昆虫という食の選択肢。ネガティブな印象を変えようと活動を続ける若者がいる。[ANTCICADA/福島県二本松市]

渓流で川虫を探す地球少年こと篠原祐太氏。これまで世界中の野山を駆けめぐってきた。

アントシカダまったく新しい料理を創造するため。渓流のせせらぎに包まれ、いざ昆虫採集。

「やっぱり、いた。可愛い!」と、いきなり川底をあさって満面の笑顔をこぼす篠原祐太氏。まだ水が滴る手のひらの上で、体をよじらせるのはザザムシです。
いくつもの脚が胴の節々から伸び、じたばたと落ち着きなく動く様は、気持ち悪がられるのが常。それを子供のような眼差しで、愛くるしそうに眺めているのです。

ここは福島県二本松市へと続く山間の田舎道。突然、網を手に持ちクルマから飛び出し、急勾配の川岸を駆け下り、靴も脱がずそのまま渓流のなかに足を踏み入れ、昆虫採取をはじめた篠原氏を取材班は追いかけてきたところなのです。
「ザーザーと音が聞こえる、程よい勢いの川で捕れるからザザムシ。カワゲラやトビケラといった、食べると美味しい水生生物の総称です」と、キラキラと目を輝かせながら篠原氏は語ります。食用のためザザムシ漁を行う風習は、長野県にある天竜川上流の地域に今なお残り、かつては福島県などでも同様の食文化が形成されていたそうです。

ザザムシは佃煮にするのが基本ですが、素材の味を活かして「お吸い物や茶碗蒸し」にするのが篠原氏のお気に入り。丁寧に泥抜きをして茹でればアサリによく似た出汁が取れ、ほのかな磯の香りと力強い旨味が楽しめるそうです。

世界的にも少しずつ注目を浴びはじめてきている昆虫食の伝道師として、これまでに数々のグルメイベントを成功させてきた篠原氏。現在は昆虫を中心に、人目に止まらない野草や悪者とされる外来生物など、日の目を見なかった食材に目を向けるレストラン『ANTCICADA』の立ち上げ準備中です。昆虫=ゲテモノという世の中のイメージに一石を投じるため、クラウドファンディングも開始。

今回、取材班はレストラン開業に向けて活躍を続ける篠原氏の日常に密着。文字通り草の根を分けてまで、日夜、食材探しに奔走する氏の姿を追いました。

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約30分かけ30匹ほどのザザムシを捕獲。茶碗蒸しに換算すると1.5杯分だという。

水質の良い川にしか生息しないヘビトンボの幼虫。ザザムシの中でも肉食で味が強い。

アントシカダ可愛いがゆえに昆虫を追いかける。そして、捕まえたら食べるのが自然の掟。

日本のみならず、世界中の昆虫を食べ続けてきた篠原氏は、実に昆虫食歴20年以上。東京都のなかでも自然に恵まれた高尾山のすぐ側で育ち、「森で遊びながら捕まえたものを食べるのは、動物としての本能でした」と、4歳のころから特別意識はせずに昆虫を食べはじめたと笑います。

やがて「理科の実験設備が充実していた」という理由で、名門の私立中高一貫校に進学。周囲に変わり者だと思われることを避けるため、いつしか昆虫好きである自分をひた隠すようになったそうです。

それでも篠原氏は持ち前の探究心の高さから参考書を読み漁り、全国模試1位を取るほど成績は優秀。父親から強い勧めを受け慶應義塾大学に進学すると、自分のスタイルを持った個性的な生き方をしている人たちの存在に驚きました。そこで「自分の昆虫好きをカミングアウトすることに決めた」と、篠原氏は当時を振り返ります。
どんな生き物でも命の重さに差はないことを伝えようと、昆虫を鍋に入れた画像をネット上で公開したところ「食べ物で遊ぶな」と批判殺到。そんななか「生き物に対するフラットな価値観に共感できる」と、名古屋在住の女性からメッセージが届いたことが、彼のターニングポイントとなったといいます。

さらに自体は急展開へ。「こんな女性は他にいない」と篠原氏が猛アタックを続けた結果、ふたりは恋人となり「はじめて本心をさらけ出せる相手に出会った」ことから、他人同士でも理解し合えると実感。「ありのままの自分をさらけ出せ、好きなことをして、言いたいことを話していたら、自然と周囲に理解者が集まりました」。こうして昆虫食の伝道者としての第一歩がはじまったのです。

