ルールや名称も国々によってまちまちで、スペインではフットボール・サラ、ドイツではハレン・フースバル、イタリアではカルチェット、オランダでザールと呼ばれるものがそれに当たる。 #フットサル #サッカー #ユニフォーム
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本当のラグジュアリーとは何か? その考え方次第で、人生の豊かさは決まる。[HIRUME/福島県会津若松市]
冨永 愛×ヒルメ
豊かな生活には、身近に工芸品がある。
モデルとして日本人が世界で活躍する、大きな扉を開いた冨永 愛さん。17歳でニューヨークへ旅立ち、東洋人がランウェイを歩く地盤を築くまで、様々な試練と戦い続けてきました。国内外を飛び回る中で磨かれた審美眼は、古くから受け継がれ、あるいは発展されて、現存しているものに惹きつけられるといいます。
冨永さんが見せてくれたのは、継承した技術を駆使し進化させた「漆・蒔絵バングル」と作家の背景に想いを馳せるという「陶磁器」。こうした「Made in Japan」の本質の伴うものを、アクセサリーとして、食器として、生活に密着させ思い切り使うことに、豊かな気持ちになれる鍵がありました。
冨永 愛×ヒルメ伝統ある手仕事を身につけることこそ、本当のラグジュアリー。
冨永さんはある時に聞いた、「伝統芸能や工芸は、革新をしていかないと残らない」という野村萬斎氏の言葉に強く同感したといいます。「日本の素晴らしい文化、伝統、習慣はちゃんと継承していくべきだけど、ただ引き継いでいくだけでは残っていかないのだと、実感しています」と冨永さん。
もともと価値のある工芸を新しいモノとしていく、その信条の表れとして手に取ったのが、『HIRUME』の「漆・蒔絵バングル」です。古代、現代、未来を循環させる日本のものづくりの力を発信するブランドが、会津の伝統工芸士と一つひとつ丹精込めて生み出した逸品。機械には真似できない、漆を何層にも塗り重ね研ぎ出すことで表情が生まれる、このバングルを身につけることは、本質的な贅沢でもあります。「ラグジュアリーという言葉の本当の意味は、ファッションのひとつとしてちゃんと人の手の込んだ、伝統を受け継いだものを持つことで得られる、人生の豊かさでもあるのかなと今は思っていて。そういうモノを選べる生き方をしていきたいですね」と、冨永さんは話します。
冨永 愛×ヒルメ時を超えて、職人の手仕事を現代に生かす。そして受け継ぐ。
『HIRUME』のように、現代の技術を生かした工芸がある一方で、本当に古き良き匠の工芸も美しい。その両面から冨永さんは日本の工芸と向き合っています。
「海外へ出てから日本の文化が好きになって、最初は古い着物が欲しくて骨董市に行き始めたんです。でもそこで気に入ったのが、九谷焼の器でした。絵付けが手描きだったり、同じ柄でも作り手によって少しずつ違う。当時の職人はどうしてこの絵を描いたのかな?とその過程を考えながら、今にはないその人たちの時代の感性に想いを馳せるのが面白いんです」と、陶磁器を集め始めた理由を、冨永さんは話します。
冨永さんの器のコレクションは九谷焼に限らず、室町時代の漆器、李朝白磁の器、フランスで購入したカフェオレボウルなど、様々。年代物の貴重な品もありますが鑑賞用にはせず、漆器はお椀にしたり、日常で気前よく使っているのだといいます。重要なのは、自分にとって価値のある、背景のあるモノに囲まれた、ライフスタイルと生活空間を作ること。その中に身を置くと、ふとした時に心が和み、暮らしに彩りが生まれるのです。
「この九谷焼の皿の絵は、黒い頭で金色の羽のスズメなんです。全然そうは見えないんですけど、横に漢字で“雀”と書かれてあるから気付いて。作り手のユーモアを感じると、合わせる料理のイメージも広がりますね。蕎麦猪口やぐい呑みは飲み干した時に、底に描かれた絵を見るのも楽しいですよ」と冨永さん。
暮らしの中で道具を使えば、割れたり欠けたりしてしまうこともあります。そのたびに金継ぎをして、また味わい深い形に蘇らせるのが、冨永さんの器との付き合い方。先人もそうしてモノを慈しみ、古器は何人もの人の手に渡り、色々な時代をくぐり抜けてきました。時には人の寿命よりも長く現世にあり続けますが、持ち主が乱雑に扱えばすぐに消えてしまうモノでもあります。「長い歴史を経て、自分のところにやって来たっていうのが、可愛くもあるじゃないですか。それが骨董品に愛着を感じてしまう理由のひとつでもあります」と冨永さんは言います。
冨永 愛×ヒルメ冨永 愛が考える、「ジャパンクリエイティブ」とは。
前述した野村氏の言葉の他に、冨永さんの視点に広がりを与えたのが、谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼讃』でした。西洋との本質的な相違に目を配り、便利さを求めたために失われた日本的な美の本質を問う本書。例えば、現代の蛍光灯の下で見る金蒔絵は柄が派手にも感じられますが、制作された江戸時代の明かりは蝋燭の灯火。その中で、ぬらっと美しく光る様子を美学としていたと知れば、ものの感じ方も変わってくるといいます。「こうした知識を自分の厚みにしていくと、若い頃とは違う感性が生まれて、歳を重ねた甲斐があると思いますよ。つるっとした綺麗な漆椀を開けて、四季が描かれていると、今はもう官能的にすら感じます(笑)」と冨永さん。
日本特有の四季を、伝来した器に表し独自の美しさを追求してみせるのは、日本人らしい表現ともいえます。日本発祥のモノを改良し存続させてきた一方で、古より日本は他国の文化を吸収し、国の風土や時代に合う様式を模索して、自分たちの形を残してきました。冨永さんは、「ジャパンクリエイティブ」とは、こうして発展され続けていくべきだと考えています。「繊細な技術と趣きをものに吹き込める、日本がすごくものづくりに長けている国だと思うからこそ、時代を超えて存在し続けるには、進化していかなければならない。それが今後の課題になるのではないかと思います」と冨永さんは語ります。
大事なことは、先人たちが続けてきたように、本質に忠実でありながら、その時代の日本に最適な創作をしていくこと。
冨永さんが考える「ジャパンクリエイティブ」とは、つまり「継承」。
継承することができなければ、革新することはできず、伝統は成し得ないのです。
17歳の時にNYコレクションでデビューし、一躍話題となる。以後約10年間にわたり、世界の第一線でトップモデルとして活躍。その後、拠点を東京に移し、モデルの他、テレビ、ラジオ、イベントのパーソナリティなど様々な分野にも精力的に挑戦。日本人として唯一無二のキャリアを持つスーパーモデルとして、チャリティ・社会貢献活動や日本の伝統文化を国内外に伝える活動など、その活躍の場を広げている。
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風土と人の手がつくる「クラフトな美味」。佐渡島の食を通じて見た新潟の食の奥深さ。~平野紗季子編~[Niigata Gastronomique Journey/新潟県]
新潟ガストロノミックジャーニーOVERVIEW
4賢者の紅一点を飾るのは人気フードエッセイストの平野紗季子さん。トップガストロノミーから老舗の一品、スイーツ、ジャンクフードまでユニークな視点と語り口で斬りまくり、味わいや料理人の仕事を伝えるのみならず、その価値を、食のシーンまでもを再編集してしまう稀代のタレントです。現在は、執筆活動のみならず、スイーツやショップ、商業施設のプロデュースも手掛ける敏腕。
平野さんが訪れたのは、佐渡島。フレンチ、イタリアン、蕎麦ダイニング3軒の店を軸に、郷土色豊かな海産物加工品店から新スタイルのワインショップまで、気の赴くまま土地を味わう旅をします。実は初めての佐渡島。新潟県の中でもユニークな地形と気候、それらが育む自然と島ならではの独特な文化に触れるスポットにも足を運び、豊かな食の背景に触れるひとときも。平野さんの感性に、佐渡島とそこで生まれる味がどう響くのか。その旅に密着します。
【関連記事】Niigata Gastronomique Journey/風土に根ざした独自の美食が花開く新潟へ。4名の食の賢者が各地を旅し、その全容を本気で斬る
1991年福岡県生まれ。小学生から食日記をつけ続け、大学生時代に日常の食にまつわる発見と感動を綴ったブログが話題になり文筆活動をスタート。雑誌「Hanako」「POPEYE」などで多数連載を持つほか、イベントの企画運営・商品開発など、食を中心とした活動は多岐にわたる。著書『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)。instagram: @sakikohirano
(supported by 新潟県)
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学びを、表現の源流を足下の海川山に求め、自分の手でつくり上げた「里浜ガストロノミー」。[pesceco/長崎県島原市]
ペシコOVERVIEW
2018年8月。島原のレストラン『pesceco』は、大きく舵を切りました。町の繁華街で3年9カ月営んだカジュアルなイタリアンレストランを閉め、海沿いの一軒屋を新たな拠点として再スタートしたのです。完全予約制で、料理は昼夜ともおまかせのコースのみに。
「敷居が高くなった」と、足を遠ざけた地元客もいます。その一方で、「ここでしか食べられない料理がある」「店での食事を目的に島原へ旅する価値がある」と、県外から訪れるゲストが少しずつ増え始めています。
井上稔浩シェフは、島原生まれの島原育ち。県外に、いや世界に伝えたい島原の素晴らしいところも、他の地方都市同様に抱える少なくない地元の問題点についても、誰よりもよく知っています。そのうえで「島原が好きだから」と、この地に根を張る道を選びました。愛する故郷のために、料理人だからできることがある。店のあり方を大きく変えた移転リニューアルは、井上シェフの「覚悟」にほかなりません。町の外の人にとっては、ガストロノミー界に彗星のごとく現れたニューフェイス。そのユニークな歩みと、『pesceco』が示すローカル発のガストロノミーの可能性を追います。
住所:長崎県島原市新馬場町223-1 MAP
電話:0957-73-9014(完全予約制)
営業時間
昼:12時入店
夜:19時入店
定休日:不定休
pesceco HP:https://pesceco.com/
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デニムストリートの姉妹店をご紹介☆
こんにちは
いきなりですが、
倉敷デニムストリートに姉妹店があることを
ご存じでしょうか??
