ヨーロッパでは、ザールのルールを元にしてUEFAがインドアサッカーのルール統一を図った。 #フットサル #サッカー #ユニフォーム
@adidasfun アディダスファン
アレックス・カーが耳打ちする、本当は教えたくない亀岡案内。[京都府亀岡市]
亀岡市京の都の隣にあって、多くの偉人を輩出してきた亀岡。
日本有数の観光都市・京都から快速に乗ってわずか20分。蛇行する保津川を5回越えると亀岡駅に着きます。長閑な田園が広がるこの地で暮らすのは、東洋文化研究者であり作家のアレックス・カー氏です。
「亀岡は京都文化の圏内にありながら、豊かな自然と、田園風景と、城下町が残る場所。京都はいまオーバーツーリズムで落ち着いて過ごせる場所が減ってしまいましたが、亀岡には静かな佇まいの寺も多く、じっくり仏像を鑑賞することもできます。また、この地は一種のトラブルメーカーというか面白い人物を輩出しているんです。たとえば、明智光秀。足利尊氏もそう。彼が鎌倉幕府打倒の挙兵をした篠村八幡宮もまだ残っています。倫理学者・石田梅岩もそうですね。当時は『女性が学問なんて』という時代でしたが、彼は分け隔てをしない先駆的な人でした。そういう人物が亀岡から出ているのは、亀岡の誇りだと思います」。
今回は、そんな亀岡のなかでもあまり人に知られていないスポットをアレックス氏と共にご案内します。
【関連記事】離れ にのうみ/暮らすように滞在できる朝の光が美しい宿。
亀岡市ちょっと不便、だけど美しい古民家での暮らし。
その前に、アレックス氏の亀岡での暮らしぶりを見せてもらいました。苔が艶々と光る、とある神社の境内。そのなかに佇む木造平屋の古民家がアレックス氏の住まいです。’77年にここを借りた当初、電気は通っておらず、トイレは汲み取り式で、水は井戸水を使っていました。そこから少しずつ改修を進め、「現在はこの通り」と、蛇口をひねって笑います。居間の襖や屏風には、建具屋に頼んだという古い書や自らしたためた書が貼られており、窓の外の奥庭は緑豊かな渓流に繋がっています。
「ここで友人にお手製の料理を振る舞いつつワインを飲んだり、本を読んだりして過ごしています。ここで寝た友人から『久しぶりによく寝れた』と言われたことも」。
国内外を問わず、多くの著作を手掛けるアレックス氏。細部まで美意識が行き届いたこの場所なら、執筆活動も捗るに違いありません。
亀岡暮らしに潤いをもたらす和の感性を磨いた「大本」。
次にアレックス氏が和の感性を磨いたという丹波亀山城跡を訪ねました。
大学卒業後の’77年、宗教法人「大本」国際部に文化スタッフとして採用されたアレックス氏は、これを機に日本での暮らしを本格化させます。その大本の本拠地がある場所こそ、明智光秀が丹波統治の拠点として築城した丹波亀山城跡なのです。
「教祖の出口王仁三郎は芸術に親しんだ人で、『芸術は宗教の母なり』という言葉を残しているんです。普通は逆ですよね。彼のクリエーションは芸術の世界にかなりインスピレーションを与えているんですよ。百聞は一見にしかず。王仁三郎が晩年に創作した“燿盌”という茶碗がギャラリーにあるので見てみましょう」。
残念ながら「ギャラリーおほもと」内は撮影できませんでしたが、手でひねりだした歪な形の碗に鮮やかな色彩が乗った茶碗は、とてつもなくエネルギッシュでした。
その後、小雨降る城内を歩きました。人気のない濡れた庭のあちこちに、万葉集にも謳われている可憐な野草が。本殿には立派な能舞台が設けられており、「懐かしい…」とアレックス氏が目を細めるシーンもありました。
亀岡市雨の「穴太寺」で庭を眺む。何もしない豊かな時間。
雨が本降りになるなか、穴太寺(あなおじ)に向かいました。慶雲2年(705年)に開創したとされる古寺だけあって、遠くからちらりと見える仁王門だけでも味わいがあります。訪れたのがたまたま地蔵盆にあたる日だったので、本堂も庭園も無料で拝観することができました。
「ここでぜひ、見ていただきたいものがあるんです」とアレックス氏。ずんずん前へと進むその後を追うと、布団がかけられた木彫りの釈迦涅槃像が安置されていました。
「自分の体の悪い所をなでると、病気がよくなると言われています。日本はもちろんアジアを見ても、これだけ古い木彫りの涅槃像にはなかなかお目にかかれません」。
もちろん、堂内は撮影禁止。是非とも亀岡に足を伸ばし、アジアの宝を拝んで頂ければと思います。「ここの雰囲気も大好きで」とアレックス氏に促されたのは緋毛氈が敷かれた縁側。その眼前には美しい庭園が広がり、池の向こうに多宝塔が見えます。どのぐらいその場所に居たのでしょうか__。
