraizumi-club.jp/
写真提供:平泉倶楽部~FARM & RESORT~

沖縄の離島に点在する、日本の住居における歴史的な場所。[うるま市の島々/沖縄県うるま市]

自然の洞穴を囲い込んだ「アマミチューの墓」。比嘉集落のノロ(神を拝む人)が中心になり、多くの島民が参加して五穀豊穣、無病息災、子孫繁栄を祈願する。

うるま市の島々開発の手が及ばない、本島に近い離島の古民家。

沖縄本島の中部に位置するうるま市には、海中道路でつながる4つの離島「平安座島」「浜比嘉島」「宮城島」「伊計島」に、高速艇で15分ほどの所にある「津堅島」があります。沖縄には伝統的な古民家が立ち並ぶ、「竹富島」の重要伝統的建造物群保存地区のように観光地化されている例もありますが、本島に近い所ほどそれらが失われつつあります。ところがこのうるま市の場合、本島の一部と思えるほど近い場所にありながら、沖縄の伝統的な古民家がたくさん残されているのです。

うるま市にある古民家の特徴のひとつは「石の塀」。どの家の前にも必ずあって、悪い気を止める役割があるようです。もうひとつは「シーサー」。それぞれの屋根に取りつけられており、どの家も造りやデザインが違って、それだけでも見る価値はあります。沖縄の古民家は非常に貴重な存在で、うるま市も保存に関心はあるようですが、保存に関する動きは鈍く、空き家が増えているようです。後数年したらなくなってしまうという危機的な状況にあります。

沖縄県うるま市の島々に残る古民家。本島近くに残されているのはまれで、赤瓦の屋根が特徴的。

屋根や門扉の上に取りつけられているシーサー。家ごとにデザインや設置場所が異なる。

うるま市の島々聖地に残された、守るべき沖縄の伝統建築。

離島のひとつ「浜比嘉島」には、琉球王国時代に国家的な祭事が行われ、世界文化遺産に登録された沖縄を代表する大自然の聖地「斎場御嶽(せーふぁうたき)」があります。また、宇比嘉の東海岸にはアマンジと呼ばれる岩屋の小島があり、そこには琉球開びゃく伝説で有名なアマミチューとシルミチューの男女二神を祀った、洞穴を囲い込んだ「アマミチューの墓」もあります。太平洋に面しており、小さいけれど、とても神秘的な霊場です。「浜比嘉島」の集落には沖縄料理の古民家食堂『てぃーらぶい』があり、若い店主が場を盛り上げて賑わいを生み出しています。このように、島にもっともっと若い世代やクリエイターが入ってくれるといいなと思います。減少しているとはいえ、うるま市には幸い古民家が残っています。日本の住居の歴史の中でも大事な場所であり、このままなくなってしまってはあまりに寂しいので、いい状態で残っていってほしいです。そう願ってやみません。

「浜比嘉島」比嘉地区の東海岸に突き出したアマンジと呼ばれる小島にある「アマミチューの墓」。

「浜比嘉島」で親しまれている古民家食堂『てぃーらぶい』。昔ながらの造りをそのままに沖縄料理の店を営む。

住所:沖縄県うるま市

1952 年生まれ。東洋文化研究家。イエール大学で日本学を専攻。東洋文化研究家、作家。現在は京都府亀岡市の矢田天満宮境内に移築された400 年前の尼寺を改修して住居とし、そこを拠点に国内を回り、昔の美しさが残る景観を観光に役立てるためのプロデュースを行っている。著書に『美しき日本の残像』(新潮社)、『犬と鬼』(講談社)など。

スタイル、ペアリング、全てが圧倒的にユニーク。宮崎から地方鮨のあり方をアップデートする。[一心鮨 光洋/宮崎県宮崎市]

一心鮨 光洋OVERVIEW

「宮崎に『一心鮨 光洋』あり」。
全国を食べ歩く食通たちは、そう口を揃えます。宮崎駅から徒歩で10分前後の場所にある創業46年の鮨店は、この4~5年にその名を全国区にし、県外から、そして海外からもゲストを集める人気店に成長しました。全国的に見ても、鮨の市場は近年「バブル」といわれるほどの活況ぶり。海に囲まれた日本では、魚介は農作物以上に土地を表す食材ゆえ、「その土地ならではの味」を求めて全国を食べ歩く人々が、鮨にプライオリティを置くのも納得です。しかしながら、そうした鮨店におけるゲストの均質化が、サービスの多様化につながっていることも否めません。熟練の食べ手ほど「どこに行っても高級江戸前スタイル」と嘆きます。
そんな中、『一心鮨 光洋』が持つオリジナリティの根源はどこにあるのでしょうか。キーパーソンは、父が築いた店を継ぐ代表の木宮一光氏。職人ではなく、サービスマンが店の顔となる鮨店は、地方鮨隆盛の今でも、そして年間100軒を超える新店が誕生している東京でも、例がありません。

ただ、初めから今のスタイルを目指して上りつめてきたわけではありませんでした。苦労も予期せぬ事態もありましたが、その時々の判断で、妥協することなくベストを探り続け、『一心鮨 光洋』は他に例を見ないスタイルをつくり上げてきたのです。鮨業界の未来を照らし、新しいあり方を指し示す意味でも注目すべき1軒。その物語を紐解きます。

住所:宮崎県宮崎市昭和町21 MAP

電話:0985-60-5005

再入荷!!!

 

皆様!こんにちは!

 

 

今日はメンズ館から商品紹介いたします!

 

児島GENESさんの商品です!

大人気の【エンジニアバッグ ¥3,240(税込)】  が再入荷致しました!

ズボンのベルトループに付けるも良し!

バッグインバッグにして小物入れにしても良しな便利なエンジニアバッグ!


小さめの手帳も入るほどのポケットとタバコや携帯などの小物もスッポリ入るポケットと、とにかく便利です!!

 

大人気の商品になりますのでぜひお早めに!!


倉敷にお越しの際にお土産としてもいかがでしょうか!
皆様のご来店を心よりお待ちしております!

都市に在りながらも清涼な静寂を感じられる、ヨーガン レールの美意識を映した空間。[マルダ京都/京都府京都市]

ポーランド生まれのドイツ人デザイナー・レール氏のブランド『ババグーリ』のプロダクトや世界観を体感できるホテルとカフェ。

マルダ京都『ババグーリ』の世界観と「生活哲学」に浸る。

厳選された天然素材と緻密な手仕事によって、デザイナー・ヨーガン レール氏の美意識を凝縮したものづくりを追究し続けるブランド『ババグーリ』。その根底に流れる哲学と深く共鳴したホテルとカフェが、京都は姉小路通の地、『ババグーリ京都』と向かい合うスペースにオープンしました。

レール氏が好んで用いる素材のひとつに、インドの西ベンガルの地名に由来する絹糸「マルダシルク」があります。その黄金色の繭から名前を戴いた『マルダ京都』は、丁寧に紡がれる糸のようにしなやかで、素朴でありながらも美意識溢れる滞在を実現できるスポットとなりました。

『マルダ京都』を構成するのは、1日3組限定・1部屋3名までの贅沢なホテルと、併設のカフェです。
ここで体感できるのは、全てがシンプルでありながら、人・物・環境などと真摯に向き合って生み出されてきた衣食住のコンテンツたち。真摯かつ丁寧に生きていくための方法を探求してきた『ババグーリ』の「生活哲学」を、五感で堪能することができます。

『ババグーリ』が空間からサービスにいたるまでの総合ディレクションを、建築家の藤本氏とリノベーション集団『coto』が内装と運営を手がける上質な空間。

1フロアに1部屋という贅沢なプライベート・ホテルは、全3部屋のそれぞれにテーマカラーを設けている。

マルダ京都ヨーガン レールが築き上げてきた精神性を衣食住で体現。

『マルダ京都』の発端は、『ババグーリ』と建築家の藤本信行氏との出会いでした。
藤本氏は、レール氏が東京や石垣島で暮らしたり、世界各国を旅したりする中で、「自然や人為的なものとどのように向き合っていくべきなのか」と思索してきた軌跡に圧倒されたそうです。
「それらが独自の“生活哲学”となり、『ババグーリ』のものづくりに確かに息づいていることに、更に感銘を受けました。『マルダ京都』は『ババグーリ』の“生活哲学”が織り成すコンテンツ群に多大な影響を受けた私たち・MALDAチームが、食や生活道具、空間やサービスを体感して頂くことをひとつのきっかけとして、ゲストご自身の暮らし方を見つめ直すための“気付き”を得られる場を設けたい、という想いから始まったのです」と藤本氏は語ります。

例えば、素足で歩くと意外なほど気持ち良い洗い出しの床。それを体感して「自宅もこんな感じにリフォームしてみたい」と思ったり、野菜中心の素朴な朝食を味わって「こんな食事も悪くないな」と気付いたり。
他にもアメニティグッズの使い心地や、カフェのしつらえに快適さと落ち着きを見い出すなど、『マルダ京都』の価値観に少しでも共鳴して、そこから何らかの「気付き」を得て頂きたい、藤本氏はと考えているそうです。

3階の「青(AO)」。全部屋にツインベッド・デイベッド・ダイニング・キッチン・バスタブ・トイレを備えており、その全てが『ババグーリ』の商品を含む厳選したインテリアで彩られている。

2階の「赤(AKA)」。日常の雑念や雑事を忘れられる気遣いにあふれている。

マルダ京都確かな哲学を漂わせながらも、自由なスタイルで過ごせる懐の深い場所。

京都には、カフェもホテルも過剰なほどに溢れています。そんな中で、それでも『マルダ京都』を立ち上げた藤本氏とMALDAチームは、「豊かな人間性を湛えたライヴ感のある空間とサービスを、この価値観に共感して頂ける人々に向けて丁寧に提供すること」を目指しているそうです。

ゲストの目の前で毎日砂糖・卵・乳製品を使わない焼き菓子を焼き、ランチタイムには、ヨーガンレール社の社員食堂から受け継いだレシピをベースにした特製のベジタリアンカレーを供するカフェ。そして少人数限定のプライベートな宿でありながら、多くの人々の共感を得られるであろう、真摯な価値観を示したホテル。特にホテルは、ホテルらしいアメニティグッズやその他の備品、サービス等をできるだけ排して、自分自身とゆったり向き合える場所となっています。

オーガニックコットンのタオルが備えられたバスルーム。キッチン・洗面所ともに浄水が出る。

手織りコットンの部屋着とベッドクロス。『ババグーリ』こだわりのファブリックは、肌にも心にもしっくりとなじむ。

芳香が素晴らしいハーブ・ジャタマンシの精油入りのシャンプーとリンス、マートルとベチバーの精油入り石けんなど、『ババグーリ』こだわりのアメニティグッズにも癒される(これらのみ持ち帰り可)。

マルダ京都ヨーガンレール社の社員食堂の精神を受け継いだカフェ。

また、大きな窓が姉小路通に面した開放的なカフェも、ヨーガンレール社の社員食堂のしつらえやレシピを受け継いでいます。
柔らかなフォルムのチーク材の丸テーブルや、できる限り無農薬で栽培された食材を用いた焼き菓子とカレー。ホテルと同様に心地よい空間で、豊かな時間をもたらしてくれます。

いつでも焼きたてが味わえるマフィンやクッキーは、お土産や贈り物としても好評。更にオリジナルブレンドの豆茶・自然派ワイン・石垣島のヨーガンレール農園から届いたフレッシュフルーツを使ったソーダ等のドリンクなどもあり、心身に潤いを与えてくれます。

ヨーガンレール社の社員食堂で長く愛用されている、『ババグーリ』定番の家具に囲まれて。

ランチタイムで供される、季節の野菜たっぷりのベジタリアンカレー。

テイクアウトやお土産の販売もあり。

マルダ京都丁寧で素朴な食が何よりのご馳走。

もちろん、宿の部屋食として供される朝食にも同様の心尽くしが詰まっています。
素材は京都産の有機野菜や、石垣島のヨーガンレール農園から届いた旬の野菜や果物。それらで丁寧に作られた料理を戴く器は、漆作家の宮下智吉氏によるセンの木のプレートで、『ババグーリ』の食器もいろどりを添えます。

