テレビレポーターでミュージシャン、多彩な顔で青森と農業の魅力と伝える、ユニークな農実業家[TSUGARU Le Bon Marche・アグリーンハート/青森県黒石市]

自然栽培の田んぼは収穫期が遅く、取材で訪ねた10月上旬はまさに一面黄金色だった。

津軽ボンマルシェ・アグリーンハート

愛嬌ある笑顔と歌声、熱意のトークに誰もが引き込まれる。

“たくろん” さんこと、佐藤拓郎氏といえば、青森県できっと知らない人はいないはず。地元でおなじみのテレビ番組「わっち」の水曜コーナー「農music農life」では、レポーターとして県内各地を駆け巡り、その土地のお宝食材や生産者を紹介しています。ミュージシャンとしても活動し、ギター片手に番組内でオリジナルの歌と演奏を披露することも。テレビでは「ゆるキャラ」的存在、陽気で穏やか、ほのぼのとした印象の佐藤氏ですが、いざ、農業の話になると、途端にカチッと情熱スイッチがオンモードに。「話、長くなってもいいですか?」という前置きが入り、日本の農家の未来にまつわるあれこれを、気づけば何時間でも熱心に話し込んでしまうのでした。そう、佐藤氏の本職は農業、米農家さんです。

取材チームが佐藤氏を知ったのは、以前に紹介した『サニタスガーデン』の山田さんからの紹介でした。「同じ黒石市で先進的な取り組みをしている農家さんがいる。多彩なアプローチが面白いし、一般的にイメージする自然栽培の農家とはキャラクターが違ってユニーク」との話。また、『ひろさきマーケット』でも商品の取り扱いがあり、「たくろん米」だなんてお茶目なネーミングは、目を引かずにはいられなかったのです。

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地元放送局である青森テレビの情報番組「わっち」での撮影の一コマ。ベージュのサスペンダーがトレードマーク。(佐藤拓郎氏写真提供)

津軽ボンマルシェ・アグリーンハート常に頭で考えて動く、子供の頃から実業家肌だった⁈

青森県黒石市出身。子供の頃は「ちょっと変わった子だった」と自己分析する佐藤氏。
「駄菓子屋さんでお菓子を買うにも、お金が足りなかったら普通は我慢するでしょう。でも自分は、どうしたら欲しいものを早く手に入れられるかを考える子供でした。店のおばちゃんに『これが欲しいんだけど、どうすればいい?』って聞いてみると、『ワラビを採って来てくれたら、買ってあげるよ』って言われて。山でたくさんワラビを採って、欲しかったお菓子と交換していました。中学生の時は、学校へ行く前にカブトムシやクワガタを採り、ペットショップに売って現金に変えていましたし。何かとビジネスライクなところがありましたね。高校に入るとバンドブームに押されて、バンド活動に明け暮れましたが、ライブをするためのホール代が賄えるよう集客やチケット代を考え、きっちり計算して売り上げを出していました(笑)」

マーケティング、リサーチ、ブランディング、などという言葉を当時は知らずとも、自然と自分でバンドの経営方針を考え、売り上げに繋がるよう行動を起こしていたというから驚きです。その頃の将来の夢はミュージシャンになることだったそうですが、そこでも自己をシビアに分析し、今のままの自分ではミュージシャンとして稼げないと冷静に判断します。高校を卒業すると、実家の家業だった農業を手伝い始めました。
「どこかで雇われるよりも、農業の方が自分の自由な時間を作れて、音楽活動を続けられるのでは、という軽い気持ちもありました。一方で、僕は6代目なんですが、祖父の代が大きな借金を抱え、父はそれを背負う形でもあったので、どうにかしなければという危機感がありました。でも、いざ就農してみると、農業はすごく難しくて、それが純粋に面白かった。夢中になって向き合えば向き合うほど、答えが見つからないんですよ。毎朝4時に起きて田んぼに出て、日々試行錯誤の連続。でもその難解さが面白い」

