名もなき岩上に生きる松と海のアンサンブル。日本三景にも引けを取らない粋な島。[東京”真”宝島/東京都 式根島]

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監督・撮影・編集:中野裕之
撮影:佐藤 宏 空撮:田中道人 音楽:木下伸司

東京"真"宝島

伊豆諸島最小のアイランドには、日本の美学が凝縮されていた。

島の面積は約3.7㎢、外周は約12km。ゆえに、歩いて周ることも可能な式根島は、伊豆諸島の有人島の中でも最小の島です。
「上空からの映像でも島のディテールを一番良く撮れた島だと思います。起伏も少なく、一番高いところでも標高99mの神引山。すごくフラット。このサイズ感がとても心地良く感じました」。
中でも、式根島の印象は、「松」だったと話します。

「式根島では、色々なところで松に出合いました。例えば、石白川海水浴場にあった名もなき小さな岩に生えた松が僕はとても印象に残っていて、そこに日本の美の凝縮を感じたんです。その規模は違えど、海の青と松の緑、その対象の妙という意味では、松島、天橋立、宮島の日本三景にも引け取らない景色だったと思います。松は歴史的にも日本の景色を彩ってきた植物のひとつ。その単体の美しさはもちろんですが、風景としての美しさをより際立たせる立役者です。式根島は、松の似合う粋な島だと思います」。

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伊豆諸島の有人島で最小の式根島。島に人が住み始めたのは、紀元前6500年ころ(縄文時代の中期)とされている。

「海を舞台に岩に松。日本の美しさがそこにはある」と中野監督。

「石白川海水浴場にもいい松の岩があるんですが写真の小島は釜の下海岸です。」

今回の映像のトップビジュアルは、太陽の光に煌めく海と松のシルエットから始まる。

東京"真"宝島優しく奏でる波音。湾に守られた穏やかな海に心身が開放される。

「小さな島ですが、形は非常にアグレッシブ。芸術的な島のアウトラインには、湾が多くあり、静かにのんびりと海を楽しめるところが多いと思います。中の浦海水浴場、大浦海水浴場、泊海水浴場、石白川海水浴場……。こんなに穏やかな海水浴場がひとつの島に集まっているところは稀なのではないでしょうか。浅瀬には綺麗な魚も泳いでいます。シュノーケリングも楽しいと思いますよ。あとは、何より子供にとって安全な海。家族連れにも最適です」。
また、「大浦海水浴場」は夕日のスポットとしても知る人ぞ知る名所。水平線に陽が沈みゆく様もまた、絶景です」と勧めるも、「でも、個人的には釜の下の荒々しい感じも好きですよね」と笑みを浮かべて話します。式根松島とも呼ばれるその風光明媚な海岸に、中野監督は心惹かれるようです。

そして、中野監督は、式根島の海の色にも注目しています。
「式根島の海は多彩色だと思いました。他島では、概ねその島には海の色の特徴があって、それがエメラルドグリーンだったり、深いブルーだったり。ですが、式根島には、その両方はもちろん、波の色も白く濃くそれがアクセントになり、生き生きと豊かな海の色だという印象です」。