ありのままの自然を感じたいと冬でもハーフパンツ姿で過ごす。公園などで野宿をするのも趣味だとか。

アントシカダゲテモノではなく、地球からの贈り物として昆虫食を提案。

昆虫料理の素材調達をはじめ、ワークショップやケータリング、記事執筆、講演活動など、あらゆる方向から昆虫食の面白さを提案し続けてきた篠原氏。なかでも大きな話題を集めたのが新宿にある『ラーメン凪』と共同開発したコオロギラーメンです。

「さまざまな昆虫でスープ作りを試したところ、乾燥させたコオロギが最もラーメンの出汁に適していました」と経験則から篠原氏が語るように、コオロギには昆布の旨味成分として知られるグルタミン酸などが含まれています。
またコオロギの味わいを存分に活かしたいと、スープ1杯につき100匹以上の成虫が必要で、食用としての養殖法が確立されつつあるコオロギは、仕入れの面から見ても魅力があったといいます。
実際にコオロギラーメンの販売イベントを行うと、その美味しさが口コミで評判を呼び、あっという間に大行列。開催のたびに完売御礼となり、テレビのニュース番組や国際的な報道メディアなどにも大々的に取り上げられることになりました。

「あらゆる食材は地球からの贈り物」と考えている篠原氏。昆虫をゲテモノ料理として扱うのではなく、地球の豊かさ、美しさを伝える食体験の主役に据えたいと語ります。
コオロギラーメンをはじめた当初は「ゲテモノ料理として紹介したい」という取材申し込みが9割だったそうですが、現在はほとんどのメディアが新しい可能性として昆虫食を紹介してくれるようになったそうです。

枯れ葉の下や朽ちた切り株にも、味が良い昆虫がいるという。

昆虫だけでなく地球上の全生物を愛する篠原氏。その総称として自らを地球少年と名乗る。

アントシカダ仲間とともにコオロギの養殖場へ。生産者と交流を深める。

今回、篠原氏が福島県二本松市を訪れた最大の目的。それはコオロギの養殖場を視察すること。場所は電子機器に欠かせない絶縁インキの分野で世界トップクラスのシェアを誇る総合化学企業『太陽ファインケミカル株式会社』。コオロギの経済的な可能性に目を向け、大規模養殖のための研究も行っています。

「コオロギは一般的な家畜と比べ飼育の手間がかからず、孵化から25日で体重が1000倍になる非常に生産効率の良い動物です。食品としての付加価値や味わいについて、ぜひ篠原さんのような専門家の意見を聞きたいと思っていました」と代表取締役社長の小林慶一氏が温かく氏を出迎えてくれました。

篠原氏に同行するのはシェフの関根賢人氏。慶應義塾大学卒業後、メガバンクに入社するも直ぐに退職し、六本木にあるミシュラン星付きのフレンチレストラン『ル スプートニク』で修業をしたという異色の経歴の持ち主です。篠原氏が考案したコオロギラーメンの美味しさに感銘を受け、氏の活動に合流。現在、ともに昆虫食レストラン『ANTCICADA』の立ち上げ準備をしながら、世界初となる昆虫ドレッシングも共に開発中です。まずはクラウドファンディングのリターンとして数量を限定して製造開始。良質なコオロギを大量に供給できるようになれば、本格的な商品化を進めるとのことですが、果たして、なぜ今、昆虫ドレッシングなのでしょうか!? そこには現在の昆虫食を取り巻く問題を解決する糸口が……篠原氏の活躍を中心に、日本の昆虫食文化は大きな転換期を迎えるのかもしれません。

養殖場のコオロギを試食。腹に卵が詰まったメスの美味しさに感動していた。

1994年、地球生まれ。慶應義塾大学卒。物心ついたころから自然をこよなく愛し、さまざまな野生の恵みを味わうように。なかでも、身近にいながら、未知な部分も多い昆虫への興味は強く、『ラーメ ン凪』やミシュラン一つ星『四谷 うえ村』で修行しながら、食材としての昆虫の魅力と可能性を探究。昆虫食伝道師として、昆虫料理の創作から、ポップアップ販売、ケータリング、ワークショップ、授業、執筆と幅広く手掛ける。なかでも世界初のコオロギラーメンは国内外で大反響を集めた。現在は、地球食レストラン『ANTCICADA(アントシカダ)』開業準備中。また、コオロギドレッシングや、虫のお菓子、タガメジンなどの商品開発にも注力し、順次販売開始予定。狩猟免許や森林ガイド資格保持。「食は作業ではない、冒険だ」をモットーに、日々地球上を駆け巡っている。