ダイニングアウト浅虫初の東北開催、陸奥湾の海の幸と青森が生んだアートをテーマにした16回目の『DINING OUT』を振り返る。
2019年7月初旬に開催された『DINING OUT AOMORI-ASAMUSHI with LEXUS』。16回目にして初の東北開催は、本州最北端の青森県の浅虫温泉から。太平洋、日本海、津軽海峡、陸奥湾という4つの海の豊富な魚介に恵まれ、また数々の偉大な芸術家、文豪、アーティストを輩出した青森を舞台に、二夜限りのプレミアムな野外レストランは大成功のうちに幕を降ろしました。終了した翌日、5名の関係者が会し、今回のイベントを振り返りました。
大類:16回の『DINING OUT』の中で、 準備に2年間という膨大な時間をかけたのは初めてなのでとても感慨深いですね。2年前に浅虫での開催を打診された時のことはいまでもはっきりと覚えています。えっ、来年じゃなくて、再来年なの?と。浅虫の熱量やレベルを上げて行くには時間が必要。だが、ぜひやりたいから付き合って欲しいと頼まれました。その間、地元だけでも22回も会議をやっている。それだけ準備を重ねて、地元の人も徐々にレベルを上げていったから、今回は素晴らしいチームワークでできました。
中村:大類さんに「やります」と言った後も、本当にやれるのか?という不安がずっと付きまとっていました。レクサスに乗って『DINING OUT』に参加するようなゲストに浅虫は本当にふさわしい場所なのか、お客様に感動してもらえるのかと。それが、あの『DINING OUT』の光景を見た瞬間に、思わず「浅虫じゃないみたい」と言ってしまった。自分たちが気づかない浅虫のよさを掘り起こしていただいたことへの感謝でいっぱいです。今回の会場となった護国寺は、地元でもあまり馴染みのない場所で、私自身もほとんど行ったことがない。それが、あんなに素晴らしい場所だったとは。
大類:期待通りです!何十回と場所探しをして、とにかく浅虫でやるなら、湯の島との関係性を外すことは考えられませんでした。棟方志功のあのポスターの原画のアングルをどうしてもイメージさせたくて、それなら護国寺しかないと。
アレックス:目黒シェフの料理もよかった。彼の料理は静かな料理。子守歌のような魅力がある。
高橋:18品もあることを感じさせないフルコースでした。重くもなく食べ切れた。メインのイシナギが出て来てから、グッと盛り上がりましたね。
中村:陸奥湾に焦点を当てたのは新鮮でした。魚の豊富さは地元の人にとっては特別ではありません。それにお客様が感動してくれることが意外でした。
岡澤:海もそうですが、この季節の青森はものすごく緑が濃く、匂いも濃い。この地に降り立って、初めて感じる匂いや色の濃さが印象的。今回のテーマ「アート」の背景のひとつに、厳しい冬を越えてきたからこその色彩の華やかさ、山や海の表情の豊かさ、土地の力強さがある。
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ダイニングアウト浅虫青森にはアートを生む、DNAが秘められている。
大類:『DINING OUT』はテーマ設定が命みたいなところがあって、浅虫のテーマをどう着地させるのかに相当悩みました。ところが青森全体に幅を広げて考えた時に、この土地はとてつもない才能を輩出していることに気がつきました。太宰治、寺山修司や棟方志功はもちろん、写真家の澤田教一、小説家・評論家の長部日出雄、ウルトラマンをデザインしたことで有名な成田亨、ナンシー関や矢野顕子。それもかなり強烈な個性の人たちがこんなにたくさん。そうなってくると青森の土地にそのDNAがあるとしか考えられない。冬は雪が深くて、寒くて暗い。それが夏になった瞬間にドッとエネルギーが溢れ出す。それこそが青森らしさ。これだけのアーティストを排出していることを、まずは美術館で見てもらう。そしてディナー会場に行くと、貴重な棟方志功の本物の原画が展示してあるというサプライズが待っている。だからこそ美術館から始めようと。
高橋:青森でアートと、普通に考えると意外かもしれないが、三内丸山遺跡もそうですし、「ねぶた」や「津軽凧」など、今回体験して、青森とアートというテーマがピタッとはまりました。