じつは、、、
倉敷の他に
3店舗あるんです
軽井沢デニムストリート(長野県)
こちらのお店はご存じの方も多いはず、、、
レンガ調のオシャレなお店です
デニムのバッグ、小物、アパレルはもちろんのこと
軽井沢にはワンちゃんとお散歩されている方が多いので
とくにワンちゃんのオシャレなお洋服をたくさん取り揃えています
倉敷のようにメンズ館、レディース館もあるんです
草津デニムストリート(群馬県)
草津温泉、西の河原通りで営業しているお店です
白を基調とした店内がとてもオシャレで
バッグ、ワンピース、パンツ、ストール、帽子など
幅広いデニム商品が沢山あります
デニム雑貨工房ソラマチ店(東京都)
こちらのお店は
東京スカイツリーの1階に出来たばかりの姉妹店なのです
見やすく清潔感がある店内に
バッグ、小物、アパレル、などなど取り揃えています
そして、
岡山児島デニムも取り扱っているのです
是非、各地に行かれた際には
デニムストリートにお立ち寄りくださいませ
同じデニムストリートでも、
店内の雰囲気や取り扱っているモノが若干違ったりするのも見所です
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『DINING OUT』を通して発見した能登・輪島の魅力を3人のキーマンが語る。[DINING OUT WAJIMA with LEXUS/石川県輪島市]
ダイニングアウト輪島
2019年10月、石川県輪島市にて『DINING OUT WAJIMA with LEXUS』が開催されました。
石川県輪島市は日本海に突き出した能登半島北部に位置し、門前町から続く美しい棚田や海岸線とのどかな里山や里海の景色には、誰もが懐かしさを感じずにはいられない、人と自然が共生する日本の原風景が大切に残されています。
そして、この地を代表する伝統工芸といえば、言わずと知れた「輪島塗」。日本の中でも輪島は、最も高度かつ広汎に漆文化が花開いた舞台なのです。なぜ輪島に最大の漆文化が花開いたのか?その答えを辿るべく設定された今回の『DINING OUT』のテーマは、「漆文化の地に根付く、真の豊かさを探る」。
この壮大なテーマに挑んだのは『DINING OUT』史上初のふたりのシェフでした。
ひとり目は、東京・西麻布「AZUR et MASA UEKI」の植木将仁シェフ。日本の優れた食材をフランス料理の技法で調理する「和魂洋才」をコンセプトにした、オリジナリティ溢れる料理で定評があります。石川県の出身であり、能登半島の食材の知識も豊富です。
ふたり目は、ジョシュア・スキーンズ氏。2009年 熾火料理を主としたスタイルの「Saison」をオープン。最高品質の食材への追求とその革新的な調理法で注目を浴び、アメリカ人として熾火料理で唯一ミシュランの3つ星を獲得。今世界が最も注目するシェフの一人です。
ディナーホストを務めたのは、『DINING OUT』ではおなじみのコラムニストの中村孝則氏が7回目の登場。
そして、今回は更なるサプライズをご用意。「輪島塗」に新たな息吹をもたらすプロジェクト『DESIGNING OUT Vol.2』も同時開催され。クリエイティブプロデューサーとして、新国立競技場のデザインを手がけたことも記憶に新しい、世界的な建築家である隈研吾氏を迎え、輪島塗職人と共にオリジナルの輪島塗を完成させました。
今だかつてない豪華メンバーを結集させた『DINING OUT WAJIMA with LEXUS』。3人のキーマンが振り返ります。
【関連記事】DINING OUT WAJIMA with LEXUS
1967年石川県金沢出身。1990年より渡仏し、南フランスの四ツ星ホテル『ホテル ル デュロス』をはじめ、フランスやイタリアで3年間に渡り料理の研鑽を積む。帰国後、1993年『代官山タブローズ』スーシェフを経て、1998年『白金ステラート』オープンと共にシェフに就任。2000年に独立後、青山に『RESTAURANT J』をオープンした。2007年からは軽井沢『MASAA’s』、銀座『RESTAURANT MASA UEKI』を経て、2017年には株式会社マッシュフーズとともに同店をオープン。日本の伝統的な食材や伝統文化を探求しながら自身の料理に落とし込み発信することで、オープンから間もなくして注目を集め、高い評価を得ている。2016年世界料理学会イン有田と函館にてスピーカーとして登壇もしている。
AZUR et MASA UEKI HP:http://www.restaurant-azur.com/
2006年、『Saison』のコンセプトを産み出し、2009年にサンフランシスコにて1号店をオープン。
熾火料理を主とした料理スタイルで食材の自然のあるべき姿を尊重しながら、最高品質の食材への追求とその革新的な調理法で注目を浴び,アメリカ人として熾火料理で唯一ミシュランの3つ星を獲得。「the world’s 50 best restaurant」、「Food & Wine’s 」のベストニューシェフ、「Elite Traveler Magazine’s」の次の世代を担う最も影響力のあるシェフ15名にも選出される。2016年、更なるイノベーションの促進と成長のプラットフォームを提供するために、『Saison Hospitality』 を設立。2017年には想いをLaurent Gras氏に引き継ぎ『Saison』の現場から完全に身を引き、さらなる革新と研究のラボラトリーとして『Skenes Ranch』を設立。同年、サンフランシスコ沿岸に Skenesの海に馳せる想いを込めた『Angler』をオープンさせると、 2018年 Esquire Magazineにて全米のベストニューレストラン、GQにおいても全米ベストニューレストランに選出され、ミシュラン一つ星を獲得。2019年にはビバリーヒルズに『Angler』 の2号店をオープン。今、世界が最も注目する料理人の一人である。
神奈川県葉山生まれ。ファッションやカルチャーやグルメ、旅やホテルなどラグジュアリー・ライフをテーマに、雑誌や新聞、テレビにて活躍中。2007年に、フランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を受勲。2010年には、スペインよりカヴァ騎士(カヴァはスペインのスパークリングワインの呼称)の称号も受勲。2013年からは、世界のレストランの人気ランキングを決める「世界ベストレストラン50」の日本評議委員長も務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。主な著書に『名店レシピの巡礼修業』(世界文化社)がある。
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3人揃えば賑やかな笑い声が絶えない、日々を楽しみながら伝統を受け継ぐ、刺し子ユニット。[TSUGARU Le Bon Marche・三つ豆/青森県五所川原市]
津軽ボンマルシェ生活の必需品から、芸術作品を生む楽しみへ。
津軽を代表する伝統的手工芸「こぎん刺し」。その歴史は江戸時代からといわれます。当時、北国で暮らす農民にとって、綿は栽培することが難しいため、とても高価なもので、着ることすら制限されていました。日常に使われていたのは麻でしたが、寒さの厳しい冬に、風通しの良い麻の着物では凍えてしまいます。そこで、麻布に綿の糸を細かく刺すことで、布目が詰り、厚みが出て、防寒の役目を果たすという生活の知恵が生まれました。また、ほころんでしまった布の補強をする役目も担っていました。津軽地方の方言では、作業着のことをこぎん(小布)と呼び、藍染の麻布で作られた作業着に、白い糸で刺したことが、こぎん刺しの始まりだったといわれています。それがいつしか多様に美しい図案が生まれ、家仕事をする女性たちの楽しみに変わっていったのでした。
1942年にホームスパンとして設立され、民藝運動の柳宗悦らの勧めにより、こぎん刺しの研究機関となった『弘前こぎん研究所』は、津軽のこぎん刺しを研究・保存し、次の世代へと伝えている重要な機関です。ここでは「モドコ」と呼ばれる伝統的な図案を組み合わせ、布や糸の色は昔に比べてもっとカラフルで自由になり、今の暮らしに馴染むデザインのバッグや小物などが制作・販売されています。こぎん刺しは、その美しい連続的な幾何学模様に魅了された手芸好きな人たちの間で現在も静かに脈々と続けられており、祖母や親から教えてもらう人もいれば、弘前こぎん研究所の講座などで技法を学び、深みにはまっていく人も多いようです。『三つ豆』を立ち上げた工藤夕子さんもその1人でした。
工藤さんは、これまでに津軽ボンマルシェで紹介してきた『スノーハンドメイド』や『KOMO』など、気鋭の作家たちとも交流があり、『パン屋 といとい』の成田志乃さんからは「夕子さんのこぎん刺しには、夕子さん本人の持つ魅力が宿っている。そこに惹き込まれます」と一押しの声を頂きました。どうやら津軽には工藤ファンが多いようなのです。一体どんな人が作っているのでしょうか。
【関連記事】TSUGARU Le Bon Marché/100年先の地域を創造するために。多彩で奥深い「つながる津軽」発掘プロジェクト!