こちらの朝食も、カフェと同じくヨーガンレール社の社員食堂直伝のレシピ。作り手自らが部屋まで届けてくれることもあって、より贅沢な気分に浸れます。

これを目当てに訪れるゲストも多い、こだわり尽くしの朝食。

マルダ京都スタッフとの会話でより深く『マルダ京都』の世界観に浸る。  

このように、全てのコンテンツが「ゲストに心地よく過ごして頂けるように」と整えられている『マルダ京都』。
その神髄を堪能するために、スタッフにも積極的に話しかけてほしいそうです。

「と申しますのも、ホテルやカフェのしつらえからメニュー・アメニティグッズ・スタッフのユニフォーム等にいたるまで、全ての衣食住において我々がどのようなモノ・コトを心地よいと感じるかという視点に立って、ヨーガンレール社の皆さんと一緒に考えてたどりついた空間やサービスだからです。ご質問やご興味を持って頂けたことがありましたら、どんどん話しかけてください」と藤本氏。

さらに『マルダ京都』の向かいには、ホテルやカフェのしつらえやアメニティグッズの一部が購入できるショップ・『ババグーリ京都』もあります。ここにもぜひ立ち寄って、気に入ったアイテムを入手したいものです。

『ババグーリ京都』の外観。京都の街並みに溶け込みながらも、確かな存在感を見せる。

『マルダ京都』で触れたアメニティグッズや布製品を、想い出とともに連れて帰れる。

マルダ京都じっくり、ゆっくり、この世界を育む。

「『MALDA 』のホテルやカフェを他の都市に増やしていく計画は、現在のところはありません」と藤本氏。
更に藤本氏は、「なぜなら、まだまだいたらない点や十分でない部分があり、『MALDA』も我々ももっと進化していかなくてはならない、と考えているからです。そのためにも、今後もスタッフ全員で衣食住について研鑽を続け、より上質な癒しと寛ぎを実現して参ります。将来はカフェでのイベント等も企画し、ご宿泊やご来店の動機となるコンテンツを多数用意していきたいと思っております」と続けます。

多くの人々に支持されながらも、更なる高みを目指して真摯に励み続ける『マルダ京都』。その素朴でありながらも極上の満足感を与えてくれるおもてなしに、身も心も浸ってみたいものです。

確かな哲学を漂わせながらも、訪れる人々が自在なスタイルで過ごせる懐の深い場所。

住所:京都府京都市中京区堺町通御池下る丸木材木町684 MAP
ホテル予約専用電話:080-1456-5967(9:00~18:00)
電話(カフェ・マルダ):075-606-5385
カフェ営業時間:10:00~19:00(L.O.18:30)
休日(ホテル):年中無休
休日(カフェ):無休(メンテナンス日、年末年始を除く)
料金(ホテル):1泊2名1室朝食つき 36,000円~(税込)
マルダ京都 HP:www.maldakyoto.com
写真提供:マルダ京都
写真撮影:影山優樹(マルダ京都)・坂下智広(ババグーリ京都)

スターシェフが揃い踏み!次々と繰り出される夢の料理に福岡の夜が湧いた![DREAM DUSK/福岡県福岡市]

写真左より、『La Maison de la Nature Goh』福山剛氏、『イチリンハナレ』齋藤宏文氏、『日本料理たかむら』高村宏樹氏、総合プロデューサー・本田直之氏、『初音鮨』中治勝氏、『FARO』能田耕太郎氏、『The SG Club』後閑信吾氏、ビバレッジディレクター・大橋直誉氏、『ザ・ルイガンズ.』ゼネラルマネージャー・水口丈史氏。

ドリームダスク夢に見た料理が、目の前でコースに!

福岡『La Maison de la Nature Goh』による鰻と胡瓜のガスパチョを皮切りに、お次は秋田『日本料理たかむら』の白海老と蕨のすりながしが喉を潤し、胃袋が少し刺激されたところに資生堂『FARO』のジャガイモのスパゲティキャビアのせが美酒とともに追い打ちを……。
仏、和、伊の異なる料理が連鎖していく味わったことのない体験。通常は相まみえることのない名作料理が協奏曲のように抑揚をつけながらコースを組み立てていく不思議。
合わせるのはこちらも既成概念にとらわれない斬新なペアリングばかり。2008年のドンペリでの乾杯に始まり、「Gravner 2007 Bianco Breg」が供されたかと思えば、「而今 純米吟醸」や「即墨老酒」などなど、料理に合わせ話題のレストランプロデューサー・大橋直誉氏が驚きのペアリングンを体験させてくれるのです。

この夢のような料理体験、フーディーがお腹をすかせて夢想でもしているのかと思いきや、すべては現実なのです。

世界を食べ歩くフーディーである本田直之氏が仕掛け人となり、氏が“名店をはしごできたら”という夢のような願望をひとつのコースとして実現してしまったのです。もともとは、本田氏とリゾートホテル『ザ・ルイガンズ.』のゼネラルマネージャー・水口丈史氏が「なにか一緒にできたら、いいね」というところから始まったという同イベント。であるなら、これまでにない食のイベントであり、海を前にした抜群のロケーションや立地を持つ『ザ・ルイガンズ.』だからこそ出来ることを。そんなどこにもないイベントとして産声を上げたといいます。毎年、発売するとまたたく間にソールドアウトしてしまうという、食の祭典“DREAM DUSK”。

福岡きってのリゾートホテル『ザ・ルイガンズ.』で催された令和初、第4回の“DREAM DUSK”を、ONESTORYでは編集部自らが体験し、その感動とともにレポートをお届けしたいと思います。

「横山さんの鰻と胡瓜のガスパチョ」。

ドリームチームの空気を盛り上げるムードメーカー。『La Maison de la Nature Goh』の福山剛氏。

「白海老に蕨擂りをのせて」。

チームの兄貴分的な存在。『日本料理たかむら』の高村宏樹氏。

「魚醤風味のジャガイモのスパゲティ キャビア載せ」。

ミラノ仕込み、緩急自在の独創的なアイデアで他を驚かせる『FARO』の能田耕太郎氏。

ドリームダスク終盤は幸福感と寂しさが織り交ざり、独特な熱気を帯びた。

6月初旬、福岡きってのリゾートホテル『ザ・ルイガンズ.』で催された食の祭典“DREAM DUSK”。前段では、そのさわりを紹介させていただいたのですが、夢ではないと書いたのは間違いかもしれません。そう、総合プロデューサーである本田直之氏が夢の料理体験を具現化したのですから、夢を現実にした食イベントといって差し支えないのです。

ミシュラン星付きレストランを始め、某グルメサイトで全国トップクラスに名を連ねる有名店、半年先まで予約困難な人気店まで、日本屈指の5名の料理人が一堂に介し、ひとつのコースを組み立てていくのです。

『La Maison de la Nature Goh』の福山剛氏、『日本料理たかむら』の高村宏樹氏、『FARO』の能田耕太郎氏と、出だしの3品を供した料理人の名を聞いただけでも、食にうるさい読者であるならば、このドリームチームは推して知るべしでしょう。
さらには鮨の名店・蒲田『初音鮨』の中治勝氏と、中華の概念を覆す『イチリンハナレ』の齋藤宏文氏。仏・和・伊のほか鮨に中華というジャンル違いのシェフで構成されたドリームチームが食膳を彩るのです。
さらにビバレッジディレクターとして大橋直誉氏がペアリングのドリンクを統括する他、World's 50 best bars Asia's 50 best barsにおいて上位に名を連ねるバーを複数展開する『The SG Club』の後閑信吾氏によるスペシャルカクテルや『而今』の蔵元杜氏・大西唯克氏による特別な日本酒の提供など、飲み物までが緻密な計算のもと、驚きと感動をもたらす構成に。

ちなみにコース中盤、『イチリンハナレ』齋藤氏によるよだれ鶏は、なんと三変化で提供。まずは四川ベースの辣の効いた蒸し鶏を味わったあとに、残ったタレに熱々の焼餃子を投入。仕上げには中華麺を絡め四川の真髄を楽しませてくれるのです。さらに続く『初音鮨』では謹製の本鮪三種丼が供され、大将の中治氏自らが壇上でシャリきりのパフォーマンスも披露。そのどれもがスペシャリテのような存在感を放ちながらも、コースの流れを意識する抑揚やボリュームは、まさに一流シェフの共演だからこそ成せる技なのかもしれません。

コースは折り返しを過ぎてもなお続く、怒涛のスペシャル料理ながら、食べ進むうち、その刹那、ふと寂しささえ沸き起こるのです。二度と巡り合うことのない、夢のコース。お腹が満たされ、幸福感に浸りながらも、今後この5人が再びキッチンを共有し、再び料理を供することは不可能に近いと気づいてしまったのです。

それほどまでに料理人、空間、食材、さらにはスタッフやゲストが一体となり、この幸せな時間は生み出されていたのです。150人前以上の料理を滞りなく供する厨房での連携然り、本田氏や各シェフによるトーク然り、それを盛り上げながらも次の料理を温かく心待ちにするゲスト然り、会場全体が熱気を帯びながらもある種、独特な仲間意識が芽生えていたのです。

満腹かつほろ酔い、そのすべてがスペシャルな料理とドリンクで構成された、幸福感に満たされた夜。日本各地から訪れたゲストたちは、食のイベントという範疇だけでははかりきれない体験を共有。そう、夢を具現化した食体験を密かに共にしたことで、背徳感さえ芽生える幸せを共有したのかもしれません。

「よだれ鶏 餃子 山椒麺」。

冷静沈着に物事を分析する『イチリンハナレ』の齋藤宏文氏。

「初音の本鮪三種丼 飯尾醸造 富士酢プレミアムのシャリ」。

ドリームチーム最年長のベテラン鮨職人、『初音鮨』の中治勝氏。

『FARO』のシェフパティシエ加藤峰子氏によるデザート「明浜みかんが忘れた色」。

ドリームダスクDREAM DUSKのもうひとつのお楽しみ、スペシャルランチも大盛況!

さらに二夜に渡り繰り広げられた、5人のシェフによる特別コースには続きがありました。ディナーとディナーの間となる2日目ランチには、海を目前にした『ザ・ルイガンズ.』の屋外スペースを使ってのスペシャルランチが用意されていたのです。こちらは一般入場も可能。屋台村感覚で、地元福岡の大人気店約10店舗が集結。まさに一気に人気店をハシゴするという、ここだけでしかあり得ない体験を用意していたのです。

『餃子のラスベガス』『三原豆富店』『秀ちゃんラーメン』『ピッツェリア・ダ・ガエターノ』『TADASHI』『藁焼 みかん』『めしや コヤマパーキング』『二◯加屋長介』『清喜』『大重食堂』『スナックアポロ』など、そのどれもが福岡きっての人気店であるのに、当日限りのスペシャル屋台メシを考案し、訪れる人を魅了。気軽に、楽しく、格安で“DREAM DUSK”を体感できる空間を用意していたのです。

はじめて会った者同士でも乾杯し、気軽に盛り上がれる。メインのディナーを供するシェフたちも仕込みの合間を見つけては、ふらりと訪れ、ゲストと交流し、そこかしこで笑い声や写真撮影が行われる。それは食を通して人と人がつながる瞬間。日本を代表するフーディー・本田直之氏による本気の遊び、手を抜かない大人の文化祭は、訪れる誰もを笑顔にしてしまう、そんな究極のランチイベントだったのです。

2日合計、過去最高約600人のゲストで盛り上がった今年度の“DREAM DUSK”。イベント終了後、総合プロデューサーの本田直之氏は自身のSNSにて、こう発表しました。

「同じことを続けるのではなく、常にリセットして、新たな事にチャレンジしていくのが僕の哲学。最高潮のときに最後にして、記憶に残る会にしたい」

そう、来年第5回の“DREAM DUSK”が最終回であることを明言したのです。夢を実現した究極の食イベント。2020年のプラチナチケットは争奪戦になることは必至。我こそは、究極の食いしん坊を自負するならば、この有終の美を見届けて欲しい。

