1年間の密着最終章。遂に完成した『mitosaya 薬草園蒸留所』のファーストリリース。[mitosaya 薬草園蒸留所/千葉県夷隅郡]

『mitosaya 薬草園蒸留所』のお酒のラインナップ。100mlのボトルで¥1,800〜¥2,200。

mitosaya薬草園蒸留所実験と検証の繰り返し。「ミトサヤらしい」1本ができるまで。

2018年2月より密着を開始した『mitosaya 薬草園蒸留所』。まだ何もなかったそこには立派な蒸留所ができ、ようやく酒造りの環境が整ったのは同年10月くらいのこと。そこからようやく待望の酒が完成しました。

そのラインナップは、千葉県鴨川の『古泉農園』で採れた温州みかんを丸ごと使用したフルーツブランデーや山形県南陽市のワイナリー『グレープリパブリック』のナイアガラとマスカットのポマース(絞りかす)を使用したグラッパなど全6種。
「ものにもよりますが、基本的に果物は仕入れ、それに『mitosaya 薬草園蒸留所』や『苗目』で採れたハーブを組み合わせ、お酒を作っています」。

初めての酒造りは、「実験と検証の繰り返し」だと江口氏は話します。
「例えば、ワームウッド(ニガヨモギ)のお酒。アブサンでは他のハーブなども混和することも多いのですが、『mitosaya 薬草園蒸留所』では単体でやってみたいと思いました。普通は干したドライなものを使用しますが、ここと苗目でも栽培しているゆえ、フレッシュなものにこだわりました。秋に刈り取ってその日のうちに仕込み、春まで漬け込みました。春が訪れれば当然新芽が出るので、それをまた一晩だけつけて。全てフレッシュなものだけで作るワームウッドのお酒は珍しいと思います」。

これもまた「実験と検証」から生まれた味。それぞれ個性は異なりますが、全てに共通していることは芳醇な香りの豊かさ。また、お酒以外にも商品化されたものがキャンドル。
「蒸留後のもろみに残る色やほのかな香りを抽出しています。無駄なものを出さない“実(み)”と“莢(さや)”から生まれた『mitosaya 薬草園蒸留所』らしいひと品です」。

その1本が完成した日が、蒸留家・江口宏志氏が誕生した日なのかもしれません。ゼロからスタートした家族のプロジェクトは、ようやく大きな一歩を踏み出したのです。

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レモンとワームウッドを使用したキャンドル。お酒以外のプロダクトも楽しみ。

園内で採れたワームウッド。常に自然と暮らすことができる環境もまた、この場所の良いところ。

偶然はない。実験と検証を繰り返し、ベストな配合で酒造りは始まる。

mitosaya薬草園蒸留所酒造り以外も全て手作り。これもある種の編集作業。

「ボトルのラベルは表紙みたいなものだと思います」と言う表現は、実に編集的視点であり、江口氏らしい。

「ラベルに起用しているビジュアルは、画家・クサナギシンペイ氏の作品です。果物や植物を使ったお酒ゆえ、そのもの自体を具体的にパッケージにしてしまうとイメージが限定されてしまいます。抽象的な彼の作品の力を借りることで、想像力を掻き立てられるようなラベルになったと思います」と江口氏。
読む前に本のイメージを形作るのが表紙であれば、飲む前にお酒のイメージを形作るのがラベル。「本は読み切らなければ表紙との答え合わせができませんが、お酒は飲めばすぐに答え合わせができるのがおもしろいと思います」。

また、そのラベルを貼る作業や箱詰め、刻印など、お酒造り以外も全て自ら作業を行い、前出の編集的視点になぞれば、まるでZINEやリトルプレスのよう。もしくは、最初の1本となれば、創刊号と言えるのかもしれません。
「こんなことずっとやっていて大丈夫かなぁ(笑)」と江口氏。しかし、少量生産だからこそできる人の手で作られた温もりを感じます。