津軽ボンマルシェ三つの「豆こ」が集まって紡ぎ出す美しい紋様。
刺し子やこぎん刺しで様々な作品を作り、津軽らしい暮らしの温もりを伝える、女性3人組のチーム『三つ豆』。五所川原にある工藤さんのアトリエを訪問すると、部屋の中からなんとも賑やかな笑い声が聞こえてきました。工藤さんの元に集まっていたのは、母である一戸晶子さんと、伯母の一戸正子さん。3人が仲良くテーブルを囲み、チクチクと針を動かしています。
「週に一回、月曜日は三つ豆の日って決めているの。最初は晶子さんが刺し子でちっちゃいのを作っていて、これいいねって。私も縫うのが好きだったから、じゃあ2人で何か作ろうかってね」。
と正子さん。
「正子さんは刺し子上手だったから、教えてもらったりして。そのうち夕子がこぎん刺しを始めて、それじゃあ3人で一緒にやりましょうよ、ってなったのよね」。
と晶子さん。お互いに教えあったり、色や柄を褒めあったり。ほのぼのとした雰囲気の中、時には娘や孫も加わって、他愛のないおしゃべりを楽しみながら、手はせっせと動かし、すいすい作業が進みます。
正子さんと晶子さんが作っているのは、主に刺し子の布作品。刺し子はそもそも日本に古くから伝わる伝統的刺繍で、全国各地で作られていますが、特に東北地方で作られたものが、広く知られているようです。藍染布や、白い晒し布に綿の糸で様々な模様を刺していくのが基本。刺し方に法則のようなものはありますが、こぎん刺しほど目は細かくなく、もっと大らかで大胆な色の組み合わせができることが特徴です。選ぶ色によって雰囲気もガラリと変ります。刺し方には様々な名前が付いており、「麻の葉」「矢羽根」「青海波」などの伝統模様があります。2人がよく作っているのは「紫陽花」というもので、たくさんの紫陽花が満開に咲いたような、可憐で華やかな印象の刺し子です。
そして刺し子の中でも「日本三大刺し子」と呼ばれる、より複雑な技法の一つがこぎん刺し。こぎん刺しの作品は主に工藤さんの担当です。こちらも伝統的な図案には名前が付いており、「花こ」「てこな(蝶々)」「猫の足」など、なかなかユニーク。生活に身近なものを表した名前が数多くあります。実は『三つ豆』というユニット名も、その基本的な図案の一つである「豆こ」に由来しています。豆ことは、ポツンとまあるい、シンプルな刺繍。3人が集まって、わいわい手仕事しているところを工藤さんの夫が見つけ、「まるで三つの豆こみたいだな」と冗談で言ったことが始まり。小さくてシンプルな3つの豆が、繋がることで驚くような美しい模様を生み出し、無限の広がりを見せる、そして親から子へ、家族から仲間へ、様々な人の繋がりも生み出していく、そんな可能性を感じさせてくれる、とても素敵な名前です。
津軽ボンマルシェ人との出会いが道を作り、思わぬ方向へ広がっていく。
工藤さんは、子供の頃から手作りすることが大好きだったといいます。手芸好きな母の晶子さんに教わり、小学生の頃からクッションやバッグなどを作っていました。妊娠中は、生まれてくる子供のために服も作っていたそうです。そうこうするうちに自然な流れでフリマやハンドメイドイベントに参加して、自分で作ったものを少しずつ売るようになっていきました。
「母がこぎん刺しを好きでやっていましたし、自分も津軽の出身だから、いつかやってみたいなとは思っていました。ある時、とある刺繍作家さんのイベントで、こぎん刺しをやってみたい、と話していたら、一週間後に弘前こぎん研究所主催の教室がありますよ、と教えてもらって。そこで基礎を学んだことがきっかけです。以後、こぎん刺しの作品も少しずつ作って販売するようになりました。そうしたら、五所川原のコミュニティカフェで置いてくれるようになったり、金木に『駅舎』っていうカフェ(旧芦野公園駅。太宰治の小説「津軽」にも登場する)があるんですが、そこで展示をしませんかって声を掛けてもらったり。こぎん刺しについては、不思議なことにいいタイミングで誰かしらの導きがあるんですよね。震災後の2012年からは弘前の『集会所indriya』というカフェで教室を始めましたが、それもここの店主が作品を買ってくれたことがきっかけで、やってみたら?と背中を押してくれたんです」。
近年は津軽だけにとどまらず、東京を始め、全国各地で個展やワークショップを開催。パリやニューヨークにも出展するなど、活躍の場を広げています。どれも自分から売り込むというより、周りの人のご縁で緩やかに道が開けてきた、というのも工藤さんらしい人柄を表しているようです。
ここでちょっと余談ですが、そんな工藤さんのもう一つの特技はなんと陸上競技! 体育大学を卒業しているというのだから本物です。今でもマラソン大会に出ることもあるそうで、スポーツ好きで手芸好き、という異色のキャラクターの持ち主。高校時代はジャージを入れるバッグも自分で手作りしていたとか。工藤さん曰く、長時間刺繍をしていると、無性に運動したくなる時が来るのだそうです。
「静と動の融合と言いますか。私にとってはどちらも大好きで大切なこと。両方あるからバランスが取れているんだと思います。手芸に疲れたら走ることでいい気分転換になって、また手芸に集中できるし、肩こり解消にもなりますよ」。
まるで運動部と文化部を行き来するような工藤さんは、細やかな気遣いを見せながらも、さっぱり明るく元気に笑い、バランス感覚のある人。そんな工藤さんのところにきっと多くの人が集まってくるのでしょう。
津軽ボンマルシェ名もなき津軽の女性たちの思いを今に伝えたい。
こぎん刺しの魅力とは、まず、誰でもどこでもすぐにできること、という工藤さん。図案の見方さえ分かるようになれば、あとは根気で、どんなに大きなものでも作れますよ、と心強い一言。そして針と糸と布さえあれば、どこでもサッと取り出してチクチク。そこはたちまち自分だけの小さなアトリエに。工藤さんはいつも裁縫セットを持ち歩き、ちょっとの時間も有効に使っています。
「でも何より一番の魅力だと感じるのは、津軽に暮らす女性たちにとって、こぎん刺しは郷土の誇りであるということ。その歴史的背景も忘れてはならないと思います。厳しい生活環境の中から生まれたものですが、そんな中でも模様を作るという楽しみを見つけ、根気のいる作業を続けてきた津軽の名もなき女性たちのことを考えると、なんとも慎ましく、たくましいなあと胸が熱くなります。これは現代においても、女性たちに訴えるものがあるのではないでしょうか。数の法則によって生み出される模様の美しさは無限大、でも美しさだけじゃない部分も伝えていきたいと思っています」。
工藤さんの家系は代々もの作りが好きなようで、2人の娘も手芸好き。こぎん刺しは得意で、家庭科の授業では困っている友達に教えてあげているそうです。母のイベントを手伝ってくれることもある頼もしい存在。家にあるこぎん刺しの本をいつも目にし、作ることを楽しんでいるようなので、工藤さんは特に何も言わず、自然と娘達に引き継がれていくことを、静かに見守っているとのこと。でも娘側に言わせると、こぎん刺しの話になるとつい熱がこもってしまう母の姿があるようですが…。