芝生の広場の中に特設の屋台村が出現したランチ会場。

福岡を代表する人気店が一堂に集いランチメニューを提供。

焼き立てをすぐに提供してくれる、餃子のラスベガスにも行列が。

総合プロデューサーであり、イベントの仕掛け人・本田直之氏。

日米のベンチャー企業への投資育成事業を行いながら、年の5ヶ月をハワイ、3ヶ月を東京、2ヶ月を日本の地域、2ヶ月をヨーロッパを中心にオセアニア・アジア等の国々を旅し、仕事と遊びの垣根のないライフスタイルを送る。これまで訪れた国は61ヶ国220都市を超える。
毎日のように屋台・B級から三ツ星レストランまでの食を極め、著名シェフのコラボディナーなどのプロデュースも手がける。日本ソムリエ協会認定ソムリエでもある。
著書は累計300万部を突破し、韓国・台湾・香港・中国で翻訳版も発売。

1963年 東京蒲田に生まれる。
1984年 東京銀座の日本料理店に入社し5年で「煮方」まで昇格。
1994年 家業であった蒲田 初音鮨の4代目親方に就任。
2007年 女将の病をきっかけに、今までの献立を一新しカウンター8席、握りのみのコースの提供を開始。
2008年 ミシュラン東京の創刊で2つ星を獲得、以降11年連続で獲得中。
2015年 食べログ評価点数で全国2位に。
2018年 女将の病が再発し無期限休業に。
2019年 新生、蒲田 初音鮨を再開。8席のみのカウンターで全身全霊を込め鮨の感動体験を提供中。

1971年生まれ、47歳。高校卒業後、江戸料理の老舗・東京目白太古八にて修行し24歳で板長に。28歳で秋田にて独立。今年で20年。
食べログ2018,2019年、2年連続ゴールド受賞。
2017年農林水産省料理マスターズブロンズ受賞。
JR東日本トランスイート四季島にて料理担当。

1976年 静岡県に生まれる。
2008年 赤坂四川飯店にて12年修行後、株式会社ウェイブズ勤務。
2016年 総料理長に就任。
2013年3月 築地「東京チャイニーズ一凛」店主に就任。
2017年4月 鎌倉に一凛の離れである「イチリンハナレ」を開店に至る。

1999年に渡伊。2007年までイタリアの名店で修業を積み、その後、現地でシェフとして活躍。2013年、「ノーマ」(コペンハーゲン)など最高峰の北欧料理店での研修を経て再びイタリアへ。自身が共同経営するローマの「bistrot64」では、ネオビストロのスタイルで人気を支える。2016年11月『ミシュランガイド・イタリア 2017』 にて二度目の一ツ星を獲得。イタリア料理のシェフとして二度の評価を得るに至った初の日本人となる。2017年には「テイスト・ザ・ワールド(アブダビ)」の最終コンペティションにローマ代表として出場し優勝。「ファロ」では、風情や旬を大切にする日本文化の中、イタリアで培ってきたことを東京・銀座で発揮し、自身の感性とチーム力で“お客さまが楽しむレストラン”を創り上げていく。

1971年 2月26日生まれ。
1989年 高校卒業後 地元フランス料理店に就職。
2002年 福岡 西中洲「La Maison de la Nature Goh」開店。
2016,2018,2019年 アジアベストレストラン50 入賞。

菊地成孔が体験する「食べるシャンパン。」 マリアージュのアプローチは「選曲」とも通じ合う。[NEW PAIRING OF CHAMPAGNE・アルドアック/東京都渋谷区]

カウンターを挟んで向き合う菊地成孔氏(右)と『アルドアック』酒井 涼氏。 

アルドアック×菊地成孔「食べるシャンパン。」料理とともにあるメゾンのスタイルを体現する試み。

『テタンジェ』を、料理とのペアリングで、ワンランク上の味わいに。「食べるシャンパン。」を検証すべく、代々木八幡のスペイン料理店『アルドアック』の酒井 涼氏に「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン」に合う一品を提案してもらいました。この特別なマリアージュを体験するのは、音楽家であり作家の菊地成孔氏。ジャズミュージシャンとしての音楽活動に軸足を置きつつ、演奏、著述だけに止まらない多彩な活動を展開。食とお酒についても造詣が深く、無類のグルマンとしても知られています。

『テタンジェ』は、創業以来、ワインとガストロノミーに力を注いできたシャンパーニュメゾン。高品質な料理に対する深い理解と情熱をもとにそのスタイルが確立され、今に至るまで受け継がれています。「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン」は、そんな同社の至宝ともいえるトップキュヴェ。フレッシュで洗練された果実味、熟した果実の香り。滑らかで、生き生きとした躍動感があり、グレープフルーツとスパイスのニュアンスを感じる洗練された味わいは、料理と合わせることで、おいしさが何倍にも増幅します。それが「食べるシャンパン。」たる所以。

『アルドアック』は、スペイン各地の伝統と日本の四季を盛り込んだガストロノミックな料理を楽しめるカウンター・スパニッシュ。コース料理に合わせたワインペアリングにも定評があります。料理とワインサービスを一人でこなすシェフと、音楽を軸にジャンル越境的表現活動を続けるミュージシャン。プレステージ・シャンパーニュの味わいを巡って、料理とお酒、お酒と音の話が白熱します。

【関連記事】テタンジェ/食べるシャンパン。それは、ひとりでは完結しないシャンパーニュ。

「鮎のピンチョス モホ・ベルデソース」。パクチーを使ったモホ・ベルデソースのほか、シェリーが香る肝のソース、鮎魚醤のソースを添えて。

普段からシャンパーニュに親しんでいる菊地氏。テイスティングコメントも明解。

オープンキッチンで腕を振るう酒井シェフ。

フィレは皮目をパリッと香ばしくソテーに。

ソテー、トウモロコシ粉を使った軽いフリット、頭の素揚げと、一尾丸ごとを、異なる仕立てで。

あさりダシで炊いた新たまねぎ、クレソンの新芽などを重ねて味を構築。

盛り付けは、新緑から徐々に緑が濃くなる初夏の風景をイメージ。フィレのソテーは、スパイシーなバナナブレッドを重ねてピンチョススタイルで。

菊地氏の「音と酒のマリアージュ論」に興味深く耳を傾ける酒井氏。

アルドアック×菊地成孔いきいきとした味わいから導き出した鮎とハーブソースのひと皿。

「お店で提供するワインはスペインワイン中心ですが、休日に楽しむワインはもっぱらフランスワイン。とりわけシャンパーニュが大好きです」と言う酒井氏。
「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン」について、「プレステージ・シャンパーニュならではの厚みや複雑さ、ボリューム感はありつつ、グレープフルーツの香りや酸味がフレッシュ。思った以上にいきいきとした味わいだと感じました」と、その印象を語ります。
今回、提案してくれたのは「鮎のピンチョス モホ・ベルデソース」。鮎の身はソテーとフリットに、頭は素揚げに。肝とシェリーのソース、鮎魚醤のソース、そしてパクチーを使った爽やかなモホ・ベルデソースと、3種のソースを添えて仕上げています。

モホ・ベルデソースは、スペインの中でもアフリカ北西岸に浮かぶカナリア諸島に伝わるソース。
「私自身が着目したコント・ド・シャンパーニュの味わいの軸は“いきいきとしたフレッシュさ”。だから、鮎にはあえて炭の香りを付けず、ハーブを使って爽やかな余韻を相乗させました。和食と違い、部位ごとに異なる調理法で、一尾の鮎から味わいのバリエーションを引き出せるのがスペイン料理の強み。鮎のさまざまな調理法も、シャンパーニュの味わいの厚みや複雑さに呼応させています」。

まずは香りを楽しみ、確かめるようにそれぞれの部位を味わう菊地氏。

「コント・ド・シャンパーニュ」と料理のマリアージュに陶然とした表情。

菊地氏は、実は無類の鮎好き。素揚げの頭をうれしそうに手で口へ運ぶ。

「コント・ド・シャンパーニュ」とのマリアージュの感想を語る菊地氏。

アルドアック×菊地成孔食感、旨みの濃淡、香り。立体的なマリアージュの官能。

ライブの終演後は、シャンパーニュでの乾杯が「お約束」。音楽を離れても、シャンパーニュは「生活になくてはならないもの」と話す菊地氏。グラスサービスの行き届いたレストランでは2~3種類を味わい、時に食前、食中、食後までシャンパーニュで通すこともあるほどのシャンパーニュラヴァーだと言います。

「コント・ド・シャンパーニュは、まずこのボトルデザインに惹かれますよね。味わってみると、香りの複雑さ、凝縮感などテタンジェのスタンダード・キュヴェと共通する雰囲気、魅力を持ちながら、さらなる奥行、深みがある。何より驚いたのは、高めの温度でもしっかりとしたキレ、シャープネスがあり、ふくよかさと見事にバランスしていることです」。

テイスティングコメントにも、膨大な経験値と知見がにじみ出ます。
酒井氏が「鮎のピンチョス モホ・ベルデソース」の皿を差し出すと、「毎年、この時期になると自分で鮎ごはんを炊くほどの鮎好きなんですよ」と、表情をほころばせながら告白する菊地氏。ソテーしたフィレの部分から味わった瞬間「ううん、これは旨い!」と、唸るような声をもらしました。

「3つのソースがシャンパーニュとの最高の橋渡し役になっていますね。日本の鮎魚醤は初めて頂きましたが、ニョクマムなどと違って強い旨みがありながら後味が上品。ニンニクやクミンなど香りの強い食材を使ったモホ・ベルデソースも、シャンパーニュを口に含むことでフレッシュさがくっきり際立つ。いやぁ、楽しいひと皿でした」。

鮎の一皿に大満足の表情を見せる菊地氏。味わいの余韻にシャンパーニュを合わせる。

菊地氏の賛辞を控えめな受け答えをしながら、嬉しそうな酒井氏。

菊地氏。ひとつひとつの食材、ソースの香りを真剣に確かめながらマリアージュを楽しんだ。

アルドアック×菊地  成孔限りある時間を、より豊かなものにするための遊び心のある「足し算」。

「部位で異なる食感の繊細さ。凝縮感のある鮎魚醤や肝ソースからハーブソースまで、味わいの幅広いグラデーション。さまざまな要素を含みながら、まとまりがよく、非常に洗練されている。皿のあり様自体が、コント・ド・シャンパーニュというワインに通じるように感じましたね」。
味わいの余韻に浸りながら、菊地氏は話します。

「それは嬉しいですね。マリアージュの理論も大事だけれど、シンプルに“一緒に味わってより美味しかった”という食後感も大事に考えた料理ですから」。
そう話す酒井氏、実はひっそり、プレートも『有田焼 吉右衛門窯』の泡モチーフのものをセレクトしたのだと言います。それを聞いた菊地氏は、大いに納得という表情で言葉を重ねます。

「時は必ず過ぎゆき、終わりが来るけれど、ひと皿を味わう時間がどれだけ楽しいかを重要視する酒井シェフの姿勢には深い共感を覚えます。私も例えばライブで、同じ数曲を聴く時間をより豊かに過ごして頂くために、あれこれ考えるほうなので」と菊地氏は話します。

時に出演するジャズクラブの支配人やソムリエと相談し、プレイする曲と合わせて楽しんで欲しいワインを提案することも。こんな企てができるジャズミュージシャンは、菊地成孔氏を置いてほかにはいないはずです。

「元々、選曲の仕事もしているので、“シチュエーションに相応しい音”というテーマも常に頭の中にある。日本で食事をしていると、イタリアの大衆食堂風の店でオペラが流れていたり、フレンチレストランでちょっといいブルゴーニュを開けようと思ったときにミュゼット(フランスの地方の民族音楽)がかかっていたりで、興が冷めることがままあるんですが(笑)、良いレストランでここぞというグランヴァンを飲む時に、荘厳な交響曲などが流れているとバシッとハマる。国や料理ジャンルといったカテゴリーだけでなく、大衆的でフレンドリーなものか、はたまた高尚なものかという軸もあるわけで、そういう意味でも今日味わったコント・ド・シャンパーニュと鮎の一皿は、自分の頭の中で見事に共鳴し、気持ちを高揚させる組み合わせでした」。