何でもない時間をかけがえのないものにしてくれる景色がここにありました。
亀岡市風雪に耐えた巨木と石畳の参道が待つ「法常寺」。
翌日、「とっておきの場所にご案内します。本当は誰にも教えたくないんですけど(笑)」と語るアレックス氏と向かったのは、後水尾天皇ゆかりの寺院・法常寺。
府道を逸れ、山道をあがった場所にクルマを停めてしばし歩きます。石畳の参道には苔むした巨木が多く、木漏れ日が綺麗。歩いているだけで瞑想をしているような気分になりました。途中、谷川に架かった古い石橋や落雷によって幹が裂けたコウヤマキの巨木があり、その先の高い石垣を築いた山腹に本堂があります。拝観は要予約。この日は前から中に入れないと分かっていたので、外から美しい庭を眺めて法常寺を後にしました。
ガイドブックにない亀岡を巡るとき、拠点にしてほしいのが「離れ にのうみ」です。
その周辺を少し歩くだけで、瓦屋根に黒板塀の建物や酒蔵が目につきました。亀山城の外堀を活用した古世親水公園内には、野菜の洗い場もありました。この辺りは年谷川が形成した扇状地にあることから伏流水が多く、いたるところに湧水があり、昔の人は生活用水として活用していたそうです。
来春には、「アレックス・カーが案内する本当は教えたくない亀岡ツアー」を1泊2日で開催する予定です。詳細は後日、以下のサイトで発表の予定です。
離れにのうみ Facebook:https://www.facebook.com/kameokahanareninoumi/
森の京都 DMO HP:https://morinokyoto.jp/
亀岡で、暮らしの細部にまで巡らされた「日本の美」を感じる旅はいかがでしょう?
住所:〒621-0851 亀岡市荒塚町内丸1 MAP
電話:0771-22-5561
営業時間:9時~16時
アクセス:JR嵯峨野線「亀岡」駅下車、徒歩約10分
住所:〒621-0029 京都府亀岡市曽我部町穴太東辻46 MAP
電話:0771-24-0809
拝観時間:8:00〜17:00
アクセス:JR亀岡駅下車 京阪京都交通バス穴太寺循環(59, 34系統)、京都学園大学行(60系統)、穴太口下車徒歩10分
穴太寺 HP:https://saikoku33.gr.jp/place/21
住所:亀岡市畑野町千ヶ畑藤垣内1 MAP
電話:0771-28-2243
アクセス:バス停「千ヶ畑」から約5分/亀岡ICから約30分
1952年アメリカで生まれ、1964年に初来日。イエール、オックスフォード両大学で日本学と中国学を専攻。1973年に徳島県東祖谷で茅葺き屋根の民家(屋号=ちいおり)を購入し、その後茅の吹き替え等を通して、地域の活性化に取り組む。1977年から京都府亀岡市に在住し、ちいおり有限会社設立。執筆、講演、コンサルティング等を開始。1993年、著書『美しき日本の残像』(新潮社刊)が外国人初の新潮学芸賞を受賞。2005年に徳島県三好市祖谷でNPO法人ちいおりトラストを共同で設立。2014年『ニッポン景観論』(集英社)を執筆。現在は、全国各地で地域活性化のコンサルティングを行っている。
暮らすように滞在できる朝の光が美しい宿。[離れ にのうみ/京都府亀岡市]
離れ にのうみ官民一丸となって生まれ変わらせた築100年の古民家。
苔むした石垣に刻まれた家紋を探したり、木彫りの涅槃像に触れてみたり。古き良き城下町・亀岡観光を満喫した後は、静かな興奮を胸に眠りたいもの。そんな滞在を可能にしてくれるのが、築100年の古民家を改装した『離れ にのうみ』です。亀岡がある丹波では、春や秋に昼夜の寒暖差から深い霧が発生します。朝方、乳白色の濃い霧が朝日に染まる様子を、古人は「丹の海」と表現しました。
何とも風流な名を冠したこの宿、もともとは京都の老舗薫香商の所有。一時期、アレックス氏が借りて事務所にしていたこともありました。その後、荒れるままになっていた建物を亀岡市が引き取り、地方創生の一助となるスペースにできればと生まれ変わらせたのです。今回、監修を担ったアレックス氏に宿の見どころを聞いてみました。
「この計画が持ち上がったのが2016年のこと。一部改修が入れば2017年にはオープンできるねと話していたのですが、思いのほか朽ちている箇所があり、昨年の秋にオープンした形です。その分、古い蔵など昔ながらの風情をいかす形での素晴らしいリノベーションになりました。もともとは母屋だった建物を2ブロックに分け、そこに離れをいれた3つの棟には、それぞれ『応挙』『了以』『梅岩』と亀岡が生んだ偉人の名がついています。早速、お部屋を見てみましょう」。
