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できることなら、野生に染まりたい。あるドライフラワーアーティストの生き方。[TSUGARU Le Bon Marché・Flower Atelier Eika/青森県弘前市]
津軽ボンマルシェ・フラワーアトリエエイカ津軽生まれ、独特の「間」を持つドライフラワーアレンジメント。
初めて彼女の作品と対面したのは、『津軽ボンマルシェ』の視察で立ち寄った弘前市のショップ『bambooforest』。ナチュラルな雰囲気を持つ、小ぶりのドライフラワーのスワッグが印象的でした。次に対面したのは、同じく弘前市にある『パン屋といとい』の取材時。天井からダイナミックに吊るされたツル科の植物や看板に添えられた大ぶりのスワッグが、小さな店を数倍大きく見せていました。どの作品にも共通していたのは、さり気ない佇まいなのに強い主張を感じること。そしてぐるり360度、どこから見ても独特の「間」があり、その「間」が一筋縄ではいかない奥深さを感じさせることでした。
手がけたのは、『Flower Atelier Eika』の屋号で活動する弘前在住のドライフラワーアーティスト・英花さん。様々なイベントでアレンジメントを販売する他、市内の店の装花を担当するなど活躍の場を広げる、津軽の注目クリエイターのひとりです。実は活動を始めてまだ3年ほどという英花さん。それ以前は、「ドライフラワーとプリザーブドフラワーの違いも知らない主婦」だったと話します。
「長い間ずっと自分探しをしていて。でも花と出合ってから、最近はどんどん自由になっているのがわかるんです。自分の名前に『花』という字が入っているのも、ちょっと運命的でしょう(笑)? なんだか花に導かれている気がします」と英花さん。作品から感じ取った世界観と彼女の生き方に深いつながりがあるような気がして、まずは生い立ちから聞くことにしたのでした。
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津軽ボンマルシェ・フラワーアトリエエイカ「こじらせ系女子」が40歳になってたどりついたライフワーク。
「自分は相当のこじらせ系」だという英花さんは弘前市出身。超がつくほどの人見知りだった幼少期は、いつもひとりで虫を眺めたり、何でも分解したり、寝食を忘れて好きなことに熱中するタイプだったそうです。高校卒業後に進学した仙台の体育大学でついた異名は、某人気漫画の刀の名手から「五ェ門」に。曰く「また人を斬ってしまった、みたいな(笑)。コミュニケーションがすごく一方的で、みんなを傷つけてしまって。人付き合いが苦手な器の小さい人間でした」。
その後大学を卒業し、そのまま仙台で好きだったアパレル系の仕事に就職。さすがに人との会話に慣れたものの、自分が着たくない服でも売らなければいけないことに疲れ果て、「結局自分は好きな服が着たいだけなんだ」と気付いた英花さんは、故郷・弘前に帰ります。花との出合いは、結婚、出産を経て主婦をしていた頃。友人に誘われ何気なく参加したプリザーブドフラワーの講習会でした。
「それまで花に興味を持ったことはなかったのに、植物が持つ独特の陰影や形の魅力に気付いた途端、どうしようもなく惹かれてしまって。でもプリザーブドは色も形状も人工的な部分があって、それに違和感がありました。そこでドライならいいかもと、生花を自宅で乾燥させて自己流のドライフラワーを作り始めたんです」と英花さん。昔から好きになったらとことんハマる反面、何をやっても長続きしなかったという英花さんが、初めて情熱を持って取り組める花というライフワークに巡り合ったのは、40歳になってからでした。「うまく生きられなかった昔の私の人生を、今取り戻している感覚かも」。英花さんはそう言って笑います。
津軽ボンマルシェ・フラワーアトリエエイカ朽ちたり、曲がったり。自然体の花の姿に自分を重ねて。
生け花の講座に出向いたり、フラワーアレンジメントの本を読んだりと、花の勉強を始めた英花さん。しかし「どれも合わない」と感じ、人に師事することも、流派に属することもせずに作品を作り始めます。「私には“型”や“順序”に沿って作るのが合わなくて。森に行って、1本の蜘蛛の糸から垂れ下がった葉っぱを見ると“自然のモビール”みたいと感じる。そういう光景がインスピレーションを与えてくれるんです。今は“自然が先生”でいいと思えるようになりました。何か最初に始める人はみんな独学だったはず、と自分に言い聞かせてやっています(笑)」と英花さん。
手つかずの自然の植物は、英花さんに多くの学びを与えてくれるそうです。例えば木に絡んだツル科の植物を見ると、他の何かに絡まないと生きていけない生態が見えてきます。「ただ花材としてツルを飾るのではなく、そういうツルの生き方を作品で表現したい」と英花さん。
当初、生花よりドライフラワーを扱うことを選んだのは、扱いやすく長持ちするという理由もあったという英花さんですが、今はそれ以上の意味を見出し、その意味こそが彼女の作品に大きな影響を与えています。「春いっせいに咲いた花が朽ちていく、その姿は人間の一生のようでたまらなく魅力的。枯れたり折れ曲がったりしている花にも、自分を重ねてしまうんです。だから花を乾燥させる時も、綺麗に整えて形を作るより、自然に近い姿になるように気を付けます。くたっとして枯れていく、それが命、それが人生だろ!って思いながら(笑)」と英花さんは語ります。
津軽ボンマルシェ・フラワーアトリエエイカ花と向き合う日々から、もっと外へ、次なるステージへと舵を切る。
作品作りを始めてから約3年。様々なイベントに呼ばれるなど人気クリエイターとなった今、英花さんは次の一歩を踏み出そうとしています。きっかけとなったのが、知人に誘われて参加した県外の小さなフェスティバルイベント。当初、会場装花はできればやってみるというスタンスでハサミと紐だけ持参した英花さんでしたが、実際現地に赴くと、会場周辺の植物がそのまま花材となることに感動したといいます。「今の世の中、花は店で買うのが普通。でもその時、身近にある植物でも十分人を癒すことができると思いました。プロの生産者が生み出す花の美しさはすばらしいけれど、野生が持つ美しさにも改めて気付かされて。今はその両方をもっと知りたくて、より外へ意識が向くようになってきました」と英花さん。
寒くなると葉が枯れ、木々のシルエットが浮かび上がる津軽の冬。自然に身を置くことで、故郷の冬の長さと美しさを実感したという英花さんは、今後、日本全国の春夏秋冬を感じながら会いたい人に会う、インプットの旅に出る予定だそうです。「期間も決めず、様々な自然の姿や人々の考え方に触れていきたい。色んなイベントに呼んでもらえるのはもちろんうれしいけれど、今はいっぱい売るための作品を作るより、自分の世界観を大切にしたくて。これからの活動がどうなるか、自分でも予想がつかないんです」と英花さんは話します。そんな英花さんがいつか津軽に戻ってくる時、私たちが目撃するのは、きっと何倍にもパワーアップした英花ワールド。花という伴侶を得た彼女の更なる成長が、驚きを与えてくれるはずです。
(supported by 東日本旅客鉄道株式会社)
Flower Atelier Eika(フラワーアトリエエイカ)
https://www.instagram.com/ei_hana/