写真家・小林紀晴と巡る南会津夏のツアー・レポート[NEW GENERATION HOPPING MINAMI AIZU/福島県南会津郡]

2019年9月7日から9月8日の1泊2日に開催された「夏の南会津ツアー」での1コマ。

ニュージェネレーションホッピング南会津そそる被写体を探しに、緑に縁取られた夏の南会津へ!

四季のある日本のなかでもひと際、季節の輪郭が色濃い南会津。ONESTORYでは、森林が9割を占める自然豊かなこの地を2018年から1年以上に渡り、ご紹介し続けてきました。今年は四季折々の魅力を体感していただくべく、地元を知りつくした料理人など4名をナビゲーターに迎え、少人数で巡る南会津ツアーを実施。2回目のナビゲーターを務めてくださったのは、写真家・作家の小林紀晴氏です。

浅草から特急リバティに乗り、乗り換えなしで到着したのは南会津の玄関口・会津田島。一同バスに乗り込み、昼食会場で小林氏と初顔合わせとなりました。「つゆじ」や「にしんの山椒漬け」など郷土の家庭料理が並ぶバイキングをいただいたのは会津田島祇園祭の資料館「会津田島祇園会館」。食後、小林氏よりオリエンテーションがありました。全国のディープな祭を巡って撮りためてきた写真と共に、祭撮影で実践している手法や心得が語られる貴重な機会です。「大切なのは、どんな写真を撮りたいかイメージを持つこと」といった言葉が繰り出されるたび、参加者が深く頷く場面もありました。

【関連記事】NEW GENERATION HOPPING MINAMI AIZU/写真家・小林紀晴と巡る南会津・夏のツアーを終えて。小林紀晴インタビュー

撮影前に行われたオリエンテーション。特殊環境下の撮影について、さまざまなテクニックが披露された。

まるでバスガイド?な小林氏。移動に使うバスで荷物を預かってもらえるため、撮影に集中することが出来た。

ニュージェネレーションホッピング南会津響き渡る会津田島太鼓に、重要文化財も共鳴。

最初の撮影会場は南会津の西側に位置する「大桃の舞台」。木々の間から覗く茅葺屋根に向かって歩を進めていると、ふいに空気を裂くような太鼓の音が鳴り響きました。事前に知らされていなかったのですが、地元の小学生や中高生、社会人で構成されている「辰巳会」の皆さんが、田島太鼓で我々を迎えてくださったのです。白虎隊を彷彿させる衣裳に身を包んだ打ち手が全身全霊を込めてバチをふるうたび、舞台全体が音響装置になったかのようにぐわんぐわん揺れているように感じました。参加者一同、勇壮な音のサプライズに驚いて一瞬立ちつくすもすぐ撮影モードに入り、思い思いの場所で演者の姿をカメラに収めていきます。

静かな鈴の音から笛の音へと続き、徐々に激しさを増していく創作曲『天狐白狐』は演者ひとりひとりが汗する姿が美しく、ひっきりなしにシャッター音が聞こえました。演奏が終わると、打ち手の皆さんは先ほどの凛々しい表情が嘘のようなあどけない表情です。ここで演者を特別に撮影できる「特撮」タイムが設けられました。参加者それぞれが演者に声をかけ、「バチを構えて、ここに立ってもらえますか?」「舞台に並んで座ってもらえますか?」と演出を施します。小林氏が先に伝えた「イメージを持つこと」を早々に実践した形です。

立派な杉に囲まれた駒獄神社の境内にある「大桃の舞台」は国指定の重要有形民俗文化財。

白虎隊をモチーフにした白と紺の衣裳が凛々しい「龍巳会」の皆さん。中央の打ち手が手にしている太いバチはその名も「バットバチ」。

距離を測り、己がイメージする写真を撮るべくシャッターを切る参加者一同。熱演&熱写。

演奏後の「特撮」タイム。狐面の打ち手にポーズをお願いして、渾身のポートレートを撮影。

光がキレイに入る木立の間に立つ巫女装束の演者。「ポートレートは光と背景でほぼ決まる」と小林氏。

ニュージェネレーションホッピング南会津シャッターチャンスの連続、秘祭「高野三匹獅子」。

18時半頃、本日のメインイベント「高野三匹獅子」の会場となる稲荷神社に到着しました。
辺りを照らすのは、神社から漏れる仄かな光と蝋燭をともした提灯のみ。神社の周囲には月明かりに照らされた水田が広がり、収穫を待つ黄色い稲が頭を垂れています。秋季例大祭の宵宮に舞われるこの「高野三匹獅子」は、日光東照宮建立の地固めに呼ばれた由緒ある舞ですが、それ以前から五穀豊穣や厄払いのために存在していたとされる発祥時期未定の土着的な秘祭。地元の関係者と我々以外の見物客は数えるほどしかおらず、参加者は貴重な一瞬を逃すまいと動線を確認し、暗い場所での撮影に備えました。

お神酒をいただき、神事が終わった19時半過ぎ、静かな笛の音に乗り、拝殿から腰に太鼓をつけた3匹の黒獅子がまろびでてきました。どうやら2匹の獅子が雌を取りあう設定のようです。ヤマと呼ばれる不思議な扮装の誘導役に続き、長い角を持つ雄2匹、雌1匹の黒獅子は境内の隣にある観音堂を参拝し、鳥居の前で「橋ほめ」の舞を披露、境内に設けられた舞殿でも舞を奉納。その間、静まり返った暗闇に笛の音と太鼓のリズムのみが響きます。最終的に選ばれた太夫獅子が弓をくぐる「弓くぐりの舞」は、「高野三匹獅子」のクライマックス。この瞬間を逃すまいという参加者の想いがひとつになり、一瞬、境内がフラッシュで真っ白になりました。

