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伝統をもっと身近な存在に。しなやかな感性で津軽系こけしの明日を紡ぐ、親子2代の物語。[TSUGARU Le Bon Marche・阿保こけしや/青森県黒石市]
津軽ボンマルシェ・阿保こけしや津軽でずっと愛されてきた、こけしを今日も作る。
たった一片の木材がまるで魔法にかけられたように生気を帯びていく──。
『阿保こけしや』の工房で目の当たりにした流れるような一連の作業がそれです。刃の幅や刃の反り返る角度が異なる7本のノミを巧みに使い分け、あるときは真っ直ぐ、あるときは斜めから器用に押し当てて、一気に頭と身体を形作っていく。辺りには、木を削る摩擦音と、轆轤のモーターが低く唸る振動音だけが響き、緊張感が漲っています。最後はヤスリで白く、すべすべの肌に。成形が終わると、一気に空気が弛緩しました。
「人間は八頭身が美人だけど、こけしは四頭身。このバランスが良いんだ」
作業の最中からは一変、同じ人とは思えないほど、クシャクシャな笑顔と柔らかいオーラを放って阿保六知秀(むちひで)氏が笑いました。六知秀氏は半世紀以上のキャリアを誇る「青森県伝統工芸士」。黒石の温湯(ぬるゆ)温泉で明治の頃から愛されてきた、「津軽系伝統こけし」を作り続けています。傍らで同じオーラをまとって微笑む子息の正文氏もこけしを作る“工人(こうにん)”。父の工房に入ってすでに15年が経っています。
「色を付けるトコはお客さんに人気だな」と六知秀氏。今度は轆轤線を入れる作業を始めるよう。昨今、こけしは“こけ女”に象徴される通り、人気を博しており、この工房へ見学に訪れる観光客も増えたとのこと。そんな愛好家たちに好評な行程なのでしょう。真顔に戻り、塗料と絵筆を用意しました。
紫・黄・緑・赤・墨。この5つが伝統的に使われてきた色。轆轤を再始動して、ツーッと線を引いていきます。津軽系は「意図的に赤をメイン」にしてきた伝統があり、ほかにも、一本の木から作る、津軽藩の牡丹を映す、「ねぶた」や「だるま」に範をとった文様も描く、といった特徴があります。おかっぱ頭に、裾広がりの足元も津軽系の個性。
「『飽きないの?』ってよく聞かれるけど、同じ行程を同じように繰り返しているわけじゃないんだ。いつも『色をちょっと変えたら、もっと自分のカラーが出せるかも』『形をちょっとだけ変えてみたら、どうだろう?』って考えながら作ってきた。日々の積み重ねの中で、少しずつ変えていくことで、『もっと売れるこけしが作れないか?』。そういうことをずっとやってきたんだよ」
常に上を目指してきた? そう六知秀氏に尋ねるとニコッと微笑んで、小さく頷きました。
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津軽ボンマルシェ・阿保こけしや伝統を守る一方で、創作にも果敢に挑戦。
もっと売れるこけしを。試行錯誤を繰り返す中で、六知秀氏はこれまで多くの「創作こけし」にも挑戦してきました。例えば、「似顔絵こけし」。依頼されれば、その人そっくりの顔で作るというこけしですが、元々は十数年前、知人の警察官から同僚の退官祝いに贈りたい旨のリクエストを受けて始めたものでした。団体旅行でフラガールの踊りを見た友人の要望に応えたのが「踊るこけし」。
「『地震が来ても倒れないこけしってないよね?』と言われたこともあって、何か、悔しくて。だったら、フラガールを映して、ユラユラと揺れるこけしを作っちゃえって(笑)」
御年69ですが、発想は驚くほど若々しく、柔軟。こけしと同様、伝統を守って作る工芸品に「だるま」がありますが、ビビッドな青で六知秀氏の代名詞ともなっている「阿保ブルー」のだるまは「日韓ワールドカップの年に『何か記念になるものを作ったらどうか?』と地元のサッカーファンに言われ」始めたものでした。虎柄のだるまは「阪神タイガースが優勝した年の記念」。このアイデアは以降、毎年の干支を移す「干支だるま」としてシリーズ化されていきます。
「青森は東北楽天イーグルスだから、いつ発注が来ても大丈夫なように、もう臙脂色は配合してあるんだ。今のところ、注文はないけど(笑)」
ニコニコしながら見せてくれた瓶には、あのクリムゾンレッドがありました。
創作する心は、正文氏にもしっかりと受け継がれています。弘前『green』で限定販売された月替わりのこけしは氏の代表作。今、正文氏は父よりも積極的に創作に取り組んでいます。
「元々は東日本大震災の後で客足が滞ったとき、何か、人目を引く方法はないかと始めたのがきっかけでした」と正文氏。その際、創り出したのが、りんごのこけし。津軽の特産品をベレー帽と足元にあしらった作品で、こけしの新しい魅力が表現されていると話題になり、今ではパンダやメロンなど、いろいろなモチーフを取り込むことで独自の世界観を築いています。
もの静かだけれど、芯の強さを感じる正文氏に「跡を継ぐ決心はいつから?」と聞くと、すぐに「小さい頃から」と答えました。それを聞いて六知秀氏も嬉しそう。しかし、「継がないかもって感じた頃もあったよ。ヤバいかもって(笑)」。そう振り返りました。
