2日限りの特別な夜。冬の新潟が教えてくれた「真のFarm to Table」の意味。[里山十帖/新潟県南魚沼市]

左から桑木野恵子さん、小林寛司氏、北崎裕氏。料理のジャンルも違う3人のシェフが、はたしてどんな融合を見せるのか。

里山十帖『villa aida』×『里山十帖』。料理哲学が共鳴する。

新潟県南魚沼市、当間山の山懐に抱かれるように佇む湯宿『里山十帖』。今回のONESTORYがこの地を訪れたのは、何も温泉宿を紹介するためではありません。その目的は、和歌山県で1日1組だけをもてなすレストラン『villa aida』と『里山十帖』による2日限りのディナーイベントを体験するためでした。

『villa aida』といえば、シェフの小林寛司氏が自ら畑を耕し、種を撒き、野菜を育て、収穫し、それらの野菜を使って料理をすることで知られるレストランです。その土地で、その時期に育てられ、そのタイミングにしか採れない食材を使い、ひと皿ひと皿にその土地の風土までを描き出す料理は、まさにその瞬間にしか出会うことができない味。そんな料理を目当てに、全国はもとより海外から多くのフーディが訪れるレストランなのです。
一方、『里山十帖』も雑誌『自遊人』が手掛ける「ライフスタイル提案型」の宿として、2014年のオープン以来、注目を集めてきました。築150年になる古民家を移築した建物、設えの異なる全13室の露天風呂付き客室、そこに配された北欧デザインのインテリア…。その魅力は枚挙に暇がありませんが、宿で供される料理もまた実に“らしさ”が光り、『里山十帖』を『里山十帖』たらしめる理由のひとつになっています。
メインダイニングのレストラン『早苗饗 - SANABURI - 』で供される料理の主役の多くは地場で栽培される野菜。そして、冬の間、長く雪に覆われる『里山十帖』一帯は、保存食や発酵食文化が根付いてきた土地でもあります。『早苗饗』で供される料理もまた、そんな土地を映し出した料理です。形は違えども、それは『villa aida』と『里山十帖』の料理に共通するひとつの哲学ともいえるでしょう。

今回のイベントのテーマは「真のFarm to Table」。
『villa aida』小林寛司氏×『里山十帖』×新潟の冬がどのような化学変化をもたらすのか。1月13日・14日に開催された、そのイベントをレポートします。

『里山十帖』の魅力のひとつである露天風呂。『里山十帖』代表の岩佐十良氏はここからの眺望に感動し、宿の開業を決意したという。

客室は全13室。30㎡〜84㎡まで、全ての部屋が異なる設えになっている。バルコニーには露天風呂も。

里山十帖食材は違えどもアプローチは同じ。だから料理に一切の不安はない。

ONESTORY取材班が「真のFarm to Table」に参加したのは、イベント初日の1月13日。この手のイベントでは当然ながら日を追うごとに、料理の完成度が高くなることはよく知られた話です。しかし、この日供された料理は、イベント初日とは思えないほどの、クオリティの高いものでした。しかも、話を聞けば、小林氏が中心となり、料理の構成を詰めていったのは当日の朝からだったというから驚きです。

イベント開催日のおよそ1週間前、小林氏は『里山十帖』を訪れ、食事をとったそうで、『早苗饗』で供される料理を一通り確認。そのうえで、後日、『里山十帖』料理長の桑木野恵子さんに、イベント当日に使える食材の写真をメールで送ってもらい、小林氏のなかで料理のイメージを膨らませ、『里山十帖』入りしたのだといいます。
「食材の写真を送ってもらったら、『里山十帖』の発酵室の写真が送られてきたんです。そこにあるのは、人参の花のピクルスとか、アンニンゴの砂糖漬けとか、またたびの酢漬けとか……。マニアックで、いろんなものがありすぎて、とにかく現場で味を見てみないとわからなかった」と小林氏は振り返ります。

しかし、そこに「不安はなかった」とも小林氏はいいます。それは、野菜が採れて、保存食があるという観点からみれば、『villa aida』も『里山十帖』も変わらないからでした。
「自分のところでも、野菜が多く収穫できたときは、それをソースにしたり、ピクルスにしたり、保存したものを料理に使う。それは『里山十帖』も同じで、雪が積もる前に収穫された野菜は、雪室で保存されたり、発酵食として保存されたり。そうしてできるビネガーや、発酵食を料理に使って味や香りを重ねていくのは、自分のところでやっていることと同じだから」
和歌山と雪国ではイメージは違っても、料理のアプローチの仕方は変わらない。だからこそ、小林氏は不安がなかったというのです。