岡澤:青森県立美術館は、時代や作風ではなく、〝人のつながり〞をテーマにして展示しているところが独特で、楽しめました。そしてアートの世界からディナー会場へ移動して、料理は本当にアートなのだと感じました。18品が完成するまで時間さえも作品だと。レクサスは会場と会場をつなぐ 役割を担っているので、それぞれの場所での感動を壊すことなく、ラグジュアリーな余韻が最後までつながるといいなと思っていました。レセプション会場からディナー会場に向かう途中、トンネルを抜けてなだらかな坂を下りると、急に視界が切り替わって陸奥湾と湯の島の夕陽が目に飛び込んで来た。その瞬間は最高に贅沢な時間をつくれたと思います。
大類:最初の頃のダイニングアウトはバス移動でしたが、バスとレクサスでは降りた瞬間のゲストの顔が全然違う。バスの中では、どうしても〝パブリック〞の顔をしなければならないが、レクサスだと快適な空間で〝プライベート〞のままでいられます。
岡澤:プライベートな空間が少しでもあると、ホッとできます。リラックスして移動を楽しめるのは車ならではかもしれませんね。
ダイニングアウト浅虫「手入れ」をすることで、魅力ある「場」を得られた。
大類:これまでは、できるだけ既にあるものを、見立てを変えて見せてきました。それが今回は、初めて会場に手を入れました。場所をつくるために、人工的に手を入れることにかなり抵抗がありましたが、実際、あの環境をつくったことで、いままで地元の人も足を踏み入れなかった場所に、みんなが注目した。手を加えたのではなく、「手入れ」をしたと考えると、こういうのもありなのかと。箱物をつくるのとは違う、あるものにきちんと手入れをすることで、付加価値を付ける。景観を整えるのは躊躇しましたが、いまでは、手入れしてよかったと感じています。
アレックス:「手入れ」という考え方はとてもいいですね。
高橋:いやすごくよかった。開墾というのもいい。いままでは、もともとある場所、名所、旧跡等をうまく見立てていました。それが、景観を整えて、新しい観光名所をつくるなんて、巨匠黒明監督か、大類さんかというくらいですよ。(笑)
中村:このような機会がなければ、あんな素晴らしい場所をつくることはできませんでした。協力した地元の人たちも、会場をつくり上げたことは誇りにしていると思います。せっかくあれだけ素晴らしい場所ができたのだから、それを活用していくのは、自分たちの役目。湯の島には、弁天様を祀っていて、大切にしてきた歴史かがあります。掘り起こせば色々なストーリーを見つけられると思いますし、土地の食材を使ってまたあのような料理を提供できる機会をもちたいと思っています。今回参加させてもらったスタッフの顔つきも本当に変わった。自信が付いて、なんだかカッコよくなった。彼らが活躍できる場をまたつくりたいと思います。
高橋:ロケーション、料理、サービスがどう変わっていくのか…。個人的な趣味ですが、青森は雪質がいい。パウダージャンキーが東北に集まってきているし、八甲田のブナ林を滑るのはとても気持ちがいいですよ。スキーして降りてきて、浅虫にきてお寿司屋さんで海の幸を食べるなんて楽しい。これからもまた体感しに来たいです。
岡澤:青森は萱野高原や陸奥湾など、雄大な自然を有しています。是非たくさんの方に訪れていただき、ドライブも楽しんでほしいですね。
アレックス:大きな刺激を受けた浅虫が、よい方向に変わり始めています。自分たちは去ってしまいますが、地元の人たちが協力して変えていってくれることを期待しています。
大類 終わってしまった寂しさとともに、この場所を託していく喜びがある。今回、手入れをしたところがどう変わって行くのか気になって、また浅虫に来てしまうと思います。
ダイニングアウト浅虫浅虫の課題と歩ける街づくりの提案
アレックス:少し厳しい話になりますが、浅虫温泉を散策してみて、ここは“歩けない街”だと感じました。多くの温泉街には、“街歩き”という楽しみがあります。例えば、町おこしの成功例である城崎温泉も街を歩く楽しさを提供しています。浅虫の場合、まず海岸に幹線道路を通したことで、海と温泉が遮断されてしまった。このことは致命的なダメージだと思います。
大類:なるほど、そういう見方もできますね。