ナンバリングの数字は手書き。ラベル貼りも自ら行う。全ての工程がほぼ手作業。

ラベルのデザインは、国内外で活躍する画家・クサナギシンペイ氏の作品。

パッケージの「み」サインも、もちろん手押し。「地味な作業です(苦笑)」と江口氏。

mitosaya薬草園蒸留所理由がないものは造る意味がない。理由があるものを造りたい。

「今、すでに新しいお酒造りを始めています。これはネーブルオレンジを使って蒸留しているところです」と江口氏。そのネーブルオレンジとの出合いは、熊本のワインショップ「クルト」の古賀拓郎氏との出会いから生まれました。

「古賀さんは元々、幡ヶ谷のワインバー『キナッセ』を営業していた後、今は地元の熊本で『クルト』というワインショップを営んでいます。古賀さんから熊本県宇城市、江口農園で作るネーブルオレンジを紹介して頂き、実際に味わってみたらすごくフレッシュで。身も皮も全部使ってお酒を作ってみたいと思いました」と江口氏は話します。

それ以外にも、「園内にカラタマオガタマが植わっているのですが、びっくりするほど香りがバナナそのものなのです。昔、タイでバナナの蒸留酒を飲んだことを思い出し、バナナのお酒も作ってみたいと思っていたら、成田のあるバナナ農家さんとの出会いがあり。そこのバナナと『mitosaya 薬草園蒸留所』のカラタマオガタマを使ったお酒を造る予定です」。

人との出会いから果物の出合いが生まれ、酒造りにつながっていく……。造る理由とは、このような連鎖のことであり、それが「ミトサヤらしさ」なのです。

園内で採れたカラタマオガタマ。実際に匂いを嗅ぐと、本当にバナナの香り。

蒸留中は見て嗅いで飲んで、常に状況をチェックする。

ネーブルオレンジは、用途に応じて実と皮を使い分ける。

小さなボトリングマシンで充填作業を行う。

セラーには、試作品を始め、これから出荷されるお酒が並ぶ。

mitosaya薬草園蒸留所これからの『mitosaya 薬草園蒸留所』のこと。自分のこと、家族のこと。

ようやく最初の1本が完成した『mitosaya 薬草園蒸留所』。これからが本当のスタートであり、始まり。今後、どうなっていくのか。

「流通・販売の方々から生産者さんまで、ありがたいことに様々な方面からお声を頂いております。そのほか、園ではオープンデーの開催やインベントの実施なども行い、今では多くのお客さまと接する機会も増えてきました。そういう意味では、人の輪が拡張しているような感じです」という現状を話しつつ、これからのことについては一言、「常に小さな発見をしていきたい」と江口氏。

「自然相手ゆえ、環境に応じて自分が前へ出過ぎず、歩幅を合わせ、真摯に酒造りやもの作りをしていきたいです」と江口氏。その生き方は、まるで植物のよう。
「そうなれると良いですね(笑)。一番の理想かもしれません」。

蒸留機から出てきたばかりの液体をティスティング。

住所:千葉県夷隅郡大多喜町大多喜486 MAP
mitosaya 薬草園蒸留所 HP:http://mitosaya.com
e-mail:info@mitosaya.com

困難をポジティブに乗り越えて、それぞれが成長できるプロジェクトに。[mitosaya 薬草園蒸留所/千葉県夷隅郡]

