年齢も経歴もバラバラ。そんな津軽の“ONE TEAM”が醸す、今注目のシードル&ワインとは?[TSUGARU Le Bon Marché・GARUTSU/青森県弘前市]

弘前市代官町の醸造所を訪れた日は、ちょうどシードル造りの真っ最中。日々果汁の比重を測定し、発酵の進み具合を管理する。

津軽ボンマルシェここはりんご畑の中にあらず。街の中心地、気軽に通えるシードル醸造所。

日本一のりんご生産量を誇る青森県弘前市。りんごから造られるシードルもまた、弘前市と深い関係がある飲みものです。昭和28年、弘前の酒造メーカーの代表が欧州へ視察訪問、帰国後の翌年にシードル製造会社を設立し、昭和31年に発売されたのが日本で最初のシードルだったとか。平成26年には弘前市が「ハウスワイン・シードル特区」となり、現在では“シードルの街” として、大小さまざまなメーカーが独自の味を追求しています。市の郊外に広がるりんご畑周辺には、以前「津軽ボンマルシェ」で紹介した「弘前シードル工房kimori」など多くの醸造所が。そんな折、2017年に登場し注目を集めたのが『GARUTSU代官町醸造所』でした。

こちらのコンセプトはずばり“街なかの醸造所”。ほとんどの醸造所が郊外のりんご畑に近い場所に位置する中、『GARUTSU』がある代官町はJR弘前駅からも近い街の中心地。しかも近所には『bambooforest』や『green』といったこじゃれたセレクトショップが並ぶ、感度の高い情報発信地的エリアです。「これまでシードルは、造る場所と飲める場所が離れていたんです。街中に醸造所を作って出来立てのシードルを提供し、地元の人にも観光客の方々にも、シードルをもっと身近に感じてほしいという考えが発端でした」と語るのは、醸造責任者の白戸孝幸氏。「それにここ数年、東京近郊では料理とシードルを合わせる人が増えている。一方、産地である津軽には、料理とのマリアージュを楽しめたり色々な種類のシードルを飲めたりする店がまだなかったんです」と続けます。

工房の入り口はカウンターのあるカフェレストラン。メニューには、シードルとの相性を考えた料理が並びます。そして特筆すべきはドリンクメニュー。店のいちおし、店内奥の醸造所で造った自家製「樽生シードル」は、出来立てならではのフレッシュな味わいが楽しめます。さらに『GARUTSU』オリジナルのシードルやアップルワインを常時数種類揃えるほか、津軽をはじめ県内の主要メーカーの銘柄もずらり。ここへ来れば、今の青森の人気シードルを網羅することができるのです。シードル好きにとって、なんとたまらない場所ではありませんか!

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JR弘前駅から徒歩10分ほど。代官町の一角にある『白神ワイナリー Cider Room GARUTSU』の店の奥に、シードル醸造所がある。この2月にリニューアル、店名も新たに営業をスタートする。

「うちの商品だけでなく、シードル自体に興味を持ってもらえる場にしたい」と白戸氏。レストラン店内から醸造所内が見える設計に。

レストランでは、シードルの食中酒としてのポテンシャルを感じられるメニューを提供。写真は五所川原市産の馬肉を100%使用した「桜ハンバーグ」。自社醸造酒の飲み比べセットも人気だ。

『GARUTSU』が手掛けるさまざまなタイプの酒。酒好きでも満足できる味にと、ドライで強炭酸、飲みごたえのあるタイプが揃う。(ラベルデザインは2019年12月の取材時のもの)

津軽ボンマルシェ日本初! 世界遺産の地で醸すシードル&ワインへの挑戦。

レストランからガラス越しに覗くことができる『GARUTSU代官町醸造所』内には、大きなタンクがふたつ。「9月から2月頃までがシードルの醸造期間。近隣の契約農家から、傷が付いたり色ムラがあったりする規格外の食用りんごが届きます」と語るのは、醸造と料理監修を担う今祥平氏です。「こちらの醸造所ではレストランで提供する樽生シードルのほか、よくビールに使われるエール酵母を使用した限定シードルなどを造っています。製造量は年間3000ℓほど。西目屋の方は、それよりさらに増やしていく予定です」と白戸氏。