アレックス:あの道路を通る車のほとんどは、浅虫に直接関係のない貨物車ばかり。車を迂回させて山道を通ってもらうとか、大胆なことをやらないかぎりなかなか街は変えられない。道路を閉鎖して、木を植えて、ライトアップして、プロムナードができるようにして、人々が街を楽しめるようにするとか。例えばヨーロッパでは、街の中心街から車を完全にシャットアウトするという動きがあります。サンフランシスコも街と海を遮断していた高速道路を撤去しました。最近ブロードウェイの中心部もクルマを入れないようにしていますね。
高橋:道路は石畳にするといいとも言いますよね。スピードも出せないですし。
アレックス:浅虫の象徴ともいえる湯の島も、もったいないと思いますね。ここ海扇閣は、屋上に上がれば海を眺めることができるけれど、街の多くの旅館からは、海が見えないから、陸奥湾も湯の島も存在感がなくなってしまう。
大類:確かに浴衣を着て海を見に行きたいと思っても、道路を渡ろうとすると車通りが多い。道路で温泉と海が遮断されている感じもします。お客さんのニーズと合っていないのは確かかもしれません。
アレックス:歩けない街だから街が発展しない。人が歩けるようになると店に入るようになるから、レストランや土産物屋など楽しめる店が増える。そうすれば、自然と商店街が生まれ変わります。宿以外の街の楽しみ方をどう築き上げるかが大切ですね。
岡澤:車で移動するのと歩くのでは楽しむスピードが違う。歩くからこそ見えてくる街の景色、楽しみってすごくありますよね。
アレックス:世界的な傾向としては、アクセスの不便さをよしとしている。世界一予約が取れないレストランと言われた「エル・ブジ」もかなり不便なところにありましたし、今話題のフェロー諸島のレストラン「コクス」も、島に渡るだけでも大変なのに、島の奥地のさらに不便なところに移転しましたから。
大類:最近、海外のトップレベルのレストランはそういう方向にシフトしてますね。
アレックス:「秘密感」、「スペシャル感」、どこかへ旅したという満足感。それがあれば、不便でもお客さんは集まります。
高橋:浅虫は、名前にもインパクトがありますし、地形的にも恵まれています。海があって、島があって、美しい自然があって、そして温泉もある。アドバンテージはあるはず。どう楽しむのかを提案できて、外に向けて情報発信できると変われると思います。
アレックス:ナポリでは昔からの伝統で、夕方になると湾岸沿いの道路から車をシャットアウトして、夕焼けを楽しめるようにしている。人が歩けるから、屋台も出たりして、毎日がお祭り気分ですね。浅虫の景色は、ナポリの美しい風景に似ています。日本のナポリといってブランディングしてもいいくらいですよ。
大類:確かに浅虫再生の提案のひとつとして面白いですね。『DINING OUT』を経て、この町がどう変わっていくのか、もちろんサポートできる事はしていきますが、ここからは地元の方々のやる気がとにかく大事。あのディナーの時のチームワークがあれば、必ず素敵な町づくりができるはずです。
1999年、トヨタ自動車入社。調査部にて自動車市場分析、将来予測シナリオ策定を担当。2014年より現職。レクサスのグローバルブランド戦略や、デザイン関連などの体験型マーケティング施策にかかわる。
2008年に日本の魅力の再発見をテーマにした雑誌『Discover Japan』を創刊、編集長を務める。2018年11月に株式会社ディスカバー・ジャパンを設立し、雑誌を軸に、イベントなどのプロデュース、デジタル事業や海外展開など積極的に取り組んでいる。
1952 年生まれ。東洋文化研究家。イエール大学で日本学を専攻。東洋文化研究家、作家。現在は京都府亀岡市の矢田天満宮境内に移築された400 年前の尼寺を改修して住居とし、そこを拠点に国内を回り、昔の美しさが残る景観を観光に役立てるためのプロデュースを行っている。著書に『美しき日本の残像』(新潮社)、『犬と鬼』(講談社)など。
㈱南部屋旅館 代表取締役社長。浅虫温泉の山・海・温泉を活かしたイベントなどを通して、その魅力を国内外に発信する「浅虫温泉MOSPAプロジェクト」を創設。浅虫の活性化に取り組んでいる。
1993年博報堂入社。2012年に新事業としてダイニングアウトをスタート。16年4月に設立された、地域の価値創造を実現する会社『ONESTORY』の代表取締役社長。