キャンドル制作に情熱を傾け、炎が紡ぎ出す幻想の世界を旅するアーティスト。[TSUGARU Le Bon Marche・YOAKEnoAKARI(ヨアケノアカリ)/青森県南津軽郡]

陽の沈みかける僅かな時間、湖面に浮かび上がる森の情景とキャンドルの灯り。

津軽ボンマルシェキャンドルが持つ不思議な力を独自の世界観で表現。

優しく揺らめく炎に、人はしばし言葉を失います。しんと静まり返った森の中で、無数の小さな炎が囁くように瞬き、ただその場に無言で立ちすくんでしまう、一瞬が永遠のように感じる時間。キャンドルの灯りには、誰をも無限の幻想の世界へ引き込むような、不思議な力があります。『YOAKEnoAKARI』の安田真子さんも、そんなキャンドルに魅了され、独自の世界を表現している1人です。

安田さんの作ったキャンドルを初めて見たのは、以前紹介した竹森幹氏が営む店『bambooforest(バンブーフォレスト)』でした。そこに並ぶキャンドルは見れば見るほど精巧で、独特の風情をまといつつ、凛とした佇まいがありました。竹森氏もキャンドルの説明にはつい熱が篭るようです。
「うちでは初期から扱いがありますが、まずキャンドル自体のクオリティが日を追うごとにどんどん上がっているし、ラベルなどのパッケージデザイン、展示ディスプレイの技術など、トータルで『YOAKEnoAKARI』の世界観を表現している。その完成度がすごい」
そして毎年「Cidre night」でキャンドルのデコレーションを手がけている、『弘前シードル工房 kimori』代表の高橋哲史氏に至っては、「安田さんは考え方が面白く、すごい変態」と言わしめるほど。津軽を盛り上げるキーマンともいえる人々に何かと注目されている、期待のクリエイターなのです。

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並べられたキャンドルは、長さや間隔など、何度も細かくディスプレイの微調整を繰り返し、最大限に美しさを発揮できるよう最後まで手を尽くした。

炎が灯ると途端に、ふわりと別世界へ誘われたような気分になる。140本近く並んだ、手作りのキャンドル。相容れない火と水の共演に、自然がもたらす寛容な美しさを表現。

『YOAKEnoAKARI』安田真子さん。常にその先の美しい景色を探求し、地道な実験を繰り返すストイックな職人肌。

津軽ボンマルシェ探求すればするほど難しいから飽きることがない。

南津軽郡藤崎町に生まれた安田さんの実家はリンゴ農家。元々手先は器用な方だったと安田さんは自負しています。
「農家って結構なんでも自分で作ってしまうものなんです。機械を直したり、家を建てたり。父は5年くらいかけて家をリフォームしていましたし、子供の頃からものを作ることは見慣れていたんですね」。

それがキャンドルの場合は、全く分からなかったから引き込まれてしまった、という安田さん。納得のいく作り方を探求すればするほど、難しさが増し、どんどん深みにはまって行く…。気付いたらキャンドル作家になっていたというのです。

そのせいか、安田さんのキャンドル作りは、まるで科学者のようです。日々実験を繰り返し、材料も作り方も緻密に丁寧に調整していきます。例えば温度によってろうが固まった時の質感は微妙に変わってくるそうで、温度変化を慎重に見極めます。融点の違う3種類のろうを使い、キャンドルの部分によって配合を変えています。シンプルに見えるキャンドルでも、実は精密な式を頭に叩き込み、計算を重ねた上で試作を繰り返しているのです。
「色と質感、硬さ、溶け方、温度。私はぼんやりしているように見られるのだけど、キャンドルに関しては意外と真面目に考えて、日々研究しているんです。キャンドルを日常に使って欲しいから、炎の大きさやろうの溶け方、残り方など、美しく安全で実用的であることも配慮しています。そのままで綺麗なものをもっと綺麗にしたい、もっと何かできるんじゃないかと思う、常にその先へ進みたい。人間の本能的な欲求、探究心があります」
何事もとにかく経験値、と断言する安田さん。どれだけ経験を積むかで、見えてくるものがある、と。
「インスピレーションは降りてくるものだけれど、経験は自分でひとつひとつやって行き、自分のものにするしかない事ですよね」
と話しながら真剣な手付きでキャンドルに向かう安田さんの背中は、孤高の職人の佇まいでした。

安田さんのアトリエ。テーブルや棚、ディスプレイに使う什器も自分で作ってしまうという。

安田さんが特に力を入れているのは、自然の植物をドライにして詰め込んだ、森の風景の中に溶け込んでしまいそうなボタニカルキャンドル。(写真提供 YOAKEnoAKARI)

ボタニカルキャンドルは、ローズ、マリーゴールド、ラベンダー、オレンジ、桜、など各種ある。火を灯すと植物が影のようにほんのり透けて、幻想的な雰囲気に。(写真提供 YOAKEnoAKARI)

津軽ボンマルシェ出会い、風景、旅の記憶。それらは感性を豊かにしてくれるもの。

安田さんは、時間ができると、糸の切れた風船のようにふわっと自由気ままに旅に出てしまいます。大好きな音楽イベントは、歌を聞き、踊り、お酒を飲み、友と語り合う楽しみはもちろん、キャンドルやドライフラワーで空間演出を手掛けることも多い安田さんにとって、灯りのディスプレイや空間デコレーションにも大いに学びがあります。旅は安田さんにとって大きなエネルギー源。そこで見たもの、出会った人、感じたことが自身の創作のインスピレーションに少なからず影響を与えているようです。