内を散策する江口宏志氏と奥様の祐布子氏。互いに尊敬しあえるからこそ、新たな挑戦も理解し合い、乗り越えられる。

mitosaya薬草園蒸留所妻として、母として、ひとりのクリエイターとして。イラストレーター・山本祐布子が想うmitosaya薬草園蒸留所』。

mitosaya薬草園蒸留所』を最初に取材した際、江口宏志氏は「これは僕ひとりのプロジェクトではなく、家族のプロジェクト」と話していました。

書店主から蒸留家への転身、ドイツへの移住。大多喜での新生活……。この数年、激動ではありましたが、ずっと家族は一緒でした。奥様であり二児の母、そしてイラストレーターとしても活躍する山本祐布子さんは、これまでの歩みをどう感じているのでしょうか。
「一番は子供たち。ありがたいことに子供たちは色々な変化を楽しんで受け入れてくれたと思います。ドイツに行く時、私自身にとっても良い経験になると思いました。家族一丸となって始めたプロジェクトではありますが、江口さんは江口さん、子供は子供、私は私、それぞれの立場で成長できると思いました」と話します。
「ただ、今振り返ると、大多喜の場所に生活を移すようになってからは、住居も整わないまま始まったので、辛い数年ではありましたが(笑)」。

確かに植物園だったそこには人が住まう設備はほぼなく、今も万全とは言えません。しかし、丁寧にその記憶を辿ろうとする表情や紡がれる言葉選びには、予測不能な環境をポジティブに乗り越えてきた「強さ」を感じます。『mitosaya薬草園蒸留所』との関わりでは、園内のイラストを手がけたことに始まり、現在はお酒以外のプロダクト監修も担います。
「絵の仕事以外でも私が単独で動くプロジェクトが増えてきています。シロップやお茶などがそれです」。

また、現在はオープンデーなども開催している『mitosaya薬草園蒸留所』。様々な人が集う場所で祐布子さんは表現してみたいことがあると言います。
「多くの方々がこの場所に足を運んで頂ける機会が増えました。それに伴い、家族だけではなく大人数で食事をすることが増えていきました。スタッフや友人なども一緒にという家での食事であればもちろん私が料理を作りますが、例えばイベントであれば料理家さんを招待してお客様に振舞っていました。ですが、これからは自分でやってみようかと思っているのです」と祐布子さんは話します。
「やりたいことは、決して華美ではありません。何気ないものをみんなで楽しく食卓を囲むような……。プロが作る料理はもちろん良いですが、自分たちだからできる “ミトサヤらしい”ことを食を通して表現してみたいです」。

お酒造りはもちろん、ラベル貼りからサインの刻印、ボトルのナンバリングから箱詰めなど、『mitosaya薬草園蒸留所』の一本一本は、江口氏が自らその作業を行なっています。祐布子さんが話すこともしかり、ふたりに共通していることは「手作り」を大切にしていること。

そして、これからのmitosaya薬草園蒸留所』と江口家はどうなっていくのでしょうか。
「私たちにもわかりません。ただ、やっぱり子供たちには私たちがやっている活動や世界を見て、何かを見つけてほしいと思っています」。
江口氏と祐布子さんの働く姿、いや生きる姿は、子供ながらに何かを感じ、得ているのではないでしょうか。
「先ほどお話した通り、家族以外にも大人数で過ごす機会もあり、その場に応じて江口さんにも私にもそれぞれ立ち居位置があると思います。もちろん、それは子供も例外ではなく、子供は子供の立ち位置があって。そんな感覚が育っていくと良いと思っています。ここでは何かを与えてくれる人はいませんし、自分から何かを見つけていかないと何も得ることができません。東京のようにじっとしていても刺激があれば良いですが、そんなことはありません。家族も社会ですし、皆で集まることも社会。規模の大小ではなく、この場所を通して社会の一員になることを学んでもらえたら嬉しいです」。

妻として、母として、ひとりのクリエイターとして。我が子をひとりの個として見る姿も祐布子さんならでは。
江口氏、祐布子さん、ふたりの子供。それぞれが「自分らしく」生きることが「ミトサヤらしく」を創造するのです。

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様々な困難を乗り越えてきた江口家。蒸留所の成長はもちろん、今後、どうなっていくのか楽しみな家族。

住所:千葉県夷隅郡大多喜町大多喜486 MAP
mitosaya 薬草園蒸留所 HP:http://mitosaya.com
e-mail:info@mitosaya.com