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住所: 東京都渋谷区上原1-1-20 JPビル 2F MAP
電話:03-3465-1620
営業時間:月・火・木〜日18:00~21:30(LO)  ランチ/土・日:12:00~13:00(LO)15:00(CLOSE)
※水曜日営業
Ardoak HP : http://ardoak.biz/

1963年千葉県生まれ。ジャズミュージシャンとしての活動に軸足を置きながら、選曲家、クラブDJ、映画やテレビドラマの音楽監督と幅広く活動。テレビ、ラジオ番組のナビゲーター、コメンテーターとしても、音楽のみならず映画、服飾、食文化、格闘技とジャンルを超えて独自の視点を貫いた批評、論説で人気を博す。文筆家でもあり、雑誌をはじめ数々のメディアに寄稿。

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三方を海に囲まれた、国内屈指の魚介天国。青森県で出合った食材に、目黒浩太郎シェフが思うこと。[DINING OUT AOMORI-ASAMUSHI with LEXUS/青森県青森市]

「使ったことはない」という青森の魚を前にし、その質に驚く目黒シェフ。

ダイニングアウト青森浅虫

2019年7月6日(土)、7日(日)に開催が決定した『DINING OUT AOMORI-ASAMUSHI with LEXUS』。初の東北開催となる今回の舞台は青森県中央部、陸奥湾に突き出す夏泊半島基部にある温泉地・浅虫温泉です。

そんな青森の地に目黒浩太郎シェフが降り立ったのは、まだ肌寒さも残る初夏。目的は、本番で使用する食材探し。魚介フレンチのスペシャリストたる目黒シェフの目に、青森県の食材はどのように映るのでしょうか――

三方を海に囲まれ、豊富な水産資源に恵まれた青森の魚介に、魚介フレンチのスペシャリストが挑む。

ダイニングアウト青森浅虫青森の魚介の質を保証する、ひとりの鮮魚店店主。

「青森県に来るのは初めて。実は青森県の魚介も使ったことはありません。まったく未知の状態です」と話す目黒シェフ。魚介に特化したフレンチレストラン『Abysse』を率いる目黒シェフの料理は、素材が命。未知の青森産魚介に対しては、期待だけではなく、不安もあったかもしれません。しかしそんな懸念は、シェフを出迎えたひとりの人物により、簡単に取り払われました。魚介そのものを見るまでもなく、「この人がいるなら大丈夫」と思わせるほどの人物です。

その魚介のプロフェッショナルの名は、代表・塩谷孝氏。青森市中心部にある『塩谷魚店』でシェフを出迎えた塩谷氏は、さっそく魚介が揚がる浜へと案内してくれました。場所は陸奥湾の西岸、津軽半島の中ほど。車で2時間ほどかかる道中、目黒シェフは塩谷氏のトラックに同乗し、青森の魚介についてレクチャーを受けます。

そもそも三方を海に囲まれた青森県は、国内有数の魚介天国。太平洋側を南下する寒流、日本海を北上する暖流、それらが入り交じる津軽海峡、時化が少なく養殖にも適した陸奥湾。それぞれに特徴の異なる海からは、実に多彩な魚が揚がります。魚介特化の目黒シェフといえども、学ぶことは多いようです。

とくにシェフが注意深く訪ねていたのは、季節による魚介の状態について。「魚がどういうものかを知っていても、(『DINING OUT』が開催される)7月にどういう状態であるかはこの地のプロフェッショナルにしかわかりません。本当に勉強になります」と目黒シェフ。塩谷氏お手製の資料を元に、数カ月後の魚の状態をイメージしながら、料理の構想を練り上げていました。

『塩谷魚店』の塩谷孝氏。いかにも浜の男を思わせる風貌だが、穏やかで温かい人柄。

移動中のトラックの中、塩谷氏と目黒シェフの魚に関する話は尽きない。

塩谷氏の手による資料には、青森の魚介に関する知識が詰まっている。

浜で目にする魚介に関して、次々と質問を投げかける目黒シェフ。

ダイニングアウト青森浅虫神業の神経締めで仕上げるオーダーメイドの鮮魚。

場面は津軽半島から、再び青森市内の『塩谷魚店』へ。浜で魚介そのものの姿をインプットした次は、この地の魚介に適した締め方を見学します。まず塩谷氏が取り出したのは、イカ。
「血管だけを切って、殺さずに、けれども足が動かない状態にします。それで水に入れれば心臓の動きで血が抜けていきます」そう話しながらも、イカを捌く塩谷氏。あっという間にできあがったイカ刺しは、反対側が透けるほど透明で、しかし甘みと食感も残る驚きのクオリティでした。

続いて披露されたのは神経締め。これは魚を締める際に中枢神経を壊し、魚体の硬直を遅らせる手法です。そして『北日本神経〆師会会長』の肩書も持つ塩谷氏の技は、まさに神業。7種のワイヤーを使い分け、カメラで追えないほどの速さで魚を締めていきます。しかし塩谷氏の凄みは、この作業の速さ、正確さだけではありません。
「マスなら香りを残すために緩めに締める。白身は旨みの減少を防ぐために脳を破壊する“脳殺”という作業が優先。アイナメは臭みが出ないよう、血液を抜く“放血”が優先。どんな魚かはもちろん、どう料理して、どう食べるかまで想定して締めています」と塩谷氏。つまり料理の形から逆算して、そこに適した魚に仕上げる。いわば料理に合わせたオーダーメイドの魚こそが、塩谷氏の真骨頂なのです。

「漁師、魚屋、料理人。みんながチームになってやれば旨いもんができるからね」と笑う塩谷氏。同じく魚を追求する者同氏、意気投合した目黒シェフも「魚が良いのは一目瞭然。あとはそこにどう向き合うか。塩谷さんの存在は心強い」と信頼を寄せていた様子。「塩谷さんと話した驚いたこと、感動したことが、そのままゲストに伝わる料理にしたい」と決意を新たにしていました。

塩谷氏の手にかかり、イカもまるでガラスのような透明度で締められる。

魚種に合わせて使い分けるワイヤーさばきは圧巻。

捌きたての魚介を試食。そのクリアでありながら濃厚な味わいは驚きの連続。

ダイニングアウト青森浅虫市を挙げてもり立てる野菜と、全国に名を轟かすハーブ。

主役となる魚介は、文句なしの逸品が届く目処がつきました。しかしそれだけでは料理は完成しません。続いて目黒シェフが探すのは野菜。そしてここでもシェフはうれしい驚きに出合います。実は青森市は、野菜にも力を入れている市なのです。

青森の野菜事情を象徴するのが、市が運営する「あおもり魅力野菜プロジェクト」。地元シェフのニーズに応える西洋野菜、伝統野菜を地場で生産し、より身近に感じてもらおうと官民一体となって進められています。「アオベジ」と名付けられたこれらの野菜は、青森の冷涼な気候に支えられ、現在は県外にも広く出荷されています。「アオベジ」生産者のひとりである『雲谷ト森山農園』代表・森山知也氏やプロジェクトの会長を務める小泉憲一氏に話を聞いた目黒シェフ。生産者の思いを受け止め、料理のイメージを膨らませていました。

さらにフランス料理に欠かせないハーブに関しても、青森は事欠きません。なにしろ、全国的に名を知られ、各地の名だたる名店で利用される『大西ハーブ農園』があるのですから。150種ほどのハーブが栽培されるそのハーブ農園を訪ね、八戸に向かった目黒シェフ。完全無農薬、無化学肥料で育てられるハーブを前に「実際に見て、香りをかいで、食べてみて初めてわかることがあります。来てよかった」と笑顔をみせていました。

『森山農園』にて、昨年の収穫状況を確認する森山氏と目黒シェフ。

「あおもり魅力野菜プロジェクト」会長・小泉氏とともに、7月の収穫を予想。

『大西ハーブ農園』にて。味と香りを確かめるように、さまざまなハーブを試食した。

ダイニングアウト青森浅虫伝承料理や酒から固まりつつある料理構想。

着々と揃う食材、シェフの頭の中でも料理のイメージが徐々に固まりつつある様子。そんな中、昼食に訪れた『津軽あかつきの会』も重要なインプットになりました。

お膳の上にずらりと並べられた津軽の伝承料理。ひとつひとつにこの地に受け継がれる理由があり、物語がある。そんな料理に箸を伸ばしながら、料理を仕立てるお母さんたちに次々と質問を投げかける目黒シェフ。地域に眠る魅力を掘り下げ、新たな価値を創出することが『DINING OUT』の根幹。パワフルなお母さんたちの姿に、そのヒントを見出したのかもしれません。「次回は店のスタッフたちも連れて来たい。学ぶことも多いでしょうし、何よりおいしい」と話す言葉に、目黒シェフの感動が滲んでいました。

さらにペアリングドリンクも探しに、訪れたのは銘酒「陸奥八仙」「陸奥男山」で知られる『八戸酒造』。伝統の日本酒のほか、新たな試みの酒も試飲した目黒シェフ、とくに目を引いたのはスパークリング日本酒でした。「ワインと日本酒の中間といったイメージ。もしシャンパンと言われて出されたら気付かないかもしれません。魚介料理とは間違いなく合います」と絶賛。目黒シェフのペアリング手法は「料理の特徴と酒の特徴をぶつけ、互いに高め合う」こと。その思いにも、『八戸酒造』の酒は合致したのでしょう。

3日間かけて青森を巡った目黒シェフ。「その場でどう感じるかを大切にするため、あえて余計なイメージを持たずに来た」というシェフがまず抱いたのは「イメージがなかった分だけ鮮烈な印象が刻まれました。食材は素晴らしいクオリティ。そこに携わる方々も素晴らしい人達。ご縁があった方々のためにも、地元になにかを残せる料理を作りたい」と決意を新たにしていました。頭の中の構想も少しずつ形になってきた様子。その詳細は秘密といいながらも「陸奥湾の7月は最高の条件で、とても10皿ではおさまらない。少ポーション多種にするなど、驚きのある料理を考えています」と不敵な笑みを浮かべていました。

青森の伝承料理が味わえる『津軽あかつきの会』の昼食。滋味深い味が印象的。

『津軽あかつきの会』のパワフルなお母さんたちから話を聞く目黒シェフ。

『八戸酒造』にて、料理をイメージしながらじっくりと試飲を重ねる。

味や香りだけでなく、その裏側の製法にまで目黒シェフの興味は向かう。

棟方志功氏が描いた浅虫温泉のポスターを眺める目黒シェフ。青森という地をどう料理で表現するか、そして浅虫に何を残せるのか、期待が募ります。

1985 年、神奈川県生まれ。祖父は和食の料理人、母は栄養士とい う環境で育つ中で自然と料理人を志す。服部栄養専門学校を卒業後、 都内複数の店で修業後、渡仏。フランス最大の港町マルセイユのミシ ュラン三ツ星店「Le Petit Nice」へ入店し、魚介に特化した素材の 扱いやフランス料理の技術を習得。帰国後には日本を代表する名店 「カンテサンス」にて、ガストロノミーの基礎ともなる、食材の最適 調理や火入れなどさらに研鑽を積んだ。2015 年、「abysse」をオープ ン。日本で獲れる世界トップクラスの魚介類を使用し、魚介に特化し たフランス料理を提供し、ミシュラン東京では一つ星を獲得している。
abysse HP:https://abysse.jp/

トラッキーin倉敷マスカットスタジアム

皆様こんにちは!!いかがお過ごしでしょうか?

 

梅雨に入った地域も多くある中で晴れの国倉敷はまだ梅雨にも入らず

太陽様がガンガンに活躍をされております晴れ

 

今年は梅雨が無く、夏を迎えるんじゃないか??