西目屋村といえば市の中心地から車で20分ほど、世界遺産・白神山地の入口として知られる地区。実は昨年11月、この地に『GARUTSU』2ヵ所目となる醸造所『白神ワイナリー』が誕生しました。“街中”がコンセプトの代官町と違い、こちらの売りは西目屋産のりんごと白神山地で採取された酵母で造る地域密着型シードル。さらに施設名通り、西目屋産のぶどうからワインの醸造も行います。代官町で醸造を始めてからわずか2年での大幅な事業拡大。それを後押ししたのは、地元の人々のサポートに他なりません。「私たちのチームは、何より青森のことが好き。醸造所の増設に辺り、もっとたくさんの地元の方々に私たちのことを知ってもらいたいと考えました。最初にクラウドファンディングのアイデアを提案したのは取締役の相内英之。地元の人を巻き込もう! とプロジェクトが始まりました」。そう話す久保茜さんは、『GARUTSU』でブランディングや広報を務めるスタッフ。久保さんを中心に立ち上げたワイナリー新設のためのクラウドファンディングは県内で大きな反響を呼び、4週間で110万円を集めました。

『白神ワイナリー』があるのは、西目屋村のランドマーク『道の駅 津軽白神』内。代官町の醸造所の倍以上あるスペースには1000ℓの果汁が入る大型タンクが並び、道の駅の店内から醸造中の様子を見られるようになっています。オープンから2ヵ月後の今年1月には、初リリースとなる「しらかみピュアシードル」を発売。現在もタンクはフル稼働。今後、随時さまざまな商品を発売していく予定です。

『道の駅 津軽白神』の一角、イートインのカウンター席の向こうに、1000ℓ用タンク2本、500ℓ用タンク2本、さらに500ℓ用のプラスチック製容器2個が揃うワイナリーが。

日本で初めて誕生した、道の駅内にあるワイナリー。白戸氏曰く「世界遺産に登録された場所で造るお酒としても、おそらく日本初でしょう」。

80箱分のりんごの圧搾が終わった後に、大量の搾りかすが残された。これらは自社のぶどう農園のたい肥として活用する。

昨年リニューアルオープンした『道の駅 津軽白神』。店内の売店では、もちろん『GARUTSU』のシードルが販売されている。(ラベルデザインは2019年12月の取材時のもの)

白神山地目当ての観光客が立ち寄る観光スポットでもある。入口でポーズを取って写り込んでいるのは取締役の相内氏。「自分より、現場を動かすスタッフたちを一番に取り上げてほしい」との希望付きの取材だった。

津軽ボンマルシェメンバーの多様さ=GARUTSUらしさ!? 運命共同体のチーム。

『GARUTSU』の誕生には多くの人が関わっています。始まりは、弘前出身・東京在住で飲食店経営などを手掛けるオーナー・笹島雅彦氏の「地元・弘前で地域ならではの酒文化を発信したい」という想いでした。設立にあたりスタッフとして声を掛けられたのが、以前からの知人であり、現在取締役を務める相内秀之氏。オープン時には、都内初のワイナリーとして話題を呼んだ『東京ワイナリー』で指導を受けたほか、日本全国20ヵ所以上のワイナリーを巡り、醸造の知識を深めたそう。白戸氏と今氏、久保さんは相内氏に誘われ、昨年から入社。現在は相内氏を中心とした津軽在住メンバー6名で『GARUTSU』の運営を行いますが、実はほとんどのメンバーが醸造に関わるのはこれが初めてなのだとか。

例えば白戸氏は寿司職人歴25年の元料理人。小学校からの同級生という相内氏との縁がきっかけでチーム入りを決めたそう。「お酒も好きだし、話を聞いたとき、なんだかわくわくしたんです。新しいことに取り組むのはやっぱり楽しいですよ。43年生きてきて、まさかの展開ですが(笑)」と笑います。一方の今氏も、居酒屋やカフェ、イタリア料理店などさまざまな業態に10年以上携わってきた飲食業経験者。料理のほかワインやコーヒーの知識もあるため、醸造のかたわらレストランのメニューを監修、スタッフの育成も担当します。ほかのメンバーが弘前出身者なのに対し、久保さんは群馬県出身。弘前大学に進学後に津軽の魅力に開眼、首都圏で数年営業の仕事をしたのち、再び弘前へ戻ることを決意したという“津軽愛”あふれる20代です。

取材当初に感じたのは、登場人物の多さとスタッフの経歴の多彩さを記事の中でどうまとめるか……という悩み。しかし話を聞き進めるうち、それこそが『GARUSTU』らしさなのだと気付きました。「うちは何か決めるとき、大抵全員で話合いをします。経験者の集まりではない分、誰かがいないとできない仕事や職人じゃないとできない仕事を目指すのではなく、みんなで成長していきたい」と白戸氏。今氏が「うちのチームは石橋を叩いて渡るのではなく、とにかくみんなで『渡っちゃえ!』と進んでいる感じ。課題だらけですよ(笑)」といえば、久保さんが「誰かが想い余って暴走しそうなときは周りが全力で止めるし、本人もみんなの話を聞くし。誰が欠けてもだめなんです」と笑いながら続けます。