工藤さんは最近、歴史をたどる面白さを知り、地元である金木地域発祥の「三縞こぎん」についても調べています。こぎん刺しは地域によって刺し方に特徴があり、岩木川を境に東側で作られた「東こぎん」、西側の「西こぎん」、そして岩木川下流地域、北津軽郡金木町を中心に作られた三縞こぎんの大きく3つに分けられます。三縞こぎんは現存するものが非常に少ないため分からないことが多く、大変貴重だといわれます。工藤さんは、ずっと作りたかったという三縞こぎんをつい最近、実際に自分の手で再現しました。古い麻布は硬くて針が刺しにくく難しかった、と話し、昔の人に寄り添って、思いを馳せます。三つ豆の作るこぎん刺しや刺し子に、言葉にならないような惹き込まれる魅力を感じる理由は、時代をしなやかに生きた昔の津軽の女性たちへの尊敬や憧れが、ひと針ひと針に静かに込められているからかもしれません。針と糸が紡ぎ出す優美な模様はたくさんの物語を秘め、手に取る人へ優しく語りかけてくれるようです。
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完熟の『ル レクチエ』を使ったデザートがついに完成。藤木千夏シェフが出した答えとは? [ル レクチエ/新潟県新潟市]
ル レクチエ想定をすべて覆す、完熟『ル レクチエ』の芳醇な香り。
2019年11月、『ル レクチエ』の産地である新潟を訪れ、『ヤマヨ果樹園』にてジュースやペーストを試食した藤木シェフは言っていました。「温めてみたらどうだろう? 果実を焼いてみたら? スープにしたら? いろいろと浮かんできます」その上質な甘みが、藤木シェフにさまざまなアイデアを届けたのでしょう。
そして数週間後、追熟が終わった食べ頃の『ル レクチエ』が段ボール箱に詰められて藤木シェフの元に届きました。その箱を開けた瞬間に広がる芳醇な香り! 「食べ頃の『ル レクチエ』は、こんなに素晴らしい匂いなんだ!」その香りは、またたく間に藤木シェフの心を捉えます。そして想定していた構想はすべて消え去りました。「あれこれせずに、この感動をそのまま伝えたい」そうして藤木シェフのメニューは、ほぼ迷うこともなく完成しました。
【関連記事】ル レクチエ/桃のような口溶けと上品な甘み。高級西洋なし『ル レクチエ』の魅力を、料理で表現するために。
ル レクチエ果実そのものをダイレクトに味わう究極のデザート・パフェ。
『ル レクチエ』が届く前、藤木シェフは厨房でメニューを考案していました。シェフの目の前にあるのは、『ル レクチエ』ではない、一般に流通している洋梨。甘みはとても繊細。香りも柔らかく上質。そんな魅力を活かすため、藤木シェフは洋梨を温かいスープに仕立て、香り豊かなバジルのアイスを添えました。それはその段階で考えうる最上の洋梨の表現。メニューは早くも確定したかに思われました。
そして届いた『ル レクチエ』。まず生で試食した藤木シェフは衝撃を受けます。「繊細なのに味が濃い。果実はみっちり詰まっていて、でも滑らか。そして鼻に届く素晴らしい香り」それがはじめて『ル レクチエ』を味わった藤木シェフの第一印象。そして藤木シェフは考えます。「この素材に足し算は必要ない。このおいしさをそのまま伝えよう」と。そしてメニューを変更し、『ル レクチエ』をダイレクトに伝えるメニューに舵を切りました。そのメニューはシンプルに果実そのものを味わう「パフェ」でした。
喫茶店やファミリーレストランでもおなじみのパフェ。「この『ル レクチエ』と今の私でしかできないパフェを生み出したい」と考えた藤木シェフは、「香り」を全体の主軸に据えました。そう、段ボール箱を開けた瞬間、一気にシェフを虜にしたあの香りです。
ル レクチエ重層的な香りが渾然一体となり、『ル レクチエ』の魅力を引き立てる。
まず決定した組み合わせは、バジルオイルでした。バジルの先端の葉の香りをグレープシードオイルに移した爽やかなオイルです。次に、バジルの茎の部分の香りを移したブランマンジェ。滑らかな食感とバジルの香りが、こちらも『ル レクチエ』に寄り添います。柚子の果汁で作ったジュレは、香りとともに酸味の広がりを演出しました。仕上げには柚子の皮とタイムを少々。一方、合わせる『ル レクチエ』は、生のまま、そのままの果実です。食感を楽しんでももらうため、あえてゴロゴロのサイズにカットしました。
途中まで入れていた生姜のクランブルは、滑らかな食感の邪魔をしてしまうため、外しました。パフェにつきもののアイスも、今回は無しにしました。あくまでも主役は『ル レクチエ』。そしてテーマは「香り」です。
グラスに盛られた複数の層。スプーンで下から掬って、一度にすべての要素を味わいます。『ル レクチエ』、バジル、柚子、タイム。香りは複雑なようでいて、「清涼感」という共通項があるため違和感なく調和します。『ル レクチエ』の絹のような食感は、ブランマンジェとともに頬ばっても一緒に滑らかに溶けていきます。全体を包む優しい甘みと、柚子のほのかな酸味、そして鼻から抜けていく香り。パフェの語源は、フランス語で「完全な」を意味する「parfait(パルフェ)」。そのまま食べても最高の『ル レクチエ』を、そのまま以上においしく味わう、完全なデザートの完成です。
ル レクチエ名店のフィナーレと新店の幕開けを飾る『ル レクチエ』のパフェ。
藤木千夏シェフは2020年、故郷である福岡に新店を開店予定。その準備のため、藤木シェフの店であった恵比寿『Umi』は、2019年11月で幕を下ろしました。その最後の10日間、『Umi』のコースのデザートには、このパフェが登場しました。数々の食通を唸らせてきた名店のフィナーレを、『ル レクチエ』のパフェが飾ったのです。
そして朗報がひとつ。2019年12月中旬(予定)までは、藤木シェフが監修するニューオープンのカフェ『À L'AUBE』にて「季節のパフェ」としてこのパフェが味わえます。
11月末に開店した『À L'AUBE』はインテリアショップ『Francfranc』が手掛ける新たなライフスタイルブランド。藤木シェフはこの店のカフェの料理全般を監修したほか、今後福岡に拠点を移した後も、季節メニューの監修などを続ける予定。「現在の自分にできることを、すべて出し切っています」というカフェだけに、『Umi』と変わらない、素材感が際立つ料理が楽しめることでしょう。
このパフェについても「『Umi』との違いはポーションだけ。コースのデザートと違い、カフェでは一品で満足できるサイズ感になっています」と藤木シェフ。そんな藤木シェフの思いが籠もった『ル レクチエ』の「季節のパフェ」は『À L'AUBE』にて12月中旬までの限定販売。ただし売り切れ次第終了となるためお早めに!