「旅に出ることは自分にとってご褒美のようなものです。ずっとこっちにいると、やるべき仕事をこなすことでいっぱいいっぱいになってしまうから、一旦仕事から完全に切り離し、頭をクリアにさせる。ピンと来たら即動くので、電車が目の前に止まったらとりあえず乗ってみよう、という感じ。知らない土地で、新しいものを見て、初めましての人に会うと、そこに気づきや学びがたくさんあり、多くの刺激を受けます。ああ、こんな生き方もあるんだなって、他の人の人生に少しでも触れる時間を持てることは、自分のこれからにも様々な影響を与えてくれますし、とても貴重に感じます」
だから実は、あまり生まれた土地に執着はないのだけれど、それはこの取材の趣旨に合っているでしょうか、と心配そうに気遣いを見せつつも、故郷である津軽の自然の風景は好きで、時に感動をもらう、と素直に話してくれました。

「りんご畑の風景を見るの、好きですよ。一番好きなのは11月中旬くらいに…あ、中旬でもないかな。一番遅い“ふじ”(りんごの品種)の収穫があるんですけど、一回ぐっと気温が下がって霜が降りると、なんだか空気が澄んで全てが変化したような感じがするんです。りんご自身がぐっと糖度を上げて、凍らないようにする。それは何とも言えないたくましさと美しさで、私には色も空気も鮮やかに変わって見えます。霜が降りて、りんごの表面には水滴が付いていたりして、それに朝の光がキラキラと反射して。本当に美しい景色だなあと思います。あ、冬も好きですよ。全部葉っぱが落ちてしまった畑の木々。一面の雪景色の中に凛として立ち続ける姿は、偉大な自然の生命力でしかない、と感じます」。
大いなる津軽の自然の美しさへ静かに目を凝らし、そっと耳を澄ます、安田さんの純粋な感性は、作品の中にじわりと染み込み、醸成され、さらなる深みを与えているようです。

りんごのボタニカルキャンドルは、実家の農園で実った姫りんごの実、葉、枝をドライにして、キャンドルに詰め込む。竹串を使い、配置のバランスを丁寧に整える。

文字のフォントやテープの紙質など、ラベルのデザインも細部まで徹底的にこだわって作った。青森はもちろん、東京、関西など各地で展示を行なっている。(写真提供 YOAKEnoAKARI)

津軽ボンマルシェポンコツが日々拾い集める小恍惚。

「常に自分のことはポンコツだと思っている」という安田さん。
「宇宙規模でこの世の中を考えれば、全てが塵みたいなものって思うようにしています。じゃないと自分に自信がなさ過ぎて持ちません。世の中には素晴らしいものを作る人や表現する人がたくさんいます。もちろん今できる精一杯で自分なりに頑張っていますが、職人としても人間としても、本当にまだまだ。全く自信はないです。でもポンコツなりの強みもあって。本当に沢山の人に助けてもらってます。それは私が生まれ持った強みだと思いますし、日々のご縁にとても感謝しています。尊敬している知人の書いたとある文章の中に、“生活の中で小恍惚を見出せヤツこそ幸福な人間だと思ってる”っていう一文があって、それが私にとってはとても心に残る一文です。子供のころから遊び場は春先から秋まで絶え間なく花々が咲く祖母のお庭とりんご畑。わたしは自然の中でたくさんの事を学び、拾い集めました。日々の暮らしの中でコツコツとキャンドルをつくる仕事をして、少し手を止めて美しい景色を眺めて、耳を傾けて。自分はそんな風に生きて行きたいのです。マイペースなポンコツが恍惚を拾い集めるように。」

『YOAKEnoAKARI』という屋号の生まれた背景は、日本語の言葉の響きが美しいことと、安田さんが幼少時に感じた経験から来ています。子供の頃、青森の冬の朝、夜明け前は真っ暗で雪に覆われているのですが、家には昔から薪ストーブがあり、暗闇の中で、その薪の燃える炎がほっと心を和ませていました。火の持つ光の温かさ、夜明けの時間帯の儚い美しさに心惹かれたことが、この名前に由来しているといいます。津軽の暗く厳しい冬だからこそ、温かな光に救われる、祈りのような気持ちが生まれるのかもしれません。
「でも実は、音楽イベントなどでキャンドルの装飾をすると、そこで私が夜明けまで遊んでキャンドルは置きっ放し、自分は代行で帰る、みたいなことも昔あったので、ヨアケノアカリなのかも。その辺がやっぱりポンコツなんですよね」。
職人としてストイックに探求し、アーティストとして確固たるこだわりを持ちながらも、適度に肩の力の抜けた愛嬌を覗かせる、そんな安田さんの気取らないキャラクターが、キャンドルの魅力にもきっと繋がっているのでしょう。

展示準備は体力勝負。そして時間との戦い。安田さんはイベントやパーティーなどで空間装飾を手がける、デコレーターのような仕事もしている。家具屋で働いたこともある経験から、空間のスタイリングは得意。

取材時にインスタレーションを披露してくれたのは『国際芸術センター青森』の展示棟にある「水のテラス」。通りがかった誰もがしばし立ち止まり、息を飲んだ。

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