発酵室で保存される野菜や果物の砂糖漬けや酢漬け。100種近くあるだろうか、瓶詰めされた保存食が棚にズラリと並んでいる。

イベント初日の仕込みも佳境を迎える時間帯。ピリピリとした雰囲気が漂うと思いきや現場は和やかな空気。

里山十帖雪室、発酵室の見学、トークショーで高まる期待。そしてディナーへ。

イベント当日、ゲストが『里山十帖』に集まったのは15時前。そこには全国から訪れたフーディをはじめ、新潟県内でレストランを営むシェフの顔も多数。小林氏の料理を味わおうと、また『里山十帖』とどのような化学変化を起こすのか楽しもうと、大きな期待が寄せられているのがひしひしと感じられます。
ディナーを前にまずは『里山十帖』を手がける「自遊人」の代表・岩佐十良氏からの挨拶があり、その後、小林氏、桑木野さん、『自遊人ホテルズ』の総料理長である北崎裕氏とともに、今回の料理の主役となる食材見学へ。

案内されたのは、宿の裏手にある雪室と発酵室。ただ、暖冬の影響があって、この時分なら3m以上の積雪があるこの地ですが、今年は数十センチの残雪があるのみ。雪に埋もれているはずの雪室も、藁葺きのその姿がむき出しになっていました。が、中には積雪の前に収穫された野菜が、しっかりと保存されていました。
「冬にだいたいあるのは大根や人参、ごぼう、蕪、キャベツなど。下に敷かれているのは杉の葉で、これはねずみよけのためのもの」と北崎氏が説明してくれます。

一方、発酵室の案内をしてくれたのは桑木野さん。ズラリと並んだ瓶と樽の数に、ゲストは歓声をあげるとともに、ゲストとして参加しているシェフたちも興味津々といった感じで、「これは何?」「どうやって使うの?」「これでどのくらい期間発酵しているの?」と質問攻撃。酢漬けにされていたり、米と一緒に発酵させていたりするだけでなく、豚や牛の脂まで大切に保存されています。それは、もはや発酵室という名のラボといった状態。これらがどのような形で、今宵の料理となるのか、ゲストは期待に胸をふくらませるのでした。

雪室と発酵室の見学の後は、岩佐氏と小林氏のトークイベントに。そこでは、小林氏の経歴や、料理に対する哲学などが岩佐氏のMCで紹介され、最後に小林氏への質問コーナーを交え、トークショーは進行。60分ほどの時間でしたが、雪室と発酵室の見学のあとに小林氏の魅力を紐解かれれば、ディナーへの期待は一段と膨らんでいきます。
そして、ゲストは各々の部屋へと戻り、温泉でゆっくり。18時から始まるディナーを心待ちにするのでした。

発酵室での解説にも熱が入る桑木野さん。ゲストとして参加した県内のシェフからもマニアックな質問が飛び交った。

こちらは雪室。例年でいえばこの時期の積雪は3m以上。すっぽり雪で埋もれているはずの室も、暖冬の影響があって今年はご覧の通り。

小林氏と岩佐氏のトークイベント。『villa aida』の歴史や環境、シェフの哲学などを岩佐氏が細かく説明。

里山十帖普段と異なる環境だからこそ、輝きを増した小林氏のひらめきと即興性。

シェフらの挨拶の後、18時に開演した『villa aida』小林寛司氏と『里山十帖』によるコラボディナーイベント「真のFarm to Table」。今宵は、全10品が供されました。その内容を掻い摘みながら紹介していくと、それは実に小林寛司氏らしく、実に『里山十帖』らしさに溢れた料理でした。
たとえば、安納芋ととち餅のアミューズに続いて登場したのは、「ズワイガニ もってのほか」。このひと皿で、早速小林氏の本領が発揮されます。ズワイガニを主役としながら、そこに重ねられた味わいが実に重層的なのです。リゾットのような米は、野菜パウダーをオイルで溶いて旨味を寄り添わせ、その上にはカニ味噌とカニ身。さらにゆべしをのせることで、独特の香りが加えられています。「保存食や雪国というと、どうしてもイメージが茶色っぽくなる。『それが嫌だね』という話になって、明るいイメージにしようと。それが、僕がここへ来て料理をつくる意味のひとつでもある」と、上には「もってのほか」という食用菊もあしらわれています。