住所:〒108-0071 東京都港区白金台4-19-20 Barbizon白金台ビル MAP
電話:03-6456-2927
https://a-laube.com/
1984年生まれ、福岡県柳川市出身。高校卒業後に料理専門学校に入学し、在学中から『ホテル オークラ』に勤務、卒業後は同ホテルに就職し、5年間研鑽を積む。24歳で渡仏し、ビストロや星付きレストランで修業、帰国後に銀座『ロオジエ』などを経て、2014年に再びフランスへ渡り、パリの『Retaurant Sola』でスーシェフを務める。2017年に帰国後、恵比寿『Umi』のシェフやカフェの監修などを務める。
(supported by 新潟県)
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渋谷という街から、改めて発信する伝統工芸の価値。[Discover Japan Lab.(ディスカバー・ジャパン ラボ)/東京都渋谷区]
ディスカバージャパンラボ『DESIGNING OUT Vol.2』のプロダクトが、東京に登場。
地域に眠る魅力を掘り下げ、その価値を発信する『ONESTORY』と月刊誌『Discover Japan(ディスカバー・ジャパン)』。そんな同じ思いを持つ両者が手掛ける『DESIGNING OUT(デザイニング アウト)』は、日本に眠る伝統的なデザインに最先端のクリエイションを加え、新しいプロダクトとして開発、発信するプロジェクトです。
2019年10月、石川県輪島市を舞台に行われた『DINING OUT WAJIMA with LEXUS』の会場では、『DESIGNING OUT Vol.2』として、世界的建築家・隈研吾氏が手掛けた輪島塗の器が披露されました。
あの輪島の夜、ある人はうっとりと眺め、ある人は慈しむように手触りを確かめた美しい器。それがこの度、東京にやってきました。それも再開発に湧く渋谷の街に。
2019年11月にリニューアルオープンを果たした『渋谷PARCO』の1階、『Discover Japan Lab.(ディスカバー・ジャパン ラボ)』と名付けられたその店は、『DESIGNING OUT Vol.2』の器のみならず、日本の伝統工芸の美しさを追求するセレクトショップ。本誌の特集と連動して毎月の店頭商品も入れ替わる、まるで『Discover Japan』の誌面がそのまま形になったかのような店でした。
ディスカバージャパンラボ雑誌を編集するように、レイアウトされる店舗。
新生『渋谷PARCO』の正面玄関を入ってすぐ左手。施設の顔となるような位置に『Discover Japan Lab.』はあります。対面には誰もが知るハイブランドの店舗。しかし『Discover Japan Lab.』の店頭に並ぶ工芸品の数々は、どこにも負けぬ存在感を放ち、堂々と鎮座しています。
「日本のものづくりが、世界的に見ても素晴らしいものであることを、改めて伝える場」月刊誌『Discover Japan』の高橋俊宏編集長は、このラボの意味をそう話します。かつて最先端のカルチャーを生み出し、発信した『渋谷PARCO』という場所から、日本の伝統をもう一度送り出す。そこにこそ、日本のものづくりを見直すきっかけを見出したのです。
そんな店のオープニングのトップに『DESIGNING OUT Vol.2』を据えたのは、「隈さんは100以上ある輪島塗の工程をすべて読み込み、そのストーリーを6枚の皿で表現したのです。これにより現地の人も“輪島塗は途中でも使える”と気づいた。作家自身もそこに気づいた。変わり続ける宿命を持つ伝統工芸のなかで、その気付きを与えるストーリーを表現したのが、さすがは隈研吾さんという部分なのです」高橋編集長はそう話しました。この器は、「Discover Japan Lab.」と石川県輪島市にある「輪島塗会館」にて数量限定で販売します。
その他の商品も、もちろん伝えるだけではなく、どれも購入可能。「我々は雑誌を通して、作家について発信しています。しかし、ただ発信しているだけでは伝統はやがて先細りになってしまう。活動の出口の部分、作家の皆さんがやっていることを世に問う場としてこのラボがあるのです」高橋編集長の言葉には、日本の伝統工芸への誇りに満ちています。
ディスカバージャパンラボ遠い未来を思い描く、若き陶芸家の夢。
もちろん『DESIGNING OUT Vol.2』のほかにも、素晴らしい作品が並びます。オープンの11月にメインスペースを飾っていたのは、陶芸家・青木良太氏の作品でした。
青木氏は陶芸という分野のなかでも、とくに釉薬について研究を続ける作家。今まで世の中になかった色や質感。それを釉薬で表現する研究者でもあるのです。
「21世紀にしか作れないもの、千年、二千年後にこの時代の代表作といわれるものを作りたい」青木氏の夢は壮大です。そして周囲に何を言われようとも、青木氏は挑み続け、そして掴み取っているのです。
たとえば、金を使わずに出す金色。かつて青木氏が黒い釉薬を使っていると、偶然ちらりと金の粒が見えました。青木氏は細い糸をたどるように、その金色ですべてを覆うことを目指しました。試しては失敗することを繰り返しながら、気づけば15年。そうして完成した『ブリンブリン』シリーズは、世界で唯一の金を使わない金色の陶器です。
スワロフスキー・クリスタルを全面に焼き付けた器も、陶器の脚付きワイングラスも、世界で唯一。「陶芸の長い歴史のなか、すべてやりつくされているはずなのに、なお新しい表現ができる。これこそが陶芸の可能性なのです」青木氏はそう話しました。
他にも土鍋、曲げ木、ガラス、衣料品など、日常に寄り添いながら新たな価値を伝える工芸品がいろいろ。若者たちが行き交う渋谷という街から、改めて見つめる伝統工芸。その世代に何かを伝えることができれば、それがこのラボが存在した意味となるのでしょう。
住所:東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷PARCO 1F MAP
電話:03-6455-2380
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あったかグッズ!!
皆さんこんにちは
クリスマスシーズンと言うことでキャラ工房も
クリスマスの飾りでとても明るくなっています
今回はキャラ工房からキャラでは新商品の
あったかグッズを紹介したいと思います
じゃ--------ん
こんなにあたたかい商品達が入荷しました
ブランケット 各¥3,300(税込)
フットインクッション 左¥2,530 真ん中・右¥2,970
左 2wayブランケット¥3,300(税込) 右 スカートブランケット4,180(税込)
この商品は膝掛けとしても使えて機能性も抜群
この季節、プレゼントにもとても人気な商品です
雑貨館とキャラ工房にて取り扱っていますので
ご来店の際は是非見てみて下さいね
東洋文化研究家 アレックス・カー インタビュー~南会津秋ツアーを終えて[NEW GENERATION HOPPING MINAMI AIZU/福島県南会津郡]
ニュージェネレーションホッピング南会津風土に溶け込んだ「小塩の神楽」のよさ。
自然の恩恵も、厳しさも知る人々が暮らす南会津には、移りゆく時代を越えてきた古い街並みが今に受け継がれています。そこで山々が色づく秋、東洋文化研究家のアレックス・カー氏やツアー参加者の皆さんと共に、日本の原風景を彷徨うかのようにこのエリアを歩きました。2019年11月に開催された、「アレックス・カーと巡る南会津秋のツアー」にて1泊2日の行程を終えたアレックス氏は何を思うのでしょう?
「ツアー初日に訪れた『大桃の舞台』の神楽は素晴らしかったですね。村の方々が座って神楽を見ているなか、そこにお邪魔するように入っていって。全国に神楽はあって、なかには完全に儀式化してしまったものもありますが、『小塩の神楽』は農村舞台の演目らしく風土に溶け込んでいました。ユーモアや遊びがあって、囃子方と観客のやりとりもあって、みな笑っている。客席にいた彼らもまた、神楽の一部だったと思います。舞台が3層構造になっているのも素晴らしい。僕はあちこちの農村舞台を見てきたけど、こんな造りの農村舞台は日本にひとつしか現存していないかもしれない。建具も入れられるようになっているし、歌舞伎で場面を替える時など、いろんな場面で活用されたんでしょうね」
【関連記事】NEW GENERATION HOPPING MINAMI AIZU/東洋文化研究家アレックス・カーと巡る南会津秋のツアー・レポート
ニュージェネレーションホッピング南会津南会津の茅葺屋根に見る彫刻的な美しさ。
