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古来より輪島の地で育まれる自然と文化、そこに脈打つ魂をたどって。[DINING OUT WAJIMA with LEXUS/石川県輪島市]
ダイニングアウト輪島植木シェフと巡る、知られざる輪島の姿。
日本各地に息づく歴史や文化に光を当て、新たな価値を創出している『DINING OUT』。次回2019年10月5日(土)、6日(日)に開催が決定した『DINING OUT WAJIMA with LEXUS』では、史上初のダブルシェフが実現します。
一人目は、東京・西麻布「AZUR et MASA UEKI」植木将仁氏。そして、二人目は、2009年にアメリカ・サンフランシスコで熾火料理を主としたスタイルのレストラン「Saison」を立ち上げ、現在は、ローラン・グラス氏に「Saison」を引き継ぎ、絶え間ない革新の為 「Saison Hospitality」を創設。また、更なる発展の為の研究ラボラトリー「Skenes Ranch」シーフードコンセプトの「Angler」などをオープンし、 今世界が最も注目するシェフのジョシュア・スキーンズ氏です。
そんな究極のダイニングの舞台は、日本海に突き出した能登半島北部に位置する、石川県輪島市です。
輪島といえば、日本が誇る伝統工芸品・輪島塗の産地というイメージが強いでしょう。しかしこの夏、アメリカにいるジョシュア氏に先立ち、石川県金沢市出身の植木シェフとともに現地を訪れてみると、そこには輪島塗だけに留まらない、多様な歴史や文化が混在。さらに見渡せば、誰もが不思議と懐かしさを感じる、人と自然が造り上げた美しい里山や里海の風景が、大切に育まれていたのでした。
そうして見出された、来たる『DINING OUT WAJIMA with LEXUS』のテーマは、「漆文化の国(japan)の精神の源流を紐解き、真の豊かさを探る」。
今回は、この地に脈々と流れる魂をたどることとなった視察の旅の模様を通して、一足早く、魅力あふれる輪島の地へと誘います。
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ダイニングアウト輪島今も昔も活気溢れる街の中心、輪島市街エリアへ。
日本海に沿って北東から南西へと長く伸びる輪島市。そのちょうど中央にあたるのが輪島市街地であり、最も活気溢れるエリアです。街の朝は早く、午前8時を過ぎると、エリア中心部を貫く350mの通りに、輪島港に揚がる鮮魚から魚介の干物、野菜、民芸品の店まで、約200軒の露店が出現。街の名物『輪島朝市』のオープンです。この朝市は、遡ること平安時代、寺社の祭礼日に人々が物々交換をしていたことが始まりと伝わっています。
そんな朝市の周辺に軒を連ねるのは、輪島塗の工房や販売店、関連施設の数々。ここが漆の里だということを実感させられます。輪島塗は、この地でしか採れない『地の粉』と呼ばれる良質な珪藻土の粉を使用すること、『布着せ』と呼ばれる補強の工程を踏むことなど、独自の素材や製法で高い強度を誇っています。また、沈金や蒔絵などを施すことで、その美しい見た目を実現。実用性と芸術性を兼ね備えた、唯一無二の伝統工芸品として在り続けているのです。
輪島塗の歴史もまた古く、現存する最古のものは、室町時代の1524年(大永4年)作と言われている朱塗扉。輪島市河井町にある重蔵神社の旧本殿にあります。その後、現在まで続く輪島塗の技術が確立したとされるのが、江戸時代前期。さらに、江戸中期の亨保(1716~1735年)には沈金の技術が、江戸後期の文政(1818~1829年)には蒔絵の技術が伝わったと言われています。この頃から、生産工程は完全な分業化が進み、木地作りから塗り、加飾まで、120以上にものぼる工程それぞれに専門の職人が生まれることに。故に、町中に多くの工房が点在しているのです。
ダイニングアウト輪島歴史的建造物が数多く残り、かつての繁栄を今に伝える門前。
そんな輪島市街エリアを抜けて南へ進むと、街の喧騒から離れ、霊験あらたかな門前エリアへ。ここは、鎌倉時代の1321年(元亨元年)、曹洞宗の本山・總持寺が創建された場所なのです。明治時代の大火の後、本山は横浜市へ移されましたが、移転するまでの約600年間、全国15,000寺の本山として発展。現在も『大本山總持寺祖院』として存在し、往時の繁栄を伝えています。
總持寺では、その歴史や荘厳な建物の素晴らしさに触れたのはもちろん、僧侶の間で何百年も受け継がれる「食」の作法があることを知り、ひときわ深い感銘を受けていた人物が……。そう、今回の『DINING OUT』における「食」の一翼を担う、植木シェフです。「食べることは、命をいただくということ。そして食という字は、人に良いと書きます。そういったことをきちんと理にかなった作法とし、実践され続けていることにとても感動しました」。