津軽ボンマルシェ・阿保こけしや以心伝心。並んで黙々と作業する父子の強い絆。
「『継げ』って命じて、始めたあとで『言われたから継いだんだ』とは絶対に、言わせたくなかった」と六知秀氏。伝統を継承する親子2代の物語は六知秀氏が津軽系こけしの普及に生涯を捧げた故・佐藤善二氏の内弟子となった昭和41年に遡ります。12年の修行を終え、六知秀氏が自宅に工房を開いたのは昭和53年のこと。それから5年ほど経って正文氏は生まれました。
「小さい頃から絵を描くことは好きでしたし、父の仕事ぶりもずっと間近で見てきました」
早くから意志を固めていた正文氏でしたが、高校卒業後、「急に『大学に行きたい』と言い出した」ことで、六知秀氏は気を揉み始めます。
「入ったのが弘前大学ですよ。専攻した学問の実力を発揮したくなって、卒業後は東京に行きたいと言い出したら、どうしようって。回りにも、『何年かで必ず帰ってくる』と東京に行って、結局、戻って来ない長男もいるからね」
けれど、継ぐことは強要したくない。そこで、六知秀氏が講じた手段が「工人募集」の貼紙でした。
「卒業のタイミングであえて求人広告を出しちゃった(笑)」
六知秀氏は本当にチャーミングな人なのです。工人として一目置かれる存在でありながら、偉ぶることは少しもなく、笑顔でこけしの魅力を語り、楽しませるため、ジョークも発する。正文氏もきっと、そんな父の姿勢に共感し、敬愛の念を抱いてきたのでしょう。継ぐことは自然な流れでした。「三つ子の魂百まで」。そんな諺を思い出します。
ふたりが並んで轆轤を回し、ノミで削る、この工房はいわば第二段階の作業スペース。仕上げの第三段階は、個々で別の作業スペースを構えており、木を切り出す第一段階は、この工房の裏手にある作業所で主に正文氏が行っていますが、「仕事はいつも一緒にしている」意識をふたりで共有しています。「性格はよく似ていますよ」と父が言えば、息子も「父が何を言おうとしているのかは雰囲気でわかります」と答える。阿吽の呼吸とはまさにこのことで、今は父子が揃って始めて『阿保こけしや』なのだと実感しました。
津軽ボンマルシェ・阿保こけしや伝統の担い手として、父子で明日を見据える。
こけし作りもいよいよ最終段階。普段は「集中したいからあまり人に見せない」六知秀氏の仕上げを特別に見せてもらうことになりました。正文氏が絵付けを行うスペースは奥様やお子様と暮らす近所の自宅に設けていますが、六知秀氏の現場はこの工房の2階に。畳敷きの一室に専用の座卓が置かれています。
「目は今も一番、緊張する」
そう言って、真剣な面持ちになります。卓上には20本ほどの絵筆がズラリ。右手でおもむろに一本を取り上げて、筆先に軽く墨をつけたら、呼吸を整えます。スーッと小さく息を吸い、フーッと吐いてから息を止め、指先に神経を集中。静寂。まず目の輪郭を上、下と描きます。左ができたら右へ。今度は眉毛。同じように左から右へ流れるように筆を走らせたら、鼻と口。六知秀氏の眼光がますます鋭くなりました。最後は瞳。こけしに生命が宿る瞬間です。生まれた──漏れる、安堵の吐息。見ているこちらも思わず拳を握り締めていました。
「気分が乗っているときは、バーッと10体ぐらい、目を入れることもあるよ」
一変して、柔らかい笑顔。しかし、その目の奥で、揺るぎない誇りに似た何かが光っていました。
最初に木片を加工してから一週間。効率を図るため、成型する日と絵付けする日を別にして、計2日というワンセットを繰り返し、今は週に約70体を作っています。かなりの量産体制。すると、六知秀氏が言いました。
「『もったいぶるな』というのが私の師匠の教えなんですよ。2体で高価でなく、10体で安くが基本。そのために『8時間フル回転で作れ』。そう言われてきました。少しでも安くできれば、いろいろな人にこけしが買ってもらえる」
それが六知秀氏の根本的な思想でした。安く作り、できる限り多くの人にこけしに触れる機会を設け、こけしに慣れ親しんでもらう。創作に挑むのも、たくさん売りたいと願うのも、津軽系伝統こけしの底辺を広げたいから。それは正文氏も同じ。創作こけしに積極的であるだけでなく、もう10年も、黒石市が事業主体の『津軽こけし館』に出向き、館内で披露される製作実演を週に3、4回は手伝っているのです。すべては津軽系こけしの伝統のために。
「息子は伝統と創作を半々ぐらいの割合でやっているんじゃないかな。私は、ずっと作る伝統のスタイルが5体あって、その次の6体目に創作こけしという位置付け。創作こけしは6体目も買ってもらいたい一心で始めたこと」
ただ伝統を守るだけでなく、ずっと続く津軽系こけしの未来も見据えて。父子の物語はこれからも続きます。
住所:青森県黒石市大字花巻字花巻34-3 MAP
電話: 0172-54-8865
営業時間:8:00〜16:00
定休日:無休
(supported by 東日本旅客鉄道株式会社)
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