さらにアレックス氏が気になったのは、「大桃の舞台」の屋根の形。南会津の茅葺は冬場の豪雪に耐え、断熱材としての機能を果たす一方で、梅雨時や夏場は湿気で木を傷めないよう通気性が保たれています。そのため分厚くなった萱の庇部分を切って、屋根全体の形を整えているところが「彫刻っぽい」と言うのです。こういった立体感のある茅葺は、イギリスにもよく見られるそうで、遠く離れたイギリスと南会津にどのような接点があっては似るに至ったのか、その背景に想いを巡らせずにはいられません。離れた土地の共通点を建物に見る発見はもうひとつありました。それは、大内宿に行く前、人気蕎麦店の『三澤屋』のご主人・只浦氏が手掛ける貴重な古材の倉庫を見せていただいていた時のこと。山と積まれた弁柄色の瓦を見たアレックス氏が、「佐渡の瓦と似ているなあ」とつぶやいたのですが、それを聞き逃さなかった只浦氏が、「その昔、会津藩は佐渡を治めていましたから」とおっしゃったのです。
「あれは僕も嬉しくなっちゃってね。もともと瓦が好きで、『DINING OUT』で佐渡に行った時に独特の色や釉薬が特徴的だなと思って覚えていたんです。でも、まさかルーツが同じとは思いませんでした。会津藩というと当時の超エリート藩で、財政が潤っていただろうから、立派な茅葺屋根のお宅がたくさん残っているのも、その辺りと関係あるのかもしれないね。そうそう、今回は『大内宿』と『前沢曲家集落』の2カ所を見たけれど、大内宿は街道沿いに整然と家が並んでいて、前沢は普通の農村だから家が点在していて。それが一層、おとぎ話のなかの隠れ里といった雰囲気でしたね。ああいう村は日本のあちこちにあるんだけど、あれだけキレイに保存されているところは少ない。とても貴重だと思います。理想郷ですよ」
魅力的な茅葺といえば、2日目の午前中に立ち寄った「南泉寺」も夢のような空間でした。田んぼのなかにひっそり佇むお寺には苔蒸した石灯籠と立派な枝垂れ桜。そして、茅葺の楼門――。そこには美しき日本の残像がありました。
「『南泉寺』はたまたま走行中のクルマから見つけたんだけど、最初に見たときの嬉しさはずっと忘れない。『南泉寺』も『前沢』もそうだけど、普通の農村のなかにぽつりと残ったああいう雰囲気の場所が好きですね」
ニュージェネレーションホッピング南会津美しき日本の残像を未来に受け継ぐために――
「しかし、今回のツアーで回ったような場所は全国的に少なくなってきました。畦道のなかにガードレールを立てたり、看板だらけにしちゃったり、公共工事が景観を損ねていってしまって。とはいえ、今回の大内宿の賑わいをみて、美しい田舎には世界的ニーズがあるんだなとつくづく思いました。『観光客なんて来る訳ない』『田舎は交通が不便だから』はいい訳でしかない。せっかく南会津には観光資源になる茅葺の古民家がたくさんあるのですから、そちらを整備して、大内宿にくる観光客を分散させてはどうかと思います。大内宿は今後、入村料をとってもいいし、予約制にしてもいい。(合掌造りで有名な岐阜の)白川郷では秋のライトアップシーズンは予約制を取り入れたそうです。そろそろ、日本の観光はそういうことを考えていかないといけないね。それで、入村料はうんと高くすればいい。たとえそれで観光客が10分の1に減ったとしても、入村料を500円から5000円にすれば全体の売り上げは変わりません。そうすると、お金を持っている人しか観光できないことになってしまうので、学生は無料にするとか、抽選枠を設けてもいい」
打てる手はたくさんあるとアレックス氏。その根底には、貴重な建物は不可逆で、一度壊して古材を廃棄してしまえば、もう元には戻せないという切実な想いがありました。
「大内宿は大型ツーリズムの見学スタイルですが、前沢はこじんまりしているので、滞在型の観光スタイルを作るのもいいですね。宿泊施設を1,2軒作って、あとはアーティストレジデンスやアトリエにしてもらったらどうだろう? 観光客はゆったりと散策ができるし、そのなかでアーティストのアトリエに出入り出来たら楽しいよ。宿泊費に料理と地元に落ちる金額も大きくなりますし。経営する側にしても、旧来の日本の旅館のように上げ膳据え膳ではなく一棟貸しにすれば、スタッフを常駐させる必要もない。鍵を渡して設備の説明をしたら、あとは鍵を返すまで自由。食事は地元で買った食材をキッチンで調理するか、ケータリングを利用すれば無理がない。1日目の『南山荘』のディナーのように、予約制でシェフを呼ぶツアーも喜ばれるでしょう。『大桃の舞台』がある集落だって、ちょっと手を入れて何軒かを茅葺に戻せば、一気に元気になると思いますけどね。何も全てを茅葺にする必要はなくて、色や材木をある程度揃えれば、それだけで統一感は生まれると思います。それこそ、只浦さんが集めたツガやクリなどの古材を使った現代的な意匠の家があってもいい。そうしたら、僕が真っ先に泊まってみたいですね(笑)」
1952年アメリカで生まれ、1964年に初来日。イエール、オックスフォード両大学で日本学と中国学を専攻。1973年に徳島県東祖谷で茅葺き屋根の民家(屋号=ちいおり)を購入し、その後茅の葺き替え等を通して、地域の活性化に取り組む。1977年から京都府亀岡市に在住し、ちいおり有限会社を設立。執筆、講演、コンサルティング等を開始。1993年、著書『美しき日本の残像』(新潮社刊)が外国人初の新潮学芸賞を受賞。2005年に徳島県三好市祖谷でNPO法人ちいおりトラストを共同で設立。2014年『ニッポン景観論』(集英社)を執筆。現在は、全国各地で地域活性化のコンサルティングを行っている。
東洋文化研究家アレックス・カーと巡る南会津秋のツアー・レポート[NEW GENERATION HOPPING MINAMI AIZU/福島県南会津郡]
ニュージェネレーションホッピング南会津秋色の山に憩い、農村舞台で古人を思う。
自然と共存してきた古人の暮らしの面影を今に残す南会津。『ONESTORY』では時間をかけて、その魅力をお伝えしてきました。そして、今年は地元を知りつくした識者や写真家の小林紀晴氏と共に、南会津をより深く体感できるツアーを実施。第3回目となるツアーのナビゲーターは東洋文化研究家のアレックス・カーさんです。建物の細部を見るおもしろさ、集落全体の成り立ちをみるおもしろさなど、全国を旅してきたアレックスさんならではの視点に、このエリアの素晴らしさがより沁みるツアーとなりました。
浅草から特急「リバティ会津」に乗り、乗り換えなしで3時間。会津田島に降り立った一行は、バスに乗りこみました。折しも南会津をぐるりと囲む山の木々が赤や黄色に染まり始めた頃。この辺りの木は杉などの針葉樹が少なく、トチやクリ、ブナにナラといった落葉樹が占めています。車窓から見る景色に「この辺りの山はふんわりとした優しい形ですね」とアレックスさん。最初の目的地・会津田島祇園会館で「つゆじ」や「にしんの山椒漬け」など郷土料理のバイキングをいただき、旧伊南小学校へ向かいました。ここには県の天然記念物に指定された高さ35メートルを超える「古町の大イチョウ」があるのです。幹回りは10メートル以上あるでしょうか。見上げれば、ライムグリーンの葉と黄色く色付いた葉が重なり、幾本もの垂乳根がぶらさがっています。その姿は神々しくすらあり、古くは「乳の神」として地元住民に信仰されていたそうです。
バスを降り、駒嶽神社の境内にある農村舞台「大桃の舞台」に近づくと、太鼓や笛、鉦の音が。それに合わせ、獅子舞が舞台上を縦横無尽に舞います。次にほっかむりをした囃子方に合わせ、ひょっとこが登場。実はこれ、我々の到着に合わせた「小塩の神楽」の保存会の方々の粋な計らい。ひょっとこがユーモラスな動きをするたびに、神楽を見ようと集まった村の方々と我々一行がひとつになり、心の底から笑いました。高冷地にある南会津では、その昔、たびたび飢饉に見舞われたと言います。生きるには苦難の連続であったであろう時も、笑いで人心を軽くしたのがこの舞台上で行われた演芸だったのでは――?そんな考えが頭をよぎりました。分厚く、どっしりした茅葺屋根も、3段構えの立派な舞台も、村の方々の精神的支柱だったに違いありません。
【関連記事】NEW GENERATION HOPPING MINAMI AIZU/東洋文化研究家 アレックス・カー インタビュー~南会津秋ツアーを終えて
ニュージェネレーションホッピング南会津おとぎ話から飛び出て来たような曲家の集落。
次に向かったのは「前沢曲家集落」です。最初に集落の向かいに設えられた展望台まであがり、「隠れ里」の名に相応しい長閑な光景に見惚れました。エメラルド色の舘岩川を渡ると、ゆったりと水車が回り、バッタリ小屋からは杵の音がします。ちなみに「曲家」とは居住スペースたる母屋と馬屋が一体になったL字型の住居のこと。集落内にある23棟のうち13棟はこの造りになっており、全体の調和が取れています。この街並みを維持するためには、住民同士の協力意識が不可欠でしょう。そんなことを思いながら歩いていると、県内から移住してきたという『えねいとうふ豆』のご主人に出会いました。「豪雪地帯なので冬は薪ストーブがかかせませんが、こちらにきてから夏場にクーラーをかけたことはありません。萱の水分で家の中が涼しいものですから」。かわいらしい姉妹の笑顔からも、集落の暮らしの豊かさが伝わってくるようでした。