といった勢いですアセアセ

 

 

さて、昨日は倉敷市で年1回のイベントである阪神戦が

倉敷マスカットスタジアムで行われましたトラ

 

大の阪神ファンである私はこの年1のイベントを非常に待ち遠しくしているわけでございますトラトラ

 

テンションが上がった図下矢印下矢印

 

この後左に見切れている男の子と写真を撮りましたキラキラ

最初はこの男の子はカワイイカワイイトラッキーに対して

びびり倒しておりましたが最後には笑顔になってもらえましたニヤリ

 

 

 

 

移動なう・・・さすがにマスクは外します

 

 

 

到着!!!!

 

これはタイタニックのあのシーンでは無く

阪神タイガースのTをイメージしております口笛

 

 

 

晴れて良かった晴れ

 

 

5回裏の花火です花火

 

本物のトラッキー達も仲良く花火を見ております照れ

 

結果は負けてしまいましたが一年に一回のイベントを満喫できましたキラキラトラ

 

また来年も絶対に観戦に行きたいです!!

 

倉敷に野球観戦へ来られる際には是非美観地区の

 

デニムストリートにもお越し下さいパー

目を奪う色彩、凄みさえ感じる力強い表現力。北の町に受け継がれる芸術精神をたどる旅。[DINING OUT AOMORI-ASAMUSHI with LEXUS/青森県青森市]

棟方志功記念館で作品を見学する目黒シェフ。

ダイニングアウト青森浅虫

2019年7月6日(土)、7日(日)に開催が決定した『DINING OUT AOMORI-ASAMUSHI with LEXUS』。舞台は青森市浅虫に決定しました。本州最北端の青森県で厳しい冬を耐え抜き、短い春夏を謳歌する北の温泉地・浅虫。その名さえ初耳という人も多いかもしれません。

知られざる地域の魅力を発信し、新たな価値を創出すべく出発した『DINING OUT』のスタッフは、最果ての小さな温泉街、そして青森市を知るために繰り返し現地に足を運びました。そして、徐々に見えてきた本質。まるで山肌の雪が解け色彩が現れるように、少しずつ見えてきた答え。それはこの地に根付く、熾烈なまでのアート性でした。

そして今回の『DINING OUT』に設定されたテーマは、「Journey of Aomori Artistic Soul」。青森の芸術精神をたどる旅。この記事では、まずはその序章へとご招待します。

【関連記事】DINING OUT AOMORI-ASAMUSHI with LEXUS

浅虫温泉のシンボル・湯ノ島と陸奥湾に沈む夕日。この景色も多くの芸術家の心を動かした。

ダイニングアウト青森浅虫白銀世界が一変する色彩の春。青森の土地柄が育む鮮烈な色彩感覚。

4月中旬、天気は晴れ。青森市はまさに目覚めの最中にありました。
道端にはまだ雪が残っています。桜はまだつぼみのまま。それでも雪解け水で流れを速める小川や、明るい色になりつつある陸奥湾、芽吹き始めた若葉が、待ちわびた春の訪れを告げてくれました。冬の間、モノクロだった景色に、今年も色彩が戻ってきたのです。
青森の「Artistic Soul」、まずはこの色彩から紐解いてみましょう。

青森といえば、思い出すのは「青森ねぶた祭り」。ねぶた祭りの起源は奈良時代にまで遡り、この地に受け継がれていた習俗が中国から伝来した七夕祭が混交して誕生したといわれています。暗闇の中を色とりどりのねぶたが練り歩く様子は、誰もがどこかで目にしたことがあるでしょう。その鮮やかでいて、どこか凄みのある色彩は、青森を代表する“アート”といえるでしょう。

あるいは江戸時代から作られる伝統工芸品である津軽凧。浮世絵の影響を受けたという図柄は、赤、青、緑といった原色が目を引く鮮やかな色彩。これもまた青森のアート性を象徴するものでしょう。

時代をさらに巻き戻して見てみましょう。
青森市にある三内丸山遺跡は、青森市にある日本最大級にして最古の縄文遺跡。同地にある資料館には、遺跡から出土した土偶や土器のほか、漆器や翡翠の工芸品も展示されています。その見事なまでに繊細な太古の遺産、縄文時代前期~中期に作られたと推測されるそれらの出土品を見るに、この地に息づく創造性は7000年以上も前から受け継がれているとさえ思えてくるのです。

雪に閉ざされる冬が長いからこそ、春に芽吹く色彩をより目に焼き付けるからでしょうか。青森には、時代を超え見事なまでの色彩感覚が受け継がれているのです。

闇夜に浮かぶ鮮烈な色彩こそ、青森に受け継がれる芸術精神の象徴。

三内丸山遺跡の『縄文時遊館』には、遺跡から出土した貴重な土器が展示される。

悠久の歴史と受け継がれる魂に思いを馳せる目黒氏。

ダイニングアウト青森浅虫共通項がないことが、唯一の共通項。偉大な先人たちに見る青森のアート。

続いて、青森が輩出した偉大な先人たちについて見てみましょう。

まず思い浮かぶのは“世界のムナカタ”と呼ばれた青森出身の板画家・棟方志功でしょう。その力強く生命力にあふれた作品で知られる20世紀を代表する世界的芸術家。極度の近視のため板に顔がくっつくほど近づいて彫る鬼気迫る姿を思い出す人もいるかもしれません。昭和50年(1975年)に没するまで彫り続け、摺り続けた作品のなかには、きっと青森の血脈が息づいているのです。

あるいは文豪・太宰治も青森の人。自伝的小説『津軽』のなかでは、今回の舞台である浅虫温泉についても、「自分の故郷の温泉だからこそ思ひ切つて悪口を言ふ」と酷評しつつも、「私には忘れられない土地である」と描いています。

写真の分野では生まれ故郷の青森を被写体にし、“写真界のミレー”と称された小島一郎も、
ベトナム戦争を写し、34歳で戦場に散るまでの短い人生のなかで、鮮烈な印象を残したピューリッツァー賞の報道写真家・沢田教一も青森県出身。現代美術では独特なタッチのなかに深いメッセージが隠れる画家・彫刻家の奈良美智、ウルトラマンの怪獣の生みの親、デザイナー・成田亨もいます。詩人・秋田雨雀や連続テレビ小説でもおなじみの三浦哲郎、アングラ文化を牽引した寺山修司や、毒舌でありながら愛されたナンシー関を思い出す人もいるかもしれません。

枚挙に暇がないほどの文化分野の偉人たち。誰もが個性的で共通項を探すことはできませんが、実はこれこそが唯一の共通項。未開の地を切り開き、独自の道を進むことこそが、青森の「Artistic Soul」の形なのでしょう。
もちろん土地の力がすべてではありませんが、内に向かうパワー、自らの心に問いかけ、それを形にする力は、この青森という土地とどこか似ていると思えてなりません。

青森県立美術館には、青森に縁の深い芸術家の作品も数多く収蔵されている。

シャガールの舞台美術をはじめ、国内外の貴重な美術品が鑑賞できる青森県立美術館。

棟方志功記念館にて。目黒氏も作品から伝わるエネルギーに心打たれた様子。

棟方志功が度々訪れた浅虫温泉『椿旅館』は、同氏の作品も多数所有している。

ダイニングアウト青森浅虫魚介フレンチという手法で、独自の皿を描く

「Journey of Aomori Artistic Soul」、青森に宿るアートの魂をたどる旅。芸術家たちを惹きつけ、その内にあるパワーを爆発させる青森の土壌が、少しだけ見えてきたでしょうか。

そしていま、その青森の地で、そして料理という分野で、アートを描かんとする人物がいます。それが今回の『DINING OUT AOMORI-ASAMUSHI with LEXUS』を担当する若きシェフ・目黒浩太郎氏です。

目黒氏の代名詞は、魚介を主役にしたフレンチ。日々刻々と入れ替わる魚介を相手に、自身の持てる技術と知識を駆使して、考え得る最高の表現を目指す。それはたとえば、青森の四季を切り取る写真家や、青森の機微を描く作家と同様のアプローチなのかもしれません。

今回の視察で、初めて青森を訪れたという目黒氏。その場で湧く感情を大切にするために、あえて事前にインプットをせずに青森に向かったといいます。そして湧いたのは「豊かな自然と食材、少し控えめだけど懐の深い人たち、テンションが上がるような素晴らしい美術。本当に良いところですね」という言葉。「料理の構成や表現はこれから考える」と言いつつも、数々のインスピレーションが湧いた様子で「不安は一切ありません」と言い切りました。

アートを掲げたテーマについても、すでに考えはある様子。「たとえばここで見た素晴らしい美術に引っ張られて派手な色彩を取り込んだとしたら、それは僕の表現になりません。僕の料理は、あくまでも食材ありき。魚の色は地味ですが、そこに青森の色彩を落とし込むことができれば、それがきっともっとも自然で、もっとも美しいものになると思います」

誰の真似でもなく、ただ自分のやりかたを貫く。それが何より青森らしさの表現につながることを、目黒氏はいち早く確信していたのかもしれません。

浅虫温泉の湯に浸かる目黒氏。青森の空気を感じながら、料理の構想を練る。

八甲田山や陸奥湾など、芸術の元となった豊かな自然も料理の原動力。

34歳の若き才能・目黒シェフが、どう青森を表現するか期待が募る。

1985 年、神奈川県生まれ。祖父は和食の料理人、母は栄養士とい う環境で育つ中で自然と料理人を志す。服部栄養専門学校を卒業後、 都内複数の店で修業後、渡仏。フランス最大の港町マルセイユのミシ ュラン三ツ星店「Le Petit Nice」へ入店し、魚介に特化した素材の 扱いやフランス料理の技術を習得。帰国後には日本を代表する名店 「カンテサンス」にて、ガストロノミーの基礎ともなる、食材の最適 調理や火入れなどさらに研鑽を積んだ。2015 年、「abysse」をオープ ン。日本で獲れる世界トップクラスの魚介類を使用し、魚介に特化し たフランス料理を提供し、ミシュラン東京では一つ星を獲得している。
abysse HP:https://abysse.jp/

1年間の密着最終章。遂に完成した『mitosaya 薬草園蒸留所』のファーストリリース。[mitosaya 薬草園蒸留所/千葉県夷隅郡]

『mitosaya 薬草園蒸留所』のお酒のラインナップ。100mlのボトルで¥1,800〜¥2,200。

mitosaya薬草園蒸留所実験と検証の繰り返し。「ミトサヤらしい」1本ができるまで。

2018年2月より密着を開始した『mitosaya 薬草園蒸留所』。まだ何もなかったそこには立派な蒸留所ができ、ようやく酒造りの環境が整ったのは同年10月くらいのこと。そこからようやく待望の酒が完成しました。

そのラインナップは、千葉県鴨川の『古泉農園』で採れた温州みかんを丸ごと使用したフルーツブランデーや山形県南陽市のワイナリー『グレープリパブリック』のナイアガラとマスカットのポマース(絞りかす)を使用したグラッパなど全6種。
「ものにもよりますが、基本的に果物は仕入れ、それに『mitosaya 薬草園蒸留所』や『苗目』で採れたハーブを組み合わせ、お酒を作っています」。

初めての酒造りは、「実験と検証の繰り返し」だと江口氏は話します。
「例えば、ワームウッド(ニガヨモギ)のお酒。アブサンでは他のハーブなども混和することも多いのですが、『mitosaya 薬草園蒸留所』では単体でやってみたいと思いました。普通は干したドライなものを使用しますが、ここと苗目でも栽培しているゆえ、フレッシュなものにこだわりました。秋に刈り取ってその日のうちに仕込み、春まで漬け込みました。春が訪れれば当然新芽が出るので、それをまた一晩だけつけて。全てフレッシュなものだけで作るワームウッドのお酒は珍しいと思います」。

これもまた「実験と検証」から生まれた味。それぞれ個性は異なりますが、全てに共通していることは芳醇な香りの豊かさ。また、お酒以外にも商品化されたものがキャンドル。
「蒸留後のもろみに残る色やほのかな香りを抽出しています。無駄なものを出さない“実(み)”と“莢(さや)”から生まれた『mitosaya 薬草園蒸留所』らしいひと品です」。

