岡山で、「蛇」の意味を考えてみる。[岡山芸術交流2019/岡山県岡山市]

言語を題材に制作するローレンス・ウィナーが、映画館シネマ・クレール 丸の内の壁面に新作として発表した「1/2 BEGUN 1/2 FINISHED WHENSOEVER」。©Lawrence Weiner, Courtesy of TARO NASU, Photo:S.U.P.C uchida shinichiro

岡山芸術交流2019「後発組」の芸術祭が面白いと評価される理由とは。

今、日本では全国各地で芸術祭が開かれていますが、後発組ともいえる『岡山芸術交流』が美術ファンの間で注目を集めています。2016年に初めて行われ、2019年に2回目を開催。絶賛の意味を込めて「あまりにも独自路線」と評価される『岡山芸術交流』の面白さはどこにあるのでしょう。

ライアン・ガンダーによる「摂氏マイナス261度 あらゆる種類の零下」。風船を手放してしまった子供の喪失感を表現したインスタレーション。©Ryan Gander, Courtesy of TARO NASU, Photo:S.U.P.C uchida shinichiro

岡山芸術交流2019地元作家にこだわらない。招くのは、世界トップクラスのアーティスト。

『岡山芸術交流』の会場となるのは、岡山城周辺の岡山市立オリエント美術館、旧内山下小学校など、徒歩15分圏内のごく限られたエリア。2016年は31組のアーティストが参加し、大型インスタレーションや映像、立体など現代美術の作品を展示しました。

特徴的なのは、『岡山芸術交流』が「地元に根ざした作家」にこだわっていないことです。かといって無作為に作家を集めているのではありません。第1回のアーティスティックディレクターを務めたのは、イギリス出身でニューヨークを拠点に活躍するアーティスト、リアム・ギリック氏。作品の内容や形式よりも「関係」を重んじる芸術作品を創り出す「リレーショナル・アート」の代表的な作家として世界的に知られています。

会場のひとつ、林原美術館は前川國男による設計。岡山城天守閣を東に望む、旧二の丸屋敷対面所跡に位置する。

コンセプチュアル・アートの代表作家・ダン・グラハムが岡山神社に展示した「木製格子が交差するハーフミラー」。©Dan Graham, Courtesy of Taka Ishii Gallery, Photo:S.U.P.C uchida shinichiro

岡山芸術交流2019岡山の日常に、様々なアーティストの思考や言葉が出現する。

そして参加作家は、フリーズ・アーティスト・アワードも受賞したレイチェル・ローズや、サイモン・フジワラ、ライアン・ガンダーなど16ヵ国から招聘(しょうへい)されました。実はこれらの作家はギリック氏によって選定され、集められました。彼がかかげた「開発」というテーマのもと、アーティストたちは岡山を舞台に作品を作り上げ、日常風景の中に現代アートが出現する超次元的な光景を岡山の街に出現させたのです。

ここにこそ『岡山芸術交流』の独自性があります。世界的に活躍する現代美術家をアーティスティックディレクターとし、彼(彼女)自身がテーマを立て、それをもとに作家を集め、展覧会を構成するのです。作家は岡山の地を事前に訪れるなどしてインスピレーションを得て、どのように岡山の地を生かして表現するかを考え、それぞれのスタイルで形にします。地元作家が岡山を表現するというある種の「血のつながり」がある作品ではなく、岡山と縁もゆかりもない世界的な作家が岡山をどう見たのか、その目を通して表現されたものが、地元の人に新たな気付きや発見をもたらす。この芸術祭にはそんな面白みがあるのです。

前回のアーティスティックディレクターであるリアム・ギリックが街の中心部にあるシンボルタワーをカラフルに変身させた「Faceted Development」。©Okayama Art Summit 2016, Courtesy of the artist and TARO NASU, Photo: Yasushi Ichikawa