独特な形状の島。俯瞰してみることにより、湾が多くあるリアス海岸であることも視覚的に理解できる。

標高99メートルの低山「神引山」の展望台から見る景色。手前より、「神引浦湾」と「中の浦海水浴場」。

式根島の中でも人気のビーチ「中の浦海水浴場」。浅瀬でシュノーケリングも楽しめ、手前でもサンゴなどの生き物と遭遇できる。

波が穏やかなので、子供も安心して楽しめる「泊海水浴場」。白い砂浜が海の色彩をより美しく際立たせる。

 かつて海水から塩を取り出す釜があったことから「釜の下」と呼ばれる。海岸付近にはキャンプ場も用意。

砂浜と岩場があるため、海水浴と磯遊びの双方が楽しめる「大浦海水浴場」。その名は、平家の落ち武者大浦又次に由来されているとか。

「大浦海水浴場」は夕日が美しいスポットとしても有名。陽が沈みゆく時間をゆっくりと堪能するのもお勧め。

浅瀬に光が射し、透き通るほどクリアな海の中には悠々と魚が泳ぐ。

海のエメラルドブルーと白波のコントラストが海面に表情をもたらす。

東京"真"宝島島は小さくても歴史は深い。自然の力と人の力、その熱き想い。

島の側面の一部を白く形成する場所があります。「唐人津城」です。“城”と言っても、お城ではありません。
「こもれびの森という場所を抜けた先に唐人津城はあります。“津城”とは“ヅシロ”と読み、人や魚が集まる場所という昔の言葉だそうです。そこから見える景色も美しいのですが、僕がここで気になったのはそこに生息する植物の存在でした」。
月の地表のように荒涼とした砂地が広がるそこは、その大地がむき出しになる場所と木々が生い茂る場所が二極化されています。

「海沿いの岸壁には、強い潮風が吹いてしまい、植物は育たない環境にあります。雨になればその岸壁が削られてしまうこともあり、もし植物が育ったとしても根を張ることができない。頂上の日当たりが良い場所でも水がないと生きていけず、どうすれば生きていけるのか追い求めている姿に心を打たれてしまいました。中には5mmくらいの小さな植物もちらほら。でも、それって生きていける地に偶然たどり着けた奇跡なのだと思うんです。自然は予測不能なため、環境に合わせて生きていくしかありません。そこで生きる潔さと生命に自然の力を感じました」。

景色はもちろん、大地を通して島のビオトープを感じ、小さな植物が懸命に生きる尊さに着眼する中野監督のそれは、独特の視点です。
「そして、高森灯台。野伏港と小浜港の中間にある石油ランプ式のそこは、何がすごいかというと、ここに続く約200の石段を75歳のお婆さんが88歳になるまで積み上げ続けたという話を伺ったことです。驚愕です」。
そのお婆さんの名前は、宮川タンさん。1930年当時のことだそうです。そこには、高森観音も建立され、今なお、航海安全や家内安全、安産を祈願されています。
中野監督が感じ取った自然の力と人の力は、奇しくも大地にありました。目線を上げた景色ばかりの美しさではなく、目線を下げた大地にも島の物語は潜んでいるのです。

どこか違う星に彷徨ってしまったような錯覚すら覚える「唐人津城」。非日常の世界が広がる。

 宮川タンさんが積み上げてきた石段からなる「高森灯台」。完成後も杖と石油を持ち、毎日石段を登るタンさんの姿は多くの人に感銘を与えたと言われており、その逸話は児童文学書『小さな島の小さな星』として出版される。

東京"真"宝島かわいい猫と憎めない牛。余談ですが、微笑ましい出合いをほんの少し。

撮影中、中野監督は山頂や森、船や海岸ばかりにいるわけではありません。街を歩き、島民に触れ、街を感じています。
「式根島の街を散策していたら、可愛い猫に出会いました」という猫は、映像の冒頭に出演!
そして、猫の次は牛の話題に。
「島には牛乳せんべいをしばしば目にするのですが、島ごとに少し違いがあるんですよね。式根島の牛乳せんべいはパッケージのデザインが秀逸! この牛、可愛くないですか! 思わずお土産に買ってしまいました(笑)。撮影で疲れた心身に束の間の癒しを頂きました。こんな出合いもまた、島の醍醐味ですね」。

街を散策していたら、ひょっこり歩み寄ってきた猫たち。因みに、中野監督は猫派。

 思わず手に取ってしまった牛乳せんべい。「CDやレコードに例えるなら、完全にジャケ買い!」。

小さいながらも島が持つ特有の力強さはしっかりと感じる「式根島」。荒々しい地表は、古くから生きてきた証。

 ゆっくりと砂浜を散歩するように撮影する中野監督。「式根島にある海は全て静かでゆっくりとした時間が流れていた」。


(supported by 東京宝島)