その1本が完成した日が、蒸留家・江口宏志氏が誕生した日なのかもしれません。ゼロからスタートした家族のプロジェクトは、ようやく大きな一歩を踏み出したのです。

【関連記事】mitosaya 薬草園蒸留所/書店主から蒸留家を目指す、人生の挑戦。その1本ができるまでを完全密着。

レモンとワームウッドを使用したキャンドル。お酒以外のプロダクトも楽しみ。

園内で採れたワームウッド。常に自然と暮らすことができる環境もまた、この場所の良いところ。

偶然はない。実験と検証を繰り返し、ベストな配合で酒造りは始まる。

mitosaya薬草園蒸留所酒造り以外も全て手作り。これもある種の編集作業。

「ボトルのラベルは表紙みたいなものだと思います」と言う表現は、実に編集的視点であり、江口氏らしい。

「ラベルに起用しているビジュアルは、画家・クサナギシンペイ氏の作品です。果物や植物を使ったお酒ゆえ、そのもの自体を具体的にパッケージにしてしまうとイメージが限定されてしまいます。抽象的な彼の作品の力を借りることで、想像力を掻き立てられるようなラベルになったと思います」と江口氏。
読む前に本のイメージを形作るのが表紙であれば、飲む前にお酒のイメージを形作るのがラベル。「本は読み切らなければ表紙との答え合わせができませんが、お酒は飲めばすぐに答え合わせができるのがおもしろいと思います」。

また、そのラベルを貼る作業や箱詰め、刻印など、お酒造り以外も全て自ら作業を行い、前出の編集的視点になぞれば、まるでZINEやリトルプレスのよう。もしくは、最初の1本となれば、創刊号と言えるのかもしれません。
「こんなことずっとやっていて大丈夫かなぁ(笑)」と江口氏。しかし、少量生産だからこそできる人の手で作られた温もりを感じます。

ナンバリングの数字は手書き。ラベル貼りも自ら行う。全ての工程がほぼ手作業。

ラベルのデザインは、国内外で活躍する画家・クサナギシンペイ氏の作品。

パッケージの「み」サインも、もちろん手押し。「地味な作業です(苦笑)」と江口氏。

mitosaya薬草園蒸留所理由がないものは造る意味がない。理由があるものを造りたい。

「今、すでに新しいお酒造りを始めています。これはネーブルオレンジを使って蒸留しているところです」と江口氏。そのネーブルオレンジとの出合いは、熊本のワインショップ「クルト」の古賀拓郎氏との出会いから生まれました。

「古賀さんは元々、幡ヶ谷のワインバー『キナッセ』を営業していた後、今は地元の熊本で『クルト』というワインショップを営んでいます。古賀さんから熊本県宇城市、江口農園で作るネーブルオレンジを紹介して頂き、実際に味わってみたらすごくフレッシュで。身も皮も全部使ってお酒を作ってみたいと思いました」と江口氏は話します。

それ以外にも、「園内にカラタマオガタマが植わっているのですが、びっくりするほど香りがバナナそのものなのです。昔、タイでバナナの蒸留酒を飲んだことを思い出し、バナナのお酒も作ってみたいと思っていたら、成田のあるバナナ農家さんとの出会いがあり。そこのバナナと『mitosaya 薬草園蒸留所』のカラタマオガタマを使ったお酒を造る予定です」。

人との出会いから果物の出合いが生まれ、酒造りにつながっていく……。造る理由とは、このような連鎖のことであり、それが「ミトサヤらしさ」なのです。

園内で採れたカラタマオガタマ。実際に匂いを嗅ぐと、本当にバナナの香り。

蒸留中は見て嗅いで飲んで、常に状況をチェックする。

ネーブルオレンジは、用途に応じて実と皮を使い分ける。

小さなボトリングマシンで充填作業を行う。

セラーには、試作品を始め、これから出荷されるお酒が並ぶ。

mitosaya薬草園蒸留所これからの『mitosaya 薬草園蒸留所』のこと。自分のこと、家族のこと。

ようやく最初の1本が完成した『mitosaya 薬草園蒸留所』。これからが本当のスタートであり、始まり。今後、どうなっていくのか。

「流通・販売の方々から生産者さんまで、ありがたいことに様々な方面からお声を頂いております。そのほか、園ではオープンデーの開催やインベントの実施なども行い、今では多くのお客さまと接する機会も増えてきました。そういう意味では、人の輪が拡張しているような感じです」という現状を話しつつ、これからのことについては一言、「常に小さな発見をしていきたい」と江口氏。

「自然相手ゆえ、環境に応じて自分が前へ出過ぎず、歩幅を合わせ、真摯に酒造りやもの作りをしていきたいです」と江口氏。その生き方は、まるで植物のよう。
「そうなれると良いですね(笑)。一番の理想かもしれません」。

蒸留機から出てきたばかりの液体をティスティング。

住所:千葉県夷隅郡大多喜町大多喜486 MAP
mitosaya 薬草園蒸留所 HP:http://mitosaya.com
e-mail:info@mitosaya.com

困難をポジティブに乗り越えて、それぞれが成長できるプロジェクトに。[mitosaya 薬草園蒸留所/千葉県夷隅郡]

内を散策する江口宏志氏と奥様の祐布子氏。互いに尊敬しあえるからこそ、新たな挑戦も理解し合い、乗り越えられる。

mitosaya薬草園蒸留所妻として、母として、ひとりのクリエイターとして。イラストレーター・山本祐布子が想うmitosaya薬草園蒸留所』。

mitosaya薬草園蒸留所』を最初に取材した際、江口宏志氏は「これは僕ひとりのプロジェクトではなく、家族のプロジェクト」と話していました。

書店主から蒸留家への転身、ドイツへの移住。大多喜での新生活……。この数年、激動ではありましたが、ずっと家族は一緒でした。奥様であり二児の母、そしてイラストレーターとしても活躍する山本祐布子さんは、これまでの歩みをどう感じているのでしょうか。
「一番は子供たち。ありがたいことに子供たちは色々な変化を楽しんで受け入れてくれたと思います。ドイツに行く時、私自身にとっても良い経験になると思いました。家族一丸となって始めたプロジェクトではありますが、江口さんは江口さん、子供は子供、私は私、それぞれの立場で成長できると思いました」と話します。
「ただ、今振り返ると、大多喜の場所に生活を移すようになってからは、住居も整わないまま始まったので、辛い数年ではありましたが(笑)」。

確かに植物園だったそこには人が住まう設備はほぼなく、今も万全とは言えません。しかし、丁寧にその記憶を辿ろうとする表情や紡がれる言葉選びには、予測不能な環境をポジティブに乗り越えてきた「強さ」を感じます。『mitosaya薬草園蒸留所』との関わりでは、園内のイラストを手がけたことに始まり、現在はお酒以外のプロダクト監修も担います。
「絵の仕事以外でも私が単独で動くプロジェクトが増えてきています。シロップやお茶などがそれです」。

また、現在はオープンデーなども開催している『mitosaya薬草園蒸留所』。様々な人が集う場所で祐布子さんは表現してみたいことがあると言います。
「多くの方々がこの場所に足を運んで頂ける機会が増えました。それに伴い、家族だけではなく大人数で食事をすることが増えていきました。スタッフや友人なども一緒にという家での食事であればもちろん私が料理を作りますが、例えばイベントであれば料理家さんを招待してお客様に振舞っていました。ですが、これからは自分でやってみようかと思っているのです」と祐布子さんは話します。
「やりたいことは、決して華美ではありません。何気ないものをみんなで楽しく食卓を囲むような……。プロが作る料理はもちろん良いですが、自分たちだからできる “ミトサヤらしい”ことを食を通して表現してみたいです」。

お酒造りはもちろん、ラベル貼りからサインの刻印、ボトルのナンバリングから箱詰めなど、『mitosaya薬草園蒸留所』の一本一本は、江口氏が自らその作業を行なっています。祐布子さんが話すこともしかり、ふたりに共通していることは「手作り」を大切にしていること。

そして、これからのmitosaya薬草園蒸留所』と江口家はどうなっていくのでしょうか。
「私たちにもわかりません。ただ、やっぱり子供たちには私たちがやっている活動や世界を見て、何かを見つけてほしいと思っています」。
江口氏と祐布子さんの働く姿、いや生きる姿は、子供ながらに何かを感じ、得ているのではないでしょうか。
「先ほどお話した通り、家族以外にも大人数で過ごす機会もあり、その場に応じて江口さんにも私にもそれぞれ立ち居位置があると思います。もちろん、それは子供も例外ではなく、子供は子供の立ち位置があって。そんな感覚が育っていくと良いと思っています。ここでは何かを与えてくれる人はいませんし、自分から何かを見つけていかないと何も得ることができません。東京のようにじっとしていても刺激があれば良いですが、そんなことはありません。家族も社会ですし、皆で集まることも社会。規模の大小ではなく、この場所を通して社会の一員になることを学んでもらえたら嬉しいです」。

妻として、母として、ひとりのクリエイターとして。我が子をひとりの個として見る姿も祐布子さんならでは。
江口氏、祐布子さん、ふたりの子供。それぞれが「自分らしく」生きることが「ミトサヤらしく」を創造するのです。

【関連記事】
mitosaya 薬草園蒸留所/書店主から蒸留家を目指す、人生の挑戦。その1本ができるまでを完全密着。

様々な困難を乗り越えてきた江口家。蒸留所の成長はもちろん、今後、どうなっていくのか楽しみな家族。

住所:千葉県夷隅郡大多喜町大多喜486 MAP
mitosaya 薬草園蒸留所 HP:http://mitosaya.com
e-mail:info@mitosaya.com

風景のうつろいを映す、静寂の宿。[ゆふいん 山荘わらび野/大分県由布市]

宿は賑やかな観光エリアから少し離れた、閑静な場所に建つ。

ゆふいん山荘わらび野森に溶け込む、美術館のような佇まい。

緑に覆われた森の中に現れる、モダンな建物。こんなところに美術館が?と思いきや、ここは旅館。約3,500坪の敷地に、7つの客室棟、レセプション棟、レストラン棟が周囲の自然と呼応するように融け合い、点在しています。ここ『ゆふいん 山荘わらび野』は、懐かしく温かい、この土地の文化と風土を体感できる“由布院の風景”を纏う宿として、2019年2月にオープンしました。

木のようなコンクリートのような、不思議な建材のファサードが目を引く。

客室は一棟一棟が離れており、プライバシーを守ることができる。

ゆふいん山荘わらび野震災で3年休業ののち、モダンに生まれ変わった。

実は宿の歴史は長く、1988年開業した小さな旅館が原点。現支配人・高田陽平氏の両親が山野に植木をして切り拓き、7室の旅館からスタート。以降も和風旅館として親しまれてきました。ところが、2016年の熊本地震により休業を免れない状態に。一度全て建物を取り壊し、3年という長期の閉館後、それまでの趣とは全く違ったスタイリッシュないでたちで生まれ変わったのです。

客室は全13室で、すべて専用風呂とキッチン付き。写真はメゾネットスタイリッシュスイート。

ゆふいん山荘わらび野日田の石と木材を建物の随所に。現代アート作品のような空間。

陽平氏を支えるマネージャー的存在の弟・淳平氏は「他の宿では得られない、ゆったりとした“由布院時間”を過ごしてほしい」と話します。主となる建築デザインは『植原雄一建築設計事務所』。景観と一体化し土地に馴染んできたかつての「山荘わらび野」の思考を取り入れ、地元の材料を使い、ゲストがここにしかない極上の時間を過ごせるラグジュアリーな空間を演出しました。

レセプションのエントランスには杉の板にコンクリートを流した珍しい建材を使用。コンクリートでありながら、木の風合いが感じられ、柔らかさを醸しています。建物全体にも日田の石貼りを基調とし、家具はチーク材で統一。部屋の窓は縁取りを大きくして庭を一枚の絵画のように眺められる設えにしました。