年齢も経歴もバラバラ、醸造は手探りのことも多いチーム『GARUTSU』ですが、「大好きな津軽のために何かしたい」という想いこそ、全員に共通する原動力。ちょっと前のめりだけれど勢いがあって、何より彼ら自身が一番楽しそう! そんな姿から、このチームの真の強さが伝わってきたのでした。

寿司職人としての経験を、レストランのメニューにも活かす白戸氏。醸造の魅力ついて「りんご果汁からどんなお酒ができるのか、漠然としたものが形になる楽しさですね」と話す。

学生時代から地域に根差したさまざまな活動を主宰してきた久保さん。弘前でも顔が広く、以前紹介した『おおわに自然村』三浦隆史氏などの若手生産者とも交流が。シードルアンバサダーの資格も持つ。

「醸造は生きものが相手。料理と違い、目分量や感覚だけでは造れない理系の世界で難しさもありますが、そこがおもしろい」と今氏。『白神ワイナリー Cider Room GARUTSU』では自ら料理を作り、サービスすることも。

津軽ボンマルシェ地域資源は宝物。津軽の酒が、世界を驚かす日を夢見て進む。

地域の資源を活用した商品作りを進める『GARUTSU』。代官町の工房で造るドライな味わいの「MIXシードル」は、どちらも津軽の名産品であるりんごのふじと、ぶどうのスチューベンを使用しています。スチューベンは岩木山のふもとの自社農園で減農薬栽培されたもの。前の畑の所有者が手放すことを聞き、引き継ぎを申し出た場所なのだそう。そして今『白神ワイナリー』の醸造タンク内で発酵中なのが、西目屋の山ぶどうを使ったワイン。遠方のワイナリーとの取り引きに負担を感じて廃業を考えていた地元生産者との偶然の出会いがきっかけとなり、今後も生産を継続してもらえることになったのだとか。「今後はワインにも力を入れたい。100%白神の素材だけで作った、地域を代表する土産品として売り出せたら」と白戸氏。春から秋にかけて水陸両用が運行し、見学ツアーが開催される津軽ダムは西目屋の人気観光スポットですが、ダム内にあるトンネルでワインを寝かせ、熟成させる計画も進行中。さらに地元産の生乳からチーズやアイスを作るなど、シードル&ワインと一緒に楽しめる新たな商品の開発にも意欲を燃やします。

チーム『GARUTSU』の視線は、地元津軽だけに向けられているわけではありません。この2月から始まるのが、海外でのシードル販売。既に台湾での展開が決まり、今後はタイやシンガポールへの進出も視野に入れています。現在取り組むのが、そうした海外の顧客が好む味わいのシードルを独自に製造すること。「海外へ視察を重ねる中実感したのが、日本人と外国人の味覚の好みの差。既に海外進出している津軽産のシードルはありますが、どれも国内向けに造ったものをそのまま販売しているため、売れずに棚落ちしているケースもありました」と白戸氏。『GARUTSU』のシードルは甘みを抑え、ドライでさっぱりしたアルコールが高めのものが主流でしたが、まずは台湾向けに、現地で好まれるりんごの甘さを前面に打ち出したシードルを醸造予定とか。昨今、ブランドりんごとしてアジア圏で大人気の津軽産りんご。これを機に、そのブランド力がさらにアップすることは間違いありません。

さて、みなさんはもうお気づきのことでしょう。社名の“GARUTSU”は“津軽”のアナグラムということを。あふれんばかりの地元愛と情熱を基盤にまい進するチーム『GARUTSU』。今後も新商品や新たな企画で、私たちを驚かせたり、楽しませたりしてくれるはず。その勢いが止まることは当分なさそうです。

静かに発酵が進む山ぶどうのワイン。味見をして「思ったより酸っぱい。大丈夫かなぁ(笑)」と苦笑いの白戸氏。初めての白神産ワインの完成が待たれる。

白ワイン酵母で造るアップルワイン「CITRINE」とビール酵母を使ったシードル「ALE」は、この冬発売の新商品。ラベルデザインは今氏が手掛けた。

津軽らしく酒好き集団だというチーム『GARUTSU』。しょっちゅうみんなで飲みに行くほど仲がいい。その証拠に、取締役である相内氏のSNSにはスタッフたちの楽しそうな姿の写真が頻繁にアップされる。

住所:青森県弘前市代官町13-1 MAP
電話:0172-55-6170
営業時間:18:00〜23:00
定休日:月曜日(月曜が祝日の場合翌火曜)
http://garutsu.co.jp/
※醸造所内の見学は応相談

住所:青森県中津軽郡西目屋村大字田代字神田219-1 道の駅 津軽白神内 MAP
電話:0172-85-2886
※醸造所内の見学は応相談