充実した撮影会の後には沁みる乾杯が待っています。会場の『Bar&Dining CAUDALIE』は、小林氏が南会津を旅する中で偶然見つけたワインバー。参加者一同、美味に舌鼓を打ちつつ、めいめいが2枚選んだ本日のベストショットを鑑賞しました。開口一番、「思った以上に皆さん上手で驚きました」と小林氏。その後、1枚1枚の写真に対する講評がありました。巫女の恰好をした少女をドリーミーに切り取った写真あり、三匹獅子の躍動感を影で表現した写真ありと、それぞれ着眼点が違うのも面白く、写真がモニターに映し出されるたびに歓声があがります。飲み放題のグラスが次々に空き、写真談議に花が咲きました。

拝殿のなかの黒獅子。「高野三匹獅子」は福島県指定の重要無形民俗文化財でもある。

3匹の立ち獅子たちを囲むようにカメラを構える参加者たち。記録用に動画を撮る関係者の姿も。

腰に太鼓をぶらさげた3匹の獅子は2時間近く踊り続けた。昨今は踊り手が少なくなり、祭の継承も危ぶまれているのだとか。

拝殿から弓とりが走り出てくるところからクライマックスが始まる。太夫獅子が弓をくぐるのはほんの一瞬の出来事だった。

撮影後はみなでテーブルを囲み、『Bar&Dining CAUDALIE』で乾杯。1日中動きまわったため、最初の一口は格別だった。

講評を行う小林氏。「写真は選択と集中」「写真は俳句に似ている」などメモりたい言葉のオンパレード。

ニュージェネレーションホッピング・南会津山頂の古堂から南会津を臨み、葱で蕎麦をたぐる。

翌朝は鎌倉初期(830年)建立とされる「左下り観音堂」に向かいました。ちょっとした登山?ほどの急坂を上った先にお目見えしたのは、岩を切り拓いて作られた横約9メートル、高さ約14.5メートルの木製三層構造のお堂です。清水の舞台を彷彿させる佇まいで、本尊のなかには頸無観音と呼ばれる顔のない秘仏が安置されていました。回廊を歩くたび、床がミシミシと音をたてるのですが、堂内から眺める田園とうねる阿賀川が絵画のように美しく、恐怖心を忘れてしまうほどです。

その後、大内宿で昼食となりました。会津藩が江戸への最短ルートを設けるため整備した下野街道沿いにある大内宿は、宿場の機能を失ってから養蚕や麻栽培を行う山間の農村集落として栄え、往時の景観が今も残る場所。茅葺屋根の『三澤屋』でお箸の代わりに長葱で蕎麦をたぐる「高遠そば」を楽しみ、1時間ほどのフリータイム。ファインダー越しに、青空に映える茅葺屋根や集落を流れるせせらぎなどを捉えました。

最後に立ち寄ったのは、100万年の歳月をかけて河食と風化を繰り返してきた景勝地「塔のへつり」です。柱状の岩肌は色濃い緑に覆われ、その姿を映し出しているからか川の水もエメラルドグリーンに見えます。吊り橋や対岸の舞台岩からひととおり撮影を行った後は、『塔のへつり こけし工房』を訪れました。ここでは渋くも可愛らしい奥会津こけしの販売や絵付け体験を行っています。木を削りだす職人の手元をズームで撮影した後、小林氏にサインを求める声があり、即席絵付けショーになりました。帰路、バスの中で小林氏より、「後日、僕が気にいった写真をプリントしてサインを入れて送ります」という嬉しいサプライズ発言がありました。南会津に根差したものやことにフォーカスしたディープな1泊2日。参加者のメモリーカードには、一期一会の貴い出会いが詰まっていることでしょう。


(supported by 東武鉄道)

「なぜこの場所に?」と古人に問いかけたくなる「左下り観音堂」。会津三十三観音巡りの二十一番札所として現在に伝えられている。

好天に恵まれた、「大内宿」では茅葺屋根と青空、日向と影のコントラストがくっきり。

集落のすぐ裏手にはこの時期しかみられない可憐な蕎麦の花が咲いていた。目ざとい参加者がその様をパシャリ。

塔のへつりの大舞台から対岸を捉える。ここは断崖の岩肌ひとつひとつに名前が付いている。

無垢の木からこけしの形を削りだす。削りたての木を触らせてもらうと、じんわり熱かった。

こけしに絵を入れる小林氏。レアなシーンを押さえようと参加者が集まり、シャッターを押しまくった。

1968年、長野県生まれ。東京工芸大学短期部写真技術科卒業。新聞社カメラマンを経て、1991年に独立。1995年に『ASIAN JAPANESE』でデビュー。1997年、『DAYS ASIA』で日本写真協会新人賞受賞。2013年、写真展『遠くから来た舟』で第22回林忠彦賞受賞。写真集に『kemonomichi』(冬青社)、『days new york』(平凡社)。著書に『父の感触』(文藝春秋)、『愛のかたち』(河出文庫)、『まばゆい残像 そこに金子光晴がいた』(産業編集センター)などがある。