床や壁には日田の石を使用。床暖房付きで、夏はひんやり、冬は温か。

部屋は4タイプ。写真はスタイリッシュスイート。

1組限定のメゾネットラグジュアリースイート。2階に露天風呂と、由布岳を望むテラスを備える。

ゆふいん山荘わらび野自家米や野菜、地元の海山の幸。五感を満足させる「食」。

ユニークなのは、ウエルカムスイーツとして供されるカヌレ。こちらは淳平氏が震災後に妻とともにオープンしたカヌレ専門店『カランドネル』のものです。

そして中屋敷のレストランでいただく食事は、近海産の魚介類、豊後牛、由布院野菜といった旬の素材、自家米を使った創作料理。室内に備えられたTANNOYのスピーカーからまるで生演奏のような音楽に身を委ねながら、優雅な食の時間を満喫できます。

カヌレは栗やリンゴ、湯布院の茶葉を使ったものなど多彩。

以前は部屋食だったが、レストランにしたためできたての料理を提供できるように。

夕食の一例。豊後牛、地元の魚介など山海の幸を盛り込んだ和の創作料理。

料理は一品一品供されるコーススタイル。

ゆふいん山荘わらび野建物を壊すことよりも、人を切ることが辛かった。

もちろん、震災から再興し、ここまでの空間を作り上げるのは容易なことではありませんでした。膨大な再建費用や再生にかかる労力はもちろんですが、何よりも辛かったのは、閉館する際にそれまで勤めていた従業員を解雇せざるをえなかったことだと言います。30年の歴史の中で共に支え合ってきた15人の社員は、事情を受け入れ、「解散」となりました。しかし、高田一家の「地震で由布院を終わらせない」という気概と、地域の人々の支えにより宿を再開。リニューアルオープンのセレモニーでは多くの人が喜びを分かち合い、戻ってきた従業員の顔も並びました。また昔のメンバー以外にも、アパレル系など全く違う分野に勤めていたスタッフも加わったことで、よりサービスや企画の幅が広がったと言います。

レセプション棟の2階にはシックな雰囲気のバーもある。

源泉掛け流し。由布院の湯は臭いやクセがなく、さらっとした湯触りが特徴。

ゆふいん山荘わらび野高級だけど、気取らない。家族のように温かく。

震災前に比べて宿泊料金の単価も上げ、敢えて高級路線に舵を取った「山荘わらび野」。宿泊客から多いのは、「ホスピタリティが素晴らしかった」という感想だと言います。スタイリッシュで現代的な空間ながら、アットホームで心の通ったサービス。それは、淳平氏が若いスタッフたちに「ゲストを自分のお母さんやおばあちゃんだと思って、喜んでもらえるようなおもてなしを」と常々伝えていることから生まれるのです。

これからの時期、由布院は一層緑が輝く季節です。木々に覆われた密やかな宿で、上質な食と自然を味わう、贅沢なひととき。そんな都会とは流れが違う、ゆったりした「由布院時間」を感じに行ってみてください。

レセプション1階には由布院の作家による竹かごのバッグなどを展示販売するショップがある。

周りには何もない。だからこそ、ここでの時間が濃厚で充実したものになる。

住所:大分県由布市湯布院町川北952−1 MAP
電話:0977-85-2100
営業時間:チェックイン15:00~、チェックアウト12:00
料金:1泊2食 38,000円〜
ゆふいん 山荘わらび野 HP:http://www.warabino.net/
写真提供:ゆふいん 山荘わらび野

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魚介フレンチの若きスペシャリスト・目黒浩太郎が挑む、魚介とアートの『DINING OUT』。[DINING OUT AOMORI-ASAMUSHI with LEXUS/青森県青森市]

29歳で独立し、約1年でミシュラン一ツ星を獲得した目黒浩太郎シェフ。

ダイニングアウト青森浅虫北の温泉地を舞台にした東北初開催の『DINING OUT』。

2019年7月6日(土)、7日(日)に開催される『DINING OUT AOMORI-ASAMUSHI with LEXUS』。初の東北開催となる今回の舞台は、青森市浅虫温泉。陸奥湾の海岸線沿いに佇む歴史ある温泉地です。そしてこの地理的特徴が、今回の『DINING OUT』の肝となりました。

そもそも海に囲まれた青森県は、国内でも屈指の魚介天国。西に暖流が北上する日本海、東に寒流の親潮が南下する太平洋、それらが混じり合う津軽海峡に、大型の内湾である陸奥湾。個性の異なる海は豊富な魚種を育み、時化の少ない湾内ではホタテなどの養殖も盛ん。これほど豊かな魚介を、料理に活かさない手はありません。

そしてもうひとつ。青森県、そして浅虫温泉は数々の偉大な芸術家、文豪、アーティストを輩出したアート県でもあります。土地に眠る魅力を発掘し、新たな価値を創出する『DINING OUT』には、この地に受け継がれるアート魂も大切な要素でした。そこで設定されたテーマは「Journey of Aomori Artistic Soul」。料理を通して、青森に息づく芸術精神を紐解くことを目指します。

青森県の魚介を活かし、青森県の芸術を紐解く。そんな『DINING OUT』の新たな挑戦、担当するシェフはもうあの人しかいません。

【関連記事】DINING OUT AOMORI-ASAMUSHI with LEXUS

魚種、旬、捌き方、調理法。魚介への深い知識で挑む若き料理人が抜擢された。

ダイニングアウト青森浅虫料理人を目指した少年が、魚介フレンチに目覚めるまで。

魚介とアート。この概要が決まった時点で、目黒浩太郎シェフが選ばれるのはもはや必然でした。自身の店『Abysse』の意味は、深海。日々入れ替わる魚介の本質を見抜き、その魅力を本場仕込みの確かな技で昇華する、魚介フレンチのスペシャリストです。
そしてこだわり抜いた器や繊細な盛り付けはもちろん、インテリアや調光、サービスも含めた空間すべてで表現する料理は、いわばアート。今回のテーマにこれほどふさわしいシェフは少ないでしょう。そこで今回は、そんな目黒シェフのうちに秘めた思いを掘り下げてみます。

青森県に降り立った目黒シェフの風貌は、スマートでハンサムな“今どきのお兄さん”。人当たりも柔らかく、気難しい雰囲気はありません。しかし青森県のアートと食材を見て回るうちに、その視線に、生産者に投げかける質問に、その言葉の端々に、料理人としてのこだわりと矜持が垣間見えました――。

目黒シェフは1985年生まれ。祖父が日本料理の料理人、母親が栄養士だったため、自然な流れで料理人を目指すようになったといいます。料理専門学校を出て、都内のフランス料理店で修業。その後渡仏し、マルセイユの三ツ星店『ル・プティ・ニース』に入ったことが、その後の道を決定づけました。

「実は自分から望んで魚介フレンチを選んだわけではありません。たまたまマルセイユでの修業先が魚介に強い店だったんです。季節どころか日によって、時間によってさえも食材の特徴が変化する魚介の料理にゴールはありません。それを追求し続けるうちに、自然と魚介専門になっていました」と目黒シェフ。ありえないほど高い場所に目標を定め、それをストイックに追求することで、自然と進むべき道が決まったのでしょう。
その後、フランスから帰国し、品川の名店『カンテサンス』の門を叩きます。岸田周三シェフの元でさらに技術を磨きながら「30歳までに独立する」ことを夢見ながら修業を続けます。

『カンテサンス』で2年半を過ごし、若くしてスーシェフまで任されるほどに。そして、兄貴分と慕う川手寛康シェフ(『DINING OUT MIYAZAKI with LEXUS』を担当)の店『フロリレージュ』の移転に伴い、2015年その跡地に『Abysse』を開店。その時、目黒シェフ29歳。かねてからの夢を実現したのです。

しかし目黒シェフにとって開店はゴールではなく、スタート。その後、『Abysse』は開店1年足らずでミシュラン一ツ星を獲得、さらに2019年には店を代官山に移し、新たな挑戦を続けます。進化を止めることのない若きシェフ。その次なるステップが、今回の『DINING OUT AOMORI-ASAMUSHI with LEXUS』にあるのです。

『ル・プティ・ニース』の修行時代、このお店との出合いが現在の「abysse」のテーマに続いている。

料理人だった祖父の背中に憧れたという目黒シェフ。幼い頃からの思いを実現した。

初めて訪れる青森で、名所や旧跡を巡りながら青森の歴史や地域性をインプットした。

視察で巡った美術館などのアートスポットも、シェフのインスピレーションの源泉に。

ダイニングアウト青森浅虫2回目の『DINING OUT』だからわかる難しさと楽しさ。

2016年、広島県尾道市で開催された『DINING OUT ONOMICHI with LEXUS』。その会場の厨房には、目黒シェフの姿がありました。尾道の『DINING OUT』は、レストランプロデューサー・大橋直誉氏の元に6名の気鋭のシェフが集った会。そのとき、チームの一人として挑んだ経験があるからこそ、今回への思いもひとしお。一度体験したからこそ、その素晴らしさと同時に、難しさも感じていたのです。

「ずっとやりたいと思っていました。でも一昨年の自分にはまだ早かった。去年の自分はできたかもしれませんが、まだ迷いがあったと思います。でも今の自分ならば間違いなくできる。野外でやる意味、地方でやる意味、チームで挑む意味。そういうことも含めて、出し切れる自信があります」

『DINING OUT』を「地域のためではあるけれども、料理人側にも大きな収穫がある」と言い切る目黒シェフ。生産者、スタッフ、さまざまな協力者。数多くの現地の方と力を合わせ、新しい物語を作ること。その意義、そして何よりその楽しさを誰よりも感じていたのです。

2016年の『DINING OUT ONOMICHI』に参加した目黒シェフ。

ダイニングアウト青森浅虫毎年進化を続ける魚介が主役の料理たち。

目黒シェフにはスペシャリテがありません。理由は2つ。ひとつはもちろん、魚介という自然が相手のため年間通して同じ料理を提供することができないから。そして2つ目の理由は、目黒シェフ自身が進化を続けているからです。

「たとえば穴子なら、今までは天火で焼いていました。その良さを残しつつ、もっと香ばしさを出したくなり今年は炭火に変えました。いつでもその時考えうる最高のものを出していますが、やりながら湧いたアイデアや改善点を、同じ魚介の次の旬のときに取り入れてみるのです」

小田原の大イサキは昨年知った素材。イサキの独特な香りに山菜の苦味や旨みを合わせました。山菜に合わせた緑色のソースとピスタチオを添えた一皿は、今年が初めてのお披露目です。

初夏が旬のトリ貝は、昨年は貝のスープとハーブを合わせていましたが、今年はじゅんさいと煎茶のソースで。「トリ貝は見た目に反して淡白な味。すっきりとした煎茶と合わせて、さっぱりとした味と季節感を表現しています」と目黒シェフ。

この季節感の表現もまた、目黒シェフの持ち味のひとつ。「見ただけでどの季節かわかるような料理」、その表現は日本料理と通じるところがあるかもしれません。

昨年出合い「イサキの旨さを再発見した」という小田原産大イサキの一皿。

煎茶、じゅんさいと合わせたトリ貝。統一感のある色彩も、目黒シェフらしい。

進化し続けるからこそ、同じ料理は登場しない。それが『Abysse』の持ち味。

ダイニングアウト青森浅虫器や空間も含めて魅せる魚介のアーティスト。

素材に同系色のソースを合わせるなど、料理の色彩、形も重視する目黒シェフ。もちろん、そのこだわりは器にも及びます。「器は料理の一部というくらい本当に大切です。店では作家さんにイメージを伝えて作ってもらっています」。それは色や形や厚みや手触りだけでなく、サイズも大切な要素。「コースの中で緩急をつけるために、皿のサイズも微妙に変えたい。そうするとやはり既成品では足りなくなります」といいます。その色彩感覚や造形への追求はいわばアーティストの領域です。

さらに目黒シェフの思いは器を越えて広がります。「料理は皿の上にあるだけではありません。テーブルの上にあり、グラスの隣にあり、レストランという空間にある。器が料理の一部であるのと同様、料理はレストランの一部というわけです」そう話す目黒シェフ。レストランという空間を総合的に見て、料理を組み立てるのが目黒シェフのやり方なのです。