佐藤氏が育てる自然栽培の米。「雑味がなく、体にすっと染み込むような、透き通った優しい味なんですよ」と熱心に話してくれた。

自身のニックネームを使い、「たくろん米」と名付けて販売。米は新鮮さも重要であり、佐藤氏は籾摺りした当日中に真空パックにして届けている。

津軽ボンマルシェ・アグリーンハート自然栽培の米をオリンピックの選手村へ届けたい。

2017年1月、株式会社『アグリーンハート』が立ち上がりました。佐藤氏が現在力を入れているのは、農薬や肥料を使わない自然栽培ですが、いわゆるナチュラリストとは一味違います。親から引き継いだ農地を含めて57haのうち、9haが自然栽培。同時に敢行栽培も行なっています。法人化してから毎年スピーディーに農地を拡大しており、そのほとんどは山間の休耕地です。木が生えないよう持ち主によって手入れはされているけれど、何十年も耕作はしていない土地でした。黒石市にはそのような休耕地が約235haあり、それらが宝の山だ、と佐藤氏は言います。

「津軽地方は昔から、良質な農作物を比較的容易に収穫することができた土地なんです。八甲田山系の伏流水が豊富に湧き出ており、水がきれい。四季がはっきりしていて、寒暖差があることなど、良い条件が整っています。山間地には大型機械は入りにくいけれど、土壌が若くふわふわで良質。肥料や農薬を使っていた土地で有機JASを取得するとなると、それらが抜けるまで最低2年以上かかりますが、休耕地なら最初から何も入っていないので、その必要がありません。ここでしか作れないもの、そこに価値があるんです」
アグリーンハートでは、創立年にGLOBAL G.A.P(注1)を取得。自然栽培の圃場は全て有機JAS認証を取得しています。さらに農福連携(注2)に取り組み、2019年より制定されたノウフクJAS(注3)取得に向けても動いています。そこまで認証をクリアした農作物は日本ではまだまだ少ないそう。佐藤氏曰く、最も基準が厳しいといわれているオリンピック選手村に提供できる食材にも一番近いのでは、と目を輝かせます。


注1)GLOBAL G.A.P
世界基準の農業認証。安全で品質の良い食品・非食品の農作物であると世界的に認められ、農業経営の改善や効率化、品質の向上、グローバル市場への販路拡大などに繋がる。

注2)農福連携
農業と福祉の各分野の連携。障害者等の農業分野での就労を支援し、自信や生きがいを持った社会参画を実現するための取り組み。一方で農業の人手不足の解消などにも期待が持てる。

注3)ノウフクJAS
障害者が主体的に携わって生産した農林水産物及びこれらを原材料とした加工食品について、その生産方法及び表示の基準を規格化したもの。2019年3月より制定。

アグリーンハートの事務所から車で走ること20分以上。四方をぐるりと山に囲まれた、風光明媚な土地だ。

自然栽培の特徴は一見しただけでは分からないが、ギリギリまで光合成を行っているためか、葉の立ち方が野性的だといわれる。また、引っこ抜くと根の長さが敢行栽培の稲の3倍くらいあるという。

自然栽培で蕎麦も育てている。風味を大切にしたいため、自社で石臼を挽き、粉にして販売。青森初のだしソムリエ・奥村雅美さんが運営する『SOBA Cafe 雅』でも使われている。

津軽ボンマルシェ・アグリーンハート寿司に最も適しているという幻の米が復活。

2019年は青森県が推奨する県産米で、食味ランキングでは3年連続特Aを獲得している品種「青天の霹靂(せいてんのへきれき)」を栽培していますが、次年度以降、佐藤氏が本腰を入れて取り組んでいきたいのが「ムツニシキ」という品種。1971年にデビューし、かつては青森県の推奨品種でしたが、稲の背が高いため倒れやすく、収量も少なくて育てにくいなどの理由で、いつの間にか幻の米となってしまいました。ムツニシキは固定種であり、味の評価は高く、粘りが少なくパラっとした食感が寿司米に適しているそうで、北海道の寿司店では黒石米と呼ばれてもてはやされていました。黒石市では2015年よりそのムツニシキを復活させ、寿司専門の米としてブランド化推進に努めており、佐藤氏もその一端を担っています。自然栽培のムツニシキは、寿司ネタの邪魔をせずさっぱりとした味わいながら、ネタを包み込むように米の程よい甘みが後から追いかけるという、不思議な余韻をもたらすそうで、それがどんなにおいしい米か、佐藤氏の言葉には一層熱がこもっていました。