江戸時代の絵師・円山応挙の名を冠した『応挙』は、宿の中でもっとも大きな棟。情緒溢れる光で目を覚ますことができるベッドルーム、日本庭園と中庭に面したリビング、古き良き城下町を臨む2階の和室からなり、5名までの利用が可能です。どの部屋も古民家特有の趣を湛えつつ、キッチンやお風呂などの水回りは現代的に設え、快適なステイが可能になっています。地元食材を自分好みに調理し、地酒で一杯いきたいタイプに嬉しい調理器具や食器一式はもちろん、大型の冷蔵庫も。タオルや浴衣などのアメニティーもひと通りそろっているので、小さな荷物で「暮らすように過ごす」ことができます。
【関連記事】京都府亀岡市/アレックス・カーが耳打ちする、本当は教えたくない亀岡案内。
離れ にのうみ行燈の灯りに先人を想い、ウッドデッキで星光浴を。
戦国時代を生きた京都の豪商・角倉了以は、亀岡の一大観光・保津川くだりの礎を築いた人物。その名を冠した『了以』は離れにあります。天井の高いベッドルームとリビング、その先の日本庭園が地続きになっているこの部屋は、すりガラスから入ってくる美しい光で目覚めることが出来ます。また、全ての部屋にアレックス氏秘蔵の書や軸が掛けられています。『了以』のベッドルームには保津川の軸が掛けられており、旅情が掻き立てられます。
「行燈などの間接照明もほとんど私が持ち込んだもの。照明の位置にもこだわりました」とアレックス氏。柔らかな間接照明は闇の神秘性と光の有難さを際立たせます。
亀岡駅構内にも座像がある江戸時代の思想家・石田梅岩の名を持つ『梅岩』は、リビングから蔵が見える部屋。広いウッドデッキもあり、サンチェアに寝そべって読書に耽るなど、自由な使い方が出来ます。
離れ にのうみ外出せずとも味わえる地元の名店の美味。
ここで気になったのが食事のこと。自炊派は旅先の道の駅や近くのスーパーで食材を調達すればよいのですが、外食派は? その辺りも抜かりありません。地元の名店からのケータリングが可能なのです。亀岡は昼夜の寒暖差があり、野菜や米が美味しいことで有名ですが、そんな地元食材を使った懐石料理を堪能するなら『京懐石 雅』を。お部屋のキッチンで盛りつけをするので、出張料理のような贅沢気分を味わうことが出来ます。仕出し料理屋の『八百捨』では、『離れ にのうみ』オリジナル料理をご用意。旬の食材を多用した洗練の京料理を味わうことができます。
こだわりの生産者から直接買い付けた食材を使ったイタリアンなら『クッチーナ トラスクア』を。また、『コーヒースタンド ブラッキー』にはトーストやサンドイッチと美味しいコーヒーのセットの用意があるので、ゆっくり朝の時間を過ごすこともできます。
離れ にのうみ地域活性の礎としても期待される滞在型の宿。
官民一丸となって生まれたこの施設では、移住促進のイベントも行っています。今年6月には『タルマーリー』の渡邉 格氏を迎え講演会を開催。渡邉氏は、鳥取県智頭町で、野生酵母で作るパン、クラフトビール、カフェの3本柱で事業を展開しながら、資源の地域内循環や地域活性化に尽力している人物。この時、講演会は『離れ にのうみ』のそばにある稱名寺(しょうみょうじ)本堂で行われ、その後の懇親会は『離れ にのうみ』で行われました。
参加者は地域活性や古民家再生・景観保存を考える人から亀岡移住を考えている人までさまざま。なかには東京や大阪からの参加者もおり、次のステップを考えている皆さんにとって、この宿が多くのインスピレーションを与えたことは間違いありません。
この秋は、リピーターの多さを誇る『離れ にのうみ』で、100年先も残したい日本の良さを体感できる旅はいかがでしょう?
住所:京都府亀岡市西竪町15 MAP
離れ にのうみ HP:https://www.hanare-ninoumi.jp/
1952年アメリカで生まれ、1964年に初来日。イエール、オックスフォード両大学で日本学と中国学を専攻。1973年に徳島県東祖谷で茅葺き屋根の民家(屋号=ちいおり)を購入し、その後茅の吹き替え等を通して、地域の活性化に取り組む。1977年から京都府亀岡市に在住し、ちいおり有限会社設立。執筆、講演、コンサルティング等を開始。1993年、著書『美しき日本の残像』(新潮社刊)が外国人初の新潮学芸賞を受賞。2005年に徳島県三好市祖谷でNPO法人ちいおりトラストを共同で設立。2014年『ニッポン景観論』(集英社)を執筆。現在は、全国各地で地域活性化のコンサルティングを行っている。