ならば『DINING OUT』という野外では、空間をどう捉えるのか。目黒シェフは青森という空間的な広がりに、歴史や伝統という時間的な積み重ねを見つめ、考えます。「もちろん主役は魚介。それは揺らぎません。そこに青森らしさをどう加えていくか。今回初めて青森を訪れ、いろいろな場所を訪れ、いろいろな方と話し、その方法が少しずつ見えてきました」そう目を輝かせた目黒シェフ。魚介を掘り下げ、伝統を取り入れ、色彩を切り取る若き才能。その料理の全貌が明らかになるまであと少しです。

深海を意味する『Abysse』の店内。窓のないこの空間も、料理を味わうための要素。

作家に特注する器は、サイズを細かく指定。卓上での器の存在感まで計算に入れる。

『Abysse』には“深海”のほかに「奥深い」という意味も。魚料理の奥深さを表現している。

1985 年、神奈川県生まれ。祖父は和食の料理人、母は栄養士とい う環境で育つ中で自然と料理人を志す。服部栄養専門学校を卒業後、 都内複数の店で修業後、渡仏。フランス最大の港町マルセイユのミシ ュラン三ツ星店「Le Petit Nice」へ入店し、魚介に特化した素材の 扱いやフランス料理の技術を習得。帰国後には日本を代表する名店 「カンテサンス」にて、ガストロノミーの基礎ともなる、食材の最適 調理や火入れなどさらに研鑽を積んだ。2015 年、「abysse」をオープ ン。日本で獲れる世界トップクラスの魚介類を使用し、魚介に特化し たフランス料理を提供し、ミシュラン東京では一つ星を獲得している。
abysse HP:https://abysse.jp/

綿麻アンクルパンツ【レディース館】

 

 

日々徐々に気温が高くなってきますね~ショボーンあせる

「ジーンズなんて暑くて穿けないよ!」

 

そんな方々に是非オススメしたい商品がありますクラッカー

 

 

 

 

【DEEPBLUE】 72872 綿麻アンクルパンツ

 

こちら、一見普通のジーンズに見えるのですが、綿麻素材のジーンズになのです音譜

 

 

( 綿麻素材って? )

綿麻素材は、綿だけの素材よりももっと通気性が良くなります目アップ

夏にも最適な涼感があるのも特徴です目アップ

 

 

綿麻素材の魅力は、

風通しが良くて涼しいことです。そのため、夏のファッションアイテムによく使われています音譜

 

吸湿性もあるため夏に汗をかいてもよく吸い取ってくれる性質を持っています。

 

 

 

綿麻アンクルジーンズは、丈も短めなので足首を出して

涼しげに穿いてもらえますラブラブ

 

カラーは3色展開

 

ライトブルー     USED        OW

  \16,200       \16,200     \14,040

 

ライトブルーは爽やかな色味でこれからの季節にぴったり!!

USEDは味があり、穿くだけでオシャレに!!

OWは合わせやすく、白など明るい色味との相性が抜群です!!

 

どれも魅力的で悩んじゃいますよねラブ恋の矢

 

 

是非、当店にお越しの際にはご試着してみてくださいね音譜

この夏、快適なジーンズライフをお楽しみくださいアップ目

 

 

 

 

 

「江戸時代から続く住吉神社例大祭」。[おのみち住吉花火まつり/広島県尾道市]

住吉神社の前で数隻の提灯船が準備をしていました。

おのみち住吉花火まつり尾道水道を渡御する提灯船。

旧暦の6月27日前後の土曜日に毎年開催されるおのみち住吉花火まつりの歴史は古く江戸中期に遡ります。正式名称は住吉神社例大祭。尾道水道に面した場所に建立された港の守り神である住吉神社に商売繫盛や海上交通の安全を祈願する奉納花火として行われています。
花火が打ち上げられるのは住吉神社を正面に臨む海上となります。花火会場までは尾道駅から徒歩圏内と近く、尾道水道は幅が狭い為、対岸の向島からも観覧が可能です。

花火開始前にはチャンリギ囃子というお囃子が奏でられ、尾道水道では神聖な儀式である提灯船の渡御が行われます。夕闇迫る海上を航行する提灯船を夕焼けが幻想的に浮かび上がらせます。山型、鳥居、御幣、火船、御座船を表した提灯船は全部で5隻。山を登り、鳥居をくぐり、神様にお参りする様子を表しているそうです。

尾道水道に浮かべた台船から花火を打ち上げます。

おのみち住吉花火まつり華やかな水中花火は最大の見せ場。

花火大会は4部構成。尾道水道に浮かべられた台船から打ち上がり、スターマインと早打ちを交互に観られるようなプログラムとなっています。また音楽花火も見どころの一つです。

そして何より最大の見せ場は水中花火ではないでしょうか。水中孔雀という優美な名前が付けられた水中花火とスターマインの饗宴は華やかで美しく海面に映る花火と相まって一層の輝きを魅せてくれます。打ち上げを担当されているのは埼玉県の金子花火さんです。

昨年私はSetouchi PHOTO写真教室さまの企画として花火大会撮影セミナー講師のご依頼を受けました。セミナー参加者の皆様と一緒に和気藹々とした雰囲気の中で観覧・撮影させていただいた楽しい思い出は約一年経った今も心に残っています。

水中孔雀(水中花火)と打上花火が組み合わされた色鮮やかなスターマイン。

おのみち住吉花火まつり追善供養、復興祈願、花火の意味を考える。

昨年は開催時期直前に広島県のみならず近隣の県にも甚大な被害をもたらした豪雨災害が発生しました。まつりの実施は不可能ではないかという危機に直面し、県内外の被害状況を鑑みての開催への賛否、おそらく幾度となく行われた話し合いなど、主催者さまの苦悩は計り知れないものがあったことは想像に難くありません。神事であるという原点に立ち返り、亡くなった方への慰霊と災害からの復興を願って開催を決定されたと聞いております。

日本で開催される花火大会がお盆に多い訳、それは故郷に帰省する人が多いからという理由もあるでしょう。しかし大きな理由の一つとして亡くなった方に向けての追善供養という意味があります。そのような花火の意味を考えれば江戸時代からの歴史を誇るおのみち住吉花火まつりが開催された意義があったと考えます。

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場所:広島県尾道市 土堂二丁目 住吉神社 地先 (尾道水道海上) MAP
日時:7月28日(土) 19:30~20:30 ※小雨決行 荒天の場合順延 29日(予定)
おのみち住吉花火まつり HP:http://onomichi-cci.or.jp/hanabi/

1963年神奈川県横浜市生まれ。写真の技術を独学で学び30歳で写真家として独立。打ち上げ花火を独自の手法で撮り続けている。写真展、イベント、雑誌、メディアでの発表を続け、近年では花火の解説や講演会の依頼、写真教室での指導が増えている。
ムック本「超 花火撮影術」 電子書籍でも発売中。
http://www.astroarts.co.jp/kachoufugetsu-fun/products/hanabi/index-j.shtml
DVD「デジタルカメラ 花火撮影術」 Amazonにて発売中。
https://goo.gl/1rNY56
書籍「眺望絶佳の打ち上げ花火」発売中。
http://www.genkosha.co.jp/gmook/?p=13751

洞爺湖を借景にした部屋で、「何もしない」贅沢な時間を。[We Hotel Toya/北海道虻田郡]

レストラン『EZO Cuisune』では、洞爺湖を眺めながら北海道の食の恵みを堪能できる。

ウィ ホテルトヤ自然を満喫するラグジュアリーなホテルが2018年オープン。

北海道に来たらあれを食べてこれを見て……と忙しい旅の計画を立てる人も多いでしょう。ですが、「何もしない時間」を過ごすことも北海道の旅の醍醐味だということをご存知でしょうか?

札幌から車で2時間ほどの位置にある洞爺。湖や温泉、美しい自然にも恵まれ、食の宝庫でもあるこの地に、2018年11月、その魅力を存分に満喫できるリゾートホテルが誕生しました。

木の香りがゲストを迎えるエントランス。

ウィ ホテルトヤ「和の大家」隈 研吾氏がデザインを監修。

『WE Hotel Toya』は、世界的に知られる建築家・隈 研吾氏がデザイン監修を手がけたデザイナーズホテル。洞爺湖を目前に望む施設は地上6階建て。露天風呂付きの客室55室のほか、レストラン2店、バー2店を備えています。

隈氏がデザインのインスピレーションを得たのは「洞爺湖の豊かな自然」。ファサードにも木材をふんだんに用い、整然とした木組みやシックで落ち着いた色使いで現代的な「和」を表現しました。またレストランの大樹を思わせるダイナミックな内装や、日本酒バーの天井にあしらわれた樽のようなオブジェなど、それぞれのスペースにテーマ性を際立たせつつ、統一性のあるシンプルなデザインが特徴的です。

共有スペースからも湖を望み、開放感に溢れたデザイン。

森の中にいるような、幻想的な雰囲気の『EZO Cuisune』。

ウィ ホテルトヤ全室に露天風呂付き。癒しも快適性も備えた空間。

ホテルのコンセプトは、「洞爺湖の静謐な空気に包まれ、心身をリフレッシュする」。37㎡の客室はすべて洞爺湖に面し、全客室のバルコニーに檜の露天風呂が備えられています。

全55室のうち12室がトリプルルームなので、家族やグループでゆったりと過ごす旅行にもおすすめ。慌ただしい朝も快適に過ごせるよう、2つの洗面台を設けたダブルベーシンスタイルです。

もちろんインテリアにもこだわり、木の椅子やテーブルを配し、自然のもたらすぬくもりと現代モダンが調和した空間にしつらえました。大きな窓にはまるで借景のように、洞爺湖の朝夕の景色が映し出されます。

レイクビューキングルームには幅200cm x 長さ203cmのキングサイズベッドが1台。

幅110cm x 長さ203cmの広めのシングルベッドを2台備えたレイクビューツインルーム。

湯はカルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉。露天風呂からも内風呂からも洞爺湖を望める。

ウィ ホテルトヤ目にも舌にも美味しい北海道フレンチを。

最も楽しみなのが、やはり「食」です。レストラン『EZO Cuisune』では「地元の恵みを美味しく」をコンセプトに道内産の食材を多用したフレンチを提供。ディナーは3種のコースがあり、北海道ならではの素材を活かした四季折々の料理が楽しめます。

例えば冬のコースでは「プロシュートと北海道産野菜と温玉とカスベの前菜」「北海道産牛のエマンセ」などが登場。5,000円からコースを用意しており、宿泊者以外も利用できるのが魅力です。

朝食は基本的にビュッフェスタイルで、新鮮な野菜や卵料理、フルーツなどが並びます。

10,000円のコースでは肉料理、魚料理の両方を味わえる。

道産牛や近海産の魚など、北海道のプレミアムな食材を厳選。

朝食に使う食材も一つ一つ選び抜いたものばかり。

ウィ ホテルトヤ道内を中心とした各地の逸品を紹介。

また館内にはラーメンやパスタを揃えたカジュアルなレストラン『Pasta Collection La Saison』や、道内から全国の日本酒をセレクトしたカウンターバー『TARU Bar the Hokkaido』、ウイスキーとシガーを楽しめる『The Cigar Bar』もあり、大人の贅沢な夜の時間を満喫できます。そのほか、ギフトショップでは日本各地の陶器やクラフトを展示販売。地元洞爺の優れたガラスアートに触れることができます。
 
ホテルの近辺はお店や施設がほどんとなく、観光名所までも車で20分と、決して便利な立地ではありません。しかしだからこそ、このホテルで過ごす時間がさらに特別なものになるはず。もちろん、素晴らしいアートやものづくりが息づく洞爺の町を探索するのもおすすめです。できれば2泊滞在し、1泊は外を楽しみ、1泊はホテルにおこもり、というちょっぴり贅沢なスタイルが理想的ではないでしょうか。

酒蔵をイメージした『TARU Bar the Hokkaido』では各地の日本酒をいただける。

北海道グルメといえばはずせない、味噌ラーメンも用意。

日の落ちた洞爺湖も美しい。部屋の露天風呂に浸かりながらゆったりと。

住所:北海道虻田郡洞爺湖町洞爺町293-1 MAP
電話:0142-89-3333
We Hotel Toya HP:https://wehoteltoya.com/
写真提供:WE Hotel Toya