岡山芸術交流2019岡山を、「通り過ぎる場所」から「滞在する場所」に。

そもそも、なぜ岡山なのでしょうか。実はこの芸術祭を立ち上げた石川文化振興財団の理事長・石川康晴氏は、岡山発祥の企業でアパレルブランド「アースミュージック&エコロジー」などを展開する株式会社ストライプインターナショナルの社長。石川氏は、2016年に財団をつくり、世界の優れた美術品をコレクションしたり、「オカヤマアワード」を実施したりするなど岡山の地にアートを根づかせるために貢献。その芸術文化支援事業のひとつとして、『岡山芸術交流』をスタートさせました。「芸術祭が定着した瀬戸内には人が来るようになったが、岡山は滞在せず通り過ぎる場所。この地に世界レベルのアーティストを呼んで、経済の活性化を図りたい」と石川氏は考えました。

ピーター・フィッシュリ ダヴィッド・ヴァイスの「よりよく働くために」はタイの工場で実際にかかげられた10ヵ条を作品にした。©Okayama Art Summit 2016, Courtesy of the artists and Galerie Eva Presenhuber, Photo: Yasushi Ichikawa

岡山芸術交流2019美術界で最も注目されるピエール•ユイグ氏が舵を切る。 

その理念のもと行われる第2回では、アーティスティックディレクターにフランス出身で現在ニューヨークを拠点に活動するピエール・ユイグ氏を迎えました。ユイグ氏はロンドンの現代アート誌「アートレビュー」が毎年発表する「アート業界で最も影響力のある人物トップ100」で第2位に選ばれたトップアーティスト。世界各地の美術展やミュージアムでスケールの大きな作品を発表し、今最も注目される美術家として知られています。その彼が選んだのは17組のアーティストです。テーマ名は、かなり斬新です。

前回は作家として参加したユイグ氏が、今回は初めてアーティスティックディレクターに。

岡山芸術交流2019「もし蛇が」。その後に続くのは……?

今回のテーマは「IF THE SNAKEもし蛇が」。思わず二度見するほど奇抜なキーワードですが、その意は彼の制作活動の根本にある考えとリンクしています。もともと科学に興味を持ち、生物学を学んでいたユイグ氏の作品には、生物と無生物、科学と自然の境界線がなく、有機と無機が融合した精神が根づいています。「この世界は人間が中心となって文化をつくってきたが、本当に人間だけが中心なのか」。そんな問いかけを込めた「もし蛇が」なのです。ただ、そこから先は観る人それぞれの解釈に委ね、「蛇が」どうなのか、何なのかを考えてもらう。謎かけのような余韻を残すテーマです。

ミュンスター彫刻プロジェクトで元アイスリンク場を舞台に展示された、ピエール・ユイグの「これからの人生のあと」(2017) © Skulptur Projekte 2017 Photo by Ola Rindal

岡山芸術交流2019芸術祭を開くことで、地元に還元されるもの。

この芸術祭には、地元の人材育成という目的もあります。岡山の人々が自分たちの街で繰り広げられる世界的な美術にボランティアとして携わることで、芸術への経験値が上がるだけでなく、様々な考えや表現に触れ、視野を広げることができるのです。それが結果的に地元アーティストの成長や若い人の意識向上につながり、経済活性化をもたらすことが期待できます。

世界的アーティストが岡山に集まるこの秋。ぜひ足を運んで会場を散策しながら、「もし蛇が」の先に続くものについて、じっくり思案してみてはいかがでしょう。

ヤン・ヴォーによる「我ら人民は(部分)」。自由の女神を300近いパーツに分解し、原寸模刻した作品。©Dahn Vo, Courtesy of Galerie Chantal Crousel, Photo:S.U.P.C uchida shinichiro

開催期間:2019年9月27日(金)~11月24日(日)[51日間] 
休館日:月曜日(10月14日(月・祝)、11月4日(月・振替休日)は、翌日の火曜日休館)
開催場所:旧内山下小学校 岡山県天神山文化プラザ 岡山市立オリエント美術館  岡山城 林原美術館 ほか
主催:岡山芸術交流実行委員会(岡山市・公益財団法人 石川文化振興財団・岡山県)
岡山芸術交流2019 HP:https://www.okayamaartsummit.jp/2019/
写真提供:岡山芸術交流実行委員会