ニュージェネレーションホッピング南会津囲炉裏のある古民家で、地元食材に舌鼓。
お楽しみのディナーの開催地は、100年以上前に造られた古民家。実はここ、現在は使用されていないのですが、昔ながらの曲屋で食事ができるよう会津若松のオーガニックカフェ『Baku table』(現在、休業中)からこの日のために、シェフの夢実さんが来て下さったのです。地元野菜や地元食材をふんだんに使ったコースは、先ほどの「えねいとうふ」や栗かぼちゃのサモサ、里芋の一種・会津土垂(会津の伝統野菜)の胡麻味噌あえなど6種を盛り込んだプレートから始まりました。
会津酒造の酒「ロ万」や北海道タキザワワイナリーの白など、料理に合うお酒も6種ほど用意されており、選ぶ楽しさもひとしお。メインは会津地鶏のグリル。噛みしめる度、締まった筋繊維から凝縮された旨みが迸りました。お腹が膨れた所で囲炉裏を囲み、じっくり炭火で焼いた「玄米しんごろう」をいただきます。本来の「しんごろう」は、うるち米を半つきにして串にさし、すりつぶしたエゴマと味噌、砂糖を合わせた「じゅうねん味噌」を塗って焼いたものですが、「今回はうるち米の代わりに玄米を使いました」と夢実さん。一同、香ばしくも優しい一品を堪能しました。ちなみに、会津地方ではエゴマを食べると「10年長生きする」と言われていることから、エゴマを「じゅうねん」と呼ぶそうです。
ニュージェネレーションホッピング・南会津南泉寺、湯野上温泉駅、大内宿で萱の魅力を再発見。
翌日、アレックスさんがこの地をリサーチしていた時、たまたま見つけたという「南泉寺」を訪れました。周囲を山に囲まれた田園風景のなかに佇むのは茅葺の楼門。赤い実をつけたオンコの生け垣が参道を彩り、その奥には立派なしだれ桜が鎮座しています。手入れの行き届いた古い佇まいに、地元の方々の信仰心を見る思いでした。昼前、湯野上温泉駅に到着しました。
辺りは大川峡谷に湧く閑静な温泉場ですが、この日の目的は駅舎。なんと、ここの駅舎は茅葺屋根に漆喰の壁で、構内に囲炉裏と足湯があるのです。去りゆく列車を見送り、大内宿へ。江戸時代の宿場の街並みを今に残すこの集落は、江戸初期に設けられたもの。明治に入り、日光街道の開通によって一時的に寂れましたが、それゆえに昔ながらの佇まいを今に残すに至ったのです。3層になった分厚い茅葺の屋根、切り妻造り……趣のある建物はそれぞれ食事処や土産物屋になっていて、歩いて回るのにちょうどいい規模感です。
よく動いたところで『三澤屋』に立ち寄り、ちょっぴり辛みのある大根おろしがたっぷり入った「高遠そば」をいただきました。ここの蕎麦は箸がわりに葱でたぐるのも特徴です。朝から三カ所で目にした茅葺。郷愁を誘うビジュアルと機能性から、「現在、ヨーロッパではエコ建材として萱が注目されているんですよ」とアレックスさん。はからずも今回のツアーは、温故知新の旅となりました。
1952年アメリカで生まれ、1964年に初来日。イエール、オックスフォード両大学で日本学と中国学を専攻。1973年に徳島県東祖谷で茅葺き屋根の民家(屋号=ちいおり)を購入し、その後茅の葺き替え等を通して、地域の活性化に取り組む。1977年から京都府亀岡市に在住し、ちいおり有限会社を設立。執筆、講演、コンサルティング等を開始。1993年、著書『美しき日本の残像』(新潮社刊)が外国人初の新潮学芸賞を受賞。2005年に徳島県三好市祖谷でNPO法人ちいおりトラストを共同で設立。2014年『ニッポン景観論』(集英社)を執筆。現在は、全国各地で地域活性化のコンサルティングを行っている。
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時間に対する独特の捉え方が豊かさをもたらす。[DINING OUT WAJIMA with LEXUS/石川県輪島市]
ダイニングアウト輪島かつてない豪華メンバーで繰り広げられた17回目の『DINING OUT』を振り返る。
2019年10月に石川県輪島市で開催された『DINING OUT WAJIMA with LEXUS』。かつてない豪華メンバーで繰り広げられた二夜限りのプレミアムな野外レストランは大成功のうちに幕を降ろし、翌日に5名の関係者が会し、今回のイベントを振り返りました。
大類:通常の『DINING OUT』のプランニングではその地域に眠っている魅力の発掘作業に一番時間がかかってたんですが、輪島の場合、一級の資産がたくさんある。輪島で開催するのに、漆文化 は必然として横軸に持ってきた時に、縦軸にたくさんある魅力の何をもってく ると輪島の表現として成立するのか ? インビジブルな魅力も含めた輪島の魅力を伝えきるには、表現側にも才能のバ リエーションが必要でした。シェフも2人、ホストも2人にお願いし、器作りにも隈 研吾さんに入っていただいたのは、そういう理由からです。
中村:輪島塗と土地そのものという2つの魅力があり、何度も訪れることで感じたのが時間的な感覚が違うということ。輪島塗は経年変化で落ち着いた色へ変わっていくだけでなく、直すこともできるので長く愛用することができる。あと、なれずしに代表される発酵文化が根付いていて、何年も米糠に漬け込んでつくられるものもある。この時間的な感覚を共有できればいいのではと考えました。
岡澤:輪島塗は創りあげるのにも相当な時間を費やし職人の手で完成させます。この職人、匠の感性というのはレクサスも大事にしている部分。匠の手や目で確認し、やり直しをすることもあります。
大類:最後は職人が決めるというのは、LEXUSが日本のブランドであることの最も象徴的な部分かもしれませんね。
岡澤:LEXUSの匠の技術の中でも、個人的に最も好きなのが塗装です。何層も重ねた塗装は深みがあり、朝と昼、夜と時間の移ろいによって表情がまったく違うものへ変化します。輪島には、静かにゆっくりと〝輪島時間〞が流れています。不便だからこそ残っているも のが多くあり、日本昔話の世界に入り込んだような感覚を味わえました。
清野:輪島は陸の孤島のようなところがあるから、あれだけ深い文化が残っています。歴史学者の網野善彦さんが紹介した「逆さ地図」では、下に朝鮮半島と中国大陸が、上に日本列島があって、間に日本海が広がっています。この地図のど真ん中にあるのが能登なんです。日本海側は裏日本なんて呼ばれますが、実は世界の中心だったんだという発想が面白い。それが能登に凝縮されていて、興味が尽きない土地です。
坂口:私は職場まで30分のところに住んでいて、皆さんがおっしゃるように時々プレゼントのような美しい景色を見ることがあります。ディナー会場になった金蔵集落は、確かに寺や棚田があっていい感じなのですが、地元の人間としては嬉しいですね。
清野:何気ない日常の中で、あっと驚く美しい風景があるのは一番の宝物なのかな。金蔵集落は本当にそういう場所なのだと感じました。
中村:シェフを2人起用して、面白かったのは植木シェフがいろいろな要素をレイヤードして一つの味に組み立てる西洋料理で見られる手法だったのに対して、アメリカ人のジョシュアシェフは味のイメージをピンポイントに絞っていくという手法だったこと。
大類:バックグラウンドが異なる人のシェフでできたのは結果的に成功でした。全く能登を知らない、より外部視点のジョシュアシェフと、自分なりの発想で能登の食材を普段から使っている植木シェフが、輪島を背負って1つのコース料理に挑んだことで面白いバランスを生んだ。 ラグビー日本代表チームって、外国人も多いけど、全員で日の丸背負って、同じ目的に向かってますよね。そんな感覚とダブりました。もっと地域創生の現場に、積極的に海外の人の感覚を取り入れたい。その土地を背負う覚悟があることが唯一の必要な素養なんだと。
【関連記事】DINING OUT WAJIMA with LEXUS
ダイニングアウト輪島伝統工芸が生き残るには、 フレキシブルな対応も重要。
岡澤:外からの視点というと器をプロデュースしたのが建築家の隈 健吾さん。輪島塗も後継者不足などの課題を抱えていて、隈さんみたいな外の人が入ることで生じた刺激や気付きってとても大きなこと。輪島塗の工程を見せるという発想がユニークでした。
大類:すごく面白いのですが、いままでの輪島塗では絶対に出してはいけないものだったんですよ。
坂口:国の重要無形文化財で工程が細かく決まっているので、輪島漆器商工業協同組合としては守りたいんですよ。工程の途中のものを器にしてしまったら、分業制なので後の人たちの仕事もなくなってしまいます。
岡澤:厳密に決まっている定義を崩したことは、職人にとっても大きな一歩 だったと思います。『DINING OUT』は料理だけでなく、伝統工芸に対しても大きな刺激を与えることができたのではないでしょうか。