また、小林氏らしさという意味でいえば、メインで登場した「鴨 梅干し」も特筆すべき皿でした。絶妙な火入れをくわえた鴨のもも肉の下に、梅とレバーと鴨の出汁を合わせたペーストを忍ばせた料理で、脇にはわさび菜の醤油漬け、穂紫蘇が添えられています。もも肉の美しいワインレッドとコントラストを描くのは、なんと玉露の茶葉の出がらし。実はこれ、「ノンアルコールペアリングに出す玉露を試飲していたときに、その出がらしが美味しそうだった」とのことから、小林氏は即興的に鴨肉と合わせることをひらめいたそう。

こうした小林氏のひらめきは、デザートに登場した「レクチェ つばき」にも同じようなエピソードがありました。それは、小林氏がイベント一週間前に『里山十帖』へ訪れたときのこと。今回のイベントで使う食材の生産者のもとを訪ねると、庭に椿の木が植わっていたのです。それを見た小林氏が「これいいじゃん」と言って大量にいただいたのだといいます。椿の葉と花をそれぞれ使って、強弱のある2種類のシロップを作り、それをル・レクチェのコンポートと合わせたのが、この日のデザートに。まさに、このひらめきこそ小林寛司氏という料理人のセンスなのでしょう。

ディナーイベント会場は『里山十帖』のレストラン『早苗饗 - SANABURI- 』。明かりが灯り、豪壮な古民家の雰囲気は温かさを増す。

料理は、地元の日本酒やワインなどのペアリングとともに。ピクルスのビネガーや煎茶といったユニークなノンアルコールのペアリングも。

アミューズとして登場した安納芋と栃餅はフィンガーフードで。雪国の冬らしい食材が改めてこのイベントのテーマを認識させた。

「ズワイガニ もってのほか」。野菜パウダーをオイルで溶かすなど、随所で小林氏らしさを思い知る一品となった。

イベント中の厨房。さすが緊張感はあるが、誰もがその場の雰囲気を楽しんでいるようだった。

里山十帖まるで魔法使い。出汁に油脂感をプラスするも着地点は抜群の安定感。

次は、京都『吉泉』を出自とする総料理長・北崎裕氏と、料理長の桑木野恵子さんの目線から料理を紐解いていきます。
小林氏と北崎氏のらしさが詰まった料理といえば、4品目に登場した「白菜 かぐらなんばん」でした。こちらは長岡地方の伝統野菜で、ピーマンの形にも似た「かぐらなんばん」を使った料理。夏に収穫して米と一緒に発酵させた「かぐらなんばん」を、日本料理の基本ともいえる北崎氏がひいた出汁をベースにしたつゆに合わせました。ただ、それをそのまま使わないのが小林氏。つゆにバターとクリームをあわせ油脂感をプラスし、さらにミョウガのピクルスでわずかな酸味を加え、干し大根を添えたのです。

「日本料理を専門とする僕からみると、小林氏はまるで魔法使い。キッチンの目の前に食材を並べている段階では、どんな料理ができるのか、その着地点が見えないんです。けれど、いざ調理が始まると、それがパズルのように組み合わせって答えが見えていく。センスの塊ですね(笑)」と舌を巻きます。

小林氏も「最近、自分のところでも出汁を使ったりするようになって。ただ、野菜だけだとどうしても旨みが足りなかったりするから、バターとクリームを少し」
それでいながら、料理としての味の着地点は、どっしりと安定感抜群なのです。