ムツニシキを使った寿司を出していると教えてもらった青森市内の『一八寿司』を訪問。大将が寿司職人になったばかりの頃も使っていたそうで、復活したと聞いてすぐに取り入れた。

津軽ボンマルシェ・アグリーンハート新しい取り組みに次々と挑戦、広く世の中に発信していく。

自然栽培は、雑草や虫捕りなどに相当な人の労力がかかります。せっかく身体に良いと思うものを作っていても、身体を酷使して壊してしまったら、元も子もありません。佐藤氏は、テクノロジーの力で補えるところは補おうと、ロボット技術や情報通信技術(ICT)を活用した「スマート農業」の導入を積極的に行なっています。
「将来は月で田んぼを耕したい、なんて話をしているんですよ。もちろん例え話ですが、決して実現できない話でもないんです。自分が現地にいなくても、田んぼの様子は遠隔でリアルタイムに確認できる。状況に応じて、ブラジルの従業員に東京から指示を出す、なんてことも可能になります。物理的な距離は関係ないんです」
自然栽培に正当な付加価値を付けることも怠りません。子供時代からビジネス視点を磨いてきたと言ってもいい佐藤氏ですから、「農業できちんと稼ぐこと」は常に視界にあります。未来を見据え、地球環境や和食文化の継承も考慮し、実業家として農業を経営していくことの重要さを肝に命じています。

「苦労が多く、儲けもない農業だったら、誰がやりたいのか?これからの世代が魅力的に感じる農業でありたい。だから価値あるものをまっとうな価格で売れるように経営戦略を立てますし、売るための発信力も必要です。自然栽培も事業として進めていかないと、時代のスピードに飲み込まれてしまいます」
多方面にわたる佐藤氏の取り組みは注目を浴びることも多く、農林水産省主催の「平成30年度未来につながる農業推進コンクール」の「有機農業・環境保全農業」の部では「生産局長賞」を受賞。自然栽培やスマート農業の取り組みはもちろん、農家でありながら、黒石市観光大使、学校教育サポーター、そしてテレビのリポーターなどを務め、多様な活動を通して有機農業を伝えていることが高く評価されました。
受賞後は各地で講演の機会が増え、他地域から田んぼの視察に来る人も多くなったそうです。そこで佐藤氏は最近、未来の農業への危機感を声高に訴えています。パーソル総合研究所と中央大学が発表した「労働市場の未来推計 2030」によると、2030年に農林漁業従事者は2万人余剰になってしまうというデータが出ています。

「現在人手不足と騒がれている農業が、たった10年後には大きく変わってしまう可能性があります。経営者はいつも最悪の未来を想定して動かなければいけないと思うのです。その時地域はどうなっていくべきなのか、考えることがたくさんあります。自身の取り組みを通して、もっと伝えていきたい」
そしてさらに佐藤氏が向かう新しい挑戦は、東京に青森の特産品を販売する店舗を出すこと。志ある農業仲間と協力し、2020年のオープンに向けてマーケティングリサーチを行い、夏には試験販売も試みました。

「自然栽培の農作物のおいしさを伝えたいのはもちろんですが、商品というより、売りたいのはこの土地が持つ唯一無二の価値。こだわりの農家のストーリーを届けたい」
経営者として脇を締めつつも、常に全力で楽しそうに取り組もうとする佐藤氏。目標は「50歳になったら、またバンドを再開すること」!それまでに、持続可能な有機農業の礎を築けるよう、まだまだ走り続けます。

ドローンを使った湛水直播(米の苗ではなく、直接種を蒔く)の試験栽培。ドローンはレンタルしているため、人手がかからずコストも削減できる。(佐藤拓郎氏
写真提供)

「自分と一緒にいたら、ワクワクしてもらえるような存在でありたい」という佐藤氏。自身で書いた理念・信念が会社の事務所に掲げられている。

住所:青森県黒石市馬場尻東61-15 MAP
電話: 0172-26-5015
株式会社アグリーンハート HP https://www.agreenheart.jp/


(supported by 東日本旅客鉄道株式会社)