清野:伝統工芸は伝統技術を積み上げていく方法と、前衛的な方向に一気に飛ぶ方法があって、後者の革新を起こしたいというときに間違えることが多い。そこを隈さんにやっていただいたことで、一つのジャンルができたのではないでしょうか。輪島塗の工程をさらけ出すというのも、隈さんのような 人でないとできなかったと思います。
中村:輪島塗は地元の珪藻土からできる地の粉を漆に混ぜて下地塗をしていくのですが、最初に出てきた器は木の器で一切塗られていないものでした。
坂口:組合としても、これでは輪島塗といえないジレンマがあったみたいで す。最終的に過程も含めて皆さんに見ていただいて、それらを含めて輪島塗とすることに落ち着いたようです。
大類:組合としての判断も当然あるかと思いますが、『DINING OUT』の中で、今までにない発想で開発した器が、あの価格で売れたということが大事だと思うんです。輪島塗に関わる人達に対して、強いメッセージになったのではないかと思います。
ダイニングアウト輪島いまも残る振り売りは、 最先端の暮らし方の象徴。
清野:私は輪島のゆべしというお菓子が大好きで、1カ月以上スライスしながら大事にいただきます。なぜ 1カ月以上も保存できるのかというと、昔の輪島塗の行商人が行商する際に持ち歩くための食べ物だったからです。
岡澤:輪島塗も長い間使っていくものなので、時間の受け止め方が独特。金蔵集落全体が『DINING OUT』の舞台でしたが、本当に時間が流れているのを忘れることがありました。
大類:今回初の試みなんですが、翌日のツアーのホストをアレックス・カーさんにお願いしました。そのツアーに参加すると、リヤカーで魚や干物、野菜などを振り売りするおばちゃんに会えるんです。地域の皆さんは普通にそこで買い物をしています。
坂口:この時代に本当って思うでしょ。でも、皆さん担当しているエリアがあって、きちんと機能しています。
清野:昔は東京の総武線でも、野菜を積んだ籠を背負って千葉から運んでいた おばちゃんを見かけましたね。
大類:初めて見たときは、なんて豊かな暮らしなんだと衝撃でした。観光のための振り売りではなく、日常の中に暮らしを担うピースとして機能していることがすごいと思いました。
中村:集落は離れているし、移動も大変だから便利なんですね。でも振り売りが便利という捉え方が面白い。
清野:高齢化や人口減でスーパーも少なくなっているから、1周回って先端にいる感じがします。
大類:個人情報保護が当然の世の中ですが、振り売りのおばちゃんは、長い信頼関係の中で、お客さんの家族の好みまで分かったうえで、つまり個人情報を知り尽くした上で対面販売してる。一周回って、本当に先端の暮らし方です。横軸の漆文化や輪島塗に対する縦軸として、振り売りは、どうしても入れたかった文化的行為だったんです。
ダイニングアウト輪島能登半島は日本のノルウェー。自然を壊さないツーリングデザイン。
中村:僕は、ノルウェーの親善大使を5年やっていて、能登半島の風景を見ていて、ああノルウェーとよく似ているなと思いました。ノルウェーでは、いかにヨーロッパの中で観光客を誘致するかというのが大きな課題だったのですが、何も無かったんです。でも、何もないのが武器だ、何もないなら、観光をデザイン戦略しようという計画が90年代から始まりました。そこで「ナショナルツーリストルート」という道々、橋、それから堤防、それから観光スポット、千枚田にもあるような場所を全部デザイナー達にコンペしました。その時のコンセプトがいかに自然と観光客が近付けるか。その試みは大成功でした。幟やガードレールを作らない自然と一体化した道路をデザインするのは、ノルウェーと気候風土の似ている輪島にもおすすめしたいです。
岡澤:道のデザイン、自然と人がいかに一体となって感じられるかという発想はすごい大事ですよね。能登って車でないといけない場所がいっぱいあって、更にちょっと車を停めて歩くスピードで感じてほしい場所もたくさんありました。車で味わう風景、歩くスピードで味わう風景、そこの全部含めてデザインされて、もっと能登の奥まで体験できるとすごく素敵だなと思いました。今回の会場「金蔵」もなかなか普通の観光客の方は行かないと思うんです。
大類:観光地では無いですからね、田んぼですから、住所も細かくは無いのでナビでも出て来ない場所でした。
清野:実は金蔵には去年の夏アレックスさんと取材に来たんです。地元の人から教えてもらって立ち寄ったらあまりに美しいので彼の頭の中にバーっとインプットされたんです。そういう出会い方がいいと思うのです。世の中にいろいろ発信されている情報から自分が見つけるんじゃなくて、身近な友だちから教えてもらったり、信頼する人から教えてもらった、そうすれば自分もそこを大事にしようと思いますよね。そういったコミュニケーションってメディア、広告の非常に大きな課題になっていると思います。
大類:おっしゃる通りです。いま「人伝(ひとづて)」というところに結局戻ってきてますね。友人から紹介されたこととか、価値観が合う人から勧められたのが、いちばん行きたくなるっていう、その情報価値が一番高いですね。
ダイニングアウト輪島次の『DESIGNING OUT』は露天トイレ!? 本質的な地域創生のアイディア。
坂口:「DINING OUT」でいちばん気になったのはトイレだったんですよ。まさかあの普通の仮設みたいなものでは無いですよね?と。せっかくのプレミアムなレストランで、全部台無しになってしまう。しかしとても快適で、3回使わせていただきました笑
清野:トイレにも「用足し時の消音装置」がしっかり設置されていて感動しました。ここまでやるかって。でもまだまだ改良の余地はありそうですよね。隈研吾さんがスノーピークと作ったトレーラーハウス、一昨年に隈さんが持ってる神楽坂の土地でしばらく期間限定でビストロをやってらしたんですよ。トイレはどうするのかと思ったら、敷地にすごくきれいなお手洗いもつくっていて。トレーラーハウスの可能性っていうのをトイレによって感じることができたんですね。例えば『DESIGNING OUT」でトイレをつくるとか、すごい話題になると思いますよ。
大類:野外レストランで、トイレは昔から難題でした。なるほど、オリジナルで作っちゃうのは良いですね。素敵なアイディアです。
中村:フィリップ・スタルクがデザインしたトイレっていうのがありましたね。それはビルの男性用トイレが、全部ガラス張りになっていて、ビルから街に向かって用を足すっていうデザイン。
岡澤:他にも、建築家の藤本壮介さんが、自然の中で用を足す解放感みたいなトイレを作られていましたね。敷地が広く、庭の真ん中にあってガラス張りのトイレでした。
清野:もう露天風呂の時代じゃない! 露天トイレの時代だ!(笑)
大類:露天トイレ面白い!輪能登半島のいたる所に、様々なデザイナーがデザインした「露天トイレ」をつくるプロジェクトとか良いかも。景観は絶対崩さないように、自然と一体化させて。トライアスロンとか、サイクリングの人とかそのトイレ目当てで来る人も増える。
中村:まさに、「ツーリストルート」をデザインするプロジェクト。トイレがある場所がわかっていれば、ドライブしていても安心。ルートとしてはとても重要ですね。
清野:色々な地域を訪れる中で、田舎のトイレのデザインが残念なことは多いですからね。
大類:景観を崩さないトイレを作るプロジェクト、本気で考えます。
坂口:色々なアイディアをありがとうございます。トイレで締めるのもなんですから(笑)今回の『DINING OUT」は民間主導でやれた事が本当に良かったです。行政主導でやっても地元の方々はなかなかモチベーションがあがらない事も多いので。昨日、地元の方々と話している時に、「坂口さん、輪島を5年以内にバスク地方みたいな食の街にするんです!視察行きましょう!」と、早速盛り上がっていました。今後必ず、輪島の力になる芽が出たはずです。
1999年、トヨタ自動車入社。調査部にて自動車市場分析、将来予測シナリオ策定を担当。2014年より現職。レクサスのグローバルブランド戦略や、デザイン関連などの体験型マーケティング施策にかかわる。
輪島市生まれ。民間 会社を経て輪島市役所 に。都市整備課長、企画課長、交流政策部長を経て、2013年に輪島市副市長に就任。この間、能登空港、街並みづくりなどのプロジェクトや観光交流政策などを担当。
慶應義塾大学大学院修了。ケンブリッジ大学客員研究員。出版社勤務を経て、92年にフリーランスに転じる。 国内外の都市再生、デザイン、ビジネス、ライフスタイルを取材する 一方で、時代の先端を行く各界の人物記事に力を注ぐ。
ファッションやカルチャーやグルメ、旅やホテルなどラグジュアリー・ライフをテーマに、雑誌や新聞、TVにて活躍中。2013年からは、世界のレストランの人気ランキングを決める「世界ベストレストラン50」の日本評議委員長も務める。
1993年博報堂入社。2012年に新事業としてダイニングアウトをスタート。16年4月に設立された、地域の価値創造を実現する会社『ONESTORY』の代表取締役社長。