「白菜 かぐらなんばん」。ここ最近『villa aida』でも、よく和の出汁を使うようになったと小林氏は話す。

北崎氏(左)と右が小林氏の奥様である有巳さん。かつては料理人だった有巳さんもともに厨房で腕をふるった。

「れんこん 明日香さんの根菜」。出汁の優しい味わいのなかに感じる独特の風味は、カレーリーフ、クミンなどの香辛料によるもの。

里山十帖大根を引き立たせるためだけに使った希少なメープルシロップ。

一方で、『里山十帖』の料理長を務める桑木野恵子さんがもっとも感激したというのが、「大根 発酵」と名付けられた一品です。
こちらは雪室に保存した紅くるり大根とビタミン大根が主役となった料理。それぞれの大根は少量のバターとともに鍋で蒸し上げ、ピクルスのビネガーを使ったり、ドレッシングにも七味をアクセントにするなど、こちらもまた味ののせ方のバランスが秀逸。
「仕込みのとき、『大根は塩と甘みね』と小林さんに伝えられていたのですが、そのときは『なんのこっちゃ?』と思っていたんです。けれど、できた料理がこれ。自分なら大根は美味しく食べさせるために炊いたり、煮たりして味を含ませ、その味を引き出していく。けれど、寛司さんは潔く大根を蒸すだけで、大根そのもので勝負する。そこに塩をきかせ、甘みをのせ、酸味を合わせることで、大根そのものの味を押し上げるんです」


そして、何より桑木野さんを驚かせたのが、その甘みの使い方でした。というのもこのひと皿に使う甘みのもとは、桑木野さんが山に入り、楓の木からタンクに樹液を抽出、それを持ち帰り、煮詰めて、煮詰めて、わずかにつくることができたメープルシロップだったのです。
桑木野さんがもったいなくて使えなかったメープルシロップ。なにかに使うなら、「メープルシロップ自体を前面に押し出せる料理に」と思っていたそうですが、それを小林氏はサラリと大根を引き立てるだけのために使ったのです。
「苦労して山からタンクを運び、時間をかけて、ほんのわずかだけ作れたシロップですから、もったいなくて使えなかったんです。けれど、寛司さんは『それって料理人のエゴだよね』というんです。そのストーリーを知れば、お客さんは喜ぶかもしれないけど、料理のおいしさには関係ないと」

シンプルに蒸した大根の味を、引き立たせるための甘み。味わえば、その甘みに必要なのは砂糖ではなく、山のなかからとってきた、あの自然な甘みでないとダメなことは瞭然でした。

「大根 発酵」。大根は少しのバターと蒸し上げただけ。そこにピクルスのビネガーと七味をアクセントに使ったドレッシング。

「鴨 梅干し」。奈良漬けと煎茶の出がらしの使い方が絶妙。

里山十帖たった一晩の体験でも「真のFarm to Table」を実感。

一、料理を通じて、体験、発見、感動を提供する。
二、二十四節気、七十二候。日本の暦に逆らわない料理を作る。
三、新潟の風土、文化、歴史を学び、料理に表現する。
四、古来伝承の発酵・保存技術を学び、活かし、料理に取り入れる。
五、食材はできるだけ近くから。食材に旅をさせない。
六、山菜、伝統野菜、有機栽培の野菜など、生命力の強い食材を使う。
七、動物を無用に苦しめず、命に感謝していただく。
八、野菜は皮や根、茎まで、魚や肉は骨まで、余すところなく使い切る。
九、無添加、天然醸造の調味料を使い、化学調味料は一切使用しない。
十、美味しいこと、美しいこと、健康で幸せに生きる料理であること。

これは『里山十帖』で大切にされる「料理十条」だそう。
今回のイベントでは、さらに小林氏がプラス一条を加えてイベントに挑んだといいます。
それが

一、異文化を取り入れ現代の新しい視点で食べること。

その十一条目こそ、まさに小林シェフの感性そのものだったのではないでしょうか。
四季が移ろうなかで「Farm to Table」を暮らしの一部のようにごく自然に実施し、『villa aida』というレストランを全国に知らしめてきた小林寛司氏。しかし、舞台を新潟県南魚沼に移して挑んだ今回のイベントでも、小林寛司はやはり小林寛司でした。さらに言えば、だからこそ、小林氏の魅力も『里山十帖』の魅力も、それぞれが最大限に発揮されたイベントになりえたのです。

ONESTORY取材班が体験したのは、たった一晩のディナーだけ。
しかし、そこには確かに「真のFarm to Table」があったのでした。

住所:新潟県南魚沼市大沢1209-6 MAP
電話:025-783-6777
http://www.satoyama-jujo.com/