また、山中の總持寺から海側へ出ると、海岸沿いに広がるのは統一感のある佇まいの家屋が密集する『黒島地区』。ここは、江戸時代末期から明治にかけて活躍した北前船の寄港地であり、船主や船乗りの居住地として栄えました。北前船とはいわゆる交易船。海産物などとともに輪島塗もこの船に乗って、全国各地へ広まったといいます。やがて黒島は伝統的建造物群保存地区に指定されたことで、今も当時をしのばせる街並みが残っているのです。
一方、海岸沿いを北へ進むと、斜面に並ぶ1004枚の棚田から成る『白米千枚田』や、荒波が造り出した奇岩『窓岩』など、輪島随一の景勝地が見られます。そして背後にそびえる岩倉山のふもとに広がるのは、源平合戦で敗れた平家の武将・平時忠の子孫が移り住んだことからその名が付いた『平家の里』。山奥にひっそりと、往時の繁栄を伝える屋敷が残されています。霊山である岩倉山周辺は、奥能登を代表するパワースポットなのだとか。植木シェフや、今回のホスト役を務める中村孝則氏も「この辺りに来ると、不思議と空気が変わったように感じる。凛とした雰囲気が漂っていますね」と感想を漏らしていました。
ダイニングアウト輪島美しい日本の原風景と寺文化が大切に残る集落、金蔵。
さらに『平家の里』を山奥へと進むと、山間の傾斜地に美しい棚田が並ぶ『金蔵地区』が広がります。ここは『日本の里100選』『美しい日本の歩きたくなる道500選』にも選ばれた、美しい棚田の里。能登の里山を代表する景観の一つとなっています。
折しも、石川県に梅雨明けの知らせが届いたこの日、ひときわ青々と光輝く棚田を見渡しながら、「忘れていた大切な何かを思い出すような風景ですね」と、目を細める植木シェフと中村氏。視線を落とせば、道端には野生のミントやヨモギが見られ、爽やかな香りを放っています。そんな野草狩りも楽しみつつ、「秋にはきっと、稲刈りを終えた後に干された藁の良い香りがするんでしょうね」と、五感を研ぎ澄ませ、景色を堪能していました。
また、この地区には5つもの寺が密集していることも特徴。651年の『金蔵寺』開基をはじまりに、1300年代の頃から寺を中心として栄えてきた集落なのです。当時の寺は、今でいう役所や公民館のような存在であり、時には劇場や病院の役目を果たすなど、地域の人々の拠り所となっていました。そして今なお、そうした文化の一部は大切に継承され、様々なイベントの会場として寺が開かれているといいます。
その最たるものが『お講』の習慣。毎月1回、地域の人々が山でとれた山菜や木の芽、畑でとれた野菜などを持ち寄り、皆で経をあげた後、精進料理に仕立てて輪島塗の膳で食べるというものです。ここには、昔ながらの寺を中心とした人のつながり、『お講料理』と呼ばれる食文化が、大切に守られているのです。これには植木シェフも興味津々でした。
ダイニングアウト輪島刺激的な出会いを経て、植木シェフが見出した輪島の魅力とは。
前述の通り、植木シェフは石川県金沢市の出身。そういう意味では少なからず馴染みの土地である一方、新たな発見や驚きもたくさんあったといいます。
「特に強く感じたのが、輪島は自然と神仏の融合の地であるということ。ずっと昔から、お寺を中心に、自然と一体となって生活してきたんですよね」と植木シェフ。自然の恵みをお供えし、豊かな実りへの感謝、穏やかな暮らしへの願いを胸に、祈りを捧げる……。この地の人々の生活は、こうした寺文化をベースに育まれてきました。それこそが、輪島の素晴らしさなのだと、植木シェフはいいます。「今回その事実を目の当たりにして、とても感動しました。今後、自分もこういう気持ちでやっていこうと、思いを新たにする体験になりましたね」。
日本の原風景である素晴らしい里山や里海を愛で、時を超えてこの地を守り続けてきた總持寺や金蔵の寺の数々をめぐることで、奇しくも食と向き合う料理人としての原点に立ち返ることとなった植木シェフ。自然の恵み、神仏の恵みに感謝しながら、この地で育まれた食材をどのような料理にアレンジし、どのような文化体験に乗せて届けてくれるのか。期待が高まります。
1967年石川県金沢出身。1990年より渡仏し、南フランスの四ツ星ホテル『ホテル ル デュロス』をはじめ、フランスやイタリアで3年間に渡り料理の研鑽を積む。帰国後、1993年『代官山タブローズ』スーシェフを経て、1998年『白金ステラート』オープンと共にシェフに就任。2000年に独立後、青山に『RESTAURANT J』をオープンした。2007年からは軽井沢『MASAA’s』『RESTAURANT & BAR J』を経て、2017年には株式会社マッシュフーズとともに同店をオープン。日本の伝統的な食材や伝統文化を探求しながら自身の料理に落とし込み発信することで、オープンから間もなくして注目を集め、高い評価を得ている。
AZUR HP:http://www.restaurant-azur.com/